関わりあいから 思いやりを育む職場へ

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関わりあいから
思いやりを育む職場へ
神戸大学大学院 経営学研究科 教授 鈴木竜太
関わりあいはなぜ大事なのか
あるいは先に述べたように、個々人は周りの人が見守ってくれる分、や
らねばならないという気持ちになる。もちろんこの気持ちはポジティブ
関わりあうことが得意かどうかは別にして、社会において重要である
と同様に企業や職場においても人と人の関わりあいが重要である、とい
ある。
チャンスを創出することの重要性は言うまでもないが、ここで述べてき
しかし、組織はすることが何もない訳ではない。むしろ組織の役割は
たような関わりあうことで生まれる組織の力を改めて見直す、あるいは
なものだけではなく、ここまで助けてもらって逃げるわけにはいかない、
別にあると考えた方が良いだろう。もし関わりあいを重要視するのであ
鍛え直すことも重要ではないかと考える。そして今やそれは当たり前に
というような厳しい側面もある。
れば、個人の責任や役割を上から明確にし、それを評価することを促
我々が持っているものではなく、新たに手に入れなければならないもの
になっている。
うメッセージに異論のある人はいないだろう。しかし、なぜ大事なのか
職場における関わりあいが生むこのような小さながんばりや助け合い
すような成果主義的な人事制度は、各個人が自分の仕事に集中するが
ということに十分に答えられる人は少ないかもしれない。もちろん、人
は、一つ一つの行動が大きな利益を生み出すわけではないが、組織の
故に仲間との関わりあいを生まなくなる。個々人の責任と成果を明確に
職場における関わりあいの根っこにあるのは、他者への関心とそれに
間社会において人間関係が豊かになることは人生そのものが豊かにな
中でこのような自分の役割を超えた行動が多数生まれることによって、
するような成果主義的な評価制度を用いるにしても、それが仲間との
よって生まれる仲間や職場、組織のためにできることは何かと考える意
ることは経験上言えるとしても、それが仕事の場面や職場においても大
総体として大きな組織の力を生み出すことになる。つまり、関わりあい
関わりあいがあることによって生み出されることを自覚させる必要があ
識である。その思いが小さながんばりと助け合いにつながる。日常の
事であると言えるだろうか。別の言い方をすれば、関わりあうことは職
はこのような役割を超えた行動を生み出すという点で、企業組織におい
るだろう。そして、あわせて個人の目標の上に職場レベルでの目標があ
言葉で言えば、それは他者のことを慮ること、すなわち思いやりである。
場や組織の業績につながるとはっきりと言えるだろうか。
ても重視すべきことだと考えることができるのである。
ることをしっかり自覚させることが重要であろう。もちろん、職場レベ
18世紀の哲学者であるD.ヒュームは、「人間は限られた範囲の思いや
ルでマネジャーが関わりあいを創出する工夫ができる余地をしっかりと
りは本能的にもっているものだ」と言う。つまり、親しい家族や友人な
残すことも組織ができる重要な役割である。こうして、組織と職場が手
どに対する思いやりは自然ともっているものだが、より広い人々に対す
を携えることによって、職場と組織に役割がもたらされる。大事なことは、
る思いやりはなかなかもてないと言う。また思いやりは恵まれた人に対
関わりあいを生む上で、組織と職場では役割が異なるということである。
してはなかなか持てず、嫉妬に変わってしまうような不安定なものであ
大阪府堺市に本社をおく食酢メーカーのタマノイ酢は、社員同士の
関わりあいがとても強い企業である。これには2つの理由がある。1つ
組織の役割と職場の役割
は入社前の研修において関わりあい
(「お互いを気にかけながら仕事を
すること」)の重要性を伝えていることである。それは単に言葉として伝
ではこのようながんばりや助け合いをいかにして組織の中にもたらす
えるだけではなく、様々な研修における体験を通じて新入社員はお互い
のか。改めてそれには職場での関わりあいが重要であると考える。組織
組織レベルの施策が重厚であるが故に、職場レベルではそれを遂行す
