The Empire After Nightfall

Chapter One:
The Empire After
Nightfall
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17
この時代の特色はこの三語に集約される。
「ゴシック」という言葉は 19
世紀半ばに流行した文学の一種に由来する。ゴシック文学は世紀末にふた
たび勢いを盛り返し、進歩する世界に根深く生き残る古代の邪悪な存在を
描くようになった。
「ヴィクトリア朝」という言葉はイギリス女王が全世
界にまたがる一大帝国を統治していた時期を指す。ヴィクトリア女王は
1837年から生きている帝国臣民の上に君臨してきた。ゆえに彼女の即位前
の時代を憶えている生者はほとんど残っていない。
さて「時代」の長さは(本書においては)約 20 年間である。ゴシック・
ヴィクトリア朝時代は 1880 年に始まる。この年、秘密結社員たちのある
陰謀に導かれた者たちが、新しい魔術結社―― 黄金の夜明け/the Golden
Dawn 団を結成する。元々定命の人間が始めた活動だが、じきに血族に
侵食され、あの手この手で人間の参入志願者を誘き寄せる餌となった。彼
らの影響は当時の秘密結社の間に野火のごとく広がっていった。魔術と心
霊科学の復権は、超常能力を操る者には絶好の機会を――そしてその力に
対抗できない者には言語に絶する恐怖をもたらしたのである。
この時代が終わるのは 1897 年、トランシルヴァニアのとある伯爵がロ
ンドンにやってきたときだ。ドラキュラ公ヴラドがひとりのアイルランド
人作家の耳に囁いた物語は、後に世界に大変革をもたらし―― 仮面舞踏
会 にぎりぎりの緊張を強いることになる。小説に描かれた己の似姿よろ
しく、彼はふたつの世界の境界を壊し、恐怖をふりまいて去っていった。
ヴィクトリア女王が崩御したとき、すでにゴシック・ヴィクトリア朝時代
は幕を閉じている。伝説や物語を通じてのみ、我々はこの架空世界を想い
起こすことができる。そしてそれこそが本書の目的である。
/The World of Darkness
霧に包まれガス灯に照らされる、別世界にようこそ。ゴシック・ヴィク
トリア朝時代は、史実のヴィクトリア朝時代とおおむね似通ってはいる
が、夜を徘徊する怪物たちがいるところが違う。彼らは彼らなりに人間社
会の裏で――少なくとも当時は裏で――暮らしている。後世にヴァンパイ
アとして知られる彼らはこの時代、見えざる文明の絶頂期を築いていた。
とはいえ、当時も今もロンドンの霧は同じ――透かして見えるのはみな歪
んだ姿ばかりだ。
この時代、総じて人が住んでいる土地は両極端に分けられる――ガス灯
の照らす文明社会と、松明の照らす未開社会に。文明化された都市では、
白い大理石と灰色の石組みで築かれた壮麗なファサードが工業化時代の煤
煙に汚れている。夜にはそれが罪なき人々の血に汚れる。未開地のヴァン
パイアは人類最悪の夜の脅威となりおおせている。昔ながらの奔放さと古
き力の恐ろしさをもって跳梁するのだ。
ヴィクトリア朝の小説は華やかで大袈裟な表現を多用する。その点、当
時のヴァンパイアはヴィクトリア朝人の憧れそのものとなれるだろう。だ
が正反対に、悲劇の典型や悪徳のきわみになることもできる。罪のつぐな
いや高潔さ、寛容さを追い求め、ある意味確固たるモラルを示す者もいる
――しょせん挫折するべく呪われた身といえど。しかし人間性そのものを
否定し、どんな恐怖小説も及ばぬ非道なふるまいをする者もいる。
CHAPTER ONE
た通りは、狂気と無常をひととき忘れさせてやろうと
差し招く。だがその真珠色の明かりが届かないところ
では、荒野の闇が、さらなる堕落を教えてやろうと呼
ばわっている。あなたは光に駆け寄るか、それとも闇
に留まるか? 闇に生まれ変わったあなたはまず宿命
の選択を迫られることになるだろう。文明地で人間を
装って暮らすか、未開地の化け物に身を堕とすか?
すでにこの世界をご存じの方もいるだろう。すっか
り慣れ親しんだという方もいるだろう。だが、この世
界を完全に理解するためには、違う光のもとで見なけ
ればならない――幾千年もの長きにわたり、いやます
闇を照らしてきた、ひとつの小さな灯で。やがて世紀
が変われば、その灯は今にも消えんばかりに揺らぐだ
ろう。続く数十年は、科学が世界を変革し、貴族制は時
代遅れ、紳士精神は廃れ、世界大戦が地球を蹂躙する
ヴィクトリア女王の帝国は呪われし者ヴァンパイア
ことになる。あの すばらしい新世界 の理想家たちに
にさえ数々の驚異を見せてくれる。疲れを知らぬ勤勉
至っては、ヴィクトリア朝流の礼儀作法などどこへや
なエンジンの力で蒸気機関車や蒸気船が世界中を走り
ら、すっかりすれっからしになってしまうだろう。ま
回る。電信網によって遠く離れた国ともすばやく通信
あそういう来たるべき時代の影はひとまず忘れよう。 できる。科学は華々しい進化の歴史に人類が果たして
歴史はまだ綴られておらず、プレイヤーが思いのまま
きた役割を問い直し、人間の正気の限界に挑戦し、果
キャラクター
ては宇宙に満ちる「光の媒質・エーテル」に永遠を見い
に演じる主人公たちが書き換えてよいものなのだ。
ツァイトガイスト
だそうとまでしている。それに劣らぬ熱心さで、ヴィ
この過ぎ去りし時代精神を呼び起こすには、一度死ん
クトリア王朝の上流階級たちは、後にキップリングが
で蘇る必要がある――あなたはひとりのヴァンパイアの
子/childe となって、世界を新たな目で見なければなら 「責務」と呼ぶことになる、全世界を文明化する使命を
自ら背負う。理想主義と帝国主義は、偽善と同じぐら
ない。それは不老不死の怪物に血と魂を抜き取られた人
いありふれている。
間だ。どういうわけか、怪物はその血を飲み干し、死ぬ
ヴィクトリア朝の小説の主人公たちは、そういう新
にまかせた。それから血潮(vitae)の力、血の魔力で呪
しい理想を並大抵の人間には真似できない純粋さで訴
いをかけて、生きてもいないが死んでもいない体に変え
える。ホームズは理性を駆使して犯罪の撲滅に挑む。
てしまった。怪物は 父 /sire としてヴァンパイア社会
フィリアス・フォッグは八十日間で世界を一周する。
の礼儀作法と掟を教えてくれるかもしれない。だがその
ヴェルヌの主人公たちは地球中心部や月の国々、世界
怪物は、人を生き埋めにし、動く死体、人の血を啜る 不
の支配者にこそふさわしい空飛ぶ戦艦へのりこんでい
死者 /Un-Dead と化して這い出してくるまで放ってお
く、地獄の手先のような奴かもしれない。いずれにせよ、 く。だが、無意味な世界に自らの存在の意味を探し求
めたフランケンシュタインの怪物、人類を見限り海の
そいつが別の子を創ったら、子同士でいやおうなしに生
王者となった狂えるネモ船長、超能力を誇示せんとし
き残りを賭けた争いがはじまるだろう。
て次々と悪行をはたらく透明人間という例もある。
あなたは神の慈悲と天国の約束を信じていたかもし
ヴィクトリア朝精神の極端さはフィクションの中にま
れないが、いまや神に見捨てられた身だ。なにしろ信
で現れているのだ。
心が厚く天罰は絶対だった時代である。かつて人と神
社会の上流層はこうしたヒーローたちを模倣しよう
に逆らった者たちの一族となったあなたは、祖先の原
とする。だが悲しいかな、その対極――大都市の下層民
罪をも負わされている。それは血によって受け継がれ
にはディケンズ的対比の実例が見られるだけだ。この
た家督、遺産、遺伝だ。ただの疾病よりはるかに恐ろし
世界最大の帝国では、無関心と困苦が梅毒や肺病と同
い、魂そのものを蝕む堕落の病だ。すべての教会はい
じぐらいありふれている。子供たちが路上の糞尿を掃
まや壁に阻まれて近づくこともできない信仰の砦と
除するおかげで金持ちは服を汚さずにすむわけだが、
なった。十字架はあなたを拒絶し、罵倒し、探しだして
その子供たちの多くはごく幼いうちにおぞましい伝染
殺そうとさえする宗教のシンボルである。陽光はいま
病で死んでいく。産業革命は始まったばかりだが、ま
や血の洗礼を受けて闇の魔物に生まれ変わった身に
だ機械による本格的な大量生産手段はない。作業には
とって、忌むべきものだ。不浄な祝福として与えられ
依然として人手が必要である。男も、女も、子供たち
た 抱擁 /The Embrace は、やがて永劫の呪いに変わ
も、長時間重労働したあげく最低限の生活を営むだけ
るだろう。
の賃金ももらえず、機械化の陰に生きて死んでいく。
ゴシック小説ばりの悪党に落ちぶれることもあるか
この不公平で貧窮した社会とは驚くほど対照的に繁
もしれない。暗がりに潜む殺人鬼か、はたまた月下の
栄しているのが犯罪社会だ――そこは警察が何と言おう
廃城に棲む残忍な領主か。あなたは罪悪感に苛まれ後
と独自の掟に従う社会である。金庫破りと屑拾い、玄
悔に苦しめられ、残酷な宿命に真のヴィクトリア朝精
人女と娼婦、物乞いと夜盗、花売り娘とどぶさらい――
神で抗いつづけるだろう。大都会のガス灯に照らされ
THE EMPIRE AFTER NIGHTFALL
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犯罪社会に人間模様を繰り広げる人々は、上流階級の
紳士淑女が住むのと同じ街で、ときには彼らの豪奢な
家々からほんの数ブロック離れたところで、生きては
死んでいく。呼び売り商人は商品を積んだ荷車を押し
て通りを行き交いつつ、警棒を持った警官隊が来ない
か見張る役割を果たしている。富める者が富み栄える
いっぽうで「不幸な人々」は死んでゆく、ときには前代
未聞の殺人鬼の手にかかって。ランベスの毒殺魔や切
り裂きジャックといった定命の殺人鬼の残虐ぶりは、
不死者たちでもかなわない。火と信仰だけでは浄化し
きれないほどこの世界は堕落している……あるいは、
邪悪なのだというべきか。
ヴィクトリア朝の科学は独特な偽善の手段を提示し
た。科学ではこの世の物理法則がどうはたらくかわ
かっても、それがなぜかはわからない。その満たされ
ない心の隙間を埋めてやろうと群がったのが山師や予
言者である。教養ある女性でも、愛する故人と言葉を
交わせるなら、と降霊術師を呼ぶことは珍しくない。オ
カルト知識に通じた 秘儀継承者 たちを中心に、従来
の信仰を揺るがす新思想が続々と提唱されている。神
智学者たちはレムリア帝国とハイパーボリア根源人種
の驚異に胸を躍らせる。エジプト学、アトランティス
論、ネオ・ドルイディズム――さまざまな異教の秘儀に
関する神秘学的研究が大流行する。キリスト教信仰の
正当性すらゆらぐ世の中で、秘密結社は人間に魔法の
片鱗をかいま見せる。
人々はタブーと知りつつひそかに神秘主義やオカル
トに傾倒する。迫りくる科学の時代に信仰や価値観を
揺るがされ、逃げ場を求めてそういうものに走るのだ。
たしかに逃げ場はある――往々にしてそういう人間を食
い物にする夜魔たちによる拷問と死がつきものだが。
古代ローマ以来巨大な帝国の陰には絶えず犯罪社会が
あったように、神秘主義の花開くところ、必ず不死者
が栄えるのである。きわめて情熱的なこの怪物たちは、
死と永遠の神秘を餌に、堅苦しい礼儀作法をいっとき
忘れて羽目をはずしたがる人間たちを誘惑し――ときに
は殺す。
阿片中毒者が阿片窟に引きこもって悪癖にふけるよ
うに、彼らはとり澄ましたうわべをかなぐり捨て低俗
な本性を剥き出して、夜の捕食獣たちに身を任せるこ
とで欲望を満たす。文明社会の生き血である人間たち
が都市に押し寄せてくるのは、ヴァンパイアの呪われ
た血潮のおかげなのだ。血族の権力者たちは金融王国
を築き、芸術家と才能ある新人を後援し、版図に集ま
る定命の民を保護するが、そうした社会発展の代償は
血で支払われるのである。
CHAPTER ONE
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文明地の洗練された大都会から遠く隔てられ、古い
習わしとさらに古い迷信が根強く残る――そんな未開地
では、粗野な民衆が農奴として働いたり不法居住者の
身に耐え忍んだりと、一千年以上昔と変わらぬ暮らし
ぶりを続けている。夜になると窓を閉め戸に鍵をかけ
るのは、怪物はほんとうにいると知っているからだ。夜
の魔物たちが正体を隠すような小細工を弄することは
めったにないし、あるとしてもその目的は怒り狂った
暴徒が松明とピッチフォークを手に押し寄せるのを避
けるためでしかない。悪魔の名を呼ぶと悪魔に力を与
えるというので、そうした魔物の話をあえておおっぴ
らにする者はまずいない。裕福な家庭でさえ、魔物た
ちのただ中で魔物の名を呟くような恐ろしい真似はし
ないものだ。
こうした版図のヴァンパイアは、紳士淑女を装った
りしない。勝手気ままに暴虐を働き、定命の人間たち
に夜を恐れさしめている。ひとりの蒼白き貴族が、と
きには定命の領主を傀儡に抱きこみさえして、現代的
な屋敷や朽ち果てた古城の隠し部屋から君臨している
のだ。だが、封建時代以来の版図も縮小しつつあると
いうのに、いまだ伝統的な圧制にしがみついているの
はヴァンパイアぐらいのものだ。外国の侵略を幾度と
なく退けて守ってきたその領土は、いまや時の流れに
蝕まれている――ヴァンパイアの冷たい肉体は歳老いな
いというだけの理由で、何の影響力もないと決めつけ
てきた、その「時」の力に。美しく歳をとれるのは神話
や伝説上の血族だけだ。
未開地の血族は、土地の迷信につけこみもするが、縛
られもする。信心も強ければ身を守る力になるのだ。過
ぎ去りし時代の伝承を発掘し、夜の脅威に立ち向かお
うとする者もいるだろう。例えば、教会は聖別されて
ヴァンピール
いるから吸血鬼が怖がって入ってこられないという。
歳経たヴァンパイアは悪徳に染まりきっているため十
字架を見ただけで恐れおののくともいう。ヴァンパイ
アの血統によっては、鏡に映らなかったり、流れ水を
渡れなかったりするともいう。だがあいにくと、ヴィ
クトリア朝時代のヴァンパイアのほとんどはそういう
制約を受けない――のみならず、そういう迷信を逆手に
とって人を油断させる。ゴシック小説の悪役を演じる
ヴァンパイアにとって、無知は力強い味方なのだ。
暗闇を徘徊する邪悪な化け物はヴァンパイアだけで
はない――凶暴なワーウルフ(werewolf)、悪魔じみた
グール(ghoul)、悪の妖術師、他にもまだまだいる。こ
うした得体の知れない不気味な超常生物に脅かされて、
人間の中には藁にもすがる思いで、ヴァンパイアを闇
の救世主と崇め、より邪悪なものを餌食にしてくれる
よう祈る者もいる。とりわけ狂信的な者になると、村
を挙げて秘密の崇拝儀式を行い、血や生贄を捧げて、血
に渇く夜の支配者に慈悲を乞うたりする。未開地の
ヴァンパイアはこうした崇拝こそが、食う者と食われ
る者の間柄にふさわしいと考えている。都会派の同族
と異なり、人目をはばからず、堂々と殺し、奪い、血を
啜る。きわめて歳経た者ならマキャベリ流の陰謀術策
を用いることもあるだろうが、世代の若い者はそうし
た微妙な手口など使うだけ無駄だと相手にせず、人間
性や人間の法律にまっこうから逆らう――他のヴァンパ
イアにまでたてつくことも珍しくない。
こうした人でなしどもは、皆が皆といっていいほど、
人間の大集落を守る者たち、つまり文明地に集まる
ヴァンパイアたちに対する蜂起を企んでいる。紳士た
ちの街では、血は流れを滞らせないようそっと啜るも
のだ。だが文明地の守護者たちが倒されてしまったら、
世界は血であふれかえるだろう。古い流儀の復活を
もって、野蛮なるヴァンパイアたちは新しい時代、夜
の支配者たちが大都市に公然と君臨する時代の到来を
告げるだろう。何世紀も温められてきた野望はそれぐ
らいのことをしなければ満足するはずがない。
この野望を最も明瞭に定義できるのはドラキュラ公ヴ
ラドそのひとをおいて他にあるまい。東と西の境界を踏
み越え、未開地の力をロンドンという文明世界のまさに
心臓部にもたらそうとしている男である。ヴィクトリア
ン朝時代が終わる前に、ふたつの世界の境界はうち砕か
れ、狂気の世紀の幕開けを告げることになる。
ゴシック小説の吸血鬼は本質的に孤独な怪物だ。ポ
リドリやレファニュといった作家は、獲物を求めてひ
とり徘徊する吸血鬼像を提示した。たしかに本物の
ヴァンパイアもひとりで狩りをしたり特定の種類の人
間しか襲わなかったりする。だが永劫に長らえようと
する怪物にとって、ひとりぼっちで何百年も過ごすな
ど、考えただけでも血に飢えるよりはるかに恐ろしい
呪いだ。
果てしなき夜々を暮らすため、ヴァンパイアは娯楽
と気晴らしを求める。自然の捕食動物同様、やがては
互いを食いものにし、政治や文化やなわばりをめぐっ
て争うようになる。いくつもの結社が作られているが、
それは殺伐とした同族争いの上っ面をとりつくろうた
めのものにすぎない。その争いを最も端的に表してい
る結社がふたつある。何世紀にもわたってなわばりと
思想を戦わせてきた――カマリリャとサバトである。
ヴィクトリア朝という記念すべき時代に抱擁された
ヴァンパイアは、極端な世界観をもっている。創られ
たばかりのヴァンパイアにとって、このふたつの政治
的派閥は時代の善と悪の象徴である。そういう決めつ
けはもっぱら長老たちの捏造だという可能性は、考え
られても推測の域を出ない。両結社の指導者たちは、そ
れぞれが決めた善玉・悪玉を逸脱した者にまつわる訓
話も用意しているのだ。
長老ヴァンパイアたちは絶えず変更される血族の掟
になんなく適応しているが、このゴシック・ヴィクト
リア朝時代において、ふたつの結社は微妙な変化を遂
過去の時代を舞台とした史劇(chronicle)を始めるにあたって、ストーリーテラーはある二者択一を迫られる
だろう。史実にこだわって細部までヴィクトリア朝を再現するか? それとも時代の雰囲気が伝わればよしとして、
歴史を都合よく書き換えてしまうか? 『ヴァンパイア』ではどちらの手法も有効だ。
史実にこだわるなら、参考資料を山ほど駆使して学者よろしく当時のことを調べあげられるだろう。主要都市
の詳しい地図は、大砲の精密射撃には使えないにしろ、ストーリーテラーが求める情報を得るには充分だ。大英
帝国の首都を舞台とする物語をやるなら、ロンドンの汽車の時刻表から、シリング単位までわかる値段表まで、ど
んな資料でも見つかるはず。だがはき違えてはいけないのは、この世界は現実ではなく、現実にあったものに似
せた世界だということだ。史劇をそっくりそのまま歴史学科の卒業論文として発表するつもりでもないかぎり、史
劇のよさは物語としての面白さにある。悪魔は細部に宿りたまう! もしゴシック・ヴィクトリア朝時代に繰り
広げられる出来事が史実と寸分変わらなかったら、
「何が起きるかわからない」というホラーに不可欠な楽しみが
なくなってしまう。
ストーリーテラーによっては、厳密な時代考証よりテーマとムードを重視し、その時代の雰囲気が出せればそ
れでよしとする人もいるだろう。歴史書をなぞるのではなく、物語や小説にふさわしいテーマやムードを土台に
するわけだ。だが、おおざっぱなゲームもほどほどにしておかないと、ヴィクトリア朝時代をヴィクトリア朝時
代たらしめる特徴まで抜け落ちては、物語がよりどころを失ってしまうだろう。年代や値段まで覚えるつもりが
ないにせよ、史料は着想を得る材料になるし、フィクションに劣らず容易に創造力をかきたててくれる。ストー
リーテラーは史実へのこだわりと自由な発想の、バランスをとらなければならない。
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げることになる。恐るべきメトセラ(Methuselah)さ
えもその変化がもたらす危険性には気づかなかった。
ゴシック・ヴィクトリア朝時代、両結社は様相を新た
にすることになる。だが、依然としてそうした様相が
おぞましい真実を隠し続けたことには変わりない――死
体が締めたコルセットのように。
/The Camarilla
