携帯メールにおける顔文字・絵文字使用状況から分かったこと

F9‑01
教育相談
携帯メールにおける顔文字・絵文字使用状況から分かったこと
−生徒の感情の分化・発達を促すための課題について−
岡山県立吉備北陵高等学校
人
教諭
見 浩
子
研究の概要
本研究では,高校生の携帯メールにおける顔文字・絵文字使用状況をはじめとする数種類の質問
紙調査を行い,生徒間コミュニケーションの在り方を考察した。個別インタビュー調査の結果も加
え,携帯メールにおける顔文字・絵文字が感情表出を担い,非言語表現の代替として浸透している
ことが分かった。そして,一連の調査結果から,過剰な気遣いを伴う人間関係の実態が見えてきた。
キーワード 携帯メール,顔文字,絵文字,感情,人間関係,アサーション
Ⅰ
はじめに
現在の大半の高校生にとって,携帯電話を持たない生活は想像することができない。特にメール
機能の占める役割は大きく,その中で使用される顔文字・絵文字は,若者の文化として看過できな
い調査対象と言える。携帯メールにおける顔文字・絵文字使用状況等を調査し,生徒の携帯電話へ
のかかわり方を見ていくことは,彼らの感情表出,人間関係を把握し,感情の分化・発達を促すた
めの課題を明らかにする上で,欠くことのできない大切な視点である。
Ⅱ
研究の目的
本研究では,次の二点についての調査を行い,その結果を踏まえ,生徒の感情の分化・発達を促
すための課題を提示する。
○人間関係を構築,維持していく中で,携帯メールがどのような役割を果たしているのか。
○顔文字・絵文字を通して,いかなる生徒間コミュニケーションが展開しているのか。
Ⅲ
1
研究の内容
実態調査
「Ⅱ 研究の目的」で述べた二点を明らかにするため,次の四つの質問紙調査を行った。生徒
の回答方法は,選択と自由記述とした。具体的な調査項目については,抜粋して (1)から (4)の
中に挙げている。
対象はいずれも岡山県立吉備北陵高等学校第3学年41名である。なお,41名全員が携帯電話を
所有していた(校内での使用は原則禁止。許可願を提出し,持ち込みは可)。
(1) 携帯ライフ調査(平成18年6月)
① 調査目的 生徒と携帯電話のかかわりの実態を調べる。
② 調査内容と調査結果(表1)
③ 調査結果からの考察
表1
調査項目(一部抜粋・無記名回答)
ア 自分専用の携帯電話を持ったのは。
イ あなたが使っている機種は。
ウ あなたがよく使う機能は。
エ 1日のメール平均数は。
オ メールをする相手は。
ア
イ
ウ
エ
オ
携帯ライフ調査
調査から分かった本校生徒の平均像
15歳までには自分専用の携帯電話を所有(37人/41人)
機種は,D社とA社がほぼ同数
よく使う機能はメール
1日のメール平均数は,一人あたり17通
主なメール相手は友達,しかも同じクラス・同じ学校の友達との
メールが多い
‑ 167 ‑
生徒間の同質の固定化された人間関係がうかがえる。これは一地域に限定された現象ではなく,
マス・メディアで取り上げられる,自分専用の携帯電話を所有し,親しい友人との携帯メールの
やりとりが盛んであるという高校生像と重なる。
(2) 携帯メールにおける顔文字・絵文字使用状況調査(平成18年6月)
① 調査目的
携帯メールにおける顔文字・絵文字の使用状況(表2で示したような顔文字・絵文字の使用頻
度,顔文字・絵文字を通しての感情表出の在り方,生徒間コミュニケーションの形態など)を調
べる。
② 調査内容と調査結果(表2)
表2 携帯メールにおける顔文字・絵文字使用状況調査
調査項目(一部抜粋)
・メールで顔文字・絵文字を使いますか。
・顔文字・絵文字で様々な感情が表せると思いますか。
・顔文字・絵文字は感情表現の幅を広げてくれますか。
・登録されてある顔文字・絵文字で満足していますか。
・顔文字・絵文字なしのメールを受け取るとどう感じますか。
・携帯でメールをすることで,相手のことを考え,思いやる能力が上がったと思いますか。
生徒の回答から分かったこと
・ほとんどの生徒が顔文字・絵文字を使用し,顔文字・絵文字があると感情が伝わりやすいと思っている。
