美人の社会学

美人の社会学
Z.W(中国)
経済学部経営学科
要旨: 美人とは何か、広辞苑では「顔、姿が美しい女」と定義されている。それは確かにそうである
が、
「美人」の意味はそれだけではない。本来、美人の判断基準は人種、文化によって千差万別である。
違う文化の美意識から、それぞれの文化の特徴を知ることができる。そして、同じ文化内でも、歴史上
の美人と現代の美人がかなり違う場合がある。美人観は社会や文化と深く関わる概念である。今回の自
由研究は「美人の社会学」をテーマにして、美人と社会との関係を、構造、比較、解釈の三つの技法を
使って解明したい。
キーワード:
美意識
文化
力関係
影響
変化
<本文>
1. はじめに
──
美人とは何か
「あなたはどんな人を美人だと思いますか」。この問題を百人に聞いたら、おそらく百種類の答えが
返ってくるかもしれない。確かに、個人レベルではこれは主観的な感覚、個々人の趣味やセンスが問わ
れる問題である。しかし、文化圏を単位にすると、美人の概念は社会や文化と関わる興味深い問題にな
る。つまり、個人を社会の一員として考えて、ある特定の文化圏の中の特定の一人はどんな美意識をも
つのか、そのような美意識はどこからきたのか。これらの問題に答えるために、個人を社会から取り出
して考えるよりは、社会の中に入れて構造主義の考え方を使って分析するほうが効果的である。
美人の概念は社会や文化と切っても切れない関係を持っている。本来、人種や文化によって、美人の
判断基準も大きく違う。ある文化で美人と思われた人は他の文化では必ずしもそうとは限らない。美意
識の違いは西洋と東洋の間に存在するだけではなく、日本と中国のような、地理的にも文化的にも近い
国の間でもよく見られる。たとえば、日本の江戸時代には、歯黒が美人の条件だと思われる。そして、
眉毛を剃る習慣もある。それに対して、同じ時期、中国の清の時代では、白い歯と細い眉は美人を判断
する基準である。また、同じ文化内でも美人の概念は時代の変遷に伴って変化してきた。現代の日本人
は江戸時代の絵巻の中に描かれた美女をけっして美しいとは思わないであろう。「絶世の美女」もかな
り時期限定の概念である。中国の唐の絶世の美人と思われる楊貴妃は今の時代に生き返っても、ダイエ
ットしないと美人のカテゴリーに入るのも難しいかもしれない。
以上に述べたとおり、美人はたんに「顔、容姿の美しい女」ではなく、多重な意味を内包する文化の
指標である。異なる文化における美人の条件から、それぞれの文化の特徴を知ることができる。また、
同じ文化においての美人観の変化も、その文化の価値観や風俗の変化を反映している。美人は社会によ
って定義され、社会を反映する概念である。
2.美人の基準を影響する社会的要因
文化や時代によって美人の条件はさまざまだが、美人の判断基準に影響をあたえる社会的な要因とい
ったら、古今東西いくつか共通点が見られる。その中のもっとも代表的なものは次の三つの要素である。
まず、第一は男女の力関係である。人類の長い歴史の中、遠い昔から男性は上位、女性は下位、女性
は男性に依存して服従するという力関係がずっと続いてきた。このような力関係はもちろん美人の概念
に強い影響力を持つ。そもそも、「美人」に関しては、語られるのは女性であるのに対し、語っている
のは常に男性である。男性は文学や絵などさまざまな手段を使って、それぞれの時代の美女を語ったり
描いたりしてきたと同時に、その時代にふさわしい美人像を作ってきた。
「美女は病弱である」。こういう弱々しさの美学は西洋においても東洋においてもみられる。弱そうに
見える女性は美しい。これはまさに男女の「支配と服従」の関係から生まれた審美観そのものである。
弱いから、男性に依存しなければならない。弱いから、対比的な効果によって、男性がいっそう強く見
えるようになって、男性は高い自己満足感を手に入れられる。したがって、男性の目には弱い女性はよ
り美しく映る。
弱々しさの美学の典型例は昔の中国における纏足の慣習である。中国では、足が小さいほうが美しい
だと思われている、「小さい足」は美人を判断する際の大事な条件である。したがって、唐末から纏足
の慣習がはやり始め、清の終わりまでずっとつづいていた。纏足とは、女の子は4~5歳になったころ、
足指に長い布を巻き、その成長を無理やりとめるという風俗である。纏足はその残忍さにもかかわらず、
