知りたいことは「面」に聞け!

知りたいことは「面」に聞け!
分析力と表現力を強化する思考法・面発想
西村行功・著
(日本経済新聞出版社・刊)
Multi-Dimensional Thinking
第1章
面発想でメッセージが見えてくる
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1……メッセージのない分析に意味はない
○ だから何をするのか
「Sky is blue!―So What?」というフレーズを聞いたことがありますか。
日本語に直すと、
「空は青い―それがどうしたの?」となります。私が経
営コンサルタントになった初日に、先輩のコンサルタントから言われた
言葉です。
「これから君たちも分析をたくさんすることになるだろう。しかし、ど
んな分析でも、そこから生まれる主張が明確でないと意味がないんだ。
「空は青い」という分析がいかに素晴らしくても、
「 だから何をするのか」
という意味づけ、つまり、メッセージが明らかでない限り、あまり意味
はないということだ」。これが彼の言わんとしたことでした。
分析結果を聞く人の立場で考えれば、これは当然のことです。なぜな
ら、聞き手は分析結果にメッセージ性を求めていますし、それが一連の
ストーリーとなっているほうがわかりやすいからです。
論理的に書かれたストーリーは読み手、聞き手の理解を促します。こ
うしたストーリー構築法のひとつに「ピラミッド原則」といわれるもの
があります。図 1-1 のように、各メッセージがひとつの大きな主題のも
とに、ピラミッドの形をつくっており、
「いくつかのメッセージが塊とな
って、その上の階層のメッセージとなり、またいくつかのメッセージが
塊となって、さらにその上の階層のメッセージとなる」という階層構造
のため、全体としてまとまり感があり、わかりやすくなっています。
こうした論理的な階層構造をつくることができれば、全体としてのメ
ッセージ性を示すことができます。しかし、図 1-1 の1つひとつにメッ
セージを付けようと思ったら、どうしたらよいのでしょうか。
「さまざまに分析をしてみなければ、どんなメッセージが出てくるかわ
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からないじゃないか」―こう思う人もいるでしょう。しかし、ただ分析
を繰り返す以外にメッセージを見つけ出す方法はないのでしょうか。
「も
っと効率的に、かつ効果的にメッセージを見つけ出すことができないか」
―これが、私が面発想を多用するようになった理由です。
本書では、面発想法の考え方、使い方について、事例を挙げながら解
説していきます。さまざまな業界のデータや身の回りの生活に関するデ
ータを用いて面発想の効用について説明します。
◯ こんな分析ではメッセージを出しにくい
エネルギー関連企業に勤務する佐藤さんは、上司から「世界のエネル
ギーミックスについて分析しまとめる」ように指示されました。いろい
ろな調査データをあたった結果、エネルギー消費の上位 10 ヶ国のエネ
ルギー構成のデータにたどりつき、図 1-2 にあるようなグラフを作成し
ました。左の円グラフを見ると、米国、中国の構成比が高く、この2ヶ
国で、上位 10 ヶ国合計の半分以上のエネルギーを消費していることが
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わかります。
次の3ヶ国は、ロシア、インド、日本となっており、以上の上位5ヶ
国で全体の4分の3を占めています。
図 1-2 の棒グラフに示されているのは、国別の1次エネルギー源の構
成 (エネルギーミックス) です。これを見ると、米国、日本、韓国では石油
の占めている比率が高いことがわかります。中国では石炭の比率が高く、
ロシアでは天然ガスの比率、また、フランスでは原子力の比率が高いこ
とも見て取れます。
この2つのグラフを比較して、佐藤さんは次のような結論を導き、上
司に報告しました。
「国別では米国、中国の占める割合が高く、ロシア、インド、日本へと
続く。各国でエネルギーミックスは異なる」
2つのグラフをそれぞれ見て得られるメッセージは、このようなもの
でしたが、上司からは、「これではメッセージがすっきりしない。「エネ
