地域が実現する 新たな「観光」の可能性 - 関東経済産業局

平成22年度 地域新成長産業創出促進事業
地域が実現する
新たな「観光」の可能性
観光を手法とした地域経済活性化に関する調査事例集
本書について
本書は、経済産業省関東経済産業局が実施した「平成22年度地域新成長産業創出促進事業
観光を手法とした地
域経済活性化に関する調査」を基に作成しています。そのため、紹介している事例は関東経済産業局管内*1(以下「管
内」という。
)を対象にしています。
管内各地域は、地方空港として新たに静岡、茨城空港が開設し、成田空港の拡張、羽田空港国際化などの新しい
動きからアジアを中心としたインバウンド拡大が見込まれ、また日本人観光の観点では、都道府県別の宿泊先のトッ
プ10に管内から5都県が入るなど、管内には国内外の集客交流の場としてのポテンシャルが高く、多様なニーズに
対応する観光サービス業の先進成功事例が多く存在します。そのため、関東経済産業局が観光を軸にした地域経済
活性化に取り組むことで、観光に関連する地域中小企業の振興による域内所得の拡大や雇用拡大につながる取組、
特に観光サービス産業の振興や地域資源の育成、農商工連携、産業観光、メディア・コンテンツ振興、メディカルツー
リズム等といった、政府等が推進する関連施策等も念頭に置いた「観光を活用した地域経済の活性化を図る手法の
確立」に資すると考えています。
*1
2
関東経済産業局管内:茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、新潟県、山梨県、長野県、静岡県(1都10県)
はじめに
去る3月11日の東日本大震災で被災された皆様に対し、心からお見舞い
を申し上げます。3月末日現在で未だに多数の避難者の方々がいらっしゃ
る中、一日も早い復興を進めるべく、政府一丸となりまして、全力を挙げ
て取り組んでまいります。
本調査は今後の地域経済の担い手としての観光の可能性に着目し、地域
に人を呼び込み、地域全体の雇用創出・収益増加といった経済効果をあげ
るための人・もの・カネ・情報の交流を広義の観光と捉え、その機能につ
いて調査・分析をしました。
この調査で導き出された答えの一つは、地域に人を呼び込むための魅力
の根源は、その地域でいきいきと生きる人の生活そのものであり、地域の
誇りが来訪者に感動を与えるということでした。
今回の震災により日本人の互助の精神、地域のコミュニティの絆の強さ
を認識する契機となり、人間関係が希薄と言われる現代社会において、そ
の絆こそが人々を引き付けてやまない魅力の根源であることを確信しまし
た。
また、本調査でお話しを伺った複数の地域でも、旅館などを被災者に開
放するなど、民間を中心とした、地域を越えた具体的な支援が始まってい
ます。観光というと余暇産業としての印象が深く、地域復興においても二
の次になりがちですが、人々の連携を起点とする観光交流産業は、地域に
直接に活力をもたらす価値創造(クリエイティブ)産業と言えるでしょう。
私どもとしましても、有する施策を総合的に投入して応援をさせていただ
きます。
被災された方々にとり、険しい道のりが続くことと思いますが、世界・
全国からの応援の心と地域の絆によって、力強く・魅力的な地域が復興さ
れることを祈念いたします。
経済産業省
関東経済産業局
3
4
平成22年度
地域新成長産業創出促進事業
地域が実現する新たな「観光」の可能性
目次
観光を手法とした地域経済活性化に関する調査事例集
はじめに …………………………………………………………………………………………………… 3
特別企画 地域に潜在する“宝”の見つけ方、磨き方 ………………………………………………… 6
第1部 調査概要 ……………………………………………………………………………………… 13
○地域における新たな“観光”を考える ……………………………………………………… 14
「4つの壁」を乗り越え、地域活性化のメカニズムを解明する
“地域の、地域による、地域のため”の経済活性化
○事例を読み解くための“ヒント”……………………………………………………………… 17
3つの類型でみる新たな“観光”
資源、企画、市場をどう捉えるか
第2部 事例検証………………………………………………………………………………………
事例1 群馬県みなかみ町 キャニオンズ ……………………………………………………
サスティナブルツーリズムを実践 世界水準のルール作りを提唱
事例2 神奈川県横浜市 株式会社ケーエムシーコーポレーション …………………………
観光とは無縁の“工場群”を海からの夜景で価値化
事例3 群馬県桐生市 ファッションタウン構想 ………………………………………………
織物の伝統を受け継ぎ新たな魅力を生み出すまちづくり
事例4 栃木県茂木町 「日本で一番安全・安心でおいしいまちづくり」………………………
目標は、笑う人を増やすこと 環境と農業でまちづくりを実践
事例5 新潟県新潟・佐渡・村上 「食と花の交流プログラム」…………………………………
地域のシーズと都市のニーズをコーディネートする
事例6 新潟・群馬・長野 「雪国観光圏」………………………………………………………
地域や業種の境界を越え、10年後に残る仕組みを目指す
事例7 東京都中央区 銀座ミツバチプロジェクト ……………………………………………
ミツバチで都市と地域をつなぐ「Face ton Face」のコミュニケーション
事例8 NPO法人農家のこせがれネットワーク…………………………………………………
農家が自立できる農業を都会にいる後継者が応援する
事例9 東京都港区 六本木農園 ………………………………………………………………
消費者と直接出会う生産者の実験レストラン
事例10 神奈川県箱根町 箱根温泉・小田急電鉄 ……………………………………………
外国人個人客に狙いを絞り地域共同でプロモーション
事例11 JTBヘルスツーリズム研究所……………………………………………………………
「医療」と『健康』の先進技術をビジネス化するマーケティング力
その他の事例 ……………………………………………………………………………………
コロプラ 位置ゲームが「おでかけと消費」のきっかけを作る ………………………
埼玉県久喜市鷲宮 ………………………………………………………………………
第3部 調査総括………………………………………………………………………………………
観光ビジネスの可能性と課題解決のためのキーワード………………………………………
事例から導かれる6つのヒント
フレームワーク① 「観光」とは“絆づくり”である …………………………………………
フレームワーク② 「しかけ・しくみ・しきり」…………………………………………………
フレームワーク③ 「何を売るか」よりも「誰に売るか」 ……………………………………
フレームワーク④ 「いいものは売れる」から「売れるものはいいもの」へ…………………
フレームワーク⑤ 「顔の見える」流通が信頼感を育む ……………………………………
フレームワーク⑥ Small Factoryこそが世界で花開くチャンス …………………………
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編集後記 地域活性化の道筋は、復興とともに …………………………………………………… 52
5
特別
企画
地域に潜在する
“宝”
の
見つけ方、
磨き方
気鋭の事業リーダーたちが語る
観光がもたらす経済再生のキーワード
今、地域を事業領域とした新たなビジネスが誕生し始めている。
実際に地域でビジネスを行う事業者にとって、地域はまさに“宝の山”
に見える。
しかし、その原石は、斬新な企画
や卓越したスキル、さらに市場を見極める力や地域の人たちとの信頼関係がなければ輝くことはない。
そこで、地域をメインフィールドとして事業を行う気鋭のリーダーたちに、
その秘訣を聞いた。
事業を継続するためには、
利益を出すことが大切
業実験レストラン「六本木農園」の
農村交流イベントを始めました。町
運営にも携わっています。
や村の人たち自身が東京に来て、直
接消費者と交流することで、お互い
岩崎 まずは、みなさんの事業、活
大越 私は地域活性化のコーディネ
に何か新しい気づきがあるのではな
動についてご紹介ください。
ーターを15年くらいやってきまし
いかと考えています。さらに、福島
た。その活動のなかで、地方の町や
に畑を借り、農業生産法人を設立し
脇坂 農家が高齢化して後を継ぐ人
村をアピールする場がないかと探し
ました。ですから、プレイヤーとし
が減っているとともに、食糧不足は
ていたところ、銀座のビルの屋上で
ての一面と、皆さんをおもてなしす
世界の大きな社会問題。この問題を
養蜂を行っている「銀座ミツバチプ
るという二面性をもって取り組んで
農家自身が考えるために「農家のこ
ロジェクト」に出会いました。
います。
せがれネットワーク」というNPO
人口が1万人以下の町や村が、日
を立ち上げました。これは都会にい
本一の繁華街である「銀座」とつな
る農家の後継者、言い換えれば「こ
がるという企画は、内外から注目を
せがれ」たちを実家に戻し、日本
集めました。
の農業を盛り上げようという活動で
もともとこの活動は、銀座でミツ
す。農家を増やし、ちゃんと稼げて
バチを飼うことからスタートし、養
生活ができるモデルを作るのが目的
蜂は畜産の部類に入るので、僕たち
です。
自身がれっきとしたプレイヤーでも
また、生産者と生活者とが直接出
あります。そういう僕たちが地方と
会う場として「六本木ヒルズマルシ
何か関わりが持てないだろうかと考
ェ」を運営したり、こせがれや若手
農家のマーケティングの場として農
6
え、2008年からは紙パルプ会館で、
「ファームエイド銀座」という都市
ハリス
18年前に日本に来て、16年
座談会は、アドベンチャーツアー会社
「キャニオンズ」で開催(写真は同社のツアー)
ですから、時には人数制限なども行
いながら、コースなどを考える必要
があります。
そして4つ目が、利益を出すこと
です。これは非常に大事です。利益
を出さないと事業を継続ができなく
なってしまうし、新たな投資もでき
ません。
毎週土曜日に開催する「六本木ヒルズマルシェ」
この4つの柱をもとにビジネスを
くらい群馬県のみなかみ町に暮らし
展開しており、みなかみ町は一つの
ています。私がここでやっているの
実験場とも言えます。ここで人材を
はアドベンチャー・ツーリズムです。
育てて、異なるエリアにサスティナ
時にリスクも伴うけれど、スリルを
ブル・ツーリズムを広げていくため
味わえるラフティングやキャニオニ
に、同じ群馬県内の六合村、赤城に
ング、登山などのアクティビティを
もアクティビティのベースがあり、
提供しています。
これから東京の奥多摩にも展開しよ
私はニュージーランド人なので、
ニュージーランドで成功した「サス
テナブル・ツーリズム」のモデルと
なる4つの柱をビジネスの基本にし
ています。
うとしています。
「かっこよさ」
と「遊び心」
がないと長続きしない
岩崎
皆さんは地域ならではの資源
一つ目の柱は、クオリティが高い
を活用した形で事業や活動を行って
ものを提供することです。これは安
いますが、どんなきっかけで、どん
全性は当然ですが、装備やガイドの
なところに目をつけたのでしょう。
質も含まれます。
二つ目の柱は、地域に貢献するこ
脇坂
一つは単純に、農家を訪れた
とで、いろいろ方法はあると思いま
らかっこよかったというのが大きい
すが、うちの会社ではラフティング
です。農家って職人ですよね。自分
をしに来たお客さんが地域の宿泊施
の仕事やフィールドに誇りを持って
設やレストランを利用するような仕
組みを作ったり、地元の肉や野菜を
なるべく仕入れるようにしていま
す。
三つ目の柱が、自然保護です。う
○脇坂真吏(NPO農家のこせがれネ
ットワーク理事COO)
1983年札幌市生まれ。 東京農業大学
在学中から農家に通い詰め、農業の現
場を身体で覚える。21世紀の農業を支
えるためには、農家のこせがれたちが
自信と誇りを持って実家に帰れる“か
っこいい農家”を育てるため、養豚家
宮治勇輔氏とともに「NPO法人農家の
こせがれネットワーク」を設立。
農家を増やし、
ちゃんと稼げて生活が
できるモデルを作るのが目的。
── 脇坂真吏
ちの事業は自然あってのものですか
ら、積極的に働きかけなくてはいけ
いて、農産物への愛情のかけ方もす
大越 「ファームエイド銀座」とい
ません。オーバーユースしてしまう
ごい。それがかっこいいな、と思う
うイベントで、東京に拠点ができた
と、自然が損なわれてしまいます。
反面、収益はどうかと聞くと「大し
と農村の方に非常に喜ばれました。
て売れない」とか「お金にならない
東京の人と地方の人、双方が行き来
んだよね」という答えが返ってくる。
することで、初めて交流と言えると
野菜が嫌いっていう人も本当にお
都市と農村を結ぶ「農家の手がわりプロジェクト」
で、消費者が農村を訪れる(群馬県川場村)
思うんですね。
いしい野菜を食べたらきっと好きに
今までは、農村の方が都市へ行く
なると言い切れるほどいい仕事をし
機会はなかなかなかったのですが、
ていても稼げない。「稼げる」って
銀座の人たちが福島に行って畑を耕
いう部分さえ足せば、こんなに魅力
し、おいしいものをいただいて語ら
的な産業はない、なんとか盛り上げ
い、福島の方も銀座に来て、お客さ
なきゃいけないと思ったのがきっか
んと触れ合うという繰り返しを今や
けです。
っています。
7
異なる立場のお互いの思いが出会って、
初めて新しい価値観が生まれて来る。
── 大越貴之
そういう意味で、大越さんが言った
「遊び心」や脇坂さんが言った「か
っこいい農業」はこうした活動の大
切なモチベーションなんですね。
「外との比較」
で
地域の魅力を再発見
ハリス
私はネパールの川や、ニュ
ージーランドの素晴らしい自然など
世界中を見てきましたが、みなかみ
農村と都市を繋ぐ「ファームエイド銀座」
町をベースに選んだのは、4シーズ
○大越貴之(農事生産法人株式会社
銀座ミツバチ執行役員/ NPO銀座
ミツバチプロジェクト監事)
東京都生まれ、山口県岩国市育ち。早
稲田大学を卒業後、印刷会社、コンサ
ルティング会社などを経て、地域活性
化コーディネーターとして地域と都市
を結ぶ活動を行う。現在は、
「銀座ミ
ツバチプロジェクト」の活動や「ファ
ームエイド銀座」の運営などに当たる。
ンに渡って楽しめるアクティビティ
岩崎 「地域資源」とひと口に言っ
の環境が一番揃っていると感じたか
ても、他と比べることはなかなか難
らです。
しいですよね。みなかみ町の人が地
特に利根川は世界的なレベルで
元の川を素晴らしいと思っていて
す。世界の川に負けないような良い
も、世界で一流とは言い切れない。
激流があり、春から遊べます。水が
マイクさんにそう言われることで、
豊富な町なので夏は湖や沢、滝で遊
自分の町に改めて誇りを持ち、自信
べます。上信越高原国立公園や尾瀬
が生まれると思います。そういう意
国立公園に囲まれて、手つかずの自
味では農業も同じで、比べるのはな
然が多いのも魅力ですね。冬は世界
かなか難しいのでは?
