ファシリティマネジメント

ファシリティマネジメント特集
ソニーの次世代オフィス「湘南キャンパス」
自分流のワークスタイルを実現する
新しいオフィスの方向性を追求
ソニーでは、以前、テレビの組み立て工場として使っていた藤沢市の湘南テクノロジーセンターの一部に、
「湘南キャンパ
ス」と呼ぶまったく新しいコンセプトのオフィスをオープンさせました。業務の内容によって最適化された個人用のデスク
スペース、集中作業スペース、そしてさまざまなスタイルの打ち合わせスペースなど、その大胆なデザインは、他の企業に
とっても参考になるはずです。
「日本企業であっても、コンセプトをしっかり持ち、デザインの工夫を採り入れることで、無
駄なコストをかけずに使いやすいオフィスをつくれるはず」と断言する、ソニーのファシリティ担当者の小山さん、渡辺さん、
鈴木さんにお話しを伺いました。
小山義朗 氏
渡辺光 氏
鈴木純子 氏
ソニー株式会社
総務部 ファシリティ管理
部長(ファシリティ管理担当)
ソニー株式会社
総務部 ファシリティ管理
ソニー株式会社
総務部 ファシリティ管理
係長
・社員が魅力を感じるオフィスとは?
・ワークプレイスの基本方針とは?
「魅力あるオフィス」にすることで
立地条件を克服することができる
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活用はファシリティ担当者にとって大きな課題でした。
『オフィスマーケット東京』の2000年7月号のファシリティマネジメ
ント特集でもお話しを伺った総務部ファシリティ管理担当部長の小
JR東海道線の藤沢駅から約2km西に位置するソニーの湘南テ
山義朗さんも、
この問題を検討してきた一人です。
クノロジーセンターは、もともとテレビの組み立て工場として使用
「ソニーのファシリティマネジメントの考え方の一つとして、
もし仕事
していた事業所です。このため、広いフロアを持った建物が残り、
の効率があがり収益につながるなら、たとえ賃貸料が高くなっても
一部をソフトウェアの開発部門が使っているものの、余剰施設の
都心にオフィスを集中させるという方針があります。オフィスが分散
ファシリティマネジメント特集
自分流のワークスタイルを実現する
新しいオフィスの方向性を追求
しているより、近くに集めてコラボレーションの効果を狙ったほうが効
果的な場合はありますから。しかしその一方で、生産拠点の地方や
海外への移転により、首都圏などに空いているスペースが生まれて
・3つのタイプの個人デスク
・多様な利用が可能な共用スペース
ゆとり、デザイン、サービスが
「魅力的なオフィス」の三大条件
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しまった。それをオフィスとして活用できれば、経営的なメリットは大き
それでは、社員が都心を離れても使ってみたいオフィスとはどのよう
いはずです」
なものなのでしょうか? 小山さんは「その条件は3つある」といいます。
社員の業務内容により
デスクのデザインを変える
多様な共用スペースで
コラボレーションを演出
小山さんのお話しは非常に重要です。
「もちろん通信環境などを整備して都心のオフィスとコミュニケーショ
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単純にコストを圧縮するだけなら、工場が移ったあとのスペースに
ンできる環境を実現するのは大前提ですが、
これだけでは『あたりまえ』
それでは、渡辺さんと鈴木さんが考えたソニーの次世代オフィスに
湘南次世代オフィスでは、
ミーティングスペースなどの共用部分に
デスクを並べ、会社の命令としてワーカーを入居させることはできま
であって魅力にはつながらない。都心で実現できないものとして、空
ついて、
もっと詳しく見てみましょう。
もさまざまな「顔」を持たせました。
す。実際、
日本のメーカーの中にはこのような戦略を採用する企業
間的なゆとり、大胆なデザイン、24時間勤務にも対応したシェアド・
まず個人用デスクの配置ですが、
これについては「適業適所」の考
「まずシンキングスペースはスクリーンで仕切ることにより、集中して仕
が多く、都心から1∼2時間のエリアに「元工場のオフィス」は少なく
テナント・サービスの3つが必要なのではないでしょうか」
(小山さん)
え方をさらに進めて、仕事の内容ごとに3つのタイプを用意しました。
事ができます。またアイデアや刺激を探すブラウジングコーナーは木
ありません。
ここまで方針を確定した段階で、小山さんは実際のオフィスづくり
「移転を予定している部門の社員にヒアリングを行ったところ、仕事の
調の家具やロッキングチェアなどで『オフィスらしくない空間』を実現し、
しかしそれらの事業所を訪れてみると、施設を転用した様子が明らか
を総務部の若い社員である渡辺さんと鈴木さんに一任します。そこ
スタイルは3つに分類できることがわかったのです。したがって、デスク
発想の転換を図れるようにしました」
(鈴木さん)
で、
ワーカーにとって必ずしも働きやすい環境ではないのです。
から新しいプロジェクトがスタートしました。
まわりをそれぞれの業務に最適な形にデザインしました」
(鈴木さん)
