大学は特別支援教育を実践活動と理論的な裏打ちで学べる場

【研究者インタビュー No.077】
大学は特別支援教育を実践活動と理論的な裏打ちで学べる場
大分大学 教育福祉科学部 発達科学教育 教授 古賀 精治 (こが・せいじ)
専門: 特別支援教育。臨床心理学。教育心理学。
▲大分大学教育福祉科学部附属特別支援学校にて。
●特別支援教育とはどういう内容の学問でしょう?
特別支援教育は 2006 年の学校教育法の改正で始ま
った教育制度です。それまでは特殊教育と言って,子
どもの障がいの種類や程度に応じて特殊学級などの
場で教育を行っていました。特別支援教育は,教育を
場で分けるのではなく,通常の学級も含め児童・生徒
のニーズに応じて教育・指導するという考え方です。
LD(学習障害)や ADHD(注意欠陥・多動性障害),ア
スペルガー症候群等も含まれることになりました。
特別支援教育は 1979 年に始まった養護学校義務制と
同じくらい大きな変革だと思います。その話を尐ししま
しょう。当時,脳性まひなどの障がいのある人の多くが
実際は学校に行くことができなかったのですが,この制
度改革で誰もが学校で学ぶことができるようにりました。
しかし,現場の先生にとってはどう対応して良いか分か
らないという問題が起きました。その解決に九州大学
の成瀬悟策(なるせ・ごさく)先生が開発・実践していた心
理リハビリテーションの技法と考え方を適用できること
が評価され,全国的な普及が進んだのです。
脳性まひの人が自由に体を動かせない原因は脳の障
がいにあります。脳のプログラムに問題があるため,身
体を思うように動かせないのです。成瀬先生は人の動
作と身体運動は同じではないと捉えました。人が何か
をしようと意図し,その実現のために努力し,その結果
として身体運動を行った時,その心理的プロセスのす
べてを「動作」と定義したのです。そこで脳性まひの人
が筋緊張を主体的に自己コントロールし,意図した通り
の身体運動を実現する努力の仕方が学習できる「動作
法」という指導方法を編み出しました。
子どもと保護者,研修のための教師が集まり,成瀬
先生とその門下生のもとで集中的に 1 週間ほどのキャ
ンプ(集中指導合宿)で動作法を学ぶという実践を重ね
てきました。それが全国に広がり,大分県では脳性ま
ひ児・者のためののキャンプが 38 年目,ダウン症児・
者のキャンプは 27 年目になり,現在の特別支援教育
の基盤を支えています。
●教育のポリシーは?
特別支援教育を理解するには障がいのある子どもやそ
の保護者と生活を共にしたり教育する実践経験が大切で
す。学生は脳性まひ児・者やダウン症児・者のためのキャ
ンプや月例会といったトレーニングの場に参加します。私
ども教員の指導のもと真剣勝負の中で先輩が立派に活動
する様子を見,保護者や子どもから感謝してもらえる環境
です。そこで学生が大きく成長するんですよ(笑い)。
このようにして経験を積みスキルを身につけながら,授業
やゼミで実践活動を理論的に裏打ちします。その集大成
が卒業論文です。卒業論文はグループではなく個人単位
で書きます。但し,学生同士がお互いの研究への協力を
惜しまないという条件つきです(笑い)。教育は教師 1 人で
行うものではなく,皆で協力しながらチームで進めるものだ
ということを学生に理解してもらいたいからです。学生には,
現場と研究室で仲間と苦楽を共にしながら,自分なりの学
問的背景を身につけて学校現場に出て欲しいと考えてい
ます。(写真と文/安部博文)
【古賀 精治 (KOGA Seiji)プロフィール】
▼1960 年,福岡県久留米市生まれ。子どもの頃
から球技が好き。小学校 3 年で古賀市に転居し,
硬式尐年野球団に入る。九州代表として全国大
会に出場(当時,九州には 2 チームだけ)。5 年生で
肘を故障し野球を諦める。部品を集めてラジオを
組み立てるなど電気回路が大好きの理系尐年。
記憶系の科目は苦手。中学では軟式テニス部に
所属。仲間と自己流で練習しながら 2 年生では市大会,3 年生で
県大会まで勝ち進む。友達が勉強する姿を見て刺激を受け 3 年
の夏休みから受験勉強をスタート。▼福岡県立宗像高等学校に
入学。入学直後の模擬試験で順位の低さにショックを受け心機
一転。夏休みに勉強に集中し,2 学期は学年トップに躍進。しかし
その後,遊びや学校行事に熱が入り徐々に成績は下降。物理な
ど理系科目が得意だが,友人と共に文系を選択。▼1980 年 4 月,
九州大学教育学部に入学。友人に誘われ養護問題研究会に入
る。養護施設の子どもたちと遊んだり勉強を教えるなどのボラン
ティア活動を経験。2 年生の時,「動作法」と出会う。創始者の成
瀬悟策先生(当時,九州大学教育学部教授) のグループで動作法の
理論と技法を学ぶ。保護者・子ども・院生や学生の三者で実践と
研究に取り組む現場を経験し,専門として深めたいと決意。成瀬
研究室に入る。▼1984 年 3 月,同学部を卒業。同年 4 月から 1
年間,聴講生として大学院進学の準備を進めながらジャーナル
へも論文を投稿する。1985 年,九州大学大学院教育学研究科教
育心理学専攻修士課程に入学。成瀬先生の下で実践と理論を
重ねる。▼1987 年 3 月,同修士課程修了。同年 4 月,博士後期
課程に進学。筋電図のデータをコンピュータ処理するプログラム
を自作しミニコンで解析するなど数学的手法を活用して研究を進
める。▼1990 年 3 月,同博士後期課程を単位取得満期退学。▼
1990 年 4 月~1991 年 3 月,九州大学教育学部附属障害児臨床
センターで助手を勤める。▼1991 年 4 月~1993 年 3 月,日本学
術振興会の特別研究員を勤める。▼1993 年 4 月~1994 年 3 月,
九州大学教育学部で研究生。▼1994 年 4 月,大分大学教育学
部に着任。▼2009 年 4 月より,大分大学教育福祉科学部附属特
別支援学校長。▼放送大学大学院客員教授。
平成 22 年度大学等産学官連携自立化促進プログラム / 地域連携研究コンソーシアム大分 / 取材時期 平成 22 年 9 月