2:10 恋しい人は言います。「恋人よ、美しいひとよ/さあ、立って出て

2013年1月1日
2:10 恋しい人は言います。「恋人よ、美しいひとよ/さあ、立って出ておいで。
2:11 ごらん、冬は去り、雨の季節は終った。
2:12 花は地に咲きいで、小鳥の歌うときが来た。この里にも山鳩の声が聞こえる。
2:13 いちじくの実は熟し、ぶどうの花は香る。恋人よ、美しいひとよ/さあ、立って出てお
いで。
2:14 岩の裂け目、崖の穴にひそむわたしの鳩よ/姿を見せ、声を聞かせておくれ。お前
の声は快く、お前の姿は愛らしい。」(雅歌)
2013年、あけましておめでとうございます。
この一年も主を賛美する声を大にし、主が為して下さる御業を楽しみにしていきましょう。
新年のメッセージとなる御言葉は、「恋人よ、美しい人よ。
さあ、立って出ておいで」
です。
雅歌はソロモンの作で、彼が多くの作品の中でも卓越した歌です。
彼は神と人(イエ
ス様とキリスト者)との関係を、若い男女の恋愛に擬えて歌にしました。
この歌からイ
エス様が私たちキリスト者をどのように見ておられるのかが良くわかります。
冒頭に引用した部分だけではなく、雅歌の全体を通じ一貫して青年は女性を、「恋人よ、
美しい人よ」と呼びかけています。
るのです。
どのような時にも、彼は彼女をそのように呼んでい
そして、この場面では、自分が今いるところに早く出て来るように、「さあ、
立って出ておいで」と促しています。
彼が待ち受けているところは、花が咲き誇り、小
鳥も山鳩も明るく声をあげています。 そして、様々な果物も実を結んでいます。
私たちはこの女性のように、イエス様を慕っています。
しかし、時にはイエス様を第
一だと口では言うものの、実は第二、第三に置き、身勝手な行動を取ることがあります。
この歌では、青年が「ごらん、冬は去り、雨の季節は終わった」と言っているところから、
女性は寒い日には家に閉じこもり、雨の降る日も外に出るのを躊躇っていたのでしょう。
私たちもそういう時があります。
です。
寒い日、雨の降る日は、世の荒波が押し寄せている時
また、何かに立ち向かうことに恐れを抱き、自分の殻に閉じ籠もっている状態で
す。 イエス様はそういう中でグズグズウジウジしている私たちに、立って(思い切って)
出ておいでと声をかけ、手を差し伸べて下さっています。
ころは、豊かな恵みに覆われています。
イエス様が立っておられると
その恵みに共に与ろうと声を掛けて下さってい
るのです。
青年は時間を費やすのも自然の恵みを味わうことも一人ではなく、女性と共有したいの
です。
恋愛経験者にはよくわかる感情です。
味わうことを望んでおられます。
と呼びかけておられるのです。
イエス様もキリスト者と共に神の恵みを
だから、隠れておらず、顔を見せ声を聞かせて欲しい
この年、私たちは引っ込むことなく、イエス様の呼びか
けに応じ、主の許にある恵みに浴しましょう。
2013年1月1日
43:16 主はこう言われる。海の中に道を通し/恐るべき水の中に通路を開かれた方
43:17 戦車や馬、強大な軍隊を共に引き出し/彼らを倒して再び立つことを許さず/灯
心のように消え去らせた方。
43:18 初めからのことを思い出すな。昔のことを思いめぐらすな。
43:19 見よ、新しいことをわたしは行う。今や、それは芽生えている。あなたたちはそれを
悟らないのか。わたしは荒れ野に道を敷き/砂漠に大河を流れさせる。
43:20 野の獣、山犬や駝鳥もわたしをあがめる。荒れ野に水を、砂漠に大河を流れさせ
/わたしの選んだ民に水を飲ませるからだ。
43:21 わたしはこの民をわたしのために造った。彼らはわたしの栄誉を語らねばならない。
(イザヤ書)
