1 携帯電話の授業への活用に関する考察 浜松大学経営情報学部 富澤

ただ、それではやはり学生が 90 分間集中で
携帯電話の授業への活用に関する考察
きず、雑談・居眠りをすることになる。教員
側も、最近では学生の満足度を引き上げるた
浜松大学経営情報学部
め、何とか眠らせないよう、講義の合間に「余
富澤 豊
談」を挟むことを求められる。余談が授業に
関連した内容であればよいのだが、単なる雑
談との境目が見えなくなってくると、これは
1.携帯電話の授業活用の意義
単に学生というお客様に媚びているだけでは
大学の授業、特に人数の多い講義形式の授業
ないだろうか。
において顕著であるが、学生の注意を 90 分間
90 分間の授業に、学生を飽きさせない流
にわたって喚起し続けることが、昨今難しく
れ・抑揚はあってしかるべきだが、それが講
なっているといわれる。
義内容を逸脱してはならないのは当然のこと
その要因のひとつとして、学生の注意力の低
である。
下が問題視されている。友人との私語は、か
携帯電話を学生の手から、今さら取り上げる
つてからあったはずであるが、最近では、む
ことは不可能であるし、たいした意味を持た
しろその教室にいない友人との「会話」に頭
ない。であれば、むしろ携帯電話を授業に積
を悩ます教員も多いのではないか。携帯電話
極的に有効活用することを考えたい。
のメール機能による、友人とのやり取りであ
彼らが肌身離さず、それこそ夜眠る時でさえ
る。
も、枕元に置いておく携帯電話を、授業に上
通話や着信音に悩まされることはほとんど
手に活用することが、授業への参加意欲を高
ないと思われるが、メールのやり取り、また
め、学習効果を上げることをもたらすと考え
サイトの閲覧といった行為は、教員の視線か
られる。また、講義内容から逸脱することな
らみると、相当に紛らわしい。無言でできる
く、講義全体の流れに抑揚をつけられること
操作であるうえ、ともすれば授業に集中し、
も、十分に可能である。
ノートに何かを記述していると見えるからで
私は、2004 年度より浜松大学に赴任し、
ある。前席の学生の陰に隠れたら、いくらカ
2005 年度後期から、携帯電話を授業に活用し
バン等に仕舞うことを強制しても、お手上げ
てきた。以下、携帯電話の授業への活用につ
である。
いて、実際に行った経験から、その効果と限
その一方で、大人数の講義において、学生と
界、また今後の展望を記したい。
の双方向コミュニケーションをとることは、
事実上不可能である。教壇近くに着席してい
2.ケータイ授業の仕組みと手順
る学生を指名し、回答を求めても、他の学生
携帯電話を授業に使うには、必要なシステム
がそれに集中できないという問題がある。ま
は以下の通りである。
た、現実的には、学生を指名しても、満足な
回答を得られないという問題もある。
【ケータイ授業に必要なシステム】
そのため、講義形式の授業は、どうしても教
・ホームページをアップするサーバー
員の一方的な演説にならざるをえない。
・アンケートCGI
1
また、当然のことながら、講義を行う教室に
・ホームページ作成ソフト
・FTPソフト
LAN環境が整っていないと意味がない。授
・教室のLAN環境
業中に学生の回答内容をダウンロードしてこ
そのケータイ授業である。
これらを準備を調えた上で、授業前に必要な
携帯電話からみるとはいえ、パソコンから閲
サイトを作成しておく必要がある。
覧するウェブサイトと同様である。
大学内のサーバーを使うことも考えられる
図表 2:ケータイ授業で使用する画面例
が、セキュリティの問題もあるため、私は自
身でレンタルしているサーバーを使用してい
る。
契約先のサーバーは、ファーストサーバ株式
会社である。この会社のレンタルサーバーに
は、さまざまなCGI(Common Gateway
Interface)が用意されている。
ホームページ作成ソフトは、HTMLが記述
できるものであれば何でもよい。私は、IB
Mのホームページビルダーを用いている。ま
た、FTPソフトは、フリーウェアのFFF
TPを使用している。
図表 1:ケータイ授業の画面作成
学籍番号と氏名は必須として、授業中に小テ
