土壌構成成分である金属酸化物中におけるピレンの塩素化 およびニトロ

報 告 ( Note)
土壌構成成分である金属酸化物中におけるピレンの塩素化
およびニトロ化に関する研究
杉山英俊
(環境保全部)
Studies on the Chlorination and the Nitration of Pyrene in Metallic Oxides as Soil Components
Hidetoshi SUGIYAMA
(Environmental Conservation Division)
キーワード:土壌,金属酸化物,塩素化,クロロピレン,ニトロ化,ニトロピレン
はじめに
人間は生活の便利さや豊かさを求め多くの合成
化学物質を作り出してきた。これらの物質は製造,
使用,廃棄の過程で環境中に排出され一部は環境
汚染の原因となる。また,製造過程や処理・燃焼
過程において意図せずに生成されたり,環境中に
おける分 解 ・ 生 成 などによって二 次 的 に 生 成 さ れ る
非意図的生成化学物質が大きな環境問題となって
いる。化学物質が環境中でなんらかの作用を受け
て二次的に新たな化学物質が生成される場合に,
さらに有害性の強い物質に変化するなど,環境リ
スクを増加させる可能性がある。
大気汚染に由来する化学物質が数多く存在する
表層土壌や表層土壌を多く含む浮遊粒子状物質
(SPM)は,常に太陽光線のエネルギーを受けてい
るため,これらの化学物質が相互に反応し,新たに
有害な化学物質を生成する場となる可能性がある。
こうした二次生成の可能性を探り,そのメカニズ
ムを解明することは化学物質による環境リスクを
評価する上で非常に重要であると考えられる。
多環芳香族炭化水素類(PAHs)は,主に化石燃料
の 不 完 全 燃 焼 な ど で 発 生 する化 学 物 質 で,環 境 中
に微量ではあるが広範囲に存在しており 1,2) , 自動
車からの排出も多く 3) ,発ガン性や変異原性を有
す る も の も あ る 。そ の う ち ピ レ ン に つ い て は , 表
層土壌中でも広範囲に比較的高濃度で検出される
ことが知られているが 3) ,Ames 試験では変異原性
は確認され ておらず 4) , 毒性の面で 特に注目さ れ
る物質ではない。しかし,そのピレンが表層土壌
中で共存物質とともに太陽光線の照射を受けた場
合の二次生成反応についての詳細は明らかでない。
そこで,本研究では,ピレンが表層土壌の主な
構成成分である金属酸化物と共存し,太陽光線と
ほとんど同じ波長分布を示すキセノンランプの照
射を受けた場合に,有害性の強いクロロピレン類
(CPs)またはニトロピレン類(NPs)を生成するか
- 72 -
どうか,さらに,その生成条件等を明らかにする
ことを目的とした。
本報告はこれらの結果についてまとめた論文
5,6,7,8)
を要約したものである。
1
クロロピレン類および 1-ニトロピレンの生成
と粗抽出物の変異原性 参 考 文 献 5,6)
1.1 緒 言
ピレンが塩素化した CPs は比較的強い変異原性
を示すことが認められている 9) 。塩素イオンはす
べての土壌に含まれ,その含有量は 10~200 ppm
程度である 10) 。以前,この塩素イオンとピレンが
表層土壌中で太陽光線の照射の下,CPs を生成す
るかどうかについて検討を行ったところ,CPs の
生成が確認された 11,12,13) 。表層土壌の構成成分の
ほとんどは金属酸化物が占めており,この金属酸
化物の触媒作用でピレンの塩素化が起こったと考
えられた。しかし,どの金属酸化物がどの程度 CPs
の生成に関与しているかは明らかにできなかった。
そこで,土壌に特徴的な金属酸化物 9 種類を選定
し照射試験を実施した。照射試験の照射源として
は太陽光線を使用すると,照射強度が日により時
間により異なるため,再現性のある結果を得るの
が難しかった。そのため,太陽光線の波長と同じ
波長分布を示すように調整してあるキセノンラン
プを照射に使用した。
これらの金属酸化物にピレンおよび塩素イオン
を添加した後,キセノンランプを照射したときの
CPs の生 成 実験 を行 い ,CPs の 生 成の 確認 ,CPs
