地域おこしの現状と課題 地域の本当の豊かさとは

地域おこしの現状と課題
―地域の本当の豊かさとは―
国際文化学科
4年
小
鹿
慧
美
はじめに
第1章
「地域おこし」についての研究整理
第1節
「地域おこし」という概念と形態
第2節
実践例の達成点と問題点の整理
(1) 兵庫県姫路市旧家島町
(2) 徳島県上勝町
第2章
「探られる島」プロジェクト
持続可能なまちづくり
今別町のまちづくりと地域課題
第1節
今別町の概要
第2節
第4次今別町総合計画概要
第3章
今別町民及び出身者へのアンケート調査から見える地域課題
第1節
アンケート調査の概要
第2節
今別町在住者及び出身者対象としたアンケート調査の結果
第3節
アンケート結果から見える地域づくり課題と可能性
結論
第1節
地域活性化に向けた諸問題解決の糸口
第2節
地域活性化の客観的諸条件と地域社会の幸福論の関係性
あとがき
はじめに
自分の生まれ育った土地というものは、その土地を離れて暮らすことになっても、いつ
1
までも変わらない大切な場所である。進学や就職に伴って故郷を離れるという者は少なく
ないが、それでも故郷を大切に思わない者ほとんどいないだろう。
しかし近年、過疎化や少子化が進むにつれ「限界集落」(1)と言われる地域が増え、その
ような心のより所となる地域が立ち行かなくなっている現実がある。
私の故郷である青森県今別町も、少子高齢化、過疎化が進行している地域である。私は
大学進学と同時に地元を離れ、もう少しで4年が経つが、帰省するたびにますます活気が
失われていく故郷の現状を目の当たりにし、どうにかこの衰退を食い止め、故郷に活気を
取り戻すことはできないものかと考えるようになった。
しかし、このような衰退に苦しむ地域は私の地元だけに限られたものではない。日本全
国に同じような農山村や中山間地域(2)がたくさんあることがわかった。日本の地方の現状
に私は大きな危機感を抱き「地域おこし」について調べ始めた。
まず、これまで日本は、地域おこし・まちづくりの主要な手法として地方で様々な公共
事業を行ってきたことがわかった。しかし、これらのまちづくりは一時的な地域発展をも
たらしたが、やがてその公共事業の衰退と共に地方も活気を失っていく結果となった。さ
らには、これらの公共事業は地域おこしに効果があるどころか、かえって経済的な打撃を
与えることが少なからずある。また、自然破壊やインフラ整備による人口流出などを招き、
結果的に地方の疲弊をますます加速させたという指摘がある。このような大規模プロジェ
クトによるハードのまちづくりは、一時的な経済的発展や雇用の創出という面では大きな
成果が見込まれるかもしれないが、持続性は必ずしも保障されてはおらず、また、地域の
特性を生かせない画一的な地域づくりになりがちなため、本来最も重要視されるべき住民
の社会的・精神的豊かさの創造といった条件に欠けている。
次に、私は、近年たびたび注目されるようになってきたコミュニティを活かした地域づ
くりに注目し、コミュニティビジネスなどの地域活動に可能性を探した。しかし様々な事
例を見ていくうちに、これらは地域内の繋がりを強め、住民の豊かな社会生活をつくりだ
しはするが、地域経済を好転させたり人口流出を食い止めたりするには大きな効果は期待
できないということがわかった。視点を変えて言えば、コミュニティビジネスなどのソフ
ト事業は、地域住民の社会的・精神的豊かさの創造、つまり幸福の創出には繋がるとは言
えそうだが、コミュニティを持続させるのに必要な客観的条件を整えるには不十分である
ことがわかった。
地域経済の地盤沈下や少子化、過疎化など、現在地方が抱える問題は数多く存在する。
地方の衰退を食い止めるには、やはりこれらと向き合っていかなければならず、さもなけ
れば地域社会そのものが消えてなくなるのは時間の問題である。しかし、このような諸問
題を解決していくことだけが本当の意味での豊かな地域づくりに繋がるとも限らない。実
際に豊かさは何ではかるべきか、社会的に広く認知されている指標はない。しかしながら、
(1)
(2)
65 歳以上の高齢者が、住民の 50%を超えた集落のこと。
「都市的地域」、「平地農業地域」以外の地域のこと。
2
地域づくりというものの本来の目的は、何よりも「人々が幸せに暮らすことができる地域
の創造」であるべきである。私は、大きな経済成長を当て込むが持続性の保障されない大
規模プロジェクトなどによらず、しかしながら、多くの問題を抱える地域の現状も改善し
つつ、地域住民が最低限の経済的または社会的・精神的豊かさを享受することができる、
持続可能な地域をつくることはできないものかと考えるようになった。
この論文ではまず、これまでのまちづくりの実践事例を概観し、その成果と問題点を整
理する。次に、青森県今別町を事例に、地域づくりや町民の意識から見える地域課題を整
理する。まちの魅力を高め地域再生へと繋ぐためには、具体的に何が必要か、アンケート
を通して当事者の言葉から必要なものを抽出したい。地域に根差した経済成長と地域の幸
福論という2つの視点から地方が抱える課題の解決の糸口を見つけたい。
第1章 「地域おこし」についての研究整理
様々な地域で「まちおこし」や「地域おこし」、「地域振興」などという地域活性化の取
り組みが行われている。第1章では、これからこの論文で述べていくそのような取り組み
を「地域おこし」という言葉で統一し、その概念と形態を明確にした後、実際の事例から
取り組みの達成点と問題点を整理する。
第1節 「地域おこし」という概念と形態
現在、地域に活気を取り戻そうと日本全国の多くの地域が「地域おこし」や「まちおこ
し」、「地域振興」というものに取り組んでいる。その手法は様々であり、たくさんの事例
が存在する。ここで、これから地域活性化について論じていくにあたり、その概念を明確
にしておく必要がある。それぞれの取り組みが重要視するものや目指すところは様々であ
ると思うが、ここでは地域活性化の取り組みを「地域おこし」という言葉に統一し、「そこ
に住む人々がある程度の経済的または、社会的・精神的豊かさを享受でき、豊かに暮らす
ことのできるような持続可能な地域づくり」と定義して論じていく。
これまで日本で行われてきた地域おこしというと、地方で公共事業を行うことによって
地域経済を活性化させるような、大規模なプロジェクトがほとんどであった。国は国土の
有効利用と開発及び保全を目的として、1962 年に「全国総合開発計画」を打ち出した。地
域間の均衡のとれた発展を目指し、全国各地の中山間地域で工業拠点の開発が行われた。
その後も、1969 年の「新全国総合開発計画」、1977 年の「第三次全国総合開発計画」
、1987
年の「第四次全国総合開発計画」、1998 年の「21 世紀の国土のグランドデザイン」と計画
が引き継がれた。新幹線や高速道路の大規模開発プロジェクトや居住地整備、全国をネッ
トワークで繋ぐ交流ネットワーク構想(3)、都市的サービスや居住環境、多自然居住地域(4)
(3)
中山間地域の特性を生かしながら全国レベルでネットワークする新時代の都市像。
都市的なサービスとゆとりある居住環境、豊かな自然を併せて享受できる誇りの持て
る自立的な地域。
(4)
3
の創造、IT のインフラ整備など、様々な取り組みを行ってきた。(5)しかしそのような地域
