障害の理解 - 九州保健福祉大学 通信教育部

障害の理解
専門教育科目/2 単位/T授業
担当教員
藤田
■使用テキスト
英樹
小澤
温(編)
『介護福祉士養成テキストブック12
障害の理解』ミネルヴァ書房 2010
◆参考テキスト
中央法規出版編集部(編)『六訂
◆参考テキスト
社会福祉用語辞典』中央法規出版 2012
伊藤利之・京極高宣・坂本洋一・中村隆一・松井亮輔・三澤義一(編)
『リハビリテーシ
ョン事典』中央法規出版 2009
加藤正明・保崎秀夫・三浦四郎衛・大塚俊男・浅井昌弘(監)
『精神科ポケット辞典
新訂版』
弘文堂2006
講義概要・一般目標
(1) 講義概要
病気は生命に関わり、障害は生活環境への適応に関わる。障害とは、1)病気や怪我の治療後の後遺症、2)慢性
や進行性の病気、あるいは 3)加齢によって、心身の生理学的機能が低下して、日常生活や社会生活に支障が生じ
た状態である。障害には、①医学・リハビリテーションの側面と(障害の医学モデル)、②介護福祉・社会福祉
の側面(障害の生活モデル・社会モデル)の 2 つがある。この 2 つを統合しているのが、世界保健機関(WHO)
による国際生活機能分類―国際障害分類改訂版―(ICF)である。ICF では障害を 3 層(心身の生理学的な機能・
日常生活・社会生活)に分けて重層的に捉え、さらに環境因子を追加している。ICF の考え方では、障害者の日
常生活の制限や社会参加の制約は、心身の生理学的な機能障害だけで決まるのではなく、福祉用具やバリアフリ
ーなどの環境因子も影響するとしている(生活環境への適応=心身の生理学的機能×環境因子)
。
障害の医学的リハビリテーションでは、時間的には 1)急性期→2)回復期→3)維持期の順に進み、障害の心身機
能と生活領域は多面的で相互に繋がりがあるため、医学・リハビリテーション・介護福祉・社会福祉の異なる職
種が連携し協働することになり、そのためには障害を重層的(生理学・日常生活・社会生活)・多面的(心身機
能と生活領域)に理解する必要がある。
また、障害にはこのような客観的な側面だけでなく、障害者本人の主観的な側面もある。例として、1)障害受
容(自分で自分をどう思うか・受け入れがたいものをどのように受け入れるか)、2)QOL(主観的幸福感・生活
の質:人としてふさわしい暮らしをしているか・自分の暮らしに満足しているか)、3)個人中心計画(当事者の
主観的なニーズから出発する・自分は何をしてみたいのか)がある。さらに障害者本人だけでなく、身近な家族
にとっての障害という側面もあり(家族は他人ではなく、障害を自分のことのように思う)、ライフステージご
との発達課題に応じた家族支援(子どもは成長し、親は年をとる)も求められる。
つまり、障害者のリハビリテーションや自立支援では、1)障害によって低下した心身機能の回復のみならず、
2)障害によって失われた人間らしい暮らし(尊厳、生きがい、自己実現など)を回復させることも目標になる。
(2) 一般目標
障害について基礎的な以下の 5 つの点を、障害の 2 つの側面、すなわち①医学・リハビリテーションの側面(障
害の医学モデル)と②介護福祉・社会福祉の側面(障害の生活モデル・社会モデル)から、総合的に理解する。
1) 障害者福祉の思想・理念や法律、政策、国際動向についての歴史的展開(第 1 章)
2) 障害の 3 つの層(生理学・日常生活・社会生活)と環境因子(第 2 章)
3) リハビリテーションと福祉の多職種の連携と協働(第 3 章)
4) 障害受容などの障害の主観的側面(第 4 章)
5) 障害者の自立支援、および障害者の家族支援(第 3 章・第 5 章)
1
到達目標
1)
2)
3)
4)
5)
6)
7)
8)
9)
10)
11)
12)
障害者福祉の主要な思想や理念を説明できる。
障害者福祉の主要な法律や政策、国際動向の歴史的展開を説明できる。
各障害の心身機能(身体機能および精神機能)の医学的な内容を説明できる。
各障害の日常生活と社会参加のニーズを、①心身機能(機能障害)と②環境因子の相互作用として説明できる。
障害者の自立について、①日常生活(ADL の自立)
、②社会生活、③職業(経済的自立)、及び④自己決定(自
律)の 4 つの側面を説明できる。
障害者の日常生活について、①基本的 ADL と②手段的 ADL を説明できる。
障害者のバリアフリーについて、①物理的、②制度的、③文化・情報、④社会の意識のそれぞれを説明できる。
障害者の地域生活について、社会資源(フォーマル・インフォーマル)やソーシャルサポート(道具的・情緒
的)を説明できる。
