特集2 - 日本大学理工学部海洋建築工学科

Kaiken/August 2011/No.
89
ウォーターフロントから海洋空間まで、
人間が住み・働き・憩う環境をデザインする。
日本大学理工学部 ―
海洋建築工学科
東日本大震災特集号2
緊 急 特 集 第2弾
海洋建築工学による
東日本大震災からの復旧・復興に向けての提言
教授 畔柳昭雄
前回の海建誌 No.88では、東北地方から北関東地方までの
を示していますが、逆にそのことが日本人の素晴らしさを
広い範囲で、沿岸各地が被った津波被害の状況を鑑みるこ
あらためて私たちに気づかせてくれ、復興に向けての強い
とで“東日本大震災の被災から復興に向けて”と題する緊
気概を感じます。
急特集号を組みました。内容は、現地の被災状況の特徴や、
復興に向けての構想や計画は、政府、民間、NPO を問わ
被災地で求められている課題および提案などを、地震・津
ず、多くの提案が輩出されてきており、今後は、従来まで
波の発生直後から現場に入り、調査研究活動を続け支援研
の枠にとらわれない、新しい海辺の街づくりが展開される
究プロジェクトなどを推進されてきた先生方に、海洋建築
ことに期待したいものです。そのためにも海洋空間の有効
工学の立場から解説していただきました。
利用を積極的に取り入れた地域づくりを展開する視点がぜ
引き続き今回の No.89では、緊急特集の第2弾として、学
ひとも欲しいと思います。なお、政府の復興構想会議の提
科内の先生方のそれぞれの専門的立場から、津波被害の調
言要旨を以下に示します。
査研究を通じて考えられたことを、海洋建築工学による“東
日本大震災からの復旧・復興に向けての提言”と題して取
りまとめました。
あれから4カ月が過ぎようとしている中で、青森県から
千葉県に至る約 400km に及ぶ沿岸域で、津波来襲を受けた
地域からは、自らの内発的な力によって、未曾有の津波被
害から立ち上がろうとする熱い思いが伝わってきます。
その中で、とくに三陸地域における津波被害は、明治か
ら大正、昭和、そして平成と各時代において再三再四にわ
たり災害を被り、歴史に大きなつめ痕を残してきました。
しかしながら、これらの地域では、被災を受ける度にそれ
を教訓として活かし、地道な取り組みによって見事によみ
がえり発展を遂げてきました。例えば、岩手県宮古市田老
の場合、
「万里の長城」と言われるほどの規模を持つ防潮堤
が、昭和8年の津波被害の後に海岸線一帯に建設され、堤
内では街路計画、高台居住地、高台の鉄道敷設整備などが
行われ、息の長い復興計画が推進され、町づくりがなされ、
地場産業も各種事業によって発展を遂げてきました。それが、
今再び津波に襲われ、町はがれきと化すことで、想像をは
るかに超えた自然の力の驚異を感じない訳にはいきません
が、三度、田老が復興・復活することを確信します。また、
「気
これだけの災害を被りながらも地域の人々は「礼節」
丈」「忍耐」を持ち行動しており、その姿に世界が畏敬の念
「日経新聞」6月26日朝刊記事より引用
—— 1
造船工学からの提言
新たな概念に基づく浮体構造物
客員教授 前田久明
はじめに
グローバル化・規制緩和・競争原理・民営化・イノベーシ
復興計画は、復興の概念、最終目標、基本的考え方、計
ョン・金融制度近代化などを支援することが課題となる。
画作成工程を含むものとされる。ここでの復興の概念は、
たんに元通りにする復旧の概念を超えたものであり、文化
浮体式構造物の活用
的に・社会的に・政治的に・経済的に・技術的に、旧来の
浮体式海洋構造物の特性は、ノアの箱舟に見ることがで
形態を取り戻すことである。これに対して、復興の概念は、
きる。浮体式構造物は、沖合にある限り、大しけにも、高
文化的に・社会的に・政治的に・経済的に・技術的に、旧
潮にも、津波にも耐えることができ、さらには地震の影響
来の形態にこだわることなく、新しい形態を導入してでも、
を大いに軽減できる特性を有している。すなわち、浮体式
元の元気さを取り戻すことである。
構造物は、自然災害に強いという特性を有している。浮体
式構造物は、水平方向の拡張に制限がない。同一排水量で
復興の最終目標
は、甲板面積を広げれば、喫水を小さくでき、浅水域でも
目標は、第一目標、第二目標、最終目標の、三段階に分
稼働が可能である。甲板面積の広い浮体式海洋構造物は、
けて考えることにする。
転覆し難い特性を有している。また、小型浮体式構造物の
第一目標は、被災地市町村の諸活動が、自立して行える
ユニットを結合することで、任意形状の広大な甲板面積を
段階までを指す。災害発生時から、3年以内とする。
有する増殖型プラットホームを造ることができる。
第二目標は、被災地市町村の諸活動が、元の状態に復旧
第一段階での浮体式プラットホームの活用としては、緊
するまでの段階を指す。災害発生時から、3年以上で10年
急災害支援プラットホーム、緊急救急用医療プラットホーム、
以内を考える。
緊急避難用プラットホーム、緊急物資搬入用バース(桟橋)
、
最終目標は、被災地市町村の諸活動が、元の状態以上の、
緊急飲用水・食糧備蓄プラットホーム、緊急避難所、緊急
元気を取り戻すことである。そのためには、成長戦略の具
燃料油備蓄プラットホームなどが提案できる。緊急時の物
体化が必要である。災害発生時から、10年以上20年以内を
資輸送技術は、米国の陸軍工兵隊の事例が参考となる。
考える。
第二段階の浮体式プラットホームの活用としては、仮設
住宅プラットホーム、仮設港湾、仮設漁港、仮設医療プラ
復興のための基本的考え方
ットホーム、仮設水産加工場、仮設工業団地、仮設産業団
民間活力支援することと同時に、社会資本や自衛隊・
地などが提案できる。
警察・消防等の国家権力を支援することにより、復興を図
最終段階浮体式プラットホームの活用としては、水産養
ることを基本的考え方とする。その上で、海洋の特性を生
殖プラットホーム、総合海洋エネルギー基地、沖合大型コ
かした浮体式海洋構造物を活用することを提案するもので
ンテナヤード、沖合海洋石油・ガスプラットホームなどが
ある。
提案できる。また、上記プラットホームを総合化した、複合
第一段階の計画作成工程では、海上・陸上・空域からの
多目的プラットホームが、経済的・社会的に見て望ましい。
被災地支援が考えられる。緊急物資の搬入や、救急医療活
浮体式プラットホームの活用による上述した各種事業
動支援、輸送船・作業船・タグボートの確保などが重要な
は、当面国家事業としてスタートすることになるが、いず
視点となる。
れ国策事業となり、民間が参入できる事業に成長する可能
第二段階の計画作成工程では、第一段階と同様に海上・
性は十分あると考えられる。そのための経済成長戦略を確
陸上・空域からの被災地支援が重要となる。通信網の復旧
立し、雇用の創出と経済成長をもたらす海洋産業を育てる
や、道路(含む橋梁、トンネル)・港湾(含む隣接道路・
ことがこれからの大きな課題となる。
鉄道)・鉄道(含む橋梁、トンネル)の復旧や、電力・ガ
ス・水道・下水道の復旧が重要な視点となる。
まとめ
最終段階の計画作成工程では、特区の活用(法律制定権・
復興計画を、被災地が自立する段階、復旧の段階、復興
人事権・予算配分権の活用)や、国家権力による安全(含
の段階の、三段階に分けて考えることにした。それぞれの
む健康・環境)の確保と、個人の基本的人権の確保の調和
段階において、その目標を達成する手段として、地震等の
を図ることが重要な課題となる。具体的には、漁業権と鉱
自然災害に強い、転覆し難い特性を有する浮体式海洋構造
山法の抜本改正や、民間活力による成長戦略確立のために、
物を活用する方策を提言したい。
2 —— Kaiken/August 2011/No.89
造船工学からの提言
フロート技術を用いた建築物の減災対策
教授 増田光一
東日本大震災による未曾有の地震と津波の被害は、甚大な
侵入に対して流体力学的に抵抗が少なくなる形になっている。
ものとなった。日本大学理工学部では、船橋校舎の環境・防
3m以下の深水深の場合は、浮上せずに双胴の間を通過させ、
災都市共同研究センター内に東日本大震災復興支援室を設置
3mを超えると浮遊状態になる。これにより、津波の遡上流
し、研究拠点として情報の一元化を図るとともに、公的研究
に達する脆弱性の減少が可能になると思われる。
機関等との連携も視野に入れた活動を行っている。
海洋建築工学科では、津波による被害の調査を受け持ち、
津波対策用 Floating house は、今回の10m前後の津波遡
参加した津波被害調査は、第1回は2011年4月9日∼4月10
上流に対しても、係留用のドルフィンが構造的に耐力が維
日で仙台、塩釜港、石巻を中心に調査を実施した。第2回は
持できるように設計されれば、減災対策に十分になりうるが、
2011年5月13日∼15日で主に岩手県の宮古市、釜石市、大船
海岸における多重防御が機能し、それを超える津波遡上流に
渡市を中心に調査した。とくに第2回の調査は、建築学会の
対しての減災対策と考える方が、妥当であると思われる。ま
海洋建築委員会の第1次調査も兼ねていた。
た、本システムの課題は、第一に係留装置の十分な安全性の
これら2回の調査において、建築物は、木造住宅および鉄
確保、建築物に対する電力、上下水道等のインフラの配管の
骨の工場等はほぼ壊滅的な被害を受けていることが明らか
自由度の確保等をはじめ数多く存在するが、将来、技術の進
になった。一方で津波避難ビル等に指定された比較的新しい
展に伴い Float 技術が建築物の津波対策に用いられることを
RC 造の建築物は、かなり海辺に近い場所でも再利用が可能
期待したい。
な程度の被災であった。ただし、RC 造でもベタ基礎のよう
な建築物は、引き波時の射流による洗堀で転倒しているもの
があった。
参考文献
東日本大震災は、津波による死者・行方不明者の膨大さが
1)http://
fivenonbloondes.
最も憂うべきことであるが、建築物についても木造建築の津
files.wordpress.
