新興国経済評価の二極化、際立つアジア地域の躍進

公益社団法人 日本経済研究センター
第 37 号
Japan Center for Economic Research
2010年10月7日公表
新興国経済評価の二極化、際立つアジア地域の躍進
― 設備投資ブームを取り込む好機、EPAなど官民協働が不可欠 ―
短期予測班 上原 卓・朝倉 啓介
<監修>短期予測班主査 竹内 淳一郎
▼ ポイント ▼
9 投資家の新興国投資の選別が進む中、アジアへの高い評価が目立つ
9 貿易や直接投資を通じた中国との結び付き強化に加え、中間層の拡大という自律的要因が寄与
9 アジアの高成長を好機と捉え、その需要を取り込めば、わが国の景気後退回避の可能性が増す
図 1 新興国の株価動向(MSCI)
160
(06年末=100)
140
120
100
80
60
ラテンアメリカ
アジア(除く日本)
欧州(除く先進国)・中東
G7
40
06/02
06/08
07/02
07/08
(注)現地通貨、配当除くベース。
(資料)QUICK
(月次)
08/02
08/08
【 はじめに ~問題意識~ 】
09/02
09/08
表1
わが国経済の先行き不透明感が、強まってき
10/02
10/09
10/08
実質輸出
(季調済、前期比・前月比%)
た。景気が 2009 年春に大底を打ってから、持
ち直してくる過程において、けん引役を果たし
ウエイト
てきた 3 つの要因が、揃って息切れしている。
10/1Q
2Q
3Q
6月
7月
8月
第一は、輸出の頭打ちである。中でも、わが
国の輸出ウエートで 5 割を超える東アジア向
け輸出に一頃の勢いがない(表 1)。中国当局
が景気過熱の抑制に乗り出し、その結果、中国
のみならず周辺国でも景気が鈍化している。
合計
100.0
5.2
9.5
0.4
▲0.3
2.4
▲4.2
東アジア
51.4
7.9
4.9
1.9
▲1.0
3.0
▲1.7
うち
中国
18.9
9.1
2.5
4.4
▲1.6
7.8
▲1.3
うち
NIEs
23.5
6.9
5.3
0.5
0.4
0.3
▲1.4
(注)3Q は 7-8 月。ウエートは 09 年通関ベース。
(資料)日本銀行『金融経済月報』
第二は、第一とも関連するが、情報関連財市
場での需給バランスの悪化である。スマートフ
第三は、政策効果の剥落である。中でも、エ
ォンの登場やパソコン、液晶テレビなどへの堅
調な需要に支えられてきた IT 関連財市場では、
需要の頭打ちと供給増を背景に、在庫が増加、
コカー補助金制度の打ち切りに伴う自動車需
要の減退と、生産調整の影響が大きい。
年末ないし年度末にかけて、わが国の景気は
生産調整局面を迎えている。
http://www.jcer.or.jp/
1
経済百葉箱 2010.10.7
日本経済研究センター
(2)カントリーリスク
停滞感を強めていくことが予想される。その先
も、為替の円高、株安、企業や家計心理の慎重
アジア株の上昇とも関係するが、投資家のア
化など悪材料が増えつつあり、景気が後退に向
ジア地域への再評価が進んでいる。すなわち、
かうとみる向きもあろう。当センターでも、今
低廉で良質な労働力、アジア危機を経験した後
後、内外の金融経済情勢の変化を点検しながら、
の学習効果などを背景とするプルーデントな
11 月下旬の公表に向けて新たな経済予測の策
政策運営などが評価されている。
定を目指している。予断は許さないが、現時点
一例として、格付投資情報センター(R&I)
では、今年度一杯“辛抱”すれば、再び景気回
が取りまとめたカントリーリスク評価最新版
復パスに復すると予測している。
2
を紹介する 。話題の南欧諸国(下表では先進
国平均に分類される)が軒並み評価を下げる一
こうした見方を支える一つの要因は、中国景
1
3
気が再び再加速するとの見方である 。中国経
済は、景気の過熱抑制に向けた当局の施策を主
方で 、アジア・オセアニア地域への高評価が
目立っている。
因に、緩やかに減速している。しかしながら、
表2
12 年の党指導部の交代を控え、11 年には景気
カントリーリスク(R&I 調べ)
は再び加速するとみられる。その場合、対中輸
出の増加を起点に、生産・所得・支出の好循環
が再度つながることが期待される。本稿では、
アジア・オセアニア
中東
アフリカ
中南米
東欧・CIS
先進国平均
景気腰折れを否定するもう一つの補強材料と
して、「躍進するアジア」がわが国景気を下支
えするとの見方を提示する。
以下では、まず、「躍進するアジア」を現象
面から整理する。続いて、そうしたアジア経済
の好パフォーマンスの背景について、考察する。
最後に、アジア経済の拡大がもたらし得るわが
対象
国数
22
16
11
14
17
20
総合
評価
6.2
5.5
4.8
5.1
5.8
9.0
