放牧技術編 - やまぐち農林水産.

自給飼料増産総合対策事業
山口型移動放牧マニュアル
放牧技術編
平成16年3月
山口県畜産試験場
は
じ
め
に
山口県では、昭和 60 年代から油谷町の棚田地帯で黒毛和種繁殖農
家が発想し、牛舎から隣接する水田へ放牧を始められたことに端を
発します。これが後の水田放牧と呼ばれる放牧体系となりました。
その事例を元に県では、全国に先駆けて平成元年から水田放牧推進
事業に取り組み始め、現在まで事業は続いています。
放牧の転機は、本場での研究成果を踏まえて、耕作放棄地の解消
を目的として、平成 13 年から現地実証を開始した移動放牧と命名さ
れた方式で、マスコミでも大きく取り上げられ、県下に広く普及拡
大しております。また、「耕作放棄地放牧マニュアル」を平成 14 年
3月に刊行し、県内のみならず全国からの問い合わせが相次いでい
ます。
移動放牧方式は、中山間地域の農業を守る手段として有効である
ことから、今後さらに広がるものと考えています。
今回作成した「山口型移動放牧マニュアル-放牧技術編-」は、
平成 13 年~平成 15 年までの、延べ 148 カ所の経験をもとに放牧を
実施する上での方法・注意点等を中心にまとめましたので、放牧を
普及される技術者の参考になればと思います。
平成 16 年 3 月
山口県畜産試験場長
重村 正憲
目
1
2
山口型移動放牧のはじまり
移動放牧技術
①放牧牛の食べられる草がある土地とは
1)放牧地の植物
◎野草のなかの毒草について
2)土地条件
②放牧施設(電気牧柵・飲水施設等)の設置
1)電気牧柵
2)飲水施設
ア
イ
ウ
エ
わき水等がある場合
水道が近くにある場合
落差のある水路が隣接している場合
水源が確保できない場合
3)捕獲施設
③放牧・電気牧柵経験のある肉用牛繁殖雌牛
1)繁殖管理と放牧期間
2)放牧馴致方法
ア 気象環境への馴致
イ 飼料に対する馴致
ウ 放牧行動面の馴致
エ 放牧馴致を始める時期
3)放牧牛の電気牧柵への馴致方法
4)電気牧柵からの脱柵対策
3
4
牛は耕作放棄地等で何日間飼えるか。
山口型移動放牧の普及
1)放牧体系の整備
2)畜産農家のメリット
5
6
7
3)地域ではじめて放牧を実施する場合
山口型移動放牧チェック項目
1)事前のチェック項目
2)放牧施設設置時のチェック項目
3)放牧期間中・終了時のチェック項目
おわりに
参考資料
ソーラー電気牧柵設置の手順
移動式スタンチョン作成マニュアル
放牧施設の経費
移動放牧事前チェック項目
移動放牧放牧施設設置時チェック項目
移動放牧期間中・終了時チェック項目
次
1
山口型移動放牧のはじまり
山口型移動放牧(以下「移動放牧」)は、「どこでも、だれでも」簡単にで
きる放牧技術を目的として、平成 10 年度から平成 14 年度に近畿中国四国5
県で取り組んだ地域基幹農業技術体系化促進研究「遊休農林地の利用を基幹
とした肉用牛生産技術」の成果をもとに、県下で現地実証放牧を積み重ねて
確立した技術です。
2
移動放牧技術
移動放牧の技術内容は、①放牧牛の食べられる草がある土地で、②電気牧
柵を設置し、飲水を確保して、③放牧・電気牧柵経験のある肉用牛繁殖雌牛
を放牧する技術です。これから、各項目について説明します。
① 放牧牛の食べられる草がある土地とは
1)放牧地の植物
放牧牛が食べる草には、牧草・野草が考えられます。牧草はもちろん利用
して問題がありませんが、注意が必要なのは野草についてです。野草のなか
には、牛が食べて中毒になるものもあります。とりあえずの目安は、日本標
準飼料成分表1)に記載されているかどうかで判断します。野草の草種は、下に
記載しました。
日本標準飼料成分表に記載されている野草
ススキ、チガヤ、オヒシバ、メヒシバ、クマイザサ、ミヤコザサ、シバ、
