県西部浜松医療センター学術誌

県西部浜松医療センター学術誌
The Journal of Hamamatsu Medical Center
Vol.2 No.1 2008
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
目 次
巻 頭 言
院 長 小林 隆夫
4
総 説 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
肺血栓塞栓症 / 深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)の現況と予防対策の展望 小林 隆夫
6
がん診療連携拠点病院として当院の果たすべき役割と展望
小林 政英
16
同種骨移植を用いた Impaction Bone Grafting 法による人工股関節再置換術
岩瀬 敏樹
20
原 著 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
当院における緑膿菌に対する過去 5 年間の薬剤耐性率推移
堀内 智子
30
熱傷に湿潤治療を行う際の留意点 −細菌感染を起こした 5 例から学ぶ−
副島 宏美
34
当院の放射線治療システム −位置決め作業における透視の有用性の検討−
飯島 光晴
38
根拠に基づく感染対策の実際 −感染対策の向上とコスト−
松井 泰子
43
症 例 報 告 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
十二指腸 GIST の1例
金井 俊和
60
急性 HIV 感染症の1例
上野 貴士
64
短 報 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
胃瘻(PEG)患者における地域連携口腔ケアの試み
北川有佳里
68
簡易懸濁法を導入して
相曽 大悟
72
院外処方箋における薬物相互作用の早期発見に寄与した1例
小林 慶子
76
化学療法 2 クールで長期寛解を維持している
CD5 陽性 Primary Effusion Lymphoma
藤澤 紳哉
79
当院における前立腺生検の検討
田中 一
82
県西部浜松医療センターにおける
Clostridium difficile 関連下痢症への抗菌薬使用状況の検討
島谷 倫次
85
妊婦サイトメガロウイルス(CMV)抗体保有率の推移
および CMV IgG avidity の有用性に関する検討
山下 美和
88
栄養管理システムの構築 ∼栄養療法への提言:NST 活動をとおして∼
岡本 康子
92
− 2 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
臨 床 研 究 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
急性心筋梗塞の経皮的冠動脈形成術に対する救急外来との連携について
齋藤 恵子 100
糖尿病教育入院患者へのエンパワーメントアプローチ
袴田 博美
103
大腿骨近位部骨折患者における誤嚥性肺炎予防
鳥居栄里子
106
C P C ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
入院時、全身皮下出血と頚部リンパ節腫大を呈し、急速に死亡した 1 例
菅森 悠乃 110
慢性腎不全に合併した異時性重複癌の 1 例
高山 洋平
114
特発性間質性肺炎の 1 例
中根 浩伸
117
急性の経過で肝不全となった肝腫瘍の 1 例
北島 和登
123
胸部異常陰影を指摘された 1 例
島田 華
127
メルカゾールにより再生不良性貧血をきたした Basedow 病の 1 例
近藤 玲加
131
原発性脳腫瘍の 1 例
山口 裕充
135
発行目的・投稿規定
138
教育・研究への個人情報使用におけるガイドライン
140
投稿論文形式捕捉 141
編集後記 病院学術誌委員会 委員長 橋爪 一光
144
委員会 委員一覧
145
− 3 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
巻 頭 言
院 長 小 林 隆 夫 日本の多くの自治体病院は赤字を抱え、その運営形態の見直しを迫られていま
す。平成 20 年 4 月からは後期高齢者(長寿)医療制度や特定健診が導入され、国
民から批判を浴びる中、今わが国の医療制度は大きな改革が求められています。
県西部浜松医療センターは、平成 22 年 4 月の地方独立行政法人化を目指し動き
始めたところですが、
ここに病院学術誌The Journal of Hamamatsu Medical Center、
第 2 巻第 1 号をお届けいたします。
本誌の発刊は長らく待たれていましたが、昨年 10 月に当時の菅野理事長、脇院
長のご尽力で念願の第 1 巻第 1 号が発刊されました。今回も引き続き第 2 巻第 1 号として、27 編の構成で刊
行することができました。内容は、総説 3 編、原著 4 編、症例報告 2 編、短報 8 編、臨床研究 3 編、CPC の
記録 7 編です。浜松医療センターにおける様々な取組みや研究成果などが論文としてまとめられており、病院
学術誌としてはレベルの高いものとなっています。
浜松医療センターの基本理念は、1 )市民に愛され地域を支える病院、2 )一人ひとりの尊厳を保つ確かな
医療、3 )日々の自己研鑽と未来への継承であります。そして、診療所・病院、さらには浜松医科大学との深
い連携のもと、時代のニーズに応えた最新かつ安全な、患者第一主義の医療をみなさまに提供することを目指
しております。これに応えるためには全職員が日頃から常に努力を惜しまず、最先端の知識を持ち続けなけれ
ばなりません。それぞれの患者さんがすべて真実を教えてくれます。それをいかに活かし役立てるかが臨床研
究です。分子レベルの基礎研究は大学や研究所にお任せし、地域に根ざした臨床病院である浜松医療センター
では、多くの臨床研究が可能です。平成 19 年度には延べ 25 万人を超える外来患者数、延べ 19 万人を超える入
院患者数の診療実績がありますので、稀有な病気や医療者にとっては初めて経験する病気も多々あったはずで
す。とくに若い職員には、自分の実体験を通して個々の疾患をとことん調べ上げ、是非何らかの形で論文とし
て投稿して欲しいと思います。日頃の臨床は忙しくても、常に疑問点を解決するような努力を惜しまないでい
ただきたいと切望しております。
この学術誌が院内外の方々に広く読まれ評価いただくとともに、今後患者さんへの治療と健康の増進に少し
でも役立つことができれば幸甚です。本誌の刊行にあたりご尽力された関係各位に深甚なる感謝を申し上げる
とともに、来年からも益々内容が充実した質の高い本誌を継続的に発刊できるように、職員一同の努力を期待
して止みません。
平成20年 8 月吉日 − 4 −
総 説
Review article
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
総 説
肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)
の現況と予防対策の展望
県西部浜松医療センター院長 小林 隆夫
【要 旨】 静脈血栓塞栓症(VTE)はわが国においては発症頻度が少ない疾患と考えられていたが、生
活習慣の欧米化や高齢化社会の到来などの理由により、近年発症数は急激に増加している。
2004 年 2 月にわが国でもようやく VTE 予防ガイドラインが策定されたが、その後 4 年間にわ
が国の予防に対する取り組みは著しく進歩し、それに伴いエビデンスたる情報も多く集積さ
れてきた。さらに、欧米で予防の中心となる Xa 阻害薬や低分子量ヘパリンなどの新しい抗凝
固薬も一部疾患で使用可能となった。また、日本麻酔科学会の調査結果から、理学的予防法
の限界、抗凝固療法の積極的導入の有用性が示唆されているため、今まさにわが国の予防ガ
イドラインは改訂の時期に来ている。今後は院内リスクマネジメントの充実および適切な抗
凝固療法の導入により、さらなる VTE の減少が期待される。
【キーワード】 静脈血栓塞栓症、肺血栓塞栓症、リスク評価、理学的予防法、抗凝固薬
はじめに
けるVTEの現況と予防対策の展望を解説する。
肺塞栓症(pulmonary embolism:PE)は、静脈
系で形成された塞栓子(血栓、脂肪、腫瘍、空気、
1 .静脈血栓塞栓症の病因
羊水中の胎児成分など)が血流に乗って肺動脈を閉
VTEの病因としては Virchow’
s triad、すなわち、
塞し、急性および慢性の肺循環障害を招く病態であ
1 )血液凝固能の亢進、 2 )静脈血うっ滞、 3 )静
るが、その多くは深部静脈血栓症(d e e p v e i n
脈壁の損傷が重要である(図 1 )2)。
thrombosis:DVT)からの血栓遊離によるため肺血
栓塞栓症(pulmonary thromboembolism:PTE)を
さす場合が多い。これらは合併することも多いので
総称して静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism:
VTE)または静脈血栓症(venous thrombosis:VT)
と呼ばれている1)。
VTEはこれまで本邦では比較的稀であるとされて
いたが、生活習慣の欧米化などに伴い近年急速に増
加している。VTEで臨床的に問題となるのは、DVT
とそれに起因するPTEである。米国では 1 年間に
図1 静脈血栓塞栓症のリスク因子 Virchow’
s triad
DVT は200万人以上、PTEは約60万人発症している
(文献 2 より引用、一部改変)
とみられているが、死亡はそのうち約 6 万人である
1)
。PTEはDVTの一部に発症する疾患であるが、一
VTEの増加には、食生活の欧米化による肥満・糖
度発症するとその症状は重篤であり致命的となるの
尿病などの増加に加え近年の手術方法の変化、とく
で、急速な対処が必要となる。本稿ではわが国にお
に気腹式腹腔鏡手術の導入、血管カテーテル治療の
− 6 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
増加なども影響している(図 2 )2)。また、妊娠中
ては下肢の浮腫、腫脹、発赤、熱感、疼痛、圧痛な
は(1)血液凝固能の亢進・線溶能の低下・血小板
どの症状が主体である。Homan’
s sign(膝関節伸展
の活性化・プロテインS活性の低下、(2)女性ホル
位で足関節を背屈させると、腓腹筋に疼痛を感ずる
モンの静脈平滑筋弛緩作用、(3)増大した妊娠子
徴候)、Pratt’
s sign(腓腹筋をつかむと疼痛が増強
宮による腸骨静脈・下大静脈の圧迫、(4)帝王切
する徴候)などが約40%に認められる。症状は分娩
開などの手術操作による総腸骨静脈領域の血管(特
や手術後24時間以降にみられ、多くは離床し歩行開
に内皮)障害、手術侵襲による血液凝固能亢進、血
始した 2 ∼ 3 日後に出現する。左下肢に発症するこ
液濃縮による血液粘性の亢進、および術後の臥床に
とが多い1)。
よる血液うっ滞などの理由によりDVT、さらには
DVTは大きく分けて浮遊(フリーフロート)血栓
1)
PTEが生じやすくなっている 。
と、血栓により完全に血流が遮断される完全閉塞血
栓の 2 つに分けられる。フリーフロート血栓は、血
栓の周囲に血液の流れがあるため下肢の腫脹などの
食生活の欧米化
肥満
症状が出にくく、無症候性のものがほとんどであ
血液停滞
心疾患
高齢社会化
脳血管障害
寝たきり
る。一方、完全閉塞血栓は上述の症状・所見が出や
すく、容易に診断可能である。完全閉塞血栓は遊離
長期臥床
しにくいため、むしろPTEが起こりにくいと考えら
悪性疾患
血液凝固
能亢進
れるが、フリーフロート血栓は何かのきっかけで遊
経口避妊薬・ホルモン剤
医療技術
の高度化
離しやすく、PTEを引き起こしやすい。したがっ
手術の複雑化
て、リスクの高い患者では、たとえ症状がなくても
静脈壁損傷
カテーテル検査・留置
DVTが存在する可能性があるという認識をもつこと
図2 静脈血栓塞栓症と社会構造の変化(文献 2 よ
が必要である(図 3 )4)。
り引用)
静脈還流にはひらめ筋など下肢骨格筋の収縮によ
る筋ポンプが大切とされるが、長期臥床や肥満例で
はこれらの作用が減少し、血流が停滞しやすくな
る。欧米、特に白人では凝固因子の遺伝的構造異常
(Factor V Leiden:FVL、プロトロンビン遺伝子変
異:G20210Aなど)による血栓症が多く、それに環
境因子が負荷されて血栓症の頻度が高率であるが、
わが国では人種的に凝固因子の構造異常は少なく、
環境因子、妊娠・分娩、手術侵襲による血栓症が主
図3 閉塞性血栓とフリーフロート血栓の病態の相
体である1)。しかし近年、日本人のプロテインS徳
違(文献 4 より引用、一部改変)
島変異(Protein S-K196E変異)は非常に多く、DVT
患者における発症頻度がOdds比5.58であり、日本人
Ro Aらは急性広範性PTE剖検100例(200肢)の深
における血栓性素因として欧米人のFVLに匹敵する
部静脈における血栓検出率を検索した結果、最も多
3)
ものであることが明らかになった 。
かったのはひらめ静脈の血栓で、90%にみられたと
いう。したがって、ひらめ静脈、腓骨静脈、後脛骨
2 .静脈血栓塞栓症の病態
静脈、膝窩静脈などひらめ静脈潅流路の下腿静脈
DVTは、閉塞部位や範囲、閉塞状態や側副路の存
DVT が進展遊離し、PTE のリスクが高いフリーフ
在から無症候性のものが多いが、症候性のものとし
ロート血栓になりうるものと推察している(図 4 )5)。
− 7 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
3 .静脈血栓塞栓症の長期経過
日本人ではあまり問題視されていないが、DVTの
合併症として血栓症後症候群がときにみられる。欧
米人には比較的多い。血栓症後症候群初期の臨床症
状は、閉塞機転による静脈のうっ滞、下肢のだるさ
や浮腫、ほてり感、疼痛などであるが、その後3分
の2の症例で 1 年以内に深部静脈に逆流が発生して
くるとされ、この逆流機転により色素沈着や湿疹、
皮膚皮下硬結、さらには潰瘍を形成する。また、症
候性DVTの再発を検討したところ、時間の経過とと
図4 急性広範性肺血栓塞栓症剖検100例
(200肢)
の
もにDVTの再発がみられ、8 年後の累積再発率は
深部静脈における血栓検出率
(文献5より引用、一部
30%にも達する7)。さらに、肺動脈の塞栓状態が長期
改変)
間持続することによって、慢性PTEから肺高血圧症
を呈することがある。前述したように予後不良とな
PTEは閉塞部位や範囲、閉塞状態によって無症状
る場合が多い。なお、稀ではあるが静脈血栓が左心
のものから呼吸困難、ショック症状を呈し、死に至
系から脳動脈に達し、奇異性脳塞栓症を引き起こす
るものまでさまざまである。栄養血管である気管支
こともある。つまり、VTEは救命できたとしても、
動脈からの血液の供給が低下すると、肺組織の壊死
あるいはPTEを発症しなかったとしても、このよう
が起こり肺梗塞(Pulmonary infarction)となる。肺
に長期にわたって患者を苦しめることになる
(図 5 )
。
梗塞合併の有無とPTEの重症度はとくに関連性はな
いが、PTEの重症度は閉塞を起こした肺動脈の範囲
で決まり、広いものほど重症である。広範PTEは、
肺動脈幹や多数の肺葉枝を完全ないし不完全に閉塞
した病態で、急速な肺高血圧症と急性右心不全を呈
し、予後不良である。びまん性肺微小塞栓症は、肺
毛細血管から肺細動脈領域にびまん性に微小血栓を
生じた病態で、臨床上DICの所見を呈し、成人呼吸
窮迫症候群ともいわれる。潜在性PTEは無症状のも
図5 静脈血栓塞栓症の長期経過
ので、血流スキャンを施行してはじめて判明するも
のである。PTEの多くは術後や安静臥床後に発症す
4 .わが国の現況
るが、下肢の血栓症状が全くなく、突然発症する
近年、VTEの認識の向上とともにDVTやPTEに関
PTEもかなりみられる1)。また、急性に広範囲の閉
する様々な調査が行われ、さらに新薬に対する臨床
塞が生じる急性型と、器質化した血栓が慢性的に肺
治験の成績から、日本人におけるVTEの発症頻度が
動脈を閉塞する慢性型とがある。急性型は前述の臨
明らかになってきた。その代表的なものを紹介す
床症状を呈するが、慢性型は急性PTE発症後、数ヶ
る。
月から数年の無症状期を経て発症するもので、慢性
(1)肺塞栓症研究会によるPTEの調査8)
右心不全となり予後不良となる場合が多い。急性
わが国の急性PTE309例の解析では、男女比は 1:
PTEを発症すると、特にショックを伴う症例では死
1.5 で女性に多い。欧米ではほぼ同数なので、女性
亡率が高く、急性PTE222例の三重大学の検討で
に多い傾向は日本の特徴かもしれない。リスク因子
は、全体の死亡率は32%で、そのうちの43%が 1 時
としては、65歳以上、手術後、肥満(BMI>25.3)
6)
間以内の突然死であったという 。
DVT合併/既往、長期臥床、悪性腫瘍、外傷・骨折
− 8 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
後などに多くみられ、血栓性素因は少ない。また、
例(死亡23例)の報告があったが、母集団の記載が
心原性ショックを呈する症例が予後不良であり、
ありPTE発症率を算出できる報告は12件であった。
PTE発症の誘因としては、排便・排尿、ベッド上体
これらの集計では、股関節の総手術数は5218件で、
位変換、初回歩行などが指摘されている。
術後PTE発症数55例(1.1%)、死亡8例(0.15%)
(2)厚生労働省班研究血液凝固異常症に関する調査
であった12)。さらに選択的Xa阻害薬であるフォンダ
研究班の調査結果9)
パリヌクスと低分子量ヘパリンであるエノキサパリ
静脈血栓症/肺塞栓症グループでは、全国医療機
ンの臨床治験が行われた結果、コントロール例での
関への前向きアンケート調査を実施し、2006年 8 月
DVT発症率は、THRでそれぞれ33.8%と41.9%、
と 9 月の 2 ヶ月間の新規PTE症例およびDVT症例を
T K R でそれぞれ6 5 . 3 %と6 0 . 0 %と高率であった
調査した。その結果、精神科以外の推定したPTE症
13,14)
例数は1996年に行った同様な調査に比し、10年で
を余儀なくされ、術前から血栓症を発症している場
2.25 倍に増加した。また、DVT単独群はPTE合併群
合がある、 2 )手術体位や器具、術中空気駆血帯使
に比し、左側の静脈に有意に多く、症状を有する比
用により下肢の血流が障害される、 3 )術後は整復
率も有意に高かった。DVT症例において、DVTの症
位の保持や創痛のため一定期間の安静が必要などの
状なし、右側のDVT、膝窩静脈より近位部のDVTが
理由により、わが国でも欧米と同様血栓症は高率に
PTEを有するリスクを有意に高くした。以上のこと
発症するものと考えられている。
は、解剖学的理由からDVT発症は左側に多いもの
(5)産婦人科におけるPTEの頻度
。整形外科手術の特徴は、 1 )骨折患者は安静
の、左側DVTではPTE合併は比較的少ないこと、そ
わが国における産科的肺塞栓(羊水塞栓症も含
して、症状のない浮遊血栓の方がPTE合併が多いこ
む)の妊産婦死亡率に占める割合は、1995年では
とを裏付ける結果である。
23.5%(20/85)と直接的産科死亡の第一位を占める
(3)開腹手術後のVTE発症率
10)
ようになり、2001年は22.4%(17/76)であったが、
2001年から2002年にかけて行われた多施設共同前
2002年は15.5% (13/84)に減少し、それ以降も減少
向き試験の結果を紹介する。外科、泌尿器科、婦人
している15)。これはVTE予防効果の結果と思われる。
科で行われた開腹手術後のDVT発症率を両下肢静脈
日本産婦人科・新生児血液学会で調査した1991年か
造影にて検索した。なお、PTE疑い症例は、肺シン
ら2000年におけるPTEの発症数は、102施設からの
チグラフィで診断した。全173例のうち遠位部DVT
集計結果では、産科領域では、76例発症し、死亡10
が36例(20.8%)、近位部DVTが5例(2.9%)、1 例
例 (13.2%)であった16)。発症時期は、妊娠中が17
がPTEと診断され、合計42例(24.3%)にVTEが認
例(22.4%)、産褥期が59例(77.6%)であった。
められた。この発症頻度は欧米とほぼ同程度であ
この76例は全分娩数に対し0.02%(76/436,084)と
り、わが国においても開腹手術後のDVT発症率は従
なるが、分娩後発症59例の内訳をみると、経膣分娩
来考えられていた頻度よりもはるかに多いことが明