半年
前比
+0.1
+0.1
+0.1
+0.3
▲0.3
(資料)格付投資情報センター『カントリーリス
ク調査』2010-秋号
国へのプラスの影響と課題を指摘する。
アジア・オセアニアだけでも 22 ヵ国が対象
となっており、国ごとのバラツキは大きい(シ
【 躍進するアジア 】
ンガポールが 10.0 であるのに対し、北朝鮮は
(1)株価
2.0、ミャンマーは 2.5)。その点を踏まえた上
冒頭の図 1 は、新興国株のパフォーマンスを
比較したチャートである。一目で分かるように、
2
R&I では、年 2 回、国内の主要な銀行、事業会社、
研究機関にアンケート調査を行い、投融資先としての
世界各国・地域のリスクを集計・分析している(直近
の 7 月調査では、日本を除く世界 100 ヵ国を対象とし
ている)。
新興国株の二極化が見て取れる。リーマン・シ
ョックに先立つ信用バブル期においては、投資
家のリスク許容度が高まる下で、ほぼ一様に新
興国株が上昇した。もっとも、リーマン・ショ
総合評価のほか、政権(現体制)の安定度、政策の
継続性が保たれない可能性、国際社会からの信頼度、
産業の成熟度、経済構造の問題点、成長のポテンシャ
ル、財政・金融政策、為替制度の妥当性、対外支払能
力、外資政策および戦争・内乱・テロ・疾病等の危険
性の計 12 項目から評価される。9.0 以上は「全く心配
ない」、8.9~7.0 は「まず心配ない」
、6.9~5.0 は「投資
国としてまあ大丈夫」、4.9~3.0 は「不安がある」、2.9
以下は「大いに不安がある」を意味する。
ックを経て、投資家による新興国の選別意識が
進んでいる。最近では、アジアと中南米が評価
される一方、東欧諸国の株価は軟調に推移して
いる。
1
詳しくは、『経済百葉箱』第 35 号、アジアシリーズ
<その 1>「中国景気の減速をどうみるか:警戒?楽
観?―当局が『想定した』過熱の抑制後、2012 年の共
産党大会に向け景気は再加速」を参照されたい。
http://www.jcer.or.jp/report/econ100/index4047.html
3
ギリシャは 4.8(半年前比:▲2.0)、ポルトガル 6.5
(同▲1.5)、アイルランド 7.8(同▲0.4)、スペイン 7.0
(同▲1.5)、イタリア 9.5(同▲0.5)となっている。
http://www.jcer.or.jp/
2
経済百葉箱 2010.10.7
日本経済研究センター
で、東欧や中南米と比較すると、アジアは成長
つの点を重視している。
のポテンシャルや財政金融政策、対外支払能力
(1)中国の高成長、結び付き強化
などへの評価が高い。
アジアのみならず世界経済において、中国の
(3)成長見通し
存在感は着実に強まっている。中国は、その成
IMF では、アジアの成長見通しを累次に亘り
長率の高さもさることながら、成長の源泉がか
引き上げている。先日、公表された最新の世界
つての欧米向け輸出を起点とする構造から、自
成長見通し(WEO)でも、新興国の中で、ア
律的な内需拡大の動きに移行しつつある点が
ジアの高い成長率が際立っている。
目を引く。その意味で、中国経済の拡大を通じ、
表3
先進国と新興国間のデカップリング的な状況
IMF の成長見通し
が世界経済にもたらされている。現在では、中
(暦年前年比%)
08 年実績
09 年実績
09/4 月
10 月
10/4 月
10 月
10/4 月
10 月
アジア
中東欧
21.0
3.6
7.7
3.0
6.9
▲3.6
2010 年 見 通 し
6.1
0.8
7.3
1.8
8.7
2.8
9.4
3.7
2011 年 見 通 し
8.7
3.4
8.4
3.1
国の内需動向が同国の輸入変動を通じ、域内の
中南米
8.6
4.3
▲1.7
みならず世界景気に強い影響を及ぼすに至っ
ている。実際に、①周辺国の中国への貿易依存
度は年々上昇しているほか(表 4)、②足もと
の景気回復局面において、対中輸出の拡大がド
ライビング・フォースとなってきたことは明ら
1.6
2.9
4.0
5.7
かだ(図 2)。
表4
対中輸出依存度
(構成比%)
4.0
4.0
日本
韓国
台湾
シンガポール
タイ
マレーシア
(注)地域の下段計数は、世界 GDP に占める構成比。
【 アジアの高成長の背景 】
既述のとおり、リーマン・ショック以降、新
1999 年
5.6
9.5
2.1
3.4
3.2
2.7
2004 年
13.1
19.6
19.9
7.7
7.4
6.7
09 年
18.9
24.0
26.6
9.8
10.6
12.2
興国の中でもアジアの評価が高まっている。こ
(注)対中輸出依存度=対中輸出額/輸出総額
の背景については、幾つかの要因が複合的に寄
(資料)財務省『貿易統計』
、CEIC Data Company Ltd.
