清 水 建 設研 究 報 告 第 91号平成26年 1月 海外セメントの基礎物性および簡易品質評価手法に関する検討 依田 侑也 寺本 篤史 黒田 泰弘 (技術研究所) (技術研究所) (技術研究所) Basic Property and Simple Method for Evaluating the Quality of Imported Cement by Yuya Yoda, Atsushi Teramoto and Yasuhiro Kuroda Abstract In this study, the authors clarified the characteristic features of imported cement and develop a simple method for evaluating the quality. First, the chemical composition and mineral composition was analyzed using x-ray fluorescence, x-ray diffraction, and others. Next, the heat of hydration was determined using a conduction calorimeter. Finally, the correlation between the strength and the heat of hydration was evaluated. The results show that imported cement contains different kinds of plasters and admixtures, such as lime stone, blast furnace slag, fly ash, and natural pozzolan. The results also show a clear correlation between the early strength and the early heat of hydration. The strength after 28 days and the quantity of SiO2 also correlated. Therefore, the early to long-term compressive strength of imported cement can be accurately estimated by measuring the heat of hydration at an early stage. 概 要 本研究では海外で製造されたセメントの特徴と簡易な品質評価手法を検討するため、化学組成、鉱物組成を分析ののち、物 理試験と水和発熱量測定を行い、物理特性と水和発熱量の相関について検討を加えた。その結果、石膏の種類、混合材の種類 が異なる海外のセメントにおいて、初期の圧縮強さと総発熱量、圧縮強さ比と SiO2 量の間には相関があることが明らかとな り、材齢初期の水和発熱量を測定することで、初期から長期のセメントの圧縮強さが予測できる可能性が示された。 §1.はじめに 最新の工場では日本とほぼ同じ品質のセメントが製造 されているが、現地規格に則り、環境負荷やコスト削 減の観点から、様々な混合材(石灰石微粉末・高炉スラ グ微粉末・フライアッシュ・天然ポゾランなど)を添加 した 42.5N クラスのセメントを製造している場合も 多い 2)。また、これらの国では、同じ 42.5N クラスの セメントでも、このように制御されて製造している場 合と、設備上問題があり、制御されていないプロセス 現在、アジア地域において、全世界のコンクリート の 3/4 が生産されていることからもわかるとおり、ア ジア新興国における建設需要は旺盛であり、今後こう した地域で建設工事を行う機会が増えることが予想さ れる。工事実績のない土地で、コンクリート工事を進 めるにあたっては、現地で入手可能な材料を評価し、 選別することが必要であり、特にコンクリートの品質 に多大な影響を与えるセメントの評価は重要であると 考えられる。 ところで、JIS 規格ではセメントの強さは一定であ り、強さに上限がないのに対し、例えば表−1 に EN 規格を示すが、海外では強さクラスごとにセメントの 強さの範囲が存在する。現在、日本や北米では、EN 規格で 52.5N に該当するセメントが広く流通してい るが、欧州では 32.5N クラスのセメントが最も多く使 われている。 