ルギーミックスは異なる」というのはメッセージとしては弱すぎて、何
が言いたいのかわからない」と突き返されてしまいました。
このような分析やグラフはよく見かけますが、どうしたら事態は改善
するのでしょうか。佐藤さんの上司は、
「グラフそのものがメッセージを
出しにくいことが原因なのでは」とコメントしてくれました。
「もっと面
で考えてごらん」とも。
◯ 「面発想」グラフでメッセージを出しやすくしよう
図 1-2 のグラフでは、
「上位 10 ヶ国に占める各国のエネルギー消費量
構成比」と「各国のエネルギーミックス」という2つの変数を、それぞ
れ円グラフと棒グラフで表しました。そして、それらの2つのグラフか
ら、それぞれメッセージを見つけました。
では、最初からこれらの2つの変数を組み合わせてグラフをつくって
みたら、どんなメッセージが見つかるでしょうか。これが佐藤さんの上
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司が言った「面」で考えるということです。
図 1-3 のグラフは、縦軸には図 1-2「各国のエネルギーミックス」と
同様に、エネルギーの構成比率をとっています。横軸には、10 ヶ国に占
める各国のエネルギー消費量構成比の比率をとっています。これは、図
1-2 の左側の円グラフで示された構成比と同じ比率です。このように、
図 1-3 のグラフは縦軸も横軸も 100%構成比グラフとなっています。
こうした2つの変数の組み合わせは、何を意味しているのでしょうか。
縦軸も横軸も 100%構成比であるとき、グラフの網カケされた領域の大
きさは、グラフ全体の面積を 100 としたときの相対的な大きさを示して
います。グラフに示されたデータの場合、上位 10 ヶ国のエネルギー消
費量の合計が全体の面積を表しています。
たとえば、米国を見てみましょう。10 ヶ国合計に占める割合は、横軸
から見て約 30%程度となっています。そして、そのうちの石油はさらに
その 40%程度です。このことから、米国の石油消費量は上位 10 ヶ国の
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エネルギー消費量の約 12%(0.3×0.4) を占めていることがわかります。
このようにして、網カケされた各領域の大きさに着目して全体を眺め
てみると、いくつかのことが新たに発見できます。
・全体としては石油の面積がもっとも大きいこと
・そして、石炭や天然ガスも大きな比重を占めていること
このグラフから見つけられるメッセージをまとめてみると、
「 国別では
米国、中国の占める割合が高く、また、エネルギー種類別では石油と石
炭が全体の約半分を占める。これに天然ガスを加えた、いわゆる化石燃
料系のエネルギーが全体の大半を占めている」となります。佐藤さんは
再度このようなグラフを作成し、メッセージを付けた上で、上司に再提
出しました。
図 1-2 のグラフでも、細かく見ていけば、このようなメッセージは見
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つかるかもしれませんが、図 1-3 のグラフを使って考えたほうが簡単で
すし、メッセージが「浮かび上がる」感覚があります。
2……面発想ならメッセージを出せる
◯ なぜ面グラフだとメッセージを出しやすいのか
図 1-3 のようなグラフを面グラフと呼びます。
「縦軸と横軸の2軸の組み合わせにより構成されるグラフで、その軸で
仕切られた領域の大きさに意味があるグラフ」と定義づけられます。
2つのグラフをそれぞれに見て意味を見つけ、メッセージを出すより
も、この面グラフを使ってメッセージを出すほうが簡単で、しかも、多
くのメッセージが出てきそうなのはなぜでしょうか。
その理由は次の4つの点にまとめられます。
①組み合わせが強制的にメッセージを生み出す
②生まれたメッセージが次の分析アイデアにつながり、さらにメッセ
ージが生み出される
③面の大きさが優先順位を示すことで、主要なメッセージが見つかる
④組み合わせを考えるために「まず考える」ようになり、仮説思考が
強化される
それぞれの点について、詳しく見ていきましょう。
①組み合わせが強制的にメッセージを生み出す