ザザ、スゲ、エノコログサ、イヌビユ、タイヌビユ、タチズズメノヒエ、
キュウシュウススメノヒエ、クズ、カモジグサ、マコモ、イタチハギ、
ツルフジカマ、アザミ、カラスノエンドウ、ミヤコグサ、ヤハズソウ、
ヨモギ、ハギ、ツユクサ、イタドリ、オトギリソウ、ヒメジョン、
セイタカアワダチソウ
◎野草のなかの毒草について
放牧経験牛は、生草であれば毒を有する植物を中毒になるほど食べないと
考えられます。しかし、毒を有する植物を認識するときに少量を採食するこ
と考えられます。毒を有する植物の中には、少量でも死にいたるものもあり
ます。下に特に注意が必要な植物名を記載しました。放牧予定地においてこ
れらが生育している場合は、放牧地から除外するか、絶対に食べられないよ
うにする必要があります。
特に注意が必要と考えられる植物
アセビ、イヌサフラン、オモト、キョウチクトウ、ジキタリス、シキミ、
ショクナゲ、レンゲツツジ、シュウカイドウ、スズラン、ドクゼリ、
チョウセンアサガオ、バイケイソウ、ハシリドコロ、ヒヨドリジョウゴ、
ヒガンバナ、フクジュソウ、マムシグサ、ムラサキケマン、ヤマゴボウ、
ヤマトリカブト、ユヅリハ
参考資料 やまぐちの薬草2)、写真で見る家畜の有毒植物と中毒3)
植物による食中毒と皮膚のかぶれ4)
2)土地条件
技術的には、電気牧柵が設置でき放牧牛の食べられる草があればどこでも
放牧は可能です。しかし、農用地以外の土地(河川、道路、住宅地、工業用
地等)の中には、法律で制限されている場合もありますので、事前に確認が
必要です。
② 放牧施設(電気牧柵・飲水施設等)の設置
1)電気牧柵
電気牧柵は、電牧器(ソーラー、バッテリー、アースを含む)、電牧線、支
柱の3点で構成されています。
電気牧柵の原理は、図1に示したとおりで、電牧線に(プラス)を通電し、
牛が電牧線に触れることにより、牛の体を通って土壌(マイナス)に流れま
す。このとき強いショックを受ける仕組みです。
図1
ソーラー電気牧柵と電気の流れ
なお、土壌はマイナスですが、アスファ
ルト、コンクリートは電気を通しません。
余談ですが、イノシシの柵でアスファルト
の道路ギリギリに電牧を設置すると、道路
から入るときに電気は感じず逆に出るとき
は電気を感じるようになり、入りやすく、
出にくい柵となります。
現在の電気牧柵は、性能が向上している
ため、どの機種、方法でも正常に設置すれ
ば約1万ボルト前後を発生します。これま
での現地の状況から牛は、放牧地内に草が
ある状態であれば3千ボルト程度で脱柵は
しません。また、草が電牧線に触れること
写真1 左から電牧柱、ソーラーパネル、
電牧線、注意看板、殺ダニ剤、
バッテリー、ゲートハンドル、
電牧器
による漏電は、3千ボルト程度の低下です。したがって、電牧器が正常に作
動していれば5千ボルト程度は通電していますので問題はないと考えていま
す。なお、電牧柱が鉄の場合で線が触れた場合には、2 千ボルトまで低下する
ため、注意が必要です。山口型移動放牧で一般的に使われているものを写真
1に示しました。設置方法については、別頁で紹介します。
2)飲水施設
放牧に必要なのは、飲水施設です。これまでの結果から、放牧牛は最大で
1頭1日当たり 45ℓ飲むことが確認できています(図2)。
そこで、これまで現地の放牧地の飲水施設を紹介します。
リットル/頭・日
50
飲水量
40
平均気温
30
20
10
0
.48
.2
1H
15.
8.
21
H
30.
8.
21
H
21.
9.
21
H
13.
01
.2
1H
11.
11
.2
1H
図2 飲水量の推移
ア
24.
21
.2
1H
24.
2.
31
H
14.
3.
31
H
12.
4.
31
H
15.
5.
31
H
11.
6.
31
H
16.
7.
31
H
31.
7.
31
H
12.
8.
