福祉住宅における窓の役割

特集『2002木製サッシフォーラム』
福祉住宅における窓の役割
北海道立寒地住宅都市研究所*
林 昌 宏
キーワード:ユニバーサルデザイン,開口部,木製サッシ,機能性
建築の中のユニバーサルデザイン
住宅改造にしてもお金をかければいくらでも住みや
ユニバーサルデザインというのは,特別に誰かのた
すくなるとは思うのですが,人による対応で済む場合は,
めにということではなくて,初めから誰でも扱うこと
あまり機械ばかりの家に住んでも機能の維持が難しい
ができるように考えます。
ですし,家族との付き合いもあると思うので,そのあ
今までは住宅にしても,作る側の立場で製品を作っ
たりのバランスを考えながら家の改造なり福祉機器の
てきて,使う側がそれを自分の中で合わせながら使う
導入をしていけばよいと思います。
こともありました。これからはユニバーサルデザイン
という考えで,作る側が押しつけるのではなくて,使
窓の役割
う側に立ってものを作っていく必要があります。
窓の役割から福祉住宅に影響することを確認してみ
公共建築は,いろんな人が利用する場所なのでユニ
ます。まずは採光については,家の中で暮らす時間が
バーサルデザインを取り入れるようになっています。
長い人にとって,普通に照度として明るいというだけ
しかし,住宅においては,そのときの自分が使いやす
ではなく,朝起きて,昼が来て,夕焼けを見て,暗く
いように設計してしまうことがあるかもしれませんが,
なって夜になるという時間の流れが実感できるような
誰でも使えるように設計される必要があると思います。
自然な光を入れることも大切です。
次に換気ですが,今の北海道の住宅では,機械換気
住宅が住みにくくなったら
などにより必要換気量は十分あると思いますが,気分
加齢などによる機能低下で住宅が住みにくくなった
転換のために窓を開けたり,朝の空気を浴びるとか,
場合の対応には,いろんなパターンが考えられます。
掃除のために窓を開けるというような生活上の換気も
一つはものによる対応ということで,段差を無くしたり,
改めて考えてみる必要があります。
手すりをつけたり,ドアを使いやすく替えるなどして
眺望ということでは,景色を見て季節を感じたり,
住宅を直していくということがあります。さらに,特
近所で遊んでいる子供を見たりすることで外の動きを
殊機器を導入して身体的な衰えを補っていくというや
知って刺激を受けることもできますし,また周りの環
り方もあります。
境を知ることによって安心感が生まれてくると思います。
次に,人による対応ということで,ドアを開けてあ
げたり,歩いていくのを手伝ってあげたりして,手を
窓に必要な性能
さしのべてあげる家族による介護や援助です。これは
窓の気密,水密,断熱,遮音性能は,家を包む壁と
すぐにできる方法だと思いますが,家族の負担も考え
して考えれば必要な性能です。今までの窓はこれらの
ておく必要もあります。
性能を中心に開発されてきたと思います。
家の中では少し住みにくくなってきたら,自分の家
また,その他に要求される窓の性能の一つに,操作
を対応させるのではなくて,必要なときに外から来て
性があります。JISなどでは,50N(5kgf)の力で開くと
もらってサービスを受けたり,施設の整った所へ自ら
いう基準はありますが,操作力以外にも人の筋力の使
行ってサービスを受ける方法もあります。さらに,短
い方など総合的に操作性を考えなければなりません。
期入所サービスで,施設の中に少しの間住むことで,
清掃性では,転落事故が起きたりすることもありま
快適に過ごすという方法があります。
すので,きれいにかつ安全に清掃ができるかというこ
林産試だより 2002年7月号
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福祉住宅における窓の役割
とがあります。
そのためにも安全性が要求されます。転落のような
事故はもちろん,割れたり何か刺さったり,挟んだり
というような事故が起きないように対策を取った窓を
作る必要があります。
それから,防犯性があります。窓をこわして家の中
に侵入するというような犯罪が起きない,安心して生
活ができることも窓に要求されます。
窓のデザインでは,壁に占める窓の面積は大きいので,
家全体の外観やインテリアに与える影響は大きいと思
います。しかし,デザインだけに走らずに,機能性を
写真1 窓の開け方の試験
兼ね備えた窓を使いながら家を設計する必要があります。
リプルにすると,重量が増して操作力を増大させるこ
窓の種類と操作特性
とになります。
開閉方式について考慮すべき点を確認してみます。
北海道ではこのような気密・断熱性を改善した製品
今までの窓で多いのは引き違いだと思いますが,彫り
が使われていますが,第三種換気(自然吸気・機械排
込みの浅い取っ手のついた窓が多くて,操作がしにく
気換気方法)をしている場合に,室内が負圧になり,
いという印象があります。
窓が非常に開きにくくなる現象がおこります。そのため,
北海道で多い外開き窓は,窓に付いた雪や雨などが
