最近の会計基準の改正が会社法決算に与える影響

押さえておきたい会計・税務・法律
最近の会計基準の改正が会社法決算に与える影響
公認会計士 太田達也
• Tatsuya Ota
当法人のフェローとして、法律・会計・税務などの幅広い分野で助言・指導を行っている。また、豊富な知識・経験および情報力を生か
し、各種実務セミナー講師、講演などにおいて活躍している。著書は多数あるが、代表的なものとして『会社法決算書作成ハンドブック』
(商事法務)
、
『
「純資産の部」完全解説』『「固定資産の税務・会計」完全解説』『合同会社の法務・税務と活用事例』(以上、税務研究会出
版局)
、
『例解 金融商品の会計・税務』(清文社)、『減損会計実務のすべて』
(税務経理協会)などがある。
Ⅰ はじめに
ますが、単体の決算には全く影響がありません。剰余
金の分配可能額は個別計算書類の剰余金の額をベース
いわゆる東京合意に基づいて行われた会計基準の一
連の改正が、企業の実務に大きな影響を与えたことは
に計算されるので、この改正は剰余金の分配可能額に
は全く影響がありません。
言うまでもありません。ただし、改正内容によっては、
金融商品取引法上の有価証券報告書の財務諸表に与え
る影響と、会社法上の計算書類に与える影響が異なっ
2. 退職給付債務の計算に関する改正が会社法決算に
与える影響
たり、また、連結と個別の取扱いが異なったりしてお
割引率や期間帰属方法に係る改正等の、退職給付債務
り、そのような観点から一定の整理を行うことが実務
の計算に関する改正は、原則として、平成26年4月1日
上有用であると思われます。
以後に開始する事業年度の期首から適用されています。
本稿では、最近行われた各会計基準の改正が会社法
期間帰属方法について期間定額基準から給付算定式
決算に与える影響を整理するとともに、連結決算と個
基準に会計方針を変更した場合、または、適用初年度
別決算で異なる取扱いとなる事項等も含めて解説する
の期首において割引率を見直し、その影響額を数理計
こととします。
算上の差異として処理せず、会計方針の変更による影
なお、本稿の意見にわたる部分は、筆者の私見であ
ることをお断りします。
響額に含めて処理した場合は、適用初年度の期首の利
益剰余金が増減することになります。本改正を原則ど
おり期首から適用した場合、会社法上の計算書類でも、
期首の利益剰余金が増減します。しかし、前期までの
Ⅱ 退職給付会計基準
計算書類の確定に影響するわけではありません。
なお、期首の剰余金が増減した会社では、平成26
1. 未認識項目の即時認識が会社法決算に与える影響
未認識項目の即時認識は、原則として、平成26年
3月31日以後に終了する事業年度の年度末から、連結
年4月1日以後に最初に開始する事業年度(3月決算会
財務諸表にのみ適用されています。
よび「会計方針の変更を反映した当期首残高」を区分
もちろん会社法上の連結計算書類にも適用されてい
社の場合、平成27年3月期)における株主資本等変動
計算書上、「会計方針の変更による累積的影響額」お
して表示する点に留意が必要です※1(<表1>参照)。
※1 財務諸表等規則・様式第7号の記載上の注意7、連結財務諸表規則・様式第6号の記載上の注意6に定められている。会社
法上も公正な会計慣行のしん酌(会社計算規則3条)から、同様に表示することになると考えられる。
2 情報センサー Vol.101 February 2015
▶表1 株主資本等変動計算書の記載例
評価・換算
差額等
株主資本
資本金
資本剰余金
資本準備金
利益剰余金
利益準備金
その他利益剰余金
別途積立金
当期首残高
XX
XX
XX
XX
会計方針の変更による累積的
影響額
会計方針の変更を反映した当
期首残高
自己株式
繰越利益
剰余金 XX
△XX
XX
XX
XX
XX
XX
株主資本
合計 XX
XX
その他
有価証券
評価差額金
XX
XX
△XX
XX
XX
当期変動額
○○○
XX
XX
○○○
XX
XX
当期純利益
XX
XX
株主資本以外の項目の当期変
動額(純額)
XX
当期変動額合計
XX
当期末残高
XX
XX
XX
XX
XX
△XX
XX
XX
XX
XX
なお、会社法上の剰余金の分配規制は効力発生日基
会社の財産または損益の状態を正確に判断するために
準なので、剰余金の分配可能額を算出するベースとな
必要である場合には、重要な会計方針に係る事項に関
る剰余金の額については、期末日の剰余金の額から、
する注記(会社計算規則98条1項2号、101条3号)と
剰余金の配当等の効力発生日までの剰余金の額に置き