伝説によれば、カマリリャは 15 世紀、きわめて歳経
たヴァンパイアたちによって、ヴァンパイアが人類の
怒りからを身を守るための互助組織として設立された
という。ソーンズ協定(Convention of Thorns)によっ
て、七つの血統――ヴァンパイアの七氏族(clan)が結
社を支える柱として認められた。七氏族は代々守って
きた 六条の掟 /Six Traditions を成文化し、あたう
かぎりすべてのヴァンパイアに遵守することを要求し、
情け容赦なく徹底させた。掟の中で最も重要なのは 仮
面舞踏会 /Masquerade の実践だった。つまり、一般
大衆にヴァンパイアの実在を知らしめる証拠はすべて
隠さなければならない、というのである。
カマリリャではいかにも人間らしく文明的であるこ
とが何より理想とされる。カマリリャのヴァンパイア
は、種族絶滅を防ぐために、来る夜も来る夜も守りつ
づけてきた人間性の残り火を必死に絶やすまいとして
いる。人間に紛れて暮らしているが、文明社会の影の
CHAPTER ONE
支配者を自認している。
「ヴァンパイアは外道畜生のよ
うにふるまうべきではない」という共通した信念をも
ち、互いを 血族 /Kindred と呼ぶ。ヴィクトリア朝
時代はカマリリャの黄金期といえよう。ほぼヨーロッ
パ全土にわたり、文明地の主要都市を支配下において
いたのだから。
このガス灯時代には帝国主義が幅をきかせており、
カマリリャはそこから多大な恩恵を得ている。ヴィク
トリア女王の帝国は全世界に広がり、その領土は香港
からジャマイカ、カナダからケープタウン、ロンドン
からデリーまで及ぶ。血族はこうした拡張主義を賞賛
し、 賤民 /kine たる人間どもが繁栄できるのもやは
り血族が他の夜の魔物たちを駆逐してやったおかげだ
と悦に入っている。それが本当かどうかはともかく、結
果として血族の影響力や慣習が世界中に広まったのは
事実だ。ロンドンがカマリリャの王冠の宝石であるこ
とは言うまでもないが、カマリリャの版図はいまや、都
市数でも広さにおいても空前絶後の規模に達している。
その自負の表れとして、カマリリャ社会全体を指して
帝国 と呼ぶのが一般的になっており、帝国という言
葉は血族の国にも人間の国にも使われている。
ヴィクトリア朝時代のカマリリャは血族それぞれの
社会的立場を規定する。地位はなにより重要なもので、
しばしば氏族や血統だけでなく功績にも影響される。
父は継嗣(progeny)に対して何十年も親権をもち、反
抗的な子を懲らしめる。カマリリャの集会はたいてい、
そうした信念を確認するための、非常に形式ばった
仰々しい行事となる。ヴィクトリア朝上流社会の――宮
廷舞踏会からアフリカのサファリまであらゆる場にお
ける――最新流行に身を包んでいても、しょせん血族
は、人間の思いつきをまねる蒼白いイミテーションに
すぎない。当世流行りの装いに順応する者は賞賛され、
反発する者は非難され……排除される。
血族の小さな互助組織だった頃でさえ、カマリリャ
はそういう風にしきたりと掟を守らせた。もちつもた
れつの関係になった血族たちが、血統や地位の違いを
超えて同胞(coterie)を形成するのはままあることだ。
だが、その氏族、血統、世代としての分をわきまえない
行動に出れば、どういう了見かと疑われることになる。
社会の要求は厳しいのだ。
公子(Prince)や長老(elder)たちは後にこの頃が
黄金時代だったと回顧することになる。数百年来、こ
れほどの権勢をふるったことはないのだ。その権勢の
大部分は、最大の敵――サバトを悪役に仕立てあげるこ
とで得たものである。伝説によれば、このカマリリャ
のライバルは聖地を奪い冒涜して防衛拠点にするとか、
墓場から死んだばかりの者を蘇らせてヴァンパイア軍
団を作るとか、魔王そのひとと契約して魔力を得ると
かいう。長老たちはこのほかにも様々な恐ろしい話を
誇張して版図に広めることで専制政治を正当化した。
不安を広めることで血族に紛れこんだサバトの密偵に
警告し、恐怖を盾にして自分たちの都合で六条の掟を
執行する。厳しい要求に応えられない者がいれば「敵
に籠絡された」と見なされるかもしれない。
カマリリャの若いヴァンパイアにとって、暮らしは
危険に満ちている。カマリリャ・ヴァンパイアの本質
は、個人と他人――父や公子や派閥――の要求のせめぎ
あいによって浮かびあがるものだ。なにより、ここは
「誰もが身の程をわきまえている」社会である。ヴィク
トリア朝流の思想は現在も多くの固定観念のもとに
なっている。そうした常識を否定することは社会自体
に疑問を唱えることだ。ヴィクトリア朝時代の理想は
きわめて高いがゆえに、野心あふれるヴァンパイアな
らいつかは追わねばならない夢となる。
死者の革命家たちは、あらゆる者の支配を拒否し、新
たな結社――サバト――を組織した。以来サバトのヴァ
ンパイアは、より古い行動原理に回帰し、人間性を装
うことを一切放棄している。うわべをとりつくろうだ
け無駄という考えなのだ。怪物性を存分に解き放ち、人
が神聖不可侵とするものすべてを言動で冒涜する。人
と神への反逆者――この主題こそヴィクトリア朝時代の
サバトを最もよく表している。
スペインとイタリアに文明地の版図がわずかにある
のは別として、ヴィクトリア朝時代のサバトはもっぱ
らヨーロッパの未開地をなわばりとし、古くから伝わ
る迷信や信仰ぐらいしか身を守る術のない農民を餌食
にしている。ヴィクトリア朝時代の博識なオカルト主
サ バ ト
義者の中には、ヴァンパイアが魔女集会に集まること
自体が、神の敵にして決して天国の恵みを知ることの
ない呪われた怪物であることの証だと言う者もいる。
同じオカルト主義者でも、ヴァンパイアのオカルト主
義者はもう少し博識らしく、サバトの組織構造は総じ
てカトリック教会を模倣したふしがあり司教や大司教
の複雑な序列までそっくりだ、ということを証明して
いる。サバトの古参ヴァンパイアは、世界屈指の長い
歴史を誇る秘密結社の構造をとどめているという皮肉
を楽しんでいる。
若手ヴァンパイアの関心はむしろ、より小規模な 一
味 /pack の間柄のほうにある。動物の群れをも意味す
る pack を使うあたりに人間らしさそのものへの軽蔑が
表れている――なにしろ自分は人間を超越した存在だと
自覚している連中なのだ。多くの一味は歳経たヴァンパ
イアを同族喰らいしてやろうと画策している。そうすれ
ば、この呪われし種族の始祖カインに近づくことができ
るからだ。そういうわけで、サバトのヴァンパイアは カ
びと
イン人 /Cainite と名乗っている。サバトの長老は派閥
を武器のように操って敵を攻撃する。そのため、サバト
は別名 カインの剣 /Sword of Caine ともいう。本当
に強大なヴァンパイアに言わせれば、そういう不埒な欲
望にふけるとはサバトも単純だというが、これだけの団
結を見せている点は時代精神に合致している。
旧世界では、カイン人は科学と光を避けて隠れ、遠
い昔に滅びた国々の廃墟を徘徊する。ヴァンパイアに
まつわる極めつけにおぞましい伝説の数々を体現して
/The Sabbat
いるばかりか、そういう伝説を生んだもとでもある。
ヴァンパイアの学者でさえカイン人をためらいなく
1394 年、後にカマリリャの創設者となるヴァンパイ
アたちが最初の秘密会合を開いた。長老と幼童、父と 「邪悪」と表現するが、より正確には、カイン人はゴシッ
ク・ホラーや暴露雑誌や安っぽい犯罪小説にみられる
子が相争う、大叛乱(Anarch Revolt)と呼ばれる紛争
の対策を練るためである。すでに会合参加者の一部は、 邪悪を体現しているのだ。文明地じゅうに広まる悪行
はんと
あるブルハーの思想的指導者が率いる叛徒(Anarch) のひとつひとつがサバトの仇敵――文明地に潜むカマリ
リャ・ヴァンパイア、人間のふりをした化け物たちへ
の軍勢に襲撃を受けていた。その後まもなく、ラソン
の妨害工作だ。カイン人はヴァンパイア本来の古い流
ブラ(Lasombra)とツィミーシィ(Tzimisce)のアン
テデルヴィアン、ヴァンパイアの氏族創立者ふたりも、 儀を守り――新たな闇の時代の到来を告げる。
カマリリャの血族ならほんの情けで餌食の命は助け
子らの反逆で滅ぼされたという噂だった。こうした不
THE EMPIRE AFTER NIGHTFALL
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だろうが、司教(bishop)や大司教(archbishop)のも
てやるところを、ヴィクトリア時代のカイン人は餌食
のだろうが、一切の権威を認めない。派閥などなくて
を殺し、存分に血を飲んだうえで、死体をぞんざいに
も共存していける、と彼らは主張する。ヴィクトリア
投げ捨てるだろう。血族の一員なら表向きの紳士的な
朝時代には当然のことながら、世間はそういうはみ出
物腰を誇るところを、カイン人は犠牲者を陥れたり、切
し者に寛容でなく、社会の敵として駆除しようとする。
り刻んだり、大量虐殺したりする手口の芸術性にあこ
がれる。怪奇譚ではヴァンパイアは人命を犠牲にして
爛れた欲望を満たす人でなしの殺人鬼として描かれる。
旧世界のカイン人はそうした想像をかきたて、それに
隠者も派閥のなわばりに踏みこむことはあるが、そ
勝るとも劣らない所行をはたらく。
うするときは秘密裡に動かねばならない。そういうわ
新世界のサバト・ヴァンパイアはそれよりはるかに
けで、隠者たちは密議を重ね、政治情勢の変化に耐え
進歩的だ。カイン人はアメリカ、カナダ、メキシコに疫
て生き残るための秘密同盟を結んでいる。派閥に与せ
病のごとく広がった。大都市で際限なく子を創りすぎ
ず自氏族のためだけに動く独立氏族も帝国内にはいく
たため、新世界のわずかなカマリリャの版図に手当た
つかある。一味や同胞(coterie)と違って、隠者の集
りしだい襲撃を繰り返している。とはいえ、 赤肌の野
団は党派心むきだしの長老たちの決定に縛られない。
蛮人 が住む未開地への進出も始まっており、アメリ
例えば、あるブルハーとあるギャンレルが、かの闇が
カ大陸のサバトはネイティブ・アメリカンの儀式や神
最も深かった 長夜 /Long Night 以来協力関係にあっ
話をとりいれている。カマリリャ・ヴァンパイアは、い
たとしたら、かたやカマリリャに入りかたや脱退した
かにもヴィクトリア朝人らしいことに、それは退化、雑
氏族であっても、理由さえあれば再び手を組むかもし
婚、狂気に他ならないと考えている。
れない。
サバト史上最も重要な条約である1803年の購入協定
血族やカイン人がより長期的な目標のために隠者と
(Purchace Pact)では、サバト構成員がサバトに敵対す
協力することもある。例えば、公子とラヴノス
る者すべてに対して団結することを義務づけた。内紛 (Ravnos)の密偵たちが手を組んで、ある大司教のヴァ
を禁じられた構成員は、サバトの仇敵の領土に矛先を
ンパイア人生を終わりなき地獄にしてやろうと企む。
向けた。つまり、文明化そのものの敵となったのであ
あるいは、執念深い長老が宿年のライバルをセト人
る。構成員たちはたびたび文明地に 聖戦 を仕掛けて (Setite)の教団に売り渡し、あわよくば滅ぼしてしま
は、思う存分暴れまくる。サバトの新参者は他に生き
おうとする。他人を操り利用する手段があるかぎり、
ていく道を知らないのだ。
ヴァンパイア同士の党派を超えた共謀は成り立つのだ。
叛徒の一部が噂するには、サバトとカマリリャの長
/Autarkis and Anarchs
老たちも共謀しているという。なにしろ長老たちの中
には二派閥間の抗争が始まるより前から長らえている
ゴシック・ヴィクトリア朝時代はもっぱら前述の二
者もいるのだ。その地位を利用すれば、咎められるこ
大結社の抗争に彩られているのだが、その争いに巻き
となく敵派閥の長老と連絡をとったり交流したりもで
こまれまいとするヴァンパイアもいる。サバトは組織
きるだろう。例えばヴェントルー(Ventrue)のある知
を団結させるために聖戦を起こし、カマリリャは若い
識人がツィミーシィ(Tzimisce)のひとりと数百年来
ヴァンパイアの反乱を防ぐために組織の敵の極悪非道
の議論友達で、版図に親しく招かれたこともある。数
さを喧伝する。それは権力者が失墜を避けるための芝
居ではないか、と疑問を抱く者は、どちらの派閥にも、 世紀の間に政治情勢が移り変わっても、ふたりの仲を
裂くまでにはいたらなかった――歳経た怪物は昔のこと
どの血筋にもいる。あるいは、古代のヴァンパイアた
を忘れないものなのだ。
ちが両派閥の指導者たちをチェスの駒よろしく操って
ラヴノスの昔の遊び仲間だったマルカヴィアン
いて、誰が黒い駒で誰が白い駒かは指し手が勝手に決
めているのだ、という者もいる。こうした見解をあえ (Malkavian)、かつてラソンブラ(Lasombra)を愛し
たトレアドール(Toreador)、アサマイト(Assamite)
て公にする者はほとんどなく、ただ冷たい胸の奥に秘
に滅ぼされるところを見逃してもらった恩があるノス
めるのみである。
フェラトゥ(Nosferatu)――こうした交際は何百年に
こうしてカマリリャとサバトから身を引いた者が
もわたって続くかもしれないがヴィクトリア朝時代で
隠者 /Autarkis である。どちらの結社にも積極的に
は決して表沙汰にできない類のものだ。血族にせよカ
干渉して、結社を支配する者たちを滅ぼすか放逐しよ
イン人にせよ、派閥外の者と手を組んだことが知れた
うとする者は 叛徒 /Anarch と呼ばれる――彼らに
ら最後、派閥に忠誠を疑われる。それは派閥に対する
とっては結社それ自体が敵なのだ。カマリリャは版図
内にいるヴァンパイア全員を構成員とみなしているし、 裏切りと見なされる犯罪行為であり、自分を慕ってく
サバトはなわばりに侵入した血族全員を敵とみなす。 れた者たちの信用を失いかねないスキャンダルだ。裏
切りの発覚はヴァンパイアの地位の失墜を招く可能性
しかし隠者と叛徒は、公子や参議(primogen)のもの
CHAPTER ONE
23
あらゆるものは歳をとるが、決して死なないものもある。
何百年も昔に交わした約束を果たし計画を蘇らせようと呼び
血族やカイン人は系図を暗誦して自分がこの呪われた種族の
かける。もしこうした関係が発覚したら、身の破滅を招きか
始祖カインにどれぐらい近いかを明らかにする。カインから
ねないスキャンダルになるだろう。だから長老は、若いヴァ
何世代目にあたるかでヴァンパイアの潜在能力の高さがわか
ンパイアがいらぬ詮索をしないよう、圧力をかけることも辞
るのだ。若いヴァンパイアは必死にのしあがろうとするが、
さない。地位と権力を利用して、社会の停滞した伝統を守ろ
古い世代のヴァンパイアが数百数千年ものさばっているた
うと最後の最後まで抗いつづける。
め、そうした野望はいつも挫けてしまう。従って、ヴィクト
サバトに若輩という階級はない。最も近いものでいうと
リア朝時代のヴァンパイアの階級組織は、下克上でも起こさ
司祭 /priest がこれにあたるだろう。司祭はしばしば一味
の幼童と司教の橋渡し役を務めるからだ。教会の冒涜的パロ
ないかぎりいつも同じ状態だ。
は齢 100 歳
ディであるサバトの組織において、功績をあげた長老はさら
に満たない。ほとんどは第 10 世代から第 12世代だ。血族のし
に大司教の座へ昇ることになる。昇進は年功序列で転がり込
きたりと六条の掟を父からひととおり教わって、これからが
んでくるのではなく、競争相手を蹴落として勝ちとるもの
父の選択眼の問われるところだ。そのため、父は子を人間に
だ。中世暗黒時代(Dark Ages)以来の伝統である試練の
はとうてい耐えられないほど厳しい勉強漬けにしようとする。
数々――炎の試練や決闘審判――で、誰がその地位にふさわ
呪われし者の社交界の新人である幼童は、一定の規範を守
しいか知らしめるのである。新大陸の未開地では、カイン人
り、選んだ版図に責任を持ち、嵐のような社交行事に参加す
は原野の蛮族の儀式をとりいれて、さらに様々な力試しの手
ることを求められる。父の要求水準に応えられなければ(一
段を作りだした。サバトはこうした内争の火があまり燃え広
時的にしろ)面目を失う羽目になるかもしれない。敷かれた
がらないようにしながらも、適度にはかきたて、これが長老
レールをはずれてしまったら――当然の結果だが――社会そ
たちを危険な武器に鍛えあげる――ひとりひとりがカインの
ヴィクトリア朝時代の血族の 幼童 /neonate
のものを敵に回すことになるだろう。新世紀が来てこうした
剣となって、カマリリャの都市の弱体化した守りを粉砕する
因襲が過去の遺物になる日を待望する者は多い。
ように。
サバトの幼童はそうした社会の重荷に縛られていない。司
メトセラ(Metuselah)たちはこの時代、ほとんど姿を隠
教や大司教の権力をもってすれば、幼童を片端から滅ぼすこ
してしまっている。言い伝えが真実なら、国々の命運はメト
ともできるのだが、生かしておいて手駒に使うのが得策と思
セラたちの果てしない陰謀にかかっている。多くのメトセラ
われているからだ。創られたばかりのカイン人は、ヴィクト
はヨーロッパの列強諸国の首都に眠りつつ、国々を蓄えた武
リア朝の人間社会では決して得られなかった力と自由に酔い
器のように使うという。彼らは超自然の力で、静かに気づか
しれる。未開地に棲んで、好きなところをうろつき好きなよ
れずに長老たちを操り、自分の計画を実行させる。とはい
うに殺していいのだ。狡猾な者は紳士の仮面をかぶって都市
え、ごくまれに、暗黒時代さながらに自らヴァンパイア社会
に潜入し――ひっそりと、静かに、カマリリャの都市のど真
で活動を続けているメトセラもいる。例えば、ヴェントルー
ん中に騒ぎを巻き起こす陰謀を進める。
の悪名高いメトセラでミトラス(Mithras)という男は、何
カマリリャの 若輩 /ancilla は、生存競争を勝ち抜き都
世紀にもわたってロンドン公子を務めている。日常実務の大
市の権力者の地位をせしめるようになった者たちである。若
半は子のヴァレリウス(Valerius)に任せているとはいえ、
輩は都市の主な組織を利用して点数を稼ぐのに熱心で、そう
ミトラスの長きにわたる在位が築きあげた伝統は次世紀まで
いう組織を実際に機能させているのはどういう都市において
残るだろう。
も人間であるにも関わらず、そういった事実にはまるでおか
そのメトセラより古いアンテデルヴィアン(Antediluvian)
まいなしだ。大都市の要所の守護者として、また政界の下層
たちは、まったく姿を見せなくなっており、まだ生きている
にうごめくけちな陰謀家として、若輩はカマリリャに貢献ぶ
かどうかも怪しいものだとほとんどの者が思っている。アン
りを認めてもらおうと躍起になっている。だが、若輩は長老
テデルヴィアンはいまや、ヴァンパイアの伝説を生々しくも
と幼童の中間階級でもあって、どちらの集団の動向も同じぐ
残酷に彩る、時代の肖像である。聖書の時代から、この血に
らい油断なく観察している。街の長老に対しては、その血管
飢えた神々は人類を餌食とし、ある世紀に帝国を築いたと思
内の古い古い血潮と同じぐらい澱みきった政界で隙あらばの
えば次の世紀にその命運を奪い去ってきた。遠い末裔のちゃ
しあがってやろうと、際限なく陰謀を張り巡らす。しかし幼
ちな企みなど知ったことではない。公子や大司教はうたかた
童の動向をも相当熱心に監視しており、若輩を不安定な権力
の権力などというつまらないものをめぐって争うが、偉大な
の座から追い落とそうとする者はいないかと常に警戒を怠ら
アンテデルヴィアンは時間を超越している。じっと力を蓄え
ない。
ながら、文明の終焉――世界の終末を待ち続けているのだ。
カマリリャの 長老/elder はふつう街の公子や参議を務
アンテデルヴィアンたちがふたたび起き上がるとき、発展の
