カラーフィルムの塗布順序 フィルム裏面からの日付写し

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日本写真学会誌 2004 年 67 巻 6 号:579–581
カラーフィルムの塗布順序
フィルム裏面からの日付写し込み
が赤になる理由
The Layer Arrangement of the Color Negative Film
The Reason Why the Shooting Data from
the Back Side Is Printed in Red
石
井
善
雄*
Yoshio ISHII*
カラーフイルム
赤感高性層
緑感光性層
青感光性層
ハレーション防止層
日付情報
color negative film
red sensitive layer
green sensitive layer
blue sensitive layer
anti-halation layer
date information
カラーフイルムは,最も支持体に近い側に,ハレーション防止層が塗布され,赤感光性層,緑感光性層,青感光性層の順
に塗布されている.
従って,フィルム裏面からの日付写し込みでは,最も支持体に近い赤感光層が主に感光し,その結果として,プリント上
の日付は赤くなる.
A color negative film consists of the red, green and blue sensitive layers and some insensitive layers with the anti-halation
layer at the bottom on a support film.
Shooting date information is given by the exposure through the anti-halation layer from the side of the support film and mainly
the red sensitive layer, which is located the closest to the support, records the information.
That is the reason why the shooting date is printed in red.
1.
カラーフィルムの構成
2.
カラーフィルムは,厚さ約 100 mm の支持体(ベース)の上
に,約 20 mm の膜厚の中にゼラチンをバインダーとした 10
数層の親水性コロイド層を精密に塗布したものである.
これらの親水性コロイド層は,青色光に感じてイエロー発
色する層(青感光層)
,緑色光に感じてマゼンタ発色する層(緑
各々の親水性コロイド層の役割と塗布順序
2.1
感光性層
感光層の基本的な要素は,光センサーとして働く微細な感
光性ハロゲン化銀粒子と,現像中に現像主薬と反応して色素
を形成する発色剤として働くカプラーである.露光された感
光性ハロゲン化銀粒子(AgX)は,発色現像液中で銀(Ag0)
感光層),赤色光に感じてシアン発色する層(赤感光層)が塗
に還元され,同時に現像主薬(PPD)が酸化され,酸化体
布されている.これらの感光層に加えて,保護層,イエロー
(QDI)が生成する(銀現像)
.この現像主薬酸化体(QDI)が,
フィルター層,ハレーション防止層などの非感光性層から構
同一感光層中のカプラーと反応して発色色素を生成し,色像
成されている.
を形成する(カップリング反応).露光量が多い部分ほど多く
Fig. 1 に,
フジカラーSUPERIA Venus 800 の断面写真を示す.
の QDI を生成し,その結果多くの発色色素が生成される.ま
た,形成されている銀像(Ag0)は,発色現像工程以降,漂
白,定着工程で除去される.
AgX+PPD → Ag0+QDI (銀現像)
Coupler+QDI → Dye
平成 16 年 11 月 8 日受付・受理
(カップリング反応)
Received and accepted 8th, November 2004
* 富士写真フイルム(株) R&D統括本部 材料研究本部 デジタル&フォトイメージング材料研究所 〒250-0193 神奈川県南足柄市中沼210
Fuji Photo Film CO., LTD., Digital & Photo Imaging Materials Research Laboratories, Materials Research Division, Research & Development
Management Headquarters
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日本写真学会誌 67 巻 6 号(2004 年,平 16)
Fig. 1 フジカラー SUPERIA Venus 800 の断面写真(左:現像処理後の発色した状態,右:現像前の状態)
これらの感光性層中では,現像中に QDI がカプラーと反応
して発色色素を形成するとともに,種々の機能性物質を生成
し,その拡散等を精密に制御し,互いに作用し合い(重層効
果を与え合い)高画質なカラー画像が形成される.
以上のように,カラーフィルムは基本的に青,緑,赤感光
層による 3 原色の重ね合わせで色を再現しているが,第 4 の
感色層を導入することで,より忠実な色再現が可能となる.
第 4 の感色層は,等色関数の負の分光感度を近似するため
に主として赤感光層に重層効果を付与する機能を持つ層で,
効果的に重層効果を与えるために赤感光層よりも上層に塗布
される.
Fig. 2
各感光層と到達する光の関係
2.2
非感光性層
非感光性層は,発色性などのコントロールによる画質向上,
各感光層は,さらに 2 ~ 3 層に分けられて塗設されている
が,これは,より高感度なハロゲン化銀粒子を含む層,より
低感度なハロゲン化銀粒子を含む層に分け,感度,画質に有
カラーフィルムの物理特性付与などのための役割を担ってい
る.
非感光性層としては,混色防止層,イエローフィルター層,
利な設計とするためである.通常,より感度の高い感光層が,
ハレーション防止層,保護層などがある.各々の果たす機能
より“上層”に塗布される.
と塗布順序について記す.
塗布順序を示す“上層”,“下層”とは,被写体に近い側を
“上層”,支持体に近い側を“下層”と呼ぶこととする.
混色防止層は,各々の感光性層の銀現像によって生成した
現像主薬酸化体(QDI)が,異なる感光性層へ拡散し,本来
青,緑,赤感光層の塗布順序について記す.通常は,上層
発色してはならない感光層のカプラーが発色することを防
側から青感光層,緑感光層,赤感光層の順に塗布されている.
