就職活動におけるコミュニケーション能力

就職活動におけるコミュニケーション能力
研究ノート
就職活動におけるコミュニケーション能力
Communication ability in job-hunting behavior
池 田 善 英*
IKEDA,Yoshihide
〈研究ノート要旨〉
企業は大学生を採用する際、コミュニケーション能力を重視している。本研究で
は大学生の言語的コミュニケーション能力の一端を測定した。感謝表現における感
謝型と謝罪型とを、状況に応じて適切に使い分けることが難しい大学生もいること
が明らかになった。就職活動に向けて大学生の教養を高めるため、大学が支援する
ことの有用性が示唆された。
〈キーワード〉 就職活動 言語的コミュニケーション能力 感謝表現 Ⅰ 就職支援
1 導入
大学生の就職率は厚生労働省(2012)によると、2008 年卒業生の 96.9%を極大値として
2011 年卒業生の 91.0%まで、減少傾向が続いていた。しかし 2012 年に卒業した学生の就職
率は 93.6%と回復した。
ただしこの就職率は就職希望者に対する就職(内定)者数の割合である。大学卒業者全体
に占める就職者の割合は 64.8%である。大学卒業者全体には、進学希望者、自営業、家事手
伝い等を含んでいる。この中には、当初は就職を希望したものの就職活動が立ちゆかず、他
*
東京成徳大学経営学部 准教授
経営論集 第 2 号(2013)
1
就職活動におけるコミュニケーション能力
の進路に変更した者も含まれると考えられる。
このような状況において、大学が大学生の就職活動を支援することが、求められている。
大学は既に様々な支援を実施しているが、付加すべき事項もあるであろう。この点を検討す
る基礎資料として、本研究では大学生の就職に関する能力の一端を明らかにすることを目的
とする。
2 支援体制
谷内(2005)は、職業観や職業意識を醸成するのに、大学の果たす役割は大きいと指摘し
ている。そして、学生の資格取得や将来に向けてのキャリア・デザインをサポートする、キャ
リア支援機能が求められている、としている。ここでは主に職員の職務を想定している。本
学においては、職員組織としては学生生活課が、職業教育に当たっている。
一方、本田(2005)は、「『教育の職業的意義』を再び高めるための教育システムの改革に
敢然と取り組む必要がある」と述べている。ここで教育の職業的意義とは、「社会の側、特
に仕事という社会的領域が期待する有効性」である。「学習者の労働力としての質を向上さ
せること、すなわち職業に関連した知識やスキル、態度などを学習者に与えること」である。
ここでは主に教員の職務を想定している。本学においては、教員組織による職業教育は、キャ
リア教育科目群を設置している。加えて他の科目でも、個々の教員の経験や判断に基づいて、
実施されていると考えられる。
濱中(2007)は四年制大学の学生の就職活動プロセスを概観し、以下のようにまとめてい
る。①就職支援サイトへの登録、②企業への資料請求、③説明会・セミナーへの出席、④エ
ントリーシートの提出、⑤面接、の 5 段階である。
また大学の選抜性に基づき、4 種類の大学類型を設けて、分析を行っている。その結果、
偏差値 46 以下の私立大学の学生はそれ以上の大学生と比較して、就職活動の時期がやや遅
く、活動量が少なく、内定を獲得する時期が遅い、などと指摘している。ただし活動開始時
期を早め、より多く活動するよう促すことが、内定獲得に結びつくかには、否定的である。
同じ大学類型の中で見れば、開始時期の影響は小さく、活動量による大企業就職への影響は
見られないからである。
このことは大学の類型によって、内定獲得に至る活動プロセスの詳細が、異なることを示
している。そして選抜性の低い大学の学生の場合、銘柄大学の学生の就職活動モデルを単純
に当てはめることはできないことを示している。従って望ましい就職支援のあり方や、支援
すべき内容が異なると考えられる。
3 就職活動に対する自己効力感
2
経営論集 第 2 号(2013)
就職活動におけるコミュニケーション能力
大学はどのような観点から、学生を支援することが望ましいであろうか。1 つの観点とし
て、学生の就職活動に対する自己効力感を高めることが挙げられる。
太田・岡村(2006)は短期大学生を対象に、就職活動に対する自己効力感尺度を作成した。
因子分析に基づき 3 因子を抽出した。
