改定された(AHA)PADガイドライン:要点と背景

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第 12 回 臨床血圧脈波研究会 教育講演
改定された
(AHA)
PAD ガイドライン:要点と背景
重松 宏(山王メディカルセンター・血管病センター長、国際医療福祉大学教授)
末梢動脈疾患(peripheral arterial disease;PAD)は、
高血圧や糖尿病、脂質異常症、喫煙歴などを背景として
発症し、冠動脈疾患や脳血管障害を高率に併存した全身
的な動脈硬化症の一部分症である。血管外科を専門とし
PAD 診療で最も重要な目標は虚血による肢切断の回避
ないプライマリ医にとっても日常診療で遭遇することの
である。そこで何らかの治療をしなければ肢切断に至る
少なくない疾患となっており、その診断や管理に関する
リスクの高い重症虚血肢(critical limbischemia;CLI)と
知識や理解が必須のものとなっている。
はどういう病態なのか、その定義付けや診断基準などの
本講演では、アメリカ心臓病学会 / アメリカ心臓協会
議論が血管外科医を中心に 1980 年代になって始まった。
(ACC/AHA)が 2011 年秋に改訂を行った PAD の診療ガイ
また国や地域で診断や治療方針が大きく異なることが明
ドラインについて、その改訂点を歴史、背景なども交え
らかになり、これらの標準化が求められるようになった。
て解説する。
そのようななか 1990 年代後半に作成されたのが、欧米諸
Fontaine 分類と
Doppler 血圧計によるABI
12
重症下肢虚血の診断基準と
診断アルゴリズム
国の 14 学会による PAD の診療ガイドライン「TASC(TransAtlantic Inter-Society Consensus)」である。
TASC には 20 世紀の主な論文が網羅され、血管外科や
PAD の評価の元となる虚血肢の臨床症状分類としては、
循環器内科などの専門医には役立つものであったが、分
Fontaine が 1954 年に提唱した Fontaine 分類がヨーロッ
量は 300 ページにも上り、プライマリケアを主とする一
パや日本を中心に広く用いられてきた。Ⅰ度が動脈硬化
般内科医が日常診療に生かしにくかった。そこでさらな
の閉塞があるが無症状、Ⅱ度が間欠性跛行、Ⅲ度が安静
る検討がなされ、2007 年、改定版となる TASC Ⅱが刊行
時疼痛、Ⅳ度が潰瘍・壊死となっており、Ⅲ度とⅣ度を
された。わが国では日本脈管学会が翻訳、
「下肢閉塞性動
重症下肢虚血、何も治療をせず放置すれば 1 年以内に肢切
脈硬化症の診断・治療指針Ⅱ」として発行した。今回、紹
断に至る危険性の高い重症の下肢虚血としている。一般
介する改訂版は ACC/AHA による診療ガイドラインだが、
に下肢虚血があっても、下腿の動脈が 1 本程度の閉塞した
こちらの作成作業も TASC Ⅱと並行しながら進められ、
ぐらいであれば側副路ができるため臨床症状に現れない
2006 年初頭に発表された。
ことがある。そういう意味では、Fontaine 分類のⅠ度、
ACC/AHA の診療ガイドラインでは PAD の発症リスク
動脈閉塞はあるけれど臨床症状はないという概念は非常
として「50 歳以下で糖尿病と動脈硬化の危険因子を 1 つ以
に重要であった。
上もつ」
「50 〜 69 歳の年齢層で喫煙歴や糖尿病がある」
「70
1960〜70年代になると、客観的な評価法としてDoppler
歳以上」
「運動時に下肢症状(跛行を疑わせる)や安静時虚
血圧計を用いた動脈圧測定が臨床応用されるようになっ
血性疼痛がある」
「下肢末梢動脈拍動の異常がある」
「動脈
た。ここから足関節 / 上腕血圧比(ankle brachial pressure
硬化性冠疾患、頸動脈病変、腎動脈病変がある」という 6
index;ABI)を求めることで、個々人で異なる動脈圧にお
項目を挙げ、該当者については PAD のスクリーニングの
いても肢虚血重症度を標準化することが可能となった。
必要性を提唱している。
現在では本法にとどまらず、さまざまな肢虚血重症度評
このような高リスク対象者においてはまず Doppler 血
価が試みられているが、Doppler 血圧計を用いた動脈圧測
圧計を用いた ABI 測定を実施、0 .9 以下であれば PAD と
定は測定値の再現性に優れ、検者間による誤差が少なく、
診断する(図 1)。一方、1 .4 以上については下腿動脈の石
環境条件に左右されない。また機器が安価であることな
灰化を伴う例が多く、見かけ上高くなっている可能性を
どから、虚血肢の客観的評価法として広く世界で用いら