数に対し0.003%(9/348,702)、帝王切開数に対し
らかになった。
0.06%(50/87,382)となり、帝王切開は経膣分娩よ
り22倍発症が多かった。なお、帝王切開後の発症は
(4)整形外科領域におけるVTEの頻度
整形外科領域におけるDVTやPTEの発症率は最も
全体の85%(50/59)であった。また、婦人科領域
多い。藤田らは全国9施設において人工股関節全置
では168例発症し、死亡24例(13.5%)であった。婦
換術(THR)62例と人工膝関節全置換術(TKR)34
人科では全手術数に対し0.08%(178/221,505)、 良
例を対象にDVT発症率を静脈造影により調査した。
性疾患では0.03%(50/191,286)、悪性疾患では0.42
その結果、DVT発症率はTHRが27.4%、TKRが50.0
%(128/30,219)となり、悪性疾患は良性疾患の約
%と高率で、PTEの危険性が高い大腿部発生のDVT
14倍多い。悪性疾患では子宮体癌や卵巣癌症例に多
11)
は、THRが4.8%、TKRが11.8%であった
。PTEの
発症に関しては、1990年から2001年の44文献で107
いが、これらの症例では術前発症も多くみられるた
め、術後のみならず術前からの注意が必要である。
− 9 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
その後2001年から2005年まで同様な調査を行った
で造血器、胆嚢、膵臓、肺、子宮の順で、肝臓は最
が、20世紀最後の10年間の発症数と比較して産婦人
も少なかった。卵巣癌患者の術前にVTEが多い理由
科全体では21世紀に入っても発症数はさらに増加し
としては、多量腹水のため脱水になる、自宅で安静
17)
ている
。今回の調査で明らかになったことは、 1 )
になりがちである、癌細胞量が桁違いに多い、癌組
産科症例では、DVTの妊娠中発症が80%を超えてお
織から産生される組織因子が多い、などが考えられ
り、以前にも増して妊娠中発症が激増している。 2 )
る。また、卵巣癌患者の術後にVTEが多い理由とし
婦人科症例では、VTEは毎年増加したが、とくに無
ては、根治術では手術侵襲度が高い、手術時間が長
症候性のものが増加した。 3 )婦人科では、良性悪
い、リンパ節廓清を行う、輸血が多くなりがちであ
性問わずVTEの術前発症の増加が著しかったが、と
る、長期にわたり化学療法を行う、などが考えられ
くに卵巣癌術前発症例が前回調査と同様に多かっ
る。このことは血栓症発症のVirchowの 3 徴、すな
た。 4 )産科でも婦人科でもPTEに起因する死亡例
わち、血液凝固能の亢進、静脈血のうっ滞、静脈壁
が減少した。以上のことは、 1 )VTE予防対策の効
損傷のすべての要因を満たしていることになる
(図 7 )。
果として産科でも婦人科でも術後発症が減少したも
なお、肝臓癌では肝機能障害を合併することが多
のと評価される。 2 )VTEに対する認識度の高まり
く、血液凝固因子の産生低下により血栓症よりも出
と診断技術の向上の結果、妊娠中発症例や術前発症
血を来たしやすい。
例(とくに無症候性)が増加したものと考えられ
る。 3 )予防対策および診断・治療技術の向上によ
り死亡例が減少したものと評価される。
(6)日本病理輯報の調査
日本病理輯報より98,736の剖検症例から癌患者
65,181例を抽出し、癌組織型分類別および発生臓器
別のPTE合併頻度を調査したSakuma Mらの結果を
紹介する(図 6 )18)。
図7 術前から肺血栓塞栓症を発症していた卵巣癌
症例(51歳)
(7)日本麻酔科学会による周術期PTEの調査
周術期PTEの増加を受けて2003年、わが国ではじ
めて全国的に大規模な周術期PTEの調査が日本麻酔
科学会によって行われた。その結果、2002年の対象
症例837,540件中369例の症候性PTEが発症し、死亡
図6 悪性腫瘍の発生臓器別肺血栓塞栓症合併頻度
66例(17.9%)であった。これは手術 1 万件あたり
(文献18より引用)
4.41件の発症(0.044%)となる。なお、発症数が多
いのは、整形外科、消化器外科、産婦人科の順で
PTEは1,514例の癌患者に合併しており、その頻度
あった19)。この調査は毎年継続されているが、2003
は2.32%、年齢別では60歳代をピークとし、50歳代
年には925,260件中440例(手術 1 万件あたり4.76
から70歳代にかけて多かった。癌組織分類別では、
件)の発症と増加したものの、2004年には1,131,154
large cell carcinoma、leukemia、adenocarcinoma、
件中409例(手術 1 万件あたり3.62件)の発症と減少
mucinous carcinomaなどに多く、hepatomaに少な
し、そして2005年には922,453件中258例(手術 1 万
かった。癌発生臓器別では、卵巣に最も多く、次い
件あたり2.80件)とさらに減少した(図 8 ) 19-22)。
− 10 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
わが国の予防ガイドラインは、欧米の予防ガイド
ライン24)を参考としつつ、日本人の疫学的データも
出来るだけ多く収集して、その時点で日本人に最も
妥当と考えられる予防法が提言された。それによれ
ば、疾患や手術(処置)のリスクレベルを低リス
ク、中リスク、高リスク、最高リスクの 4 段階に分
類し、各々に対応する予防法は表123)のように推奨
された。対象患者の最終的なリスクレベルは、疾患
や手術(処置)そのもののリスクの強さに付加的な
図8 日本麻酔科学会調査による肺血栓塞栓症発症
危険因子(表 2 )23)を加味して、総合的にリスクの
数の推移(文献19-22より引用)
程度を決定する。予防ガイドラインには、一般外科
手術、泌尿器科手術、婦人科手術、産科領域、整形
すなわち、2005年には、2002年および2003年に比
外科手術、脳神経外科手術、重度外傷、脊髄損傷、
し、相対危険度0.62と有意に減少したことになる。
および内科領域に関する予防方法が提唱されている。
この理由は、後述する2004年 2 月に公表された肺血
栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防
23)
ガイドライン
および2004年 4 月に保険収載された
表1 静脈血栓塞栓症予防ガイドライン(文献23よ
り引用)
肺血栓塞栓症予防管理料の導入が大きく影響してい
るものと思われる。
5 .静脈血栓塞栓症予防のマネジメント
(1) 肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓
症)予防ガイドライン
VTE、とくにPTEは、欧米では 3 大循環器疾患に
数えられる非常に頻度の高い疾患であり、特に手術
後や出産後、骨折後、あるいは急性内科疾患の入
院患者に多発して不幸な転帰をとる。一方、わが国
表2 付加的な危険因子の強度 (文献23より引用)
においては発生頻度の少ない疾患としてこれまで重
要視されて来なかったが、すでに紹介したように生
活習慣の欧米化による肥満・糖尿病などの増加や高
齢化社会、さらには近年の手術方法の変化や血管カ
テーテル治療の増加などに伴い、その発生数は急激
に増加している。この結果、本症は入院患者の突然
死の原因として、医療界ばかりでなく社会的にも非
常に注目を集める疾患となっている。DVTはPTEの
原因となる疾患であるため、周産期や周術期におい
ては特に注意が必要である。欧米から20年以上遅れ
て、2004年 2 月(本編は 6 月)にわが国でもようや
1 )早期歩行および積極的な運動
くVTEの予防ガイドライン23)が策定され、さらに同
予防の基本となる。臥床を余儀なくされる状況下
年 4 月から「肺血栓塞栓症予防管理料」305点が新
においては、早期から下肢の自動他動運動やマッ
設されるに至った。
サージを行い、早期離床を目指す。
− 11 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
2 )弾性ストッキング(Elastic stocking: ES)
ように調節して維持量を服用する方法である。PT-
中リスクの患者では有意な予防効果を認めるが、
INRのモニタリングを必要とする欠点はあるが、最
高リスク以上の患者では単独使用での効果は弱い。
高リスクにも単独で効果があり、安価で経口薬とい
弾性ストッキングが足の形に合わない場合や下肢の
う利点を有する。
手術や病変のためにストッキングが使用できない場
(2)予防ガイドラインの改訂
合には、弾性包帯の使用を考慮する。入院中は、術
日本麻酔科学会が行った周術期PTE調査はすでに
前術後はもちろん、リスクが続く限り終日着用する。
紹介したが、2002年から2004年の経年的変化の中で
3 )間欠的空気圧迫法(intermittent pneumatic
注目すべき点は、周術期PTE症例に実施された予防
compression: IPC)
方法である。すなわち、2002年に比べ「予防なし」
高リスクにも有効であり、特に出血のリスクが高
は減少し、予防法として「弾性ストッキング」や
い場合に有用である。原則として、周術期では手術
「間欠的空気マッサージ(IPC)」などの理学的予
前あるいは手術中より装着開始、また外傷や内科疾
防法は有意に増加した。これは周術期PTE予防対策
患では臥床初期より装着を開始し、少なくとも十分
として理学的予防法が多く取り入れられたことを示
な歩行が可能となるまで終日装着する。使用開始時
唆しているが、むしろ理学的予防法を導入したにも
にDVTの存在を否定できない場合、すなわち手術後
かかわらず依然として周術期PTEを発症している症
や長期臥床後から装着する場合には、DVTの有無に
例が少なくないことを示している。一方、抗凝固療
配慮し、十分なインフォームド・コンセントの下に
法が実施されていたPTE症例は 8 %程度に留まり、
使用して、PTEの発生に注意を払う。
明らかな増加を認めなかった(図 9 )19-21)。
4 )低用量未分画ヘパリン(low dose unfractionated
heparin: LDH)
8 時間もしくは12時間ごとにLDH5,000単位を皮
下注射する。高リスクでは単独で有効であり、最高
リスクでは理学的予防法と併用して使用する。脊椎
麻酔や硬膜外麻酔の前後に使用する場合には、
LDH2,500単位皮下注( 8 時間ないし12時間毎)に
減量することも選択肢に入れる。開始時期は危険因
図9 肺血栓塞栓症症例における予防実施状況(文
子の種類や強さによって異なるが、出血の合併症に
献19-21より引用)
十分注意し、必要ならば手術後なるべく出血性合併
症の危険性が低くなってから開始する。抗凝固療法
以上の結果は、さらなるPTE削減策の一つが抗凝
による予防は、少なくとも十分な歩行が可能となる
固療法の積極的な導入にあることを示唆している。
まで継続する。
VTE予防薬は未分画ヘパリンとワルファリンしか
5 )用量調節未分画ヘパリン
わが国では保険適用されていなかったため、前述の
APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)の
予防ガイドラインではこの 2 剤が推奨されたが、こ
正常値上限を目標として未分画ヘパリンの投与量を
れら薬剤の至適投与量はきちんとした臨床治験に基
調節して、抗凝固作用の効果をより確実にする方法
づいたものではない。しかし、整形外科下肢手術に
である。煩雑な方法ではあるが、最高リスクでは単
対して選択的Xa阻害薬であるフォンダパリヌクスと
独使用でも効果がある。
低分子量ヘパリンであるエノキサパリンの臨床治験
6 )用量調節ワルファリン
が行われた結果、2007年 4 月にわが国で初めて日本
初めからワルファリン 5 ∼ 6 mgを毎日 1 回服用
人のエビデンスに基づいた予防薬剤、フォンダパリ
し、数日間かけて治療域に入れ、以後PT-INR(プロ
R
ヌクス(アリクストラ○
)
が「静脈血栓塞栓症の発現
トロンビン時間の国際標準化比)が1.5∼2.5となる
リスクの高い下肢整形外科手術施行患者における静
− 12 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
脈血栓塞栓症の発症抑制」の適応で承認され、同年
を充分に勘案した上で使用を決定し、投与中の出血
6 月に発売された。術後24時間以降に2.5mg(低体
の評価および止血対策にも心がけていただきたい。
重、腎機能低下、高齢、抗凝固薬や消炎鎮痛剤との
以上述べてきたように初回予防ガイドラインが公
併用、出血リスクなどにより1.5mgに減少)を 1 日
表されてからの 4 年間にわが国の予防に対する取り
1 回皮下注射する。また、エノキサパリン(クレキ
組みは著しく進歩し、それに伴いエビデンスたる情
R
サン○
)
も2008年 1 月に「股関節全置換術、膝関節全
報も多く集積されてきた。さらに、欧米で予防の中
置換術、股関節骨折手術施行患者における静脈血栓
心となるXa阻害薬や低分子量ヘパリンなど25)の新し
塞栓症の発症抑制」の適応で承認され、同年 4 月発
い抗凝固薬も一部疾患で使用可能となった。また、
売となった。術後24時間以降に2000IUを 1 日 2 回皮
日本麻酔科学会の調査結果から、理学的予防法の限
下注射する(出血リスクなどにより 1 日 1 回に減
界、抗凝固療法の積極的導入の有用性が示唆されて
少)。さらに、これら両剤は腹部外科領域悪性腫瘍
いるため、今まさにわが国の予防ガイドラインは改
に対しても臨床治験が行われ、まずフォンダパリヌ
訂の時期に来たといえよう。今後は適切な抗凝固療
クスが2008年5月に「静脈血栓塞栓症の発現リスク
法の導入によりさらなるVTEの減少が期待される。
の高い腹部手術施行患者における静脈血栓塞栓症の
(3)第 8 回ACCP(American College of Chest
発症抑制」で適応が拡大された。この適応拡大は悪
Physicians)予防ガイドライン
性腫瘍のみならず、良性疾患や帝王切開でも「高リ
わが国の予防ガイドラインは、特に2001年に公表
スク」と判断された場合は適応となる。したがっ
された第 6 回ACCP予防ガイドラインを参考に作成
て、今後は予防ガイドラインで推奨されている薬剤
されたが、その後2004年 9 月に第 7 回ACCP予防ガ
以外にフォンダパリヌクス2.5mgの 1 日 1 回皮下注
イドライン25)が、そして2008年 6 月に第 8 回ACCP
射が、高リスク以上の腹部手術後のVTE予防に普及
予防ガイドラインが公表された(表 3 )26)。第 8 回
するものと思われる。投与期間としては臨床治験期
の中で第 7 回から特に改訂されたことは、 1 )すべ
間の 1 週間程度が推奨されよう。ただし、出血の副
ての病院は、院内のVTE予防戦略への取り組みを実
作用も報告されているので、リスクとベネフィット
現するように推奨する(Grade 1A)
、2 )理学的予防
表3 第 8 回ACCP予防ガイドラインの要約(文献26より引用)
Grade 1の推奨は、治療の有益性がリスク、精神的負担および治療費用を上回ることを、あるいは治療の有益性がそれらを上回
らないことを示す強い推奨である。Grade 2の推奨は、個々の患者の臨床評価によって選択が異なる可能性を示唆している。ま
た、複数の無作為化臨床試験において一致した結果が得られている場合は、バイアスがかかっている可能性が低いためGrade A
に分類し、一致した結果が得られていない場合や、方法論的に重大な弱点のある場合はGrade Bに分類した。主な勧告は以下の
通りである。
1 .すべての病院が、VTE予防に取り組む公的な戦略を策定することを推奨する
(Grade 1A)
。
2 .いかなる患者に対しても、VTE予防としてのアスピリン単独投与を推奨しない
(Grade 1A)
。
3 .理学的予防法は、出血リスクの高い患者に対してはまず第一に推奨する
(Grade 1A)
。また、理学的予防法は、抗凝固薬に
よる予防と併用して使用しても良い
(Grade 2A)
。
4 .一般外科大手術を施行する患者に対しては、低分子量ヘパリン、低用量未分画ヘパリンまたはフォンダパリヌクスによる
予防を推奨する
(いずれもGrade 1A)
。
5 .婦人科大手術または泌尿器科開腹大手術を施行する患者に対しては、低分子量ヘパリン、低用量未分画ヘパリン、フォン
ダパリヌクスまたは開欠的空気圧迫法による予防を推奨する
(いずれもGrade 1A)
。
6 .待機的人工股関節全置換術または人工膝関節全置換術を施行する患者に対しては、低分子量ヘパリン、フォンダパリヌク
ス、またはビタミンK拮抗薬
{国際標準化比
(INR)
目標2.5、範囲2.0∼3.0}
の 3 種類のいずれかによる予防を推奨する
(いず
れもGrade 1A)
。
7 .股関節骨折手術を施行する患者に対しては、フォンダパリヌクス
(Grade 1A)
、低分子量ヘパリン
(Grade 1B)
、ビタミンK拮抗
薬
{INR目標2.5、範囲2.0∼3.0}
(Grade 1B)
または低用量未分画ヘパリン
(Grade 1B)
をルーチンに使用することを推奨する。
8 .人工股関節全置換術、人工膝関節全置換術または股関節骨折手術を施行する患者に対しては、少なくとも10日間はYTE予
防を行うことを推奨する
(Grade 1A)
。とくに、人工股関節全置換術と股関節骨折手術では、10日以上35日まで予防を行う
ことを推奨する
(Grade 1A)
。
9 .すべての重度外傷および脊髄損傷の患者には、VTE予防を行うことを推奨する
(Grade 1A)
。
10.急性内科疾患で入院する患者に対しては、低分子量ヘパリン、低用量未分画ヘパリンまたはフォンダパリヌクスによるVTE
予防を推奨する
(いずれもGrade 1A)
。
11.集中治療室への入院にあたっては、すべての患者においてVTEリスク評価を行い、ほとんどの患者にVTE予防を行うこと
を推奨する
(Grade 1A)
。
− 13 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
法は、出血リスクの高い患者に対してはまず第一に
めれば救命可能であるため、院内リスクマネジメン
推奨する(Grade 1A)。また、理学的予防法は、抗
ト体制を日頃から整えておくことも重要である。
凝固薬による予防と併用して使用しても良い
(Grade 2A)
、3 )一般外科大手術、婦人科大手術ま
おわりに
たは泌尿器科開腹大手術を施行する患者に対して
VTEはこれまで本邦では比較的稀であるとされて
は、低分子量ヘパリン、低用量未分画ヘパリン以外
いたが、生活習慣の欧米化などに伴い近年急速に増
にフォンダパリヌクスまたは間欠的空気圧迫法によ
加し、その発症頻度は欧米に近づいている。そして
る予防を推奨する(いずれもGrade 1A)
、4 )人工股
わが国でもさまざまな領域においてエビデンスが集
関節全置換術と股関節骨折手術では、10日以上35日
積してきたが、ますます理学的予防法の限界、抗凝
まで予防を行うことを推奨する(Grade 1A)
、5 )急
固療法の積極的導入の必要性が重要な案件となって
性内科疾患で入院する患者に対しては、低分子量ヘ
きた。この流れの中で2007年から2008年にかけて選
パリン、低用量未分画ヘパリンまたはフォンダパリ
択的Xa阻害薬であるフォンダパリヌクスと低分子量
ヌクスによるVTE予防を推奨する(いずれもGrade
ヘパリンであるエノキサパリンが認可された。今ま
1A)
、などである(Gradeに関しては表 3 参照)。こ
さにわが国の予防ガイドラインは改訂の時期に来た
のように米国でも、整形外科領域以外の各領域にお
といえよう。今後新薬が予防ガイドラインに盛り込
いてもフォンダパリヌクスが推奨されている。
まれ、わが国のVTE予防対策も欧米に匹敵するもの
(4)術前のVTEリスク評価
になると期待されるが、どんなに予防してもVTEの
周術期のVTE予防にとって極めて重要なことは、
発症をゼロにすることはできない。仮にPTEが発症
まず術前スクリーニングである。もし、術前にVTE
したとしても、早期発見・早期治療に努めれば救命
が発症していることを知らずに手術した場合、PTE
可能であるため、院内リスクマネジメント体制を日
が術中に悪化し、術中死亡に至ることも稀ではない
頃から整えておくことも大切である。
からである。また、術前にDVTがあった場合、後述
する間欠的空気圧迫法をVTE予防として施行する際
文 献
に血栓を遊離させてPTEを誘発するおそれがあるか
1 .小林隆夫:静脈血栓塞栓症ガイドブック.小林
らである。注意深い臨床症状の観察、パルスオキシ
隆夫編集.中外医学社;2006. 1∼221.