31
H
写真2 飲水施設1
わき水等がある場合
写真2のように何もせずに利用するのが良いでしょう。また、水田等では、
深さ 20cm 程度で、縦横 40cm 程度の素堀で対応できました。費用は、0円で
出来ます。
イ
水道が近くにある場合
写真3のように、水道から簡易ホース
で配管し、コンテナにポールタップを取
り付ける方法があります。なお、飲水用
として用いるコンテナは、高さが 65cm
程度がよく、高さが 40cm 程度では牛が
足を入れてひっくり返したりする可能性
があります。
写真3 飲水施設2
ウ
落差のある水路が隣接している場合
写真4のように、棚田等で水路があるときは、上流から水を引き込み、オ
ーバーフロー分を下流に流せば、放牧地に水を引き込むことなく、飲水が確
保できます。
写真4 飲水施設3
写真5 飲水施設4
エ
水源が確保できない場合
写真5のように、農業用 500ℓタンクとポ
ールタップを取り付けた 200ℓコンテナを組
み合わせることにより、放牧が可能となり
ます。このときの給水は写真6のように、
運搬車で水を運搬し、水中ポンプを用いる
ことにより、飲水が確保できます。
3)捕獲施設
放牧地で必ずしも必要ではないが、写真7
の移動式スタンチョンを用いれば比較的簡単
写真6 水中ポンプによる給水
に捕まえられます。設置は、退牧当日よりも
2~3日前が良く、その間に濃厚飼料等を給
与して馴致しておくと捕獲の確立は高くなり
ます。なお、裏技で退牧当日に設置し、2頭
の内1頭だけ捕まり、もう1頭が入らない場
合(人数が多い時)は、できるだけ長いロー
プを用意し、ロープを等間隔で持ち遠くから
囲むようにすれば簡単に捕まえることができ
ます。
この移動式スタンチョンは、2連でありま
すが3連以上の方が安定性に優れます。また、
作り方・経費は、巻末に記載してありますので、参考にしてください。
写真7 移動式スタンチョン
③放牧・電気牧柵経験のある肉用牛繁殖雌牛
1)繁殖管理と放牧期間
放牧対象牛は、黒毛和種繁殖雌牛(一部地域無角和種)の妊娠牛で、妊娠確
認から分娩2か月前までものが、繁殖・飼養管理面から適しています。繁殖管
理と放牧期間を図2のとおりで、放牧期間に耕作放棄地等の未利用資源を活用
すれば、飼養管理の省力化と飼料費の削減が図れます。
舎飼期間(6カ月)
放牧期間(
放牧期間(6カ月)
補助飼料は
補助飼料は原則なし
原則なし
放牧馴致
分
娩
2カ月前
分 娩
種
付
け
分娩後40
分娩後40日
40日~80日
80日
妊娠鑑定
子 牛 離 乳
図2
種付け
種付け後40日目
40日目
3か月~4か月
繁殖管理と放牧期間
2)放牧馴致方法3)
山口型移動放牧技術の中で、放牧経験牛が一番重要な鍵を握っております
ので、くどいようですが前回の耕作放棄地放牧マニュアルと同じ事項をもう
一度確認いたします。
また、山口型移動放牧を実施するときは、必ず放牧経験のある牛を用い、
舎飼い牛は用いないようにしてください。
なお、放牧馴致施設がない場合は、畜産試験場で訓練を実施していますの
で、お近くの農林事務所 畜産部へお問い合わせでださい。
放牧馴致の内容は、気象環境への馴致、放牧行動、特に採食行動への馴致、
第1胃の馴致等があります。
ア 気象環境への馴致
放牧予定牛は、放牧する約1カ月前からできるだけ昼間は、舎飼に出し、
外気にふれさせながら運動させるようにします。また、放牧2週間前からは、
運動場か近くの放牧地で昼夜放牧し、気象環境に馴致します。
イ 飼料に対する馴致
牛の第1胃内の微生物相適応期間であるから、放牧未経験牛だけでなく放
牧経験牛についても放牧4週間前から良質粗飼料(青刈り)を多給するよう
にします。濃厚飼料の給与は、体重の1%以内に止め、生草を給与し、生草
に馴らすことが重要です。
ウ 放牧行動面の馴致
牛が牧草を十分採食できるようになることが最も重要です。そのためには、
前年の秋、家の近くの草地で短期間でも放牧(濃厚飼料を給与してもよい)
して草の採食のし方を習熟させておくことが、放牧初年目の牛では特に重要
です。その際、放牧経験牛とともに放牧すると草の食べ方の覚えが早いです。
エ
放牧馴致を始める時期
