from NTTドコモ

f
rom
NTTドコモ
Xiフェムトセルの開発
モバイル通信に対する需要の急激な増大に伴い,サービスエリアの迅速な拡大が急務となっています.NTTドコモは2012年
11月にW-CDMA(Wideband Code Division Multiple Access)およびLTE(Long Term Evolution)の両方式に対応し
た超小型基地局装置を開発し,同年12月から運用を開始しました.本装置は汎用ブロードバンド回線を用いることができ,かつ
運用パラメータを自動的に設定するプラグアンドプレイ機能を具備しており,サービスエリアの経済的かつ迅速な拡大を可能と
します.
Xiフェムトセルの開発
スマートフォンの普及と動画などのマルチメディアコ
ンテンツの拡充に伴い,モバイル通信の高速化に対する
ち な み,10の15乗 分 の1を 表 す 単 位 で あ る フ ェ ム ト
(Femto)を用いて呼称されます.
■迅速かつ経済的な通信エリア構築
マクロセル基地局の設置には,基地局装置以外にも鉄塔,
需 要 が 増 大 し て い ま す. こ れ に 対 しNTTド コ モ で は,
屋外収容箱,アンテナといった比較的大規模な設備が必要
W-CDMA(Wideband Code Division Multiple
となるため,設置場所は限定されます.このため,屋外の
Access)方式を用いた通信サービス「FOMA」と比較し
マクロセル基地局からの到来電波の電力が微弱であり,エ
周 波 数 利 用 効 率 *1 が 高 いLTE(Long Term Evolution)
リア品質を十分に確保できない屋内エリアが局所的に生じ
方式を用いた「Xi」(クロッシィ)を2010年12月より提
ます.
供しています.
NTTドコモでは,このような屋内のエリア化用に,該
ここで,通信容量の増大を目的とした小セル化や電波の
当施設内に変復調や電力増幅機能を備えた装置(子局)を
不感地帯の低減を目的としたきめ細やかなエリア構築に
設置し,保守監視機能を備えた装置(親局)を介して基地
は,装置の小型化および軽量化が必要となります.NTT
局と接続する光張り出し基地局や基地局装置からの無線信
ド コ モ は2007年 に 屋 内 のFOMA品 質 改 善 を 目 的 に,
号 を 複 数 の 屋 内 ア ン テ ナ に 分 配 し 伝 送 す るIMCS
W-CDMA方式に対応した超小型基地局装置(FOMAフェ
(Inbuilding Mobile Communication System)*3といっ
.また,2009年には通信速
た設備を用意しています.しかし,これらの設備は大規模
度の高速化とともに,家庭内に設置するためのユーザ限
であり,コストの観点で小規模施設への展開は困難となる
定機能やプラグアンドプレイ(Plug and Play)機能(PnP
場合があります.また敷設にかかわる工事期間が比較的長
)を具備した高性能FOMAフェムトセルを開発し
期となるため,迅速なエリア化が難しい場合があります.
ムトセル)を開発しました
(1)
機能
*2
ました(2).
そして2012年11月にW-CDMAおよびLTE方式の両方
一方,屋外からの電波を増幅することで屋内の電波環境
を改善する装置として,ブースタ,レピータがあります.
に対応したフェムトセル基地局(Xiフェムトセル)を開発
これらはコスト,エリア化期間の観点で小規模施設への展
し,同年12月から運用を開始しました.ここではXiフェ
開に適しますが,マクロセル基地局からの到来電波の電力
ムトセルの適用領域,装置仕様,システムアーキテクチャ
が基準レベル以上で届いていることが敷設の条件となりま
について解説します.
す.これら既存の屋内エリア構築手段に対して,フェムト
フェムトセル基地局の特長
比較的大きな通信エリア(マクロセル)を構築するため
の屋外基地局装置(マクロセル基地局)に対して,フェム
トセル基地局は主に宅内やオフィスおよび小規模店舗と
いった比較的小さな屋内通信エリアを構築する装置です.
マクロセル基地局に比べて通信エリアが非常に狭いことに
46
NTT技術ジャーナル 2014.7
セル基地局はエリア化の迅速性,経済性の両観点で小規模
施設のエリア化に適しています(図 1 ).まず,フェムト
*1
*2
*3
周波数利用効率:単位時間,単位周波数当りで伝送できる情報ビット数.