与している。筆者らは、中でも以下でみる 3
図 2 アジア各国のGDPの推移及び対中輸出額
(1)アジア各国のGDP
120
115
110
105
(2)対中輸出額
(季調値、07年10-12月期=100)
800
シンガポール
マレーシア
韓国
台湾
タイ
700
600
500
タイ
マレーシア
シンガポール
台湾
韓国
400
100
300
95
90
(億ドル)
200
(四半期)
100
0
85
10:2
06:1 06:3 07:1 07:3 08:1 08:3 09:1 09:3 10:1
(注)一部の国は日経センターが独自に季節調整を実施。
(資料)CEIC Data Company Ltd.、Bloomberg
06:1 06:3 07:1 07:3 08:1 08:3 09:1 09:3 10:1
(資料)CEIC Data Company Ltd.
(四半期)
http://www.jcer.or.jp/
3
経済百葉箱 2010.10.7
日本経済研究センター
上記のような貿易リンケージを通じた相互
する直投受入れ状況をみると(図 3)、09 年は、リ
依存だけでなく、相互の直接投資の拡大を通じ、
ーマン・ショックの後遺症を引き摺る中で、世界全
中国と周辺諸国の結び付きが強まっている。次
体の直投が縮小したことが見て取れる。その中で、
に、その点を検証する。
相対的に踏み止まったのが中国であり、アジア地
域であることに注目して欲しい。一方で、中東欧
(2)直接投資の流入
への直投が目立って落ち込んでいる(逆に、07~
中国と周辺アジアとの直接投資をみる前に、
08 年への中東欧への直接投資の拡大が目を引
世界全体の直接投資動向の中で、アジア諸国が
く)。ASEAN6 ヵ国の対内直投は、世界全体を上
高い評価を受けていることを確認する。
回るペースで推移している(図 4)。今後について
(底固いアジアへの直接投資)
も、アジアへの投資が伸びる公算は大きい。
株価やカントリーリスクなどに現れているアジア
UNCTAD の調査によると、多国籍企業が今後、
への高い評価は、直接投資の流入状況でも明ら
投資残高を増やす地域として、特にアジアを選ん
でいる(図 5)。
かである。国連貿易開発会議(UNCTAD)が集計
図 3 直接投資受入れ状況
(1)世界全体
2,400
2,000
(2)発展途上国
(10億ドル)
1,000
先進国
途上国(中東欧を含む)
800
1,600
600
1,200
(10億ドル)
アフリカ他
ラテンアメリカ
中東欧
中国
アジア(中国以外)
400
800
400
200
0
0
97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09
97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09
(暦年)
(暦年)
(注)先進国・途上国の定義はUNCTADの定義と異なる。EU加盟国のうち、チェコ、ポーランド、ハンガリー、
スロバキア、ルーマニア、ブルガリア、スロヴェニア、リトアニア、ラトビア、エストニアの10カ国は途上国に含む。
(資料)UNCTAD
図 4 ASEAN 主要国の対内直接投資受入れ状況
(02年=100)
500
400
マレーシア(右目盛)
タイ(右目盛)
ベトナム(右目盛)
インドネシア(右目盛)
ASEAN6
世界計
(億ドル)
図 5 途上国の対内直接投資受入れ見込み
南・東・東南アジア
140
120
ラテンアメリカ
300
100 EU12(新規加盟国)
200
80
100
60
0
40
西アジア
CIS
08年調査
09年調査
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
(注)投資残高を50%以上増やす:+4ポイント、50%以上減ら
0
す:-4ポイント、不変:0ポイント。08年調査は07年に対する
02
03
04
05
06
07
08
09(暦年) 08-10年の直接投資の増減見込みを、09年調査は08年に
(注)本表におけるASEAN6はマレーシア、タイ、ベトナム、イ 対する09-11年の直接投資の増減見込みを示す。
ンドネシア、フィリピン、シンガポールの6カ国。図8も同様。 (資料)UNCTAD, World Investment Prospects Survey
2009-2011
(資料)UNCTAD, World Investment Report 2010