でもトップクラスの雪が降ります。
自分はスキーヤーでもあるので、こ
脇坂
そのうちに、親戚付き合いのよう
の辺の山を滑るのは大好きですね。
トは一番おいしい」なんて言います。
な、第二のふるさとみたいな感じに
夏だけ、あるいは冬だけしか遊べ
「ほかのも食べてるんですか」と聞
なってきます。銀座のクラブのママ
ない場所もありますが、ここは季節
くと「いや、食べてない」と(笑)。
とかいろんな仲間と福島に行き、代
を通じて楽しめる条件が揃ってい
農家のこせがれは生まれた時から
わりに福島の温泉街のおかみさんた
て、日本だけでなく、世界の中で見
自分のところで作ったおいしい野菜
ちが銀座に来たりという異業種交流
てもいい条件が揃ってますね。それ
を食べて育ち、それが普通だと思っ
が生まれていて、我々はこれを「銀
ぞれのシーズンでワールドクラスの
てます。でも東京に来て、初めて野
座の生物多様性」と呼んでます(笑)。
自然を楽しめると思います。
菜がおいしくないと気づき、改めて
農家の人はよく「うちのトマ
地元の良さに気づくんです。
そんな遊び心がないと、継続が難
しいですよね。つらいと思ったら続
あるいは、僕らが地方に行って土
きません。銀座のメンバーがすんな
地の野菜を食べ、おいしいとか面白
り福島に行くという行動に移れたの
いというと、地域の人は初めて「そ
も、これらの活動が遊び心から入っ
ういうもんなんだ」と気づいたりし
ているからで、時代にマッチしたの
ます。外部の人の刺激によって気づ
かなと思っています。
き、それが何かを変えるきっかけに
なることは多いですよね。
岩崎 「これはいいものだから」と
言うだけでは、なかなか受け入れて
もらえないケースは多いですよね。
8
銀座のビル屋上で飼われているミツバチに
子どもたちも興味深々
岩崎
皆さん、地域資源を生かして
ビジネスを考えた時、どんな人をタ
ーゲットとして想定しましたか。ま
脇坂 消費者と農家が直接顔を合わ
た、想定と違ったという経験なども
せる「六本木ヒルズマルシェ」では、
あれば教えてください。
農家が売れると思ったものが売れな
い、あるいはその逆もよくあります。
ハリス
ターゲットは20 ∼ 30代の
一番わかりやすいのは、お米の販
ストレスを抱えて働く忙しいサラリ
売量ですね。農家は10kg単位で売
ーマンですね。都会に住む人は、自
然からどんどん離れている気がしま
す。特に地方から働きに出て、自分
のルーツや自然に戻りたい人は多い
のでは。そういう人に自然の力を感
じることで、リフレッシュしてもら
いたいと思っています。
実際はどうかと言うと、5年くら
い前まではカップルや友だち同士の
グループが多かったんですが、最近
非日常的な体験を求めるニーズは高い
(洞窟探検)
はチームビルディングを目的とした
りたがるんですが、都市部の人は
企業や自然教育を目的としたインタ
1kgとか2kgくらいしか買わない、
ーナショナルスクールなど、いろい
そのことを消費者と接する場に来
ろなグループが来ます。
て、初めて知るわけです。自分の思
地域の人自身がビジョン作りに
参加することが大事なプロセス。
── マイク・ハリス
最近は、英語でアウトドア体験を
する学校のグループも増えていま
い込みと現実のギャップを知ること
はすごく重要ですね。
○マイク・ハリス
(株式会社 キャニオンズ代表取締役)
ニュージーランド出身。世界各地でラ
フティング・キャニオニングのプロフ
ェッショナル・ガイドとして働いた後、
来日。2003年にみなかみ町にキャニ
オンズを設立。日本におけるキャニオ
ングのパイオニアであり、リーダー的
存在。
来るのかなと思いました。
す。ただ英語を勉強するより、楽し
みながら英語を使うと、自然に覚え
大越 ある時、新潟の生産者が「越
て、英語が楽しくなるんですね。だ
後姫」といういちごを銀座に持って
岩崎
からもっと、日本人の子どもたちに
きたんですが、その人は、都会では
ます。太平洋戦争の時に地上戦があ
楽しく英語を学ぶ機会を提供したい
いちごはずっとクリスマスシーズン
り、戦争の傷跡が残されているので、
と思います。地元の子どもにも無料
に売るものだと思っていたそうで
平和教育を目的に多くの修学旅行が
で、スタッフがバスケットボールを
す。その時期に一番使われるからで
訪れます。ここでは「民泊」と言っ
しながら英語教室を開いたりしてい
すが、実はほんとの旬は5∼6月な
て、ホテルや旅館ではなく、子ども
ます。
んです。生産者も「一番美味しい旬
たちは一般家庭に泊まるんです。つ
の時期に食べてもらいたい」と思っ
まり、子どもたちは2泊3日、その
ています。東京にいると、なかなか
家の子になるわけです。
生産者のそういう思いが伝わってき
ませんよね。
体験型ツアーは参加者も率先して働く
沖縄に伊江島という島があり
この島には中学までしかないの
で、高校に上がる子どもたちは沖縄
それを聞いたある百貨店が「だっ
本島に行かなくてはいけません。で
たら旬の時期に買いますから、一番
すから、島の大人たちは高校に上が
いいと思う時期に送ってください。
る前に、子どもたちが掃除,洗濯、
うちのパティシエがお菓子を作るか
料理を自分でできるように育てま
ら」という話が実現したんです。異
す。それが島での教育なんです。都
なる立場のお互いの思いがマッチし
会の子が島の家庭に入ることで、そ
て、初めて新しい価値観が生まれて
ういった生活も学べるんです。最
9
地元が望む形をいろいろ
私なりに提案して、
一緒に考える。
── マイク・ハリス
るというのもありますが、何をする
を生むのではないかと思います。
にも、地域の長のような人がいて、
アドベンチャーガイドは高いスキルで
参加者の安全を守る
そういう方たちがずっと上の立場に
岩崎
いる。役職だけは変わりますが、ど
地域に入っていく難しさがあったと
初から意図したわけではないのです
の会合にも大体同じ人が来るので、
思いますが、いかがでしたか。
が、平和教育だけでなく、地域生活
落としどころや結論もだいたい一緒
を体験できる場にもなっているんで
になってしまうんですね。
す。
「ないもの探し」
が
魅力発見につながる
こういう状況を見ていると、一つ
の地域だけで物事を考えていくのは
ちょっと限界があるかなと。地域ブ
ランドもいいんですが、地域の中だ
岩崎 皆さんが活動をされてきた中
けの枠組みより、都市農村交流に取
でいろいろな障害や問題もあったと
り組んでいるのもそういう理由で
思います。具体的にはどのようなも
す。
のがありましたか。
マイクさんは外国人として、
銀座のビルの屋上で稲刈り
どんなに銀座を探しても農地はな
い。でも、腕のいいパティシエはい
ハリス
脇坂 地方の農家に私たちの活動を
る。一方、地方の町や村には銀座に
どもが通う学校のPTAに参加した
説明しても理解をしてもらえない。
適うパティシエはいないけど、おい
り、地元の子どもが遊ぶイベントを
とりあえずやってみてくださいと言
しい食材がある。だったら町や村が
開いたり、なるべく交流の機会を作
っても、
「やったことがない」と躊
食材を供給し、銀座のパティシエが
るようにしました。そうすると「こ
躇されるのはしょっちゅうで、地域
お菓子を作り、お互いにないものを
の人、悪くないね」とわかってくれ
は経験がないことに対するハードル
提供し合えれば、どちらが上ではな
ます。大人どうしなら、一緒に飲む
が高いなあと思います。
く、イコールパートナーとしてつき
のが一番早いですね(笑)。
逆に言うと、一回やってしまえば
合えるのかなと。
時間はかかりましたが、子
あとは、地元が望む形をいろいろ
すぐわかってくれて、はまってくれ
地域振興では、「あるもの探し」
私なりに提案して、一緒に考えてい
るんですが、地方の農家と何かをや
とよく言いますが、実は「ないもの」
くことが一番重要じゃないかなと思
る場合、感じるのは最初の一歩の難
がちゃんと把握できてないから、何
います。
しさですね。
があるかもわからないのではないで
農業もツアーも
「基準」
が質を上げる
東京で感じるのは、農業のイメー
しょうか。宝探しをもっとブラッシ
ジが思った以上に限られていること
ュアップして「これはうちには絶対
です。
「食べ物」
「土」「汚れる」程
にない」となったら「別の場所に頼
岩崎
度にとどまってしまうので、都会で
もうよ」と。そのことが、いい循環
ー・ツーリズムのクオリティの高さ
マイクさんはアドベンチャ
農業系のイベントをやろうとする
の条件として、まず安全性を挙げて
と、どうしても偏った見方をされて
いました。国で基準などは作ってい
しまう。地方も東京も、お互いの情
るのでしょうか。
報がなさすぎる結果、まず情報のす
り合わせをするのが大変だと感じま
ハリス
す。
ンチャーツアーについて、日本には
ラフティングなどのアドベ
基準が一切ありません。これは非常
大越 地域にお邪魔して一番の問題
と感じるのは、いつも顔ぶれが一緒
ということです。年配の方を重んじ
10
にリスキーです。事業者の管理が行
海外から優秀なガイドを受け入れることも
レベルアップには欠かせない
き届かないために、事故が起きると
全体のレベルが低いと見られ、大き
な影響を受けます。ですから、安全
すから基準もゼロから作るのではな
基準作りは急務です。
く、海外にいいモデルケースがいっ
それには、国レベルでグローバル
ぱいあるので、いいところを取り入
な基準を導入することが重要です
れていくといいんじゃないかと思い
が、まずは、行政と事業者が同じテ
ます。
ーブルに座ることが必要です。今、
全国でラフティングなどをやってい
脇坂 基準の問題は農業でも大きな
る会社は200くらいあり、レベルを
課題です。日本の農業で重視してい
合わせるのも時間がかかるので、た
るのは、見た目と大きさだけで、味
とえば3年後をゴールに少しずつス
や栄養は無視していると言えます。
テップアップする形などが考えられ
流通しやすい、スーパーに並べやす
やネットワークをどんどん作ること
ると思います。
い、消費者が見やすいという規格基
で、それが実際にいろいろなビジネ
準だけなので、たとえばトマトなら、
スになっています。
また、国で共通基準を作ること
で、ガイドという仕事が世間に認め
16種類の基準のどれかにあてはまる
られ、プライドを持てます。今の
ものを作りなさいと。
手づくり値札のひとつひとつに生産者の思いが込
められている
岩崎
皆さんから地域あるいは行
日本では若者が両親に「ラフティン
そうすると、こういう風に農薬を
グガイドになる」と自信を持って言
使えばいいといったことにばかりに
えないと思うんですね。でも、ニュ
目が向いてしまい、結果的に形はき
ージーランドでは山岳ガイドと同レ
れいでもおいしくない野菜が大量生
脇坂
ベルの国家資格があり、専門学校に
産されることになります。そして、
が大事ですね。今回の震災で、これ
行って取得すればプロとして働けま
消費者が野菜はおいしくないと思
まで結んだ農家と消費者のつながり
す。日本でも条件が整って、ガイド
う。そういう悪循環が生まれている。
の大切さが改めてわかる場面も多か
育成のための専門学校ができたりす
そういう中では、今までとは違う規
ったですし、農家には自分たちがや
れば、産業としてもレベルアップす
格を作らないといけないという話も
っていることへの誇りや、消費者と
ると思います。
出ています。
のつながりをもっと考えてほしい、
もちろん、自然が相手なのでリ
スクはあります。基準を作っても
100%事故がないとは言えないから、
見えないネットワークが
ビジネスを生む
政、消費者に向けて呼びかけたいこ
とはありますか。
やはり人と人をつながること
と強く思いました。
多分、震災後に農業はいろいろ問
題が出てきて、今までいた土地を離
誰が責任をとるのかという問題も出
岩崎
脇坂さんがやっている「農家
れなきゃいけない人も出て来ると思
てきます。でも、ポジティプに考え
のこせがれネットワーク」は、ちょ
います。でも、そういう時こそ、
「自
ていかないと、悪循環になって産業
っと変った組織ですよね。
分は職人だから、どこへ行っても農
自体が成り立たなくなりますね。で
家ができる。経済復興できる」くら
脇坂
会員は何人いるかとよく聞か
れますが、「会員はいません。でも、
いに考えてほしいなと。
行政は地域の枠を超えてそういう
仲間はいっぱいいます」と答えてい
動きを自由につなげてほしい。がん
ます。NPO団体として寄付はいた
ばっている人を応援する政策をして
だいていますが、農家やこせがれ
欲しいですね。
を会員化しているわけではありませ
大越 「ファームエイド銀座」を機
ん。
僕らは場を作っているだけで、そ
銀座ミツバチのプロジェクトは、都会の自然を考
えるきっかけに
に、銀座をハブとして日本の地域が
れを使いたい人が使いたい時に使え
つながりを持つようになりました。
ばいいと思っています。見えない絆
今回の震災後、東京の檜原村や愛媛
地域の枠を超えて
がんばっている人を応援してほしい。
── 脇坂真吏
の宇和島、徳島の阿南などから「福
島へ救援物資を送りたい」という問
い合わせがすぐに来ました。常日頃
からの地域間のつながりはとても大
事だなと改めて実感しました。
11
『絆づくり』そのものが
地域の新しい観光のスタイル。
── 岩崎徹
ろう?」と改めて考えると、お土産
光は非常に大きな可能性を秘めてい
を買ったり、交通機関を使ったり、
るなと思います。
生産者と消費者の交流は商品の売買にとどまらな
い(六本木ヒルズマルシェ)
泊まったりということだけではない
今日お集まりいただいた皆さんの
と思います。地域とつながりを持つ
それぞれの分野での活動は、きっと
ハリス 地域ぐるみのビジョン作り
こと、「絆づくり」と言えるものは、
地域の人たちの元気につながると思
が必要だと思います。特に大事なの
すべて観光と言えるのではないでし
います。今後はそうした方々で、よ
はプロセスで、
誰か上の方の人が「こ
ょうか。
り大きなネットワークができると、
ういうビジョンになりました」と決
マイクさんから「地域の人がビジ
面白いことになるのではと思いま
めて、市民に知らせるという形では
ョン作りに参加することが大事」と
す。これからもご協力をよろしくお
なく、地域の人自身がビジョン作り
いう話がありましたが、さらにその
願いします。
に参加することです。
地域を訪れる旅行者、あるいは消費
ニュージーランドでは、そういう
ことをやって成功している小さな町
者も加えることが必要かもしれませ
した。
ん。これはまさに絆づくりであり、
がたくさんあります。日本でも、同
「絆づくりそのものが観光」という
じようなプロセスが持てれば、地域
考え方もあるのでは、とお話を伺っ
の人たちが自分の町にもっと誇りを
ていて感じました。
持てるのではないかと思います。
今日はどうもありがとうございま
先程お話しした沖縄の伊江島で観
光協会の会長から聞いたんですが、
岩崎 奥多摩の檜原村で数年前に市
中学生の時に民泊を経験した子ども
町村合併の話が出たとき、住民投票
が5年後くらいにふらっと島に戻っ
ではなく、中学生以上を対象とした
て来ることがあるそうです。その子
住民アンケートを実施しました。
も20歳くらいになり、赤ちゃんを抱
その結果、中学生の8割以上が合
いて、親戚の家に遊びに来たみたい
併に反対でした。それを見て、村は
に「おじちゃん、これ私の子ども」と。
合併しないと決断したそうです。こ
驚いたけど、とても嬉しかったとお
の村を50年、60年先に支える中学生
っしゃっていました。
が反対と言っているから。これはと
修学旅行をきっかけに、一つの絆
ても重要な判断基準だなと思いま
が生まれ、もしかしたらその子にと
す。
っては一生続くものかもしれない。
今回のテーマは、観光を使った地
第2のお父さん、お母さんができた
域活性ですが、では「観光って何だ
のかもしれない。そう考えると、観
■コーディネーター
岩崎徹[本委員会委員]
(株式会社アイーダ代表取締役社長)
1965年生。早稲田大学卒業後、旅
行雑誌の編集に従事した後、電通
グループ初のインターネット旅行会
社初代社長に就任。その後、株式
会社アイーダを設立し、地域観光情
報専門プラットホーム『チキタビ』
(http://tikitabi.com)を開設。ITを
活用した地域活性化策、地域観光事
業マーケティングおよびプロデュー
スを行う。著書に『美味しい韓国』
(NHK出版刊)
『ヨーロッパ鉄道の旅』
消費者が地域を実際に訪れに日本の農業を語り合う(群馬県川場村)
12
(ダイヤモンド社刊)など多数。
第1部
調査概要
13
第1部
地域における新たな“観光”を考える
「4つの壁」を乗り越え、
地域活性化のメカニズムを解明する
“地域の、地域による、地域のため”の経済活性化
地域経済の活性化策として近年、
“観光”
が大きな注目を浴びている。
それは単に既存の旅行、宿泊事業にとどまらず、
さまざまな地域産業との連携が可能であり、
相乗効果を生み、さらに持続的な事業としての価値が見込めるからである。
しかし一方で、新たな観光ビジネスの実現には、
乗り越えなければならない課題があるのも事実だ。
人口減少、高齢化、デフレ
新たな局面を迎える日本経済
我が国は、人口が減少へと転じ、
よ り、 国 内 総 生 産(GDP) で は 世
界第2位から3位へと転じるなど、
長引く閉塞感が続いている。
今まさに、これからこの国がどう
世界で最も早く高齢化の社会を迎え
やって経済的に食べていくか、世界
ている。戦後からの長い経済成長を
の中で地歩を固めていくか、という
支えてきた多くの労働人口が次々に
非常に重要な時だと考えられる。
現役を引退することにより、国内消
地域に根差した事業間の連携が
新たなインフラの可能性
地域と都市の交流も盛んにおこなれている(六本
木ヒルズマルシェ)
このような状況のなかで、地域経
今後も、我が国が先進国の一員と
成や産・学・官の連携などの産業振
済はグローバル化が進み、アジア諸
して世界をリードしていくために
興を通じて地域経済の活性化を推進
国、特に中国のめまぐるしい成長に
は、世界の多様な価値観を受け入れ、
してきた。
費が弱体化し、デフレ経済が続いて
いる。
応えてゆくことが重要であり、先進
また近年、これまで私どもと関係
国の多くが同様の苦悩の中で見出し
が深い商工事業者と、農林漁業者な
てきたように、中央が物事を決めて
どの非常に良い材料と連携させて新
いく集権的な体制から、まさに地域
しい商品やサービスを開発してい
の個性・特徴を見出しながら、地域
く、農商工連携、農業の6次産業と
が自らの意思で地域社会や経済を組
いった新たな地域の連携も深まって
み立てていくというかたちに転じて
いる。
行くことが重要であろう。
観光を通じて子どもたちに自然を受け継ぐ
14
例えば、中心市街地・商店街対策
経済産業省ではこれまで、中堅・
では、これまで商いの場として、空
中小企業を中心とした産業集積の形
き店舗対策やイベント支援などを
行ってきたが、今はそういった画
一的な商業の面だけでなく、住民が
中心となった地域コミュニティ事業
や、こだわりの農業者と連携し空き
店舗を活用して産品を提供する店舗
事業など、地域に根差した様々な事
業者、企業等の連携による面的な取
り組みが始まっている。このような
新たな取り組みは、これからの地域
社会や経済を底支えする新たなイン
フラとしての可能性を秘めている。
地域全体に循環する経済が
持続可能な地域社会を育む
地域の人、外からの人が行ったり
来たりしながら、自分たちの地域に
誇りを持ち、外からの人はその地域
ならではの魅力に引き付けられる。
ことが、安心して暮らせる豊かな国
お互いの気持ちの交流がそれぞれの
づくりにつながっていく。
かな地域社会の構築につながる。
これまでは新興国が大きな市場規
日々の生活に潤いを与え、自分たち
さらに、地域全体にお金をしっか
模で台頭してきたが、これからは画
の子供や孫にその幸せをつないでい
りと循環させていく地域経済をつく
一的な経済的な側面とは一味違った
く。そういった地域づくりを進める
りあげることが、真に持続可能は豊
熟度の高い経済・社会を地域からつ
地域が抱える「4つの壁」とは?