第 1 因子は「就職活動への効力感期待」である。「できるだけ多くのセミナーに参加する
こと」など、就職活動を実行することへの自信の程度を表す。第 2 因子は「就職活動への結
果期待」である。「就職活動のノウハウを勉強すれば、よりよい就職ができるだろう」など、
就職活動をすれば就職できるという確信の程度を表す。第 3 因子は「自己と就職の結合への
期待」である。「自己の持ち味を最も生かせると思う仕事や就職先を決めること」など、自
己分析を就職と結びつけることへの自信の程度を表す。
就職活動への効力感期待が高い者ほど、内定数が多い傾向があった。自己と就職の結合へ
の期待が高い者ほど、内定数が多かった。以上をまとめると、就職活動への効力感期待およ
び自己と就職の結合への期待は、就職活動に対し正の関連があると考えられる。
池田(2008)は、短期大学における就職支援のあり方を検討する基礎として、どのような
学生が就職活動に積極的に取り組み、就職活動を成功させるのか、を探索的に検討した。こ
こに関わる変数として、就職活動に対する自己効力感を採り上げ、これらが就職活動に及ぼ
す影響を検討した。就職活動の指標としては主に、就職活動の開始時期と内定を得た企業数
を採り上げた。
就職活動への効力感期待および自己と就職の結合への期待が高い者ほど、就職活動の開始
時期が早く、内定を得た企業数が多かった。
就職活動への効力感期待とは、就職活動を実行することへの自信を現している。もともと
実行する自信があったということは、相応の知識や技術を持っていたのだろう。そのため、
早期から就職活動に取り組む意欲が沸き、多くの企業から内定を得られたのだろう。
ただしこの研究では内定を得た後で、調査を実施している。このため就職活動に成功した
ことで、就職活動への効力感期待が高まったとも言える。前述の知見には留意が必要である。
自己と就職の結合への期待とは、自己分析を就職と結びつけることの自信を現す。自己理
解の深いものほど、適切な企業を選択し、また面接で自己宣伝を上手に行え、多くの企業か
ら内定を得られたと考えられる。
就職活動を開始した時期が早い者の場合、就職活動への結果期待が高い者ほど、内定を得
た企業数が多かった。就職活動への結果期待とは、就職活動をすれば就職できるという確信
を現している。そこに根拠があるかないかは別として、成功を確信できることが積極的な取
り組みにつながると言える。
また就職活動を開始した時期が早い者の場合、自己と就職の結合への期待が高い者ほど、
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就職活動におけるコミュニケーション能力
内定を得た企業数が多かった。これは前述の機制によると考えられる。
就職活動を開始した時期が遅い者の場合、就職活動への効力感期待が高い者ほど、内定を
得た企業数が多かった。これは前述の機制によると考えられる。
これらをまとめると、より深く自己を分析し、企業を研究し、就職活動のノウハウを身に
つけることが、就職活動に対する自己効力感を高め、就職活動の成功をもたらすと考えられる。
Ⅱ 就職におけるコミュニケーション能力
1 社会人になるときに求められる資質
学生が就職活動に対する自己効力感を高めるためには、どのようなスキルを身につけるべ
きであろうか。この点を、日本企業が新規学卒者を採用する際に求める資質から、検討する。
坂本(2007)は関西地方を本拠地としている 24 社の採用担当者を対象に、面接を行った。
その結果を基に考察し、仮説的なリストにまとめた(表 1)。
表 1 新規卒業者に求められる資質
対自己
自律
ストレス耐性
対他者
言語的コミュニケーション力
対課題
思考力
情緒的コミュニケーション力
実行力
坂本(2007)に基づき作表
対他者の内訳だが、言語的コミュニケーション力(言語を用いて他者の考えを理解し、他
者に自分の考えを伝える)を置いている。具体的には、読む・聴く(受信)と、書く・話す
(発信)、を例示している。併せて情緒的コミュニケーション力を置き、具体的には、他者へ
の共感(他者の感情を受信する)、自己の感情の表現(自分の感情を発信する)、を挙げてい
る。このようなコミュニケーションの能力が、就職活動に必要な資質であることを指摘して
いる。
ただし言語的コミュニケーション力と情緒的コミュニケーション力を、併置している点に
ついては、検討の余地がある。言語的コミュニケーションとはメッセージの符号に基づく分
