米国糖尿病学会栄養勧告 2008 中村 清香1) 中本 博幸2)

米国糖尿病学会栄養勧告 2008
∼糖尿病に対する栄養摂取の勧告と介入∼
中村
清香1)
中本 博幸2)
本レポートは「American Diabetes Association, et al. Nutrition recommendations and
interventions for diabetes: a position statement of the American Diabetes Association.
Diabetes Care. 2008 Jan; 31 Suppl 1: S61-S78.」の和訳である
医療栄養療法(medical nutrition therapy: MNT)は糖尿病の予防、すでに発症して
いる糖尿病の管理に重要である。また糖尿病合併症の進展を予防したり、少なくとも進
展する速度を減少させるのに重要である。これはすなわち糖尿病予防のどの段階におい
ても重要であるということである(表 1)
。MNT は糖尿病の自己管理教育(またはその
訓練)の欠かすことができない要素である。この意見表明(position statement)によ
り糖尿病 MNT にためのエビデンスに基づいた勧告や治療が行われる。以前に技術面に
関する総説に付随して声明が発表されたのは 2002 年であり、2004 年に一部改変され
た。この声明は前回の声明を更新したものであり、2000 年以降に刊行された主要参考
文献に注目している。また米国糖尿病学会のエビデンス格付けシステムに基づいて、エ
ビデンスがどの程度有用かを評価している。過体重や肥満は糖尿病と密接に関連してい
るのでこの分野での MNT は特に注目されている。
この勧告の目的は糖尿病の人たちや医療機関に有用な栄養摂取介入のことを知らせ
るためである。これには治療目的やこのような目的を達成するための戦略を考慮に入れ
ながら、最も有用で科学的なエビデンスを用いることが必要である。そうすれば糖尿病
患者は自分からすすんで変わることができる。栄養摂取に関する目標を達成するには糖
尿病患者本人を含み、意思決定に本人が関われるような調和が取れたチームでの取り組
みが必要である。MNT に関する知識が豊富で技術を持っている管理栄養士がチームの
メンバーに含まれ、栄養摂取治療を中心になって行うことが推奨される。しかしながら
医師や看護婦を含むすべてのメンバーが MNT に関する知識をもち、その実施を助ける
ことが重要である。
MNT は表 1 に示しているように米国保健福祉サービス部がターゲットとしている糖
尿病関連の予防の 3 段階全部において役割を担っている。一次的予防介入は糖尿病の進
展を遅らせるか止めることを目標としていて、肥満のまん延を抑える公衆衛生政策も関
係していて糖尿病の前段階の人の MNT も含まれている。二次、三次予防への介入には
糖尿病患者に対する MNT が含まれ糖尿病合併症を予防(二次)したり、管理(三次)
したりすることを目指している。
1)(株)リピックス・ラボラトリーズ 研究部
2)(株)リピックス・ラボラトリーズ 代表取締役
(URL: http://www.repix-lab.co.jp E-mail: [email protected])
1
糖尿病の予防と治療に対する MNT の目標
糖尿病発症のリスクを持つ人や前糖尿病段階の人に適用される MNT の目標
糖尿病や心血管疾患(CVD)発症のリスクを減少させるためには、健康的に食べも
のを選択や運動をすすめ、適正な減量を行うということを続けることである。
糖尿病患者に適用される MNT の目標
1) 以下のことを達成し、維持する
・血糖値をできるだけ安全に正常範囲内か正常値に近づける
・血管疾患リスクを下げるような脂質、リポ蛋白の分析結果にする
・血圧をできるだけ安全に正常範囲内か正常値に近づける
2) 栄養摂取や生活習慣を改善することにより慢性的な糖尿病合併症進展を防ぐ、少な
くとも遅らせる
3) 個々の栄養摂取の必要性に注意を向けるため個人的、文化的嗜好や変わろうとする
自発的な意志を考慮する
4)
科学的なエビデンスが示されたときには食品の選択のみを制限することで食べる
楽しみを持ち続ける
特別な場合に適用される MNT の目標
1) 1 型糖尿病にかかっている若年者、2 型糖尿病にかかっている若年者、糖尿病にかか
っている妊娠中や授乳中の女性、老年者に対してはライフサイクルにおけるこれら特
別な時期の栄養必要量にあわせる
2) インスリンやインスリン分泌促進薬を処方されている人に対しては低血糖予防や低
血糖に対する対応、急性疾患になったときの糖尿病治療を含む安全に運動が行えるよ
うな自己管理トレーニングをおこなう
MNT の有効性
勧告
・ 前糖尿病段階や糖尿病の人は個々に応じた MNT を受けるべきである。このような
療法は糖尿病 MNT の構成要素に詳しい管理栄養士によって行われるのが最も良い。
(B)
・ 栄養学摂取のカウンセリングは前糖尿病や糖尿病の人の個々のニーズ、進んで変わ
ろうという気持ち、変われる能力を敏感に反映するべきものである。(E)
MNT の臨床試験とその結果から糖尿病に罹患している期間に応じて 1 型糖尿病の人
であれば 1%程度、2 型糖尿病の人であれば 1∼2%の HbA1C が減少することが報告さ
2
れてきている。糖尿病でない食事制限のない人対象の研究のメタ分析の結果や専門委員
会の報告から MNT により LDL コレステロールが 15-25mg/dL 減少することが示され
ている。MNT 開始後 3-6 ヶ月の間に明らかな改善が見られた。メタ分析や専門委員会
はライフスタイルの改変が高血圧治療に一役買っていることを示唆している。
エネルギー収支、過体重、そして肥満
勧告
・ 過体重や肥満でインスリン抵抗性の人においては適切な体重減少によりインスリン
抵抗性を改善することが示されてきている。このように減量は糖尿病の人や糖尿病
リスクがある人すべてに推奨されるものである。(A)
・ 減量するには短期間(1 年くらいまでの)の場合、低炭水化物ダイエットか低脂肪・
カロリー制限ダイエットのどちらかが効果的である。(A)
・ 低炭水化物ダイエットを行っている患者では脂質の分析結果や腎臓機能、たんぱく
質吸収(腎臓病を合併している人に関して)を観察し、必要に応じて血糖を下げる
治療を調節する。(E)
・ 身体活動や行動パターンの改善は減量プログラムの重要な要素であり、減量を維持
するのに一番の助けになる。(B)
・ 2 型糖尿病を伴う過体重の人、肥満者の治療には薬物療法による減量が考慮される
ことがあり、ライフスタイルの改変と併用すると 5-10%の減量を達成する助けにな
る。(B)
・ 肥満手術は BMI35kg/m2 以上の 2 型糖尿病患者の一部で考慮され、結果として血糖
症が大幅に改善することができる。前糖尿病段階や糖尿病の人に対する肥満手術の
長期的な利害はまだ研究中である。(B)
糖尿病に関連するリスクを減少させるときに、体重をコントロールすることは大変重
要である。このようにこれらの栄養摂取への介入はエネルギー収支や減量のための方策
を考えることから始まる。米国国立心臓・肺・血液研究所のガイドラインでは過体重は
BMI が 23kg/m2 以上、肥満は 30kg/m2 以上と定義されている。脂肪組織過多に関連し
た併存疾患のリスクは、BMI がこの範囲かそれ以上になると増大する。しかし臨床医
は、アジア人では 2 型糖尿病や心血管疾患リスクが高い人々の割合が BMI23kg/m2 を
超えると大きくなることを知っておくべきである。ウエスト周囲径が女性 35 インチ以
上男性 40 インチ以上で判定する内臓脂肪は 2 型糖尿病や心血管疾患のリスクを評価す
るのに BMI と併用される(表 2)
。アジア人にはより小さいウエスト周囲径(女性 31
インチ以上、男性 35 インチ以上)が適当かもしれない。
肥満がインスリン抵抗性に与える影響のために減量は前糖尿病段階の人や糖尿病の
人にとって重要な治療目標になっている。しかしほとんどの人にとって、長期間に及ぶ
3
減量をおこなうのは難しい。これはおそらくエネルギーの吸収や消費を制御するのに中
枢神経系が重要な役割を担っているからである。短期間での研究では、適正な減量(体
重の 5%)を 2 型糖尿病患者で行うことによりインスリン抵抗性が抑えられ、血糖値や
脂肪血が改善され血圧が下がることが示された。減量のために薬物療法を用いた成人 2
型糖尿病患者対象の長期間にわたる(52 週以上の)試験では体重と HbA1C が少し減