「こころの壁」
地域で新たな事業や活動の取り組みを行う際、
「業種の壁」
旅行業や宿泊業といった既存の観光事業者の
地域や世代間で既成の概念や事業領域を突破す
枠組みを越えて、地域で新たな“観光”事業を
ることでの軋轢が生じることがある。さらに、
創出する際に、既存事業者と観光を広義に捉え
その問題を解決するために、多くの時間と労力
た事業者との間に摩擦が生じる場合がある。ま
を要する事例が各所で聞かれる。このような目
た、地域のさまざまな業種間でも同様の摩擦が
に見えない人の“こころ”の問題を、
本書では「こ
生じることがある。本書ではこれを「業種の壁」
ころの壁」と位置づけ、その解決策を探る。
と位置づけ、解決の糸口を探る。
「地域の壁」
「国境の壁」
地域においては、都道府県や市区町村といっ
地域における観光ビジネスは、すでに国内市
た地方自治体の行政区域や所轄する省庁の違い
場にとどまらず日本を訪れる外国人観光客を対
があり、その境界を跨ぐことで円滑な事業運営
象とすることが必須となりつつある。また、新
に支障が出る場合がある。
たな観光事業にとっても、積極的に外国人を採
本書ではこれを「地域の壁」と位置づけ、解
決に向けた具体策を検証する。
用することも必要となっている。本書では、こ
れを「国境の壁」と位置づけ、その課題や解決
策を考える。
15
くっていくというのが大事になって
のビジネスモデルの確立が求められ
えるため“地域の、地域による、地
いく。
ている。
域のため”の取り組みをクローズ
そのときに、人が行き来をすると
か、地域ならではの魅力を形にして
いくといったことを経済として考え
観光は重要な国策のひとつ
課題解決のソリューション
アップし、観光による新たな地域活
性化のメカニズムを明らかにするこ
とを試みた。
たときに、広い意味での“観光”が
政府は、観光立国推進基本法に基
先述の通り、我が国の人口構造は
大変重要なキーワードになってく
づくかたちで、観光庁が中心となり
成熟期を迎え、減少傾向に転じてい
る。
関係省庁が様々な施策を持ち寄り、
るなか、今後の経済発展は数ではな
支援をすることとなっており、イン
く、質による理論に展開することが
フラ整備であったり、旅館業、旅行
大切となる。大量生産できない多様
業といった観光そのものの切り口か
で高い価値を創造し、国内外の人々
観光というと、
一般的に「あご(食
ら、食と農林漁業の観点や、地域資
が羨んで止まない高いブランドを構
事)
、あし(交通)
、まくら(宿泊)」
源の育成や伝統的工芸品、産業遺産、
築することが、我が国が進むべき道
といった、いわゆる旅行ビジネス、
日本の優れた技術や商品の海外情報
筋であろう。そういった意味で観光
地域経済で考えれば、宿泊事業者や
発信など、すそ野の広い観光を様々
を考えると、今現在、各地域が越え
交通事業者のものであると考えられ
な観点からの支援策が設けられてい
ようとしている壁は、そのための道
がちだ。しかし、近年の観光を取り
る。
程であるといえ、日本国民同士の観
すそ野の広い広義の“観光”が
新たなビジネスチャンスを生む
巻く環境は、これまでの団体による
光交流に加え、国境の壁を越える訪
大規模な観光旅行、いわゆるマス
日外国人旅行者に、より一層質の高
ツーリズムから、
地域が中心となり、
い価値を提供することが、我が国の
地域ならではの魅力をいかして消費
停滞する経済状況を打破する処方箋
者の多様なニーズに合致するバラエ
のひとつであると言える。
経済産業省は、“観光”をこれま
ティ豊かな観光振興が進められてい
での画一的な観光旅行という定義に
る。
留まらず、今後の我が国の経済活動
このように“観光”はすそ野が広
く、これまでは観光事業者として考
のなかでも、非常に多面的であり、
えられていなかった地域の業種が一
すそ野が広く、様々な経済、社会的
堂に参画することが重要であり、言
い換えれば、地域の様々な事業者や
住民に新たなビジネスチャンスが生
じるということとなりうる。
一方では、これら地域の観光コン
テンツは多品種小ロットであるがゆ
えに、既存の流通網には乗り辛く、
また、
儲け辛いといった側面がある。
各地域ではこれらが課題となってお
地域素材を使った体験は地域観光の戦力商品にな
りつつある
事象に関連の深い分野であると考え
る。そして、各地域での、地域によ
まさに、国策の重要な柱のひとつ
る、地域の方々のための様々な取り
として、我が国が抱える様々な問題
組みに対して、経済産業省はもとよ
に対するソリューションとして“観
り、関係する様々な施策を効果的に
光”に期待がかかっている。
連動させ、積極的な支援を展開して
これからの観光は
多様ですそ野の広い定義を
いく。
本書が、地域のリーダーはもとよ
り、地域で“観光”を手法としたさ
り、地域ぐるみの観光で、いかにお
この度、「観光を手法とした地域
まざまな事業を展開する方々にとっ
金を循環させるかといった地域全体
経済活性化に関する調査」を実施す
て、今後の活動指針やネットワーク
るに際して、取り上げた地域の取
作りに役立つことを目標とする。
り組みが抱える課題を「壁」とと
らえ、新たな取り組みとこれまでの
既成の概念のあいだに隔たる「ここ
ろの壁」、狭義の観光事業者とその
他の幅広い関係者との「業種の壁」、
省庁や地方自治体組織等の「地域の
壁」、そして国内と海外を隔てる「国
地域の伝統技術は、人を引き付ける貴重な地域資
源(新潟県燕三条市)
16
境の壁」の4つに大別した。
本調査では、これら4つの壁を越
地域ブランドは「作る」よりも「育てる」ことが
重要だ
事例を読み解くための“ヒント”
3つの類型でみる新たな“観光”
資源、企画、市場をどう捉えるか
近年、地域経済の新たな担い手と
して、
“観光”が注目されている。
観光の可能性のひとつは、「地域
交流を深めることで、地域経済の活
から地域活性化の“ヒント”を導き
性化や住民の活力を生み出すことに
出すことを目的として、平成23年1
も期待が高まっている。
∼3月に実地視察およびヒヤリン
従来の旅館や観光施設といった観
が主体となって、自然、文化、歴史、
グ、電話やインターネット等による
情報収集等を実施した。
産業、人材など、地域のあらゆる資
光事業者は年々減少する傾向にある
源を活かすことによって、交流を振
が、広義の“観光”に関連した事業
本書では、先進的かつ特徴的な
興し、活力あふれるまちを実現する
活動、支援活動等を行っている企業
個々の事例を事業形態ごとに3つの
ための活動(APTEC,2001「観光ま
や地域は、徐々に増加する傾向にあ
類型に分類することで、観光を手法
ちづくり」より)
」であり、地域に
る。
とした地域活性化の課題や解決方法
人が集まり、地域の中で消費活動や
そこで本調査は、より多くの事例
を整理して分析することとする。
■3つの類型と主な視点
類型
視点
地域資源
クリエーション型
リノベーション型
コラボレーション型
独自のアイデアで新た
既存事業を見直し、改
生産地と消費地の連携
な事業を実践している
良を実践している事例
を図った事業を実践し
事例
ている事例
目利き
地域住民の目
こだわりを持った消費
プロの目
消費者の目
者の目
地域資源のパッケージ
消費者目線による高付
商品化
加価値化
特定マーケットニーズ
近隣マーケット、観光
ニッチ、ディープマー
の把握
客ニーズの把握
ケットニーズの把握
地域全体で経済が循環
都市と地域で人・モノ・
するモデル
金・情報が行き来する
事業家・起業家の目
企画性
市場・ターゲット
地域素材の商品化
(価格競争にならない)
ビジネスモデル
ビジネスモデル
モデル
波及効果と課題
モデルの地域内外での
地域内、広域での連携
都市と地域のビジネス
展開
の拡大
コミュニティ形成
17
① クリエーション型
独自のアイデアで
新たな事業を実践
地域の事業者が、これまで
地域
地域
資源
人材
スキル
=新しい観光ビジネスへ
事業者
○群馬県みなかみ町谷川渓
で付加価値の高いサービスを
谷でアドベンチャーツア
提供しているモデル。
ーを実施する「キャニオ
従来とは違った視点で地域
アイデア
(企画力)
ビジネス
モデル
■代表的な事例
にはなかったアイデアや企画
ンズ」
資源を有効活用して新たな事
○神奈川県横浜市工場夜
業を確立したり、従来は対象
景をクルーズで鑑賞する
となりえなかったニッチ市場
ツアーを実施する「ケー
にターゲットを絞ったビジネ
エムシーコーポレーショ
スモデルを開発するといった
ン」
その他の事例
事例。
地域内では気付きにくい地
・長野県天龍村
柚餅子
生産者組合
域資源の価値を、外からの視
点や専門家の客観的評価によ
・千葉県香取市佐原(ま
り再発見することで、新たな
ちづくり後に新規に出
事業を生み、市場を掘り起こ
店した飲食店)
す起爆剤となっている事例を
・新潟県十日町市
「Roooots」
指す。
■地域事例を分析するための主な視点
地域資源
地域には、その地域独自の魅力がある。自然、文化、
企画性
新たな事業をするうえで、最も必要とする事業構想
歴史、産業などを活用した地域ブランドとも言える。
力とそれを成し遂げるための技術力。地域資源をいか
観光による地域活性化として、欠かせない視点である
に磨き上げるか、という視点。
が、事業類型によって視点が異なる。
今回の調査事例では、外部の視点、プロの視点、事
今回の調査で取り上げた事例でも、地域資源に付加
価値を見出す方法として、企画力、発想力、アレンジ
業者の視点、消費者の視点など、その立ち位置によっ
力といったものを具体的な形で活用している。また、
て地域資源の見え方も異なることがわかった。
資源(コンテンツ)を商品化(プロダクト)すること
も、この視点のひとつである。
18
② リノベーション型
既存事業を見直し、
改良・改革を実践
地域
地域のあらゆる事業者が連
■代表的な事例
携してこれまでにはなかった
○群馬県桐生市 ファッシ
商工
事業者
観光ビジネスを展開している
観光
事業者
農業
事業者
新しい
観光ビジネス
地域
住民
モデル。従来からある地域の
○栃木県茂木町 「日本で
文化や産業が連携し、新たな
一番安心でおいしいまち
事業を確立したり、従来は対
づくり」
象となりえなかったニッチ市
○新潟県「新潟・佐渡・村
場にターゲットを絞ったビジ
上食と花の交流プログラ
ネスモデルを開発するといっ
ム」
○新潟・群馬・長野「雪国
た事例。
行政
ョンタウン構想
一つ一つの地域資源(点)
観光圏」
を線でつなぎ、地域(面)の
その他の事例
価値を高めている事例を指
・山梨県 ワインツーリ
ズム山梨
す。
・新潟県燕市・三条市
・埼玉県久喜市鷲宮
・群馬県富岡市
・長野県諏訪市(ズーラ)
・千葉県成田市
市場・ターゲット
ビジネスモデル
事業者にとって、サービスを提供する顧客を定め、
事業の目的となる結果および成果の道筋である。売
さまざまな戦略を講じていく必要がある。そのために
上(利益)、集客、雇用増大、経済波及効果といった
は、顧客ニーズを的確につかむためのマーケティング
成果を得るためには、知識だけでなく、経験値や人材、
が重要である。
情報収集などをいかに有効に活用するかが鍵を握る。
また、マーケットに対するアプローチの方法(プロ
今回取り上げた事例の多くは、数より質、ブランド
モーションなど)も重要である。地域の各種事業で最
力よりも共感を得られる商品力に優れている。
も難しい問題でもあるが、各事例からその克服方法を
事業には適正な量があることも、具体的な事例をもと
導き出す必要がある。
に検証する。
19
③ コラボレーション型
生産地と消費地をつなぎ
連携ビジネスを実践
地域
都市
生産地である地域や生産者
■代表的な事例
と消費地である都市と消費者
○東京都中央区銀座
生産者
者
消費者
とを結び、両者間のコミュニ
観光
事業者
商工
事業者
新たな市場と新たなビジネス
販売
業者
新しい
観光
ビジネス
農業
事業者
ケーションを深めることで、
飲食
業者
直売会
地域
住民
IT
メディア
「銀座ミツバチプロジェ
クト」
○NPO農 家 の こ せ が れ ネ
モデルを創出している事例。
ットワーク
地域には、昔ながらの生活
○東京都港区
や食文化、伝統工芸品や新鮮
な生産物といった地域資源が
農業実験レストラン
「六本木農園」
ある一方で、都市部のエコや
○神奈川県箱根
農業や食、さらに地域そのも
小田急電鉄
のに関心が高い消費者は、嗜
箱根温泉
好に合った商品やサービスを
求めている。
○JTBヘルスツーリズム研
究所
この間を結ぶしくみや事業
者間のビジネスコミュニティ
が形成されることが重要。
波及効果と課題
観光を活用した地域経済の活性化
関東経済産業局が推進する観光関連施策推
地域における観光事業は、一過性のものでなく、継
続性、
周辺への波及効果が期待されることが特徴的だ。
特定の地域、業種に限定せず、経済効果をもたらす観
光のあり方は、都市計画や福祉といった中長期的な施
策にも重大な影響を与える。
また、それぞれの事例を比較することにより、共通
の課題が浮き彫りになり、解決策を共有する場も必要
となっている。
20
進の目的は、観光による集客交流効果を通じ
て、地域中小企業の振興・地域経済の活性化
を図ること。
具体的には、観光に関連する地域産業(観
光関連サービス業、小売・卸業、飲食業、産
品・工芸品等製造業、農漁業等)の振興による、
域内の所得向上や雇用拡大等の地域経済活性
化を図る。
第2部
事例検証
21
事例1
群馬県みなかみ町
キャニオンズ
サスティナブルツーリズムを実践
世界水準のルール作りを提唱
■事例概要
低迷する温泉客に代わって
アウトドア需要を呼び込む
群馬県みなかみ町は、谷川岳を中
心とした山々に囲まれた利根川源流
の町。水上温泉や猿ケ京温泉など多
くの温泉を抱える観光地であるが、
90年代後半には年間170万人近い宿
泊客を集めた温泉も、この20年で宿
泊客数を大きく減らし、2009年は全
盛期のおよそ半数の約86 万人にま
で落ち込んだ。
94年頃から、同町で商業ラフティ
ングが始まり、96年にはラフティン
グ業者11社で普及と安全性向上を目
ラフティングは自然とスリルを体感できる人気アクティビティー
的とした
「水上町ラフティング組合」
が設立された。
フティングやキャニオニング(渓流
旅行雑誌に広告を掲載するなどして
ニュージーランド出身のマイク・
探検)の経験を積んだ。はじめてみ
いたが、現在では、安全面の信頼を
ハリス氏は98年にアドベンチャーツ
なかみ町にを訪れたプロの眼には、
得て、リピーターを中心に、インター
アー会社「キャニオンズ」を設立し、
世界選手権が実施できるほどワール
ネットによる直接申込みが大半。
プロの視点でアウトドア事業の発展
ドクラスの立地条件に映った。
また、スタッフの半数が外国人の
に協力。現在、従業員12名、夏季40
四季折々の魅力を見せる谷川岳の
ため、英語学習を合わせた利用が可
名、みなかみ町のほかに、白馬、四
渓谷、温泉旅館やスキー場を有し、
能なのが特徴的。近年はインターナ
国
(吉野川)
、
赤城
(フランチャイズ)、
首都圏からも比較的近い距離にある
ショナルスクールなどを対象とし
草津にもグループ会社を持つ。
点からもビジネスチャンスにあふれ
て、英語によるスキースクールも開
る地域だった。
催している。
■地域資源
ワールドクラスの立地条件
首都圏の潜在市場に近接
ハリス氏はプロのアドベンチャー
ツアーガイドとして、世界各地でラ
22
■市場・ターゲット
自然に触れたい都会の若者から
アクティビティーで英語を学ぶ学生
開業当初は、若年層をターゲット
ハリス氏は、「みなかみ町には、
富裕層向け施設は少ないが、教育
旅行なら呼び込める」と語り、「経
済発展著しいアジア諸国で富裕層が
拡大し、多国籍企業が増えればイン
ターナショナルスクールの数も自然
活用のあり方について定期的に意見
と増える」と指摘する。
交換する場を設けている。そこで適
■企画性
ラフティングやケイビングなど
自然体験型ツアーを提供
98年に、みなかみ町で自然ツアー
を開始。群馬県みなかみや草津、長
正なキャパシティや利用者の安全基
準に関する話し合いを重ねており、
事業者だけでなく行政も含めた地域
一体の取り組みも行われている。
■課題
地元の人々との“こころの壁”
乗り越えるには時間と成果
知識と経験豊富なガイドがいることで安心して楽
しめる
はじめ、
ラフティングやケイビング、
みなかみ町で事業をはじめるのは
だ少ない高度な技術を持つアウト
冬季はスノーシューやバックカント
簡単ではなかった。ハリス氏は「既
ドアガイドを海外から招こうとし
リーなど1年を通じて本格的なアド
に数軒のラフティング会社もあった
ても、ビザ取得など“国境の壁”が
ベンチャーツアーを提供している。
が、危険が伴うスポーツでもあり地
立ちはだかる。「優秀なガイドを招
元からの反対も少なくなかった。今
くことができれば、日本人ガイドの
では、みなかみの将来を語る仲間が
レベルも上がり、アウトドア事業全
できたが、地元の人との“こころの