めている。中にはカマリリャとサバトの対立が始まる前のこ
絶頂を極めていた地上は地獄と化すという。すぐれた知識人
とを覚えている古株もいる。そういうわけで、派閥の壁を超
でさえ、
表には出さずともアンテデルヴィアンを恐れており、
えてサバト構成員とひそかに個人的なつきあいを続けている
いまにも彼らが戻ってくるのではないかと不安な心で予兆を
者も少なくない。信頼のおける仲介者を通じて、長老たちは
待ち受けている。
THE EMPIRE AFTER NIGHTFALL
24
がある――ヴァンパイア社会の権力抗争においてはほと
んど致命的だ。陰謀というものはやはり、秘密裏に進
めるのがいちばんなのだ。
註1
長夜 :ローマ滅亡からコンスタンティノー
プル炎上までの、ヴァンパイアの繁栄と停滞の時代。詳
しくは『Dark Ages: Vampire(未訳)』を参照。
帝国を擁護するにせよ、その転覆をもくろむにせよ、
ヴァンパイアの様々な政治構造を比較するうえで基準
となるのはやはりカマリリャである。人間とのふれあ
いを求めてやまないヴァンパイアなら、カマリリャの
文化に順応するしかない。そしてもし然るべき儀式や
典礼(ritae)を済ませてサバトに身を投じるならば、望
みどおり帝国を倒すべく生きることを運命づけられる。
ヴィクトリア朝の繁栄した都市がカマリリャ社会の
体現とすれば、公子はカマリリャの信条や慣習の化身
といえる。ヴィクトリア朝の紳士らしい、抑制のきい
たやり方で伝統を厳守することが、公子に要求される。
もちろん、野心家の女性が生前には決して得られな
かった権力と尊敬を追い求めて公子になることもある
わけだが。いずれにせよ、公子の失策は混乱を招き――
滅亡にもつながりかねない。多くの都市で、長老格の
ヴァンパイアは、生者がヴィクトリア女王の統治下で
享受しているのと同じ安定にこだわり、何世紀も同じ
公子の統治に甘んじている。公子に異を唱えることは
社会秩序そのものに異を唱えることに等しく、そうい
う者は社会から己が身の程を思い知らされることにな
る。ゆえにヴィクトリア朝では公子の言葉は法に等し
いととらえられている。
社会が現在のような文化的絶頂期を迎える前、公子
たちは広大な版図を求めて相争ったものだった。彼ら
が暗黒時代の専制君主だった頃のことである。並み居
るライバルの要求を踏みつけにして領土を広げれば広
げるほど、いっそう多くの侵略者を惹きつけてしまう
のだった。ヴィクトリア朝時代の公子はもっと堅実で、
都市ひとつだけを版図にしている。それでも膨大な数
にのぼる人間の市民と、それを餌にしようと群がる血
族と、両方を監視できるのは利点だ。昔の公子と違っ
て、領内で掟破りがあっても公子の耳に入らないとい
う可能性はずっと少ない。だが、公子のこうした慇懃
で冷徹な仮面の下には、醜聞にまみれ欲望と衝動を抑
えつけようとあがく真の姿が隠れている。人の上に立
CHAPTER ONE
25
つ者としての義務は公子個人の欲求に優先するのだ。
公子も結局は紳士の皮をかぶった怪物にすぎない。だ
からこそ、陰謀術数をめぐらし、周囲の者だけでなく
自分自身をも完全に欺かずにはいられないのだ。
/Clans
公子が権力の座に登れるのは、人を惹きつけるカリス
マ的な何らかの資質を、死んだ血管を流れる血によって
受け継いだからである。結局人は生まれと育ちで決まる
ものなのだ。そういうわけでヴィクトリア朝のヴァンパ
イアは、血族をその父の血統で判断する傾向がある。
ヴァンパイア社会の暗黒時代 長夜 とそれに続く 公
子戦争/War of Princes の頃に比べれば、今の世の中は
近代的 になった、と公子たちは言う。一千年前、ヴァ
ンパイアは各自まちまちな倫理観に従って生きていた
が、人間性と秘密主義を何より重んじることによってカ
マリリャは存続してきた。同じ道に従う以上、氏族には
それぞれ一定の役割と義務がある、と。
雛は初めて公子に自己紹介するとき、よく代々の父
の名を暗誦する。自分が何をしてきたかではなく、ど
んなヴァンパイアたちに転化させられたかによって、
自分という人物を説明しようというわけだ。ヴァンパ
イアの性質を最も明瞭に示すのはその氏族、つまりそ
の人物を継嗣に選び一族の性質を体内に宿すことを許
した 血を分けた家族 である。無論、これはきわめて
ヴィクトリア朝的な誇張した比喩だ。血族は闇の人生
を自分の好きなように生きたいと願っている。だが個
人として行動すれば、どうしてもヴァンパイア社会へ
の反逆になってしまう。ヴィクトリア朝のヴァンパイ
アの大多数は現状に満足している面白みのない連中だ
――この中から英雄が現れるとすれば、その血族はいず
れ多数派を敵に回すにちがいない。
一方、ヴィクトリア朝時代のカマリリャは、各氏族
が社会の模範となるべきだという理想のもとに成り
立っている。道を誤った未熟者が血統に泥を塗るよう
なまねをしたら、必ずその街のヴァンパイアたちに罰
せられるだろう。どんな些細なしきたりでもないがし
ろにすれば当然反感をかうし、掟を無視しようものな
ら間違いなく滅ぼされる。この教訓を痛い目に遭って
学ぶ雛は少なくない。だが父にとってもっと面倒が少
ないのは、子のしつけを始めるにあたって、まずヴァ
ンパイアの七つの正しい血統――カマリリャ七氏族につ
いて教えこむことである。
ヴィクトリア朝のヴェントルー(Ventrue)は夜の貴
族、選りすぐりの名門揃いだ――世界各国の生きている
指導者の多くはヴェントルー氏族と縁続きである。実
業界や産業界の指導者層から引き抜かれてきたヴェン
トルーもいるが、より古い貴族的な伝統の支持者から
はまだまだ見下されている。文明地では地位を重んじ
るものであり、そうした上流社会の価値観(あるいは
偏見)をなによりよく表すのがヴェントルー氏族だ。
保守的な血族はヴェントルーを不死者の 貴族 /
Noble とみなし、ヴェントルーが創る王朝が交代すれ
ば、彼らが掲げる理想など変わってしまうものだとう
そぶく者もいる。この氏族を全体としては評価するが
個々に見れば気にくわない者もいて、その者の欠点や
失敗なら逐一細かにあげつらえる、というカマリリャ・
ヴァンパイアもいるだろう。進歩的な血族は、ヴェン
トルーが支配者の地位につかず商業や産業といった卑
しい仕事に手を染めたとしても、別に目くじら立てる
ほどのことでもないだろうと思っている。
ギャンレル(Gangrel)は山野をさすらうヴァンパイ
アたちだ。姿形は人間だが、人類より野生動物のほう
に親近感を抱いている。大都市に流入する血族人口が
ますます増加する中、ギャンレルは昔ながらの流儀を
変えることなく、広大ななわばりを歩き回って餌を
獲ってきた。だが、この血族たちは人類を完全に見捨
ててしまったわけではなく、定期的に公子が支配する
都市に戻ってくる。ギャンレルといえども同じ血族と
ふれあいたくてたまらなくなるときがあるものなのだ。
どんなに動物的なヴァンパイアでも心得ていることだ
が、もしカマリリャと決別してしまえば、徐々に人間
らしさを忘れた怪物へ成り下がってしまうことは避け
られないだろう。
ヴィクトリア朝の保守的なヴァンパイアは、 けだも
の /Animal ことギャンレルの役目は版図の境界の警
備と監視だと思っている。 けだもの は街なかで人間
を狩るような見苦しいまねをするものではない、そん
な暇があったら郊外を見回りに行くべきだ、というの
だ。この態度は屋敷の中で働く召使が庭師や森番に示
すものと似ていなくもない。ギャンレルも狩人や番人
の地位に甘んじる気があれば、公子のもとで仕えるこ
とはできる。多くは馭者、伝書使、護衛として働き口を
見つけている。進歩的な血族は、寝所を構える街が侵
略されたときにはギャンレルの鋭い牙と爪が役立つか
もしれないと考えて、ギャンレルに対等な立場で接し
ようとする。
人々が栄え芸術が花開くところ、トレアドール
(Toreador)もまた繁栄する。彼らはどの氏族より人間
性を賞賛するが、それをまねるのがとりたててうまい
わけではない。トレアドールは上流社会の機微を知り
尽くしており、しばしば模範を示しているとも言う。彼
らは人類の牧者たらんとするものの、その意気込みは
往々にして、人々を餌にして飢えをしのぐだけに終わ
る。芸術はヴィクトリア朝社会においてとりわけ高尚
なものとされているため、トレアドールも芸術の発展
を重んじる。この血族たちは、炎に群がる蛾のように
芸術界の花形たちをとりまいて、生きた芸術家がもつ
才能の閃きを貪欲に吸収しようとする。悲しいことに、
多くのトレアドールは芸術家に欠かせないそうした資
質を失ってしまっているのだ。ヴァンパイアは本質的
に変化を拒む種族、過ぎ去りし時代の遺物であるがゆ
え、人間のような創造意欲に欠ける者が多い。姿形は
不滅の肉体にとどめられても、生命のうつろいの前に
は驚嘆するしかないのである。トレアドールの肉体は、
彼らが守るエリュシオン(Elysium)の大理石の伽藍に
似て冷え切ってしまい、情熱的な男女の生き血によっ
てぬくもりを保っているのみだ。
保守的な血族は、この氏族をカマリリャ社会を支え
る柱のひとつと賞賛しているが、陰ではだらしない快
楽主義の デカダン /Degenerate だと思っている。ト
レアドールは嘆かわしいことに、情熱に身を任せ、人
間どもに少々迎合しすぎるため、自ら品位を落として
いる。自分たちの感性が欠けている部分は生者から盗
みとる。もちろん、カマリリャ設立にあたり雄弁をふ
るったラファエル・デ・コラソン(Raphael de Corazon)
はトレアドール氏族だったから、同氏族の者がカマリ
リャに歓迎されるのは――世間体のためだけにしろ――
当然のことはである。進歩的な血族は、長老たちが忘
れ果ててしまった、人間社会に対する鋭い観察力がト
レアドールにはある、と感じている。ごくまれなこと
だが、トレアドールは生前有していた情熱を奇跡的に
取り戻すことさえあるのだ。
トレメール(Tremere)は数百年の歴史を誇る、魔術
師と妖術使いの結社である。ヴィクトリア時代をオカ
ルト復興の幕開けととらえる彼らは、その推移を見届
け記録することに熱心だ。ブラヴァツキー、ホワイト、
ガードナー、そしてあのクロウリーといった幻視者た
ちが、さまざまなアプローチで真智の光明を追い求め
ている。トレメールの妖術使いは彼らの新説を研究し、
自分たちの魔術の実践にとりいれている。トレメール
派 /House Tremere にとって、今は心霊主義、神智学、
フリーメーソン、そして 黄金の夜明け 団の時代だ。
こうした結社ではしばしば結社員をさらに深遠な知識
に導いてくれる隠れた導師たちがいると噂される。ト
レメール氏族はすぐさまそこにつけこんで、悟りを開
いた師を演じ、選ばれた学徒を不死の境地に引き上げ、
前途有望な者たちを手なずけ、残りを餌食にしようと
する。何世紀も昔から、トレメールは超常の知識と力
の強奪者を演じ続けているのである。
伝統派の血族は言う。この 魔法使い /Witch たち
はカマリリャ内で相当な力を握っており、ウィーンに
いる氏族の長老七人から成る 七人議会 /Council of
Seven に刃向かう者すべてに対して統一戦線を張る。
その議長、族祖トレメールが姿を見せなくなったのは
周知の事実だが、きっと罰当たりな所業をはたらいた
せいで休眠に陥っているのだろう。トレメールが同氏
THE EMPIRE AFTER NIGHTFALL
26
族の者を裏切って氏族における自分の発言力を高めよ
うとするのは日常茶飯事なので、ひとりひとりをよく
観察しなければならない、と。革新派の血族は言う。ト
レメールが操る《魔術 /Thaumaturgy》は強力な武器で
あり、しばしば氏族外の味方を助けるためにも使われ
る。だが、トレメールはいかなる絆にも優先して自分
の氏族に忠誠を尽くさねばならない。氏族の秘儀を売
り物にしたり氏族外の者に明かしたりすれば、ウィー
ンに召喚されて服従の意味を 再教育 されることに
なる。
ノスフェラトゥ(Nosferatu)は現代の汚穢と腐敗に
引き寄せられる。ヴァンパイア化の呪いによって醜悪
な怪物に成り果ててしまったノスフェラトゥは、ヴィ
クトリア朝下層社会でもとりわけ醜悪な界隈に惹きつ
けられる。そこでは社会の最下層の人間たちがわずか
な生き残りの機会を求めて相争っている。流血沙汰が
起きれば、たちまちノスフェラトゥが血のおこぼれに
あずかろうと群がる。
だがいったん血の渇きが去れば、彼らは並外れた周
到さで組織を作りあげる。この時代、ロンドンのアシ
ゴ ッ
サ ム
ニーアムのアーチ式水路からニューヨークの地下鉄ま
で、多くの大都市で公共設備の地下敷設化が進んでい
る。そうして生まれた地下空間を、ノスフェラトゥの
長老や参議は自分たちだけの王国とみなすようになっ
てきた。奇妙なことに、ほとんどの公子はこうした版
図の私物化をあえて問題にする勇気がないようだ――あ
CHAPTER ONE
27
るいは王国の住人を掃討するだけの余裕がないのかも
しれないが。そういうわけで、公子たちは多少の傲慢
さに目をつぶってもなるべくノスフェラトゥと関わり
合いにならずにすむようにしている。
保守的な血族はノスフェラトゥ氏族を ドブネズミ/
Sewer Rat と呼んで虫けら扱いしている。なにしろ、
ひとつの街に何人いるか確かめるだけでも大変なのだ。
ノスフェラトゥたちが地下でどんな陰謀をめぐらせて
いるか、知っている者などいるだろうか。もし彼らが
公子や参議の知りえない秘密を嗅ぎ出したとしたら、
誰に喋るかわからないではないか。ノスフェラトゥは
裏情報を集めてくる才能があるので、頭の切れる公子
からは使える戦力として評価されるが、社交の場にノ
スフェラトゥを招くのは狂気の沙汰だ。たいていの血
族は、ノスフェラトゥの容貌が醜いのは心根が歪んで
いるしるしに違いない、と考える――骨相学者も額の後
傾は犯罪的性向の表れなどと言うではないか。進歩的
な血族であれば、そういう不埒者たちに寛容にはなれ
ないにしても、それなりの利用法を見つけるかもしれ
ない。たとえば、ノスフェラトゥの中には、かくも過酷
な運命に陥ったのは自分に罪があったせいだと考えて、
その償いになにか人道的なことを成し遂げようと苦闘
しつづける者もいる。そこに償いの機会を与えてやれ
ば、この卑しい化け物たちの心に巣くう悪からいくば
くかの善を生み出すことができるかもしれない。だが
忘れてはならないのは、この ドブネズミ たちはカイ
ンの種族の中でいちばん品性下劣な連中だということ
だ。そういうやからには社会不適格者の烙印を押して
懲らしめるのが世のため人のためである。
ブルハー(Brujah)は革命家で知識人で、かつ突然
暴力的になると思われている。次第に増えていく人間
の民衆が圧制、貧困、不衛生に苦しんでいるのを見て、
その不平不満を利用してやろうというのか、現状を覆
そうとするあらゆる運動を支援するのに熱心だ。ア
ナーキズムやサンディカリズムから、共産主義や集産
主義に至るまで、ブルハーは様々な近代政治運動に関
心を寄せている。このヴァンパイアたちにとって、現
在はフェビアン協会、バクーニン、そしてカール・マル
クスの最初の継承者たちの時代だ。ゆえに、ヴァンパ
イア社会のプロレタリアートを自認する者も多い。彼
らは隠し部屋に集まって、いかにして人類を解放する
べきかを熱く論じ合う――結局は自分たちの利益のため
ではあるが。しばしば議論が白熱するあまり互いにエ
ゴイズムと狂信をむきだしにすることもあるが、ひと
たび団結すれば、混雑した部屋の中に置かれた鞄一杯
のニトログリセリンよろしく、暴動を巻き起こしカマ
リリャ中を震撼させる。
保守的な血族はブルハーを 暴徒 /Rabble とあだ名
する。ブルハーの暴力的気性は戦争に向いている。従っ
て、サバトの聖戦の脅威が迫っているときには、兵士
としてあてにできるということで、態度の悪さを大目
に見る公子もいる。進歩的な血族はむしろブルハーの
知性に裏打ちされた理想主義を評価する。もっともそ
れは往々にして社会の最下層を称揚することにつなが
るわけだが。
ヴィクトリア朝のマルカヴィアン(Malkavian)は精
神の専門家だ。人間の知性の本質や、正気と狂気の境
目が、科学によって次々と解明されてゆくのを熱心に
待ち受けている。かつてマルカヴィアンは闇の予言者
だったが、フロイトなどの精神医学者が彼らの狂気に
新たな意味を与えたのである。狂気はもはや神罰とみ
なされなくなった。ヴィクトリア朝の精神科医たちは
狂気を研究する斬新な手法を見いだしたのだ。精神科
医が患者を客間で分析する――あるいは癲狂院に押し込
める――のをまね、マルカヴィアンたちは医者役になっ
たり患者役になったりしながら、自らの血にこめられ
た洞察力を用いて精神分析ごっこをする。より大人数
の集まりでは、その洞察力を他のマルカヴィアンに向
けて、集団狂気の分析に興じるのである。
保守的な血族は、マルカヴィアン氏族はみな 狂人 /
Lunatic で、おそらく鎖につないでおくべき危険な化
け物だと言う。ほとんどのマルカヴィアンは長期間に
わたって正気を装うこともできるのだが、追い詰めら
れると見苦しく不快な精神異常があらわになる。どん
なにうまく正気の言動をとりつくろっても、内側では
狂気が荒れ狂う嵐のように渦巻いている。マルカヴィ
アンが人間の狂気を分析しようとするのは、きっと自
分を何か別のものとして描こうとするささやかな試み
にすぎないのだろう。進歩的なヴァンパイアはマルカ
ヴィアンの見識や洞察力を評価する――その狂気に通さ
ヴィクトリア朝社会において、より上の社会階級に出世することは、大変な苦労だが不可能ではない。ス
トーリーテリングを容易にするためにごく簡略化して説明するが、ヴィクトリア時代のカマリリャの地位は三
つの階級に分けられる。すなわち下層階級、中流階級、上流階級である。どの階級に属するかは主に出身氏族
で決まるが、有力なヴァンパイアの血筋であったり目立った功績を挙げたりすれば、そうした制約を超えて出
世できる可能性もある。ゲーム的には、出世の程度は【背景】の〈地位〉で表せる。もっと具体的な表現をし
たいストーリーテラーは、以下のガイドラインを参考にするとよいだろう。
上流階級:ヴェントルーとトレアドールはほとんどがこの階級に属する。上流階級として認められるには、
キャラクターはヴェントルー氏族かトレアドール氏族の出身であり、カマリリャの行事に積極的に参加し、か
つ〈地位〉を最低1レベル有していなければならない。以上の条件を満たさない者は中流階級とみなされる。
トレメール氏族またはギャンレル氏族の者は、
〈地位〉が5レベルあれば上流階級と認められる。
〈地位〉5の
ヴェントルーやトレアドールはカマリリャ・ヴァンパイアの鏡といえよう。
中流階級:トレメールとギャンレル。いわゆる ブルジョア 階級である。トレメールがたびたびオカルト
に手を出して氏族の評判を落とす一方、体を張ってカマリリャの版図を守っているギャンレルはどうしようも
ない野蛮人という評価を見直されつつある。中流階級と認められるには、キャラクターはカマリリャの行事に
積極的に参加しなければならない。マルカヴィアンは〈地位〉が3レベルあれば中流階級、5レベルなら上流
階級とみなされる。
下層階級:ブルハー、マルカヴィアン、ノスフェラトゥ。この三氏族は相当な差別を受けており、カマリリャ
の上流階級にはおそらく理解できないであろう理想を抱いて独自の社会を築きあげるに至っている。とはいえ、
ブルハー氏族で〈地位〉が5レベルあれば、少なくとも中流階級にはなれる。カマリリャによほど多大な利益
をもたらすような功績をあげたのでもないかぎり、ノスフェラトゥには出世の見込みはほとんどない。
THE EMPIRE AFTER NIGHTFALL
28
29
れた筋を導き出すことができれば、状況に対するまっ
たく新しい洞察が得られることも多い。
同じ氏族のヴァンパイアを 血縁 /consanguineous
と呼びならわすのは、同じ血を受け継いでいるからであ