障害者の自立支援について、障害者本人の問題解決力や自己決定力を高めるための、エンパワメントやピアサ
ポート、セルフヘルプグルールを説明できる。
障害者の自立支援における医療と福祉の異なる職種間の連携や協働を説明できる。
障害者とその家族の主観的な体験や障害受容(価値転換・ステージ理論)を説明できる。
障害者の家族支援とライフステージごとの発達課題(エリクソンの理論・生涯発達)を説明できる。
評価方法
科目単位認定試験により評価。
学習指導
第 1 章 障害の基礎的理解
この章のポイント
(1) 障害の医学モデルと社会モデル
障害には医学モデルと(生活モデルと)社会モデルがある。この 2 つ(3 つ)を統合しているのが、障害の国
際的なモデルである国際生活機能分類―国際障害分類改訂版―(ICF)である(5 頁 19 行)
。ICF では障害に関わ
るすべての要因が相互作用する複雑なモデルになるため、ICF は ICF だけを見ても良く理解できない。そこで改
訂元である国際障害分類(ICIDH)と比較して、共通点と相違点を明らかにする(相違点が ICF の特徴になる)。
共通点としては、ICIDH も ICF も、どちらも障害を 3 層(生理学・日常生活・社会生活)に分けていることであ
る。具体的には、1)生理学の層(ICIDH は機能障害・ICF は心身機能)
、2)日常生活の層(ICIDH は能力障害・ICF
は活動の制限)
、および 3)社会生活の層(ICIDH は社会的不利・ICF は参加の制約)となる(6~7 頁図 1-2、1-3)
。
しかし ICIDH にはない ICF の特徴として次の 3 点がある。1)環境因子を設定したこと(5 頁上 9 行)、2)機能障
害を起点とした一方向の因果関係の流れではなく(6 頁 9 行)
、相互作用を想定したこと(6 頁下 6 行)、および
3)障害というマイナス面だけに注目するのではなく、活動や参加など中立的な用語を使用して、プラスの面から
障害を捉えること(3 頁下 7 行、4 頁下 13 行、4 行)。ICF の考え方では、ICF の活動(の制限)は、機能障害と
環境因子の相互作用の結果であり(6 頁下 6 行)
、機能障害が日常生活の活動の制限となるか否かは環境次第でも
ある(4 頁下 6 行)
。逆に廃用症候群のように、骨折で入院することや避難生活など生活環境が変化して、ICF の
活動が減少することにより、心身機能の低下を引き起こすこともある(59 頁下 15 行)
。
(2) ノーマライゼーションとエンパワメント
過去の時代には、障害者(知的障害者)はノーマルから逸脱していると捉えられていた(15 頁下 15 行)
。その
ような時代に提唱されたノーマライゼーションの考え方は、それまでの価値観を根本的に変えるものであった
(16 頁 5 行)
。それは、ノーマルから逸脱した障害者をノーマルに近づけようとするのではなく、障害者もノー
マルな生活(同じ生活圏の多くの人が営む暮らし)ができるように、生活環境を提供することを提唱した(15
頁 9 行、15 頁下 1 行)。これは、障害者本人というより、障害が生じる環境条件を変えるという考え方といえる。
それに対して、障害者本人の力を高めようとすることがエンパワメントといえる。エンパワメントは、元は障
害者福祉の用語ではなく、アメリカの黒人差別の公民権運動におけるソーシャルワークから誕生した用語であ
る。障害のマイナスの面(できないこと)に注目する病理欠陥アプローチ(89 頁 3 行)やサービスを専門家主導
で決定することは、障害者の自信や主体性を奪い、依存的でパワレスな状態にする(18 頁下 9 行)。パワレスな
状態にある障害者の、自己決定や問題解決力を高める援助がエンパワメントである(17 頁下 3 行)。例として、
病理欠陥アプローチに対するものはストレングス・アプローチであり(18 頁下 17 行、89 頁 4 行)、障害者の持
っている強みに注目する。専門家主導の援助に対するものは、ピアサポートやセルフヘルプグループであり、
(192
頁 4 行)
、専門家ではなく当事者同士の助け合いによる問題解決を目指す(194 頁下 10 行)
。
2
(3) 自立と自己決定(自律)/リハビリテーションの機能回復訓練と全人間的復権
障害者の自立として、1)日常生活動作(ADL)
、2)社会生活、3)職業、及び 4)自己決定(自律)の 4 つがある。
現在の考え方では、日常生活動作の自立や職業の経済的自立というよりも、自己決定(自律)をさす(191 頁 14
行)。自己決定の自律とは人格的な自立であり、選択と自己決定を行うことによって、自分自身が生活の主体と
なり(138 頁下 5 行、191 頁 5 行)
