帰国支援という名の強制退去

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帰国支援という名の強制退去
諸外国の制度との比較から―
―
前田研究会
Ⅰ 日本の帰国支援事業―問題提起―
1 社会経済背景
2 帰国支援事業の概要
3 再入国禁止措置
4 再入国の問題と考察
5 問題提起
Ⅱ フランス
1 フランス帰国奨励政策(L’aide au retour volontaire)の背景
2 制 度
3 考 察
Ⅲ ドイツ
1 ドイツと日本
2 ドイツにおける移民の変遷と外国人帰国支援政策
3 考 察
Ⅳ スペイン
1 任意帰還政策の背景である移民の増加と失業経緯
2 制 度
3 考 察
Ⅴ 政策と提言
1 3 カ国の帰国支援政策に関する全体比較
2 帰国支援政策における対象外国人の限定に関して
3 日系人の再上陸許可について―スペインの“循環”政策からの示唆―
450 法律学研究51号(2014)
Ⅰ 日本の帰国支援事業―問題提起―
1 社会経済背景
近年において、日本では国際化が進み、様々な目的を持って日本に在留する外
国人の数及び構成が大きく変化している1)。外国人新規入国者数は、出入国管理
に関する統計を取り始めた1950年には約 1 万8000人であったが、1989年に200万
人、2000年には400万人、2005年には600万人の大台を突破し、2008年には771万
人と著しく増加している2)。
さらに、入国者数を国籍別に見ると、1988年(昭和63年)まではブラジル人が
4159人、ペルー人が864人であったが、翌1989年(平成元年)にはブラジル人が 1
万4528人、ペルー人が4121人、さらに1990年(平成 2 年)にはブラジル人が 5 万
6429人、ペルー人が 1 万279人と急激に増加し、2008年(平成20年)にはそれぞれ
ブラジル人が31万2582人、ペルー人が 5 万9723人と全外国人登録者数全体の約
17%を占めるに至った3)。
これらの外国人数増加の背景には、政府が1988年に策定した「第 6 次雇用対策
基本計画」において、「専門、技術的な能力や外国人ならではの能力に着目した
人材の登用は、我が国経済社会の活性化、国際化に資するものでもあるので、受
4)
入れの範囲や基準を明確化しつつ、可能な限り受け入れる方向で対処する」
と
の方針を打ち出したことや、1989年の入管法の改正により、外国人の受入れ範囲
を明確にするための在留資格制度の整備、拡充を行ったこと、さらには祖国に比
べて賃金が比較的に高いことや安定した治安も外国人労働者および日系人増加の
要因と考えられる。
2008年10月にアメリカで起きたリーマンショックの余波は日本にも及び、日本
は急激な経済不況に陥った。その被害を真っ先に受けたのは、1990年の入管法改
正以降、主にブラジルやペルーなど南米の国々から出稼ぎにやってきた、製造業
の工場などで非正規労働者として働く日系人である。彼らの多くはリーマン
ショック後に雇用契約の打ち切りや派遣切りによる雇用調整の憂き目に遭うとい
う事態に陥った。これにより離職した労働者は十分な貯えもなく、また、その住
居も社宅に依存している者が多く、早急に対策を講じなければホームレス化し、
社会問題化することが懸念されていた。これに対して厚生労働省は、失業した日
系人に対して帰国旅費として本人に30万円、扶養家族に対して20万円を帰国旅費
451
として支給する、「帰国支援事業」を実施した。
2 帰国支援事業の概要
この日系人離職者に対する帰国支援事業の概要は、「厳しい再就職環境の下、
再就職を断念し、帰国を決意した者に対し、同様の身分に基づく在留資格による
再度の入国を行わないことを条件に一定額の帰国支援金を支給するが、入管制度
上の措置として、支援を受けた者は、当分の間、同様の身分に基づく在留資格に
よる再入国を認めないこととする」というものであり5)、この「当分の間」が具
体的にどの程度の期間であるかについては、本事業開始から原則として 3 年を目
途としつつ、今後の経済・雇用情勢の動向等を考慮し、見直しを行うこととされ
ていた6)。なお、本帰国支援事業によって帰国した外国人の数は 2 万1675人であ
り、 国 籍 別 出 国 者 数 は、 ブ ラ ジ ル 人 が 2 万53人(92.5 %)、 ペ ル ー 人 が903人
(4.2%)
、その他の国籍の者が719人(3.3%)という結果である 。
7)
厚生労働省によると、同帰国支援事業の具体的内容は以下のとおりである8)。
○実施主体
・ハローワーク(一部産業雇用安定センターに事務を委託)
○対象者
・事業開始以前(平成21年 3 月31日以前)に入国して就労し離職した日系人で
あり、我が国での再就職を断念し母国に帰国して、同様の身分に基づく在留
資格による再度の入国を行わないこととした者及びその家族
○支給額
・本人 1 人当たり30万円、扶養家族については 1 人当たり20万円・雇用保険
受給期間中の者については、一定額(※)を上積み。
※支給残日数が30日以上の場合は10万円、同日数が60日以上の場合は20万円
○期間
・平成21年 4 月 1 日より実施
・平成22年 3 月 5 日までにハローワークへ申請
・平成22年 5 月31日までに出国日の設定
3 再入国禁止措置
本事業における再入国禁止の理由は、「帰国支援金が一時帰国や旅行などに使
452 法律学研究51号(2014)
われることを防ぐため」である。そして、この帰国支援事業の対象となる条件と
して、「今後、日系人としての身分で日本へ再入国しないこと」を誓約させるこ
とがある9)。これは、それまで厳しい労働環境の中、廉価で働いてきた多くの日
系人に対して、リーマンショックによる景気が悪化したことで、何の罪も犯して
いない彼らをあたかも強制退去させるかのようなニュアンスを与えることとなっ
た。政府はその後、雇用情勢の悪化を受けてまとめた帰国支援策を利用して本国
に帰国する定住外国人の再入国を制限する期間について、原則 3 年を目途とする
方針を明らかにした。
上述の 3 年間が2013年 4 月で経過したため、帰国支援事業で帰国した日系人の
中に再度来日を希望する者が現れるようになった。2013年 9 月27日、日系ブラジ
ル人らが再入国を拒否されていた問題において、外国人施策を担当する内閣府や
厚生労働省、法務省などで協議し、日系ブラジル人が多く住む東海地方の有効求
人倍率の上昇が続いていることから、雇用の回復傾向が堅調と判断した。その結
果を受けて、帰国支援事業利用者の入国制限を翌月の10月15日から解除すると発
表した。ただし、再入国をしようとする日系人の安定的な生活を確保するため、
日本で就労を予定している労働者については、在外公館におけるビザ申請の際、
1 年以上の雇用期間のある雇用契約書の写しの提出を条件とした10)。
4 再入国の問題と考察
元々、2013年 4 月から同10月までの間、在サンパウロ総領事館ではビザ申請を
しても発給されない取扱いとしていた。この問題について、外務省本省は、「帰
国支援事業の条文は、 3 年経過したら無条件で解禁すると書いてあるわけではな
く、日本の経済・雇用状態を検討するとなっている。従って、今は、経済・雇用
状態を調査、検討を始めたところで、まだ結論は出ていない」と回答した11)。外
務省の認識では、日本の現況は出稼者が支援事業で帰国した時期の状況から好転
したとは認められず、仮に再入国しても仕事がある状況ではないということで
あった。実際、大学卒業者の就職率の推移を見てみると、2008年には96.9%の就
職率であったが、リーマンショック後の2009年には95.7%に下がり、翌2010年に
は91.8%、2011年には91.0%まで落ち込んだ。2012年には93.6%まで回復したも
のの、リーマンショック以前に比べて低い水準となっている12)。これに鑑みると、
日本の各企業は労働者不足の状態にはなく、帰国支援で帰伯した人たちの再入国
を認める条件は整っていないというのが実情であり、仕事がなく生活保護に頼る
453
ことになりかねなかった。
他方で帰国支援事業の日系人に対する上陸拒否という行政措置は、人権侵害や
法務大臣の裁量権の逸脱といった主張もなされている13)。日本の元法務官僚であ