る。ヴィクトリア朝の貴族は家系に代々受け継がれるあ
る種の漠然とした特徴があると主張したが、カマリリャ
の長老も同じ氏族の子は似通った傾向を示すはずだと決
めてかかる。子はそういう固定観念を押しつけられても
文句も言わず我慢する。ヴァンパイアの人生とはそうい
うものだとあきらめているからだ。同胞の仲間内ではそ
こまでいい子ぶる必要もないだろうが、公の場ではおと
なしく世間の常識に沿ったふるまいを心がけないと、父
に気に入られることさえ大変に困難になるだろう。あえ
て固定観念に逆らうことは社会そのものに逆らい、人間
を餌食にすることでしか社会と関わりを持てない孤独な
怪物に成り下がることだ。カマリリャはヴィクトリア朝
の血族に、カマリリャで認められなければ存在価値はな
い、と思い込ませようとしている。
このようにカマリリャが組織への順応を厳しく要求す
る理由のひとつは、当然ながら、サバトの脅威である。
サバトがカマリリャ領の都市の中枢にまで密偵を送りこ
んでくることはよく知られており、血族は父から用心す
るよう教えられる。これはある意味もっともだが、前述
したように、両結社ができる前の時代を覚えている長老
たちの多くは、かつて別の道を歩むことを選んだヴァン
パイアたちに、今でも借りがあったり密かに協力したり
している。だがそんな自分のことはすっかり棚にあげ、
長老たちはサバトの脅威をだしにして、若いヴァンパイ
アに言うことをきかせるのみならず、カイン人と会話す
ることすら禁じている。もし長老が カインの剣 と接
触したことが明らかになればもちろん不祥事ものだが、
幼童なら許されないようなことでも地位にものを言わせ
てお咎めなしで済ませられるだろう。
氏族の長老は、特に重要な政治会合では、自分は血
縁のヴァンパイアたちの代表だと言って、氏族の者を
さも家族のように称することがある。だが実際には家
族扱いなどしない。人はそれぞれの身分に応じて社会
に対する責任を果たすべきだというのがヴィクトリア
朝の道徳である。新時代の予感に刺激されてそうした
観念に反発する若いヴァンパイアはますます増えてい
る。彼らは大きな氏族集会でこそ従順を装っているが、
監視の目の届かないところでは独自の計画をもとに暗
躍している。それとは対照的に、長老たちの寵愛を得
ようと、父の願うとおりの優等生を演じる子らもいる
――そして長老の寵愛を武器にして、不肖の子らの正体
を暴き滅ぼすのである。
CHAPTER ONE
初めての都市に来たときは、いくつかのしきたりを
守らねばならない。まず公子に挨拶を済ませてから、そ
の街で同族がよく集まる場所を覚える。街の血族はそ
ねどこ
れぞれ自分の寝処(heaven)を持っているが、とりわ
け有力な者は他の血族を泊めるための施設も設けてい
る。こうした場所はふつう利用する氏族を限定しない。
氏族や世代を問わずどんなヴァンパイアが招待されて
もおかしくない所だが、たいていは内輪の客を泊める
のにだけ使われている。とはいえ、もちろん、氏族が特
別な会合を開くときにこうした場所のひとつを好んで
使うことはある。
サロンは理想主義者の血族たちが世情を論じる流行の
場所だ。コーヒーハウス、高級料理店、ときには血族の
しもべにされた裕福な人間の地所など、生者たちが集ま
る場所に危険なほど近く建っているものが多い。従僕
(retainer)が警備する個室では、手つかずのワイングラ
スやコーヒーカップ越しに、ヴァンパイアの政治や対立
について滔々と議論が交わされる。特に人気のあるサロ
ンはエリュシオンとして庇護下に置かれるだろう。反対
に悪評高いサロンは街の宮廷雀(harpy)たちからこき
おろされてたちまち潰れてしまう。一流のサロンにはし
ばしばトレアドール氏族のパトロンがついている。
クラブも、裕福な紳士たちの溜まり場だ。会員制な
ので、よそ者にわずらわされずに引きこもってくつろ
げるところが多くの紳士に好まれるのである。こうい
う所の会員になるには一定の条件が要るものなので、
夜だけ営業し限られた血統のヴァンパイアしか入れな
いクラブを開いている若輩が多いのも偶然ではない。
人間のあいだでは、政治に興味がある者同士が集まる
クラブもあれば、同じ趣味の者が集まるクラブもあり、
退役軍人クラブ、様々なスポーツ愛好家のクラブ、果
ては非社交的な者同士が集まるディオゲネス・クラブ
(クラブ内では誰ひとり口をきこうとしない)というも
のまである。うわべは同じようでも、血族のクラブは
さらに風変わりな入会基準をもっていて、中には何世
紀も前の功績を問われるところまである。きわめて閉
鎖的なクラブになると、正会員と認められるのはヴェ
ントルー氏族の特定の長老たちだけで、あとは会員の
庇護下にある子が渋々ながら出入りを許されるだけと
いうところもある。
さらに異彩を放っているというか、神秘的な雰囲気
を漂わせているのが祭儀所(Chantry)である。 黄金
の夜明け 団のテンプル(儀式場)やフリーメイソンの
ロッジ(集会所)には、禁断の知識に触れてみたいと憧
れる人間たちが群がってくるが、祭儀所の聖域に立ち
入れるのは特定の秘密結社の 内陣 メンバーだけだ。
そういう多くの結社では、メンバーは血の洗礼によっ
て死して再生し、新たな主人たちに服従を誓わされる
ことがある。長老のおぼえめでたく《魔術》の習得も許
された血族の中には、方々で習い覚えた様々な流儀の
魔術を一緒くたにして使う者もいる。トレメール氏族
は血族にしろカイン人にしろ自分たちの許可なく祭儀
所を開こうとする者ににらみをきかせている。それど
ころか、トレメールが後援する祭儀所の多くは、参入
の条件として血の誓言(blood oath)つまり血の契り
(blood bond)を課している。
貧民窟は生活に困った貧しい人々が集まる陰鬱な場所
だ。雨露をしのぐ場所も満足に持てない貧民が、ひと部
屋に十人も二十人もひしめきあう。不衛生で不健康な貧
民窟は、害虫や病気の温床になっている。あまりの不潔
さに、ほとんどの人間は酒で感覚を鈍らせてようやくこ
こでの暮らしに耐えている有様だ。貧民窟は建物の最上
階に(しばしば互いに渡り廊下でつながっている)存在
することもあれば、街の犯罪多発区域すれすれのところ
に建っていることもある。中でも有名なロンドンのセン
ト・ジャイルズ貧民窟は、数街区にもわたって広がって
いる。想像に難くないことだが、貧民窟は獲物の選り好
みをしない血族にとっても申し分のない隠れ家となって
いる。とりわけノスフェラトゥは人々の惨めな様子を眺
めるのが大好きだ。
精神病院は狂人の遊び場である。血族の入院患者た
ちが人知れず抜け出して歩き回り、人間のあり方の極
限を観察する。彼らにとって、真実は聖書でもカイン
人の予言でもなく、精神の内奥にこそ隠れているもの
だからだ。ここで血族たちは、ときには同じ探求欲に
とりつかれた医師を操って、人間たちに実験を行う。マ
ルカヴィアンは言うまでもなくこの手の場所に精通し
ていて、気の向くままに出たり入ったりする。しかし
その心が自ら作りあげた牢獄に閉じこもって人を寄せ
つけないことは周知の事実である。
大学には知識人が集まる。この辺りでは教養ある
ヴァンパイアが古代哲学論議に花を咲かせている。歳
経たヴァンパイアはよく大学をなわばりの一部にして、
正統異端を問わず学問上の意見を交換できる私的な談
話会を開く。ときには人間がゲストに招かれることも
あるが、おそらく後で談話会に出たことすら記憶から
消されてしまうだろう。こういう私的な集まりでは過
激な政治論がさかんに討議される。ブルハー氏族のイ
ンテリたちがリングを回るボクサーよろしく持論を対
決させることも珍しくない。惜しむらくは、頭に血の
上りやすい若い氏族員が、しばしば議論に熱中しすぎ
て言葉ではなく拳の応酬を始めてしまうことがあるこ
とか。
売春宿は犯罪者やギャングの巣窟だ。ここではなら
ず者が荒っぽい悪事を企み、盗品故売が行われ、不良
青年たちがかけひきを学ぶ。当然ながら、ヴァンパイ
アが荒事方面に長けた手下を引き抜いてくるにも向い
た場所である。こうした違法活動地帯が成立する背景
には、路上生活者の姿があることが多い。物乞いや浮
浪児たちは、密かに見返りをもらうかわりに見張り役
をつとめてくれるのだ。もちろん彼らは、雇い主によっ
ては官憲、ヴァンパイア・ハンター、あるいは敵対する
ヴァンパイアに対する見張りになることもある。大半
は独立氏族(ジョヴァンニやセト人など、後述)のヴァ
ンパイアの手下になっている。
共同墓地は英語で ネクロポリス とも呼ばれるが、
語源はギリシャ語の 死の街 だから、不死者たちが惹
きつけられるのも無理からぬことだろう。共同墓地は、
ゴシック・ヴィクトリア朝時代にはとりわけ、宗教的
に大きな意義をもつ。死人の腐りゆく生々しい姿は大
理石の墓石に刻まれて永劫に残される。人間たちは死
というものを当世流に丁重かつ大仰に扱う。それに劣
らぬ熱意をもって、一部のヴァンパイアたちは厳粛た
るべき墓地に集い、口にするのもおぞましい数々の儀
式にふける――歳浅いヴァンパイアの大半は知るよしも
ないことだが。よみがえる死者、生きたまま埋葬され
る恐怖、凝った霊廟の中で密かに行われる儀式――ヴァ
ンパイアが実在する世界では、はるかに多くの冒涜的
な物事が起こりうるのだ。
墓地や教会といった聖なる場所は、サバトが冒涜す
る恰好の標的だとされる。カマリリャの中でも保守派
の重鎮たちは、サバトは神への反逆としておぞましい
所業をはたらいているのだ、と信じて疑わない。そも
そもサバトの組織構造からして教会に対する手の込ん
だ冒涜であるし、噂によれば上層部のカイン人は悪魔
に魂を売り渡して超常の力を得ているという。血族は
神聖な場所に行くといたたまれない気分になったり、
物理的に傷ついたりするものだが、文明の敵たるサバ
トはどういうわけか神聖な場所を積極的に冒涜してい
るようだ。神の赦しを得るため人間性を失うまいと必
死になっている長老たちは、そんな高潔な志を捨て
去ったサバト・ヴァンパイアには、いま自分たちが耐
えているのとは比べものにならない苦痛が地獄で待ち
受けているにちがいないと信じている。
文明地のヴァンパイアは、人間にとって抱擁は一生
どころか永遠に続く恩寵だと考えている。人間を餌と
して狩るひとときの楽しみに飽きると、その恩寵を受
けるにふさわしい人間を探しはじめるのだ――正確に
は、抱擁の重荷に耐えられそうな人間を。すでに述べ
たように、ヴィクトリア朝の社会は身分差を重視する
構造になっている。上流階級が社会の模範として敬わ
れるのは、一定の好ましい資質を代々受け継いでいる
と信じられているからだ。同じことは血族にもいえる。
氏族は 参加 するものではなく 継承 するもので
あって、だからこそ血族には代々の先祖から受け継い
THE EMPIRE AFTER NIGHTFALL
30
31
だ道徳観を守る義務があるのだ。どんなに下劣で堕落
したノスフェラトゥといえども、継嗣候補には不死の
呪いをまっすぐに雄々しく(父の性格次第では、小ず
るくしたたかに)乗り越えていけそうな人間を求める
ものだ。
子を創るというのは、血族が現代に適応する手段で
もある。ヴィクトリア時代に抱擁された血族は、当然
ながらこの時代の文化にも精通している。子が父から
純粋な尊敬を受けることなどめったにないが、ときに
は現代の人間社会の専門家として重用されることもあ
る。つまり歳経たヴァンパイアは餌食とする人間たち
の流行を追うだけでなく、その流行の縮図として継嗣
を創るのだ。悲しいかなヴァンパイアは本質的に変化
を嫌う種族で、生前に示した価値観や嗜好にいつまで
も固執する傾向がある。ヴァンパイアの夜の世界に新
風を吹きこんだつもりでも、人間の昼の世界が見せる
日進月歩の発展ぶりに比べれば色あせてしまう。
/Havens and Domains
一人前のヴァンパイアと認められるには、やはり自
分のものといえる安全な隠れ家を構えなければならな
い。たしかに旅は見聞を広げてくれるが、ひとつの街
に腰を据えて自分の居場所を勝ち取った定住者に比べ
ると、流れ者はどうしても軽く見られるものだ。ヴァ
ンパイアの社会的地位は、誰の血筋をひき、誰とつき
あっているかはもちろん、どこに 寝処 を構えるかに
よっても決まる。寝処とはヴァンパイアが無慈悲な陽
光を避けるため夜明けに帰る安息の場所だ。ギャンレ
ルは山野の地中に潜って眠り、ツィミーシィは故郷の
土を詰めた棺に横たわり、ヴェントルーは選りぬきの
従僕に守られて光の射さない邸宅で安らぐ――ヴァンパ
イアはみな自分なりに人間社会の喧噪から逃れて一息
つけるような寝処を探し求めるものなのだ。
どんな寝処にしろ、最低限の要件は満たしていなけ
ればならない。ヴァンパイアは陽光ひとすじでもひど
い大火傷を負いかねないので、寝処は昼間でも日が差
さず暗闇に閉ざされている必要がある。できるだけ孤
立した、どんなに好奇心旺盛な人間でも近寄りたがら
ないような場所がよい。昼間眠っているところを邪魔
(または発見)されてはまずいからだ(心臓に杭を打た
れてもヴァンパイアは滅びはしないが、ハンターが
眠っているヴァンパイアを動けないようにするために
そういう手口を使うこともある)。また寝処は、特に日
中、勝手に人が出入りするような場所ではいけない。寝
起きのヴァンパイアはとかく反応が鈍くなるもので、
とりわけ人間性が乏しい場合にはその傾向が顕著だか
らだ。街住まいのヴァンパイアは、寝処は身分相応の
ものにすべきだ、血族の品性は住んでいる寝処で知れ
る、と考えられている。
歳経たヴァンパイアの場合、この判断基準がもう一
CHAPTER ONE
歩広がることになる。彼らは寝処の付近一帯を版図と
宣言するからだ――こういうことができるのは、特に
ヴィクトリア時代では、真に強大で影響力のあるヴァ
ンパイアに限られるが。版図を持つということは、そ
の区域で起きることに責任をもつだけでなく、その区
域全体に自分の権威を及ぼすということである。ヴァ
ンパイアは版図を 統治している わけではないが、慣
習として、他人の版図を通る際は、そこを仕切ってい
るヴァンパイアの許しを得なければならない。
歳若いうちは、版図を主張するにしても寝処のごく
近くにとどめておくのが無難である――あまり欲張る
と、そこを通りたがる者すべてを敵に回すことになる。
長老は従僕に名刺を渡すだけで立ち去って版図の主の
気概を試すだろうし、版図内で不審事や不祥事が起き
れば公子から責任を問われることだろう。
公子は当然ながらその都市で最も広く、最も人口が
多く、最も格式ある土地を版図としている。だが、版図
が広大であるほどよしとされる時代は去った。版図の
広大さを誇るのはとうに時代遅れであり、サバトに侵
略される恐れがある今となっては、とてつもなく非実
際的である。
ヴァンパイアは人の血に飢えており、必然的にその
飢えをなだめる術を覚えることになる。だが狩りは単
なる生存手段ではなく、一種の芸術だ。血を啜って終
わりではない。餌食の緩やかな死を味わって酔いしれ
るのがこの時代の血族である。捕らえた人間はただ血
を吸うだけでなく、無垢なる生贄として捧げるべきも
のなのだ。
狩りに血湧き肉躍る興奮を覚えるのは、堕落したカイ
ン人も文明人ぶった血族も同じだ。ヴァンパイアの真の
美食家は適当に捕らえた人間を貪るだけでは満足しな
い。特定の血の持ち主を探して何日も、何週間も、何ヶ
月も費やす。これが当世の流行なのだ。この世界には人
と魔が隣り合わせに住んでいる。夜が来れば、両者を隔
てていたものはロンドンの霧に霞んで消えてしまう。
だが夜道を照らすガス灯には注意が必要だ。電灯の
恩恵を受けている数少ない進歩的な場所を除いては、
夜間に人々が集まる所はみな炎で照明されている。
ヴァンパイアの間ではよく知られたことだが、自制心
に欠けるヴァンパイアは、恐れる物をまのあたりにす
ると、ともすれば狂乱して言語道断な虐殺に走りがち
だ。それがヴァンパイアを滅ぼせる数少ない物のひと
つ――火ならなおさらである。だが、常にガス灯に囲ま
れて暮らす者は、まさか炎を見ただけで恐慌に陥るわ
けにもいかないから、感情の抑え方を覚えなくてはな
らない。文明地においてガス灯の下で狩りをするには、
自制心が不可欠というわけだ。
未熟者の血族は、狩りの途中であからさまに超常能力
を使ったり、ときには餌食をその場で殺してしまったり
することがある。こうした不注意な愚か者がゴシック小
説の吸血鬼の正体である。ヴァンパイアは(そんなもの
がいるとしても)人を殺さないと生きていけない、と人
間は信じている。サバトのカイン人が餌食を虫けらのよ
うに殺すせいで、この迷信はいっそうもっともらしさを
増している。未開地では、ただの農民が夜の領主に立ち
向かえるような武装を整えられるわけもなく、この手の
狼藉はやりたい放題だ。だが首都ロンドンでは、武装し
た教養ある市民たちは、その中に潜んでいる殺人者に
とっての脅威になるだろう。
小説の吸
血鬼でも、
文明地の
ヴァンパイ
アが憧れるよ
うな者はいる。
例えばレ・
ファニュの
『 吸 血 鬼
カーミラ』
で、瑞々し
いヒロイン
の少女に近
づく蠱惑
的な吸血
鬼 少 女
だ。この
ヴァンパ
イアは、ヒ
ロインを未
知の官能に目
覚めさせてゆく
ことによって、
何ヶ月もかけて籠絡し、ついには生者というより死者に
近い状態にしてしまう。ストーカーの小説に出てくるド
ラキュラも、ハーカーの婚約者から何週間もかけて生き
血を吸いとっている。ヴィクトリア朝はロマン主義の時
代であり、ロマンチックなヴァンパイアは同じ餌食に何
度も何度も引き寄せられる。ときには餌食を抱擁し、闇
の洗礼を授け、そして永劫に呪われた身に変えることに
よって、ふたりの絆を完璧なものにしようとさえする。
ある意味、真にヴィクトリア朝的な理想の恋愛といえる
かもしれないが、他の多くの理想と同じく、しばしば歪
み、そして悲劇をもたらす。
より現実的なヴァンパイアは手頃な人間で食餌を済
ます。ひとり歩きの旅行者は徘徊するギャンレルの餌
食になる。不幸な貧民はノスフェラトゥの接吻にいく
ばくかの慰めを見いだす。ヴェントルーはしばしば貴
族の血を晩餐とし、トレメールは儀式で捧げられた血
に渇きを潤す。酩酊を求める血族はアブサンや阿片や
阿片チンキ混じりの血を吸い、無数の餌食の血潮を通
じて陶酔境に遊ぶ。舌の肥えた血族を満足させるため
に、血の味わい方も色々奇態な方法が工夫されている。
ゴシック小説では、主人公の後ろ暗い部分を悪役が
象徴することがある。この後ろ暗さは主人公の先祖が
犯した罪や主人公の性格の欠陥からくるものだ。いず
れにせよ、そうした小説はある意味真実を鋭く突いて
いるといえよう。ヴァンパイアは自分の欠点を否定す
るか正当化してくれるような獲物を好む傾向があるの
だ。哀れを誘う、怒りを覚える、または襲う側の存在意
義に疑問を投
げかけるよ
うな獲物は
即座に殺して
しまうことも
ある。その後
良心が咎め
て、瀕死の
餌食に自分
の血を飲ま
せることも
ある――そう
してまたひ
とり子を創
るわけだ。
こ の よ う
に、狩りは
単なる補給
手段ではな
い。真に抱
擁する価値
のある人間ひ
とりを、数百年か
けて探し求める狩りもあるのだ。
最初のヴァンパイアは神に呪われた男、カインだっ
た。その伝説は時代を経るにつれ壮大になっている。
ヴィクトリア時代においてはほぼ宗教的人物のように見
なされており、全能の神に断罪されて永久に天国へ入れ
ぬ身になったと伝えられる。救済の望みをまったく失う
ことほど恐ろしい呪いはないだろう。
カマリリャの伝説によれば、ヴァンパイアは 完璧
な人間性 の境地に達したとき、その身の罪を拭い去
り神の恩寵を取り戻すことができる。浄罪を済ませた
魂はゴルコンダの嘆息の儀(suspire of Golconda)と
いう再生の秘儀を通じて、死んだ肉体を捨てるのだと
いう。これが本当なのか、それとも理想主義的な幼童
を操るために捏造された噂のひとつにすぎないのかは