メータによる酸素飽和度の測定、超音波検査に加え
2 .中村真潮:本邦ならびに欧米の肺血栓塞栓症予
術前の造影CTが有用であり、D-ダイマー値とともに
防ガイドライン. 日本臨床 2003;61:1811∼1817.
必要な検査と考えられる。もし、術前からVTEを合
3 .Kimura R, Honda S, Kawasaki T, et al. Protein S-
併している場合には、手術までにできるだけ治療を
K196E mutation as a genetic risk factor for deep
行い、一時的下大静脈フィルターを留置した上で手
vein thrombosis in Japanese patients. Blood 2006;
術に臨むべきである。
107:1737-1738.
常に入院時や術前にVTEのリスク評価を行い、医
4 .小林隆夫:深部静脈血栓症/肺塞栓症
(DVT/PE)
療従事者はもとより手術を受ける患者自身に自らの
の病態. CLINICIAN 2008;55:12∼17.
VTEリスクを認識してもらい、手術に際してはエコ
5 .Ro A, Kageyama N, Tanifuji T, et al. Pulmonary
ノミークラス症候群と同様なVTEが起こりうるこ
thromboembolism:Overview and update from
と、さらにその予防および初発症状とはどのような
medicolegal aspects. Legal Medicine 2008;10:57-71.
ものであるかを患者に充分説明することが大切であ
6 .Ota M, Nakamura M, Yamada N, et al. Prognostic
る。そして、充分に納得した上で適切な予防方法を
significance of early diagnosis in acute pulmonary
実施するが、どんなに予防しても現在の予防方法で
thromboembolism with circulatory failure. Heart
はPTEの発症をゼロにすることはできない。仮に
Vessels 2002;17:7-11.
PTEが発症したとしても、早期発見・早期治療に努
− 14 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
7 .Prandoni P, Villalta S, Bagatella P, et al. The
領域における深部静脈血栓症/肺血栓塞栓症−
clinical course of deep-vein thrombosis.
1991年から2000年までの調査成績−. 日産婦新
Prospective long-term follow-up of 528
生児血会誌 2005;14:1∼24.
symptomatic patients. Haematologica 1997;82:
17.小林隆夫、中林正雄、石川睦男、他:産婦人科
423-428.
血栓症調査結果2001-2005. 日産婦新生児血会誌
8 .Nakamura M, Fujioka H, Yamada N, et al. Clinical
2008;18:S3∼S4.
characteristics of acute pulmonary
18.Sakuma M, Fukui S, Nakamura M, et al. Cancer
thromboembolism in Japan: results of a
and pulmonary embolism -thrombotic embolism,
multicenter registry in the Japanese Society of
tumor embolism, and tumor invasion into a large
Pulmonary Embolism Research. Clin Cardiol
vein-. Circ J 2006;70(June):744-749.
2001; 24: 132-138.
19.黒岩政之、古家仁、瀬尾憲正, 他: 本邦における
9 .小林隆夫、佐久間聖仁、中村真潮:肺塞栓症と
周術期肺塞栓症の発症頻度とその特徴 -2002年
深部静脈血栓症の頻度、臨床的特徴に関する研
度周術期肺血栓塞栓症発症調査報告 第一報.
究. 厚生労働省科学研究費補助金 難治性疾患克
麻酔2004; 53:454∼463.
服研究事業「血液凝固異常症に関する調査研究
20.黒岩政之、古家仁、瀬尾憲正、他:2003年周術
班」
平成19年度総括・分担研究報告書. 2008. 188
期肺血栓塞栓症発症アンケート調査結果からみ
∼190.
た本邦における発症頻度とその特徴(社)
日本麻
10.Sakon M, Maehara Y, Yoshikawa H, et al.
酔科学会肺塞栓症研究ワーキンググループ報
Incidence of venous thromboembolism following
告-. 麻酔 2005;54:822∼828.
major abdominal surgery:a multi-center,
21.黒岩政之、古家仁、瀬尾憲正、他:2004年周術
prospective epidemiological study in Japan. J
期肺塞栓症調査結果からみた本邦における周術
Thromb Haemost 2006;4:581-586.
期肺血栓塞栓症発症頻度とその特徴 . 麻酔
11 D藤田悟、冨士武史、三井忠夫、他:股関節また
2006;55:1031∼1038. は膝関節全置換術後における深部静脈血栓症お
22.黒岩政之:日本麻酔科学会周術期肺血栓塞栓症
よび肺塞栓症の発生頻度:予見的多施設共同研
調査結果からの知見・教訓.麻酔 2007;56:
究. 整形外科2000;51:745∼749.
760∼768.
12 D藤田悟:整形外科周術期の肺塞栓症.Therapeutic
23.肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓
Research 2003;24:616∼617.
症)
予防ガイドライン.肺血栓塞栓症/深部静脈
13.Fuji T, Fujita S, Ochi T. Fondaparinux prevents
血栓症
(静脈血栓塞栓症)
予防ガイドライン作成
venous thromboembolism after joint replacement
委員会編.メディカルフロントインターナショナ
surgery in Japanese patients. Int Orthop 2008; 32
ルリミテッド;2004, 1∼96.
(4): 443-451.
24.Geerts WH, Heit JA, Clagett GP, et al. Prevention
14.富士 武史、越智 隆弘、丹羽 滋郎、他:股関節
of venous thromboembolism. Chest 2001;119(1
および膝関節全置換術後の静脈血栓塞栓症
Suppl)
:132S-175S.
(VTE)に対する低分子量ヘパリン(RP54563)の
25.Geerts WH, Pineo GF, Heit JA, et al. Prevention
予防効果.中部日本整形外科災害外科学会雑誌
of venous thromboembolism. Chest 2004;126(3
2006;49:915∼916.
Suppl)
:338S-400S.
15.母子保健の主なる統計. 財団法人母子衛生研究
26.Geerts WH, Bergqvist D, Pineo GF, et al.
会編、平成18年度刊行.母子保健事業団;2007.
Prevention of venous thromboembolism. Chest
78∼80.
2008;133(6 Suppl):381S-453S.
16.小林隆夫、中林正雄、石川睦男、他:産婦人科
− 15 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
総 説
がん診療連携拠点病院として当院の果たすべき役割と展望
県西部浜松医療センター院長補佐 小林 政英
【要 旨】 2006年にがん対策基本法が成立し、2007年には「がん対策推進基本計画」が閣議決定され、
国をあげてがん対策に取り組む体制ができあがりました。
がん医療を充実させる為「がん診療連携拠点病院」を指定し整備していくことになり、当
院は2007年 1 月に「がん診療連携拠点病院」に指定され、がんの診療を更に強化充実するこ
とが義務づけられました。癌拠点病院としての目標は 1 )放射線療法、化学療法の充実 2 )緩和医療の充実 3 )がんの地域連携クリティカルパスの整備 4 )がん医療に関する
相談支援および情報提供の充実 5 )がん登録の推進 6 )予防、早期発見 7 )がん研究、
などです。がん診療連携拠点病院の整備に関する指針に基づいて、特に当院において今後補
強、整備が必要な項目を中心に解説した。
【キーワード】 がん診療連携拠点病院、がん対策推進基本計画、がん薬物療法専門医、がん治療認定医
はじめに 院」が指定され、お互いに協力して、がん医療の提
昭和56年頃に癌が日本人の死亡原因の第一位とな
供、地域がん医療連携体制の構築、情報提供、相互
り、その後脳血管疾患や心疾患による死亡数は横ば
支援などを行います。
い状態であるにもかかわらず、癌死亡数は一直線に
静岡県では県立静岡がんセンターを頂点とし、東
上昇し、今や 3 人に 1 人が癌で死亡する時代になり
部に 3 施設、中部に 3 施設、西部に 4 施設(聖隷浜
ました。がんは今や国民病と言われるまでになり、
松病院、聖隷三方原病院、浜松医科大学、県西部浜
国がやっと本腰をあげてがん対策に取り組み始めま
松医療センター)が指定され(図 1 )、協力して癌
した。2006年に「がん対策基本法」が成立し、2008
医療を実施していくことになっています。
年1月現在で347の病院を「地域がん診療連携拠点病
また静岡県では、拠点病院のない二次医療圏をカ
院」に指定し、国をあげてがん対策に取り組む体制
バーするため、2008年度より「がん診療連携拠点病
ができあがりました。当院は2007年 1 月に「がん診
院」の他に「静岡県地域がん診療連携推進病院」と
療連携拠点病院」に指定され、がんの診療を更に強
して 8 病院、相談支援センターとして 2 カ所(賀
化充実することが義務づけられました。
茂、熱海伊東)を指定し(表 1 )、県内全域におい
また2007年には「がん対策推進基本計画」が閣議
てがん医療に取り組む体制を整備しました。
決定され、今後 5 年間の国のがん対策はこの計画に
癌拠点病院としての目標は 1 )放射線療法、化学
基づいて行われることが決まりました。
療法の充実 2 )緩和医療の充実 3 )がんの地域
がん対策基本法では①がんの予防と早期発見②が
連携クリティカルパスの整備 4 )がん医療に関す
ん医療の均てん化③がん研究が柱となっており、が
る相談支援および情報提供の充実 5 )がん登録の
ん医療を充実させる為「がん診療連携拠点病院」を
推進 6 )予防、早期発見 7 )がん研究、などで
指定し整備していくことになっています。
す。今後これらの目標の実現のために努力すること
拠点病院は国立がんセンターを頂点とし、各都道
が求められています。
府県に「都道府県がん診療連携拠点病院」を、各二
次医療圏に 1 カ所程度「地域がん診療連携拠点病
− 16 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
図1 静岡県のがん診療連携拠点病院
表1 静岡県のがん診療連携拠点病院等の整備
医
療
圏
がん診療連携拠点病院
賀
茂
熱 海 伊 東
静岡県立静岡がんセンター
駿 東 田 方 順天堂大学付属静岡病院
沼津市立病院
富
士
静
岡
志 太 榛 原
中
西
東
静岡県立総合病院
静岡市立静岡病院
藤枝市立総合病院
遠
部
が
ん
薬
物
療
法
専
門
医
静岡県地域がん
診療連携推進病院
がん相談支援センター
がん相談支援センター
静岡医療センター
消
化
器
外
科
専
門
医
呼
吸
器
外
科
専
門
医
乳
腺
専
門
医
放
射
線
腫
瘍
学
会
認
定
医
婦
人
科
腫
瘍
専
門
医
がん治療認定医
富士市立中央病院
富士宮市立病院
静岡赤十字病院
静岡済生会総合病院
焼津市立総合病院
市立島田市民病院
磐田市立総合病院
県西部浜松医療センター
聖隷浜松病院
聖隷三方原病院
浜松医科大学
内
外
科
科
認
専
定
門
医
医
産
婦
人
科
専
門
医
放
射
線
科
専
門
医
各領域別がん専門医
がん治療の基本的知識、
技術を持った臨床腫瘍医
基礎学会の認定医、専門医
図2 がん関連学会専門医とがん治療認定医の関係
放射線療法、化学療法の充実 日本のがん医療は今まで手術が中心で、手術水準
がん化学療法の専門医を育てる為に2003年にがん
は世界のトップクラスであるのに対して、放射線療
薬物療法専門医制度が発足し、薬物療法専門医の認
法および化学療法の提供体制が不十分でありました。
定が2006年から始まりましたが、今春でようやく
化学療法に精通した専門医が極めて少なく、外科医が
205人という現状です。がん薬物療法専門医は腫瘍
日本の癌の化学療法を担っているのが現状でした。
内科医とも言われ、がんの診断から治療までの全分
− 17 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
野をカバーし、外科医、放射線治療医および緩和ケ
いていただきたいと思います。
ア医と連携をとりながら総合的に患者を診療する技
術を必要とする大変重要な役割を果たす臨床腫瘍医
緩和医療の充実
であります。
がん患者の多くは、がんと診断された時から身体
2007年には癌治療レベルの底上げの為に「がん治
的な苦痛や精神心理的な苦痛を抱えており、またそ
療認定医制度」が発足し、当院では19名の暫定教育
の家族も様々な苦痛を抱えていることから、治療の
医が認定され、認定研修施設として認定されまし
初期段階から緩和ケアが実施されなければなりませ
た。がん治療認定医制度の目的はがん医療における
ん。また退院後も必要に応じて外来にて緩和ケアが
基本的な知識、技量を持った総合的な医師を育てる
継続して提供できる体制を整備しなければなりませ
ことです。がん治療認定医、がん薬物療法専門医の
ん。これまでほとんどの医療従事者が緩和医療に関
関係を図 2 に示します。
する教育を充分に受けていませんでした。そこでが
当院では現在がん薬物療法専門医制度の暫定指導
ん診療に携わる医師すべてが定期的に実施される緩
医が 3 名、がん治療認定医制度の暫定教育医が19名
和ケア研修を受けることが義務づけられています。
いますが、あくまで暫定であり、9 年後までにがん
治療認定医を、6 年後までに「がん薬物療法専門
がんの地域連携クリティカルパスを整備
医」を育てることが必要となります。
5 大がん(胃癌、大腸癌、肺癌、肝臓癌、乳癌)
昨年がんを取り扱う関係科長に集まっていただき当
について 5 年以内に地域連携クリティカルパスを整
院でのがん治療研修の方法について話し合い、がん
備することが求められています。これは拠点病院と
薬物療法専門医養成の為の協力体制がまとまりまし
地域の緩和ケア病棟、在宅療養支援診療所との医療
た。がん薬物療法専門医資格の取得を希望する先生
連携体制を構築し、
がん難民をなくすことが目的です。
には各科で支援いたしますので、橋爪副院長または
小林院長補佐に申し出てください。
がん医療に関する相談支援および情報提供の充実 また薬物療法に関する専門的知識を有する専任の
がん患者さんの相談、支援機能を有する部門を設
薬剤師や外来化学療法室常勤の看護師の配置も義務
置し、国立ガンセンターにて研修を終了した専任の
づけられました。がん化学療法認定看護師およびが
相談員を配置することが義務づけられ、相談支援が
ん薬物療法に精通した薬剤師を育成しなければなり
受けられることを院内に掲示しなければならなくな
ません。
りました。
日本の放射線治療の体制整備も遅れており、米国
当院では今年度より病診連携室と医療相談室を統
で放射線治療を受けるがん患者は66%に達します
合し、医療連携・患者支援センターを発足させ、患
が、日本は25%の患者さんしか放射線治療を受けて
者さんや家族に対するあらゆる相談、支援、情報提
いません。がん診療連携拠点病院では放射線治療専
供ができるような体制としました。
門医の他に、専従常勤の診療放射線技師、専任常勤
の精度管理、照射計画に携わる技術者の配置が義務
がん登録の推進 づけられました
科学的根拠のある基礎データとなる「がん登録」
複数の診療科の医師が集まって治療方針や受療内
はがん対策推進基本計画でも重点課題の一つとされ
容について検討および指導するカンファレンス、
ています。がんの罹患率、受療状況、生存率などの
「キャンサーボード」が設置されることも義務づけ
正確なデータはがん対策を立案する上で極めて重要
られています。当院では病棟は既に臓器別にセン
であります。がん診療連携拠点病院での登録実務者
ター化されており、外科、内科の連携がスムーズに
は国立がんセンターでの研修が義務づけられていま
いくシステムが構築されております。是非、内科、
す。がん登録には標準の登録様式が策定されてお
外科、放射線科合同のカンファレンスを定期的に開
り、現在当院ではそれに基づく登録支援ソフトをオ
− 18 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
ンラインで入手し使用しております。診断、治療内
を取り消される施設が出る可能性もあります。職員
容の情報収集だけでなく、予後についても市役所な
の皆様の一層の努力をお願いします。
どに問い合わせ、徹底的に調査することになってい
がん対策推進基本計画の目標は
ます。がん登録の集計結果は国立がんセンターのが
1 )がんの年齢調整死亡率を20%減少させる
ん対策情報センターに定期的に情報提供され、院内
2 )がん患者および家族の苦痛の軽減ならびに
では医療センター事業年報、院内会誌、ホームペー
療養生活の質の向上であります。
ジで公開の予定です。
この目標の実現の為に皆さんと一緒に一歩一歩前進
していきたいと思います。
さいごに
がん診療連携拠点病院、国立がんセンター、県立
がんセンターなどで定期的に放射線治療、がん化学
療法、がん看護、緩和ケア、医療相談に関する研修
会が行われています。職員の皆さんが積極的に参加
し浜松医療センターのがん医療のレベルを上げてい
ただくことを希望しています。
がん関連認定看護師に関しましては図 3 の如く
で、さらに多くの方が認定看護師を目指していただ
きたいと思っています。
がん関連認定看護師 当院資格取得者
乳がん看護
緩和ケア
皮膚排泄ケア
がん化学療法
摂食嚥下障害看護
がん性疼痛看護
1
1
2
0
0
0
名
名
名
名
名
名
図3 当院におけるがん関連認定看護師
以上、がん診療連携拠点病院の整備に関する指針
に基づいて、特に当院において今後補強、整備が必
要な項目を重点的に説明いたしました。
2008年度にがん診療連携拠点病院制度の新通知が
出され、当院ではそれに沿って2010年 3 月までに整
備しなければなりません。実際には報告書を半年前
に提出しなければならない為、2009年10月末までに
整備しなければなりません。
がん診療連携拠点病院は 4 年ごとに見直されるこ
とになっていますが、静岡県ではがん診療連携拠点
病院のない二次医療圏があり、そこでがん診療連携
拠点病院の資格を満たす病院が名乗りを上げれば、
現在 4 拠点病院が集中している浜松市では拠点病院
− 19 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
総 説
同種骨移植を用いた Impaction Bone Grafting 法
による人工股関節再置換術
整形外科 1) 整形外科・股関節再建人工関節センター 2)
岩瀬 敏樹 1)・2)、増井 徹男 1)・2)、甲山 篤 1)
【要 旨】 人工股関節のゆるみに対する再建方法として当施設では impaction bone grafting 法を主とし
て用いている。同種骨を安定して確保する為の院内骨銀行の整備、手術手技上の困難さなど
のいくつかの問題点はあるが、ゆるんだ人工股関節を再建し長期間良好な成績を獲得できる
