前立腺癌の診断と治療 - 国立病院機構 岡山医療センター

前立腺癌の診断と治療
独立行政法人国立病院機構
岡山医療センター泌尿器科
津島知靖
2010年11月18日 真庭医師会
男性生殖器の構造
前立腺細胞内における副腎由来のアンドロゲンの関与
CRF
LHRH
下垂体
LH
ACTH
副腎
精巣
Δ4-DIONE
テストステロン
17β-HSD
T
DHEA
DHEA-S
3β-HSD
Δ4-DIONE
DHEA
DHEA-S
Sulfatase
DHT
LHRH : 黄体形成ホルモン放出ホルモン
CRF : 副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン
LH : 黄体形成ホルモン
ACTH : 副腎皮質刺激ホルモン
DHEA : デヒドロエピアンドロステロン
DHEA-S : デヒドロエピアンドロステロン硫酸塩
Δ4-DIONE : アンドロステンジオン
HSD : ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ
AR
5α-還元酵素
アンドロゲン
受容体
前立腺細胞
(Labrie F et al. ; Endocrine-Related Cancer 3,243,1996.)
わが国におけるがん罹患数の将来予測
(人)
100,000
肺がん
前立腺がん
90,000
胃がん
80,000
大腸がん
70,000
肝がん
60,000
直腸がん
50,000
食道がん
胆嚢がん
40,000
膵がん
30,000
膀胱がん
20,000
腎がん
10,000
悪性リンパ腫
0
1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 2020 (年)
2003年厚労省 津熊班 班研究より:がんの統計2004(篠原出版新社), 2004
2008年
9989人
前立腺癌
• 症状
– 排尿障害,血尿,疼痛
– 早期癌では無症状
• 他覚所見
– 硬い結節
– US
• 左右非対象,不整
– 腫瘍マーカー
• PSA
• 特徴
– 男性ホルモン感受性
– 骨転移
前立腺癌の診断法
1940
1950
1960
1970
1980
1990
2000
• 酸性フォスファターゼ(ACP)(Huggins,1941)
• 直腸指診(DRE)
早期癌発見は困難(30%)
• 前立腺特異抗原(PSA)の導入(Wang,1979)
• 超音波ガイド下systematic biopsyによる診断率の向上
(Hodge,1989)
早期癌発見が可能(60%)
無症状だが,PSAが高値→生検で診断
PSAの歴史
• 1966年原ら
– 精漿中の特異物質を見出し,-seminoprotein(SM)と命名した(法医学上の精液痕の研究)。
• 1979年Wangら
– 前立腺組織より分離精製,prostate specific antigen
と命名した。前立腺癌の腫瘍マーカーとして研究さ
れた。
• 1987年Lundwallら,Schallerら
– PSAと-seminoproteinのアミノ酸配列が明らかとな
り,両者は同一の糖タンパクであることが判明した。
PSA
• Prostate Specific Antigen(前立腺特異抗原)
• 237個のアミノ酸からなる糖蛋白,分子量約3万
• 前立腺で産生される。
– 前立腺管腔に分泌される。
– 精漿,前立腺組織中には1~4mg/ml存在する(正常
血清の約100万倍)。
– 尿道,乳腺においても極微量は産生される。
– serine proteaseの一種でchymotrypsin様の酵素活
性をもつ。
– 射精時に形成されたseminal coagulumを液化する。
PSA濃度が
上昇
癌組織では導管がないの
でPSAを分泌できない。
岡山市前立腺がん検診
-平成15年~19年までの5年間の集計について-
津島知靖(NHO岡山医療センター),近藤捷嘉(岡山赤十字),
赤澤信幸(岡山済生会),入江 伸(岡山中央),
津川昌也(岡山市民),小澤秀夫(岡山労災,川崎病院),
櫻本耕司(岡山協立),公文裕巳(岡山大)
岡山泌尿器科研究支援機構(Okayama Urological Research Group, OURG)
PSAによる前立腺癌検診
基本健康診査
がん検診
PSAを追加
異常値を要精検
二次検診医療機関
触診
PSA再検
画像診断
生検
市内の医療機関
(岡大病院を除く)
自己負担
900円
岡山大学病院
岡山医療センター
岡山赤十字病院
岡山済生会総合病院
岡山市立市民病院
岡山労災病院
川崎医大付属川崎病院
岡山中央病院
岡山協立病院
平島クリニック
森末泌尿器科内科クリニック
藤田病院
岡村一心堂病院
その他
岡山市前立腺がん検診
(平成15年~平成19年の5年間の合計)
•
•
•
•
•
•
•