さらに特長を持っているのがリフレッシュスペースと喫煙スペースで
「都心のオフィスより使い勝手が悪いスペースを用意し、
『さあ、今
ここで今回の次世代オフィスの概要を紹介しておきます。
日からあなたたちの仕事場はここですよ』と言ったとします。命令は
まずスペースは約2600㎡のワンフロア。そこに開発スタッフを中
聞くでしょうが、社員の仕事効率やモチベーションは下がってしまう
心にした約100人の社員が入ります。
でしょう。単なる総務ではなくファシリティマネジメントをするのであれ
「最初に新しいオフィスのコンセプトを決めるため、専門のデザイナーに
ば、
もっと工夫が必要なのではないでしょうか」
(小山さん)
も依頼してブレーンストーミングを重ねました。そして、
ワークプレイスの
そして小山さんが考えたのは、
まったく逆の発想でした。
基本方針をつくっていったのです」
(渡辺さん)
「それなら、ひと目でわかるような理想のオフィスをつくればいいので
基本方針は大きく分けて2つあります。それを解説していただきましょう。
す。社員が見て、
『ここで働けるのなら都心を離れてもいい』と思っ
の次世代オフィスをつくったのです」
(小山さん)
「これまではほとんどの業務を自分の席で行っていたため、
たとえば集中し
たいときに他の人から話しかけられて仕事が中断してしまうといった問題が
ありました。したがって次世代オフィスでは業務によってワーキングプレイス
を使い分け、
たとえば『今は集中しているから話しかけないで』というように、
すぐにわかるようにしたのです」
(渡辺さん)
具体的にスペースは次の4つに分けることになりました。
・自席……チームで連携的な仕事をするときに使う。
・シンキングコーナー……集中して仕事をする。
・ブラウジングコーナー……アイデアや刺激を探す。
・コラボレーションコーナー……複数メンバーでの協業に使用。
しょう。
・企画立案型……集中作業とチームワークの両方を行う。管理、
「普通、喫煙スペースといえばオフィスの端のほうにひっそりとつくりま
企画部門など。
・シッター型……集中作業が中心で、打ち合わせは別スペースへ。
設計・開発部門など。
・トラベラー型……社外作業が多く、個人席はコミュニケーション
を優先。SEや営業など。
デザインとしては、企画立案型であれば4人のデスクの真ん中に打
てくれるような環境を用意すればいい。そのための実験として、湘南
基本方針 1 スペースの使い分け(適業適所)
その3つのタイプは、次のようなものです。
基本方針 2 各スペースの配置の設定
「スペースの使い分けは一方で、
ワーカーの行動範囲が広がってしまうため、
配置に失敗すると『移動するのが面倒くさいから自席でやってしまおう』と
なり、
活用されません。したがって効果的な配置を考え、
ワーカー間のインフォー
マルなコミュニケーションを促進するようにしました」
(渡辺さん)
手法としては、すべての個人デスクから移動しやすい場所にリフレッシュ
コーナーや喫煙コーナーなどのコミュニケーションスペースを設けることに
しました。詳しいゾーニングについては、
フロアの平面図(P88)を参照にし
てください。
す。ところがそこに集まった社員だけが情報交換をしてしまい、
スモー
キングデバイドという問題が起きてしまう。それなら、
ということで、
フロ
アのほぼ中央に広い喫煙ルームと、禁煙のリフレッシュルームをつくり、
オフィスエリアからの移動の際に通るコラボレーションエリアで、互い
にコミュニケーションがはかれるようにしました。また、喫煙ルームをガ
ラス張りにすることによって、外からのアイコンタクトもとれるようにし
ち合わせ用の丸テーブルを置き、
シッタータイプは衝立で個人スペー
たのです」
(鈴木さん)
スを仕切る、
トラベラー型はチーム内のシンキングスペースを設ける
「両方のリフレッシュルームをできるだけ活用してもらうように、畳のコー
ようにしています。またブルー、
グリーン、
オレンジによる色分けも行い
ナーを設けたり、禁煙スペースにはマッサージチェアなども置きました。
ました。
また家具はすべて海外メーカーのものを採用。デザインも多様化するこ
「個人作業は自席、
ミーティングは会議室といった明確なゾーニングを
とで、飽きがこないスペースにしたのです」
(鈴木さん)
してしまうと、業務の内容によってはかえって使いにくくなります。しか
その雰囲気については、写真を参照してください。
し3タイプにわけてデザインを工夫する方法であれば、
たとえば企画立
そして今回のプロジェクトで最も工夫したのが、
コラボレーションの
案型の人は集中作業のときは共用のシンキングスペースに行けばい
ためのスペースづくりです。
いし、
シッタータイプは打ち合わせのときだけ場所を移すといった、弾
「正式な会議室だけで8室あるのですが、
それぞれ部屋やテーブルの
力的な運用ができるのです」
(鈴木さん)
形が違い、
目的に合わせて使えるようになっています。また他にも、
リフ
さらにもう一つ、大きな工夫もありました。
レッシュスペースにスクリーンで仕切れるミーティングコーナーがあった
「スペースをつくる上でこだわったのは、
これら3つのタイプをすべて
り、立ったまま雑談のできるコラボレーションコーナーや、デスクスペー
同じ大きさの4人のブロックで構成したことです。それにより、
