IC-ICP-MSによるクロムのスペシエーション分析

―超高感度価数別分析の検討と飲料水・環境水への応用−
サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社
キーワード
Application Note EL13011
IC-ICP-MSによるクロムのスペシエーション分析
引きを水道事業者向けに公表しています。また、米国環境保護庁
iCAP Q ICP-MS、Dionex ICS-5000+、クロム、スペシエーション、イオンクロマトグラ
フィー
カリフォルニア州環境保健有害性評価局(OEHHA )は全クロム
ではなく毒性の高い Cr(Ⅵ)の水質目標値を定めており、その値
は0.02 µg/Lと極めて低濃度です。今後、高感度で迅速な形態別
分析手法がさらに重要になると考えられます。
目的
このアプリケーションノートでは、
イオンクロマトグラフの高感度検出器として ICP-MSを
用いて、
クロムを価数別に高感度に分析する方法について説明します(IC-ICP-MSによ
るクロムのスペシエーション分析については、
アプリケーションノート EL12004もあわせ
てご覧ください)
。
IC-ICP-MSによる正確で高感度なスペシエーション分析におい
ては、試料中のクロムの形態を保持したままで前処理や測定が行
えること、および ICP-MSにおけるスペクトル干渉の克服が重要
なポイントとなります。
装置
はじめに
クロムは環境中においていくつかの化学形態で存在し、その化学
ク ロ マト グ ラ フィー 分 離は、
Thermo Scientific™ Dionex™
形態により毒性、生体への影響や環境中での挙動が異なるので、
ICS-5000+イオンクロマトグラフィーシステムを用いて実施しま
曝露評価をする場合には、それらを化学形態別に定量する必要が
した。このシステムの試料経路は完全に金属フリーであるため、
あります。米国環境保護庁(EPA )では、Cr(Ⅵ)を長期的に摂取
汚染がなく、今回検討したような超微量レベルでの元素のスペシ
した場合、健康上問題があるという最新の科学的見地に基づき、
エーション研究に適しています。Dionex ICS-5000+から溶出し
飲料水中の Cr(Ⅵ)の分析方法やサンプリング法などに関する手
た Cr 種の高性能元素検出器として、Thermo Scientific iCAP™
Qc ICP-MSを用いました。QCellコリジョンセルには flatapole
テクノロジーが用いられており、
IC-ICP-MSアプリケーションに
おいて、スペクトル干渉を抑制する選択性と、微量金属の高い検
出性能を同時に実現します。ICのカラム出口配管と PFA-LCネブ
ライザーを直接接続して、簡単に ICと ICP-MSを連結することが
できます。
iCAP Q ICP-MS
Dionex ICS-5000+ HPIC システム
2
分離条件
Dionex ICS-5000+でのクロマトグラフィー分離条件を表1に示
します。Cr 種の分離については、硝酸によるアイソクラティック溶
出を用いる陰イオン交換クロマトグラフィーを選択しました。2
種類の Cr 種の電荷は異なりますが( pHに応じて Cr( Ⅲ)は主
3+
に[ Cr(H2 O )
Cr(Ⅵ)は H2 CrO4、HCrO4−、CrO42−、または
6] 、
Cr 2 O 72−として存在)、Dionex IonPac AG7カラムは陽イオン、陰イ
オン双方に対し分離能があるため、いずれも溶出できます。このメ
ソッドでは、逆 相イオン 対クロマトグ ラフィーとは 対 照 的に、
EDTAなど錯化剤による試料前処理は必要なく、ろ過や希釈、酸
表1:IC分離条件
パラメーター
設定
溶離液
0.4 mol/L HNO3(イソクラティック)
流速
1.2 mL/min
カラム
Dionex IonPac AG7
(4 mm i.d. 50 mm length)
カラム温度
30 ℃
注入量
1000 µL
測定所要時間
300 秒
添加などの簡単な前処理のみで分析できます。結果として、
前処理
による汚染のリスクが排除され、試料処理効率も向上します。溶
離液は0.4 mol/Lの硝酸としました。0.3 mol/L 以下では Cr(Ⅲ)
が溶出せず、酸濃度が高すぎると Cr(Ⅵ)が還元され損失する恐
表 2:ICP-MS測定パラメーター
パラメーター
設定
ネブライザー
ESI PFA-LC ネブライザー
スプレーチャンバー
石英製サイクロン型
インジェクター
石英製 内径 2.5 mm
ICP-MSの測定パラメーターを表2に示します。純 Heガスを用い
ネブライザーガス流量
0.99 L/min
た運動エネルギー分別(KED )コリジョン条件で、
ArC、ClOHな
高周波出力
1550 W
QCell He ガス流量
4.3 mL/min
QCell KED 設定電圧
+3 V
れがあります。 本 検 討では、高 感 度 化のため、試 料 注 入 量を
1000 µLとし、カラムには4×50 mmのガードカラムを用いまし
た。この条件下で、
Cr(Ⅲ)と Cr(Ⅵ)が300秒以内で完全に分離
されました。
52
どの 干 渉を 除 去して、
