ホイスラーモードサイクロトロン 共鳴電子の相対論的運動方程式

ホイスラーモードサイクロトロン共鳴電子の相対論的運動方程式
ホイスラーモードサイクロトロン
共鳴電子の相対論的運動方程式
池 田 愼
1.序論
地球磁気圏内の単色ホイスラー波は、ドップラーシフトしたサイクロト
ロン共鳴相互作用により、サイドバンド波を生成すると考えられている1),2)。
このサイドバンド生成共鳴電子はホイスラーモード波の位相ポテンシャル
内に捕捉されていない非捕捉電子である可能性があり、位相図上のセパラ
トリックスから外側に、あるギャップをもった軌道上を運動している。こ
れらの共鳴電子のエネルギーについて、Sonwalkar et al.(1997)3)、Ikeda
(2002)4)は言及しており、磁力線方向の共鳴エネルギーは Ez = 0.3keV ∼
1.0keV、磁力線に垂直方向のエネルギーは、E⊥= 0.6keV ∼ 11.0keV であ
った。特にこの論文において、サイプル信号のVLF波の多点観測から、
共鳴電子雲の磁力線に垂直方向のエネルギーは、E⊥=∼ 12keV であると
推定される[Ikeda et al.(1988)]5)。
これまで、この範囲の電子は、ホイスラーモード波との波動―粒子相互
作用に関して非相対論的取扱をされてきたが、改めて相対論的取扱が必要
かどうか検討する必要があろう。何故ならローレンツファクター は、
1) 池田 愼、武蔵大学人文学会雑誌、第 33 巻、第 2 ・ 3 号、裏P 164(2002)
2) 池田 愼、武蔵大学人文学会雑誌、第 34 巻、第 4 号、裏P 170(2003)
3) Vikas S. Sonwalkar, D. L. Carpenter, R. A. Helliwell, M. Walt, U. S. Inan, D. L. Caudle,
and M. Ikeda, J. Geophys. Res., 102, P14363(1997)
4) M Ikeda, Indian J. Radio & Space Phys., 31, P121(2002)
5) M. Ikeda, K. Tsuruda, and S. Machida, J. Geomag. Geoelectr., 40, P227(1988)
(1)
武蔵大学人文学会雑誌 37 巻 1 号
1+
E^ + Ez
ª 1.01 程ではあるが、サイドバンド波の生成に関して重要なセ
m0 c 2
パラトリックス近傍では、相対論的効果が微妙に出現する可能性があるか
らである。ただし m0 は電子の静止質量、c は光の速さである。
この論文では、サイドバンド波生成に対する相対論的効果を検討するの
に先立ち、ホイスラーモードサイクロトロン共鳴座標系における電子の相
対論的運動方程式を定式化する事を試み、いくつかの計算例も紹介する。
2.共鳴電子エネルギーの推定
1979 年にカナダケベック州で行われた南極サイプル信号の多点観測に
よって、その VLF 信号の電離圏からの出口が推定された。その解析から
磁気圏内の電子雲のドリフト速度が見積もられる。地上レベルで、そのド
リフト速度は約 20 ㎞/分であった[Ikeda et al.(1988)]5)。バウンス平均
された赤道上での電子雲の B ドリフト角速度
dj
は、次式で近似され
dt
る 6)。
dj
3
1
=
Lg(a )( mV 2 )
dt
eB0 a 2
2
(1)
ただし、a は地球半径
(6.4 × 106 m)
、B0 は赤道面磁場で、3.12 × 10−5Wb/m2、
L は L=4.1、e は電荷量(1.6 × 10 − 19 クーロン)である。さらにピッチ角 の関数 g()は次式で与えられると考える。
g(a ) ª 0.7 + 0.3 sin a
(2)
したがって、赤道面上でのドリフト速度 Ve q は、
Veq = La
dj
dt
(3)
6) J. G. Roederer, "Dynamics of Geomagnetic Trapped Radiation", Springer -Verlag, P57,
(1970)
(2)
ホイスラーモードサイクロトロン共鳴電子の相対論的運動方程式
で与えられ、ダイポール磁場として地球磁場を近似すれば、地上でのドリ
フト速度 Vg は、磁気緯度θ= 60.4 °として、
Vg = a cosq
dj
dt
(4)
となる。結果的に Vg = 20 ㎞/min とすると、
(4)より、
Vg
dj
=
ª 1.1 ¥ 10 -4 / sec
dt
a cos J
(5)
さらに、ピッチ角 = 55 °と仮定すると、(1)より
1
eB0 a 2 dj
mV 2 =
ª 12 keV
2
3 Lg(a ) dt
(6)
となる。
同じような方法で、ドリフトとホイスラーモードサイクロトロン共鳴を
