皮膚水平変位による触感再現のための小型スピーカアレイ を用いた 1

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第 21 回日本バーチャルリアリティ学会大会論文集(2016 年 9 月)
皮膚水平変位による触感再現のための小型スピーカアレイ
を用いた 1 次元触覚ディスプレイの開発
金子征太郎 1),梶本裕之 1)
1) 電気通信大学
情報理工学部(〒182-8585 東京都調布市 調布ケ丘1丁目5−1, {kaneko,kajimoto}@kaji-lab.jp)
概要:我々はこれまで,テクスチャ面をなぞる際の皮膚の水平変位を高い時間・空間分解能で計測す
るシステムを開発してきた.本稿ではこの計測データを用いて触覚提示を行うための触覚ディスプ
レイについて報告する.直線状の接触子が一次元的に 1mm 間隔で配置され,各接触子がオーディオ
スピーカによって独立に制御される.
キーワード:触覚ディスプレイ,水平皮膚変形,スピーカアレイ
1. はじめに
のである.高い時間分解能と空間分解能を両立させるため
触覚ディスプレイの開発にあたり,現実と同等の触覚を
のスピーカアレイとアルミ板を用いた触覚ディスプレイ
想起させるために,指表面の変位とそれによって想起され
について報告し,さらに作成したデバイスの性能評価の結
る触覚の関係を明らかにすることは重要である.
果について論じる.
このためには次の 2 つのステップが必要であると考えら
れる.(図 1)第一のステップは,様々な対象に触れた時
2. 関連研究
の皮膚表面変位を記録し,その時空間的特徴と主観的体験
触覚的テクスチャ感を再現させるために,様々な手法
(ザラザラ,ツルツル)との関係を明らかにすることであ
を用いた触覚ディスプレイが研究されている.ここでは
る.第二のステップは,記録された皮膚表面変位ないしそ
特に皮膚の水平変位に関連した触覚ディスプレイについ
の時空間的特徴を再現し,同等の主観的体験が得られるこ
て述べる.
とを確認することである.
皮膚水平変位に関しては,摩擦の制御による触覚呈示
手法が提案されている.ディスプレイ面の超音波振動を
制御する手法 [2] [3],指と接触対象の静電気力を制御す
る手法 [4]が知られている.ただしこれらの手法はあくま
で接触面全体の摩擦を変化させるもので,皮膚表面変位を
高い空間分解能で再現するものではない.
Pasqueto ら [5]や Wang ら [6] [7]はピエゾアクチュエー
タを利用して指表面皮膚の水平変形を生じさせるデバイ
スを開発している.このデバイスは空間的に分布を持つ皮
図 1 研究の流れ
我々は第一のステップに関して,テクスチャ面に対して
膚変位を生じさせることが可能となっている.これを用い
ることで,皮膚水平変位でありながら凹凸感を生じさせ,
指をなぞった際の皮膚表面変位の水平方向成分を高い時
点字や図形の表現を行うことを可能としている.しかし現
間分解能で計測する手法の提案を行った [1].実現した計
時点ではバンド幅が 100Hz と限られており,我々の目的で
測システムは予備的な段階であるが,テクスチャ面をなぞ
ある,テクスチャ面で計測した指表面皮膚変位を再現する
った際の指表面変位を,1mm 間隔,数百 Hz で計測できる
のは難しいと考えられる.
ことを確認した.
本稿は第二のステップ,すなわち記録した皮膚表面変位
を実際に再現するためのハードウェアの検討に関するも
3. デバイス概要
我々は十分に広いバンド幅(パチニ小体の共振周波数が
250Hz 程度であるので同程度以上)と高い空間解像度(人
Seitaro Kaneko and Hiroyuki Kajimoto
の指先の二点弁別閾が 1.5mm であるので [8]より細かい解
像度.なお計測は 1.0mm で行っているため同じ間隔であ
ることが望ましい)を実現するために次のような妥協策を
とった.2次元マトリクスでの配置は考えず 1 次元アレイ
とし,また動きをアレイの列方向に限定することで,比較
的大きなアクチュエータでも高密度に配置できるように
した.
図 2 に我々が作成したデバイスを示す.本デバイスは,
スピーカに対してアルミ板を接着させ,それらを 1mm 間
隔で並べることにより,アルミ板の厚み方向の皮膚変位
を発生させることができる.スピーカを採用したことに
図 5 ユニット後面
より,ピエゾ振動等と比較して幅広い周波数応答を実現
アルミ板の厚みは 0.5mm,間隔は 1.0mm である.ユニ
する.
ットとして,7 つのスピーカの組み合わせで 4 つの板を駆
動させる.そのユニットを 2 つ組み合わせ,全体で 8 枚の
アルミ板から構成される.このデバイスはパソコンから音
声信号を入力することによって駆動される.
パソコンからオーディオインターフェース(OCTACAPTURE UA-1010,RORAND)を用いて 8ch 独立の信号
を出力し,オーディオアンプ(SMSL-SA60)を介して各ス
ピーカを駆動する.
4. デバイス性能調査実験
図 2 デバイス全景
作成したデバイスの周波数特性を計測する実験を行っ
た.