して記載することになると考えられるとされています。
換えるために変動要因を加味することになっています。
また、企業の採用する退職給付制度の概要についても、
しかし、会計方針の変更による期首の剰余金の変動に
会社の財産または損益の状態を正確に判断するために
ついては、加味すべき変動要因として会社法および会
必要である場合には、その他の注記(会社計算規則98
社計算規則に規定されていません。従って、例えば3月
条1項19号、116条)として記載することになると考
期決算の場合、平成26年4月1日(平成27年3月期の
えられるとされています。
期首)における利益剰余金の増減は、平成27年3月
また、連結計算書類上は、従来は「退職給付引当金
期の決算が確定することにより「最終事業年度の末日
の計上基準」が連結注記表における「引当金の計上基
における剰余金の額」に含まれるので、平成27年3
準」の項目に記載されていました。改正後の退職給付
月期に係る期末配当を行うに際しての剰余金の分配可
会計基準の適用後は、退職給付に係る負債の計上基準
能額に反映されることになります。
について、重要性がある場合には「その他連結計算書
類の作成のための重要な事項」(会社計算規則102条
3. 開示の充実が会社法決算に与える影響
退職給付に関する注記の充実が図られましたが、会
1項3号ニ)に該当し、「連結計算書類の作成のための
基本となる重要な事項に関する注記」として記載する
社計算規則は直接改正されていません。しかし、法務
こととなり、その際「退職給付に係る負債の計上基準」
省の立案担当者による次の見解をしん酌する必要があ
等の項目を付すことは差し支えないとされています。
ると考えられます
※2
。すなわち、退職給付会計基準の
適用による退職給付の会計処理基準に関する事項が、
なお、期間帰属方法として、期間定額基準または給
付算定式基準のいずれを採用しているかは、通常は会
※2 髙木弘明「会社計算規則の一部を改正する省令の解説」旬刊商事法務No.2001、p.33.
情報センサー Vol.101 February 2015 3
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社の財産または損益の状態を正確に判断する上で重要
報の株主・債権者にとっての有用性の程度等が明らか
性があると思われます。原則として、いずれを採用し
となった将来において、改めて検討する予定である」
ているかを注記することになると考えられます。
と説明されています。すなわち、会社法における包括
利益の導入は、個別および連結ともに、当面の間、見
送られるものとされました。ただし、会社法上、連結
Ⅲ 過年度遡及会計基準
包括利益計算書を任意で参考情報として開示すること
は差し支えないものとされています。
そ きゅう
過年度遡及会計基準は、平成23年4月1日以後に開
なお、任意で参考情報として開示した連結包括利益
始する事業年度の期首以後に行われる会計上の変更お
計算書は、監査対象外です。監査対象である連結損益
よび誤
計算書と、監査対象外である連結包括利益計算書を結
ご びゅう
の訂正から適用されています。
会計方針の変更を行い、遡及適用した場合であって
も、会社法上は、会計方針の変更による前期以前の累
合する1計算書方式は適当ではなく、2計算書方式が
適当であると考えられます。
積的影響額を当期の期首残高に反映するのみであり、
前期以前の計算書類の確定には何ら影響しません。ま
た、過去の誤
を訂正するための修正再表示が行われ
Ⅴ 企業結合会計基準
たとしても、過年度の計算書類の確定または未確定と
は直接関係はありません。
以下の改正は、平成27年4月1日以後に開始する事
会社法上では、各事業年度において、当期の計算書類
業年度の期首から適用されますが、平成26年4月1日
のみを開示し、前期以前の計算書類は開示されません。
以後に開始する事業年度の期首から早期適用すること
そのため、誤
も認められます。
を発見し修正再表示を行う場合は、例
外的に前期末の残高に、前期までの会計上の遡及処理
の累積的影響額を加算(または減算)した額を、当期
首の残高として用いて当期の会計処理を行うことが許
される会計慣行が新たに成立したと捉えられます※3。
過年度遡及会計基準に従い、過去の誤
の訂正に該
1. 取得関連費用
企業結合における取得関連費用のうち対価性がある
と認められる部分について、改正前の会計基準では、
取得原価に含めることとしていましたが、改正により、
当するものについて修正再表示という遡及処理が行わ