体のレベルも信頼も上がる」「みな
野県白馬、四国の大歩危・小歩危渓
谷を拠点にキャニオニングツアーを
■ビジネスモデル
持続的な事業にするためには
利益を生むしくみが重要
壁”を乗り越えるのは時間がかかっ
かみはラフティング・フィールドと
アドベンチャー先進国である
た」と語る。
しては世界レベルだが、マネジメン
ニュージーランドは国家レベルで取
当初から地元ペンションのリー
トスキルやビジョンはこれから。ビ
り組む
「サスティナブルツーリズム」
ダーが地元とのコミュニケーション
ジョンがあれば、もっと地域は活性
が浸透している。
や役場との折衝などに助力してくれ
化する」とハリス氏は指摘する。
その基本は、
「最高の体験を提供
た。
すること(付加価値の高いサービス
平成9年に、町政施行50年記念イ
を提供すること)
」
「地元・地域に貢
ベントとして利根川上流から東京湾
献すること」
「自然の持続可能な活
までボート下るというイベントに地
用を図ること」
「利益を生み出すこ
元の青年部と一緒に取り組んだり、
と」が4つの柱。
地元消防団やゴミ拾いなどの地域の
ンドのクイーンズタウンは、アウ
この基本を持たないと、大切な資
ボランティア活動に積極的に参加。
トドア観光のメッカ。その小さ
源である自然の魅力を失い、価格競
アウトドアや観光関連事業者の集ま
な町に年間130万人の観光客が
争になってしまう。
りにも頻繁に顔を出した。そうした
訪れる。
日本では、アウトドア事業の統一
こととともに、アドベンチャーを目
ハリス氏は、みなかみ町自身
基準(安全教育、自然配慮のルール
的とした顧客が増えることで、地元
が今以上に自然のすばらしさ、
など)が徹底されていない。そのた
の理解も広がっていった。
アウトドア観光の可能性を理解
め、経験が浅く品質のよくない事業
ハリス氏が「外からやって来て、
すれば、クイーンズタウンのよ
者でも参入できる。
水上の自然を使ってビジネスをする
うな町になると考え、みなかみ
そこで、みなかみ町は町内のアウ
以上、地元との関係以上に大切なこ
町の有志とともにクイーンズタ
トドア会社同士が水上の自然環境の
とはない。私の事業が成功している
ウンへ視察ツアーを実施した。
のは地元の皆さんのおかげ」と流暢
また、ニュージーランドのサス
な日本語で語るように、行政との交
ティナブルツーリズムのコンサ
渉や金融機関からの資金調達など、
ルティングチームを招へいする
ビジネスで大切な課題を乗り越えら
など、みなかみ町のヴィジョン
れたのも、地域の人の協力があった
作りにも乗り出している。
からだ、と言う。
専門ガイドとしての「目利き」
優秀なガイドを海外から招く際
ビザ取得など“国境の壁”
四季を通じてアクティビティが楽しめる世界有数
のロケーション
■取材後記
ハリス氏の母国ニュージーラ
から事業をおこし、
「付加価値の
高い、継続可能なビジネスモデ
ル」を実践している。
一方で、課題も残る。国内ではま
23
事例2
神奈川県横浜市
株式会社ケーエムシーコーポレーション
観光とは無縁の
“工場群”
を
海からの夜景で価値化
■事例概要
工場群を森林に見立てた
“ジャングルクルーズ”
神奈川県横浜市に自社マリーナを
所有し、ボート保管業や旅客船事業
を展開する株式会社ケーエムシーコ
ーポレーションは、2008年から京浜
工業地帯の工場夜景を船で巡る「工
場夜景ジャングルクルーズ」の運行
を開始した。
“ジャングルクルーズ”の名称は
複雑な工場群をジャングルに見立て
たもの。
定 員30人、90分 間4,500円、 毎 週
土日の運行。周遊コースは、赤レン
工場夜景クルーズは、毎週土日に各1回限定
ガパーク桟橋ピア赤レンガから出発
し、京浜運河、川崎港、塩浜運河、
ターも多い。10年には「第1回かな
などの負のイメージが強かった工場
田辺運河、南渡田運河の工場を巡
がわ観光大賞魅力ある観光地づくり
を、人を呼び込む観光資源に変えた
覧。常に2 ∼ 3カ月先まで予約が埋
部門」で大賞を受賞。
のは、まず、陸からでなく海から眺
まるという人気ぶりで、日本全国か
現在、工場夜景ジャングルクルー
めるという視点の転換。さらに、日
ら訪れ、6 ∼ 7割が女性客、リピー
ズを契機に、横浜をはじめ隣接する
中ではなく、夜景として眺めること
川崎市、三重県四日市市などでもク
で、その魅力は倍増する。
ルーズ事業を開始している。
■地域資源
視点と時間を180度転換し
負のイメージから観光資源へ
「横浜再発見 今と昔探検クルーズ」も人気
24
■アイデア・企画
工場夜景の鑑賞ではなく
ストーリー性で演出
きっかけは、夜景評論家丸々もと
京浜工業地帯は、東京都大田区、
お氏との交流から生まれた。クルー
神奈川県川崎市、横浜市を中心とし
ズ会社として、お客様の特別な時間
た工業地帯。
とクルーズを通した新しい価値の創
これまで、観光とは無縁で、公害
造をミッションに据え、(単なる遊
だ。
工場夜景ジャングルクルーズも、
安全性の懸念や清掃等のコストがか
かること、本来は見えないバックヤ
ードを見せることになることから、
企業側の理解がなかなか得られなか
った。
しかし、付加価値の高いクルーズ
としてメディアが取り上げたこと
や、利用者が増えるに従い、企業イ
メージの向上につながるとして、協
力的な企業も増えてきた。現在では、
パンフレットや記念シールなどを作
成する企業もあるという。
カップル向けにはロマンチックなプランも用意
覧ではなく)船に乗る必然性、価値
的な景観は、女性の求める感性に受
を創りたいという想いから、カフェ
け入れられ、リピーターも多い。さ
シップ、歴史探検クルーズなども展
らに、そこからカップル、友人、家
開していた。
族など、同行者を誘引することで、
そこで、丸々氏と議論を重ね、船
顧客が増えていった。
員ガイド、専用カクテル、夕日が沈
む時間やライトアップの時間まで計
算に入れた航路や演出などを検討し
た。
■ビジネスモデル
満席でも増便しない
高付加価値を長く保つ
根岸湾から見た横浜の夜景も商品化
単に「工場夜景」を見せるものと
一過性のブームにしない。そのた
せず、現場で詳細に語られる生のガ
め、満席で予約が受けられなくても
イド、BGM、オリジナルカクテルに、
増便はしないことで、高付加価値を
ストーリー性を持たせることにこだ
維持する。
産業観光の一例であると同時
わった。
毎週土・日に1便。個人客はイン
に、事業者が新たな企画で新た
ターネットなどを通じた直販で対応
なビジネスモデルを構築した好
し、旅行会社への販売はチャーター
事例でもある。
のみ。ホテル宿泊と組み合わせたパ
一見、簡単な企画で工業地
ッケージツアーの話もあるが、安易
帯を有する地域ではどこでも同
この企画は当初、中高年層をター
なプランでは付加価値が低く、価格
様の取り組みができそうではあ
ゲットと想定していた。しかし、実
競争に陥って失敗する可能性もあ
るが、地域独自の価値を見つけ
際には6∼ 7割が女性。日没時間に
る。
出し、どのように提供するかを、
合わせたクルーズや工場夜景の幻想
単価4500円で年間3000人という売
専門家を交えて綿密な計画で検
上は、大きくは儲からないが、高い
討したことが、成功の要因であ
収益性を長く保つ秘訣だ。
ろう。
■市場・ターゲット
事前の予想に反し
女性が7割を占める
■取材後記
同時に、ブームに乗って集客
船上のカフェという新たしいコンセプトも
■課題
を増やすことよりも、リピーター
いわゆる産業観光では、工場など
や顧客ひとりひとりを大切にす
を保有する企業の理解が課題になる
る姿勢は、継続的な事業として
ことが多い。
大切な要因であることが証明さ
工場にとって観光は直接的なメリ
れた。
ットが少なく、理解を得にくいから
25
事例3
群馬県桐生市
ファッションタウン構想
織物の伝統を受け継ぎ
新たな魅力を生み出すまちづくり
■事例概要
効率的な産業育成から
創造性に富んだ文化育成へ
古くは、
「西の西陣、東の桐生」
と呼ばれ、1300年の歴史をもつ織物
のまち、桐生。桐生市商工会議所は
1993年、地域資源を活用した個性的
なまちづくりに乗り出した。
「ファッションタウン構想」と名
づけられたこの事業はその後、市内
の商工業者、行政、市民など約400
人が参加する「ファッションタウン
桐生推進協議会」へ発展する。
生活文化、産業活性化、まちづく
り、情報の各事業分野にそれぞれ専
繊維業で栄えたの面影をそのまま残すノコギリ屋根工場
門委員会を置くプロジェクト体制
と、それらを横断的につなぐリーダ
ー的存在。さらに、ここから市民イ
ベント
「桐生ファッションウィーク」
が誕生する。
■地域資源
織物文化とノコギリ屋根工場
伝統を活かす新たな発想
93年からスタートしたファッショ
古くから織物のまちとして栄えた
ンタウン構想は、織物の産地である
桐生市は織物産業と「ノコギリ屋根」
桐生の再生と地域計画の連動から始
のように当時の産業をしのぶ建造物
や街並みが大きな地域資源となって
いる。そこに、織物の生産地として
の「ファッション文化」を育んでい
る。
まった。そのなかで、「効率化や規
ノコギリ屋根工場
模拡大などの産業の活性化だけに視
明治から昭和にかけて、桐生で営まれてきた繊維産業の工場として建てられた工
場。200棟以上が現存し、その数は日本有数である。
屋根の傾斜面(主に北側部分)から採光することで、一定の光を工場内に取り込
むことができる造り屋根が、外から見るとノコギリの歯に似た形をしていることか
ら呼ばれる。
産業構造の転換等により、桐生でも工場の廃業・解体が進み、特異な形態をもつ
ノコギリ屋根工場を保存・再生が求められていた。04年度、都市再生プロジェク
ト推進調査を活用し、ノコギリ屋根工場の実態調査及び活用方策の検討が行われた。
点を合わせた産業政策」から「生活
文化が豊かで、そこに暮らす市民の
意識が高い地域であることがこれか
らの産業に求められる創造性を生み
出す基盤となる」という理念が掲げ
られた。
26
民が主要な顧客であるが桐生のファ
伝統の機織技法を紹介する工房など
ッション文化を活かした「反物セー
の地域資源を活用した観光モデルも
ル」「骨董市」「コスプレイベント」
実施している。だが、いわゆる産業
など、着物ファン、骨董ファン、若
観光は、入場料や案内料といった既
ファッションタウン構想は“内発
年層などをターゲットとしている。
存の観光ビジネスモデルでは難し
的で個性的な”まちづくりを目指し
「ファッションウィーク」に代表
い。
ている。
される取組では、40から50の個々の
地域全体で収益を得て、それを分
ファッションウィークは、桐生市
出店者は自立的に運営されており、
配する仕組みがあれば継続的になる
■アイデア・企画
歴史や街並みを活かし
世界に誇る技術で勝負
の市民も来訪者も参加する。桐生の
「市民向けに行われてきたイベント
生活文化やまちづくりの取組のひと
によそから人が入ってくることで本
毎月行われている骨董市は、関東
つひとつを集めて、同時多発的に発
気になった」「市民が本気になるた
三大骨董市のひとつにも数えられる
信する桐生の一大イベントとなって
めに、また市民にそっぽを向かれな
までに成長した。
いる。
いために地元からの声を収集するこ
まちづくりを通して顕在化された
そのなかで、
「桐生ファッション
とが重要」と、市民が活躍する場と
この桐生の魅力は、現在でも産業観
大賞」
「わがまち風景賞」「フィール
して運営されていることがうかがえ
光と飲食店の融合、新しいファッシ
ドワーク桐生」といった住民一人一
る。こうした「まちのネットワーク」
ョン文化への挑戦(「ハロウィーン
人が活躍するイベントを通して、地
を基に桐生市全体が盛り上がり、現
(仮装)やコスプレのまち」など新
域住民だからこそ知り得る地域資源
在の姿がある。
を掘り起こすとともに、地域で頑張
っている「人」を掘り起こしている。
工場見学がガイドツアーとなると
ともに、ノコギリ屋根工場を活かし
■ビジネスモデル
購買意欲を高める
さまざまな仕掛け
が、それがこれからの課題。
たなブランディング)、女性や若手
の有志グループの活躍など、新たな
展開が起こっている。
こうした自発的な市民の取組が生
まれる土壌もできた。
た町のミュージアム、飲食店など再
桐生市は、まちづくりを通した地
生・活用されている。
域の元気づくりとともに、「観光に
桐生には、米国のニューヨーク近
よる時間消費の仕組みづくり」を目
代美術館(MoMA)で販売される
指す。
この街では、誰もが「あの人
「松井ニット」に代表されるように、
「マスを意識しすぎないで、近隣
がいるから」と互いを褒め合う
世界に通用する技術やデザインがあ
の顧客やニッチをしっかりとつかむ
場面にしばしば遭遇した。地域
る。また、若いアーティストが多く
こと、地域と顧客のマッチングが重
おこしの多くは、カリスマ的なリ
存在する。
要」(桐生商工会議所石原事務局長)
ーダーの存在が大きく周囲の参
と指摘する。
画者は見えにくくなるものだが、
ファッションタウン構想の最大の
ここは市民主導という原則が行
成果は、市民が主体となって参加運
き渡っている。商工会のような
営するようになったこと。
異業種を束ねる組織が中心とな
桐生市の「ファッションタウン構
市民が参画したことで、「地域や
ると、業種間や業者間の連携が
想」は、まず第一に市民が桐生市の
業種の壁を感じることがなくなっ
難しい。商店街の八百屋の隣の
魅力を自ら発見し、いきいきと暮ら
た」(石原氏)。
空き店舗を活用して「地域産直
すことを目標としている。
こうした取組の中で、市内の同業
野菜市」を開催するような課題
個別のイベントは、市民や近隣住
者、異業種間でいくつかのグループ
が頻繁に起こる。だが、ここで
やサークルが生まれている(織物業
その媒介となったのが一般市民
者が作る「キリハタ」など)点も見
の存在だ。市民が参画すること
逃せない。
により、商工業者のためでなく、
■市場・ターゲット
第一の顧客は市民
そこにマニアが集まる
■課題
いかにビジネス化するか
地域全体で儲けて、
分配する
市内に残る歴史的建造物「ノコギ
伝統の機織り機の歴史や使い方を解説する
■取材後記
地域のためのまちづくりがまと
まった。名もない市民が互いを
認め合い、
「織物のまち」の誇り
と再生への新たな試みが微笑ま
しいほど魅力的に見えた。
リ屋根」を保存修復した工場見学、
27
事例4
栃木県茂木町
「日本で一番安全・安心でおいしいまちづくり」
目標は、
笑う人を増やすこと
環境と農業でまちづくりを実践
■事例概要
棚田などの自然が残る
典型的な日本の地域像
栃木県茂木町は県の南東部に位置
し、北部を流れる一級河川の那珂川
は天然鮎や鮭の宝庫として知られ
る。周辺には、棚田などの農村風景
も広がる自然豊かな町である。那珂
川最大の「やな」である茂木町の「大
瀬のやな」
、第3セクターで運営さ
れる真岡鐵道が休日に走らせるSL
も人気となっている。
この地域は葉たばこ生産地として
農産物直売所には、地元農家から朝採り野菜が届く
知られていたが、1980年代中頃から
生産が衰退するとともに人口も減
そこで、リサイクル推進事業を進
家畜糞尿、生ゴミ、竹、落ち葉等
少。耕作放棄地の拡大など過疎化・
め、01、02年度に当時の栃木県農業
の堆肥化とともに、地域資源循環構
高齢化による典型的な問題を抱えて
公社が主体になってプラントを建
想のもと、「土づくりによる元気な
いた。
設。現在は、茂木町が運営主体とな
里づくり」に取り組む。
近年は、国内最大級のサーキット
った「有機物リサイクルセンター(美
20㎏ 400円で落ち葉を購入する取
場「ツインリンクもてぎ」が全国に
土里館)」を中心に、町民ぐるみの
り組みは、農家等への収入と里山の
知られ、レースやイベントに多くの
ごみリサイクルシステムが整備され
雑木林保全の双方に効果をあげてい
顧客を集めている。
た。
る。
■地域資源
リサイクル運動をきっかけに
堆肥づくりや里山保全
茂 木 町 は、04年11月 に 施 行 し た
「牧畜糞尿の野積みを禁止する法律
改正」をきっかけに、糞尿処理問題、
食品生ゴミのリサイクルが結びつい
て、有機堆肥化の構想が生まれた。
28
美土里館の費用対効果と環境貢献
ている。収支的にはまだ赤字である
テレビがひかれ、町の政策等につい
は5,000万円と試算され、持続可能
が、ツインリンクもてぎのイベント
て情報を共有したり、25年前からま
な地域支援循環システムは全国的に
開催時期に満室になるなど、一定の
ちづくり委員会等を通して地域人材
も成功事例として注目されている。
顧客を見込めるため、一定の経営は
の育成を図ってきた。その成果が現
また、美土里たい肥による有機・
成り立っている。
在の茂木町の取り組みに活きてい
減農薬農業、里山の保全は茂木のイ
メージを高め、年間3000人の視察、
棚田オーナー制度(約200組)、農村
レストラン、体験農園、道の駅での
■ビジネスモデル
先端技術と伝統的な知恵
さらにコミュニティーの力
る。
視察の受入等から都市との交流が