、社会に参加することである(191 頁 7 行)
。障害者の自立を自己決定(自律)
と考えることは、1)人権(ノーマライゼ―ション)、2)自立生活運動(全面介助を必要とする運動障害)、3)ソー
シャルワーク(エンパワメントやセルフアドボカシー)の 3 つの流れを受けている(190 頁 7 行)。
リハビリテーションの原義は、医療の機能回復訓練ではなく、一度失った地位や財産、名誉を回復することで
ある(16 頁 8 行)。医療のリハビリテーションにおいて、障害によって低下した心身機能を訓練により回復させ
ることを治療的・代償的アプローチと呼び(17 頁下 14 行、140 頁下 10 行)、これは ADL の自立を目標とする。
それに対して、リハビリテーションを原義のように全人間的復権と考えると、機能回復訓練後の社会復帰におい
て、障害によって失われた人間らしく生きること(生きがい・役割・尊厳・QOL)を回復させることになる(17
頁 4 行)
。これはリハビリテーションの目的を ADL から QOL へ転換している(117 頁 12 行、191 頁 11 行)
。
(4) 人権思想と国際動向
人権とは、人が人らしく生きる権利のことである。国家が成立する以前の状態(自然状態)で、人が生まれな
がらにして有する権利を自然権といい、これがすべての根源に存在する(9 頁下 4 行)
。人権思想の初期には自由
権、すなわち個人の財産や幸福追求の自由を、国家の介入から守る権利が中心であった(10 頁 1 行)
。しかし、
自由な資本主義社会においては、市場経済の競争原理の中で、個人が人間にふさわしい生活を営むための生存権
が問題となった。生存権を保障する責任は国家にあるとして、国家に社会保障を求める権利が社会権であり、1919
年制定のドイツのワイマール憲法が最初である(10 頁下 5 行)
。
第二次大戦後、国連では人権を保障することが世界平和の礎になると考え、世界人権宣言が発せられた。これ
により、世界共通の普遍的原理として生存権保障が定着し(10 頁 18 行)
、障害者福祉も生存権保障の 1 つといえ
る。障害者については、1975 年に国連が採択した障害者の権利宣言に沿って、各国に具体的な行動を要請した国
際障害者年(1981 年)では、主題として「完全参加と平等」が掲げられた(22 頁 12 行)
。近年では、法的拘束
力のある障害者権利条約が締結され、我が国でも批准に向けて国内法の整備が進められている(11 頁 9 行)
。
(5) 我が国の障害者福祉の歴史的展開と障害者自立支援法
戦前には、一般的な貧困対策としての恤救規則や救護法の中で、障害者が救貧の対象の 1 つとされていた。し
かし国家というより、家族や宗教家、篤志家による扶助を第一としていた。1)身体障害としては戦傷者(傷痍軍
人)の機能回復(16 頁下 15 行、19 頁下 8 行)
、2)知的障害としては戦災孤児、浮浪児、貧困家庭児問題(20 頁
下 6 行)
、3)精神障害としては私宅監置(12 頁下 3 行)が行われていた。戦後になって基本的人権を明記した日
本国憲法が制定された。まず 1)身体障害について、身体障害者福祉法が誕生し、それにより障害者福祉が貧困対
策から独立した(20 頁 4 行)。2)知的障害については 1947 年制定の児童福祉法(20 頁下 4 行)と 1960 年制定の
精神薄弱者福祉法(21 頁 12 行)
、3)精神障害については 1950 年制定の精神衛生法(13 頁 8 行)とその後の 1964
年のライシャワー事件と 1984 年の宇都宮病院事件(13 頁側註)の影響が大きい。
身体障害、知的障害、および精神障害の 3 障害の法律や制度は縦割りとなっていたが(21 頁下 14 行)
、それら
の 3 障害の法律や制度を一元化したのが障害者自立支援法である。障害者自立支援法では大きな改革が行われ、
これまでの障害者福祉施策にない特徴として 5 つ挙げられる(25 頁 2 行)。中でも、1)市町村による支給決定手
続きの明確化、2)3 障害を統合化した新しいサービス体系の 2 点は、これまでの障害者福祉の枠組みを変更した
点で大きな特徴である(142 頁 12 行)
。
第 2 章 障害の医学的理解
この章のポイント
(1) 生命の維持と環境への適応/病気と障害/身体機能と精神機能/発達の障害
生体の生理学的機能には 1)生命の維持と 2)環境への適応の 2 つがある。1)生命を維持するために、空気中の
酸素や食物の栄養を摂取し、それを体内で代謝して生体物質やエネルギーを生み出している(内臓の機能)。2)