THE EMPIRE AFTER NIGHTFALL
32
論議の的だ。少なくとも、ヴァンパイアの魂が救済さ
れる可能性はかすかだが存在するという印ではある、
と楽観的な血族は考えている。
ヴィクトリア朝のヴァンパイアはよく、自分たちは
肉体こそ死んでいるが魂まで腐り果てたわけではない、
と主張する。血族の長老たちがさらに言うには、サバ
ふちょうか
トに伝わる 不凋花 /Amaranth という儀式があって、
これは滅ぼしたヴァンパイアの魂を喰らってしまう冒
涜的な慣習である。より年長の(端的にいえば、より古
い世代の)ヴァンパイアを殺し、血を吸い尽くして、魂
の力を我がものとするのだ。
この儀式は最悪の裏切り行為であり、俗に 同族喰ら
い /diablerie ともいう。カマリリャでは大罪だ。だが
サバトの狂信者は、より世代の古いヴァンパイアを同族
喰らいすることで、その力を奪って世代を遡り、カイン
により近い存在になろうとする。サバトが悪魔の集団の
ように言われるのはこのせいでもある。サバトはカマリ
リャの領土だけでなく魂をも脅かす存在なのだ。
ヴィクトリア朝カマリリャの血族にとって、同族喰
らいをはたらくなど考えられないことである。血族の
中には見えざるものを見る力をもつ者がいて、同族喰
らい犯がまとう爛れたオーラを見抜いてしまうからだ。
そのうえ 滅びの掟 /Tradition of Destruction という
慣習法によって、同族喰らいをした者は滅ぼされるき
まりになっている。だが、ここにはかなり欺瞞がある。
トレメール氏族の創立者トレメール(Tremere)本人
が、十三人のアンテデルヴィアンのひとりとなるため
に、ある古代のヴァンパイアの魂を喰らったのではな
いかと疑惑を抱いている者は多い。そのためヴィクト
リア時代においては、トレメール氏族はいくぶんよこ
しまな傾向をもっているものだというのが主流の見解
である。もっとも、他のカマリリャ六氏族とて似たよ
うなものかもしれないのだが。
言及を避けられることが多いのだが、カマリリャで
も、同族喰らいほど強烈ではないものの、似たような
儀式が行われている。古代ローマの学者は「血は命で
ある」と言ったらしいが、血は魂の媒体でもある。ヴァ
ンパイアが他のヴァンパイアから血を飲むと、ふたり
は魂の絆で結ばれる。血を飲んだ側は飲ませた側のと
りこになってゆくのだ。ヴァンパイアから血を飲むこ
とは、そのヴァンパイアに対する服従の誓いに等しい。
ゆえに飲ませた側を 主人 /regnant 、飲んだ側を 奴
隷 /thrall とも呼ぶ。一晩に一度、三度にわたって同
じヴァンパイアの血を飲めば、永久にその者の奴隷と
なる――少なくとも噂ではそう囁かれている。実をいう
とこの 血の契り /blood bond は、血を飲まなければ
やがて呪縛が弱まっていくのだが、わざわざそれを子
に教えてやる父などめったにいない。父の血を飲むの
CHAPTER ONE
33
を子が嫌がるようになっては困るからだ。
この 血の契り も、大仰さを好むヴィクトリア朝流
の感性にかかると、ロマンチックな意味合いをもつ行
為に昇華させられてしまう。子が父に敬意を表して血
の契りを受け入れ、それを祝って盛大な饗宴を催すの
が、当世の大流行である。血の契りを受け入れること
は、社会において自分にふさわしい地位を受け入れる
ことでもある。しかし、父は敬うものとはいえ、永久に
下僕にされるのはやはり恐ろしいものだ。そのため血
の契りはしばしば一種の刑罰として、反抗的な態度を
――表面的にしろ――改めさせる脅しに使われている。
血族はふつう、血の契りでは自分より若いヴァンパイ
アしか奴隷にできないと教わる。カマリリャ社会では
ありがちなことだが、それは嘘である。
血の契りは内密に交わされることもあり、こちらの
場合表沙汰にならないだけにずっと恐ろしい。身分の
上下を覆すような契りが結ばれることも珍しくない。
然るべき行為さえ済ませれば、子が父を奴隷にするこ
とも可能であり、それで契りの強制力が変わるわけで
もない。うまくすれば、狂人が常人を従え、農夫が貴族
を操り、参議会の議長が公子を支配することもできよ
う。こうした血の魔力を用いて、中傷を受けた婦人が
体面を守るために、口さがない者たちの口封じをする
こともある。血の契りを結んでしまえば、奴隷はなに
より主人を大事にするようになるからだ。もちろん、こ
うした可能性を大っぴらに話題にするのは失礼なこと
だ。表沙汰にしてよいのは、父と子、長老と幼童が交わ
すような、上下のけじめをはっきりさせる 正しい 血
の契りに限られる。
この時代、トレメール氏族では、新しく氏族に加わ
る者に氏族の長老七人から二度ずつ血を飲むことを義
務づけるようになった。このときには物々しい厳粛な
儀式がつきものである。カマリリャはヴァンパイアの
魂に救済をもたらすと長老たちはいうが、カマリリャ
が実際にどれほど危険なところかは往々にして語らな
い。賢く立ち回らなければ、気がついたときには自分
を抱擁した父の奴隷にされているかもしれない。
都市にはそれを統治する者が必要だ。カマリリャの
長老たちは人が築いた都市を乗っ取り、厳格な法を敷
いて社会秩序の維持をはかる。血族が伝統的な紳士淑
女の鏡なら、血族が属する社会はそれよりさらに古い
伝統の柱である。長老たちは実際に都市を 統治 する
わけではないが、その都市を利用して利益を得ること
ができる。だが若いヴァンパイアが新しい発想や芸術
的霊感、そしてなにより人間の生き血を都会で求める
ならば、ヴァンパイアの貴族階級である長老たちが築
いた 血の体制 に従わねばならない。
公子の諮問機関となるのがその街の参議会(council
of primogen)だ。大都市では、公子は版図内の主な氏
族から1名ずつ参議(primogen)を任命するのが賢明
とされる。ただし、必ずしもすべての氏族が参議会に
代表を出せるとはかぎらない。参議会はそもそも各氏
族の面子を保つためにある。建前では参議は自氏族の
ヴァンパイアの 代表 だが、実際には民主主義など口
先だけだ。参議会は目下の問題、特に各氏族にかかわ
る問題について、公子に助言をする。参議が氏族の団
結を唱えるとしても、それは弱い者から個性を剥奪す
る方便に過ぎない。ヴィクトリア朝のカマリリャは
往々にして後ろ盾にもなれば圧制者にもなるのである。
もし参議会の誰かに楯突く血族がいれば、その参議
は懲らしめに 幹事 /whip を差し向けるだろう。幹事
とは、参議の補佐として氏族のまとめ役にあたる者で
ある。参議の意向はその血縁である氏族員みんなで支
持するべきだ、と考える理想家の幹事も中にはいるが、
幹事のほとんどは良くて偽善者、悪ければ乱暴者であ
る。氏族の要請に応えることは、コネ作りにもなるが、
面倒を背負い込むことにもなりうる。どちらになるか
は参議によりけりだ。下々のヴァンパイアが参議に助
言を求めることもできなくはないし、参議は 氏族の
見解 に基づいて適切な答えを与えてくれるだろうが、
その借りは何らかの形で返さねばならない。それが社
会の常識というものだ。
そういう社会のしきたりについてとりわけうるさい
のが宮廷雀(harpy)、つまり血族のゴシップ屋である。
宮廷雀は公子のお気に入りとして(ときにはそんなこ
とに関係なく)その街で開かれるカマリリャのパー
ティや行事にせっせと顔を出す。そこで不作法な言動
がないか目を光らせつつ、好き勝手に他人を褒めたり
けなしたりするのだ。社交界の経験が長いため、少し
でもエチケットに反した行いがあれば、たちまち目ざ
とく見つけてしまう。ささいなことかもしれないが、長
老たちに気に入られるかどうかは宮廷雀の評判次第な
のである。宮廷雀はヴァンパイアの社会的評判そのも
のを決めるのだ。
慣習は強制ではない――権力者が強制のために振りか
ざす武器である。血族社会は、 六条の掟 / S i x
Traditions という、暗黒時代から(一部の血族の歴史
家によれば、それよりさらに昔から)守られてきた慣習
法の上に成り立っている。血族は寿命をもたず、いつま
でも生前と同じ姿を保ち続けるが、六条の掟は状況に応
じて柔軟に適用される。六条の掟の解釈権は公子にあっ
て、賢明な公子ならその解釈を厳しく徹底させるもの
だ。掟の条文そのものは昔からほとんど変わっていない
が、時代によって様々な新解釈が施されている。
第一の掟:仮面舞踏会の掟/The First Tradition: The
Masquerade
汝、血族ならざる者に本性を明かすべからず。そを
為す者に、血族を名乗る資格なし。
証明するのは難しいがヴァンパイアはやはり実在す
るのではないか、とたいていの一般人は思っている。そ
うそう口にするのもはばかられることだが……。ヴァ
ンパイアは本当にいるなどと公言したら、おそらく奇
人扱いされるだろう。ヴィクトリア朝時代、迷信はま
だまだ根強い。未知の恐怖は科学に容赦なく駆逐され
つつあるといっても、その存在はすれっからした都会
人にも今なお感じとれる。明るく照らされた安全な客
間で迷信を笑い飛ばす教養ある紳士も、家路をたどる
馬車の上では背後を振り返らずにいられないものだ。
このように懐疑に満ちた危うい情勢下では、ひとり
のヴァンパイアが正体を現せば、ヴァンパイアたちの
壮大な陰謀も露見する恐れがある。秘密結社は存在が
秘密でなくなったらおしまいだ。カマリリャとサバト
の抗争がかつてなく激化したこの時代、両結社の違い
を示す最たるものがこの 仮面舞踏会の掟 である。血
族は「人類社会にヴァンパイアの実在を明かせば文明
の崩壊を招きかねない」と信じる。カイン人は「ヴァン
パイアは夜の支配者として君臨するのがふさわしい」
と異議を唱え、カマリリャの版図にも君臨しようと戦
いを仕掛ける。怪物は存在する、あるいは存在するか
もしれない、という考えは人々にとってまだまだ当た
り前なので、多くの若いヴァンパイアたちは、横暴な
公子に専制政治を敷かれても、それで自分たちの安全
や、秘密や、暮らしの安定が守られるのならかまわな
いと考えているぐらいだ。
そういうわけで、
「仮面を破る」ことは血族が犯しう
る最大の罪である。当然ながら、公子が敵を陥れるの
にいちばん使いやすい口実でもある。人間の前で公然
と超常能力を使うのはもちろん露骨な掟破りだが、人
間と交際を続けたり、人間の集まる場所に顔を出し続
けたりするのも街の安全を脅かすと主張する公子もい
る。サバトとの内通も違反と見なされるが、長老が(表
面的には……)関与していない場合に限る。ちなみに
当世、血族の間では、人間を恋人にするのが流行って
いる――いつ発覚するかというスリルが、生きた肉と血
の快楽をいっそう甘美にするのだ。トレアドール氏族
にはそういう関係が発覚して処刑された恋人たちの悲
劇的な話がいくつも伝わっている。
血族の秘密を明かせば自分の死刑執行書にサインし
たも同然で、他の血族に追われ滅ぼされてしまう。ヴィ
クトリア時代の血族は第一の掟に厳格だ。たとえ秘密
を漏らした先をすべて処分しても情状酌量はない。そ
もそも掟を破ること自体が犯人の不道徳の表れだから
だ。迷信深い人間ならヴァンパイアに遭ったなどとい
う恐ろしいことは忘れてしまおうとするかもしれない
が、血族はそうそう掟破りを見逃しはしない。それを
材料にライバルを葬り去れるかもしれないとあればな
THE EMPIRE AFTER NIGHTFALL
34
おさらだ。従って、ヴィクトリア朝のヴァンパイアが
仮面舞踏会の掟を破った場合、人間だけでなく他の
ヴァンパイアに対してもその事実を隠し通さねばなら
ない。一度不注意からこの違反を犯した者は、同じ不
注意をまた犯すかもしれないと思われるからだ。オカ
ルト趣味が流行するこの時代において、ヴァンパイア
が仮面舞踏会の掟を破ることで直面する最大の危機は、
人間の報復からではなく、長老の 正義 感から来るの
である。
第二の掟:版図の掟 /The Second Tradition: Domain
版図はその主の治むるところなり。版図の内にあり
てはその主をみな敬うべし。何者も版図の内にてその
主の言葉に異を唱えることなかれ。
長夜 の頃は、ヴァンパイアが同族を滅ぼしても、
そのヴァンパイアは版図に無断で立ち入ったのだと言
えば立派な理由になったものだ。だが大都市に二十人
以上の血族がひしめく昨今では、そういうなわばり争
いも無意味だ。かくして、公子だけが抜きん出た優先
権を持つようになった。ヴィクトリア時代には、公子
が 即位 すると、その保護下にある都市や土地はただ
ちにその公子の版図とされる。長老が自分の寝処周辺
以外の場所を版図とするには公子の許可を得なければ
ならない。実のところ、版図を与えるというのは、公子
がその長老を自分の支持者と明白に認めたしるしなの
だ。また、版図の一部の管理を任せるという意味もあ
る。もちろん公子が与えたものだから、公子が取り上
げることもできる。
また、一定の権限を版図として長老に与えることも
ある。これはその長老の寝処近辺の場所柄に応じたも
のが多い。例えば、ブルハーの長老に、ある川沿いの陸
運業や水運業を牛耳る権利を認めたり、薬学に通じた
マルカヴィアンに病院やサナトリウムひとつを任せた
りするわけだ。若いヴァンパイアがこうした特権をも
らえることはめったにない――それに文句をつけたりす
れば、未来永劫もらえなくなるだろうが。
氏族単位で版図の所有を認める賢明な公子も現れは
じめた。
「この街のサロンをトレアドール氏族の版図に
してくださいまし。昔からずっと私たちが取り仕切っ
てきたのですから」と、トレアドールが願い出ること
もあろう。同様に、1829 年にロバート・ピールが英国
初の警察隊をロンドンに設立すると、ロンドンのヴェ
ントルーは団結してこの警察隊を氏族の版図に取り込
んだ。以来ロンドンでは、警官への攻撃はヴェントルー
への攻撃とみなす慣習が長年続いている。血族はみな
自氏族の版図を守る義務を負っており、それを拒否す
れば氏族の支持や援助は頼れなくなるだろう。
けいし
第三の掟:継嗣の掟 /The Third Tradition: Progeny
汝、長老の許しによりてのみ継嗣をなすべし。長老
の許しなく子を創らば、父子もろとも屠らるべし。
ヴィクトリア時代のカマリリャで継嗣を創るには、
CHAPTER ONE
35
自分の父からはもちろん、地元の公子からも事前に許
可をもらわねばならない。これはもちろんその街に
ヴァンパイアをもうひとり増やしてもよいか確かめる
ためでもあるが、継嗣はその氏族の血を継承するにふ
さわしい人物でなくてはならないからだ。抱擁されて
も 巣立つ までに(第四の掟参照)氏族の一員として
不適格とわかったら、容赦なく滅ぼされることになる。
多くの場合、抱擁が許可されるのは、すでに公子や長
老が利用価値ありと認めた人間である。
公子は版図における絶大な権限にものをいわせ、第三
の 掟 を 執 行 す る の に 苛 烈 な 手 段 を 使 う ―― 鎮 守 /
scourge だ。これは、公子に無許可で創られたヴァン
パイアを都市周辺から掃討する権限を与えられた血族で
ある。ギャンレル氏族は、郊外で狩りをするとき常に、
鎮守としての役目を果たすよう求められる。鎮守は 第
一の都/The First City の昔からある古い役職といわれ
るが、最近でっちあげられたしきたりだろうと考える反
抗的なギャンレルの若者たちもいる。いずれ反発する動
きが起こることはまちがいない。おそらくこれも含め
て、カマリリャがギャンレルに課してきた色々な義務は
時代遅れになってきているのだろう。
公子に拝謁を済ませておらず、承認された子であるこ
とを証明できないもぐり血族が見つかった場合、公子と
参議の前に引き出されて裁きにかけられる。たいていは
掟破りとしてすぐに処刑されてしまい、そして掟破りを
逮捕した鎮守は賞賛を受けるのである。これは猟犬が単
なる愛玩犬より大切にされるのに似ているかもしれな
い。第三の掟は若い血族すべてが六条の掟を厳格に守る
よう仕向けている――早死にしたくなければ。
第四の掟:申告の掟 /The Third Tradition: Accounting
汝の創りし者は汝の子なり。その巣立つべき時まで
は、汝、万事につけ汝の子を監督すべし。子の罪は父の
負うものなり。
父が子に責任を持つのは子が 巣立つ まで。通常は
子が公子に正式に謁見するまでだ。ヴィクトリア朝にお
いては、機会が巡ってくるまで数年待たなければならな
いこともある(見方によっては著しく長い期間だ)。そ
の間、子は命じられれば危険や犠牲をいとわず氏族のた
めに働かねばならない。命令にそむいた場合、公子はそ
の子を一人前の血族と認めなくてもよく、他のヴァンパ
イアがその子を殺したり血を吸ったりしても許される。
もちろん、そんなことをすれば父の怒りをかうので、こ
の権利が行使されることはめったにない。
子は巣立つと正式に幼童となる。しかし要請があれ
ば応じねばならないのはこれまでと同じだ。いや、む
しろ、父だけでなく氏族の長老からも要請が来るよう
になり、話は一層ややこしくなるといえよう。長老か
らの要請はふつう簡単なことで、例えば、版図の一部
を定期的に見回る、六条の掟違反の疑惑を調査する、密
書を届ける、ある長老の代理として安全な版図から遠
く離れた場所で催される社交行事に出席するといった
ものである。だが、掟破りすれすれの任務を押しつけ
てくる悪辣な長老もいる。もし引き受けた幼童が道を
誤ろうものなら、用済みになりしだい見捨てられるか
掟破りとして処分されてしまうだろう。
氏族や街における幼童の地位は、長老たちの要請に
どれくらいよく応えたかで左右される。いちばん厄介
なのは、忠誠を問われたり、利害の衝突が生まれたり
するような要請だ。幼童は、野心をもつ父とそれを阻
もうとする公子との板挟みになることもあるだろう。
また、ある長老のために大きな危険を冒して別の長老
から恨みをかうこともあるだろう。同胞か氏族か、氏
族か公子かという葛藤に揺れ動くことこそ、ヴィクト
リア朝のヴァンパイアの特色なのである。
第五の掟:歓待の掟 /The Fifth Tradition: Hospitality
互いの版図を尊ぶべし。他の版図に入るならば、そ
の主を訪れるべし。かの版図の主の許しがなければ、汝
かの版図に入るべからず。
ヴァンパイアが初めての街を訪れる際は、その街の公
子に(一部の街では、自氏族の長老または参議にも)に
拝謁しなければならない。ヴィクトリア時代において
は、このとき堅苦しく作法に則って、血統や代々の父の
名を挙げて名乗るのが常である。大都市では、到着した
その晩に公子に挨拶することを義務づけているところも
ある(所によっては特定の長老たちにも一週間以内に挨
拶回りをしなければならない)。多くの血族は、こうし
た時に備えて、訪れる予定がある街の長老と日頃から手
紙のやりとりを欠かさない。正式な紹介状、従僕にもた
せた名刺、上流階級の社交行事、こういうものはみな円
滑な移動の助けとなり――身の安全を高める。
根回しが不充分なまま移動するのは自殺行為だ。も
し反逆者が街から逃げおおせたとしても、きちんとし
た身元保証を用意できなければ、次に訪れた版図で滅
ぼされてしまうかもしれない。公子が仕事に忙殺され
ている場合、参議の誰かを代理に立てて訪問者に応対
させることがあるが、このときもし訪問者がそのわけ
をなかなか察しないようなら、評価を落とすことにな
るだろう。幼童がよその街へ気軽に出入りできないよ
うにしているのは、ひとつの都市のヒエラルキー内の
しかるべき階級にとどめておくためである。
サバトに脅かされている街では、猜疑心から警戒は
一層強まる。よそ者のヴァンパイアは、よくて密偵か
シンパ、下手をすれば敵と間違えられるかもしれない。
さっさと用件を済ませて立ち去らないと、公子が第二
の掟を盾に退去勧告をしたり、逮捕したり、罰したり
するだろう。誰であれ無断で版図に立ち入った者に対
して不審尋問を行うのは公子の権利――否、義務だ!