一方、 中国や東南アジアに目を向けると、 表−1 EN197-1:2000 圧縮強さに基づく分類 1) 圧縮強さ 初期強さ 強さクラス 32.5 42.5 52.5 19 標準強さ 2日 7日 N - ≧16.0 R ≧10.0 - N ≧10.0 - R ≧20.0 - N ≧20.0 - R ≧30.0 - 28 日 ≧32.5 ≦42.5 ≧42.5 ≦52.5 ≧52.5 - ZSXprimusⅡ(株式会社リガク製)を用い、JIS R 5204:2002 「セメントの蛍光 X 線分析方法」 (以下 XRF) に準じて定量を行った。 また、前章で示した通り、海外のセメントは混合材 が混合されている場合が多く、その混合材は基本的に は不明である。しかし、混合材はセメントの水和に大 きく影響を及ぼすため、全自動水平型多目的 X 線回折 装置(株式会社リガク製)を用いて、粉末 X 線回折(以下 XRD)により混合材の同定を行うこととした。測定試 料に内部標準物質としてコランダムを内割りで 10mass%添加した。X 線源には Cu-Kα を用い、管電 圧 45kV、 管電流 200mA、 走査範囲 2θ=3∼90°、 ステッ プ幅 0.01°、スキャンスピード 8°/min の条件で測定を 行った。加えて、得られた測定チャート全体に対して ソフトウェア PDXL ver.2.1.3.4 により、XRD リート ベルト解析を行った。定量に際しては、C3S、C2S、 C4AF、C3A、Pericrace(MgO)、Lime(CaO)、 Calsite(CaCO3)、Quartz(SiO2)、Gypsum(CaSO4・ 2H2O)、Bassanite(CaSO4・0.5H2O)、 Anhydrite(CaSO4)を定量対象とし、 定量に用いた各鉱 物の結晶系、結晶構造に関するパラメーターは、C3S、 C2S、 C4AF、 C3A、 については NIST Technical Report3) と同様にし、その他の鉱物については ICSD データ ベース 4)と同様とした。 2.2 セメントの物理試験 密度、比表面積は、JIS R 5201:1997「セメントの 物理試験方法」に準じて測定した。また、JIS R 5201 に準じて 13 種のセメントのモルタルを練り混ぜ、モ ルタルフローを測定した後、φ50×100mm の円柱型枠 に打設した。材齢1日で脱型し、所定の材齢まで 20℃ に管理された水中で養生を行い、圧縮強さの測定を で製造されている場合があり、セメントの強さは同じ でも、安定性や耐久性の観点からは異なる品質のセメ ントが流通していることが指摘されている 2)。 そのため、現地でコンクリート工事を行う際には、 事前にセメントの品質について調査を行うことが必要 となり、日本にサンプルを持ち帰って評価しなければ ならない場面も少なくない。さらに、この場合、少な い試料で、迅速に試験結果を出すことを求められるこ とが多い。 本研究では、実際に海外で使用されているセメント を用いて、セメントの化学組成と基本的な物理試験に 加えて、コンダクションカロリメーターによる水和発 熱量の測定を行い、それらの特徴について検討すると ともに、少量のサンプルからセメントの強さを予測す る手法について検討を行った。 §2.実験概要 2.1 使用材料 日本のセメントは、社団法人セメント協会の研究用 セメント(以下 R)、普通ポルトランドセメント(以下 N)、中庸熱ポルトランドセメント(以下 M)、高炉セメ ント B 種(以下 BB)の 4 種とし、海外のセメントは国 や産地の違う 9 銘柄(No.1∼9)とした。本検討では、R を海外のセメントの比較基準として用いた。 強熱減量(以下 ig.loss)は 950℃強熱における減量値 であり、酸不溶残分(以下 insol.)は JIS R 5202:2010 「セメントの化学分析方法」に準じて測定した。遊離 石灰(以下 f-CaO)量は JCAS I-01:1997「遊離酸化カ ルシウムの定量方法 B 法」に準じ、海外のセメント について試験を行った。その他の化学成分は、 表−2 密度、比表面積、化学組成 セメント 密度 比表面積 化学組成(wt%) (g/cm3) (cm2/g) ig.loss insol. SiO2 Al2O3 Fe2O3 CaO MgO SO3 Na2O K2O f-CaO Cl- R 3.16 3,310 0.62 0.10 21.56 4.68 2.98 65.63 1.30 1.90 0.33 0.39 - 0.005 M 3.21 3,320 0.57 0.08 23.80 3.70 3.90 63.80 1.00 2.55 0.26 0.35 - 0.005 N 3.14 3,400 1.80 0.15 20.68 5.28 2.91 64.25 1.40 2.10 