波に対する脆弱性が露呈し、インターナショナル・サプライ
com/2008/01/
チェーンの一端を担う工場の被害も甚大であり、わが国の国
floating-house.gif
益を損なう恐れを感じた。こうした状況を通して、建築物の
減災対策に対するフロート技術の応用と実用化する場合の課
題について整理する。
図1
フロート技術と建築物
オランダの水害用 Floating
一般の住民が水害等のために水面に浮遊した住宅すなわち
house(参考文献1)
Floating house に居住するというのは、オランダで現実に存
在する(図1)
。この Floating house は、気候変動で水面が
上昇した場合に基礎部分のコンクリートのポンツーンの浮力
で浮遊状態になり、最大で5.5mまでの水位上昇に耐えられ
る。係留は、係留ドルフィンがポンツーンを貫通してフロー
トが上下に自由に動くしくみである。このため、水位の上昇
には耐えられるが、津波のように陸上に遡上してから10∼30
km/h の流れがある場合、引き波時に射流状態になった場合、
係留のドルフィンが破損する可能性もある。
図 2a 通常時
図 2a 通常時
図2a 通常時
Float による建築物の減災対策
海洋建築工学科小林昭男教授の海岸での津波の多重防御の
考え方が機能した場合を前提とし、今回のように沿岸で10m
を超える津波高であっても陸地に遡上後の深水深は、3∼5
mになることを考えて建築基礎部分の Float を計画すると図
2a、2b のようになる。これはポンツーン型の浮体基礎の津
波遡上流の流速の影響を考慮に入れて双胴型の浮体基礎とな
っている。かなり速い流れに対応できるように津波遡上流の
図 2b 浮上時
図2b 浮上時
図 2b 浮上時
—— 3
造船工学からの提言
海洋再生可能エネルギー利用
准教授 はじめに
達し、海岸付近
東日本大震災に対する復興では、たんに被災以前の街並や
を人々は居住す
都市機能を回復させる復旧ではなく、新たに導入すべきもの
る場に選んでき
を導入し、よりよい地域・都市が創造される復興であってほ
た。
しいと考える。また、産業の復興も重要であり、水産業のそ
図1は日本沿
れも大きな問題となっている。水産業の復興に関しては、水
岸の波浪パワー
産特区の設定の是非をめぐって自治体と全漁連の間で議論が
を季節ごとの期
続く。東北地方太平洋岸では養殖業なども盛んである。水産
待値と年期待値
居駒知樹
業をはじめとする産業の復興計画には、これまでの姿を取り
を比較しながら
戻すことだけではなく、積極的に未来的思考が反映されるべ
示したものであ
きである。
る。図1中、関
ところで、東日本大震災の中で福島第一原子力発電所の事
東から東北地方の太平洋岸に位置するのは茨城の鹿島と宮城
故があり、これを契機に日本のエネルギー政策は大きく変化
の江ノ島である。注目すべきは、山形の酒田に代表されるよ
していくと考えられる。その中で話題に上るのが再生可能エ
うに、日本海沿岸では冬季の期待値と夏季の期待値の差が著
ネルギーである。現在、日本国内における再生可能エネルギ
しい。それに対して、宮城の牡鹿半島横に点在する島嶼のひ
図1 日本沿岸の波パワー期待値
(季節毎および年間)
ーの積極的利用や技術開発の機運が高まっていることは間違
とつである江ノ島では、年間を通して8kW/m ∼12kW/m
いない。ちなみに欧米の再生可能エネルギー開発は日本とは
程度の期待値であり、年間を通して変動が小さく安定してい
比較にならないほど積極的である。
る。波浪発電の技術的観点からは搭載する発電機の最大出力
このような状況を受け、東北地方沿岸部都市や地域の復興、
を通年で同レベルに設定できるのでコスト的には極めて有利
水産業をはじめとする産業の復興に再生可能エネルギーの積
である。潮流については必ずしも強い海域ではないが、親潮
極的導入について提言したい。ここでは海洋再生可能エネル
あるいは津軽暖流が沿岸に沿って南下する海域であり、南か
ギーの利用を提言したい。それは、東日本大震災で明らかに
らの黒潮の名残と衝突する海域でもある。岩手県北部から宮
なった電力網そのものの脆弱性への対応や被災地のインフラ
城県北部沿岸では南下する流れが、複雑な挙動を示しながら
ストラクチャー再整備の中で海洋再生可能エネルギー技術の
ではあるが存在する。高性能な海流発電システムが投入され
導入と水産業等へのそれの利用を促すことである。
れば、年間を通して海流のエネルギーを獲得することも可能
である。その容量は大きくはなり得ないため、都市部の電力
海洋再生可能エネルギーの利用の提言と提案
を賄うということではなく、水産養殖等に必要な電力を海洋
海洋工学分野では、波浪、潮汐差、潮流・海流、海洋温度
再生可能エネルギーで賄うということである。
差、洋上風などのエネルギーを海洋再生可能エネルギーとい
これまでもエネルギー密度の小さな再生可能エネルギーの
う。大津波に被災した直後で、海上の利用については懸念さ
利用は、地産地消を原則とした小規模で地域あるいは電力消
れる部分も多いと思われるが、海洋のエネルギーを獲得する
費対象を絞って行われるべきという議論があった。壊滅的な
装置の設置は沖に出すことを前提に考えたり、波浪発電装置
被害を受けた地域の、とくに地域に根差した産業の復興まで
のように防波堤と並行して設置したりするにしても十分な耐
考慮すれば、多様で安全な手法による電力確保を実現するこ
波性能を要求すれば非現実的なことではない。
とは重要であり、未来型のエネルギー確保の第一線を走る契
日本の波浪発電技術のうち、振動水柱型と呼ばれるものは
機になり得る。海洋再生可能エネルギー施設の耐津波安全性
世界有数の実績と技術を有する。浮体式における実証試験も
は、設置場所を沖に出し、浮体式を採用することでほぼクリ
すでに10年以上前に完了している。潮流・海流発電技術は開
アできる。それでも安全性に不安が残る場合には、最終的に
発途上といえどもやはり実証試験は日本大学理工学部の研究
は津波による係留索の破断で装置が漂流することを防止でき
グループによって実施された経緯をもつ。洋上風力の浮体性
ればよい。そのための係留索を、常時浮体を支えている索と
能については多くの研究が国内で進行中であり、技術的な問
は別に用意することを提案する。これについては研究課題と
題点よりもむしろ積極的な導入機会の創出の方が課題である。
なり得るが、技術的に困難な課題とはいえない。
復興の対象となる地域は東北地方太平洋岸地域である。宮
津波が陸に遡上する湾奥部での浮体利用は制限される可能
城県北部の女川町がある牡鹿半島から岩手県北部の久慈まで
性が高いが、湾外への設置は十分に可能である。東北地方の
は典型的なリアス式海岸であり、それぞれの湾には集落や小
復興で海洋再生可能エネルギー利用を積極的に導入できれば、
さなコミュニティーから、発達した都市地域までが点在する。
長期的なエネルギー政策の転換へも寄与でき、エネルギー確
大津波の被災経験が古くからあるにもかかわらず水産業が発
保の多様化によるセキュリティーの向上にもつながる。
4 —— Kaiken/August 2011/No.89
海岸・港湾工学からの提言
海浜地形の特性を利用した多重防災
教授 小林昭男
はじめに
の幅)が狭く海底地形も急峻であるので、地形による減勢
津波も普通の波と同じように沖合から海岸に到達する間
効果は期待できない。したがって扇状地の奥行きが広く人
に海底地形の影響を受けて変形する。目撃者の「白い頂を
口が多い地域に対しては、到達時間の遅延や衝撃力の緩和
持った壁のような水塊がやってきた」という証言は、沖合
のために湾口防波堤が必要である。また、2列の防潮堤の
ではなめらかな波形であった津波が段波に変形して来襲し
築造とその防潮堤間および上部の空間の有効な利用方法を
たことを示している。沖合では長波長でなめらかな波形の
検討するべきである。一方で、扇状地の幅や奥行きが狭い
津波は浅い海域に伝播する過程で短波長の複数の波に分裂
地域では、高台への移住や避難計画を優先するべきであ
する。分裂したそれぞれの波の波高は元の津波の波高より
ろう。
も高くなるが、砕波せずに伝播するので波状段波といわれ
解放型の砂浜海岸では、津波は緩傾斜の海底地形のため
ている。この波状段波も海岸に近づくと砕波する。津波の
に砕波した段波の状態で海岸を遡上する。海岸の背後地が
変形は水深の変化のみならず、岬などの地形の影響を受け
広い低地であるために、リアス式海岸のように遡上高さが
て波高を増大させる。
急激に高まることはないが、海岸での波高と同程度の深さ
リアス式海岸は岬に挟まれた V 形地形のために、水深が
の浸水が広い範囲で生じる。海域の自然環境や築造経費を
浅くなる割合の1/4乗、幅が狭くなる割合の1/2乗に反比例
考えると湾口防波堤の築造は現実的ではなく、砂浜幅の増加、
して波高が高くなる。すなわち、水深の変化が小さくても
背後の砂丘や2列の防潮堤の築造が効果的である。好まし
湾の幅が1/4、1/9になれば、波高は2倍、3倍になる。こ
い砂浜幅は100m 程度であり、侵食が進んだ砂浜に対しては、
の性質によってリアス式海岸では波高が高まり、さらに湾
積極的に養浜を行い砂浜の前進を促すことが必要である。
奥の陸域に高く遡上して被害が甚大になる。一方で、湾曲
津波の減勢と滞留のためには少なくとも2列の防潮堤が
した砂浜海岸では水深が浅くなることによる波高増加が主
必要であるが、常時この防潮堤上部とその間の空間利用が
になる。ただし、解放型の砂浜海岸であっても両端の岬に
課題となる。効果的な上部の利用には幹線道路と鉄道が考
よる津波の反射波と直接来襲する津波との重複により波高
えられ、被災時の復旧の容易さを考えると、海側から1列
が増大する。九十九里浜や鹿島灘の海岸ではこれを想像さ
目は道路、2列目は鉄道が良いであろう。その位置は、1
せる証言があった。本稿ではこのような津波の性状を考え
列目は砂浜の砂丘の背後であり、2列目はその100m 以上背
合わせて、海岸空間の地形に配慮した防災を考察する。
後で現在の保安林の陸側端部が良いと考えられる。
防潮堤間の空間利用では、地表面の利用は遺棄可能な施
津波防災に効果のある築造物
設の配置になり、臨海公園や養殖生簀の配置が考えられ
今回の津波では湾口防波堤の減災効果が示された。釜石
る。陸上の養殖生簀は労働力の軽減と効率化を図ることが
湾口防波堤は一部が崩壊したが、津波波高や浸水深を低減
可能である(水産工学研究所の高木儀昌博士の提案)
。一方
した。さらに陸への津波の到達時間を遅延させたことは、
で津波によって倒壊しない構造の建築物の建設も考えられ
避難時間確保の観点からもその役割を果たした。したがっ
る。その建築物の内部は、高層部を一時避難場所、養殖水槽、
て湾口防波堤は重要な防災施設である。海岸沿いの防潮堤
加工場とし、低層階は市場としての利用が考えられる。
も同様な効果が考えられるが、生活の場にあまりにも近い
さらに2列の防潮堤に生じる海へ通じる道路や河川のた
ので、津波の来襲により越流が生じるとその存在効果は期
めの切れ目の対策が必要である。切れ目位置は、1列目と
待できない。ただし、1列ではなく広い幅を持つ2列の堤
2列目を通して海が見通せないようにずらす必要がある。
防であれば堤防間での津波水塊の滞留効果が期待できる。
見通せると津波はこの切れ目から容易に陸へ侵入するから
本稿では以上の二つのことを基にして海岸域の防災計画
である。
を考える。この計画では、津波の減勢と急激な水上昇を抑