生成に影響を与える諸要因について検討した。
さらに,CPs の生成が確認された金属酸化物で
はピレンがニトロ化した 1-ニトロピレン(1-NP)の
生成も確認された。そこで,キセノンランプ照射
後の二酸化チタン(アナターゼ型)および二酸化
ケイ素(無水ケイ酸型)から得られた粗抽出物の
復帰コロニー数と,粗抽出物中における 1-クロロ
ピレン (1-CP),ジクロロピレン類 (DCPs) および
1-ニ ト ロ ピ レ ン (1-NP) に よ る 復 帰 コ ロ ニ ー 数 と
を,サルモネラ菌株を用いて比較を行うことで,
両金属酸化物中における変異原性の特徴について
検討を加えた。
CPs,1-NP を GC/MS (SIM) で分析した。キセノン
ランプ照射装置の概念図を図1に示す。
1.2.3 変異原性試験
代謝活性化系存在下(+S9mix)および非存在
下(-S9mix),サルモネラ菌株TA98およびTA100
を用いたAmes法 14) で行った。試験はそれぞれの試
料で3回行った。
1.2 実験方法
1.2.1 金属酸化物
酸化カルシウム
(CaO),酸化アルミニウム
(Al 2 O 3 ),
酸化マグネシウム(MgO),酸化鉄(Fe 2 O 3 ),二酸
化ケイ素 [SiO 2 (石英型,無水ケイ酸型,シリカ
ゲル型)],二酸化チタン [TiO 2 (ルチル型,アナ
ターゼ型)]の 9 種類を用いた。
1.3 結果と考察
1.3.1 クロロピレン類の生成
ピレンおよび塩素イオンを添加した金属酸化物
に キ セ ノ ン ラ ン プ を 照 射 し CPsの 生 成 実 験 を 行 っ
た結果を図2に示した。
CaOではCPsを生成しなかったが,Al 2 O 3 ,MgO,
Fe 2 O 3 の3種 類 で は 少 量 の ,SiO 2 ( 石 英 型 , 無 水 ケ
イ酸型,シリカゲル型),TiO 2(ルチル型,アナタ
ーゼ型)の5種類では多量のCPsの生成が認められ,
塩 素 イ オ ン が CPs生 成 の 塩 素 源 と し て 作 用 し て い
る こ と を 確 認 し た 。 ま た , CPsの 生 成 量 は , 金 属
酸化物に添加したピレン量および塩素イオン量に
依存していることがわかった。
キセノンランプ照射時間と生成量との関係では,
SiO 2 においては,照射時間の経過ととも CPs の生
成 量 は 増 加 す る 傾 向 を 示 し た 。TiO 2 に お い て は ,
照射時間が 0.5-1 時間でその存在量はピークに達
しその後は徐々に減少した。すなわち,TiO 2 は光
化学反応により水から OH ラジカルを生じ,時間
経過により生成した CPs の分解あるいはさらなる
未知化合物の生成が示唆された。従って,両金属
酸化物の間では CPs 生成における光化学反応特性
が異なっていることが推定された。
1.2.2 分析方法
ピレンおよび塩素イオンを加えた金属酸化物を
シャーレに取りキセノンランプを照射した後,ベ
ンゼン:エタノール混液で抽出した。抽出液中の
1
2
3
3
4
4
5
5
6
図1
キセノンランプ照射装置
1: キセノンランプ照射装置; 2: キセノンランプ; 3: 金属酸化物
入りシャーレ ;4: 試料回転台; 5:回転台支え; 6: 回転軸
11,000
塩素イオン無添加
~
~
塩素イオン添加
800
600
400
200
0
N.d N.d
1
2
N.d
3
N.d
4
5
6
7
8
20
ジクロロピレン類の生成量(ng)
1-クロロピレンの生成量(ng)
1000
9
~
~
塩素イオン添加
15
10
5
0
N.d
N.d
1
2
N.d
3
N.d
4
N.d N.d
5
6
N.d N.d
7
8
9
金属酸化物の種類
金属酸化物の種類
図2
110
塩素イオン無添加
塩素イオン添加による金属酸化物中におけるクロロピレン類の生成
1:CaO;2:Al2O3;3:MgO;4:Fe2O3;5:SiO2 (石英型);6:SiO2 (無水ケイ酸型);7:SiO2 (シリカゲル型);8:TiO2 (ルチ
ル型);9:TiO2 (アナターゼ型).キセノン照射時間:3 時間;金属酸化物:2 g;ピレン:500 μg;塩素イオン:800 μg.