可能性の高い方法として有効である。手術手技の概略は、ゆるんだ人工股関節を抜去し骨欠
損の評価の後、骨壁欠損部に対する金属メッシュでの包み込みと同種骨細片の強固な打ち込
みによる骨移植をおこなう。骨移植が完成した後に骨セメントを圧入し人工股関節を設置す
るというものである。
【キーワード】 Allograft、Impaction bone grafting、Revision total hip arthroplasty
はじめに の骨切り術を中心とした股関節外科を診療科の中心
変形性関節症や股関節リウマチ病変など成人股関
テーマとして構築してきた。
節の機能を障害する疾患に対して、人工股関節置換
なかでも、前述のように人工股関節置換術後の各
術は広く普及し、安定した成績が獲得できる治療法
種問題点に対する外科的治療である人工股関節再置
である。
換術は、確立した治療戦略を持つ医療機関が少ない
わが国では2007年現在、年間 8 万件程度の人工股
こともあり、最も困難ではあるが重要な治療手段と
関節もしくは人工骨頭置換術が施行されていると推
しての臨床的実践と治療成績報告を中心とした臨床
1)
計されている 。
研究テーマとなっている。本稿では、当施設でおこ
しかし、人工股関節は生体の中に無機質の異物を
なっている人工股関節再置換術の基本的な手法であ
設置するインプラント手術であるので、生体とイン
るimpaction bone grafting法4-9)についてその術式の
プラントの間にゆるみを中心とした不具合を生じる
詳細と症例の具体例について、股関節外科医以外の
例が経年的に増加することも事実である。本邦では
医師やコメデイカルスタッフを主たる対象として提
1960年代末にチャンレー式人工股関節が導入されて
示することを目的とした。
以来約40年が経過し
2、3)
、初回の人工股関節置換術
Impaction bone grafting法とは、人工股関節のゆる
は普及の一途を辿っているが、ゆるみなどの人工股
み等に伴い生じた骨欠損に対して、同種海綿骨細片
関節置換術後に発生する問題点に対する手術的治療
を強固に打ち込んで人工股関節設置の母床を形成し
の系統的に確立された手法は無く、各施設・術者が
骨セメントを用いて新たな人工股関節を再設置する
個々の症例に応じた手法をとっているのが現状であ
手法である(図 1 )。
る。
県西部浜松医療センター整形外科・股関節再建人
工関節センター(以下、当施設と略す)では、2004
年(平成16年)4 月に筆頭著者が赴任して以来、人
工股関節置換術、人工股関節再置換術、股関節周辺
− 20 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
非使用のものが約88%とされている12)。その“人工
股関節の破綻”として、何らかの再手術を受ける症
例の内、ほとんどは人工股関節のゆるみの症例であ
る。人工股関節は、いったんゆるみを生じると生体
による治癒方向への反応を期待することは不可能で
あり、ほとんどの場合人工股関節を支えている寛骨
臼(骨盤側)や大腿骨の骨欠損を伴う。レントゲン
所見上で整形外科医によりゆるみと診断された症例
は、原則的に全例が再置換術の検討対象となりうる
図1 Impaction bone grafting法による人工股関節再
が、実際にはゆるみによる疼痛などの臨床症状、骨
置換術の概念図
欠損の程度、患者の全身状態、ゆるみに対する治療
に関する理解度などを総合的に判断し手術時期の決
人工股関節の弛みと再置換術の適応
定に至ることが多い。しばしば、人工股関節置換術
人工股関節置換術は20世紀において最も確立され
を受けた後、医療機関への受診を実践してこなかっ
た治療効果の高い医療技術の一つである。本術式の
た症例や、非専門医による経過観察を受けてきた症
世界的な普及の原点となった英国のJohn Charnley先
例の中には著しい骨欠損を伴う状態に至り専門施設
生が、人工股関節置換術の成功に対して英国王室か
を受診する症例も見受けられる。
ら“Knight”の称号を下賜されたことからも、その
人工股関節再置換術の適応となる症例は、(1)
技術が股関節疾患の患者に与えた福音の大きさを知
画像診断上人工股関節のゆるみを呈し、疼痛などの
3)
ることができる 。
臨床症状がある場合、もしくは症状は軽微であるが
しかしながら、人工股関節は“機械”であり、ど
進行性に骨欠損の増大が予測される場合(2)人工
のような工夫、改良を経ても異物である“機械”と
股関節の部品破損(3)人工股関節の反復脱臼(4)
生体である骨との間に境界部が存在し、少なくとも
人工股関節周辺の骨折にゆるみを伴う場合(5)人
現時点では永久的にその境界部にゆるみを生じない
工股関節の感染である。
ような仕組みは開発されていない。また、人工股関
本稿で解説するimpaction bone grafting法の主たる
節の摺動面(関節として機能している部分)では、
対象となるものは(1)から(5)の場合のうち、骨
歩行により摩耗を生じ人工股関節を構成する成分の
欠損を伴い新たな人工関節の設置に骨の補填を必要
摩耗粉(主として超高分子ポリエチレン)が産生さ
とする症例である。ただし、
(5)の場合は原則的に
れ、この摩耗粉が異物肉芽組織の構成や生体の生化
一期手術では既存の人工関節の抜去のみを行い、感
学的反応を介して骨融解を生じることで、ゆるみに
染の沈静化の後に再置換を行う、いわゆる二期的再
つながる機序
10、 11)
が主たる原因のひとつとして説
置換術を行う際に骨移植を併用することとなる13)。
明されている。
スウェーデンでは、人工股関節置換術を受けた患
同種骨移植
者が治療成績に影響する各種の要因解析の調査対象
臨床上利用できる骨移植の形態には(1)自家骨
として全例登録され、毎年その経過報告が発表され
移植(2)人工骨移植(3)同種骨移植の 3 形態があ
ている12)。この報告によると、人工股関節置換術後
る14)。このうち(1)の自家骨移植は、骨癒合や感
の“人工関節としての生存率”すなわち初回の人工
染症伝播リスクが無いことなどの有利な点を有する
股関節置換術を受けた後に、何らかの再手術が行わ
が、採取量に限界があることや健康な採取部位へ手
れた症例を“人工股関節の破綻”として定義した場
術侵襲を加えなければならない等の欠点も有する。
合の“生存している”人工股関節の経年的な割合は
特に、人工股関節再置換術のように時として多量の
術後10年でセメント使用のものが約95%、セメント
骨移植量を必要とする手術においては、自家骨移植
− 21 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
単独で必要量を賄うことは不可能である場合がほと
Impaction bone grafting 法による人工股関節再置換術
んどである。
(2)の人工骨は、現時点において入手
人工股関節再置換術の対象となる症例は、股関節
可能な物は骨の無機質成分のみからなる製品のみで
の生体力学的環境が破壊されていることが多い。し
あり、実際の骨移植に必要とされる強度などの物性
たがって、再置換術の目的は、この破壊された生体
や生物学的活性の点において骨組織にはるか及ばな
力学的環境を再獲得し、安定した股関節の回転中心
いのが現状である。人工股関節再置換術では荷重負
が長期間にわたって機能するように再建することと
荷のあまりかからない小さな骨欠損の補填や、自家
同時に失われた骨を再獲得することである。
骨や同種骨の量が不足する際の移植骨量増量の目的
人工股関節のゆるみに対する人工股関節再置換術
で補助的に使用されることがある。(3)の同種骨移
の手順は、初回人工股関節置換術と異なりまず既存
植のうち、本邦で利用される最も多い形態は人工股
の人工股関節を抜去することが必要である。ゆるん
関節置換術や人工骨頭置換術が行われる際に摘出さ
だ人工股関節といえども、周辺肉芽の存在、部分的
れる摘出大腿骨頭などの生体ドナーからのものであ
に強固に骨と固着した部分の残存、脆弱化した周辺
る14、 15)。一部に死体から摘出した地域骨銀行由来の
骨組織などのために時としてその抜去は容易ではな
16)
同種骨の利用も可能ではあるが
、きわめて限られ
い。場合によっては意図的に大腿骨壁などの切離開
た場合にしか利用できない現状である。生体ド
窓などの多量の出血を伴う処置を要することもあ
ナー、死体ドナーともに同種骨移植を行う際の最も
る。
危惧されるリスクは感染症の伝播である。
人工股関節の抜去が終了したら、骨周辺の肉芽組
本邦では、同種骨移植を行う際には日本整形外科
織の掻爬を行い、全体的な骨欠損の部位や量的な評
学会作成の同種骨移植マニュアルの記載に準拠した
価を行う。
処置、体制で行うことが必要である
17)
。当施設で
Impaction bone grafting法での人工股関節再置換術
は、生体ドナーから摘出された切除大腿骨頭などを
の三要素は(1)骨壁欠損の包み込み(2)同種海綿
加温滅菌する機器や同種骨保存用の専用の冷凍庫
骨の強固な打ち込みによる骨移植(3)骨セメント
(院内骨銀行)を整備し、平成16年 6 月の倫理委員
を用いた人工股関節の再設置である。たとえば、股
会での同種骨使用に関する承認を獲得して臨床使用
臼側で見ると、骨融解により股臼の壁構造が破壊さ
している。生体ドナーから得られた切除大腿骨頭由
れると寛骨臼のドーム構造が破綻していることとな
来の同種骨は専用の加温滅菌器での処理(図 2 )に
り同種骨の強固な骨移植が不可能となる。そこで、
より骨の生物学的活性や力学的条件をほぼ保ったま
このような壁構造の破綻(segmental defect)が存在
ま、プリオンや芽胞菌以外のウィルスや細菌の不活
している場合には金属メッシュを用いて壁構造を再
化が得られる。
建し、寛骨臼であればドーム構造を、大腿骨であれ
ば大腿骨の管腔構造を再建し強固な骨移植が可能と
なるようにすることが必須である。
1 )寛骨臼側(ソケット)に対するimpaction bone
grafting法6、9)(図 3 )
寛骨臼は股関節の骨盤側を形成するドーム状の関
節窩で、人工股関節のカップ又はソケットと称され
る部分がこの部に固定されている。このソケットに
ゆるみを生じ、人工股関節再置換術が必要となる際
には、ソケット周辺の骨融解により、しばしば広範
図2 同種骨移植用切除大腿骨頭の加温滅菌処理器
な骨欠損を生じる。Impaction bone grafting法で骨欠
損の補填を行い、力学的に安定した股臼母床を再構
− 22 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
築し、ソケットの再置換を確実に行うためには前述
併する頻度の高い大腿骨近位内側部(カルカーと称
の様にドーム壁の欠損部分を金属メッシュで包み込
される)は、壁構造の再建をしないと再設置したス
んで寛骨臼のドーム構造を再獲得する必要がある。
テムの安定性と術後の効果的な荷重伝達機能が不完
ドーム構造再獲得のためには、専用の金属メッシュ
全なものとなってしまうので確実な再建が必要である。
をスクリューで骨壁へ固定し全体の包み込みを構築
大腿骨側の骨移植は、前述のように専用機器を用
し、その中に大きめ(径7-10mm程度)の同種海綿
いるが、移植する際の骨細片の大きさも重要であ
骨を半球状のインパクター(骨打ち込み器)を用い
る。一般的にステム遠位から中央付近まではミルで
て強固に打ち込んで、安定した骨壁構造を形成す
砕いた小砕片(径 5 mm程度)を強固に骨移植する
る。その後、骨セメントを十分圧入したうえで高分
が、ステム近位部には寛骨臼側と同様に径 7 -10mm
子ポリエチレン性の新たなソケットを所定の設置位
の大き目の同種海綿骨を強固に骨移植する。
置と設置角度で固定する。
骨移植完了後、大腿骨髄腔内は移植骨により
“neo-medullary canal”と称される非常にしっかり
とした構造のステムが挿入される新たな髄腔壁が形
成される(図 4 c)。この中に、通常の骨セメント
圧入手技を用いて骨セメントを圧入し新たに設置す
るステムを挿入する。
図3 寛骨臼側impaction bone grafting法手術手技
2 )大腿骨側に対するimpaction bone grafting法4、5、
7、8)
(図 4 )
大腿骨側の再置換術に対してimpaction bone grafting法を導入し、その詳細な報告をおこなったのは英
国のExeterのPrincess Elizabeth Orthopedic Centreの
グループである3)。オランダのNijmegenのグループ
a: 専用の impactor による大腿骨髄腔内への骨移植
の寛骨臼側のimpaction bone grafting法の良好な成績
方法
6)
を背景に同様のコンセプトを大腿骨側に応用し
た。寛骨臼側と比べると大腿骨は管腔構造となって
いるために、効率的に大腿骨内に骨移植をおこなう
ためには専用機器の開発が有用であった。現在使用
されている手術機器は、大腿骨の管腔構造内に強固
な骨移植が可能で、設置される大腿骨側の人工関節
部品(ステムと称している)のアライメントが正し
く保たれるようにガイドピンを用いたシステムと
なっている(図 4 a )。
大腿骨側へのimpaction bone grafting法も寛骨臼側
b:大腿骨最近位部はhand impactorで強固に骨移植
と同様に骨壁欠損に対して金属メッシュなどで壁構
する。白矢印は金属メッシュによる骨壁欠損部の包
造の再建をおこなう(図 4 b)。特に、骨欠損を合
み込み部を示す
− 23 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
臨床実績
著者は、1997年からimpaction bone grafting法を人
工股関節再置換術の第一選択枝として実践を開始
し、2004年 4 月に当施設へ赴任以降も継続して施行
し、臨床研究対象としてきた。
2004年 4 月以降2008年 4 月末までの間に当施設で
施行した人工股関節再置換術45関節中impaction
bone grafting法による人工股関節再置換術は40関節
であった。この間に著者が執刀した人工股関節手術
(初回手術、再置換術の合計)は225関節であった
c:強固に骨移植され形成された“neo-medullary
ので人工股関節手術のうち20%が再置換術であり、
canal”
そのほとんどでimpaction bone grafting法を用いてき
た。
図4 大腿骨側impaction bonegrafting法手術手技
これら40関節のうち、人工関節の再度のゆるみの
ために再々置換術に至った例が 1 関節、レントゲン
人工股関節再置換術後の後療法
所見上再度のゆるみが生じつつあり慎重に経過観察
人工股関節再置換術といえども特殊な後療法は存
中の例が 1 関節ある。この 2 例はいずれも股臼側の
在しない。初回人工股関節置換術後と同様に極力早
高度の骨欠損を合併し、患肢の反対肢の状態が、前
期離床を進めることが、深部静脈血栓症・肺塞栓
者は股関節強直状態から人工股関節へ置換されて支
症、筋力低下、心肺機能の低下などの全身的合併症
持性が不十分であること、後者は先天性股関節脱臼
を予防する観点からもきわめて重要である。
の未治療関節で殿筋内脱臼の状態で 5 − 6 cmの脚
ただし、人工股関節再置換術は、初回人工股関節
長差が存在していることなど、荷重環境条件のきわ
置換術よりも手術時間、出血量、軟部組織への手術
めて不良な症例であった。
侵襲が大きくなることが一般であるのでこれらの合
この 2 例を除いた38関節では、経過観察期間は未
併症に対する予見的観察や対処、感染予防対策など
だ短期ではあるが安定した股関節機能が再建され疼
は慎重におこなう必要がある。
痛の軽減や消失、安定した歩行機能の再獲得が達成
術側肢への荷重スケジュールは定型的な報告はな
されている。
いが、骨移植の部位や量によって適宜調節してい
る。脱臼予防用の股関節装具や三角枕などは使用し
症例提示
ていない。
症例 1 :68歳 女性(図 5 )。右変形性股関節症
本稿を記述している時点では、寛骨臼側のみへの
に対して1985年 8 月に右セメント使用人工股関節置
impaction bone grafting例では術翌日から離床し、
換術を当院で受けた。術後股関節痛は改善していた
20-30kg荷重歩行訓練からはじめて術後 3 週で全荷重
が、2003年ごろより右股関節痛が再燃し、歩行しづ
歩行としている。寛骨臼側と大腿骨側両側にわたる
らくなってきた。レントゲン写真上、右人工股関節
広範な領域にimpaction bone grafting法を行った際に
股臼側のソケット周囲の広範な骨融解とソケットの
は術翌日から離床し術側肢は接地程度の負荷を許可
移動による右下肢短縮を認めた(図 5 a )。2004年
し、術後 3 週程度で20-30kg荷重、術後 6 週程度で全
4 月に右人工股関節再置換術を施行。ソケットは
荷重を許可するスケジュールとする場合が多い。た
impaction bone grafting法で再建し、大腿骨側ステム
だし、術後 6 ヶ月から12ヶ月間はT字杖の使用を指
はcement-in-cement法で再置換した(図 5 b )。右
導している。
人工股関節再置換術後4年経過時、疼痛や跛行など
の症状は全く無く主婦としての通常の日常生活が可
− 24 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
で当院を紹介され初診した。レントゲン写真上、右
能である(図5 c)。
人工骨頭ステムの著しいゆるみによる沈下と骨欠損
を認めた(図 6 a )。2004年12月大腿骨側へのimpaction bone grafting法により右人工股関節再置換術を
行った(図 6 b )。右人工股関節再置換術後 3 年 6
ヶ月時点で疼痛や跛行などの症状は全く無く自由歩
行可能である(図 6 c )。 a:右人工股関節再置換術前。寛骨臼側ソケットの
ゆるみと周辺の骨融解が著しい
b:Impaction bone grafting法による寛骨臼側再置換
a:右人工股関節再置換術前。白矢印は大腿骨壁の
術後1ヵ月
菲薄化した部分を示す。
c:再置換術後4年
図5 症例1 68歳 女性
症例 2 :79歳 女性(図 6 )。右大腿骨頚部骨折
に対して2000年12月に他院でセメント使用人工骨頭
置換術を受けた。術後歩行は可能であったが、次第
b:Impaction bone grafting法による大腿骨側再置換
に右大腿部痛が増強し歩行困難となった。近医で右
術 2 ヶ月。白矢印は大腿骨壁の菲薄化した部分へ移
人工骨頭ステムのゆるみを指摘され、手術治療目的
植骨が充填されている状態を示す。
− 25 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
2 ) Wroblewski BM, Siney PD, Fleming PA. Charnley
low-friction arthroplasty:SURVIVAL PATTERNS
TO 38 YEARS. J Bone Joint Surg, 2007;89-B:1015
- 1018.
3 )Wroblewski BM. Professor Sir John Charnley.
Rheumatology 2002; 41:824-825.
4 )Gie GA, Linder L, Ling RS, et al. Impacted cancellous allografts and cement for revision total
hip arthroplasty. J Bone Joint Surg 1993; 75-B:
14-21.
5 )Ornstein E, Franze′
n H, Johnsson R, et al:Hip revision using the Exeter stem, impacted
morselized allograft bone and cement. A consecutive 5-year radiostereometric and radiographic
study in 15 hips. Acta Orthop Scand 2004;75:533c:再置換術後 3 年 6 ヶ月。白矢印は菲薄化してい
543.