発生した事業年度の費用として処理することとされま
れたとしても、確定済みの過年度の計算書類自体を修
した(企業結合会計基準26項)。なお、取得原価に含
正したり、手続または内容の誤りのために未確定と
められなかった取得関連費用は、注記により開示する
なっている過年度の計算書類を確定させたりするよう
こととされました(企業結合会計基準49項)。
な効果を持つものではありません。従って、手続また
個別財務諸表上の合併の会計処理における取得関連
は内容の瑕疵のために未確定となっている過年度の計
費用のほか、個別財務諸表では付随費用として株式の
算書類を確定させるためには、従来どおり、株主総会
取得原価に含まれているような取得関連費用について
の決議など所定の手続を行う必要がある点に変わりは
も、連結財務諸表上は費用処理されることになります。
ありません。
従って、株式の取得に係る付随費用については、個別
か
し
財務諸表上、取得原価に含めたものを、連結修正仕訳
により連結財務諸表上、費用処理することになる点に
Ⅳ 包括利益会計基準
留意する必要があります。
また、子会社株式の一部売却により、子会社に対す
包括利益の会社法上の取扱いについては、包括利益
る支配を喪失し、同社に対する投資がその他有価証券
導入時の法務省の立案担当者によれば「計算書類また
になった場合、当該その他有価証券は個別財務諸表上
は連結計算書類として、包括利益に関する計算書の作
の帳簿価額で評価されます(連結会計基準29項なお
成を求めるかどうかについては、包括利益に関する情
書き)。この個別財務諸表上の帳簿価額には取得関連
※3 郡谷大輔・和久友子 編著『会社法の計算詳解(第2版)』(中央経済社、2008年)
、p.104.
4 情報センサー Vol.101 February 2015
費用が含まれることになりますが、連結財務諸表上、
この改正に伴い、企業結合会計基準に従って暫定的
取得時に費用処理されていることとの調整は、売却損
な会計処理の確定が企業結合年度の翌年度に行われ、
益を通じて行われるのではなく、連結株主資本等変動
当該年度の株主資本等変動計算書のみの表示が行われ
計算書の利益剰余金の部で直接加算されることとされ
る場合には、期首残高に対する影響額を区分表示する
ました。
とともに、当該影響額の反映後の期首残高を記載する
なお、個別財務諸表上で株式の取得原価に含まれ
る付随費用と、財務諸表の注記の対象ともなる企業
結合における取得関連費用の関係が、金融商品Q&A
Q15-2で整理されているので、ご参照ください。
会社計算規則では、取得原価に含められなかった取
得関連費用に係る注記の規定は設けられていません。
ものと定められました(株主資本等変動計算書に関す
る会計基準5-3項)。
会社法上は、前期の計算書類を開示しないため、見
直しの影響を当期の期首残高に反映し、当期の株主資
本等変動計算書に、当期首残高に対する影響額を区分
して記載するものと考えられます。
重要性が高い場合に追加情報として注記することは考
えられますが、通常は注記しない場合が少なくないと
思われます。
2. 暫定的な会計処理
暫定的な会計処理の確定が企業結合年度の翌年度に
行われた場合、改正前の会計基準では、企業結合年度
に当該確定が行われたとしたときの損益影響額を、企
業結合年度の翌年度において特別損益に計上すること
としていました。改正により、企業結合年度の翌年度
の財務諸表と併せて企業結合年度の財務諸表を表示す
るときには、当該企業結合年度の財務諸表に、暫定的
な会計処理の確定による取得原価の配分額の見直しの
影響を反映させることとされました(企業結合会計基準
(注6)
、企業結合・事業分離等適用指針70項、73項)
。
<平成27年3月期決算法人対応>決算・税務申告対策の手引
• 出版社:税務研究会出版局
• 価格(税抜き):2,200円
• 発行年月:2014年12月
• 概要:
最新の法令・規則、会計基準・実務指針の改正、通達などを踏まえ、決算直前に押さ
えておくべき事項を総合的に解説しています。
特に、平成27年3月期決算対応として、退職給付会計基準の改正、税制改正、消費税
の税率引き上げ、法人税率の引き下げへの実務対応、地方法人税の創設も含めたその
他の税務および会計の改正事項についても、記載例や申告調整方法などを交えて詳し
く解説しています。 実務に携わる皆さまの疑問を解決する有用な一冊となっています。
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