4.1 計測手法
実験の様子を図 6 に示す.台座にアルミ板一枚分を固
定し,台座自体も振動によって動かないようネジ,テープ
で固定した.その後 10,20,40,80,160,320,640,1280Hz,
の正弦波をスピーカに対して入力した.その際,3 種類の
板の指を載せた場合と載せない場合について板の変位を
レーザー変位計(LK-G5000V,KEYENCE)を用いて計測
した.計測のサンプリングレートは 10kHz であった.
図 3 デバイス上面
今回の計測は PC,オーディオインターフェース,アン
デバイスの詳細を図 4,図 5 に示す.各アルミ板はア
プを一体とした系の周波数特性を調べることが目的であ
クリル板に最も近い板を除いてすべて 2 つのスピーカ
ったため,PC,オーディオインターフェース,アンプの出
(AURA SOUND NSW1-205-8A)に対して接着されている.
力振幅を一定にしたうえで計測を行った.PC の音量は最
中心のスピーカを除き,中心点に対称なスピーカとペア
大,オーディオインターフェース,アンプの音量は半分に
になって一枚の板を駆動している.板は正方形,長方形,
固 定 し て 計 測 を 行 っ た . 出 力 波 形 は Audacity
斜め形の 3 形状である.
( http://www.audacityteam.org)を用いて作成した.
図 6 実験概要図
4.2 計測結果
図 7 に計測結果例の例を示す.斜め板に対して各周波
図 4 ユニット前面
数を入力した際の出力波形に対してスペクトルを計算し
4.3 考察
たものである.
出力のパワースペクトルに関しては,離散フーリエ変
0.09
0.08
換の影響で完全に単一の周波数を示してはいないものの,
0.07
0.06
10Hz
振幅(mm)
40Hz
0.04
80Hz
160Hz
0.03
320Hz
0.02
640Hz
1280Hz
0.01
0
-0.01 1
ほぼ入力の周波数が出力されていることがわかる.640Hz
20HZ
0.05
10
100
以上の周波数において振幅が小さくなっているが,これ
は,スピーカーによってアルミ板という重量物を駆動す
るため,高周波において振動が減衰してしまったためで
はないかと考えられる.また,各入力周波数において高
1000
周波数(Hz)
調波が若干発生しており,波形が歪んだものと考えられ
図 7 斜め板フーリエ変換結果
るが,規定周波数における振幅の 1/16 程度に抑えられて
いることがわかる.
図 8,図 9,図 10 に,各板で指をのせた場合と載せな
い場合の,各周波数における振幅を示す.
いることがわかる.逆にいえば指をのせることによる影
0.12
響は装置が動かなくなるほどではなく,また強い周波数
0.1
振幅(mm)
各板に対して指を置いた時と置かない時で比較すると,
指を置いた時に出力振幅が全体的に 8 割程度に低減して
依存性は見られないことから十分補正可能であるといえ
0.08
る.
0.06
また,特に長方形板に 320Hz において非常に振幅が大
0.04
きくなっていることがわかる.こうした特性は板ごとに
0.02
異なっていることから,今後,このデバイスを使用して
0
10
100
1000
周波数(Hz)
正方形板/指なし
いくにあたり,各板の周波数特性の逆関数を入力信号に
フィルタとしてかける必要性があると考えられる.
正方形板/指あり
5. おわりに
図 8 正方形板に関する周波数特性
今回我々は,記録した皮膚表面変位ないしその時空間
的特徴量を再現するため開発したデバイスについて報告
0.12
した.本デバイスは,スピーカに対してアルミ板を接着
振幅(mm)
0.1
させ,それらを 1mm 間隔で並べたものである.周波数応
0.08
答を計測した結果,ピエゾ振動子を用いた先行研究に比べ
0.06
広い周波数応答を実現する事ができたことがわかった.ま
0.04
た,デバイス内の各板に周波数特性の違いがあることがわ
0.02
かった.使用する際にはこの特性を踏まえ,入力波形に
0
10
100
1000
周波数(Hz)
長方形板/指なし
対してフィルタをかける必要がある.
今後はこのデバイスを利用して,我々が前回提案した
長方形板/指あり
記録系で記録した各テクスチャでの皮膚変形を再現し,
図 9 長方形板に関する周波数特性
主観的にそれらのテクスチャ面を識別できるかどうかの
実験を行う.
0.12
謝辞
振幅(mm)
0.1
本研究は JSPS 科研費 15H05923(新学術領域研究
「多元質感知」)の助成を受けたものです。
0.08
0.06
参照文献
0.04
0.02
0
10
100
1000
周波数(Hz)
斜め板/指なし
斜め板/指あり
図 10 斜め板に関する周波数特性
[1] Seitaro Kaneko and Hiroyuki Kajimoto, "Method of
Observing Finger Skin Displacement on a Textured Surface
Using Index Matching," in Haptics: Perception, Devices,
Control, and Applications: 10th International Conference,
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High-performance, Distributed Tactile Transducer Device
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and Teleoperator Systems., 2006
[7] V. Levesque, J. Pasquero , and V. Hayward, "Braille Display
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and Teleoperator Systems (WHC'07). Tukuba, 2007, pp.
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[8] 大山 正, 今井 省吾, and 和気 典二, 新編 感覚・
知覚ハンドブック. 日本: 誠信書房, 1994.