分析の考え方(フレームワーク)のひとつに、マトリクス型で考えるとい
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うものがあります。たとえば、学生が、それぞれの科目についての学習
方針を検討するという事例で考えてみましょう。まず、
「科目の好き・嫌
い」と「科目の得意・苦手」について理解するために、表 1-1 のような
表をつくります。「好き・嫌い」については、「好き、どちらかと言えば
好き、どちらかと言えば嫌い、嫌い」の4段階で表すこととし、
「得意・
苦手」については、中間試験、期末試験の平均点で表すこととしました。
それぞれの表を簡単なグラフとして表すと、少しわかりやすくなりま
す。
図 1-4 を見ると、どのようなメッセージが見つかるでしょうか。
数学のように「好きで得意(点数が高い)」という科目もありますが、地
理や英語のように「どちらかと言えば好き」にもかかわらず、点数があ
まり良くない科目もあるようです。
この表から学習方針を見つけ出したいのですが、このままでは、メッ
セージを見つけるのは少し難しいようです。そこで、この2つの項目を
組み合わせた表―マトリクス―をつくって考えてみます。
「科目の好き・嫌い」を縦軸にとり、「科目の得意・苦手」を横軸にと
ってマトリクスをつくると、図 1-5 のようになります(得意な科目、苦手な
科目については、70 点を目安に、「得意」と「苦手」に振り分けてあります)。
図 1-5 の右上の象限 (エリア) は、「好き」で「得意」な科目 (数学と物
理)がきています。この象限については「現状維持」が基本方針ですね。
次に、左上の象限は、「好き」にもかかわらず「苦手」な科目 (化学、
地理、英語)がきています。
「好き」というモチベーションがあるわけです
から、なぜ点数が上がらないのかを分析して、弱みを克服すれば、点数
が上がる日もそう遠くなさそうです。したがって、この象限への方針は、
「苦手となっている原因の分析とその項目の集中学習による苦手克服」
です。
右下の象限には、「得意」だが「どちらかと言えば嫌い」な科目 (歴
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史) がきています。ここは、点数は悪くないのですから、
「最低限でも
現状維持しつつ、もっと好きになるような努力をしてみること」が方針
となるでしょう。たとえば、歴史物の小説を読んでみる、などです。
最後に、左下には「どちらかと言えば嫌い」で「苦手」な科目(国語)
がきています。ここも、左上と同様に、点数が上がらない原因や、項目
分析をしつつ、右下と同様に興味を上げるための方策を実行します。た
だ、全体のなかでの優先順位としては、左上の象限ほど高くないかもし
れません。好きでないから苦手となっているかもしれず、簡単に好きに
なるのは難しいかもしれないからです。
それぞれの象限への方針をまとめてみると、図 1-6 のマトリクスの
ようになります。
このように「好き・嫌い度」「得意・苦手度」という2つの変数を組
み合わせることで、学習の方針についてのメッセージを簡単に出すこと
ができました。
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いくつかの分析があって、しかもそれらを眺めていても良いメッセー
ジが思い浮かばないときは、強制的にそれらを組み合わせることで、メ
ッセージが出てくることがあります。
このようなマトリクス型の分析手法は他にもいくつかあります (図
1-7)。古くは、プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント (PPM) と
いう考え方がありますし、最近では、顧客志向の経営指標である、顧客
満足度(CS)の評価のために、満足度・重要度マトリクスというものが
用いられています。
②生まれたメッセージが次の分析アイデアにつながり、さらに
メッセージが生み出される
エネルギーのグラフ(図 1-3)から浮かび上がるメッセージは、次のよ
うなものでした。
「国別では米国、中国の占める割合が高く、また、エネルギー種類別
では石油と石炭が全体の約半分を占める。これに天然ガスを加えた、い
