日本同盟基督教団 「教会と国家」に関する戦後70年宣言文 ―この時代

日本同盟基督教団
「教会と国家」に関する戦後70年宣言文
―この時代に見張り人として立つ―
付
日本同盟基督教団
宣教100周年記念宣言
飛騨キリスト教100年記念大会 -明日の宣教のために-
日本同盟基督教団 宣教105周年記念大会
-21世紀の日本とアジアと世界に仕えるために-(横浜宣言)
2 0 1 5 年 7 月
日本同盟基督教団
日本同盟基督教団 「教会と国家」に関する戦後70年宣言文
―この時代に見張り人として立つ―
私たち日本同盟基督教団は、1989 年 2 月、
「聴いて考えて話し合おう・戦争責
任フォーラム」において、
「日本同盟基督教団の戦争責任」と「戦時下の教会の
i
ケーススタディ」を学び、
『戦争責任フォーラム記録』として発表しました 。ま
た、1991 年 10 月に「宣教 100 周年記念宣言」
、1994 年 9 月に「飛騨キリスト教
ii
100 年記念大会―明日の宣教のために―」 、1996 年 6 月には「
『戦後 50 年・日
iii
本宣教と教会の罪責問題』に関する靖国委員会の見解」 、そして 1996 年 11 月
に「日本同盟基督教団 宣教 105 周年記念大会―21 世紀の日本とアジアと世界
iv
に仕えるために―」 という宣言を発表して来ましたが、戦後 70 年を迎えるこの
2015 年、改めて神である主への悔い改めと、平和をつくる者としての使命を宣
言します。
1.日本同盟基督教団の罪責告白
私たちの教団は、
「宣教 100 周年記念宣言」で「日本同盟基督教団は太平洋戦
争時に、国家神道体制の下で教会の自律性を失い、国策に協力しました。とりわ
けアジア諸国と、その教会に不当な苦しみを負わせました。その罪を認め、ここ
に悔い改め、教会のかしらであるイエス・キリストこそ、唯一の主権者であるこ
とを告白します。
」と告白しました。また、
「宣教 105 周年記念大会」における宣
言では、さらに具体的に「戦時下、特に『昭和 15 年戦争(1931-1945 年)』の間、
私たちの教団は、天皇を現人神とする国家神道を偶像問題として拒否できず、か
えって国民儀礼として受け入れ、
『あなたには、わたしのほかに、ほかの神々が
あってはならない』
・
『あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。それ
らを拝んではならない。それらに仕えてはならない』との十戒の第一戒と第二戒
を守り抜くことが出来」ず、「国家が推進した植民地支配や侵略戦争に加担し、
アジア地域の侵略に協力し」
、
「神と隣人との前に、とりわけアジアの人々に、偶
像礼拝の強要と侵略の罪を犯し、しかも戦後、この事実に気付かず、悔い改めに
至ることもなく、無自覚なままその大半を過ごしました」と告白し、主のみ前に
「悔い改め、神と隣人とに心から赦しをこい求め」
、
「福音にふさわしい内実を伴
v
ったキリストの教会へと変革されることを心から願」いました 。
2.福音派キリスト教会の誓約
vi
ところで、1974 年の第 1 回世界伝道会議 において採択された「ローザンヌ誓
vii
約」 は、その第5項で「キリスト者の社会的責任」について述べています。そ
1
こにおいて、
「人間は神の像に似せて造られているので、
・・それぞれ本有的尊厳
性を有すものであり、それゆえに、人は互いに利己的に利用し合うのでなく、尊
敬し合い、仕え合うべきである。私たちは、これらの点をなおざりにしたり、時
には伝道と社会的責任とを互いに相容れないものとみなしてきたことに対し、ざ
んげの意を表明する。
」
「私たちは、伝道と社会的政治的参与の両方が、ともに私
たちキリスト者のつとめであることを確認する。
」
「救いの使信は、同時に、あら
ゆる形の疎外と抑圧と差別を断罪する審きの使信でもある。私たちは、悪と不義
の存在するところでは、いずこにおいても、勇断をもってそれらを告発しなけれ
ばならない。
」
「私たちが主張する救いは、私たちの個人的責任と社会的責任の全
viii
領域において、私たち自身を変革して行くものである。