環境への適応のために、環境内の情報を得て(感覚機能)、その情報を大脳で処理して判断や意思決定を行い(知
的能力・高次脳機能・情意機能)、それに基づき行動を起こす(運動機能)ことである。加えて、言語を用いて
他者とコミュニケーションを行い(言語機能)、集団生活や社会生活を営む。
病気(生命に関わる)と障害(生命には関わらないが、環境への適応に関わる)は別物である。障害とは、病
気や怪我の治療後の後遺症あるいは加齢によって、環境への適応に関わる心身の生理学的機能が低下することで
ある(4 頁上 6~8 行)
。加えて、病気が慢性や進行性の場合(病気が治癒に向かわない・病気の状態が長く続く)
は、病気であり障害でもある状態になる(87 頁上 9 行)。具体的には、1)内部障害(内臓の疾患)や 2)精神障害
3
(統合失調症など)、3)運動障害(筋ジストロフィーなど)がある。
障害の医学的側面とは、ICF では心身機能(心身の生理学的機能)の障害になる。社会福祉の法律では身体
障害、精神障害、および知的障害を 3 障害としているが、障害の医学では①身体機能の障害と②精神機能の障
害の 2 つに分かれ、知的障害は精神機能の障害の1つに含まれる(8 頁 8 行)
。同じく社会福祉の法律では言語
障害は精神障害ではなく身体障害になるが、障害の医学では言語機能は①高次脳機能(大脳の言語中枢)
、②運
動機能(発声発語)および③聴覚機能の 3 つで成り立つ。
身体機能のバイタルサインは脈拍・呼吸・体温・血圧であるが、精神機能のバイタルサインは意識レベルや
見当識になる。精神機能は大脳が司り、大脳は身体機能(身体器官)であり精神機能でもあるといえる。その
ため、脳に原因のある脳原性の運動障害は、知的障害や失語症、高次脳機能障害を伴うことがある(脳性麻痺
や脳卒中)。精神機能の障害の分類としては、1)器質性(脳の病変や外傷・脳血管障害・低酸素脳症など)、2)
症状性(脳以外の病気によるもの・せん妄などの意識障害)、3)内因性(遺伝性の素因に環境の心理的ストレス
が加わることで発現・統合失調症など)、4)心因性(環境の心理的ストレスによる・神経症性障害)、5)精神作
用薬物使用によるもの(薬物中毒や薬物依存:身体依存・精神依存・耐性)になる。
発達とは、子どもの心身の形態や機能が、身体の発育や文化的な経験を通じた学習によって成長し、大人に
なることで、18 歳までをさす。発達障害とは、国際的には発達の全般的な障害である知的障害(以前は精神遅
滞と呼ばれていたように)を意味する。しかし、我が国の福祉の法律では、発達障害とは知的障害のない発達
の部分的障害(学習障害や ADHD 注意欠如・多動性障害、高機能自閉症)をさす(100 頁 1 行)
。
(2) 内部障害(心臓、呼吸器、腎臓、膀胱・直腸、小腸、肝臓、および免疫)
基本的な考え方として、障害とは生命に関わるのではなく環境への適応に関わるものであるが、内臓の慢性
的な病気(病気が治癒に向かわない・病気の状態が長く続く)は障害の状態を作り出す(内部障害)。法律上の
内部障害とは、心臓、呼吸器、腎臓、膀胱・直腸、小腸、肝臓、および免疫の機能障害になる。
内部障害とは生命の維持に関わり、生命を維持するには 1)酸素と 2)食物を摂取する必要がある。1)横隔膜と
外肋間筋の収縮により胸腔内が陰圧となり、吸気された空気中の酸素は、気管支を通り肺胞でガス交換により
血液中に取り入れられ、代わりに血液中の二酸化炭素が肺胞に排出され、呼気として空気中に駆出される(呼
吸機能)。血液中に取り入れられた酸素は、心臓から全身に供給される(心機能)。2)食物を経口摂取して、そ
れらを体内で消化吸収し、代謝して生体物質やエネルギーを作り出す。食物は胃で粥状にされ、十二指腸から
小腸で消化・吸収される(小腸機能)。小腸で吸収された栄養は、肝門脈を通り肝臓に運ばれる。肝臓は生体の
化学工場に譬えられ、生体に必要となる物質の貯蔵、分解、合成、および解毒が行われる(肝機能)
。血液中の
老廃物は、腎臓の糸球体で濾過され(腎機能)、膀胱から排尿される(膀胱機能)。小腸で消化・吸収された食
物の残滓は、大腸、直腸を通り肛門から排便される(直腸機能)。免疫機能とは、生体が非自己の病原体などの
侵入を防御することであるが、法律上の免疫機能障害としては、ヒト免疫不全ウィルス(HIV)による後天性免
疫不全症候群(AIDS)となる。
(3) 感覚障害(視覚障害と聴覚障害)
生命を維持するには酸素と食物の摂取が必要であるが、環境への適応には環境内の情報を得ることが必要と
なる。環境内の物理的情報を電気信号に変換して脳に伝えることを、感覚機能という。人間には 5 つの感覚(五