ぎ,色にごりを防止するための層である.通常,ハイドロキ
青感光層が,緑,赤感光層より上層に塗布されている理由
ノン類のような還元剤を含み,QDI を還元し現像主薬へ戻し
は,青感光性ハロゲン化銀粒子は青色光だけに感光するが,
カプラーと反応しないようにしている.このような機能を発
緑,赤感光性ハロゲン化銀粒子は,ハロゲン化銀粒子の性質
現させるために混色防止層の塗布順序は,各々の感光性層の
から,それぞれ,緑色光,赤色光に加えてハロゲン化銀粒子
間に塗布される.
の固有感度である青色光にも感光してしまうため,青感光層
イエローフィルター層は,前述したように,緑感光層,赤
を最も上層に塗布し,その下に青色光を吸収するイエロー
感光層のハロゲン化銀粒子は青色光にも感ずるため,緑,赤
フィルター層を塗布して,緑,赤感光層に青色光が届かない
感光層へ青色光が届かないようにする層である.イエロー
ようにするためである.
フィルター層は,黄色コロイド銀や黄色染料を含み,青色光
緑感光層が,赤感光層より上層に塗布されている理由は,
を吸収する.通常,青感光層と緑感光層の間に塗布され,混
赤感光層の分光感度が短波長側(緑感光層側)へ及んでおり,
色防止のためのハイドロキノン類も含み,青感光層,緑感光
赤感光層が緑感光層の上層にあると緑感光層の感度を低下さ
層間の混色防止機能も併せ持っている.黄色コロイド銀や黄
せることを避けるためである.従って,通常,感光性層は,
色染料は現像処理後に除去される.
上層から,青,緑,赤感光層と塗布されている.
ハレーション防止層は,支持体と感光層との界面による光
石井善雄
カラーフィルムの塗布順序
フィルム裏面からの日付写し込みが赤になる理由
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Fig. 3 各感光層とフィルム裏面から到達する光の関係
反射の影響による画像のにじみであるハレーションを防止す
ち赤光成分,ハロゲン化銀粒子の固有感度である青光成分に
るための層である.ハレーション防止層には,通常,黒色コロ
よって,赤感光層が感光する.赤感光層を通過し,緑感光層
イド銀のように光を吸収するものを含み,ベースに接した部
に到達する緑,青色光は僅かである.2 節に記したように,
分に塗布される.黒色コロイド銀も現像処理後に除去される.
赤感光層の分光感度が短波長側(緑感光層側)へ及んでいる
保護層は,その名称の通り,感光材料を外乱(物理的な作
こと,赤感光層は,一般に色補正の目的で緑色光を吸収する
用,光など)から保護ずる層である.紫外線吸収剤,帯電調
カラードカプラーを含んでいることによる.緑感光層を通過
節剤,接着防止のためのマット粒子などを含み,最も上層に
した青光成分は,イエローフィルター層によって吸収される
塗布される.
ので,青感光層へ到達することは無い.
このように,裏面から露光された場合,その情報の大部分
3.
フィルム裏面からの日付写し込みが赤になる理由
は赤感光層に記録され,このためプリント上で日付が赤味が
かった色に発色する.日付情報は,ハレーション防止層で減
フィルム裏面からの日付写し込み機構は,大別すると,LED
(発光ダイオード)方式と LCD(液晶)方式の 2 種類があり,
いずれもカメラ裏蓋に組み込まれている.
光され到達するために,ハレーション防止層中の黒色コロイ
ド銀量,赤感光層の感度によって,その発色量が変わる.ま
た,カラードカプラーの量などによって,緑感光層の感光性,
発色性も異なるため,フィルムの種類によって,日付の濃度,
LED(発光ダイオード)方式
LED 発光文字列
→
色味が若干異なって見える.
フィルム裏面へ露光
フィルムを装填してあるカメラの裏蓋を誤って開けてし
まった場合も,裏面からの露光となるため赤味~黄色味が
かった光かぶりが生じるが,上記と同様の理由である.
LCD(液晶)方式
写し込みランプ
ところで,APS(アドバンストフォトシステム)で写し込
→
LCD 文字列
→
フィルム裏面へ露光
まれた日付は黒い.その理由は,これまで記したようなフィ
ルムに対する光学的な直接記録ではなく,フィルム裏面の磁
LED(発光ダイオード)方式は,LED 光源(赤光)を用い
て,フィルムの裏面から赤光にて日付情報を露光する.赤光
にて露光するため,日付情報は,赤感光層に記録され,プリ
ント上で赤色に発色する.
LCD(液晶)方式は,日付写し込み信号により,写し込み
気記録層に日付情報を記録し,この磁気情報を元に,プリン
ト時に露光するためである.
これまで記したように,カラーフィルムの塗布順序は,撮
影時の光を有効に利用し(青,緑,赤塗布順序),光散乱によ
る画像にじみが抑えられるよう(ハレーション防止層)な光
ランプが点灯し,文字部分が透過となる日付写し込み用ネガ
学的観点,現像処理時の現像,発色反応制御(混色防止など)
表示 LCD を照明する.この LCD を透過した光によってフィ
の観点から,最適な性能を発揮できるように決められている.
ルム裏面から日付情報を露光する.この写し込みランプの光
参
源が白光であっても日付が赤く発色する理由は以下の通りで
考
文
献
ある.
フィルム裏面から露光された白光は,支持体を通り,ハレー
ション防止層に到達する.ハレーション防止層は,2 節に記
したように光を吸収する黒色コロイド銀が塗布されており,
入射光が減光される.ハレーション防止層を通過した光のう
1)「撮影のためのカメラ・レンズ知識」,写真工業出版社,1998 年
11 月 30 日発行.