舎飼牛を放牧馴致させる時期は、夏場熱射病になりやすいため気温と草の
生育から3~5月が望ましいと考えられます。
3)放牧牛の電気牧柵への馴致方法
電気牧柵への馴致は、必ず放牧馴致牛
を用いて行います。馴致の方法は、放牧
開始直前に牛の鼻を電牧線(電気を流し
ている状態)で、2、3回程度触れさせ、
近寄らなくなるまで実施します。このと
きの注意点として、ロープをしっかり持
っておき、絶対に離さないこと。また、
鼻を当てる間隔は、5分程度で牛が落ち
着いたことを確認してから行います。
写真8 電気牧柵の馴致
4)電気牧柵からの脱柵対策
脱柵とは、放牧牛が電気牧柵から外にでることを意
味します。農家が放牧を実施する時に一番心配な事
項です。放牧の柵は、物理柵と心理柵とに分類でき
ます。物理柵とは、有刺鉄線・パイプ柵・コンクリ
ート柵等で牛が幾ら出ようとしても、物理的に防御
する柵のことをいいます。一方、心理柵とは、今回
の電気牧柵が挙げられ、牛がでようと思えば簡単に
出ることのできる柵をいいます。
脱柵は、100%防ぐことはできませんが、次の項目
を注意すればほぼ防止できます。
脱柵の前兆
①
②
③
④
写真9 牛の飢凹部
電気牧柵には、3千ボルト以上流れているか。
放牧地に草はあるか。
飲水施設に水はあるか。
牛が電気牧柵より首を出して草を食べている
か。(①が少ない場合)
⑤ 牛の飢凹部が常時へこむ(写真9)
⑥ 牛の糞が小さくなり、数個がポロポロの状態
になっているか。(写真10)
写真10 草が少なくなった
時の糞
⑦ 人が見えると牛が放牧地のどこにいても近寄ってくる。
⑧ 入り口付近に牛がじっとしている。
⑨ 人を見ると鳴く。
これらは、放牧地に草が少なくなっていますので、すみやか(2日以内)に退
牧をするのが良いでしょう。
また、万が一、放牧牛が脱柵をして周囲に被害を与える場合に備え、放牧
保険等もありますので、農林事務所畜産部へご相談ください。
3
牛は耕作放棄地等で何日間飼えるか。
本県での現地における放牧は、平成 13 年度から始まり、平成 15 年 10 月で
延べ 114 か所で取り組まれています。そこで、現地で実際に行われた放牧日
数を表1に取りまとめました。
表1 放牧日数の推移(現地実績)
:日/頭・10a
水田
普通畑 果樹園
区 分
放棄地 転作田 休耕田 放棄地 放棄地
平 均 27.1 - -
-
11.0
平成13年 標準偏差 9.3 - -
-
-
例 数 n=4 - -
-
n=1
-
16.3
平 均 22.8 32.4 -
平成14年 標準偏差 10.9 16.6 -
-
10.0
-
n=7
例 数 n=14 n=5 -
平 均 25.5 17.2 16.3 22.5 40.5
平成15年 標準偏差 15.7 8.8 -
-
-
例 数 n=15 n=6 n=2 n=2 n=2
地目名:放棄地-過去1年以上何も作付けを実施していない。
転作田-米以外の作物を植え付けている水田。
休耕田-前年まで水稲を作付けしている水田。
この表の見方は、平成 13 年 水田 放棄地に 27.1 日/頭・10a とあるのは、
黒毛和種繁殖雌牛1頭を水田放棄地 10aで 27 日間放牧できたという意味です。
この表1は、地目別で放牧を始めるときの目安としてください。
次に表2は、耕作放棄地(水田)の草別草高、生草収量について調査した結
果です。
表2 耕作放棄地(水田、放牧前)の冠部被度50%以上の草勢
草高
生草収量
区 分
例数
(cm)
(kg/a)
ス ス キ 主 体 9 138± 33 237 ± 126
ク ズ 主 体 4 91± 52 143 ± 48
セイタカアワダチソウ主体 4 88± 28 173 ± 36
ヨ モ ギ 主 体 8 73± 46 138 ± 74
この表の見方は、ススキ主体でみると、草高が 138cm の時は、生草収量が 10a
で 2.4tあったという意味です。通常、放牧牛は、生草を体重の 10%採食す
るとされています。そこで、ある程度の放牧できる日数は、次式により推定
できます。
放牧日数=(生草収量(kg)×面積(a))/(放牧牛の総体重(kg)×10%)