感)があるといわれるが、障害の対象としては視覚と聴覚になる。光(視覚)や音(聴覚)が感覚器官(眼や
耳)で電気信号に変換され、神経を通って大脳に伝えられる。
視覚と聴覚は性質が互いに一長一短である。健常者は視覚と聴覚を両方活用し、無意識のうちにそれぞれの
弱みを、それぞれの強みで互いに補っている。それに対して視覚障害者や聴覚障害者は、障害のある感覚の強
みを失うだけでなく、残された感覚の弱みの制約を受けることになる(互いの弱みを強みで補えないため)
。
具体的には、視覚は情報を同時に一覧でき、さらに確実な方法であるが、自分の背後や障害物の先は見えな
い。一方の聴覚は、障害物に関わりなく全方位からの情報を得ることができ、視覚のような瞼がないため常に
開いているので注意喚起力が強い(サイレンやアラーム)
。加えて言語コミュニケーションでも、音声言語が文
字言語よりも優位であり(筆記用具が不要であり、長時間話し続けても疲れないため)、音声言語は聴覚によっ
て理解される。しかし音声だけでは具体的なイメージがなく、聴き手の想像によって受け取り方が異なる(不
確かなものとなる)。
(4) 知的障害/高次脳機能障害
感覚から受け取るのは、環境内にあるすべての情報ではなく、現在の活動に必要な情報だけが選択される(注
意機能)。その情報は、大脳で一時的あるいは長期的に記憶され(記憶機能)、情報処理されて認知的に理解さ
れる(知的能力)。その理解に基づき、プランニングや意思決定、モニタリングを行う(遂行機能)。遂行機能
とはエクゼクティブ(Executive)の日本語訳であり、会社の事業計画や意思決定を行う取締役会に譬えられる。
知的能力とは社会適応に必要な理解力や判断力であり、言語性と動作性に分けられる。知的能力の指標であ
4
る IQ は知能検査の総合得点の偏差値として算出され、平均が 100、標準偏差(SD)が 15 の正規分布に従う。知
的障害の判定基準は、平均 100 からマイナス 2SD(15×2)の位置である IQ=70 とされる。適応のための合理的能
力を測定する知能検査は、知的障害だけでなく精神障害全般に、医療、教育、福祉を問わず、あらゆる領域で利
用される共通の情報といえる。知的障害は、この知的能力(IQ)と適応スキル(概念的・実用的・社会的)によ
って判定される。福祉では社会的とは実際の地域社会のことであるが、心理学では対人関係という意味になる。
高次脳機能障害とは、古典的には失語、失認、失行、および半側空間無視のことであるが(120 頁下 7 行)、福
祉行政上の高次脳機能障害とは、1)注意障害、2)記憶障害、3)遂行機能障害、4)社会的行動障害の 4 つであ
る(120 頁上 7 行)
。これらは、身体麻痺や失語症がない場合は見過ごされやすく、それらを支援するために行政
的な診断基準が作られた(121 頁上 17 行、下 7 行)。このうち、遂行機能障害と社会的行動障害は、大脳の前頭
葉(前頭連合野)の損傷によるものである。大脳の前頭連合野の機能は他の動物に比してヒトにおいて最も発達
しており、衝動や感情を抑制し、熟慮や計画性や道徳性などの人間らしい行動を司る最も高次の機能といえる。
(5) 情意機能の障害
人間の精神機能は知・情・意といわれる。知的な側面だけでなく、感情や意志などの情意的な側面もあり、情
意的な側面も生活環境への適応を支えている。具体的には、1)気分や感情(快-不快や好-悪の評価)、2)覚醒
レベルや自我機能(見当識・主観的な意識・能動性)
、3)自己意識(アイデンティティ・自尊感情)、4)パーソナ
リティ(思考や行動パターンの個人差)がある。
1)気分の障害としては、うつ病がある。うつ病では、悲観的な気分と悲観的な思考(微小妄想・実際よりも悪
く考えること)が相互影響している。2)自我機能の障害としては、統合失調症がある(81 頁 17 行)
。統合失調症
では、自分と他者は別であり、自分の精神活動を自分で行っているという感覚(能動性)がなく、作為体験(さ
せられ体験)や幻聴(自分の心の声や自問自答を、人に言われているように感じる)が生じる。また現実検討力
が低下し、疑いの気持ちや自分の願望が妄想となる。妄想とは訂正不能であることが特徴になる。
4)生まれつきの反応傾向の個人差は気質と呼ばれる。それに対して、パーソナリティは生まれつきではなく、
発達の過程で経験を通じて形成された思考や行動パターンの個人差である。パーソナリティの基礎は児童期に形
成され、思春期・青年期に確立される(199 頁)
。確立されたパーソナリティは変化しにくいため、不適応なパー
ソナリティは持続的な不適応を生じさせ、これがパーソナリティ障害となる。パーソナリティ障害は、精神分析