ストを行うなら、その内容を記しておく。私
はおおむね前日までに作成しておくが、それ
でも授業の展開によって、聞きたい内容を変
えたいこともある。その際、いちいちホーム
ページ作成ソフトを立ち上げ、修正して、ア
ップロードしてということをやっていてはも
ったいない。
「肝心の項目」はできるだけバッ
ファのある設問文にしておくことがポイント
といえる。
ケータイ授業を行ううえでの、全体的な手順
を下記に示した。
2
【ケータイ授業の手順】
【携帯電話の授業活用パターン】
<小テストの例>
・授業内小テスト
(授業前日まで)
・通常テスト、レポート
・ 小テストの問題を記述したサイトを
・予習(宿題)
作成する。
・復習(宿題)
・ アップロードする。
※出席管理
(授業当日)
・ 小テストのタイミングがきたら、アク
出席管理も含め、これまで「紙」で行ってき
セスするURLを発表する。
たものを、ウェブ(ケータイ)に置き換える
・ 学生が閲覧、順次回答する。
だけである。ただ、携帯電話には、紙には絶
・ 回答を締め切ったら、FTPソフトを
対に不可能なことができる。
立ち上げ、レンタルサーバーにアクセ
それは前項に記した、学生の回答を即時に授
スし、所定の位置から回答ファイルを
業で活用できることである。しかも、プロジ
ダウンロードする。
ェクタに回答内容を示すことができるので、
・ ファイルの体裁を整え、プロジェクタ
数百人規模でも、同時に情報を共有できる。
等に学生の回答内容を投影する。
これこそが携帯電話を授業に活用する最大の
(授業終了後)
メリットである。
・ 学籍番号、氏名を出席管理システムと
学生が、まさに今自分が回答した内容が、プ
照合させる。
ロジェクタに投影される喜び、そして気恥ず
かしさ。これが授業に緊迫感や独特の盛り上
回答ファイルはCSV形式であるため、その
がりを与えてくれる。
まま表示すると、一般的なプロジェクタでは
小テストだけでなく、期末のテストやレポー
文字が小さすぎて、とても読めるものではな
トに使用することも可能である。ただ、レポ
い。サイトからのダウンロード後に、フォン
ートとなると、相当の文字数を記述すること
トの大きさなどの体裁を整える必要がある。
も要求したいことがあるため、パソコンから
また、授業終了後、受講生一覧表とデータを
の使用を勧めている。携帯電話からの回答で
マッチングすれば、そのまま出席データとな
は、思わぬ誤操作により、せっかく回答した
る。紙による出席カードや、バーコードリー
ものが消えてしまうこともある。ただ、それ
ダーによる出席管理システムよりも、さらに
でも一部の学生は、果敢にも携帯電話から回
短時間で処理が可能であることも付け加えて
答してくるものもいるようだが。
おきたい。
予習・復習について、私は学生に回答を強制
していない。あくまでも、授業時間にプラス
3.ケータイ授業の実践方法
して勉強したいという意欲ある学生のみを対
携帯電話を通常の授業に活用するには、以下
象としている。
の 4 つのパターンがある。
予習として携帯電話を使う場合、これはむし
ろ、私のためであることが多い。次回の授業
で取り上げる内容について、事前に学習して
3
おくことを求めつつ、学生たちがその内容に
のブレはないと考えてよい。
ついて、どれほどの知識を持っているのか確
実際の回答例として、2007 年 10 月 10 日の
認するのである。これは教える側にとって、
ものを紹介しよう。課題は「サービスするの
かなり有益な情報となる。暗中模索で授業内
は、なぜ機械ではいけないのか? なぜ人間
容を構成した結果、学生にとってわかりにく
が必要なのか?」という、やや重たいテーマ
い内容となっては意味がない。学生の知識レ
である。
ベルを把握しつつ、到達させるべき水準を考
えながら内容を機動的に変えていくことがで
【小テストの回答例】
きるのである。
・サービスは機械で対応できないものだ
復習は、宿題の形式となることが多いが、講
から人間が対応する必要があるから。
(34
義内容の理解度を測定する役割を果たしてく
文字、2 年男子)
れる。
・サービスというのは、全てが決まった