0.28 0.40 - 0.015 BB 3.04 3,950 1.39 0.17 25.71 8.79 2.10 55.70 2.66 2.14 0.30 0.38 - 0.014 No.1 3.09 3,440 3.19 1.60 21.65 5.34 3.12 59.97 2.36 2.75 0.15 0.83 0.90 0.006 No.2 3.16 2,670 0.64 0.26 20.29 6.28 3.57 64.86 1.09 2.10 0.15 0.50 1.20 0.001 No.3 3.09 3,150 2.33 2.22 22.12 5.17 2.98 62.90 1.30 1.91 0.32 0.61 1.40 0.003 No.4 3.13 3,200 1.99 0.42 20.32 4.90 3.10 63.75 1.56 3.19 0.37 0.50 1.90 0.004 No.5 3.12 3,580 0.96 0.44 20.92 5.09 2.88 64.76 1.26 2.88 0.74 0.37 2.00 0.011 No.6 3.11 3,620 2.91 3.03 21.70 5.36 3.52 61.72 1.60 2.36 0.21 0.39 0.60 0.019 No.7 3.14 3,840 2.38 0.28 18.54 5.18 3.62 62.24 3.61 2.93 0.11 0.96 1.30 0.001 No.8 3.10 4,300 5.57 0.54 17.80 4.66 3.16 61.46 3.51 2.56 0.12 0.99 1.50 0.007 No.9 2.96 4,250 1.55 0.36 32.14 6.06 1.62 49.59 5.56 2.44 0.31 0.69 0.40 0.008 20 表−3 NIST 標準試料との解析値の比較(wt%) 6 ig.loss insol. f‐CaO 5 4 (%) NIST2686 試料 NIST2687 NIST2688 理論値 解析値 理論値 解析値 理論値 解析値 C3S 58.6 56.97 71.24 72.35 64.95 62.26 3 C2S 23.3 23.02 12.57 12.66 17.45 20.93 2 C4AF 14.1 12.29 11.82 11.52 4.99 4.75 C3A 2.3 3.98 2.81 2.17 12.2 12.01 Periclase 3.3 3.73 - - - - Arcanite - - 0.92 0.80 - - 1 0 R M N BB 1 2 3 4 5 6 7 8 9 図−1 ig.loss、insol.、フリーライム量 他研究機関解析値(%) 100 行った。さらに、海外のセメントと R については、JIS R 5201:1997「セメントの物理試験方法」に準じて凝 結試験を行った。 2.3 コンダクションカロリメーターによる水和発熱 量測定 セメントをそれぞれ15g計量し、 水セメント比を0.5 とし、手練りで 3 分間練混ぜた後、6 点式コンダクシ ョンカロリメーター(株式会社東京理工製)にセットし、 20℃定温時の水和発熱速度、総発熱量を測定した。本 研究では、測定のばらつきを少なくするため、同じセ メントを使用して水和発熱量を 2 点測定し、その平均 値をとった。 2005・星野ら 80 2009・五十嵐ら 60 ボーグ式 y = 0.9694x R² = 0.9933 y = 0.9332x R² = 0.9991 40 20 y = 0.9012x R² = 0.9769 0 0 20 40 60 80 線形 (2005・星野 ら) 線形 (2009・五十 嵐ら) 線形 (ボーグ式) 100 R 解析値(%) 図−2 R 解析値の他研究機関との比較 また、No.1、7、8、9 のセメントには Periclace(MgO) が R と比較して多量に定量された。焼成した際に生じ る過剰な Periclace は、セメントの遅れ膨張を起こす ことが知られているため、注意が必要である 6)。 加えて、No.5、7、8 の全アルカリ量(Na2Oeq)は、 それぞれ 0.98%、0.75%、0.77%とやや多いため、ア ルカリシリカ反応性の抑制効果のある混和材を併用す るか、 「無害」と判定された骨材を選定する必要がある と考えられる。 3.2 XRD リートベルト解析による結晶鉱物の定量 今回の解析では、表−3 に示す通り、NIST の標準 試料を 3 種用いて標準試料と同等の定量値となること を確認した。また、図−2 に R の C3S、C2S、C4AF、 C3A の定量値と、ボーグ式での計算値、星野らの解析 値 7)、五十嵐らの解析値 8)との比較を示す。