公子は訪問者の滞在を拒否することもできる。その訪
問者の氏族や父に公子が偏見や恨みをもっているなら
なおさらだ。
THE EMPIRE AFTER NIGHTFALL
36
37
きわめて歳経たヴァンパイアはこうした問題に頓着し
ない。そもそも公子の臣下になった覚えはないから、わ
ざわざ挨拶する義理もないと考えていることが多い。ラ
ヴノス(Ravnos)やジョヴァンニ(Giovanni)といった
独立氏族のヴァンパイアも、版図を「通り抜けるだけ」
だからなどと言って、公子への挨拶をないがしろにする
ことがある。隠者もこの掟を無視して版図に出入りする
が、これは堂々と滞在できる権利を放棄するだけでな
く、見つかれば滅ぼされることも覚悟のうえでの冒険で
ある。抱擁後に捨てられた哀れな子たちは、こうした掟
があることも知らないうちに、鎮守に見つかって罪を問
われるか――完全に滅ぼされることになる。
第六の掟:滅びの掟 /The Sixth Traditon: Destruction
汝、同族の者を滅ぼすべからず。汝を滅ぼす権利は
汝の父ひとりのものなり。されど汝等のうちで最長老
の者のみ、咎人狩りを命じてよし。
もともと、この掟は父に子を滅ぼす権利を与えるも
のであり、それが血族の慣習とされていた。ヴィクト
リア時代になって、
「長老」という言葉には公子も含ま
れると拡大解釈されるようになった。ゆえに公子は、他
の血族が自分の版図内で六条の掟のいずれかを破った
場合、その血族を滅ぼす権利を行使できるのである。滅
ぼす権利をもたないヴァンパイアが血族の誰かを滅ぼ
すのは、人間社会でいうなら殺人罪にあたる。もちろ
ん、被害者が血族で、申告の掟に従って公子に認知さ
れている場合に限るが。
被害者の地位は刑の軽重を決める。滅ぼされた血族
の身分が高く、世代が古く、氏族の格式が高いほど、公
子の猟犬たちは獲物を探し出すのを急ぐだろう。歳経
た血族はこの掟を、隠者や叛徒を滅ぼしても咎められ
ないという許可のように思い込んでしまっているが、
公子が賢明ならそんな無法を許しはしない。それは公
子が他の血族を滅ぼす権利への侵害にあたるからだ。
しれないのだ。公子の中には咎人狩りを洗練された ス
ポーツ と考えて、狩人たちの腕をなまらせないよう
頻繁に召集をかける者もいる。しかし、どんなに厳戒
態勢を敷いたとしても、咎人狩りの結果、道を誤った
カマリリャの血族が命からがら街から逃げ出し二度と
戻ってこないというだけに終わることは多い。
首尾良く標的を捕らえた者は公子の猟犬として評価
される。多くの庶民出のブルハー、ノスフェラトゥ、
ギャンレルにとっては、しがない暴徒、ドブネズミ、 け
だもの の身分から脱出するのに恰好の機会だ。仮面
舞踏会は守らねばならないとはいえ、下層階級の血族
が咎人狩りにかける情熱は、イギリス人がキツネ狩り
にかける情熱にも等しい。たまの咎人狩りで標的が捕
まると、その者は公子の前に引き出される。そこで裁
判にかけられるか、拷問を受けるか、あるいはその場
で処刑されるかは、公子の性格次第だ。ヴィクトリア
朝のカマリリャでは紳士的態度が求められるとはいえ、
公子の機嫌が悪ければ、ロンドンのただ中で行われる
咎人狩りもトランシルヴァニアのティルサで行われる
串刺し刑も残忍さに変わりはなくなってしまう。内な
る 獣 /Beast は様々な姿をとるが、残忍という顔だ
けは常に同じというわけだ。
ヴィクトリア時代の咎人狩りは回数も残虐さも過度
な風潮があるが、それもいつまでも続きはしないだろ
うと一部の者は予想する。今、公子たちは先例を盾に
咎人狩りの招集権を乱用しているが、それに比例して
若いヴァンパイアの中には(うだつもあがらず六条の
掟で厳しく抑えつけられているのだから無理もないこ
とだが)カマリリャに仕えるのをやめ別の生き方を探
そうとする者が増えているのだ。カマリリャの不公平
さに直面した幼童は、ひそかにより独立したヴァンパ
イアと手を組むか――サバトの勧誘に乗ってしまうかも
しれない。
/Lextalionis and the Hunt
「目には目、歯には歯」と聖書にもある。公子は報復
心を満足させるだけの権力を持っている。ゆえに自分
の掟に逆らう者がいれば生かしておかない。このよう
な場合、血族は街の公子から召集がかかりしだい、協
力してすみやかに容赦なく標的を狩らねばならない。
これを 咎人狩り/blood hunt という。咎人狩りは 復
讐法 /Lextalionis とも呼ばれ、ヴィクトリア時代にお
いては公子だけが召集できる。この権利を長老が持て
るようになるのはもっと後の時代である――若輩につい
ては言うまでもあるまい。
公子が咎人狩りを発令すると、その街の血族は、市
内全域に包囲網を展開しつつ獲物を追い詰める。ヴィ
クトリア時代の通信や移動の速度など知れているから、
狩人たちは迅速に行動しなくてはならない。ほんの少
しでも遅れをとれば、標的に逃走の機会を与えるかも
CHAPTER ONE
コントラストの強さはゴシック・ヴィクトリア朝時
代の特色だ。帝国が統べる 文明地 の外では、カイン
の剣がカマリリャの心臓めがけて振り下ろされようと
している。ヴィクトリア時代のサバトは「なぜ人間に
正体を隠さねばならないのか、人間など征服してしま
えばよい」と考えている。カイン人は人間のふりなど
しない。怪物としての本能のままにふるまう。カマリ
リャの言うことを信じるなら、罪なき者を苦しめるの
も、無垢なるものを汚すのも、聖なるものを冒涜する
のもみな、サバトでは厳粛な儀式になるのだ。
いつもながらの傲慢さで、ヴィクトリア時代のカマ
リリャは、その影響力が届かない領域のことを、ごく
大雑把にしかとらえていない。理解できないものは悪
魔扱いである。しかし、長老たちは断片的ながら真実
を見抜いている。サバトの敵は文明そのものなのだ。硬
直したカマリリャ社会には許容も理解もできない自由
を味わったサバトのヴァンパイアは、カマリリャの非
難をよそに放埒にふける。
サバトの中でもごく慎重派の長老は自重を呼びかけて
いるが(とりわけサバトが方針転換する――少なくとも
転換を呼びかける――きっかけとなった購入協定の後
は)、この派閥には現在、反キリスト的なものなら何で
も崇拝する、新世代とでもいうべき反社会的ヴァンパイ
アがあふれかえっている。凡俗を拒む耽美主義者のよう
に、彼らはあえて炎をもてあそぶ。残酷な儀式、阿片や
アブサン、ボードレール風の涜神や戯画化した性倒錯を
喜ぶ。東方に旅した者たちからは、巧緻な刺青から奇怪
で独創的な拷問まで様々な退廃的趣味がもたらされた。
だが、初めは社会への衝動的反逆に過ぎなかったのが、
坂道を転げ落ちるようにあらゆる人間性の放棄に至ると
いう例はあまりにも多い。究極の狂気と究極の自由はわ
かちがたく絡み合っているのだ。
カイン人の子は抱擁のあと父の庇護下で育つわけで
はない――少なくとも、血族のように行儀見習いとして
何年も堪え忍ばねばならないということはない。カイ
ン人の子が待ち望むのは、公子の謁見ではなく 創成
の儀式/Creation Rite である。この儀式で試練を受け、
快楽と苦痛を乗り越えて初めて、一人前のカイン人と
しての闇の生が始まるのだ。人間が血を吸い尽くされ
てヴァンパイアの血を啜った後、生者の世界と訣別し
怪物として闇の生を歩み始める第一歩が創成の儀式と
いえよう。
この野蛮な時代には、一般的な創成の儀式は、まず
子を生き埋めにし、闇の生を勝ちとるには自力で地表
に這い出さねばならないようにすることから始まる。
衰弱し疲労した子らが暴行され服従を誓わされたとこ
ろで、儀式の次の段階に移る。この方式はサバトへの
忠誠を叩き込むために広く使われているが――とりわ
け、カマリリャとの 聖戦 が激化し、ますます多くの
突撃兵が必要とされている現在では――決してこれが唯
一というわけではない。創成の儀式は、それを受ける
子に合わせて高度に特化された形式をとることも多い。
例えば、ヴィクトリア時代の淑女なら間違っても口に
しないような知識を披露して、恋人に服従と支配の新
しい意味を教える反トレアドールもいるだろう。洞察
力と拷問によって子の精神に潜むもろい狂気を剥き出
しにし、徐々に残忍な狂気の怪物を創りあげていく反
マルカヴィアンもいるだろう。反トレメールは悪魔崇
拝の儀式に身を捧げ、反ブルハーは子にかつて守るべ
きものだった農民たちをあえて襲わせることによって
強さの新しい意味を教える。こうした忌まわしい儀式
によって、子はこれまで培ってきた人格を破壊され、人
間という殻から解き放たれるのだ。
子がいくらかでも理性を取り戻せば、同じように試
練をくぐり抜けてきた者たちと同盟しようとするだろ
う。そこで受けるのが ヴォウルデリ /Vaulderie 、カ
イン人たちが各自の血をひとつの聖餐杯に混ぜて回し
飲む儀式である。互いの血を啜ることによって一味を
結成し、人類に対する聖戦に身を捧げるのだ。カイン
人は人間に正体を隠さねばならない現状にうんざりし
ている。公然とヴァンパイアとしてふるまわないのは、
ひとえに劣等人種(カマリリャの血族も含む)のほう
が圧倒的に数が多いからだ。ヴォウルデリは、カイン
人が何よりもまず同志に忠実であることを確認する儀
式である。
血族は、ヴォウルデリを受けるなどとんでもないこ
とだ、と猛然と非難するだろう――血の契りによって父
に忠誠を誓わされている幼童がカマリリャに溢れてい
ることを思えば、これはいかにも皮肉である。上にへ
つらい、アンテデルヴィアンの捨て駒にされ、長老の
圧制に甘んじる、カマリリャの屈辱的な血の契りを思
えば、サバトのカイン人にとってヴォウルデリはよほ
ど心安らぐものだ。血族における血の契りは、歳経た
ヴァンパイアが歳若いヴァンパイアに強制して個人的
に結ばせるのだが、ヴォウルデリはそれに劣らぬ忠誠
の契りを、一味として行動を共にする仲間全員に、自
発的に結ぶ儀式だからだ。ヴォウルデリは強烈な解放
感をもたらすため、儀式の前にたまたまわだかまりを
抱いていたとしても、きれいさっぱり忘れてしまう
――これはまったく異なる(霊的といってもよい)形の
再誕 なのだ。
カマリリャの結成が提案された当初、後にサバトと
なるヴァンパイアたちは猛反発した。どう見ても、そ
れはアンテデルヴィアンが子孫を隷属させつづけるた
めの道具だった。提唱者たちは黒幕が操る傀儡にすぎ
ない。実際、できあがった結社は、不老不死の僭主らが
より若いヴァンパイアたちに圧政をしく、硬直し抑圧
された社会となったのだった。伝説によれば、いつの
夜かアンテディルヴィアンたちが覚醒し、自ら創り出
した子孫たちを喰らい尽くすという。そのとき手こず
らないですむよう、若いヴァンパイアを従順に飼い慣
らしておくためにカマリリャは創られたのだ、とカイ
ン人は主張する。
サバトはそうした体制をうち砕くカインの剣となろ
うとしている。複数の一味が 十字軍 を組んでカマリ
リャの版図に攻め入っては、血族の長老を捕らえ、同
族喰らいでその血の力を奪い取る。犠牲者から血を吸
い尽くすと同時に、魂をも盗み取るのだ。自分より世
代の古いヴァンパイアを喰らえば、より古い世代の
ヴァンパイアになれる。カイン人はそうして少しでも
カインに近い存在になることによって、いつかアンテ
デルヴィアンたちを倒す夜に備えて力を蓄えようとし
THE EMPIRE AFTER NIGHTFALL
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ている。アンテデルヴィアン打倒のためなら、同族喰
らいのような非道にも喜んで手を染めようというのだ。
もちろん、向こうの裏をかいて動くことを覚えないと、
あからさまな脅威として集中攻撃されてしまうだろう。
即戦力にならない者は死ぬだけだ。
/Vaulderie
カマリリャのヴァンパイアが魂を 獣 から守る必要
性を説く一方で、サバトの司祭はカイン人同士が魂を結
びつける儀式を伝える。カイン人は創られた後、一味を
組み、しばしば放埒な怪物の群となって徘徊する。一味
の者が互いに団結を誓うために行われる儀式がヴォウル
デリである。一味の司祭が用意した杯に、各員が自分の
血を少しずつ捧げる。その盃を全員が回し飲みする。効
果はカマリリャにおける血の契りと似ているが、ヴォウ
ルデリの場合は、ひとりに対して服従を強制するのでは
なく、一味全員がお互いに連帯感を抱くようになる。こ
うした血杯を何度もとりかわしていると、徐々にヴァン
パイアの自我は――ひいては魂までも――一味の集団意
識に置き換わってしまうといわれる。
/Bishops and Archbishops
カマリリャの都市における公子の役割は、サバトの
都市では大司教が務める。旧大陸では、大司教が中世
さながらに広大な未開地を版図として治めている地方
がほとんどだ。サバトの支配がそれほど安定していな
い地域では、ひとりの有力な大司教の代わりに、複数
(街の規模によって2〜5人)の司教から成る司教会が
街を治めている。きわめて政情不安定な地域では古老
の評議会が助言を行うが、派閥内での政治的発言力を
盾に実権を握ろうとすることもしばしばだ。司教(大
司教)が実権を握っているとすれば、それは競争相手
をことごとく決闘でうち負かしたからである。
旧大陸は明確な政治的リーダーシップを欠くために、
ゆっくりとカマリリャの野望に屈しつつある。ヨー
ロッパの都市のうちサバトの十字軍で陥落したのは数
えるほどにすぎないが、高位のカイン人の一部がそう
した都市すべてににらみをきかせて、カマリリャの秩
序ある帝国のまがいものを築き上げている。
新大陸、ことにアメリカ合衆国では、サバトの一味
が辺鄙な田舎町を乗っ取っているという報告がいくつ
もカマリリャの幼童から寄せられている。北米のカイ
ン人は土着信仰をとりいれ、先住民の風習をまねるよ
うになっている。サバトが派閥として今後生き残れる
かどうかは、こうした順応力にかかっているのかもし
れない。
現在サバトの占領下にある大都市では、サバトは一
種の教会組織の様相を帯びはじめている。スカンジナ
ヴィアやスペインの片田舎からトランシルヴァニアの
ティルサやクネザートといった、方々の教会堂を蹂躙
CHAPTER ONE
し冒涜しては、そこを自分たちの教会堂として残虐な
儀式を行う。サバトでは、ひとりの大司教(または司教
会)の下に複数の司祭(priest)がいて、司祭はそれぞ
れ血気盛んなカイン人の一味の精神的指導者となって
忠誠、勤勉、服従のなんたるかを教え込む。人に指図さ
れるなど我慢できないというカイン人は辺境の未開地
に戻り、サバトは辺境の未開地においてこそ実力を発
揮するという好例となっている。
ツィミーシィ /Tzimisce は東欧を支配する奇怪な氏
族で、領民を搾取するヴァンパイア領主たちだ。夜に
その魔力をふるって残忍な所業をはたらき、昔ながら
のティルサとクネザートを震えあがらせて、先祖伝来
の領土をがっちりと掌握し、近代化の光明をよせつけ
ずにいる。時の流れはツィミーシィに少しも変化を及
ぼしていない。氏族の版図ではいまなお暗黒時代の古
い伝統が栄え、それに異を唱える者はみな容赦なく処
刑されてしまう。古城の石塔に棲む血に飢えた怪物、
ツィミーシィ氏族の支配は実に徹底しており、その噂
は都会にも届いているほどだ。ヴィクトリア時代に都
会人の間で信じられていた、ヴァンパイアの性質にま
つわる迷信の多くは、 悪鬼 /fiend と恐れられるこの
氏族がもとになっている。
ツィミーシィの中でも狂信的な者は、サバトの思想
に独自の異端的解釈を付け加えてきた。彼らは古代か
ら伝わる儀式によって、自分の肉体を粘土のようにこ
ねまわし、自然界にありえざるおぞましい異形、造化
の神を嘲笑うような怪物に造り変えている。ダーウィ
ンの進化論まがいの説を唱える彼らは、そうやって「ど
んなにおぞましい進化をたどろうと繁栄する種は繁栄
する」という実例を示しているのだ。同じ目的で、カマ
リリャの庇護が届かない土地に棲みつき、氏族に伝わ
る伝説的な妖術を用いて、その土地を思い通りに造り
変えたり土壌を毒したりもする。
荒々しいツィミーシィとはまったく対照的に、ラソ
ンブラ /Lasombra は陰で計略を巡らす達人で、もちろ
んサバト内での政治的駆け引きも得意とする。氏族の
思想的指導者たちは、まだ息をしていた頃には、宮廷
人や聖職者であった――その後、権力と悪の誘惑に負け
て現在に至るのだが。ラソンブラの長老は、スペイン
とイタリアにいる継嗣たちをまとめあげ、若者離れの
進む両国を立て直そうと懸命だ。氏族のある長老が徒
党を率いて族父ラソンブラを屠り喰らい、自分より世
代の古いヴァンパイアを同族喰らいして以来、この氏
族は悪に染まってしまった。血の魔力で周囲の影を操
る 番人 /keeper ことラソンブラ氏族は、同じ背徳を
さらに歳経た長老にも仕掛けようと画策している。
反氏族 /antitribu はカマリリャの理想の歪んだ鏡像
だ。反ギャンレルはヴィクトリア朝人を震えあがらせ
る獰猛な連中で、人というより獣に近く、動物的衝動
に身をまかせてきた結果、容貌まで獣じみていること
もしばしばだ。反マルカヴィアンは精神を狂わせる力
を持ち、人間にもヴァンパイアにも狂気を疫病のよう
に撒き散らす。反トレアドールは美しさと残酷さを等
しく兼ね備え、人間を愛しもするが同じぐらい冷酷残
忍にもなれる。反ノスフェラトゥは反トレアドールの
ような色恋沙汰には無縁なのが普通だ。貧民を食いも
のにしたり世間の醜悪な面を観賞したりするほうが
ずっと楽しいからである。
度重なる改革の波に洗われる前、サバトはまさに中
世さながら、時代錯誤の巣窟だった。ヴィクトリア時
代になってから、反ヴェントルーはすっかり権威を失
墜し、反ブルハーの戦士たちを派閥上層部に受け入れ
――自氏族の汚名をすすごうと長年務めている。反トレ
メールもすでに過去の遺物で、魔法を取り引き材料に
して、いまだにヴァンパイアが持てるかぎりの力を我
がものにしようとしている。しかしサバトそのものは
時代の変化にしっかり耐え抜き、多くの氏族をひとつ
にまとめあげて自由を守るために戦っている――犠牲を
いとわず。
/The Independents
カマリリャにつこうが、サバトにつこうが、結局は
血の魔力に縛られ謀略に巻きこまれるわけだ。それな
らいっそどちらの派閥にも入らず局外中立を保とう、
という者が出てくるのは当然のなりゆきだろう。ヴィ
クトリア時代にはすでに、政治的に中立の態度をとる
独立氏族がいくつか現れている。
アサマイト /Assamite はカマリリャにとって謎に包
まれた氏族である。めったに姿を見せず、現れるとす
れば伝説の中か……あるいは悪夢の中ぐらいだからだ。
中東のヴァンパイアの氏族であるアサマイトは、カマ
リリャやサバトよりはるかに古い文化を受け継いでい
る。血族の中には、この 浅黒い暗殺者 たちのすべて
を知っていると思い込んで、民族差別的な陰口を叩く
者もいる。だが、そんなことが言えるのは、この氏族の
真相を知らないからだ――彼らがアラビア流の血の魔術
を何百年も研究し、音もなく忍び歩く訓えを身につけ、
血族社会と驚くほど似通った結社を擁するアラブの
ヴァンパイア社会を支配していることを。 サラセン
人 /Saracen ことアサマイト氏族は、ティルス条約
(Treaty of Tyre)の一環として呪いをかけられている。
トレメールの妖術使いたちの儀式魔術によって、同族
喰らいをする能力を奪われてしまったのだ。無知な血
族が夢にも思わないことだが、ヴェントルーの長老の
一部は、同条約の一環としてアサマイトの上層部と極
秘の盟約を結び、アサマイトの暗殺者の凶刃が共通の
敵の喉元を狙うように計らっている。
ジョヴァンニ /Giovanni 氏族を結束させたのは、ひ
とつの裏切り行為だった。ルネッサンス時代のイタリ
アで、後にジョヴァンニの始祖となる人間たちは降霊
術を発達させた。この不遜な発明に、ある氏族の始祖
だったアンテデルヴィアンが目をつけた。この氏族は