否定できないため、Doppler 血圧計を用いた方法以外の方
れている。
法を用いることを推奨している。0 .9 ~ 1 .4 では運動負荷
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教育講演
図 1 ● ASO 診断のアルゴリズム
TASC Ⅱ
年齢 50∼69 歳で喫煙または糖尿病例
年齢 70 歳以上
労作性の下肢症状あるいは身体機能の低下
下肢血管検査の異常
心血管リスクの評価
足関節/上腕血圧比(ABI)の測定
>1.40
0.91∼1.40
血管検査室:
−TBI または VWF
−複合画像診断
跛行症状
−ABI トレッドミル検査
正常な結果:PAD ではない
異常な結果
≦0.90
運動後
ABI 値低下
運動後の ABI 値が正常で
PAD ではない
他の原因の評価
末梢動脈循環障害
で ABI が低下することがあるため、ABI トレッドミル検査
を施行するよう明記されている。
アウトカムでみる
PAD患者の予後
大規模観察研究REACH Registryと
アテローム血栓症
(ATIS)
こうした PAD の予後についてはさまざまな報告が出て
いるが、そのなかでも特に注目すべき研究として、REACH
PAD が重要視されている理由は、PAD 患者の予後の悪
Registry という大規模な観察研究が挙げられる。REACH
さにある。
Registry は世界44カ国、68,000人の患者を登録・フォロー
図 2 を見ると、間欠性跛行では 70 〜 80%の患者で症状
した研究で、対象者は狭心症、心筋梗塞などの冠動脈疾患、
が不変、何らかのインターベンションが必要な重症虚血
脳血管疾患、末梢動脈疾患の既往をもつ患者、アテロー
状態は10〜20%、
肢切断に至るのは2〜3%にすぎないが、
ム血栓症のイベントリスクをもつ患者、ABI が 0 .9 未満で
PAD 患者の生命予後をみると、死亡率は 15 〜 30%と高い。
間欠性跛行の患者などである。
主な死因は心血管イベントの発症である。他疾患のわが
本研究では PAD で登録した患者の実に 50% 以上が冠動
国での五年生存率と比較すると、乳がんが 85%、進行大
脈疾患をもち、25%が脳血管障害をもっていることが判
腸がんが 68%に対し、PAD(ASO)は 60 〜 70%でがんと
明した。脳も心臓も下肢も悪いという割合は 14%に上る
比較しても予後は悪い。PAD 患者にとって重要なのは、
ことも明らかになった。また、冠動脈疾患で登録した患
虚血肢の臨床症状の改善もさることながら、生命予後の
者の 25%、脳血管障害で登録した患者の 40%、PAD で登
改善であることは間違いない。
録された患者の 60% 以上が多臓器、つまり重複した臓器
13
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図 2 ● 跛行患者の 5 年後の転帰
アテローム硬化による下肢 PAD 患者群の自然経過
PAD 集団(50 歳以上)
最初の臨床症状
無症候性 PAD20∼50%
他の下肢痛 30∼40%
典型的な跛行 10∼35%
重篤な下肢虚血 1∼3%
1 年のアウトカム
進行性機能障害
両下肢で生存
45%
切断
30%
死亡率
25%
5 年のアウトカム
下肢の有病率
跛行症状不変
70∼80%
跛行の悪化
10∼20%
心血管有病率と死亡率
重症虚血肢
5∼10%
非致死性心血管イベント
(MI または脳卒中)20%
切断
(CLI データを参照)
CV が原因
75%
CV 以外が原因
25%
に病変をもっていることも分かった。
の PAD と心血管イベント発生率に有意差がないことを報
最近では、REACH Registry などの研究により冠動脈疾
告した。
患、脳血管障害、PAD はそれぞれ別の病気と捉えるので
はなく、包括的に polyvascular disease として診断すべ
きという考え方が出てきている。その概念がアテローム
14
死亡率
15∼30%
ACCF/AHA「PAD 診療ガイド
ライン」
の改訂点について
血栓症
(atherothrombosis;ATIS)
である。
ACC/AHA による PAD の診療ガイドラインの今回の改
2004 年の WHO の調査では世界の死亡原因の第 1 位は
訂では、Diehm らの報告などから「ABI 測定を行うべき対
ア テ ロ ー ム 血 栓 症(22 %)で、 感 染 症(19 .1 %)、 が ん
象者の年齢を 70 歳から 65 歳以上に引き下げる」
、「ABI が
(12 .5%)
、AIDS(4 .9%)の割合をはるかに上回っていた。
0 .91 以上 1 .00 未満を正常ではなく Borderline とする」と
