特許侵害訴訟・概要 - きっかわ法律事務所

特許侵害訴訟・概要
きっかわ法律事務所
弁護士
原井大介
第1 侵害論
1 総論
(1) 侵害判断の論理的構造
特許権に基づく差止・損害賠償請求が認められるためには、被告製品等
(イ号)が、
「特許発明の技術的範囲」
(法 70 条 1 項)に属するものであ
る必要がある。
具体的には、特許請求の範囲の記載(クレーム記載)を分説した各構成
要件をイ号の各構成が充足し、全ての構成要件が充足されたときに侵害
が認められる。
ゆえに、侵害判断の論理的構造は以下の通りとなる。
①特許発明の各構成要件の解釈
②イ号の構成の特定
③構成要件毎の対比(あてはめ)
(2) 現実の攻防のイメージ
侵害判断の論理的構造は上述の通りであるが、現実には①の構成要件
解釈(クレーム解釈)は、③のあてはめを巡る攻防の中で争われること
が多い。
「原告はイ号の構成 a が構成要件 A を充足すると主張しているが
誤りである。なぜなら構成要件 A の文言「○○」は○○と解釈されるべ
きであり…」といった具合である。
以下、こうした攻防イメージに沿って、侵害訴訟(侵害論部分)の具
体的な展開について述べる。
2
特許請求の範囲の記載の分説(構成要件化)(資料1参照)
原告が訴状の冒頭で行うのがこれ。対象特許の特許公報の【特許請求の
範囲】の記載を元に、これを適宜分断する。この行為を分説といい、分断
された各要素を構成要件と呼ぶ。
分説の方法に決まりはなく、通常は特許請求の範囲の記載をそのまま順
に適当な箇所で区切る形で行うが、意味内容が変わらない限り、元の記載
を再編集する形で行ってもよい。
3 イ号特定(資料1参照)
(1) 執行対象明示のための特定
型番などで足りる。
1
(2) 攻撃防御方法としての(対比のための)特定
イ号製品等の特徴を、特許の構成要件と同形式の文章で表現する。イ
号は具体的な物なので、これを、写真、カタログやマニュアルの文言、
設計図(通常は入手困難)等を証拠として挙げながら、対比を行いやす
い形に文章化していくわけである。
なお、次の対比と区別する意味で、イ号特定においては可能な限り元
のマニュアルの文言等の表現を使用する(構成要件が「車輪」であって
も、カタログが「タイヤ」なら「タイヤを備え」と特定し、一足飛びに
「車輪を備え」とはしない)。
4 対比(あてはめ)(資料1参照)
(1) 総論
イ号の各構成が各構成要件に当てはまることを論証する1。
前述のように、訴状段階では淡々と対比が進み、被告がこれに反論する
ことで、対比部分でクレーム解釈の問題が顕在化するのが通常である。
(2) クレーム解釈
クレームの解釈が問題となる場合、次のような原則がある。
ア 学術用語としての通常の意味
クレーム文言は、学術用語としての通常の意味で解釈される2。
イ 発明の詳細な説明(明細書)参酌の原則
明細書の中で特殊な意味が与えられていれば、そちらに従う。明示的
に定義されている場合はもちろん、明細書記載の技術内容を考えるとこ
の意味でしかありえないという場合も含まれる(例えば発明の作用効果
の記載も解釈の基準となる。)。
さらには、クレームを字義通り取ると、明細書記載との関係で特許が
無効となる場合に、「特許が有効であるとすれば、このように限定的に
解釈する他はない」という主張も可能であり、これも明細書を参酌した
解釈の一種である3。
ウ 公知技術参酌の原則
クレーム文言の解釈においては、出願当時の技術常識も参酌される。
5
1
2
3
禁反言(資料1参照)
イ号の構成が特許の文言の範囲に含まれるか否か(特許≧イ号か否か)で判断する。例え
ば、特許が「乗物」のとき、イ号が「自転車」であれば構成要件該当である。
何が「学術用語としての通常の意味」であるかは自明ではないので、当事者としては技術
用語辞典や国語辞典等を証拠として提出することになる。
無効論における発明の要旨認定に際しては、このタイプの参酌は許されない。脚注 6 参照。
2
特定のクレーム解釈の主張が禁止される場合がある(判例法理)。
(1) 包袋禁反言
特許権者が、審査段階では拒絶を避けるため狭いクレーム解釈を主張
したが、侵害訴訟で態度を翻し広いクレーム解釈を主張する、といった
ことは許されない。
(2) 無効審判での主張と侵害訴訟での主張等
先行する無効審判中に無効を避けるため狭いクレーム解釈を主張し、
その後侵害訴訟で広い解釈を主張する、といった場合も同じ。
6 均等論(資料1参照)
(1) 文言侵害と均等侵害