ボーグ式 により計算した値とはずれがあったが、星野ら、五十 嵐らの解析値とはほぼ一致したため、本解析での定量 精度は十分であると判断した。 XRD リートベルト解析により定量した海外のセメ ントの鉱物組成を表−4 に示す。なお、標準試料を用 いて非晶質の定量も試みたが、今回の検討では混合材 由来の非晶質の含有量が No.9 を除いて少なく、十分 な精度であるとの確証を得られなかったため、結晶鉱 物のみの定量とした。 §3.結果 3.1 セメントの密度、比表面積、化学組成 セメントの密度、比表面積と化学組成を表−2 に示 す。また、ig.loss と insol.および f-CaO 量を図−1 に 示す。今回分析した海外のセメントは、R と比較する と総じて密度がやや低く、 混合材の混合が考えられた。 比表面積は R と比較すると、No.2 のセメントでは非 常に小さく、No.5、6、7、8、9 のセメントについて はやや大きい結果となった。 一般に、Calcite(CaCO3) や Magnesite(MgCO3)は 600∼800℃付近で CO2 が揮散するため、混合材に Calcite や Magnesite を含んでいるセメントは ig.loss 値が高い値となる。No.1、3、6、8 のセメントは N と 比べて高い ig.loss 値を示したため、Calcite もしくは Magnesiteを含む混合材の混合が考えられる。 さらに、 フライアッシュ(以下 FA)や天然ポゾランは酸に溶解 しにくいため、それらを含んでいるセメントは insol. 値が高い値となる。そのため、No.1、3、6 のセメン トには FA もしくは天然ポゾランの混合が考えられる。 一方、f-CaO 量 が 1%を超えるセメントは焼成条件が 悪く、原料由来の SiO2 が insol.となる場合もある 5)。 21 表−4 リートベルト解析による結晶鉱物の定量(wt%) Periclase Lime Gypsum Bassanite Anhydrite Calcite Quartz (MgO) (CaO) (CaSO4・2H2O) (CaSO4・0.5H2O) (CaSO4) (CaCO3) (SiO2) 4.7 0.6 0.0 0.2 2.2 0.0 0.0 0.0 9.9 3.8 1.9 0.0 0.5 0.2 2.8 5.0 0.4 8.2 10.2 0.2 0.0 0.0 2.2 0.2 0.0 0.0 17.0 9.1 4.5 0.6 0.0 0.8 1.8 0.0 2.5 0.3 17.6 9.7 4.9 0.6 0.0 0.0 4.3 0.0 3.0 0.0 13.7 7.0 8.9 0.9 0.0 0.1 4.2 0.2 0.0 0.0 12.6 10.4 4.4 0.6 0.0 1.5 1.6 0.0 5.7 1.3 68.4 9.5 11.4 3.9 2.4 0.0 0.3 1.9 0.0 2.3 0.0 No.8 60.2 9.0 8.9 4.7 3.3 0.0 0.1 1.7 0.0 11.9 0.2 No.9 57.0 11.8 10.6 5.5 3.5 0.0 0.8 7.0 0.8 2.8 0.0 No. C3S C2S C4AF C3A R 66.0 18.0 8.4 No.1 57.5 18.1 No.2 62.4 16.5 No.3 63.4 No.4 59.9 No.5 64.9 No.6 62.0 No.7 230 220 C₃A 80 60 C₄AF 40 C₂S 20 モルタルフロー(mm) 主要4鉱物の割合(%) 100 C₃S 0 210 200 190 180 170 160 150 R 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R M N BB 1 図−3 クリンカー中の主要 4 鉱物の割合 2 3 4 5 6 7 8 9 図−4 モルタルフロー試験結果 400 まず、No.1 のセメントは Gypsum と Anhydrite が 使用されており、その他のセメントは Bassanite と Gypsum が主体であった。特に No.4、5、9 のセメン トでは R と比較して Bassanite が多く定量された。 次に、3.1 節で ig.loss の多いセメントのほとんどは、 Calcite が多く定量された。なお、No.7、8、9 のセメ ントには、Calcite と Magnesite の複塩である Dolomite のピークが確認されたが、 少量であったため、 今回は Calcite の定量値に加えている。 さらに、insol.