類であり、非言語的コミュニケーションを対置すべきである。一方、情緒的コミュニケーショ
ンとはメッセージの内容に基づく分類であり、対置するのは知識・情報的コミュニケーショ
ンとでも呼ぶべきものであろう。
次に労働政策研究・研修機構(2011)は、入職初期(入社 3 年目くらいまで)及び若手人
材(入社 10 年目くらいまで)を中心に、企業で求められる人材像を明らかにした。全国の
20000 社に調査票を郵送し、3392 社(有効回収率:17%)から回答を得た。
4
経営論集 第 2 号(2013)
就職活動におけるコミュニケーション能力
その結果、
「これまで育成、確保することを重視してきた人材」としては、
「職場でチームワー
クを尊重することのできる人材」(76.2%)をあげる企業の割合が最も高かった。「今後、育
成、確保することを重視する人材」としては、
「リーダーシップを持ち、担当部署等を引っ張っ
ていける人材」
(68.2%)が 2 番目に多く、
「部下の指導や後継者の育成ができる人材」
(67.2%)
が 3 番目に多く、「職場でチームワークを尊重することのできる人材」
(58.3%)が 4 番目に
多かった。
これらは、コミュニケーションの能力が高い人材を企業が求めてきたこと、その傾向が将
来に向けてますます高まっていること、を示している。
経済産業省は社会人基礎力という概念を提唱している。「職場や地域社会で多様な人々と
仕事をしていくために必要な基礎的な力」と定義している。社会人基礎力は 3 つの能力と
12 の能力要素から構成されている(表 2)。
表2 社会人基礎力
3 つの能力
12 の能力要素
内容
前に踏み出す力
主体性
物事に進んで取り組む力
働きかけ力
他人に働きかけ巻き込む力
実行力
目的を設定し確実に行動する力
課題発見力
現状を分析し目的や課題を明らかにする力
計画力
課題の解決に向けたプロセスを明らかにし準備する力
創造力
新しい価値を生み出す力
発信力
自分の意見をわかりやすく伝える力
(アクション)
考え抜く力
(シンキング)
チームで働く力
(チームワーク) 傾聴力
相手の意見を丁寧に聴く力
柔軟性
意見の違いや立場の違いを理解する力
情況把握力
自分と周囲の人々や物事との関係性を理解する力
規律性
社会のルールや人との約束を守る力
ストレスコントロール力
ストレスの発生源に対応する力
経済産業省ウェブ・サイトに基づき作表
ここではチームで働く力(チームワーク)という能力のうち、発信力および傾聴力という
能力要素で、コミュニケーション能力を取り上げている。
このように学生が社会人になるにあたり、コミュニケーションの能力を身につけておくこ
とが社会から期待されている。
2 コミュニケーションの種類
コミュニケーションはメッセージを構成する記号の種類によって、言語的コミュニケー
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就職活動におけるコミュニケーション能力
ションと非言語的コミュニケーションに大別される。言語的コミュニケーションでは言語を
用いるのに対し、非言語的コミュニケーションでは言語以外の表情・身振り・手振り・しぐ
さを用いる。
(1)非言語的コミュニケーション
採用面接における志願者の非言語的コミュニケーションに関する研究として、山口(2001)
を挙げられる。山口はアイコンタクト・スマイル・うなずきに焦点を合わせ、その機能を説
明している。アイコンタクトは他者への好意の表出機能と反応のフィードバック機能を持つ。
スマイルは他者への好意の表出機能と印象管理機能を持つ。うなずきは促進剤機能を持つ。
これらを適切に表すことができれば、志願者は面接者に対し自己の望む印象を形成させ、肯
定的な反応を引き出し、結果的に採用という目的を達成できる、と述べている。
また山口(2002)の第 1 研究では、スマイルやアイコンタクトが就労面接の評価に及ぼす
影響を検討している。実験参加者は就職を希望する女子大学生である。実験者は実験参加者
に「あなたの特技は何ですか。それについて話して下さい」、
「あなたの好きな科目について、
どれだけ知識があるか話して下さい」と役割演技を求めた。この場面をビデオに録画し、ス
マイルおよびアイコンタクトの回数を測定した。また評定者が実験参加者のサービス事業者
としての適性を評定した。その結果、自己宣伝をしているときのスマイルが多いほど、評定