イ号の構成が構成要件の1つでも満たさない場合は侵害とはならない
のが原則であるが、些細な改変で構成要件の一部だけを外し、侵害を逃
れることを認めると、特許権の適切な保護は図れない。
そこで、構成要件どおりの構成でなくとも、実質的に同一と評価しうる
構成に対しては特許権の保護を拡張するのが均等論であり、均等論によ
って拡張された技術的範囲に属する場合を均等侵害という4。
(2) 5 要件(ボールスプライン軸受事件、最判平 10.2.24)
ア 本質的部分
異なる部分が特許発明の本質的部分でなく
イ 置換可能性(作用効果の同一)
当該部分を問題の構成に置き換えても目的を達することができ
ウ 置換容易性
そのような置き換えに(行為時の)当業者が容易に想到でき
エ 想到非容易性
対象製品等(=置換後の構成を備えた全体)が出願時の公知技術と同
一又は容易に想到できたものでなく
オ 意識的除外等の特段の事情
対象製品等(=置換後の構成を備えた全体)が出願手続において権利
範囲から意識的に除外された等の特段の事情がないこと。
第2 無効論
1 総論
侵害訴訟の被告は、
「たとえ侵害が認められるとしても、本件特許は無効
4
かつての「不完全利用論」ないし「改悪発明論」(一部の構成を省略し、性能を落としつ
つも一応は同じ目的を達成できる発明を、特許侵害に問うべきとの議論)も、現在は均等
論に吸収されている。
3
であるから、原告の権利行使は許されず、請求は棄却されるべき」旨の抗
弁を提出できる(法 104 条の 3)。関係する主な要件は以下の通りである。
2 記載要件(資料2参照)
(1) 特許請求の範囲(クレーム)関係
ア サポート要件(法 36 条 6 項 1 号)
発明の詳細な説明(明細書)に記載されていない事項のクレームアッ
プは禁ずるとの要件。特許権の保護は明細書で発明を公開することの代
償として与えられる以上、明細書に記載していない発明を権利範囲に含
めてはならないというのがその趣旨である。
イ 明確性要件(法 36 条 6 項 2 号)
特許請求の範囲(請求項)の記載は、それに係る発明が明確に把握さ
れうるように為されなければならないとの要件。
(2) 発明の詳細な説明関係
ア 実施可能要件(法 36 条 4 項)
発明の詳細な説明(明細書)は、それを読んだ当業者が請求項に係る
発明を実際に実施できる程度にきちんと記載せよという要件(サポート
要件の裏のような関係にある)。
3 特許要件(資料3参照)
(1) 新規性(法 29 条 1 項)
既存の発明5と同一の発明は特許にならないとの要件。侵害訴訟では当
然被告側が主張していく。具体的な手順は以下の通り。
ア 対象特許発明の内容を主張
通常は対象特許のクレーム記載そのものを、分説して主張するだけ6。
イ 引用発明を主張。引用発明となりうるのは下記の 3 種。
(ア) 公知発明(公然知られた発明)
守秘義務を負わない者に内容を知られた発明
(イ) 公用発明(公然実施をされた発明)
公然知られうる状況で実施された発明(実施品販売が典型)
(ウ) 刊行物公知発明(刊行物に記載された発明)
公衆に公開する目的で複製された文書等に記載された発明
*侵害論のイ号特定と対応するプロセスであり、提出した文献(引
5
6
「発明」であって「特許発明」ではないので、特許性を備えている必要はない。
論理的には最初に、対象特許発明の内容を確定するべく構成要件の解釈が問題となるは
ずであるが、実際問題としては、解釈は対比の部分で顕在化することが多い。このあた
りの事情は侵害論と同じである。
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用例)中にどのような発明が記載されているか(=引用発明として
何を主張するのか)を特定する。その際には技術常識の参酌が認め
られ、例えば、明示的記載がなくとも、技術常識に照らして「記載
されているに等しい事項」も引用発明の内容となる(資料3参照)。
ウ 対比
アとイを対比して検討し7、内容が同一であれば8新規性が欠ける。
エ 特殊なケース(用途限定記載があるクレーム)
(ア) 原則
明細書記載や技術常識等も考慮して、用途限定がその用途に特に適
した物を意味すると理解できる場合は、当該クレームはその「特に適
した物」を指すと限定的に解釈する。特に適した物を意味するとは理
解できない場合は、用途限定記載は無視する。
(イ) 用途発明に該当する場合
公知物であっても、当該物の未知の属性を発見し、その属性により、