- 73 -
これらの実験中キセノン照射時間が長くなるに
したがって,特にTiO 2 (アナターゼ型)において
は抽出溶液の色が黄色から淡黄色へと,またSiO 2
(無水ケイ酸型)では無色から黄色へと変化して
いるのが観察された。これらの抽出溶液を分析し
たところ,金属酸化物中でピレンがニトロ化され
1-NPが生成していることがわかった。そこで,こ
れら2種類の金属酸化物から得られた粗抽出物と,
粗抽出物中における1-CP,DCPsおよび1-NPの変異
原性について検討を加えた。
粗抽出物および粗抽出物中の1-CP,
DCPs,1-NPの変異原性
SiO 2 における変異原性試験結果を図3に,TiO 2
における変異原性試験結果を図4に示した。
SiO 2 においては,粗抽出物中の1-NPによる復帰
コロニー数と粗抽出物の復帰コロニー数は照射時
間の経過とともに大きく増加した。また,それら
のコロニー数はそれぞれの照射時間においてほと
んど同じであった。従って,粗抽出物の変異原性
の増加は主に粗抽出物中における1-NPの生成量の
増加によることが結論づけられた。
TA98
10,000
1,000
100
10
~
~
10,000
1,000
100
10
~
~
0
0
0
TA100
100,000
復帰コロニー数/総抽出物量
100,000
復帰コロニー数/総抽出物量
1.3.2
1
6
3
0
12
12
照射時間(h)
照射時間(h)
図3
6
3
1
SiO 2 (無水ケイ酸型)から得られた粗抽出物,粗抽出物中の1-CP,DCPおよび1-NP
の変異原性(S9mix非存在下 )
SiO 2 (無 水ケ イ 酸 型):2 g; ピ レン : 500 μg; 塩 素 イオ ン :800 μg; ● : 粗抽 出 物 : □ :1-CP; △ :
DCP; ○ :1-NP
TA98
10,000
1,000
100
10
~
~
10,000
1,000
100
10
~
~
0
0
0
TA100
100,000
復帰コロニー数/総抽出物量
復帰コロニー数/総抽出物量
100,000
1
3
6
0
12
3
6
照射時間(h)
照射時間(h)
図4
1
TiO 2 (アナターゼ型)から得られた粗抽出物,粗抽出物中の1-CP,DCPおよび1-NP
の変異原性(S9mix非存在下)
TiO 2 (ア ナ タ ー ゼ 型): 2 g; ピ レ ン :500 μg; 塩 素 イ オ ン :800 μg; ● : 粗 抽 出 物 : □ :1-CP;△ :
DCP; ○ :1-NP
- 74 -
12
TiO 2 においては,粗抽出物中の1-NPによる復
帰コロニー数は照射時間の経過とともに減少した。
しかし,粗抽出物の復帰コロニー数は逆に増加し
た。粗抽出物の変異原性の増加は,照射時間の経
過とともに1-CP,DCPsおよび1-NP以外の未知変異
原物質の生成によると推定された。これらの結果
から,両金属酸化物の間において光化学反応によ
って生じる変異原性のパターンは互いに大きく異
なっていることがわかった。本実験において1-NP
の生成は確認されたが,NPsの生成条件,窒素源
等については明らかでなく今後の検討課題と考え
られた。
2 モノニトロピレン類の生成と変異原性 参 考 文 献 7)
2.1 緒 言
NPs については古くから多くの研究が行われて
いる。1978 年に Pitts らが,大気中の PAHs が NO 2
ガスによってニトロ化を受け,変異原性が強いニ
トロ化体に変化することを報告して以来 15) , PAHs
のニトロ化体が注目されるようになり環境中への
拡散が大きな問題となった。その後,PAHs のニ
トロ化体の中でも NPs が非常に強い変異原性,発
ガン性のあることが明らかになってきた 16) 。
モノニトロピレン類(MNPs)のうち 1-NP,4ニトロピレン(4-NP)はディーゼル排ガスを含む
様々な発生源から排出され 17) ,1-,2-ニトロピレ