た大腿骨壁が修復され正常の厚さに回復した状態を
6 )Schreurs BW, Bolder SBT, Gardeniers JWM, et
示す。
al. Acetabular revision with impacted morsellised
cancellous bone grafting and a cemented cup:A
図6 症例 2 79歳 女性
15- TO 20-YEAR FOLLOW-UP. J Bone Joint Surg
2004; 86-B: 492-497.
おわりに
7 )Schreurs BW, Arts JJC, Verdonschot N, et al:
Impaction bone grafting法による人工股関節再置換
Femoral component revision with use of impac-
術の実際について提示した。本術式は、ゆるんだ人
tion bone-grafting and a cemented polished stem.
工股関節の再建方法として骨欠損の補填、股関節の
J Bone Joint Surg 2005;87-A: 2499-2507.
安定した生体力学的環境の再獲得、再置換術後の人
8 )Schreurs BW, Arts JJC, Verdonschot N, et al.
工関節の長期安定性などの点からきわめて有用であ
Femoral Component Revision with Use of Impac-
る。
tion Bone-Grafting and a Cemented Polished
同種骨の準備態勢の確立に関する困難さや手技上
Stem. Surgical Technique. J Bone Joint Surg
の困難さなどから、本術式の実施が困難な施設が多
2006; 88-A: 259 - 274.
いが、当施設では本術式の実践と臨床成績の向上、
9 )Comba F, Buttaro M, Pusso R, et al. Acetabular
新たな知見の提供などに寄与している。
reconstruction with impacted bone allografts and
今後の課題としては、どの程度の骨欠損状態まで
cemented acetabular components: A2-TO 13-
本術式で対応可能であるかといった適応に関する詳
YEAR FOLLOW-UP STUDY OF 142 ASEPTIC
細な検討や、同種骨の安全で安定した確保体制の維
REVISIONS. J Bone Joint Surg 2006;88-B:865-
持構築、長期臨床成績の検討など多くの課題があ
869.
10) Maloney WJ, SMITH RL, Periprosthetic Osteoly-
る。
sis in Total Hip Arthroplasty:the Role of Particu文 献
late Wear Debris. J Bone Joint Surg 1995;77-A:
1 )矢野経済研究所 2006 年版 メデイカルバイオ
1448-1461.
ニクス市場の中期予測と参入企業の徹底分析.
11) Clohisy D. Cellular Mechanisms of Osteolysis. J
− 26 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
Bone Joint Surg 2003;85-A:S4 - S6.
12) Malchau H, Herberts P, Eisler T, et al. The Swedish Total Hip Replacement Register. J Bone Joint
Surg 2002;84-A:S2 - S20.
13) Buttaro MA, Pusso R, Piccaluga F. Vancomycinsupplemented impacted bone allografts in infected hip arthroplasty:TWO-STAGE REVISION
RESULTS. J Bone Joint Surg 2005;87-B:314 - 319.
14) 日本整形外科学会移植・再生医療委員会.委員
会報告:整形外科における組織移植と再生医療
の現状(2000-2004)−日本整形外科学会認定研
修施設を対象としたアンケート集計結果−.日
整会誌 2006;80:469-476.
15) 日本整形外科学会移植問題等検討委員会.切除
大腿骨頭ボーンバンクマニュアル.日整会誌
2007;81:433-437.
16) 蜂谷裕道.わが国における骨バンクの現状と問
題点.日整会誌 2007;81:1025-1031.
17) 日本整形外科学会移植・再生医療委員会.「整
形外科移植に関するガイドライン」および「冷
凍ボーンバンクマニュアル」の改訂について.
日整会誌 2007;81:393-426.
− 27 −
原 著
Original articles
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
原 著
当院における緑膿菌に対する過去5年間の薬剤耐性率推移
細菌検査室 1) 衛生管理室 2)
堀内 智子 1・2)、 矢野邦夫 2)、 中村立子 2)、 松井泰子 2)、 島谷倫次 2)、 宮崎佳子 2)
宇治川まゆみ 1)、 山本理恵 1)、 上野貴士 2)
【要 旨】 治療に苦慮する多剤耐性緑膿菌(MDRP;multiple-drug-resistant Pseudomonas aeruginosa)が
増加傾向にあり、感染対策上でも全国的に問題となっている。幸いにも、当院では、多剤耐
性緑膿菌によるアウトブレイクの発生は、未だ起きていない。しかし、緑膿菌に対する各種
抗菌薬の耐性化が進む中、当院でも、その動向を把握する為、過去 5 年間の耐性率を調査し
た。耐性率の上昇が顕著な抗菌薬もあるが、MDRP 疑いは 2003 年と 2004 年に各 1 株分離さ
れただけで、その後 2007 年までの 3 年間に MDRP は分離されていない。
【キーワード】 多剤耐性緑膿菌、MDRP、耐性率推移
はじめに 全入院患者より分離された緑膿菌
近代医療の発展とともに、新しい多剤耐性菌が
〈方法〉
次々と報告されている。なかでも緑膿菌は河川・土
1 緑膿菌同定、薬剤感受性検査機器
壌・植物・動物・人の腸管だけではなく、環境由来
1 )2003年∼2005年 栄研化学ドライプレート
菌でもあり、院内感染、アウトブレイクの原因菌と
2 )2006年∼2007年 ベクトン・デッキンソン社、
しても、しばしば社会問題となってきた。また、
自動機器フェニックス
「カルバペネム系imipenem(IPM)MIC>=16μg/
2 同一年次・同一患者から検出された菌株について
ml」「フルオロキノロン系ciprofloxacin(CPFX)
は、最新株を対象とした。
M I C >=4 μg / m l 」「アミノ配糖体系a m i k a c i n
3 MDRPの確定はIPM、AMK、CPFXの3薬剤を検
(AMK)MIC>=32μg/ml」の 3条件を満たす緑膿
査している2006・2007年を対象とし、IPM,AMK
菌は、多剤耐性緑膿菌(MDRP)と定義され、耐性
の 2 薬剤のみ検査している2003∼2005年はMDRP
1)
機構の複雑さもあり 、治療に難渋する。MDRPの
疑いとした。
重症感染症には、単剤での治療効果は不良で、2 剤
3 剤による併用療法が基本となるが 2)、確たる治療
結 果
3)
法は確立しておらず 、免疫不全患者などに感染し
1 材料別検出率
た場合、死亡例も報告されている。
緑膿菌の材料別検出率は、血液が0.1∼0.4%、
今回、薬剤耐性菌を制御していくための対策を立
痰は 8 ∼17%、膿は10∼17%、尿は 6 ∼ 9 %を推
てるうえで、現状の把握が必要不可欠と考え、当院
移しており、年度による大きな変化は、あまり見
での2003年から2007年までの過去 5 年間の薬剤耐性
られない(表 1 ・図 1 )。
率の動向を調査したので報告する。
調査期間・対象・方法
〈期間〉
2003年から2007年までの 5 年間
〈対象〉
− 30 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
表1 材料別検出率(%) 2003 年
2004 年 2005 年 2006 年
CFPMは、カテゴリーの中間(I)が2005年の 1
2007 年
血液
0.4
0.4
0.3
0.1
0.3
痰
13.4
8.5
10.2
15.4
16.5
膿
16.9
11.8
12.2
14
10.6
尿
6.2
9
6.4
6.7
8.2
%から2006年には14%に上昇したため、感受性
(S)も99%から77%、2007年70%と急激に低下
している。PIPCも3%以下から2007年には10%に
上昇している。LVFXは多少上昇傾向にある。
AMKは 2 %以下で耐性化は見られない。GM、
MEPM、CPFXは過去 2 年分のみの統計ではある
が、変化は見られない(表 2 ・図 3 )。
表2 各抗菌薬に対する耐性率(%)
検出株数
IPM
CAZ
CFPM
PIPC
LVFX
AMK
GM
MEPM
CPFX
図1 材料別検出率
2 抗菌薬出庫量
IPMは、使用許可届出制もあるため、出庫量は
年々減少し、抗生物質委員会の方針により2007年
2003 年 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年
96 株
122 株 131 株 133 株 110 株
16
17
14
6
13
14
2
2
3
5
17
0
2
0
9
10
2
2
3
3
13
6
9
8
17
1
1
2
0
2
2
4
5
5
9
11
には、使用中止となった。それ以外の抗菌薬で
は、piperacillin(PIPC)がやや減少している程度
で、あまり変化は見られない(図 2 )。
図3 抗菌薬に対する耐性率(%)
2 )科別の薬剤耐性率
図2 抗菌薬出庫本数
40株前後と比較的株数の多い呼吸器科でのIPM
は、全科対象とあまり変わらない耐性率推移と
3 薬剤耐性率年次推移
なっている。CAZ、CFPMも同様ではあるが、特
1 )全科対象の薬剤耐性率
にCAZは2006年の 4 %から2007年には22%と耐性
IPMの薬剤耐性率は2003年の17%から徐々に低
化が急激に進行した。外科(20株前後)、形成外
下したものの2006年より、また上昇傾向にある。
科(10株前後)は株数が少ないので、各抗菌薬と
ceftazidime(CAZ)は2006年までは 5 %以下の低
も明確な推移はわからないが、CAZ、CFPMは
率を保っていたが、2007年には14%と急激な耐性
2006年より上昇傾向にある(表 3 )。
化となっている。
同じセフェム系薬剤cefepime(CFPM)の薬剤
耐性率も、2006年より急激に上昇している。また
− 31 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
表3 科別耐性率(%)
が、2005年以降、多剤耐性緑膿菌は検出されてい
ない(表 4 )。
2003 年 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年
呼吸器内科
14
6
10
11
16
外科
36
28
6
10
10
IPM
-----------------------------------------------------------------------------------------------形成外科
10
0
14
13
0
------------------------------------------------------------------------------------------------
呼吸器内科
0
0
2
4
22
0
0
6
5
0
0
0
0
13
17
0
0
0
13
25
0
0
0
10
10
0
3
0
13
17
表4 IPM・AMK・CPFK耐性株数
1 剤のみ耐性
------------------------------------------------------------------------------------------------
CAZ 外科
形成外科
検出株数 IPM
------------------------------------------------------------------------------------------------
呼吸器内科
2003 年
多剤
耐性
2 剤耐性
IPM IPM AMK
AMK CPFX AMK CPFX CPFX
IPM
AMK
CPFX
96
16
1
未検査 1 ※
2004 年 122
17
3
未検査 1 ※
2005 年 131
8
0
未検査
0 2006 年 134
4
3
11
1 1
1
0
2007 年 111
18
1
10
1 3
0
0
------------------------------------------------------------------------------------------------
CFPM 外科
形成外科
------------------------------------------------------------------------------------------------
3 )材料別薬剤耐性率
2007年の材料別耐性率は、痰25%、膿11%、尿
0%とIPMでは差が見られるが、CAZは20%前後
0
※ 多剤耐性疑い
と材料による差は見られない。各材料とも、
CAZ、CFPMの耐性率は2006年を境に急激に耐性
考 察
化している。血液は検出率の少ないこともあり、
抗菌薬耐性率は三次レベル医療、病院の規模、施
耐性化は見られない。
設のタイプに関係しており5)、一概には比較できな
い。また、救命・救急病棟がある施設は、ない施設
4 )多剤耐性緑膿菌の検出状況
より、多剤耐性菌の発生率が高いと言われていてい
①IPM・AMK 2 剤対象(2003年∼2005年)
る5)。そのような中、当院の耐性率は、各抗菌薬と
2003年では対象96株中、IPMのみ耐性は16株
も、全国レベルのデータよりも低い4)。(表 5 )ま
16.7%、AMKのみ耐性は 1 株1.0%IPM・AMKと
た、当院は、救命・救急病棟を要する施設であるに
もに耐性は、1 株1.0%であつた。
もかかわらず、多剤耐性菌の検出株数は2003と2004
2004年は、122株中、IPMのみ耐性は17株13.9
年に多剤耐性疑いが各 1 株のみで、2005年以降、検
%、AMKのみ耐性は3株2.5%、IPM・AMKとも
出されていない。しかし、MDRPは検出されてはい
に耐性は 1 株0.8%であった。2005年は、131株中
ないものの、各抗菌薬とも耐性率は、年々、増加傾
IPMのみ耐性は 8 株6.1%IPM・AMKともに耐性
向にあり、特に2006年からの耐性率の上昇は急激で
は 0 株であった。
ある。当院では、抗生物質委員会のもと、2005年に
はカルバペネム系抗菌薬を届出制にし、抗菌薬適正
②IPM・AMK・CPFX 3 剤対象(2006年∼2007年)
マニアルも作成したが、緑膿菌の耐性率は改善され
2006年は、134株中IPMのみ耐性 4 株3.0%、
ていない。このことは、抗菌薬の適正使用だけで
AMKのみ耐性 3 株2.2%、CPFXのみ耐性は11株
は、耐性菌の制御は不可能であることを示唆してい
8.2%で、IPM・AMK共に耐性は 1 株0.7%、
る。手洗いの強化・環境整備に加え、教育・サーベ
IPM・CPFXとAMK・CPFXも同様に 1 株0.7%で
イランスなど複数の耐性菌対策を包括的にする事
あった。2007年は111株中IPMのみ耐性は18株
で、少しずつ耐性率は改善されていくことが知られ
16.2%、AMKのみ耐性 1 株0.9%、CPFXのみ耐性
ており 5 )、今後も包括的対策を充実させていきた
は10株9%で、IPM・AMK共に耐性は 1 株0.9%、
い。
IPM・CPFXは 3 株2.7%であった。2 剤耐性は、
2003年 1 株、2004年も 1 株、2005年 0 株、2006年
3 株、2007年 4 株であった。CPFXが未検査の2003
年と2004年の 2 剤耐性株は多剤耐性疑いである
− 32 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
表5 全国の施設から報告された耐性率(%)
3 )橋本章司、朝野和典:多剤耐性緑膿菌.INFECTION CONTROL.2006:vol.15:40∼43
総株数(8462∼47241株)
2003 年
2004 年
4 )長沢光章:多剤耐性緑膿菌の疫学情報.臨床と
2005 年
IPM
20.7
20.5
20.9
CAZ
12.9
11.4
11.4
PIPC
14
12
12
LVFX
17.9
20.4
19.4
AMK
5.7
5.5
5.2
GM
14.1
13
10
CPFX
18.8
20.7
17.5
微生.2007:Vol.34:33∼35 5 )矢野邦夫訳:医療現場における多剤耐性菌対策
のためのCDCガイドライン.向野賢治訳編.メ
ディカ出版:2007.18
多剤耐性緑膿菌の疫学情報より
(臨床と微生物 2007年 3 月)
ま と め
全国的には、数%の割合で検出されているMDRP
は、過去 3 年間当院では検出されていない。(表 6
・表 4 )したがってMDRPによるアウトブレイクは
起こっていない。しかし、各抗菌薬の耐性率が、
年々上昇している現在、今後も耐性菌の推移を確認
し、現場にフィードバックしていくと共に、複数の
耐性菌対策を包括的に進めていきたい。
表6 全国79施設におけるMDRPの検出状況
(任意の 2 週間に検出された株)
施設数 緑膿菌 MDRP
(%)
全国 2002年
193
494株
13株
(2.6)
2004年
79
1,385株
48株
(3.5)
2005年
79
1,492株
37株
(2.5)
埼玉 2004年
22
392株
14株
(3.6)
2005年
20
387株
19株
(4.9)
兵庫 2004年
29
766株
7株
(0.9)
多剤耐性緑膿菌の疫学情報より
(臨床と微生物 2007年 3 月)
文 献
1 )柴田尚宏、荒川宜親 : MDRPの耐性機構.臨床
と微生物.2007:Vol.34:3∼4 2 )舘田一博:MDRPに対する抗菌薬併用療法感受
性検査.臨床と微生物.2007:Vol.34:89∼92
− 33 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
原 著
熱傷に湿潤治療を行う際の留意点
― 細菌感染を起こした 5 例から学ぶ ―
県西部浜松医療センター形成外科 副島 宏美
【要 旨】 著者が 2003 年 1 月から 2006 年 8 月までに熱傷に対して湿潤治療を行った 94 例のうち経過中
に創感染を起こした 5 例について検討し、感染症発症の誘因を考察した。基礎疾患、予防的
抗生剤投与の有無に関係なく、受傷後 2 日目という早期の発症例もあったのは特筆すべき点
である。熱傷に湿潤治療を行う際、浸出液の量が被覆材の許容量を超えた場合被覆材の構造的
な特徴より創面が「過湿潤」の状態となり、創面の爆発的な細菌繁殖を誘発しやすいと考えら
れた。今回の経験から熱傷に湿潤治療を行う際の留意点を提唱する;1. 浸出液が多い場合被覆
材を頻繁に交換し、
「過湿潤」の状態を作らない。2.受傷後早期に感染症を発症する可能性があ
るためⅢ度広範囲熱傷、早期手術を控えている場合には原則として湿潤治療を行わない。
【キーワード】 湿潤治療 閉鎖療法 合併症 創感染
はじめに 湿潤治療とは消毒液など細胞毒性を有する外用薬
細菌感染を来した例を5例経験した。この 5 例につ
を用いず、創面の湿潤環境を維持するための被覆材
いて検討し、熱傷に湿潤治療を行う上での留意点に
などを用いる方法であり、自己治癒能力を阻害しな
ついて考察した。
い創傷の局所治療法である1)。最近インターネット
を中心に医療者のみならず一般にも普及しつつあ
対象と方法
る。すべての創傷の局所治療として適応可能である
2003年 1 月から2006年 8 月までの間に著者が熱傷
ため、熱傷治療に用いられる機会も多くなってい
に対して湿潤治療を行った患者は94例であった(男
る。褥瘡へのラップ療法2)、閉鎖療法と呼ばれてい
性54例、女性40例)。そのうち経過中に細菌感染を
る治療法は湿潤治療の一部と考えられる。著者は
きたした 5 例について年齢、性別、受傷原因、熱傷
2003年よりすべての創傷の局所療法について従来の
面積、感染症を発症した時期、処置方法、予防的抗
消毒し、各種外用剤を用いる方法から全面的に湿潤
生剤の投与の有無、創からの検出菌を調べた。
治療へ移行した。熱傷に対してもこれまで90例以上
に行い、良好な結果を得ている。しかし、経過中に
結果および具体的症例
表1 感染例の内訳
発熱した 5 例の内訳を示す(表 1 )。
症例 年齢
1
1
2
30
3
34
4
54
5
78
受傷原因
ポットの熱湯がか
かる
仕事中、
ガス爆発
仕事中、
反応性ガスがかかる
ライターの火が衣
服に燃え移る
仕事中、
衣服に火が燃え移る
予防的
受傷面積 受傷から発熱
治療方法
基礎疾患
抗生剤
(深度) までの期間
ポリウレタンフィルム
3%
入院
2日
なし
CEZ
(図 1)
(Ⅱs- Ⅲ)
ポリウレタンフォーム
4%
入院
10 日
なし
なし
ドレッシング
(Ⅱs- Ⅱd)
ポリウレタンフォーム
2%
外来
4日
なし
なし
ドレッシング
(Ⅱs- Ⅱd)
ポリウレタンフィルム
15%
入院
総合失調症
2日
CEZ
(図 1)
(Ⅱs- Ⅲ)
5%
糖尿病 ポリウレタンフィルム CEZ
入院
14 日
高血圧
(図 1)
(Ⅲ)
入院
外来
− 34 −
創面からの検出菌 全身
紅斑
TSST-1 抗原
St.aureus(MSSA)
+
(−)
St.aureus(MSSA)
−
(−)
St.aureus(MSSA)
+
(−)
St.aureus(MSSA)
−
(−)
P.aeruginosa
−
NA
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
1 .年齢、性差
与の有無に関係なく感染症を発症した。創から検
全例男性。年齢は様々であった。
出された菌は症例 3 では M R S A 、症例 5 では
P.aeruginosa であり、予防投与した抗生剤に感受
2 .受傷原因 症例 1 は熱湯による受傷で、症例 2 、3,5 は仕
性はなかった。
事中の受傷であった。症例 4 はライターの火が衣
8 .全身性紅斑の出現 服に燃え移って受傷した。
症例 1 、4 では発熱と同時に全身性の紅斑が認
3 .熱傷面積 められ、毒素性ショック症候群(Toxic Shock Syn-
入院治療が適当な比較的広範囲な例が多かっ
drome.以下TSS)を疑った。黄色ブドウ球菌が認
た。手術は症例 4、5 に行った。
められた例は全例、毒素性ショック症候群毒素