芽生えている。単なる顧客ではな
く、リピーター、応援団、ビジネス
パートナーとして連携を深めたい。
産直物販、廃校を活かした体験宿泊
「今ある茂木の素材でなんとかな
施設「昭和ふるさと村」等地域おこ
せねば」と考える古口達也町長によ
「環境と農業」によって増えた観光
しビジネスが広がりつつある。
る指揮のもと、水、土、緑(里山)
客を駅前商店街の活性化など、町
を活かしたまちづくりに取り組んだ
全体の活性化につなげることも課題
美土里館は先端のバイオテクノロジ
だ。また、行政が観光に取り組むの
ーと地域の伝統的な自然・知恵・コ
ではなく、民間がビジネスとして取
ミュニティーの力の融合であり、茂
り組めるようにならなければならな
資源リサイクルセンターは全国で
木町の取り組みの象徴的な存在とな
い。現在は、ツインリンクもてぎ
整備されているが、数少ない成功例
っている。
として注目されている。
美土里館を核に都市と農村の共
ビジョンを描き切れていない段階で
その背景には、行政を中心に地域
生、ネットワーク型・コミュニティ
あり、観光を町全体の活性化にどの
コミュニティー(集落ごとのむらづ
型ビジネスに取り組む。(土里たい
ようにつなげていくかが大きな課題
くり協議会等)が連携した「地域循
肥の販売、質の高い農産品の販売・
である。
環」を実現していることがある。
レストラン等の運営、棚田オーナー、
また、そうした地域コミュニティ
体験農園、宿泊施設等の交流ビジネ
ーが中心となり、
年会費1万円の「そ
ス)。
ばの里」
「梅の里」
「ゆずの里」等の
町の担当者は、「視察や研修を受
各種オーナー制度による都市農村交
け入れる際にも、「環境」だけでは
流事業が進められている。
なく「地域を元気にしたい」という
さらに、そばオーナー制度を取り
思いとそのプロセス(物語)を体感
入れた牧野(まぎの)集落では農村レ
してもらいたい」と語る。そして「そ
ストラン「そばの里まぎの」(売上
のプロセスが都市住民の共感を呼
は年間4,000万円。総務省「平成20
び、リピーターにつながっている」
年度地域力創造優良事例」))へと発
と指摘する。
■アイデア・企画
集落ごとのむらづくり
各種オーナー制度
展している。
■市場・ターゲット
近隣都市や首都圏在住者
交流人口は年間250万人
■課題
鍵を握るのは人材の育成
ビジネス化が見えない
(HONDA)を含めた町全体の観光
■取材後記
茂木町はいわゆる観光地では
地域で観光に取り組む際の行政の
ない。
「日本で一番、安心でおい
オーナー制度は、初年度98名だっ
役割は、地域の人の気持ちを変える
しいまちづくり」をかかげ、行
たが、08年には450組1000人が登録、
こと。茂木町の誇りを観光で高め、
政職員、農家の方々、町の方々
年間交流人口は250万人にまでなっ
「地域の笑う人を増やす」ための事
の長年の取り組みが、全国的に
ている。
業と考えている。
も注目を集め、都市に住む住民
オーナーは宇都宮市や首都圏在住
茂木町の課題は人材育成。農家レ
の共感を呼んだのである。
者。大手デパートの富裕層向けツア
ストランも9年を経てようやく定着
「環境と農業」が、地域と都
ー受入の話もはじまった。
してきたが、そのシステムを有機農
市住民を結びつけ、これまでに
体験宿泊施設は学生団体を中心に
業や体験農業に取り組む農家に広め
なかったビジネスが、茂木町の
受入れながら、地域コミュニティー
ていきたい。
中に生まれている。
と連携した体験プログラムを用意し
町は30年前から全世帯にケーブル
29
事例5
新潟県新潟・佐渡・村上
「食と花の交流プログラム」
地域のシーズと都市のニーズを
コーディネートする
■事例概要
地域・異業種連携の
着地型観光づくりからスタート
新潟・佐渡・村上「食と花の交流
プログラム」は、
経済産業省の観光・
集客サービス分野における基盤づく
りを支援する「広域・総合観光集客
サービス支援事業」から生まれた。
この事業は、特色ある地域の産業
や工場、商店街、異業種などの幅広
い事業者の連携など、個別の事業者
では対応が困難な立ち上がり期にお
ける共通基盤づくりに必要な観光・
集客事業を支援する事業。
2007年から3カ年、新潟市を中心
農家自身が生産物の育て方などを説明してくれる
とした地域(新潟地域・村上地域・
佐渡地域)の企業・団体がコンソー
シアムを組み、食と花を活かした創
造的ライフスタイルの提案と新潟を
フィールドにした具体的な交流体験
■地域資源
旬の魚や野菜、
花
「ほんもの」
を直接
■企画性
こだわりのある生産者との
ネットワークが魅力を創る
の機会を提供するプログラムの開発
新潟の旬の魚、野菜、花などと、
「広域・総合観光集客サービス支
を進めた。農業、漁業、飲食店、商
地域の人しか知らないイベント、祭
援事業」を通じて、新潟のこだわり
店街など多様な業種が参画し様々な
りなどを資源とした着地型旅行商
を持った農家、飲食店などとのネッ
体験プログラムを生み出している。
品。
トワークができた。しかし、彼らの
地域の魅力を伝えることを原点と
つくる産品・商品は高質であっても
して、新潟のほんものの食、文化を
少量であり、マスマーケットを対象
生産者や担い手が直接伝えるツア
とした旅行商品とすることは難しか
ー、既存の流通に乗りづらい少量・
った。
期間限定・高付加価値の産品を中心
「新潟の食」という魅力を活かす
としたツアーを作り出す。
方法を模索している中で、銀座ミツ
バチプロジェクトや六本木農園など
30
合うことができる顧客が対象。
企業であり、ツアーで稼ぐこととは
現在の情報発信源は、マスメディ
別に考えている。観光協会のミッシ
アから個のネットワークに移って
ョンは、新潟の価値を高めること。
いる。感性でつながったネットワ
その手段の一つとしてツアーがあ
ークにダイレクトに魅力が伝わりや
り、新潟の価値を知らしめるプロモ
すい。そうした個のネットワークに
ーションの一環として捉えれば十分
影響力の強い消費者に新潟の魅力を
に意義はある。
伝えることで、その次の段階である
一般の消費者にも伝わると考えてい
る。
■ビジネスモデル
地域で作り
都市で売る
■課題
感性の高い生産者と消費者を
結びつける役割の人材を育てる
観光は、非日常から異日常、さら
には日常の延長になっている。消費
者の普段の生活、例えばゴミを分別
地域には、ほんものの良さ(シー
したり、食の安全に気を遣ったり、
ズ)があるが、それらは少量・高質、
環境問題に意識が高い顧客は、そう
期間限定のものが多く、既存の流通
した日常のライフスタイルを旅先で
(後述)に出会い、都市部で新潟の
経路にのりづらく、ビジネスとして
も大事にするし、同じ価値観の生産
価値を広めることと生産地や生産者
成立しづらかった。新たな商品、ほ
者と出会うことでコミュニケーショ
と直接コミュニケーションするツア
んものの商品を求める顧客(消費者、
ンや信頼感が生まれる。
ーをスタートさせた。
飲食店等経営者、加工業、バイヤー
地域経済の活性化に必要なのは、
等)、環境や地域おこしに共感する
そうした消費者の感性に合う点を探
顧客を生産地に連れて行き、生産者
り、それを結ぶ線(流通)をつくる
と交流することで、食材として都市
ことである。その流れの中で面的な
の飲食店との取引が生まれたり、限
魅力が生まれる。
定商品の開発等が生まれた。
そうした流れをつくるのにはまだ
地元の人と直接触れ合うのが体験プログラムの醍
醐味
■市場・ターゲット
こだわりの消費者と
感性を共有する
従来にはない販売チャンネルを模
索するなかで、NPO法人銀座ハチ
時間がかかるし、感性の高い生産者、
ミツプロジェクトと連携した「銀座
また、生産者と消費者をつなげる役
新潟塾」や「丸の内朝大学」とのネ
割を担う人材を増やすことがこれか
ットワークなどを通じて、首都圏の
らの課題である。
意識の高い消費者(先端コンシュー
マー)との相互コミュニケーション
■取材後記
をねらったツアー、「銀座ソムリエ
と行く新潟ワイナリー巡り」「取れ
たてのミズダコを味わう日本海冬の
豪雪も都会の人には格好の遊び道具
新潟食と花の交流プログラム
は、着地型商品のプラットフォ
味覚ツアー」
「かも猟師がとった鴨
地域の質の高い農業やものづくり
ームづくりからはじまった。しか
鍋ツアー」などを実施。
は、都市で稼ぐことができる。観光
し、せっかくできた質の高いプ
マスへの訴求ではなく、ターゲッ
はその橋渡しをする役割。地域と都
ログラムが売れない。ではどう
トは感度の高い消費者。感性を共有
市の交流は、共感できることが重要。
すればよいのか、という模索の
できる、地域と消費地が感性を高め
感性を互いに磨き合うことで、双方
中から現在の取り組みが生まれ
に利益が生まれる。
た。
「地域のシーズと都市のニー
着地型旅行商品は、ネットワーク
ズをコーディネートすることで、
としての役割、地域内あるいは地域
地域のシーズをより輝かせるの
と都市での「人・モノ・金」を巡り
が観光」というこの取り組みは、
よく回すことにある。旅行会社とし
観光の可能性ばかりでなく、都
て稼ぐことは正直難しい。稼ぐのは
市と地域の新しい関係づくりの
ツアーを通して首都圏の消費者と深
可能性を想起させる事例である。
農業体験も終わった後は味を楽しむ
いコミュニケーションを取る個々の
31
事例6
新潟・群馬・長野
「雪国観光圏」
地域や業種の境界を越え
10年後に残る仕組みを目指す
■事例概要
広域連携で「雪国ブランド」の確
立を目指す
雪国観光圏は、新潟県十日町市、
魚沼市、南魚沼市、湯沢町、津南町、
群馬県みなかみ町、長野県栄村で構
成される観光圏である。豪雪地帯が
県境を越えて連携し、雪国の自然環
境と文化の魅力を国内外にアピール
し、観光客の来訪及び滞在促進をめ
ざす雪国観光圏ブランドの確立を基
本コンセプトに、2008年からスター
トした。
北陸新幹線が2014年に開業すると
この地域は通過地点になってしまう
スノーシューをはいて雪山を歩く
のではないかという危機感や資源も
インフラも恵まれているにもかかわ
魅力向上事業、基盤整備事業などか
資源であることに気づいた」(雪国
らず知名度が低いなど地方銀行によ
らなり、「雪国A級グルメ認定事業」
観光圏プランナー井口智裕氏)。
る調査結果から、一つの自治体では
や首都圏の企業を巻き込んだCSR事
地域の素材を活かすことは、実は
なく、隣接地域全体で取り組むべき
業が注目されている。
雪国が今まで継承してきた文化をそ
といった機運が盛り上がった。
雪国観光圏の主な取り組みは、マ
ーケティング事業、人材育成事業、
■地域資源
雪国文化が宝
雪国観光圏の考える地域資源は、
雪・雪国の特性が育んだ自然や地域
文化である。「一年の半分近くが雪
子どもたちも大喜びで農作業体験
32
のまま出しているだけ。開発も設備
投資もしているわけではない。
■企画性
「雪国A級グルメ認定」
でブランド確立
に閉ざされるこの地域は、雪国なら
この地域には、コシヒカリや日本
ではの自然や文化が今も色濃く残っ
酒はもちろん、糖度の高い雪下にん
ている。今も存在しているホンモノ
じん、雪下じゃがいも、市場には出
の自然や文化を観光産業が敬意を持
づらい新潟の伝統野菜、神楽南蛮な
って見直したことで、東京に勝てる
ど、雪国ならではの食の魅力がたく
さんある。しかし、「多くの観光客
って、最も大事にしなければならな
指摘する。地域がイニシアティブを
に来ていただくのはありがたいが、
い顧客は誰かというと、最終的には、
取って自分でお客を集めることがで
こうした魅力に触れないまま、がっ
雪国観光圏のあれを食べたい、あれ
きるようになるために地域ブランド
かりされてしまうことも多かった」
を体験したい、と思って来てくれる
を高める必要がある。ニューツーリ
お客様。特に宿泊客はVIPであり、
ズムの中で、自分でお客を集めるこ
特にここ数年NHK大河ドラマ「天
雪国観光圏の魅力をしっかりと伝え
とのできる農家、飲食店を作ってい
地人」の放映、JR東日本のディス
なければならない。
くことが地域全体の価値を高めるこ
(井口氏)
。
ティネーションキャンペーン、国体
などが立て続けにあったこの地域に
は、実際に多くの観光客が訪れた。
しかし、ブームが去ったあと、はた
■ビジネスモデル
既存の観光でなく
地域全体で稼ぐ
とになる。
観光圏事務局の自立化も課題だ。
異業種、他地域とのネットワークの
要が観光圏事務局であり、公平性を
してお客様の期待に応えることがで
観光圏の取り組みの中で、「観光
旨とする行政や、会員のための組織
きたのだろうか。お客様の期待に応
は、やればやるほど観光だけでは成
である観光協会ではできなかった飲
えられないことは、地域のブランド
り立たない」(井口氏)ことを知っ
食店の格付けや企業とのタイアップ
価値を下げている、という反省が残
たという。同氏は観光産業と地域の
などの取り組みを積極的に推進でき
った。
産業の関係を、「観光産業はショー
るのは雪国観光圏しかない。既存の
こうした中で、地域にしっかりと
ウィンドウ。地域の魅力を飾る、伝
枠組みを超えた組織も、今後自立的
したブランドを確立したいとの想い
える場所。地域はデパート。地域の
な運営を検討する時期にあり、「ビ
から、
「雪国A級グルメ認定事業」
中に入ってもらい、地元の人との
ジネスとしてきちんと回せる組織運
がスタートした。
交流を通してその価値を語り合った
営、10年後に残る仕組みづくり」が
「雪国A級グルメ」の認定には非
り、実際に手にとって見ることで、
大きな目標の一つになっている。
常に高いハードルが設定されてい
消費意欲が高まる」と語る。
る。地場の食材を100%使って、加
また「観光は地域の魅力の包装紙。
工も地場、添加物も一切使っていな
中身が良くても包装紙がダメではい
いことが条件となっている。こうし
けないし、包装紙が良くても中身が
たこだわりの飲食店や宿泊施設を認
ダメではいけない。「地域を訪れた
観光圏事業は、今や全国で45
定し、自信を持ってお薦めすること
方に、ホンモノを提供する、あるい
地域が認定される大きな取り組
ができれば、ホンモノを求めるお客
はホンモノの価値を伝えることが観
みだ。しかし地域によってその
様と、地域のギャップを埋めること
光産業の役割。ホンモノの価値は、
正否が分かれていることも指摘
につながるのである。
地域の農家や伝統的な郷土料理をつ
されている。地域の壁を越える
「CSR事業」は、雪国観光圏と首
くるおばあちゃんが持っている」と、
ことと、業種の壁を越えること
都圏企業のコラボレーションであ
地域全体への経済効果の重要性を語
の両者が求められるこの取り組
る。例えば、
「JR東日本×雪国観光
る。
みにおいて、雪国観光圏は「行
圏」で実施する里山キャンドルプ
ロジェクトは、1本100円のキャン
ドルを買うと、その収益が棚田や地
域の里山の保全に充てられる。「苗
■課題
自分で顧客を集められる
ブランド化
■取材後記
政は一歩引く。民間が動く」と
いうスタンスで望んでいる。
このスタンスは言うほど簡単
ではない。行政の感覚とビジネ
場スキー場×雪国観光圏」はカーボ
雪国観光圏のこれからの課題とし
スの感覚にはギャップがあるし、
ンオフセットリフト券を販売してい
て、地域の中に新しい仕組みを構築
それぞれ様々なしがらみもある。
る。地域がまとまっていると、企業
することをあげている。
(井口氏)
「こ
そんな両者が連携していくため
側も連携しやすく、今後もこうした
れまでマスツーリズムの中で一部の
の共通のキーワードは、
「自分の
展開を進め、企業と連携して地域の
企業が稼ぐ仕組みしかつくっていな
子供に何を残すか」という想い
露出を増やして行く予定だ。
かった。しかし、地域にとって今必
と「現在はお客の方が何事もは
要なものは、農業や土木事業ではな
やい。待ってなんかいられない。
い、ニューツーリズムで地域全体が
だから、トップランナーにはどん
潤う新しい仕組みだ」と語る。しか
どん先に行ってもらうべきなん
雪国観光圏では、顧客のプライオ
し「ニューツーリズムは、良いツア
だ」という認識であった。
リティーを意識している。地域にと
ーは作れても市場化ができない」と
■市場・ターゲット
顧客をプライオリティーで選別
33
事例7
東京都中央区
銀座ミツバチプロジェクト
ミツバチで都市と地域をつなぐ
「Face to Face」のコミュニケーション
■事例概要
ミツバチを通じて
銀座の環境生態系を考える
NPO法人銀座ミツバチプロジェ
クトは、銀座での食・農・環境の勉
強会・シンポジウムなどをきっかけ
に、銀座でミツバチを飼おう、ミ
ツバチを通して銀座の環境生態系を
感じながら採れたハチミツなどを用
いて銀座のまちとの共生を考えよう
と、2006年より銀座パルプ会館屋上
で養蜂を開始した。メンバーは、バ
ーの支配人やパティシェ、クラブの
ママさん、演劇プロデューサー、都
市計画家、弁護士、アナリストなど
大都会、銀座で養蜂という意外性が生産者と消費者を動かした
多様な人材があつまった。またサポ
ーターとして松屋通り親交会、ガス
