スポーツ政策がメダル獲得数に与える効果 1.はじめに

東北学院大学 分科会番号1 篠崎ゼミナール B
スポーツ政策がメダル獲得数に与える効果
東北学院大学 篠崎ゼミ B 班
1.はじめに
本論文の目的は,スポーツ政策の有無,体制や投資額が,オリンピックにおける各国のメダ
ル獲得数に与える効果を考察することにある。
オリンピックは 4 年に 1 度開催され,世界の国々が多くの競技で競い,勝者にはメダルが
授与される。そこで事前に 1 国がどれだけのメダルを獲得できるかを経済学的に推計する
研究が行われている。
この分野の代表的な研究に Bernard と Busse(2004)による共同研究がある。(1)この研究
では 1 人あたりの GDP と,人口の規模がメダル獲得に重要な決定要因であることを,トービ
ットモデルを用いて明らかにしている。スポーツでの成果というのはそれに投入される資
源の量に依存し,所得水準は世界で活躍するアスリートの育成資本に影響を与えるため,裕
福な国が国際的なスポーツ大会でも成果を出す傾向がある。また開催国や,計画経済政策を
用いているソビエト連邦のメリットを考えたダミー変数を加え,さらに,選手は耐久消費財
であるという根拠により,前大会の成績が最も重要な要因であることを明らかにした。
この代表的な研究からメダル獲得には経済資源の投入が必要な生産関数であることを示
した。また Poisson モデルを用いて分析を行った Lui と Suen (2008)は,1952 年から 2004
年のオリンピックにおいても,人口規模と 1 人あたりの GDP がメダル獲得の主要な決定要
因であることを示している。また,教育水準や平均寿命との関連性は見つけることができな
かったが,開催国のメリットは非常に大きく,開催国であることがより多くのメダル獲得を
可能にすると分析し,2008 年大会の開催国である中国が前回の 2004 年大会より約 14%多
く金メダルを獲得することができると予測した。
次に,オリンピックとは別の国際スポーツ競技,例えばパラリンピック,ユースオリンピッ
クにおいて,国家間を競技結果で比較する言葉として国際競技力と呼ばれるものがある。経
済資源の投入が国際競技力を向上させることに繋がり,より多くの選手をより高いレベルで
国際大会に参加させることができる。それは世界における 1 国の威信や,経済を左右するた
めにも一国の重要戦略として知られている。
先行研究では投入できる資源として,人口や 1 人あたりの GDP など長期的なものが多く,
開催国にならない限り,短期的に効果のあるものは含まれていない。そこで一国の規模を底
上げする目的の元,国際競技力の向上にスポーツ政策の必要性が言及されている。スポーツ
政策の必要性を言及した先行研究に岸川千恵らの研究が挙げられる。(2)この論文ではトー
ビットモデルを用いて,経済的要因,社会的要因,政治的要因などにメダル獲得の要因と考え
1
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られるものを分類し,メダル数のモデル式を推計している。そしてスポーツ基本計画の中で
政策目標として掲げられている三本柱のうち「国際競技力向上」に焦点を当て,日本のスポ
ーツ政策を促進させるための方策を,具体的に国際競技大会におけるトップアスリートへの
支援強化,今ではすでに東京と決まっているが 2020 年夏季オリンピックの招致政策と明ら
かにしている。しかし,この研究には以下のような課題も残っている。先行研究の補足で用
いた「スポーツ政策への支出」のデータが公表されている国・地域数の少なさから,このモ
デル分析で説明変数として用いることができなかった。また,国際競技力向上に特化した研
究であるがゆえ,三本柱の残り 2 つの政策目標と国際競技力の向上がどのように影響しあう
のか,その相互関係を例示するに留まったことも課題であった。これはスポーツ政策といっ
ても生涯スポーツとエリートスポーツの政策に分かれていることなどが挙げられる。(4)そ
のスポーツ政策の各国の体制は参考文献などから見ることができる。(5)
以上の点から私たちはスポーツ政策の有無,体制や投資額が,一国の国際競技力を向上さ
せることで,メダル獲得に与える効果を考察していく。
私たちは Bernard と Busse を主要な参考文献とし,本稿は研究を進めていく。
2.使用するデータ
分析を行うにあたって,被説明変数であるメダル獲得数に影響を与える説明変数を加えた
モデルを考えていく。本稿ではオリンピックにおけるメダル獲得数に影響を与える要素と
して,GDP と選手人数と人口とスポーツ予算額を用いた。スポーツ投資は選手育成、国際競
技力の向上といった要因があるため,これを使う。
・被説明変数
本稿では被説明変数としてオリンピックのメダル予測をするにあたって,総メダル獲得数
を用いた。序論で述べたように私達が行っている研究がスポーツ政策におけるメダル獲得
数であるためである。データは各国の財務省などから引用し,分析にはメダル予想をするに
あたって 2012 年に開催されたロンドンオリンピックのデータを用いた。なお金,銀,銅のメ
ダルは色での区別はせず,一枚につき1を計上し,その合計を総メダル獲得数とした。
・説明変数
1,1 人あたりの実質 GDP
一人当たりの実質 GDP は,国民総生産を各国の人口で割り,計算で出したものである。デ
ータは統計情報から用いた。先行研究などで述べられていたとおり,一人当たりの GDP が
多い国ほどエリートスポーツ選手を育成できると考え用いた。
2.選手人数
選手人数は各国の選手育成力に応じて多くの選手を育成することができるというものだ