4 .発熱と受傷からの時期 (Toxic Shock Syndrome Toxin-1.以下TSST-1)抗
症例 1 、4 では通常感染は起こらないとされて
原産生株でなかった。
いる受傷後 2 日目にも発症した。
考 察
5 .基礎疾患 症例 5 には基礎疾患として糖尿病があるが、他の
1 .湿潤治療下の創感染の誘因 例では免疫能を抑制するような基礎疾患はなかっ
熱傷は他の創傷に比べて面積が大きく、浸出液も
た。
大量である。ラップ療法やフィルムドレッシングで
6 .局所治療法 はそのものが、また、湿潤治療に用いられるトップ
湿潤治療を始めた当初は鳥谷部が褥瘡の治療に
ドレッシングを要しない多くの被覆材は最外層が防
推奨している「ラップ療法」を応用し、a.ポリウ
水加工になっているものが多く、浸出液を外に逃が
レタンフィルムを二つ折りにして糊がついてない
さない構造となっている(図 2 )。
方が創面に当たるように創を被覆し、その上に
ガーゼなどをあて浸出液を吸収させる方法を行っ
た(図 1 )。しかし、症例1、4、5のように感染
例が発生したため、b.より吸収性に優れたポリウ
レタンフォームドレッシング(ハイドロサイト○R )で
被覆する方法を行った。しかし、それでも症例 2 、
図2 吸収力のある被覆材の構造
3 のような感染例が発生した。
浸出液が少量の場合は創面に適した湿潤環境を保
つ事ができるが、浸出液の量が被覆材の許容量を超
えた場合浸出液を溜め込んでしまい、「過湿潤」の
状態となる可能性がある。この「過湿潤」が細菌繁
殖に最適な環境となり、爆発的に細菌が繁殖して発
熱の原因になったと考えられる(図 3 )。
図1 フィルムドレッシングを用いた局所療法
7 .創からの検出菌と予防的抗生剤投与
予防的抗生剤は症例 1 、3,5 に行ったが、投
図3 過湿潤の状態
− 35 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
湿潤治療を広く普及させるのに貢献している夏井
プ療法で治療中に全身性炎症反応症候群(SIRS)を
はその著書で小児の熱傷の治療中の創感染に言及
発症した 1 歳女児例4)、学会報告が散見される。竹
し、乳幼児の皮膚常在菌に対する免疫反応が不完全
中らは他院で熱傷に対してラップ療法での治療中に
であることを原因とし、乳幼児特有の問題と思われ
敗血症を発症した 2 例を報告し、ラップ療法という
3)
ると述べている 。当科の経験では小児は 1 例のみ
わかりやすい名称から創傷管理に習熟していない医
で、他はすべて成人であり、1 例を除いて免疫能を
師達が安易に施行している事を指摘し、適切な患者
低下させるような基礎疾患は認められなかった。こ
の選択、感染へのより慎重な観察、ガイドライン作
れは免疫能の未熟さだけが原因でないことを意味し
成による注意の呼びかけを求めている5)。また、吉
ている。
田は食品用ラップによる湿潤治療中に高熱が出現し
また、Ⅲ度熱傷で壊死組織が大量に存在する例で
た 2 例を報告し、著者と同様ラップで閉鎖した場合
は壊死組織が細菌繁殖の温床となる上に湿潤治療で
過湿潤となりドレナージ効果が乏しくなり、感染に
浸出液を溜め込むと余計に細菌繁殖を起こしやすい
いたると考察している6)。文献としては海外で閉鎖
状況を作ると考えられる。さらに湿潤環境を保つよ
療法中TSSを起こした症例の報告がある7)。それに
うな被覆材は外から被覆材の浸出液による汚染が見
は熱傷にOmiderm ○R という多孔性ポリウレタンフィ
えにくいため、また広範囲の熱傷の場合患者の苦
ルムを使用しTSS を発症した例があげられており、
痛、医療者の負担の軽減のため、ついつい交換の頻
局所治療法とTSS発症は何らかの関係があるのでは
度を下げる傾向になりやすい。この事も湿潤治療下
ないかという結論が書かれているが、具体的な原因
の細菌感染を助長する事になりかねない。湿潤治療
については言及されていない。この被覆材は本邦で
のメリット(表 2 )に示されている交換時の苦痛の
は未発売であるが、調査した限りでは浸出液を外に
緩和も広範囲Ⅲ度熱傷に対してはさほど効果がない
逃がさない構造をしているため、やはり「過湿潤」
ように思われる。
から細菌の繁殖を招いたと推測される。また、15歳
女性で生理用タンポンを使用中にTSSを発症した熱
表2 湿潤治療の利点・欠点
傷患者の報告もあり、閉鎖療法中は創部の細菌検
査、TSST-1抗原産生株か否かを頻繁にチェックする
利 点
ようにと述べられている8)。これまでに熱傷患者の
●自己治癒能力を阻害しない
●創面にガーゼなどが固着せず、交換時の痛みが少ない
●入浴を原則禁止しないので保清が保て、患者の QOL の向
上につながる
●消毒液の副作用、アナフィラキシーショック発症の予防
になる
●医療材料でないもの※を被覆材として用いた場合安価であ
り、医療経済面にもメリットが大きい
経過中TSSなど重篤な感染症を発症した報告は多数
存在するが、局所療法について消毒の有無、外用剤
や被覆材の種類について詳しく述べられたものは少
ない。これらの中にも「過湿潤」からの発熱を招い
たものも存在する可能性がある。
欠 点
●被覆材を用いた場合高価であり、保険診療上の使用期限
の制約がある
●湿潤環境では細菌、真菌も繁殖しやすく感染の危険性が
ある
●夏期、小児では接触皮膚炎や膿痂疹など皮膚のトラブル
を起こしやすい
●医療材料でないもの※を用いる場合十分なインフォームド
コンセントが必要
※食品包装用ラップ、紙おむうつ、尿取りパッドなど
3 . 熱傷に湿潤治療を行うに際して
表 2 にこれまでに報告されている湿潤治療の利点
と欠点を示す。湿潤治療は熱傷をはじめとするすべ
ての創傷治療に有効であり、従来法に比してメリッ
トも多いため、これからさらに普及すると考えてい
る。その反面創面の細胞増殖に適した湿潤環境は細
菌増殖にも適した環境となる事は容易に想像でき
2 . 湿潤治療下での合併症の報告 る。当科での発熱例 4 例から検出された黄色ブドウ
湿潤治療が臨床に普及し始めたのは比較的最近の
球菌は全例 TSST-1産生株ではなかったが、TSST-1
ため、合併症についての報告は少ない。渉猟し得た
産生株であった場合TSSを発症する可能性があり、
限りで本邦では保健所の資料として熱傷患者にラッ
またTSS様の全身紅斑を生じた 2 例は他のスーパー
− 36 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
抗原産生株であった可能性がある。いずれも軽症で
7 .Trop M, Zobel G, Roedl S,et.al.;Toxic shock syn-
あったが、TSSなど重篤な状態となる可能性もあっ
drome in a scald burn child treated with an oc-
た。また、特に広範囲熱傷の場合、今回の経験では
clusive wound dressing. Burns 2004;30:176-180.
通常細菌感染の頻度が低いと言われている受傷後 2
8 .Bacha EA,Sheridan RL,Donohue GA,Tompkins
日で感染症を発症した事から、超早期手術を計画し
RG.;Staphylococcal toxic shock syndrome in a
ている場合重篤な感染が起こると手術を延期せざる
paediatric burn unit. Burns 1994;20:499-502.
を得なくなり、患者の生命予後に大きく影響する可
能性もある。有用な治療であるからこそ重篤な事態
になりかねない合併症である創感染の頻度を可能な
限り少なくするための配慮が必要と思われる。
結 語
熱傷に対して湿潤治療を行い経過中に創感染を起
こした 5 例について検討した。湿潤治療中の創感染
の原因として湿潤環境を保つ被覆材の特徴から「過
湿潤」の状態を形成した時、爆発的な細菌繁殖を招
いたのではないかと思われる。今回の経験を踏まえ
て熱傷に湿潤治療を行う際の留意点を提示する。
1 .浸出液が多い場合は被覆材の吸収力を過信せず
頻繁に交換し、細菌繁殖を促す「過湿潤」の状
態を作らない。
2 .受傷後 2 日目でも感染症を発症する可能性があ
り、広範囲Ⅲ度熱傷、特に早期手術を予定して
いる場合には湿潤治療を行うメリットも少ない
ため湿潤治療を原則として行うべきではない。
なお本論文の要旨は第32回日本熱傷学会(於仙
台市)において発表した。
文 献
1 .夏井睦:これからの創傷治療,医学書院;2003,
東京.
2 .鳥谷部俊一:褥創治療の常識非常識−ラップ療
法から開放ウエットドレッシングまで.三輪書
店; 2005.東京.
3 .夏井睦:創傷治療の常識非常識,三輪書店;2005,
東京.35-37.
4 .山口県感染症情報センター平成 18 年 2 月月報
5 .竹中基晃、加藤久和:熱傷治療にラップ療法を
行う際の問題点と注意点.熱傷 2007;33-4:57.
6 .吉田哲也:食品用ラップによる湿潤治療中に高
熱が出現した熱傷患者.熱傷 2007;33-2:56.
− 37 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
原 著
当院の放射線治療システム
― 位置決め作業における透視の有用性の検討 ―
放射線治療科 1) 放射線技術科 2)
飯島 光晴 1)、鈴木 康治 2)、杉村 洋祐 2)、竹田 守 2)、生座本義広 2)、延澤 秀二 2)
【要 旨】 通常多くの施設では、皮膚マークにより放射線治療の位置決めを行っており、位置のズレが
大きい。当院の放射線治療システムは、リニアック装置と位置決め用 X 線シミュレータが同
室に設置されており、X 線透視を用いて骨格を基準に位置照合を行うため、皮膚マークより
も精度の高い治療が可能である。透視を用いることにより再現性と正確性が高まる一方、被
曝線量の増加や治療時間の延長がデメリットとして問題となる。皮膚マークによる位置決め
との比較により透視の有用性と被曝線量の検討を行った。当院のシステムは通常の放射線治
療においては、精度を保ちつつスループットの良さも兼ね備えた優れたシステムといえる。
【キーワード】 放射線治療、X 線透視、位置照合、被曝線量、画像誘導放射線治療
はじめに がん治療の 3 本柱といわれる手術療法、化学療
法、放射線療法のうち、放射線治療が最近注目され
てきている。その理由は、① 放射線治療機器の進
歩、② 画像診断の進歩、③ がんの早期発見、④ 高
齢化社会に向け、QOLを考慮した治療が求められて
いる、ことなどがあげられる。その中でも特に治療
機器と画像診断の進歩により高精度な治療が可能に
なってきたことが最も大きな要因である。つまり、
放射線をあてたい場所(=病巣)に多くの放射線を
あてて、あてたくない場所(=正常組織)に可能な
限りあてないといったことが、高精度に行えるよう
図1 放射線治療室
になってきたのである。
A:リニアック本体 B:X 線シミュレータ
当院の放射線治療システムは図 1 に示すとおり、
リニアック装置と位置決め用のX線シミュレータが
多くの施設で行われている通常の放射線治療は、
同室に設置されている。このシステムの特徴は、シ
治療部位の体表面に位置決め用の皮膚マークをつけ
ミュレータに搭載されたX線透視装置を用いて骨格
て、毎回それに合わせて治療を行っている(図 2 矢
を基準に位置照合を行うため、皮膚マークを基準に
印)。皮膚マークを用いて位置決めを行うことの欠
するよりも精度の高い放射線治療が可能なことであ
点は、位置のズレが大きいことである。特に高齢者
る。
では皮膚のたるみのためにズレの程度が大きい。
− 38 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
2 .透視による被曝線量の検討
位置照合に用いているX線シミュレータを用いて
表面線量率を測定し、その実測値から患者の被曝線
量を推定した。
結 果
1 .皮膚マークで位置決めを行った場合と透視画像
を用いた場合の比較(図 3)
図2 位置決めから照射までの流れ
矢印 皮膚マークを用いた通常の位置決め
矢頭 透視を用いた当院の位置決め
当院における放射線治療のながれを図 2 矢頭に示
す。取得された放射線治療計画用 CT 画像を元に 3
次元治療計画装置でがん病巣に放射線を集中させ、
正常組織、特に放射線に対して敏感な臓器を避けな
がら最適な治療計画を立てる。このようにして得ら
れた治療計画画像と皮膚マークで合わせた位置のズ
レを透視を用いて補正し、より正確な位置で照射を
行っている。
透視を用いた位置照合により治療の再現性と正確
図3 透視確認による皮膚マークの誤差
性が高まる一方、透視による被曝線量の増加や治療
A:Total Error 原点から実測座標までの距離の平
時間の延長がデメリットとして問題となる。
均
当院の放射線治療システムにおいて、X 線透視装
B:Systemic Error 原点から平均座標までの距離
置を用いた位置照合と皮膚マークによる位置決めに
C:Random Error 平均座標から実測座標までの距
ついて比較し、透視の有用性の検討を行った。合わ
離の平均
せて被曝線量の検討を行ったので、最近の放射線治
療の流れを踏まえ若干の文献的考察を加えて報告す
腹部、乳房において皮膚マークによる誤差が大き
る。
くなっている(最大で約 8-10 ㎜)。この傾向は Total
error、Systematic error においてみられる。Random
対象・方法
error に関しては、明らかな部位別の差はみられな
1 .透視画像による位置決め精度の検討
かった。
対象は当院において放射線治療を施行した159例、
胸部や骨盤部に関しては、皮膚マークによる誤差
合計3,634回の位置決め作業について検討を行った。
は比較的少ないものの、最大で 7 ㎜の誤差がみられ
方法は、まず皮膚マークを基準に位置決め作業を行
た。頭頸部領域は最も誤差が少なかった(最大で約
い、引き続き X 線シミュレータによる透視画像を元
6 ㎜)。
に位置の補正を行った。その補正値を皮膚マークに
2 .被曝線量の問題
よる位置のズレ(誤差)として治療部位別に検討を
通常、透視に用いる kV(キロボルト)レベルの被
行った。
曝線量の推定には表面線量率の実測値を用いる。表
− 39 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
1 に表面線量率の実測値を示す。この値を元に乳房
ピュータ技術の発展と相まってこれらの照射技術は
温存療法における術後照射50 Gy/25回を行った場合
急速に発達した 2)。今日の 3 次元原体照射や強度変
の透視による被曝線量を推定すると次式の様にな
調放射線治療の一部は高橋式原体照射の発展型とい
る。
える技術である。
4.76/60(mGy/秒)× 5(秒)× 25(回)= 9.9 mGy
放射線治療において治療効果を上げ、副作用を減
≒ 0.01 Gy
らすには一連の治療の流れの中で重要な点が 2 つあ
(照射条件:管電圧;60 kV、管電流;2 mA、1 回の
る。ひとつは有効で安全性の高い治療計画を立てる
照射時間;5 秒)
ことである。そのためには患者をよく診察し、検査
また、前立腺癌 74 Gy/37 回の場合は、次式の如くで
所見、特に画像診断で病気の広がりや危険臓器の位
ある。
置を正確に把握することが重要である。放射線治療
9.36 / 60(mGy/秒)× 10(秒)× 37(回)= 57.7 mGy
計画にとって画像情報のアシストは必要不可欠であ
≒ 0.06 Gy
る。
(照射条件:管電圧;80 kV、管電流;2 mA、1 回の
最近の画像診断の進歩はめざましく、放射線治療
の発展は画像診断の進歩を抜きにしては語れない。
照射時間;10 秒)
CT が登場して四半世紀あまり、画像診断ツールと
表1 透視による表面線量率の実測値
して日常診療における貢献度は言うまでもない。放
射線治療計画に CT 画像が利用され始めたのは 1980
年頃である 3)。当初は 2 次元での治療計画からス
タートしたが、最近では 3 次元治療計画が当たり前
の時代となり、さらに組織分解能に優れた MRI や
代謝など機能を反映したPET画像あるいはMRスペ
クトロスコピー(MRS)を治療計画に取り入れるこ
とで、より精度の高い計画が可能になってきてい
る。とりわけ最近普及してきた PET/CT は病巣の位
置の把握や治療効果判定に極めて有効なツールのひ
考 察
とつであり、どのように放射線治療に取り入れるの
放射線治療の歴史は、病巣に放射線を集中させ、
が最も効果的かがこのところのトピックスとなって
いかに正常組織をさけるか、その技術の発展の歴史
いる 4)。
といっても過言ではない。放射線治療装置はもちろ
ふたつめは、計画通りに日々の治療を正確に行な
ん、一回線量、分割回数、線源、線質、照射方法や
えるかどうかである。いかに優れた治療計画でも、
放射線増感剤、保護剤の開発に至るまで、目的はひ
実際の患者に施行される際に位置がズレていては目
とつ、病巣に放射線を集中させ、正常組織を守るこ
的とする治療効果が得られないばかりか、重篤な副
とに尽きる。
作用を引き起こす原因の一つになり得る。正確性・
病巣に放射線を集中させる技術のひとつに原体照
再現性に優れていることがきわめて重要である。当
射法と呼ばれる治療方法がある。原体照射は1960年
院では 2000 年よりリニアック装置と同室に設置さ
代に名古屋大学の高橋信次により考案された照射法
れたX線シミュレータで透視画像による位置照合を
1)
である 。回転照射法の一亜型で、マルチリーフコ
行っている。我々の検討結果では、皮膚マークによ
リメータと呼ばれる多分割絞りを用いて病巣に合わ
る位置決めの場合、最大で約10㎜の計画位置からの
せて照射口の形状を変化させながら回転照射を行う
誤差が発生しており、透視による位置補正の有用性
ものである。同じ頃、国の内外で線量を病巣に集中
が示された。
させる技術開発は数多く行われた。その後、コン
ただし、透視による位置補正にも限界がある。部
− 40 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
位別の結果から腹部、乳房領域が最も誤差が大き
るため状況に応じた対応ができることである。たと
かったが、これらの領域は骨と軟部組織の位置関係
えば肺癌の治療では、位置照合のたびに腫瘍の大き
が容易に変化する部位であり、特に肥満や高齢者で
さが確認できるため、治療効果に対応した計画変更
は顕著である。透視による位置補正は骨格を基準に
が行える。肺癌の放射線治療では、治療に伴う有害
しているため、あくまで骨による位置合わせであ
事象として放射線肺臓炎をいかに最小限に食い止め
る。骨と軟部組織のズレまでは補正することはでき
るかが治療の成否につながるが、腫瘍の縮小具合を
ない。
常に確認しながら照射野縮小のタイミングを計れる
頭頸部領域は最も誤差が小さかったが、これは頭
ことは非常に大きなメリットである。また、前立腺
部の固定具を併用しているためである。これらのこ
癌の治療においては、治療後の直腸出血が患者の
とから正確な位置決めには、患者固定も重要な要因
QOLを落とすひとつの要因となっているが、透視画
であることがわかる。ただし、固定具を用いた場合
像により、直腸ガスの様子をモニターすることによ
でも固定具内での患者の動きがあるため、透視によ
り、安全な治療が可能となる。
る補正が必要であった。
欠点としては、透視による被曝線量が増えるこ
透視画像を用いて位置照合を行うことの利点と欠
と、透視時間分だけ治療時間が伸びることなどが考
点を表 2 に示す。
えられるが、我々の実測データからは通常の治療線
量 2 Gy と比較しても日常診療で問題となるほどの
表2 X線透視装置を用いて位置照合を行うことの
被曝量の増加はみられなかった。また、治療時間に
利点と欠点
関しては透視を行なう時間だけ若干長くなる傾向に
―――――――――――――――――――――――――――
利 点
―――――――――――――――――――――――――――
・再現性が良い
・皮膚マークによる位置決めより正確
・皮膚マークがつけにくい部位にも対応
・治療効果確認
・直腸ガスの状態が確認できる
・皮膚マークが必要最小限ですむ
―――――――――――――――――――――――――――
欠 点
―――――――――――――――――――――――――――
・骨、軟部組織の位置関係の変化が大きい部位は不正確
・透視による被曝線量が増える
・透視時間分だけ治療時間が伸びる
あるが、実際には 5 分以内で済み実臨床上は問題と
なっていない。それよりも位置精度の向上や副作用
軽減などの利点の方がはるかに大きいと思われる。
つまり、透視のメリットがデメリットを十分上回っ
ているということである。
最近注目をあつめている高精度放射線治療はいず
れも線量集中性に優れ、正常組織への照射線量を減
らし、目的とする病変に対してより高い線量を投与
することが可能となってきた。ガンマナイフに代表
される定位照射、強度変調放射線治療(IMRT)、粒
位置合わせが再現性良く正確にできることが最大
子線治療などがそれにあたる。その結果、以前の放
の利点である。透視画像により骨格で位置照合を行
射線治療に比べて確実に治療成績が向上してきてい
うため皮膚マークはあくまで一応の目安である。
る。
従って皮膚マークが必要最小限で済み、外見上の放
画像誘導放射線治療(IGRT)は照射中あるいは直
射線治療を受けていることがわかりにくい。このこ
前、直後に病巣の位置を透視画像や CT 画像により
とは第三者に放射線治療を受けていることを知られ
確認し位置の補正を行いながら正確な治療を行う方
たくないという患者の精神的負担軽減にも役立って
法で、リニアック装置に透視や CT 撮影機能を付加
いるものと思われる。また、皮膚マークがつけにく
したものや、同室に CT 装置を備えた施設で行われ
い部位、たとえば皮膚の折れ曲がった部位やガーゼ
ている。特に CT 撮影機能を持ったリニアック装置
で覆われた術創、腫瘍による皮膚の潰瘍部位にも対
は最近急速に普及してきている 5)6)。CT 画像は骨、
応できることも大きなメリットである。
軟部組織いずれの内部構造も可視化できるため、X
位置照合以外にも透視画像を用いることの利点と
線透視にくらべて骨、軟部組織の位置関係が容易に
しては、体内臓器の状況がリアルタイムで把握でき
変化する部位にも対応できる。
− 41 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
当院では皮膚マークで位置決めを行うことが主流
だった時代から、同室設置の透視装置を用いて位置
照合を行っており、画像誘導放射線治療の先駆けと
もいえるシステムである。CT 撮影機能をもった最
新の装置よりは精度が劣るものの、定位照射以外の
通常の照射に関しては、ある程度の位置精度を保ち
つつスループットの良さも兼ね備えた優れたシステ
ムといえる。
おわりに
当院の放射線治療システムの特徴である透視使っ
た位置決めの有用性について、最近の放射線治療の
流れを踏まえ若干の文献的考察を加えて報告した。
当院の放射線治療装置は老朽化に伴い、平成20年度
に更新が行われるが、これまでの経験、蓄積された
データを生かし、最新の治療法も取り入れながら新
システムの構築を行う予定である。
文 献
1 ) 高橋信次:60Co 廻転照射に於ける新しい工夫.