者からスマイルが適切であると評価され、また人事評価も高くなった。サービス事業者にお
ける職業適性があると評価されるためには、自己宣伝におけるスマイルの表出頻度が重要な
意味を持つことが明らかになった。
(2)言語的コミュニケーション
言語的コミュニケーションによる自己呈示は、言語学においてはポライトネスという概念
で捉えられる。これを滝浦(2008)に基づいて紹介する。
まず人には、「他者に邪魔されたくない・踏み込まれたくない」欲求(ネガティブ・フェ
イス)と、「他者に受け入れられたい・よく思われたい」欲求(ポジティブ・フェイス)が
ある、とする。こうした相反する欲求を持った人間同士が対面する状況では、自分と相手の
どの欲求にどう配慮するかという問題が生じる。対面的コミュニケーションの言語的振る舞
いにおける配慮のことを、ポライトネスと呼ぶ。対人関係を調節する言語的な手段である。
ポジティブ・フェイスを顧慮する方略は、相手との距離を縮め、相手とともに事柄に触れ
ようとする、表現の共感性が特徴となる。しかし「なれなれしい」とか「ずうずうしい」と
いった印象を抱かれる危険がある。ネガティブ・フェイスを顧慮する方略は、相手を遠くに
置き、事柄に直接触れないようにする、表現の敬避性を特徴とする。敬語という形式による
だけでなく、内容の表現方法によっても伝達される。
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経営論集 第 2 号(2013)
就職活動におけるコミュニケーション能力
Ⅲ 言語的コミュニケーション能力の実態
1 目的
大学学部進学率が 50%を超え、伝統的な大学・学生像では把握しえない変化が、非選抜
型大学において生じている。居神(2010)は非選抜型の大学に、認識の発達の遅れと関係の
発達の遅れを持つ学生を含むことを、指摘している。認識の発達の遅れとは「公共的な職業
訓練を受けるのに最低限必要な学力水準に到達していない」ことである。関係の発達の遅れ
とは「非正規雇用でも対人接触を伴う業務の遂行は困難な」ことである。
企業が採用においてコミュニケーション能力を重視していることから、本研究ではこのう
ち関係の発達の遅れに焦点を当てる。その実態の一部を記述することを目的とする。具体的
には感謝表現を取り上げ、状況に応じて言語的な表現を適切に使い分けることができている
かを、探索的に明らかにする。
岡本(1992)は 19 種類の状況を挙げ、同性同年齢の親しい相手および年上で疎遠な相手
を想起させ、そこで用いる感謝表現を自由記述法により回答させた。その回答の定型表現を、
表 3 のように分類した。その結果、相手の負担が大きいと感じられる状況ほど謝罪型が多用
され、感謝型が少なくなる傾向が示された。
表 3 感謝表現の分類
感謝型
謝罪型
その他
ありがとう
申し訳ない M
恐れ入ります
申し訳ありません
失礼します Si
(
「ありがと」を含む) A
ありがとうございます Ag
(
「申し訳ないです」を含む) Ma
サンキュー Th
ごめん G
助かる Ts
感謝 K
ごめんなさい Gn
助かります Tsm
感謝します
悪い
岡本(1992)に基づき作表
本研究では、実験参加者が感謝型の感謝表現と謝罪型の感謝表現を、使い分けられている
かを検討する。そこで感謝型の感謝表現を取ることが多い典型的な状況と、謝罪型の感謝表
現を取ることが多い典型的な状況を取り上げる。
また一般に社会的スキルが高い者ほど、適切な自己呈示を行える。そこで社会的スキルの
高い者ほど、感謝表現も適切に行えるのか否かを、付随的に検討する。
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就職活動におけるコミュニケーション能力
2 方法
(1)実験参加者
実験参加者は私立大学の学生 49 名(男性 22 名 , 女性 23 名 , 不明 4 名)である。2010 年 7
月に授業時間の一部を用い、集団実施した。
(2)社会的スキル
社会的スキルの測定には,菊池(1988)の kiss-18 を使用した。回答方法は“いつもそうでない”
(1 点)から“いつもそうだ”
(5 点)までの 5 件法である。全 18 項目からなる。
(3)感謝表現
岡本(1992)は 19 種類の状況を挙げ、同性同年齢の親しい相手および年上で疎遠な相手
を想起させ、そこで用いる感謝表現を自由記述法により回答させた。このうち本研究では、