美の象徴となり、全国的にはやっていた。しかし、纏足された女性は自ら労働することはできず、遠い
距離を歩くことすらできないから、男性に依存しなければならない立場におかれてしまう。
しかし、このような美人像は確かに男女のアンバランスの力関係を反映するにちがいないが、それは
男性によって一方的に作られたものと考えたら、それは間違いである。なぜかというと、弱々しさの美
学は女性にとって、むしろ男性支配の社会で生き残るための利用しやすい手段であるからだ。肉体的な
力や知的な面で劣位に置かれている女性の力はその弱々しさから生まれる。男性の心理をうまく把握し
て、男性に従うことによって男性を服従させるのは女性の生きるための戦略だと理解してもいいであろ
う。
そして、第二に、美人の概念を考える際に、経済や政治的な要因も無視することができない。美は常
に社会の中の一部の人しか手に入らないものである。それゆえ、美はみんなによって求められる価値が
あるものだ。したがって、美は経済や社会地位の優位を象徴するシンボルになる。
現代では、言うまでもなく、やせていてスリムな体型をもつ女性がきれいだとされる。女性誌をめく
ってみると、ダイエット関連の内容が必ず何ページか占めている。さまざまなダイエット商品も空前の
人気を集めている。しかし、今では当然だと思われるこのような審美観は意外に歴史が短い。いったい
豊満な女性がきれいなのか。それともほっそりした女性がきれいなのか。これは社会の食料の供給とい
う経済的な要因と深く関わる問題である。
ヨーロッパの歴史を振り返ってみると、16~17 世紀はまだ食料の供給が不安定な時代で、肥満は富と
繁栄の象徴であり、美人の不可欠の条件である。しかし、こういう美意識は 18 世紀になってから徐々
に変わった。18 世紀において、食料の供給が安定的になって、食料の需要も「量」から「質」へと転換
した。上流階級は食物の量を制限して、洗練された味を追求するようになった。それと同時に、やせた
体型が高い地位を示す手段になった。さらに、19 世紀に入ると、上流階級への憧れから、中産階級もや
せた体型を求めるようになって、やせた女性が美しいという認識が広がっていた。
そういう状況は現在の美意識と直接につながっている。
第三に、芸術や文学の流行も美人の概念に影響を与えることがある。前にも述べたように、芸術や文
学は時代の美意識を反映する一方で、美を創造する力も持っている。一つの例をあげると、ヨーロッパ
において、19 世紀の前半はロマン主義の時代である。肉体的な要素をすべて捨てて、純粋で精神的なも
のを追求するロマン主義の考え方の影響を受けて、健康的ではなく、青白く、どこかが病的な女性は高
く評価された。今では考えられないことかもしれないが、当時、特に結核にかかった女性は非常に美し
く見えた。ある結核にかかった女性の日記に、次のような文が書かれている。
昨日から、わたしは驚くほど肌が白く、はつらつとしてきれいだ。目は生き生きと輝いているし、
顔の輪郭までいっそう繊細で美しくなったような気がする。もう誰にも会えなくなったときにこん
なふうになったことだけが、残念でならない。
当時の人の考えでは、結核は単なる身体の病ではなく、同時に心的、感情的な素因に由来する病であ
る。したがって、結核は強い情念、高い感性、芸術的な才能を連想させる病気になった。さらに、その
時代において、結核はまだ不治の病であった。美しくありつつ、死に向かって歩くという悲劇的な運命
もまた、患者の美しさを増している。結核はいかにもロマン主義の時代にふさわしい病気であろう。
美と芸術や文学の関係は近代になって、マスメディアの発達によって、ますます強化されてきた。映
画やドラマの大ヒット作が多かれ少なかれ人々の美意識に影響を与える。「ローマの休日」がヒットし
たため、オードリー・ヘップバーンは世界中の女性の憧れの対象となった。彼女に代表されたファッシ
ョンも一時の大流行を記録した。極最近の例を考えると(これは少し美人の話から少しはなれるかもし
れないが)日本におけるまだまだ続いているヨン様ブームの中、ヨン様がかけたメガネと同じ形のもの
は、何万円という値段にもかかわらず、大人気の商品となっている。この現象もメディアが審美観に影
響を与えるもうひとつの実例にほかならない。
3.