-
20
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4
経済百葉箱 2010.10.7
日本経済研究センター
図 6 中国の対内直接投資受入れ見込み
1,400
(億ドル)
対内
対外
1,200
15年:
対内と対外が同
水準に
1,000
800
600
400
200
0
79
81
83
85
87
89
91
93
(注)2010年以降は中国産業海外発展計画協会見通し
(資料)UNCTAD、中国産業海外発展計画協会
95
97
99
01
03
05
07
09
11
13
15
(暦年)
図 7 中国企業の対外進出先
<主要進出先>
60
<将来における投資先>
(%)
(%)
40
35
30
25
20
15
10
5
0
50
40
30
20
10
0
アジア
欧州
北米
アフリカ
アジア
欧州
北米
アフリカ
(注)中国国際貿易促進委員会による対外投資調査。09年12月~10年3月実施。輸出入の実績があった中国の
中小企業3,000社を対象にした調査(有効回答1,377社、回答率45.9%)。複数回答。
(資料)China Council for the Promotion of International Trade, Survey on Current Conditions and Intention of
Outbound Investment by Chinese Enterprises
(中国との相互投資)
ンマーのヤンゴン(22.8 ドル)に至っては 10
分の 1 といった水準でしかない。
前述のようなアジアへの直投流入の底固さ
の背景には、中国と周辺アジア諸国間での相互
中国は現在、対外投資政策を「制限」から「促
乗り入れの拡大も寄与している。周辺諸国から
進」へと政策転換している。こうした政策の下
は、中国での生産拠点構築のほか、中国という
で、中国資本の企業は、海外進出を加速させて
巨大な市場での需要獲得に向けた直投が高水
きている。実際に、中国国家発展改革委員会が
準で続いている。
管轄する外郭団体、中国産業海外発展計画協会
では、中国の対外直投は 2015 年には対内直投
また、中国から周辺アジア諸国への投資も活
に並ぶと予測している(図 6)。
発化している。一つには、中国での賃金上昇や
労働力確保の困難化が、より賃金の低いアジア
なお、中国企業による海外進出先には、資源
への進出を促している面がある。中国周辺各国
国向けの権益獲得を除き、圧倒的にアジアが多
における労働者の賃金は、中国と比べて低い。
い。中国国際貿易促進委員会のデータで確認し
例えば、各地に進出している日本企業が一般工
ても、中国の中小企業の海外進出先(複数回答)
へ支払う賃金(月額基本給)をみると、ベトナ
はアジア地域が全体の 49%を占め、最大の進
ムのホーチミン(99.7 ドル)は広州(227.4 ド
出先となっている(図 7)。また、中国企業は、
ル)の 4 割程度である。また、バングラデシュ
将来の投資先としても、アジアを挙げている。
のダッカ(47.2 ドル)は広州の 5 分の 1、ミャ
地理的な近接性(とくに地続きであることのメ
http://www.jcer.or.jp/
5
経済百葉箱 2010.10.7
日本経済研究センター
図 8 アジア域内の貿易結合度
4.0
(ポイント)
日本⇒中国
ASEAN6⇒中国
中国⇒ASEAN6
3.0
0.2
日本⇒ASEAN6
ASEAN6⇒日本
日本⇒中国
ASEAN6⇒中国
中国⇒ASEAN6
0.1
2.0
0.0
1.0
-0.1
0.0
(前年差)
日本⇒ASEAN6
ASEAN6⇒日本
(暦年)
-0.2
05
06
07
08
09(暦年)
97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09
(注)貿易結合度:(A国からB国への輸出額/A国の総輸出額)/(世界からB国への輸出額/世界の総輸出額)。
1.0を上回ると二地域間の貿易関係は緊密。
(資料)IMF, Direction of Trade Statistics
図 9 中国企業による対日 M&A
(億円)
(件)
(億円)
(件)
30 350
35
30
500
25 300
250
20
200
15
150
10 100
金額
10
250
5
50
件数(右目盛)
5
0
0
1,500
1,250
金額