おこしは、一時は地域発展が見込まれたものの、継続的に発展を遂げた成功例はほとんど
なく、むしろ都市部と中山間地域との格差を拡大させ、地方の衰退をますます進行させる
こととなった。
近年では、地方ならではの特性を活かした住民参加型の地域づくりが注目されるように
なり、コミュニティビジネスが全国的な広がりを見せるようになってきた。コミュニティ
ビジネスとは、地域資源を活かしながらビジネス的な手法によって、地域が抱える課題を
解決していくというものである。また、コミュニティ自体をデザインし、人と人とのつな
がりを作り出す、コミュニティデザインというものも行われている。それは、これまでの
大規模プロジェクトによるハードの地域づくりに対する反省から、そのアンチテーゼとし
て生まれたものと言える。これまで行われてきた大規模プロジェクトなどの地域づくりに
対して、コミュニティビジネスには、住民の生きがいや地域に対する誇りなど、社会的・
精神的豊かさを創造するという効果がある。しかしその反面、大きな経済発展が見込まれ
ないことや、事業の自立・持続が難しいという問題点があることも事実である。地域の持
続性を考えると、やはり地域経済の持続は必要不可欠な課題であることは明らかであり、
このような客観的事実に対する配慮が十分かどうかをコミュニティデザインの評価基準の
一つとせざるを得ない。
第2章では、この評価基準を踏まえて、現在行われているコミュニティビジネスなどの
地域おこしの事例を取り上げ、その達成点と問題点について整理していく。
第2節 実践例の達成点と問題点の整理
日本では今日、人口減少という言葉をよく耳にするようになった。総務省統計局の統計
によると、2010 年に 1 億 2805 万 7 千人だった日本の人口は、
平成 2055 年には 8993 万人、
平成 2105 年には 4459 万 2 千人まで減少すると予想されている。しかし、それが指摘され
るようになったのはごく最近のことであり、現段階では減少率もそれほど高くはない。そ
のような中でも、特に日本の地方の人口減少率には著しいものがある。それは、単なる日
本全体の人口減少に関係したものではなく、都市と地方の格差拡大や、交通網の発展など
による若者の流出によるところが大きいことは言うまでもない。更に、人口減少に伴い、
地域経済の担い手がいなくなり、地域社会の維持はますます困難になっている。日本の国
土面積の 65%を占める中山間地域には、6 万 2000 あまりの集落が存在し、これまでに 1300
もの集落が地域の維持が困難となり消滅したという現実がある。6
この章では、地域社会の持続には少なくとも人口増加と経済の維持が必要不可欠である
という客観的基準をもとに、2つの地域おこしの事例についてその達成点と問題点を整理
(5)
山崎亮『まちの幸福論
~45 頁
6 山崎、前掲書、39 頁。
コミュニティデザインから考える』NHK 出版社、2012、42
4
していく。
(1) 兵庫県姫路市旧家島町
「探られる島」プロジェクト(2005~2009 年)
まず一つ目に兵庫県姫路市の旧家島町という地域で行われた、コミュニティデザインと
いう手法による地域おこしの事例を紹介する。コミュニティデザインとは、京都造形芸術
大学教授で studio-L 代表でもある山崎亮氏が取り組んでいるもので、建物やランドスケー
プではなくコミュニティ、つまり人のつながりをデザインするというものである。
旧家島町は兵庫県の南西部に位置し、姫路港から船で 30 分ほど沖へ出た場所にある。大
小 40 余りの島々から構成される群島であり、2006 年に姫路市に編入合併された。町民は
家島・坊勢島・男鹿島・西島の4島に住んでおり、家島に人口のほとんどが集中している。
旧家島町は漁業や採石業を主幹産業としていたが、それらの衰退と共に急激な人口減少が
進んでいる地域である。
旧家島町
面積 20.27km²、人口 6,433 人(2012 年 9 月末時点)
地図 1:家島諸島
出典:姫路市ホームページ
5
表 1:家島地区人口推移(宮島、真浦島、坊勢島)
出典:姫路市ホームページ
家島地区で 2005 年から 2010 年の間に山崎氏が代表を務める studio-L という設計事務所
と学生を中心に「探られる島」プロジェクトというものが実施された。その内容としては、
大学生などの若者を募り、フィールドワークを通して外部の視点から家島の魅力を探った
後、それを冊子にまとめて発信していくというものであった。その目的は、島を探っても
らうことによって島外の人たちに家島ファンになってもらうことと、家島のどこが島外か
ら見て魅力的なのかを住民に知ってもらうことであった。島の何気ない景観や、もてなし、
暮らしなどがテーマとして取り上げられ、その中で、島の人にとっては当たり前のもので
も、外部の若者にとっては魅力的で好奇心を駆り立てるものであるということがわかった。
完成した冊子は毎回 1500 部ずつ印刷して、参加者が持ち帰った他、島内各所や大阪や神戸
の大学やカフェに置かれた。その結果、冊子を手に家島を訪れる人が増えてくるようにな
った。また、このプロジェクトによって、参加者が家島に愛着を持ち、卒業研究や卒業制
作のフィールドとして家島を選ぶ若者や、また新しい仲間を連れて来るといった連鎖反応
も生まれている。更に、プロジェクトを通じて知り合った島の人と若者が協働で新たなプ
ロジェクトを始めるなど、様々な波及効果にもつながっている。
また、そこから地域の女性たちで組織する NPO 法人「いえしま」という団体が生まれ、
家島産の魚介類を使った特産品の開発・販売や、その利益でのまちづくり活動の展開を行
っている。特産品開発では、大漁時に値下がりした魚や規格外の魚を適正価格で買い取り、
加工することで付加価値をつけて販売し、島の水産業を盛り上げるとともに特産品を通じ
た島の PR を目指している。まちづくり活動では、合併によって配布されなくなった「広報
いえしま」を復活させて島内の情報を共有したり、福祉タクシーを走らせて移動困難者の
生活をサポートしたりしている。他にも、東京での離島紹介イベントへの参加や、大規模
ニュータウンに住む人たちとの交流を通じた家島の加工品販売や情報発信などを行ってい
る。更に 2008 年からは、外国人旅行客向けのゲストハウスプロジェクトを行い、新たに観
光業にも力を入れるなど、様々な取り組みを行っている。
6
住民たちは、このプロジェクトを通じて家島の魅力を再発見することができ、また、そ
れを島内外へ PR することで、観光客の増加に繋げることができた。それだけではなく、プ
ロジェクトから生まれた NPO 法人の活動により、島に更に活気を取り戻すこともできた。
他地域や若者との連携体制からも様々な波及効果が生まれ、これらの取り組みは地域経済
の好循環をもたらした。更に、この活動を通じて、地域住民の組織化が行われ、住民たち
がプロジェクト運営や財源確保のためのノウハウを身につけたことも大きな成果であった。
これらにより結果的に地域社会が活性化し、住民が生きがいや地元への誇りを感じるきっ
かけとなったとも言える。しかし、結果的に島の訪問者は増えたが、実際に島の人口は増
加してはおらず、大きな経済的成長も見られてはいない。そこに後継者や安定的な経済が
なければ地域の持続は難しい。よって、コミュニティデザインによるまちおこしは、地域