少した。しかし HbA1C の改善はすべての試験ではみられなかった。Look AHEAD
(Action for Health in Diabetes)は米国国立衛生研究所が後援した大規模臨床試験で、
長期間にわたる減量が血糖症を改善し心血管イベントを予防するかを見極めようとし
ている。この試験が終了すれば長期間の減量が重要な臨床転帰に与える影響に関する知
見がきっと得られるだろう。
集中的なライフスタイルプログラムには患者教育や個別のカウンセリング、スケジュ
ールに基づいた食事のエネルギーや脂肪(全エネルギーの 30%程度)の吸収抑制、身
体活動、頻繁な参加者との面会が含まれ、それらは開始時の体重の 5-7%の長期間にわ
たる減量には必要であるというエビデンスが示されている。体重や 2 型糖尿病を管理す
る上でライフスタイルを改善することの役割については近年再評価されている。スケジ
ュールに基づいたライフスタイルプログラムが十分に資金のある臨床試験でおこなわ
れた場合にはとても効果的であるにもかかわらず、この結果を臨床診療の現場に移行す
る方法は明確ではない。ライフスタイル介入のための組織化、実施、資金調達はすべて
取り組まなくてはならない課題である。第三者支払人では MNT を十分頻繁に行うこと
による利益や減量のゴールにいたるまでの時間を提供できないことがある。
その人自身による運動と身体活動によってのみ適正な減量ができる。また運動や身体
活動は強く勧められる理由は、運動や身体活動により減量、血糖の急激な減少に関係な
くインスリン感受性を改善し、長期間の減量の維持において重要であるからである。行
動療法のみによる減量もあまり大きくはないが、行動面からのアプローチは他の減量方
法を補助するものとしてはもっとも有用かもしれない。
一般的な減量のための食事は体重の維持に必要とされるものよりも 500-1000 カロリ
ー少なくされ、結果として最初に 1-2 ポンド程度の減量がおこる。多くの人はそのよう
な食事で相当量(6 ヶ月ぐらいで最初の体重の 10%程度)の減量ができるにもかかわら
ず、継続的なサポートや経過観察がないと普通はもとの体重に戻ってしまう。
減量のための食事に最適な主要栄養素の分配はずっと確立されてこなかった。減量の
ためには低脂肪の食事が伝統的に勧められてきた。しかし 2 つのランダム化比較試験の
結果、低炭水化物ダイエットの対象者の方が低脂肪ダイエットの対象者より 6 ヶ月でよ
り多く減量することが示された。過体重の女性を 4 種類のダイエット法の 1 つにランダ
ム化する別の実験ではより多くの炭水化物を摂るダイエットよりアトキンス式低炭水
化物ダイエットの方が 12 ヶ月で明らかに多くの減量を達成した。しかし 1 年後には、
低炭水化物ダイエットと低脂肪ダイエットの差ははっきりしたものではなくなり、どち
4
らのダイエットでも減量が少なくなった。血清中性脂肪や HDL コレステロールには低
炭水化物の方が良い変化をもたらした。ある研究では 2 型糖尿病である対象者の
HbA1C が低脂肪ダイエットより低炭水化物ダイエットでより大きく低下することが示
された。最近のメタ分析では 6 ヶ月で低炭水化物ダイエットは中性脂肪と HDL コレス
テロールがより大きな改善に関係するということが示された。しかし LDL コレステロ
ールは低炭水化物ダイエットの方が明らかに高かった。低炭水化物ダイエットの長期的
な効果や安全性を見極めるにはさらなる研究が必要である。可消化炭水化物の推奨栄養
所要量(RDA)は 1 日 130g であり、摂取したタンパク質や脂肪からの糖新生に頼らず
に、中枢神経系に必要とされる燃料として適量のグルコースを供給するということに基
づいている。脳の燃料としての必要量はもっと少ない炭水化物量の食事でもまかなえる
が、超低炭水化物の食事が長期的に代謝に与える影響が明らかではなく、そのような食
事からはエネルギーや食物繊維やビタミン、ミネラルの重要な原料となり、食品のおい
しさという点で重要な食品が取り除かれている。
食事の代替品(液状や固形のパック入りのもの)は決まった量のエネルギーを供給で
き、しばしば標準品として供給される。1 日に1食か2食を普通の食事のかわりに食事
代替品にすると結果としてかなりの量の減量ができる。食事代替品は Look AHEAD の
減量介入において重要な部分である。減量を維持しようと思えば食事代替品療法をいつ
までも続けなければならない。
超低カロリーダイエットでは1日摂取する量を 800 カロリー以下にし、大幅な減量
をもたらし、2 型糖尿病患者の血糖や血中脂肪の急激な改善をおこなう。超低カロリー
ダイエットを中止し、自分で選ぶ食事に再び戻すときにリバウンドがよく見られる。こ
のように超低カロリーダイエットは 2 型糖尿病の治療時にのみ用いられるようで、スケ
ジュールに基づいた減量プログラムと併用されるときのみ考慮されるべきである。
入手可能なデータによると、減量薬物療法は 2 型糖尿病患者や 2 型糖尿病のリスクが
ある過体重の人の治療にのみ有用であり、生活様式の改善と同時におこなうことで
5-10%の体重を減らす助けになることが示されている。その見解ではこれらの薬物は
BMI が 27.0kg/m2 を超える糖尿病患者にのみ使用されるべきである。
胃切除手術は 2 型糖尿病で BMI が 35kg/m2 以上の肥満の人にとっては効果的な減量
療法である。肥満の外科手術の研究のメタ分析によると 2 型糖尿病の人々の 77%が完
全に治癒し(薬なしで血糖値が正常値になった)、86%で良くなるか軽減した。Swedish
Obese Subjects study で外科手術を受けた人を 10 年経過観察したところ、コントロー
ルでは 13%であった糖尿病の治癒率が肥満の外科手術を受けた人では 36%であった。
心血管疾患のリスク因子は高コレステロール血症以外全て手術を受けた患者で改善さ
れていた。
5
糖尿病予防に対する栄養摂取に関する勧告と介入(一次予防)
勧告
・ 2 型糖尿病の進展のリスクが高い人では、適度な減量(体重の 7%)
、定期的な身体
活動(1 週間に 150 分)といった生活様式の改善とカロリーを減らし、食事での脂
肪の摂取を減らした食事療法を組み合わせることを強調する構造化されたプログラ
ム糖尿病の進展が抑えられ、それゆえ推奨される。(A)
・ 2 型糖尿病のハイリスクグループの人は食物繊維(1000kcal あたり 14g の繊維)と
全粒粉を含む食品(穀物の摂取の半分)に関する米国農務省の勧告に従うように促
されるべきである。(B)
・ 低グリセッミク負荷の食品が糖尿病のリスクを低減すると結論付けるようなはっき
りした情報は十分にはない。しかし低グリセミック指数の食品は繊維や他の重要な
栄養素が豊富なため推奨されるべきである。(E)
・ 観察研究により適量のアルコール摂取は糖尿病のリスクを低減する可能性があると
報告されているが、このデータは糖尿病リスクのある人にアルコールの消費を促す
ことを裏付けるものではない。(B)
・ 1 型糖尿病予防に対する栄養摂取勧告はまだできていない。(E)
・ 現在では若年者の 2 型糖尿病の予防に対する特別な勧告を裏付けるような十分なデ
ータがない。しかし通常の成長や発達に対する栄養必要量が維持されている限り成
人において効果があったアプローチをおこなうのが合理的である。(E)
2 型糖尿病予防の重要性は、近年大幅に世界規模で糖尿病が蔓延しているため注目さ
れている。2 型糖尿病の発症には遺伝的なかかりやすさが大きな役割を担っているよう
である。もし遺伝子資源が時とともに、とてもゆっくりと変わっているならば、近年の
糖尿病の蔓延は糖尿病へと導くような生活様式の変化を反映しているのだろう。エネル
ギー摂取が増え、身体活動が減少することに特徴付けられる生活様式の変化は、ともに
糖尿病の強いリスク因子である過体重と肥満を促進すると思われる。
いくつかの研究では適切で継続的な減量は 2 型糖尿病のリスクを十分低減する可能
性があり、それは減量が生活様式の変化のみによる場合と薬物や肥満手術を補助的にお
こなった場合で変わらない。さらに適度な運動でも強い運動でも同じようにインスリン
感受性を改善し、減量に関係なく 2 型糖尿病のリスクを低減する。
Finnish Diabetes Prevention study と米国での Diabetes Prevention Program
(DPP)の両方の臨床試験のデータは、適度の減量が 2 型糖尿病のリスクを低減する可能
性があることを強く裏付けている。どちらの試験の生活様式の介入でも、適切な体重の