例 118.5 日=(ススキ主体 237kg×50a)/((1号 500kg+2号 500kg)×10%)
表3 セイタカアワダチソウ(放牧前)の冠部被度50%以上の草勢
生草収量
区 分
例数 草高
(cm)
(kg/a)
水
田 4 88± 28 173 ± 36
普
通
畑 7 122± 30 215 ± 62
ミ カ ン 園 2 152
213
次にセイタカアワダチソウは、表3を用いて地目別の生草収量から表2の
式で推定するとより正確な放牧できる日数が算出できます。なお、ススキ、
クズ、ヨモギ主体の地目別生草収量は、今後、例数を重ねて順次整備してい
く予定です。
4
山口型移動放牧の普及
1) 放牧体系の整備
センター
移動放牧に用いる牛のイメージは、
図4に示したとおりで、センターと
呼ぶ分娩2か月前から子牛離乳まで
は通常の繁殖牛と同じ飼養施設が必
要です。センターとは、特別なとこ
ろではなく、繁殖農家や公共牧場的
なところで、繁殖牛の繁殖管理や子
牛の管理・出荷ができるところであ
ればいいわけです。
そこで、事前に放牧経験牛を貸し
す畜産農家を見つけて置き、耕種農
定置放牧
または
舎飼飼養
期
間
期間
分娩前2カ月~
妊娠確認まで
①繁殖・分娩管理
②子牛の管理・出荷
移動放牧
遊休農林地
耕作放棄地
期
間
図4 放牧牛の管理イメージ
家へ放牧の話をするのが良いでしょ
う。しかし、どうしても地域内で放牧経験牛が見つからないときは、畜産試
験場でも貸し出しを実施していますので、市町村や農林事務所畜産部へ相談
するのが早道です。また、放牧牛は、農家所有牛でれば農業共済の家畜共済
に加入できます。万が一、放牧中に不慮の事故等が発生した場合に補償が得
られます。
2) 畜産農家のメリット
通常、舎飼で繁殖牛を1頭1日飼養する場合(購入乾草給与)の飼料代は、
濃厚飼料 1kg×36 円、購入乾草 9kg×30 円とすると合計 306 円となります。
これを移動放牧で、放牧期間6か月で補助飼料無給与とすると 55,845 円の節
約となります。このほかに、敷料費や交換の労働時間を考えればさらに節約
できると考えられます。
3) 地域ではじめて放牧を実施する場合
耕作放棄地放牧の考え方は、無理をせず、地域の人とともに、きれいな地
域にすることが目標だと考えらます。
そこで、地域で放牧を普及する場合は、現地実証を行うのが一番効果的で
す。また、必ず事前に地域の人に了解を得てから行いましょう。説明なしに
放牧を行うと「聞いていない」という理由から反対される場合もあります。
了解が得られたら地域の人にどのような形で放牧をし、耕作放棄地がどのよ
うにきれいになるかを見てもらい賛否を判断してもらうのが一番の早道です。
ちなみに、現地実証の場所は、耕作放棄地で、特にクズが全面を覆ってい
るところが適しています。牛は、クズを好みますし、クズの下には、植物が
生えていないので、あっという間にきれいになったという印象を与えるから
です。また、放牧頭数は、最低の2頭で行えば、泥濘化や畦等への被害が少
なくてすみますし、糞についても「この程度であれば」と理解を得られる場
合が多く見られます。
また、環境面のフォローは、河川に接している場合に下流の水質検査を定
期的にし、放牧で問題があればすぐに撤去する体制を作るとさらに安心です。
5
山口型移動放牧のチェック項目(参考資料)
これから、移動放牧を初めて実施する方のために、どのような点に注意して
取り組めばよいかについて説明します。なお、このチェック項目は、基本的な
内容ですので、地域の実情にそぐわない場合には新たな項目の追加が必要です。
また、チェック項目は、各関係機関等と協議をする時の判断材料として活用し
てください。
1)事前のチェック項目
ねらい
移動放牧を円滑にするためには、地域の住民や土地所有者及び畜産農家の
不安を少しでも解消する項目を記載しています。
・土地関係では、土地所有者へ事前に放牧による土地崩壊等の影響を説明する
ことにより、後で聞いていないとならないようにするためです。
・土地の調整では、利用権設定を公的機関を介入させることにより、所有権の
確保が明確になるようにするためです。