臨床放射線.1960;5:653 ∼ 658.
2 ) 松田忠義、稲邑清也:コンピュータを応用した
単分割原体照射法の研究.日医放会誌.1979;
39:1088 ∼ 1097
3 )小幡康範、森田皓三、渡辺道子:CT を応用した
原体照射法の治療計画.日医放会誌.1980;40:
1076 ∼ 1082
4 ) 塩山善之:肺癌放射線治療における代謝画像、
機能画像の応用.映像情報.2007;39:1090 ∼
1095
5)
井良尋:イメージガイド放射線治療(IGRT)
と IMRT, ART.治療学.2005;39:1271
6 ) 隅田伊織:物理士から見た IGRT の現実と問題
点.映像情報.2007;39:1112 ∼ 1114
− 42 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
原 著
根拠に基づく感染対策の実際
― 感染対策の向上とコスト ―
衛生管理室 松井泰子、堀内智子、宮崎佳子、中村立子、島谷倫次、上野貴士、矢野邦夫
【要 旨】 県西部浜松医療センターの感染対策は「サーベイランスによって導き出された感染管理上必
要な対策を実施する」
「根拠に基づいた感染対策を実施する」
「常に病院経済を視野に入れ経
済効果を考慮した対策を実施する」の 3 つの視点に立って活動している。一連の感染管理活
動の中では様々な問題に直面するが、その中で最大の問題は「コスト」である。
「病院経済」
と「感染対策の質の向上」は表裏一体の関係があり、この課題を乗り越えなければ院内に感
染対策は導入できない。今回、当院において、どのようにこれらの問題を解決しながら感染
対策を推し進めたかについて報告する。
【キーワード】 サーベイランス、根拠、コストの再配分
はじめに 対象と方法
衛生管理室(以後ICTという)は、平成 5 年に院
ICTが導入した感染対策と、それにかかるコスト
長の直属で感染対策専門組織として設立された。役
を年度毎に集計し考察した。コストの試算は用度係
割は、「当院にいるすべてのひとを感染から守るこ
りがおこなった。
と」である。そのためにICTは、病院感染や、針刺
し・切創、結核など職業感染に関するサーベイラン
結 果
スを行い、得られたデータから、感染管理上必要な
対策案を感染対策委員会に提示する。提示に当たっ
平成 5 年度
―――――――――――――――――――――――
ては、科学的な根拠に基づいた対策でなければなら
①衛生管理室の設置
ないため、根拠をCDC(Centers for Disease Control
②病院感染症サーベイランスシステムとコンピュー
and Prevention:米国疾病管理予防センター)に求
タ入力システムの構築
めることとした。提示案が感染対策委員会で承認さ
③「しゅうとめ大作戦」の実施による「湿式清掃方
れれば病院の方針として院内に導入される。新たな
法から乾式清掃方法」への変更 対策の導入のための調整や教育もICTが中心となっ
―――――――――――――――――――――――
て行ない、その後、導入された対策の評価もサーベ
ICTを立ち上げ、最初に取り組んだ事業はサーベ
イランスで確認している。このような一連の感染管
イランスシステム(コンピュータ入力システム)の
理活動では、さまざまな困難をともなうが、最大の
構築である。最も有効的な感染対策を実践するため
障壁は「コスト」である。実際に感染対策の向上を
には、病院感染症サーベイランスを実施しなければ
目指すとコストの増加に繋がり、病院経済を圧迫さ
ならないからである。サーベイランスを行うことで
せてしまう。このコストの問題を解決しない限り新
感染発生状況が把握でき、具体的な感染対策に繋が
1)
たな感染対策は導入できない 。「感染対策の質の
り、かつ、実践した対策の評価が可能となる。サー
向上」と「コスト」は表裏一体でありこの 2 つを解
ベイランスの開始は、何より職員の理解と協力が必
決ながらICTが設立後15年間、どのように感染対策
要であり、そのための教育計画を立案した。また、
2)
を導入したかについて述べる 。
「サーベイランスの対象と実施期間」「感染の定義
− 43 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
と診断基準」「調査項目と収集方法」「データの解
この、全入院患者を対象とした細菌検査結果に基
析」「効果的なフィードバック」「コンピュータ入
づく病院感染症サーベイランスは、多くの時間と労
力システム」などの多くの問題を検討した3)。シス
力が必要であるが、病院全体で起きている感染症が
テムの構築は試行錯誤の連続であり、多くの時間を
把握でき、取り組むべき感染対策を導き出すことが
消耗した。
できる。また、集団発生を早期に察知し、迅速に対
この年の具体的な活動は、「しゅうとめ大作戦」
応ができる。このサーベイランスは現在も継続して
と銘打って病院内の清掃状況を調査したことであ
行っている。サーベイランスで何より重要なことは
る。調査には病院管理者、感染予防推進リーダーも
職員にデータをフィードバックすることである。
参加した。その結果、病棟や外来の床を従来の湿式
データは、職員の対策への動機づけや質の改善に向
の清掃方法から乾式の化学モップの清掃方法に切り
けた、モチベーションの向上に有効である。
替えることができた。切り替えの理由は、「湿式清
サーベイランスの目的は調査・監視ではなく、
掃に使用しているモップの清潔管理が困難である」
データを活用することで、職員のケアを変化させ、
「清掃後の湿った床による転倒の危険性がある」
向上させることである。この年はサーベイランスを
「床のワックスの剥離が起きている」ことであっ
開始したことだけであるが、当院の感染対策の大き
た。床の管理のポイントは、「乾燥させること」
な一歩であった。現在までに約6,700件の貴重な基礎
「床を汚さないこと」「埃や汚れを取り除くこと」
データを集積している。
「ワックスの剥離を予防すること」「メンテナンス
を定期的に行うこと」であり、日常清掃は化学モッ
平成 7 年度
―――――――――――――――――――――――
プで十分対応できることが判明した4)。実際、汚れ
①使用後器材の一次消毒の廃止
があってもピンポイントの拭き取りを行なうことで
各現場におけるグルタールアルデヒドなどを使用
対応できる。清掃方法が乾式方法に切り替わること
した一次消毒を廃止して、中央材料室でのウォッ
で転倒の危険性はなくなり、ワックスの剥離がなく
シャーディスインフェクターによる器材処理の開
なったため床の光沢も保たれるようなった。また、
始……………コスト試算不明
清掃がしやすいように床にコードや荷物を置かない
②感染症患者に使用したリネン類のホルマリン消毒
よう整理され、時にみられた汚れたおむつの床の直
か置きする行為が見られなくなった。
の中止……………コスト試算不明
―――――――――――――――――――――――
平成 6 年度
―――――――――――――――――――――――
①全入院患者の細菌検査結果に基づいた、病院感染
症サーベイランスの開始
この年は器材・リネン管理システムを見直した。
ウォシャーディスインフェクターが中央材料室に設
置されたと同時に、各部署で行なっていた使用後器
材の一次消毒を廃止した。各部署では各種の消毒薬
―――――――――――――――――――――――
を使って使用後器材を浸漬していたが、洗浄もしな
4 月から全入院患者を対象とした細菌検査結果に
いで消毒薬を使用しても消毒効果は期待できない。
基づく病院感染症サーベイランスを開始した 3)。
そこで各部署におけるこのような作業を中止して、
サーベイランスの実施に向け当初は、「感染が起き
中央材料室での器材管理の一元化による標準化が図
ていることを患者に知られたら問題だ」「報告書は
られた。また、リネン管理として、従来は感染症患
誰が書くのか」「これ以上、忙しくなるのか」「感
者に使用した基準寝具を特定のビニール袋に入れて
染が起きたら主治医の責任か」「自分たちのあら探
回収し、ホルマリンガス(マスクドホルム)による
しはして欲しくない」など多くの意見が出た。しか
高圧蒸気ガス消毒を行っていた。この方法は法定伝
し、意義を繰り返し説明することで、臨床検査技師
染病や芽胞を有する破傷風、ガス壊疽などに対する
をはじめ、医師、看護職員、薬剤師などの理解と協
消毒法であるが、対象が拡大され、伝播の危険性を
力が得られ、サーベイランスが開始できた。
無視できる病原性微生物に対しても行われていた。
− 44 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
ホルマリン溶液は、人体に対する刺激性が非常に強
表皮ブドウ球菌、枯草菌、グラム陰性桿菌が検出さ
く、一般消毒剤としては使用してはならないとされ
れ、マット使用の有無で環境の汚染状況に差は見ら
ている。以上のことから、不必要な消毒を行わない
れなかった。当時は感染対策として有効と考えられ
こと、同時に作業に携わる職員の健康を考慮し、6
ていた粘着マットを廃止するときにはこのような調
月20日から化学消毒剤を用いずに十分な消毒効果が
査が必要であった。この調査結果でようやくマット
得られる、90℃15分以上の時間と温度設定を実施し
が廃止でき、コストとマンパワーが削減できた。
伝染病病棟(現在の感染症病棟)で使用したリネン
の処理が開始された。他の部署における使用したリ
平成 9 年度
―――――――――――――――――――――――
ネンは、80℃10分の温水熱水による洗濯が可能とな
①感染隔離予防策の導入(標準予防策・感染経路別
予防策の導入とマニュアル作成)
り、すべてのリネンは使用後分別することなく適切
4)
に安全に処理ができるようになった 。
②救命救急センターのガウン廃止………………
コスト試算不可能 平成 8 年度
3,974,104円 削減
―――――――――――――――――――――――
③スリッパ廃止(全病棟・血管造影室・透析室)
①完全閉鎖式導尿システムの導入(親水性コーティ
…………………………コスト試算不可能 ング) ……………………………−1,127,388円
④EPINetの導入と針刺しサーベイランスの実施 現状(昨年実績の材料費+滅菌工程)と 閉鎖式
―――――――――――――――――――――――
システムの比較
CDCは平成 8 年にあらゆる感染性病原体に対する
②粘着マット廃止 …………………−2,846,716円
感染予防のための明確な基準を提示した。それが標
(前年度使用実績)
準予防策(Standard Precaution)であり、感染対策
―――――――――――――――――――――――
−3,974,104円
の基本となる大変重要な予防策である。標準予防策
当院のサーベイランスから、病院感染での尿路感
させるために、「全患者のケア」に使用される対策
染が占める割合が41%と一番高いことが分かったた
である。この対策は感染症の病態を基に、空気・飛
め、尿路感染対策を講ずる必要が明らかとなった。
沫・接触の感染経路別の隔離基準との組み合わせに
そこで従来の開放型尿道カテーテシステムを、感染
よって実施される。当院ではかねてより理論的な整
を減少させることができるといわれている完全閉鎖
合性を持った感染対策の必要性を痛感していたた
4)
は、血液とその他の病原体による感染リスクを減少
式導尿システムに切り替えた 。従来のシステムは
め、この年 7 月にこの隔離基準をマニュアル作成す
処置までに多くの物品(シリンジ・蒸留水・カテー
るとともに現場に導入した。
テル・コネクティングチューブ・尿バック・滅菌手
スリッパについては感染対策に無効であることが
袋・処置用シーツなど)が必要であった。しかし閉鎖
知られているのでスリッパの廃止を提案した4)。今
式システムはこれらの物品が 1 つにパック化されて
までは、MRSA感染対策の隔離時にガウンとスリッ
いるため、準備・無菌操作が容易であり、コスト比
パを使用していたが、そのスリッパは容易に廃止が
較でも有利であった。
できた。救命救急センターのスリッパの廃止も提案
完全閉鎖式導尿システムを導入した 4 年間の尿路
したが、根強い反対に遭い廃止までにはいたらな
感染率は、平均35%であり、器材導入による感染予
かった。しかし、救命救急センター入室時にルチー
防効果を認めた。
ンに使用していたガウンは廃止できた。
また、この年に粘着マットを廃止した。粘着マッ
また、当時医療現場は、医療従事者を職業感染の
トを敷いていても靴や車輪の細菌数は減らないし、
危険性から守るために、針の扱いをめぐって様々な
感染の発生に影響はない4)。むしろ、粘着マットの
変化が起き、「医療従事者の安全を確保する活動義
前後、マットの辺縁、マットを使用していない床、
務がある」とする考え方が導入されつつあった5)。
処置台の車輪などの拭い取り調査で、どの箇所にも
そこで当院では合理的な職業感染予防を目指して、
− 45 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
従来のシステムを見直すとともに、EPINet( EPINet
平成 9 年度から引き続き救命救急センターのス
: Exposure Prevention Information Network )を用
リッパ廃止の話し合いを繰り返し行ない、理解が得
いた血液・体液曝露サーベイランスを開始した。こ
られた 6 月に一気に廃止した。そのためスリッパの
れは針刺しなどによる経皮的な曝露、および飛沫、
購入費が不要になった。スリッパ廃止による感染率
直接接触による経粘膜的な曝露を予防するための
の増加は見られなかった。また、感染率の低下にと
サーベイランスシステムである。EPINetは、血液・
もない在院日数が短縮した(図 1 )。
体液に曝露した医療従事者自身が報告するための
ICTが設置されて 5 年が経過してようやく職員の
フォームと、損傷原因を把握して適切な予防対策を
感染予防に着手できるようになった。10月に安全器
導きだすための入力・解析ソフトによって構成され
材(翼状針と留置針)とニードルレス閉鎖式輸液回
ている。
路(インターリンクシステム○R )を導入した。当初は
平成10年度
3,401,240円 削減 ―――――――――――――――――――――――
これらの導入によるコスト増を予想していたが、実
際は三方活栓と輸液フィルターの廃止によってコス
①スリッパ廃止(ICU・CCU) ……−100,000円
ト削減となった。この対策は、CDCが感染対策とし
②安全装置付き器材(静脈留置針)の導入
て輸液ラインにフィルターをルチーン使用しないよ
う勧告したことと、三方活栓は血管アクセスカテー
………………………………… +1,328,996円
テルや輸液への病原体の侵入口であり、三方活栓の
③安全装置付き器材(翼状針)の導入
汚染は 1 個につき45∼50%で生じているという報告
……………………………………+433,350円
をうけて導入した。また、このシステムは、金属針
④ニードルレス閉鎖式輸液回路システムの導入
を使用しないニードルレスプラスチック針であるた
…………………………………+6,335,654円
⑤三方活栓廃止(輸液用) ………−1,980,720円
め、職員の針刺し発生予防にも効果的である 6)。
⑥輸液フィルター廃止 ……………−9,578,520円
また、空気予防策で使用するN95濾過マスクの採
⑦N95 濾過マスク導入………………+160,000円
用、職員のツベルクリン反応検査の開始とインフル
⑧職員のインフルエンザワクチン接種とツベルクリ
エンザワクチン接種も開始し、職業感染対策が前進
した。
ン反応検査開始……………福利厚生 ―――――――――――――――――――――――
−3,401,240円
図1 救命救急センターにおけるスリッパ廃止後の感染率の推移
− 46 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
平成11年度
10,235,924円 削減
―――――――――――――――――――――――
④ガーゼカストと鑷子立ての廃止による、
ガーゼ・鑷子の単包化 ……………−1,645,852円
①プラスチック手袋の見通し……−10,235,924円
現状システムと新システムとのコスト比 メーカーが 6 社、種類が10種類であった。
1 )現状のシステム(綿ガーゼ) …7,837,200円
その内の未滅菌プラスチック手袋を見直した。
2 )新システム ………………………6,191,348円
②抗菌薬の整理と選択
・不織布の採用(手術室を除く使用実績)
注射薬および経口抗菌薬の品目数を63種83規格
……………4,623,948円
から40種50規格に削減した
・ガーゼのパック代金
③抗菌薬適正使用マニュアルの作成
―――――――――――――――――――――――
−10,235,924円
……………1,567,400円
―――――――――――――――――――――――
−1,645,852円
この年は骨髄移植病室と透析室の感染対策が大き
診療材料委員会から、診療現場で用いる手袋にか
く進化した。まず、骨髄移植病室であるが、使用し
かる費用が年々増額しているとの報告を受けた。そ
ていたガウンとスリッパを撤廃した。今までは骨髄
こで、手袋の適正使用にむけて見直しを図った。平
移植患者を移植病室に入室させ、過剰な感染対策を
成10年度の使用実績は枚数が87.5万枚、金額が1,818
実施していた。しかし、ガウンとスリッパは感染対
万円、メーカーは 6 社、種類が10種類であった。10
策としては根拠がなく、むしろ手洗いの徹底と、必