わゆる化石燃料系のエネルギーが全体の大半を占めている」
このグラフとメッセージを眺めるうちに、佐藤さんはいくつか追加で
グラフを描いてみたいなと思うようになりました。
図 1-3 では、まず初めに国別で全体を分割し、その後でエネルギー
の種類別に分割しました。しかし、メッセージに書かれた「いわゆる化
石燃料系のエネルギーが全体の大半を占めている」ことを確かめるため
には、まず初めにエネルギーの種類別でデータを分割したほうがよさそ
うです。これをグラフにしてみました。図 1-8 です。
これを見ると、石油、石炭、天然ガスが、上位 10 ヶ国のエネルギー
の約 80%を占めていることが、よりはっきり理解できます。また、石
炭においては中国が、天然ガスにおいては米国とロシアが主な消費国で
あることもわかります。そして、このグラフを化石燃料系 (石油、石炭、
天然ガス)とそれ以外に分けて図示し直すと、図
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1-9 のようになります。
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佐藤さんはこれを見て、
「化石燃料系のエネルギーが約 80%を占める」
というメッセージが、ますますはっきりとしてきたと感じました。「メ
ッセージがくっきりと浮かび上がった」とも言えそうです。
こうして、面グラフにして視覚化したことで、メッセージがより直観
的に理解できるようになります。そうすると、発想が湧きやすくなり、
「では、こんなグラフにしてみたらどうか」とか、「こんな切り口で分
析してみたらどうなるだろう」という仮説が出てくるのです。つまり、
視覚化されたグラフが、思考を刺激するということです。図 1-3 のエ
ネルギーの事例でいえば、「こうしたエネルギー消費国は、自らエネル
ギーを賄えているのか(自給)、それとも、かなりの量を輸入に頼ってい
るのか」という新たな疑問が湧いてきます。
各国のエネルギーが、自給か輸入かを示したものが図 1-10 で、これ
を見ると、日本、ドイツ、フランス、韓国が、エネルギーの半分以上を
輸入に依存していることが見て取れます。特に日本と韓国は、輸入依存
度が高いということが、感覚的に理解できます。
こうした直観的・感覚的な理解が重要なのです。全体感をつかみつつ、
できるだけ短時間でモノゴトの本質を理解することが、メッセージを浮
かび上がらせるためのポイントです。
私はこの考え方を 15 秒ルールと呼んでいます。TV の CM の1つの
単位は 15 秒です。もちろん 30 秒や1分の CM もありますが、ほとん
どの CM は 15 秒です。つまり視聴者は、1分間に4つの CM を見て、
それぞれの CM からのメッセージを受け取っています。
また、消費者がコンビニでお弁当を買うときの意思決定は 15 秒以内
になされるそうです。どんなお弁当があるのかをざっと確認し、手に取
ってカゴに入れるまでの時間がそれくらいということです。
こうしたスピード感は、企業経営の現場でも共通しているように思い
ます。あるページに示された分析結果やグラフを眺めて、それが何を言
おうとしているのかというメッセージが理解できないと、読み手はイラ
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イラし始めます。そのイライラし始めるまでの時間が、15 秒くらいだ
と思うのです。特にこれは、多忙を極めるエグゼクティブに当てはまる
ように思います。気が長い人でも 30 秒くらいでしょう。
つまり、分析者は、15 秒程度で読み手がメッセージと分析結果(グ
ラフ)を理解できるように努力しなければならないということです。プ
レゼンテーション資料や分析資料の作成に関して、KISS の法則(Keep
「シンプル化しろ!」と
It Simple, Stupid!) というものがありますが、
いうのは、まさにそういうことで、それに役立つのが面発想なのです。
③面の大きさが優先順位を示すことで、主要なメッセージが見つ
かる
図 1-2 のグラフを細かく見ていくと、「イギリスは天然ガスの比率が
高い」とか、「フランスは原子力の比率が高い」などのメッセージも出
てきます。しかし、図 1-3 のグラフを見てわかることは、これらのメ