り、外国人政策研究所所長の坂中英徳氏は、
「この帰国支援事業が仮に、
『定住者』
『日本人の配偶者等』『永住者』などの在留資格を有する日系人が、入管法に定め
る再入国許可申請を行った場合にも、これを許可しないという趣旨であるならば、
再入国許可に関する法務大臣の裁量権を逸脱あるいは濫用するものとして、違法
と言わざるを得ない」との意見を表明し、さらに「この制度では、いったん帰国
した日系人が、有効な旅券等を所持して再び来日しようとする場合の上陸審査に
おいて、戸籍謄本等の資料により日本人の子孫としての入国目的の正当性(在留
資格該当性)を立証するときにもその入国は認められないこととなる。入管法上
は、有効な旅券等を所持する外国人が、在留資格に該当し、かつ上陸拒否事由に
該当しない限り、義務的に入国を許可することとされている。社会通念に照らし
て、帰国支援金を受け取ることが上陸拒否事由に該当するとはとうてい考えられ
ない。それにもかかわらず、行政運用上の措置として、その入国を認めないとす
るのは、法律によらずして、特定の外国人(帰国支援金を受け取った日系人)に限っ
て、上陸拒否事由に該当しないのに入国を禁止するものであって、他の一般外国
人の入国手続との関係で日本国憲法に定める平等原則に反するのみならず、法治
14)
主義の原則にも反する」
と述べている。さらに、国会答弁において参議院議員
の松野信夫氏からも「特段の違反ないし違法行為をしたわけでもなく、日系人離
職者には責められるべき事由もないが、帰国支援金を受領したことのみを理由と
して再入国を認めない処分をすることになるのか。そうであれば、再入国にかか
る法務大臣の裁量権を逸脱ないしは侵害するものではないか。政府の見解を求め
15)
る」
との意見がなされている。確かに、本事業の帰国支援金は日本国民の税金
によって賄われているため、制限を伴うのは妥当である。しかし、本制度中の当
該「再入国禁止」に関する規律のみが独り歩きし、本来は、リーマンショック後
の緊急雇用対策を受けて、政府が出稼ぎに来て帰るお金もない外国人を救済する
という目的であったはずの制度が、再入国禁止という条件を付けたために、国内
労働需給ギャップの調整弁として日系人を都合よく活用するような趣旨に曲解さ
れることとなった。
最終的には、2013年10月15日に本禁止措置は解除され、再入国が可能になった
が、今回は偶然にも当分の間と設定された 3 年と半年が過ぎた2013年秋に東海地
454 法律学研究51号(2014)
方での日系労働者の需要が高まったこと、ならびに日本の経済状況が回復したこ
とにより16)、再入国を許可する結果となったように捉えられる。そうだとすれば、
リーマンショック以降も日本の経済状況が悪化の一途を
っていたのならば、日
系人労働者は永久的に日本に再入国をすることはできなかったのであろうか。さ
らには、これからも2008年のリーマンショックと同じように、世界的な経済不安
が起こった場合、再び日系人労働者は日本の経済状況の調整弁として、再入国可
能となる時期の目途がないまま本国に帰還させられてしまうのであろうか。この
ように捉えれば、この帰国支援事業は日本で失業してしまった労働者の生活保護
を目的として本国に帰還させる労働者のための政策ではなく、日本の経済状況の
良し悪しで安易に獲得できる外国人労働者を入国・退去させることにより、彼ら
を調整弁のように扱う政策という印象を諸外国に与えることになろう。
5 問題提起
本稿は、我が国の帰国支援事業が内包する上記の問題に着眼しつつ、フランス、
ドイツおよびスペインの類似制度と比較検討することで、本事業を相対的に見つ
め直し、将来的な改良の方向性を示すべく政策と提言を行うことを目的とする。
検討の順序は類似制度が制定された歴史的観点から、フランス、ドイツ、最後に
スペインとする。
Ⅱ フランス
1 フランス帰国奨励政策(L’aide au retour volontaire)の背景
フランスでは他国よりも大幅に先行して帰国奨励政策が始められた。歴史的に
移民を大量かつ継続的に受け入れてきた背景を持つフランスの移民政策は、その
重要性や革新性から多くの国で研究されている。本章では同政策を利用する移民
が存在したこと、形を変えつつも現在まで制度として引き継がれていることを理
由に、本帰国奨励政策に着目する17)。
第二次世界大戦後1945年から1973年にかけて、フランスは「黄金の30年(Les
trente glorieuse)」と呼ばれる高度経済成長を成し遂げた。それに伴い主に炭鉱・
自動車産業において、フランス国内だけでは補えない労働力を近隣のヨーロッパ
諸国や旧植民地からの移民により補塡すべく、フランス移民局(L’Office national
d’immigration)の出先機関をそれらの国々に設置し、公的に大規模な移民の募集
455
を行った18)。
しかし、以上の公的ルートに加え、企業の要請で先にフランスに入国し事後的
に滞在許可を得た移民のほか、滞在資格を持たないままのいわゆる非正規移民も
含め、フランス国内への移民流入が加速度的に増え続け、フランス移民局による
公的な手続きが追い付かない事態が生じた。とりわけ、後二者(企業要請の移民
と非正規移民)の合計数は、移民局を通じて入国した移民の数をはるかに上回り、
ここから特に非正規移民の増加が当時において顕著であった事実がうかがえる19)。
その後フランスは1973年のオイル・ショックによって経済不況に陥り、移民労
働力への需要はそれまでと比較して著しく減退した。こうした状況下で、労働者
としての権利を主張する移民らは、フランス社会の中において異質な要素として
認識されるようになる。同時に移民らに対する迫害や暴力行為をはたらく事件が
相次ぎ、フランス社会全体に異質な存在となった移民を排除しようとする雰囲気
が広まっていった。
こうした背景のもと、フランス政府はこれまでの移民政策の見直しに取り組み、
新たな対策を打ち出す方針を固めた。
2 制 度
( 1 ) 帰国奨励
以上の事態を背景に、フランス政府はこれまでの移民政策の見直しに取り組み、
新たな対策を打ち出す方針を固め、1977年から1978年末にかけて、外国人労働者
の失業者救済のため彼らが母国へ戻ることをサポートするという初の試みとして
「帰国奨励政策(L’aide au retour volontaire)」が始められた20)。1977年 5 月30日に
「ノート・ダンフォルマシオン(Note d’information)」というフランス政府公式発
表文書によって開始された本帰国奨励政策は、後に対象者の拡大などを経て継続
されるが、1978年11月24日にフランス国務院(Conseil d’État) によって、出身国
を限定した差別的取り扱いを理由に無効とされ、同年12月31日付で廃止された。
本政策では、少なくとも過去 5 年間は継続して労働してきた賃金労働者や失業者
に対して、失業保険への加入の有無にかかわらず、約 1 万フラン(現在の日本円
にして約20万∼30万円)が給付された 。
21)
この給付の対象となるためには、大きく分けて 3 つの要件が存在した。第一に、
帰国支援の申請者だけでなく、その家族を連れて必ずフランスの領内から退去す
ること、第二に、労働認可や居住認可などすべての権利を政府に返上すること、
456 法律学研究51号(2014)
第三に、職を求めに再びフランスに戻ってくることが決してないように確約する
ことである。
既述のように1977年から1978年末までの19カ月の間に、およそ 2 万3300件の給
付決定が下された。総数としては 4 万5000人の労働者とその家族が給付を受けた。
当時のフランスからの出国者のうち 2 人に 1 人は、本帰国奨励政策の利用者であ
ると見積もられている22)。
( 2 ) 受給の対象者の限定
フランスの近隣諸国、旧植民地を中心とする23カ国(スペイン、ポルトガル、ア
ルジェリア、モロッコ、チュニジア、トルコ、ユーゴスラヴィア、ベニン、カメルーン、
コンゴ、コートジボワール、中央アフリカ帝国(現在の中央アフリカ共和国)、ガボン、
ギニア、オートボルタ(現在のブルキナファソ)、モーリシャス、マダガスカル、マリ、
モーリタニア、ニジェール、セネガル、チャド、トーゴ)の内のいずれかの国籍を持
