研究開発型大学発ベンチャー企業に対する ビジネスプラン

研究開発型大学発ベンチャー企業に対する
ビジネスプランの漸進的策定方法の提案
−リアル・オプション的経営思考の導入−
服 部 利 幸
はじめに
Ⅲ.リアル・オプション的経営思考
Ⅰ.大学発ベンチャー企業に代表される研究開発型ベン
Ⅳ.漸進的ビジネスプラン策定方法
チャー企業の特色の理解
おわりに
Ⅱ.ビジネスプランと未確定事項
はじめに
の存在そのものがビジネスプランの策定を妨げている
が、実はこの未確定事項には、経営上の選択権の柔軟性
起業家にとって、ビジネスプランの策定は頭の痛い作
を見出すことができる。経営戦略上、この経営上の選択
業である。特に先端科学技術を用いた新規事業の場合、
権の柔軟性を確保するためにはビジネスプランが必要で
ぼんやりとした潜在的顧客の想像は可能であるが、顧
ある。この様な状況でビジネスプランを策定するには漸
客・市場の確定は困難を極める。この状況では、販売計
進的策定方法を導入することで解決を図れるとする。
画、利益計画及び資金計画等は脆弱なものとなる。方や、
研究開発型大学発ベンチャー企業を対象とした理由
技術の先取りが進む中で学術的な立場よりその発見・発
は、研究開発型ベンチャー企業の典型的特徴点を見出す
明の有効性はなんとなく認識できるが、用途や製品が未
ことができるためである。実際の応用に関しては、研究
定である場合も多い。これでは事業化の羅針盤となるビ
開発型ベンチャー企業に限る必要はない。
ジネスプランの策定も困窮することは明らかだ。また、
本稿は、4章で構成される。第1章では、研究開発型
ビジネスプランを策定しても「絵に描いた餅」と皮肉ら
大学発ベンチャー企業の特徴点の解明に重点を置いてい
れることになるであろう。しかしながら、経営環境のす
る。ここでは、ベンチャービジネスブームの盛隆の背景
べてが明らかになってからの起業では、ビジネスの時期を
を述べ、その一形態である大学発ベンチャー企業につき、
逸してしまう可能性がある。ビジネスプランを策定しな
その特徴を検討する。研究開発型大学発ベンチャー企業
いで起業するケースも発生する。顧客・市場・用途・製品
にリアル・オプション的経営思考の導入可能性が存在す
の確定が困難な段階で有効性のあるビジネスプランの策
ることを確認するために必要な検討である。第2章では、
定は可能であるのか?そもそも策定する意義はあるのか?
通常の研究開発型大学発ベンチャー企業向けのビジネス
本稿では、この2つの質問に、YES と答える立場を採
プランの雛形を紹介し、更に事業化に関して、研究開発
る。すなわち、ビジネスプランの主要項目すべてが明確
型大学発ベンチャー企業の未確定事項がビジネスプラン
にならなくとも有効性のあるビジネスプランの策定は可
に与える影響を検討する。第3章では、リアル・オプシ
能である。また、あいまいな状況の中に経営の柔軟性を
ョン的経営思考を理解するために、リアル・オプション
認識することで選択権を見出し、選択権を強化し、選択
理論を紹介し、リアル・オプション的経営思考の背景を
権を積極的に構築することができれば、企業競争上にお
確認する。第4章では、本稿の提案である漸進的なビジ
いて優位な立場に立つことができる。経営上の選択権を
ネスプランの策定方法を検討する。最後に、今後の課題
有効活用するため顧客・市場・用途・製品の確定が困難
を述べる。
な段階でも策定を試みることに意義はある。
以上のような立場より、本稿では研究開発型の大学発
ベンチャー企業に対して、漸進的なビジネスプランの策
定方法を提案する。すなわち、ビジネス上の未確定事項
−21−
政策科学 11 −2,Jan. 2004
Ⅰ.大学発ベンチャー企業に代表される
研究開発型ベンチャー企業の特色の理解
しかしながら、従来の経営思考では研究開発途上に位置
する研究開発型大学発ベンチャー企業は事業化のための
起業は時期早々という決断を下さざるを得ない。ここで、
本章では、まず、大学発ベンチャー企業ブームの背景
現状の機会を生かすためには、研究開発途中であっても、
を述べ、研究開発途中段階での起業の必要性を確認する。
思いっきりではなく、合理的に起業に踏み込める経営思
次に先行研究を参考にして、研究開発型の大学発ベンチ
考・戦略・手法が必要である。本稿では、研究開発型ベ
ャー企業の特徴点を導出する。
ンチャー企業の中でも、オプション的経営思考を導入し
てビジネスプランの検討を進める対象を研究開発型の大
1.ベンチャー企業の時代
学発ベンチャー企業とした。その理由は、政策的に順風
デフレ経済の中で、多数の大手企業はバブル経済時に
の支援策が準備されており、競合技術に勝つために、こ
積み上げた負の遺産に苦しんでいる。不良債権を抱えた
のチャンスを生かしたいというニーズがあるが、研究開
金融機関、過剰資産・人員を抱えた大手メーカーそして
発型大学発ベンチャー企業およびその予備軍であるプ
店舗展開を急ぎすぎた流通企業など大手術の真最中であ
レ・ベンチャーの多くは研究開発途上にあり、未確定要
る。この手術には当然、失血が伴う。この痛みに耐える
素が多く存在し、本格的な事業活動に踏み込めない事実
ためには、ささやかながらも明るい目標が必要である。
があるためである。
しかしながら、社会制度全体への不信感がこれを打ち消
2.大学発ベンチャー企業の特徴点
し、将来への不安を更に煽る結果となっている。
先行研究では、大学発ベンチャー企業を次のように定
このような社会・経済情勢の中、既成概念に縛られて
身動きの取り難い大手企業よりも、挑戦的かつ迅速なベ
義している。
ンチャー企業を日本経済再生のひとつの起爆剤とし、デ
・大学発ベンチャー企業とは、大学の研究開発の成果を
フレスパイラルにより閉塞した我が国経済の突破口にし
活用して、その事業化を図ることを目的に設立された
ようというベンチャー企業振興策が政府により策定され
企業をいう。この大学発ベンチャー企業の創業は大学
た。そのひとつとして、経済産業省は 2001 年に大学発
の研究者が兼業等により事業活動に従事する場合の創
ベンチャー3年 1000 社計画を発表した。大学に眠る先
業と大学等の研究成果の移転により行われる創業があ
端科学技術研究成果を活用して、国際的にも技術競争力
る4)。[近畿経済産業局(2002)]
のあるベンチャー企業の輩出を狙った政策で各種施策が
・大学発技術ベンチャーとは、多様な対象を含み「大学
用意されている。大学発ベンチャー企業でも、IT、バイ
及び大学関係者の保有する技術を含むコアスキルを活
オ、ナノテクというような先端科学技術ベンチャー企業
用して、大学関係者などが起業し、運営に重要な関与
に比重が置かれている。特に研究開発型大学発ベンチャ
をしているベンチャー」と定義しており、「技術を含
ー企業が必要とされる理由は、バイオテクノロジー分野