形ではないので、機械では融通がきかな
4.実際の回答状況の検証
い。臨機応変に対応しなければならないサ
それでは、ケータイ授業によって、実際にど
ービスは、人間でなければ提供できないと
のような回答が寄せられるのかを検証してみ
思う。
(76 文字、2 年女子)
よう。分析対象の講義は 2007 年度後期「マ
・即時の対応や人間の持っている暖かみ
ーケティング論」である。受講者総数は 249
がない。人の目を見て心理を読めるのでそ
名である。
れに対応出来る。
(45 文字、2 年男子)
授業内の小テストを 4 回、宿題を 7 回実施
・相手に対する気持ちが伝わらないから。
している。
(18 文字、2 年男子)
・人間にあって機械にないものがあるか
【小テストの検証】
ら。そのものとは心である。それの有無で
小テストの 4 回について、平均回答者数は
左右されることがある事柄もあるから人
173 名、1 人あたり平均記入文字数は 30.7 文
間は必要になる。例えば機械はマニュアル
字である(図表 3 参照)
。
どおりしか動けないが、人間は違う。この
授業内では、小テストの回答時間は約 10 分
ようなことによって機械だけのサービス
間としている。これを超えると、回答を終え
はダメなのだ。
(117 文字、2 年女子)
た(データ送信終了)学生がざわつき始め、
落ち着かない雰囲気が漂ってくるためである。
この 117 文字という回答が、この回の最多
考えてもわからない学生には、無理に回答せ
記入文字数である。ちなみに最少は 8 文字で、
ずともよいと指示している(その場合、学籍
これは中国人留学生によるものだった。
番号と氏名のみを記入して送信させる)
。
一般的に、女子学生の方が、ケータイの扱い
図表 4 のグラフをみてみると、回答者数は
に慣れているのか、また授業への参加意欲も
漸減しているものの、記入文字数は 3 回目ま
高いためか、記入文字数は多い傾向がある。
で上昇している。個人による記入文字数に差
はあるものの、全体の平均でみれば、さほど
4
図表 3:ケータイによる授業内小テスト回答
回答
者数
平均記入
文字数
課題内容
9 月19 日
177
28.2 浜名湖パルパルのライバルとその理由
10 月10 日
172
32.0
11 月7 日
194
11 月28 日
147
27.4 浜松の有楽街に店を出すならどこか?
平均
173
30.7
サービスするのは、なぜ機械ではいけないのか? なぜ人
間が必要なのか?
自分が店長をしているカフェに、開店時間前にお客様が来
35.0
たら、どのように対応するか?
図表 4:ケータイによる授業内小テストの推移
ケー タイ による授業内小テ スト回答
200
100.0
180
90.0
160
80.0
記
70.0 入
文
60.0 字
数
50.0
単
40.0 位
・
30.0 字
(
(
回
答 140
者
120
数
)
)
100
単
位
80
・
名
60
40
20.0
回答者数
平均記入文字数
20
10.0
0
0.0
9月19日
10月10日
11月7日
5
11月28日
【宿題の検証】
持つかで全然違ってくるからだと思いま
一方の宿題は(図表 5 参照)
、平均回答者数
す。ある人のモチベーションが低いと周り
は 92 名。これは回答を強制しなかったことに
の人のモチベーションまで下げて仕事に
よる。平均記入文字数は 57.8 文字と、小テス
悪影響が出ます。だから仕事にやる気は必
トの 2 倍近い数値となっている。
要だと思います。
(99 文字、2 年女子)
宿題については、平均記入文字数の最多回が
・やる気を出してるのと、出してないの
69.0 文字、最少回が 47.1 文字と、宿題に比較
では仕事の出来に差が生じるから。
(33 文
してばらつきがある。課題の内容を考慮する
字、3 年男子)
と、比較的答えを書きやすい内容の場合、短
・店員にやる気なさそうに対応されたら
い記述で、若干複雑な内容の場合に長くなる
嫌な気分になるから、もうその店に来てく
傾向にあるようだ。他人に対する説明で、簡
れなくなってしまうかもしれないから。