つ者が給付の対象となった。これはフランス国内における移民らの国籍の大多数
が、上記の国々の出身者である、という理由による。また求職者に加え、失業保
険の支払いを受けた外国人も、本帰国奨励政策の援助の対象となったことは特筆
に値する。以下に示すのは、本帰国奨励政策の具体的内容である。
○実施主体
・A.N.P.E(職業安定所)
○対象者
・1977年10月 1 日時点で、A.N.P.E に既に登録されている求職者であり、 5
年間フランスで給与を受け取っている保険未加入の失業者、すなわち過去 5
年間に給与を受けとっていた賃金労働者
直近の半年間に定職を持っており、その給与がフランスの社会保障政策で定
められている限度額の 2 倍を超えない者
・社会保障政策に関連して、障害年金を受け取っている障碍者であり、労働
中の事故あるいは職業病に起因する障碍を持つようになってからすでに 5 年
が経ち、フランスで賃金を受け取ることを認められた者
・1977年10月 1 日からの対象拡大による対象者として、請求者たる外国人労
働者と同人に随伴してフランス退去を義務付けられた配偶者、ならびに同外
国人労働者の未成年子
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○対象外となった者
・65歳以上の外国人労働者
・ECC(EU の前身、ヨーロッパ経済共同体 Communauté économique européenne)
加盟国の国籍を持つ外国人居留者
・アンドラ人やモナコ人など労働許可が与えられている外国人
労働法典 R. 341∼347条の下で、労働許可証を完全に取得できる権利を持つ
者(例えばフランス人の配偶者、現業が専門職である CEE 諸国の国籍を持つ外国
人居留者、無国籍の難民など)
・一時労働の認可を持つ外国人(例えば、一時休暇中に労働する学生や専門職
の研修生)
、あるいは一時契約の対象者(季節労働者)
○支給額
・帰国奨励政策に基づく給付金の請求者: 1 万フラン
・配偶者
 その内失業保険の給付を受けた者: 1 万フラン
 失業保険支払いの要件を欠くか、もしくは現在無職ではあるものの、フ
ランスで 5 年間就業することを認められている者: 1 万フラン
 5 年間賃金を受けとる活動を認められていない者:5000フラン
・未成年子
 労働許可証(Travailleur salarié)に記載されている居住許可証を持つ者:
5000フラン(当該援助に加えて、 1 人当たり、エコノミークラス航空券の費
用に等しい査定補償金と、未成年子にはエコノミークラスにおける通常料金
の10%から75%に値する額の追加補償を付与)
○期間
・1977年 5 月30日∼1978年12月31日
( 3 ) 手順と管理
帰 国 奨 励 の 請 求 書 類 は、 失 業 者 の 場 合 は 地 方 雇 用 局(L’agence locale pour
l’emploi)に委託され、その他の場合は労働省(Départemental du Travail)の担当課
に直接送付され、 1 週間後に措置が決定された。奨励の決定がなされると、外国
人労働者は求職を目的にフランス国内へと戻ってこないこと、そして旅行者とし
て滞在する権利をも保持しないことを誓約した。
帰国奨励金は全てまとめて、受給者の出身国におけるフランス大使館、あるい
458 法律学研究51号(2014)
はフランス移民局を通じて受給者に支払われた。これらのすべての組織は受給者
全体の資料を取り扱い、現実の給付を行う前にそれらの資料を参照する義務を
負った23)。
3 考 察
先述したように、1978年11月24日にフランス国務院はこの帰国奨励政策に関す
る法令を無効とした24)。フランス政府が帰国奨励と称して、実際はアフリカ系の
移民労働者を自発的に帰国させる狙いで、政策を行っていた状況は人種差別を招
きかねない上に、移民らの出身国との事前協議もなしに追い返すのは外交的にも
問題であるといった理由からであった25)。しかし、その後1984年に自発的帰国奨
励は再び法制化され、労働法典(Code du travail)や入国滞在法典(Code de l’entrée
et du séjour des étrangers et du droit d’asile)といった、いくつかの法典で部分的に
再明文化された。現在の自発的帰国奨励は、入国滞在法典の L331 1条によって
直接定められている。直近では2010年に法改正がなされている26)。
本帰国奨励政策以降、フランスにおける移民政策は、1981年に社会党が政権を
握りその方針を大きく変更した。時のミッテラン政権(1981∼1995年)は移民ら
を「追い出す」のではなく、その社会的差異の縮減を狙い、移民らをフランス社
会に「統合」させる方針に転換した。この政策は、「社会統合政策(La politique
du logement des immigres)
」と呼ばれる。上述のとおり、1974年に労働移民は一時
停止されたが、家族の呼び寄せは認められていたため、この時期より女性や子供
の割合が増加した27)。ゆえに、移民らの社会統合の範囲は、生産労働の場だけで
なく住宅地や学校にまで及ぶ必要が生まれた28)。
総括として、フランスにおける帰国奨励政策は他国に先んじて試みられた画期
的制度であるとともに、日本において生じた再入国問題も顕著とならず、本制度
を活用して帰国させること自体には成功した。また現在でも、形を変えながら継
続され、不法移民対策の一つとして機能している。ただ、そもそもフランスに居
続けたいという希望を持つ移民が非常に多く、この制度を利用して帰国した移民
の数は、フランスにおける移民の総数と比較すると少なかったため、移民政策の
根幹となり得るものではなかった29)。世界でもトップクラスの移民人口を抱えて
いるフランスにおいて、この帰国奨励政策は、増加する移民に対する対策の一つ
としては有効であったものの、移民問題の根本的解決につながるものとはならな
かった。
459
Ⅲ ドイツ
1 ドイツと日本
ドイツは EU 加盟国の中でも最大の人口を誇る国である。同時に世界でも有数
の移民受入国であり、合計特殊出生率が世界で最も低率の国の一つでもある。こ
れは、近年国際化の影響により外国人新規参入者数が増加し続け、少子高齢化に
より人口減少が予測される日本もドイツと同様の問題を抱えているといえる。ド
イツは EU の枠組みの下にあり、歴史的経緯や地理的背景は大きく異なるが、移
民の社会統合政策についても、日本が今後少子高齢化の下で安定した社会を築い
ていく際に参考とすべき点も多い。
2 ドイツにおける移民の変遷と外国人帰国支援政策
西ドイツでは1955年から各国と労働募集協定30)を結ぶことによって外国人労
働者の導入が始まった。これは西ドイツにおける労働力供給源の減少や賃金上昇
により、国際競争力の点で遅れをとることを恐れた西ドイツ企業が外国人労働力
を導入することで問題を解決しようとしたことに端を発する。その後外国人労働
者による家族呼び寄せ31) により西ドイツの外国人人口は上昇した。しかし、
1970年代に入ると外国人労働者のドイツの労働市場における有意性に疑問を呈す
る主張が出始め32)、1972年に社会民主党連立政府が外国人労働者の数を減らす方
向へ政策を転換し始めた33)。1973年のオイル・ショックにより西ドイツが不況に
陥ると、外国人労働者の新規流入を阻止し、帰国を促進する動きに拍車がかかっ
た。しかしこの政策は帰国して二度と戻らないか、もしくは西ドイツに滞在し続
けるかという選択肢を与えるものであったため、結果として大量の家族構成員が
西ドイツへ流入するという事態を引き起こしてしまう34)。その後も74年、76年の
不況に呼応して外国人労働者数は解雇などにより減少させられ、同時に外国人失
業者が増加することになるなど、外国人失業者率は高くなった。1980年代に入る
と一層制限的な政策がとられ、具体的には帰国奨励政策や、家族呼び寄せの制限35)、
外国人のうち一部を統合化するなどであるが、この一連の流れの中で1983年に外
国人に金銭を渡し、帰国を促進しようとする外国人帰国支援法(Rückkehrhilfegesetz)
が制定された36)。その内容は以下のとおりである。