における人間社会の活性化にはつながるが、後継者増加や地域経済の維持のための方法と
しては不十分であると言える。
(2) 徳島県上勝町
持続可能なまちづくり
次に徳島県上勝町という地域で行われている持続可能なまちづくりの事例を紹介する。
上勝町は徳島県のほぼ中央に位置する小さな町である。ほとんどが山林であり、大小 55 の
集落が点在している。貿易の自由化に伴い基幹産業である農林業が衰退し、それと共に人
口も減少した。過疎化と少子高齢化が進み、町民の約半数は 65 歳以上の高齢者である。1968
年からは日本料理に沿える「つまもの」栽培に力を入れ「いろどり農業」を始めるなど、
現在、持続可能な地域社会を目指して様々な取り組みを行っている地域である。
上勝町
面積:109.68km2、人口:1973 人(推定人口 2011 年 11 月 11 日)
地図 2:上勝町
出典:徳島県ホームページ
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表 2:上勝町人口推移
出典:上勝町ホームページ
上勝町は、1989 年からの 3 年間で住民参加型まちづくりの上勝町活性化振興計画を作成
することとなり、シャトル・サーベイ法というものを取り入れて計画を作成した。シャト
ル・サーベイ法とは町と町民の間で計画書を往復させ、両者の合意形成を図りながら計画
を練り上げていく手法である。また、町全体だけではなく、それぞれの地区ごとに町民が
主体となって地域資源を再発見し、それを活かした町の未来図を描いていった。これらか
ら、一つの問題についてみんなで考え、知恵を出し合い、解決していくまちづくりの手法
が生まれ、町のキャッチフレーズを「いっきゅうと彩の里・かみかつ」に決定した。計画
完成後も、各地区が地域づくりの競争をする「いっきゅう運動会」というものが生まれ、
他にも「いっきゅう塾」というまちづくりの勉強会や、地区の地域資源を書きこんだ「1Q
マップ」の作成を行うなど、独自性のあるまちづくりを展開していった。
また、上勝町では過疎化や高齢化を食い止め町に若者を増やすために、住宅と雇用の確
保に取り組んだ。不動産業者のいない上勝町では、廃校になった小学校を改造・改築する
などして5か所に町営住宅を建設した。また、上勝町には民間企業も少なく雇用を生み出
しにくいため、町自らが主体となって5つの第三セクターを設立し、およそ 130 人の雇用
を創出した。1991 年には「菌床」と呼ぶほだ木としいたけを生産・販売する「株式会社上
勝バイオ」が誕生し、森林組合の生産した原料を使用して菌床を作り農家に販売している。
また同年に、
「株式会社上勝いっきゅう」が設立され、月ヶ谷温泉交流センター、キャンプ
場、宿泊施設などの町の施設の管理運営、給食センターでの給食調理、観光ツアーなどを
行っている。1966 年には国土調査と測量設計を行う「株式会社ウィンズ」が設立された。
1996 年には木材生産から加工、住宅の設計施工までを一貫して行う「株式会社もくさん」
が設立された。1999 年にはいろどり農業を行う「株式会社いろどり」を設立し、生産者に
市場情報を伝えるためのネットワークシステムなども完備して、売上 2 億 6000 万円の産業
にまで成長した。他にもいろどりでは、地域資源を活かした起業などをテーマにした講演
8
や研修の他、町内全体の視察受け入れの窓口業務などを行っている。上勝町では、これら
の第三セクター間の連携も進めて経営の安定化を目指している。
また、上勝町は 1993 年に「リサイクルタウン計画」に着手し、排出量の最も多い生ごみ
を有効活用するために、各家庭に家庭用生ごみ処理機を導入して堆肥作りを行った。更に
ゴミを 34 種類に分別し、「日比カ谷ゴミステーション」と名付けたプレハブ小屋に町民が
ゴミを持ち込み、リサイクル製品を作っている企業に引き取ってもらうという体制を作っ
た。これにより、ゴミの収集と処理にかかる費用の削減を行った。この取り組みの中で、
高齢者などのゴミステーションにゴミを持ち込めない人たちの為に、高齢者世帯のごみの
運搬を引き受ける「利再来上勝」というボランティアグループが誕生した。更に、5 人の環
境監視員「GO 美レンジャー」を雇用し、全800世帯を戸別訪問して分別の補足説明を行
った。
更に、廃校になった小学校を、宿泊施設のある「自然教育センターあさひ」に改築し、
都市の人たち向けの滞在型の交流体験を推進している。田植えや稲刈り、そば打ちなどの
里山の暮らしを体験するプログラムや、棚田・畑・果樹園のオーナー制度、ワーキングホ
リデーなどを行っている。特に、ワーキングホリデーは体験できるメニューが多く、また
農家に宿泊して2泊3日の擬似家族のような濃密な時間を過ごすためリピーターも多く、
それをきっかけに定住した人もいる。
上勝町の取り組みの成果を整理すると、まず、町民参加型の振興計画作成により、町と
町民の連携が生まれ、町民のまちづくりへの意欲向上に繋がった。ユニークで独自性のあ
るまちづくりを展開したことも、住民参加を活発にしたきっかけであったと言える。また、
廃校になった小学校の町営住宅への改築や、第三セクターの設立によって住宅や雇用が創
出され、地域への I・U ターン者が増加した。それだけではなく、第三セクター同士での連
携により地域内で生産したものを地域内で消費するという地産地消の循環が生まれた。他
にも、地域住民同士の繋がりが生まれたことや、住民の組織化が行われたことも評価でき
る点である。
上勝町の人口統計を見ると年々人口が減少してきてはいるものの、それほど極端ではない
ように思える。上勝町はこれまでに述べた住宅整備や雇用創出の他にも、町への転入者を
増やすよう、定住のために新居を構える人に対しての祝い金贈呈や、上勝町へ引っ越す人
への引っ越し資金補助などを行っている。上勝町の魅力に惹かれて転入してくる人も少な
くはなく、毎年 50 人から 70 人ほどの転入者がいる。これは、上勝町が行う独自の地域お
こしの成果であると言える。しかし、それでも転入者より転出者が多い年がほとんどで、
よくても相殺する数値にしかなっておらず、また、出生数は、平成 2(1990 年)の例外的
な増加をのぞけば、毎年 10 人以下に向かう減少の一途をたどっている。よって、上勝町の
人口は年々減少傾向にあり、やはり人口動態は危機的な状況にあることがよくわかった。
また、地域経済に関しては、第三セクターを設立し、地域内の経済的な好循環を作り出
したことや、リサイクルに力を入れて無駄な経費を削減したことは一つの成果であった。
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更に、この取り組みが評価されることで、外部からの転入者や視察者が更に増加したこと
も地域に経済的な好影響をもたらした。よって、大きな地域経済の発展には繋がらなくと
も、最低限の経済的基盤を作り出すことには成功したと言える。この上勝町の事例から、
地方に雇用や豊かな生活環境を整備し、後継者を確保することと、地域経済を維持するこ
との重要性を読みとることができる。しかし、上勝町は一定の成果を出すのには成功して
はいるが、やはり人口減少や地域経済の衰退を成長に切り替えるまでには至っていない。
表 3:上勝町