潔明瞭に説明可能な場合と、多言を要する場
(54 文字、2 年女子)
合があるのと同じと考えてよいだろう。
宿題の回答例は、先述の小テストと同日のも
この回の宿題で最多記入文字数は、実に 329
のである。課題内容は、
「どうして『やる気』
文字である(最少は 7 文字)
。ケータイがいま
を出して仕事をしなければいけないのでしょ
だに手につかない方にしてみれば、300 文字
うか?」である。
もひたすら親指で打ち続けることは、信じら
れないことなのではないだろうか。
【宿題の回答例】
・やる気は、その人の業績や周囲の人に
影響する。また、その人が接客をする立場
なら会社自体の顔という観点で、やる気の
なさが会社全体のやる気のなさ、指導力の
低さの露呈になってしまう。
(89 文字、2
年男子)
・やる気のない人が接客をすると表情な
どに出たり、態度に表れてしまい、お客様
に不快な思いをさせてしまうから。接客以
外のお仕事でもやる気のない人間は周り
からの評価が下がるので自分の評価のた
めにもやる気は出さなければいけない。
(109 文字、3 年男子)
・アルバイト・正社員、関係なくそこで
働いている以上そこの店の顔であるから
一人でもダメだと店、全体の信用に関わっ
てくるから。
(60 文字、2 年男子)
・仕事はどれだけモチベーションを高く
6
図表 5:ケータイによる宿題回答
回答
者数
平均記入
文字数
課題内容
9 月19 日
106
59.5 浜松大学のライバルとその理由
9 月26 日
103
58.4 ○○は、○○の代わりになる。その理由は。
10 月10 日
102
69.0 どうして「やる気」を出して仕事をしなければいけないの
10 月17 日
98
10 月24 日
113
10 月31 日
80
55.4 授業内容についての感想と質問
11 月7 日
43
52.7 飲食店の経営全般について、疑問に思ったこと。
平均
92
57.8
でしょうか?
47.1 あなたが今まで受けたサービスの中で、最も感動したサー
ビスを教えてください。
62.5 あなたが、普段よく行く飲食店は、どんなお店ですか?
そのお店のよいところや悪いところを書いてください。
図表 6:ケータイによる宿題回答の推移
ケー タイによる宿題回答
200
100.0
180
90.0
160
80.0
記
70.0 入
文
60.0 字
数
50.0
単
40.0 位
・
30.0 字
(
(
回
答 140
者
120
数
)
)
100
単
位
80
・
名
60
40
20
20.0
回答者数
平均記入文字数
10.0
0
0.0
9月19日 9月26日 10月10日 10月17日10月24日 10月31日 11月7日
7
5.学生の意見
いない。彼らにとって、最も身近なツールで
このような授業形式について、学生はどのよ
ある携帯電話を授業に活用する意味は、ここ
うに考えているのだろうか。
にある。彼らが全く関知しないIT機器では
ケータイ授業を初めて行った2005年度の際
なく、誰もが持ち歩くツールであるからこそ、
に、その感想を聞いたものがあるので、いく
驚きも大きくなると考えてよいだろう。
つか紹介したい。
6.ケータイ授業の長所・短所
携帯電話を授業に用いる長所と短所を、下記
【ケータイ授業に対する感想】
に整理してみた。
・ぶっちゃけ、この授業にはおどろかさ
れました。授業の出席やレポートの提出を
携帯やパソコンからメールでなど、他の授
【ケータイ授業の長所】
業にはないスタイルにとても面白く魅力
・大人数授業では事実上不可能な、双方
を感じました。
向コミュニケーションが可能となる。
・一年間授業に出てみての感想は、いま
・回答内容を即時に表示することができ
までやったことのない授業でした。携帯で
る。
出席を取ったり携帯でレポートを提出し
・長時間授業の気分転換になる。
たりして新しくさらに楽しく面白い授業
・学生はケータイになら、その場の思い
でした。
つきでも、かなりの分量の意見を、かなり
・授業は楽しかったし、出席や小テスト
のスピードで書き込める。
などは、携帯電話でおこなってくれたの
・データベースソフトに回答データ等を