の防衛機制(心の中の不安にどう対処するか)から理解する。例として、①強迫性障害(打消し:強い不安を抑
え込もうとする)
、②身体表現性障害(置き換え:心の不調を体の不調として感じる)、③境界性パーソナリティ
障害(投影:自分の中の否定的な感情を相手に押しつける)となる。
どのような精神障害にも、認知機能の側面と情意機能の側面の両方がある(片方だけでなく)。具体的には、
1)統合失調症の認知機能障害(社会復帰の予後に影響する)、2)うつ病の記憶障害や思考障害(精神運動制止)
、
3)認知症の周辺症状(BPSD)、4)高次脳機能障害の社会的行動障害(感情のコントロールや道徳性の問題)
、5)知
的障害や自閉症の強度行動障害(2 次的な精神障害)
(109 頁下 5 行)がある。
(6) 運動障害と肢体不自由/重症心身障害
運動とは、脳が筋肉(骨格筋)を動かすことである(49 頁図 2-1)
。精神機能が行った環境内の情報の理解、
判断、および意思決定に基づき、実際に身体を動かし行動を起こす。自分で意図して行う随意運動は、大脳の運
動野からの運動指令が延髄の錐体で交差し、対側の皮質脊髄路(錘体路)を通り、筋に伝わることで実現する(49
頁図 2-1)。このような錘体路の働きを支えて円滑にしているのが錐体外路系である。1)脳卒中後の片麻痺(55
頁)や脊髄損傷(53 頁)、ALS(55 頁、119 ページ)などは錐体路の障害であり、2)パーキンソン病(59 頁)や
脊髄小脳変性症(58 頁)などは錐体外路の障害である。
肢体不自由とは、病気ではなく障害についての用語であり、運動機能を 1)上肢、2)下肢、3)体幹の機能に分け
た場合である。地球上では重力が働いているが、人間は直立二足歩行をすることで、1)上肢が自由に使えるよう
になり、上肢の手指で細かい作業を行うことができる。2)下肢は移動(歩行)、3)体幹機能は寝返りを打つとき
や重力に抗して身体を垂直に立てるときに働く。
重症心身障害とは知的障害も身体障害もどちらも重度であり、大島分類(94 頁)の狭義の定義では、知的障害
は IQ=35 以下(重度)
、身体障害は歩けない程度(身体障害の 1~2 級)が該当する。広義の定義では、1)医療的
ケアが必要、2)強度行動障害を伴うなど、介護負担の大きい場合である(94 頁 14-16 行)
。
(7) 言語障害(理解と表出/行動のコントロール)
言語機能はコミュニケーションや社会生活を支えている。言語機能は、1)大脳の言語中枢(高次脳機能)、2)
発声発語運動(表出)および 3)聴覚(受容)の 3 つの過程のループとして成り立っている。1)大脳の言語中枢に
は、大脳の側頭葉にある①ウェルニッケ野(言語理解)と前頭葉にある②ブローカ野(言語表出)がある。発声
発語運動には、1)音声と 2)構音がある。1)音声とは、肺からの呼気で声帯を振動させて原音(喉頭原音)を作る
5
ことであり、2)構音とは、その原音を口腔や鼻腔で共鳴させて、舌による気流操作で言語音を作ることである。
話し手の発声発語運動で作られた言語音(空気振動)は、空気中を伝わり聴き手の聴覚に届いて理解される。そ
れと同時に、話し手自身も自分の声を自分の耳でも聞いており(聴覚フィードバック)、発声発語運動は聴覚に
よってコントロールされる。
このような高次脳機能や運動機能、聴覚機能としての言語機能のほかに言語発達があり、これは知的障害や
自閉症などの発達障害(100 頁 1 行)で問題となる(109 頁)
。発達障害の言語発達と言語機能としては、1)コミ
ュニケーション(相手に伝える)
、2)行動コントロール(自分に言い聞かせる)
、3)思考(言葉で考える)の 3 つ
がある。例として、広義の重症心身障害には、運動障害がなくても知的障害が最重度(IQ=20 以下)で、且つ強
度行動障害を伴うものがある(動く重症児・94 頁下 13 行)
。この強度行動障害とは、自分の要求を言語によって
表出し、言葉で行動をコントロールできないため、2 次的に生じたものである。
(8) 各障害の特徴的な生活ニーズ
1)視覚障害(掲示など文字情報・触知覚では情報の全体を一覧できない・安全の確認に時間を要し不正確・移動
のガイドヘルプ)、2)聴覚障害(警報音や背後からの車の接近音に気づかない・アナウンスなど音声言語の情報・
筆談や手話)、3)言語障害(意思の伝達・コミュニケーション)
、4)運動障害(基本的 ADL・移動)、5)内部障害(医
療依存度が高い)
、6)精神障害(対人関係や社会生活・気分や感情、意欲)
、7)高次脳機能障害(手段的 ADL・病
識の欠如)
、8)知的障害(抽象的な理解・社会的な判断・騙されやすさと権利擁護)
、9)発達障害(認知特性の偏