・地域関係では、地域の住民や下流住民が知らなかったということがないよう
にするためです。
・放牧牛関係では、畜産農家が安心して牛を提供できる体制をとることと仮に
事故や脱柵により作物等被害がでても、補償により理解を得るためです。
2)放牧施設設置のチェック項目
ねらい
放牧施設の設置の準備と当日の設置に何が必要かについて、項目を設けま
した。また、飲水は必要事項ですので、できるだけ安くできるような方法を
検討するための設定をしました。
3)放牧期間中・終了時のチェック項目
ねらい
放牧を設置した後は、一般に1人で管理する場合が多い。また、牛を飼
養した経験のない方が行われる場合を考慮した項目を設けました。この項
目に該当すれば、できるだけ早く畜産関係者に連絡をとる必要があります。
・放牧施設では、電気牧柵の電圧低下や線のたるみは脱柵につながります。
水を飲まない場合は、病気の場合や脱水症状の懸念もでてきますので、飲
まない日が2日以上あれば要注意です。
・放牧牛では、特に病気の場合が考えられます。また、草がなくなると脱柵
する場合があります。
・放牧地では、足のケガ(見た目見えない)による場合に歩行に異常がでる
場合があります。
・終了時では、何を準備するか、退牧の事前準備について項目を設けました。
6
おわりに
耕作放棄地に放牧をするということ
耕作放棄地への放牧は、牛が耕作放棄地の草を食べることです。当たり前
と思われるでしょうが、現在、このことが見直されています。何年も管理を
していない農用地を見たとき、ここを人の手で刈り、また、何かを栽培する
気になるでしょうか。耕作放棄地は、農村の
問題の源となっている場合が多いのです。例
では、夏場のイノシシの住みかになっていた
り、作物への病害虫の発生の原因であったり、
地域の景観悪化の原因であったりする訳です。
また、農地を耕作放棄することにより、水路
等まで管理できなくなり、予期せぬ災害に結
びつく場合もあります。ですから、耕作放棄
地は、1m2 でもなくす努力が必要です。
写真11 水田の耕作放棄地
そこで、比較的簡単にできる牛を放牧して草がなくなり、地面が見えるよ
うになれば、また、農地として管理をする意欲が沸く場合やどう管理をしよ
うという発想がでる場合もあります。また、放牧期間中には、集落で共通の
話題が出来て世代を越えたコミ二ュケーションができるという事例や幼稚園
の遠足コースになったりする事例もみられます。また、イノシシ害対策では、
結果的に住みかやエサ場をなくすことになること、牛の管理で頻繁に人が見
回るためイノシシが出にくい環境を作ることになります。
一番の効果は、地域の耕作放棄地を考えるようになり、放牧に限らず農地
管理をしようという気運が高まることです。
今後は、山口型移動放牧が農村管理や地域内営農計画の一手法として認識
されるよう普及及び研究を進めます。
参考文献
1) 独立行政法人農業技術研究機構編 日本標準飼料成分表(2001 年版)、
(社)中央畜産会
2) 山口県薬剤師会編集委員会 やまぐちの薬草、(社)山口県薬剤師会
写真でみる家畜の有毒植物と中毒、(社)畜産技術協会 平成 12 年3月
健康教育シリーズ 植物による食中毒と皮膚のかぶれ、(株)少年写真
新聞社
5) 農林水産省畜産局、草地管理指標、草地の放牧管理編、放牧牛の管理編、
3)
4)
(社)日本草地畜産協会、P86、平成 12 年7月
ソーラー電気牧柵設置の手順
用意するもの
電牧器、ソーラーパネル、電牧柱、電牧線、アース棒、
ペンチ、絶縁テープ、注意看板、できれば検電器、
草刈り機
1)電気牧柵の設置
① 草高が 60cm 以上のときは、電気牧柵設置予定の下草を 写真12 電牧設置予定地の下草刈り
1m 程度刈り取る。(写真9)
② 電牧柱を 5m 間隔で立てる。碍子を放牧地側に向ける。
(注意点は、どのような地形であっても、地面からの高さ
を 60cm 以内にする。)
③ 電牧線を張る。このときに上下の線をつなぐ。
(注意点は、電牧柱が鉄の場合、触れないようにする。ま
た、電牧線の切れ端は、絶縁テープで他の線と巻いておく。)
④ゲートハンドル等の入り口を作る。
写真 13 棚田であっても高さ 60cm