キ×ミツバチ応援プロジェクト」
「銀
ボール」やオリジナルケーキなどが
灯通り会、地元の老舗若旦那などの
座×福島菜の花プロジェクト」が発
開発され、付加価値の高い銀座限定
地元の方々、プロジェクトの趣旨に
足。さらに、北海道津別町、岩手県
商品として販売されている。
賛同し応援してくれる方々を募り、
雫石町、愛媛県宇和島市、茨城県大
さらに、これまで知られていなか
活動を推進している。
子町、岡山県新庄村など地域とのネ
った地域の産品を銀座のセンスで磨
銀座ミツバチプロジェトを通じ
ットワークが広がっている。
いた商品開発も進められている。
「ト
て、都市(銀座)と地域(生産地)
とのネットワークが生まれ、そうし
た地域を銀座から応援するイベント
として、2008年より「ファームエイ
■地域資源
地域との交流によって
高付加価値商品が生まれる
キ×ミツバチ応援プロジェクト」か
らは環境づくり応援スィーツとし
て、新潟で有機農業に取り組むイチ
ゴ(越後姫)農家などと銀座が連携
ド銀座」がスタート。
「食と環境」をきっかけに始まっ
した「越後姫のマカロン」や「米粉
銀座を舞台に地域の農と食の魅力
たこのプロジェクトから、銀座産の
ロール」
「米粉パン」などを開発。「銀
を発信するとともに、新潟県(新潟
ハチミツを地元銀座のバーや飲食
座×福島菜の花プロジェクト」では、
市・佐渡市・村上市)、福島市(土
店、百貨店が活用し、銀座にしかな
菜種油やソバ粉を使ったパンの開発
湯温泉)との交流から、それぞれ「ト
いオリジナルカクテル「ハニーハイ
に取り組んでいる。
34
■アイデア・企画
消費地から見ておもしろい
地域と都市が連携した商品づくり
座にしか卸していない。また、地域
との連携の中で生まれるアイディア
や商品は、銀座の限定商品となる。
銀座のバーでは、銀座のミツバチ
銀座は一流の消費地(市場)であ
を通して顧客と環境の話題で盛り上
るとともに江戸時代以来の職人の町
がるなど、ハチミツや地域との連携
だ。
現在でも飲食加工やパティシエ、
商品が銀座の活性化につながってい
ソムリエなど多くの一流の職人がい
る。
る。そうした銀座の人々が地域との
交流の中から「地域には銀座(一流
の消費地、職人の町)の目から見て
もおもしろいものがたくさんある。
■ビジネスモデル
顔が見える流通で
都市と地域をコーディネート
狭いビルの屋上でも養蜂できるのはうれしい
できる地域としか連携しない。「環
境や地域の活性化などのソーシャル
な部分に共感するから心のやりとり
が生まれる。だから様々な新商品、
従来の名所・旧跡ではなく、一流の
銀座ミツバチの単独のビジネスモ
新事業が生まれた。農薬を使わない
目から見ておもしろい産品、生産者
デルとしては、ハチミツからの収益
農業など、地域でリスクを背負って
と出会うツアーが生まれ、さらに銀
がある。2010年には農業生産法人株
頑張っている生産者を応援したい」
座と地域が連携した商品のアイディ
式会社銀座ミツバチを設立し、実際
アが生まれている」(NPO銀座ミツ
の業として担う仕組みづくりに挑ん
り組みの核となっている。
バチプロジェクト田中副理事長)。
でいる。
さらに、地域と連携する際に重視
地域で安全な食づくりに挑戦する
もう一つのビジネスモデルは、地
するのは「単なる物売りではない。
生産者は、これまで既存の流通に乗
域の活性を銀座が支援する仕組み
地域活性化を目指す姿勢があるか。」
りづらく、また都市住民との接点も
だ。これまでの取り組みの中で、屋
「地域愛とビジネスセンスの双方を
なかった。こうした生産者と出会う
上農園、養蜂、エコソリューション
持ったキーマンがいるか」
「行政(首
中で「Face to Face」のコミュニケ
等のコンサルティングや都市農村交
長)がポジティブか、政策と同時進
ーションから新しい価値への気づ
流、都市と地域を結ぶコーディネー
行で進めることができるか」などを
き、アイディアが生まれた。そこか
トなどの事業が生まれてきた。
あげている。
らは民と民の話なので、あっという
「地域の隠れたトップ商品を都市
まに実践的な商品化に動いた」(銀
のトップセラーの視点で再発見し、
座ミツバチ田中氏)
都市のセンスで商品化する。特に銀
(田中氏)という強い想いがこの取
■取材後記
座と地域のコラボ商品は、地域の方
銀座ミツバチプロジェクトは
が気づかない魅力を都市住民の視点
「銀座」という強い発信力のある
で気づかせることができる」「これ
都市が、都市と地域の新しい枠
銀座ミツバチプロジェクトのター
からは顔の見える流通、生産地−加
組み、関係性を持つことによっ
ゲットは実は「銀座」である。長引
工工場−レストラン−消費者が全て
て、新しい価値を生み出してい
く不況の影響で、銀座の飲食店や百
顔の見える『Smoll Factory』が重
る事例だ。地域との交流の中で
貨店も安穏としてはいられない状況
要になる。品物ではなくてソフト、
「銀座は地域の活性化に大いに
にあり、新しい商品、話題性のある
仕組みで勝負することが価値を生
役に立つことができることに気
商品を求めていた。銀座ミツバチプ
む」「地産地消ではビジネス的には
づいた」と高安理事長は語る。
ロジェクトが生産するハチミツは市
弱い。地域の良いモノを他地域・他
観光というと、受入る地域と
販せず、カクテル、スィーツ用に銀
都市で売って儲ける仕組みが必要」
お客様という関係が真っ先に想
と田中氏は語る。
起されるが、銀座ミツバチプロ
■市場・ターゲット
「銀座限定」
で差別化を図る
■課題
ビジョンと志を
事業に反映する難しさ
専門家の手ほどきを受けて養蜂にチャレンジ
ジェクトの取り組みは、業種も
住むところも関係のない、同じ
価値観を有するトップ生産者と
トップセラーのビジネスコミュニ
銀座ミツバチプロジェクトは環境
ティという新しい都市と地域の
への強い思いから生まれた。都市と
あり方を示唆しているのではな
地域の交流も、どことでも連携する
いだろうか。
のではなく、こうした価値観を共有
35
事例8
NPO法人農家のこせがれネットワーク
農家が自立できる農業を
都会にいる後継者が応援する
■事例概要
農家が人気仕事ランキング
1位になるように
NPO法人農家のこせがれネット
ワークは2009年に設立。「東京で暮
らしながら実家の農業を応援しよ
う!」
をコンセプトにスタートした。
政府などでも新規就農を支援する取
り組みは多いが、制度上のハードル
は高く、実際に就農に至る例はまだ
多くはない。実家が農家であれば、
そういったハードルは比較的低い。
その点に目を付けた。
実際に多くのこせがれに会ってみ
ると「実家のこと、農業のことを全
毎週土曜日の六本木ヒルズには常連のお客も多い
く考えていない人は一人もいなかっ
た(農家のこせがれネットワーク理
作り、「これなら実家に戻って農業
ら、消費者や飲食店、仲卸のニーズ
事COO脇坂真吏氏)」。しかし、彼
ができる」という自信と確信を持っ
と農家の生産品をつなげていく。ま
らは実際の農業でこれからやってい
て会社を辞めて実家に帰る農家のこ
た農業、農村問題に関心の高い都市
けるのかという不安も大きい。「学
せがれ達を輩出することを目的とし
住民が集まる「丸の内朝大学農業ク
生時代に農家で学びながら、こんな
ている。
ラス」、農家を本気で継ごうとする
においしい、良いもの生産している
ことに感動した。しかし、経営とい
う面が弱すぎた。もっと経営を身に
つければ農業はかっこよくなるし、
■地域資源
東京・六本木で
農家と消費者が直接出会う
食っていけることに気づいた」と脇
代表的な事業に「ヒルズマルシェ」
坂氏は語る。
がある。六本木という日本の最先端
東京の農家のこせがれと、全国各
のまちで、農家が直接消費者に販売
地の若手農業者、意識の高い消費者
する。販路開拓や商品開発も重要な
が集まるネットワークを形成するこ
事業だ。産直、対面、通販、飲食店
とで、農業を支える新たな仕組みを
など多様な流通を視野にいれなが
36
こせがれを支援する「帰農支援プロ
農家は思い思いのアイデアで顧客ニーズを掴む
参加者と地方の参加者が一緒にツア
考える上で、農家のこせがれネット
ーやイベントの企画を練ったことに
ワークを頼ることも多い。
ある。
「東京の消費者が農産品だけでは
なく、地域の魅力をもっと知っても
らえれば地域のファンになる。その
■課題
都会の人材を
農村で活かす枠組み
ために、東京の人にも地元の人と深
「これからの農村地域の活性化を
く交流する機会を提供したかった。
考えると、地域に人材がいない」「地
ジェクト」など、人材育成にも取り
一度でも地域の人に会えば、次はそ
域はハードではなく人材育成につな
組んでいる。
の人に会いに行くという動機ができ
がるソフトに予算をかけるべきであ
こせがれネットワークならではの
る」「都会の目から見れば、地域の
るし、都市の人材を農村の活性化に
商品開発にも挑戦している。規格外
魅力はいくらでも掘り起こすことが
活かす枠組みが必要」と指摘する。
となった野菜を加工し、こせがれネ
できる。地域の人が自分たちの持っ
これまでの都市と農村の交流の枠
ットワークブランドのこだわりレト
ている価値に気づくことで地域は活
組みは、一時的な観光や交流にとど
ルトカレーを開発中だ。
性化するし、生き返ることができる」
まるもの、単年度の行政支援で終了
と脇坂氏はこのプロジェクトの手応
してしまうものが多かった。「有機
えを語る。
的なネットワークを持つ専門家集団
地域の素材を活かした質素だがほんものの味
■企画・アイディア
消費者が農業に
興味を持つ
こせがれが実家の農家を継ぐため
には、
農家が自分で稼げる仕組み(マ
■ビジネスモデル
出入り自由、
会費なし
大企業でも対等な関係
ーケティング)を確立することが必
農家のこせがれネットワークの特
要となる。
「農家は消費者を知らな
徴は出入り自由、会費もない、ゆる
さすぎる。ヒルズマルシェでは農家
やかなネットワークである。「頑張
が直接消費者の顔を見て、農産品の
っている農家が頑張れる場所、いつ
良さを説明して、その反応をみるこ
でも相談に来ることができる場所、
とができる。マーケティングの意識
プラットフォームを作りたかった
を高めることが目的」と脇坂氏は指
(脇坂氏)」「だから良くどうやって
が、常に地域と情報交換を行い、消
費者のニーズや都市の企業とのビ
ジネスマッチングなどに取り組む
NPOや公益法人が必要ではないか」
と脇坂氏は指摘する。
摘する。
稼いでいるのかを問われる」とも語
また、農業コンサルタントとして
る。
農村地域の活性化にも取り組む。日
「今の時代は、フラットなネット
本財団からの助成を受けて実施した
ワークを持っていることが武器にな
都市農村交流プロジェクトでは「農
る。我々にしかできないことを持つ
家の手がわりプロジェクト ※手が
ことで、大企業に対してもイニシア
農家のこせがれネットワーク
わりとは田植えや稲刈りなど、家族
ティブを持ってビジネスパートナー
は、消費 者と生 産 者、都 市と
だけではこなせない農作業を相互に
として対等な関係を持っているし、
地域の深いコミュニケーション
手伝い合う昔ながらの習慣」として、
様々な事業に関わっている(脇坂
から地域活性化のアイディアが
群馬県川場村、宮城県東鳴子温泉の
氏)」。実際に大手デベロッパーや旅
次々と生まれてくることを指摘し
活性化に取り組んだ。
行会社が農業と関連したビジネスを
ている。
農家と一緒に収穫するブドウは格別だ
■取材後記
このプロジェクトでは、東京の意識
こうした取り組みは一見観光
の高い消費者(丸の内朝大学農業ク
とは関係ないと思われるかもし
ラスの受講者、OB約350人)と農村
れない。しかし、
「観光はツール
を結びつけ、農村のファンになって
である」と捉えれば、観光は都
もらうことをねらった。しかけとし
市と地域を結ぶツール、地域活
ては、東京から農村に行くツアーと
性化の新たな枠組みを生み出す
農村から東京に来るレストランイベ
重要なツールと考えることがで
ントを交互に2回ずつ実施したこ
と。さらに、2回目の開催は東京の
地元の人たちが丁寧に農作業での注意を
アドバイス
きるのではないだろうか。
37
事例9
東京都港区
六本木農園
消費者と直接出会う
生産者の実験レストラン
■事例概要
農家のレストランが
六本木でデビュー
六本木農園は「全国の農家・こせ
がれが作る農業実験レストラン」と
して、2009年8月に東京・六本木に
オープンした。六本木農園では農家
が手塩にかけて作った農作物を食べ
てもらう場というだけでなく、「小・
中規模生産者、生産地のブランディ
ング、リアルな販路拡大の機会の提
供、農業・漁業、酪農など新規就農
を目指す生産者のこせがれ、若者達
のインキュベーション機能というコ
ンセプトのもとに設立された。
■地域資源
一軒家を改造したおしゃれな外観
産者などに区画ごとに貸し出し、実
さらに、「日本トラベルレストラ
際に農産物を育てることで情報発信
ン」として、実際に地域に出向き、
拠点として活用することを目的に
その地に精通した地元の地域プロデ
3カ月に1度は「農家サミット」 「 六 本 木 農 園FARM」 を2010年7月
ューサーが企画する「その時」「そ
農家、地域と消費者の
出会いの場をプロデュース
と銘打って、農家のこせがれだけで
にオープン。
の場」でしか味わえないシチュエー
なく農業に関心のある都会の生活者
ションで準備された一日限定のレス
にも集まってもらい、交流を深めて
トラン(ツアー)を実施している。
いる。
■市場・ターゲット
季節ごとに旬の農産物を手がける
消費者と生産者の
ネットワークづくり
農家に参加してもらい、お店で自分
の農業への思いを語ってもらう場も
設ける。2010年10月からは地方の若
六本木農園や日本トラベルレスト
手生産者が六本木農園で働き、レス
ランのターゲットは、一つには都市
トラン側が従業員を農家に送り込む
インターンシップを開始。地方の生
38
圏の食や農に関心の高い消費者であ
生産者と消費者の交流会も頻繁に開催
る。しかし、プロジェクトの目的を
踏まえたターゲットは、都市と地域
エネルギー 100%に切り替える際に
のネットワークに参加したい都市住
設置した風車を住民が所有してい
民であり、全国の本当に良いものを
る。当初、風車に投資する際に、ど
作っている農家、漁師、酪農家、あ
のように融資してくれた地銀にお金
るいは地域まで含めたものと捉える
を返していくのか、自然エネルギー
ことができる。
にした後に島人がどのようにお金を
■企画性
本当によいもので
消費者を動かすしくみづくり
稼いでいくのか「出口」まで見据え
た戦略を立てている。これがプロジ
ェクトデザインである。
六本木農園や日本トラベルレスト
店の前には文字通り、農園がある
六本木農園プロデューサー古田希
ランのプロジェクトデザインは、地
つくる(キーパーソンを応援する人、
馬氏の「
「観光」
「農業」「教育」「医
域のほんとうに良いものを見つけ出
地域)、③ローカルエリアの人材育
療」
「ソーシャルネットワーク」が
すことで、地域が活性化することに
成(キーパーソンを理解して一緒に
今の時代のキーワードであり、これ
ある。「在日の外国人を連れて行く
取り組んでくれる人)、④民間(コ
らを混ぜ合わせてつなげていくこと
とこんなに良い物があったのかと非
ンセプトに賛同し、事業として一緒
で新たなプロジェクトが生まれてく
常に喜んでくれる。また、外国人に
に取り組んでくれる企業)が必要」
る」との考えから、六本木農園や日
評価されると地域もやる気になって
と古田氏は指摘する。特に地域側に
本トラベルレストランなどが生まれ
くる。」と古田氏は語る。
広いネットワークを持つ人材がいな
た。
日本トラベルレストランは地域に
いとこのプロジェクトは成り立たな
六本木農園や日本トラベルレスト
出向くだけでなく、そこからビジネ
い。また、その人材も単にネットワ
ランは都市住民が地域に行ってみた
スが展開される仕組みでもある。六
ークを有するだけではなく、都市消
いと思う仕組みづくりの一つでもあ
本木農園のシェフやスタッフが生産
費者、特に農や食にこだわりを持つ
る。古田氏は
「日本の本当に良い物、
地を訪れることで、より深い知識や
先端的な消費者から見ても本当に良
良いところを知ってもらい、ファン
感動をお客様に提供することといっ
いものを見抜く目(目利き)が求め
になってもらうこと、発信してもら
た付加価値の高いサービスにつなが
られる。
うことが重要。そのためには、例え
る。また、ツアーでであった生産者
また、そうした人材を育てるため
ば我々の日常生活の中にワインやチ
の作った農産品を実際に六本木農園
には「100人の研修会を何回も実施
ーズがある。だからそれを生産して
で使用する例も多い。
するよりも、20人限定で実際のプロ
いるフランスやスイスに行きたいと
また、古田氏は「地域には、素材
ジェクトを通して育てる方が良い」
思う。このような仕組みを日本も作
をパッケージにして売り出すことが
と古田氏は指摘する。
るべき」と指摘する。