転入・転出者数推移
出典:上勝町ホームページ
これらの事例から3つのことがわかる。まず、コミュニティデザインやコミュニティビ
ジネスは、地域コミュニティを活性化させ、住民の組織化や、個人の生きがい創出を創出
するには大きな効果があるが、地域が抱える人口減少や経済の地盤沈下という根本的な問
題の解決には不十分であるということである。地域コミュニティの活性化から波及して発
生する人口増加や地域経済の成長も少なからずあるが、それには地域社会の持続を可能に
するほどの効果はない。次に、地域社会の維持には、雇用や豊かな生活環境の創出と共に、
後継者の確保が必要不可欠であるということである。上勝町の地域づくりのような第三セ
クターの設立は、雇用を生み出すという点で非常に効果的な手法である。それをきっかけ
に、地域経済の発展やそれに伴う人口増加という効果が見込まれる。更に、地域の後継者
を確保する手段としては、地元出身者だけではなく外部からの転入者を迎えるということ
も選択肢の一つになり得るということである。
第2章では、これらの地域おこしの研究整理の結果をもとに、私の出身地である青森県
今別町の地域づくりを取り上げ、今別町の現状と課題について整理する。
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第2章 今別町のまちづくりと地域課題
この章では、私の出身地である青森県今別町の地域づくりを事例として取り上げる。今
別町の地域づくりの課題について検討する前に、まず町の概要と第4次今別町総合計画に
ついて整理する。
第1節 今別町の概要
今別町
面積:125.27km²、人口:3,236 人(推定人口、2012 年 9 月 30 日時点)
地図 3:今別町
出典:青森県ホームページ
表 4:今別町人口推移
出典:今別町ホームページ
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今別町は、青森県東津軽郡の北部に位置する津軽半島北端の町で、海と山に囲まれた自
然豊かな臨海山村である。北側が津軽海峡に面しており晴れた日には海の向こうに北海道
が見渡せる。青函トンネルの本州側出入り口の町で、2015 年には北海道新幹線(仮称)
「奥
津軽駅」の開業も予定されている。主な基幹産業は農業と漁業で、幅広い種類の農産物や
海産物に恵まれている。地域の特産品はもずくであり、今別町商工会はもずくを加工した
もずくうどんを販売している。交通面に関しては、山と海に囲まれているため他地域への
アクセスが非常に悪く、青森市内へ出るには電車か車で1時間半ほどかかり、さらに電車
は2時間に1本ほどしか運行していない。夏季は偏東風(やませ)が強く、冬季には降雪
が多いのが特徴である。県指定無形文化財の郷土芸能「荒馬」があり、毎年夏には荒馬祭
りが開催される。
今別町も急激な人口減少による、過疎化の問題を抱えている地域である。少子高齢化と
若者の流出により、町の後継者不足は深刻なものとなっている。ほとんどの若者は、進学
や就職のため、高校卒業と同時に町を出てしまう。また、町に雇用がないため、将来的に U
ターンする者もほとんどいない。人口減少の深刻さが度合いを増す中で、雇用がないため
にますます若者が町から離れてしまうという悪循環が起きている。
町の主な基幹産業は農業と漁業であるが、後継者不足を原因とする就業者数の減少によ
り、平成 10 年(1998 年)には 7 億 1900 万円だった第一次産業の生産額が、平成 14 年(2002
年)までの4年間で 3 億 6600 万円にまで減少した。農産物や海産物を加工して販売する加
工グループもあるが、特に大きな地域経済の成長にまでは至っていない。山と海に囲まれ
ているため、一年を通して様々な食べ物に恵まれた地域ではあるが、もずく意外に特にこ
れといって有名な特産品もない。
今別町は最近、2015 年に予定されている北海道新幹線の(仮称)
「奥津軽駅」開業に向け
て、特に観光業に力を入れている。新幹線開通の PR 活動を広く展開し、新幹線の利用客を
ターゲットとした、グリーンツーリズムやブルーツーリズム、エコツーリズムなどの体験
型観光の推進を検討している。しかし、今別町はこれと言って確立された観光スポットも
なく、他地域からの交通の便の地域で悪いあるため、地域資源を改めて見直し、地域全体
が一体となって地域の魅力向上、観光客の受け入れ態勢の整備を行っていかなければ、観
光客の誘致は難しい。今別町には青函トンネルの本州側出入り口があり、津軽海峡線「津
軽今別駅」に一日に数本の列車が停車するが、今別町には観光客を誘致するような特別な
観光資源もないため、駅の利用者はほとんどおらず、津軽今別駅は北海道へ渡る通過点と
してしか利用されていない。この津軽海峡線「津軽今別駅」のある今別町二股地区には、
他にも在来線である津軽線「津軽二股駅」と道の駅である「アスクル」という3つの駅が
隣接している。今別町はこの「3つの駅」を観光スポットとして PR してきたが、当初は多
少の効果は見込まれたものの、それは長くは続かなかった。しかし今回、その3つの駅に
更に隣接して北海道新幹線(仮称)
「奥津軽駅」が建設されることとなり、今別町も町に観
光客を誘致しようと観光振興に力を入れている。
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今別町が抱える大きな問題としては、人口減少や産業の衰退、地域経済の地盤沈下、後
継者不足などが挙げられるが、これらの問題は互いに密接に結びついており、部分的な問
題解決では地域の活性化は難しい。これらの問題全体を捉えた総合的な問題の解決策が必
要である。更に、今別町には、確立された特産物や観光資源などが特になく、地域資源を
うまく活用できていない点も大きな課題である。それに加えて、今別町の、臨海山村地域
であるという地域条件や交通の便の悪さなども、人口流出や地域経済の疲弊などを加速さ
せる原因であり、そのような条件の中で地域を維持していくということの難しさも現実と
してある。そのような状況のなかで、2015 年の北海道新幹線開通は地域経済にとって大き
な好機であり、地域資源の活かし方や PR の仕方次第では地域への大きな経済効果が見込ま
れる。しかし、これまで日本が行ってきた地域づくりの事例からもわかるように、ハード
事業は持続性が保障されないばかりか、場合によっては、結果的に地域の更なる疲弊を招
くこともある。ハード事業のみに期待をするのではなく、それに加え、ソフトの面でどれ
だけ地域が一体となって、地域資源を活用したまちづくりを展開していくことができるか
にかかっていると言ってもいい。第2章では、第4次今別町総合計画の概要を整理し、そ
こから見える地域課題について論じる。
表 5:今別町
自然人口動態
出典:今別町ホームページ
表 6 :今別町
社会人口動態
出典:今別町ホームページ
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第2節 第4次今別町総合計画概要
第4次今別町総合計画は平成 18 年 3 月に策定され、平成 18 年度から平成 27 年度までの
10 年間で実施される。行政運営の指針となる基本構想、行政施策展開の指針となる基本計