減少(体重の 7%)
、定期的な身体活動(週 150 分)を含む生活様式の改善と、脂肪と
カロリーの摂取を抑えた食事療法を組み合わせることを強調している。生活様式介入グ
ループで、はじめの食事での脂肪摂取がエネルギー摂取量の 34%程度であったものが
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介入 1 年後には 28%になっていることが DPP で報告されている。生活様式介入グルー
プの被験者の大部分は適切な身体活動とされる週 150 分の運動目標を達成した。DPP
の生活様式介入グループでは、糖尿病予防に加えて脳血管障害(CVD)のリスクとな
る脂質異常症、高血圧、炎症マーカーも改善された。DPP の分析から生活様式介入は
コストに見合うものであることが示唆されたが他の分析ではもっとコストを減らすこ
とを期待するものもある。
Finnish Diabetes Prevention study も DPP も両方カロリー摂取を減らす(食事介入
として脂肪の摂取を抑える)ことに注目している。注目すべきは、脂肪、特に飽和脂肪
の摂取をおさえることにより減量をすすめるのと同じく、インスリン抵抗性をエネルギ
ーに関係なく改善することで糖尿病のリスクを低減するかもしれないということであ
る。他の主要栄養素(例えば炭水化物)を減らすことでも減量をすすめ、糖尿病を効果
的に予防することができる可能性がある。しかし低炭水化物ダイエットの 2 型糖尿病一
次予防に対する有効性に関する臨床試験のデータはまだ得られていない。
いくつかの研究では全粒粉や食物繊維を多く摂取することにより糖尿病のリスクが
低減するというエビデンスが得られている。全粒粉を含む食品は、体重に関係なくイン
スリン感受性を改善するのに関係があるとされてきた。また食物繊維はインスリン感受
性の改善とインスリン抵抗性に打ち勝つようにインスリン分泌能を的確に改善するの
に関係があるとされてきた。低グリセミック指数や低グリセミック負荷の食事に 2 型糖
尿病を予防する潜在的な力があるかは議論されている。いくつかの試験ではグリセミッ
ク負荷と糖尿病のリスクには関係があるとしているが、一方でこの関係を確かめること
はできないとするものもある。最近グリセミック指数や負荷はインスリン感受性とは関
係がないと報告されている。
このように低グリセミック負荷の食事が糖尿病リスクを低減するということを結論
付けるのに確実な情報は十分にはない。この問題を解決するには前向きランダム化臨床
試験が必要だろう。しかし繊維やその他の重要な栄養素が豊富である低グリセミック指
数の食品は推奨される。2004 年の米国糖尿病学会の声明ではこの問題が深く再検討さ
れていて、糖尿病管理におけるグリセミック指数やグリセミック負荷の役割に関する問
題はこの文章の炭水化物の項でさらに詳しく述べる。
観察研究により適量(1 日 1-3 杯、アルコールで 15-45g)のアルコールの摂取と 2
型糖尿病、冠状動脈性心臓病、脳梗塞のリスクが減少する関係は U または J の形にな
ることが示された。しかし多量(1 日 3 杯以上)の飲酒は糖尿病発症の増加に関係して
いる可能性がある。2005 年の USDA のアメリカ人向けの食事のガイドラインでは飲酒
するなら女性で 1 日 1 杯、男性で 2 杯までにするようにと勧告している。
選ばれた微量栄養素がグルコースやインスリンの代謝に影響を与えるかもしれない
が今まで糖尿病の進展における微量栄養素の役割がはっきり示されたデータはない。
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若年者の糖尿病
現在のところ 1 型糖尿病に対する栄養摂取に関する勧告はできていない。若者の過体
重や肥満が増えていることと 2 型糖尿病の罹患が広まっていることとは関係があると
思われる。特に少数の思春期の患者では関係があると思われる。現在のところ若者の 2
型糖尿病を予防する特別な勧告を裏付けるようなデータは十分にあるとはいえないが、
成人において 2 型糖尿病予防に効果的であるのが示されたのと同じような介入(エネル
ギー摂取をへらし、定期的に身体活動をおこなうことを含めた生活様式の改善)が有効
と思われる。このような介入を行う臨床試験が小児対象におこなわれているところであ
る。
糖尿病管理に対する栄養摂取勧告(二次予防)
糖尿病管理における炭水化物
勧告
・ 果物、野菜、全粒粉、豆、低脂肪乳からの炭水化物を含む食事形式が健康のために
勧められる。(B)
・ 炭水化物を炭水化物計算、交換、経験に基づいた概算により管理することは血糖コ
ントロールをするのに鍵となる戦略である。(A)
・ グリセミック指数や負荷を用いれば、炭水化物の総量だけを考えていたときよりも
さらに多くの利点があると思われる。(B)
・ ショ糖を含む食品は食事計画の他の炭水化物の代わりになる。もし食事計画に加え
ればインスリンやその他のグルコースを低下させる薬剤を補うことができる。エネ
ルギーの摂取が過剰にならないように注意しなくてはならない。(A)
・ 一般の人に対するのと同じように、糖尿病患者は繊維を含む食品を多種類摂取する
ことが推奨される。しかしより一般の人よりも糖尿病患者が多くの繊維を摂取する
ことを推奨されるかということのエビデンスは得られていない。(B)
・ 糖アルコールや栄養にならない甘味料は FDA(食品医薬品局)によって決められた
一日の摂取量以内であれば安全であるといえる。(A)
正常か正常近くの濃度になるよう血糖をコントロールすることは糖尿病管理の最初
の目標である。食後の血中グルコースの変動を抑える食べ物と栄養摂取に関する介入は
この点で重要である。というのも食事の炭水化物は食後のグルコース濃度を主に決定す
るものであるからである。低炭水化物ダイエットは食後高血糖をおさえるのに合理的な
アプローチかもしれない。しかし炭水化物を含む食品はエネルギー、繊維、ビタミン、
ミネラルの重要な供給源であり、食品の味という点でも重要である。それゆえこれらの
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食品は糖尿病患者の食事の重要な構成要素である。炭水化物と血糖に関する問題につい
ては以前米国糖尿病協会の報告や一般の人向けの栄養摂取勧告で十分再討論されてき
た。
食後の血中グルコース濃度は循環血液中への消化吸収率と排出量によって決定され
る。インスリン分泌反応により血中グルコース濃度は狭い範囲に保たれています。しか
し糖尿病の人はインスリン反応やインスリン分泌やその両方に欠陥があり、食事での炭
水化物に対応して食後のグルコース濃度を制御することがうまくできない。食品中の炭
水化物の量や炭水化物の形式あるいは起源のどちらも食後グルコース濃度に影響を与
える。
炭水化物の量と形式
2004 年の ADA 声明で糖尿病管理における炭水化物の量と形式の影響について述べ
られている。以前に述べたように炭水化物の推奨栄養所要量(RDA)
(1 日に 130g)は
平均的な最少要求量である。特別に糖尿病患者対象に 1 日の総炭水化物量を 130g 未満
に制限する試験はおこなわれていない。しかし小規模な減量試験を 1 年間追跡したデー
タから、糖尿病患者の対象者で空腹時のグルコースが低炭水化物ダイエットで
21mg/dl(1.17mmol/l)、低脂肪ダイエットで 28mg/dl(1.55mmol/l)低下することが示さ
れた。両者で HbA1C 濃度の変化に大きな違いはなかった。1 年間の追跡調査のデータ
からも両グループの主要栄養素の構成で違っていたのは炭水化物の吸収(平均吸収が
120g に対し 230g)だけであった。このように安全性と同様に吸収と代謝に対する長期
的な影響についての疑問にはさらなる研究が必要である。
摂取される炭水化物量は通常食後の反応を主に決定するが炭水化物の種類もまたこ
の反応に影響を与える。血糖反応に炭水化物を含む食品が影響を与え、変動させるもの
のうち内因性のものは摂取する食品の特別な形式、糖の種類(アミロペクチンに対して
アミロース)
、調理の形式(調理法、調理時間、使われる熱や水分)、成熟度、加工の度
合いなどである。グルコース反応に影響を与え、変動させる外因性のものは空腹時ある
いは食後の血中グルコース濃度、その食品が消費される食事の主要栄養素の組成、使え
るインスリン、インスリン抵抗性の程度がある。
食品のグリセミック指数は異なった炭水化物を含む一定量の食品に対する食後の反