ン(2-NP)および 4-NP は大気中において,気相反
応によって生成するという報告がある 18) 。しかし,
環境中で MNPs が気相反応以外で生成するという
報告はない。また,表層土壌中における MNPs 生
成の詳細についても明らかではない。
前節において,金属酸化物中で 1-NP が生成す
ることがわかったため,同様に 2-および 4-NP も
生成する可能性が考えられた。環境中における窒
素源としては NO 2 ガス,NO 3 イオンなどの存在が
考えられる。NO 2 ガスは大気中で 0.02~0.06 ppm,
NO 3 イオンは土壌中多いところで 100 ppm 程度存
在する 19) 。そこで,本実験では,表層土壌中にお
けるピレンのニトロ化の可能性と窒素源などを明
らかにするため,窒素源の存在下,キセノンラン
プを照射した時の金属酸化物中におけるピレンの
ニトロ化について検討した。
(2)NO 2 ガス暴露試料
6 種類[Al 2 O 3 , MgO, SiO 2 (無水ケイ酸型,シリカ
ゲル型)および TiO 2 (ルチル型,アナターゼ型)]
の金属酸化物にピレンを加え,乾固させた後石英
三角フラスコに取った。これらの試料に NO 2 ガス
を通気しながら,キセノンランプを照射した。
NO 2 ガス暴露用キセノン照射装置の概念図を図
5に示した。
B
A
E
K
K
F
H
C
J
H
D
G
J
G
I
図5
NO 2 ガス暴露用キセノン 照射の概念図
A: エ ア ー コ ン プ レ ッ サ ー ; B: 空 気 清 浄 器 ; C: NO2ガ ス
ボ ン ベ ; D: 標 準 ガ ス 希 釈 装 置 ; E: キ セ ノ ン ガ ス 照 射 装
置 : F: キ セ ノ ン ラ ン プ ; G: 石 英 三 角 フ ラ ス コ ; H: エ
ア ーポ ン プ ;I: 排気 ; J: 試 料 .K:栓
(3)NaNO 2 および NaNO 3 添加試料
金属酸化物に NaNO 2 または NaNO 3 を加えたも
のを乾固した。ピレンを加えたこれらの金属酸化
物を石英三角フラスコに取り,内部の空気をアル
ゴンガスで置換した後キセノンランプを照射した。
照射の終わった試料をベンゼン:エタノール混
液で抽出し GC/MS (SIM) で分析した。
2.2.2 変異原性試験
前節と同様に行った。
2.3 結果と考察
2.3.1 ニトロピレン類の生成
室内空気の存在下,キセノン照射のもとでピレ
ンを加えた 9 種類の金属酸化物すべてにおいて
1-NP が生成し,2-NP,4-NP の生成も確認された
(図6)。また,NO 2 ガス,NaNO 2 または NaNO 3
の存在下,試験した6種類すべての金属酸化物
シリカゲル型)
[Al 2 O 3 , MgO, SiO(無水ケイ酸型,
2
および TiO 2 (ルチル型,アナターゼ型)]におい
て 1-NP が生成した。さらに 3 種類の窒素源の存
在下,Al 2 O 3 および MgO のほとんどの試料におい
て 2-お よ び 4-NP が 生 成 し , SiO 2 ( シ リ カ ゲ ル
型),TiO 2 (ルチル型)においても 2-および 4-NP
が生成した(図7,図8)。
2.2 実験方法
2.2.1 分析方法
(1)室内空気暴露試料
1.2.1の9種類の金属酸化物それぞれにピレン
を加えたものをシャーレに取り,キセノンランプ
を照射した。
- 75 -
400
1500
2-NP
4-NP
1-NP
ニトロピレン類生成量(ng)
ニトロピレン類生成量(ng)
1-NP
300
200
100
1
図6
N.dN.d N.dN.d
N.d
0
2
3
N.dN.d
4
5
6
金属酸化物の種類
7
8
2
図7
1-NP
2-NP
4-NP
600
400
200
N.dN.d
N.d
N.d
N.dN.d
3
6
7
8
8,700
400
9
(B)
1-NP
2-NP