考慮する事により、電子のエネルギー(E)とピッチ角()が、E = 0.6keV
から 11.0keV、 = 40 °から 80 °であるという結果が得られている3)。
この場合のローレンツファクター =(1 + E / m0 c2 )は、1.01 から 1.03
程度にしかならない。 が 1 に十分近ければ相対論的効果は大きく現われ
ないが、この場合は一般的に相対論的効果は無視できる。確かにそうであ
ろうか。非捕捉粒子が共鳴によりセパラトリックス近傍にある場合、散乱
に対する相対論の影響が顕著に現われる可能性があり、それはサイドバン
ドの周波数のギャップに影響を与えるだろう。そこで、この効果を検討す
るために、相対論を考慮したホイスラーモード共鳴電子の運動論方程式が
導出された。
3.相対論的運動方程式の導出
静止系でのホイスラーモード波と外部磁場の統合電磁場を Fij で表わす
と、地球に固定した静止系での相対論的運動方程式は、次のように表わさ
れる。
(3)
武蔵大学人文学会雑誌 37 巻 1 号
d
Pi = -eFij v j
dt
(7)
ただし、4 元運動量、4 元速度、ローレンツファクター は次のように表
わされる。
Pj = (im0gc, m0gVx , m0gVy , m0gVz )
(8)
v j = (igc, gVx , gVy , gVz )
(9)
g =
b=
1
(10)
1- b2
1
Vx2 + Vy2 + Vz2
c
(11)
Vx,Vy,Vz は静止系での電子の速度であり、t は固有時間である。i は虚数
単位である。静止系での座標系は図 1 に示されている。静止系でのサイク
ロトロン共鳴条件は、特殊相対性理論を考慮すると次のようになる。
図 1 静止系での座標系
ξ=(φ+π)―(ωt−kz)
y
V⊥
φ
b
ωt−kz
x
ξ
φ+π
w - kVz -
1
W0 = 0
g
(12)
上式は、静止系での近似式と考えられるが、この論文では最初の試みとし
(4)
ホイスラーモードサイクロトロン共鳴電子の相対論的運動方程式
て、(12)の共鳴条件を使用する。波動の進行方向と共鳴電子の速度方向
は逆向きなので、
w + kVR =
1
W0
g
(13)
したがって、
1
W0 - w
g
VR =
>0
k
(14)
静止系での、それぞれの速度間の関係は図 2 に示されている。静止系から、
電子のガイディングセンターの速度 Vz で動く慣性系(g系)へのローレン
ツ変換 Lg は次のように表わされる。
Ê gg
Á 0
Lg = Á
Á 0
Á ib g
Ë g g
0
1
0
0
0 -ib gg g ˆ
0
0 ˜
˜
1
0 ˜
0
g g ˜¯
(15)
ただし、
bg =
gg =
Vz
c
(16)
1
(17)
1 - b g2
図 2 静止系での速度の表示
y
( g系guiding center系 )
k
VZ
z
B0
O
静止系
VR
( R系 共鳴座標系 )
X
(5)
武蔵大学人文学会雑誌 37 巻 1 号
g系から見た共鳴速度 VgR は、z軸方向に進む速度として、次のように表
わされる。
VgR =
Vz + VR
VV
1+ z 2R
c
(18)
ここでさらに、g系から共鳴速度で動くR系に移るローレンツ変換を考え
ると、次のように表わされる。
Ê g gR
Á
0
LgR = Á
0
Á
Á -ib g
Ë
gR gR
0
1
0
0
0 ib Rgg gR ˆ
0
0 ˜
˜
1
0 ˜
0
g gR ˜¯
(19)
ただし、
V
1 Vz + VR
b gR = gR =
c
c 1 + Vz VR
c2
g gR =
(20)
1
(21)
2
1 - b gR
したがって、運動方程式(7)は次のように書き換えられる。
d
Pi = -eFij L-g1 L-gR1 LgR Lg v j
dt
= -eFij L-g1 L-gR1 U j
(22)
R 系で見た四元速度 Uj は次のように表わされる。
U j = LgR Lg v j
(23)
さらに固有時 t は静止系の時間 t で表わすと、
dt =
1
dt
g
(24)
静止系での統合電磁場 Fi j は次のように表わされる。
(6)
ホイスラーモードサイクロトロン共鳴電子の相対論的運動方程式
Ê
0
Á
Á Ex
Á -i
Fij = Á Ec
Á -i y
Á c
ÁÁ -i Ez
Ë c
i
Ex
c
0
i
Ey
c
Bz
- Bz
0
By
- Bx
Ez ˆ
c˜
˜
- By ˜
˜
Bx ˜
˜
0 ˜˜
¯
i
(25)
さらに、共鳴電子の座標系Rでの速度 Uj は次のように表わされる。この
時のローレンツファクターを u とすると、
U j = (ig u c, g uU x , g uU y , g uUz )