460 法律学研究51号(2014)
○対象者
1 ,ドイツ人と結婚し、連邦政府と被雇用者の求人、雇用に関する協定を結
んだ国家の国籍を所有していない者、また欧州諸共同体の構成員以外の者、
2 ,a)1983年10月30日以降から1984年 6 月30日までに、企業の操業停止、
企業解体、または破産により失業している者、そして
b)前の 6 カ月間のうちに、帰国支援の請求の前に絶え間なく、雇用促進法
第69条の意味内において企業の操業時間の最低20%を含んだ時間の短縮によ
り操業短縮労働助成金を要求していた者
3 ,1984年 6 月30日までに帰国支援の申請を行っていた者
4 ,出国の時点で有効な居住滞在許可、または就業目的(Erwerbszwecken)
での滞在許可を、家族呼び寄せ(Familiennachzugs)の目的で所有していた、
または滞在目的への拘束がない者
帰国支援金は1983年10月30日から1984年 9 月30日までにこの法律の範囲内で
家族とともに去った被雇用者にしか支払われない。夫及び被雇用者が法律上
の扶養義務および親権(sorgeberechtigt) を有している子供は、家族に数え
られる。これはすでに 5 年前から法に基づき、この法律の範囲で滞在してい
て、生活費の独自の保全を自由に使用する、別居している夫婦には無効であ
る(外国人帰国支援法第 1 条 1 項)。
○支給額
帰国支援金は 1 万500ドイツマルク(約88万円)37)である。金額はこの法律の
範囲で法に基づいて滞在する被雇用者の子に応じ、その子供が被雇用者とと
もに1983年 1 月 1 日以前に入国していて帰国する場合、1500ドイツマルク増
額する。この特別手当は 1 人の子供につき 1 度しか付与されない(外国人帰
国支援法第 2 条 1 項)
。
○手続方法
帰国支援は連邦雇用機関に文書で申請しなければならない。申請の受諾や要
求についての決定は被雇用者の地区の連邦雇用機関が権限を有し、被雇用者
の居住地の法の適用範囲に従わなければならない。連邦雇用機関は個々の前
提条件についての事前の知らせを通じた要求に基づいて決定することができ
る。その他の点ではドイツ社会法典の第10編第 1 条の規定を適用する(外国
人帰国支援法第 5 条)
。
461
3 考 察
結果として、本帰国支援法は大きな成果を上げることはなく、この程度の奨励
金では帰国へのインセンティブとはならなかった38)39)。給付金を受け取って母国
に帰国して労働者として働くよりもドイツで失業保険に頼って暮らしているほう
が賃金や社会保障の面で有利であったからである。また再入国に関する記述は条
文に直接規定されていないが、対象者を欧州諸共同体(Europäische Gemeinschaften)
の構成員以外の者としていることから、移民が即時にドイツへ再入国することを
防ごうとしたことがうかがえる。
Ⅳ スペイン
1 任意帰還政策の背景である移民の増加と失業経緯
移民問題に関して、スペインは地理的にポルトガルと並んで欧州連合(EU)
の重要な西の国境であることから、他の欧州諸国と比べ昔から移民の流入が多く、
その出身国も多岐にわたる。サハラ以南アフリカ、または中国や南アジアからの
移民も存在し、彼らは物産や海産物の運搬船に潜り込み、アジアからアフリカへ、
そして、アフリカからヨーロッパへと渡った。また、南アメリカのスペイン語圏
からの移民も多く、その規制が重要な課題となっている。彼らは観光客として入
国し、その後自ら所持する ID カードを破壊して出身国を分からなくすることで、
そのまま不法滞在者と化して残留する。多方面から流入した移民はより良い生活
を求めて好況期のスペインに居残り、2008年まではこのようにして移民が増加し
た40)。しかし、その後のリーマンショックによる経済危機によりスペインの景気
は急降下し、失業率も一時期26%まで上昇した。これにより、出稼ぎに来ていた
多くの移民労働者が生活状況の改善の見られないまま、自ら母国への帰還を選択
せざるを得なくなった。このために不可欠となった移民流入制限を講じる際には、
以下の 3 点のバランスを保つことが重要となる。①合法移民制度の確立、②不法
移民問題への対処、③移民労働者の選別を行うことにより、開発や発展に対する
移民による効果を最大化できる。問題はどのようにしてこのような開発や発展を
促進するかであり、移民受入国と移民労働者相互の利益を保証する必要がある41)。
スペインは歴史的にも、移民が比較的成功した数少ない国として考えることが
できる。米国やオーストラリア等の移民国家を除き、多くの場合は、フランスや
462 法律学研究51号(2014)
ドイツのように短期的に成功したとしても、それを維持することができていない。
それに比べスペインは、移民を積極的に受入れ、その結果、移民の総数は1998年
の年間約 5 万7000人から、サパテロ政権下(2004∼2011年) での年間約60万人に
まで膨れ上がったにもかかわらず、2008年の経済危機まで好況期を維持すること
に成功した。そもそもスペインが移民の受入れに積極的になったのは、経済発展
のために労働力を必要としていた一方で、少子化問題が顕在化していたためであ
る。スペインも日本同様に少子化問題に苦しんでおり、先述のサパテロ政権下で
は子供を産むと2500ユーロを支給する制度を導入していた。それ以上少子化が進
めば国力の低下は避けられず、2030年までに移民人口をスペイン総人口の 2 割程
度にまで増やさなければ年金システムは破綻すると予測されていた。少子化が進
むと年金システムが破綻するというのは、日本でも同様である。日本も国際競争
力を維持すべく、その労働力確保のために、移民の受入れが考慮されている。ゆ
えに、2008年以降、経済危機により状況が悪化した経緯が類似するスペインの例
と比較検討する意義がある。
2 制 度
( 1 ) 概 要
2010年から開始されたスペインにおける任意帰還の援助政策では、①人道ベー
ス、②失業ベース、③投資ベースの 3 つのプログラムが準備され、移民はいずれ
か 1 つに応募することができる42)。移民は本国への帰還を条件に、スペイン政府
からの金銭的補助を受けることが可能である。表 1 は 3 つのプログラムの特徴を
まとめたものである。
本節では、日本の帰国支援事業との比較を念頭に置き、失業ベースプログラム
を掘り下げて解説する。本プログラムでは、現在スペインにおいて失業手当を受
給している移民が、出身国に帰還することにより、その手当を一括で受け取るこ
とができる。現在スペインが直面している経済状況では、失業移民が職を得る保
証がないことから、本プログラムは国家にとっても移民にとっても積極的な意味
を持ち得る制度であると考えられる43)。
失業ベースプログラムでは、対象となる移民の出身国を EU 圏外とし(第一要
件)、かつ、スペインと社会保障協定を結んでいる国に限定している(第二要件)
。
EU 圏外に限定する理由は、本国に帰還した移民が即時にスペインに再入国する
ことを防ぐためである。また、EU 圏外でも社会保障協定が締結されている国家
463
表1
プログラム
対象移民の法的身分
人道ベース
合法および違法移民
失業ベース
合法移民
投資ベース
合法および違法移民
対象移民の出身国
EU および EU 圏外
EU 圏外かつスペインと社会
安全協定を結んでいる国家
EU および EU 圏外
交通費の支給対象
本人とその家族
本人とその家族
本人
のみに限定する理由は、帰還移民に政府からの補償金が渡ることを保証するため
である。さらに、本プログラムが合法移民のみを対象とすることは言うまでもな
い。そもそも違法移民には失業補償を受給する権利がないからである。
対象となる移民が失業ベースプログラムに申請する場合、 1 人あたり50ユーロ
の交通費と、受給資格のある失業補償の40%が与えられる。申請者は30日以内に
スペインを発つ必要があり、受給をした後ではこれを取り消すことができない。
出身国に帰還後、同国のスペイン大使館に帰国の届出を行うことで、残りの60%
を受け取ることができる。なお、交通費は家族 1 人ずつに支給されるが、その反
面、子供のケアや追加の補償が存在せず、家族全体で帰還をするインセンティブ