応を比較するために発達してきた。食品のグリセミック指数は一定量の食品(通常炭水
化物部分が 50g)を摂取して 2 時間の空腹時からのグルコースの増加分を参照食品(通
常はグルコースか白パン)の値で割ったものである。食品や食事のグリセミック負荷は
含まれている食品のグリセミック指数にそれぞれの食品の炭水化物量をかけ、すべての
食品の値を足したものである。グリセミック指数が小さい食費にはオート麦、大麦、ブ
ルグア(トルコ期限の小麦食品)、インゲン豆、レンズ豆、豆、パスタ、黒パン(粗い
ライ麦のパン)、リンゴ、ミカン、牛乳、ヨーグルト、アイスクリームがある。繊維、
果糖、乳糖、脂肪はより低い血糖反応を起こす傾向がある。グリセミック指数のもつ潜
9
在的な方法論的な問題が注目されてきた。
いくつかのランダム化臨床試験では低グリセミック指数の食事が糖尿病の被験者の
血糖を低下させると報告されている。しかし他の臨床試験ではこの効果が確認されなか
った。さらに特定の炭水化物を含む食品の反応が変動することは検討課題である。にも
かかわらず最近の糖尿病患者を対象とした低グリセミック指数の食品の研究のメタ分
析からは、このような食品が高グリセミック指数の食事に比べて HbA1C を 0.4%減少
させるという結果が示されている。しかしほとんどの人はすでに中程度のグリセミック
指数の食事をとっているようである。このように高グリセミック指数の食事をとってい
る人が低グリセミック指数の食事をとることは食後高血糖を管理するのにまずまず有
益であるといえそうだ。
糖尿病管理においてインスリンとインスリン分泌促進薬の量を食事の炭水化物量に
あわせることは重要である。食事の栄養素の量を計算するのに炭水化物計算、交換シス
テムや経験に基づく概算を含む様々な方法をもちいることができる。食前、食後のグル
コースを検査することにより多くの人は経験的にいろいろな食品の食後グルコースの
目標値を概算し、達成する。今までの研究では、炭水化物の摂取とグルコースの反応の
関係を評価する優れた方法は他に示されてこなかった。
繊維
一般の人と同じように、
糖尿病の人は豆や繊維を多く含むシリアル(1 食に 5g 以上)、
果物、野菜、全粒粉の製品といった繊維が含まれる食品を多種にわたって摂ることが勧
められる。それらはビタミン、ミネラルやその他健康にとってよい成分を供給してくれ
るからである。さらに繊維の多い食事(1 日に 50g くらいの繊維)をとると 1 型糖尿病
の被験者の血糖を下げ、2 型糖尿病被験者の血糖、高インスリン症、脂質異常症を減ら
すことを示唆するデータがある。味、食品の選択が制限されること、胃腸の副作用は繊
維を多く含む食品を摂取するのに障害になる可能性がある。しかし繊維を多く摂取する
ことは糖尿病患者にとって望むべきものであり、一般的な人で 1000kcal につき 14g の
繊維を摂る目標を最優先して達成するように勧めるべきである。
甘味料
食事でとるショ糖が同じカロリーのでんぷんに比べて血糖をあまり上昇させないと
いうことは臨床試験により十分なエビデンスが得られている。このように糖尿病の人が
高血糖をますます悪化させるのを心配してショ糖やショ糖を含む食品を摂取すること
を制限する必要はない。ショ糖は食事計画にあるほかの炭水化物源の代わりになりうる
し、食事計画に加えればインスリンや他のグルコースを低下させる薬を適切に補う。さ
らに、脂肪などショ糖とあわせて摂るほかの栄養素は考慮にいれる必要はなく、エネル
ギーの過剰摂取を避けるように気をつければよい。
10
糖尿病の人において、果糖は食事に含まれるショ糖やでんぷんに置き換えると食後の
グルコースの反応がより小さくなる。しかしこの効果は果糖が逆に血清脂質に影響を与
えることにより小さくなる。それゆえ糖尿病の食事で果糖を甘味料として追加すること
は勧められない。しかし糖尿病の人が果物や野菜、その他の食物にもともと含まれる果
糖の摂取を避けることを勧める理由はない。これらの食材に由来する果糖は通常エネル
ギー摂取の 3-4%である。
FDA によって承認された低カロリー甘味料にはエリスリトール、イソマルト、ラク
チトール、マルチトール、マンニトール、ソルビトール、キシリトール、タガトースと
いった糖アルコール(ポリオール)や水素化でんぷん加水分解物がある。糖尿病にかか
っている人とかかっていない人を対象とした研究から糖アルコールは食後のグルコー
ス反応をショ糖やグルコースよりも小さくし、利用できるエネルギーも小さいことが示
されてきた。糖アルコールは平均して 2cal/g(ショ糖といった他の甘味料の半分)を含
んでいる。糖アルコールを含む食品の炭水化物量を計算するときには全部の炭水化物の
グラム数から糖アルコールのグラム数の半分を引くのが適当である。糖アルコールを甘
味料として使うことにより、虫歯のリスクも減少する。しかし摂取されると思われる糖
アルコールの量で血糖、エネルギー吸収、体重が減少するというエビデンスはない。糖
アルコールを使うことは安全であると思われる。しかし特に小児では下痢をおこすこと
がある。
FDA は米国で 5 つの栄養にならない甘味料を使用することを承認した。これらはア
セスルファムカリウム、アスパルテーム、ネオテーム、サッカリン、スクラロースであ
る。市場で承認される前は全てが厳重な監視下におかれ、糖尿病の人や妊娠中の女性を
含む一般の人に摂取されて安全性が示された。糖尿病でない被験者を含む臨床試験では
食品中の栄養にならない甘味料により体重の減少や増加が起こることは示されなかっ
た。
難消化性でんぷん・高アミロース食品
難消化性でんぷん(一部の豆にあるような無傷の細胞構造の中に物理的に封入された
でんぷんや生のジャガイモにあるようなでんぷん粒やアミロース含量を増やすために
植物育種した植物由来の劣化したアミロース)あるいは特別に作られたコーンスターチ
といった高アミロース食品は食後の血糖反応を改善し高血糖を抑制する可能性がある。
しかし糖尿病の被験者対象で難消化性でんぷんを使用することによる利点を示すよう
な長期間にわたる研究は発表されていない。
糖尿病管理における食事中の脂肪とコレステロール
勧告
・ 飽和脂肪は全カロリーの 7%未満に制限する。(A)
11
・ トランス脂肪の摂取は最小限にする。(E)
・ 糖尿病の人は食事でのコレステロールを 1 日 200mg 未満に制限する。(E)
・ 1 週間に 2 回またはそれ以上の魚を使った食事(市販の魚の切り身のフライは除く)
には n-3 多価不飽和脂肪酸を含むため推奨される。(B)
糖尿病の人における食事に含まれる脂肪での CVD を減らす最初の目標は飽和脂肪酸、
トランス脂肪酸、コレステロールの摂取を制限することである。飽和、トランス脂肪酸
は食事で血清中の LDL コレステロールを主に決定するものである。糖尿病でない人で
は飽和、トランス脂肪酸やコレステロールの摂取を減らすことで血漿全コレステロール
や LDL コレステロールを減少させる。飽和脂肪酸を減らすことは HDL コレステロー
ルを減らすことにもなる可能性がある。重要なのは HDL コレステロールに対する LDL
コレステロールの比率は逆の影響を受けないということである。食事中の特定の割合の
飽和、トランス脂肪酸や一定量の食事中のコレステロールが血漿の脂質に与えうる影響
をしめすような糖尿病患者での研究はない。このように明確な情報がないために糖尿病
患者の食事での目標はすでに CVD にかかっている人と同じものになっている。2 つの
グループは同じ CVD リスクを持っていると考えられるからである。以上のように飽和
脂肪酸は総エネルギーの 7%未満にトランス脂肪酸の摂取は最小限にコレステロール
の摂取は 1 日 200mg 未満にすることが推奨される。
エネルギーの摂取と体重を一定にする代謝研究では飽和脂肪酸を少なくした食事
と炭水化物かシス一価不飽和脂肪酸のどちらかを減らした食事のどちらも同じように
血清中の LDL コレステロールを減少させた。炭水化物が多い食事(炭水化物由来が総
エネルギーの 55%程度)では一価飽和脂肪酸が多い食事に比べて、食後の血漿中のグ
ルコース、インスリン、中性脂肪が増加する。しかし一価飽和脂肪酸が多い食事で血漿
中の空腹時のグルコースや HbA1C の値が改善されなかった。他の研究ではエネルギー
摂取が減少すると炭水化物の多い食事の逆反応は見られなかったと報告されている。炭
水化物が多い食事に対する反応の個人差から食事が変わることに対する血漿中の中性
脂肪の反応は体重の減少がないときには特に注意深く管理されるべきであると示され
た。
