疾患統計が秘める可能性 ミニチュア・シュナウザーと肝・胆・膵疾患

コミュニケーションツールとしての疾患統計・1
コミュニケーションツールとしての疾患統計・7
疾患統計が秘める可能性
ミニチュア・シュナウザーと肝・胆・膵疾患
島村麻子(アニコム ホールディングス株式会社)
ア・シュナウザーの場合は、外見の似通った小型犬である
ミニチュア・シュナウザー
アッフェン・ピンシャーとの異種交配を行い、その後、選択
繁殖によって小型化している。また、多くのテリア(ラテン
原産国 ドイツ
語で、穴を掘るの意)の原産はイギリスで、獲物を攻撃する
起源 15 世紀
よう育てられているが、ミニチュア・シュナウザーはより広
ユーティリティ・ドッグ
い意味で農場犬(番犬)としての歴史があるという特徴もあ
体重 6 ∼ 7kg
る。もともとは、農場に出没するネズミを捕っていたため、
体高 30 ∼ 36cm
あの特徴的な髭や眉毛が追いつめたネズミの反撃から顔を
写真提供:安藤顕司
守ってきた。機敏さを兼ね備えた小型犬でありながら、体力
もあり、筋肉がよく発達している。1 頭でかなりの広さの農
地を見張っていたようだ。
ミニチュア・シュナウザー
慎重さ、トレーニングのしやすさ、忠誠心等のおかげで、
近年は、家庭犬として世界的に人気だ。
アッフェン・ピンシャー(独語でアッフェン=猿、ピン
シャー=テリア)という犬種をご存じだろうか。とても個性
ミニチュア・シュナウザーの疾患統計
的な風貌をしているのでぜひ一度ネット検索してみていただ
きたい。ミニチュア・シュナウザー(Miniature schnauzer、
2004 年 4 月 1 日∼ 2008 年 3 月 31 日までにアニコムクラブ
独語でシュナウツ=口髭)は、ドイツの牧羊犬として非常に
に加入した19,338頭のミニチュア・シュナウザー(0∼10歳)
古くからの歴史を持つスタンダード・シュナウザーと、こ
の疾患罹患率を調査した。犬全体の罹患率と比較して 1.5 倍
のアッフェン・ピンシャー(もしくは、ミニチュア・ピン
以上の高い罹患率を示している疾患が18分類中の4分類あっ
シャー)との異種交配によって作出された。通常、犬種の小
た(表 1、図 1)
。
型化は小型の個体の選択繁殖によって行われるが、ミニチュ
罹患率
(%)
30
25.1
25
20
13.7
15
13.4
10.9
10
7.7
7.5
5
5.7
4.2
1.3
0
2.2
2.1
15
16
17
18
腫瘍疾患
14
損傷
13
寄生虫症
0.7
感染症
0.7
内分泌疾患
12
0.7
2.4
1.3
血液・免疫疾患
11
皮膚疾患
http://www. animalmedia. co. jp
3.9
3.3
筋骨格疾患
54
10
歯 口・腔疾患
図1 ミニチュア・シュナウザーの罹患率(◆は犬全体の罹患率)
9
耳の疾患
8
眼の疾患
7
神経疾患
6
生殖器疾患
5
泌尿器疾患
4
肝・胆道疾患
3
消化器疾患
2
呼吸器疾患
循環器疾患
1
2.2
ミニチュア・シュナウザーと肝・胆・膵疾患
表 1 ミニチュア・シュナウザーの疾患別罹患率
ミニチュア・
犬全体(b)
シュナウザー(a)
681,039 頭
19,338 頭
表 2 ミニチュア・シュナウザーの性別罹患率(上位 5 疾患)
男の子
a/b
ミニチュア・
犬全体(b)
シュナウザー(a)
364,423頭
9,877頭
a/b
肝・胆道疾患
5.7%
3.0%
1.9
*
血液・免疫疾患
0.8%
0.3%
2.7
*
泌尿器疾患
10.9%
5.8%
1.9
*
肝・胆道疾患
6.1%
3.0%
2.0
*
血液・免疫疾患
0.7%
0.4%
1.8
*
泌尿器疾患
9.8%
4.9%
2.0
*
内分泌疾患
2.4%
1.6%
1.5
*
生殖器系疾患
1.7%
1.0%
1.7
*
腫瘍疾患
7.7%
6.3%
1.2
*
腫瘍疾患
7.7%
5.3%
1.5
*
生殖器系疾患
2.2%
1.9%
1.2
*
皮膚疾患
25.1%
22.1%
1.1
*
神経疾患
2.1%
1.9%
1.1
消化器疾患
13.4%
12.7%
1.1
歯・口腔疾患
2.2%
2.1%
循環器疾患
4.2%
損傷
女の子
ミニチュア・
犬全体(b)
シュナウザー(a)
316,616頭
9,461頭
a/b
泌尿器疾患
12.0%
6.6%
1.8
*
1.0