むコアスキルの帰属者が大学関係者であること」
、「ベ
などに見られるように科学と製品開発との関係が緊密化
ンチャー起業主体が大学及び大学関係者であること」
している点、製品化するのにあたってスピードが重要に
および「ベンチャー企業の運営に重要な役割を果たし
なってきている点、そして、今までのように欧米諸国の
ていること」の3つの基準を挙げている 5)。[松田
技術に関してキャッチアップ戦略をとることができず、
(2003)]
あの方法この方法と多くの技術的可能性に同時に挑戦し
共に、キーワードとして、次の2点を示している。主
ていかなければならない点が先行研究で挙げられてい
1)
る 。
体面では、大学関係者の関与や従事を挙げている。また、
2)
このような状況の中で国立大学の独立行政法人化 と
技術面に関しては、大学及び大学関係者の保有する技術
ともに大学発ベンチャー企業の話題がマスコミを賑わ
を含むコアスキルや大学等の研究成果を挙げている。次
3)
し、社会的にも注目を浴びている 。大学発ベンチャー
に特徴を検討するためにその強み及び弱みを見ることに
企業の創業は、手厚い支援策や証券市場の整備状況など
する。
を勘案すると、今がひとつのチャンスといえるだろう。
−22−
強みとしては次の点が挙げられている 6)。[近畿経済
研究開発型大学発ベンチャー企業に対するビジネスプランの漸進的策定方法の提案(服部)
産業局(2002)]
また、作成されたビジネスプランは、資金調達や事業パ
・専門家としての教員などの存在
ートナー募集の際のプレゼンテーションツールとして、
・院生の研究テーマとして研究に取組むことができる。
また社内外の関係者に理解と協力を仰ぐためのコミュニ
・会社設立の場合、大学教員の権威が有効に働く。
ケーションツールとしても重要な役割を果たす8)。さら
・大学の施設を利用できる。
に、ビジネスプランは、その策定プロセスの繰り返しに
これ以外にも、大学ブランドの存在、蓄積された研究
学習的な意義がある。
成果、産業社会における中立性、教員の学会を通じた海
2.ビジネスプランの構成
外ネットワーク、そして重点的補助金政策を挙げる。大
学発ベンチャー企業の強みは長年に亘って大学内に蓄積
表1は、ビジネスプランの記載項目である。ドキュメ
されてきた知的資源に直接アクセスすることが最も容易
ント化されたビジネスプランには読者が存在する。読者
な立場を基礎にするところにあると考える。
としては、ベンチャーキャピタル・銀行・取引先・顧
弱みとしては次の点が挙げられている 7)。[近畿経済
客・事業パートナーなどが想定される。各読者向けのビ
産業局(2002)]
ジネスプランの内容には相違はないが、アピールする記
・ビジネス経験の豊富な人材、市場志向の人材が少ない。
載項目が異なる。
・大学にはアイデアを応用開発する機能がない。
表1は、特許収入とコンサルティング収入を獲得する
・経常的固定費(家賃、人件費)を考えると、二の足を
ことを目的とする研究開発型ベンチャー企業のビジネス
踏む教員が多い。
プランの記載項目である。特許収入は研究開発の成果と
以上のうち2点は、市場すなわちニーズに関連する。
しての特許の実施権を大手メーカーに許諾することで獲
この他に一般のベンチャー企業の弱みと同じく、立ち上
得する。また、コンサルティング料はこの特許に関連す
げ時の脆弱な財務体質が挙げられる。
るノウハウ指導の対価を想定している。ここでは研究開
発型ベンチャー企業用に、研究開発に特化するモデルの
以上よりまとめると、大学発ベンチャー企業の特徴は
ビジネスプランの項目を一例として紹介する。許諾先で
次のように考えられる。
ある大手メーカーだけでなく、この技術を組み込んだ製
大学発ベンチャー企業の特徴点は、大学における知的
品ないしはサービスのユーザー(大手メーカーの顧客)
資源に容易にアクセスできる立場を有効に活用して、先
まで意識した項目を挙げている点が特徴的である。ただ
端技術研究開発に戦略的比重を置き、高付加価値の創造
し、ビジネスプランの基本項目が異なることはない。
をめざすところである。しかしながら、プロダクトアウ
3.ビジネスプラン作成時における未確定事項
ト志向が強く、マーケットを見失う恐れがあり、マーケ
ティングを重視した事業展開が課題である。更に、一般
第1章で研究開発型大学発ベンチャー企業の特徴点を
のベンチャー企業と同じく、その資金力は乏しい。
検討した。この特徴点の中に、次の3点に関する未確定
が存在する。用途開発・製品開発の実行可能性、市場・
Ⅱ.ビジネスプランと未確定事項
ユーザー・消費者の実在可能性、必要資金・売上・利益
の論理的検証可能性である。
この節では、ビジネスプランの意義、役割及び構成を
まずは、用途開発・製品開発が実際に可能であるか否
確認した後、研究開発型ベンチャー企業の起業時におけ
かという未確定項目である。高付加価値の創造を目的と
る未確定事項を検討する。
するために、先端科学技術研究開発に戦略的比重を置く
ことより派生する未確定事項である。研究開発型大学発
1.ビジネスプランの意義と役割
ベンチャー企業における研究開発内容は、アカデミック
ビジネスプランとは、事業の羅針盤・海図であり、事
な領域からビジネスの領域に移行中の基礎技術、発見、
業を成功させるためのアクションプログラムでもある。
発明ないしは基本的な特許であり、将来の有用性を認め
よって、ビジネスプランの策定は、将来の事業構想を系
ることができるが、具体的な用途や最終製品が不明であ
統立てて、実行可能な形に具体化する論理的作業である。
る場合が多い。特にナノテクノロジー分野やバイオテク
−23−
政策科学 11 −2,Jan. 2004
ノロジー分野では、アカデミック的に優れた発明・発見
ル・オプションとオプション理論の関係について解説
が存在するが、商業ベースでどのように利用すればいい
し、次にリアル・オプションに関する価値評価の概要を
9)
のか未知の点が多い分野である 。
述べる。そして、リアル・オプションの種類を確認し、
最後に、リアル・オプション的経営思考を紹介する。
次に、応用研究・製品開発が可能であっても、市場・
ユーザー・消費者が実際に存在する否かの未確定事項で
1.リアル・オプションとオプション理論
ある。これは、プロダクトアウト志向が強く、マーケッ
トを見失う恐れがある特徴点に起因する。技術的には、
リアル・オプションとは、不確実性の高い経営環境下
すばらしい用途や製品が開発されたとしても、市場・ユ
でマネジメントの持つ選択権をいう。この選択権はバー
ーザー・消費者の需要や競合製品サービスや代替製品サ
チャル世界にある金融資産に適用される金融オプション
ービスとの競争など未確定である。研究開発型ベンチャ
に対して、経営環境という実物世界におけるオプション