・登録されてある顔文字・絵文字だけでは,微妙な感情を表せないので,物足りないと感じる生徒もいる。
・顔文字・絵文字を付けないメールは,「むかつく」「だるい」というような感情表出であり,受信者はそうした感情
も受け取ることになる。
③
調査結果からの考察
生徒の自由記述から,顔文字については「様々な感情を作ることができる」「今,思っている
ことを顔に表すことができる」,絵文字については「動くから(A社)感情が伝わりやすい」「種
類が多く,組み合わせで様々なことを考えられる」という回答があった。このことから顔文字・
絵文字は生徒の感情表出と深く結び付いていることが分かる。
顔文字・絵文字使用理由については,感情にかかわる自由記述が多数を占める中
,「なんとな
い
く」「あるから使う」という回答が男子からのみ出た。次の「(3) 感情語彙・感情記録・感情日
誌・喜怒哀楽調査」の結果や行動観察と照らし合わせて,感情の未分化・未発達の度合いとのか
かわりが見られる。
登録されてある顔文字・絵文字では「感情を表すのに足りない」と回答した生徒の中には,自
分で顔文字と絵文字とを組み合わせて,微妙な感情を表現している生徒もいた。彼らなりの表現
手段を駆使して,感情表出の工夫をしている例だと言える。
「携帯でメールをすることで,相手のことを考え,思いやる能力が上がったと思いますか」と
いう質問に対して,「思う」と「思わない」はほぼ同数だった。後述の個別インタビュー調査で
より明らかになったことだが,「思う」と回答した生徒の「相手のことを考え,思いやる能力」
とは,メールのやりとりにおける過剰なまでの相手への気遣いであった。
(3) 感情語彙・感情記録・感情日誌・喜怒哀楽調査(平成18年6・7月)
① 調査目的 生徒の感情の分化・発達について調べる。
② 調査内容と調査結果 調査内容と調査結果を表3に示す。
③ 調査結果からの考察
調査から分かったのは次の五点である。
・速水(2006)は「子どもの感情の変化」について,「頻繁に『怒り』を感じ,表出する」『
「 悲
1)
しみ』にくく,『喜び』にくい子どもたち」を論じており ,生徒の実態と重なる点が多い。
・速水は「総じて喜びも悲しみも減少していると推測される。ただしそれが,本当にそのような
感情が減少したのか,あるいは感じていても単に表出の段階で抑制されるのかは,定かではな
い」と述べている2)。筆者は今回の調査から,携帯メールにおける顔文字・絵文字という新し
‑ 168 ‑
い表現手段を使って,感情を表出している生徒たちがいると考える。
・「感情語彙調査Ⅱ」から,生徒は【例】のように一つの絵文字(表情)に対して様々な感情を
感じ取っている。ゆえに,メールのやりとりの中で,互いの誤解を生む可能性は十分にある。
顔文字・絵文字は感情表出を促進させる働きを持つ一方で,感情の行き違いの原因ともなる。
・顔文字・絵文字による誤解を補うだけの,言葉で伝え合う力は生徒には育っていない。ゆえに,
伝え合う力の育成は一層必要となる。
・生徒が自分自身の感情を出しやすい携帯メールという表現手段に着目していくことで,より生
徒の内面に寄り添うことが可能になる。
表3
感情語彙・感情記録・感情日誌・喜怒哀楽調査
調査内容の項目
感情語彙調査Ⅰ
感情にかかわる言葉をプリント枠に自由
に書き出す。
感情記録
1日の感情の流れを自分自身でチェック
する。(縦軸に感情語彙,横軸に時間を
配したプリント枠内に○をする形)
感情日誌
1日の感情の流れを自分自身でチェック
する。(出来事と感情を記述する形)
喜怒哀楽調査Ⅰ
具体的にどんなときに「喜怒哀楽」の感情
を持つかを書き出す。班でシェアリングも
する。
感情語彙調査Ⅱ
絵文字(D社に登録されている24種類の
表情)に感情語彙を当てはめていく。
調査結果のまとめ
「むかつく」「うざい」「だるい」「きもい」「めんどくさい」など毎日教室内を飛び交って
いる,こうした感情語彙(いわゆる若者ことば)が上位を占めた。平均して,男子よりも
女子の感情語彙数が多い。