件数(右目盛)
1,000
750
0
00
01
02
03
04
05
06
07
08
25
20
15
0
09
09
(年)
10
(各年1-9月)
(資料)レコフ調べ
リット)のほか、低廉で豊富な労働力が重視さ
このようなアジアにおける中国のプレゼン
れているものと思われる。また、域内での関税
スの高まりを日本企業は警戒している。アジア
低減に向けた経済協定を積極的に結んでいる
諸国で販売を進めるに当たり、低コストを武器
ことも、進出を促している。
に積極的な売り込みを行う中国企業の存在が、
脅威となっているわけだ。08 年 9 月から 10 月
(深化する中国とアジアとの関係)
にかけてジェトロが実施した在アジア・オセア
こうした中国の“南進”は、域内のアジア諸
ニア日系企業経営実態調査によれば、アジアに
国との経済関係を緊密化させる。例えば、97
進出する日本企業は、現地市場で製品・サービ
年から 09 年における中国の ASEAN との貿易
スを提供する際の最大の競争相手として中国
結合度(輸出ベース)は、1.02 から 1.49 まで
を挙げている 。
5
4
上昇している(図 8) 。他方、日本の ASEAN
との貿易結合度は 2.57 から 2.40 まで低下する
など、ASEAN における中国の存在感が相対的
に高まっている。
4
貿易結合度とは、世界全体の貿易量を基準とした時、
二国間の貿易関係のつながり度合いを示す指標。「1」
を上回れば二国間の貿易関係は緊密であるとされる。
5
日系企業 5,031 社を対象にした調査(有効回答 1,852
社、うち製造企業 944 社、非製造企業 908 社)。
http://www.jcer.or.jp/
6
経済百葉箱 2010.10.7
日本経済研究センター
図 10 日本の対内直接投資残高
20
今後も増加傾向をたどる公算が大きい。その一
つの要素として、諸外国企業の中国からの分散
(兆円)
投資の動きが期待される。今春以降、多発した
7
直接投資残高
15
中国での労働争議やそれに伴う賃金上昇 、外
資系企業への差別的待遇(例えば、ハイテク製
うち中国および香港
品の図面などを含む機密情報の開示)などの動
10
きを踏まえ、企業がアジア地域への分散投資を、
5
より積極化する可能性は高い。
本邦企業では、三洋電機が DVD 再生機用部
0
品の生産を中国からインドネシアにシフトさせ、
96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10
(年末)
(注)10年は1-6月末
(資料)日本銀行・財務省『直接投資残高』
100 億円超を投じて生産能力を 4 倍に引き上げ
8
るとされている (表 5)。そのほかにも、台湾区電
機電子工業同業公会は、今後 3-5 年内に中国に
<中国の対日投資>
進出している台湾電子メーカーが、中国から撤退
していくことは避けられない、と指摘している。現
地力をつけ、資金力も豊富な中国資本は、ブラ
に、同公会ではインド、インドネシア、ベトナムなど
ンド力や、技術・市場確保を企図して、対日投資
9
も増加させている。M&A 助言を専門とするレコフ
への生産拠点の移転に協力すると表明している 。
このほか、香港に上場する木製家具メーカー順誠
によると、中国の対日 M&A 案件は 2000 年に 11
は、賃金上昇傾向の続く中国から、一部の生産機
件にすぎなかったが、09 年には 26 件にまで増加
している(図 9)。10 年に入っても増加傾向は続い
能をバングラデシュに移すことを表明している 。
このように、中国からの拠点分散の動きは、着実
ており、1-9 月の累計で既に 31 件に達している。
に拡がっていくとみられる。
10
10 年中の主なディール案件をみると、電力設
表 5 中国進出企業の中国外シフトの例
備メーカーの遼寧高科能源集団による半導体製
造装置メーカーのエバテック買収(投資額 45 億
企業名
業種
生産・調達の
シフト先
三洋電機
電機
インドネシア
商社
南アジア
東南アジア
家具
バングラデシュ
履物
東南アジア
アパレル
インドネシア
ベトナム
円)や繊維大手の山東如意科技集団によるアパ
レルメーカーのレナウンへの資本参加(投資額 40
億円)等が目を引いた。
利豊
(香港)
順誠
(香港)
裕元工業
(台湾)
聚陽実業
(台湾)
しかしながら、中国からの対日直投残高は全体
の中で未だ構成比は低い。中国に香港を加えた