2
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と判断し,今回説明変数として用いることにした。データに関しては IOC の HP などから引
用した。
3.人口
人口は先行研究でも用いられているようにその国に対し,人が多いほどオリンピックで活
躍できる選手が出てくる可能性を高めるものだと考え,考慮することにした。データはネッ
トにある,世界の国々がデータで記載されてある「世界のネタ帳」を用いた。
4.スポーツ予算額
スポーツ予算額は今回の私たちが研究目的として考えている説明変数であるため用いた。
この説明変数は上記で述べているように一種の国際戦略であり,国際競技力と考えられてい
ると先行研究で述べられており,スポーツ政策の有無を研究するため含むことにする。
データに関しては各国の外務省,財務局などに資料としてまとめられているものを参考に
して引用することにした。
3.実証分析
・モデル
本稿では,総メダル獲得数に影響を与える説明変数を考えるために Tobit モデルにて回帰
分析を行った。Tobit モデル分析は,ある限られた範囲の値しかとらない状況,あるいはなん
らかの条件に当てはまったとき(当てはまらなかったとき)には正確なデータを観測するこ
とができないときに一般的に用いられているものである。分析対象となる観測値である Y*
に含まれる範囲の数値,つまり被説明変数に当たる部分のデータでオリンピックメダル獲得
数が 0,またはそれに近しい数におけるものは,本研究の実証分析においてデータの信憑性に
支障が生じてしまうので,総メダル獲得数が 10 枚未満の国は実証分析に一切含まないこと
とする。
今回分析の対象となる国はアメリカ,中国,ロシア,イギリス,ドイツ,日本,オーストラリア,フ
ランス,韓国,イタリア,オランダ,カナダ,ニュージーランド,イランとなる。メダルを 10 個以
上獲得している国でも今回対象となっていない国は研究データを入手できなかったため,対
象外とした。
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国名
アメリカ合衆国 (USA)
中国 (CHN)
ロシア (RUS)
イギリス (GBR)(開催国)
ドイツ (GER)
日本 (JPN)
オーストラリア (AUS)
フランス (FRA)
韓国 (KOR)
イタリア (ITA)
オランダ (NED)
カナダ (CAN)
ニュージーランド (NZL)
イラン (IRI)
総メダル数
104
88
82
65
44
38
35
34
28
28
20
18
13
12
・分析モデル
Y ∗ = 𝑋𝑖 𝛼 + 𝑋 ′ 𝑖 β + 𝑋 ′′ 𝑖 𝛾 + 𝑢𝑖
・Y*=総メダル獲得数
・Xi =一人あたりの実質 GDP
・Xi=選手人数
・Xi=人口
・Xi=スポーツ予算額
・実証分析結果
回帰統計
重相関 R
0.944351566
重決定 R2
0.891799881
補正 R2
0.843710939
標準誤差
11.69850919
観測数
14
4
N( 10 , 𝜎𝑢2 )
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切片
一人あたり実質GDP
人口
選手人数
スポーツ予算
係数
-7.456606025
-0.000349794
0.023405295
0.194682776
-0.015200019
標準誤差
8.635798
0.000158
0.011014
0.031158
0.013684
t
-0.86345
-2.21178
2.125027
6.248238
-1.11081
P-値
0.410308
0.054287
0.062525
0.00015
0.295445
4.分析結果
私たちは前章でスポーツ投資の必要性から,スポーツ予算額を含んだメダル数の分析を行
った。その結果,重決定 R2 は 0.89 と高い値を確認することができた。t 値を見てみると,一
人当たりの実質 GDP,選手人数と人口は絶対値 2 以上を示していたため正しいことが示さ
れた。スポーツ投資の t 値は絶対値 1.1 しかなく、説明変数としての有意性があるとはい
えない結果となってしまった。しかし,これで一概にスポーツ予算がメダル数と関係してい
ないとは言えない。1つの原因としては,今回私たちが用いたスポーツ予算額の観測数が
14 と少なかったことが回帰での t 値を低くしたものと考えられる。
5.まとめと展望
スポーツ予算額のデータの少なさがメダル予測の回帰を下げる結果から,私たちはスポー
ツ予算額のデータをさらに集めて回帰を行う必要がある。しかし岸川千恵らの先行研究の
まとめのように,スポーツ予算額のデータを各国探すことが難しい。それは各国スポーツ政
策を行う機関が違う場合や,アメリカのように政府だけでなくオリンピック委員会にも委託
されている場合があるからである。
参考文献
(1) who win the Olympic games : economic resources and medal totals(2004)
(2) Men, Money, And Medals: An Econometric Analysis Of The Olympic Games
(3) 日本のスポーツ政策と国際競技力
(4) スポーツ政策を支える公共性概念の比較研究
(5) 諸外国におけるスポーツ計画及びスポーツ政策分野の評価事例
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