例えば,「だるい」と「楽しい」のみで1日の感情の流れを表してしまうような,感情の
動きの少なさが目立った。自分自身の細かな感情の変化を意識化したり振り返った
りすることに慣れていないので,「感情記録」に付けた○の数も少ない。
「感情日誌」で出来事と感情語彙を結び付けるのも難しかったようだ。快・不快の枠
内でしか自分自身の感情を意識化,言語化できない傾向は,主に男子生徒に目立
った。
男女ともに「哀」の欄への記述が少なかった。「哀」について書くのが一番難しいと回
答した生徒が多かった。
絵文字という媒介があることで,擬音語や擬態語であっても感情にかかわる言葉を
出しやすい。しかし,一つの絵文字から感じ取ることのできる感情の幅は大きく,個
人差もあった。
【例】次の絵文字に対して生徒から出てきた感情語彙
ごめん・嫌だ・嫌い・つらい・悔しい・聞いてー・ どうしよう
寂しい・反省・しつこい・ショボ・イタッ・何かを我慢
喜怒哀楽調査Ⅱ
自分が抱いた感情を「誰にも伝えない」との回答が圧倒的に多かった。ただし,メー
喜怒哀楽調査Ⅰで出てきた事柄をどう表 ルは対面・電話に比べると感情を出しやすいツールのようだ。携帯メールだから気持
現するか(対面・電話・メール・伝えない) ちが伝えられた,面と向かっては言いにくい感情を出せたと回答した生徒は,男女と
について回答する。
もに半数を超えた。
(4)
①
②
③
顔文字・絵文字の具体的な使用例調査(平成18年10月)
調査目的 顔文字・絵文字の具体的な使用例を集め,生徒間の使用上のルールを探る。
調査内容と調査結果 調査内容と調査結果を表4に示す。
調査結果からの考察
携帯メールにおける顔文字・絵文字使用状況には,生徒間で暗黙の了解となっている共通ルー
ルがある。人間の顔の表情は感情表出を担うもので,非言語の代替として生徒は大いに利用して
いる。表情になんらかの記号を組み合わせる使用例が多いが,「よく使う顔文字・絵文字の組み
合わせは」という質問に対し,同じ組み合わせの回答は少なかった。登録されている顔文字・絵
文字だけでもかなりの数に上るので,様々な組み合わせを楽しんだり工夫したりしている様子が
うかがえる。「よく使う顔文字・絵文字の組み合わせは」という質問に対する回答例を図1に挙
げる。顔文字・絵文字は,携帯メールという自己表現の中で,生徒が個性を示すことができる新
たな文字のような働きも有しているのではないだろうか。生徒の言語化できない感情を,比較的
容易に形にできる便利なツールだと思われる。仲間内でのみ理解できる顔文字・絵文字を工夫す
ることで,仲間の連帯感を強める働きもある。
また,「図2 絵文字使用における生徒の気遣いの例」で示した婉曲的な表現など,メール相
‑ 169 ‑
手に気を遣っている例もいくつか挙がった。絵文字は,メール相手に対する気遣いを示すという
働きを大いに担っており,生徒間コミュニケーションに少なからぬ影響を与えているようだ。
表4 顔文字・絵文字の具体的な使用例調査
調査項目(一部抜粋)
・よく使う顔文字・絵文字は。
・よく使う顔文字・絵文字の組み合わせは。
・より強く感情が伝わると思う顔文字・絵文字は。
・相手に気を遣っていると思う顔文字・絵文字は。
(調査の際,顔文字一覧・D社とA社の絵文字一覧
を配布した。)
D社の絵文字の
組み合わせ
A社の絵文字の
組み合わせ
調査結果のまとめ
生徒間で,顔文字・絵文字使用上のある程度の共通ルールがある。
生徒たちの使用例を見ると,顔の表情が主に感情を担い,それに
なんらかの記号を組み合わせることが多い(図1)。よいと認めら
れた使用例は,仲間内で登録され流通する。絵文字を使っていて
も記号だけの場合は,間接的に「だるさ」や怒りを表すこともあ
る。他の携帯電話会社へも絵文字変換が可能になったこともあり,
顔文字使用は減少傾向にある。
相
き
止
と
手 の 相 談 を メ ー ル を 続 け 強 い 言 い 方 を
ち ん と 受 け て も い い よ と 弱 め る た め に
め て い る こ い う 相 手 へ の 使う
を示す
メッセージ
それぞれ表情と記号で1セット