ー企業では、新たな市場や需要を喚起することも十分に
であることから、リアル・オプションと呼ばれている。
考えられるが、まったく新しい市場とは如何なるものな
事業計画の中でリアル・オプションが認識できれば、一
のか未確定な存在である。
定条件の下で金融工学的な評価方法を用いてリアル・オ
なお、上記の2点はまったく独立した未確定事項では
プションの価値を評価することが可能となる。マネジメ
ない。用途開発・製品開発の可能性と市場・ユーザー・
ントの選択権、すなわち、経営環境下で意思決定に柔軟
消費者の実在性はどちらかが明確になれば、もう一方も
性を持たせることのできる権利が評価される。
明確になることと考えられる。
意思決定の柔軟性が持つ価値とは次のように考えるこ
最後に必要資金や売上・利益が未確定な点である。用
とができる。一般的にプロジェクトにおける投資は、そ
途開発・製品開発の可能性と市場・ユーザー・消費者の
のプロジェクトに対して投資を行う権利を有するが、投
実在可能性に大きく影響を受ける。上記の2点の未確定
資を実行しなければならないという義務はない。そのプ
な事項が存在するために、いつまでに、どの程度の資金
ロジェクトで期待する利益が確保できるならば、投資を
が必要であるのか現実的かつ明確な計画を立てることが
実行し、損失が発生するならば投資を延期することがで
できず、利害関係者への説明ができない状況である。仮
きる。リアル・オプションはプロジェクトで利益が確保
に資金計画を策定したとしても、客観的な説明が不可能
できるか、損失が発生するか、というような状況が明確
である。
になるまで投資の意思決定を延ばすことができる権利を
上記のようなビジネス上の未確定事項の存在がビジネ
いう。日常生活でもこのような状況を見ることができ
る 10)。
スプランの策定を妨げている。しかし、実はこの未確定
事項には、経営上の選択権の柔軟性を見出すことができ
金融工学でいうオプションとは、ある特定の期間終了
る。経営戦略上、この経営上の選択権の柔軟性を確保す
日 11)あるいはそれまでの間 12)に特定の資産・原資産を
るためにはビジネスプランが必要である。この様な状況
あらかじめ決められた価格・レートで売買する権利をい
でビジネスプランを策定するには漸進的策定方法を取り
う。ここで買う権利をコール・オプション、売る権利を
入れる必要がある。これで未確定事項の矛盾の解決を図
プット・オプションと呼ぶ。すなわち、コール・オプシ
るとするのが本稿の立場である。一旦、議論は次の第3
ョンはある特定の期間終了日あるいはそれまでの間に特
章でリアル・オプションおよびリアル・オプション的経
定の資産・原資産をあらかじめ決められた価格・レート
営思考の紹介に移るが、第4章で再び、リアル・オプシ
で買う権利をいう。プット・オプションはある特定の期
ョン的経営思考を用いて、上記の未確定事項の存在する
間終了日あるいはそれまでの間に特定の資産・原資産を
中で、如何にしてビジネスプランを策定するかを検討する。
あらかじめ決められた価格・レートで売る権利をいう。
金融市場で、このコール・オプション、プット・オプシ
Ⅲ.リアル・オプション的経営思考
ョンの売り買いが行われるのである。コール・オプショ
ンの買い方は特定の資産・原資産を買う権利を取得し、
第3章では、ビジネスプランの未確定事項から、一旦
コール・オプションの売り方は買い方が権利を行使した
離れて、リアル・オプションの検討を行う。まず、リア
場に、特定の資産・原資産を売り渡す義務が発生する。
−24−
研究開発型大学発ベンチャー企業に対するビジネスプランの漸進的策定方法の提案(服部)
2.リアル・オプションの価値評価
プット・オプションの買い方は特定の資産・原資産を売
る権利を取得し、プット・オプションの売り方は買い方
最近、このリアル・オプションに企業価値評価や投資
が権利を行使した場に、特定の資産・原資産を買う義務
価値評価の手法としての注目が集まっている。企業価値
が発生する。
評価や投資価値評価においては DCF 法(Discounted
たとえば、株式を購入するオプションである株式のコ
cash flow method)が一般的であった。DCF 法とは事業
ール・オプションは、ある株式を予め定められた価格
から生み出されるキャッシュ・フローの現在価値を評価
(行使価格)で購入する権利をいい、契約期間終了日ま
する手法の総称であり、現在価値法(Present value
でに、株式市場での株価が行使価格を上回れば、権利を
method)、内部利益率法(Internal rate of return)、収益
行使して株式を取得し、市場で売却することで利益を獲
性指標法(Profitability index)、投下資本回収法(Pay
得することができる。逆に契約期間終了日までに、株式
out time method)などがある。
市場での株価が行使価格を上回ることが無ければ、権利
この DCF 法においては、投資の意思決定時点という
を行使する必要は無く、最初に支払ったオプション料の
瞬間的な一時点を採るため、環境が改善しキャッシュ・
みの損失で済む。株価の上昇とともにコール・オプショ
フローが好転するまで投資を延長したり、不明確な状況
ンの買い方の利益も上昇するため、買い方の利益上限は
が明確になるまで投資を控えるという柔軟性が考慮され
存在しない。逆に売り方の損失も制限がない。
ていない。あくまでも投資の意思決定時の一時点におけ
また、株式を売却するオプションである株式のプッ
る状況で判断を行う。しかしながら、投資には、しばら
ト・オプションは、ある株式を予め定められた価格(行
く様子を見ることのできる案件や第一次・第二次・第三
使価格)で売却する権利をいい、契約期間終了日までに、
次と投資を段階的に拡大していくことが可能な案件が存
株式市場での株価が行使価格を下回れば、市場で株式を
在する。初期投資段階ではまだ、市場が発達していなく
購入し、権利を行使して株式を売却し市場価格と権利行
とも第二次・第三次投資の意思決定の段階で市場の状況
使価格の差額相当分を利益として獲得することができ
が明確化し、拡大するケースもありうる。情報不足や情
る。逆に契約期間終了日までに、株式市場での株価が行
報が不明確な状況で、すべての段階の意思決定に DCF
使価格を下回ることがなければ、権利を行使する必要は
法を用いるのは疑問が残る。企業の投資は儲けが出るな
無く、最初に支払ったオプション料のみの損失で済む。
らば実行し、逆に損が発生するならば行う必要は無いの
プット・オプションの場合、買い方の利益は株価がゼロ
である。にもかかわらず、DCF 法は、まだ意思決定し
に近くなるまでで限定的であり、売り方も同様に限定さ
ていない・意思決定を行うまでに時間的余裕がある第二