多価不飽和脂肪酸を多く含む食事は一価不飽和脂肪酸が血漿中の脂肪濃度に与える
のと同じ影響を与える。改変された地中海ダイエットでは多価不飽和脂肪酸が一価不飽
和脂肪酸に置き換えられヨーロッパの高齢者の死亡率が概して 7%減少した。超長鎖
n-3 多価不飽和脂肪酸を補うことで高中性脂肪症である 2 型糖尿病患者の血漿中性脂肪
濃度を減らすことが示されてきた。同時に血清中の LDL コレステロールが上昇するの
が気になるが HDL コレステロールが上昇することでこの心配も相殺される。グルコー
スの代謝は逆の影響は受けないようである。糖尿病患者における超長鎖 n-3 多価不飽和
脂肪酸の研究で、はじめは魚油のサプリメントが用いられていた。魚やサプリメント由
12
来のω-3 脂肪酸を摂取することにより CVD という不都合な結末は減少することがしめ
されたが、αリノレン酸に関するエビデンスはわずかであり、結論付けることができな
い。魚は n-3 脂肪酸を供給することに加えてしばしば高度に飽和した脂肪酸を含んだ食
品を食事から入れ替える。1 週間に 2 回かそれ以上の魚の食事(市販の魚フライは除く)
は推奨することができる。
植物ステロールやスタノールエステルは食事や胆汁のコレステロールの腸での吸収
を阻害する。一般の人や 2 型糖尿病患者で植物ステロールやスタノールを 1 日に 2g 程
度とることにより血漿中の全コレステロールや LDL コレステロールが減少することが
示された。植物ステロールが含まれる食べ物や飲み物が広範囲で手に入る。これらの商
品を用いれば体重が増えないような食事に加えるというよりも取って代わるだろう。植
物ステロールが入ったやわらかいジェル状のカプセルも手に入る。
糖尿病管理におけるタンパク質
勧告
・ 糖尿病で通常の腎機能を持つ人においては通常のタンパク質摂取(エネルギーの
15-20%)を改めることを推奨するエビデンスは十分にはない。(E)
・ 2 型糖尿病患者では吸収されたタンパク質が血清グルコース濃度を増加させること
なく、インスリンの反応を大きくする可能性がある。(A)
・ 高タンパク質な食事を今回は減量の方法として勧められない。タンパク質摂取をカ
ロリーの 20%より多くすることが糖尿病管理やその合併症に与える長期的な影響
はわかっていない。このような食事は短期的な減量をもたらし、血糖症を改善する
かもしれないが、このような利点が長期間にわたって維持されてきたことはなく、
糖尿病患者の腎臓機能に対する長期的な影響もわかっていない。(E)
食事摂取基準において容認できるとされる主要栄養素組成ではタンパク質はエネル
ギー摂取の 10-35%であり、米国やカナダの成人の平均的な摂取は 15%である。推奨栄
養所要量では 1 日体重 1kg あたり良質な蛋白が 0.8g
(平均的にはカロリーの 10%程度)
となっている。良質のタンパク質の源は PDCAAS(タンパク質消化率で修正したアミ
ノ酸スコア)が高く、9 種の必須アミノ酸を全て供給する。例えば肉、鶏肉、魚、卵、
牛乳、チーズ、大豆などである。「良い」カテゴリーに含まれていないのはシリアル、
ナッツ、野菜である。食品中にいろいろな質のタンパク質が混じっていることを考慮す
ると、食事の計画を立てるときにはタンパク質摂取は 1 日 1kg あたり 0.8g より多くす
るべきである。
糖尿病患者がとる食事でのタンパク質は通常の人とおなじであり、通常は摂取エネル
ギーの 20%を超えないようにする。健康な人や糖尿病患者を対象にした多くの研究か
ら吸収されたタンパク質から作られたグルコースは血漿グルコース濃度を上昇させな
13
いが、血清インスリン反応は大きくすることが明らかである。タンパク質の代謝異常は
インスリン不足やインスリン抵抗性により引き起こされるが通常は血液グルコースコ
ントロールがうまくいくことで修正される。
小規模で短期間の糖尿病研究では総エネルギーの 20%を超えるたんぱく質量を含む
食事によりグルコースやインスリンの濃度が減少し、食欲を減らし、満腹感が大きくな
ることが示唆された。しかし高たんぱく食がエネルギー摂取、満腹感、体重の長期的な
調整に与える影響やこのような食事を長期間続けられるかということは十分に研究さ
れてこなかった。
食事のタンパク質と低血糖や腎症との関係は後で述べる。
主要栄養素の最適な配分
糖尿病の食事に最適な配分を見極めようと多くの研究がおこなわれてきたが、そのよ
うな配分というのは存在しないようである。炭水化物、タンパク質、脂肪の最適な配分
は個々の環境により異なっているようである。健康な成人での主要栄養素の配分に関す
る指導を求める人々にとって、食事摂取基準は助けになるかもしれない。主要栄養素の
構成に関わらず総摂取カロリーは体重の管理目標に合うものでなければならないとい
うことをはっきりとわかっておかないといけない。さらに主要栄養素の組成を個別化す
ることは患者の代謝の状態(脂質の組成など)に依存する。
糖尿病管理におけるアルコール
勧告
・ 成人糖尿病患者がアルコールを使うことを選択するなら、1 日の摂取量が適量(女
性なら 1 日 1 杯未満、男性なら 1 日 2 杯未満)になるようにするべきである。(E)
・ インスリンやインスリン分泌促進薬を用いている人は夜間低血糖になるリスクを低
減するためアルコールは食事と一緒に摂るべきである。(E)
・ 糖尿病患者では適量のアルコール摂取は(単独で摂取する場合には)グルコースや
インスリン濃度に急激な影響は与えないがアルコールと一緒に炭水化物を摂取する
と(混合した飲み物として)グルコースを上昇させることがある。(B)
アルコールの乱用や依存が過去にあった人、妊娠中の女性、肝臓病、すい炎、進んだ
神経障害、重症の高中性脂肪血症などの医学的な問題がある人はアルコールを節制すべ
きである。アルコールを使用することを選択したら、摂取は適量(成人女性で 1 日 1
杯未満、成人男性で 1 日 2 杯未満)に制限すべきである。アルコールを含む飲料 1 杯
とは 12 オンスのビール、5 オンスのワイン、1.5 オンスの蒸留酒と定義されている。そ
れぞれ 15g 程度のアルコールを含んでいる。
適量のアルコールを食事と一緒に摂取したとき、血漿のグルコースや血清のインスリ
ン濃度に与える急激な変化はごくわずかである。しかし炭水化物をアルコールと一緒に
14
摂取すると血中グルコースを上昇させることがある。インスリンやインスリン分泌促進
薬を服用している場合にはアルコールは低血糖を回避するため食物と一緒に摂取すべ
きである。夜にアルコールを摂取すると、特に 1 型糖尿病患者では夜間に空腹時低血糖
を起こすリスクが増大する。たまにアルコール飲料を使うのは通常の食事計画に対する
おまけと考えるべきであり、食事を省略してはいけない。過剰量(1 日に 3 杯以上)の
アルコールを一貫して摂取すると高血糖になる。
糖尿病患者では適量のアルコール(1 日に 1-2 杯、15-30gアルコール)を摂取する
ことは CVD のリスクを低減することと関係があると知られている。CVD のリスクが
減少するのは血漿中の HDL コレステロールが増加するためではないと思われる。摂取
するアルコール含有飲料の種類によって違いがでることはないようである。
糖尿病管理における微量栄養素
勧告
・ 補給前に欠乏症状が見られなかった糖尿病患者がビタミンやミネラルを補給するこ
とによる利点(一般の人と比べて)があるという明確なエビデンスはない。(A)
・ ビタミン E や C、カロテンといった抗酸化物質を定期的に補うことを助言すること
はない。それは効果に関するエビデンスが得られていないのと長期的な安全性が心
配であるからである。(A)
・ 糖尿病患者あるいは肥満者がクロムを補給する利点ははっきり示されてきてないた
め推奨はできない。(E)
管理されていない糖尿病にはしばしば微量栄養素が不足していることと関係してい
る。糖尿病患者は 1 日のビタミンやミネラルの要求量を自然の食品やバランスの取れた
食事からとるのが重要であることを知らなくてはならない。医療機関は患者の代謝を管
理するためには微量栄養素の補給よりも栄養指導を重視するべきである。クロム、マグ
ネシウム、抗酸化物質を補給することやその他の補充療法の安全性や役に立つ可能性を
評価するには長期試験を含む研究が必要である。老年者や妊娠中、授乳中の女性、厳格
な菜食主義者、カロリーを制限するダイエットをおこなっている人といった選抜された
集団ではマルチビタミンの補給が必要とされるかもしれない。
糖尿病管理における抗酸化物質
糖尿病は酸化ストレスが増加した状態である可能性があることから抗酸化物療法に