画、予算編成及び事業実施の指針となる実施計画から構成されている。今別町では、昭和
30 年から「新町建設 10 ヶ年計画」、
「総合計画」
、
「過疎地域自立促進計画」などに基づいて
まちづくりを進めてきた。地域を取り巻く環境が刻々と変化するなか、今別町は「個性豊
かな充実した生活を送れるまち」を将来像としたまちづくりを行っている。総合計画では、
「自然環境に恵まれた快適で生活環境の整ったまち」、
「健やかで生きがいのあるまち」、
「基
幹産業の確立と創造性に富むまち」、「生涯学習と連帯感あふれるまち」、「効率的な行財政
運営のまち」という5つの軸を掲げている。
その中で、今別町の課題として以下のことが書かれている。
1)生活環境の整ったまちづくり
生活環境の保全や安全な町づくり、交通ネットワークの整備、
2)安心して生活できるまちづくり
子育ての環境、高齢者のための生活環境の整備
3)今別産づくり
農林水産業の振興、後継者の育成対策や有給農地の有効活用、地場産品を安心
して消費できる農林水産物の生産
4)子供達の夢を育む教育
学校・家庭・地域社会などの連携し協力しあう社会の構築、教育環境施設の
整備・充実
5)効率的で健全な行財政運営
合併の検討、これまでの施策の見直し、限られた財源での質の高いサービス
提供、効率的な行財政運営
北海道新幹線(仮称)「奥津軽駅」の開業に向けたアクセス道路の改良整備や、交通手段
の確保、観光振興などの他、交通安全・災害対策、自然保護やインフラの整備、保険・医
療の充実、少子高齢化社会に向けた福祉サービスの充実、農業や漁業などの基幹産業の収
益拡大や後継者の育成、充実した教育環境の整備、地域コミュニティ活動などが主に掲げ
られている。
やはり、地域にとって、人口減少や後継者不足、基幹産業の低迷は大きな問題であるこ
とが改めてわかった。また、少子高齢化社会に直面するなかで、高齢者福祉の充実は急務
であり、それと共に少子化対策として充実した子育て・教育環境の整備を進めることも重
要である。このような厳しい状況のなかで、北海道新幹線(仮称)「奥津軽駅」開業は観光
振興による地域活性化のための一つの好機であり、今別町は、それをきっかけとした地域
経済の成長を狙っていることもわかった。
第1章で述べた旧家島町や上勝町のような、さまざまな問題を抱える地方の状況は、こ
14
れらの地域だけに限られたことではなく、実際に今別町にも当てはまると言える。これら
の地域は、地域コミュニティ活用し、住民参加型の地域づくりに切り替えることで、人口
増加や地域経済の成長とまではいかないながらも、住民の組織化や自治体と住民の協力体
制などの、地域づくりに必要な基盤を整えることに成功した。地域が抱える諸問題を解決
していくためには、やはり行政と地域住民が一体となった地域づくりが必要不可欠である。
今別町にも地域住民による自主グループやボランティアグループはいくつかあるものの、
まだそれらの取り組みは確立されたものではなく、地域が一体となった地域づくりとはな
っていない。このように今別町は、地域一体型まちづくりの基盤すらまだ確立されておら
ず、直面する課題は更に多いように見える。
第3章 今別町民及び出身者へのアンケート調査から見える地域課題
ここまで、日本で行われてきた地域づくりの概要を踏まえた上で、第1章では、現在地
方で行われている地域づくりの事例から、地方が抱える問題と地域おこしの課題について
の整理、第2章では、今別町の地域づくりにおける方針と課題の整理を行ってきた。
第3章では、実際に今別町民に対して実施した地域づくりに関するアンケートをもとに、
住民の視点から見た地域課題について論じる。
第1節
アンケート調査の概要
私は、今別町民及び出身者の地域づくりに対する意識を明らかにするために、アンケー
ト調査を行った。アンケートは、実際に現在今別町に住んでいる人を対象にしたものと、
就職や進学などによって現在町外に住む今別町出身の若者を対象にしたものの2種類を実
施した。
今別町の衰退を食い止めるには、第一に地域経済の成長・維持と後継者の確保が必要不
可欠である。町民にとっては、生活を維持していくためにも、このような地域活性化のた
めの地域課題は目を逸らすことのできないものである。しかし、町外に住む出身者の立場
からすると、地元にいても安定した職や便利な生活などは保障されておらず、今別町に戻
ることは現実的に考えて困難である。町の活性化には後継者確保と経済発展が必要不可欠
だか、地域に雇用や安定した職がないため若者は町外へ流出してしまい、地域経済も衰退
していく。さらに、雇用や安定した職などの生活基盤を創出できるほどの経済的・人材的
余裕もない地方では、このような状況を打破することもできず、問題が深刻になるばかり
であるという悪循環に陥っている。町民たちと、本来町の後継者となり得る町外に住む出
身者たちは、このような状況をどのように受け止め、町の将来についてどう考えているの
かを調査した。
今別町在住者のアンケートは、地域に住む 20 代から 80 代の 48 人を対象に実施した。回
答者の平均年齢は 50.6 歳であった。また、今別町出身者アンケートは 18 歳から 24 歳の 18
人を対象とし、回答者の平均年齢は 20.9 歳であった。調査アンケートの具体的な内容につ
15
いては、今別町の後継者問題に対する意識や、地域の魅力、地域活性化に求められるもの
などについて調査を行った。また、今別町在住者へは、上勝町の地域づくりの事例をもと
に、移住者に対する意識調査も行った。
第2節 今別町在住者及び出身者対象としたアンケート調査の結果
問 1. あなたは今別町を元気にするために何が必要だと思いますか。
在住者回答結果
出身者回答結果
在住者の回答では、
「雇用、安定した収入」と答えた人が 30.4%と最も多く、次に「後継
者増加、人口増加」、「産業発展、経済成長」と続く結果となった。雇用の創出や安定した
収入は、経済成長・産業発展と深く結び付いている課題であることを考えると、やはり、
住民の意識からも最も大きな地域課題は経済発展と後継者確保であるということがわかる。
16
その中でも、経済発展に関する回答には、地域産業の6次産業化(7)や企業誘致を行うべき
であるといった回答もあった。出身者の回答でも、在住者アンケートの結果と同じような
項目があがった。しかし、大きく異なっていた点は、町民アンケートでは 30.4%と最も多
かった「雇用、安定した収入」の割合が、出身者アンケートでは 3.4%と最も少なかった点
である。また、出身者アンケートでは「若者向けの環境整備」という項目が増えた。やは
り、都会での生活に対して今別町は不便な点が多いことは言うまでもなく、それらの改善
をしていくことが後継者確保のためには必要である。
問 2. 町に若者を増やすために何が必要だと思いますか。
在住者回答結果
出身者回答結果
在住者の回答でも出身者の回答でも、
「雇用、安定した収入」という回答が最も多かった。
やはり、若者を取り戻すためには、経済発展が必要不可欠であると言える結果がでた。そ
(7)
6次産業化:農林水産省推進する、農林漁業生産と加工・販売の一体化や、地域資源
を活用した新たな産業の創出を促進する取り組み。
17
の他、在住者の回答では便利で住みやすい環境づくりも重要であるということも言える。