」 と、告白しています。
また、この誓約では、社会的行動を「社会の犠牲者たちを保護すること」、政治
ix
的行動を「社会の構造そのものの改善につとめること」と定義し 、活発な伝道
への参与とともに社会的・政治的行動の両方に参与することは「私たちの隣人愛
の教理、イエス・キリストへの従順から発する当然の表現にほかならないからで
x
ある」 と宣言しています。
私たち日本同盟基督教団も福音派に属する群れとして、ここに誓約されている
「伝道と社会的政治的参与」をキリスト者のつとめとすべく積極的に努力して来
ました。早くは、1968 年 4 月の日本同盟基督教団 第 18 回総会において、
「靖
xi
国神社国家護持法案」に対する反対決議をし 、また、同年 1974 年 3 月の日本同
盟基督教団 第 24 回総会において「靖国神社法案に反対する声明」を表明しま
xii
した 。
3.戦後 50 年から 20 年
戦後 50 年を迎えた 1995 年は、日本の国と教会にとって過去のアジアに対する
戦争責任と向き合う貴重な時となりました。この年の 8 月 15 日、当時の村山富
市首相は、
「戦後 50 周年の終戦記念日にあたって」
(いわゆる「村山談話」
)を発
表し、日本の侵略戦争の加害者責任を認め、アジア諸国に謝罪の意を表しました。
キリスト教界においてもこの時代の節目に過去の戦争罪責を告白する動きが見
られ、私たち日本同盟基督教団もこの年の秋、
「戦後五十年」を主題とした松原
湖研修会を実施しました。これが後の横浜宣言に結実したのです。
そして戦後 50 年から 20 年が過ぎました。この 20 年間、私たち日本同盟基督
教団は、政治問題を信仰の課題として捉え、世にある使命を積極的に果たし、伝
道を社会的責任から切り離すことなく、政治や国家に対するキリスト者としての
務めを果たすべく努力し、結果的にはローザンヌ誓約で謳われている「キリスト
者の社会的責任」を押し広めて来ましたが、全教会的に浸透するまでには十分で
2
はなかったことを告白します。
この国の 20 年を振り返りますと、湾岸戦争後に自衛隊の掃海部隊をペルシャ
湾に派遣(1991 年)して以来、米国における同時多発テロ(2001 年)に伴う自衛隊
xiii
の海外派遣が増えました
。そして、2014 年には戦後 69 年間、歴代政府が「違
憲」としてきた集団的自衛権の行使容認が閣議決定され、現在、国会において安
全保障関連法案が審議されています。改憲の動きが進み、いよいよ憲法改正への
xiv
発議がなされるのではないかとの懸念があります 。また、首相、閣僚の靖国神
xv
社参拝はあとを絶たず 、公立学校における日の丸への礼、君が代の起立斉唱強
xvi
制 は、国立大学にも強要されようとしており、学校現場における国家主義的動
xvii
向が進んでいます
。また、日本軍慰安婦問題について、日本政府や日本軍の関
与と強制性を認めた、河野内閣官房長官談話(1993 年)や、先の大戦に対する植
民地支配と侵略を認めお詫びの気持ちを表明した、村山内閣総理大臣談話(1995
年)を否定するような動きも見られます。ヘイトスピーチのような民族差別、沖
縄への米軍基地の押しつけ、2011 年 3 月 11 日に起こった東日本大震災とそれに
伴う福島第一原子力発電所事故によって、原子力の脅威を思い知ったにもかかわ
らず、原発再稼働への動きなど、私たちはなんと忘れやすい者なのでしょうか。
4.過去を胸に刻み、将来に向かって
ダニエルは捕囚の地で預言者エレミヤの書を読み、エルサレム荒廃の年数が
70 年であることを悟り、先祖の罪をわが罪と自覚して、主の前に祈りました。
「あ
あ、私の主、大いなる恐るべき神。あなたを愛し、あなたの命令を守る者には、
契約を守り、恵みを下さる方。私たちは罪を犯し、不義をなし、悪を行い、あな
たにそむき、あなたの命令と定めとを離れました。
(中略)主よ。正義はあなた
のものですが、不面目は私たちのもので、今日あるとおり、ユダの人々、エルサ
レムの住民のもの、また、あなたが追い散らされたあらゆる国々で、近く、ある
