糖尿病における足病変と動脈硬化

2009 年7月 27 日放送
糖尿病における足病変と動脈硬化
東京医科大学
内科学第三講座 主任教授
小田原 雅人 先生
昨年、厚生労働省から発表された 2007 年の国民健康・栄養調査の結果によりますと、糖
尿病の罹患者数は 890 万人、糖尿病予備軍は 1,320 万人、合計で 2,210 万人に上ることが
明らかになりました。これまでも糖尿病罹患者は右肩上がりで増加していますし、今後も
高齢化の進行とともに、糖尿病や耐糖能異常者は、ますます増加すると考えられています。
糖尿病患者では、網膜症、腎症、神経障害といった細小血管合併症を予防することが重
要ですが、糖尿病は、また心筋梗塞や脳卒中の原因疾患としても非常に重要であることが
明らかになっており、近年、非常に注目される疾患になっています。
糖尿病では、心筋梗塞や脳血管障害とならんで、第3の動脈硬化性合併症である、末梢
血管疾患(PAD)の発症率も上昇することが分かっています。
末梢血管疾患は、閉塞性動脈硬化症(ASO)とも呼ばれ、足の動脈硬化症とほぼ同じ意
味で使用されています。足の動脈硬化症が進行すると、しばらく歩くと足が痛くなり、立
ち止まらなければならなくなる「間欠性跛行」という症状がでることがあります。また進
行すると、安静にしていても足に痛みが出る「安静時疼痛」がみられるようになり、さら
に進行すると、足に壊疽や潰瘍ができて、傷がなかなか治らず、足を切断しなければなら
なくなることもあります。喫煙をしていたり、高血圧や脂質異常症を合併している例では、
足の動脈硬化症が悪化する傾向にあります。
海外のデータでは、末梢血管疾患がある人の 25~30%は糖尿病で、糖尿病予備軍も合わ
せると約 65~70%に糖代謝の異常があると報告されています。
虎の門病院が中心になって多施設で行った研究データによりますと、糖尿病の罹病期間
が長くなればなるほど、足の動脈硬化症の罹患率は上がる傾向にありました。
アメリカ合衆国のデータでは、糖尿病があると足の動脈硬化症の発症リスクは約2~4
倍に上昇すると報告されており、糖尿病は喫煙と並んで最も重要な発症危険因子と考えら
れています。足の動脈硬化症も心筋梗塞や脳卒中とならんで、血糖の管理状況が悪い患者
さんで発症率が上昇することがわかっており、血糖を厳格にコントロールされている人で
は、足の動脈硬化症も少ないことが、英国で行われた UKPDS という大規模臨床試験で確
認されています。
この試験では、1~2か月の血糖値の平
均を表す HbA1c 値が1%低いと 43%も足
の動脈硬化症が少ないと報告されており、
血糖管理の重要性が示唆されています。
UKPDS のメインの研究では、血糖管理は
原則としてスルフォニル尿素(SU)薬を
用いられていましたが、血糖の厳格な管理
のためには、インスリン治療が必要となる
症例が年々増加する傾向にありました。イ
ンスリン治療は、血糖値を確実に低下させ
る方法であり、インスリンが必要な症例では、インスリン導入が遅れないようにすること
が重要です。概して治療の見直しは遅れる傾向にありますし、インスリン導入にも心理的
抵抗があることが多いため、インスリンが必要となっても、インスリン導入に時間がかか
りすぎ、その間に合併症が進行してしまうということが起こっています。
すなわち、高血糖を放置することなく、たえず生活習慣の改善と治療の見直しをしてゆ
く必要があるわけです。
また足の動脈硬化症の進行を抑制するには、血糖の厳格な管理の他に LDL-コレステロー
ル等の脂質の管理や血圧の管理も重要であることが、数々の大規模臨床試験で示唆されて
います。ですからこのような危険因子も同時に治療する姿勢が大切です。
また、足の動脈硬化症を有する患者さんは、心筋梗塞や脳卒中を起こしやすいことが明
らかになっており、心筋梗塞や脳卒中予防のための治療も必要となってきます。早期糖尿
病では、食後の高血糖が心筋梗塞などの動脈硬化性疾患を増加させることが示唆されてお
り、このような例では、HbA1c の低下とともに食後の高血糖是正も重要と考えられます。
食後の高血糖を是正する経口血糖降下薬、速効型、インスリンリスプロのような超速効型
インスリンの使用も、動脈硬化抑制的にはたらくことが示唆されています。実際、国内で
行われた超速効型インスリンを使用した臨床試験では、心血管エンドポイントが有意に改
善していたと報告されています。
心筋梗塞や脳卒中予防のためには、また、血糖管理だけでなく、LDL-コレステロール等
の脂質の管理や血圧の管理も同時に行うことが必要であり、足の動脈硬化のみに注目する
のではなく、多面的な全身管理を心掛けなければなりません。
デンマークで行われた steno-2
試験では、微量アルブミン尿を呈する早期腎症をもつ2型糖尿病患者に対し、血糖の厳格
な管理とともに、脂質や血圧といった、いくつもの動脈硬化症促進因子に対する介入を行
ったところ、8年間で心血管イベントは半分に減少しました。このように、必要であれば、
いくつもの危険因子に対する同時介入を行うことが重要と考えられます。