えることに主眼をおく。なお、リアス式海岸の扇状地の両
おわりに
端や解放型砂浜海岸の背後には避難位有利な高台があるが、
今回の津波被災では、
「再現期間が1000年以上の津波を完
この利用方法については地域計画の分野に委ねる。
全に防ぐことは困難である」ことを学んだ。このため津波
防災には、減勢効果を期待する構造物の築造が必要である
海岸地形に配慮した多重防災
と考えて以上の多重防災計画案を示した。このことが復興
リアス式海岸では砂浜幅(汀線から陸方向に測った砂浜
計画に役立てば幸いである。
—— 5
海岸・港湾工学からの提言
新思考的土盛・震災瓦礫を用いた高台式防災公園
客員教授
特定非営利活動法人 リサイクルソリューション理事長
新井洋一
キーワードは高台
土景観の再生を図ることも選択のひとつとなる。必要な瓦礫
今回、来襲した津波の高さ(遡上高・津波が陸上に遡上し
の量は、高さ15ないし20m、半径100mの高台の場合、1カ
た高さと津波到着時の天文潮位)は、多くの港で10ないし15
所当たり30万ないし40万 m の瓦礫が必要となる。
3
mを観測した。津波の被災を避けるためには、津波の高さ以
上の「高台に住む」か、「高台へ逃げる」が基本であること
被災の「記憶」からの出発
を示している。しかし、海辺の低地にも立地せざるを得ない
港湾シンボル緑地は、従来、地形が平坦な場所に設置され
施設は多い。とくに港湾施設は、海辺でなくてはその機能が
ることから、大量の土工を伴う高台や、掘り込みを行う干潟
果たせない。これに関連し、倉庫や工場、業務施設など、多
などで構築される例が多い。今回被災を受けた、仙台港中央
くの施設が低地に立地せざるを得ない。さらには住居なども、
緑地には、標高15mの台地が設けられている。ここでは、約
次第に低地に立地することを歴史的に経験してきている。
10mの津波の遡上があったが、上部の芝生の表面はなんら被
災を受けていない。また、被災地ではないが、愛知県三河港
復興事業の第一歩は瓦礫の処理
の御津緑地は、標高16mの高台を持ち、表層は高木層である
今回の震災で、3県で発生した瓦礫は、2,000万∼2,500万 t
シイ、タブ、カシで覆われている。これは約30万 m の浚渫
に及ぶと推計されている。瓦礫処理の手順は、まず、町はず
土で形成されている。
れの空地、公園や運動場に、集積する。港湾の埋立地や工業
今、復興に向けて新たな一歩を踏み出すとき、われわれの
3
用地、港湾関連用地などに集められることも多い。次に分別
技術の持つ限界を的確に見据え、震災の「記憶」を出発点と
作業が行われる。分別は、木材などを中心とする可燃物、土
すべきだ。
やコンクリート片などの不燃物および、金属などの再生資源
高台式防災公園はなつかしい人々を思う機縁となり、慰霊
などに分けられ、最終処分処理を待つ。この中で、不燃物は、
にも繋がる。また、人々が新たな創造の力を養う空間ともな
これまで海面埋め立て処分によるケースが多い。関東大震災
る。高台へ素早く避難する必要性や、新たな避難場所や避難
の瓦礫で埋め立てられた横浜港の山下公園は、代表的な事例
ルートを伝える場所になる。高台は、地域の個性と、被災地
として今日まで語り継がれている。
全体の復興の理念とを常に描き出す場所となる。
高台式防災公園の提案
ここでは、この不燃物の瓦礫を材料とし、港の要所要所に
シンボルとなる高台を築くことを提案している。その高さは、
ほぼその港に来襲した津波の記憶を伝承する高さとして、10
ないし15mが考えられる。構造は、内部構造として、瓦礫を
埋設する。震災瓦礫からは、その濃度は低いと予想されるが、
写真 三河港卸津緑地(建設中および完成時)
有害物質を含んだ汚染水の溶出が懸念される場合があるため、
低部には、場合によっては例えばベントナイト混合土などに
よる遮水工を設け、地下水への汚染拡散を防ぐ方策が考えら
れる。また、状況によっては、上部には雨水浸透を制御する
構造も検討される。さらに、表層部には、その地域の潜在自
然植生を創出するための植栽を行い、鎮守の森や屋敷林の郷
図 震災瓦礫等を用いた高台式防災公園 標準断面構成
6 —— Kaiken/August 2011/No.89
写真 仙台新港中央緑地(下部は被災している 2011年5月)
海洋環境工学からの提言
藻類による環境修復
教授 堀田健治
海洋建築が成立する敷地ともいえる、海洋・沿岸域は、今
着させ、水深2mに設置する方法を採り、8月まで観察した。
回の震災により未曾有の被害を受けた。地盤の隆起・陥没、
東京湾の水温は、11月末ないしは12月中旬から17℃以下にな
液状化、加えて繰り返し押し寄せた巨大津波による、陸の海
り、とくに湾奥では12℃とかなり低温状態が続き、水温的に
化と海の陸化。これにより、われわれの生活環境はもとより、
は適環境と判断された。コンブは秋に発芽し翌年の水温上昇
生物生息環境も著しい被害を受けた。生息を支える地形的環
期には枯れる1年草であるが、これまでの結果では1株当た
境場もさることながら、海からは重金属等を含むヘドロ、陸
りの重量は1.7から2kg を得た。
では工場や鉱山跡地からの有害物質による汚泥等の影響があ
一方、岩礁域で藻類が減少しているところでは、基盤ある
り、今後予想を超えたものとなろう。
いは施肥材を用いて行うことが考えられる。これら基盤にお
加えて、放射性物質により水質が汚染された海域では、海
いても近年、型枠を使わず帆布を用いた布帯ブロック等が開
の豊かさそのものも失いかねないとの心配もある。幸い4カ
発されており、これら帆布にさまざまな工夫を凝らすことで
月以上たった今日、海での生物調査では、予想したほどの被
成果を上げてきた。また、施肥材も有効な手段であり、今後、
害は見られず、かなり回復が早いとの報告もなされている。
これらを組み合わせた、種藻場の造成を行い、極相にまで発
今後、海の浄化や生物生息環境を整備改善していくためには、
展させることが考えられる。
藻類を増やし、この力を利用することにより、豊かな海を守
り続けることを提案する。
効果算定
藻類の役割
減について算定した場合について述べる。CO2固定を算定す
コンブの利用や活用は多く考えられるが、ここで CO2削
藻類には微小藻類と大型藻類があるが、とくに葉から栄養
る場合、まず重量を知る必要がある。そこで、図1に示さ
を吸収する大型藻類は、1)水質浄化機能、2)生物生息環
れるような、延縄式、暖簾式を考え、100m×100mに2m間
境改善化、3)光合成による海水中の CO2の吸収固定、4)
隔で1本に30cm おきに種糸を装着させると、延縄式で333
また、草類にあっては底質の安定化、5)酸素供給、また、
本、1株当たり実験結果から2kg とすると、延縄式で湿重
近年話題となっている、6)バイオエネルギーの材料供給と
量33.5 t、暖簾式で6t となる。
して期待されている。その他古くから食料や機能性食品、医
炭素固定量を下式から求めると、炭素分析から;
薬品等多くの利用がなされてきた。これら海藻を各県の漁協
炭素固定量=純乾燥コンブ×0.3761… …………………… ①
が中心となって増・養殖することができれば環境問題はもと
(①式は元素分析による算定式)
より地域活性、教育、食育など多くの問題を解決できる可能
炭素固定量=純乾燥コンブ重量×0.7834×(72/162)… … ②
性を有しているといえよう。
(②式はコンブの炭水化物の割合から求めた理論式)
を用いると、①式で、それぞれ 2.5 t、4.9 t、②式で2.3 t、お
海中林造成方法
よび4.5 t の炭素が計算され、両者に若干の差が出るが4カ月
これまで、研究室ではコンブを対象に千葉県、三重県、愛
での固定量は森林に比べ極めて優位と考えられる。参考まで
媛県、富山県、長崎県、沖縄県などで増殖の試験を行ってき
に ha 当たりの海洋プランクトンでの吸収は0.5・CO2/ton/ha、
た。コンブを選定した理由は、増殖方法が確立しているとい
森林では2.7・CO2/ton/ha となっている。
うこと、表1に示されたように、東京湾で採取した藻類を用
いて分析したところ、炭素固定量がほかの藻類と比べて有意
であるとの判断からであった。
増殖する方法は基本的に二つ考えられ、一つは筏を用い
表1 海藻中に含まれる炭素の割合(重量%)
真コンブ
ワカメ
ノリ
カジメ
ホンダワラ
37.61
30.49
41.16
27.84
34.63
て、あるいは延縄式による方法
である。もう一つは海底の岩礁
域や砂地で基盤を用いて増殖さ
せ、天然藻場に育て上げていく
方法である。底質がヘドロ等軟
弱な場所では、延縄式が有利で
あり、底質が安定している場所
は基盤が使われる。
東京湾の例による延縄式実験
では、コンブ胞子をロープに装
図1 養殖方法
写真1 コンブ収穫
—— 7
海洋環境工学からの提言
海洋環境計測の重要性
教授 海洋計測の立場から
川西利昌
急な再設置が必要である。
(1)港内がれき探査、撤去
気仙沼大島浦の浜漁港の場合、南北から津波が押し寄せ、
港内は家屋が浮遊するなど、定期船の航行が不能になった。
建築環境計測の立場から
(1)粉塵対策
定期船そのものが陸に打ち上げられた。3日目に港先端部か
災害地域を歩くと粉塵に悩まされマスクを必要とする。今
ら小型船により本土との通行が可能になった。通常使用され
後地域に居住するためにはしばらくの間、粉塵対策が必要で
ている大きさの船舶を県外から借り、港内のがれき撤去が進
あろう。街路、住宅地、商業地、工業地域などで大規模な表
み、運航が可能になったのはしばらくたってからである。乗
土の洗浄と集積廃棄が要る。住宅、乳幼児施設、病院、高齢
船待合室や浮桟橋は6月19日現在破壊されたままである。
者施設に空気清浄装置、フィルター付換気装置を設置し、呼
海底のがれきを発見するにはダイバーによる目視、水中
吸器、皮膚などの健康維持をはかる必要があり、また洗濯物
テレビカメラ、音響測深機やサイドスキャンソナーなどが使
に付着する粉塵も多く、室内干しになろう。においが残存し
用されるが、今回のように広域の探査を必要とするときは
ている地域もある。ぜんそく、アレルギーへの影響も無視で
サイドスキャンソナーが有効である。サイドスキャンソナー
は3,000万∼4,000万円し高価であること、利用目的が限定さ
きない。
(2)塩害の長期観察
れるため一部の海洋調査関係機関が所持しているにすぎない。
津波の浸水地域は、海水が引いた後、土壌に塩分が残る。
30万円程度の精度は低いが、安価で簡便な型が今回活躍した
土壌に残留した塩分は、農業のみならず、建築物の腐食・劣
ようである。本災害のように広範かつ迅速さが要求される場
化を促進する。鉄骨やコンクリート内の鉄筋、手すり、など
合、このように専門家でなくても操作できかつ安価な製品の
の腐食が進むであろう。冠水地域はいまだ広く残存しており、
普及が望まれる。また港内がれきを撤去できる水中清掃ロボ
地盤沈下により今後も排水が困難と思われる。高塩分土壌上
ットの開発が待たれる。
(2)海水浴の復活と水質調査
での労働・生活空間への影響も未知の部分である。
(3)放射線被ばくと計測
新聞報道によると岩手・宮城・福島3県の今夏の海水浴場
福島原発事故により計測工学上、従来に例を見ないさま
再開は不可能といわれている。その理由は①海水浴場にがれ
ざまな事象が発生した。①公官庁測定結果の限定された公開、
きなどが流れ込み危険である、②海水浴場の諸施設が破損し
②風予報の非公開による被ばく量増加、③測定値の安全基準