図1
生徒の絵文字組み合わせ例
気を遣って使用する絵文字
図2
絵文字使用における生徒の気遣いの例
2 個別インタビュー調査(実施時期:平成18年7月・10月,調査対象:岡山県立吉備北陵高等学校第3学年41名)
(1) 調査目的「1 実態調査」に基づいて,メールでの顔文字・絵文字使用状況,感情のやりとり
に焦点化したより詳細なデータを集め,生徒間コミュニケーションの在り方を考察する。
(2) 調査方法「1 実態調査」の質問項目に基づきながら,半構造化面接を実施(一人20分程度)。
自分自身の感情表出,相手への気遣いといった点に留意しながら,インタビューを行った。生徒
の発言をカード式発想法を用いて分類し,①携帯メールとのかかわり方について,②携帯メール
における顔文字・絵文字とのかかわり方について,③顔文字・絵文字コミュニケーションのパタ
ーンについて,④顔文字・絵文字コミュニケーションにおけるプラス面・マイナス面についての
四つにまとめた。この四つの観点について,考察していく。
(3) 調査結果と考察
① 生徒の発言から,「携帯メールとのかかわり方」を二つのカテゴリに分けた。「自分の気持ち優
先」でかかわっている生徒と「相手への気遣い優先」でかかわっている生徒である(表5)。
「自分の気持ち優先」とは,メールに振り回されず事務連絡を主に使用するかかわり方,「相手
表5 携帯メールとのかかわり方
カテゴリ
Ⅰ
自分の気持ち優先
Ⅱ
相手への気遣い優先
生徒の発言の要旨
・自分から相手にはメールしない。相手からメールが来たら返す程度。
・自分のテンションが低いと返さないこともある。
・暇つぶしにメール。やりとりが長くなるとめんどくさい。
・メールは見た目よりも伝えたいことを伝えるのが優先。
・用件や連絡でしかメールは使っていない。
・顔が見えないから,感情にかかわるメールは気を遣って10分は考える。
・話しているときのように笑いでごまかせない。
・怒っていてもそういう感じを出さないように気を付けている。
・自分が言われて嫌なことはメールしない。
・相手の気に障ることのないように気を付けている。
・相手の機嫌が読めないときは1通目はあいさつにとどめ,相手にすぐ返事は要求しない。
・返信する早さに気を遣う。(30分から1時間待たせると「ごめん」から始める)
・相手にメール内容を合わせている。
・送信する時間帯への配慮をする。
・メールは文章をよく確かめて送る。
・基本的に読点を使わないから,改行は話の切れ目でする。
・相手が返信の早い人だったらそれに合わせる。遅い人だったら遅くする。
・相手が2行くらいだったら同じくらいで返す。長い文で来たら長い文で返す。
‑ 170 ‑
への気遣い優先」とは,友達とのコミュニケーションツールであるメールに過剰とも言える気遣
いをしているかかわり方である。
本来,携帯メールの利便性は,時間に束縛されず相手に用件を伝えられることにあったはずで
ある。しかし現在,正高(2006)が「情報そのものを共有することよりもむしろ,
『情報の共有』
自体を共有することにコミュニケーションの意味がある」と述べているような状況にある3)。メ
ールを送信して相手から数時間返信がないと受信者が不安になる,そうしたつながっている感覚
を常に渇望するという,新たな形の束縛が出現しているのだ。「相手への気遣い優先」で携帯メ
ールとかかわっている生徒は,返信速度のみならず,内容・形式においても多くの気遣いをし,
メールに振り回されている。鈴木(2005)は「彼らのやりとりする無内容なメッセージは,互い
つな
が<繋がりうること>の確認作業として行われる,一種の儀礼だと考えられる」
「だから彼らは,
たとえば友人からのアドレス変更のようなメールにも,まだこの人と『繋がりうる』のだという
ことを確認して,安心するのだという」と述べている4)。「儀礼」には種々のルールが付きもの
であるが,その一つが後述する顔文字・絵文字の使用方法でもある。「儀礼」を果たさねばなら
ない,義務と化したコミュニケーションが,生徒のストレス,表層的な人間関係を生むという構