出身者の回答では「若者が暮らせる環境整備」や「若者の意識形成」といった項目が加わ
り、出身者たちは、今別町の若者に対する生活環境が整っていないと感じていることがわ
かる。安定した雇用の他、子育て・教育環境などといった若者に対する生活支援の充実も
やはり重要である。他にも、「若者の意識形成」という項目も加わった。この結果から、町
外に住む出身者の立場としても、今別町の課題を認識し、それに対して若者たちの意識が
十分ではないと感じていることの表れであると言える。
問 3. あなたは農業または漁業の後継者を確保するために何が必要だと思いますか。
在住者回答結果
出身者回答結果
在住者の回答は、「安定した収入」や「行政の支援・補助」
、「産業発展・六次産業化」と
いう回答がほとんどの割合を占めた。また、出身者の回答では、「安定した収入」
、「後継者
育成制度」、「若者が暮らせる環境の整備」という回答が多かった。やはり、農業や漁業は
18
収入が安定していないばかりか、専門的な知識を必要とし、また、農器具などを揃えるた
めに莫大な維持費もかかるため、土地があったとしても取りかかるにはなかなか難しい点
が多くあるということも、後継者減少の原因であろうということがわかる。また、出身者
の回答では、
「若者が暮らせる環境の整備」という回答が 21.4%と多く、地域産業の安定化、
支援制度の他に、やはり若者に対する生活支援の充実も求められていることがわかる。
問 4. 今別町を魅力的な町だと思いますか。
在住者回答結果
出身者回答結果
在住者の回答では、
「思わない」と回答した人が 39.7%と最も多かった一方で、出身者の
回答では、
「とても思う」または「思う」と答えた人が 70%近くに及ぶ結果となった。これ
は意外な結果であったが、やはり、在住者は地域での生活の中で、実際に今別町の抱える
問題を直に感じていることがこの結果に表れたと言える。それに対し出身者は、地元を離
れた後、改めて地元を見ることで、外部の視点から新しい地域の良さを発見することがで
きたと言えるのではないか。このような外部からの視点は、旧家島町での地域づくりの事
例のように、新しい地域の魅力の発見のきっかけとなるもので、地域資源を活かした地域
おこしに活用することができる。
19
問 5. 今別町のどこが魅力的だと思いますか。
在住者回答結果
出身者回答結果
在住者の回答、出身者の回答共に「自然」、「地域の繋がり、温かさ」、「郷土芸能荒馬」、
「食、特産物」、「何もないところ」という項目が出た。これらの魅力は、地域づくりや他
地域への今別町の PR を行っていく上での地域資源となり得るものである。
問 6. 今別町のことが好きですか。
在住者回答結果
20
出身者回答結果
在住者の回答、出身者の回答共に、
「とても好き」または「好き」いう回答が 80%以上と
なった。
以下は在住者のみに回答してもらったアンケート結果である。
問 7. 現在、後継者はいますか。
農業経営者に、後継者がいるかどうかという質問をしたところ、結果は上記のようにな
り、半分以上の農家は後継者がいない、またはわからないと回答した。
問 8. 後継者が欲しいと思いますか。
21
問 3 で後継者が「いない」、「まだわからない」と回答した人たちに対して、後継者が欲
しいと思うかと聞いたところ、約半数は後継者が「欲しいと思う」と回答した。言いかえ
れば、約半数の人は「後継者が欲しいと思わない」、または「わからない」と回答している
ことになり、自分の代で農業を終わりにしようと考えている農家が約半数いるということ
になる。これは、若者が流出しているという地域の現状から、現実的に限界を感じている
状態の表れであると考えられる。このままの状態が続いていくと、将来的に農業従事者は
大幅に減少することになり、やはり地域産業の後継者不足は大きな問題であることがわか
る。
問 9. もし地域外からの移住希望者がいた場合どう思いますか。
問 10.
もし地域外から希望者があり、町側の受入体制が整っていた場合、移住希望者が
農業や漁業などの地域産業の後継者になることをどう思いますか。
これまでに述べた上勝町の事例では、地域づくりの結果ある程度の転入者の確保に成功
していることがわかった。地域の人口や後継者の増加という課題に対応するためにも、地
域外からの転入希望者があり、町側の受け入れ態勢が整っていた場合、町の後継者・産業
に後継者として受け入れる気はあるかという質問をしたところ、回答は上記の通りであっ
た。どちらも約 90%もの人が受け入れたいと回答した。この結果から、地域社会の転入者
に対する受け入れ意識は寛容であるということが言え、転入希望者がいた場合、町外者を
地域後継者として迎え入れることも一つの後継者確保のため手段となり得ることがわかっ
た。
22
以下は、出身者のみに回答してもらったアンケートである。
問 11. 今別町に帰りたいと思いますか。
この問では、約 60%の若者が今別町に帰りたいと答えた。しかしそのうちの半数以上は、
帰りたくても帰ることができない状況にあることがわかった。
問 12. 「帰ることができない」、「帰りたくない」理由は何ですか。
「帰りたくても帰ることができない」、「帰りたくない」と答えた人に対してその理由を
聞いたところ、50%の人が「仕事がない、安定した仕事がない」ためと回答した。また、交
通面や生活面の不便さも大きな理由であることがわかった。やはり、地域に後継者を確保
するためには、安定した雇用の創出と生活環境の整備が必要不可欠であると言える。
第3節
アンケート結果から見える地域づくりの課題と可能性
このアンケート結果からも、やはり地域の大きな課題は、経済の衰退と後継者不足であ
るということがはっきりとわかった。これらの問題の解決のためにも、何度も述べている
通り、地域産業・経済の発展や、人口増加は必要不可欠である。アンケートでは、六次産
23
業化や観光客の誘致、企業の誘致が必要であるという回答も多くあり、これらの取り組み
により地域経済を成長させ、人口を取り戻すことは非常に重要であると考えられる。しか
し、それによる地域活性化を実現させるためには、部分的な問題解決ではなく、密接に結
びつく多くの問題を総合的に解決していく必要がある。
出身者アンケートの回答では、地域に後継者を確保し、地域活性化を図っていくために
は、「若者が暮らせるような環境の整備」が必要であるという回答が多くあった。また、出
身者全体の約 60%が「今別町に帰りたい」と回答し、その半数以上が、今別町の雇用不足
や、交通面・生活面での不便さなどから、帰りたくても帰ることができない状況にあると
回答した。つまりそれは、交通手段や、毎日の生活の中で最低限必要な商業施設、病院な
どの整備の他、若者へ向けた就職支援や子育て環境の整備などが求められていることを表
しており、出身者にとって、現在の今別町の生活環境は整備が不十分であるということが
わかる。特に、交通手段や商業施設、病院などの整備は、若者だけでなく全町民にとって
も必要不可欠なものであり、それらの重要度は非常に高い。しかしながら、限られた町の
予算で、これらのような地域づくりを十分に行うにはやはり限界がある。特に、高齢化の
進行が深刻な今別町では、高齢者へ向けた生活環境の整備が最優先課題となる。しかし、
生活環境の十分な整備が困難なのであれば、例えば今別町に住みながらも、必要に応じて