美意識と文化の権力関係
前文で述べたように美人の概念は文化や社会の違いによって、さまざまである。そうすると、違う文
化と出会ったことは固有の審美観に影響をもたらすのであろうか。次の部分では、この問題について考
えてみたい。
現代社会において、マスメディアの発達やグローバリーゼーションの影響で、美人のイメージの均一
化が進んで、文化を超える美意識が形成された。東洋と西洋の美人観もたいした違いがなくなってきた。
しかし、この現象は二十世紀に入ってからのことである。十九世紀以前の長い歴史の中で、違う文化圏
の人々は違う美意識をもつだけではなく、お互いに醜いと思うのが一般的である。史料を調べてみると、
その証拠はいくらでも見つけられる。十六世紀に中国を訪れたガスパール・ダ・クルスは「華南事物誌」
のなかで、中国人の容貌について「小さな目、低い鼻、大きな顔」と描写していた。確かに直接に醜い
とは言っていないが、けっして賛美の言葉とは思えない。そして、東洋人の目に映る西洋人の姿も最初
からきれいなものではなかった。中国の史書「明史」の中、オランダ人の容貌について「目が深く鼻が
長い、髪も眉も髭もみな赤い」と記述されている。これもまた間違いなく、差別的なニュアンスが含ま
れている。特に、髪の毛が赤いなどは当時では、動物や怪物を連想させる言葉である。
しかし、西洋が圧倒的な力をもつという認識が定着してから、東洋人が西洋人を見る目も徐々に変わ
った。中国での西洋人についての描写の変化を見てみると、
「赤毛」が「金髪」になり、
「碧眼」が「蓝
眼睛」になって、昔動物のように描かれた西洋人も「容姿美麗」に見えるようになった。いうまでもな
く、このような変化の背景には文化の権力関係がかくれている。西洋の力や生活様式への憧れが変化を
もたらすもっとも根本的な原因だと思われる。時代がもう少し先に進んで、やがて西洋人がきれいに見
えるだけではなく、東洋の従来の美意識も変化を起こした。西洋の顔や体型に近い東洋の女性が新しい
時代の美人として登場した。
日本においては、西洋文化と接触してからの美意識の変化のプロセスは中国とほとんど変わらない。
ただ、日本政府の文明開化の政策によって、その変化が中国よりいっそう激しくて徹底的だった。大正
時代は西洋文明が大量に日本に流れこむ時代であり、日本人が西洋の美意識を受け取る時代である。そ
のような時代を記録した代表的な文学作品のひとつは谷崎潤一郎の「痴人の愛」である。この小説の中
に登場したヒロイン─ナオミは西洋風の美人である。ナオミの外見についての描写を読んでみると、ま
ずはメアリー・ピクフォードという西洋の女優に似ていると書いている。そして、東洋の以前の文学作
品は美人の顔に重点を置いて描写するのに対し、著者はナオミの顔についてはほとんど描写せずに、ス
タイルに関して以下のように書いている。
胴が短く、足の方が長かったので、少し離れて眺めると、実際よりはたいへん高く思へました。そし
て、その短い胴体は S の字のように非常に深くくびれていて、くびれた最低部のところに、もう十分に
女らしい円みを帯びた臀の隆起がありました。
胴が短く、足が長い、そして S 型体型、これは明らかに西洋人の体つきである。さらに、このような
セクシーさが美であるという考え方も西洋の美意識の浸透の結果にほかならない。
文化には優劣がない。しかし、経済力が上か下かの区別がある。そして、二つの文化が出会ったとき