(26)
方程式(23)より
gu =
g gRg
gg
(27)
Ux =
gg
Vx
g gR
(28)
Uy =
gg
Vy
g gR
(29)
Vz + VR
VV
1+ z 2R
c
(30)
Uz =
となる。さらに、静止系での電磁場を右回り円偏波として次のように表現
する。
Ex =
r r
w
b sin(w t - k ◊ r )
k
Ey = -
(31)
r r
w
b cos(w t - k ◊ r )
k
(32)
Ez = 0
(33)
(7)
武蔵大学人文学会雑誌 37 巻 1 号
r r
Bx = b cos(w t - k ◊ r )
(34)
r r
By = b sin(w t - k ◊ r )
(35)
Bz = B0
(36)
この結果、方程式(22)は次のような 4 個の方程式で表わされる。
r r
d
W
1 dg
w
V^ = w (Vz - )sin(w t - k ◊ r - j ) - V^
dt
k
dt
g
g
(37)
r r
d
W g
1 dg
Vz = - w 2 u U^ sin(w t - k ◊ r - j ) - Vz
dt
g
g
dt
(38)
w
È
˘
Vz r r
˙
d
1Í
k
j = ÍW 0 - Ww
cos(w t - k ◊ r - j )˙
dt
V^
g
Í
˙
Î
˚
(39)
r r
d
w U^
g = - Ww g u
sin(w t - k ◊ r - j )
dt
ck c
(40)
上式において、 j は静止系における速度ベクトルの位相である。
Ww =
eb
eB0
は波動磁場 b に対するサイクロトロン角振動数であり、 W 0 =
m
m
は外部磁場 B0 に対するサイクロトロン角振動数である。さらに、
Vx = V^ cos j
(41)
Vy = V^ sin j
(42)
gg
V^
g gR
(43)
U^ =
とした。ここで、 j から x に変数変換する。
r r
x = j - (w t - k ◊ r ) + p
(44)
この時、方程式(37)∼(40)は次のように変換される。
(8)
ホイスラーモードサイクロトロン共鳴電子の相対論的運動方程式
d
W
W
w
w U^
V^ = w (Vz - )sin x + w g u
V^ sin x
dt
k
ck c
g
g
(45)
d
g
g w U^
Vz = -Ww u2 U^ sin x + Ww u
Vz sin x
dt
g
g ck c
(46)
d
VV
W
x = kUz (1 + z 2 R ) + w
dt
c
g
Vz V^
w
k cos x
(47)
d
w U^
g = - Ww g u
sin x
dt
ck c
(48)
これらの方程式系(45)∼(48)を使って、共鳴座標系における軌道を求め
なければならない。
4.計算パラメータと結果
数値計算で使われたパラメータは次に示される。いずれも静止系での数
値である。
キャリアー信号の周波数 f =
w
2p
2.5kHz
キャリアー信号の飽和振幅磁場 b
11m 地球磁場強度 B0
245 コールド電子密度
250/cc
共鳴電子の地球磁場に垂直な速度 U⊥
6.0×107m/s(約 10.2keV)
共鳴電子の地球磁場に平行な速度 Uz
−1.216×107m/s(約 0.42keV)
から
7
−1.26×10 m/s(約 0.45keV)
上記共鳴電子の地球磁場に平行な速度の「−」符号は、図 2 から分かる
ように、ホイスラーモード波の進行方向(+ 方向)と逆向きに共鳴電子が
進行している事を意味している。又、非相対論的な方程式系1)、2)は、方程
式(45)から(48)において、
(9)
武蔵大学人文学会雑誌 37 巻 1 号
g = g u = g g = g gR = 1
(49)
cƕ
(50)
とおいて得られる。
図 3 共鳴座標系における相対論的共鳴電子の
(静止系)
時間―位相変化
180.00
90.00
0.00
Vz0=−1.216d7
XI(deg)
−90.00
Vz0=−1.2175d7
−180.00
Vz0=−1.23d7
−270.00
Vz0=−1.25d7
−360.00
0.000
0.002
0.004
0.006
0.008
0.010
TIME(sec)
図 4 共鳴座標系における非相対論的共鳴電子の
(静止系)
時間―位相変化
180.00
90.00
Vz0=−1.23d7
0.00
XI(deg)
−90.00
Vz0=−1.25d7
−180.00
Vz0=−1.26d7
−270.00
−360.00
0.000
0.002
0.004
TIME(sec)
(10)
0.006
0.008
0.010
ホイスラーモードサイクロトロン共鳴電子の相対論的運動方程式