青森市内に通うことができるような交通面の充実などといった、それなりの対応策がなさ
れなければならない。いずれにしても、今のままでは、町外へ出た若者たちが、今別町に
戻ってくることのできる環境が整っていないことは間違いない。
地域産業に関して言うと、アンケート結果から、農業経営者の約半分以上は現在後継者
のいない状況にあることが明らかとなった。このままの状況が続くと、地域産業はその経
営自体が立ち行かなくなってしまう。地域産業の後継者を求める場、つまり雇用は多くあ
ると言えるが、やはり農業や漁業などの第1次産業は安定した収入が保障されておらず、
実際の就業希望者は非常に少ない。さらに、それらには専門的な知識が必要となり、また、
莫大な維持費もかかるため、資金援助や後継者育成制度、安定的な取引先の確保など、何
らかの行政や関係機関からの支援がなければ経営が難しいという点も大きな原因である。
それだけでなく、高学歴化に伴い今別町からも大学へ進学する者が増加する中で、大学卒
業後、収入の安定しない今別町に戻り家業を継ぐことを考える者は、現実的に考えてほと
んどいないだろう。しかし、上勝町の事例を参考にすると、地域外からの転入者が地域の
後継者となり得るということがわかる。今別町の在住者へのアンケートの結果でも、およ
そ 90%もの人が、転入者がいた場合受け入れたい、地域産業の後継者として受け入れたい
と回答した。現在、田舎暮らしやスローライフなどといった言葉がよく言われるようにな
り、地方が都会への人口流出に苦しむ一方で、地方での田舎暮らしを希望する人が増えて
きた。このような中で、転入者は、後継者としての潜在的な供給源となりそうである。し
かし、それをうまく取り入れ成功に結びつけた事例はなく、出身者アンケートの回答には、
成功させるためには何が現在欠けているかという点で、重要な示唆があるように思う。さ
24
らに、外部からの転入者の受け入れは、地域の人口増加・後継者確保に繋がるだけでなく、
旧家島町の地域おこしの事例のように、外部からの視点が加わることにより、地域づくり
に新しい可能性をもたらすという利点もある。
今回のアンケートでは、今別町の課題が浮き彫りになっただけでなく、町の在住者と町
外に住む出身者との間の地域活性化に関する意識の共通点やずれを確認することができ、
地域が抱える問題の根本部分に触れることができた。この論文の冒頭で、ハードによる地
域おこしは、持続性が保障されず、場合によっては地域の衰退をますます進行させるもの
になると述べた。しかし、今別町民及び出身者のアンケート結果から、地域の疲弊を食い
止めるためには、必要に応じたハードの整備も重要であることがわかった。しかしながら、
ハードだけがあればいいという問題でもなく、それに伴ったソフト面の整備も進める必要
がある。地域内の課題と、出身者の視点から見えてくる課題の双方を理解し、それらに基
づいた総合的な地域づくりが必要であると言える。
結論
ここまで、今別町を事例に、地域が抱える根本的な問題点と、それを踏まえた地域づくり
の可能性について述べてきた。これまでの日本が行ってきた地域おこしや、旧家島町、上
勝町、今別町などの事例から明らかとなった地方の現状と地域づくりを取り巻く課題をも
とに、今後地方が抱える諸問題をどう打開し、地域の活性化に繋げていくことができるか、
その解決の糸口について検討する。地域に根差した経済成長や後継者の確保という客観的
諸条件と、地域社会の幸福論という両側の視点から論じていく。
第1節
地域活性化に向けた諸問題解決の糸口
地域経済や地域社会の衰退に苦しむ地方は、現在多くの問題を抱えており、地域の持続
には少なくとも経済の維持と人口増加、後継者確保が必要不可欠であることはこれまで何
度も述べてきた。また、これらの問題は互いに深く結び付いており、総合的な問題の解決
が求められているということにも触れた。しかし、大きな経済効果が見込まれる大規模プ
ロジェクトなどによる地域おこしでは、地域の持続的な活性化に成功した事例はほとんど
見つからなかった。しかしながら、地域コミュニティを活性化させるのに効果的な、コミ
ュニティビジネスなどによる地域おこしでは、地域が抱える客観的諸問題の解決には不十
分であることもわかった。地方が直面する問題はますます深刻さを増していくが、その一
方で、最も効果的な地域おこしの手法も確立されていない。日本の中山間地域は、これま
でさまざまな地域活性化のための取り組みを行ってきたが、大きな成果をあげることもで
きず、ますます疲弊していくばかりである。
しかし、今別町の事例からわかったように、例えば電車や商業施設、病院などのように、
生活をしていく上での最低限のハードが整っていなければ、住民は不自由な生活を強いら
れることになるだけでなく、地域の人口流出を加速させることにもなる。地域活性化とい
25
う名目でただひたすら大規模プロジェクトを行うことは効果的ではないが、最低限のハー
ド事業はやはり必要であると言える。しかし、単にそれらを整備するだけでは、これまで
日本が行ってまちづくりの繰り返しである。旧家島町の「探られる島」プロジェクトを手
掛けた、コミュニティデザイナーである山崎亮氏は、これまでの地域づくりに対する国の
計画はハードの整備であり、ソフト面に関するケアがされてこなかったことが問題である
と指摘している。(8)上勝町で行われ、一定の成果をあげることのできた、第三セクター設
立などの地域おこしの手法は、ハードとソフトが一体となったものであったとも言える。
つまり、ハード事業に伴うソフト事業のケアが重要なのである。第3章で、今別町の地域
づくりに関して、若者へ向けた生活環境の十分な整備が不可能なのであれば、必要に応じ
て青森市内へ通うことができるような交通手段の充実などといった、それなりのハード整
備も必要であると述べた。しかしそれは、ハード整備に伴ったソフト面の整備が基盤とし
て行われていることが前提である。さもなければ、交通面が整備されると共に、若者はま
すます今別町から流出するだろう。今別町でのアンケートの結果に、地域活性化のために
観光客誘致や地域産業の6次産業化、企業誘致などが必要であると言った回答があったが、
それらに関しても、ハードとソフトが一体となった取り組みを展開していかなければ、こ
れまでの地域づくりのように失敗に終わる恐れがある。ハードとソフト、どちらかに偏る
のではなく、両者が一体となったバランスのとれた地域づくりというものが求められてい
ると言える。
次に、後継者不足の問題については、事例から、地域出身の若者だけでなく、地域外か
らの転入者も地域の後継者となり得るということがわかった。それには、行政と地域住民
とが一体となった地域社会の受け入れ態勢が必要不可欠ではあるが、地域にとって大きな
効果をもたらすものとして期待できる。上勝町では、ワーキングホリデーなどの地域体験
型観光事業によって転入者数を増やしていった。今別町でも、新幹線開通に向けて地域体
験型観光の推進が検討されているが、事業が成功すると、これをきっかけに転入者を増加
させることも可能である。このような、ワーキングホリデーや、グリーンツーリズムなど
といった地域体験型観光事業は、地域資源をそのまま活かすことで行うことができ、財源
の確保が難しい地方にとっては、非常に取り組みやすい手法であると言える。また、これ