関心が持たれてきた。残念なことに糖尿病ボランティアの食事への介入が抗酸化物質や
非炎症性の生体指標の循環濃度に与える影響について確かめた実験はない。糖尿病と抗
酸化物質となりうる可能性がある機能食品(例えば紅茶、ココア、コーヒーなど)に関
する小規模な研究が少しあるが、決定的なものではない。臨床試験のデータからは血糖
15
コントロールや合併症の進展という点での利点がないというばかりではなくビタミン
E、カロテン、その他の抗酸化物質が有害である可能性が示された。さらに、手に入っ
たデータは抗酸化物質のサプリメントを使うことで CVD リスクを減少させるというこ
とを裏付けるものではなかった。
糖尿病管理におけるクロム、その他のミネラル、ハーブ
クロム、カリウム、マグネシウム、そしておそらく亜鉛の欠乏により炭水化物不耐性
をさらに悪化させる可能性がある。血清濃度によりすぐにカリウムやマグネシウムに代
える必要性を知ることができるが亜鉛やクロムが欠乏していることを知るのはもっと
難しい。1990 年代には 2 つの中国におけるランダム化比較試験によりクロムを補充す
ることにより血糖症に良い影響を与えることがわかったが、試験開始前か補充をおこな
った後かどちらかの被験者のクロムの状態が評価されていなかった。近年の小規模な研
究データからクロムの補充はグルコース不耐性や妊娠糖尿病やステロイド系抗炎症剤
によって引き起こされる糖尿病では有益な可能性があることが示された。しかし十分に
考案されたほかの研究では耐糖能異常や 2 型糖尿病の人にクロムを補充することによ
るはっきりした利点を示すことができなった。同じくランダム化試験のメタ分析により
減量時にクロミウムピコリネートを補充しても利点ないというのが示された。FDA は
小規模な試験ではクロミウムピコリネートがインスリン抵抗性を減少させることが示
唆しているが、クロミウムピコリネートとインスリン抵抗性や 2 型糖尿病との関係はは
っきりしていないと結論付けた。
糖尿病管理における個々のハーブやサプリメントの効果を示すエビデンスは十分と
はいえない。加えて市販の商品は標準化されておらず、活性成分の量に違いがある。漢
方薬も他の薬物と相互作用をする可能性がある。このため医療機関は糖尿病患者がこれ
らの製品をいつ使っているかを知り、いつもと違う副作用やハーブと薬、ハーブとハー
ブの相互作用がないかを監視することが重要である。
特別な人の栄養摂取介入
1 型糖尿病の人への栄養摂取介入
勧告
・ 1 型糖尿病患者ではインスリン療法を個々の食事や運動活動パターンに組み入れる
べきである。(E)
・ 注射による即効性インスリンやインスリンポンプを使用している人は食事や間食の
炭水化物の量に基づいてインスリンの量を調整しなくてはならない。(A)
・ 毎日一定量のインスリンを使用している人は毎日の炭水化物摂取の時間や量を一定
にしなくてはならない。(C)
16
・ 予定される運動に対してはインスリンの量を増やすことができる。予定してなかっ
た運動には余分の炭水化物が必要となる場合がある。(E)
インスリン療法を必要とする人に対しての栄養摂取での最優先課題はインスリンの投
与計画を個々の生活様式にあわせることである。今は使えるインスリンの選択肢は多い
ため、通常は個々の好きな定番の料理や食品の選択や身体活動様式に応じて最適なイン
スリンの投与計画をつくることができる。基本的な注射によるインスリン療法を受けて
いる人は食事や間食に含まれる炭水化物の量によって主に注射するインスリンの量が
決定される。インスリンと炭水化物の比率は食事時のインスリンの量を調整するのに使
うことができる。食事中の栄養素の量を評価する方法はいくつかあり、炭水化物計算、
交換システムや経験に基づいた概算がある。DAFNE study(通常の食事に濃度をあわ
せる)では患者はグルコース検査をどのように使えば炭水化物摂取にインスリンがより
よく合うかを学ぶことができるとしている。インスリン注射の回数が増え、血中グルコ
ースの検査が必要となっても、深刻な低血糖が明らかに増えることなく HbA1C が改善
された。同時に生活の質や治療に対する満足感、精神的な安らぎに良い影響があった。
予定された運動に対してインスリン量を減らすのは低血糖をふせぐのに良い方法だ
からである。予定外の運動に対しては余分に炭水化物を摂取することが通常は必要とな
る。中程度の運動ではグルコースの利用が通常の要求量より 2-3mg/kg/min 上昇する。
このように 70kg の人なら中程度の運動をしたとき 1 時間当たり 10-15g の余分な炭水
化物が必要となる。強い運動をおこなえばさらに炭水化物が必要となる。
2005 年の米国糖尿病協会の声明では 1 型糖尿病の子供や青年期の若者に対する糖尿
病の MNT が発表された。
2 型糖尿病に対する栄養摂取介入
勧告
・ 2 型糖尿病の患者には血糖症、脂質異常症、血圧を改善することを目指して、エネ
ルギー、飽和脂肪酸、トランス脂肪酸、コレステロール、ナトリウムの摂取を減ら
し、身体活動を増やすといった生活様式の改善をおこなうように促すべきである。
(E)
・ 薬物療法が MNT と組み合わせて必要となったとき血漿グルコースを測定すること
で食品や食事の調節が血中グルコースの目標を達成するのに十分かを判定すること
ができる。(E)
一般の人に対する健康な生活での栄養摂取勧告というのは 2 型糖尿病の人にとって
も適切である。2 型糖尿病の人の多くは過体重であり、インスリン抵抗性を持っている
ことから MNT では結果的にエネルギー摂取を減らし、身体活動を通してエネルギー消
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費を増やすような生活様式の改善をおこなうことを強調するべきである。また脂質異常
症や高血圧になっている人も多いため飽和、トランス脂肪酸、コレステロール、ナトリ
ウムを減らすことがしばしば望まれる。このように 2 型糖尿病の人に勧める栄養摂取で
の最優先課題は血糖症、脂質異常症、血圧を改善するような生活様式に関する戦略を進
めることである。
1 型糖尿病の人に対するものと似ている点もあるのだが、2 型糖尿病の人を対象にし
た MNT 勧告は 1 型糖尿病の人に対するものとも前糖尿病段階にある人に対するものと
もいくつかの点で異なっている。MNT は過体重や肥満を予防することからインスリン
抵抗性を改善したり糖尿病の発症を遅らせたり予防したり糖尿病患者の代謝調節を改
善に貢献することに発展している。決まった量のインスリンやインスリン分泌促進薬を
処方されているような定着した糖尿病患者では炭水化物を含む食事をとるタイミング
と量を一定にすることが重要である。しかし即効性のインスリンやインスリン分泌促進
薬を処方されている場合には 1 型糖尿病患者と同じようにもっと自由に食事したり生
活したりすることができる。
2 型糖尿病の人が身体活動を増やすことで、体重が変化するかに関わらず、血糖症を改
善したりインスリン抵抗性を抑えたり、心血管のリスク因子を減らすことができる。1
週間で 150 分の中程度の有酸素運動ができるように少なくとも 3 日間に分けて行い、2
日運動しない日が続かないようにするのが推奨される。負荷をかけたトレーニングも血
糖症を改善するのに有効であり、増殖性網膜症でない 2 型糖尿病の人は週 3 回の負荷を
かけた運動をおこなうことが勧められる。
妊娠中、授乳中の糖尿病患者の栄養摂取介入
勧告
・ 妊娠中は適切に体重が増加するような適量のエネルギー摂取が勧められる。減量は
勧められない。しかし過体重や肥満の妊娠糖尿病の女性はエネルギーや炭水化物の
摂取を控えめに制限するのがよい。(E)
・ ケトアシドーシスや飢餓性ケトーシスによるケトン体血症は避けるべきである。(C)
・ 妊娠糖尿病に対する MNT は適切に体重増加がおこり、正常な血糖値になりケトン
体が出ないようにするために食品を選ぶことを強調している。(E)
・ 妊娠糖尿病は出産後 2 型糖尿病になるリスク因子になるため、体重を減らし、身体
活動を増やすような生活様式の改変が推奨される。(A)
妊娠前の MNT には血中グルコース管理を最適なものにするための個々に合わせた
出産前の食事計画が含まれている。妊娠中のエネルギーと炭水化物摂取の分配は女性の
食物や摂食の習慣や血漿グルコース反応に即したものにするべきである。母体から胎児
が絶えずグルコースを引き出しているため食事の回数や量を一定に保つことは低血糖
18
を防ぐために重要である。血漿グルコースの測定と毎日の食事の記録はインスリンと食