対日投資残高は、09 年末で 2,628 億円と全体の
6
わずか 1.4%にすぎない (図 10)。
資本(=株主)の交代を通じ、経営が活性化す
ることも期待され、中国の対日投資は、基本的に
歓迎すべきことであろう。
(資料)各種報道資料を基に筆者作成
7
この点については、本稿に先立ちリリースされた
『経済百葉箱』第 36 号、アジアシリーズ<その 2>「中
国のストライキ多発の背景と本邦企業への教訓」に詳
しいので、興味のある向きは参照して欲しい。
http://www.jcer.or.jp/report/econ100/index4055.html
(先行きも有望な直投流入)
こうしたアジア諸国への生産拠点のシフトは、
6
ただ、中国の M&A 資金がケイマン諸島(英)や英
領ヴァージン諸島などの租税回避地を経由して日本に
流入しているケースが少なくない点は、割り引いて考
える必要はある。
8
9
10
日本経済新聞(2010 年 7 月 29 日付)。
台湾通信(2010 年 6 月 8 日付)。
時事通信(2010 年 6 月 21 日付)。
http://www.jcer.or.jp/
7
経済百葉箱 2010.10.7
日本経済研究センター
図 11 工作機械受注
<内外需別>
300
<外需:国・地域別>
(前年比、%)
(前年比、%)
200
350
300
250
200
150
100
50
0
-50
-100
内需
外需
受注計
100
0
-100
00/01
03/01
その他
北米
欧州
中国
アジア(中国除く)
合計
10/08
09/01
06/01
09:2
(月次)
09:3
09:4
10:1
10:2
10:3
(四半期)
(注)10年7-9月期は7月および8月の前年比・寄与度をプロット
(資料)社団法人日本工作機械工業会
(3)拡大する域内の中間所得層
前述のように、中国企業をはじめ世界からアジ
ここまで、アジアの成長力の高さの背景として、
アへの投資が増加している。これは、何も低廉な
①中国の高成長によるけん引と、②海外からの対
賃金のみを希求するからではない。「アジア」は中
内直投の流入を挙げてきた。ここだけを見れば、
国に代わる生産拠点としてだけでなく、「成長著し
東アジア経済は、海外景気の変調に脆弱なことを
い市場」としても、注目されている。
連想させてしまう。こうした理解は、多分にミス・リ
例えば、中国企業もアジアの中間層の取り込み
ードであり、3 番目の理由として、域内での中間所
に注力している(表 7)。中国の家電大手である美
得層の拡がりが、内需の自律的拡大を通じ、高成
的集団は 2010 年 6 月、インドネシア現地合弁会
長をもたらしている点を確認したい。
社の営業を開始した。同国進出を決めた理由に
アジア開発銀行が先般、公表した調査報告書
ついて同社社長は、「中国およびインドと同様に
(The Rise of Asia’s Middle Class)では、アジア域
世界金融危機に耐えた国で、巨大な人口と市場
内で貧困層にあった家計が経済成長と共に中間
を有しているほか、安定した経済成長と政治が決
層に移行し、購買力が増したことを丹念に調べて
め手になった」と指摘している11。
いる。同レポートでは、アジア途上国(中国を含
表 7 中国企業の主な投資案件(10 年~)
む)の消費支出額は、中間層に牽引されて 2030
年までに 32 兆ドルに達し、その結果、世界全体の
企 業 名
業 種
投 資 先
消費総額の 43%を占めると推計している。
美的集団
家電
インドネシア
長虹グループ
家電
インドネシア
吉利汽車
自動車
インドネシア
美的電器
家電
タイ
海爾集団
家電
タイ
表 6 アジアでの中間所得層の拡大
(百万人、構成比%)
総
人
貧 困
中 間
富 裕
口
層
層
層
1990 年
2,692.2
79
21
0
2008 年
3,383.7
43
56
1
(資料)各種報道資料
このように、中国のみならず、世界からアジア地
域へ投資が集まる。その結果、設備投資や雇用
が拡大し、技術移転が進むという好循環が期待さ
(注)1 日当たりの支出額で 2 ドル以下を貧困層、20
ドル以上を富裕層、その間を中間層と定義。
れる。
アジアには中国を含む。
(資料)ADB, The Rise of Asia’s Middle Class
11
時事通信(2010 年 6 月 23 日付)。
http://www.jcer.or.jp/
8