親しい相手および疎遠な相手の両者に対する、11 状況を引用した。実験参加者には、各状
況で話し手の立場に立ったと想定させ、感謝の言葉を自由記述法で回答させた。
引用した 11 状況のうち、岡本(1992)の中で感謝型の感謝表現が最も多かったのは、
「A5
道教え」であり、感謝型 100.0%に対し、謝罪型 9.2%であった。謝罪型の感謝表現が最も多
かったのは、「B9 待つ」であり、感謝型 28.3%に対し、謝罪型 96.2%であった。そこで分
析にはこの 2 状況を用いる。なお回答は複数あるため、合計が 100.0%を超えている。
3 結果と考察
(1)感謝表現の適切さ
実験参加者の回答を岡本(1992)の基準に基づき分類した(表 4)。ここで出現率(%)と
は、実験参加者から未回答者を除き、そのうちある型の回答を行った者の割合を表す。「A5
道教え」では、感謝型 92%に対し、謝罪型 8%であった。「B9 待つ」では、感謝型 53%に
対し、謝罪型 82%であった。実験参加者は状況の違いを認知し、対応する傾向が見受けら
れた。しかし岡本(1992)の報告と比較すると、典型的な感謝型表現を用いる「A5 道教え」
において、感謝型表現は 8 ポイント少なかった。典型的な謝罪型表現を用いる「B9 待つ」
において、謝罪型表現は 14 ポイント少なかった。状況によって感謝表現を使い分ける程度は、
比較的低かった。
表 4 記述統計量
度数
A5 感謝型
8
49
最小値
最大値
0
平均値
2
1.71
標準偏差
.612
出現率
92%
A5 謝罪型
49
0
1
.08
.277
8%
A5 その他
49
0
2
.35
.694
18%
B9 感謝型
45
0
2
.89
.910
53%
B9 謝罪型
45
0
3
1.44
.841
82%
B9 その他
45
0
2
.11
.383
9%
経営論集 第 2 号(2013)
就職活動におけるコミュニケーション能力
謝罪型の表現として「すみません」類を使用した者は、33 名いた。このうち、本来の「す
みません」ではなく「すいません」を誤って使用した者は、16 名(48%)いた。また本来
目上の者に対して使わない「すみません」類を、年上の疎遠な相手に誤って使用した者が
27 名(82%)いた。
これらはいずれも、実験参加者が感謝表現を適切に行うことが難しいことを示している。
言語的コミュニケーション能力に課題があると考えられる。
(2)使用する感謝表現の型
それぞれの型の回答を行う頻度および社会的スキルとの関連を検討するため、Spearman
の順位相関係数を算出した(表 5)。感謝表現の型の間で有意な相関が認められたのは、A5
感謝型と B9 感謝型、A5 感謝型と B9 謝罪型、A5 その他と B9 その他であった。
A5 感謝型と B9 謝罪型との間で有意な正の相関が認められた。典型的な感謝状況で感謝
型表現を取る者ほど、典型的な謝罪状況で謝罪表現を取っていた。このことは状況の特徴を
適切に認知し、表現を適切に使い分けられる者がいる一方、状況の特徴を適切に認知できず、
表現を適切に使い分けられない者もいることを示している。
A5 感謝型と B9 感謝型との間で有意な正の相関が認められた。また A5 その他と B9 その
他との間で有意な正の相関が認められた。これらは状況を越えて、特有の感謝表現を頻繁に
使用する者がいることを示している。
表 5 相関係数
社会的
スキル
A5 感謝型
A5 謝罪型
A5 その他
B9 感謝型
B9 謝罪型
B9 その他
相関係数
有意確率
N
相関係数
有意確率
N
相関係数
有意確率
N
相関係数
有意確率
N
相関係数
有意確率
N
相関係数
有意確率
N
相関係数
有意確率
N
社会
的ス
キル A5 感謝型 A5 謝罪型 A5 その他 B9 感謝型 B9 謝罪型 B9 その他
1.000
.057
.196
.040
-.077
.103
-.043
.
.699
.181
.785
.617
.506
.783
48
48
48
48
44
44
44
.057
1.000
-.225
-.139
.336
.348
-.037
.699
.
.120
.342
.024
.019
.812
48
49
49
49
45
45
45
.196
-.225
1.000
-.159
-.046
-.185
-.097
.181
.120
.