肝・胆道疾患
5.3%
3.0%
1.8
*
4.3%
1.0
内分泌疾患
3.1%
1.7%
1.8
*
3.9%
4.0%
1.0
血液・免疫疾患
0.5%
0.4%
1.2
耳の疾患
13.7%
14.6%
0.9
皮膚疾患
25.0%
22.0%
1.1
眼の疾患
7.5%
9.3%
0.8
感染症
0.7%
1.0%
0.7
ア・シュナウザーでは 2 倍近い 10.9%であり、10 頭に 1 頭は
寄生虫症
0.7%
1.1%
0.7
罹患していることになる。犬全体の罹患率と同様、加齢に
呼吸器疾患
1.3%
2.2%
0.6
伴って上昇していき、女の子のほうが男の子よりも全体的に
筋骨格系疾患
3.3%
5.8%
0.6
*
*
高い罹患率を示している(図 2)
。
ミニチュア・シュナウザーの血液・免疫疾患の罹患率は、
* p < 0.01 で有意差あり(カイ 2 乗検定)
犬全体が 0.4%に対して 1.8 倍の 0.7%、内分泌疾患は、犬全
体が 1.6%に対して 1.5 倍の 2.4%である。もともとの罹患率
が低い疾患ではあるが、性別でみてみると、男の子の血液・
肝・胆道疾患のミニチュア・シュナウザーの罹患率は、犬
全体の 3.0%に対して 2 倍近い 5.7%であり、17 ∼ 18 頭に 1 頭
免疫疾患は、男の子の犬全体が 0.3%に対してミニチュア・
の割合で罹患している(図3)。5歳あたりから加齢とともに、
シュナウザーでは 2.7 倍の 0.8%、女の子の内分泌疾患は、女
犬全体に比べて急激な増加傾向にある。
の子の犬全体が 1.7%に対してミニチュア・シュナウザーで
泌尿器疾患の罹患率は、犬全体が 5.8%に対してミニチュ
は 1.8 倍の 3.1%であることは注意しておきたい(表 2)。
罹患率(%)
20.0
ミニチュア・シュナウザー
の女の子
ミニチュア・シュナウザー
の男の子
18.0
16.0
14.0
ミニチュア・シュナウザー全体
12.0
犬全体
10.0
8.0
6.0
4.0
2.0
0
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10 (年齢)
図 2 泌尿器疾患の罹患率の年齢推移(ミニチュア・シュナウザーと犬全体)
infoVets No.148 2010. 11
55
コミュニケーションツールとしての疾患統計・7
罹患率(%)
25.0
ミニチュア・シュナウザーの女の子
ミニチュア・シュナウザーの男の子
20.0
ミニチュア・シュナウザー全体
犬全体
15.0
10.0
5.0
0
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10 (年齢)
図 3 肝・胆・膵疾患の罹患率の年齢推移(ミニチュア・シュナウザーと犬全体)
専門家に聴く
「ミニチュア・シュナウザーの肝・胆・膵疾患」
ALPだけが著明に上昇することが多い。このような場合に
「 ミ ニ チ ュ ア・ シ ュ ナ ウ ザ ー で 肝 疾 患 が 多 い? ミ ニ
ロール値の上昇、肝腫大、細胞診・組織診断による空胞化し
チュア・シュナウザーでは高脂血症が多く、空胞性肝障害
た肝細胞の存在によって診断につなげることができる。高脂
(vacuolar hepatopathy)との関連も昔から言われているか
血症を伴う空胞性肝障害が疑われた場合の治療方針は、原則
らね。その分類では膵臓も入るの? それなら、高脂血症
として低脂肪食となる。ミニチュア・シュナウザーには尿石
(hyperlipidemia)と膵炎の関連も無視できないかも。それ
症などの泌尿器疾患も多いため、泌尿器疾患に対応した療法
から、ミニチュア・シュナウザーでは、胆嚢粘液嚢腫も要注
食を与えていることも多いと思われるが、その場合食事中の
は、とくに高脂血症を伴う空胞性肝障害を鑑別リストに忘れ
てはならない。ALP だけでなく、空腹時の TG およびコレステ
意かな」と熱く語ってくださったのは、わかりやすい講義で
脂肪含有量が高いことが多いので注意が必要である。また、
大人気の東京大学附属動物医療センター内科系診療科准教授
いわゆる肝疾患向けの療法食は、肝臓に負担がないよう適度
の大野耕一先生だ。
に蛋白制限をしているが、低脂肪食ではないため、高脂血症
確かに、30 年以上前からアメリカではミニチュア・シュ
の際にはお勧めできない。
