第2 教育研究団体の意見・評価 日本独文学会ドイツ語教育部会

第2 教育研究団体の意見・評価
○ 日本独文学会ドイツ語教育部会
(代表者 平高 史也
会員数 約 700 名)
TEL 03-5950-1147
1 前
文
今回のドイツ語受験者は、昨年を30名下回り、平成2年以来初めて100名を切る結果となった。これ
には、平成13年度以来フランス語や中国語、韓国語など他の英語以外の外国語試験の平均点と比して
ドイツ語の平均点が著しく低いまま推移していることも関係があろう。昨年度の平均点は50点を僅か
に上回る程度で、フランス語70.63点、中国語75.15点、韓国語82.70点とはいずれも大きな隔たりが
あったが、今年度もドイツ語の55.49点は、フランス語と10点、中国語と20点、韓国語とは実に30点の
差がある。韓国語の平均点の高さには日本固有の社会的な要因が作用しているとしても、ドイツ語の
平均点の低さは際立っている。昨年度の『問題作成部会の見解』
(以下『部会見解』
)で述べられてい
る、作題に際して60点を目指さねばならないという「平均点をめぐる議論が一層激しさを増すだろう」
という意見は実現しなかったのであろうか。いずれにしても、平均点が示しているように、今回の試
験は受験者にとって難易度の高いものであり、高等学校等でのドイツ語教育の実情に良く即したもの
とは言いがたい。この点については最後の「まとめ」で再度述べる。
2 試験問題の程度・設問数・配点・形式等
本試験、追試験ともに、昨年度の評価委員会報告で触れられていた分量や語彙の問題点が改善され
たとは言いがたい。フランス語や中国語、韓国語に比して全体の分量が多く、密度が高いため、
「まと
め」で述べる状況下でドイツ語を学習している受験者にとって負担が過度であることは一目瞭然であ
る。また、使用語彙についていくつかの独和辞書において最重要語とされる 2,800 語程度の基礎語彙
をデータベースとして分析しても、使用語彙中の重複語彙を1語と数えてすら、本試験、追試験共に
約 20%の語彙が基礎語彙を逸脱しているという結果となった。
「まとめ」で触れている日本独文学会の
研究によれば、問題作成部会が想定する週2コマ3年間の学習が行われた場合でも、3年間で習得可
能とされる学習語彙は 2,100 語程度であるから、これに照らせば上述の基礎の範囲を逸脱する語彙数
はもっと多くなる。このような事実からも、昨年度の『部会見解』で言及された「センター試験使用
語彙集」の早急な策定と公開、あるいは最重要語データベースなどを用いての出題文の語彙チェック
と、それに基づく難易度の高い語彙に関するヒントの挿入、あるいは出題文の加工などが望まれる。
設問数は他の外国語と比して多くはないが、密度として見た場合、例えば長文問題の行数が昨年度
よりも更に増え、フランス語の 22 行に対してドイツ語では 50 行に及ぶ。行数の多さが即ち難易度の
高さに直結するとは言えないまでも、限られた時間の中では受験者の心理にとって有意味な違いと言
え、公平性の問題にもつながる。また、他の外国語の出題でも見られることであるが、最初に発音な
どの比較的負担の少ない設問があり、最後に最も集中力を要求する長文問題を置くという配置にも一
考の余地がある。特に今回のように長文問題が法律に関連するような精読を求めるものである場合、
これを時間や思考力に余裕のある前段階に置くということが受験者の能力をより良く判断することに
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つながると考えられる。なお、試験問題の評価に欠かせぬ資料である正答率の集計が今回の評価依頼
には添付されていなかったが、これは評価が不当に厳しくなったり、逆に楽観的な評価を下すことに
結びつき得るので、一考を望みたい。
第1問 全体には基本語彙の範囲がほとんどで、レベル的にも適当である。
問1から問3までは、語彙も標準的で、良問と言える。
問4 正答 Onkel の複数形を学習することはあまりない。また誤答 Wand の複数形は一層学習圏
外の語彙であろう。
問5から問8も基礎知識の範囲内である。
問9 in acht Tagen は、教材によって学習される場合とされない場合の差が大きいと思われる。