値が高かった No.1、3、6 のセメント では、Quartz が定量され、FA もしくは天然ポゾラン の混合が考えられた。 一方、No.9 のセメントでは、BB と同位置に大きな 非晶質ハローが見られ、XRF による分析においても MgO の量が特に多いことから、BFS が混合されてい ると考えられた。 表−4 から、石膏と混合材を除いた、セメントクリ ンカー中の主要 4 鉱物(C3S、C2S、C4AF、C3A)の割合 を計算した結果を図−3 に示す。 R と比較して、 No.5、 6、 7、 8 では C3S の量が多かった。 また、 間隙相(C4AF、 C3A の和)の量は R と比較してすべてのセメントで多 く、その分 C2S の量が少ない結果となった。 始発 時間 (min) 350 終結 300 250 200 150 100 50 0 R 1 2 3 4 5 6 7 8 9 図−5 凝結試験結果 3.3 モルタルフローおよび凝結試験 図−4 にモルタルフロー試験結果を示す。日本のセ メントのフロー値はほぼ一定であるのに対し、海外の セメントのフロー値はそれぞれ異なる値を示していた。 R と比較して、No.2、4、5、7、8、9 のフロー値は小 さかったのに対し、No.3 のフロー値は大きくなった。 次に海外のセメントの凝結試験の結果を図−5 に示 す。R と比較して、No.2、7 はほぼ同等であり、No.1、 3、8、9 は、始発、終結がともに遅延した。また、No.4、 5、6 は始発、終結がともに早くなった。 22 100 圧縮強さ(N/mm2) 3.4 圧縮強さ 圧縮強さの試験結果を図−6 に示す。概して、海外の セメントの材齢 7 日までの圧縮強さは R と同等であった が、No.2、9 のセメントでは R と比較して小さな圧縮強さ を示した。一方、海外のセメントの材齢 28 日以降の圧縮 強さの伸びは、R やその他の日本のセメントと比較して 全てのセメントで小さく、材齢 91 日で 10 N/mm2 程度小 さい値を示した。 91日 56日 28日 7日 3日 80 60 40 20 0 R M N BB 1 §4.考察 2 3 4 5 6 7 8 9 図−6 圧縮強さ試験結果 4.1 コンダクションカロリメーターによる水和反応 に関する考察 図−7 にコンダクションカロリメーターで得られる 発熱速度曲線の例を示す。近藤らの研究 9)を参考に、 セメントの誘導期が終わり、加速期が開始する時間を Ti、加速期の最大発熱速度を示した時間を T1、その時 の最大の発熱速度を K1 とした。 図−7 に示す T1 のピークは主に C3S の反応である とされており 10)、Ti、T1 および K1 は C3S の反応の 指標となると考えることができる。なお、C3S の反応 に影響を及ぼす因子としては、 ①C3S に固溶する MgO 10) 量やアルカリ量 、②水和物の析出サイトとなる混合 材の種類と粉末度 11)、 ③液相中の最高 Ca(OH)2 飽和比 の到達速度 11)、 が挙げられる。 今回のように鉱物組成、 混合材の種類、混合量が様々である場合、①,②、③ の要因が複雑に絡み合ってセメントの反応を決定する と考えられる。したがって、反応を総合的に判断でき るコンダクションカロリメーターでの水和発熱量の測 定は、このような混合セメントの反応を考える際には 特に有効であると考えられる。 図−8 にそれぞれのセメントで実測した、水和発熱 速度の Ti、T1、K1 の値を示す。No.3 において、Ti と T1 が共に遅延した原因としては、②の要因である Al や Ca を溶出しやすいポゾラン物質が誘導期を遅延 したことが推察される。 また、No.2、6 において、Ti は遅延するが、T1 は 同等であった原因として、No.2 では比表面積が小さい ことから、C3S からの Ca(OH)2 の溶出が遅くなり、③ の要因が支配的となることで誘導期が長くなったこと が推察される。他方、No.6 については②の要因である FA の混合による誘導期の遅延が考えられる。 さらに、No、1、4、5、7、8 において Ti と T1 が 促進された原因として、②の要因である水酸化カルシ ウムの析出を促進する混合材であるカルサイトの存在 と、③の要因である最高 Ca(OH)2 飽和比の到達時間が f-CaO の量が多い影響で早まった 12)ことによる複合 12 K1 10 R No.3 発熱速度(J/h/g) 8 6 4 2 0 0 Ti 10 T1 20 水和経過時間 (h) 30 図−7 水和発熱速度の例 20 20 K1 T1 Ti 15 10 10 5 5 K1(J/h/g) Ti,T1(h) 15 0 0 R M N BB 1 2 3 4 5 6 7 8 9 図−8 各セメントの Ti、T1、K1 の値 効果が考えられる。 