基本検診受診者
前立腺検診受診者
精密検診対象者
精密検診受診者
前立腺生検実施数
生検による癌発見数
前立腺癌発見数
91,739名
52,926名
3,900名
1,528名
875名
442名
456名
(33.5%)
(57.7%)
(7.4%)
(39.2%)
(57.3%)
(50.5%)
(臨床的に診断された症例を含む)
• 検診受診者に対する発見率:0.86%
各種がん検診によるがん発見率(平成18年)
日本対がん協会ホームページより引用,改変,グラフ化
2.5
2
発見率(
%)
1.5
1
0.5
0
PSA階層別生検陽性率
(5年間の推移)
PSA
15
16
17
18
19
4.1-10.0
36.4
39.4
35.2
43.5
54.0
10.1-20.0
67.7
51.7
55.6
57.1
58.3
20.1-50.0
93.9
64.7
100
100
90.9
50.1-
100
100
100
100
100
全症例
51.1
45.1
45.8
52.6
60.3
生検実施率
74.7
61.9
53.3
45.2
39.5
検診では病期Bが多い
がんの発見契機別の臨床病期
外 来
検 診
7%
38%
11%
32%
29%
61%
24%
病期A
病期B
病期C
病期D
伊藤一人:泌尿器外科13(8)、997-1001、2000改変
死亡率の減少は米国、
オーストリアで報告済
論文は30程度
否定論文の質は低く、
最新の研究は、すべて
有効との結果
経過観察でよいがん
は10%程度
前立腺針生検は合
併症の多い検査で
はない
悪性度が高くても早期
発見であれば完治が期
待できる
➁
➀
厚労省では
なく、単なる
班研究
③
④
⑤
⑦
➅
早期発見す
れば治療法に多
くの選択肢があ
り副作用の少な
い治療法も可能
European Randomized Study of Screening
for Prostate Cancer (ERSPC)
Schroder FH, N Engl J Med, 2009;360:1320
European Randomized Study of Screening
for Prostate Cancer (ERSPC)
Schroder FH, N Engl J Med, 2009;360:1320
前立腺生検
• 適応
– PSAが4.0ng/ml(あるいは基準値)以上の症例
– PSA高値以外に癌を疑う所見がなくても生検を行う
– 直腸診や画像所見で癌を疑う
•
•
•
•
•
•
入院(2泊3日)(外来でも可能)
手術室(外来,検査室でも可能)
砕石位(側臥位)
無麻酔(仙骨麻酔,脊椎麻酔)
超音波ガイド下
経直腸的針生検(経会陰的)(10~12ヵ所)
経直腸的プローブとバイオプティーガン
経直腸的プローブとバイオプティーガン
(セットした状態)
PSA疑陽性
• 前立腺肥大症
– 特に高度肥大の症例
•
•
•
•
急性前立腺炎
尿閉
射精
泌尿器科学的検査
– 膀胱鏡検査,カテーテル操作
– 経直腸的超音波
– 前立腺マッサージ
急性前立腺炎の1例
症例:75歳
現病歴:3日前より,発熱,頻尿を認め,近医
を受診した。抗菌薬を投与されるも症状が
軽快せず,また,PSAが49.6ng/mlと高値で
あったため,当科を紹介された。
経 過
PSA(ng/ml)
100
LVFX
FLRX
200mg/day
10
4.0
1
10/22 11/6 11/20
12/18
1/27
4/7
PSA値を低下させる薬剤
• 前立腺癌治療薬
• 前立腺肥大症治療薬
– 黄体ホルモン剤(プロスタール,パーセリン、デポスタッ
ト)
• 5-α還元酵素阻害薬
– 前立腺肥大症治療薬 アボルブ
– 男性型脱毛症用薬 プロペシア
• 1年間の投与で,PSAを約50%低下
前立腺癌の
病期分類
前立腺癌
の治療
前立腺癌病期別生存率
(%)
100
100%
病期A,B
87%
生
80
存
60
40
病期C
53%
率
病期D
20
0
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10(年)
岡山大学データ
前立腺全摘術
• 75歳程度まで
• 自己血貯血
• 合併症
– 尿失禁
• 電気刺激,磁気刺激
– 勃起障害
• PDE5阻害剤,海綿体注射
PSA非再発率
(治療前PSA値)
(%)
100
85%
80
60
52%
40
PSA<11 (n=83)
PSA≧11 (n=80)
20
Logrank test p=0.0041
0
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10 (Year)
放射線療法(外照射)
•
•
•
•
80歳程度まで
手術と同等の治療成績
ホルモン療法を併用(病期Cなど)
合併症
–
–
–
–
勃起傷害