て使えない、③海水浴場までのアクセスが寸断されている、
の専門家による差異、④測定器、測定目的および条件の差異、
④重油や汚染物質、放射性物質の流出により汚染されている
⑤主婦の計測器購入および周辺測定、⑦災害用の頑丈なロボ
可能性がある、⑤津波の襲来で海底地形が変わり、しかも土
ットが未開発のため原子炉近傍の計測が不可能、⑪残留放射
砂が沈積し海水浴場として適切でなくなった、などである。
能による汚染、⑫ブログによる放射能基準の伝達、測定の呼
これらの項目のうち、①、④、⑤は海水浴場の水中清掃と水
びかけ、測定値の公開、などである。今後地方公共団体での
質検査を行う必要があり、現在、ほかの復旧作業で手が回ら
放射量キャリブレーション装置の購入、設置、サービスなど
ない状況にある。
が課題となるであろう。
(3)汚染物質の流出と陸上・海底土質調査
(4)海岸林の調査
海岸地域にはたくさんの化学工場がある。津波による工場
海岸林が被災を軽減した地域と、まったく役立たなかった
の破壊により公害汚染物質が陸上および海中に広範に拡散し
地域があった。写真は松原が消失し、一本だけ残った松であ
た恐れがある。すでにヒ素を含む土砂の流出が確認されてい
る。海岸林は防風、防潮、防砂、景観形成、空気清浄など居
る。現在陸上の復興が中心で、海洋の測定が遅れており、今
住空間に対して大きな役割を果たしてきたし、今後もその存
後広範な海域での水質調査が必要となる。
在価値を発揮するだろう。被災した海岸林の調査と再生は重
(4)津波測定
要な課題である。
津波の高さ測定器が、測定可能な最大値を越え、最大値を
測定できない事態に陥った。最大値は予報や今後の研究に必
要なもので正確に測定される必要があった。今後、GPS 波
高計や水圧式波高計などを併用した、小規模な津波用と、大
津波用の測定器を設置する必要がある。
(5)浮標の流失
(本調査は2011年6
月16日から19日まで、
建築学会海洋建築委
員会メンバーにより
編成された東北地方
太平洋沖地震被害調
津波により多数の灯台や浮標が流失し、また陸に打ち上げ
査団(第3次)で実
られていた。昼間、視界による航行のみでは限界があり、早
施された)
8 —— Kaiken/August 2011/No.89
海洋環境工学からの提言
沿岸海洋環境についての一考
助教 大塚文和
東日本大震災の発生から4カ月近くが経過した。この震
災による死者・行方不明者は22,000人以上で、発生したがれ
きは3県(岩手、宮城、福島)で約2,200万 t と推計されて
いる。これらのがれきの一部は、津波によって海域に流出
した家屋・家財などの残骸であり、一時は海中に建ってい
るかのように水没している家屋や自動車などの画像が「海
に沈んだ日常」として報道され、天災のすさまじさ、大自
然の強大さをあらためて私たちに印象づけた。
海域に流出したものは、先のがれきだけではなく、陸域
にあったあらゆる種類の有機物や流出した工場・事業所等
にあったさまざまな化学物質、有害物質なども含まれており、
出典 TBS 動画ニュースサイト http://news.tbs.co.jp/
一部の公表されているものを除き、それらの種類や量など
は把握できていないのが実態である。
ながら、必要により有害物質の除去あるいは応急的にマイ
また、福島第一原子力発電所では、震災直後から大気中
クロバブル発生装置等を使用しての水質の改善を図ってい
への放射能漏れが始まり、福島を中心に広範囲に放射能汚
くことが必要である。
染が広がり、10万人以上の住民が避難を強いられている。
現状で確認されている放射性核種は、当該発電所周辺を除き、
放射性物質拡散による沿岸域の影響について
セシウムとヨウ素であるが、東京都や千葉県でもこれまで
東京都や千葉県の多数の下水処理場では、高濃度の放射
にヨウ素が水道水に混入して一時飲料が止められたり、多
性セシウムが検出されている。これは、すでに降下して植
数の下水処理場で高濃度の放射性セシウムが検出されるに
物等の表面や地表面に存在していた放射性セシウムと大気
至っている。また、関東以遠の静岡県でも茶葉から基準を
中に存在していた放射性セシウムが降雨とともに地表面に
超えるセシウムか検出されており、放射能汚染の脅威が私
降下したものが雨水とともに下水道管に入り、下水処理場
たちの周辺に着実に、しかも急速に浸透してきているとい
に集積したものと考えられる。東京都の下水処理場は、汚
える。
水と雨水を合わせて処理する合流式であり、大雨などによ
一方、海域へも放射性物質に汚染された冷却水が多量に
り雨水が多くなると処理できない未処理水は越流水として
排出されており、福島沿岸の藻類や魚介類などの海洋生物
未処理のまま海域や河川に直接放流しているのが現状であ
にとどまらず、茨城沿岸の水産物等からも放射性物質が検
る。したがって、越流水の中に混入していた放射性セシウ
出されており、海洋生物への影響とともに、海産物を多く
ムは、当然のこととして直接あるいは河川を通じて東京湾
食する私たちへの影響が危惧されている。
に流入していると考えられる。また、東京湾には、背後に
広い流域が存在し、荒川、江戸川、多摩川をはじめ、大小
津波による沿岸堆積物の影響について
約30の河川があり、それらの河川を通じて流域(江戸川は
先に記したように、津波によって陸域から海域に大量の
流域外を含む)から雨水等とともに放射性セシウムが東京
有機物が流入し、リアス式海岸の入り江や湾内に堆積して
湾に経常的に流入し、蓄積していると考えられる。同様の
いるものと考えられる。これらはいずれ微生物等により分
ことは、東京湾に限定されたことではなく、近県における
解され、一部は栄養塩類として水中に溶出する。また、こ
河川が流入している内湾や入り江、あるいは湖沼などでも
れらが分解されるときには当然のこととして海底付近の酸
考えられる。まずは、首都東京の全面に広がる東京湾、と
素を大量に消費し、貧酸素あるいは無酸素水塊を形成する
くに臨海副都心・お台場付近や河口部に近い干潟や海浜公
など水域環境の著しい悪化を引き起こし、復活しようとし
園等の親水域を対象に、底質および海水中の放射性セシウ
ている各種の養殖業等の大きな阻害要因となることが考え
ムの存在状況を早急に確認する必要がある。そして、状況
られる。したがって、これまでの観測データ等を基に、水
によっては、臨海副都心・お台場付近に福島第一原子力発
質の悪化が懸念される入り江や閉鎖的な湾などを対象に海
電所で稼働始めた放射性物質回収システムと同様なシステ
底堆積物調査を実施し、有機物および有害物質等の堆積状
ムを構築する等の対策をとり、首都圏の安全・安心を確保・
況を確認するとともに、中長期的に水質をモニタリングし
向上することが必要と考える。
—— 9
建築・ウォーターフロント計画学からの提言
オランダに学ぶ海面下3m のフローティング・コミュニティ
教授 近藤健雄
周知のとおり、オランダは古代から干拓によって国土が拓
ュニティを支える重要な構成要素である。もし、新しいコミ
かれ、風車によって低い土地の水は順次高い場所に排水され、
ュニティが津波も地震も心配のない安全な山の上の大地に再
最後には海へと排水される歴史がある。西洋のことわざに神
建できたならば、果たして昔のような生き生きとし相互扶助
は大地を創造したが、オランダ人は国を造成したといわれて
でお互いが支えあってきたコミュニティが再建できるので
いる。それはまさに低地に築かれた町と人々の水との闘いの
あろうか。また、コミュニティとしての相互扶助だけではな
歴史といっても過言ではない。
く、生業としての漁業就労や製造業、また各種サービス業な
オランダの Heuseden、Willemstad そして Naarden とい
どが、経済性あるいは利便性の観点から漁港や海岸から離れ
う町は海面下3m の河川湖に立地しているために、水害か
て、新たなコミュニティを形成することが本当に可能なのか。
ら人命財産を、ひいてはコミュニティを守るために水上に浮
自然災害を被った東北地方の沿岸集落は極めて零細で繊細な
かぶ町を構築している。これまで台風や洪水時に大量の水が
社会システムの上で何とかバランスを保って生きてきたので
押し寄せると、人々は自然の驚異になすすべもなく手塩にか
ある。
けた農作物や生活の基盤である住宅さえ流され破壊されてき
かつて、水産庁の調査研究の一環で久慈市、普代村、田老
た。そこで、発想の転換を図るべく土台ごと水に浮かぶ住宅
町、釜石市などを視察したことがあった。とくに田老町の万
を建設している。住宅の基礎はコンクリートで作られたノア
里の長城のような津波対策の防潮堤を実際に見たときは一種
の箱舟のような浮基礎と呼ばれるバージ、あるいはアークと
の驚きと感動を伴う衝撃的なものであった。当時、水産庁か
呼ばれるものである。普段は水中の基礎地盤の上に置かれる
ら出向していた岩手県の漁港課長が直接われわれを案内して
ように設置されており、水が増水したときには基礎地盤から
くれた。その課長の説明によると、田老町は江戸時代から現
離れて住宅全体が浮かぶ構造になっている。当然、住宅は自
在まで何度も津波で村人の多くが死亡するという甚大な被害
由に漂流するのではなく、近くの地盤にアンカーリングした
の経験があった。紆余曲折を経て、田老町は総延長2,433m
係留杭によって位置保持がされている。
の防潮堤を築き集落は臨海部からすべて近隣の山頂部へ移動
東日本大震災による津波の被害は甚大で、2万人を超える
させた。その成果が1960年に襲来したチリ津波には十分対応
人命と数えきれない住宅や建物が流失し多くのコミュニティ
でき、人命財産を保全することができた自慢げに話していた
が崩壊していった。津波が海から陸への流れ込む姿を記録映
だいた。しかし、一つ心配なのは山の上に築いた集落から多
像で見る限り、台風時の打ちこみ波と様子がかなり異なって
くの漁民が防潮堤内部に移り住んできたことと、巨大な防潮
いることが明らかである。津波となって打ち寄せる長周期の
堤に対する過信するあまり津波を心配しなくなったことであ
水塊がかなりの勢いで流れ込み、流れ込んだ水により住宅が
る、と話してくれた。
浮かび上がり、それに横荷重としての水流と併せて巻き込ん
新たな用地を求めることは、どのような被害地でも困難な
だ自動車や住宅の破壊された部材が衝撃荷重となって連続的
様相が明らかになってきている。そこで、ノアの箱舟の神話
に建築物が破壊されていく状況が映し出されていた。これら
のような浮かぶコミュニティ計画を考究することも海洋建築
の大災害は、個々の住宅や施設だけではなく、コミュニティ
工学科の使命と思われる。そのためには、浮かぶ住宅の計画
そのものを土台から根こそぎ破壊尽くしていった。
ばかりでなく、電
今、町の再建方法についてさまざまな論議がなされてい
気や水道、下水道
るが、まだ明確な方針が打ち出されないまま4カ月が過ぎよ
などのライフライ
うとしている。多くの学識経験者が、これまでの海岸近傍
ンとのネットワー
の低地から山林を開拓して小高い山の上にコミュニティをそ
ク、津波衝撃力や
っくり移転すべきであると提唱している。しかし、多くの住
漂流力などの外力
民がこれまで住んできた場所、あるいは先祖が残してくれた
に対する性能保持
土地に住宅やコミュニティを再建することを望んでいる。こ
など解決しなけれ
れらの住民はたんなるノスタルジーで山の上に住むことを拒
ばならない多くの
否しているわけではない。コミュニティの根源は生業として
課題がある。