は低いという問題点も存在する44)。
( 2 ) 移民の利益の法的保護―具体的な要件と効果―
先に述べたスペインの任意帰還プログラムにおいて、移民の利益がどのように
具体的に保護されているか検討する。任意帰還プログラムは、2008年の経済危機
を受けて同年末に国会で承認されたものである45)。その枠組みは、2009年のスペ
インにおける外国人の権利および自由ならびにその社会統合に関する組織法
(Ley Orgánica 2/2009, de 11 de diciembre, de reforma de la Ley Orgánica 4/2000, de 11 de
enero, sobre derechos y libertades de los extranjeros en España y su integración social)
に盛り込まれ、さらに同組織法を承認する2011年のレアル・デクレト(Real
Decreto 557/2011, de 20 de abril, por el que se aprueba el Reglamento de la Ley Orgánica
4/2000, sobre derechos y libertades en España y su integración social, tras su reforma por
Ley Orgánica 2/2009)の中に置かれた新規定により具体的に確立された 。
46)
当該プログラムはスペインへの再移民の可能性を見据えており、再入国後は、
長期居住権獲得のための期間が先回のスペイン在留期間に加算されること(122
条 4 項)
、また、帰還前に長期居住権を取得していた者には同長期居住権が再授
464 法律学研究51号(2014)
与されること(120条 2 項)が特徴として挙げられる。これが本プログラムの目的
たる“循環(circular)”概念の根幹である。2009年の組織法(Ley Orgánica 2/2009)
の施行後、これらの特徴が長期居住権を持たない者へも適用拡大されるべきであ
るとして、“循環”概念との歩み寄りが求められ、再移民を望む帰還者たちにも
新たな居住権を授与する、より簡易な制度の確立を目指した。その結果として、
2011年 の レ ア ル・ デ ク レ ト(Real Decreto 557/2011) に お い て、 一 時 居 住 権
(residencia temporal)に関する規定が置かれた第 4 編に、
「自主的に自国へ帰還し
た外国人の一時居住権」と題する第10章が設けられた。以下では、その内容を見
ていく。
本章は120条から122条までの 3 条からなり、冒頭の120条では適用範囲が規定
されている。ここで特筆すべきは、政府によって促進・資金提供される任意帰還
プログラムを利用することなく、自己の責任で自発的に出身国へ帰還する外国人
にまでその適用範囲が及んでいることである(120条 1 項 b 号参照)。続く121条以
下の規定を見ていくと、任意帰還プログラムを利用しているか否かで、その扱い
に条文上の差異は何ら存しない。むしろ、任意帰還プログラム申請者以外をも適
用対象とするために条文操作している点も見られる(121条 1 項 2 文、 2 項および
3 項ならびに122条 2 項 1 文)。
121条では、スペイン領内へ戻らない旨の誓約ならびにその期間と手続きにつ
いて定めており、本手続きの履践が、続く122条所定の一時居住権および就労権
の再授与の要件となっている。いかなる帰還プログラムを利用して帰国する場合
も、いずれのプログラムとも無縁に帰国する場合も、一律に出身国への帰還から
3 年という期間を設定しており(121条 1 項)、自ら出身国にあるスペインの外交
代表機関または領事館へ出頭し、外国人としての身分証明書を引き渡すとともに
居住権を明白に放棄し、その旨と日付の記載された書面を受け取るという手続き
を踏むことで(121条 2 項、 3 項および 4 項)、 3 年という期間は完全管理されてい
る47)。
既述のように、122条では、一時居住権と就労権の再授与について規定してい
る。その申請から45日以内に所轄官庁による決定・通知がなされるべきことが規
定されており(同条 3 項 2 文)、さらに、この決定・通知が優先的に行う処理の対
象であることも本条に明記されている点から(同条同項 1 文)、スペインが移民国
家の自覚の下に移民の利益へ配慮していることがうかがわれる。また就労権との
関係では、122条 1 項において、任意帰還プログラム利用者(120条 1 項 a 号) の
465
再移民と再就労に関して、国内雇用状況を考慮しない旨、さらに同条 2 項 1 文に
おいて、任意帰還プログラム利用者(120条 1 項 a 号)および所定の条件を満たす
自主帰還者(同条同項 b 号)の双方につき、使用者から雇用契約の申込みの意思
表示がなされる旨、定められており、国家レベルでなく移民労働者個人レベルの
利益への配慮が見て取れる。以上に加えて122条 2 項 2 文では、
「外国人が、職業
の履践のために法的に要求される職業資格等の職業上の能力要件を満たす場合は
常に、その出身国で行われた手続きにおいて事前選抜されるよう、スペインの関
係当局は必要な措置を行うものとする」と規定し、出身国との相互発展を目指し
専門的な職業資格を有する者を循環させる意図も見て取れる。
なお、長期居住権の回復については、EU 指令との間に要件の矛盾が存するこ
とを指摘しておきたい。EU レベルでは「12カ月を超えて連続して EU を離れる
場合、長期居住権を喪失する」(2003年の「EU 加盟国に長期間居住する域外国国民
の滞在資格に関する理事会指令」 9 条 1 項 c 号:2003/109/EC) とされているのに
48)
対し 、スペイン国内法では、先述のように、 3 年以内であれば一時居住権と就
49)
労権の再授与が可能であり(122条 4 項)、より緩い要件の下で長期居住権の回復
が可能となる50)。
3 考 察
( 1 ) 在留期間の合算
以上のように、スペインの任意帰還プログラムは、景気悪化による失業率上昇
の影響を受けた出稼ぎ労働移民への手厚いサポートという目的を果たしているこ
とが分かる。具体的には2011年のレアル・デクレト(Real Decreto 557/2011) の
120条から122条に見られるように、スペインでは、自発的にプログラムを利用せ
ず帰国する者にまでも適用が及ぶことが明文化されており(120条 1 項 b 号)、生
活状況の改善が見られない者に対して母国への帰還の選択肢を保障している。移
民労働者が母国への帰還という選択を躊躇する大きな理由として、長期居住権獲
得のための在留期間がリセットされてしまうことが挙げられる。EU 指令と比べ
ても、スペインは再入国後、長期居住権獲得のための期間が先回のスペイン在留
期間に加算されることや、帰還前に長期居住権を取得していれば再授与されるこ
とを考慮すると、本プログラムの根幹となる“循環”は、スペインへの再移民を
視野に入れていると結論づけることができるであろう。
466 法律学研究51号(2014)
( 2 ) 移民労働者個人の利益への配慮
居住権および就労権が個々の移民労働者にとってその生活基盤となる重要な権
利であることに鑑みて、122条では、同権利が移民労働者に確実に再授与される
ことを保障する。同条 1 項では、再入国時のスペインの雇用状況を考慮しないこ
とが定められ、同条 2 項 1 文では、使用者から雇用契約の申込みの意思表示がな
されることが定められている。さらには、同規定において、例えば一定の職業に
従事するにあたって要求される国家資格等に関して、国を超えてその互換制度が
完備されている。一時居住権授与に関して、迅速な手続きと優先的処理(同条 3
項)について定めているのも、移民労働者個人の利益に配慮しているからにほか
ならない。以上より、スペインのプログラムは移民受入国と移民労働者相互の利
益を保障できる最適な方法といえる51)。
さらにいえば、
“循環”の枠組みにおいては、受入国より出身国の状況に応じて、
制限・選抜される現状があるため、あくまでも、自発的で個人的な決断を支援す