2)ソーラー電牧器の設置
① 電牧器の電源がオフであることを確認する。
(ソーラーパネルから線をつなげた時に電気が流れること
による事故防止)
② ソーラーパネルを立てる。
③ 全ての配線をする。
④ 適当な場所にアースを打つ。
⑤ 電牧器と電牧線及びアースにつなぐ。
写真 14 ゲートハンドルを設置
⑥ 電牧器とバッテリーにつないで、電源を入れる。
⑦ 検電器で電圧を確認する。
(5 千ボルト以上あれば電圧は十分です。)
⑦が 2 千ボルト以下の場合
⑧ 電牧線側のクリップを外し、検電器に直接付ける。
(2 千ボルト以下の場合は、バッテリーを交換か充電する。)
⑨⑧が新しいバッテリーの場合は、アースをもう1本打つ。
写真 15 注意看板の設置
⑦が 5 千ボルト以上の場合
⑩電牧線が電牧柱等に触れていないかを見回る。(触れていた場合は、パッチと音がする場合や
薄暗い時であれば、電子ライターのようなスパークが見える。)
山口畜試(H15/03/03)
移動放牧システム化推進事業
移動式スタンチョン作成マニュアル
山口県畜産試験場
1)市販の5連続スタンチョン
2)2連、3連に切断
3)3連に切断されたスタンチョン
4)4種類の長さのポール用意
180cm,175cm,150cm×各4本
5)スタンチョンのストッパー装着
6)支柱を取り付け(長さ 150cm×2)
7)地面から 45cm の高さにスタンチョンを取
り付け(上)、支え(150cm×2)を左右に装着
(右)(支えは支柱の高さ2/3のところまでく
るように)
8)床となる部分を作る
9)牛の前脚が前に出ないようにスタンチョン
180cm のパイプ4本と 175cm のパイプ2本で の下にもう一本 175cm のパイプを地面からの
形成
高さ 20cm あたりに付ける
10)飼槽となるコンテナを置く場合は、コン
テナがずれないように囲みをつける
(必ずしも必要ではない)
11)厚さ 2cm、幅 40cm、長さ 173cm
の板を3枚用意する
12)板を敷いたところ
13)スタンチョンの固定パイプが長いので金具 14)パイプを切断、自作ハンドルを溶接したと
が装着できないので切断する
ころ
15)完成!(大人3人で持ち運び可能)
16)軽トラックでも運搬可能
放牧の前提条件
放牧地面積1ha(100m×100m)
放牧頭数 黒毛和種繁殖雌牛(成牛) 2頭
山口型移動放牧施設の一般的な資材費
(電気牧柵施設)
品 名
規格
数量 単価 円
電牧器
SB1500型
1 37,000
ソーラーパネル 15Wソーラーパネル
1 76,000
バッテリー
12V
1 5,000
電牧柱
スプリングポールセット
100
470
電牧線
ポリワイヤー6p、400m
2 7,000
ゲートハンドル
2
600
アース棒
1 1,600
消費税
5%
合計
(給水施設、約10日用)
品 名
規格
数量 単価 円
給水タンク500リットル ダイライトタンク YX500
2 27,800
配管セット
塩ビパイプ等
1 7,600
コンテナ
200リットル
1 18,900
ポールタップ
13
1 1,450
足場パイプ
6m
4 1,850
クランプ
24
260
コンパネ
2 1,100
消費税
5%
合計
(給水運搬用)
品 名
規格
数量 単価 円
水中ポンプ
エンジンポンプ EA345KA
1 34,500
水中ポンプホース 10m
1 5,750
給水タンク500リットル ダイライトタンク YX500
2 27,800
消費税
5%
合計
移動式スタンチョン
品 名
規格
数量 単価 円
足場鋼管
5m
7 1,510
クランプ
固定、自在
34
290
板
180cm*90cm
2 2,500
スタンチョン
5頭未経産用
1 61,000
消費税
5%
合計
○移動放牧時に必ず必要
△場合によって必要
金額 備考
37,000 ○
76,000 △
5,000 ○
47,000 ○
14,000 ○
1,200 △
1,600 ○
9,090
190,890
金額 備考
55,600 △
7,600 △
18,900 △
1,450 △
7,400 △
6,240 △
2,200 △