N.dN.d
N.d
N.d
6
7
4-NP
300
200
100
N.d
2
9
3
8
N.d N.d
9
金属酸化物の種類
金属酸化物の種類
図8
8
NO 2 ガスの存在下,金属酸化物中における
ニトロピレン類の生成
0
0
2
6
7
金属酸化物の種類
2:Al 2 O 3; 3:MgO; 6:SiO 2 (無 水 ケイ 酸 型); 7:SiO 2 (シ
リ カゲ ル 型); 8:TiO 2 (ルチ ル 型); 9:TiO 2 (ア ナタ ー ゼ
型 ). キ セ ノ ン 照 射 時 間 : 2 時 間 ; 金 属 酸 化 物 : 2 g;
ピ レン :500μg; NO 2 ガ ス :0.2 ppm; 流 速 : 1L/min
ニトロピレン類生成量(ng)
ニトロピレン類生成量(ng)
800
3
500
(A)
N.d N.d
N.dN.d
9
1:CaO;2:Al 2 O 3;3:MgO;4:Fe 2 O 3;5:SiO 2 (石英 型 );6:SiO 2 (無
水 ケイ 酸 型); 7:SiO 2 (シリ カ ゲ ル型 );8:TiO 2
(ル チ ル 型);9:TiO 2 (ア ナタ ー ゼ 型).キ セ ノ ン 照射 時 間:
2 時間 ; 金 属 酸 化物 : 2 g; ピ レン : 500μg
1000
500
0
室内空気の存在下,金属酸化物中における
NPsの生成
4-NP
1000
N.dN.d
N.dN.d
2-NP
NO 2 イオン(A)またはNO 3 イオン(B)の存在下,金属酸化物中におけるニトロ
ピレン類の生成
2:Al 2 O 3; 3:MgO; 6:SiO 2 (無 水 ケイ 酸 型); 7:SiO 2 (シリ カ ゲ ル型 ); 8:TiO 2 (ル チ ル型 ); 9:TiO 2 (ア
ナ ター ゼ 型).キ セノ ン 照 射 時 間:2 時 間;金 属酸 化 物:2 g;ピ レ ン:500μg; NO 2 イ オ ン:200μg; NO 3
イ オン : 200μg
2.3.2 ニトロピレン類の変異原性
-S9mix で TA98 を用いた試験では 1-NP,2-NP,
4-NP の変異原活性はそれぞれ 673 rev./nmol,2,570
rev./nmol,2,480 rev./nmol であり,2-NP および 4-NP
は 1-NP の 4 倍近い変異原活性を有する。
1-NP は環境中で比較的高濃度で広範囲に検出さ
れる物質であるが,2-NP,4-NP は検出頻度,濃度
とも低い。そのため,2-NP,4-NP の金属酸化物中
における生成は変異原性の面からも興味深い。
環境中には NO 3 イオンはどこにでも存在してい
る。従って,NO 2 ガス以外に NaNO 3 でもピレンが
ニトロ化するという事実は,化学物質の環境リスク
を考える上で非常に重要なことであると思われる。
2-NP は大気中で,気相反応によってのみ生成す
るといわれているが金属酸化物中でも生成するこ
とが本研究により初めて確認された。
これらの結果から NO 2 ガス,NaNO 2 および NaNO 3
は金属酸化物中において,ピレンがニトロ化する
ための窒素源であることがわかった。
また,3 種類の MNPs の生成量および生成パタ
ー ン は , 金 属 酸 化 物 の 種 類 に よ っ て , ま た ,NO 2
ガス,NaNO 2 および NaNO 3 のような窒素源の種類
によって異なることがわかった。
- 76 -
環境中に存在している化学物質は様々な作用を
受け分解していく。この分解過程において,さらに
毒性の強い物質を生成する可能性がある。本実験
で生成が確認された MNPs も環境中で徐々に分解
するものと思われる。しかし,その分解過程は不
明であり,さらに毒性の強い物質の生成も考えら
れるため,金属酸化物上における MNPs の分解と
生成に関する詳細について検討を行った。
NO2
H
hν
TiO2, SiO2
.