れる。コール・オプションと異なり、株価の下限はゼロ
次・第三次の投資まで意思決定していることになる。こ
であり、マイナスになることはない。
れでは、投資の選択権的性格を反映していない。第一次
経営における新規事業プロジェクトへの投資をリア
段階の投資の意思決定時点では、第一次段階での投資の
ル・オプションとして考えるならば、株式コール・オプ
DCF 法によるキャッシュ・フローの現在価値に第二
ションに類似性を見出すことができる。この点を簡単に
次・第三次の投資のオプションの評価が加算されるべき
13)
解説すれば 、企業は新規事業プロジェクトへの投資の
である。リアル・オプションを認識することができるな
意思決定を行う目安として、投資金額とその回収額のキ
らば、意思決定の柔軟性を評価することができる。ここ
ャッシュ・フローで判断する。機会費用を見込んでも、
では詳細な計算方法 14)の展開を行わないが、計算され
投資した金額より多くの回収が可能と判断できれば投資
たリアル・オプションがマイナスの値になることはない。
を行う。逆の場合は投資を実行しない。すなわち、投資
リアルオプションの手法が登場するまで、企業のマネ
を実行する権利を有すると見なすことができる。仮にこ
ジメントは直感的にこのような選択権を確保し、評価を
の投資をしばらく留保することが可能であるならば、回
行ってきた。これには経験と勘が必要であった。リア
収額が明確になるまで投資の意思決定を留保するであろ
ル・オプションはブラックボックス的な分析手法をでき
う。企業は投資を行う義務は無いのである。投資金額は
るだけ透明化することにより理解を容易にした。
株式の権利行使価格、回収額は株式の市場価格に該当する。
3.リアル・オプションの種類
−25−
政策科学 11 −2,Jan. 2004
リアル・オプションの種類としては次のようなオプシ
市場が成長するまで、その参入の意思決定を留保
15)
ョンが代表的に挙げられている 。
できるオプションをいう。延期オプションに似てい
q 延期オプション
るが、異なる点は競合の市場参入の可能性を有する
投資の意思決定を留保することができる経営上の
点である。コール・オプションの性質を有する。
オプションである。事業を先延ばしすることで将来
の不確実性が解消されてから、投資の意思決定を行
リアル・オプションは金融オプションと異なり、事業
なう。コール・オプションの性質を有する。
の中に様々なスタイルで存在する。当然、これらの代表
q 拡大オプション
例以外にも考えられるとともに、複数のリアル・オプシ
将来に本格的な投資を行なう権利を獲得してお
ョンが統合された複合リアル・オプションが認識される
き、市況がよくなった段階で新たな追加投資を行な
こともある。
い投資プロジェクトの規模を拡大することのできる
4.リアル・オプション的経営思考
オプションである。コール・オプションの性格を有
する。
リアル・オプション的経営思考とは、不確実性の高い
q 縮小オプション
経営環境下でマネジメントのもつ選択権を積極的に意識
予想外に事業環境の悪化時に事業規模を縮小する
した経営スタイルであり、混沌としたあいまいな状況で、
ことが可能なオプションである。プット・オプショ
マネジメントの柔軟性を確保する戦略策定を行う。リア
ンの性質を有する。
ル・オプションは、ビジネスモデル 16)自体の中に組み
q 撤退オプション
込まれるものであるが、リアル・オプション的経営思考
はビジネスプランにも反映することができる概念である。
事業環境が悪化して固定費が賄えないような状況
経営戦略策定時に事業の中で既に認識されたリアル・
で、事業を撤退することが可能なオプションである。
オプションだけに注目し戦略を策定するのでなく、リア
プット・オプションの性格を有する。
q 段階オプション
ル・オプションを更に強化する戦略を策定する必要があ
段階的な投資プロジェクトにおいて途中の段階で
る。さらに、積極的にリアル・オプションを発見する・
市況が悪化した場合に事業を中断することのできる
作 り 出 す 戦 略 を 経 営 に 導 入 す る べ き で あ る 。[ 山 本
オプションである。コール・オプションの性質を有
(2001)
]17)では、事業推進者は経営の中にリアル・オプ
ションを見つけ、リアル・オプションが生み出すキャッ
する。
q 転用オプション
シュ・フローを的確に予測し、オプション価値計算の妥
当性の判断ができる必要があることを挙げている。
市況に応じて製品系列の構成を変更したり、材料
の調達動向に応じて他の原材料に変更できるオプシ
上記の様なリアル・オプションを経営に活かすリア
ョンである。コール・オプションの性格を有する。
ル・オプション的経営思考を遂行するための1つのツー
q 事業の一時中断・再開オプション
ルが斬新的ビジネスプラン策定方法となる。
天然資源の開発事業などで、市況により変動費を
Ⅳ.漸進的ビジネスプラン策定方法
賄えなくなった場合に一時事業を中断することので
きるオプションを一時中断オプション(プット・オ
プション)と呼び、この一時中断した事業を再開す
第4章では、漸進的ビジネスプラン策定方法を顕在
るオプションを再開オプション(コール・オプショ
化・具体化・量的拡大という視点から解説する。次に漸
ン)と呼ぶ。
進的ビジネスプランの雛形の一例を紹介する。そして、
q キャンセル・オプション
漸進的ビジネスプラン策定方法により検出された顕在
事業環境の悪化などにより受注した製品をキャン
化・具体化の情報がリアル・オプションの認識・開発に
セルできる経営上のオプションをいう。プット・オ
も重要な情報を提供するものであることを説明する。最
プションの性格を有する。
後に、2例と少ないが、[近畿経済産業局 2003]にお
q 市場参入オプション
ける事例を紹介する。
−26−
研究開発型大学発ベンチャー企業に対するビジネスプランの漸進的策定方法の提案(服部)
1.漸進的ビジネスプランの概要
とであり、主に市場面に関する内容の顕在化をいう。研
研究開発型の大学発ベンチャー企業を研究開発途中で
究開発や製品開発の初期段階では、市場・顧客の全体像
起業する場合は、研究開発の成功の可能性、明確なニー
もぼやけたものであり、最終的な市場・ユーザー・消費
ズや市場性、さらに具体的な市場規模および競合の状況
者像が顕在化していない。その後、市場調査が進むとと
などの事業化に必要な情報が不足している。しかしなが
もに、市場・ユーザー・消費者像などが顕在化してくる。
ら、次の点で起業することに意義のある場合もある。ま
顕在化の結果として市場規模に問題点やニーズの読み違
ず、株式会社又は有限会社を設立することで研究開発資
いなどの事実が明確になることも想定される。なお、市
金の調達に多様性をもたせることができる点である。ま