ることに焦点を当てる必要があろう。加えて、人類の発展や移民の人間的な側面
に対する考慮を忘れてはならないだろう。
Ⅴ 政策と提言
1 3 カ国の帰国支援政策に関する全体比較
ドイツで実施された外国人帰国支援政策は、奨励金(約88万円)が少ないこと
を主因とし、また、手続き面および対象者の面での厳格さといった事情から、帰
国へのインセンティブにはならなかった。
一方でフランスの実施した帰国奨励策は、一度出国した移民に対する再入国禁
止措置を含んでいたにもかかわらず、移民の約半数に利用され、一定の成功を収
めた。他方で再入国禁止という厳格な条件やフランスに居続けたいという移民が
多かったため、帰国奨励政策を利用した移民の数はフランスにおける移民の総数
と比較すると極めて少なく、この政策は増加する移民対策の一つとして機能した
が、移民問題の根本的な解決に繫がるものではなかった。
またスペインの任意帰還政策はスペインへの再入国ができない帰還を 3 年間と
定め、その期間の管理を徹底的に行っている。そればかりか出身国への帰還後の
生活にも焦点を当てており、さらにはスペインへの再入国後の居住権等の再授与
についても所轄官庁が優先的に行うべき旨が条文で規定されている。その根幹を
467
成す“循環”(circular)という概念こそ近年のスペインにおける移民政策の特徴
であり、スペインの移民政策である失業ベースプログラムは移民個人の利益と移
民の出身国の利益を考慮したものであった。しかしここで注意しなければならな
いのは、循環そのものが国、および移民を豊かにするわけではないことである。
移民が循環し再入国した際に、国家の政治、経済、社会的な状況が帰還前と変
わっていなければ、循環は何ら意味を持たない。移民の循環というフローに国家
が適応し、受入国、移民、移民の母国の三者が相互に作用し、利益を享受できる
環境が創出されることで、循環は意義を持ち得る。
2 帰国支援政策における対象外国人の限定に関して
日本における帰国支援事業では、事業の対象者を日系人に限定している。本稿
の考察から明らかなように、フランスの1977年帰国奨励策は、国籍を限定したこ
とによる差別的取扱いを理由に国務院判決によって無効判断がなされているため、
わが国における日系人への限定も同様の差別的取扱いに該当するのではないかと
思われる。
わが国において、ブラジル、ペルーなどの日系南米人の 2 世、 3 世とその配偶
者には、1990年の入管法改正により新たに国内での求職、就労、転職に制限のな
い「定住者」資格が付与された。これは、日本語能力や職業能力の有無にかかわ
らず、彼らに日本での規制のない労働を許可し、
「デカセギ」労働者となり、自
動車産業の下請企業、業務請負業者等に雇用され急増するようになった52)。つま
り、日系ブラジル人やペルー人は特別なスキルを保持することなく入国でき、そ
のスキルがなくても労働可能な製造業などに従事しており、このことは次の図 1
からも分かる53)。
図 1 から分かるように、リーマンショック前の2005年と、リーマンショック後
の2010年では製造業に従事するペルー人とブラジル人の失業率が圧倒的に増加し
ている。
これに対し、同じ製造業に従事しているベトナム人、インドネシア人を見ても、
失業率は相対的に低いことから、帰国支援事業を行った際にペルー人やブラジル
人などの日系人労働者に焦点を絞ったことは妥当であると判断できる。
帰国支援事業の実施結果から見ると、在日日系人の総数約30万人54) のうち、
約 2 万1000人が本制度を利用した。全体の総数から見るとたったの15分の 1 にし
か利用されていないが、本制度の実施期間は2009年から2010年の 1 年間であり、
468 法律学研究51号(2014)
図 1 国籍別に見た製造業比率と失業率の相関
(2005年)
12
韓国・朝鮮人
タイ人
ベトナム人
フィリピン人
ペルー人
中国人
日本人
8
6
米国人
4
ブラジル人
英国人
2
0
20
インドネシア人
40
60
80
ペルー人
12
失業率︵%︶
失業率︵%︶
10
0
(2010年)
14
韓国・朝鮮人
10
タイ人
8
日本人
米国人
英国人
6
4
フィリピン人
中国人
ベトナム人
2
0
ブラジル人
インドネシア人
0
製造業就業比率(%)
20
40
60
80
製造業就業比率(%)
(資料)2005年、2010年とも国勢調査
月間およそ1750人、 1 日に約60人が本制度により帰国したことを意味する。本帰
国支援事業の実施を日系人に限定したことにより、リーマンショックの不況の
りを受けた日系人労働者を効率的に帰国させたことからも、本政策内の限定条件
は有効なものであったと考察する。
3 日系人の再上陸許可について
―スペインの“循環”政策からの示唆―
しかし、日本は帰国支援事業の実施によって出国した日系人の受入れを実施し
ておらず、これは受入国である日本の目下の都合に沿ったものでしかない。そも
そも、少子高齢化社会の下での中長期的な成長を鑑みた際、移民の力は日本に
とって不可欠である。日本も、スペインの2011年法122条 1 項のように、厳しい
経済・雇用状態にとらわれることなく、少子高齢化社会であることも自覚して、
中長期的な視野での政策を考えていかなければならない。移民を出身国へ帰還さ
せるということは労働力が減少するだけではなく、高齢社会における医療・介護
従事者の需要の増加といったことが起こることを意味する。上記を考慮すると将
来の日本には移民の力が不可欠であり、同時に、移民との間に相互利益を生み出
す関係を作り出す必要があることを意味する。
以上を踏まえ、日本も帰国支援事業で国外へ送り出した日系人を受け入れる態
勢を整えることが望ましいといえる。2013 年10 月になって厚生労働省が日系人
469
の再入国を許可することになり、帰国支援事業は終了したが、近い将来再びリー
マンショックのような経済恐慌が発生し、このような政策を実施する際にはスペ
インの122条 1 項のように再入国の期間は明確にしておくべきである。さらに日
系人の再入国を認めるにあたってドイツの移民統合面の失敗や55)、移民の利益と
移民の出身国の利益を考慮したスペインの移民政策を参考にした上で、再入国を
認めるべきである。その際、再入国を許可する制度をただ確立するのみでは、問
題の本質的な解決には至らないであろう。スペインの122条 2 項 1 文において被
用者側の雇用契約の申込みが明文化されているように、再入国した移民が働ける
スペースを確保し、かつ、彼らが生活しやすい環境を整備する必要がある56)。そ
して、受入国である日本と移民が相互に利益を提供しあう関係を築いてこそ、中
長期的な国家の成長が成し遂げられるのである。ただ、スペインの122条 2 項 2
文のように、法律上要求される職業資格を有する専門職の相互循環まで明文化す
ることは、言語を代表とする日本特有の事情を考慮するとそぐわない恐れがある。
つまり、当該スペインの政策は、スペイン語を母語とするラテンアメリカ出身の
移民を想定した上で作られたものであるからこそ、成功するのである。わが国の
場合は、この明文化がなくても、国際競争力を改善することが可能であり、移民
を通じた諸外国との結びつきを強固にすることで、近年失われつつあった世界に
おける日本の存在感を取り戻すきっかけになり得るのではないだろうか。
1 ) 山本利行ほか著『新しい入管法』(有斐閣、2010年) 6 頁。
2 ) 山本・前掲書(注 1 ))7 8頁。
3 ) 山田鐐一、黒木忠正著『わかりやすい入管法(第三版)
』(有斐閣、2012年)11頁。
4 ) 山本・前掲書(注 1 )) 4 頁。
5 ) 在サンパウロ日本国総領事館の帰国支援を受けた日系人への対応につき、
〈http://www.sp.br.emb-japan.go.jp/jp/jnot_13_9_kikokushien_jp.html〉参照。
6 ) 前掲サイト(注 5 ))参照。
7 ) 厚生労働省、日系人帰国支援事業の実施結果につき、〈http://www.mhlw.go.jp/
bunya/koyou/gaikokujin15/kikoku_shien.html〉参照。
8 ) 厚生労働省、日系人離職者に対する帰国支援事業の実施につき、〈http://www.