いは遠くにいるすべてのイスラエル人のものです。
」(ダニエル 9:4,5,7)また、
「
『戦後 50 年・日本宣教と教会の罪責問題』に関する靖国委員会の見解」では、
「同盟教団が過去に犯した罪を、私たちの罪として受け継いでいます。これらの
負債を、自らの負債として背負いつつ、戦後 50 年以後の同盟教団の宣教使命を
xviii
果たす、その責任を私たちは、自覚しています。
」
と告白しています。
私たちは改めて、私たちの教団が犯した偶像礼拝と侵略戦争への加担、という
過去の罪を忘れるのではなく、胸に刻むことで、私たちの国が侵略し、蹂躙した
国々の人々に対して心からの和解を求めていきたいと思います。私たちが過去の
罪を胸に刻み続けるのは、その罪が主イエス・キリストの十字架で流された血潮
によって贖われたことを思い出すためです。その確信をいただいてこそ、私たち
3
はその罪を二度と繰り返すことなく、「うしろのものを忘れ、ひたむきに前のも
のに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得
るために、
目標を目指して一心に走」
る(ピリピ 3:13,14)ことができるからです。
ここに私たちは、国家に対して「見張り人」として立てられたことを自覚し、
主に代わって国家に警告を与えることによって、神の国の拡大のために、私たち
に与えられた宣教の使命を果たして行くことを表明します。
「人の子よ。わたしはあなたをイスラエルの家の見張り人とした。あなたは、わ
たしの口からことばを聞くとき、わたしに代わって彼らに警告を与えよ。
」(エゼ
キエル書 3:17)
2015 年7月6日
日本同盟基督教団
理事長 中谷美津雄
i 「教会と国家」ブックレット 1『同盟教団の戦争責任―戦争責任フォーラム記録集―』(2010 年、日本
同盟基督教団「教会と国家」委員会)
ii 1994 年 9 月 16 日 飛騨キリスト教100年記念大会実行委員会、日本同盟基督教団 飛騨ブロッ
ク
iii 1996 年 6 月 4 日 靖国問題委員会
iv 1996 年 11 月 19 日 MISSION 21 Yokohama
v
「教会と国家」ブックレット2『「教会と国家」資料集』p.37(2013 年、日本同盟基督教団「教会と国
家」委員会)
vi 1974 年 7 月、スイスのローザンヌに、世界 150 カ国から 2700 名の福音派キリスト教の指導者が集
まって開催された世界伝道のための国際会議。1989 年、マニラにおいてローザンヌ第 2 回世界伝道
会議(マニラ会議)、2010 年、ケープタウンにおいて、ローザンヌ第 3 回世界伝道会議(ケープタウン
会議)が開催された。
vii 1974 年 7 月、第 1 回ローザンヌ世界伝道会議で採択された誓約。教会とその責務について、福
音信仰の立場からのこれまでの最高の文書であるとの評価もある。
viii ジョン・ストット著、宇田進訳『現代の福音的信仰―ローザンヌ誓約』(1989 年、いのちのことば
社)pp.53-54
ix 同上、p.59
x 同上、p.53
xi 「教会と国家」ブックレット2『「教会と国家」資料集』p.2 資料1(2013 年、日本同盟基督教団「教会と
国家」委員会)
xii 同上、p3、資料 2
xiii 日米防衛協力のための指針合意(1997 年)に基づく防衛指針法・周辺事態法の成立(1999 年)。
米国における同時多発テロへの報復措置であるアフガニスタン紛争に伴うテロ対策特別措置法の成
4
立。各国艦艇への後方支援、海上自衛隊のインド洋派遣(2001 年)。イラク戦争に伴う有事法制関連
三法成立、イラク復興支援特別措置法成立(2003 年)。陸上・航空自衛隊のイラク派遣、有事関連7法
成立により多国籍軍への自衛隊の参加が閣議決定(2004 年)。陸上自衛隊のイラク派遣部隊帰国、防
衛庁の省昇格法成立(2006 年)。航空自衛隊のイラク派遣部隊帰国(2008 年)。ソマリア沖海賊対策に
海上保安庁と陸海空自衛隊派遣(2009 年)。海上自衛隊のインド洋派遣部隊帰国(2010 年)。