場に関する項目以外で効果的な用途、効率的な製造方法、
た、研究開発の進捗に伴い発生してくる研究開発成果の
製品形態などが顕在化してくることが考えられる。
権利義務関係の整理をするための主体として法人格を利
図2の内容の具体化とは、研究開発や製品開発の進捗
用することが可能となる。更に、起業することで今まで
度に応じて、抽象的なビジネスのイメージが現実性・実
の共同研究先などの利害関係者との関係を見直す機会と
現可能性を帯びてくることであり、主に技術面に関する
なる。これ以外に、第1章でもその背景から指摘してい
内容の具体化をいう。ビジネス上の競争力の源泉として
るように、今まさに、大学発ベンチャー企業を起業する
コアとなる基礎技術、発見、発明ないしは特許は、市
ひとつの機会でもある。
場・ユーザー・消費者の視点から見れば、まだまだ抽象
本稿ではビジネスプラン策定に関して、漸進的にビジ
的な存在である。現実に提供する製品イメージや用途が
ネスプランを策定する方法の提案を行う。漸進的にビジ
絞り込まれ、研究開発の内容が具体化してくる現象をいう。
ネスプランを策定するとは、研究開発の各段階や製品開
図3の内容の量的拡大とは、市場調査、研究開発や製
発の進捗度に応じて、ビジネスプランの質的・量的範囲
品開発の進捗により、ビジネスの内容が具体化・顕在化
を広げる方法をいう。言い換えれば、内容の顕在化、具
することで、ビジネスプランの項目および各項目の内容
体化、及び量的拡大である。研究開発型のベンチャー企
が充実してくる現象をいう。市場・ユーザー・消費者像
業においては、ビジネス上の競争力の源泉としてコアと
が顕在化し、具体的な技術・製品も確定し始めるならば、
なる基礎技術、発見、発明ないしは基本的な特許を拠り
販売計画や利益計画および資金計画なども現実味を帯び
どころとして事業化・起業を検討する。すなわち、コア
てくる。この結果、資金調達や業務提携の可能性が増加
技術等を中心に、内容の顕在化、具体化、及び量的拡大
し、新たにビジネスプランに項目を追加することとなる。
が進む。内容の顕在化、具体化、及び量的拡大はリア
ビジネスプランの内容の顕在化・具体化・量的拡大
ル・オプション的経営思考からみればリアル・オプショ
は、第3章でいうところに延期オプション・拡大オプシ
ンないしはその構成要素の認識や開発に関して、視点を
ョン・市場参入オプションなどに代表されるリアル・オ
変えたものである。
プション等の認識・開発に重要な情報を提供する。
図1の内容の顕在化とは研究開発や製品開発の進捗度
に応じて、潜在的なビジネスのイメージが鮮明になるこ
アウト
ライン
アウト
ライン
事業プラン
アウト
ライン
コアプラン
事業プラン
コアプラン
戦略プラン
図1 内容の顕在化
−27−
政策科学 11 −2,Jan. 2004
戦略
プラン
コアプラン
アウトライン
絞込み
図2 内容の具体化
アウト
ライン
アウト
ライン
アウト
ライン
コアプラン
コアプラン
戦略プラン
図3 量的拡大
2.漸進的ビジネスプランの雛形の一例
事業を進めている最中でも、一定の価値基準を与えるも
ビジネスプラン内容の顕在化・具体化そしてこれらに
のである。よって、ビジネスの進捗により、頻繁に変わ
続く量的拡大は、ビジネスプランの記載内容に影響する。
るものではない。項目的には、いわゆる 5W1H18)の形式
ここで記載内容とは、実際にビジネスプランをドキュメ
を採る。いうまでもなく、抽象度は高く、顕在的な内容
ント化する場合の項目および項目の内容をいう。ビジネ
は少ない。大学発ベンチャー企業の場合は、この段階で
スプランの内容が顕在化・具体化・量的拡大するのに対
は、コアとなる基礎技術、発見、発明ないしは特許、研
して、作成するビジネスプランの項目および項目の内容
究者の人脈、起業の熱い想いなどが存在するだけである
も漸進的に作成される。ここで、ビジネスプランをアウ
場合が多い。アウトラインは研究開発型ベンチャー企業
トライン、コアプラン、戦略プランに3分割する。分割
の唯一の競争優位であるコアとなる基礎技術、発見、発
数には、こだわる必要がないが、最初は3分割程度が適
明ないしは特許を基礎として、戦略の前提となる使命・
当と考える。漸進的に進めるにあたり、この分割に応じ
目標・目的や、はっきりとはしないが用途開発・製品開
て進めるのではなく、あくまでも目安と考える。表1の
発・市場などの方角などを検討した結果ともいえるであ
ビジネスプランの項目をアウトライン、コアプラン、戦
ろう。
コアプランとは、アウトラインをより発展させたプラ
略プランに3分割したものが表2である。
アウトラインはビジネスの意義をまとめたものであ
ンであり、小規模なパイロット調査による市場調査や研
り、ビジネスプラン作成の拠りどころになるだけでなく、
究開発における競合調査の一定の結果が出た段階であ
−28−
研究開発型大学発ベンチャー企業に対するビジネスプランの漸進的策定方法の提案(服部)
る。戦略策定のコアになる項目をいう。
基本的な特許は確保しているが、最終製品・用途・サー
戦略プランとは、コアプランをさらに発展させたもの
ビスの具体的なイメージが明確となっていない。ここに
であり、コアプランが定性情報中心であるのに対して、
不確実性が存在する。このような状況では、研究成果か
戦略プランは定量情報の比率が増加している。コアプラ
ら将来の事業化の可能性を漠然と認識するが、具体的に、
ンと戦略プランの違いは資金調達に必要な情報を掲載で
どの用途・製品・サービスに進めればいいのか不明であ
きるか否かがひとつの判断基準である。資金調達の実現
る。この段階では、事業の収支どころか必要な資金も明
可能性は問わない。なお、戦略プランの策定がビジネス
確ではない。しかしながら、たとえば、物質特許などの
プランの完成ではなく、一通りのビジネスプランが仕上
基本的な特許を保持することで将来の事業化に対するオ
がっただけであり、絶えず、変化する状況に注意を払い、
プションを確保することができるならば、将来の不確実
PLAN-DO-SEE-ACTION のプロセスを経て、改定を重ね
性の中に価値を見出すことができる。
る必要があるのは語るまでもないであろう。
4.漸進的ビジネスプラン策定の有効性の検証
3.ビジネスプランの具体化・顕在化とリアル・オプシ
漸進的ビジネスプランの有効性の検証は、[近畿経済
ョン的経営思考の関係の検討
産業局 2003]に見ることができる。この報告書は実際
漸進的にビジネスプランの作成を進める場合に見られ
の事例に基づき、研究開発型の大学発ベンチャー企業の
る顕在化と具体化について、リアル・オプション的経営
起業時における問題点とその解決策を報告したものであ
思考の側面から検討を試みる。内容の量的拡大は顕在化