今は滅びてしまったが、死を崇拝する教団で、死に秘
められた謎を熱心に研究していたのだった。ジョヴァ
ンニ一族は結託して氏族の主だった者を同族喰らいし、
破廉恥にも不死者の間に席を占めたのである。後に、こ
の 死霊使い /Necromancer たちは一族の血をひく子
孫を抱擁して、いくつかの家族を不滅の陰謀に引き入
れた。かくしてジョヴァンニ一門は、持ち前の野心で、
カマリリャの監視が緩んだところならどこにでも影響
力を広げてきた。ジョヴァンニ氏族は降霊術を自在に
操り、死者の亡霊を呼び出して敵にけしかける。この
時代、人々の間に心霊主義が大流行したために、死霊
や亡者にとって、生者と死者の世界を隔てる障壁が
年々乗り越えやすくなっている――そしてジョヴァンニ
も年々力を増しているというわけだ。
セトの信徒/Followers of Setはさながら毒蛇の群のよ
うに世界中いたるところへ潜りこむ。文明地でセトの信
徒が目をつけはじめたのは、最近生まれた新しい考古学
――エジプト学である。ヴィクトリア時代のオカルト研
究者の学説には、エジプトの神話伝説を大きくとりあげ
たものが多い。1880年代にピートリー卿が考古学遠征を
繰り返しイクナートン(現テル=エル=アマルナ)を発
掘して以来、エジプト学への関心が高まっている。エジ
プトの神々の名は教養人の常識になりつつある。もっと
も、それとともにエジプトはイギリスとフランスの覇権
争いの舞台となってしまった。ふたつの帝国はこの謎め
いた国の宗主権を巡って争っている。この時代、エジプ
ト神話を研究するうちに魔術やオカルトに目覚めた学者
も少なくないが、しばしば 蛇 /Serpent とも呼ばれる
セトの信徒は、自分たちのオカルト知識はカマリリャよ
りも、第一の都(First City)よりも、カインにかけられ
た呪詛よりも古く由緒正しいものだと自負している。彼
らの異端的教義によれば、セト(Set)を始祖とする自分
たちこそ最も古く原型に近い氏族だというのだ。セトの
信徒は、いつか 帝国 がセトの理想どおりに造り変え
られるときを夢見て、世界中でその準備を進めている。
この氏族に利用された人間は、ヴィクトリア朝流の慎み
深さもどこへやら、すっかり自堕落になってしまう。知
らず知らずのうちにセトの信徒が提供する物やサービス
や背徳の快楽なしではいられなくなるのだ。セトの信徒
の寺院は闇の中に隠れており、そこでは古き名が囁かれ
真の道が伝えられる。こうした寺院を増やしながら、セ
トの信徒は盗まれた聖遺物を取り戻し、自分たちの神を
否定した宗教を陥れ、
イギリスからエジプトを取り返し、
世界を再びセトの支配下に置こうとしている。
ラヴノス /Ravnos はヴァンパイアになっても放浪生
THE EMPIRE AFTER NIGHTFALL
40
41
活をやめることなく、放浪民の人間たちを見守りなが
らヨーロッパ中をさすらっている。気が向けば都市に
も山野にも流れてゆき、決して同じ土地に長くとどま
らず、公子の蔑みや、サバトの陰謀や、自分がしでかし
た行為のとばっちりを受ける前にさっさと出ていって
しまう。別名 ペテン師 /Deceiver と呼ばれるのは、
自分たちに安住の地がないことに不満を抱いていて、
公子だろうが大司教だろうがとにかく権力者に鬱憤晴
らしをしたがるからだ。つまり、後に災厄と頭痛の種
を撒き散らすような 仕掛け を残していくのである。
/Coteries and Conspiracies
驚くべきことでもないが、非常に歳経たヴァンパイ
アの中には、まだカマリリャやサバトのような派閥が
なかった時代を覚えている者もいる。 長夜 あるいは
公子戦争 と呼ばれる時代、ローマ滅亡からルネッサ
ンスまでの時代である。かつて長老たちが現代のよう
な派閥や党派の壁にわずらわされず陰謀を巡らせた時
代があったのではないか、と一部の若いヴァンパイア
は言う。まさにその通りなのだ。今でも長老の中には、
世代の特権にものをいわせて、敵派閥の工作員と連絡
をとるばかりか、取り引きまでする者がいる。こうし
た同盟はだんだん社会に認められなくなってきたが、
時代を超えて秘密裏に維持されている。ここまで変容
してしまった関係はもはや同胞とはいえず、秘かに 陰
謀団 /conspiracy と呼ばれる。
陰謀団は時代に合わせて偽装する。その活動にはど
うしても大きなリスクが伴うし、一歩間違えれば社会
から排除されかねないため、ヴィクトリア時代には当
時流行した秘密結社のひとつを装って活動するところ
が多かった。裏切りは破滅につながるので、結束を固
めるために血なまぐさい儀式を執り行うことも珍しく
なかった。フリーメイソンが見たらさぞかしうらやま
しがっただろう――もっとも、うらやましがるのはむし
ろヘルファイア・クラブのほうかもしれないが。構成
員が分散しているときは、陰謀団の活動は、訓えで支
配された使者、符丁を使い暗号化した手紙、あるいは
テレパシーでのやりとりを介して行われる。構成員が
集まったときは、結束を固めるための儀式を行う。こ
うした儀式の司祭には、トレメール(とセトの信徒)が
適任者として選ばれることが多い。儀式では、例えば、
選ばれた生贄の人間から全員で血を吸ったり、聖別し
た杯で動物の血を回し飲みしたり、もう存在さえ忘れ
られてしまったような神への祈祷を唱えたり――あるい
は全員がひとりの指導者の前にひざまずいたりする。
CHAPTER ONE
ヴィクトリア朝のヴァンパイア・ハンターは時代の
ヒーローだ。シャーロック・ホームズの洞察、ミナ・マ
リーの勇気、ヴァン・ヘルシングの不屈をもって、街を
人間の手に取り戻そうと立ち上がる。武器はショット
ガンだったり、仕込み杖だったり、あるいは棍棒だっ
たり様々だし、服装も鳥打ち帽からインバネス・ケー
プまで色々だが、皆まれにみる強固な意志力の持ち主
であるのは同じだ。ハンターの多くはヴァンパイアに
愛する者を餌食にされ、復讐のために剣や銃をとる。そ
うしてヴァンパイアを次々と血祭りにあげ、情け容赦
ない狩人という定評を築くのである。しかし、ハンター
はそうならざるをえないのだ――ヴァンパイアへの復讐
に生きるなら、己の名誉、財産、そして地位をもなげう
つ覚悟が必要だ。
ハンターの中でいちばん厄介なのは、恐るべき吸血
鬼どもの正体を突き止めようとして熱心なオカルト研
究家になってしまうような類だ。中には降霊術師や超
能力者やエクソシストとして、自ら超常能力を操る者
さえいる(そうした力はときに真力 /Numina と呼ばれ
る)。特に敬虔なハンターは、ヴァンパイアを邪悪の権
化、魔王サタンの手先と見なしている。被害者の命だ
けでなく魂を救うためにもヴァンパイアは滅ぼさねば
ならないのだ。
科学が進歩し、数々の発明が生まれたおかげで、ハン
ターがヴァンパイアを追い詰める方法も様変わりした。
いかにもこの時代らしい方法をひとつ挙げるとすれば、
それは探偵だろう。シャーロック・ホームズや幽霊狩人
カーナッキのような小説ばりの活躍をする探偵こそめっ
たにいないが、街に小説ばりの怪奇事件が氾濫している
のがゴシック・ヴィクトリア朝時代だ。探偵は地元の警
察隊と協力して働くこともあれば、個人の依頼で働くこ
ともある――場合によっては政府機関に手を貸すことも
あるだろう。そういう者たちが 狩猟クラブ ならぬハ
ンターの秘密結社を作っているという途方もない噂があ
る。たしかに降霊術師にしろ探偵にしろ、ハンターたち
はどのようにしてか情報交換を行っているようだが、ハ
ンターの秘密結社がいくつあるのか、実際の規模がどれ
ぐらいなのかはわかっていない。
反対にハンター側は、ヴァンパイアが方々に潜んでい
て独自の社会を築いていることなど想像だにしていない
ようだ。それどころか、ヴァンパイアの性質について根
も葉もない迷信を信じこんでいることも多い。ハンター
はしばしば、杭が抜ければ再び活動を始めるとも知ら
ず、ヴァンパイアの心臓に杭を打って滅ぼしたつもりに
なっている。おそらくこれがもとで、ヴァンパイアは滅
ぼされても暗黒の魔力で復活するという迷信が生まれた
のだろう――しつこいハンターの追跡をふりきろうとす
るヴァンパイアにとっては好都合だが。
交通や通信の分野で次々と画期的な発明がなされる
につれて、ハンターは年々手強くなってゆく。ヴィク
トリア時代の科学技術は着々と進歩しているが、それ
でも限界はある。例えば、誰かが仮面舞踏会の掟を破っ
たとしても、そのニュースが広まるには時間がかかる。
電報で伝えられる情報量には限りがある。新聞記者が
どんなに急いでスクープ記事を書いても、それが載る
のは次の号だ(そもそも新聞というものがない地方
だってある)。電話をひけるのはよほど裕福な家だけだ
し、そういう家にとってはヴァンパイア退治なんてば
かげたものに血道をあげるということ自体がスキャン
ダルになる。このことが、軽率にも仮面舞踏会を破っ
たヴァンパイアにいくらかの猶予を与えてくれる。公
子はその猶予を賢明に使うよう命じるだろう。
たとえハンターが憎きヴァンパイアを滅ぼしに駆け
つけようとしても、馬や馬車や列車の速度には限りが
ある。これは狩られる方の足かせにもなる。犯罪現場
から逃走するのは動き出した列車から飛び降りるほど
簡単にはいかないのだ。ヴァンパイア・ハンターは、ひ
とたび獲物を見つけると容赦なく執拗に追いかける。
怪物を追いかけて奥地を渡るのはときに大変な冒険行
になる。かのドラキュラ伯でさえ、海を渡ってロンド
ンからヴァルナに逃走する途中で、ついに追っ手を振
り切れなかったのだ。
キリスト教と科学が 帝国 に幅をきかせる今も、魔
法は秘密結社の陰で生きのびている。とはいえ、いま
だ闇に生きねばならない人外の種族にとって、ガス灯
に照らされた昨今の街には潜りこめる余地がなくなっ
てきたのは事実だ。ヴィクトリア時代には、魔狩人の
数が、異端審問時代――教会が魔女狩りを口実に夜の住
人たちへ戦いを挑んだあの時代以来、最大に達した。だ
が、それでも手に負えるとは思えないほど、怪物たち
の数もおびただしかったのである……
/Werewolves
荒涼とした山野をさすらう人々は、人狼――ワーウル
フが実在することを知っている。ヴァンパイアが二、三
十人いるような都市にはきまってワーウルフの群れも
巣を構えている。ワーウルフがいったいどのような社
会を築いているのか、詳細は謎に包まれている。とい
うのも、ワーウルフはなわばりに踏み込んだヴァンパ
イアに容赦なく襲いかかってくるのが普通だからだ。
ヴァンパイアがワーウルフを相手にしなければならな
い事態は珍しいが、結果は決まって流血沙汰である。
ワーウルフに理詰めの説得は通用しないし、命乞いや
謝罪も無駄だ。ギャンレルでさえワーウルフの足跡を
THE EMPIRE AFTER NIGHTFALL
42
43
見つけたら道を変える。満月の夜にもなれば、ワーウ
ルフはヴァンパイアと見れば氏族や派閥などおかまい
なしに襲ってくるからだ。それどころか、どんな種族
であれ、彼らの狭まりつつあるなわばりに踏みこんだ
者を生かしてはおかない。
だが、都会のただ中にごくひっそりと住んでいる
ワーウルフもいる。ワーウルフは半ば怪物だが、半ば
人間でもあるのだ。人間に混じって暮らすことで、こ
うした 人狼紳士 たちは人間らしさを失うまいとし
ている。狼らしさを重んじる同族からは快く思われな
いとしても、人類を見守ることが自分たちの使命と信
じているからだ。もちろん、それで殺戮への衝動が消
えてしまうわけではない。心の奥底ではやはり本能の
おもむくままに自然を駆け回って狩りをしたくてたま
らないのである。少なくとも月に一度は狼に変身して
おかないと、そのうち発狂してしまうだろう。それは
困難で苦痛に満ちた生き方である――あたかもグラスの
破片の上を歩くような。
/Sorcerers
動する科学者たちである。数百年かけて育てあげてき
たいくつかの秘密結社を利用して、彼らはヴィクトリ
ア朝社会の上層部に浸透した。彼らがフリーメイソン
の会員を務め、薔薇十字団員として活動し、イルミナ
ティまがいに暗躍し、ヴィクトリア女王の相談役まで
務めていようとは、ほとんどの者は考えもしない。彼
らの魔法はごく微妙なところではたらくので、誰もそ
れが魔法だと気づかない。彼らの目標は、科学魔法の
使い手、科学技術結社(Technocracy)による世界征服
だ。彼らは人々を洗脳し、世の中にほんとうは魔法な
どないのだと思いこませようとしている。いまのとこ
ろ、ヴァンパイアもこのポスト工業化時代の魔術師た
ちも、相手の陰謀がどれほど大規模なものか知らない。
しかし、科学技術結社の野望を嗅ぎつけた他のメイジ
たちは、すでに彼らを 悪の組織 と見なしはじめてい
る。なんといっても、世界のすべてが科学で説明でき
るようになってしまえば、世界は彼らのものも同然だ
からだ。
/Ghosts
ゴシック・ヴィクトリア朝時代には数えきれないほど
降霊会や心霊主義は、怖いもの見たさの人々を惹き
の秘密結社が存在する。中には力や地位や血を求める血
つけ、死者の霊を呼び寄せている。19 世紀末に心霊主
族の道具になってしまった結社もある。しかし、その陰
義の大流行が始まって以来、人々が死後の世界の実在
にひっそりと、ヴァンパイアの魔手を寄せつけない魔術
を信じる気持ちが強まって、幽霊があの世からこの世
師――メイジたちの結社も存在する。メイジにはいくつ
に渡ってきやすくなっているのだ。幽霊はこの世に強
かの流派があり、それぞれ独特のやり方で魔法を使う。 い未練をもっていて、生者との関わりを失いたくない
ヴィクトリア時代において、魔法は一見それとわからな
ばかりに、自分が死んだことをを拒んでいる。血族に
いよう微妙なところではたらかせるものだ。その使い手
しろカイン人にしろ、人間社会の影に溶け込もうとす
も、見かけだけでは魔術師とわからない。ホワイト、リ
ればするほど、レイス(wraith)、シェイド、スペクター
ガルディー、ガードナーなどが研究した伝統的魔術と異 (spectre)といった冥界(Underworld)の住人と遭遇
なり、メイジが行使する真の魔法は意志の力で可能性の
する可能性が高くなる。冥界は生者の世界を反映する
限界を打ち破るものである。その力はなかなかのもの
からだ。ジョヴァンニの死霊使いは幽霊を使役する術
で、メイジの主だった団体のほとんどは、ヴァンパイア
を学ぶ。マルカヴィアンは他人には見えない幽霊の姿
たちの秘密結社に存在さえ気づかせないでいる。トレ
に怯えるかもしれない。トレアドールは幽霊に同情を
メールの誰かが魔術結社を悪用しようとして、互角の実
禁じえないだろう。人間社会の裏に潜むヴァンパイア
力をもったメイジに妨害されることもしばしばだ。
の諸集団の影にはさらに死者の国々があって、幽霊の
20世紀の夜明けが近づくにつれ、科学の可能性を追求
派閥から奇妙な教団まで様々な集団が蠢いている。死
する想像力豊かな人間たちの一部は、科学で魔法と同じ
者たちが繰り広げるドラマは、ヴァンパイアの間でも
効果を生みだせることに気づいた。メアリー・シェリー
めったに見られないような壮大なものだ。幽霊にはい
が『フランケンシュタイン』を発表して以来、マッド・ くつかの力があって、危機に迫られるとこの世に姿を
サイエンティストはゴシック小説の典型的な登場人物に
現すことがある。ときには、その危機の原因を作った
なったが、件の 科学魔術師 たちは、彼女が思い描い
ヴァンパイアの前に現れるかもしれない……
た恐怖を現実化したのだった――鐘や魔道書や蝋燭の代
/Faeries
わりに、電気や化学、物理学を用いて。秘密の実験室で
孤独に研究するか、探検家団体に加わって未踏の地を探
妖精といえばいかにも気楽そうで、ヴァンパイアが抱
索するかという違いはあっても、彼らはみな、目に見え
く苦悩とは無縁に見える。だが実はもっと重大な問題を
ないが普遍的な影響をこの時代に与えている。さなが
抱えているのだ。ヴィクトリア時代には、信仰こそまだ
ら、光の媒体と考えられていたエーテルのように。
まだ根強いものの、魔法は滅びつつある。噂では、ほと
だが、科学魔術師たちの間にはある陰謀集団が存在
んどの妖精は何世紀も前にこの世界を逃げ出し、アルカ
する。狂的理論ではなく徹底した合理性に基づいて活
ディア(Arcadia)、アヴァロン(Avalon)、ティル=ナ=
CHAPTER ONE
ノーグ(Tir-na-Nog)といった伝説の地を探しにいって
しまったという。昨今、そういう場所は地上ではまずあ
りえなくなってしまったからだ。わずかに地上に残った
妖精たちは、過ぎ去りし時代の霊地、かつて魔法が美や
夢に劣らず豊かにあふれていた土地に身を寄せている。
よほど懸命に探さなければ、この 善き人々 を見つけ
ることはできない。そして万一めぐりあえたとしても、
ヴァンパイアがその体験で狂気に追いやられることは珍
しくない。
/Astral
強力なヴァンパイアはたいてい、この世の向こう側
の諸領域に出入りする秘術を心得ているものだ。そう
した諸領域のうち最も有名なのがアストラル界(Astral
Plane)である。その存在は大昔から知られていたが、
意外にも、 アストラル界 という呼称を考案したのは
人間の隠秘学者たちだった。神智学者や 黄金の夜明
け 団員によれば、高次の意識に目覚めてアストラル
界に 昇天 し人間以上の存在になった人間がごくわ
ずかながらいるという。なんとも荒唐無稽な話に聞こ
えるが、ある種の【訓え /Discipline】を修得したヴァ
ンパイアの中には、アストラル界を移動中に未知の存
在に遭遇した者がいる――ヴァンパイアよりも強大な何
かに。
血族にしろカイン人にしろ、ヴァンパイアがヴィク
トリア朝の文化を話題にするとき引き合いに出される
のは、やはり英国の出来事が多い。ロンドンはいわば
ヴィクトリア帝国の王冠の宝石だ。他の先進都市はみ
なロンドンを基準に語られる――少なくともヴァンパイ
アの間では。もちろん、ロンドンは汚濁に満ちた危険
な場所でもあり、ここでヴァンパイアが生き抜くため
には、メトセラの公子ミトラスの陰謀、彼の家令ヴァ
レリウスの圧政、ヴァレリウスの子にして裏切り者レ
ディ・アン(Lady Anne)の暴虐に耐え抜くだけの才覚
が必要だ。およそ立身出世をめざす血族ならいずれは
ロンドンに出なければならないのだが、遅かれ早かれ、
そこに渦巻く悪辣な陰謀と押しつけられる無理難題か
ら逃げ出さねばならないときが来る。
そのときになれば、無数の他の都市が、名誉挽回の
ための逃亡先として、あたかも血潮豊かなオアシスの
ように見えてくることだろう。どこへ行っても、その
地方を代表する都市がいくつか存在するものだ。これ
から、そうした様々な都市を解説しつつ、カマリリャ
帝国が支配する各地の特色を見比べていくとしよう。
ヴァンパイア社会の両極端な例を見ることで、ゴシッ
ク・ヴィクトリア朝時代がいかに不公平なものであっ
たかわかるだろう。
THE EMPIRE AFTER NIGHTFALL
44
45
に率いられているが、この街はまたジョヴァンニ氏族
の主だった有力者の住処でもある。噂によると、齢を
重ね堕落した死霊使いたちは、呼吸のわずらわしさか
ら解放されたのをいいことに、暗い水の底、水没した
家屋に寝所を構えているという。見えざる力を後ろ盾
に、ジョヴァンニ氏族の支持者たちは、街の 公子 と
やらの言うことなど完全に無視している。また、この
版図は地元の人間たちに頻繁に蔓延する疫病に悩まさ
れている。そのため、わずかな地元のノスフェラトゥ
だけは権力争いの渦中に巻きこまれずにすんでいる。
ロンドンはカマリリャの版図すべての標準だ。ミト
ラスというメトセラの公子は、非常に長期にわたって
在位したため、その間に家令(seneschal)の権威は絶
対のものという認識が根づいただけでなく、後にいた
るところで公子の先例として持ち出されることになっ
た。不幸にもミトラスは 1880 年に失踪し、公子は空位
となった。家令(seneschal)が後釜を狙ったが、家令