mhlw.go.jp/houdou/2009/03/h0331-10.html〉参照。
9 ) サンパウロ新聞「『日系人帰国支援事業』 3 年たっても再入国できず」につき、
〈http://www.saopauloshimbun.com/index.php/conteudo/show/id/8660/cat/105
参照。
10) 厚生労働省、帰国支援を受けた日系人への対応について、
〈http://www.mhlw.
470 法律学研究51号(2014)
go.jp/stf/houdou/0000024158.html〉参照。
11) 前掲サンパウロ新聞(注 9 ))参照。
12) 文 部 科 学 省、 新 規 大 学 卒 業 者 の 就 職 状 況 の 推 移 に つ き、〈http://www.mext.
go.jp/b_menu/houdou/23/02/__icsFiles/afieldfile/2011/02/17/1302340_2_1.pdf〉
参照。
13) Minority youth japan、日系人離職者に対する帰国支援金等に関する質問主意書
第171回国会につき、〈http://minorityyouthjapan.jp/project_news/view/11
参照。
14) 坂中英徳氏による厚生労働省の「日系人離職者に対する帰国支援事業」による
帰国支援金の支給を受けた者に対する再入国禁止措置に対する見解につき、
〈http://blog.livedoor.jp/jipi/archives/51252375.html〉参照。
15) 参 議 院、 質 問 主 意 書 に つ い て は、
〈http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/
kousei/syuisyo/171/touh/t171151.html〉を参照。
16) 前掲サイト(注15))。
17) Smaïn Laacher, Dectionnaire de l’immigration en France, Paris : Larrousse, 2012,
pp. 95 97 et p. 439.
18) 小井戸彰宏著『移民政策の国際比較』(明石書店、2003年)88頁。
19) 小井戸・前掲書(注18))88 89頁。
20) André Lebon, “L’aide au retour des travailleurs étrangers”, Economie et statistique,
no 113, Juillet-Août 1979, p. 38 et s.
21) 1977年 5 月30日の行政文書(Note d’information)により施行され、1977年 9 月
28日に対象となる移民を拡大した。
22) André Lebon, op. cit., p. 37.
23) André Lebon, op. cit., p. 38.
24) 国務院判決については、Conseil d’Etat, 1/4 SSR, du 24 novembre 1978, No 09999
〈http://legifrance.gouv.fr/affichJuriAdmin.do?idTexte=CETATEXT 000007687648〉
を参照。
25) 前掲サイト(注24))参照。
26)〈http://www.questionsdetrangers.com/aide-au-retour-les-changements-demars-2010/〉。
27) C. Wihtol de Wenden, “Une logique de fermeture, double de la question de
l’intégration”, Yves Lequin (dir), Histoire des étrangers et de l’immigration en France,
Paris : Larrouse, 2006, p. 462 et s ; 小井戸・前掲書(注18))92 93頁。
28) 相馬恵里香(前田研究会 4 年)「フランス親責任契約と同国の移民政策」法律学
研究50号(2013年)259頁以下。
29) André Lebon, op. cit., p. 42.
30) 矢野久著『労働移民の社会史―戦後ドイツの経験―』(現代書館、2010年)27
30頁によれば、労働募集協定はまずはイタリア(1955年12月)から始まり、続い
てスペイン、ギリシャ(60年 3 月)、モロッコ(63年 5 月)、ポルトガル(64年 3
471
月)、チュニジア(65年10月)、ユーゴスラヴィア(68年10月)の各国政府と締結
された。協定締結の背景としては、西ドイツ側の企業の利害のほか、送出国側の
失業問題があった。このように西ドイツは各国と協定を締結したが、西ドイツ政
府が協定締結を各国に働きかけるのではなく、逆に送出国側が西ドイツ政府に協
定締結を申し込むという形がとられた。
31) 矢野・前掲書(注30))32 33頁によれば、労働募集協定を締結した外国人労働
者の場合、一定の期間滞在すれば家族を呼び寄せることができた。しかし、トル
コ人労働者の場合他の外国人労働者に比べ、当初家族呼び寄せが禁止されていた、
また、禁止が撤廃されても不利な規定がなされたなど、差別されていた。
32) 矢野・前掲書(注30))35頁によれば、外国人労働者は社会的なコストが非常に
高くつくのではないか、外国人労働者の社会的な統合は非常に難しいのではない
かという議論がなされるようになった。
33) 矢野・前掲書(注30))35頁によれば、1973年夏にケルンのフォード社でトルコ
人労働者による山猫ストライキが起こった際、ドイツ人の労働組合はこのストラ
イキに反対し、連邦政府の外国人労働者削減政策に賛成するという事態が発生し
た。
34) 矢野・前掲書(注30))36 37頁によれば、1973年 9 月から80年 9 月までに外国
人就業者数は260万人から210万人に20%減少したのに対し、外国人人口は350万
人から450万人に29%増加した。
35) 矢野・前掲書(注30))41頁によれば、家族の呼び寄せの年齢を16歳までの子供
に制限した上、第二世代の子供が結婚している場合に、その呼び寄せを限定した。
36) 外国人帰国支援法(Rückkehrhilfegesetz)については、〈http://www.gesetze-iminternet.de/r_ckhg/BJNR113770983.html〉を参照。
37) 1984年当時の 1 ドイツマルク=83.5796円である。
38) 外務省『諸外国における外国人労働者対策 第 4 章ドイツ』については、
〈http://
www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kaigai/10/pdf/tokusyu/to069~078.pdf#search=‘R%
C3%BCckkehrhilfegesetz’〉を参照。
39) 近藤潤三著『統一ドイツの外国人問題―外来民問題の文脈で―』(木鐸社、2002
年)66頁によれば、外国人帰国支援法により帰国した外国人の数は約25万人であ
り、1985年には依然として438万人の外国人がドイツに滞在していた。
40) Rocío Periago Martínez, “Una Mirada A La Aplicación De Las Políticas Migratorias
En España. El Retorno Voluntario Y El Codesarrollo Como Opción”, Revista de
Derecho Migratorio y Extranjería, no 30, 2012, p. 297.
41) Rocío Periago Martínez, op. cit., p. 301.
42) Piotr Plewa., “The Effects of Voluntary Return Programmes on Migration Flows in
the Context of the 1973/74 and 2008/09 Economic Crises”, Comparative Population
Studies – Zeitschrift für Bevölkerungswissenschaft, Vol. 37: 1 2, 2012, p. 154.
43) Piotr Plewa., op. cit., p. 159.
472 法律学研究51号(2014)
44) Piotr Plewa., op. cit., p. 156.