イザヤは神の言葉を民に伝えました。
その神とは、16、17節に書かれているよう
に、エジプトを出た彼らの先祖イスラエルの民を追っ手であるエジプト軍から守り、紅海
を二つに分けてその中を通らせ、追いつこうとしたエジプト軍を戦車諸共海に沈めた方で
す。 その人智を遙かに超えた働きをなさる神が言われた言葉、それが18-20節です。
先ず、初めからのこと、昔のことを思い巡らせるなと言われます。
私たちはややもする
と、過去を振り返り悔の念を抱きがちです。 しかし、過ぎ去ったものは取り返すことも、
やり直すことも出来ません。 過去からではなく、今からの出発です。
神は新しいことを行うと言われます。
新たです。
哀歌に書かれているように、神の恵みは朝毎に
いつも新しい業を為して下さるのが神です。
その新しい業は、私たちが思
いや願いに勝るものであり、私たちの考えにも及ばないものです。
私たちを導いて下さ
っている神は、荒野に道を造り、砂漠に水を流れさせて下さいます。
ておられることがあります。
神は私たちに求め
神の栄誉を語ること、新約聖書の言葉を用いるなら、神の
証人となることです。 それは、神を信じる者、神と共に歩む者だけが出来る恵みです。
今年、私たちは自分の身をもって神の栄光を現して行けるように、その恵みが豊かに与
えられるよう求め祈って行きましょう。
同じイザヤ書65章に、次の言葉が記されています。
65:17 見よ、わたしは新しい天と新しい地を創造する。初めからのことを思い起こす者は
ない。それはだれの心にも上ることはない。
65:18 代々とこしえに喜び楽しみ、喜び躍れ。わたしは創造する。見よ、わたしはエルサ
レムを喜び躍るものとして/その民を喜び楽しむものとして、創造する。
65:19 わたしはエルサレムを喜びとし/わたしの民を楽しみとする。泣く声、叫ぶ声は、再
びその中に響くことがない。
65:20 そこには、もはや若死にする者も/年老いて長寿を満たさない者もなくなる。百歳
で死ぬ者は若者とされ/百歳に達しない者は呪われた者とされる。
2013年1月1日
新しい天と新しい地は、神の御計画の中で全てが一新されて出来る天地です。 しかし、
別の見方をすると、イエス様によって新しい天と地が創造されました。
イエス様が主で
あり、全ての人はイエス様によって罪が赦されて神の子供となれるからです。
このイエ
ス様によって救われ導かれて行く生き方こそ、新しい天新しい地にある者の姿です。
新しい天地にあっては、昔のことは誰の心にも上らず思い起こす者もありません。
はそこに住む者を喜び楽しむようにと造られました。
楽しむことを望んでおられます。
神
神は私たちが喜びに満ち、大いに
そして、その喜ぶ姿を見て、神もまた喜び楽しまれる
のです。 神と人が喜び合い、喜びに溢れているのが神の国です。
この年、新しい天と地が私たちにはっきりと示されて行くように願います。
希望は失
望に終わりません。 また、イエス様が言われたように、「あなたの信仰があなたを救いま
す。
」 その意味するところは、キリスト者にあっては、イエス様を信じて心に抱く希望は
必ず成ると言うことです。
新しい年、どうか主が皆様方に豊かな恵みと祝福を注いで下さり、喜びと感謝に満ち溢
れる日々でありますように、また、健康が祝され、それぞれ携わっておられる仕事を始め、
関わっておられる全てのことに主の御心が為されることをも祈ります。
そして、私たちがイエス様の証人であり、世の光、地の塩として神に用いて頂ける存在で
あるようにと祈り願います。
この年も主の大いなる御業が現れますよう、そして全ての人が神の栄光を拝し、イエス
様を知ることが出来ますように。 栄光主にあれ、ハレルヤ。