らは、地域に少なからず経済的効果を与えるばかりでなく、地域産業の維持を助けるとい
う働きも持っており、地方にとって効果的な地域おこしでもある。さらに、その活動を通
じて、外部との繋がりが生まれ、地域にとって良い刺激となり、さらにはコミュニティの
活性化により、住民たちの生きがいや地域への誇りの創出にも効果がある。しかしながら、
それらの、事業によって転入者を増加させるためには、地域の魅力を最大限に引き出した
地域づくりを行っていく必要がある。しかし、それが極めて困難であることも上勝町の事
例を見れば明確である。上勝町の場合は、後継者となる地域外からの転入者は最初は増加
したが、その後減少に転じ、その代わり町内からの転出者が年々増加している。
(8)
山崎、前掲書、46~47 頁。
26
これまで見てきた様々な事例から、今後、このような地域づくりが地方の抱える課題の
解決の糸口となり得ると言える。
地域資源を最大限に活かした、ハードとソフトが一体
となった取り組みにより地域に経済的成長をもたらし、さらに、地元の若者に限らず、外
部からの転入者を後継者として受け入れることで、総合的な地域問題の解決をしていくべ
きである。
第2節
地域活性化の客観的諸条件と地域社会の幸福論の関係性
これまでに何度も述べてきたように、地方の衰退を食い止めるには、経済衰退や人口減
少などの問題と向き合っていくことが必要不可欠であり、さもなければ地域社会の維持は
不可能である。しかしながら、それだけが本当の意味での豊かな地域づくりであるとも言
いきれない。旧家島町や上勝町の事例では、消して経済的に豊かとはいえない地域でも、
そこのコミュニティで地域づくりに取り組む人々の様子は、非常に幸せそうに映る。豊か
さとは何ではかるべきかという社会的に広く認知された指標はないが、冒頭でも述べたよ
うに、地域づくりというものの本来の目的は、何よりも「人々が幸せに暮らすことができ
る地域の創造」であるべきである。そこに、説明しようのない矛盾があるようにも感じる。
最後に、そのような、社会的・精神的豊かさと地域活性化のための客観的諸条件との関係
性について述べる。
日本総合研究所主席研究員である藻谷浩介氏は、経済成長率とは、複雑な計算から導き
出した数値であり、実態との間にずれが生じるものであると述べている。藻谷氏は、経済
成長率をについて、仮定を積み重ねて作られた平均値の話であり、また、それで測るのは
フロー、つまり貨幣や所得の流量であって、ストックではないという点を指摘している。
そのため、町の財政が豊かかどうかは、本当の意味での豊かさとは必ずしも一致しないと
言う。しかし、それはある程度の経済的・社会的ストックがあることが前提とされている。
(9)
藻谷氏は「限界効用の逓減」と言うものを指摘している。「限界効用の逓減」とは、経
済的に成長することで個人も社会もどんどん豊かになるが、ある程度のポイントを過ぎた
らそれ以上成長しても豊かさの実感はさほど伸びないというものである。つまり、経済面
での成長だけを続けるより、金銭には換算できないような価値を増やすことができる程ま
で世の中が成熟してきたのだと言う。(10)そのような中で、都会や田舎など、それぞれのラ
イフステージに応じて住む場所を選択していけることこそ、これからの日本の本当の豊か
さではないかと述べている。(11)つまり、自分の暮らしたい環境を求めて、地方への移住、
都会への移住が自由にできることが、これからの日本の本当の豊かさであるということに
なる。
(9)
藻谷浩介・山崎亮『藻谷浩介さん、経済成長がなければ僕たちは幸せになれないので
しょうか?』学芸出版社、2012、72~78 頁。
(10)
藻谷・山崎、前掲書、97~98 頁。
(11)
藻谷・山崎、前掲書、139~140 頁。
27
このことから、地域外からの転入希望者が、今後の地方の後継者となり得るということ
が言える一方で、同様に地方から都会へ移り住む移住者がいることも認めなければならな
い。このような状況においては、田舎への移住希望者が都会へ流出する者の数を上回らな
い限り、または相殺するような数にならない限り、地域の維持は不可能ということになる。
しかし、現実的に考えて、地域へ戻ってくる出身者、または転入者がそれほどの数に達す
るには限界があることも事実ではある。しかしながら、若者の増加が地域に新しい視点を
もたらし、新しい地域づくりの可能性を生み出すことには期待が持てる。
社会的・精神的豊かさと地域活性化のための客観的諸条件との関係性に関しては、この
研究からはその理論を見出すことはできなかった。そこに本研究の限界があると自覚して
いる。しかし、アンケート結果から、地域が抱える多くの課題が明らかとなった一方で、
町民及び出身者の 80%以上もの人が今別町を好きだと感じており、地域での暮らしに何ら
かの充実感を感じていることがわかった。つまり、経済成長と地域の豊かさが必ずしも一
致しないのと同様に、地域が抱える客観的課題の多さと、住民の社会的・精神的豊かさは、
直接的には関係していないようにも思える。しかしそうは言っても、これらは根本的な部
分で密接に繋がっており、課題解決に努めることが住民の社会生活を豊かにし、住民の地
域を大切に思う気持ちが地域課題解決への活力となっていくという、互いに補い合う関係
性にあると言える。客観的諸条件を満たすことと、地域住民の社会的・精神的豊かさの創
造は、地域にとってどちらも必要不可欠な課題である。ハードとソフトが一体となった地
域づくりが求められているように、客観的諸問題の解決と社会的・精神的豊かさの創造も
一体化して行われていくべきなのである。
本論文を作成するにあたり熱心なご指導を賜った先生方、また、快くアンケート調査に
協力してくださった今別町民の皆さんに、心より感謝いたします。本当にありがとうござ
いました。
【参考文献】
笠松
和市/佐藤
由美
2010
『持続可能なまちは小さく、美しい
上勝町の挑戦』
学芸出版社
藻谷
浩介/山崎
亮
2012
『藻谷浩介さん、経済成長がなければ僕たちは幸せに
なれないのでしょうか?』学芸出版社
山崎
亮
2011
『コミュニティデザイン
人がつながるしくみをつく
る』学芸出版社
山崎
亮/NHK「東北発☆未来塾」制作班
2012
『まちの幸福論
28
コミュニティデザインから考える』
NHK 出版
【オンライン資料】
「総務省・統計局政策統括官(統計基準担当)
・統計研究所」
http://www.stat.go.jp/index.htm
2013 年 1 月 12 日
2013 年 1 月 12 日
「姫路市」
http://www.city.himeji.lg.jp/
「上勝町」
http://www.kamikatsu.jp/
「徳島県」
http://www.pref.tokushima.jp/
「青森県」
http://www.pref.aomori.lg.jp/index.html
2013 年 1 月 13 日
「今別町」
http://www.town.imabetsu.lg.jp/top.php
2013 年 1 月 13 日
「農林水産省」
2013 年 1 月 12 日
2013 年 1 月 12 日
http://www.maff.go.jp/index.html
29
2013 年 1 月 15 日