図が考えられるのである。生徒間に起こっている現象の一つである,短いサイクルでアドレス変
更をする理由は,「繋がりうる」ことの確認のためでもあり,簡単な人間関係のリセット方法で
あるようにも思われる。
② 生徒の発言から,「携帯メールにおける顔文字・絵文字とのかかわり方」を三つのカテゴリに
分けた。「顔文字・絵文字の不使用」と「使用」,さらに「使用」における「顔文字・絵文字の消
極的使用」と「顔文字・絵文字の積極的使用」である(表6)。
表6
携帯メールにおける顔文字・絵文字とのかかわり方
カテゴリ
生徒の発言の要旨
・自分にうそをついている。相手の顔が見えないので,本当の気持ちではないような気が
顔文字・絵文字の不使用
する。仮面・偽りの自分だし,相手も信じられない。文章でしっかり書いたほうが伝わ
る。絵文字などに頼っていると,自分の表現能力が退化していくのではないか。
・普通にメールを打っていると顔文字が出てくるから「ノリ」で使う。
使
顔文字・絵文字の
・絵文字と文の組み合わせはあまり考えない。
とん
消極的使用(無頓着) ・大体同じ顔文字・絵文字しか使わない。
・同じのばかり送ると相手がつまらない。顔文字・絵文字が同じ画面でかぶらないように
用
顔文字・絵文字の
する。並べるとき,絵文字の色がかぶらないように使う。
積極的使用(気遣い) ・相手の絵文字数に合わせる。一つの絵文字だと相手が寂しいから二つ付ける。
携帯メールとのかかわり方が「自分の気持ち優先」のカテゴリに属する生徒(大半が男子生徒)
は,「顔文字・絵文字の不使用」と「顔文字・絵文字の消極的使用」のカテゴリに属する生徒と
ほぼ一致する。一方,「相手への気遣い優先」のカテゴリに属する生徒は,「顔文字・絵文字の積
極的使用」のカテゴリに属する生徒と重なる。「顔文字・絵文字の積極的使用」に属する生徒に
おいては,感情表出を担い,非言語代替として機能している顔文字・絵文字は,「相手への気遣
い優先」を促進する働きがあるようだ。送信者が,電話するほどでもないささいなことを相手に
聞けるのがメールの利点であるが,そこに顔文字・絵文字に関しての生徒間の暗黙のルール,一
種の「儀礼」が加わり,「相手への気遣い」の負担は増えている。
③ 「顔文字・絵文字コミュニケーションのパターン」について,感情を軸として三つに分類した。
まず「使用」と「不使用」に分けた。視覚効果,メールの重要度を上げるなどの「肯定的感情」
を担う場合は,顔文字・絵文字の「使用」のカテゴリとする。「不使用」には二つのカテゴリ,
怒りや「だるさ」のような「否定的感情」を表す場合と深刻な悩みのような「真剣な感情」を表
す場合とがある(表7)。
携帯メールで,顔文字・絵文字を介して行き交う感情は,自分がうれしいとき,相手のために
喜んでいるときなどの「肯定的感情」が多いというアンケート結果が出ている。メールを開いた
ときの見た目の楽しさ,色彩の華やかさには「肯定的感情」こそがふさわしく,絵文字という表
‑ 171 ‑
表7 顔文字・絵文字コミュニケーションのパターン
カテゴリ
使
肯定的
感 情
用
不
否定的
感 情
使
用
真剣な
感 情
生徒の発言の要旨
・絵文字があったほうがメールの重要度が上がる。
・文字だけだと重要じゃない,すぐおわる内容かなと思う。
・文字ばかりだとメールのやりとりが減ったが,絵文字を入れることでまた増えた。
・人間関係が保てる。
・文章だけだと伝わらない。絵が言葉より分かりやすい。
・メールをする自分が見て楽しいし,色が多いと相手も見て楽しい。華やぐ感じ。
・顔文字・絵文字なしで文字だけのメールは,めんどくさい,遠回しな怒りの表明。
・苦手な人,メールを打つのがだるいときは顔文字・絵文字なし。
・けんかをしているときは自分も絵文字を付けない。
・遊びに誘って,返事が「はい」だけだったら「えっ?!」と不安に思う。
・深刻な話のときは,顔文字・絵文字は使わない。
・真剣な話のとき,絵文字は入れない。馬鹿にしている感じ。自分もされると気分が悪い。
・悩み相談のときは,顔文字・絵文字の使用数が少なくなる。