PnP機能:装置をブロードバンド回線に接続するだけで,装置の設置状
況などに応じて自動的に各種パラメータの設定および調整を行い,運用
を開始する機能.
IMCS:高層ビルや地下街などの携帯電話がつながりにくい,あるいはつ
ながらない場所でも通信を可能とするNTTドコモのシステム.
セル基地局は広く普及している汎用ブロードバンド回線を
好な通信品質を安定して達成しやすいという利点がありま
用いてNTTドコモのネットワークへ接続でき,伝送路の
す.また店舗のようにユーザが一定の場所に滞留してお
敷設コストや設置工事期間を大幅に低減できます.また,
り,局所的にトラフィックの高いエリアに対してフェムト
単独でエリアを構築できるため,ブースタ等でエリア化が
セル基地局を導入することで,これまではマクロセル基地
困難な環境にも適用できます.加えて,PnP機能により,
局に収容されていたトラフィックの一部をフェムトセル基
運用パラメータの自動取得および設置環境に応じた各種パ
地局に分散(オフロード)させることができます.その結
ラメータの自動調整を実現しており,設置 ・ 運用にかかわ
果,無線ネットワーク全体としての収容能力を効率的に増
るコストを劇的に低減します.
大させることができます.
■通信品質の改善
Xiフェムトセルの基本仕様
データ通信では基地局の通信容量を複数のユーザで共有
するため,1ユーザ当りの通信速度は接続ユーザの数およ
開発したXiフェムトセルの基本仕様を表 1 に,外観を
び通信状況に影響を受けます.フェムトセル基地局の場合
はエリアが狭いことから接続ユーザ数が少数であるため,
図 2 に示します.本装置は屋内専用であり,W-CDMAと
他ユーザの通信状況の影響を受けにくいという特徴があり
LTE両方式の同時運用に対応している点が最大の特徴とな
ます.加えて,屋内では比較的良好な通信環境を維持しや
ります.最大同時接続ユーザ数はLTEは16,W-CDMAは
すいことから,マクロセル基地局配下の場合と比較して良
4となります.また,大容量データ通信サービスはLTE方
式を,音声サービスはW-CDMA方式を利用するなど,サー
ビスごとに最適な通信方式を割り当てることで,快適な通
高トラフィックエリアでの
負荷分散(オフロード)
信環境を提供します.さらに,両通信方式の切り替え制御
マクロ基地局からの
電波が届かない場所の
エリア化
マクロ基地局
からの電波
マクロエリアの
補完
高層階
地下階
マクロ基地局からの
電波が届かない場所
のエリア化
フェムトセル
マクロセル
図 2 Xiフェムトセル
図 1 フェムトセル基地局の適用領域
表 1 Xiフェムトセルの基本仕様
対応通信方式
LTE
W-CDMA
通信速度
(ハードウェア能力値)
下り:最大112.5 Mbit/s
上り:最大37.5 Mbit/s
下り:最大14 Mbit/s
上り:最大384 kbit/s
最大同時接続ユーザ数
16
4
周波数帯域
帯域幅/キャリア数
最大送信電力
送信ブランチ数
伝送路インタフェース
大きさ(高さ×幅×厚さ)
重さ
2 GHz
最大15 MHz/ 1 キャリア
5 MHz/ 1 キャリア
10 mW/ 5 MHz/ブランチ 20 mW/ 5 MHz/ブランチ
2 (MIMO対応)
1
10BASE-T/100BASE-TX/1000BASE-T
約1.45リットル(175 mm×185 mm×45 mm)
約0.7 kg
NTT技術ジャーナル 2014.7
47
from
NTTドコモ
表 2 3 GPPで規定されるHome BSとWide Area BSの比較
Home BS
通信方式
送信系
LTE
W-CDMA
LTE
最大送信電力
+20 dBm
規定なし
周波数安定度
±(0.25 ppm+12 Hz)以内
±(0.05 ppm+12 Hz)以内
受信機の感度
受信系
Wide Area BS
W-CDMA
‒106.3 dBm
‒₉2.8 dBm/5 MHz
‒120.3 dBm
‒100.8 dBm/5 MHz
隣接チャネル選択度
‒38 dBm
‒28 dBm
‒52 dBm
‒52 dBm
スプリアスレスポンス
‒30 dBm
‒27 dBm
‒40 dBm
‒43 dBm
相互変調特性
‒38 dBm
‒36 dBm
‒48 dBm
‒52 dBm
も可能であり,各種サービスをシームレスに活用できます.