の働く場所であり、これらの生業がコミュニティを形成する
上で重要な要素となっている。かまぼこなどの練り製品を製
造するのにも目の前の海からとれた魚介類を用い、それらの
新鮮な魚介類を貯蔵する冷凍・冷蔵倉庫も港に隣接して立地
することが重要である。また、過酷な労働から解放されて疲
れを癒やす赤ちょうちんや一杯飲み屋、小料理店などもコミ
10 —— Kaiken/August 2011/No.89
浮函基礎によって支
持されたオランダ・
Maasbommel の
フローティング住宅
建築・ウォーターフロント計画学からの提言
水辺の危険性を再認識して水辺の特性を活かす
教授 桜井慎一
マスメディアにはほとんど取り上げられていないことであ
の自由度が高められたことを反映し、橋詰広場にカフェや乗
るが、東日本大震災の巨大津波が、狭い湾口から東京湾内に
船ターミナルを誘致して、日常から市民に利用される空間と
も侵入し、湾岸各所で2mを超える津波が押し寄せていた。
して整備することが望まれる。
隅田川には、17時30分頃第1波が到達し、その後、20分ぐ
また、周囲を運河や河川で囲まれたような地域では、もし、
らいの間隔で引き波と寄せ波が繰り返し、高さ2mの波が上
橋梁が地震で落橋してしまうと、避難路が途絶したり、地域
流に向かって遡上し、両岸に整備された親水テラスは1m近
く水没した。
が孤立したりしてしまう心配がある。そうした状況に備えて、
「舟橋」つまり水路に浮かべて使う仮設橋の準備も重要であ
東京には50cm の津波警報が発令されていたが、余震が怖
る。遊休化した多数のバージ船を改造すれば、安価で早く対
いため、建物の外に出て、隅田川や神田川の周りに集まって
応できるであろう。
いた人も多数いたが、それらの人々もまさか2m以上の津波
ウォーターフロントの特徴のひとつに、地形に起伏が少な
が目の前を通り過ぎようとは夢にも思わなかったはずである。
く平坦な土地が長く続いていることがあるが、これは自転車
首都直下型のように津波の発生しにくい地震の場合には、
利用にとっては最大の利点である。この特性を活かし、スポ
水上交通を活用して被災者の救援に役立てることが重要であ
ーツやレジャー目的のサイクリングロードでなく、日常生活
る。東京の場合、山手線の外側をドーナツ状に老朽化家屋の
に役立つ自転車専用道路網を整備しておくことが都市の防災
密集地帯が取り囲んでおり、この危険地帯で発生する建物の
機能向上にも貢献する。自動車通行から分離し、なるべく信
倒壊や火災のため、都心に取り残された数百万人規模の帰宅
号機のない自転車道は、災害発生直後における危険地帯から
困難者の通行が遮断され、大混乱が予想される。公共交通機
の速やかな避難、帰宅困難者が通る安全な移動ルート等とし
関が停止し、路上の往来もままならない中で、唯一期待でき
て、大いに期待できる。津波被害のあった東北沿岸地域の復
るのが水上交通輸送である。
興計画にも、自転車専用道路網の整備を積極的に組み込むべ
帰宅困難者輸送には、屋形船が最適である。理由は、①
きである。
運河河川の奥まで通航できて、旋回・後退等の操縦性能が良
【提言1】東京湾内でも津波の危険性は大いにあり、津波警
く、百人単位の被災者を乗船できること。②遊漁船を含めれ
報が解除されるまで海沿い川沿いには決して避難
ば東京だけでも200隻以上の船が常に稼働できること。③船
しないよう市民に周知徹底すること。
内に自家発電の装置が具備されており、停電の影響を受けな
【提言2】標高の低い海沿い川沿いに避難場所や防災基地が
いこと。④2名の乗員がいれば運航でき、乗員の多くはバイ
設置されている場合は、津波に対する安全性を再
クや自転車で通える場所に居住していること。⑤日常の業務
検討すること。
で頻繁に運航しているので、運河河川のことを熟知しており、 【提言3】屋形船を活用した帰宅困難者輸送システムを構築
震災で落橋したり、川底に異変があれば事前に察知できるこ
と。そして何より⑥屋形船組合が協力を表明していることで
する。
【提言4】ステンレスのハシゴと係船柱による簡易で安価な
ある。
方法によって、都心の橋詰広場の多くに屋形船へ
帰宅困難者を屋形船に乗せる場所としては、「橋詰広場」
の乗降口を整備する。
が最適である。その理由は、①都心の川沿いは民有地が占め
【提言5】民間の管理運営による乗船場・カフェ・情報プラ
ていて川に出られる場所は橋のたもと以外にあまり存在しな
ザなどを橋詰広場に設け、平常時の賑わいを創出
いこと。②ある程度大きな橋のほとんどに橋詰広場は存在し、
都心のあちこちに分布していること。③乗船口として機能す
れば良いので、とくに広いスペースを必要としないこと。④
すでに防災倉庫や公衆トイレなどが設置されているところも
あり、道路と川の結節点であるから人々が認知しやすいこと。
することが街の防犯・防災に貢献する。
【提言6】水面に浮かべて使う「舟橋」を多数準備し、落橋
箇所の早期復旧に備える。
【提言7】ウォーターフロントの平坦な地形を活用して自転
車専用の生活道路網を整備する。
現在、江戸川や荒川などには、浮体式の防災船着場が整
備されているが、本格的な大規模な船着場を整備するには、
十億円単位の費用が必要である。しかし、橋詰広場の整備で
は、地上から屋形船に降りるためのステンレス製のハシゴと
係船柱を、最低2カ所設置すれば十分である。防災船着場を
1カ所つくる費用で、多数の橋詰広場が整備できる。河川空
間の民間利用を厳しく制限してきた「河川敷地占用準則」も
2011年3月に改正され、地域防災や都市再生のためには利用
柳橋の屋形船(神田川)
新大橋の橋詰広場(隅田川)
—— 11
建築・ウォーターフロント計画学からの提言
国際貨物コンテナ活用によるモバイル型まちづくり
専任講師 本提案は、被災された方々の生活基盤の早急な回復を目指
すべく、その第一歩として災害地における住環境整備につい
て考案したものである。
現在、被災地では仮設住宅の建設が始まっている。しかし、
災害後4カ月になろうとしているこの時期でも、仮設住宅の
佐藤信治
・これまでの災害時の事例を研究し、住宅ユニットの居住性
を改善することで、生活の質の向上を図る。
・場所によってはキッチンや浴場等を共同とすることで、居
室の床面積を拡大させ、コミュニティの向上を目指す。
(2)早急な生活の場の確保
供給数は需要に対する十分な量の確保には至っていないのが
コンテナ転用のメリットは輸送が容易なことである。そこ
現状であり、その要因として1)深刻な用地不足、2)生活
で災害用の仮設住宅をストックしておく集積基地を日本各地
環境の問題点、3)経済的な問題、4)コミュニティの崩壊、
の港湾の遊休地に建設しておく。水害や地震、噴火などの災
5)仮設住宅の機能的な問題などが挙げられる。
害時には、必要なコンテナを船に積み、各地の港湾へと輸送
し、そこからトラックに積み替えて被災地に迅速に運ぶこと
提案の目的と計画方針
が可能である。
以上の問題の解決策として、海運コンテナを転用した仮
・事前に仮設住宅に配置するインフラユニットと店舗や医療
設住宅街および仮設住宅を提案する。海運コンテナは規格が
施設ユニットのコンテナ配置案をいくつか作成しておくこ
ISO により国際的に統一され「国際海上貨物用コンテナ」と
とで、震災時に早急な対応が可能である。
呼ばれるものである。このメリットは、国際規格の船や鉄道、
・これまでの平屋型の住宅による配置を行うのではなく、積
トレーラーなど異なった種類の輸送手段の間で積み替えが可
層することで土地の有効利用をするとともに既存のコミュ
能であり、これらの相互の積み替え作業が容易に行える設備
ニティ単位での避難生活を行うことを可能とする。
も全国に整っていることが挙げられる。このため積み替えな
どのの手間、コスト、時間を大幅に削減でき、また盗難や汚
・平地だけではなく、斜面地等も建設候補地として活用する
ことで、より多くの建設用地を確保することが可能となる。
損の危険性も最小限に抑えられることから災害時の運用に適
していると考えられる。
(1)仮設住宅の質的向上とコミュニティの形成
今後の活用方法
今後の社会は、避難時においても生活の質の確保は急務で
今回の被災地は、過疎と高齢者問題が顕著に表れている地
あると思われる。さらに、地球規模での温暖化の影響からか、
域である。阪神淡路大震災では主に専門職ボランティアが中
世界各地に災害が多発、大規模化している。日本の将来を考
心となり、訪問活動や医療相談、ホームヘルプ・サービスな
えるならば、こうした避難生活用のシステムを国際規格とし
ど、仮設入居者のニーズ発見や健康管理に積極的に取り組ん
て確立し、さまざまな災害地域に派遣する取り組みを国際貢
だといわれている。このため本計画では、仮設住宅地内に病
献のひとつとして位置付けてみることを提案したい。
院や店舗および娯楽施設などをあらかじめ組み込んで一体的
・電気やガス、水道などのインフラユニットには、ソーラー
に設置しておくことで、被災者の身体的・精神的安定につな
発電パネルを設置することで、エネルギー供給の心配が無
がることを期待している。
・電気やガス、水道などのインフラユニットと店舗や医療施
設ユニットが一体となった仮設住宅街の計画を事前に作制
しておくことで、避難生活の初期段階から生活基盤や住環
境の充実が図られた「まちづくり」ができる。
い避難生活が可能となる。
・仮設住居として使用しない場合には集積基地の小規模発電
所として活用することで、集積コストを低減できる。
・住居ユニットは、世界各地の災害時に運搬・派遣しさまざ
まな活動の補助に貢献する。
図1 従来の仮設住宅建設モデル
図2 コンテナを活用し仮設住宅積層モデル
同一の敷地に96棟を建設した場合、十分なオープンスペースを確保することができ
ない。
同一の敷地面積に96棟の住宅を建設した上に、オープンスペース等を十分確保。
12 —— Kaiken/August 2011/No.89
建築・ウォーターフロント計画学からの提言
既存施設の活用による減災まちづくり
助教 坪井塑太郎
減災(mitigation)の考え方
本年6月25日に公表された政府復興構想会議(議長:五百
ンション管理組合、高層建築物保有会社等により洪水災害時
旗頭 真 氏)では、津波などの自然災害への対策として従来
難するための「水害避難ビル」検討が行われている(写真1)。
までの「完全に封じる」という発想を転換し、被害を最小限
こうした取り組みは、地域における既存の建築物を活用し、
に抑える「減災」の理念を打ち出したことが特徴となってい
地震・津波災害と洪水災害の両面に対応できるものとして意
る。これは、あらかじめ一定程度の被害の発生を想定したう
義のあるものと考えられるが、災害(津波・水害)避難ビル
えで予防的対策を講じていこうとする取り組みであり、ハー
の指定に際しては、先述の構造上の課題のほか、公共・商業
ドによる対応にとどまらず、ハザードマップに代表される事
施設ではなく、マンション等の民間施設を含めて検討する際
前の情報整備など、住民自身が防災に取り組むソフトの対応
には管理組合との協議や防犯上の取り決めなども今後十分な
を併用させることで防災力の向上を図るものでもある。
協議が求められる。
の避難互助のありかたのひとつとして、洪水流からの一時避
巨大災害に対する取り組みにおいて、既存の施設、空間等
津波避難ビル・水害避難ビル
2004年にスマトラ沖で発生した津波災害を教訓に、翌年か
の「点」をつなぎ、さらに居住者自身による災害リスク認知
らわが国で取り組みの始まった「津波避難ビル指定制度」は、