次に、図−9 に材齢 1 日、3 日、7 日における総発熱 量を示す。No.5、7、8 のセメントは、全ての材齢で R の総発熱量を上回っていた。また、No.9 を除いたセメ ントは材齢7日でRと同等の総発熱量を示した。 No.5、 7、8 はクリンカー中の C3S の量が多かったことで総 発熱量が大きくなったと考えられるが、その他のセメ ントは K1 が R に対して小さかったのに対し、総発熱 量が同じであることから、C3A や C4AF の反応に起因 する発熱の可能性がある。 4.2 水和反応と凝結試験に関する考察 図−10 に凝結試験における、始発時間と終結時間の 差と、4.1 節に示した Ti と T1 の差との関係を示す。 図−10 に示す通り、これらの間には、相関の高い線形 23 7日 3日 R M N BB 1 120 1日 2 3 終結時間-始発時間(min) 総発熱量 (J/g) 450 400 350 300 250 200 150 100 50 0 4 5 6 7 8 100 80 60 R² = 0.9287 40 20 0 4 9 6 8 T1-Ti (h) 10 12 図−10 終結-始発と T1-Ti の関係 図−9 各セメントの総発熱量 表−5 R と比較した海外のセメントの特徴 セメント 物性 流動性 No.1 No.2 No.3 No.4 No.5 No.6 No.7 No.8 No.9 - △ ○ - △ - △ △ △ C3A CaCO3,FA 比表面積 比表面積 比表面積 - 遅延 促進 促進 促進 - 遅延 遅延 混合材量 f-CaO f-CaO 不明 - - - - 遅延 凝結 混合材量 初期 強度 長期 遅れ膨張 危険性 アルカリ骨材 反応抵抗性 - △ C3A 比表面積 混合材量 混合材量 ○ ○ × C3S,比表面積 C3S,比表面積 混合材量 △ △ △ △ △ △ △ △ △ 不明 C2S、混合材 不明 C2S、混合材 C2S、混合材 不明 C2S、混合材 C2S、混合材 不明 △ - - △ △ - △ △ △ f-CaO f-CaO MgO MgO MgO - ○ - × ○ △ △ ○ MgO ○ アルカリ量 FA,ポゾラン アルカリ量 アルカリ量 BFS 塩化物イオン 抵抗性 - - - - - - - - ○ 硫酸塩 抵抗性 - △ - - △ - - - 耐久性 FA,ポゾラン FA,ポゾラン BFS C3A C3A ○ BFS Rと比較して、○:優れている(耐久性に関しては:期待できる) 、−:同等、△:やや劣る、×:劣る 性がある。また、一般的には凝結の始発は Ti とよく一 致しているとされている 5)が、今回の検討では、発熱 速度から凝結試験の始発時間を推定するに十分な傾向 がみられなかったため、凝結硬化特性全てを推定する には至らなかった。 4.3 セメントの特徴に関する考察 表−5 に、それぞれのセメントの R と比較した流動 性、凝結硬化、強度、耐久性に関する特徴について、 考えられる影響因子とともにまとめる。 流動性に関しては、C3A 量が多い 13)、f-CaO 量が多 い 13)、比表面積が大きい 14)ことで、No.2、5、7、8、 9 のセメントはフロー値が小さかったと考えられる。 一方、No.3 のセメントのフロー値が大きい値を示して いる理由としては、混合材の Calcite、FA が流動性へ 寄与している可能性が考えられる 13)。凝結硬化特性に 関しては、No.1、3、8、9 においては混合材の量が多 く、クリンカー量がその分少なくなった影響で凝結が 遅延したと考えられる。対して、No.4、5 の凝結が促 進された理由としては f-CaO の量が多い影響 12)が考 えられるが、No.6 に関しては明確な理由は不明であっ た。 強度性状に関しては、初期の圧縮強さは、比表面積 の小さい No.2 で小さくなった。対して、比表面積が 大きく、C3S の量が他のセメントと比較して多い No.7、 8 で大きくなった。また、長期の圧縮強さがすべての セメントで小さくなった理由としては、クリンカーの C2S の量が少ないことや混合材量の影響が考えられる が、反応性のある混合材が含まれていると考えられた ものについては、不明とした。 クリンカーの成分が耐久性に与える影響として、 MgO量やアルカリ量に関してはすでに3.1節で述べた。 加えて、No.2、5 のセメントは C3A が多く、硫酸塩に 対する抵抗性は低くなる 15)ため、周囲の環境を考慮し て使用する必要がある。