経済力が上のほうの文化が他方の文化に対して強い影響力をもつことは否認できない事実だ。その影響
は考え方や生活方式などいろいろな面に及ぼす。美意識もその中の重要なひとつである。
4.今日の美人
さまざまな時代の美人像は、われわれにそれぞれの時代の特徴を伝えてくれる。今の時代の美人像も
もちろん例外ではない。では、今日私たちが生きているこの時代はどんな特徴をもっているのだろうか。
二十世紀に入ってから、以前の時代とまったく違って、文化をこえて共通する美人像が存在するよう
になった。ハリウッドの俳優や女優は世界的な人気を集めていることがその証拠である。各文化の審美
観は多少違うところがあるが、たいした違いがなくなった。おおざっぱに言うと、美人像の均一化は西
洋の審美観の世界範囲の普及の過程である。情報社会の到来は、文化の権力関係による美意識の変化プ
ロセスを以前の何倍かに加速した。新聞、雑誌、テレビ、映画、さまざまなメディアがわたしたちの生
活の中で重要な役割を果たしている。そして、われわれの美についての考え方を支配している。
こんな話を聞いたことがある。ある原始的な部族は、長い間ずっとほとんど外と遮断された状態で伝
統的な暮らしを送っていた。部族の中の女性は、われわれの審美観から見て少し太っている人のほうが
多かった。しかし、ダイエットしようと思う女性は一人もいなかった。それにもかかわらず、テレビを
見るようになり、外部と情報伝達できるようになってからしばらくすると、自分が太っていると意識し
て、ダイエットを始めた女性がだんだん多くなった。マスメディアは人々の美意識にどれほど大きな影
響をもつかはこの例から明らかである
そして、大量消費文化の誕生にともなって、美も消費されるものになっている。美人像の生産はいか
なる場合でも必ず経済活動を伴っている。美貌は映画業界、ファッション業界をはじめ、化粧品メーカ
ーや健康食品メーカーなどにとっては、膨大な利益をもたらすものである。理想的な美人像を作って、
コマーシャルなどさまざまなメディアによって、その美人像を繰り返して強化する。作られた美人像の
広がりが直接に商品の売り上げとつながる。言い換えると、理想的な美貌は商業戦略の一環となってい
る。美貌も「消費されるもの」という新しい特徴をもつようになった。
今日の世界に共有され、消費されている美人像は、情報社会と大量消費文化の共同作用下の産物にほ
かならない。
5.終わりに
美人の概念は社会や文化と切っても切れない関係をもっている。美人像を見るだけで、われわれはそ
の文化についての情報をたくさん読み取ることができる。しかし、美人のすべてが文化によって決まる
といったら、それは納得できないであろう。美人の判断は、かなりの程度、個人の主観的な考えによる
ものだ。ある女性が美人か、不美人かの判断は、個人の趣味や相手との接触頻度などさまざまな要素に
よって左右されている。その中でもっとも重要な要素は何かというと、それも世界共通の答えがあるら
しい。
英語では:Love is blind.
日本語では:あばたもえくぼ。
中国語では:情人眼裏出西施。(西施―中国古代の絶世美女)
<参考文献>
張競(2001)
「美女とは何か
――
日中美人の文化史」、晶文社
井上俊 他(1995)「ジェンダーの社会学」、岩波書店
小倉孝誠 (1997) 「<女らしさ>はどう作られたのか」、法蔵館