図 3 から図 6 に、相対論的方程式(45)―(48)と、非相対論的方程式か
ら得られた結果の比較を示した。静止系における時間 t = 0 を、計算の開
始時刻とする。静止系における磁場に平行な初期速度 Vz 0 をパラメータと
して、共鳴座標系における位相 x を、静止系の時間に対してプロットした。
図 3 が、その相対論的方程式系による結果で、図 4 が非相対論的方程式系
による結果である。図 3 から、相対論的な効果を考慮すると、セパラトリ
ックスは Vz 0 =− 1.2175d7 と− 1.216d7 の間になるが、相対論的効果を考
慮しない場合は、図 4 からセパラトリックスは V z 0 =− 1.26d7 と−
1.25d7 の間になる。つまりセパラトリックスの下限は、相対論的な効果
を考慮すると、絶対値が小さくなる。これは、方程式(14)より、共鳴速
度の絶対値が ( > 1)の効果により小さくなった事に対応している。その
大きさは 0.05d7 の減少に対応し、その減少分は 4 %にも達している。2
章で示したように、これは の変化率(1 %∼ 3 %)より大きい。すべての
パラメータ計算は将来の研究課題ではあるが、この違いは意外に大きく、
相対論的な計算を無視する事は難しいと思われる。
図 5 共鳴座標系における相対論的共鳴電子の位相図
(UZ ―ξ(XI))
6.00E+05
4.00E+05
Uz( m/sec)
Vz0=−1.215d7
2.00E+05
0.00E+00
位相バンチング
Vz0=−1.2175d7
−2.00E+05
Vz0=−1.22d7
−4.00E+05
−6.00E+05
−240
−210
−180
−150
−120
XI(deg)
(11)
−90
−60
−30
0
武蔵大学人文学会雑誌 37 巻 1 号
図 6 共鳴座標系における非相対論的共鳴電子の位相図
(UZ ―ξ(XI))
6.00E+05
Uz( m/sec)
4.00E+05
Vz0=−1.255d7
2.00E+05
位相バンチング
0.00E+00
−2.00E+05
Vz0=−1.26d7
−4.00E+05
−6.00E+05
−240
−210
−180
−150
−120
−90
−60
−30
0
XI(deg)
図 5 と図 6 には、共鳴座標系における相対論的共鳴電子の位相図(Uz ―
x(XI))
と、共鳴座標系における非相対論的共鳴電子の位相図
(Uz ― x(XI))
が、それぞれ示されている。セパラトリックスはいずれも共鳴速度 VR を
中心としたほぼ同じ速度範囲を示しており、共鳴電子はいずれも±
4.02E+05 の Uz の範囲で捕捉されている事が分かる。その外側の電子の軌
道が非捕捉電子を表している。軌道を表す点は等時間(静止系)でプロッ
トされており、± 180 °で位相バンチングが生じていることが見て取れる。
相対論的効果を考慮すると、慣性の影響が重要になるため、位相バンチン
グの影響は一層重要になると考えられる。したがって、サイドバンド電流
に対して相対論的効果は有効である事が想像される。
以上の図 3 から図 6 の結果を考慮すると、共鳴電子のエネルギーが
10keV 程であっても、サイドバンド電流に対する特殊相対性理論の効果
は無視できない事が予想される。もちろん、使われたこれらの相対論的方
程式系(45)から(48)は、共鳴電子のエネルギーが 0.75keV であっても適
用できる。今後、ホイスラーモードサイドバンド電流の計算を行う際には、
これらの方程式系を使用することが必要と思われる。
(12)
ホイスラーモードサイクロトロン共鳴電子の相対論的運動方程式
謝辞
この研究は、筆者が武蔵大学特別研究員として、2002 年から 2003 年に
かけて国立極地研究所に滞在し、計算機を使いながら発展させたものです。
国立極地研究所の多くの方々に感謝の意を表したいと思います。又、イギ
リス、ケンブリッジ大学 British Antarctic Survey の Andy Smith 博士、
サザンプトン大学 D. Nunn 教授 には貴重なアドバイスと問題点を指摘し
て頂き、大変感謝致しております。又インド、F.G.M. Government
College の Dinesh Pal Singh 博士からは、現在でも激励を頂き、深く感謝
致しております。さらに、この期間中、筆者をカナダでの素晴らしいオー
ロラ観測に誘って下さった文部省宇宙科学研究所鶴田浩一郎名誉教授には、
心から御礼申し上げます。最後に、特別研究員に推薦し、なかなか研究が
はかどらない筆者を多くの点で支えて下さった武蔵大学の学生、教員、ス
タッフの皆様に心から感謝申し上げます。有難うございました。
(2005 年 5 月 19 日 受理)
(13)