第2問 文法問題と、語彙、語用の知識を問う問題が組み合わされており、焦点が絞れない受験者
は戸惑う。文法は重要であり、初学者の力を試すのにも適切な分野であるから、もう少し文法そ
のものに焦点を絞り、配点(23%)を上げる出題であってもよいのではないか。
A 全体に高校生対象としては特に語用論的なレベル設定が高すぎる。
問1 entfernt に前置詞 von がつくということは、entfernt という語に固有の問題であって、
前置詞全体の中では細かなことに属する。
問2 所有冠詞の名詞的用法はやや高度であり、もう少し基本的なことを問うてもよかったので
はないか。
問3 関係代名詞そのものを問うことに止めるべきで、begegnen が 3 格補足語を要求すること
は絡めないほうがよい。
問4 語彙の問題としては出題してもいいのかもしれないが、細かいことを聞きすぎている感じ
がする。
問5 受動態と stehlen+3格補足語という用法の双方を問うているが、受動態そのものをもっ
と素直に問うことができたはずである。
問6 問4と同じことが言える。所有冠詞、関係代名詞、受動態というような重要な文法事項が
並ぶ中にこのような問題が置かれるのは、不釣合いな印象を受ける。
問7 比較的素直な文法問題で、全体的にこのレベルの事柄を問う方が適切である。
問8 「4格(を) für wichtig halten」という熟語知識を問うているが、それならば zu 不定詞句
ではなく4格名詞を目的語とした方が焦点が明瞭になるであろう。
問9 高校生が学習する文章レベルで「im Rahmen + 2格」が特に重要な表現とは考え難い。
Rahmen が「枠」という意味を持つので、他の名詞よりはここに適しているだろう、という程
度の判断で選ぶしかないであろう。
B 以前から指摘されていることであるが、不適切なものを選ばせる設問は建設的とは言いがた
い。適切なものを選ばせる設問のほうが良い。
C 問1以外は問題点が多い。
問1 点数をとらせる問題としてはこの程度の難易度がよい。
問2 最上級についての基本的学習の範囲には入らないと思われる設問である。
問3 sein+zu 不定詞は文法事項として出てくるが、難易度は低くないので、それだけでも一問
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となり得る。umsonst、garantieren、geschenkt bekommen 等の難しいレベルの語句が並び、
選択肢の文章も不必要に長く、受験者レベルを無視した設問である。
D このような基本動詞の機能動詞的用法はかなり高レベルで、類推を可能にする文脈がないの
で特に難しい。
E Metall、zum Schneiden などから解答は絞られるが、キーワードである Klinge は基本語彙
ではない。mit einer Klinge が決定的なヒントであるので、正確な知識でなく、当て推量に
頼った正解が多くでることが危惧される。
第3問 五つの会話について状況と内容の理解を問う設問が9題あり、配点は全体の 27%である。
難易度の高い語彙は比較的少ないが、最後のEは精読を求める長文解釈に近く、自然な会話の内
容理解を問うとは言い難い。また、ドイツ語平均点が大幅に下がった平成 13 年度から今回までの
会話文行数は常に 70 行以上(今回は本試験 77 行、追試験 78 行)で、それ以前の 40 行台と量的
な差が大きいことが受験者の負担となっていることは明らかであり、
思い切った改善が望まれる。
フランス語等では行われていない目的言語による設問が必要であるかという、高等学校側教員の
意見としても以前より疑問が呈されている点が今回も残ったのは何故であろうか。更に、選択肢
の文章の長さが長く、これも全体的に負担を増大している。
A 課題文は比較的易しく、正解選択肢④も比較的容易な文章であるが、正答に至る三つの選択
肢に sich verhalten、Rauchverbotschild など、基礎語彙範囲を超えるものが含まれるのは望
ましくない。
B 「困難な」という意味での schwer が正答に至るキーワードになっているのが難しさを生ん
でいると思われる。