Framingham Heart Study でも 60 歳男性の平均余命は冠
いう項目が付け加えられた(表 1)
。ほかにもエビデンスレ
動脈疾患に既往があると 7、8 年、急性心筋梗塞では 9 年、
ベルは Class Ⅱ b と高くはないが、症候性 PAD には抗血小
脳 卒 中 で は 12 年 も 悪 い こ と が 示 さ れ て い る。 前 出 の
板薬のアスピリンとクロピドグレルを、0 .90 以下の無症
REACH Registry でも、多臓器に病変が及ぶほど予後が悪
候性 PAD にも抗血小板薬投与を推奨、などの項目が盛り
いことが報告されている。このようにアテローム血栓症
込まれた。
は平均生命予後がきわめて悪い非常に重要な病態である
繰り返しになるが、REACH registry などで明らかに
ことが知られるようになった。
なったように、脳血管障害や虚血性心疾患、PAD は、そ
Framingham Heart Study や REACH Registry 以 外 に
れぞれ別臓器の疾患と捉えるのではなく、全身的な動脈
も、POPADAD、CLlPS、CHARISMA、WAVE、BASIL
硬化症の一部分症と考え、アテローム血栓症として包
など、2005 年以降になって多くの臨床比較試験や観察研
括 的 に 診 断 や 治 療 を 行 う 必 要 が あ る。 と く に PAD は
究の結果が報告されたが、疫学的診断面では、2009 年に
polyvascular disease の代表格であり、全身的動脈硬化症
Diehm らが 6 ,880 例を 5 年間にわたって観察した結果、
を早期に診断する “window” としての ABI 測定の重要性が
65 歳以上の高齢者では無症候性の PAD であっても症候性
増している。
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教育講演
表1 ● 米
国のPADガイドラインのまとめ
No.
項目
ガイドライン 2005
ガイドライン 2011
1
ABI 境界領域
なし
0.91∼0.99
2
ABI 正常範囲
0.91∼1.30
1.00∼1.40
3
ABI の測定対象
しびれ、冷感のある患者
70 歳以上
50 歳以上(喫煙歴、糖尿病)
65 歳以上
しびれ、冷感のある患者
50 歳以上(喫煙歴、糖尿病)
4
禁煙
禁煙治療の推奨
禁煙治療の推奨
(禁煙プログラム、治療薬の使用)
5
抗血小板薬
PAD 患者に推奨
ABI:0.9 以下の PAD 患者に推奨
(境界領域は未確認)
表 2 ● ABI 検査結果−全体
人数(%)
エリア
総数
低値異常
≦0.9
境界域
0.91∼0.99
正常
1.0∼1.4
高値異常
>1.4
札幌
288
18(6.3)
24(8.3)
246(85.4)
0(0)
仙台
203
3(1.5)
5(2.5)
195(96.1)
0(0)
東京
682
8(1.2)
33(4.8)
640(93.8)
1(0.1)
名古屋
300
5(1.7)
19(6.3)
275(91.7)
1(0.3)
大阪北
150
12(8.0)
18(12.0)
120(80.0)
0(0)
大阪南
119
4(3.4)
10(8.4)
103(86.6)
2(1.7)
岡山
238
4(1.7)
13(5.5)
221(92.9)
0(0)
福岡
306
9(2.9)
19(6.2)
277(90.5)
1(0.3)
総計
2,286
63(2.8)
141(6.2)
2,077(90.9)
5(0.2)
日本心・血管病予防会の
「TAKE ! ABI」
値的な問題が認められた(表 2)。年齢別では 50 歳代、60
歳代、75 歳以上と加齢とともに低値異常の発生頻度が高
くなっていた。
最後にわが国の PAD の現状について、簡単に紹介する。
東京地区についてのみ既往歴のアンケート調査を行っ
われわれは「一般社団法人 日本心・血管病予防会」と
たが、狭心症や心筋梗塞、脳梗塞の既往があったのは
いう団体を発足し、2011 年は
「TAKE ! ABI」
というキャッ
13%だった。現在、多側面から解析中だが、わが国でも
チフレーズを掲げ、全国 7 カ所、8 地域でイベント行った。
PAD の患者は決して少なくなく、脳血管疾患や冠動脈疾
イベントでは任意の 2500 名以上の参加者で ABI 測定が行
患を将来発症する頻度が高い群であること認識し、何か
われたが、そこで明らかになったことは、低値異常
(≦ 0 .9)
しらの介入を行う必要があると考える。
が 2 .8%、境界域(0 .91 〜 0 .99)が 6 .2%、併せて 9%に数
15