進行型擬似病斑形成変異イネを利用した過敏感細胞死誘導機構の解析

学部長裁量経費によるプロジェクト成果報告
55
進行型擬似病斑形成変異イネを利用した過敏感細胞死誘導機構の解析
荒瀬
はじめに
榮
7.
4)で固定した.
5分間 PBS バッファーで洗浄後,室温
アポトーシスとは発生分化,環境ストレス,病原菌感
で少なくとも1
0秒間は組織を Equilibration buffer に浸漬
染により起こる遺伝的にプログラムされた自発的な細胞
させた.その後,組織は Working strength terminal deoxynu-
死であることが動物において報告されている(Afford ら
cleotidyl transferase(TdT)enzyme に浸漬させて3
7℃ で1
2
0
0
0)
.植物と病原菌の関係においてもアポトーシスが誘
時間培養した.培養後,反応を止めるために stop/wash
導されることが明らかになり,それが病原菌感染により
buffer 中で1
5秒間浸漬・振とうさせた.
1
0分間室温で培養
おこる抵抗反応である過敏感細胞死と同時に起こってお
後,anti-digoxigeninconjugate に浸漬させて,室温,暗黒区
り(Yao ら2
0
0
2)
,植物のアポトーシス誘導には活性酸素
で3
0分間培養した.最後に PBS で4回洗浄し,1.
0µg/
種が関与していることが報告された(Jabs1
9
9
9)
.
ml の DAPI(Wako)で染色後,蛍光顕微鏡でアポトーシ
最近,擬似病斑を形成する変異体が強い病害抵抗性を
スの有無を観察した.
持つことが報告されるようになった(Hu ら1
9
9
8;Walter
結
ら1
9
9
3;Dietrich ら1
9
9
4;Arase ら2
0
0
0)
.イネにおいて
果
もそのような擬似病斑を形成する2つのタイプの変異体
イネいもち病菌接種葉に関口病斑形成が誘導される光
が発見されている.
1つは褐点類似の擬似病斑を形成する
照射区では DNA の崩壊は接種6−1
2時間までは認められ
開始型変異イネで,もう一方は病斑類似の擬似病斑を形
なかったが,接種1
2−2
4時間から崩壊が観察されるよう
成する進行型変異イネと呼ばれるものである.これまで
になり,接種4
8−7
2時間には明瞭なラダー様の DNA
に開始型変異イネにおいては擬似病斑形成により核の DNA
崩壊が観察された.しかし,いもち病斑形成が誘導され
崩壊が起こることが報告されている(Takahashi ら1
9
9
9)
る暗黒区や蒸留水処理区では調査したいずれの時間にお
が,進行型変異イネである関口病斑形成変異イネにおい
いても DNA 崩壊は認められなかった.さらに DNase 活性
てはそのような報告はない.そこで本研究では関口病斑
は,光照射区の接種葉では経時的に増加し,それは約5
6
形成が DNA 崩壊や DNase 活性の増加を伴ったアポトーシ
kD の特異的な DNase バンドとして観察されたが,暗黒区
ス反応であることを報告する.
の接種葉ではこの特異的バンドは検出されなかった.ま
た,3
4kDa の DNase も接種葉では認められたが,これは
材料及び方法
光条件に関係なく観察された.さらに,蒸留水処理葉で
イネいもち病菌胞子をイネ品種関口朝日に噴霧接種し,
湿室・光条件下及び暗黒条件下に所定の時間保った後,
イネ葉を採取し,以下の実験に用いた.
は光照射区及び暗黒区共に両 DNase の活性は認められな
かった.