W-CDMA,LTEともに2 GHz帯の1キャリアに対応して
フェムト(LTE)
お り,LTEは 最 大15 MHzの 帯 域 幅 に 対 応, 下 り 最 大
マクロ(LTE)
112.5 Mbit/s,上り最大37.5 Mbit/sの高速通信が可能
となります.実装においてはW-CDMA機能とLTE機能の
共用化を行い,装置の小型化および低消費電力化を達成し
Xiフェムトセル
ています.また,自然空冷式により無騒音を実現していま
す. 無 線 特 性 は3GPP(3rd Generation Partnership
有線PnP機能
汎用BB回線を介した
運用情報の自動取得
Project)においてフェムトセル基地局を想定して策定さ
,
の規格(表 2 )に
れたHome BS(Base Station)*4,(3)(4)
準拠しており,周波数安定度や受信感度などの条件から,
マクロセル基地局へ適用されるWide Area BS
*5
フェムト(3G)
マクロ(3G)
無線PnP機能
定期的に設置場所の電波環境
を測定し,周辺環境を考慮した
無線パラメータの自動設定
FOMA/Xi
ネットワーク
認証(暗号化)
IPsec(Xi)
IPsec(FOMA)
網終端装置
ゲートウェイ
(Xi/FOMA)
汎用ブロードバンド(BB)回線網
図 3 Xiフェムトセルネットワーク構成例
の規格の
装置と比較して,水晶発振器*6などの内部回路についてよ
り低価格なデバイスを採用しています.さらに,NTTドコ
M a n a g e m e n t E n t i t y )* 1 0 , I P - R N C ( I P - R a d i o
モのネットワーク内の高精度クロック装置と接続すること
Network Controller)*11などの接続先情報をIPsec回線
で,自装置内の時刻を定期的に補正するため,クロック生
上で自動的に取得し設定することで,自律的にFOMA/Xi
成部においても,安価な水晶発振器などの内部デバイスを
ネットワークへ接続します.なお,IPsecを確立する際
採用しています.
の認証方式としては,EAP-AKA(Extensible Authen-
Xiフェムトセルのネットワーク構成
Xiフ ェ ム ト セ ル の ネ ッ ト ワ ー ク 構 成 例 を 図 ₃ に 示 し
ti ca tion Protocol Method for 3rd GenerationAuthentication and Key Agreement)*12 方 式(5)を 採
用 し て お り,Xiフ ェ ム ト セ ル に 挿 入 さ れ たUSIM
(Universal Subscriber Identity Module)*13 の 認 証 鍵
ます.
■汎用ブロードバンド回線への対応
IPアドレスの取得方法として,PPPoE(Point-to-Point
*7
およびDHCP(Dynamic Host
Protocol over Ethernet)
Configuration Protocol)*8 に 対 応 し て お り, 設 置 環 境
*4
*5
*6
に応じた多様なネットワーク構成に対応可能です.また,
*7
ブロードバンド回線上での盗聴やデータの改ざんを防
*8
止 するため,FOMAおよびXiネットワークそれぞれにイ
ン タ ー ネ ッ ト 上 の 暗 号 化 技 術 で あ るIPsec(Security
*9
Architecture for Internet Protocol)*9 を 設 定 し て い
*10
*11
ます.
■PnP機能
(1) 有線PnP機能
ネットワークから自局の運用に必要なMME(Mobility
48
NTT技術ジャーナル 2014.7
*12
*1₃
Home BS:3GPPで規定される無線特性規格で,家庭 ・ 屋内向けBTSを
想定して策定されたBTS classficationです.
Wide Area BS:3GPPで規定される無線特性規格で,屋外向けBTSを想
定して策定されたBTS classificationです.
水晶発振器:水晶の圧電効果を利用して高い周波数精度の発振を起こす
素子.
PPPoE:イーサネット上にてPPPの機能を利用するためのプロトコル.
PPPは,IPアドレスの自動割当てやユーザ認証などの機能を持ちます.
DHCP:ネットワークに接続したコンピュータにIPアドレスなどの情報を
自動的に割り当てるプロトコル.
IPsec:IPパケットそのものを暗号化したり,認証することで,セキュリ
ティの高い通信を行うプロトコル.
MME:eNBを収容し,モビリティ制御機能などを提供する論理ノード.