の子レディ・アンが父を裏切って現ロンドン公子に
なった。主だった長老の多くはこれを簒奪行為と考え
ている。そのため、レディ・アンは容赦なく権威を行使
して体面を守る一方で、自分を失墜させようとする多
アメリカ合衆国は、かつて崇高な理想の砦だったが、
くの陰謀に市外からの訪問者が巻きこまれないように
そんな純真さも失われて久しい。十数年前、アメリカ
はからわねばならない。それと同様にカマリリャ中の 「市民」戦争――いわゆる南北戦争で、何十万人ものア
公子たちは公然と無慈悲に権力を振るっている。だが
メリカ人兵士の命が奪われた。合衆国南部は北部の富
ヴィクトリア時代も終わりに近づくにつれて、彼らの
裕層に都合良い形で再建された。東海岸中に汚職がは
権威は弱まっていくことになる。
びこっており――政界ともなればなおひどい。今は ボ
パリは、カマリリャ創設以来トレアドールの長老たち
ス ツイードとタマニー・ホールの時代、政治的影響力
の聖域である。この由緒ある版図の住人となる名誉は、 がバーゲン価格で売買される時代である。
(訳註:汚職
トレアドールたちの熾烈な争いの的だ。パリは何世紀も
政治家ツイードは、タマニー・ホールという民主党組
前からフランシス・ヴィヨン(Francouis Villon)の版図
織を率い、慈善事業で市民の心をつかみつつ、賄賂・不
で、今ではあえて彼の地位を脅かそうとする者もほとん
正選挙などを駆使してニューヨークの政治を牛耳った)
どいない。パリ上流階級の血族はずっと安泰だったとは
もちろん、その政治的影響力の大半がヴァンパイアの
いえ、パリ市そのものは幾度か災難に見舞われた。普仏
手に握られるとしても、それはそれでいいわけだ。
戦争の苦しみはまだ人々の記憶に新しい。プロシアの攻
ニューヨークは東海岸で最も繁栄している都市とい
撃で街が受けた損害はたいしたこともなかったのだが、 うだけでなく、世界有数の先進都市でもある。また全
パリ・コミューンの蜂起の際には大火によって市中心部
米最大の人口をかかえる都市でもあるので、人間を餌
の大半が壊滅してしまった。街を守って命を落とした兵
にする者たちも群がってくる。ゆえに、この街は世界
士の数は二万人以上にのぼった。再建作業は、政治面で
最大級のヴァンパイア社会を擁している。旧大陸の硬
も建築面でも、1890 年代に入るまで続くことになる。パ
直した伝統は、ここでは産業と野心にとってかわられ
ゴ ッ サ ム
リの血族はふんだんな影響力を駆使して、街を自分に都
た。ヴィクトリア時代には、マンハッタンと周辺区を
合良く再建しようとしている。
合わせると、ニューヨーク市は血族とカイン人が共存
ウィーンはヴェントルーの名門貴族の本拠地だが、 できるだけの広さがある。そしてこの華やかな大都会
アンテデルヴィアンのひとり――族父トレメールの眠る
の地下では、労働者たちが汗水流して拡大してきた地
場所ともいわれている。この時代、ウィーンの公子は
下基盤施設を、隠れ身の達人たちがさらに拡張して、巨
ほぼ終始、ヴェントルーとトレメールの二大勢力の同
大な ノスフェラトゥ王国 /Nosferatu Kingdom 、い
盟を仲立ちするという危険な綱渡りを演じてきた。ト
びつきわまりない、おぞましくも美しい国を造りあげ
レメール氏族の者はこの街を恐れている。なぜなら
ている。ノスフェラトゥたちは今も際限なく王国を広
「ウィーンに呼び出される」ことは、氏族を統べる七長
げつづけている――後のことなどおかまいなしに。
老の前で自分の行為について釈明させられることを意
西部では派閥抗争もそれほど隠微なものではない。
味しているからだ。いっぽう、マルカヴィアンたちは
まだ開拓時代なのである。わざわざ長旅をしてまでま
正気を取り戻せるかもしれないという希望を抱いて
ばらな人間の群れを見たがるカマリリャ・ヴァンパイ
ウ ィ ー ン に 住 む 数 少 な い 氏 族 仲 間 に 教 え を 乞 う 。 アなどまずいないし、あえてそうするなら命がけだ。ミ
ウィーンのマルカヴィアンたちは、フロイト博士の研
シシッピ川の西側では、サバトはほぼ傍若無人に徘徊
究を妨げないように注意しつつも、新たな説が発表さ
し、野獣の群れのように未開の土地を荒らし回ってい
れるのを熱心に待ち受けている。
る。そうして放浪しながら、ヨーロッパ人はもちろん
ヴェニスは19世紀を通じてほぼ一定の勢力バランス
アメリカ先住民をも気ままに餌食とする。先住民が土
を維持してきた。街の数少ない長老はほとんどがヴェ
着信仰にもとづいて一種の共働を行う精霊崇拝儀式を
ントルーかトレアドールで、カリスマ的な 商人公子
見てから、サバトのヴァンパイアは、典礼にシャーマ
CHAPTER ONE
ニズム思想をとりいれはじめた。
は200,000人以上の人間が暮らす大都市に変身したのだ。
サンフランシスコは西海岸の中で際立った存在だ。
日本は二百年以上も鎖国を続けていたが、1880年代に
ここは勇敢にも西部を探検しようとする数少ないカマ
明治維新が始まってからは、国の近代化のために西洋文
リリャ・ヴァンパイアにとって 、孤立した安全地帯だ
化をとりいれている。カマリリャ式に公子を戴く都市も
からだ。1846 年に、アメリカ=メキシコ戦争でアメリ
現れはじめたが、実権が伴っているのかどうかは疑わし
カ海軍がイェルバブエナ市を占領した。翌年、市名が
い。日本の公子は支那鬼が版図を通り抜けても咎めない
サンフランシスコに変更された。1849 年のゴールド・ ばかりか、正式な挨拶もなしに出入りされても気を悪く
ラッシュでは、荒くれ者や無法者の人間たちはもちろ
する様子もない。第二の掟を執行しない彼らが、はたし
ん、それを利用しようとする血族やカイン人も押し寄
て公子といえるだろうか?ブシ氏族(Bushi Clan)を名
せた。そして、ある辣腕のカマリリャの公子が、ギャン
乗るこの東洋公子たちは、近郊に住む 鬼人 /Kuei-jin
レルの強力な援助を受けて、この版図にヴィクトリア (支那鬼の中国名)の隠者たちと何らかの裏取引を結ん
朝流の秩序をもたらしたのである。だが彼の勢力範囲
でいるのではないかといわれている。真相のほどは欧米
はごく限られていた。サンフランシスコ周辺の広大な
のヴァンパイアにははかりしれない。
土地は、サバトや強力な隠者や自称叛徒が割拠してい
たからだ。1869年に完成した大陸横断鉄道のおかげで、
東部からはるばるこの文明の孤島へやってくる血族も
イギリス植民地の中でも屈指の繁栄と歴史を誇るイ
増えた。今後もこの傾向が続くことは間違いなく、1890
ンドは、カマリリャの王冠を飾るもうひとつの宝石(ロ
年代の急成長期までには、この市は主要大都市のひと
ンドンよりは小さいが)として輝きつづけてきた。欧
つにのしあがることになる。
米諸国の植民地としては最大のもので、帝国拡大の足
がかりとして公子や長老から大きな誇りと期待を寄せ
られている。インドの奥地へ幾度も探検が試みられ、そ
の様子は手紙でイギリス本国へ事細かに報告された。
詩人キップリングがうたったように、
「東は東、西は
誇り高き英国血族はそうした試みを支援するべく継嗣
西」である。東洋の吸血鬼――西洋の言葉でいう 支那
を創って送りこみ――そのほとんどが死んでいった。
鬼/Cathayan たちの動向については、血族はおおむね
ほとんど誰も認めようとしないが、実は様々な恐ろ
無関心だ。とはいえ西洋のヴァンパイアと東洋のヴァ
しい超常種族が、好奇心旺盛なヴァンパイアたちが通
ンパイアにまったく接点がないわけでもない。カマリ
りかかるたびに、謎の力を使って葬り去っていたので
リャは、大英帝国が支配下においた中国のいくつかの
ある。噂によるとインドの奥地には奇妙な獣人族や亡
都市を足がかりに、版図を中国に拡大しようとしてい
霊の国や、死と快楽の神秘を探求する魔術師のカルト
る。だが東洋の ヴァンパイア は ――この謎めいた
集団があるといい、何より聞き捨てならないことに、こ
種族をはたしてそう呼んでいいものかどうかわからな
れまで誰も知らなかった凶悪な血脈のヴァンパイアた
いが――なわばりを守るにしても正面きって戦争を起こ
ちが住んでいるらしい。この謎の敵をなんとかしない
すのには乗り気でない。血族など地元に潜む他の超常
かぎり、カマリリャがインド全土を掌握するという野
種族と衝突させておけばおおむね片づくと思っている
ヘンゲヨーカイ
のだ。知らずに龍脈を乱し、変化妖怪(hengeyokai 、 望は潰えてしまう。もちろん、カマリリャの忠実な支
持者たちが自ら失策を認めるはずもない――むしろ倍の
東洋の変身種族の総称)を敵に回し、狡猾な東洋の魔
努力をつぎこもうとするだろう。
道士の邪魔をした血族はたちまち、 東洋の龍たち
――超常種族の攻撃に対して、自分たちが無防備に等し
いことをたちまち思い知らされることになる。なにし
ろ東洋の超常種族は、西洋人が予測や対抗はおろか理
ヨーロッパの列強はアフリカ大陸をすみやかに占領
解も不可能な方法で襲ってくるのだ。
しつつある。1884 年までには、彼らは地図上のほぼあ
また、歴史的事件も血族の計画の妨げとなっている。 らゆる領土を狙いはじめる。40年と経たないうちに、ア
中国ではイギリス追放を叫ぶ義和団の乱が起きている。 フリカはごく一部――例えばリベリア、エチオピア、そ
おそらくカマリリャになわばりを荒らされた支那鬼たち
して一部のスーダン――を除いてことごとく 保護領
が報復のために義和団を何らかの形で支援しているのだ
という名のくびきをかぶせられてしまう。
ろう、と公子たちは神経を尖らせているが、今のところ
北アフリカの中でも、エジプトはカマリリャが支配
確証はない。だが、排外運動にも負けずイギリス人がこ
権を巡って屈指の熱い争いを繰り広げている地方だ。
の国に次々と築きあげた植民地は、いずれも急成長をと
例えばアレクサンドリア市のヴェントルーの公子は、
げ莫大な利益をもたらしている。たとえば、シンガポー
市内のセト人とアサマイトの人数を考えれば、自分が
ルは 1819 年にイギリスの探検隊が 発見 した当時、人
版図を主張しようものならたちまち暗殺されてしまう
口わずか数百人にも満たない町だった。それが1880年に
だろうと心得ている。彼の参議会が市の支配権を勝ち
THE EMPIRE AFTER NIGHTFALL
46
イギリスの各植民地に女王即位 60 周年を布告するメッ
セージを送った際、女王が送った 10 語から成る電文は、
3時間のうちにジャマイカからケープタウン、香港から
モントリオールへの全植民地を駆け巡り、距離の壁に対
する電報の勝利を示したのである。
社会改革: カール・マルクスの著作の大半は、マル
クスが1883年に死去した後はじめて出版・翻訳された。
『資本論』ドイツ語版第2巻が出版されたのが 1885 年
で、翌1886年には英語版の第1巻が初めて出版された。
フェビアン協会が社会主義改革と脱君主制を唱えたの
もこの頃である。それよりはるかに過激な革命行動に
走ったフェビアン団の爆弾テロリストたちは、イギリ
スの鉄道をはじめ公共施設にダイナマイトを仕掛けて
ロンドンの恐怖となった。1884 年、フェビアン協会が
ガス灯:ガス灯を発明したのはウィリアム・マードッ
創立された年には、スコットランド・ヤードまでもが
クというスコットランド出身の技術者である。石炭か
爆破された。人類の進歩はヴァンパイア社会にも反映
らガスを精製する技術が実用化されたおかげでこの発
するもので、こうした社会改革はヴァンパイアたちの
明は可能になった。当初、マードックの発明品が最も
思想にも波及しはじめている。例えば、サバトはひそ
役に立ったのは劇場だった。ガス灯が初めて舞台照明
かに独自のフェビアン協会を作ってカマリリャの悪し
に使われたのは 1803 年、ロンドンのライシーアム劇場
き富裕階級の打倒を図っている。
である。1816 年には、フィラデルフィアのチェスナッ
公共交通機関:1884 年、ロンドンに初の地下鉄が開
ト・ストリート・オペラ・ハウスが、より高度なガス照
通した。当初は道路を掘り下げて溝を作り上から蓋を
明装置を設置した。これは建物内のガス発生機からガ
するという工法で敷設されていたが、1890 年には本格
スを自給することができた。1850 年代までにはいくつ
的な地下トンネルでの運行も始まった。時代と共に地
かの都市(もちろんロンドンを含む)でガス工場とガ
下鉄も進歩した。例えば、ヴィクトリア時代の
ス管の設置が始まった。
ゴ ッ サ
ム
ニューヨークでは、マンハッタン島を横断するのに 15
劇場でガス灯が使われたことは、初期の多くの改良
分とかからない。おかげでビジネスマンは仕事場と家
につながり、また他の照明方法と比べてガス灯がいく
つもの点で明らかに優れている事実を明らかにした。 を短時間で通勤できるようになったが、犯罪分子も同
じ界隈に同じ速さで出入りできるようになったわけだ。
まず第一に、ガス灯の炎はオイルランプや蝋燭より明
そしてこの地下迷宮のような構内へ夜遅く頻繁に出入
るいだけでなく、調節もしやすかった。調節弁を左右
りしていれば、そのうちここをまったく異なる目的で
にひねることで、熟練した舞台照明技術者なら明かり
利用する種族に出会うことになる――人目につかないよ
を大きくしたり小さくしたりするだけでなく、その速
うに人間の獲物を狩る者たちに。
度も変えられたのだ。劇場や音楽堂で雰囲気を盛り上
げるために照明を落とすことが容易になったのである。
最高級の装置には、複数の調光器を手元で一括して操
自動車は 1880 年代にはすでに存在しているが、金持
作する、いわば 調ガス卓 が採用された(現代の調光
ちのためのからくり玩具にすぎなかった。ヴィクトリ
卓の前身である)。
ア時代、主な輸送手段はもっぱら馬が頼りである。人
もちろん、ガス灯にも欠点はあった。高熱を出すの
を背で運ぶ乗騎としても、また荷車や馬車を引く荷役
で室内が暑苦しくなるし、不快な匂いを撒き散らすこ
獣としても馬が使われる。
とも多かった。だがそれより明らかに大きな問題なの
都会人にはおなじみの物々しい グロウラー という
は火災の危険があることだった――血族が恐れるのも
四輪馬車は、大きな箱形で、車内が外界から完全に隔て
もっともだろう。
られる造りになっている。特に大きなものだと、黒い
神のなせる業: 有名な話だが、史上初めて電信で送ら
カーテンをかけ、ドアに鍵をつけ、好みで床下に死体を
れた文章は「What hath God wrought(これは神のなせ
ひとつふたつ収められる隠し場所をこしらえれば、簡単
る業である)」だった。それから20年以上にわたり、モー
リンガ・フランカ
にヴァンパイア用に改造できる。 クラレンス とも呼
ルス信号は国際通信の 共 通 語 となっている。たった2
ばれるこの種の馬車は四人乗りだが、五人目を馭者の隣
ポンド足らずで、ロンドン市民は練りに練った伝言を世
に座らせてもらうこともできる。馭者に隠れて後輪の車
界中に届けられるのだ。1890 年には、ロンドンからオー
軸の上に乗っかっていくちゃっかり者も中にはいる。
ストラリアのシドニーへ電報が届くのに要する時間は3
ハンサム馬車は、
「ロンドンのゴンドラ」とも呼ばれ
時間未満になっていた。1897 年に、ヴィクトリア女王が
とったのは、イギリスが 1882 年に、外国人居留者の大
量虐殺に対する報復措置として、アレクサンドリアを
砲撃した後のことだ。1890 年までにはエジプト全土が
イギリスの支配下に入り、カマリリャはこの事実を最
大限に利用している。だがその影では、隠者たちがひ
そかに市内の血族を寝返らせたり滅ぼしたりしている
のだ。しかし派閥の敵を滅ぼす夢が実現する日はもう
すぐだ。いまや公然とセト人やアサマイトを排除しよ
うとする運動が巻き起こっている。たとえ目に見えな
いところから報復を受けるとしても。
CHAPTER ONE
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る、小型の二輪馬車である。普通は二人乗りだが、三
人が詰めて座ってもそれほど窮屈ではない。馭者
は馬車の後部の一段高い席に座り、客席を挟ん
で前方の馬を操る。しかしハンサムは血族
の日中の移動手段としては安全性に欠け
る。両側の扉は下半分しかないハー
フドアで、床には荷物を置く余地
などほとんどないのだ。
ロンドンの高級住宅地では、道端
に立って手を振れば流しの辻馬車を呼
び止めることができる。辻馬車の馭者は
「ジャーヴィー」という名で親しまれ、1、2
人を2マイル以内のところへ乗せていくなら運賃
はたった1シリングだ。延長1マイルごとに6ペン
スの追加料金がつく。少々料金をはずめば、表で待っ
ていてもらうこともできる。これは 1/4 時間ごと
に 6 ペンスぐらいが相場だ。
夜の遠出には、懐に余裕があるなら ヴィ
クトリア に乗っていくのもいい。これ
は屋根の代わりに折り畳み式の幌(悪
天候用)がついた馬車である。五人
乗りで、1ポンドも出せばこの洒
落た馬車でロンドンの通りを1日貸
し切りで乗り回せる。ほんの少し礼金
をはずめば(あるいはカインから授かった
力をうまく使えば)ジャーヴィーは車内で血
族たちが交わした会話をきれいに忘れてくれるだ
ろう。
勉強熱心なプレイヤーやストーリーテラー諸氏なら、
『ヴィクトリアン・エイジ:ヴァンパイア』の参考資料
などなんなく並べあげてくれるだろうが、やはり手始めに何を見るべきかぐらいは示しておくのが筆者の義務
というものだろう。
ジョン・ポリドリ『吸血鬼』――この分野の草分けというべき作品である。この小説が発表される前、ヴァ
ンパイアはただの血を吸う妖怪に過ぎなかった。ポリドリのこの短篇によって、ロマンチックな魔物としての
ヴァンパイアが誕生したのである。
ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』
ホーレス・ウォルポール『オトラント城奇譚』
アン・ラドクリフ『ウドルフォの秘密』
グレゴリー・ルイス『マンク』
チャールズ・マチューリン『放浪者メルモス』
ウィリアム・ベックフォード『ヴァテック』
レ・ファニュ『吸血鬼カーミラ』
フレデリック・カウルズ『カルデンシュタインの吸血鬼』
オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』『ウィンダミア夫人の扇』
アラン・ムーア作、エディー・キャンベル画『From Hell』――切り裂きジャック、陰謀、そしてフリーメ
イソンが登場するコミック。映画版ではヘザー・グレアムが娼婦役を演じているが、これはロンドン史上最も
清潔で、最も歯並び美しい娼婦だといえよう(訳註:日本でも『フロム・ヘル』という邦題で上映された)。こ
れにヴァンパイアを加えれば、『ヴァンパイア』のコミック版サプリメントができあがる。
チャールズ・パリサー『大聖堂の悪霊』――抑制のきいた超自然の描写と、歴史上の謎を解き明かすうちに
展開される、幾重にも絡み合う殺人の重層構造がすばらしい。 微妙 な超常現象(とにかく一読を! 一気
に読めてしまうので)の見せ方は、ヴィクトリア時代の血族のふるまいを考えるうえで大いに参考になるだろ
う(「ヴァンパイア? なんとも奇妙な概念ですな!」)。腹に一物あることをどんな長老にもかけらもさとら
せないにはどうすればよいかも知ることができる。
チャールズ・ディケンズ『大いなる遺産』
シャーロット・ブロンテ『ジェーン・エア』
ジョージ・エリオット『サイラス・マーナー』
イーディス・ウォートン『エイジ・オブ・イノセンス:汚れなき情事』――アメリカが舞台だが、ヴィクト
リア時代に旧大陸の慣習が新大陸にどのように根づいていったかの好例である。
ケイレブ・カー『エイリアニスト』――アメリカが舞台だが、雰囲気といい舞台設定といいすばらしい作品だ。
E・L・ドクトロウ『ニューヨーク市貯水場』――これまたアメリカを舞台にしているが、一読に値する。
THE EMPIRE AFTER NIGHTFALL