Crと53 Crを 測 定しました。iCAP Qの
Thermo Scientific QtegraTMソフトウェアには、クロマトグラム
を解析できる時間分解分析機能が標準装備されており、
Dionex
ICS-5000+もこのソフトウェアから制御することが可能です。
試料
分離条件の検討および低濃度域検量線の作成には市販のクロム
標 準溶 液を 使 用し、0.04 mol/Lの 硝 酸で 希 釈して、
0、2、5、10、
50 ng/Lに調製しました。実試料として、市販のボトル入りミネラ
ルウォーター、水道水および河川水認証標準物質(NMIJ 7201-a
およびJSAC 0301-3)を分析しました。また、ミネラルウォーター
1点に標準溶液を添加して、添加回収率を検討しました。試料は
高純度硝酸であらかじめ洗浄した PPボトルに採取し、分析直前
に硝酸を添加(0.04 mol/L )して分析を行いました。
測定同位体
積分時間
Cr、53Cr
52
100 ms
結果と考察
3
最初に標準溶液を用いて検量線を作成しました。標準溶液は0.04 mol/Lの硝酸で希釈して調製しました。酸を添加しない中性の標準
試料では、試料容器などへの吸着によりクロムの損失が確認され、ng/Lオーダーの低濃度域の測定の場合にはその影響が無視できな
いためです。各標準溶液のクロマトグラムを図1に、
検量線を図2に示します。各化学種とも2 ng/Lからピークが観察され、
2 ∼ 50 ng/Lの
低濃度域でも良好な直線性が得られました。S/N比から算出した検出下限と定量下限を表 3に示します。Cr(Ⅳ)で2 .5 ng/L、Cr(Ⅲ)
で3 .3 ng/Lの定量下限が得られました。また、各化学種5 ng/Lの繰り返し再現性(n =3)は CV 5 %以下でした。
実試料での本メソッド評価のため、ボトルウォーター 1試料に Cr(Ⅵ)、
Cr(Ⅲ)を50 ng/L添加して測定しました。添加試料と標準溶液
で保持時間はよく一致し(図3)、回収率は Cr(Ⅵ)で108 %、Cr(Ⅲ)で102 %でした。
Cr(Ⅵ)
Cr(Ⅲ)
図1:標準溶液のクロマトグラム
Cr(Ⅵ)
Cr(Ⅲ)
図2:Cr(Ⅵ)、Cr(Ⅲ)の検量線(0、2、5、10、50 ng/L )
表3:本メソッドにおける検出下限と定量下限 化学種
Cr(Ⅵ)
ng/L
Cr(Ⅲ)
ng/L
検出下限
0.8
1.0
定量下限
2.5
3.3
Application Note EL13011
Cr(Ⅵ)
Cr(Ⅲ)
図3:Cr(Ⅵ)、Cr(Ⅲ)のクロマトグラム(標準溶液を添加したミネラルウォーター)
実試料への適用
表5:河川水認証標準物質の分析結果
ボトルウォーター、水道水の分析結果を表4に、河川水認証標準物
試料名
Cr(Ⅵ)
ng/L
Cr(Ⅲ)
ng/L
Cr 認証値
ng/L
では Cr(Ⅵ)が、河川水認証標準物質には硝酸があらかじめ添加
CRM JSAC 0301-3
n.d.
159
されているため、Cr(Ⅲ)が主要な形態として検出されました。ま
160 ± 1
CRM NMIJ 7201-a
n.d.
129
140 ± 5
質の分析結果を表5に示します。ボトルウォーターおよび水道水
た、認証標準物質の結果は認証値とほぼ一致しました。飲料水や
河川水には Cl、Cなどが 含まれることから、ClOH、ArC等の多原
子イオンの干渉の影響が懸念されますが、同位体比52 Cr/53 Crは、
まとめ
理論値8 .81とほぼ一致し、iCAP Qの He KEDモードで干渉が除
Dionex ICS-5000+イオンクロマトグラフィーシステムと iCAP
去されていることが確認できました。
Qc ICP-MSを組み合わせることにより、天然水中の ng/Lレベル
の Cr(Ⅲ)と Cr(Ⅵ)のスペシエーション分析が可能な、高感度な
表4:実試料の分析結果
メソッドを検討しました。今回のメソッドでは、硝酸添加以外の
Cr(Ⅲ)
ng/L
試料前処理なしで、溶離液として高純度硝酸を用いて、水試料中
試料名
Cr(Ⅵ)
ng/L
水道水 1
243
1.8
水道水 2
310
1.3
は、
300秒未満で両 Cr 種を完全に分離し、スループットの高い水
試料のルーチン分析を可能にします。
の Cr(Ⅲ)と Cr(Ⅵ)双方のスペシエーション分析を迅速かつ高い
再現性で実施できます。短くても効率の高い Dionex AG7カラム
水道水 3
108
1.5
ミネラルウォーター 1
411
n.d.
iCAP Q ICP-MSの新しい QCellコリジョンセルテクノロジーに
ミネラルウォーター 2
71
1.9
52
より、
Crイオンと53 Crイオンを 干 渉を 受けずに 検 出できます。
ミネラルウォーター 3
117
1.2
Dionex ICS-5000+の完全に金属フリーの経路および iCAP Q
ミネラルウォーター 4
302
1.4
の高感度 He KEDモードにより、
sub ng/Lの検出限界が達成可
ミネラルウォーター 5
250
2.1
能です。
*Cr(Ⅲ)の結果は、1試料を除いてすべて検出下限値以上、定量下
限値以下であったので参考値として表示
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