C 文章の長さ、選択肢ともに難易度として適当であり、良問と言える。
D 話題にされている人物を入れて4人の登場人物がいることで、正確に内容を理解しようとす
る受験者の負担は低くない。
問1 設問の„Was ist bei
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am besten?“という言い方は高等学校ドイツ語で教える範囲外
だとの指摘があった。
問2 第2問でも指摘したが、不適切なものを選ばせる設問は建設的でなく、適切なものを選ば
せる設問のほうが良い。また、正答④が比較的選び易いのに、①や②のような名詞化形容詞を選
択肢として掲げる必要性が何故あるのであろうか。
問3 3人+1人の登場人物が混乱を招く。正答が最初にありながら、正確をきそうとして②か
ら④の選択肢と本文を比較しようとすればかなりの時間を費やすことになる。
E 長文解釈と言うべき問題であり、各設問とも本文を精読することが前提である。
問1 ト書きの Reisetasche もヒントではあるが、確実に答えるには 30 行の本文を 25 行目まで
読む必要があり、趣旨は簡単な問題であるのに負担は大きい。
問2 正答 Restaurantführer は基礎語彙範囲外であろう。
問3 選択肢の文章がいずれも長く、本文と比べながら確信を持って正答を特定するために要す
る時間がかなり必要となる。次に長文問題が控えていることを意識する受験者に対して、この
段階でこれだけの負担を課せば不要な焦りを招き、本来の実力の発揮を阻害することが懸念さ
れる。
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第4問 子供の名前の付け方と、結婚した場合の夫婦の姓について、ドイツ以外のケースにも言及
しながらドイツの状況を述べた 50 行の文章である。論理的な内容で、テーマとしても高校生に十
分理解できるものであり、語数などからは昨年に比して量的にやや減っている。しかし、前文で
触れた基礎語彙辞書との比較では、基礎語彙の範囲を超えるものが他の問題に比べて圧倒的に多
い。本文から判断して正しい命名を選ばせる問題などをはじめとして、課題文を細かくきちんと
理解しなければ答えられない設問では、語彙の難しさは受験者にとっては致命的である。全配点
中の 37%を占める問題で、かつ受験者の疲労がピークを迎え、時間的な余裕もなくなる最後の問
題としては、昨年度の『部会見解』にある「受験者が解答時間 80 分に比べて読まなければならな
いドイツ語の文章が多すぎ・・・これらは改善する・・・」という意見が考慮されたものとは到底言い
難い。
問1
34
は、解答選択肢は平易な語彙と言えるが、文意を正しく理解するためのキーワード
となる本文中の ohne Einschränkung や zugelassen などはドイツ語能力検定試験3級、あ
るいは 2,000 語程度の基礎語彙には含まれない。本文の出だし部分に設けられた空欄としては
適切とは言えない。
問2
35
は、前段を正しく理解していれば容易に解答できるが、ここでも gesetzliche
Einschränkung や、後の段落にも現れる Kindeswohl、あるいは sich aus ... ergeben など、
難易度の高い語彙、熟語が目立つ。
問3
36
を含む部分でも、本文中の語彙は基礎語彙には属さないものが多く、更に冠飾句に
よる形容など文法的にも難易度の高い要素があるが、選択肢から前文との関係の可能性を類推
できるとも言える。ただし、選択肢に versagen のような語彙レベルも用法も難易度の高いも
のが掲げられているのはいかがであろうか。
問4
37
に答えるには、語彙面でも文法面でも難易度の高い前文の句 zur Kennzeichnung
ihrer Träger ungeeignete Bezeichnungen を理解できる必要があるが、文脈がある程度分かれ
ば消去法で正答にたどり着ける可能性もあり、正しい読みを問うという意味では良問とは言い
がたい。
問5
38
では、手がかりとして Ausrufen、böse、Tier-などがあり、比較的容易に正答を見
つけられる筈だが、 c