IP-RNC:無線リソース制御などを行う3Gノード,IP技術をベースに開発
され,IPおよびATMインタフェースを有した装置.
EAP-AKA:IETF(Internet Engineering Task Force)で標準化された第
3世代移動通信システムの認証と鍵共有方式.
USIM:携帯電話会社と契約した情報を記録しているICカード.3GPPの
W-CDMA用途の移動通信用加入者識別モジュール.
(a) マクロセル内にXiフェムトセルが
設置されている環境
(b) マクロセル外にXiフェムトセルが
設置されている環境
②Xiサービスは
問題なく使用可能
②フェムト基地局内
でFOMA⇔Xi 間の
切替不可
×
③両サービスを停止し
ユーザをマクロセルへ遷移
×
③Xiフェムトエリア
のサービス継続
×
①FOMAフェムトエリア
が通信サービス断
①FOMAフェムトエリア
が通信サービス断
Xiフェムトセル Xiサービス
Xiフェムトセル FOMAサービス
マクロセル Xiサービス
マクロセル FOMAサービス 図 4 サービス継続判断機能の使用例
情報に基づき認証を実施しています.
(2) 無線PnP機能
初回起動時および定期的に設置場所の電波環境を測定
し,周辺のFOMA/Xiマクロセル ・ フェムトセルの電波(干
継続の有無を周辺の環境に応じて判断します.
今後の展開
渉)状況を考慮した無線パラメータ(周波数,送信出力,コー
こ こ で は,NTTド コ モ が2012年11月 に 開 発 し た
ドなど)設定を行います.これにより,Xiフェムトセルの
W-CDMAおよびLTE方式に対応した超小型基地局装置に
設置時に必要とされていた電波測定および無線パラメータ
ついて,その概要を解説しました.今後さらなる高性能
の設定が不要となるため,より簡易に運用を開始すること
化を検討するとともに,適用領域の拡大についても検討
ができます.ここで,運用帯域を5 MHzごとに分割した
します.
各帯域で干渉電力を測定することで,自セルよりも狭い帯
域幅で運用されている周辺セルが存在する場合において
も, 適 切 な 無 線 パ ラ メ ー タ 設 定 を 可 能 と し ま す. 無 線
PnP機能により,Xiフェムトセルを含めたネットワーク
全体として最適なエリアを形成しています.
その他の特徴
装置故障や回線障害などによりFOMA/Xiの一方の通信
サービスが利用できなくなった場合に,Xiフェムトセルに
おいてFOMA,Xi間の切替ができなくなる場合が想定され
ます.この場合,マクロセル内にXiフェムトセルが設置さ
れていれば,通信サービスへの影響を最小限にとどめるた
め,Xiフェムトセルの両サービスを停止し,配下の全ユー
■参考文献
(1) 渡辺 ・ 大矢根 ・ 中南 ・ 平本: フェムトセル用超小型基地局装置の開発,
NTT DOCOMO テクニカル ・ ジャーナル,Vol.16,No.2,pp.61-65,2008.
(2) 寺山 ・ 大矢根 ・ 佐藤 ・ 滝本: 家庭内における新たなサービスを提供する
フェムトセル技術, NTT DOCOMO テクニカル ・ ジャーナル,Vol.17,
No.4,pp.19-25,2010.
(3) 3GPP TS 25.141 v11.4.0: Base Station (BS) conformance testing (FDD),
Jan. 2013.
(4) 3GPP TS 36.141 v11.3.0: Evolved Universal Terrestrial Radio Access
(E-UTRA); Base Station (BS) conformance testing, Jan. 2013.
(5) 山 内 ・ 國 友 ・ 内 山 ・ 今 井: ホ ー ムUサ ー ビ ス の シ ス テ ム 開 発, NTT
DOCOMO テクニカル ・ ジャーナル,Vol.16,No.3,pp.6-12,2008.
◆問い合わせ先
NTTドコモ
R&D戦略部
TEL 03-5156-174₉
ザをマクロセルへ遷移させる必要があります(図 ₄(a)).
一方,周辺にマクロセルがない場所にフェムトセルが設置
された環境では,一方の通信サービスが利用できない状態
でも,他方の通信サービスを継続することに利点がありま
す(図4(b)).Xiフェムトセルでは周辺のFOMAサービス
およびXiサービスの運用状態を監視し,Xiフェムトセルの
一方のサービスが利用できない場合にもう一方のサービス
NTT技術ジャーナル 2014.7
49