で、便利だと思いました。だけど、小テス
保管しておけば、過去のデータも一元管理
トの内容をスクリーンで全員の前に発表
できる。
された時は、とてもはずかしかったです。
【ケータイ授業の短所】
・この授業は携帯を使って出席をとった
・携帯電話を持っていない学生への対応。
り、メールでレポートなどができるので便
・データ通信料は学生持ち。
利だと思った。自分達は携帯が身近にある
・不正への対応。
物なので意外と簡単でいいと思う。
・この講義は今までにないやり方で、携
ケータイ授業の最大の長所は、まさに授業を
帯を使ったやり方はおどろいた。これは地
教えている現場で、多数の学生と同時に双方
元に帰ったときなどに、周りに自慢でき
向コミュニケーションが可能になることであ
た。
る。これは、アナログ形式の授業では、ほぼ
・授業で、携帯を使ったのが面白かった
不可能である。
です。授業中に使って良いなんて誰も言わ
また、緊張感を持続しきれない学生にとって、
ないから……。でも、考える時間が短くて
格好の気分転換になる。それも、授業の本筋
焦りました(笑)
。
からはずれた気分転換ではなく、授業内容に
沿ったもので可能である。
物珍しさから、興味を持っていることは間違
8
そして、
わずか 10 分程度の時間を与えれば、
学生は 30 文字程度の回答を、すぐに寄せるこ
このような行為への対策として、下記のよう
とができる。最大では 100 文字を超える回答
に対応した。
も可能である。
また、これらのデータをすべてデータベース
【ケータイ授業の不正対策】
ソフトに組み込めば、出席管理とともに、成
・教室にいる学生しかわからないパスワ
績データ等の管理も大変しやすいものとなる。
もちろんケータイ授業は万能ではない。欠点
ードを学籍番号とともに送信させる。
・回答時間をごく短く設定する(5 分程
がある。
度)。
何より、学生が携帯電話を保有していないと
・回答サイトのURLを複雑なものにす
話にならない。本学には中国からの留学生も
る。
いるため、来日直後の学生であると、携帯電
話を購入できていない者もいるのが現状であ
厳正に対処すれば、さまざまなやり方がある
る。このような学生には、小テストの場合は
と思う。ただ、現状ではこのくらいが限界だ
用紙を配付し、また宿題の場合は、学内のパ
と考えている。また、これ以上の不正対策に
ソコンを使って回答するよう指導している。
時間を取られるのでは、本末転倒とも思われ
また、データ通信料は現在のところ学生持ち
る。今は多少の欠点に目をつぶり、大人数の
となっている点は大きな課題である。サイト
講義での双方向コミュニケーションという可
を閲覧するだけで、数円とはいえ、負担を強
能性を優先したい。
いていることになる。そのため、サイトには
無用な画像ファイルを貼ることはせず、なる
7.携帯電話を授業に活用した先行事例
べくプレーンな状態にしている。
携帯電話を大学での授業に活用した教員は、
以下の 3 名があげられる。
ただ最近は、いわゆる「パケホ」
(パケット
通信し放題)という料金設定で携帯電話を契
約している学生が多い。回答を求める前に、
・広島国際大学人間環境学部 田村博氏
パケホでない契約であると、費用がかかるこ
・明治大学情報コミュニケーション学部
とを告知する必要がある。
川島高峰氏
最後の不正については、これはいたちごっこ
・獨協大学国際教養学部 和田智氏
である。ケータイ授業でももちろん無縁では
いられない。過去にあった不正は以下のよう
広島国際大学田村氏は、かなり先駆的に取り
なケースがあった。
組まれており、2002 年頃から活用開始、2003
年には数々のマスコミに、その授業内容と実
【ケータイ授業での不正例】
績が取り上げられている。
・教室にいない学生に、小テストのサイ
明治大学川島氏は2004年頃から活用されて
トのURLをメール送信。その学生が教室
いる。特筆すべきは、授業中に学生が回答し
外にいながら回答してしまう。
たアンケートデータをその場でグラフ化し、
9
授業に活用している点である。これは、紙媒
【サイバー授業実施概要】
体では絶対に不可能なことである。