る。この中でビジネスプラン作成の第1の指導事例 19)
と具体化に大きく影響を受ける項目であり、ここでは、
では、ビジネスプランがまったくの白紙の状況からアウ
内容の量的拡大の検討は省略する。
トラインを元にビジネスプランを検討した事例が掲載さ
れている。この例では、まだ、技術がどの分野で利用可
(1)ビジネスプランにおける顕在化とリアル・オプシ
能か定かでなかったが、アウトラインから漸進的にビジ
ョン的経営
ネスプランの策定を行なった結果、現状のターゲットの
事業内容の顕在化は、主に市場・ユーザー・消費者が
産業だけでなく、他の産業で利用可能であることが判明
明確になることと言える。研究開発型大学発ベンチャー
した。この結果は、不完全ながらもひとつのリアル・オ
企業では、起業ないしは設立当初の時点で市場・ユーザ
プション構築の可能性を示唆しているといえる。同様に
ー・消費者が明確になっていない場合がほとんどであ
第2の事例 20)でも、アウトラインの精神を踏まえてコ
る。この段階でベンチャー企業は不確実性を有すること
アプラン及び戦略プランの検討をおこなった結果、この
となる。このような段階で研究開発型大学発ベンチャー
事例で発見された原材料の用途に、想定以外の用途の可
企業の事業価値を DCF 法で評価してもほとんどのケー
能性があることが判明した。漸進的ビジネスプランの策
スが投資ないしは事業化不適格である。しかしながら、
定を進めることで、リアル・オプション経営思考に基づ
このベンチャー企業が有するコア技術等が排他的な優位
く価値ある不確実性をどこに有しているのかが明確にな
性を有するなどリアル・オプションの成立要件を満たし
った。
ているのであれば、ここでの不確実性は、オプション理
このように事業化の意思はあるが、コア技術だけしか
論でいうところの価値を有する。不確実性を有する現状
ないため、ビジネスプランの策定を怠っているケースや
に適切に対処できれば、ビジネスの可能性は高まるので
不確実性・未確定要因が多くビジネスプランの策定に躊
ある。
躇しているケースでも、漸進的にビジネスプランを策定
することで、なにが不確実であり、その不確実性の価値
(2)ビジネスプランにおける具体化とリアル・オプシ
の有無、そして価値を有するならば、どのような価値を
ョン的経営
有するのか推測することが可能である。
事業内容の具体化も顕在化と同様に考えることができ
る。研究開発型の大学発ベンチャー企業では、ビジネス
上の競争力の源泉となる基礎技術、発見、発明ないしは
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政策科学 11 −2,Jan. 2004
おわりに
ンのすべて』(ダイヤモンド社 2003 年)
ティシモー・A・ルーマン 「事業価値評価の新手法 リア
ル・オプション」『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス
段階的にビジネスを進める方法は、実務上の正攻法 21)
1999 年1月号』(ダイヤモンド社 1999 年)
のひとつであり、目新しいものではない。一般的にビジ
マーサ・アムラム,ナリン・クラティラカ著 石原雅行他訳
ネスを進めていく上で、いくつかの関門や機会で前進・
『リアル・オプション』(東洋経済新報社 2002 年)
後退・退避・跳躍・迂回・停止・休止・廃止などの意思
松田修一『ベンチャー企業』(日本経済新聞社、2002 年)
決定を行なう。リアル・オプションはこの暗黙的に経営
松田修一「大学発技術ベンチャー輩出の可能性と課題」
『JICPA ジャーナル 2003 年1月号』(第一法規出版、2003 年)
者の頭の中で行われていた意思決定を論理的に示した点
山本大輔著 刈屋武昭監『入門リアル・オプション』(東洋経
で、貢献度は高いといえる。
済新報社 2001 年)
本稿では、金融工学的な価値計算の要件を満たしてい
渡辺茂編『ケースと図解で学ぶ企業価値評価』(日本経済新聞
なくとも、このリアル・オプションを拡大解釈したリア
社 2003 年)
ル・オプション的経営思考を紹介した。そして、リア
ル・オプション的経営思考を遂行するために漸進的ビジ
ネスプラン策定方式を提案した。事業環境の不確実な状
注
況の中で、ビジネスプランの策定を試み、ビジネスプラ
1)近藤(2002)3ページ
2)国立大学法人の設立は、平成 16 年4月1日からである。
ンの内容の顕在化・具体化・量的拡大を認識すること
(国立大学法人法)
で、何らかの価値のあるリアル・オプションの認識・開
3)研究開発型ベンチャーブームは、わが国では3度起こって
発に貢献できる情報の認識・獲得が可能となることを示
いる。1970 年ごろに起こった第一次ベンチャーブームは、自
した。
動車や電機と言った加工組立型産業の周辺産業が輩出され
以上の漸進的手法により、ビジネスプランの最終段階
た。第2次ベンチャーブームは 1982 年から 1986 年であり、
が明確でなくとも段階的なプランの策定は可能であり、
民間ベンチャーキャピタルのジャフコが考案した日本型投資
事業組合がブームの推進を果たした。ソフトバンクや HIS な
あいまいな状況の中に経営の柔軟性を認識することでリ
どが代表的な企業である。そして、1995 年から第3次のベン
アル・オプションを見出し、これを強化し、積極的に構
チャーブームが始まった。まだ、記憶に新しい IT ベンチャ
築することができれば、競争上において優位な立場に立
ー企業を中心としたベンチャーブームである。第3次ベンチ
つことができると考える。このために、顧客・市場・用
ャーブームは、今までのベンチャーブームとは異なり、経済
途・製品の確定が困難な段階でも策定することに充分に
産業省を中心に制度的支援が整備され、また資金調達の場と
意義があることを示した。
して東京証券取引所マザースや大阪証券取引所のナスタッ
ク・ジャパン(現 ヘラクレス)などの証券市場も整えられ
今後は、更に、事例を検討することで、本稿の理論構
た。ここでは、今回の第3次ベンチャーブームから続く制度
造を再検証したい。さらに、未確定事項はなくなること
整備を含めたムーブメントを明治維新、戦後に続く「第3の
なく、ひとつ確定すると、新たな未確定事項が発生する
創業の波」と捉えている。[松田(2002)19-25 ページ参照]
という事実をどのように捉えるのかという点は今後の課
なお、この第3次ブームの流れが大学発ベンチャー企業創出
題としたい。各方面よりの厳しい指摘を希望する。
3年 1000 社計画をスローガンとした施策に続く。
4)近畿経済産業局(2002)4ページ参照
5)松田(2003)26-31 ページ参照
6)近畿経済産業局(2002)9-10 ページ参照
参考文献
7)近畿経済産業局(2002)9-10 ページ参照