直腸障害(直腸出血,血便)
皮膚障害
膀胱,尿道障害(血尿,尿道直腸膀胱瘻)
• 治療期間が長い
– 照射に約2ヶ月
– 内分泌療法は数ヶ月から2年程度
放射線治療群
症 例:
年 齢:
PSA値:
病 期:
観察期間:
方 法:
結 果:
20例
52~81歳(中央値70歳)
7.1~102.1ng/ml(中央値35.99ng/ml)
B:4例, C:16例
5~91ヶ月(中央値22ヶ月)
ホルモン療法を6~12ヶ月先行し,PSA値が
nadirになったところで66(~70)Gyの外照射を行う。
20例中1例にのみPSA-failure となる(37ヶ月)も,
その後72ヶ月まで無治療で経過観察しSDである。
岡山大学症例
前立腺がん密封小線源治療
• 限局癌(病期B)が対象
– 腰椎麻酔
– 入院5日
• 平成16年1月より岡山大学で開始
125I
線源
前立腺癌の内分泌療法
• 前立腺は男性ホルモン標的臓器
– 男性ホルモンの作用で分化,増殖
• 前立腺癌も男性ホルモン依存性
– 男性ホルモンの作用で細胞分裂,増殖
• 男性ホルモンを遮断すると,増殖停止
– 90%以上の症例で,PSAの低下や病巣の縮小あり
病期別癌特異的生存率
(内分泌療法群)
(%)
100%
100
81%
80
61%
60
Stage
Stage
Stage
Stage
40
20
A (n=8)
B (n=49)
C (n=77)
D (n=73)
0
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10 (Year)
シグナル伝達
タンパク合成
細胞分裂
去 勢
• ホルモン療法の基本的治療
• 血中の男性ホルモンを除去
• 外科的去勢
• 薬物的去勢
– LH-RHアゴニスト
– リュープリン
– ゾラデックス
– 1ヶ月製剤と3ヶ月製剤
CAB療法
(Combined Androgen Blockade)
(Complete Androgen Blockade )
(Maximum AndrogenBlockade)
• 去勢により,テストステロン値は低下
• 副腎性アンドロゲンは残存→癌細胞増殖
• 抗アンドロゲン薬で残存する男性ホルモン
作用をブロック
• ホルモン療法の効果持続期間,生存期間
を延長させる
ステロイド性抗アンドロゲン剤
• プロスタール(酢酸クロルマジノン)
– 25mg錠,1日4錠まで
– 前立腺肥大症では1日2錠まで
– 女性化乳房(3.0%),肝機能異常(1.5%),
浮腫(1.3%)
– うっ血性心不全,血栓症
– テストステロン低下作用
– ホットフラッシュ予防効果
非ステロイド性抗アンドロゲン剤
• オダイン(フルタミド)
– 125mg錠,1日3錠まで
– 重篤な肝障害の報告あり(肝機能異常は10%以上)
– 少なくとも1か月に1回肝機能検査
(30日以上の処方は不可)
– 女性化乳房(3.1%),下痢(1.7%),悪心・嘔吐
(1.1%)
• カソデックス(ビカルタミド)
– 80mg錠,1日1錠(2錠以上は不可)
– 女性化乳房(50%),肝機能異常(4.6%)
• ワーファリンの効果を増強する可能性あり
進行前立腺癌 (病期D) に対してCAB療法が優れていたとする報告
研究名
NCI INT-0036①
EORTC 30853②
IASG③
方
法
CAB群
対照群
リュープロレリン+フルタミド
リュープロレリン+プラセボ
ゴセレリン+フルタミド
除睾術単独
除睾術+ニルタミド
除睾術+プラセボ
例
数
CAB群
対照群
311
306
164
163
225
232
追跡期間
Not Available
中央値7.2年
最長8.5年
CAB群
17ヵ月
21.2ヵ月
対照群
(p=0.039)
14ヵ月
Not Available
(p=0.02)
Not Available
P
F
S
生
存
期
間
CAB群
対照群
35.6ヵ月
(p=0.03)
28.3ヵ月
34ヵ月
(p=0.04)
27ヵ月
(p=0.0024)
14.7ヵ月
27.3ヵ月
(p=0.0326)
23.6ヵ月
NCI INT : National Cancer Institute Intergroup
EORTC : the European Organization for Research and Treatment of Cancer
IASG : the International Anandron Study Group
① Crawford ED ; Eur Urol 29(suppl.2),54,1996.
PFS : Progression-Free Survival (非再燃生存期間)
② Denis LJ et al. ; EurUrol 33,144,1998.
③ Dijkman GA et al. ; J Urol 158,160,1997.