また、混合材の耐久性に与え 24 誤差も大きくなるため、このような傾向を示したと考 えられる。 なお、今回の検討では、セメントの成分ごとの反応 率や、混合材の含有量、硬化体の空隙率に関する検討 を行っていないため、 より正確な予測をするためには、 る影響としては、一般的に No.1、3、6 のような FA や 天然ポゾランが含まれているものはアルカリ骨材反応 抵抗性が期待できる。また、No.9 のような BFS が含 まれているものはアルカリ骨材反応、塩化物イオン浸 透、硫酸塩劣化に対して抵抗性が期待できる 16)。 4.4 水和発熱量および SiO2 量の測定結果を利用した 圧縮強さの予測 1) 圧縮強さと総発熱量の関係 図−11に海外のセメントの圧縮強さと材齢1日の総 発熱量の関係を示す。図−11 に示す通り、材齢 1 日ま での総発熱量と材齢 7 日までの初期の圧縮強さには、 相関の高い線形性が認められたが、材齢 28 日以降の 長期の材齢に対しての相関は小さかった。 また、図−12 に圧縮強さと加速期の最大発熱速度 K1 の関係を示す。圧縮強さと K1 の間にも、図−11 と同様の傾向があることが認められた。4.1 節で述べ たとおり、K1 は主に C3S の反応の指標と考えること ができる。 すなわち、 図−11、 図−12 に示す関係から、 C3S の反応が初期の圧縮強さの発現に関連する大きな 要因であることがわかった。 2) SiO2 量と圧縮強さ比の関係 図−13、図−14 に、XRF で測定された SiO2 量と各 材齢の圧縮強さ比の関係を示す。このように整理した 理由は、圧縮強さ比は圧縮強さの伸びの指標であり、 SiO2 量は、長期強度に関係する C2S、BFS、ポゾラン 物質の量に関係することから、相関があると考えたた めである。 図−13 に示す通り、SiO2 量と圧縮強さ比との関係 は、材齢 3 日に対する材齢 7 日の関係を除き、相関が 高いことがわかった。これは、材齢 3 日から 7 日にか けての圧縮強さの伸びの要因はC3Sが支配的であるが、 材齢 7 日以降の圧縮強さの伸びの要因は C2S、BFS、 ポゾラン物質であったためと考えられる。また、図− 14 の SiO2 量と材齢 7 日の圧縮強さに対する各材齢に おける圧縮強さ比との相関はより大きくなることがわ かった。 以上の関係から、図−11 の関係から材齢 1 日までの 総発熱量で材齢 7 日の圧縮強さを推定し、図−14 で得 られた SiO2 量と材齢 7 日に対する各材齢の圧縮強さ 比の関係を用いることで、材齢 1 日の総発熱量から、 材齢 3 日、7 日、28 日、56 日、91 日の圧縮強さが予 測できる可能性があることがわかった。ここで、図− 15 に材齢 1 日の総発熱量から予測した、材齢 7 日、 28 日、91 日の圧縮強さの実測値と予測値の関係を示 す。材齢 7 日までは予測値と実測値の間には対応関係 が見られたが、材齢 28 日以降ではややばらつきが大 きくなった。 材齢7日での誤差は最大10%程度であり、 この手法では材齢 7 日の誤差が大きいほど長期材齢の 圧縮強さ (N/mm2) 60 R² = 0.0611 50 R² = 0.9273 40 R² = 0.928 30 20 28日 10 7日 3日 0 50 100 150 200 1日までの総発熱量 (J/g) 250 図−11 1 日までの総発熱量と圧縮強さの関係 圧縮強さ (N/mm2) 60 R² = 0.2394 50 40 30 R² = 0.8936 28日 20 7日 10 3日 R² = 0.8038 0 4 6 8 K1 (J/h/g) 10 12 図−12 K1 と圧縮強さの関係 1 圧縮強さ比 0.8 0.6 0.4 R² = 0.7963 3day/7day R² = 0.8851 3day/28day R² = 0.8949 3day/56day R² = 0.8922 3day/91day 0.2 0 15 20 25 30 SiO2 量 (%) 35 40 45 図−13 3 日の圧縮強さ比と SiO2 量との関係 圧縮強さ比 1 R² = 0.9527 7day/28day 0.8 R² = 0.9688 7day/56day 0.6 R² = 0.9533 7day/91day 0.4 0.2 0 15 20 25 30 SiO2 量 (%) 35 40 図−14 7 日の圧縮強さ比と SiO2 量との関係 25 45 80 2) 7日 予測値(N/mm2) 60 28日 40 3) 20 91日 0 0 20 40 60 実測値(N/mm2) 4) 80 図−15 圧縮強さの実測値と予測値の関係 XRD リートベルト解析や水銀圧入法などにより、詳 細な検討を行う必要があると考えられる。 