現手段とそこで行き交う感情には相乗効果がある。昨年始まった,他の携帯電話会社との「絵文
字変換機能」により,顔文字の単独使用は減少傾向にあり,絵文字との組み合わせで使用されて
いる例が多い。視覚的に華やかなやりとりは,生徒間のいわゆる「ノリ」がいいということにつ
ながり,テンションを上げることになるのだろう。メール上でも空気を読んで,明るさや楽しさ
を演出する「儀礼」を互いに要求し合っていると考える。無論,そうしたやりとりが悪いわけで
はないが,ある意味では,表層的,義務的なコミュニケーションの展開である。
一方,怒りや「だるさ」のような「否定的感情」は,顔文字・絵文字の不使用によって相手に
伝える。顔文字・絵文字なしのメールを受け取ると,受信者は「怒っているのかな」「嫌われて
いるのかな」「だるいのかな」「めんどくさいのかな」「寂しい」「ショック」「むかつく」「気分悪
い」という感情を抱く。表情なしで記号だけの絵文字でも「否定的感情」を伝える場合があるの
で,顔文字・絵文字なしのメールに含まれる「否定的感情」はかなり強いものである。
顔文字・絵文字の不使用のもう一つのカテゴリは,悩み相談などの「真剣な感情」である。昨
年,大阪府茨木市で監禁された女性が,救出を要請するメールに顔文字を使っていたことから,
大阪府警堺東署が緊迫性がないと判断したと報じられた事件があった(http://headlines.yahoo.
co.jp/)。この報道についてのブログを読むと,顔文字使用は緊迫性に欠けるとする意見が多数
を占めていた。生徒間における,表層的でない「真剣な感情」のやりとりに際して顔文字・絵文
字を使用しないという感覚は,あたかも携帯メール使用上の不文律であるかのように,使用者間
に共通しているようだ。
④ 「顔文字・絵文字コミュニケーションにおけるプラス面・マイナス面」として「感情表出」
「非
言語代替」にかかわる生徒の発言をまとめた(表8)。
メールのやりとりにおいて,落ち込んでいるときでも元気を装ったり,腹が立っていてもそれ
を出さないで相手との衝突を避けようとしたりする傾向が多数の生徒にあった。ゆえに相手から
のメールも,うそをついているのかもしれないと思うことがあるようだ。顔文字・絵文字の有す
あいまい
る曖昧さ・軽さによって,感情の行き違い,文と顔文字・絵文字との不一致による誤解が生じて
いる現実は確かに存在する。視覚的華やかさを重視し
,「肯定的感情」を主にやりとりする現在
ぐ
の生徒間コミュニケーションには多くの危惧を抱かざるを得ない。感情表出しやすいメールでは
あるが,「否定的感情」や「真剣な感情」を,薄めたり隠したりする恐れがあるからだ。
一方,非言語代替としての顔文字・絵文字が,生徒,若者世代にここまで浸透している背景に
は,婉曲的な表現を好む我が国の文化にのっとっているという側面があるのではないか。「世界
に市場を拡大する携帯電話会社『ボーダフォン』によると,ヨーロッパのケータイには絵文字サ
ービスはない」のである5)。感情の多くを非言語で語ってきた伝統が日本にはある。その象徴的
な現象として,生徒の顔文字・絵文字使用が位置付けられる面もあると考える。
‑ 172 ‑
表8
カテゴリ
感
情
表
出
非
言
語
代
替
プ
ラ
ス
面
マ
イ
ナ
ス
面
顔文字・絵文字コミュニケーションにおけるプラス面・マイナス面
生徒の発言の要旨
・顔文字・絵文字でその場その場の伝えたい感情が分かる。感情が強調できる。
・顔文字を自分で作ることで,感情を表現しているときの顔の様子や様々なことを考えられる。
・顔文字・絵文字には臨場感がある。
・絵文字は伝えたい言葉に勢いを付ける。
・言葉で表現しにくいニュアンスを顔文字・絵文字で表現できる。
・顔文字・絵文字の様子によって,相手の機嫌がいいか悪いかが分かる。
・ものをしゃべるとき,無表情だと嫌。顔文字・絵文字使用はそれと同じこと。
・文字だけだと強い感じがするから,語調を和らげるのに顔文字・絵文字を使う。
・毎回同じ絵文字を使われると感情が伝わらない。
・顔文字は複雑すぎて何を伝えたいのか分からない。
