すべての道はローマに通ず

すべての道はローマに通ず
丸山 久一
『ローマ人の物語』
塩野七生
新潮社
高校生の頃、英語の先生に言われたことを思い出しました。10番目の月(10月
のこと)を英語では何故 October と言うのか。英語に接したのは中学生に入って
からで、とにかく英単語を闇雲に覚えさせられたので、理由まで考える余裕はあ
りませんでした。January は1月、February は2月、・
・
・
・December は12月とい
った具合でした。単語に理由があるなどとは意識の外でしたので、ポカーンとし
た顔で黙っていました。先生は、しょうがないなあというようなそぶりをした後、
“足が8本ある蛸は Octopus というだろ。Oct は8を意味するんだ。だから、
October は、元々は8月だったんだ。
”と得意そうに話し始めました。さて、その
訳は。
Julius Caesar という名前は知っていますか。
“ブルータス、お前もか”という舞
台や映画の台詞で有名なローマ帝国の皇帝の名です。しかも、ローマ帝国の皇帝
では、最も偉大で最も有名な皇帝です。西洋暦で紀元の直前、BC 44年に暗殺され
ましたが、ユリウス暦を作ったことでも有名です。このカエサル(英語発音では
シーザー)が、自分の名前を暦に残したいので、途中で割り込んで7番目の月を
Julius に因んで July とし、それならばということで、次の皇帝となった Augustus
も8番目の月に名を残そうと August にしたとか。確かに、千年以上(東ローマ
帝国では二千年以上)続いたローマ帝国の数ある皇帝の中で、最も偉大で最も有
名な皇帝がカエサルとすれば、その次はアウグストスであることは、古来、誰し
も認めるところです。
落語でいう“枕”が長すぎましたが、
“本題”に入ります。この本は、第1巻か
ら第15巻まである長編です。しかも、各巻は300ページから400ページに及んでい
ます。著者は、第1巻を1992年に刊行し、以後、毎年1巻ずつ書き続けると宣言
して2006年12月に最後の巻を上梓しました。著者の気迫に圧倒される思いですが、
ローマの歴史はそれほどまでに人を惹きつけて止まないものを持っていると、こ
の本から教えられました。
人が造った組織体としての国には、
「始まり」があり「終わり」がありますが、
人々の歴史は文字のない昔から連なっているので、この物語もギリシャ神話から
始まります。そして、紀元前8世紀のロムルスの建国に進み、以下、巻を追うご
1
とにハンニバル、カエサル、アウグストスと歴史上の有名な人々が登場します。
悪名高いカリグラやネロも出てきて興味は尽きません。
この本の楽しみ方はいろいろありますが、私が強く感銘を受けたのは、ローマ
が周囲の人々と戦いながら、地中海全域からフランス全土、ドイツの半分、さら
にはイギリスの半分に至るまで領土を拡大し、それを千年近くも維持できた理由
です。それは、征服された人々が、ローマの一員になってよかったと思わせた施
策をとったことです。
一つは、生活の向上を支える道路を整備したことで、これは、辺境の反乱をい
ち早く制圧するための軍を移動させる軍事道路が目的でしたが、その両脇に大き
な歩道をつけ、人々の交易も促したことです。また、山岳地から清浄な水を引く
ための水道施設を敷設し、都市に住む人々の衛生環境を格段に向上させたことで
す。その水を使って、公衆浴場を最初に建設したのはローマです。
二つめは、教育です。戦った相手の中から優秀な若者をローマに連れて行き、
そこで高度な教育を施した後、元の地方に戻して、その地の行政に当たらせたの
です。丁度、戦後の日本に対するアメリカ合衆国のフルブライト奨学生制度のよ
うです。もっとも、アメリカ合衆国がローマに学んだことは言うまでもないと思
います。15巻全部を読むのは大変だと思う人は、第10巻のみでも読むことを薦め
ます。この巻は、ローマに関するインフラ整備(いわゆる公共事業の全て)を特
に取り出してまとめています。道路だけでなく、橋梁(水道橋も含みます)
、コロ
ッセウムなどの建築物、ローマの都市計画などがあり、その遺跡の美しい写真が
巻全体の1/4ほどを占め、観光ガイドブックにもなっています。特に、行政に携
わる人々には、是非この巻を読んでほしいと思います。マスコミで酷薄に扱われ
ている公共事業が、人々の生活を支え、都市を繁栄させるのにいかに重要である
かの理論的根拠を与えてくれるからです。
最後に、ローマがなぜ滅んだかについて、この本から得た私見を述べます。そ
れは、一言で言えば、自分達の生活を守る危険な仕事(国防)を、お金を使って
他人に任せた(傭兵)ことです。豊かになったために、それを失いたくないとい
う思いが人々に蔓延し、基本的なモラルが低下していったためと受け止めました。
今、二千年の時を超えて、歴史は繰り返すのかという危機感に襲われています。
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執筆者紹介
丸山 久一
本学理事・副学長。専門領域は、コンクリート工学。テキサス大学でPh.D. 取得後、本
学へ。入試・学生・研究担当として、国立大学法人化後の本学の運営の中心を担って
いる。中越地震の経験から、専門の分野にとどまらず、積極的に産学官に呼びかけて、
防災ネットワークを構築中。
『書名』 著者名(翻訳者名) 出版社または文庫・シリーズ名 出版年 税込み価格
『すべての道はローマに通ず(ローマ人の物語10)』 塩野七生著 新潮文庫 2006年
上500円 下500円
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