xiv 衆院憲法調査会により改憲の方向を示す最終報告書が議決(2005 年)、国民投票法成立、衆参
両院に憲法審査会設置(2007 年)、衆院憲法審査会規定議決(2009 年)、自民党日本国憲法改正草
案決定(2012 年)、特定秘密保護法案可決(2013 年)
xv 小泉首相による靖国神社参拝(2001 年〜2006 年)、安倍首相による靖国神社参拝(2013 年)
xvi 国旗国歌法成立(1999 年)
xvii つくる会の教科書検定合格(2001 年)、教育基本法改正法成立(2006 年)、文科省、道徳教科化
告示(2015 年)
xviii
「教会と国家」ブックレット2『「教会と国家」資料集』p.35(2013 年、日本同盟基督教団「教会と
国家」委員会)
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日本同盟基督教団
宣教100周年記念宣言
「それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、
父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命
じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世
の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。
」
(マタイ28:19ー20)
唯一全能の父なる神によって遣わされた御子イエス・キリストは、ご自身のい
のちを犠牲にして十字架による救いを完成されました。宣教の主、イエス・キリ
ストが、福音宣教を自らのからだである教会に委ねられて2000年になろうと
しています。日本同盟基督教団は、この宣教の歴史に加わり、きょうの記念の時
を迎えました。私たちは、これまでの主の恵みと導きに感謝を捧げ、次代におけ
る宣教の使命実現のために、新たに献身することを誓い、ここに宣言します。
顧みれば、聖霊に導かれたフレデリック・フランソンによって設立された、ス
カンジナビアン・アライアンス・ミッションの宣教師15名が、1891年11
月に横浜に着いて以来、主イエス・キリストに召された宣教師、教職と信徒が福
音宣教に捧げた犠牲は、計り知れないものがありました。当時キリスト教が伝え
られていなかった飛騨の山間や伊豆の島々に福音を広めることから始まって、現
在の日本同盟基督教団は生み出され、日本各地に教会が形成されるまでになりま
した。そこには、ゼ・エバンゼリカル・アライアンス・ミッション(TEAM)、
スウェーデン・アライアンス・ミッション(SAMJ)、スイス・アライアンス ・
ミッション(SAM)の惜しみない宣教協力があったことを忘れることはできま
せん。また、神学校、キャンプ伝道、文書伝道、放送伝道など、教育と伝道にお
いて、宣教団の多大な協力と援助がありました。こうした宣教の協力は今日多く
の実を結び、日本同盟基督教団は現在164の教会数を数えるに至り、またアジ
ア及びアメリカ大陸など6か国へ宣教師を派遣しています。宣教100周年記
念のこの時、これまで神が与えられた宣教協力の恵みに感謝を捧げるものです。
日本同盟基督教団は、太平洋戦争時に、国家神道体制の下で教会の自律性を失
い、国策に協力しました。とりわけアジア諸国と、その教会に不当な苦しみを負
わせました。その罪を認め、ここに悔い改め、教会のかしらであるイエス・キリ
ストこそ、唯一の主権者であることを告白します。
信仰の戦いは今も続いています。信教の自由の問題、物質中心主義、異端など、
反キリストの力がはびこっている状況です。福音宣教はますます急務になってき
ています。それとともに世界的な飢餓、戦争、自然破壊、人権問題などにも、積
極的に関わり、祈らなければなりません。
宣教100周年を迎えた日本同盟基督教団は、新たな決意のもと、聖書信仰に
堅く立ち、キリストの主権を告白し、再臨を待ち望み、神の国完成の希望に燃え、
日本とアジア、さらに世界の宣教のために、主に仕え、惜しみなく犠牲を払うこ
6
とを表明します。