事計画を調整するのに価値のある情報を提供する。
妊娠糖尿病のための MNT には、まず健康妊娠に伴う適切な体重増加や正常血糖を維
持し、ケトーシスが起こらないようにするのに十分なエネルギーを母体と胎児におくる
ように炭水化物を調整した食事計画が含まれる。特別な栄養摂取と食品の勧告が定めら
れ、その後血中グルコースを個々に評価し、血中グルコースの自己測定をおこなうこと
によって修正される。妊娠糖尿病の総ての女性が診断された時点で MNT を受けるべき
である。最近の大規模臨床試験では妊娠糖尿病患者に栄養指導をおこない、血中グルコ
ースを測定し、血糖のコントロールに必要であればインスリン治療をおこなうことで通
常の治療と比べて帝王切開による出産を増やすことなく重大な周産期の合併症を減少
させると報告された。妊婦の健康に関連した生活の質もまた改善された。
妊娠糖尿病で肥満の女性は低カロリーの食事によりケトン血症やケトン尿症にかか
ることがある。しかしほどほどのカロリーの制限(計算上のエネルギー所要量の 30%
までの削減)では妊娠糖尿病で太っている女性でもケトン血症を起こすことなく血糖の
管理を改善でき、母体の体重増加を抑えることができる。このような食事が周産期の結
果にどのように影響を与えるのかを裏付けるデータは十分には得られていない。毎日の
食事の記録と1週間ごとの体重の確認、ケトン体の測定は個々のエネルギー要求量を決
め、インスリン療法を回避するために食べるのを節制しているかを見極めるのに使われ
る。
炭水化物の量と分配は臨床転帰の指標(空腹感、血漿グルコース濃度、体重増加、ケ
トン体濃度)に基づくべきであるが、最低 1 日 175g の炭水化物は提供されるべきであ
る。炭水化物は 1 日の間で、少量または中程度の量の 3 回の食事と 2-4 回の軽食に分配
されるべきである。夜の軽食は夜間ケトーシスが進まないようにするために必要だろう。
他の食事に比べて朝食においては、炭水化物を十分取るべきである。
定期的な身体活動は空腹時や食後の血漿グルコース濃度を下げる助けになり、母体の
血糖症を改善するのを助けると思われる。インスリン療法を MNT に加えるなら食事を
とるときに炭水化物を一定に保つことが第一の目標になる。
妊娠糖尿病のほとんどの女性は出産後通常のグルコース耐性へと移行するがこの後
の妊娠で妊娠糖尿病になるリスクや後の人生で 2 型糖尿病になるリスクは増大する。体
重を減らし、運動量を増やすという妊娠後の生活様式の改善は後に糖尿病になるリスク
を低減することから推奨される。妊娠前から糖尿病であった人や妊娠糖尿病の女性が授
乳をおこなうことは勧められる。しかし授乳をうまくおこなうには治療の計画と調整が
必要である。ほとんどの場合母乳をあげている母親はあまりインスリンを必要としない。
それは育児でカロリーを消費するからである。授乳している女性では育児期間に関連し
て血中グルコースの変動があり、授乳前や授乳中に炭水化物を含んだ軽食を必要とする
ことが報告されてきた。
19
老年糖尿病患者の栄養摂取介入
勧告
・ 糖尿病で太っている老年者には適度なエネルギーの制限や身体活動の増加がいい結
果をもたらすことがある。エネルギーの必要量は同じ体重の若者より少なくした方
が良い。(E)
・ エネルギー摂取を制限している老年者では、毎日マルチビタミンを補給すると特に
よいと思われる。(C)
米国老年医学学会では老年者で糖尿病にかかっている人に対する MNT の重要性を
強調している。肥満の人には体重の 5-10%の適度な減量を指示している。しかし MNT
の評定では 6 ヶ月以内に無意識に 10 ポンドあるいは体重の 5-10%以上の体重の増減が
あれば注意するべきであるとしている。エネルギー制限によっておこる除脂肪体重の減
少を抑えるには運動が必要である。運動トレーニングは、年齢のために起こる最大有酸
素運動能力の衰えを明らかに抑え、アテローム性動脈硬化のリスク因子を軽減し、年齢
による除脂肪体重の減少を遅らせ、インスリン感受性を改善し、糖尿病の老年者にとっ
てすべて良い影響をもたらす可能性がある。しかし運動によりインスリンやインスリン
分泌促進薬を処方されている人を心虚血、筋骨格障害、低血糖といったリスクにさらす
可能性がある。
糖尿病合併症の管理のための栄養摂取介入(三次予防)
微小血管合併症
勧告
・ たんぱく質の摂取を糖尿病や初期の慢性腎臓病の人は 1 日体重 1kg あたり 0.8-1.0g、
後期の慢性腎臓病の人は 0.8gまで減らすと腎臓機能(尿中アルブミン排泄率、糸
球体ろ過量)の検査値が改善されることがあり、推奨される。(B)
・ 心血管のリスク因子に良い影響を与えるような MNT は網膜症や腎症といった微小
血管合併症にも良い影響を与える。(C)
糖尿病の合併症の進展は血糖コントロールを改善し、血圧を下げ、潜在的にはタンパ
ク質の摂取を抑えることにより改善される可能性がある。通常のタンパク質摂取(エネ
ルギーの 15-20%)糖尿病性腎症の進展には関係しないと思われるが、エネルギーの
20%を超えるタンパク質の摂取が腎症の進展に長期的に与える影響についてははっき
りしていない。糖尿病で微量アルブミン尿の人を対象にしたいくつかの臨床試験では尿
20
中アルブミン排泄率や糸球体ろ過量の減少は 1 日体重 1kg あたり 0.8-1.0g までタンパ
ク質の摂取を抑えることにより良い影響をうける。前の部分で 1 日体重 1kg あたり 0.8g
にまで制限すると書いたが、ここまで制限することができなかった被験者にも腎機能の
改善が見られた。
全ての起源のタンパク質を 1 日体重 1kg あたり 0.8g にまで減らした糖尿病で多量ア
ルブミン尿の人は腎機能の衰えを遅らせることになった。しかしこのようにタンパク質
を減らすには慢性腎障害患者がよい栄養状態を保っている必要がある。微量アルブミン
尿の糖尿病患者に動物性タンパク質や特定の動物性タンパク質の代わりに植物性タン
パク質を使う利点がある可能性がないかいくつかの研究がされてきたが、データからは
っきりした結論は出なかった。
観察研究のデータより脂質異常症によりアルブミン排泄が増え、糖尿病性腎症の進展
の速度が上がることが示唆された。1 型糖尿病対象者と 2 型糖尿病対象者の両方で起こ
る血清コレステロールの上昇や 2 型糖尿病対象者で起こる血漿の中性脂肪の上昇は腎
代替療法が必要になる前兆である。これらの観察研究により MNT が糖尿病性腎症に影
響を与えるかは確認できないが、心血管疾患のリスクを減らすために計画された MNT
は糖尿病の大血管合併症にいい影響を与える可能性がある。
治療と心血管疾患リスクの管理
勧告
・ 明らかな低血糖を起こさないようにして、目標とする HbA1C は正常値か正常値に
できるだけ近づける。(B)
・ 心血管疾患のリスクをもつ糖尿病患者は果物、野菜、全粒粉、ナッツを豊富に含む
食事によりリスクが低減する可能性がある。(C)
・ 心不全の兆候がある糖尿病患者は 1 日の食事からのナトリウム摂取を 2000mg 未満
にすることで兆候を抑えることがある。(C)
・ 正常血圧の人や高血圧の人では果物や野菜や低脂肪な乳製品でナトリウムの摂取量
を減らすことにより血圧が下がる。(A)
・ ほとんどの人では、適度に減量することにより血圧に良い影響を与える。(C)
DCCT のフォローアップである EDIC study では、DCCT study の間 1 型糖尿病被
験者は強化療法を行い、血糖コントロールが改善し、複合エンドポイントである心血管
死、心筋梗塞、脳卒中のリスクを明らかに減少させた。治療効果の大部分は HbA1C の
調節で説明がついた。血糖症の改善によりもたらされたリスクの減少はコレステロール
や血圧を下げるといったほかの介入によるものより大きかった。UKPDS の観察的なデ
ータから 2 型糖尿病の心血管疾患リスクは HbA1C が上昇したレベルに比例する。
2 型糖尿病患者に心血管疾患リスクを減少させる MNT 勧告を指導するような大規模
21
なランダム化試験はない。しかし心血管疾患のリスク因子は糖尿病があってもなくても
同じなので健常者の栄養摂取研究でよいとされたものが糖尿病患者にもおそらく適用
できるだろう。食事に含まれる脂肪に関する前章では飽和脂肪酸やトランス脂肪酸の摂
取を制限する必要性を強調した。
糖尿病の大血管合併症と同時に微小血管合併症に進展すると予測される高血圧は減
量、運動、アルコール摂取の適正化、DASH(Dietary Approaches to Stop Hypertension)