OH
H
H
NOx
ONO2
H
Al2O3
1-NP
H OH
NO2
H
NO2
2-NP
3 ジニトロピレン類の生成と変異原性 参 考 文 献 8)
3.1 緒言
前節において生成した MNPs は環境中で他の化
学物質に変化または分解していく。こうした変化
や分解が起こる過程で,環境中に多く存在してい
る窒素源と反応することにより,DNPs の生成 が
推定された。
そこで本実験では,金属酸化物に 1-NP および
塩素イオンを添加し,キセノンランプを照射した
ときの 1-NP の減少とそれに伴う DNPs の生成,ま
た,生成が確認された DNPs の変異原性について
検討した。
図9
3.2 実験方法
3.2.1 分析方法
塩素イオンおよび 1-NP を加えた 3 種類の金属
酸化物 [TiO 2 (アナターゼ型),SiO 2 (無水ケイ酸型),
Al 2 O 3 ]をシャーレに取りキセノンランプを照射し
た後,ベンゼン:エタノール混液で抽出した。そ
の抽出液中の DCPs を GC/MS (SIM) で分析した。
3.2.2 変異原性試験
前節と同様に行った。
3.3 結果と考察
3.3.1 1-NP の減少と DNPs の生成
実験したすべての金属酸化物中において,1-NP
量はキセノン照射時間の経過にしたがって徐々に
減少した。特に,TiO 2 ではすべての照射時間にお
いて他の金属酸化物より減少率が高かった。
反応生成物から 6 種類の DNPs(1,3-,2,4-,1,2-,
1,6-, 1,8-お よ び 1,7-DNP) が 検 出 さ れ た 。 TiO 2
と Al 2 O 3 で は 6 種 類 , SiO 2 で は 2,4-DNP を 除 く
5 種 類 が 検 出 さ れ た 。 TiO 2 で は 特 に 他 の 金 属 酸
化 物 と 比 較 し て , す べ て の 照 射 時 間 で 1,7-DNP
の 生 成 量 が 多 か っ た 。 1-NP か ら DNPs へ の 反 応
に つ い て は 1-NP か ら OH ラ ジ カ ル の 光 化 学 反 応
で 4-お よ び 2-NP が 生 成 し , 引 き 続 き , こ れ ら
の 異 性 体 の ニ ト ロ 化 に よ り 2,4- , 1,2- お よ び
1,7-DNP が 生 成 す る と 推 定 し た 。1-NP か ら 2-NP
への生成メカニズムを図9のように推定した。
- 77 -
1-NPからの2-NP生成 メカニズム
環 境 中 で 検 出 さ れ て い る DNPs は 1,3-, 1,6-,
1,8-DNP だけであ り ,2,4-,1,2-および 1,7-DNP の
生 成 は 1-NP- NOx- 塩 素 イ オ ン の 光 化 学 反 応 に
よって金属酸化物中で生成することが,本実験
により新たに確認された。室内空気中における
NOx が こ れ ら の 金 属 酸 化 物 中 で DNPs を 生 成 す
る た め の 窒 素 源 で あ る と が わ か っ た 。DNPs の 生
成量と生成パターンは照射時間の経過とともに
これらの金 属 酸 化 物 間 で異 なっていた。そのため,
DNPs 生 成 における光 化 学 反 応 特 性 は金 属 酸 化 物
の種類によって異なると推定された。
3.3.2 DNPs の変異原性
新たに確認された 3 種類の DNPs の変異原活性
を算出し,3 種類の金属酸化物から得られた DNPs
生成量の経時変化の特徴についても検討を加えた。
図 10 で は 1-NP か ら DNPs が 生 成 す る 反 応 経 路
と生成メカニズムを推定し,各物質の変異原活
性 を 示 し た 。2,4-,1,2-および 1,7- DNPs の 変 異 原
活 性 は そ れ ぞ れ 19,000 rev./nmol, 65 rev./nmol,
4,800 rev./nmol であり,1,3-, 1,6- および 1,8-DNPs
の変異原活性ほど強くはなかった。しかし,
2,4-DNP は 1-NP の 30 倍 ,1,7-DNP は 7 倍 の 変 異
原 活 性 を 示 し ,非 常 に 強 い 変 異 原 物 質 で あ る こ と
がわかった。
2,4-お よ び 1,7-DNP は 他 の 3 種 類 の DNPs と 比
較 す る と 変 異 原 活 性 は 低 い 。し か し ,DNPs 生 成
量 の 経 時 変 化 の 結 果 か ら , TiO 2 で は 照 射 12 時 間
後 に は , 2,4-お よ び 1,7-DNP の 生 成 量 は 1,8-ジ ニ
ト ロ ピ レ ン の 生 成 量 に 比 べ て 30 倍 ,60 倍 と 非 常
に 多 か っ た 。 そ の た め , 照 射 12 時 間 後 に お け る
2,4-お よ び 1,7-DNP の 変 異 原 性 は ,変 異 原 活 性 が
最 強 の 1,8-DNP の変 異 原 性 より大 きくなることが
わ か っ た 。従 っ て ,新 た に 生 成 が 確 認 さ れ た 2,4お よ び 1,7-DNP の 2 物 質 は 1,8-DNP 以 上 に 重 要