.275
.766
.224
.524
48
49
49
49
45
45
45
.040
-.139
-.159
1.000
.009
.155
.407
.785
.342
.275
.
.952
.308
.006
48
49
49
49
45
45
45
-.077
.336
-.046
.009
1.000
-.278
-.128
.617
.024
.766
.952
.
.065
.402
44
45
45
45
45
45
45
.103
.348
-.185
.155
-.278
1.000
.195
.506
.019
.224
.308
.065
.
.198
44
45
45
45
45
45
45
-.043
-.037
-.097
.407
-.128
.195
1.000
.783
.812
.524
.006
.402
.198
.
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(3)社会的スキルと感謝表現との関連
前述の表 5 において、社会的スキルと感謝表現の型との間に、有意な相関は認められなかっ
た。また回答例を表 6 に挙げ、社会的スキルの得点の上位 3 名と下位 4 名を比較する。社会
的スキルの高低によって、回答に差異は見いだせなかった。
表 6 社会的スキル別の回答例
社会
的ス
キル
A5 道教え
B9 待つ
85 点
男性
親:助かった。
ありがとう。
疎:ありがとうございました。
助かりました。
親:すまん。
助かる。
疎:すいません。
助かります。
73 点
女性
親:分かった。
ありがとう。
疎:分かりました。
ありがとうございます。
親:待たせてごめんね
疎:お時間とらせてすみません
71 点
男性
親:ありがとう
疎:すみません
ありがとうございます
親:ありがとう
疎:すみません
ありがとうございます
41 点
男性
親:ありがとう
疎:すみません
親:ありがとう
疎:すみません
41 点
女性
親:教えてくれてありがとう。
疎:ご丁寧にありがとうございます。
親:本当ごめんね。
ありがとう。
疎:本当に申し訳ないです。
ありがとうございます。
42 点
女性
親:ありがとう
疎:ありがとうございます
親:急いでたのに、本当ごめん
疎:ご迷惑お掛けしてすみません
42 点
不明
親:教えてくれてありがとう
疎:教えてくれてありがとうございました
親:未回答
疎:未回答
(4)支援の有用性
大学生が就職試験の中で、特に面接において、言語的コミュニケーション能力を問われる。
状況に適切な表現方法が身についていなければ、評価は低くなるであろう。一方で、日本人
にとって日本語によって会話を行うことは日常生活そのものであり、どのように話せば良い
かを改めて考えることは少ないと考えられる。
本研究では大学生の感謝表現を取り上げた。感謝型の回答をすべき場面でそれができ、謝
罪型の回答をすべき場面でそれができる者がいた。このような言語的な表現方法や、その背
景にある状況の認知方法は、生育してきた日常生活の中でしつけられたものであろう。
「当
たり前のこと」
「常識」として、家庭教育や社会教育によって、身についたものと考えられる。
反対に両場面を区別せず、適切に表現できない者もいた。このような大学生を支援するた
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経営論集 第 2 号(2013)
就職活動におけるコミュニケーション能力
めには、教養教育のプログラムに組み込むことが有用であると考える。適切に話せるという
個別のスキルに対する自信が持てれば、就職活動全般に関わる自己効力感も高まり、就職活
動に主体的に取り組むようになれるであろう。
引用文献
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「現代大学生の就職活動プロセス」, 小杉礼子編『大学生の就職とキャリア』勁草書
房 ,pp.17-50.
本田由紀(2005)
『若者と仕事 「学校経由の就職」を超えて』東京大学出版会 .
居神浩(2010)
「ノンエリート大学生に伝えるべきこと ―『マージナル大学』の社会的意義」
『日本労
働研究雑誌』第 602 号 ,pp.27-38.
池田善英(2008)
「短期大学生の就職活動」
『東京成徳短期大学紀要』第 41 号 ,pp.53-60.
経済産業省 ,http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/about.htm「about 社会人基礎力」2012 年 11 月
28 日 .
菊池章夫(1988)
『思いやりを科学する』川島書店 .
厚生労働省 ,http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002a4ov.html「平成 23 年度『大学等卒業者
の就職状況調査』
」2012 年 11 月 28 日 .
岡本真一郎(1992)
「感謝表現の使い分けに関与する要因 (2)」
『愛知学院大学文学部紀要』
第 22 号 ,pp.35-44.
太田さつき・岡村一成(2006)
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経営論集 第 2 号(2013)
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