・顔文字・絵文字は微妙なところが伝わらず,感情の行き違いがある。
・登録されている顔文字・絵文字が,今の感情にピッタリと当てはまらないときもある。
・顔文字・絵文字で表せない範囲は,曖昧な返事やはっきり言えないとき。
・文章の言い回しと顔文字・絵文字が合っていない場合,どちらが本当なのか分からない。
・メールと現実との違いでもつれる。
⑤
女子高校生のメールの特徴を示すものとして,次に一例を挙げる。
Aさん(高校3年・女子)は「顔文字・絵文字の積極的使用」者である。落ち込んでいたAさ
んに対して,筆者は励ましのメールを送ったが,「心が弱っているんだからもっとカラフルにし
て」(もっと絵文字を付けてということ)「絵文字の付け方が意味不明」「読点は使わないよ」「も
っと改行して見やすくして」などのコメントが返ってきた。言葉による表現だけでは,Aさんの
心に届かなかったようだ。視覚的華やかさを意識してメールを作成することで,言葉も生かされ
てくるのだ。「真剣な感情」を伴う顔文字・絵文字不使用との使い分けが難しかった例である。
ぁりがとぅ
先生も早く風邪治してネ
ぉだぃじに
Aさんは読点は使わず,一文ごとに必ず絵文字を付ける。
そして,相手が読みやすいように改行する。
絵文字の表情と記号,記号二つや顔文字と絵文字の組み合わせ
に気を配っている。
AさんはA社,筆者はD社なので,文字化けしないように,
「絵文字変換対応表」をチェックして絵文字を使用している。
ア行は小文字にする。
Ⅳ 総合考察と課題
「人間関係を構築,維持していく中で,携帯メールがどのような役割を果たしているのか」につ
いての調査から分かったことは,特定の仲間との人間関係を構築,維持するために,多くの生徒が,
携帯メールにおいて過剰とも言える気遣いをしているということである。携帯メールは,「互いが
<繋がりうること>の確認作業」という使命を帯びて,生徒間コミュニケーションには欠かせない
ものとなった。しかし,その一方で,自分自身がつながりの中にいるのかどうかという不安を駆り
立てるものでもある。このような傾向は女子生徒において顕著であるが,一見自己中心的な言動を
取っているように思われる一部の男子生徒も,限られた特定の相手に対しては,最大限の気遣いを
している。生徒のいわゆる「キレ」やすい言動の背景には,特定の相手に対する過度な気遣いの反
動という面もあるのではないかと考える。
「顔文字・絵文字を通して,いかなる生徒間コミュニケーションが展開しているのか」について
の調査において,顔文字・絵文字使用状況をつぶさに見ていくことで,人間関係を構築,維持する
上での生徒の精神的負担はより明らかになったと言える。顔文字・絵文字使用における「儀礼」は,
「消極的使用」に属する生徒までも従わせる生徒間の常識となりつつある。カラフルで楽しい雰囲
気を醸し出す絵文字,メール上で空気を読んで互いのテンションを上げていく顔文字・絵文字,
「肯
定的感情」のやりとりが多いのは自然な流れである。メール上でも怒りなどの「否定的感情」は持
て余され,胸の中に渦巻くことになる。「否定的感情」や「真剣な感情」は顔文字・絵文字の不使
‑ 173 ‑
用によるよりも,対面して伝えるべきだとの生徒の発言が多かったが,そうした感情を上手に表出
できない様子がうかがえる。したがって,生徒がそれらをため込んで,突然「キレ」たりしないよ
うに,適切に自己表現するためのスキルを学ぶ場を意図的,計画的に作る必要があると考える。
一方で,否定的な言い方を避けて「ビミョー」を多用し,空気を読むことに敏感な生徒の姿は,
強い自己主張をせず周りに合わせるといった,ある種の日本人らしさとも言え,一概に否定される
べきではないかもしれない。しかし,本来きめ細やかなはずの感情をいくつかの若者ことばに代表
させて,驚くほど無配慮に,他人に攻撃的に振る舞っている生徒の現実もある。同じ時間・空間を
共有する集団内で,生徒が人間関係づくりを学び,経験する,継続した指導が求められる。
そこで,生徒の感情の分化・発達を促すための指導の着眼点として次の二点を考えた。まず第一