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ッセージは、少なくともこの分析から見ると、「国別では米国、中国の
占める割合が高く、また、エネルギー種類別では、石油と石炭が全体の
約半分を占める。これに、天然ガスを加えた、いわゆる化石燃料系のエ
ネルギーが全体の大半を占めている」という主メッセージに比べれば、
その重要性が低そうだということです。
面グラフを使えば、グラフ内の要素の大きさを瞬時に理解することが
できます。そしてその大きさは、重要性を示しています。つまり、グラ
フ内の要素のうち、何が重要で、何が重要でないかを、無理なく理解で
きるようになるのです。
この点は、モノゴトを「戦略的」に考えるときに、とても大事なポイ
ントです。戦略とは「事業機会や課題に一様に取り組むのではなく、優
先順位の高いものにより多くの資源を割り当てることで、競争に勝ちつ
つ、顧客満足や社会的価値を生み出すこと」と定義できます。つまり、
重要なものとそうでないものをできるだけ早く見つけ、重要なものにフ
ォーカス (集中) するほうが、戦略的だということです。この点に面グ
ラフは役立つのです。
面グラフを眺めつつ、グラフが示す領域全体のうち、どの要素の面積
が大きいのかを理解することで、主要なメッセージが見つけやすくなり
ます。
④組み合わせを考えるために「まず考える」ようになり、仮説
思考が強化される
図 1-3 のエネルギーグラフの元データが、表 1-2 に示されています。
佐藤さんも、この表からいきなり図 1-3 に示されたグラフが描けた
わけではありません。上司から「面」で考えるようにと指示を受け、デ
ータを見て、国ごとのエネルギーミックスはずいぶんと違うものだと理
解し、また、エネルギーの構成もそれぞれに異なるものだなと感じたの
が最初のステップでした。次に、「この2つの変数を掛け合わせてグラ
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フ化すると、より特徴がはっきりするのではないか」という仮説を持ち
ました。最後に、その仮説を検証するためにグラフ化してみたところ、
その特徴を示すメッセージが浮かび上がったというわけです。
このように、面グラフを描こうと思ったら、まず、「組み合わせる2
つの変数を何にするか」という問いに答えないといけないのです。数字
を見ているうちに浮かび上がる(思いつく)仮説や、もともと分析者が持
っている仮説が、その答えの出発点でしょう。つまり、「こんな組み合
わせであれば、こんな特徴があるグラフができるのではないか」という
仮説を、まず考えるようになるということです。
図 1-3 のエネルギーグラフでは、「国×エネルギー構成=国ごとに特
徴が異なり、また各国の比率も大きく異なっている」という仮説がデー
タから読み取れました。
表 1-2 の下の2段に国別の「エネルギーの輸入依存度(%)」というデ
ータと、国別の「石油の輸入依存度 (%)」というデータがあります。こ
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の2つの数値と、それぞれのエネルギーの構成比を用いると、国別の「石
油以外の輸入依存度」というデータを計算することができます。そうす
ると、国別に石油と石油以外のエネルギーが、自給・輸入という視点で、
どういうことになっているかが理解できます。佐藤さんがここで持った
仮説は、次のようなものです。
・日本のエネルギーの輸入依存度は 82%と高く、また石油も 99%と
高い。一方で、石油の構成比は 48%であるため、石油以外のエネ
ルギーもかなりの比率で輸入されているはずである
・中国の石油の輸入依存度は 49%で、石油の構成比は 19%なので、
輸入石油の全体に占める比率は 9%程度のはずである (0.19×0.49)。
一方で中国のエネルギーの輸入依存度は 10%程度しかない。とい
うことは、輸入石油で輸入エネルギーのうちの大半を占めているは
ずである
・すなわち、石油と石油以外のエネルギーは、自給か輸入かという特
徴が、国ごとに大きく異なりそうである
このような仮説を手がかりに、佐藤さんは、
「国×エネルギー構成(石