私たちは、私たちが福音宣教に協力することにおいて結集し、宣教と教会形成
を推進してきた群れであることを、確認します。ここに教職・信徒、総力を挙げ
て主の宣教命令実現のために、十字架と復活の主イエス・キリストに献身するこ
とを誓います。
1991年10月10日
日本同盟基督教団 教職・信徒一同
7
飛騨キリスト教100年記念大会
-明日の宣教のために-
わたしたちは 1994 年 9 月 14 日から 16 日にかけて、
『飛騨キリスト教 100 年
記念大会』のために集り、主の前に豊かな祝福の時を与えられました。この歴史
的節目にあたり、明日の宣教に向かって宣言をします。
日本の僻地と称されていた飛騨に、100年前、主の摂理の許に遣わされたス
カンジナビアン・アライアンス・ミッションの宣教師たちによって、宣教の業が
開始されました。
このことが礎となって、飛騨の地が日本同盟基督教団最初の開拓地の一つとな
り、私たちの教団の源流と呼ばれるに至りました。今日まで主が導いてくださっ
た飛騨宣教の恵みの数々は、言葉に尽くすことができません。
この地の宣教のために献げられた100年にわたる、教職と信徒の主への惜し
みない祈りと労苦を心に留めながら、いっさいの栄光を神に帰します。
しかしながら第二次世界大戦中を含め、十五年戦争の間、
「天皇制」
「国家神道
体制」のもとに、私たちの教会は創造者であり、歴史を支配しておられる神への
信仰告白をあいまいにし、戦争の勝利を祈り協力しました。こうして神と隣人の
前に、とりわけアジアの人々に対して罪を犯しました。
私たちは、これら全ての罪に対して、神の御前に悔い改め、主に赦しを求め、
隣人との和解に努めます。
日本の土壌はいまだに根本的な障害を抱えています。しかし私たちは、さまざ
まな困難と直面しながら、福音宣教の喜びのうちに前進したフランソンスピリッ
トを引き継ぎ、飛騨の地に福音が満たされるよう責任を果たし、この飛騨の地か
ら日本、アジア、さらに世界宣教に寄与したいと願います。
最後に創造主の摂理のもと、飛騨宣教を担うことを委ねられた者一同は、大会
での恵みをしっかり受けとめ、教会のかしらなる主イエス・キリストに再献身を
決意し、聖霊の与えてくださる力に溢れて、福音をこの地に満たし、力強く伝道
する教会形成に励むことを表明します。
1994年 9月16日
飛騨キリスト教100年記念大会実行委員会
日本同盟基督教団 飛騨ブロック
8
日本同盟基督教団 宣教105周年記念大会
-21世紀の日本とアジアと世界に仕えるために-
■横浜宣言
私たちは、日本同盟基督教団に連なる全ての聖徒たちと共に、宣教105周年の
この記念すべき時に、初期の宣教師たちの霊的遺産を受けとめ、神のみ許しの中
で刻んできた教団の宣教の「きのう」
、
「きょう」
、
「あす」を見つめ直し、21世
紀にむかい、神のみ前に以下の宣言をします。
1.日本同盟基督教団の歩みは、フレデリック・フランソンとその仲間たちによ
って米国シカゴに設立された「北米 スカンジナビアン・アライアンス・ミッシ
ョン」から日本に派遣された、スカンジナビア出身の男女15名の宣教師たちの
横浜上陸(1891年・明治24年11月23日)をもって開始されました。
2.宣教師たちの来日した時代は、福音宣教にとって、必ずしも好機とは言えま
せんでした。「大日本帝国憲法」発布(1889年・明治22年)
、「教育勅語」
発令(1890年・明治23年)など、明治国家の基軸がすえられ、西洋思想排
斥や民族回帰思想の強まる時代でした。それでも、宣教の熱意に燃えた宣教師た
ちは、それまで他教派の踏み込まない「伊豆半島」、「房総半島」、「伊豆七島」、
「飛騨」
、
「アイヌ人地域 」など、日本各地の福音未伝地に向かいました。当時
の未伝地伝道は、多大の困難と迫害の伴う生死をかけた宣教であり、強い信仰と
忍耐を要し、宣教の基盤をすえるまでには長い年月を必要としました。しかし、
宣教師たちは幾多の試練を乗り越え、困難によく耐え、伝道と奉仕の業に努め、
各地に教会の基礎を築きました。
「日本同盟基督教団」は、こうした霊的遺産と
宣教の基盤を受け継いで、今日に至っています。