未治療進行前立腺癌患者を対象とした
ビカルタミド+LHRHa併用療法とLHRHa単独療法との
多施設共同ランダム化二重盲検比較試験
ビカルタミドCAB群
)
追跡調査
無作為割付
未治療
進行前立腺癌
Stage C, D
(
ビカルタミド80mg/日
+LHRHa
LHRHa単独群
登録例数 205例
(評価例数203例)
(プラセボ+LHRHa)
症例登録期間:2000年2月~2001年12月
一斉開鍵
:2002年 9月20日
割付治療終了:2003年11末
LHRHa:ゴセレリン、リュープロレリン
試験期間:1999年12月~2004年3月
Akaza, H., et al.:Jpn. J. Clin. Oncol., 34(1), 20, 2004.
無増悪期間(TTP)
病勢進行を認めなかった
患者の割合
1.00
追跡期間(中央値):127週
HR 0.40; 95% CI 0.26~0.63; p<0.001
0.75
中央値:NR
0.50
中央値:96.9週
0.25
ビカルタミドCAB群 (n=102)
LHRHa単独群 (n=101)
0.00 0
10 20 30 40 50
60 70
<イベント発生例数>
ビカルタミドCAB群
LHRHa単独群
30例 (29.4%)
57例 (56.4%)
80 90 100 110 120 130 140 150 160 170 180 190 200
追跡期間(週)
Usami M, et al: Prostate Cancer Prostatic Dis, 10(20), 194-201, 2007
生存期間(長期成績)
Akaza H: Cancer, 115:3437, 2009
進行前立腺癌の治療
Castration
CAB療法
ホルモン療法再燃前立腺癌
(PSAの持続的上昇,病変の増大,新病変の出現)
(癌に起因する症状の増悪)
アンチアンドロゲン剤の追加(中止)
アンチアンドロゲン剤の変更
(中止)
アンチアンドロゲン剤の中止
アンチアンドロゲン剤の変更
(中止)
エストロゲン剤
エストラサイト単独あるいは併用化学療法
糖質ステロイド
(モルヒネ製剤)
エストロゲン剤
• プロセキソール(エチニールエストラジオール)
– 0.5mg錠,1~2錠を1日3回
– 血栓症
– 心筋梗塞,心不全(定期的心電図検査)
• アスピリンの併用を考慮
糖質ステロイド
• プレドニン,デカドロンなど
• 末期癌の症例にステロイドを投与すると,食欲
増加など症状の緩和効果が得られる。
• 前立腺癌では,症状緩和効果に加えて,PSA
の低下や,転移巣の縮小が認められる。
前立腺癌に適応のある抗がん剤
•
•
•
•
•
•
エストラサイト(Estracyt, EMP)
イホマイド (IFM)
シスプラチン (CDDP)
ペプレオ (PEP)
UFT (tegafur and uracil)
タキソテール(Docetaxel,TXT)
エストラサイト
ClCH2CH2
ClCH2CH2
NCOO
O-PONa2
・H2O
Molecular formula;C23H30Cl2Na2 O6 P・H2O
Molecular weight ;582.37
Generic name;Estramustine sodium phosphate
Chemical name;1,3,5(10) estratriene-3,17β-diol 3-[bis (2-chloroethl)
carbamate] 17-disodium phosphate hydrate
Estramustine phosphate (エストラサイト)
• 1日4カプセル投与
• 作用機序
– 抗癌剤としての作用
– エストロゲン作用
• 副作用
– 消化器症状
– 血栓症
– 浮腫
– 女性化乳房
• エストラサイトとタキソテールの併用療法はホ
ルモン抵抗性前立腺癌の標準的化学療法
ホルモン療法抵抗性前立腺癌に
対する化学療法の効果
•
•
•
•
疼痛緩和効果
PSA低下
病巣の縮小
生存期間の延長
– 最近まで,有意の生存期間の延長を証
明した抗癌剤はなかった。
– ドセタキセルが生存期間を延長する。
Treatment for Prostate Cancer
Death
Androgen deprivation
Tumor Burden
(PSA)
Palliative therapy
Symptomatic
Chemotherapy
Other hormonal manipulations
Time
長期の尿道留置の合併症
•
•
•
•
•
亀頭から尿道が裂けていく
尿道皮膚瘻
カテーテル挿入困難
尿道でカフを膨らませた
前立腺炎,精巣上体炎
• カテーテルを太くすると合併症が多くなる
– 通常は14Frを使用
– 太くしても16Frまで
男性生殖器の構造
湾曲
外尿道括約筋
膀胱瘻にすると
•
•
•
•
皮膚から膀胱まで5cm程度
直線的に挿入
Fr20程度の太いカテ
挿入部が清潔
• 尿道留置の合併症をほとんど解決