スシステムを構築することは、地域防災計画を再考する際に
市街地の耐震性の高いビルを一時避難場所に指定することで、
重要な論点になってくるものと考えられる。
の向上を図ることで、全体として「面的」に災害ディフェン
逃げ遅れによる被災を最小限にとどめようとする「既存施設
の活用」による防災取り組みであり、本年3月11日に発生し
た東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)以降、多くの自治
体でビルの検討と指定が始まっている。しかし、発災1年前
の2010年3月の政府調査によると、全国で1,790棟(自治体
管理720棟、民間管理903棟、その他167棟)が指定されてい
たものの、これを沿岸の653市町村の内訳で見ると、わずか
21%にとどまっていることが明らかになっている。
津波避難ビル指定の主な条件には、1)鉄筋コンクリー
ト造の耐震性を有する建物であること、2)同地域に予想さ
れる津波の浸水高よりも高い床標高をもつ建物であること、
3)避難に有効な階へのアクセスが確保されていることが要
件とされている。
徳島県徳島市は、東南海・南海地震に伴う津波発生に備え、
市民の緊急一時避難場所として沿岸域の市街地に立つ耐震
性を有する建築物を中心に津波避難ビルが指定され、160カ
所、約35,000人を収容できる取り組みが行われている(図1)。
図1 徳島県徳島市の津波避難ビルの位置
同様の取り組みは、静岡市、名古屋市、高知市、大阪市等で
も見られ、その動きは東日本大震災を契機に全国的に拡大し
ているが、今回の東日本大震災で、地震に強いとされていた
鉄筋コンクリート造の建築物の一部が津波により倒壊した事
例も報告されており、指定基準の精査や見直しなども求めら
れている。
わが国の都市の多くが河口部、沿岸域に立地していること
から、高台のない地域における高層建物への迅速な避難の考
え方は、津波に限らず低地の洪水災害発生時にも有効である
と考えられる。東京東部に広がるゼロメートル地帯に位置す
る葛飾区では、荒川決壊時に広域にわたる浸水と長期間にわ
たる湛水が想定されており、安全とされる地域への避難には
長距離の移動が要求される。そのため、現在、高齢者や年少
者、介護を要する住民の避難に際しては、区民、自治体、マ
写真1 東京都葛飾区における水防まちづくり協議会の様子
—— 13
建築構造工学からの提言
大地震と津波の脅威への課題
特任教授 2004(平成16)年は私にとって忘れられない年である。10
安達 洋
また推定をはるかに超えてしまったのである。そして、すべ
月23日17時56分、故郷である新潟県中央部を襲った M6.8の
ての日本人に、また、世界の人々に津波の恐ろしさをいやと
地震は、兵庫県南部地震以来の震度 VII(川口町)を記録し
いうほどに見せつけたのである。
た。2004年新潟県中越地震である。それまで、多くの地震災
大震災後約3カ月半後の6月末で、死者、行方不明者が約
害の調査に携わり、主に建築物の被害状況をつぶさに観察し
22,000人以上、さらに東京電力福島第一原子力発電所の事故
てきた筆者にとって、生まれ育った古里の惨状を見るに忍び
は現在も進行中である。まさに国難というべき事態であろう。
ず、十分な調査をすることができなかった。
しかし生き延びた人々は泥とがれきの除去に追われ、生活の
その同じ年の暮れ、12月26日、午前8時頃 M9.3という巨
立て直しに懸命である。一日も早く復興の道筋が描けること
大地震がインドネシアスマトラ島沖を震源として発生した。
が望まれる。
余震観測から震源域は1,300km にも及び、動いた断層の長さ
一方、首都圏直下地震の発生が危惧され、さらに、東日本
は青森から長崎までの距離に匹敵するという。被害が十数カ
大震災を起こした地震と同様な地震が南海トラフで起きたら
国に及び、死者、行方不明者が28万人余り、約200万人が被
という想定もなされている。東海、東南海、南海地震が連動
災したとされるスマトラ沖地震・インド洋津波である。巨大
するような巨大地震は、それに伴う巨大津波の発生が予測さ
地震に続く、巨大な津波による被害は、記録に残る自然災害
れ、それの対応策の強化が大きな課題となっている。
の中で最大級であろう。その地震から1年目の2005(平成
17)年12月26日付新聞の特集記事(朝日新聞「見えてきた
翻って、1923(大正12)年の関東大地震では、地震の震動
M9級の謎─スマトラ沖地震から1年」)に次のような記述が
で多くの建築物、住宅が倒壊し、それに伴う大火災が発生し
ある。
た。死者・行方不明者は105,000人余りに達したといわれて
『スマトラ島沖では、過去にも大地震が繰り返されたこと
いる。また、全壊家屋109,000戸余、半壊家屋約102,000戸余
は知られていたが、地震の規模を示すマグニチュード(M)
そして、焼失家屋212,000戸余の被害が生じた。火災は3日
は8程度まで。金森博雄、米カリフォルニア工科大名誉教授
間にわたり燃え続け、死者の約9割が火災によるものであっ
も「ここで M9クラスの巨大地震を想定していた地震学者は
たという。
いないでしょう」と驚く。(中略)日本周辺でも、たとえば
日本大学理工学部の創設者である佐野利器は、関東大震災
北海道東部沖の千島海溝では M8クラスの十勝沖地震と根室
後の1923(大正12)年には、帝都復興院理事・建築局長とし
沖地震をふたつ合わせた巨大地震が17世紀にあり、その前に
て、また1924(大正13)年には東京市建築局長として、鉄筋
も平均500年程度の間隔で起こっていたことを、産業技術総
コンクリート造の復興小学校の建設ならびに同潤会の住宅団
合研究所などが突き止めた。チリ南部でも100∼150年間隔で
地やアパート団地の建設に大きな功績を残している。こうし
繰り返す地震の中に異常に巨大な地震があることもわかった
た佐野利器の災害復興への並々ならぬ情熱がその後の日本大
(1960年チリ地震は記録に残る最大規模の M9.5である。:筆
学理工学部の教育と卒業生の活動に受け継がれ、戦後日本の
者注)。
「こうした巨大地震の存在は新しい研究成果で、半信
復興に大いなる力を発揮したのである。
半疑の人もいたと思うが、スマトラ沖地震で多くの人の認識
が変わった。日本での発生も否定できなくなった。」と谷岡
東日本大震災は津波による大災害である。「海」と「建
勇市郎北大助教授は指摘した。(後略)』
(ゴシックは筆者)
築」を深く考えて復興に当たらなければならない。幸いにし
て「海」と「建築」の両者を学科名に冠している日本で唯一
この不吉な予測が当たってしまったのである。政府の中央
の学科である海洋建築工学科は、まさに、その担い手として
防災会議・専門調査会(溝上恵座長)は、2005(平成 17)
最もふさわしい学科であろう。
年6月22日に北海道から千葉県沖の太平洋に存在する千島海
海洋建築工学科の教育研究上の目標は『(前略)
、防災安
溝・日本海溝周辺で十勝沖・釧路沖の地震(M8.2)、500年
全に優れ多様な立地環境に適合できる建築構造、快適かつ自
間隔地震(M8.6:津波被害を予測)、明治三陸型地震(M8.6:
然環境や景観に配慮した都市・建築計画などの海洋建築工学
津波被害を予測、岩手県宮古市で津波の高さ約22m、大船渡
の専門知識を学ぶ。(後略)』としている。この教育研究の理
市で約21m)など、8つの地震を想定し、地震動の強さや津
念こそ今回の大震災の復興に最も必要とされるものであろう。
波の高さおよび被害などの推定値を提示していた。
多数の学科教員が震災直後に現地調査を実施し、積極的に被
しかし、その地震規模の予測をはるかに超えた M9.0の東
害実態を調べていることに復興支援への力強い意欲が感じら
北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生し、その被害も
れ、頼もしい限りである。
14 —— Kaiken/August 2011/No.89
建築構造工学からの提言
建築構造工学からみた被害の特徴と対応策
教授 中西三和
東北地方から千葉県沿岸域にいたる広域の津波被害調査に
建物被害に及ぼす津波外力
基づいて、ここでは津波による建物被害の特徴をまとめた上
以上のような建物被害は、建物への津波の浸水深さ(GL
で建築構造物の耐津波設計に必要な項目を建築構造学的な課
からの浸水高さ)と津波の流速に深く関連する。また、漂流
題として整理した。
物の衝突が被害を助長する。
津波によって建物に作用する外力を項目別に紹介する。
水圧:津波の浸水深さは、建物の内部が没水しない限りは水
建物被害の特徴
(1)木造建物の被害
圧として建物に作用する(詳細は安達先生担当分参照)。
浸水深さが約3m(1階天井)程度以上の地域の木造建
浮力:建物周辺が浸水し、室内への海水の流入が浸水深さよ
物の多くは、基礎だけを残して流失した。残存した建物から、
り低い場合には浮力が作用し、流速による水平外力が加わる
その被害状況を推察した。写真1は、流失したが損壊を免れ
ことで、建物が流失する(図1)。また、比較的開口部が建
た木造家屋の例(いわき市)である。周辺の状況から判断し
物の低い位置にあり、冷凍倉庫のような建物では浸水した海
て浸水深さは約3mである。新しい木造住宅であり壁の多い
水と天井の間に空気だまりができて、大きな浮力を生じ転倒
在来工法による建物である。気密性が高いために室内への浸
したという見解が建設省建築研究所の調査で明らかにされて
水が起こる前に浮力により浮き上がり流失したが、ほかへの
いる(図1- b)。
衝突などを起こさず移動しただけで倒壊を免れた。
海水魂の落下と衝突:防波堤や堤防、海の前面にある建物な
(2)S 造建物の被害
ど人工物を越波した海水は、位置のエネルギーを得て落下す
軽量鉄骨系の住宅や S 造骨組建物では、外壁が水圧で損
る(図2参照)。この衝撃的な外力による建物の被害例が多
壊し建物内部は浸水被害が激しいものの、建物の流失は免れ
く見られた。
ている。一方、S 造倉庫ではアンカーボルトが引き抜かれた
漂流物の衝突:自動車や漁船などの重量物の漂流による建物
ことにより建物の一部が倒壊した例も見られた。
に衝突する際に建物に作用する外力は、津波の遡上速度と漂
(3)RC 造建物の被害
流物の質量による運動エネルギーをもった衝撃力として作用
RC 造建物の多くは浸水こそすれ、倒壊するなどの被害は
する。
わずかであった。女川漁港では、RC 建物が数棟転倒してい
る被害が見られた、写真2は海側へ引き波で倒されているが、
まとめ
杭が引き抜かれた状態で転倒している。今回は三度大きな津
1.木造や S 造の建物では外壁が水圧で損壊することで水
波が来襲した。その都度基礎周りを洗屈されたことも転倒の
圧を軽減した。一方で気密性の高い外壁では大きな浮力
要因である。また、閖上漁港では、水圧によって壁面全体に
が生じ建物が流失するなどの被害を被った。建物に作用
わたってひび割れが生じたり、津波の波力で一気に押し倒さ
する種々の津波外力をどのように設計上考慮するか今後
れた2階建 RC 造建物も見られた。
の検討課題である。
(4)漂流物の衝突による被害
2.RC 造建物の耐震設計では、ピロティ形式の建物は耐震
津波による2次的な被害の状況として漁船や車など漂流物
性能上好ましい構造形式とは言われていないが、耐津波
の衝突による破壊の連鎖は非常に深刻である。津波被害の減
設計では、津波外力を軽減する構造形式として推奨され
災を考える上で今後重要な課題である。