でおこなったような食事を含む介入により予防し、管理することができる。DASH の
食事では、果物、野菜、低脂肪の乳製品に重点を置き、全粒粉、鶏肉、魚、ナッツを含
み、脂肪や赤身の肉、菓子、砂糖を含んだ飲み物が減らされていた。
糖尿病の人の血圧は反応に大きなばらつきはあるが、適度な減量に伴って低下する。
定期的に速歩のような有酸素運動をおこなうことで血圧をさげる効果がある。慢性的な
過度の飲酒は高血圧のリスクを増大させることに関係し、適量のアルコール摂取にする
ことは血圧を下げることに関係している。
心臓麻痺や末梢血管疾患は糖尿病患者によくみられるがこれらの合併症の治療で
MNT が果たす役割はほとんど知られていない。米国内科学会や米国心臓学会は先天性
心臓病や症候性心疾患の患者にはナトリウム摂取の適度な制限(1 日 2000mg 未満)を
勧めている。アルコールの摂取は心疾患のリスクが高い患者では勧められない。
急性の合併症に対する栄養摂取介入と急性、慢性期の介護施設にいて共存症をもつ患者
に対する配慮
低血糖
勧告
・ 低血糖治療には 15-20g のグルコースを注射するのが良い。グルコースが含まれる
どんな形の炭水化物を使ってもよい。(A)
・ 低血糖治療に対する反応は 10-20 分であらわれるものである。しかしさらに治療が
必要になるかもしれないから、血漿グルコースを 60 分ぐらいたってもう一度測定
するべきである。(B)
インスリンやインスリン分泌促進薬を服用している人では、食物摂取、運動、薬物を
かえると低血糖になることがある。低血糖の(血漿グルコースが 70mg 未満)治療には
グルコースやグルコースを含む食品を摂取する必要がある。急性の血糖反応は食品中の
炭水化物の量よりもグルコースの量によく相互に関連する。インスリンによって引き起
こされた低血糖では 10g のグルコースを経口摂取することにより血漿グルコースが 30
分にわたって 40mg/dl 程度上がる。一方 20g のグルコースを経口摂取すると 45 分にわ
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たって血漿グルコースが 60mg/dl 程度上がる。どちらの場合もグルコース摂取後 60 分
ぐらいでグルコース濃度は下がりはじめることが多い。
純粋なグルコースを与えるのがより好ましいのだが、グルコースを含むどんな形の炭
水化物も血中グルコースを上昇させる。炭水化物にタンパク質を加えても血糖反応に影
響はなく、後に発生する低血糖を予防することはない。しかし脂肪を加えることで急性
の血糖反応を遅らせ、延長させることがある。低血糖のときは正常の血糖のときに比べ
て胃から腸への排出速度が 2 倍になっていて、それは液状食品を食べたときでも固形の
食品を食べたときでも同じだった。
急性疾患
勧告
・ 急性疾患に罹っている間でも、インスリンや経口グルコース低下薬の服用は続けな
くてはならない。(A)
・ 急性疾患にかかっている間は血漿のグルコースやケトースを検査すること、十分な
水分をとること、炭水化物を摂取することのすべてが重要である。(B)
急性疾患により高血糖になることがあり、1 型糖尿病患者ではケトアシドーシスを起
こす可能性がある。急性疾患にかかっている間は反動性調節ホルモンが普通は付随して
増加するためインスリンやグルコース低下薬の必要性は継続し、しばしば大きくなる。
特に血漿グルコースが 100mg/dl 未満であれば、急性疾患の間、血漿のグルコースやケ
トースをはかること、十分な水分を取ること、炭水化物を摂取することはすべて重要で
ある。成人では 1 日に 150-200g の炭水化物を(3-4 時間ごとに 45-50gずつ)摂取す
れば飢餓性ケトーシスを予防するには十分である。
急性期の介護施設に入っている糖尿病患者
勧告
・ 合同のチームをつくり、MNT を実施し、糖尿病用の特別な退院計画を適時に立て
ることで入院中や入院後の糖尿病患者治療を改善できる。(E)
・ 病院は糖尿病の食事計画システムを導入するということは特別食の炭水化物量の量
を一定にすることであると考えるべきである。(E)
入院中の患者の高血糖はよくあることであり、臨床転帰がよくないことや糖尿病の人
と糖尿病でない人両方の死亡率の重要な指標となる。これらの患者ではグルコースの調
節を最適にすればよりよい結果が期待できる。MNT を全体の管理計画に組み込むには
いろんな分野にまたがる総合的なチームが必要である。糖尿病における栄養摂取の自己
管理教育は病院で教えられる場合があるが、糖尿病患者がより集中して必要性を学べる
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外来や家庭でおこなわれるのが通常は最もよい。
入院患者に理想的な食事計画システムは 1 つもない。しかし一定の炭水化物量の糖尿
病食を考えるシステムを導入することを検討するように病院に提案している。このシス
テムでは食事中のカロリー量を一定にするのではなく、炭水化物の量を一定にする食事
計画を用いている。朝食、昼食、夕食、軽食の炭水化物量は異なっているかもしれない
が、毎日の特別な食事や軽食の炭水化物量は一定に保たれる。ADA は栄養摂取指導や
微量栄養素の比率を何一つ承認しているわけではないので、もはや ADA ダイエットと
は言わないことを勧める。
特別な栄養摂取の問題には流動食、手術時の食事、異化疾患、経腸や非経口の栄養摂
取が含まれる。クリアリキッド食あるいはフルリキッド食を必要とする患者は 1 日に
200g 程度の炭水化物を食事や軽食の時間に同量にわけて摂るべきである。流動食は砂
糖が入っていなければならない。患者には炭水化物とカロリーが必要であり、砂糖が入
っていない流動食はこれらの栄養要求を満たしていない。経管栄養なら標準的な腸管の
処方(50%炭水化物)か炭水化物量を減らした処方(33-40%炭水化物)が使われるだ
ろう。ほとんどの患者のカロリー要求量は 24 時間で 25-35kcal/kg である。高血糖を悪
化させることがあるため、治療は患者が食べ過ぎることのないようにしなくてはいけな
い。手術の後、できるだけ早く食物をとらなければならない。クリア食からフルリキッ
ド食、固形食へ耐えられる範囲でできるだけ早く進めるべきである。
長期間の療養施設にいる糖尿病患者
勧告
・ 長期療養施設にいる老年の糖尿病患者に食事制限を課すことは正当化されない。糖
尿病の人には通常のメニューを提供し、炭水化物の量とタイミングを一定にするべ
きである。(C)
・ 糖尿病患者のための MNT を全体の管理に組み込むにはいろいろな分野合同のチー
ムによるアプローチが必要である。(E)
・ 以前に述べた「甘いものをたくさん食べない」
、「砂糖を加えない」ダイエットを裏
付ける根拠はない。(E)
・ 介護施設に入っている老人は栄養不足になりやすいので、体重を減らすダイエット
を指示する場合には注意が必要である。(B)
老人養護施設に住んでいる人ではまだ診断されていない糖尿病の罹患率が高いがこ
のような人がすべて薬物療法を必要とするわけではない。養護施設に入っている糖尿病
の老人は過体重になるより低体重になる傾向がある。低体重なのはこの世代の人の罹患
率や死亡率が高いことに関係してきた。経験からこの人たちは食事の制限が少ないほど
食が進むことがわかってきた。このような場合には特別な糖尿病食が通常の食事よりも
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優れているとはいえないようである。甘いものを集中させず、糖分がすくない食事の計
画や進歩的な糖尿病の食事もまたもはや適切ではない。これらの食事は近年の糖尿病栄
養摂取勧告を反映していないし、ショ糖を制限する必要はない。(このようなタイプの
食事は急性期治療の施設より慢性的治療の施設にあっている。)グルコースや脂質や血
圧を管理するために、食事の制限をおこなうより薬剤を代えるほうが医原性の栄養失調
になるリスクを軽減できる。勧められる特別な栄養摂取介入は年齢や平均余命、共存症、
患者の好みに依存するだろう。
まとめ:糖尿病における栄養摂取の勧告と介入
糖尿病における栄養摂取に関する主要な勧告や介入は表 3 にあげてある。グルコース
や HbA1C、血圧、体重、腎機能を含む代謝指標を測定することは治療を変える必要性
を評価し、いい結果を請け負うために欠かすことができない。MNT の多くの側面はさ
らに研究が必要である。
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