近畿経済産業局『大学発ベンチャー先行事例の起業プロセスと
成功モデルに関する調査報告書』(近畿経済産業局、2002 年)
8)中小企業事業団 http://venture.jasmec.go.jp/bpss/index.html
ビジネスプラン・オンラインスクール(2003 年9月2日
近畿経済産業局『大学発ベンチャー創出に関する問題点の把握
参照)
と解決策の検討 調査報告書』(近畿経済産業局、2003 年)
近藤正幸『大学発ベンチャーの育成戦略』
(中央経済社 2002年)
9)たとえば、夢の素材といわれる炭素同素体の C60 のフラー
レンが挙げられる。C60 フラーレンはサッカーボール上に 60
小山泰宏『M&A ・投資のための DCF 企業評価』(中央経済社
個の炭素原子が並び球を形成している。がん治療やエイズ治
2000 年)
療といった医学分野、燃料電池、化粧品などに利用が考える
ジョナサン・マン著 川口有一郎監訳『実践 リアルオプショ
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研究開発型大学発ベンチャー企業に対するビジネスプランの漸進的策定方法の提案(服部)
ことができるが、具体的な用途は未定のナノテクノロジー素
ク=ショールズ・モデルやバイノミアル・モデルがあり、後
材である。炭素同素体のナノチューブやナノホーンも発見さ
者にはデシジョン・ツリー・アナリシスがある。
れ、その製造技術の開発が進められているが、フラーレンと
15)渡辺(2003)98 ページ参照、ジョナサン・マン(2003)
同様に具体的な用途はまだ、未定である。なお、ナノテクノ
125 ページ参照及び山本(2001)50 ページ参照
ロジーとは 1n(1メートルの 10 億分の1)の単位で取り扱
16)ビジネスモデルとは、顧客・供給先などの利害関係者を含
われる極微細世界で取り扱われる技術をいう。
んだビジネスの仕組みをいう。これに対してビジネスプロセ
10)たとえば、不動産購入における手付制度はオプションの一
スは企業内部の研究開発・マーケティング・製造・販売・物
種である。手付契約を本契約の前に締結し、不動産を購入す
流・管理などの活動プロセスをいう。
る権利を確保しておく。もし、他に気に入った物件が見つか
17)山本(2001)207 ページ
ればこの権利を放棄することができる。また、留保期間内に
18)5W1H とは、英語における疑問詞を用いた基本的な問いか
資金の調達ができない場合も、無理な負債を負うことなく、
けを言い、ここではビジネスの視点より展開しており、Risk
その購入権を放棄すれば済む。手付契約であるので購入する
を加えている。
義務は存在しない。一般的に、この権利に経済的価値を見出
Why
なぜ、この事業をおこなうのか?
What
製品・サービスの内容
すことができるであろう。よって、人はこの権利を取得する
に当たり、手付金を支払う。この不動産購入権の評価額が手
付金とみなすことができる。不動産価格が適正な金額であっ
Where Whom どの市場、だれを顧客とするか?
ても、手付金があまりにも高額となると、購入に関して不確
How to
どんな方法でどんな競争優位を駆使するのか?
実性をもつ購入希望者は、手付契約を締結しない。
When
どのタイミングで行うのか
Who
だれが
How much
資金はどのくらい必要か?
売上・利益はどのくらい必要か?
Risk
課題 問題点
11)決められた期間の最終日だけ権利行使できるオプションを
ヨーロピアンと呼ぶ。
12)決められた期間中何時でも権利行使できるオプションをア
メリカンと呼ぶ。
13)評価における基本部分は、DCF 法(Discounted cash flow
19)近畿経済産業局(2003)13 ページ参照
method)で検討される。
14)リアル・オプションの計算方法は金融工学の手法を取り入
20)近畿経済産業局(2003)19 ページ参照
れたものオプション・プライシング理論を用いたものとこれ
21)いわゆるディファクト・スタンダードを獲得するために、
以外の方法により算定する方法が存在する。前者はブラッ
一気に事業を拡大させる場合も戦略として存在する。
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3 H 競合(当社とライセンス・コンサルティング先の競合に関する検討)
(1 B 9)予定資本金(額面株式金額・発行済株式数)(1 B10)予定株主の状況
(1 B11)当該創業予定プロジェクトに対して受けている補助金・助成金・融資等
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(3 H 3−1)当社のライバル企業に対する当該事業の弱み・弱点
(3 H 3−2)顧客(ライセンス先)のライバル企業に対する当該事業の弱み・弱点
(3 H 4−1)当社の新規参入者に対する対策はあるのか
(3 H 4−2)顧客(ライセンス先)の新規参入者に対する対策はあるのか
3 I 申請事業の利益計画(今後 3 年間以上)J 資金計画(今後3年間以上)
3 K 人的資源
(3 K 1)現在の経営者・従業員の研究開発・販売・生産に関する能力及びスキル
(3 K 2)求める人材像
(3 K 3)従業員に対する教育状況・方針
(3 K 4)社外の協力者、関係先
(3 K 5)人員計画(利益計画に合せて今後3年間
3 L その他
3A 事業の具体的な内容、進捗状況及び今後の事業展開予定
3B この事業を行うためにもっとも大切な技術・ノウハウ
3C 利益を獲得する仕組み(ビジネスモデル)
3D この事業を取り巻く環境
3E 事業者の広義の目的(経営理念・ビジョン・使命・目標など)
3 F ライセンス・コンサルティング先に対する技術サービス
(3 F 1)ライセンスする技術サービスの内容
(3 F 2)どのような類似・代替技術が存在するか
(3 F 3)類似・代替技術に対する当該技術サービスの強み
(3 F 4)類似・代替技術に対する当該技術サービスの弱み
(3 F 5)研究開発・製品商品化の現状
(3 F 6)研究開発・製品商品化にあたっての今後の課題
中小企業事業団 ベンチャープラザのビジネスプランを参考にし、ライセンス・アウトを目的とする研究開発型大学発ベンチャー企業用に修正した。
(3 L 2)その他特記事項
(3 L 1)代表者及び主要メンバーの関係プロジェクト
(3 H 2−2)顧客(ライセンス先)のライバル企業に対する事業の強み優位性
3事業内容
(3 F 7)知的財産権の取得状況
(3 H 2−1)当社のライバル企業に対する事業の強み・優位性
2要約(3以降の内容の要約)
(3 H 1−2)顧客(ライセンス先)にはいかなるライバル企業が存在するか?