油、石油以外) ×自給率 (自給、輸入)」というグラフを描いてみました。
それが図 1-11 に示されています。
図 1-11 を見ると、中国では石油以外のエネルギー源が確保されてい
て、輸入依存度が低いのに比べ、日本では全体的に輸入依存度が高いこ
とがわかります。米国は石油においては輸入依存度が高いですが、日本
よりも全般的に輸入依存度が低い構造になっていますし、ロシアにおい
てはほとんど輸入がないという構造が見て取れます。
このように、組み合わせを強制的につくって面グラフを描こうと思う
と、データを見て、どの変数を組み合わせるのか、つまり、どれを縦軸、
横軸にするのかを、まず考えなければなりません。
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そこでは、生まれてくるメッセージの源となる何らかの仮説を持つ必
要性に迫られます。つまり、「グラフを描いてみないとわからない」と
いう姿勢ではなく、「こんなことが言えるのではないか」という姿勢を
持つようになるということです。こうした仮説思考がまさに重要です。
「大海に糸を垂れて魚を釣るのではなく、魚がいそうなところを見つけ
るクセ」をつけることで、それがはずれても、新たな仮説を持つまでの
スピードが上がってくるのです。上司が面で考えてと佐藤さんに言った
真意はここにあったのです。
「パソコンで折れ線グラフや棒グラフを描き、しかもメッセージを付
けないで済ませてしまう」という悪いクセが身につくと、こうした仮説
思考は強化できません。
「どんな仮説がありそうか、組み合わせで見たらそれがはっきりと言
えそうか」という視点を持ち、まずは電卓を用いて、手描きで面グラフ
を描いてみるくらいの姿勢が重要です。
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3……面発想ならわかりやすい
面グラフを使って考えることのメリットは、「メッセージを出しやす
い」という点だけではありません。分析者にとって、また読み手にとっ
てのメリットを、もうひとつずつ挙げてみます。
◯ 分析者にとってのメリット : 方程式の問題を絵で解く
先ほど、「日本のエネルギーの輸入依存度が 82%で、石油のそれは
99%。一方、石油のエネルギー全体での構成比は 48%になっており、
石油以外のエネルギーもかなりの比率で輸入されているはずだ」と述べ
ました。
この石油以外のエネルギーの輸入比率は、どうやって求めればよいの
でしょうか。エネルギーの総量を1とし、石油以外のエネルギーの輸入
比率を x%として、方程式を描くと次のようになります。
これを解くと、x=66%という答えが出てきます。
つまり、石油以外のエネルギーの 66%は輸入に頼っているという計
算になります。
こうした面倒な方程式を解けなければ、この答えを得ることはできな
いのでしょうか。いいえ、面発想を使えば、もっと簡単に答えに行き着
くことができます。
図 1-11 の日本のところだけを取り上げて拡大したのが図 1-12 です。
図 1-12 で、石油以外の輸入比率が求めたい答えで、石油の輸入比率
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は 99%、エネルギー全体の輸入比率は 82%であることがわかっていま
す。これを図 1-12 に加えると、図 1-12-2 のようになります。
石油の輸入比率と石油以外の輸入比率の加重平均の結果が 82%(全体
A と○
B
○
の面積が同じであることがわかります。 ○
B の部分が過不足なく ○
A に
の輸入比率)となっているわけですから、図中の太枠で囲まれた
移せて、初めて全体平均が 82%となるからです。
ここで ○
B の面積は、グラフからすぐに求めることができます。
B の面積=(99-82)×48=816
○
B の面積が 816 であることがわかりました。
○
次に、 ○
A の高さは 52 であることがわかっていて、 ○
A の面積は ○
B
と同じですので、
A の幅=816÷52≒16
○
であることもわかります。
この幅は何を指しているのでしょうか。これは石油以外のエネルギー
の輸入比率が全体の輸入比率とどれだけ乖離しているかを示している