3.その後、宣教師たちとの間に「日瑞(にっすい) 同盟基督協会」の誕生を見、
「日本同盟基督協会」
(1922年・大正11年)が形成されました。戦時下に
は、「宗教団体法」の実施に伴い、
「日本基督教団」
(1941年・昭和16年)
設立時に、第八部に合同しました。戦後、その一部の教会は日本基督教団離脱を
決意し、新たに「日本同盟基督教団」(1949年・昭和24年)を結成しまし
た。
4.かえりみて、戦時下、特に「昭和15年戦争(1931-1945 年)」の間、私たち
の教団は、天皇を現人神(あらひとがみ)とする国家神道を偶像問題として拒否で
きず、かえって 国民儀礼として受け入れ、
「あなたには、わたしのほかに、ほか
の神々があってはならない」
・
「あなたは、自分のために、偶像を造ってはならな
い。それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない」との十戒の第一戒
と第二戒を守り抜くことができませんでした。さらに近隣諸国の諸教会と積極的
に平和をつくり出す者として生きることができず、国家が推進した植民地支配や
侵略戦争に加担し、アジア地域の侵略に協力しました。こうして神と隣人の前に、
とりわけアジアの人々に、偶像礼拝の強要と侵略の罪を犯し、しかも戦後、この
9
事実に気付かず、悔い改めに至ることもなく、無自覚なままその大半を過ごしま
した。
近代日本の100年余の歴史に重なる私たちの教団の歴史をかえりみ、私たち
教職・信徒は、「信仰と生活の唯一絶対の規範」である神のみことばに、十分聞
き従い続けることができなかったことを主のみ前に告白し、悔い改め、神と隣人
とに心から赦しをこい求めます。私たちは、今、あらためて、堅く聖書信仰の原
理に立ち、聖霊の助けにより、福音にふさわしい内実を伴ったキリストの教会へ
と変革されることを心から願います。
5.私たちは、21世紀を目前にした歴史的節目にあたり、戦前・戦後の宣教師
たちの「世界的視野に立った宣教」
、
「犠牲をおしまない救霊の情熱」
、
「教派形成
にとらわれない宣教協力」という優れた霊的遺産を受け継いできた光栄を覚えま
す。その背後にあったフランソン宣教師のモットー「キリストとの恒常的、自覚
的、親密な交わり」(Constant, Conscious, Communion with JESUS CHRIST)に示
される敬虔な信仰姿勢を深く 心に刻みます。さらに、初期宣教師たちが、この
困難な異教の地盤に鍬をおろし、あえて福音未伝地を目指した宣教精神を受け継
ぐことを決意します。
6.宣教105年をかえりみて、私たちの教団の使命とそのあり方は、福音宣教
に果敢に生きることにあります。さらに、すべての教会が一致・協力して、キリ
スト再臨の待望に生き、聖霊の力を頂き、潔い生活を目指し、世の終わりまで、
全世界に出て行ってすべての造られた者に福音を宣べ伝えることです。
国内宣教においては、国家が再び危険な道を歩み始めている今日、主から託さ
れた見張りの使命を自覚しつつ「1億2千万宣教」に励み、国外宣教においては、
全世界の諸国・諸民族間の分裂と混迷と困窮の時代にあって、「マケドニアの叫
び」を聞きつつ、世界宣教の使命を果たします。そのために、教団内の組織と機
関を再点検し、活性化させ、個人、家庭、教会、教団の宣教体制をさらに整えて
ゆきます。
私たちの、21世紀の宣教にむかう祈りは、日本と、アジアと、世界に目をむ
け、全世界の神の民と福音を共有できることを喜び、犠牲をいとわず、福音宣教
に燃えて輝く群れとなることにあります。
ここに、私たち日本同盟基督教団の教職・信徒は、父なる神と、み子イエスと、
聖霊のみ前にあって、新たなる前進を図ることを決意し、表明します。
『この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それ
から、終わりの日が来ます。
』
(マタイ 24:14)
1996.11.19 MISSION 21 Yokohama
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