イネ細胞のアポトーシス反応を TUNEL 法を用いた核
DNA 抽出は Tanaka ら(2
0
0
1)の方法で行った.抽出
DNA の崩壊の有無により調査した.その結果,イネいも
DNA は蒸留水に溶解後,2
6
0nm と2
8
0nm の吸光度を測定
ち病菌接種葉を7
2時間光条件下に保ち,関口病斑を形成
0量のDye
して,その濃度を算出した.DNA(1
0µg)に1/1
させた組織細胞では核の DNA 崩壊を示す白い斑点状の DPI
を加えた後,2% 泳動用アガロースゲルのウェルに流し込
染色核が観察された.しかし,イネいもち病菌接種葉を
み1
0
0V 定電圧で泳動した.ゲルは,エチジウムブロマイ
暗黒区に保ち,いもち病斑が形成された組織では DPI 染
ド(最終濃度0.
5µg/ml)による染色と蒸留水による脱色
色核は観察されなかった.蒸留水処理葉においても光照
を行った後,紫外線照射により DNA の崩壊を観察した.
射区及び暗黒区共に,DPI 染色核は観察されなかった.
DNase 活性は Xu and Hanson(2
0
0
0)の方法に従って検
タンパク質合成阻害剤シクロヘキシミドとクロラムフェ
出した.
ニコールあるいは熱処理を行った関口朝日における関口
!
アポトーシス検出のために ApopTag Rfluorescein in situ
病斑形成,トリプタミン蓄積,酵素活性及びアポトーシ
apoptosis detection kid(Intergen, Puchase, NY, USA)を用
ス反応を調査した.その結果,蒸留水前処理葉ではイネ
いた.イネ葉は1% パラホルムアルデヒド溶液を含む PBS
いもち病菌接種後4
8時間で光依存的に関口病斑が形成さ
バッファー(5
0mM sodium phosphate,2
0
0mM NaCl, pH
れ,トリプタミンも約1
4
0µg/g 生葉重の蓄積が認められ
56
島根大学生物資源科学部研究報告
第10号
た.また,クロラムフェニコール前処理葉においても蒸
と DNA 崩壊,DNase 活性や核 DNA の崩壊はいずれも抑
留水前処理葉と同様に関口病斑が形成され,トリプタミ
制された.このことは,シクロヘキシミドや熱はトリプ
ンも約1
2
0µg/g 生葉重の蓄積が認められた.しかし,シ
タミン経路の特異的阻害因子ではないが,関口朝日での
クロヘキシミドや熱前処理葉では接種後4
8時間でも関口
光依存的な関口病斑形成がトリプタミン経路に依存した
病斑形成は著しく抑制され,トリプタミン蓄積も蒸留水
アポトーシス様の反応である可能性を示した.
0に抑制されていた.また,TDC
前処理葉に比べて1/3−1/1
活性は蒸留水やクロラムフェニコール前処理葉では接種
引用文献
後4
8時間でそれぞれ高い値を示し,2.
1
5と1.
7
5nmol/
Afford, A. and Randhawa, S.
(2
0
0
0)Apotosis. Mol. Pathol.
5
3,
5
1
4
mg protein/h であったが,シクロヘキシミドや熱前処理葉
−5
2
1.
でのそれはそれぞれ0.
0
2と0.
0
3nmol/mg protein/h となり,
Arase, A., Zhao, C., Akimitsu, K., Yamamoto, M. and Ichii, M.(2
0
0
0)
蒸留水前処理葉のそれに比較して著しく抑制されていた.
A Recessive lesion mimic mutant of rice with elevated resistance
さらに,MAO活性もシクロヘキシミドや熱前処理葉(0.
7
4
1
6.
to fungal pathogens. J. Gen. Plant Pathol.
6
6,
1
0
9−1
−0.
8
4nmol/mg protein/h)では蒸留水やクロラムフェニ
Dietrich, O.D., Delaney, T.P., Uknes, S.J., Ward, E.R., Ryals, J.A.
コール(2.
1
8−2.
3
6nmol/mg protein/h)前処理葉のそれに
and Dangl, J.L.