ると言う。故に各個人が持つ思いやりに頼ることは難しく、たとえ良心
助け合わなければ仕事ができないことを体感する。もう1つの理由は、
レベルで仕組みや評価制度、あるいは価値観の浸透といった方法でが
るだけで精一杯になり、職場レベルでの関わりあいをうむ工夫をする余
のある人々の集団であっても、放っておいて思いやりにあふれた組織や
仕事の割り振り方にある。タマノイ酢では若い人に大きな仕事を意図的
んばりや助け合いを生むことも可能であるかもしれないが、それ以上に
地がなくなってしまうことは少なくない。
職場をつくることは難しい。仲間を思いやることが重要であるのであれ
に割り振る、そして10年くらいの間に適性を見るために学生時代の専
職場レベルでのマネジメント、もう少し言えば職場レベルで関わりあい
門にこだわらず様々な職種を経験させる。この2つの特徴は、各職場に
を創出することが重要になると考える。なぜなら関わりあいは、他者へ
たくさんの仕事経験が不足している人を生むことになる。故に、職場で
の関心から生まれるものであり、日々の仕事の中の小さな工夫から生ま
は職場の仕事を全うするために、先輩や上司をはじめ、周囲の人がお
れることが多いからである。例えば、オフィスの配置を変えるだけで、
互い助けあいながら仕事を進めることになる。助けられる当事者は当然
それまで接触がなかった人同士が会話を交わすことが増えるし、喫茶
場にはこのような関わりあいとそれによってもたらされる小さながんば
自分が早く一人前にならないと先輩や上司に迷惑をかけ続けることにな
スペースを設けることでこれまで知らなかった人の仕事ぶりを知ること
りや助け合いは自然に備わっていたように思う。それは日本的経営の副
るため、仕事に対して高いモティベーションで取り組むことになる。また、
もあるかもしれない。あるいは仕事の設計をチーム単位にすることで、
産物かもしれないし、あるいはもともと日本人がもっていた特性かもし
お互い関わりあいながら仕事をすると同時に、ジョブローテーションが
お互いの能力や特徴を知ることにつながるかもしれない。もちろん飲み
れない。しかし、今やそれは、なにかしらのエネルギーをもって関わり
早いために、300名程度のこの会社は会社中、知り合いばかりになる。
ニケーションも有効かもしれない。このような工夫はたくさんあるだろ
あいを創出しなくてはいけない時代に来たように思う。そして、小さな
タマノイ酢の職場ではお互いがお互いの仕事の進捗を気にかけなが
うし、まさしく職場レベルで工夫されるものであり、制度や全社レベル
がんばりやお互いを助けあうような行動は美徳であるかもしれないが、
ら仕事をするが故に、個々人の役割の間に落ちてしまいがちな仕事が
の仕組みではなかなかうまくはいかない。求められる役割外の行動を
それほど重要なことではないと考えてしまっているように思う。もちろ
あまりない。また、結果的にそれぞれの仕事を複数の人間が見守るこ
直接的にマネジメントするのではなく、職場レベルで関わりあいをマネ
ん、急速なグローバル化の進展と市場のスピードの早さの中で、新し
とになるため、ダブルチェック、トリプルチェックのような格好になる。
ジメントすることによって、このような行動をもたらすことができるので
いサービスや商品を生み出すイノベーション、あるいは新しいビジネス
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ば、我々はそれを創出するマネジメントをしなくてはならない。そして
思いやりを育む職場
それはやはり職場に期待することになるはずだ。
タイムマシーンがないため正確なことは言えないが、以前の日本の職
プロフィール / Ryuta Suzuki
1997年、静岡県立大学経営情報学部助手、専任講
師を経て、2005年より神戸大学大学院経営学研
究科准教授、2013年より同教授。現在に至る。
専門分野は組織と職場と人のマネジメント。主な著
書に
「組織と個人:キャリアの進展と組織コミットメ
ントの変化」
(白桃書房)、
「自律する組織人」
( 生産
性出版)、
「 関わりあう職場のマネジメント」
( 有斐
閣)
がある。
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