機械換気をされた状態での窓の操作力を考える必要が
中に入ってこないので良いのですが,操作するときに,
あります。
高齢になり重心のバランスを取れなくなってくると,
転落してしまうおそれがあります。
窓の開け方
次に内開きですが,これは外開きに比べて転落する
今,寒地住宅都市研究所で行っている研究を紹介し
危険は少ないですが,体の移動があまりできない方に
ます。被験者に写真1のような引き違い窓で,左右ど
とっては,体を多少さばきながら開けなければいけな
ちらの側の障子でもいいから開けてください,と言っ
いので苦労すると思います。また,雨仕舞ということ
て開けてもらいました。そうすると,左側の窓を開け
じまい
ぬ
で室内が濡れることを何らかの形で防がないといけな
る人が60%いました。
いと思います。
左側を開ける場合に,鍵は右手で操作していました。
上げ下げの窓は,基本的に両手で操作することにな
これは被験者に右利きの人が多かったというのもある
りますし,上の方に鍵があるとそこの部分が高くなり,
のでしょうが,窓の中心に立って左手で窓を開ける人
操作としては難があると思います。
が一番多かったので,それにともなって右側にある鍵
回転窓では,適切な開閉の角度で固定することが,
を右手で操作していたのだと思います。また,左側の
あまり手が自由に動かない人には難しいと思います。
窓を閉めるときに,左手で閉めるのは40%で,左手一
その他にもいろいろな開閉方式がありますが,初め
本で操作するというのが一番多い状態でした。
て使う時に複雑な動きであっても誰でも操作ができるか,
次に右側の窓を開ける場合には,65%が鍵を左手で
という配慮が必要です。
開けました。右側の窓の中心に立てば鍵は当然左手に
あるので,右利きでも左手で開けている方が多かった
窓の操作性と性能
です。
窓の性能の中で,操作性に影響を及ぼすと思われる
鍵を開けた後でどのように窓を開けるかについては,
ものを挙げてみます。引き違い窓で気密性を向上させ
片手だけで開けるよりも窓を両手広げて使って開ける
るために気密材の接触を多くしたりすると,摩擦も大
のが一番多くありました。この場合は取っ手がある製
きくなって,大きな操作力が必要になります。
品だったので,取っ手の部分を当然使うと思っていま
また,断熱性の向上のために,窓ガラスをペアやト
したが,そうではなく左手も使って,手掛かりがあま
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福祉住宅における窓の役割
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レベル5
レベル4
摩
擦
レ
ベ
ル
レベル3
レベル2
レベル1
0
20
;;
;;
;;
;;
写真2 摩擦力と操作感の試験
りない所も使っていました。鍵が無いものでも同じよ
うな傾向がありました。閉めるときには,左側の窓だ
と少し左手を使うのが減少するという結果でした。
40
60
80
100
回答割合 (%)
図1 摩擦力と操作感
開けにくい
やや開けにくい
どちらでもない
やや開けやすい
開けやすい
摩擦力と操作感
操作性と動作
現在,摩擦力と操作感にどのような関係があるかの
窓を開閉するときの操作性と動作について,体の各
データを取っている途中ですが,その結果を紹介します。
部が動く軌跡の動作分析をしてみました。肘をまっす
写真2は,障子の開閉摩擦力と重量を変えることが
ぐ伸ばすより曲げる方が力を入れやすい,腰を使って
できる引き違い窓の障子を操作して,操作感を評価し
窓を開ける人がいる,窓の正面に立つのではなく体を
てもらっているところです。また,この窓枠の下側と
ひねって開けているような人もいるということが分か
左側につけたロードセルで荷重を測定して,摩擦レベ
りました。
ルと操作感の関係について調べました(図1)。
その結果,摩擦レベルが低いうちは,とても開けや
まとめ
すいと言っていた人が,レベル2の20N(2kgf)前くら
窓というのは,屋外と室内をつないでいる出入り口
いから開けにくいと言うようになります。さらに重く
であり,外で何が起きているかを知るためには外との
なってくると,ほとんどの人が開けにくくなります。
つながりが求められます。また北海道のように寒さか
レベル4はJISやBLで指定されている50N(5kgf)より
ら部屋の中を守りたいときには,簡単に遮断できると
低いレベルですが,この段階でも開けにくいという答
いうような両方の機能のバランスが必要です。
えが出ているので,開閉力の基準だけではなく,実際
今後も,窓の基礎的な性能の向上と人にとっての使
の使い勝手も考えていく必要があることが分かります。
いやすさを合わせて考えていくことによって,住み良
い環境を実現していく必要があります。
*:現 北海道立北方建築総合研究所
(文責:林産試験場 石井 誠)
林産試だより 2002年7月号
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