る。構造計画上、この相反する関係を適切に考慮した構
造計画が必要である。
3.漂流物の衝突による2次的な被害を防ぐ方策の検討、衝
撃力が作用する建物の挙動を明らかにする必要がある。
今後、構造工学的な立場から、耐震・耐津波設計を包含し
たより詳細な検討を行う予定である。
写真1 比較的新しい木造建物の
被害(いわき市)
写真2 RC 造建物の転倒被害(女
川町)
室外側
室内側
室外側の浸水深
さと室内側の浸
水深さの差が浮
力を生む
空気だまり
による浮力
海水の塊が落下
流速
浮力
a)浸水差による浮力
写真3 2階建 RC 造の倒壊(閖
上漁港)
写真4 漂流物の衝突による木造建
物の被害
b)空気だまりに
よる浮力
図1 建物に生じる浮力の概念図
図2 越波した海水塊の落下と衝撃的
荷重の概念
—— 15
建築構造工学からの提言
PCaPC 構法による避難ビル
教授 浜原正行
はじめに
クリート(RC)と比較すると柱間隔を2倍程度に飛ばせる
東日本大震災は関東から東北の極めて広い範囲にわたって
ため広い空間が確保できる。
津波による甚大な被害をもたらした。この津波による構造的
PCaPC とは図2に示すように、工場で製造された柱や梁
な教訓を列記すると以下1)∼3)のようになる。
などの部材をピアノ線の圧縮力によって接合する構法である。
1)浮き上がり防止のためには、一定以上の重量が必要であ
この構法は部材のジョイント部が圧着されているため、建物
り、そのためには、ある程度の階数が必要である。
の一体性が極めて高い。PCaPC 構法を適用した建物は、前
2)受圧面積を小さくする。そのためにはできるだけ壁の少
述の PC 造建物の特性だけでなく、図3に示すように、変形
に対する高い復元性を有している。
ないオープンなスペースを有する骨組構造とする。
3)損傷や変形に対する高い復元性を有していること。
以上より、PCaPC は耐久性に優れ、自由度の高い広い空
また、耐久性の観点からは、
4)塩化物イオン等による鋼の腐食が起こりにくいこと。
間が確保できるだけでなく、津波等による水平力に対しても
が望まれる。
高い復元力を有していることがわかった。そこで、ここでは、
以上1)∼4)を満たす構造システムとしてプレキャスト
PCaPC 構法の特徴を生かした津波避難ビルを提案する。具
プレストレストコンクリート(以後、PCaPC)を取り上げ、
体的には、9階建て程度(高さ30m 程度)の PCaPC 構造物
この構法を用いた集合住宅や公共施設も兼ねた津波避難ビル
を海岸沿いに並べて建設する。この建物群は下層階を機械室
の提案を行う。
等のユーティリティーや駐車場とし、上層階は、集合住宅や
公共施設(役所、学校、病院)とする。最上階には避難所を
PCaPC 構法の概要
兼ねた集会場等を設け、緊急時には食料や物資等が保管でき
コンクリートは、引張強度が圧縮強度の1/10程度以下であ
るようにする。また、屋上にはヘリポートを設置する。柱
るため、ひび割れが容易に発生する。ひび割れを閉じさせる
間隔は縦方向、横方向とも約10m とし、躯体壁は設けない。
ためには、図1のような圧縮力を加えればいい。このような
そのため自由度が高く広い空間を有していることから、時代
圧縮力を前もって与えておけば、ひび割れは生じない。これ
の変化等にも伴う建物の用途変更にも柔軟に対応できる。
がプレストレストコンクリート(PC)の原理であり、圧縮
これらの建物群は全体としてゼロエミッション化が図られ、
力はコンクリート内に配置したピアノ線張力の反力として与
自家発電装置や太陽光、風力等の自然エネルギーの利用が可
える。PC 造建物は、ひび割れを防止できるため、塩化物イ
能であり、食料の備蓄によって数カ月間生活ができることを
オン等による鉄筋の腐食が起こりにくい。さらに、鉄筋コン
想定している。
水平力(kN)
圧縮力
水平力がなくなった後の建物の傾き
閉じる
ひび割れ
建物の傾き(%)
図1 ひび割れを閉じさせる方法
(a)RC 造建物
圧縮力によって柱や梁を堅固に接合
水平力(kN)
工場で製造した梁
ジョイント
ジョイント
水平力がなくなった後の建物の傾き
工場で製造した柱
建物の傾き(%)
ジョイント
ジョイント
(b)PCaPC 造建物
図2 PCaPC 構法
16 —— Kaiken/August 2011/No.89
図3 RC と PCaPC 造建物の水平力と傾きの関係
建築構造工学からの提言
数値シミュレーションによる復興対策の模擬実験
専任講師 近藤典夫
3月11日に日本の観測史上最大規模で広い震源域を持った
な動きをするのだろうか。構造物の振動に関しての数値シミ
東北地方太平洋沖地震が発生し、東日本の沿岸域を中心に
ュレーションからその様子を垣間見ることができる。図3に
その地震と津波、その後の余震によって甚大な被害を受けた。
示すようにダンパーとバネで支えられた構造物に流速 U0 の
この原稿を執筆している時点で4カ月がたとうとしているが、
流れが来ることを想定し、速度圧 p を受けて2方向に振動す
被災地ではいまだがれきの山が撤去されずに残ったままの状
る正方形断面(D/B= 1)の構造物を考えてみる。このとき、
態である。さらに復興計画も策定の最中にあり、市町村はも
スクルートン数 Sc というパラメータを1.32に設定する。
ちろんのこと、各県と国の復興対策は、広範囲な地域にわた
構造物の表面に作用する圧力係数 2p/(pU02)は図4のよ
ることになる。
うになるが、海水の密度ρは約1,025kg/m と大きいので、流
この大震災では、建物の揺れに対する被害もさることなが
速 U0 が小さくても構造物に作用する速度圧 p は相当大きな
ら、津波による被害は、想像を超えるほどに大きかった。水
/ B fn)( fn:構造物の固有
ものになる。また、換算速度 U0 (
3
深は海岸線に近づくにつれて浅くなるため、津波の波高は次
振動数)の変化による構造物の変動は図5のようになる。換
第に高くなることが解明されており、このことは災害に関す
算速度が大きくなるにつれて構造物の変位 X/B、Y/B が増
るニュース等でも取り上げられ、広く知られている。これは
大する。これらの結果は、構造物の中に海水が入らないとい
浅水長波方程式の簡単な1次元数値シミュレーションによっ
う想定のものであるが、構造物の中に海水が入り込んだ場合
ても確認することができる。図1に示すように海岸線から離
は、内圧や浮力の問題も加わり状況が異なったものになる。
れたところに孤立波を設定し、その孤立波が時間の経過とと
このように、基本的な構造物の変位状況は解析されている。
もに海岸線に近づいて行く様子を示したのが図2である。こ
今回のような大規模な津波に対する構造物の防災・減災対策
れを見ると、海岸線に近づくにつれて波高が高くなることが
にあたっては上記のことをある程度、考慮すべきであろうと
わかる。
考える。また、津波の河川への遡上および氾濫に関する数値
構造物に海水等の流体が作用したとき、構造物はどのよう
シミュレーション手法を大いに駆使して、安全対策の一助と
することも検討すべき価値があると考える。
図1 孤立波の設定
図2 孤立波の伝播、傾斜角β=1/30
図3 構造物のモデル化
図4 角柱表面の圧力分布、U0 /(B fn)= 4.4
図5 角柱の変位
—— 17
建築構造工学からの提言
震災後の日本建築学会の活動とスマートな構造技術
教授 新宮清志
はじめに
④多様な専門家が地域・自治体と協働できる支援制度の整備
東日本大震災では広域にさまざまな被害が生じ、被災した
その他、調査・研究・教育に関する6の課題が挙げられて
地域ごとに建築や都市のあり方を根本から問い直すことが求
いる。上記の課題は、復興に向け、「災害に強いスマートシ
められている。一方、RFID タグやセンサネットワーク、さ
ティ」を実現するために解決しなければならないものである。
らには携帯情報端末やスマートグリッドまで含めたユビキタ
ス・コンピューティング技術の研究開発が進み、「ユビキタ
スマートな構造技術
ス社会」の到来も近く、スマートシティの実証実験が大規模
「東北地方太平洋沖地震」緊急調査報告会でも示されてい
に進められている。震災からの復興にあたっては、環境配慮
たように、この地震の規模は、これまでに日本国内で観測さ
に加え災害に強いスマートシティを目指すことが必要である。
れた最大の地震であり、最大震度7を観測した宮城県栗原市
築館では、最大加速度も3成分合成値で2,933 gal(NS 方向
日本建築学会の活動と取り組むべき課題
東日本大震災が発生した3月11日以降、日本建築学会では
2,765 gal)が観測されている。しかしながら、建築構造物の
概略下記のような取り組みを進めてきた。
見られるものの崩壊まで至っている事例は目立っていない。
・大災害調査復興支援本部の設置(3月11日)
これは建築構造物に影響を与える周期 0.7 ∼2秒の応答スペ
・東北地方太平洋沖地震調査復興支援本部(現・東日本大震
クトルが小さかったためと解釈されている。その中で、鉄筋
災調査復興支援本部)、災害情報収集支援室の設置(3月
コンクリート建物は津波に対しても耐えた事例が多い。とく
14日)
に、1階部分がピロティなどになっていて開口部が多く、津
・東北地方太平洋沖地震災害調査ガイドラインの制定(3月
30日)
・東北地方太平洋沖地震後の国土・地域振興に関する関連学
協会会長共同アピール(3月31日)
・東北地方太平洋沖地震および一連の地震緊急調査報告会の
開催と会長談話(4月6日)
これらに続き、5月27日には、東日本大震災の総合対応に
被害は津波によるものが甚大であり、地震による構造被害も
波をそのまま流してしまうことができた鉄筋コンクリート建
物は被害が少なかった。被災状況や被災しなかった状況は地
域によってさまざまな形態を持っており、復興計画・防災計
画には地域ごとの多様な視点の検討が求められるが、津波避
難ビルや防災拠点としての建築構造物には、津波の襲来をも
想定したスマートな構造技術の適用が求められる。
スマートな構造技術として、制震・免震などが代表的であ
関する学協会連絡会により、巨大地震と大津波から国民の生
るが、これらの研究は1980年代中頃に脚光を浴び、精力的に
命と国土を守るための基本方針と取り組むべき課題の提言が
基礎研究・応用研究が行われてきた。また、構造モニタリン
行われた。地震・津波に対するわが国の防災・減災力向上の
グと制震に関する国際会議も開催されており、より高度なユ
ため、取り組むべき課題として下記が挙げられている。
ビキタス・コンピューティング技術、センサネットワーク技
(1)発災後の緊急対応
術などを構造モニタリングや制御に応用した研究事例も見ら
①災害実体の早期把握のための情報収集・通信手段・伝達体
れている。さらに、ユビキタス・コンピューティング技術を
制の整備、地理空間情報等の各種情報活用の仕組みの構築
応用した建築構造物や都市は、各種のセンサによって内外の
②緊急対応のための食糧・水・医療品等の広域備蓄と輸送体
状態を観測し、人間や機械からの要求に応じて能動的に行動
制の強化
③被災者の保護・支援のための広域体制の整備
(2)復旧・復興
①ライフラインシステム(道路、鉄道、電力、上水道、下水
道、廃棄物処理施設、ガス、通信)の機能損失の最小化と
するロボット、あるいはエージェントになることが考えられ
る。その実現には、ファジィ理論、ニューラルネットワーク、
遺伝的アルゴリズム、カオス、セル・オートマトン等のソフ