それぞれ
スにも小さなコミュニケーションコーナーを配置。いつでも他の人と情
の人数が変わっても、大がかりなデスクの移動をしないですむように
報交換できるようにしたのです」
(鈴木さん)
なりました」
(鈴木さん)
もちろん、すべてのミーティングスペースには、パソコンを繋ぐネット
ワークの端子や電源が用意されているので、
そこで個人的な仕事もで
きるのです。
加えて、渡辺さんたちは、会議室やミーティングコーナーには取り外
し可能なホワイトボードを設置しました。
「これは大変便利ですね。例えばチームごとにボードを用意しておけば、
それを持っていくだけでどこでも打ち合わせができるし、小さいのでテー
ブルの上に置いてみんなで書き込んでいくことも可能です。ボードも
含めて私たちはすべてのメーカーのショールームまで足を運んで家具
類を一つひとつ決めていったのですが、
その努力はワーカーたちの『使
いやすい』という声で報われました」
(渡辺さん)
ファシリティマネジメント特集
・オフィスのソフトとしてのサービス
・24時間、何でもするコンシェルジェ
自分流のワークスタイルを実現する
新しいオフィスの方向性を追求
ソニーの次世代オフィスが
これから目指す方向性
囲気を採り入れようと思ったのです。湘南キャンパスという名前はオフィ
やシャワールームなどの生活空間も必要でしょう。さらにルーフガーデ
もちろんそのためには、仕事や生活、
リフレッシュのための設備、つ
スの正式なネーミングではありませんが、
コンセプトネームとして、
オフィ
ンやカフェテリアといったリラックススペースについても導入を検討中
まりハードウェアは整えなければなりませんが、
それだけでなくサービス
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スデザインやサービスの基本になっています」
(渡辺さん)
です」
(渡辺さん)
というソフトウェアを充実させることも、
これからのファシリティマネジメ
ソニーの次世代オフィスで、
「新しいファシリティ戦略を展開するた
確かに、個人個人が自由なスペースで集まってくることのできるリフ
そして小山さんたちが最終的に実現したいものの一つが、
オフィス
ントの課題だと言います。
めの検証を行なう」と小山さんは言います。それでは、
どのような方向
レッシュルームなどは、
オフィスというよりキャンパスの雰囲気です。し
コンシェルジェのサービスです。
「ただ箱を用意すれば総務の役割を果たしていた時代はもう終わりま
を目指すのでしょうか?
かしこのコンセプトは、デザイン面だけでなく、
これから実現していくサー
「コンシェルジェというのはホテルなどにいる相談係です。利用者は何
した。これからはまず魅力的なハードをつくり、
さらにそれをもっと機能
それを示しているのは、新しいオフィスのコンセプトネーム「湘南キャ
ビスまで含んでいます。
か必要なサービスがあれば、
まずコンシェルジェに相談し、最適な解決
的に使ってもらえるためのソフトとしてのサービスを考えていかなけれ
ンパス」です。
「キャンパスが目指すのは、個人個人が自分流のワークスタイルを実
方法を教えてもらう。もしオフィスで24時間対応可能なコンシェルジェ
ばなりません。これからも次世代オフィスの設置と改善を進め、理想的
「ソフトウェア開発を手掛ける技術者はクリエーターですから、彼らが
現するための環境づくりです。したがって24時間利用できるように交
サービスができれば、
それが最高の仕事環境になるのではないでしょう
なワークスタイルの提案をしていきたいですね」
(小山さん)
最も自由に発想できる環境として、大学と同じようなキャンパスの雰
通アクセスや食事、
メディカルケアなどのサービスを整えたり、仮眠室
か」
(小山さん)
● デスク例
企画立案を専門に行なう
デザイナーのデスク。パー
テションが設けられている
が、立ち上がったときは全
体を見渡せるが、座って作
業を進めているときは、廻
りが見えない位の高さにな
っている。
●ブラウジングコーナー
アイデアを生むために、木調の家具、
ロッキングチェアーなどが置かれて
おり、オフィスとは異なる空間になっ
ている。
●大会議室
大人数で会議を行なうときに使用。テーブルとテーブルの
間にはジャックが取り付けてあり、ノートパソコンを使って打
合せができるように配慮されている。
●デスク例
専門特化型デザイナーのエリア。エリアの基調色はブルー。仕事内容
によって、基調色が異なるのが特長だ。
●小会議室
小規模で会議を行なうときに使用する。丸テーブルの真中には、人数
分のパソコン用ジャックが用意されている。
●コミュニケーションコーナー
優しい照明と、畳が特長的なコーナー。仕事を忘れて
自由な会話がとびかうことを目的としている。
●シンキングコーナー
森をイメージしたグリーンの部屋。オフィスと仕
切られているため、集中したい仕事があるとき
に利用される。
●コラボレーションコーナー
インタラクティブスペースとして、作業に応じた使い分けができる。
ロールカーテンを下げることで、独自の世界を生み出すことが
可能だ。
●デスク例
ここは、外出の多いデザイナーのためのエリアで、全体的にオレンジ
を基調にしている。個人席はコミュニケーションを優先。