その物が新たな用途に適することを見いだしたことに基づく発明(用
途発明)といえる場合には、物の発明として新規性を有しうる9。
(2)
進歩性(法 29 条 2 項)
既存の発明から容易に導ける発明は特許にならないとの要件。具体的
な主張の手順は以下の通りで、対比までは新規性と同じである。
ア 対象特許発明の内容を主張
イ 引用発明を主張
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引用発明の構成が特許の構成要件全てにあてはまればアウトという判断であって、侵害論
におけるあてはめと同じ作業であるから、ここでも構成要件の文言解釈(クレーム解釈)
が問題となり、その際の解釈の原則は基本的に侵害論の場合と同じである。但し、明細書
の参酌に関して若干の制限があり、
「クレームが広すぎてそのままでは無効のはず。よって
○○と限定して解釈すべき」といった種類の参酌は許されない(リパーゼ事件最高裁判例)。
8
同一か否かは、侵害論のあてはめと同じ作業であり、引用発明の構成が特許の文言の範囲
に含まれるか否か(特許≧引用発明か否か)で判断する。例えば、特許が「乗物」のとき、
引用発明(先行発明)が「自転車」であればアウト(同一)であるが、逆に、特許が「自
転車」のとき、引用発明として「乗物」があっても、これはセーフである(次の進歩性で
アウトになるかもしれないが)。
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近時判例によれば、本文の条件をクリアしても直ちに新規性は肯定されず、もう一段絞り
があり、「当該用途の新規とされる内容、意義及び有用性、発明として保護した場合の第三
者に与える影響、公益等の調和等を個々的具体的に検討し…技術的思想の創作として高度
のものと評価されるか否かの観点から判断する」とされる(知財高裁平 23.3.23、スーパー
オキサイドアニオン事件)。これまで自由に使えた公知物を特定人の権利に服させるため、
その社会的な影響を考慮せざるを得ないというわけである。
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対比(アとイを対比して相違点を抽出)
エ 論理付け
他の引用発明(副引用例)や技術常識を示す資料等を提出し、それ
らを参照すれば、出願当時の当業者が、主引用発明から出発して対象特
許発明に容易にたどり着けた(相違点を埋められた)ことを論証する。
(ア) 設計事項等
技術常識に基づく単なる「設計変更」や「単なる寄せ集め10」によ
って相違点が埋まるなら、単にその旨を主張する。
(イ) 動機付け
相違点に係る構成(類似する構成)を開示する副引用例や技術常識
を示す文献を挙げ、主引用発明にそれらを適用すれば相違点が埋まる
こと、そうした適用が当業者にとって容易であったことを、以下の観
点から論証する。
a 技術分野の関連性
b 課題の共通性
c 作用・機能の共通性
d 引用発明中の示唆
オ 特許権者側の反論
(ア) 引用発明に比較した有利な効果
上記(ア)(イ)に共通する反論として、
「実際に設計変更してみたり、
従たる引用例を適用してみたら、予想も付かない大きな効果があっ
た」という場合は、実際にやらなければそれを見つけることは難し
かっただろうというわけで、進歩性が否定されなくなる。
(イ) 阻害要因
上記(イ)の動機付けへの反論として、主引用例に副引用例等を適
用することを阻害する事由(両者を組み合わせると、主引用例の発
明の技術的な前提が破綻したり、マイナスの効果が予想されたりす
る等)があった場合は、結局容易想到性(進歩性)は否定される。
ウ
以
上
「単なる寄せ集め」というのは、特許発明の構成が A+B+C のときに、引用例1に A+B
が、引用例 2 に C が記載されており、かつ両者を組み合わせることに特段の意味がない(組
み合わせても単なる組み合わせを超える特別な効果が生じない)場合をいう。引用発明1
が「三角翼付き飛行機」
、引用発明2が「飛行機用ロケットエンジン」
、特許発明が「三角
翼及びロケットエンジン付き飛行機」で、三角翼とロケットエンジンを組み合わせること
に特段の効果がないような場合である。実際には複数の引用例がそのようなきれいな組み
合わせとなっていることは少なく、
(イ)の動機付けで論証していくことが多い。
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