ナウザーに高脂血症が多いことが報告されており(Rogers
また、高脂血症のあるミニチュア・シュナウザーでは、膵
、日本でも、日本獣医生命科学大学獣医生化学教
et al.,1975)
炎も発症の危険性が高いことが報告されている。膵炎がある
室が 1,000 頭近くの犬の血漿を集めて全国調査を行ったとこ
と、多くの場合肝酵素が上昇し、肝外胆管閉塞も併発して黄
ろ、有意に多くの高脂血症があったとの報告がされたばかり
疸を呈することがある。そういった意味でも、ミニチュア・
である(N.Mori et al., 2010)。同様に高脂血症の多い犬種と
シュナウザーは低脂肪食を常食とすべきであると考えられる。
してシェットランド・シープドッグがあげられるが、脂質異
さらに、犬の胆嚢粘液嚢腫も高脂血症との関連が示唆され
常のパターンとしては、ミニチュア・シュナウザーは中性脂
ており、実際にミニチュア・シュナウザーやシェットランド・
肪(TG)が高くみられるのに対して、シェットランド・シー
シープドッグでは胆嚢粘液嚢腫が多い。
プドッグはコレステロール(Tcho)が高いという違いがあ
ることも指摘されている。このように遺伝的背景が示唆され
る高脂血症以外にも、高脂血症がなんらかのほかの原疾患の
存在を示唆している可能性も高く、ヒトの医療のようにより
詳細に脂質異常のパターンを知ることはそれらの診断補助に
なってくるだろう。
ミニチュア・シュナウザーの空胞性肝障害では、多くの場
合臨床症状が認められず、通常の血液検査で肝酵素、とくに
参考:
・犬図鑑-ペットのイエローページワールドドッグ図鑑(http://www.
dogfan.jp/zukan/index.html)
・Research in Veternary Science,88, 394 - 399, 2010.
・内科臨床トピックス 犬種特異的肝疾患について考える , SA Medicine,
Vol.5,No.2,2003.
・高脂血症をどう捉えるか , infoVets, Vol.12, No12, 2010.
飼い主さんとのコミュニケーションツールとして、どうぞお役立てください。
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http://www. animalmedia. co. jp
知 る ワ ク チ ン
「肝・胆・膵疾患」
vol.5
肝・胆・膵疾患が多い犬種は?
アニコム家庭どうぶつ白書によると、下図の犬種が、犬全体の「肝・胆・膵疾患」の罹患率よりも高い罹患率を示しています。
罹患率
(%)
7.0
6.0
5.7
4.7
5.0
犬全体(0∼10歳)
の肝・胆・膵疾患の
罹患率 3.0%
4.2
3.5
3.4
パピヨン
3.6
シー・ズー
3.7
4.0
3.0
3.1
3.0
2.0
1.0
ウエルシュ・コーギー・
ペンブローク
プードル・トイ
チワワ
ヨークシャー・テリア
ポメラニアン
マルチーズ
ミニチュア・シュナウザー
0.0
図 肝・胆・膵臓の罹患率が高いおもな犬種
わんちゃんにも高脂血症があります
「中性脂肪(トリグリセライド・TG)」、「コレステロール」の両方もしくは、どちらかが増えた状態を高脂血症といいます。
ミニチュア・シュナウザーには高中性脂肪血症、シェットランド・シープドッグには高コレステロール血症が多くみられます。
人ではいわゆるメタボ健診(特定健診)で注目されることの多い血液検査項目ですが、犬では人とは違って中性脂肪が動
脈硬化や心筋梗塞につながるという報告はほとんどありません。無症状∼軽度であることが多々ありますが、今後、肝臓、
胆嚢、膵臓などの病気が起きないよう、低脂肪食にしたり、お薬を飲んだほかがよいケースもあります。また、ほかの疾患
が隠れている可能性もありますので、できればより詳細な検査をしたほうがよいでしょう。
●問い合わせ先
より皆さまのお役にたてるよう尽力してまいります。
ぜひご意見・感想をお寄せ下さい。
メールアドレス:[email protected]
●サイト「家庭どうぶつ白書」 家庭どうぶつの今を見られます。ぜひご覧下さい。
http://www.anicom-page.com/hakusho/
infoVets No.148 2010. 11
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