・実施日:2007 年 12 月 5 日
獨協大学和田氏は、講義中、学生からの質問
・科 目:マーケティング論
がプロジェクタ画面にすぐ表示する仕組みを、
・内 容:ラーメン店の出店計画研究
フリーソフトを活用して作られている。
・受講者数:153 名
ウェブの掲示板機能をアレンジすれば、この
(うちパソコン使用 41 名)
ような仕組みもできる。ただこれを実施する
・閲覧ページ数:16 ページ
ためには、講義内容の画面とウェブ表示用の
・小テスト設問数:3 問
画面と、2 つのプロジェクタが必要となる。
3 氏の携帯電話活用法は、ここまでに提示し
▼回答場所
た方法と基本的には変わらない。ただ、ここ
学生には、
「教室に来なくともよい」という
数年で変わっている点があるとすれば、表示
指示のもと実施したところ、全体の 51.0%は
速度が上がったことだろう。携帯電話のメモ
自宅からサイバー授業を受けた。通学途中と
リ容量がアップしたことにより、数年前と比
いう者も 1 割ほどいる。
較するだけでも、画像などの表示速度が格段
パソコンを使用して回答した者に、学内とい
に上がった。そのため、データの送信時間も、
う回答が多いのは、学生がパソコンを自由に
相当に短縮できているはずである。
使えるルームがあるためによる(図表 7)
。
8.究極のケータイ授業~サイバー授業
▼通常授業との理解度比較
ここまでは、携帯電話を講義のサブツールと
通常の授業と比べ、授業内容の理解度に差が
して使用してきた例を示した。これらの活用
あるのか質問してみたが、37.3%が「理解し
法は、先行事例として取り上げた 3 氏以外に
やすい」と回答した。
「同じくらい」
(43.1%)
も、すでに導入されている大学もあるかもし
が大勢を占める一方で、
「理解しにくい」とい
れない。
う者も 2 割ほどいる。このような先端的な授
私は、2007 年 12 月 5 日の授業において、
業について、受け止め方は個人により差があ
すべての講義内容をHTML化し、学生が携
るようだ。
帯電話からアクセスできるようにした。学生
また、授業内容の理解度に、携帯電話・パソ
は教室に来ずとも、当日の講義内容を知るこ
コンによる差はほとんどないといえる(図表
とができる、ある意味で究極の授業である。
8)
。
ここでは「サイバー授業」と名づけてみた。
2007 年 4 月にサイバー大学が開学したが、
サイバー授業は、その 1 部分を切り取ったよ
うなものといえる。
講義内容は以下の通りである。
10
■図表 7:サイバー授業/回答場所
自宅
大学内
通学途中
その他
N数
合
回答
方法
計
携帯
パソコン
153
51.0%
112
52.7
35.3
28.6
46.3
41
0%
9.2
12.5
53.7
20%
40%
60%
4.6
6.3
-
80%
100%
■図表 8:サイバー授業/通常授業との理解度比較
理解しやすい
同じくらい
理解しにくい
N数
回答
方法
合 計
153
37.3
43.1
19.6
携帯
112
37.5
43.8
18.8
41
36.6
パソコン
0%
41.5
20%
40%
11
60%
22.0
80%
100%
■図表 9:サイバー授業/通常授業との疲労度比較
全然
疲れなかった
疲れなかった
どちらとも
いえない
少し疲れた
かなり疲れた
N数
合
回答
方法
計
携帯
153
4.6
112
3.6 9.8
パソコン
12.4
7.3
41
0%
5.9
52.3
5.4
24.8
52.7
19.5
7.3
20%
28.6
51.2
40%
14.6
60%
80%
100%
■図表 10:サイバー授業/再受講意向
是非やって欲しい
やって欲しい
たまにならよい
もうやりたくない
N数
合
回答
方法
計
携帯
パソコン
153
16.3
112
17.9
12.2
41
0%
25.5
25.9
24.4
54.2
3.9
51.8
4.5
61.0
20%
40%
12
60%
2.4
80%
100%
▼通常授業との疲労度比較
で提供し、どんなサービスをしたいか。
画面の小さいケータイをじっと見つめ続け
Q3.