45) スペインのエル・パイス紙(El PAIS)2008年 9 月19日版より、〈http://elpais.
com/elpais/2008/09/19/actualidad/1221812226_850215.html〉参照。
46) Sala Iglesias Sánchez, “El Retorno Voluntario en España: Análisis desde la
Perspectiva de la Migración Circular y del Derecho de la Unión Europea”, Revista
de Derecho Migratorio y Extranjería, no 29, 2012, p. 255.
47) Real Decreto 557/2011, de 20 de abril, por el que se aprueba el Reglamento de la
Ley Orgánica 4/2000, sobre derechos y libertades de los extranjeros en España y
su integración social, tras su reforma por Ley Orgánica 2/2009.
第 4 編 一時居住権
第10章 自主的に自国へ帰還した外国人の一時居住権
第120条 適用範囲
1 項 本章の規定は、一時居住権を持つ以下の外国人に適用される。
a) 行政機関(Administración General del Estado)によって促進、資金提供、
もしくは、認定された任意帰還プログラムの保護を受けた(外国人);ま
たは、
b) いかなるプログラムとも無縁に自主的に自国へ帰還する(外国人)。
2 項 いずれの場合においても、本章の規定は、2000年 1 月11日の組織法(Ley
Orgánica 4/2000)の28条に従って定められた内容を超える制限、ならびに、
本規則の定めに従い、スペイン領内の一定不在期間後に生じ得る居住権の
消滅に由来する制限なしに、居住権の有効期間内にスペイン領内から出国
し、またスペイン領内に戻る、スペインにおける外国人居住者の権利を損
なわずに理解される。
第121条 スペイン領内へ戻らない旨の誓約
1 項 スペイン領内へ戻らない旨の誓約の効力が終了すると、その外国人は、
取得を欲する権利のタイプに応じて、本法規の定めに従い、一時居住権
(のみ)または一時居住権および就労権を申請できる。
任意帰還プログラムがスペイン領内に戻らない旨の誓約の期間を規定して
いない場合や、その外国人がいずれのプログラムとも無縁に自国へ帰還す
る場合、本章の規定に従う一時居住権(のみ)または一時居住権および就
労権の申請は、出身国への帰還の日から 3 年が経過した時とする。この期
限は、労働移民省の命令によって修正され得る。
2 項 帰還日の管理のために、外国人は任意帰還プログラムを利用していよう
が何らのプログラムも利用していなかろうが、自ら出身国にあるスペイン
の外交代表機関または領事館に出頭し、有効な外国人の身分証明書を引き
渡さなければならない。
3 項 正規の居住権の放棄を含まない任意帰還プログラムに基づいて出身国へ
帰還した場合、あるいは何らのプログラムも利用しなかった場合、外国人
473
は、本章の規定の適用を受けるために、スペインの外交代表機関または領
事館に出頭する際、その帰還を証明するため、明示かつ書面により居住権
を放棄しなければならない。
4 項 外国人がカードを引渡居住権を放棄するスペインの外交代表機関または
領事館は、この外国人に双方の法的手続きとその発行日付を示した書類を
引き渡すものとする。
第122条 一時居住権(のみ)または一時居住権および就労権の授与
1 項 これら(一時居住権(のみ)または一時居住権および就労権の授与)を
申請する外国人が120条 1 項 a 号の要件に含まれるとき、これが通常要求
し得る権利についての手続きにおいて、雇用についての国内状況の考慮に
関する要件は、適用されない。
2 項 元々の労働者の団体交渉の枠内で、本章所定の任意帰還プログラムを利
用した外国人にあっては常に、または、本章所定の何らのプログラムとも
無縁に帰還した外国人にあっては、一時居住権および就労権を放棄した場
合のみ、雇用契約の申込み(の意思表示)が提示され得る。
同様に、外国人が、職業の履践のために法的に要求される職業資格等の
職業上の能力要件を満たす場合は常に、その出身国で行われた手続きにお
いて事前選抜されるよう、スペインの関係当局は必要な措置を行うものと
する。
3 項 本章所定の一時居住権(のみ)または一時居住権および就労権の授与申
請手続きは、優先的処理の対象とする。決定と通知のための最長の期間は、
その決定のための所轄の機関の登録申請開始日から45日とする。
4 項 外国人の一時居住権の状況は、長期居住権の状況への期間合算の効果と
して、継続されたものとみなされる。ただし、その期間算定には、出身国
または以前の居住国への外国人の任意帰還から、一時居住権(のみ)また
は一時居住権および就労権の新規授与までに経過した期間を含まない。
5 項 本章の規定は、外国人によりその出身国へ自主的に帰還する際になされ
た、スペインへ戻らない旨の誓約の期間が一度経過した場合に適用される
ものとする。
48)「EU 加盟国に長期間居住する域外国国民の滞在資格に関する理事会指令」につ
いては、
〈http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2004:016:0044:
0053:en:pdf〉(英文 pdf 資料)参照。
49) EU における外国人労働者対策の変遷については、厚生労働省大臣官房国際課
「2008∼2009年 海外情勢報告 特集 諸外国における外国人労働者対策」20 32頁
〈http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kaigai/10/pdf/tokusyu/to020~032.pdf〉参照。
50) EU 指令自体が、同指令と国内法の 2 つの異なる制定法の併存を認めているため、
スペインの移民は、移民にとってより有利なスペイン国内法の適用を選択し得る
(Sala Iglesias Sánchez, op. cit., p. 257)。なお、欧州連合における EU 指令と各国
474 法律学研究51号(2014)
国内法の適用関係について、指令は加盟国を拘束するが、その適用に際しては各
国での立法措置を必要とし、規則は加盟国に対し、国内法と関わりなく直接拘束
力を有する(庄司克宏著『新 EU 法―基礎篇―』(岩波書店、2013年)223頁以下
参照)。2003/109/EC 指令においては、別途 EU が協定を結んでいる国の国民に
ついて、協定がより有利な条件を提示している場合には、その協定の条件が有効
とされている。
51) しかしながら、移民が出身国に帰還する際に、いずれスペインの状況が改善す
るという保証はなく、移民した者の人生計画は(帰還により)失敗と見なされる
危険がある。同様に、出身国についても、帰還者へのフォローは存在せず、もた
らされた方策を管理することを引き受ける機関は人的にも物理的にも存在しない。
さらに、移民の帰還に伴い、主要な収入源の一つである送金が失われることや、
社会保障等の費用の負担に向けられた基金が使い果たされるという問題があり、
むしろ受入国は長い目で見れば損害を被ることになる。このような見解も存在す
るが、これらの問題は制度を整えることで解決できる。
52) 前田研究会 4 期「日系人労働者受け入れに関するわが国の法律体制の諸問題」
法律学研究45号(2011年)141頁以下;前田研究会 5 期「日系人労働者を取り巻
く問題と『社会統合』という解決策―地域研究的視点から法に迫る―」法律学研
究47号(2012年)157頁以下。
53) 社会実情データ図録、在留外国人数の推移については、〈http://www2.ttcn.ne.jp/
honkawa/1180.html〉参照。
54) 公益財団法人海外日系人協会につき、〈http://www.jadesas.or.jp/aboutnikkei/
index.html〉参照。
55) ハンス・ゲオルクマーセン「ドイツ移民法・統合法成立の背景と動向」筑波
ロー・ジャーナル 2 号(2007年)105頁以下。
56) 前田研究会 5 期「Points-based system と Contrat d’accueil et d’intégration―わが
国の移民制度への英仏制度からのフィードバック―」法律学研究47号(2012年)
135頁以下。
2013年度前田研究会 7 期
石塚 達也 木村晋太郎 清水 周大 坂本 翔太 成瀬香緒里
内藤 祥平 森田晋太朗 小滝 開星 小山 良成 岡 佑樹
古岡 是道