りや部分的障害が、自分自身や周囲の人に正しく理解されず誤解を受ける・2 次的精神障害や症状の複雑化)。
第 3 章 自立支援のための連携と協働
第 4 章 障害の及ぼす心理的影響
第 5 章 当事者および家族への支援
この章のポイント
(1) チームアプローチ(連携と協働)
医療分野では感染症を中心とした急性疾患から、日々の生活習慣から生じる生活習慣病を中心とした慢性疾患
へと対応の重点が移行し(140 頁 11 行)
、チームアプローチの取り組みが先駆的になされてきた。医療分野で最
もチームアプローチを強調しているのがリハビリテーションである(同 19 行)
。リハビリテーションでは、1)障
害の心身機能の範囲の広さへの対応と、2)病気や怪我からの回復の時間的対応の 2 つがある(143 頁)。1)心身機
能の範囲の広さについて、リハビリテーションには様々な専門職種がある。特徴的な仕事を挙げると、理学療法
は運動機能の回復、作業療法は精神障害の社会復帰、言語療法は言語と聴覚、高次脳機能障害と嚥下になる。2)
時間的対応について、リハビリテーションは①急性期→②回復期→③維持期の順に進んでいく(同 12 行)
。一般
にイメージされるリハビリテーションとは、②回復期に行われるものに該当する。
(2) 地域生活支援・自立生活支援
歴史的に見て、障害者は保護収容の対象から権利の主体とされるようになり、地域福祉が推進されている(23
頁)。障害者の自立支援とは、地域における日常生活や社会生活に関わるものである。心身の生理学的な機能障
害が、日常生活や社会生活の支障となるかは環境次第でもあり、環境整備と本人のエンパワメントが必要になる
(115 頁 10 行)
。自立生活支援で特に重要となるのは、1)自立生活への動機づけの支援と、自立生活の基盤とし
ての 2)権利擁護の 2 つであり、具体的な実践としては、①自立生活プログラムと②ピアカウンセリングの 2 つと
なる(139 頁 4 行)
。①自立生活プログラムとは、障害者のエンパワメント(自己決定と問題解決力の獲得)の向
上を目的としたプログラムといえる(139 頁 10 行)。②ピアカウンセリングもエンパワメントの1つであるが、
専門家ではなく当事者同士の助け合いにより問題解決や自己決定を行う。地域生活では、ノーマライゼーション
やソーシャルインクルージョンの理念に基づき、自己決定に基づき主体的に暮らすことが目標とされるが、同時
に権利擁護やリスクを避けること(知的障害・203 行 4 行)
、医療的ケアの確保(重症心身障害)も課題となる。
(3) 日常生活動作(ADL)
ADL とは起居動作や身辺のこと、さらに地域で一人暮らしをするためのスキルであり、ADL が自立していない
と介護が必要となる。ADL は基本的 ADL と手段的 ADL の 2 つに分けられる(130 頁側註)。基本的 ADL には、食事、
排泄、更衣、入浴、整容、移乗・移動の 6 つが挙げられ、手段的 ADL には、掃除、洗濯、調理、買い物、交通機
関の利用、金銭管理の 6 つが挙げられる。例として、運動障害ではどちらの ADL にもニーズがあり、高次脳機能
障害では基本的 ADL は自立しているが、手段的 ADL に障害がある(124 頁下 7 行)
。知的障害や統合失調症では、
現実的な判断力に制約があるため、運動障害がなくても ADL の介助が必要となる。
(4) バリアフリー
障害者のバリア(障壁)には、1)物理的、2)制度的、3)文化・情報、4)社会の意識がある。1)物理的バリアに
6
は階段や段差があり、健常者には次へ進むためのステップ(階段)であっても、運動障害のある人には次へ進
めなくなるバリアとなる。2)制度的バリアには、障害があることを欠格条項として、国家資格の取得を認め
ないなどがある。3)文化・情報のバリアとは、視覚障害や聴覚障害について、文字情報や音声情報が取得でき
ないことである。社会の意識のバリアとは、障害に対する差別や偏見などである。これらのバリアを取り除く
ことがバリアフリーである。類似の用語として、ユニバーサルデザインとは、平均的な健常者を対象とした設
計ではなく、障害者を含めて多様な使い手を想定したデザインや設計のことである。
(5) 社会資源とソーシャルサポート
施設福祉ではなく地域福祉の地域生活支援には、社会資源が不可欠となる。社会資源とは、社会的ニーズを
充足する様々な物質や人材のあらゆるものの総称である。具体的には、社会福祉施設、備品、サービス、資金、
制度、情報、知識・技能、人材がある(148 頁下 11 行)
。障害者のもつ複数の生活ニーズと社会資源を結びつ