(出店したいラーメン店の総合的検
ることは、相当な負担になるのか、通常授業
討)
と比べ、
「かなり疲れた」が 24.8%、
「少し疲
自分が本当にやってみたいラーメン店と
れた」は 52.3%となっており、4 人に 3 人は
はどんな感じの店でしょうか。今日学んだ
疲労を感じている。
ことを振り返りながらじっくり考えてみ
回答方法別では、携帯電話からの回答者の方
ましょう。
に疲労を感じている者が多い。「かなり疲れ
この 3 問の記入文字数の平均値は下記のと
た」と「少し疲れた」の合計でみると、パソ
コンからのアクセス者の 65.8%に対し、携帯
おりである。
電話からのアクセス者は 81.3%に達している。
N数
▼再受講意向
Q1
Q2
Q3
計
153
76.8
107.7
97.4
携帯
112
74.8
109.6
100.2
41
82.2
102.4
89.6
合
サイバー授業をまた受けたいかという質問
に対しては、
「是非やって欲しい」という意見
回答
方法
は 16.3%にとどまり、
「たまにならよい」が
パソコン
54,2%と過半数を占めた。
「もうやりたくな
(平均記入文字数)
い」
という者も 3.9%とわずかではあるがいる。
回答方法別では、携帯電話からのアクセス者
それぞれ文字数の制限は特に設けていない。
の方が再受講意向は高い。疲労は感じるもの
注目は、携帯電話からのアクセス者が、後の
の、手軽さなどから、また受講してみたいと
設問になるほど、記入文字数がパソコンから
いう気持ちになったのだろう。
のアクセス者を上回っている点である。特に、
Q3 の回答では 10 文字以上上回っている。学
▼回答文字数の比較
生にしてみれば、パソコンのキーボード入力
今回のサイバー授業では、閲覧ページ数 16
と、携帯電話の親指入力に、ほとんど差がな
ページ中、3 ページに設問を設けた。かく設
いばかりか、時には携帯電話が上回っている
問の内容は、以下のとおりである。
ことが、ここからもわかる。
<各設問内容>
▼学生の感想
Q1.
(ラーメン店の出店場所)
サイバー授業を受けて、再受講意向はある程
ラーメン店をどこに出すのか決めてみま
度あったが、その感想は賛否両論だった。
しょう。実際にある場所にしてください。
まず肯定的な意見から紹介してみよう。
どこにするか考える時に、その場所の周辺
状況を詳しく考えてください。
<肯定的意見>
Q2.
(ラーメン店の商品開発)
・自分のペースで進められて、内容が理
自分の考えるラーメン店はどんなターゲ
解しやすかったです。よかったと思いま
ットに、どんなラーメンを、いくらくらい
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す。
目が疲れるので、出来ればもうやりたくな
・一人でやることで、凄く頭を使わされ
い。
た。意外にいつもより考えたような気がす
・普段の授業より疲れて、最後のページ
る。
の方が流して、見ている感じになるところ
・授業で毎回ダラダラ聞くより、たまに
があり、たまにの方がいいと思いました。
はこ んな授業す るのも有り だと思っ
でも、おもしろかったといえばおもしろか
た!!
ったです。
・大変だったけど、たのしかったです。
・携帯でやったら戻るボタンが無く、前
・このような授業ははじめてで、戸惑い
のページにバックしたら書いた事が全部
ながらも楽しく参加できました。体力的に
消えてショックだった。
は疲れましたが、人生経験としてはかなり
・ネットを使っての授業は、どこにいて
重宝することだと思います。
もできることや、自分のペースで読める利
・家で授業を受けるなんて初めて。マイ
点はとてもよかったです。ただ、長い文を
ペースでできて、落ち着いてやれました。
読み進める上で、ケータイを操作する親指
・普段の授業では、気になったパワーポ
と、精神的に疲労がでてきて、理解しにく
イントのスライドショーを見直したり出
い部分もあった。
来ないけど、これだと見直せるし、実際の
・いつもの先生の授業の方がよかったで
店や経営方法を例に出して、詳しく書いて
す。読むのがすごく大変でした。
あるので、とても参考になり考えやすく、
・画面をずっと見ていると疲れてしまう
想像しやすくて楽しかった。
ので、普通の授業のほうがよいと思いまし
・自分で集中出来た感じがしました。あ
た。たまにならいいと思うけど、毎回はき
りがとうございました。
つい気がしました。
・全員でやる授業より、この授業の方が、
・通学中にやると大変でした。時間中に
授業に参加している気がします。
終わらないかと思いました。やっぱり先生
が話してくれた方が理解しやすいです。
キーワードとしては、
「自分のペースででき
る」ということだろう。普段の講義形式の授
否定的な意見は、疲労に対する嫌悪感が中心
業で、いかに他者に影響されていたか、身を
となっている。これは前記のデータのとおり
もって理解したと思われる。
といえる。
否定的意見は、下記のとおりである。
注目は、
「いつもの先生の授業の方がよかっ
た」
「やっぱり先生が話してくれた方が理解し