トコンピューティング技術が利用されることになろう。
(日本建築学会副会長・東日本大震災調査復興支援本部 副本部長)
早期の機能復旧
②地域の復旧・復興のための広域支援体制の整備
③農林水産業の復旧・復興を含めた産業復興のための対策
(3)地震・津波に強い国づくり、まちづくり
①防災社会基盤施設の機能強化と建設
②地域の特性に配慮した津波に強いまちづくり(津波監視体
制の強化、津波避難施設の建設、居住地域の選定、耐津波
市街地の設計等)
③大都市圏の災害回復力の向上
18 —— Kaiken/August 2011/No.89
津波と地盤の液状化
により転倒した鉄筋
コンクリート造建物
(筆者撮影・宮城県
女川町)
学生ボランティアを通して
自然災害の脅威と地元住民の新たな意志の芽生え
3年 丹伊田敬介
私は、3月11日14時50分頃、体育館で部活の練習に向けて
めにした。私が店を営むことによって快適で清潔な生活を実
ゆっくり柔軟体操をしている最中であった。突如、立つこと
現させる手助けができるからだ。ここで、美容院を営み続け
さえもままならないほどの揺れが襲ってきた。私が最初に受
ることが、私にできる最大で最良の復興支援活動だ」と美容
けた地震が太平洋側の東北地方の沿岸域をほぼ壊滅させる大
師は語った。絶望するどころか復興活動をするというのだ。
地震であったとは、その当時は予想さえしなかった。
あまりに前向きな姿勢に驚きを隠せなかった。
日がたつにつれて大地震の全容が明らかになってきた。
陸中グランドホテルは、釜石港の目の前に立地し、被害は
人的被害を以下に示す。死者累計15,202 人、行方不明者累
2層部分に達していた。1層部分は、ガラス窓は、すべて破
計8,718人、負傷者累計5,338人(2011年5月24日現在)であ
壊され内部空間にあったものは、がれき、泥、流木、皿や家
る。連日、被災地の被害状況が報道される中、災害ボランテ
具などであり足の踏み場もない状態だった。2層部分は、幾
ィアとして活動する人々の姿が、やたらと目に付くようにな
多もある畳、カラオケマシンなどのもともとホテルに既存し
った。被災地は、生活物資の枯渇や劣悪な衛生環境などあら
ていたもののほかに、本来海にあるはずの船があり、壁を破
ゆる問題があり人が安全に過ごせるような状況ではない。ま
って漂着してきた凄まじい光景が目の前にあった。これだけ
た、余震もまだまだ続いている。
の光景を目にしたとき、自然の力は、遥か人間の及ばない
しかし、東は関東、西は九州まで、日本の危機の救い手に
ところにあり、どのような技術を駆使しても自然の猛威から
なろうとあらゆる問題を乗り越えて人々は全国から集まっ
は逃れることは不可能なのだとあらためて実感した。と同時
た。並大抵の覚悟ではできないことであろう。私も、溢れる
に、復興には、まだまだ時間を要すること、元の生活を取り
ほどの日本復興に対する感情を抑えることができず被災地釜
戻すことが可能かどうかもまったく見当がつかないとさえ思
石市に向かった。災害ボランティア活動地として釜石を選ん
った。
だ理由は、単純であった。「私の祖父母は、釜石に住んでお
私が、このホテルでボランティア活動を行った際、私を含
り今大変な思いをしている。私の第二の故郷が、地震と津波
めて30人ほどの人が活動していた。話を聞くと私と同じよう
によって崩壊している。祖父母や第二の故郷に災害ボラン
に関東地方からの参加がほとんどであった。「実家が釜石市
ティアに参加することで恩返ししたい」ただそれだけであっ
であるから少しでも力になりたい」「テレビで凄まじい光景
た。そして、普段なら観光客で賑わうであろう5月1日、釜
を目にして居ても立っても居られなかった」など参加した理
石に降り立った。
由はさまざまだがみな復興に対する強い意志を胸に秘めてい
そのときの情景は、今でも目を閉じればありありと浮かん
た。活動した時間は、9時から16時の7時間であった。この
でくる。駅前の広場に高々と積み上げられたがれきの山、生
ホテルに来たときは、惨憺たる状況で、1日でどの程度進む
活物資を求めて列をつくる人々、異常な臭気、普段ではあり
のか見当もつかなかった。しかし、人間の力はすごいもの
得ない現実がそこにはあった。その瞬間、現在は、普段では
で、たった1日で1層部分のがれき処理をほぼ完了し、2層
ない、非常事態なのだと再度思い知らされた。しかも、その
部分のがれき処理も半分ほどできたのではないかと思う。
非常事態は、現在進行形で進んでいるのだ。
私が、今回のボランティア活動を通して自然の猛威を前
到着して翌日の2日から本格的な活動を開始した。活動内
にして人間は無力なのだと実感した。科学技術が一人歩きし
容は、2日は美容院と仕事場の片づけおよび清掃、3日は陸
て、理論上では安全だと提唱したところで、人間が自然をコ
中グランドホテルのがれき処理である。美容院は、釜石湾か
ントロールすることはほぼ不可能だ。ならば、人は今回の震
ら1km の範囲に位置しており、釜石の中でも最も被害を受
災を通して自然とうまく付き合っていく術を学ばなければな
けた場所のひとつである。2階建であり、1層部分は美容院
らない。また、そうした街づくりを実現していきたいと、私
で、2層部分は居住空間であった。しかし、1層部分は津波
は強く思った。また、地元住民の復興に対する強い意志は、
により侵食され、内外部共に全壊していた。RC 造であった
凄まじいものがあった。完全な復興は何年先になるかわから
ことが幸いして建物自体の全壊は免れて、2層部分の居住空
ない。しかし、私は決心した。将来、復興事業にかかわり、
間は無事保持された。しかし、美容道具などの仕事道具か
今回の震災を教訓にして
ら食器などの生活用品まですべて泥につかり、その半分以上
新たな街を実現させるこ
は、使い物にならなかった。また、同所の美容師は80歳を過
とを。そのために、今私
ぎており、津波により生活の糧が奪われた状況であるために
は、学生としてあらゆる
今後の行く末を考えるとこみあげてくるものがあった。
ことを学ばなければなら
作業を進めながら話をした。「私は80過ぎの老体で、震災
ない。将来、被災地を舞
前は店をたたもう思っていた。しかし、故郷は被災地とな
台にして活躍できる日を
り、私は被災者になった。同時に店をたたむことは、取りや
夢見ている。
陸中グランドホテルで
—— 19
学生ボランティアを通して
災害支援ボランティアに参加して
博士前期課程2年 3月11日14時46分震災が発生
大西 慧
地の被災者が本当に欲しいモノは少ないそうです。さらに
そのとき私は研究室のメンバー5人と13号館で修士ミーテ
は、南相馬市役所に個人から届けられた救援物資は仕分け
ィング中だった。建物がミシミシと音を立てる大きな揺れに
が非常に困難であるために、大量の未開封ダンボールが山積
本能的に避難しなければならないと判断し、揺れが完全に収
みになって手をつけられない状態です。とても残念なことで
まるのを待たずに屋外に避難した。屋外にはすでに多くの学
す。私たちが今行うべきことは、現地の正しい情報を入手し、
生が避難しており、みんな大きな地震に少し動揺しているよ
必要なモノを必要な量、正確なタイミングで送り届けること
うだった。家族の安否が気にかかる。
です」
その緊迫した状況から強い連帯感と責任感が生まれてきた。
余震発生
全員が一致団結しテキパキと働くその姿からは、復興に向け
再び大きな揺れに見舞われる。今度は14号館がまるで軽い
た並々ならぬ覚悟が伺える。きっと私を含め、集まったメン
ティッシュボックスのように揺れているのを見て恐怖を感じ
バーそれぞれが普段と少し違う人格に変わっていたことだろ
る。今にも倒れてきそうだ。その日は、帰宅することができ
う。
ずに研究室に宿泊することになった。
はじめに、企業からトラックで届いた大量の飲料水が倉
研究室に散乱した書籍の後片付けが落ち着き、研究室内の
庫に積み込まれる。総量11 t もの2ℓペットボトルが6本入
学生は携帯電話の TV で震災情報を見ていた。最初に飛び込
ったダンボールを全員で1時間かけて荷降ろしを完了させる。
んできた映像は変わり果てた気仙沼の映像だった。漆黒の夜
すさまじい速さに感じた。その後は、全国から届いた救援物
闇の中に、浸水した街が燃えている。その画面に映る気仙沼
資のダンボールを開封して中身を仕分けして再び梱包する作
の状況が理解できたとき、恐怖と悲しみから涙が溢れていた。
業にとりかかる。3班に分かれて機械的に単純作業を行う。
それから余震が残る数日間、被災者のために何かしてあげた
1班は開封作業、2班は仕分け作業、3班は梱包作業となっ
い気持ちと何をすればいいのかわからない気持ちが交錯する。
ていた。私と川島は3班に配属され、中でも分類が困難な衣
何もできないまま10日が過ぎた。その日、偶然 mixi で南
類関係を梱包することとなる。
相馬市に届ける救援物資の仕分け梱包作業のボランティア団
作業に取り掛かり、大量の衣類を梱包していると被災地
体を見つけ、漠然とした使命感と被災者のために何かしたい
に無事に送り届けなければならない責任感や使命感に満たさ
という衝動から同研究室の友人とボランティアに参加するこ
れ、作業に辛さを感じない。しかし、梱包をしていると問題
とを決めた。この未曾有の事態に何をすべきか見当がつかず
点も見えてくる。やはり全国から送られてくる救援物資には
にモヤモヤした状況下において、被災地のために役に立つこ
質の良いものから、中古で使い古したものまでさまざまであ
とができる喜びがあった。
る。被災者の気持ちを考えると衣類関係(とくに下着類)は
新品を送るべきだと思う。
3月22日ボランティア当日
この活動は送り先の顔が見えないために、このプロジェク
場所は天王洲の倉庫を借りて実施された。集合時間は9時
トの効果を実感することができないことが残念である。やは
で、18時までの9時間作業となっている。集まったボランテ
り結果的に開封されないまま放置されてしまう可能性がある
ィアメンバーは老若男女と幅広く30人ほどが集まった。全員
気がしてならないのだ。もしかしたら、救援物資は企業に任
が現場に到着し、作業着に着替えるとすぐに集合の声がかか
せて、私たち学生は現地に直接出向いて復興に向けたがれき
る。アルバイトのようにのんびりした時間はない。
処理活動に参加するべきなのかもしれない。自由な時間を持
ボランティア団長の挨拶が始まる。
っている学生は現地に出向き体を動かし、経済的に余裕を持
「今日はお集まりくださり本当にありがとうございます。
っている社会人はお金を寄付する。復興にはこうした単純な
現在、南相馬市は多くの被災者を抱えています。住民の家屋
役割分担が必要なのかもしれない。
は津波に流されたために日常生活に必要なモノをすべて失い
「善意が善意でなくなる」のはとても悔しい。
ました。この状況を危惧した全国の方々から多くの救援物資
帰り道、「今後の復興支援のあり方」について議論は尽き
が届きましたが、ダンボールの中に詰められた物資には、現
なかった。
海建 東日本大震災特集号2 発行者/畔柳昭雄 発行日/平成23年7月29日
〒274 - 8501
千葉県船橋市習志野台7 - 24 - 1
編集委員 浜原正行、坪井塑太郎
日本大学理工学部海洋建築工学科教室
制作
Tel:047 - 469 - 5420(事務室)Fax:047 - 467 - 9446
http://www.ocean.cst.nihon-u.ac.jp
20 —— Kaiken/August 2011/No.89
㈱ムーンドッグ