(1
9
9
4)Arabidopsis mutants stimulating dis-
比較して値が1/2−1/3に減少していた.シクロヘキシミ
7
7.
ease resistance response. Cell 7
7,
5
6
5−5
ドや熱処理により関口病斑形成が抑制されたイネ葉では,
Hu, G., Yalpain, N., Briggs, S.P. and Johal, G.S.
(1
9
9
8)A porphy-
DNA 崩壊や DNase 活性も対照である蒸留水前処理葉のそ
rin pathway impairment is responsible for the phenotype of a
れと比較して著しく抑制された.また,TUNEL による核
dominant disease lesion mimic mutant of maize. Plant Cell
DNA の崩壊を示す核の DPI 染色も陰性反応を示した.し
1
0
5.
1
0,
1
0
9
5−1
かし,関口病斑形成が抑制されなかったクロラムフェニ
Jabs, T.
(1
9
9
9)Reactive oxygen intermediates as mediators of pro-
コール前処理葉では対照の蒸留水処理区と同程度の DNA
grammed cell death in plants and animals. Biochem Pharma-
崩壊や DNase 活性が観察されただけでなく,TUNEL によ
4
5.
col.
5
7,
2
3
1−2
る核染色も陽性反応を示した.
Takahashi, A., Kawasaki, T., Henmi, K., Shii, K.,Kodama, O., Satoh,
H. and Shimamoto, K.
(1
9
9
9)Lesion mimic mutants of rice
考
察
DNA の崩壊や DNase 活性の増加を伴った自発的な細胞
with alterations in early signaling events of defense. Plant
4
1.
J.
4,
3
2
7−3
の死はアポトーシスと呼ばれている.アポトーシスは形
Tanaka, N., Nakajima, Y., Kaneda, T., Takayama, S., Che F.S. and
態形成,変態,組織の恒常性及び病原菌感染で重要な役
Isogai, A.
(2
0
0
1)DNA laddering during hypersensitive cell
割を果たしており,その誘導には活性酸素種が関与して
death in cultured rice cell induced by an incompatible strain of
いることが報告されている(Afford and Randhawa 2
0
0
0,
9
9.
Pseudomonas avenae. Plant Biotech.
1
8,
2
9
5−2
Jabs 1
9
9
9)
.活性酸素種の1つである過酸化水素は,病
Xu, Y. and Hanson, M.R.
(2
0
0
0)Programmed cell death during
原菌感染植物における過敏感細胞死の誘導に重要な働き
pollination-induced petal senescence in petunia. Plant Physiol.
を し て い る こ と は よ く 知 ら れ て い る.最 近,Yao ら
3
3
3.
1
2
2,
1
3
2
3−1
(2
0
0
2)は動物細胞で起きているアポトーシス同様の反応
(1
9
9
3)
Walter, M., Hollricher, K., Salamini, F. and Schulze-Lefert, P.
がエンバク冠さび病菌の非親和性レースに感染したエン
The mlo resistance alleles to powdery mildew infection in bar-
バクにおいても起こっており,過敏感細胞死とアポトー
ley trigger a developmentally controlled defense mimic pheno-
シス反応がほぼ同時に起こっていることを報告した.イ
2
8.
type. Mol. Gen. Genet.
2
3
9,
1
2
2−1
ネいもち病菌に対する関口朝日の光依存的抵抗性を示す
Yao, N., Imai, S., Tada, Y., Nakayashiki, H., Tosa, Y., Park, P. and
関口病斑の形成部位では DNA 崩壊や DNase 活性の増加が
Mayama, S.
(2
0
0
2)Apotopic cell death is a common response
観察された.一方,細胞質のタンパク質合成阻害剤であ
1
5,1
0
0
0
to pathogen attack in oats. Mol. Plant-Microbe Interact.
るシクロヘキシミドや熱前処理により関口朝日葉の光依
−1
0
0
7.
存的関口病斑形成やトリプタミン経路の発現を抑制する