やすい」という意見ではないか。
<否定的意見>
小学校入学以来、12 年以上にわたり、講義
・授業聞いているより、逆になまけてし
形式の授業を受けてきたが、その間、教員が
まう。
・教室の授業だと寝てしまう事があるの
一方的に話すスタイルについて、特に想いを
で、寝ない分よかったかもしれないけど、
巡らせることもなかったはずだ。そして、時
には鬱陶しいと思ったことすらあるだろう。
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ところが、このような教員が喋らない、ただ
対応を示すかが、ひとつのポイントとなろう。
ひたすらに画面に向かって学習するというス
その限界点を示しているのが、今回著した
タイルを体験してみると、
「講義形式」の授業
「サイバー授業」に対する学生の意見だと考
の意味に気づく。
えられる。
「たまにならよいが、毎回はイヤ」
大学に限らず、すべての学校で授業のマンネ
「やはり先生が話した方がよい」という意見
リ化が懸念されているが、このような「無人
が、すべてを物語っていよう。
授業」を一度でも体験させると、今までとは
従来どおりの、一方通行の授業では、もはや
異なる新しい刺激を、学生・生徒に与えるこ
学生の意識を集中させることはできないのは
とができるのではないだろうか。
自明である。そして学生は、口頭で答えるこ
とができないから、何らの意見を持っていな
9.まとめ
いのではない。
「慣れ親しんだコミュニケーシ
青森大学では、2005 年度より、携帯電話を
ョンツール」を通じれば、意見をきちんと表
授業管理だけでなく、
「教育支援システム」を
明することができるのである。学生は、意見
構築し、運用している。また、ここにきて、
を持っているのである。
「電子マネー」を各種証明書の発行や学食の
その一方、授業のすべてを、
(携帯電話に限
支払いに用いる大学も増えてきた。大学運営
らず)ITツールに頼って行うことは、現状
のIT化は、今後ますます拍車がかかってい
では、学生は必ずしも求めていない。これは、
くことだろう。
今後、さらにIT利用者が低年齢化してくれ
このような状況を鑑みるに、大学における授
ば、状況も変わる可能性がある。ただ、現時
業の内容が、十年一日がごとくの内容では到
点においては、さしもの学生たちでも、すべ
底許されないことと同様、その授業スタイル
てを携帯電話で行うことには、限界を感じて
も、時代に即して変化すべきだろう。
いる。
本来そこに導入されるべきは、パソコンなの
要するに、通常の授業の中に、一定のタイミ
だろうが、価格面、安定性、耐久性、そして
ングで携帯電話などの最先端ITツールを用
何より携帯性の点において、現時点では携帯
いて、受講者である学生と、何らかのコミュ
電話に著しく劣っている。パソコンを、通常
ニケーションを図る。これが、当面の理想の
の授業で使用するのは、専用のパソコン室に
姿なのではないだろうか。
限定される。
パソコンも、インターネットもビジネスには
その点、携帯電話は、極論をいえば、アクセ
すっかり浸透したが、生活にはまだ浸透しき
スするURLさえ告知できれば、校外に出た
ったとは言い切れない。だからといって、大
状況で、学生からの質問・回答などを受け取
学の授業が生活への浸透を待ってよいはずが
ることができる。教室における授業だけでな
ない。21 世紀に残るべき大学こそは、時代を
く、例えば、工場見学や視察旅行などにおい
リードするシステムを持っているべきである。
て、機動的に使うことが可能である。
アナログとデジタルを融合した授業。ビジネ
携帯電話を大学の授業に使うという点にお
ス社会に通用する学生を輩出するためには、
いて、学生はまだ物珍しさをもって見ている。
まずは教員自身が最先端機器の活用に貪欲で
この新奇性が失われた時、彼らがどのような
あるべきだろう。
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○参考文献等
・青森大学ホームページ
http://www.aomori-u.ac.jp/indexks.html
・ITmedia
2003 年 4 月 25 日
「授業のレポートは携帯~禁止から積極活
用に」
http://plusd.itmedia.co.jp/mobile/0304/25/n
_daigaku.html
・学びの場.com 「実践の場から」 2004
年 8 月 18 日
「携帯電話を使ってアンケート。
出欠確認や小テストも~明治大学助教授 川
島高峰先生の試み」
http://www.manabinoba.com/index.cfm/4,
4752,76,html?year=2004
・毎日新聞インタラクティブ 2005 年 3 月
30 日「ケータイで大教室の授業を変える」
(川
島高峰政治学研究室より)
http://www.isc.meiji.ac.jp/~takane/whoetc/
mass-media.html
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