4,970
104,360
金額 備考
34,500 △
5,750 △
55,600 △
4,793
100,643
金額 備考
10,570 △
9,860 △
5,000 △
61,000 △
4,322
90,752
放牧事前チェック項目
山口県畜産試験場
1
地域関係
・ 地元の理解を得ているか。
(自治会、近所、下流の住民等に説明をし、理解を得たか)
・ 理解を得るのに何が必要か。(専門家の説明、水質検査、啓発看板、放牧保険)
2 土地関係
・ 土地の所有者は?(自己所有・他所有)
・ 土地の調整(他所有の場合)
利用権設定(する・しない)
借地料
市町村、農業委員会、農地保有合理化法人、土地改良区は通したか
境界線の確認はしたか。
・ 土地所有者の理解は得られているか。(畦等の崩壊、放牧後の状態)
・ 地目(水田、畑、果樹園、放牧場、雑種地)
・ 現況(耕作放棄地、転作田、他作物栽培、牧草栽培)
・ 植生(ススキ、セイタカアワダチソウ、クズ、ヨモギ、その他雑草、牧草
その他)
・ 地形(棚田、基盤整備、傾斜地、その他)
・
・
・
・
3
牛が放牧地内をくまなく移動できそうか。
対象地面積
a
毒草の有無(シキミ、キョウチクトウ、トリカブト、その他)
事業の取り組み(中山間等直接支払制度対象地、生産調整対象地、その他)
放牧牛関係
・ 管理者名
・ 所有者(自己所有、レンタル 畜試、農家氏名、連絡先)
・ 家畜共済保険加入(有り・なし・掛ける必要はあるか)
・ 分娩予定日
・ 放牧の経験・電気牧柵の経験の有無(どこで飼われているか)
・ 牛の動きはゆっくりしているか。
・ レンタル料の有無
・ 放牧頭数
・ 運搬方法(誰が搬入搬出を行うか。運搬車の確保)
・ 衛生対策はどうするか。(殺ダニ剤)
放牧施設設置チェック項目
山口県畜産試験場
1
電気牧柵関係
1)電気牧柵備品関係
・ 電気牧柵の調達方法(自己所有、レンタル、補助事業)
・ 電源はどうするか(家庭用電源、ソーラー式+バッテリー、バッテリーのみ)
・ 用意するもの(電牧器、電牧柱(碍子の取り付け)、電牧線、アース、
絶縁テープ、バッテリー、注意看板)
・ 設置時の人数(県
人、市町村
人、農家 人、その他
人)
・ 設置前の下草刈り(自家施工、その他)(当日、前日)
・ 電牧線の高さ 60cm 以下
2)電気牧柵設置後のチェック
・ 電圧
ボルト(5,000 ボルト以上)
・ 注意看板の設置
2
飲水施設関係
1)
・ 水源はあるか(わき水、水路から直接、水路からの引き込み、水道、なし)
・ 水槽はあるか(高さ 60cm 以上)
・ 誰が管理するか。(氏名
2)水路からの引き込みの場合
・ 放牧期間中涸れることはないか
・ 水槽から水は漏れないか。
)
3)水道の場合
・施設はどうするか(簡易ホース+ポールタップ、毎日ホースで入れる、その他)
・水漏れはないか。
4)水源なしの場合
・ 施設をどうするか(農業用タンク+水槽、水槽へ毎日水を入れる、その他)
・ 用意するもの。(農業用タンク、土台、水槽、水槽へつなぐ配管、
ポールタップ、防水テープ)
・ 水漏れはないか。
放牧期間中・終了時のチェック項目
山口県畜産試験場
1 放牧施設
・ 電気牧柵の電圧、線のたるみ
・ 飲水施設の漏水はないか、水量は十分あるか又適度に水は減っているか。
2 放牧牛
・ 放牧地内にいるか。
・ 草を食べているか。(放牧後2~7日程度積極的に食べない場合があるが
ここは我慢する)
・ 糞は堅いか
・ 通常と違う動きはないか。(常時寝たまま起きあがらない等)
・ 人を見るとすぐに駆け寄ってくる。
・ 入り口から動かない。
・ 歩行はスムーズか(びっこ等はないか)
・ 反芻はしているか。
3 放牧地
・ 草はあるか
・ 放牧地内の移動はスムーズか。(棚田等では、他の場所へ移動できない場
合がある。)
4 終了時
・ 何人集まるか。
・
・
・
・
・
・
移動スタンチョンは必要か
補助飼料はどうするか。(捕まえるための濃厚飼料等)
何日前から補助飼料を与えるか。
放牧後の牛はどうするか。(牛舎等へ返す、違う放牧地へ移す)
違う放牧地へ移す場合(放牧準備ができているか確認)
運搬車をどうするか。