経済百葉箱 2010.10.7
日本経済研究センター
【 アジア高成長の好機を生かせ 】
の拡大は、本邦メーカーにとって大きな商機とな
ろう。
以上のような要因を背景として、アジア経済は今
後も高い成長が期待できる。このことは、わが国に
このように旺盛な需要が期待されるアジア
経済にとって、どのような意味をもつのであろう
の機械市場ではあるが、中・低価格品を中心に
か。
中国企業の追い上げが目立つ。中国における
全体として、好機であることは間違いない。財の
09 年の工作機械生産額は 7.4%増の 150 億ドル
貿易では、輸送コスト一つとっても、地理的な近接
となり、日本に代わって世界一となった(図
性は大きなメリットである。多くを語る必要もないが、
14)。地場系企業を中心に、中・低価格品が受
アジアの成長は購買力の拡大を通じ、わが国から
け入れられており、ASEAN 主要 5 カ国の輸入
の輸出拡大へつながる。特に、域内での設備投
も、低廉な中国製品の浸透が著しい(図 15)。
資ブームは、本邦企業からの資本財やインフラ輸
従って、日本の地位安泰とはいかない。
出の拡大をもたらす(図 11)。
民間企業の自助努力に加え、政府においても
実際に、成長を続ける東アジア域内では、機械
EPA や FTA の締結を通じ、企業が他国と競争
需要が増加している。比較優位を持つ日系機械メ
する環境で劣位にならぬよう取り組むことも
ーカーの受注は顕著に増加、アジアの設備投資
必要であろう。
と日本からアジア向けの一般機械輸出との間には
(上原卓、研究生、オリンパスより派遣)
一定の相関関係がみられる(図 12)。
(朝倉啓介、研究生、ジェトロより派遣)
世界銀行の予測によれば、中国、インド、インド
ネシアといった内需の規模が大きい国々を中心
に、設備投資は世界全体を上回るペースで拡大
し続けることが見込まれている(図 13)。現地、海
外資本を問わず、アジア域内での設備投資需要
図 12 アジア主要国・地域における総固定資本形成と日本からの一般機械輸出
(前年比、%)
80
60
40
20
0
-20
-40
総固定資本形成(実質)
対アジア一般機械輸出(実質)
89
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99
00
01
02
03
04
05
06
07
08
09 10
(暦年)
(注)1.10年は1~8月の値。
2.総固定資本形成は、中国、香港、韓国、ASEAN6(インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベト
ナム)、インド。
(資料)United Nations, National Accounts Main Aggregates Database 、
財務省『貿易統計』、日本銀行『企業物価指数』
http://www.jcer.or.jp/
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経済百葉箱 2010.10.7
日本経済研究センター
図 13 アジアの総固定資本形成見通し
(前年比、%)
(前年比、%)
15
10
10
5
5
0
0
(暦年)
-5
(暦年)
-5
10
11
12
世界
中国
インドネシア
10
世界
インド
ベトナム
シンガポール
マレーシア
11
韓国
12
台湾
フィリピン
タイ
(資料)World Bank, Global Economic Prospects Summer 2010
図 14 工作機械生産額推移
(億ドル)
180
150
120
日本
ドイツ
中国
イタリア
アメリカ
台湾
02
03
韓国
90
60
30
0
00
01
04
05
06
07
08
09
(暦年)
(資料)日本工作機械工業会『工作機械統計要覧』
図 15 ASEAN における一般機械輸入
(億ドル)
25
20
15
日本
中国
米国
ドイツ
10
5
0
99/01
01/01
03/01
05/01
07/01
09/01
10/05
(月次)
(注)本表におけるASEANは、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、およびシンガポールの5カ国
(資料)各国貿易統計
http://www.jcer.or.jp/
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