できる人材が必要」と説く。特に地
■ビジネスモデル
地域全体が一つの産業体
観光、農業、どこで稼ぐかを戦略的に考える
域全体の活性化を「地域産業」の活
性化として捉え直し、観光業や農業
■取材後記
といった業は地域産業の中の一つの
目利きをもった地域の人材が
ポートフォリオに過ぎない。「環境
いなければ、着地型旅行も既存
古田氏は、自信の職業をプロジェ
や時代の変化に会わせて、このポー
のオプショナルツアーと変わら
クトデザイナーであると語る。例え
トフォリオを時には連携したり、時
ない。前述の事例でも紹介した
ば、デンマークのサムソ島は、自然
には集中させたりと、戦略的に活用
新潟食と花の交流プログラムや
していく必要がある」と古田氏は指
農家のこせがれネットワークは、
摘する。
六本木農園や日本トラベルレス
■課題
地域の目利きができる
プロデューサーの育成
農家から直接届けられた野菜のメニュー
トランでともに連携するパート
ナーでもある。同じ思いを持つ
者同士の出会いは偶然ではない。
目利きを持った地域の人材と、
六本木農園や日本トラベルレスト
都市のプロジェクトデザイナー
ランといったプロジェクトが育つに
の連携が地域の活性化を生み出
は、「①キーとなる人・団体を育て
している事例と言えるだろう。
ること、②フォローコミュニティを
39
事例10
神奈川県箱根町
箱根温泉・小田急電鉄
外国人個人客に狙いを絞り
地域共同でプロモーション
■事例概要
訪日外国人観光客で
活性化に取り組む老舗温泉地
箱根町は、富士箱根伊豆国立公園
の中央に位置し、国際的に有名な観
光地として、毎年国内外からおよそ
2,000万人の観光客が来訪している。
2009年度の観光客入込数は、景気後
退や円高などの影響を受け、一般客
4,363千人(前年比96.2%、174千人
の減)
、外国人125千人(前年比84.7
%、
23千人の減)
と大幅に減少した。
箱根町は、外国人、特に中国人にと
ってのいわゆるゴールデンルート※
上に位置し、また首都圏から1∼2
外国人旅行者は日本文化が大好き
時間の距離にある温泉地として、積
極的に外国人誘致に取り組んでい
用パック商品の先駆けとなるツアー
遊客」キャンペーン等を実施してい
る。
を造成。さらに、東アジアからの来
る。
訪が多い旧正月期に箱根地区のプロ
さらに、小田急電鉄は2011年に、
モーションのために「箱根歡迎春節
春節(旧正月)休暇に合わせ新宿駅
※ゴールデンルート:成田空港から
東京周辺の観光スポットを巡り、箱
根、富士山、名古屋等を経由し関西
を観光し、関西国際空港から帰国す
るルート。
(東京・新宿)と小田原駅(神奈川
県小田原市)にある同社の外国人旅
行センターで、英中韓の3カ国語を
併記した美術館や温泉など約80の施
■地域資源
設で使用できる割引クーポン付きパ
交通がつなげる温泉商品
ンフレットを12万部無料配布。
外国人観光客を取り込むために、
また、小田急電鉄、富士急行、京
小田急電鉄は1999年にいち早く箱
王バスの3社で新宿−箱根−山中湖
根・神奈川地区への玄関口である新
を結ぶ周遊チケットを販売。2010年
度には2600人以上が利用する見込み
宿駅に
「小田急外国人旅行センター」
を設置。また、鉄道利用の外客個人
40
箱根は外国人のあこがれの景勝地
である。
ているからこそ、マーケットと地域
てから10年以上がたって、狭い意味
の新たな関係づくりができる。
での観光、新宿−箱根というライン
■企画性
箱根全体で迎える
共同キャンペーン
はできた」と語る。今後の課題は、
新宿あるいは箱根での波及効果を高
めて行くことと指摘する。
また、これまでの取り組みの中
「箱根という地域でお迎えする、
で、小柳氏や「頑張っている民と頑
というスタイルをつくりたかった」
張っている官をつなげる仕組みが欲
と小柳氏は語る。2月は冬枯れの時
しい。複数の会社が係わるプロジェ
期であったが春節の時期でもある。
クトチームのような、フレシキブル
箱根町でも2009年7月に観光交流
これをフックに、地域に共同キャン
に、民と官がイコールパートナーに
センターを設置。英語の他、韓国語
ペーンを呼びかけた。「囲い込みと
なって一緒に考える場が必要」と語
や中国語での対応可能なスタッフが
いう言葉は嫌い」と語る小柳氏は、
る。2003年に取り組んだ箱根−富士
常駐している。2010年5月に第二種
箱根温泉のあらゆる事業者が参加し
山の商品作りはわずか半年で商品化
旅行業認可を取得し、着地型旅行の
やすいように、キャンペーンマーク
できたという。「現場の担当者同士
造成にも取り組む。
には小田急のロゴは全く使わなかっ
で動くことができれば、どんどん進
た。地域でやる気のある宿、土産品
めていくことができる。間に入る人
店などが賛同した。箱根町がインバ
が多すぎてはダメ」と小柳氏は指摘
ウンドを熱心に推進したことが大き
する。
外国人個人客に便利な小田急外国人旅行センター
■市場・ターゲット
新宿と小田原で
独自にマーケティング
1999年当時から、「国内需要は下
がるが、これから外国人観光客は確
実に増える。交通事業者もマーケッ
かった。
■ビジネスモデル
地域が稼げば自社も儲かる
トを海外に求めるべきだ(小田急電
「箱根という地域が外国人にとっ
鉄株式会社交通サービス事業本部執
て行きたい場所になることがまずは
行役員小柳淳氏)と考えていた。海
重要」と小柳氏は語る。観光案内は
外マーケットは誰でも参入可能な分
箱根、小田原の案内が中心だが、も
野であり、とにかく「スピード」を
ちろん他の地域の案内もする。
重視した。
「箱根地域全体の価値が高まれば、
さらに、
ターゲティングを重視し、
鉄道事業だけでなく、新宿のデパー
当初から明確に「個人旅行者」に絞
トや箱根の宿泊施設など小田急グル
った。
「団体客の誘致は営業戦略的
ープ全体への波及効果も高まる」と
にはコストがかかるが、個人客に絞
小柳氏は語る。
ることで営業先を海外メディアに集
中させることができた。訪日外国人
統計では商用か観光かに分けられて
いるが、商用でも観光はする。商用
まで含めれば圧倒的にFITは多いこ
■課題
外国人向けパンフレットも充実
■取材後記
インバンドに対して、立地・
資源性ともに箱根町は最も恵ま
れた地域の一つである。しかし、
線づくりから面での効果拡大へ
現場感覚で取り組む仕組みを
その箱根町が国のインバウンド
小柳氏は「インバウドに取組始め
の理由には、確実な統計数値の
政策の遙か先を走っている。そ
とも重要な要素だった(小柳氏)。
活用と地域に積極的に関わり、
小田急電鉄は新宿駅と小田原駅に
点と点つなぐ線の役割果たす鉄
設置した「小田急外国人旅行センタ
道会社の姿勢があった。
ー」でのカウントによって、外国人
訪日外国人観光客はこれから
利用者数(観光客数)をほぼ正確に
厳しい状況になるかもしれない。
把握している。外国人向け周遊切符
しかし、そうした時にこそ、地域
「ジャパン・レイルパス」で新幹線
がどのような体制で取り組むこ
利用が多い小田原は、圧倒的に欧米
とができるかがあらためて問わ
れるのではないだろうか。
人が多い。一方で、
新宿駅はアジア、
中国人が大半。マーケットと正対し
春節にはお正月ムードでお迎え
41
事例11
JTBヘルスツーリズム研究所
「医療」と「健康」の先進技術を
ビジネス化するマーケティング力
■事例概要
専門知識を活かした
研究機関
ヘルスツーリズム研究所は、2005
年に JTB内にヘルスツーリズム推進
プロジェクトとして発足。現代の科
学と医療、そしてネットワークを駆
使し、健康な旅のツアー商品、観光
地旅行の企画、コンサルティング、
トラベルメディスンの医療・情報提
供など幅広い活動を展開している。
■地域資源
地域やメーカーの健康素材と
観光のマッチング
森林ウォーキングで健康に
地域には、温泉浴や森林浴など、
その地ならではの健康素材がある。
策の中で、旅行用英文診断書の仲介・
それを活かしたツアーや、糖尿病な
作成など、健康をキーワードに地域
ど持病を持つ人が安心して参加でき
や病院、企業と連携した様々な事業
るツアーなどがヘルスツーリズムの
に取り組んでいる。
主な商品だ。また、インバウンド政
■市場・ターゲット
海外・富裕層を
獲得する可能性
ヘルスツーリズムにとって、今最
も注目されるターゲットは海外、ラ
旅行中の朝の体操
42
健康管理は体力測定から
グジュアリー層にある。「日本は韓
伸佳所長は語る。
国などに比べこの分野への取り組み
しかし、医療機関の現場ではまだ
が遅れていたが、医療の自由化によ
インフラが整っていない。「病院の
ってようやく国際化がなった」と
トップが推進しても、現場はまだつ
JTBヘルスツーリズム研究所の高橋
いてきていない」と高橋氏は指摘す
る。医療ツーリズムは2012年には世
界で100億ドルの市場規模に達する
など大きな成果が見込まれているも
のの、日本国内では受け入れ体制が
十分に整っていないのが実情でもあ
る。JCI認証は欧米の保険会社が保
険対象とするかが基準となることか
ら、海外富裕層患者のいわゆる「メ
ディカルツーリズム」受け入れの前
提条件となっており、アジア各国の
一流病院も競って取得しているが、
日本で取得しているのはまだ1件の
み。しかし「日本は、温泉や豊かな
自然など、滞在しながら療養するシ
ーンがある。欧米の富裕層でも誘致
できるポテンシャルは充分にある」
と医療と観光の融合の重要性を、高
橋氏は強調する。
■企画性
高速道路SAで
おにぎりとアイマスク
同研究所は「健康」というキーワ
ードで地域の資源を掘り起こすとと
もに、健康食品や健康グッズなどの
販売促進の場をプロデュースする。
富裕層向けに健康診断プランも
快適な移動に変えることができると
し、市場性やビジネス性を考慮しな
いうのが発想のきっかけだ。
ければ地域活性化にはつながらな
■ビジネスモデル
ツーリズムは
プロモーションの場
い。
高橋氏は地域と連携する際には、
立地、市場性、資源性、地域ブラン
ドとの親和性などを事前に調査し、
具体的な例では、高速道路のサー
ヘルスツーリズムのビジネスモデ
独自の規準によってその可能性を判
ビスエリアでは、運転の疲れの取れ
ルは、ヘルスツアーの販売にとどま
断する。「地域によって取り組むべ
るアイマスクと地元食材を使った運
らない。地域や企業との連携による
き方向性は異なる。全ての地域がヘ
転のストレスを軽減する健康おにぎ
商品開発や医療滞在プログラムの開
ルスツーリズムに向いている訳では
りを販売した。
発による権利ビジネスにまで至る。
ない」と高橋氏は指摘する。
今の時代はなんでも売れる時代で
「ツーリズムは製品を売るためのプ
はない。特に、付加価値の高い商品
ロモーションの場を提供できる。メ
はその内容は行き渡らないと売れな
ーカーや地域にとって、商品やサー
い。
ビスを使うシーンと理由をセットで
ヘルスツーリズム研究所には、
消費者にとっては、それまで不快
販売するチャンスになる」と高橋所
様々な地域から相談が持ちかけ
だった移動が、アイマスクやストレ
長は語る。
られる。しかし、
「良いものは売
ス軽減おにぎりを買うことによって
女性に人気のマクロビクッキング
■課題
■取材後記
れるという幻想を持っている地
域はまだまだ多い」と高橋氏は
マーケティングができる
地域人材の不足
指摘する。
高橋氏は「地域にはマーケティン
療養滞在ビザの解禁など、今後
グができる人材が少ない」と指摘す
マーケットも拡大する。こうした
る。
チャンスを生かせるかどうかは、
ヘルスツーリズムは、日本では先
やはり専門知識やスキルを持っ
行的な分野でもあり、先端的な研究
た「人」の存在にかかっている
や企画、ビジネスモデルは権利にも
ようだ。
インバウンドでも医療解禁や
つながっていく可能性もある。しか
43
事例その他
提供するパッケージツアーなど、旅
コロプラ
位置ゲームが「おでかけと消費」
のきっかけをつくる
行商品が紹介される。2010年2月に
第一弾となる岩手ツアー・岐阜県ツ
アーの予約が行われた。
「コロ旅オフィシャルツアー」は、
コロプラ向けに企画される団体パッ
ケージツアー。旅行先にはお土産カ
「コロプラ」はいわゆる位置ゲー
て、通常毎月5∼6店舗ずつ厳選し
ード「コロカ」を扱う店舗が含まれ
ムであり、その基本機能は仮想空間
て提携しており、綿密なプロセスを
るほか、バス内ではアイテム取得の
ゲーム(自分の街(コロニー)建設)
経て選定している。2011年2月現
案内があるなど、コロプラユーザー
にスタンプラリーを加えたもの。
在で提携店舗は合計92店舗。コロカ
に特化した内容となる。
バーチャルなゲームにリアルを組
提携店舗への来店・購買客数は月間
また「コロ旅特選ツアー」は、一
み込んだのが特徴だ。
2万人を超えている。
般向け団体ツアーや個人旅行向けツ
ゲーム内では、
携帯電話のGPS(全
また、コロプラと連動したツアー
アーにゲーム情報を付加したもの。
地球測位システム)・位置登録機能
「コロ旅」もある。「コロ旅」は、
「コ
お土産アイテムを記した地図やコロ
を使って、利用者が実際に1㎞移動
ロプラ」ユーザー向けに旅行情報を
カ連動のゲーム内アイテムなどがも
するたびにゲーム内の仮想通貨が手
提供するコーナー。旅行会社が企画、
らえる。
に入る。この仮想通貨を使って、コ
ロニーに建物を作って人口を増やし
ていく。リアルな移動先で地域限定
のお土産アイテムを購入し、それを
他の利用者に配ることもできる。会
員数は約165万人(2011年1月下旬
時点)で、毎月約10万人のペースで
増加。
月間ページビューは20億前後、
埼玉県 久喜市鷲宮
ニッチな市場=アニメファン
と一緒に地域活性化
会員1人当たりでは同1,200 ∼ 1,500
アニメ「らき☆すた」の舞台とな
のである。
程度。
った鷲宮神社を中心に、多くのアニ
当初はアニメファンのために駐車
バーチャルとリアルをつなぐ仕組
メファンが集まるようになった埼玉
場を開放したり、宮司さんとの折衝
みとして、
コロプラと連動した来店・
県久喜市鷲宮。きっかけは、地元の
をしていたが、次第に運動会、婚活
販売促進サービス「コロカ」がある。
アニメファンのブログによる発信だ
などのイベントにも拡大した。そう
「コロカ」はお土産品のトレーデ
った。
したイベントの中でアニメファンと
ィングカード。
「コロカ」を入手す
当初は地元の人達もとまどった
地元住民の交流も深まり、アニメフ
るには地域の導入店舗の店頭へ出向
が、鷲宮商工会の経営指導員はこれ
ァンから鷲宮の町のファンが生まれ
き、所定の金額分の商品を購入しな
を地域活性化のチャンスと捉えた。
ている。
ければならない。
「コロプラ」でこ
経営指導員がアニメファンに「な
アニメファンが集まることから、
のカード「コロカ」に記載されたシ
ぜ集まるのか、アニメファンはどの
地域の商店街の活性化のしかけづく
リアルナンバーを入力すると、コロ
ようなことをしてあげれば喜ぶの
りも始まった。飲食店を巡るスタン
プラ内でもお土産アイテムが獲得で
か」と直接相談したことから、様々
プカードやテレビ会社とタイアップ
きる。
なイベントが始まった。まさに地域
したキャラクターグッズを作成・販
「コロカ」の提携店舗は、各県4
と消費者のコミュニケーションか
売など、地域への経済効果も生まれ
∼5店舗、全国200店舗を上限とし
ら、鷲宮の取り組みはスタートした
ている。
44
第3部
調査総括
45
第3部 調査総括
観光ビジネスの可能性と
課題解決のためのキーワード
事例から導かれる6つのヒント
こころの壁、
地域の壁、業種の壁、国境の壁の4つの壁に対峙し、
各地域の事業者はさまざま方法によって乗り越えてきた。
その答えは1つではないが、そこにはいくつかの共通する
「キーワード」
が存在する。
ここでは今後、
さまざまな「壁」に立ち向かうためのヒントを提示する。
フレームワーク①
「観光」とは“絆づくり”である
としては、「銀座ミツバチプロジェ
クト」や「六本木農園」や「六本木
観光客
環境
ヒルズマルシェ」などがある。これ
資源
らを、観光ということに違和感を感
じるかも知れないが、同様のことが
1都市だけでなく、複数の都市、さ
農業
商工業
らに地域で行われることで人を呼び
込み、リピーターを増やし、経済効
果を生むことになれば、観光という
理解はけして難しくない。
住民
住民
観光業
群馬県桐生市の「ファッションタ
ウン構想」では、もともと市民のた
めのイベントだったものが、骨董市
など定期的に開催することで、今で
は日本3大骨董市にも名前が挙げら
従来、観光とは、旅行、交通機関、
側」だけでなく、積極的に呼び込む
れ、近隣や首都圏からも人を呼び込
宿泊、物産、飲食といった旅行者と
ためには「出向く」「拠点を移す」
む効果が出ている。
接点を持つ事業者の事業と考えられ
ことが必要である。つまり、消費者
また、埼玉県久喜市鷲宮の事例は、
てきた。しかし新しい「観光」は、
と地域が双方向でコミュニケーショ
アニメファンが集まるという現象を
より広義にとらえ、農業、商工業、