5) §5.まとめ 海外のセメントの化学組成、 鉱物組成を分析ののち、 物理試験と水和発熱量測定を行い、これらの相関につ いて検討を加えた。 得られた知見は以下の通りである。 1) 海外のセメントのフリーライム量は 1%を超える ものが多く、流動性や凝結硬化特性に影響を及ぼ すものも見られた。また、MgO 量やアルカリ量 に注意が必要なものも見られた。 海外のセメントは石膏量や種類が異なることに 加えて、石灰石、高炉スラグ、フライアッシュな ど様々な混合材が使用されていたため、反応性や 物理特性はそれぞれ異なった。 今回の海外のセメントの材齢 28 日の圧縮強さは 全て強さクラス 42.5 に相当し、材齢 28 日以降で の伸びは研究用セメントと比較して小さかった。 凝結の始発から終結までの時間と、発熱速度の加 速期の開始から加速期のピークまでの時間には 相関がみられたが、凝結の始発の時間と水和発熱 量の相関は見られなかった。 材齢1日の総発熱量と材齢7日までの圧縮強さに は相関があった。また、圧縮強さ比と SiO2 量と の間には長期強度と相関があったため、材齢 1 日 の総発熱量で圧縮強さの品質評価ができる可能 性が示された。 謝辞 本研究を行うに際しては、東京工業大学坂井悦郎教 授ならびに新大軌助教にご指導・ご助言を頂いた。こ こに記して謝意を表します。 <参考文献> 1) 羽原俊裕:“国際規格(ISO)化の動きがわが国のセメント産業に与えるインパクトと対応”,研究技術計画,Vol.20,No.2,pp.153-165,2005 2) 大門正機,坂井悦郎編:“社会環境マテリアル”,技術書院,p.66,2009 3) P. Stutzman, and S. Leigh: “ NIST Technical Note1441-Phase Composition Analysis of the NIST Reference Clinkers by Optical Microscopy and X-ray Powder Diffraction”, pp.34-43 ,2002 4) “Fachinformationzentrum Karlsruhe and National Institute of Standards and Technology”,Inorganic Crystal Structure Database , ICSD. (2006)http://icsd.ill.fr/icsd/index.html 5) 大門正機編訳:“セメントの化学”,内田老鶴圃,p.12 ,1989 6) 宗田義明ほか:“MgO によるセメントの長期強さ低下について”,セメント技術年報,Vol.22,pp.62-66,1968 7) 星野清一ほか:“非晶質混和材を含むセメントの鉱物の定量における X 線回折/リートベルト法の適用”,セメント・コンクリート論文集, No.59,pp.14-21,2005 8) 五十嵐豪,丸山一平:“普通ポルトランドセメントを用いたセメント硬化体の比表面積と水和反応に関する基礎的検討”,セメント・コンク リート論文集,No.64, pp.103-110,2011 9) 近藤連一ほか:“エーライトおよびセメントの水和反応速度に及ぼす無機電解質の作用機構”,セメント技術年報,Vol.22,pp.57-60,1975 10) 伊藤貴康ほか:“リートベルト法により得られるエーライトの量および結晶構造とセメント品質との関係”,セメント・コンクリート論文集, No.57,pp.2-9,2003 11) 内川浩ほか:“セメントの構成鉱物およびセメントの水和に及ぼす混合材の影響”,セメント技術年報,No.41,pp.42-45,1987 12) 内川浩ほか:“セメントの凝結,初期水和過程に及ぼす CaO の混合粉砕の効果”,窯業協会誌,No.93,pp.201-208,1985 13) 神尾哲治ほか:“廃棄物使用量を増大したセメントの酸化カルシウムによる流動性制御”,セメント・コンクリート論文集 ,No.65,pp.14-19, 2011 14) 名和豊春ほか:“セメントペーストおよびモルタルの流動性におよぼすセメントの粉末度および粒度分布の影響”,土木学会論文集,No.433, pp.139-147,1991 15) 水上国男ほか:“コンクリート構造物の耐久性シリーズ・化学的腐食”,技術堂出版,p90,1986 16) (社)日本材料学会編:“コンクリート混和材料ハンドブック”,(株)エヌ・ティー・エス,p466,2004 26
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