は,自己の感情を意識化,言語化することを目指したアンガーマネージメントの啓発教育(主に「自
分の気持ち優先」に属する生徒対応),自分自身の感情に一致した適切な表現方法を学ぶこと(主
に「相手への気遣い優先」に属する生徒)等を早期から計画的,継続的に実施していくことである。
第二に集団の中で,自分の感情を適切に表現し,それを受け入れてもらえるという経験を積むこと
ができる場の提供である。これは,深まりのある人間関係を構築,維持していくために,学校こそ
が果たせる役割ではないだろうか。
筆者は,こうした課題意識を持って表9に示す授業実践を行ったが,幾つかの視点から自分自身
を振り返り,他人との適切なかかわり方を考える作業は,生徒にとって容易なことではなかったよ
うだ。しかし,日常生活では経験できない場の提供は,生徒それぞれの気付きを促す契機になった
と考える。こうした授業実践の,早期からの継続した実施が大切であるということを再確認した。
表9
授業実践の内容
①
アンガー
マネージメント
アサーション
トレーニング
指導上の工夫
生 徒 か ら 出 さ れ た 「 怒 り 」 の 場 面 を 題 材 と し て ,「 怒 り の 温 度 計 」 に 取 り 組 ん だ 。
班,ホームルームでシェアリングをした。自他の違いを認識する契機になった。
② 同 じ 場 面 で の 「 キ レ る と き の と ら え 方 」「 キ レ な い と き の と ら え 方 」 を 考 え た 。
③ 班内で①と②のプリントを読み合い,メンバーの「怒りのツボ」を書き合った。
① 「 ア サ ー シ ョ ン ・ チ ェ ッ ク リ ス ト 」( 日 精 研 心 理 臨 床 セ ン タ ー , 1 9 8 2 ) に よ っ て , 自 分
自身の日頃のものの見方や考え方を振り返り,自分の非合理的な思い込みに気付いた。
② 「 攻 撃 的 」「 非 主 張 的 」「 ア サ ー テ ィ ブ 」 の 三 つ の パ タ ー ン で , ロ ー ル プ レ イ ン グ を し
た。対面での会話をそれぞれ班内で話し合い,ホームルームで発表した。
③ 「DESC法」で問題を解決するためのシナリオを考えた。
○導入でエゴグラム・チェックリストを使用し,人とかかわる際の自分の特徴を理解した。
○ 「 ア ン ガ ー マ ネ ー ジ メ ン ト 」 で は , メ ー ル で 怒 り を ど う 伝 え る か に つ い て ,「 ア サ ー シ ョ ン
トレーニング」では,メールでの「アサーティブ」な伝え方を考えた。
Ⅴ
おわりに
「携帯メール小説」などに10代から多数の応募があることからも,若者の自己表現の場としての
携帯メールは,ますます大きな位置を占めていくだろう。紙上相談のような形で,メール相談の需
要も高まると考えられる。生徒のコミュニケーションスタイルを把握した上での相談形態も検討し
ていかねばならないだろう。SNS(ソーシャルネットワーキングサイト)における「mixi疲れ」
が報じられるような社会,コミュニティの希薄化が更に予想される社会であるからこそ,ホームル
ーム・学年・学校という集団を生かしての人間関係づくりが急務である。今回の調査においても,
「面と向かって話す。顔が見えるコミュニケーションが大切」という趣旨の発言は多数の生徒から
出ており,本当に大切なこと,真剣なことは会って顔を見て話すべきなのだという思いはある。そ
の思いを生かしながら,ネット社会の中で,義務としてのコミュニケーションに疲弊しないために,
生徒の気付きを促していきたい。
○引用文献
1) 速水敏彦:他人を見下す若者たち,講談社現代新書,pp.16‑20,2006
2) 同上書,p.24
3) 正高信男:他人を許せないサル,講談社ブルーバックス,p.17,2006
4) 鈴木謙介:カーニヴァル化する社会,講談社現代新書,p.125,2005
5) 前掲書3),p.15
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