の正答 Möwe は恐らくほとんどの受験者にとって未知の語彙であり、
三つの選択肢で残ったものとして選んでいると考えられる。
問6
39
は、可能性の高い選択肢 Erstere、Letztere が全体のどの部分を受けるかを、段落
2行目以下の geschlechtsneutrale Namen から判断する必要があり、正確な読みが必要とさ
れるだけに難易度は低くない。
問7
40
は、設問
39
を含む段落の理解を問うており、既に設問を含む段落に二つ目の設
問が設けられていることになるが、 39
が分からなくとも判断は可能であり、当該段落にあ
る手がかりから正答に到るのは困難ではない。内容を理解した上でそれを応用する力が問われ
る良問と言える。
問8
41
も文章理解とその応用を趣旨とした設問で、課題部分の文章もほぼ基礎的な語彙範
囲からなる良問である。
問9
42
も、選択肢は基礎語彙範囲であり、文脈からも誤答が排除される良問である。
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問10
43
は、続く文章の論旨から、夫婦別姓の容認を意味する語句が入ることが明らかで、
容易に正答に到る筈の問題であるが、選択肢にある熟語 aufs Neueや、berechtigtなどは基礎
語彙範囲とは言えない。
問11
44
は問7や問8と同様、理解した文章内容を応用し、あり得る別姓のケースを問う問
題であるが、選択肢の日本語文が事柄の性質もあって非常に紛らわしく、かなりの集中を要求
する。論理的思考力を問う応用問題という趣旨は理解できるが、そのような能力を正しく判断
するためにも80分としては大分量の試験での最後から2番目にこのような問題を配置するこ
とは望ましくない。
問12 標準的な形式で内容理解を問う選択文問題であるが、問11についてと同様の理由で、せめ
て①から⑥の選択肢が課題文の何段落目に関連するのかを明示するというような、Zertifikatな
どでは一般的に行われてきた形のヒントを与え、受験者に多少とも余裕を持たせることで、そ
の能力をより正しく判断するということが検討されて良いと考える。
3 ま
と
め
最後に、前文で触れた問題作成部会の持つ高等学校でのドイツ語授業の現状認識の問題点について
触れておきたい。昨年度の『部会見解』には、高等学校のドイツ語授業が「大学の時間数で週2コマ
3年間で終了というのが一般的」とある。しかし、平成 12 年度日本独文学会春季学会におけるドイツ
語教育部会によるシンポジウムでの調査発表によれば、現在ドイツ語科目を開講している高等学校は
約 120 校あるが、大半の公立・私立高校で自由選択の第2外国語として1年間または2年間、2ない
し4単位科目として、1・2年次で学習されており、大学と高等学校の単位時間の差を考慮すると、
大学の時間数に換算して最大でも週2コマで1年間の学習に留まる。従って、ドイツ語技能検定試験
が想定する4級レベルにプラス・アルファ程度の学習歴となる。一方でドイツ語入試を実施している
大学の出題者はその8割近くが受験者のドイツ語学習歴を「2外3年間」、あるいは「1外3年間」
そ
と想定している、という両者の齟語も同調査の中で明らかにされている。受験のために課外で学習す
ることを想定しても、50 分授業を週2時間で2年間、第2外国語として学習するというレベルが想定
できる最高レベルである。また、昨年度も指摘されているように、受験者中には帰国子女等も含まれ
ており、これが平均点を押し上げていることが考えられる。従って、平均点のみでセンター試験が本
来対象としている高校生にとっての難易度を検討するのは危険であり、かつ不公平をも生み、ひいて
は高等学校でのドイツ語学習環境を危機にさらす。受験者の学習歴等の詳細が検討されるべきであろ
う。昨年度の『部会見解』が言及している「・・・優れた問題の作成に向けて」センターの出題委員には、
高等学校教員と率直な議論を交わし、高等学校でのドイツ語教育の実情をより正確に把握して頂くと
共に、受験者全般の実情の詳細な把握に努めることに一層力を注いで頂けるよう切に要望したい。
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