けることがケアマネジメントであり(142 頁側註)
、障害者自立支援法から導入された(142 頁 14 行)
。障害者
のケアマネジメントでは、従来の援助の必要性を中心としたニーズ把握から、当事者の希望や願望(何をして
みたいか・どのように生きたいか)に沿ったニーズ把握への視点を変化させており(193 頁上 5 行)
、それは個
人中心計画と呼ばれる(193 頁側註)
。社会資源は 1)フォーマルと 2)インフォーマルに分けられる(同下 8 行)。
1)フォーマルな社会資源とは、行政機関など制度化されているものである。2)インフォーマルな社会資源とは、
近隣住民やボランティア、当事者のセルフヘルプグループなどである。
ソーシャルサポートとは、支援的な人間関係のことである。ソーシャルサポートには、1)道具的・手段的(物
質的な援助や手伝い)と 2)情緒的(心理的なつながりや共感、勇気づけ)がある(150 頁側註)。ソーシャルサ
ポート(家族以外の人間関係の形成)は、ストレス対処や適応(150 頁 6 行)
、地域の在宅障害者の QOL(150
頁上 12 行)において重要な役割を果たしている。
(6) 障害受容
障害には客観的な側面(具体的に何が出来ないか)と主観的な側面がある。障害の主観的な側面として、1)
障害受容(自分で自分をどう思うか・自分は人からどう思われているか)、2)個人中心計画におけるニーズ(自
分は何をしてみたいか・どのように生きたいか)、3)QOL(主観的幸福感・生活の質:人としてふさわしい暮ら
しをしているか・自分の暮らしに満足しているか)が挙げられる。
障害受容についての最初の理論として、1)モリス・グレイソンは身体障害に随伴する心理的障害はボディー
イメージの障害であるとして、ボディーイメージの再建を提唱した(178 頁 1 行)
。2)タマラ・デンボーとベア
トリーチェ・ライトは、障害の心理的問題とは世間の低評価に甘んじて自分を価値のないものと見做すことで
あるとして、4 つの価値転換を提唱した。具体的には①価値の範囲の拡大、②比較価値から資産価値への転換、
③身体の価値を従属的なものにする、および④障害の与える影響の制限である(180 頁下 4 行)
。3)ナンシー・
コーンらのステージ理論では、受傷の心理的ショックからの立ち直りは段階的に進み、障害を受容するには精
神分析でいう「悲哀の仕事」が必要であるとして、喪失感の克服に力点が置かれた(180 頁 5 行)。
ただし、すべてが障害受容の問題という訳ではない。例として 1)脳卒中後のうつ(171 頁 11 行)
、2)自殺未
遂による受傷(185 頁下 9 行)
、3)左片麻痺および半側空間無視と合併することの多い病態失認(168 頁下 13 行)、
4)高次脳機能障害の約半数に認められる病識の欠如(125 頁下 11 行)がある。
(7) 家族支援
障害には、本人だけでなく身近な家族にとっての障害という側面もある(家族は他人ではなく、障害を自分
のことのように思う)
。本人と家族が辿るライフステージとは、乳幼児期、学童期、思春期、成人期、および高
齢期の 5 つの時期のことであり、それぞれの時期に取り組まれるべき発達課題がある(199 頁)。障害に気づく
時期や障害の特性によってライフステージのあり方は異なる(202 頁下 4 行)
。また、ほとんどの障害児が学齢
期に放課後は家族と過ごすことが多く(200 頁下 6 行)、在宅者の 8 割程度が家族と同居しているため(195 頁
下 8 行)、ライフステージの発達課題と直面する経験が希薄なため、個々の人生のライフコースを築きにくい
(199 頁 10 行)
。成人期には介護者である家族の高齢化や親亡き後の問題がある(202 頁 4 行)。生涯を通じて
関わる支援機関が存在しないことも課題とされる(203 頁 1 行)。
在宅者の場合、家族が主要な介護者として位置づけられている(195 頁下 9 行)
。在宅介護の介護者のうつは、
施設介護に比べて高率で発生する(177 頁 12 行)
。その理由として、1)介護が 365 日昼夜を問わず続き、いつ
まで続くのか先が見えないこと(量的側面)、2)家族への同一化(自分のことように思うこと)や休むことへの
罪悪感といった心理的な質的側面があり、この 2 つが重なって大きな介護負担になるためである(同 19 行)
。
介護負担については、在宅介護では 1 人で抱え込み共倒れする危険があるため(177 頁 26 行)、家族に対する
レスパイトサービスやショートステイの活用がある(197 頁)
。
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