な意味を持つものと思われる。
NO2
NO2
metallic oxide
+
NOx + xenon lamp
NO2
4-nitropyrene
2-nitropyrene
2,570 rev./nmol
P.M.G. Bavin
Can. J. Chem., 1959
2,480 rev./nmol
1-nitropyrene
673 rev./nmol
Nitration
A.M.van den Braken-van Leersum
J.C.S.,Chem. COMMUN., 1987
Nitration
metallic oxide
NOx + xenon lamp
NO2
NO2
NO2
NO2
NO2
O2N
NO2
NO2
2,4-DNP
1,2-DNP
19,126 rev./nmol
+
NO2
65 rev./nmol
1,3-DNP
NO2
85,900 rev./nmol
NO2
1,6-DNP
126,000 rev./nmol
1,8-DNP
226,000 rev./nmol
O2 N
1,7-DNP
4,790 rev./nmol
図10
1-NP から DNPs が生成する反応経路と生成メカニズム
変 異原 活 性 はS9mix非 存 在 下 、TA98に よ る も の
2-NP,4-NP を生成するための窒素源であることが
わかった。2-NP は大気中で気相反応によってのみ
生成するといわれているが,金属酸化物中でも生
成することが本研究により初めて確認された。
2-NP および 4-NP は 1-NP の 4 倍近い変異原活
性を有している。1-NP は環境中で比較的高濃度で
広 範 囲 に 検 出 さ れ る 物 質 で あ る が , 2-NP, 4-NP
は検出頻度,濃度とも低い。従って今回,2-NP お
よび 4-NP が金属酸化物中で生成したことは非常
に重要な結果であると思われた。
第3節では,1-NP の分解過程で生ずる DNPs に
ついて検討した。キセノン照射時間の経過ととも
に 3 種類の金属酸化物すべてで 1-NP 量は減少し
た。1-NP の分解過程で 6 種類の DNPs(1,3-,2,4-,
1,2-,1,6-,1,8-および 1,7-DNP)の生成が確認され
た。環 境 中 で 検 出 さ れ て い る DNPs は 1,3-,1,6-,
1,8-DNP で あ る た め 1-NP からのこれらの生成は
よく知られている。2,4-,1,2-および 1,7-DNP は本
研究における 1-NP-NOx-塩素イオンの光化学反
応によって金属酸化物中ではじめて確認された物
質である。これらの反応は,1-NP から 4-および
2-NP が OH ラジカルの光化学反応によって生成し,
その後,引き続きこれらの異性体のニトロ化によっ
て 2,4-,1,2-および 1,7-DNP が生成すると推定した。
結 論
本研究では,表層土壌中に広く存在する変異原
性のないピレンが,太陽光線の照射により,毒性
の強いクロロピレン類 (CPs) またはニトロピレン
類 (NPs) を生成するかどうか,また,その生成条
件等を明らかにすることを目的とした。しかし,
表層土壌には様々な種類があり,その性質が一定
ではないため結果の評価が難しい一面がある。そ
こで表層土壌のかわりに,表層土壌のほとんどを
占める金属酸化物に着目した。また,太陽光線照
射では天候の変化により安定したデータが得にく
いため,太陽光線と同じ波長領域を有するキセノ
ンランプを照射に使用した。
第1節では,塩素イオン添加により,検討を行
った金属酸化物のほとんどすべてで CPs の生成が
確認された。また, TiO 2(アナターゼ型)および
SiO 2 (無水ケイ酸型)では粗抽出物の変異原性は
照射時間の経過とともに増加した。この増加は TiO 2
では CPs および 1-NP 以外の未知の強変異原物質
が生成してくるためであり,SiO 2 では 1-NP の生
成量の増加によるものであることがわかった。
第2節ではピレンのニトロ化について検討した
ところ,室内空気中の窒素酸化物(NO x ),NO 2 ガス,
NO 2 イオン,NO 3 イオンが金属酸化物中で,1-NP,
- 78 -
室 内 空 気 中 に お け る NOx が こ れ ら の 金 属 酸 化 物
中 で の DNPs 生 成 の た め の 窒 素 源 で あ る こ と が
わかった。
こ れ ら の 結 果 か ら ,土壌構成成分である金属酸
化物中において表層土壌中に広範囲に存在してい
る毒性のないピレンが,毒性の強い CPs,NPs を
生成することが確認された。しかも,塩素源,窒
素源は環境中どこにでもある化学種である。今回
のモデル実験で明らかになったような反応が表層
土壌中で実際に起こると,環境媒体すべてを汚染
する可能性があるため,こうした二次生成反応に
ついては今後注意を払ってゆく必要がある。
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