ンする流通が、新しい観光のフレー
きっかけに、地域がそれに気付き、
環境、教育といったこれまで観光と
ムワークであり、一言でいえば、
“絆
彼らを“喜ばせたい”というモチベ
は無縁と考えられていたものまで観
づくり”が新しい観光の定義となり
ーションとそれに感謝する相互の信
光と言うことができる。
うる。
頼関係が生まれた。まさに、観光=
それは単に、地域が「受け入れる
すでに、これを実践している事例
絆づくりの典型的な事例である。
46
フレームワーク②
「しかけ・しくみ・しきり」
しかけ
(企画力)
しくみ
(技術力)
しきり
(リーダー)
「しかけ」とは、企画力、事業構
れ+消費者→農家を応援」といった
想力である。本書で分類した【クリ
構図がわかりやすい。
エーション型】の事業者にとって、
「しきり」については、【クリエー
地域資源を活用した「しかけ」はビ
ション型】の場合は、事業の中心で
ジネスの“肝”となる。また、【リ
指揮を執る社長などのリーダー、
【リ
ノベーション型】の事業者にとって
ノベーション型】では従来のコミュ
は、顧客層(市場)の見直し、ビジ
ニティ(観光協会、旅館組合など)
ネスモデルの転換といった局面で、
に制限されるケースが多く、カリス
マ的なリーダーが登場することによ
「しかけ」が必要となる。【コラボレ
桐生市のファッションウィークは市民参加から観
光イベントへ拡大
り、事業が飛躍的に伸びることも多
である。それぞれが特徴を活かすこ
て、「しくみ」は比較的理解しやす
織のなかにプロジェクトチームが存
とで、
相乗効果が生まれる「しかけ」
い。銀座ミツバチプロジェクトでは、
在し、そのチームリーダーが中心と
ーション型】の事業者にとって最も
必要とされる「しかけ」は、
“座組み”
が求められる。
「しくみ」とは、
技術力(スキル)、
「ビルの屋上+養蜂」、NPO農家のこ
せがれネットワークでは、「こせが
い。群馬県桐生市の場合は、運営組
なって各プロジェクトを推進してい
る。
事業構成である。
【クリエーション
型】の事業者にとっては、人材=ス
キルという場合が多いため、人材の
確保、統一基準の設定が非常に重要
になる。
【リノベーション型】の事
業者については、地域資源や異業種
■参考事例
○アドベンチャーツアー キャニオンズ
海外で活躍するアドベンチャーツ
アーガイドであるマイク・ハリス氏が、
みなかみ町の地域資源を世界屈指で
との“つながり”が「しくみ」とな
あると“目利き”したことで、一気に
るケースが多い。
栃木県茂木町の「農
注目度が高まり、これまでの温泉に
業と環境」
、新潟県の「食と花」な
代わる町の新たな観光コンテンツと
どは典型的な事例と言えよう。【コ
なった。
○桐生市ファッションタウン構想
ファッションタウン構想の最大の
成果は、市民が主体となって参加運
営するようになったことだ。市民が
参加したことで、異業種間でも調和
のとれた意思決定を可能にしたとい
う。さらには、異業種間でいくつかの
グループやサークルによる地域ブラ
ンドも生まれてきている。
ラボレーション型】の事業者にとっ
47
フレームワーク③
「何を売るか」よりも「誰に売るか」
農業
水産業
﹁何﹂
を売るか
工業
商業
サービス業
観光
「誰」
に売るか
地域が人を呼び込むために、地域
て的確な商品・サービスを考案する
資源を用い、加工して、商品化し、
ことができるようになる。
提供するというスキームは、対象と
なる顧客の顔が見えていない。顧客
の喜ぶ笑顔を想像せずに、いい商品、
■参考事例
いいサービスを創り出すことは難し
○銀座ミツバチプロジェクト
い。すでに、国内旅行市場は大量流
銀座と地域の交流の中で、環境
通のマスマーケティングの時代か
ら、多様化した個人志向市場へと変
化している。顧客のニーズやウォン
づくり応援スィーツとして、新潟で
地域と都市とが一緒に開発して生まれる商品もあ
る
有機農業に取り組むイチゴ(越後
姫)農家と銀座が連携した「越後
姫のマカロン」や「米粉ロール」
「米
ツも多様化し、誰にでも受ける=誰
のない、ぼやけた印象しか残らない。
にもピンとこないものになりうる。
コアな市場に、コアな商品やサービ
そこで、ターゲットを定め、コア
スで応える。そこには、
「誰に売るか」
な対象に向けて的確な商品やサービ
という事業を行う上で根源的な視点
スを提供していくことが、今後の地
を再認識する必要がある。
域における観光には重要である。
本調査では、横浜市の「工場夜景
地域には、その地域ならではの特
クルーズ」や小田急電鉄の外国人
性が必ずあり、それを求めるニーズ
FITに絞った施策などは、まさに顧
も必ずある。しかし、そのニーズを
客の顔を見据えた事例であろう。
して売買することによって生まれる
すべて取り込むために風呂敷を広げ
「何を売るか」よりも「誰に売るか」
信頼感は、
リピーターとなっている。
てしまっては、顧客にはインパクト
を先に考えることにより、結果とし
48
粉パン」などを開発。
「銀座×福島
菜の花プロジェクト」では菜種油
を用いた化粧品開発に取り組む。
○六本木ヒルズマルシェ
「ヒルズマルシェ」では、農家が直
接消費者の顔を見て、農産品の良
さを説明して、その反応をみること
ができる。生産者も消費者も納得
フレームワーク④
「いいものは売れる」
から
「売れるものはいいもの」
へ
生産者
いいもの
売れるもの
顧客
顧客
顧客
顧客
地域における観光、特産品づくり
抜き、“本物”であることが購入動
等で失敗している事例を見ている
機となっている。
と、最初から「いいものだからきっ
マーケティングとは、ものを売る
と売れる」という幻想を抱いている
ための方法論ではなく、「あの人は
場合が少なくない。希少価値の高い
どうしたら喜んでくれるのだろう」
地域資源が、知名度が低いだけで売
と想像することから始まる。自分が
れないと結論付けてしまうのは、宝
喜ぶ前に、相手を喜ばせたいという
石を原石のまま並べているようなも
のだ。
四季を通じてこれだけアクティビティが楽しめる
のは世界有数
姿勢が明確であれば、それだけでも
相手に伝わるものだ。
本書のような事例集では、多くの
と、市場迎合的に捉えられがちだが、
成功事例を並べて、自分の村や町に
そうではなくて、市場が認める、顧
近いモデルを模倣することで、成功
客が欲するのには必ず、理由がある。
するものと考えてしまう傾向があ
それは、宣伝やプロモーションに多
る。
額の費用をかけられるという局面だ
「そば打ちなら、うちの村でも昔
けでなく、商品やサービスそのもの
業を開始する以前にも、ラフティン
ながらの伝統のものがある」「アニ
に、消費者に“うける”何かがある
グなどを行うアドベンチャーツアー
メなら、うちも舞台になっているも
と考えた方がいい。
のがある」
といった短絡的な方法で、
横浜市の工場夜景クルーズや新潟
本当にいいものは生まれない。
県の「食と花の交流プログラム」、
逆にいえば、売れているものやサ
群馬県みなかみ町のキャニオンズの
ービスから、
「なぜ、売れているの
アドベンチャーツアーなどは、その
か」を分析し、自分たちの町や企業
商品やサービスの形だけでなく、ノ
では「なぜ、売れないのか」を考え
ウハウや顧客に何を届けようとして
ることが大切だ。
いるのかという意思がきちんと反映
「売れるものはいいもの」と言う
されている。賢い消費者はそれを見
■参考事例
○アクティビティーツアー
キャニオンズ
キャニオンズがみなかみ町で営
会社はあった。また、現在は同様
の事業者が複数存在する。そのな
かで、同社が選ばれる理由は、高
度な技術を持つ優秀なガイド、ア
ドベンチャー体験を通じて顧客が
自然環境の保全を考える場となっ
ているからである。また、地域との
積極的な交流が相互理解を生んで
いる。
49
フレームワーク⑤
「顔の見える」
流通が
信頼感を育む
消費者
目に見えない壁
地域
農家自らライブで農業トークショー
たことがきっかけとなり、料理素
材の生産地を訪ね、農作業体験や
交流を深めるプロジェクトもある。
NPO農家のこせがれネットワーク
が実施する「農家の手がわりプロジ
ェクト」(「手がわり」とは、田植え
地域
消費者
や稲刈りなど家族だけではこなせな
い農作業を相互に手伝いあう昔なが
らの農村習慣)では、都市と農村と
の間で積極的な交流が生まれてい
る。
旅行そのものは直接出会う機会と
なるが、今、観光に求められている
のは流通段階で、face to faceを実
現することで、互いに信頼と安心を
観光とは、地域と旅行者、生産者
のような直売会や生産者が自分の生
もって接することが期待されてい
と消費者が直接出会うことであり、
産物を購入して料理を提供するレス
る。
地域間交流を指す場合もある。
トランで、収穫までのプロセスを直
しかし、その流通の場面では、必
接消費者に語りかける場として、農
ずしもアナログな対面販売ではな
家レストランや農家ライブなどが、
く、インターネットなどのバーチャ
全国で増え始めている。
ルな媒体を利用する機会も多く、地
また、インターネットや携帯端末
域も消費者も、
実際に出会うまで“安
を使って、生産者と消費者が互いに
心できない”という悪循環も生まれ
必要なニーズを交換しあうコミュニ
ている。
ティサービスも出てきている。写真
そこで、流通の段階でも直接“顔
や動画で、農作物の生育情報を提供
の見える”
しくみが増え始めている。
したり、購入した食材を使った家族
従来からあるデパートの地域物産展
の食卓の様子を、生産者に直接知ら
や自治体のアンテナショップだけで
せるといったコミュニケーションも
つのかが、都会にいながら見られ
なく、農家が自分で店先に立って生
広まり始めている。
る仕組みも運営している。
産物を販売するマルシェや軽トラ市
また、都市のレストランで食事し
50
■参考事例
○六本木農園
東京・六本木にある農家実験レ
ストラン「六本木農園」では、野
菜農家が食材となる野菜が顧客の
口に入る場面に同席して、野菜の
生い立ちや苦労話などを語る農家
ライブを定期的に開催している。
また、店舗の隣には、キューブ状
の畑があり、野菜がどのように育
フレームワーク⑥
Small Factoryこそが
世界で花開くチャンス
下請
企業
下請
企業
大企業
下請
企業
海外市場
下請
企業
単独
連携
インターネットによる発信が
Small Factoryの価値を伝える
中小
企業
桐生で生まれた松井ニットは、今やワールドブラ
ンドに
中小
企業
日本ならではの文化を海外にアピー
中小
企業
費行動を誘発させるためには、より
ルすることも大切だが、具体的な消
具体的かつ現実的なアピールをする
必要がある。
地域の中小企業には、世界に通
原則無料で利用でき、国内・海外に
誰が、どのようにサービスを提供
用するだけの卓越した技術力があ
も発信することができる。
するのか、といったきめ細かい対応
る。 海 外 で は、 メ イ ド・ イ ン・ ジ
インターネットの普及により、情
は、大手よりも規模の小さい「Small
ャパンの信頼は大きいが、近年は、
報量が膨大となり、規模の小さな事
Factry」の方が対応しやすい。家
Made in Iwateの 南 部 鉄 瓶、Made
業者や商品、サービスは目立たなく
族経営の民宿や体験工房でも、イン
in Kyotoの蒔絵など、より地域を限
なったという見方は、必ずしも当た
ターネットなどを活用して世界中に
定したニーズが高まっている。それ
ってはいない。
PRできる時代だとポジティブに受
は工芸技術や農業、繊維など多岐に
情報過多で混乱しているのは、消
け入れるべきである。
わたる。
費者の方も同様で、いくつもの選択
一方で、中小企業がその技術力を
肢があることは決して喜ばしいもの
アピールする場が少ない。大手企業
ではない。それよりも、誰かの推薦
であれば大々的に広告宣伝したり、
や信頼できる人が愛用しているも
■参考事例
直接営業に出かけることも可能だ
の、価格だけでなく、品質を的確に
が、地域の中小企業はそこが課題。
提供する目利き(キュレーター)の
○群馬県桐生市 松井ニット
ホームページやブログで、未知な
存在が注目を集めている。
る顧客に直接アプローチ可能かどう
キュレーターは、本当にいいもの、
かは不明だが、少なくとも口コミで
人に喜ばれるものやサービスを常に
広がる効果はある。また、Twitter
探している。そこに、自信を持って
のような簡易ブログや、世界中に
自身の商品やサービスを届けておけ
5億人の利用者を持つ世界最大のソ
ば、そこを通じて消費者に商品のよ
ーシャル・ネットワーキング・サー
さが伝達される。
ビス(SNS)であるFacebookや動画
旅行についても、いわゆる「おも
共有サイトYouTubeなどは、すべて
てなし」や「もったいない」という
ニット製品メーカー、松井ニッ
トは、ニューヨーク近 代 美 術 館
(MoMA)の商品ラインナップに選
ばれたことで世界的に高い評価を
得て、今では直接桐生市に商品を
求めてやってくる消費者もいる。1
本のニットのマフラーが、地域に
人を呼び、地域を知ってもらい、
お金を使ってもらうという、新たな
「観光」の糸口が見えている。
51
編集後記
地域活性化の道筋は、復興とともに
今、日本は未曾有の事態に直面しています。被災地はもとより、日本全体が未だ
かつて経験したことのない事態に困惑しています。時間が経過するにつれ次第に明
らかになる甚大な被災状況、広がる不安、そして無力感。
しかし一方で、この大惨事をきっかけに、
日本の、
地域の“絆”の強さを知りました。
被災地のために、誰かのために、自分ができることをしたい、というひとりひと
りの想いは、さまざまな形で生まれています。そして多くの人々が同じ想いを共有
したということが、新たな“絆”を生んでいます。
本書は、観光を手法とした地域経済の活性化を目的とし、その現状や課題、さら
にさまざまな“壁”を乗り越えるための方法を、具体的な実践例をもとに調査、分
析しました。そのため、各地域で積極的に事業活動を行っている方々に直接お会いし、
お話しをうかがうことで、経験から導かれた具体的かつ実践的な助言を数多くいた
だきました。
本書で、果敢に地域活性化に尽力している各地域の人々の想いを、少しでもお届
けできれば幸いです。
最後に、1つだけお願いしたいことがあります。
この非常事態に観光などしている場合ではない、というムードがまん延する気配
があります。その根源には、観光が日常的な「ハレ」のもので、非常時には無用の
ものであるというイメージがあるからだと思います。
しかし、新しい観光は、平時であれ、非常時であれ、地域に、そしてひとりひと
りの人々の心のなかに、希望や勇気の灯(ともしび)をもたらすものであり、観光
が復興、地域活性化に貢献する役割は大きいと思います。
観光の視点から地域を俯瞰的に見たときに、
地域ならではの資源、
人々の温もりが、
豊かさと希望を与えるということに、改めて気付かされました。
復興の道のりは、おそらく長く厳しいものとなりますが、その歩みは被災地のみ
ならず、日本全国の地域活性化とともに歩んでいただきたいと、心から願います。
本調査にご協力いただいた皆様に感謝申し上げるとともに、被災された方々およ
びご関係者の皆様に対して、心よりお見舞い申し上げます。
平成23年3月
観光を手法とした地域経済活性化に関する調査委員会
委員一同
52
観光を手法とした地域経済活性化に関する調査委員会
委員(50音順、敬称略)
岩崎
徹
株式会社アイーダ代表取締役社長兼最高経営責任者 (本書編集)
大越貴之
農業生産法人株式会社銀座ミツバチ執行役員
加藤
株式会社ジェイティビー旅行事業本部法人営業部長・地域交流ビジネス推進室長
誠
十代田朗
東京工業大学大学院情報理工学研究科情報環境学専攻
丁野
社団法人日本観光協会常務理事・総合研究所長 (委員長)
朗
政所利子
株式会社玄代表取締役
根岸
社団法人日本観光通訳協会事務局長
正
吉田正高
准教授
東北芸術工科大学デザイン工学部メディアコンテンツデザイン学科
准教授
関係行政機関
国土交通省関東地方整備局
企画部広域計画課
課長
国土交通省関東運輸局
企画観光部観光地域振興課
農林水産省関東農政局
農村計画部農村振興課
同
課長補佐
田中
宏
戸田
博史
増田
仁
吉澤
雅隆
渡辺
豊
課長
三宅
伸
係長
荒井
大悟
部長
寺崎
竜雄
主任研究員
中野
文彦
産業部
公園計画専門官
部長
産業部産業振興課
賢一
課長補佐
経済産業省関東経済産業局
同
鈴木
北川愛二郎
国立公園・保全整備課
地域経済部
広志
課長補佐
環境省関東地方環境事務所
同
市川
部長
課長
事務局
経済産業省関東経済産業局
産業部流通・サービス産業課
同
(事業受託機関)財団法人日本交通公社 観光調査部
同
平成22年度
地域新成長産業創出促進事業
地域が実現する新たな「観光」の可能性
観光を手法とした地域経済活性化に関する調査事例集
<発行>
平成23年3月
経済産業省関東経済産業局
産業部
流通・サービス産業課
〒330-9715
埼玉県さいたま市中央区新都心1番地1