(3 G 7)ライセンス供与・コンサルティングに関する今後の課題
(1 B 8)創業予定年月日 設立予定年月日
(1 B13)経営陣・取締役メンバー
(3 G 6)当社はどのようにしてライセンス・コンサルティング先を探すのか?
(1 B 7)創業予定会社(代表者・幹部従業員)の現状及び職業
(3 H 1−1)当社にはいかなるライバル企業が存在するか?
(3 G 5)顧客(ライセンス先)はどのような販売方法を採用するのか?
(1 B 5)Eメールアドレス・ホームページ(1 B 6)連絡者名
(1 B12)その他の代表者が受けている補助金・助成金・融資等
(3 G 3)上記市場のうち、顧客(ライセンス先)はどのくらいのシェアが獲得できるか?
(3 G 4)顧客(ライセンス先)の販売価格・粗利率はいくらぐらいになるのか?
(1 B 1)代表者名(1 B 2)所在地(1 B 3)電話番号(1 B 4)FAX番号
(3 G 2)顧客(ライセンス先)の製品商品の市場規模はどのくらいか?今後の予測は?
(3 G 1)どのような顧客がライセンス供与・コンサルティング先となるか?
1A事業名
1B 創業予定者の概要
3 G 顧客・市場
1概要
表1 ビジネスプランの項目
政策科学 11 −2,Jan. 2004
−33−
コアプラン
→
戦略プラン
3E 事業者の広義の目的(経営理念・ビジョン・使命・目標など)
1A事業名 3A 事業の具体的な内容(進捗状況及び今後の事業展開予定)
3B この事業を行うためにもっとも大切な技術・ノウハウ
3C 利益を獲得する仕組み(ビジネスモデル)
3 G 顧客・市場
(3 G 1)どのような顧客がライセンス供与・コンサルティング先となるか?
(3 G 2)顧客(ライセンス先)の製品商品の市場規模はどのくらいか?今後の予測は?
(3 G 6)当社はどのようにしてライセンス・コンサルティング先を探すのか? (3 G 3)上記市場のうち、顧客(ライセンス先)はどのくらいシェアを獲得できるか?
(3 G 4)顧客(ライセンス先)の販売価格・粗利率はいくらぐらいになるのか?
(3 G 5)顧客(ライセンス先)はどのような販売方法を採用するのか?
(3 G 7)ライセンス供与・コンサルティングに関する今後の課題
3 F ライセンス・コンサルティンする技術サービス
(3 F 5)研究開発・製品商品化の現状
(3 F 1)ライセンスする技術サービスの内容
(3 F 6)研究開発・製品商品化にあたっての今後の課題
(3 F 2)どのような類似・代替技術が存在するか
(3 K 2)求める人材像
(3 F 3)類似・代替技術に対する当該技術サービスの強み
(3 K 3)従業員に対する教育状況・方針
(3 F 7)知的財産権の取得状況
(3 H 2−1)当社のライバル企業に対する事業の強み・優位性
3 K 人的資源
(3 H 2−2)顧客(ライセンス先)のライバル企業に対する事業の強み優位性
(3 K 1)現在の経営者・従業員の研究開発・販売・生産に関する能力及びスキル
(3 K 4)社外の協力者、関係先
3A(事業の具体的な内容)進捗状況及び今後の事業展開予定
(1 B 8)創業予定年月日 設立予定年月日
1B 創業予定者の概要(1 B 1)代表者名(1 B 2)所在地(1 B 6)連絡者名
(1 B 9)予定資本金(額面金額・発行済株式数)(1 B10)予定株主の状況
(1 B13)経営陣・取締役メンバー(3 K 5)人員計画(今後3年間)
3 I 事業の利益計画(今後3年間以上)
3 I 事業の利益計画(今後3年間以上)
3 J 資金計画(今後3年間以上)
3 J 資金計画(今後3年間以上)
3D この事業を取り巻く環境
(3 F 4)類似・代替技術に対する当該技術サービスの弱み
3 H 競合(当社とライセンス・コンサルティング先の競合に関する検討)
(3 H 1−1)当社にはいかなるライバル企業が存在するか?
(3 H 1−2)顧客(ライセンス先)にはいかなるライバル企業が存在するか?
(3 H 3−1)当社のライバル企業に対する当該事業の弱み・弱点
(3 H 3−2)顧客(ライセンス先)のライバル企業に対する当該事業の弱み・弱点
(3 H 4−1)当社の新規参入者に対する対策はあるのか
(3 H 4−2)顧客(ライセンス先)の新規参入者に対する対策はあるのか
2要約(3以降の内容の要約)
3 L その他
(3 L 1)代表者及び主要メンバーの関係プロジェクト(3 L 2)その他特記事項
(1 B 7)当該創業予定プロジェクトに対して受けている補助金・助成金・融資等
(1 B12)その他の代表者が受けている補助金・助成金・融資等
注)コアプランと戦略プランに明確な区分はない。
その他
資金はどのくらい必要か?
売上・利益はどのくらい必要か?
課題 問題点
だれが?
どのタイミングで行うのか?
どんな方法でどんな競争優位を
駆使するのか?
どの市場、だれを顧客とするか?
アウトライン
なぜ、この事業をおこなうのか?
製品・サービスの内容
表2 ビジネスプラン項目の分類(一例)
研究開発型大学発ベンチャー企業に対するビジネスプランの漸進的策定方法の提案(服部)