ことが、図からわかります。したがって、石油以外の輸入比率は、82
-16=66 で 66%だということがわかります。
このように、絵を使えば方程式を使わずに解けることも多いのです。
◯ 読み手のメリット : 記憶に残りやすい
私は普段、経営コンサルティングの仕事で、戦略策定や意思決定の支
援をおこなっています。そこで感じることは、意思決定の肝となるよう
な分析結果は、数十あるうちの数個だということです。
よくあるのは、他の分析結果が「だいたい知っていたこと」の再確認
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に過ぎなかったという場合です。しかし、すべての分析結果が仮に「目
からウロコ」のような素晴らしい分析であっても、意思決定の際には、
そのうちの数個しか使われないことが多いように思います。
これには分析結果の良し悪しだけでなく、意思決定者の記憶の限界が
大いに関係しています。人間は記憶に基づいて意思決定をすることが多
く、記憶に残せないほど大量の分析結果を提示されても、「覚えられな
くて使えない」ことが起こってしまうというわけです。
心理学の実験結果からも、覚えられる数はだいたい5個から9個ぐら
いが限界ということがわかっているそうです。
それくらいに、主要なメッセージをまとめる必要があります。
では、それ以上の数になったらどうしたらよいのでしょうか。そのと
きは、階層化したり組み合わせたりして「塊」をつくり、数を減らして
いけばよいのです。この「塊」化に効果があることは実験結果でも示さ
れており、身近な例からでも明らかです。たとえば、数百ページの本。
全部のページを覚えることはとてもできないですが、数ページずつの塊
としての節、節の塊としての章という階層があれば、各章の要約はなん
だったか思い出すこともできるでしょう。つまり、主要なメッセージの
「塊」を数少なくまとめ上げる工夫やテクニックが必要だということで
す。
面発想では、組み合わせることによって、複数の変数を「塊」化して
いるという特徴があります。たとえば、図 1-11 では「国」「石油・石
油以外」「自給・輸入」という3つの変数が1つの面で示されていて、
視覚的にわかりやすくなっています。また、グラフが大きさを訴えかけ
る特長を持っているので、絵のように記憶に残りやすいという特長も持
っています。
つまり、論理的であるという「左脳を意識した分析」だけに頼るので
はなく、その分析結果を伝える局面では、絵のように覚えられる右脳
を意識したイメージ化が、分析者のスタンスに必要だと思うのです。
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コラム:面グラフは新しい考え方か?
面グラフは、まったく新しいグラフというわけではありません。今までにも、
さまざまな呼び名でこのようなグラフの有用性について触れられています。
小学生向けに書かれた本『社会を見なおすメガネ』
(松崎重広著・板倉聖宣監修、
国土社、1985 年)では、社会科の教科書や資料集に出てくるデータを理解しやす
くするためのグラフとして、量率グラフという名前で紹介されています。
また、グラフ活用について書かれた本では、モザイク図や正方形グラフとい
う名前で紹介されていますし (内田治『グラフ活用の技術』PHP 研究所、2005 年/
山本義郎『レポート・プレゼンに強くなる グラフの表現術』講談社現代新書、2005 年)、
経営分析の手法の著書では、面積図として紹介されています (後正武『意思決定
のための「分析の技術」』ダイヤモンド社、1998 年)。
しかし、統一した呼び名は存在していないようです。
複数の次元の情報を図示化するという意味で、面グラフと似たグラフに立体
棒グラフがあります。図 1-13 には、性別年齢別の日本の喫煙者人口が立体棒グ
ラフとして示されています。グラフをよく見ると、若い女性の喫煙者が多いこ
となどの特徴が読み取れますが、高さの基準線がわかりづらかったり、グラフ
が重なってしまった場合にデータが読み取れなくなったりという難点もあり、
わかりやすさという点では、平面の面グラフのほうがより良いと思います。
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