種類もの製品の中には左右、サイズ別に多種類を揃
要に応じた LAF(laminar air flow:層流)の使用が重
えたものもあった。使い勝手の良さも必要である
このような科学的な感染経路の遮断を職
要である7)。
が、効率的な物品管理面から見直しが必要であっ
員が理解すると感染予防意識が高まり感染対策が進
た。
化する。病院食も加熱食から免疫食に変更し、消毒
特にプラスチック手袋で未滅菌の使用量が多く、
処理ができる食材であれば生野菜の提供も可能にな
1,305万円の費用を要した。購入単価によっては大幅
り、質の高い満足のいく食事の提供ができるように
なコストの削減が可能な品種であると判断した。各
なった。もちろん感染の増加はなく、入室している
メーカーの製品と見積もりを入手し、サンプル使用
患者にとっても隔離されているという心理状態か
を行い、低価格製品に買い替えたところ大幅なコス
ら、家族や職員が近くにいるという精神的な安心感
トダウンとなった。
が得られる治療環境の提供ができるようになった。
また、この年は抗菌薬の適正使用を試みた。最初
そして、透析室の感染対策の充実であるが、CDC
に行なったのは抗菌薬品目の削減である。結果、注
ガイドラインに基づいて行った。特に、HBV対策を
射薬および経口抗菌薬の品目数を63種83規格から40
強化した。具体的には透析患者に対する「HBVワク
種50規格に削減した。その後に抗菌薬適正使用マ
チン接種」と「HBV感染者、HBs抗体陽性患者、
ニュアルを各科の医師たちに担当してもらい作成し
HBs抗原・抗体陰性者のベットの指定」などである
た。このことで、病院全体における抗菌薬の適正使
8)
用に対する機運が高まった。
止して、滅菌済みの単包鑷子と滅菌済みパックガー
平成12年度
1,645,852円 削減
―――――――――――――――――――― ―――
。また、この年は、ガーゼカストと鑷子立ても廃
ゼを導入した。これはガーゼカストを何回も開け閉
めすることでカスト内のガーゼや、何回も出し入れ
①免疫不全患者用への「免疫食」の開始
して使用する鑷子の汚染を避けるためである。ガー
②ガウン・スリッパ廃止(骨髄移植病室)………
ゼカストを廃止してパック化にするために、現場の
ニーズで、現在使用しているガーゼ枚数( 2 枚・5
……再利用のためコスト試算は不可能
③透析室の感染対策の充実
枚・10枚・30枚・カットガーゼ)を確認して、過不
(患者配置の見直し・ゴーグル・ビニルエプロンの
足がないように調整した。コストは従来と新システ
使用・全患者へのHBVワクチン接種) ムでは、綿ガーゼを不織布ガーゼに切り替えたた
− 47 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
め、大幅なコスト削減となり、それを鑷子と不織布
間調整も不要になった。
のパック代金に振り分けても、コスト削減であっ
この年にヘパリン生食ロックを廃止した。ヘパリ
た。なお、不織布ガーゼについては、従来ガーゼと
ンを使用しないで生理食塩水のみを用いて末梢や中
吸水性、脱落繊維量、サイズ規格とも遜色がないこ
心静脈カテーテル内腔を陽圧にしてロックするとい
とをサンプル使用し確認したため、手術室を除く全
うテクニックである。これは、ヘパリンを使用して
部署に導入した。
もしなくても静脈カテーテル閉塞の危険性に差はな
平成13年度
2,586,492円 削減
―――――――――――――――――――――――
く、むしろヘパリンによってコアグラーゼ陰性ブド
ウ球菌が繁殖するというマイナス点があるという報
①万能瓶廃止・滅菌済み単包のポビドンヨード消毒
告を受けての導入である9)。方法は全職員に向けて
薬の導入 …………………………−2,586,492円
生食陽圧ロックの意義を説明し、その後、看護師全
現状のシステム(綿球+滅菌袋+消毒薬の年間
員を対象にロックの手技習得の学習会を行った。ま
保険請求)−単包のポビドンヨード消毒薬
た、一病棟を教育病棟と定め、実際の手技を各部署
②ヘパリン生食ロックを廃止し、生食ロックの導入
………………………コスト試算不明
の推進リーダーに行い、推進リーダーが各部署で教
育した。当初はカテーテルの閉塞が起こるのではな
③酸素のバブル式加湿器使用患者における感染対策
いかと心配したが、導入後の調査結果で閉鎖率が軽
の見直し ………………………コスト試算不明
減していることを確認した。ヘパリン生食ロック
4 L未満の酸素投与では加湿しない。
205人での閉塞が18件(8.8%)、生食ロック導入後
―――――――――――――――――――――――
−2,586,492円
2 週間の時点では179人中、閉塞が11件(6.1%)、
昨年度に引き続き、単包化を推進し、万能瓶を使
であり、閉塞率の増加がないことを確認して、生食
用した消毒薬の使用を廃止し、滅菌済み単包のポビ
ロックで十分対応できることがわかった10)。この対
ドンヨード消毒薬を導入した。これは従来の消毒用
策では、ヘパリンに要した費用ばかりでなく、ヘパ
綿球を万能瓶から繰り返し取り出すことによる、汚
リン生食作製のための看護師の準備などマンパワー
染の可能性のある処置をなくすこと、また、万能瓶
も削減できた11)。
や材料などの滅菌作業の省力化、薬剤の使い残しを
また、酸素の吸入療法におけるバブル式加湿器の
なくすなど経済的効率を図るためである。コスト試
感染対策も強化した。酸素吸入時の加湿は患者の気
算によって、従来システムの万能瓶の定期交換時に
道の乾燥を防ぐことを目的としており、滅菌蒸留水
廃棄する消毒薬と、万能瓶の洗浄・滅菌コストも無
を使用していた。しかし、この蒸留水の管理が不十
視できない金額であることがわかり、安全・確実
分であるとグラム陰性菌に汚染されてしまい、感染
で、かつコスト削減に繋がる新システムが採用され
を引き起こす可能性がある。米国感染管理・疫学専
た。今までは、新規に購入する材料費にばかり目が
門家協会(APIC:Association for Professionals in In-
奪われがちであったが、きめ細かいコスト試算を行
fection Control and Epidemiology)は4L未満の酸
い、従来の方法が予想以上にコストがかかっていた
素投与では加湿の必要がないと勧告している12)。当
ことがわかった。導入は外来室11箇所に滅菌済み単
院もその勧告に従い呼吸器内科の医師に相談し、 4
包のポビドンヨード消毒薬を配置して全科で使用し
L未満の酸素投与では加湿をしないこととした。加
た後、全部署に配布し全面的に切り替えた。当院で
湿をやめても患者や主治医から乾燥したとの苦情は
は、創傷の消毒処置に使用する材料がすべてパック
ない。
6 ヵ月後の時点では199人中、閉塞が12人(6.0%)
化になり、使用されていたカートの上にスペースが
とれ滅菌器材の清潔使用が容易になった。また、
平成14年度
カートを使用しなくても処置が必要な時に提供でき
1,194,286円増/531,914円減(翌年)
るため、今までのようにカート待ちによる処置の時
※今年度は空気感染隔離室の設置によるコスト
− 48 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
増加であるが、次年度から削減となる
る」とか、「アルコールの臭いが強い」などの意見
―――――――――――――――――――――――
が出たが、不確実な管理方法から確実で安全な管理
①単包アルコール消毒綿の導入 − 2,492,320 円
に切り替え、一週間もすると「もう元には戻りたく
現状のシステム(注射用に使用するカット綿+消
ない」という意見になった。
毒エタノール)−単包アルコール
また、昨年度の針刺し発生原因器材で一番多かっ
②安全装置付き血糖測定用穿刺針の導入
た血糖測定用穿刺針を、安全装置付き穿刺針に切り
…………………………………………増減なし
替えたが、コストの増減はなかった。器材を切り替
③ 1 館 9 階病棟に HEPA 空気清浄機の設置
えた後の針刺しは一件も発生していない。この器材
……………………………………+ 1,726,200 円
は針と本体の一体型のディスポ製品であるため、職
④ゲル状アルコール手指消毒薬の導入
員の針刺し予防だけでなく、患者間の交差感染予防
……………………………………+ 2,475,360 円
も可能である。
⑤手術室のスリッパ廃止
空気予防策用として 1 号館 9 階病棟(呼吸器病
⑥中心静脈カテーテル関連感染予防として、マキシ
棟)に空気感染隔離室を設置した。これは平成12年
マルバリアプリコーションの実施
度の結核患者の診療件数が40件であり、このうち20
⑦輸液(IVH・末梢)挿入部固定用滅菌ドレープの
件が入院精査を必要としており、今後も患者が増加
変更 ………………………………− 166,826 円
傾向であることが予想されたためである。そこで病
⑧ビニールエプロンの変更 ………− 198,400 円
室が陰圧に設定され、室内空気の換気、高性能の濾
⑨ディスポーザブル手袋の変更
過装置が整備された空気感染隔離室が必要となった
………………………………………− 100,000 円
(この年は空気感染隔離室の工事費用が必要であっ
⑩完全閉鎖式導尿システムの変更(シルバー/親水
たが、次年度からはこの経費は不要になる)。
性コーティング) …………………− 49,728 円
平成14年度の最大の変革は、CDCが日常の手指衛
―――――――――――――――――――――――
+ 1,194,286 円
生を流水と石鹸によるものからアルコール手指消毒
平成14年度は数多くの感染対策に取り組んだ。ま
13)
ず、従来のアルコール消毒の作り置きを廃止して、
ル手指消毒薬のサンプル使用を 3 病棟で行い手指
滅菌済み単包アルコールの導入をおこなった。従来
消毒回数とともに使用感を調査した。その結果では
当院ではプラスチック容器にカット綿を入れて、消
手指消毒回数が1.7倍増加し、かつ手荒れがなく、業
毒薬をつぎ込む方法でアルコール綿を作っていた。
務中のさまざまな場面で頻回に手洗いができるとの
この作り置きのアルコール綿を何人もの職員が蓋を
良好な結果がでた。経費は増加するが手指消毒の遵
開けて取り出して使用していた。「職員の手指に微
守率の向上が予想されたため、導入を決定した。導
生物が付着していたらアルコール綿は汚染してしま
入後の病院感染発生率は「31%の減少」をみとめた
う」また、「頻回に蓋を開け閉めすることでアル
(図 2 )。
コール消毒濃度の60∼90%を維持できない」と考
さらに手術室のスリッパも廃止した。スリッパは
え、単包の滅菌済みアルコール綿の導入に踏み切っ
感染対策として有効でない4)ばかりか、メスや針な
た。コスト試算は、年間の注射針、採血針、翼状
どの鋭利物や、血液・体液が落下したとき職員の足
針、静脈留置針の使用実績数を単包アルコール綿の
を守れない。長年わが国では当たり前に使用してき
使用数と推定して試算した。コスト高を心配したが
た手術室のスリッパの廃止は、7月から取り掛かっ
実際は大幅なコスト削減であった。従来システムで
てさまざまな論争が続き、5ヵ月後の12月第1月曜
は、必要量の 5 倍の使用、また、定期的交換時の消
日に廃止となった。スリッパを廃止しても手術部位
毒薬と綿の廃棄がコスト高に繋がっていたと考え
感染は増えなかったし、一足制の入室による手術室
る。導入当初は「いちいち破って使うのは面倒であ
の床の汚染も見られなかった。むしろ、スリッパの
に切り替えたガイドラインを発信したことに始まる
。当院でもこのガイドラインに基づき、アルコー
− 49 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
図2 アルコール手指消毒薬導入後の感染率推移
廃止によるメリットが確認された。従来では患者の
は、一足制で、入室時間が 7 分、麻酔開始時間が 5
受け入れは、手術室入り口の 2 箇所のハッチウェイ
分と早くなった(図 3 )。患者の苦痛の除去、定刻
を使用して病棟の看護師から手術室の看護師に引き
の患者入室による業務改善、何より患者取り違いが
継がれて、その後各手術室に向かうというもので
なくなり患者安全の視点からも評価できる11)。
あった。そのため同時刻に何人もの患者を受け入れ
中心静脈カテーテル関連感染予防として、カテー
るときには待ち時間が発生し、また、移動による患
テル挿入時にマキシマルバリアプリコーション
者の苦痛、患者の取り違いの危険性も存在してい
(maximal barrier precaution:以後MBPという)を
た。しかし廃止後は、歩行・車いす・ストレッチャー
実施することで、感染率が大幅に低減できることは
を問わず患者は病棟の看護師とともに各手術室に入
知られている6)。当院も挿入時にMBPを実施するこ
室するため、待ち時間や移動時の苦痛、患者の取り
ととした。導入当初には医師から「そんなことして
違いは発生しない。実際にスリッパ使用と一足制に
いるうちに処置は終わってしまう」「時間がない」
おける午前 9 時着の予定手術の患者入室時間調査で
「面倒である」などの意見が出た。しかし、医師と
図3 午前 9 時着の予定手術における、手術室入室時間の変化
− 50 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
の話し合いで実施となった。時間については挿入部
②SARSマニュアル・感染症病棟整備
位を皮膚消毒し、消毒薬が乾燥する間にガウンテク
③N-95マスクの変更 ………………………増減なし
ニックをおこなえば時間を有効活用できる。挿入の
④飛沫予防策用ゴーグルの導入…… +12,873円
指示がでたら看護師はMBPセットを準備する。実施
⑤単包消毒用エタノール含浸綿の変更
時にはMBPの実施あるいは未実施を看護記録に記載
…………………………………… −1,240,668円
することとした11)。MBPの実施率は97%である。
⑥呼吸器回路の定期的交換と、閉鎖式吸引カテーテ
また、尿路感染対策も強化した。完全閉鎖式導尿
ルの定期的交換の見直し………… −163,170円
システムの親水性コーティングから、より感染予防
⑦手指消毒用滅菌水を上水道へ切り替え
効果があるといわれている、シルバー/親水性コー
……………………………………… +833,575円
ティングシステムに変更した。このことでコスト削
(手術室・周産期センター・救命救急センー
減にも繋がった。サーベイランスでは、従来のシス
・放射線科・ 2 号館 9 階病棟)
テムに比べ新システムは、尿路感染発生率を51.6%
減少させた。1 週間以内の尿路感染発生では84.6%
1 )メンテナンス代金 ……… −2,551,800円
と大幅な減少を確認した(図 4 )。当院の尿道留置
2 )RO膜交換 …………… −2,240,000円/年
カテーテルの平均挿入日数は6.4日、中央値が 3 日で
(−5,600,000円/2.5年)
あり今後も挿入期間を 1 週間以内に抑えることで、尿
3 )給湯・給水配管/RO装置および手洗い装
14)
路感染発生を大幅に減少できることがわかった
。
置改造/ベッド洗浄機改造…+5,625,375円
その他の活動として、すでに導入されている製品
の見直しと変更を行ないコストの削減ができた。用
度係りと連携をもちながら、頻回の見直しが重要で
⑧透析用RO水製造装置購入(個人用)
あることがわかった。
…………………………………… +1,291,500円
平成15年度 734,110円増/1,390,965円減(翌年)
※滅菌水の廃止による設備の改造と、透析用
RO水製造装置購入によりコスト増であるが、
次年度から削減となる。 ―――――――――――――――――――――――
①スリッパ・ガウンの廃止(NICU)
―――――――――――――――――――――――――
+734,110円
喀痰吸引や気管支鏡検査、汚物の処理、嗽咳の激
しい患者の処置時の飛沫予防策として、また、抗癌
剤作成時の薬液曝露対策としてゴーグルを導入した
ところコストが増加した。
……………………………………コスト試算不明
図4 完全閉鎖式導尿システムの親水性と、シルバー/親水性コーティングにおける、
尿路カテーテル関連感染(CR-UTI)の比較
− 51 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
また、従来実施していた人工呼吸器回路の 1 週間
に 1 回の定期交換を廃止した。これは、CDCガイド
平成16年度
9,413,244円 削減
――――――――――――――――――――――――
ラインの「呼吸器回路は使用期間を根拠に定期的に
①患者が口にする氷の安全管理
交換しない。回路は肉眼的に汚れるか、機械的に不
15)
調な場合に交換する」という勧告
に基づいたもの
……………………………… コスト試算不明
②中央材料室での単包不織布の作製と滅菌を廃止
である。閉鎖式吸引カテーテルは、1 週間に 2 回の
し、単包滅菌済み綿ガーゼ導入
交換を、1 週間に 1 回に変更した。実際に回路の定
…………………………………… −999,237円
期的な交換を中止してもほとんどの患者の回路の汚
前年度システム(不織布+パック代金)と新製品
れはみられないし、人工呼吸関連肺炎の増加もな
1)
く、コスト削減も可能であった 。
の比
③ディスポ未滅菌手袋製品の変更
平成16年 3 月には手術前の手洗い方法を見直し、
アルコール中心の手術前手指消毒方法を導入した。
………………………………… −1,258,068円
④安全装置付き血ガスキットの導入
これは、CDCのガイドラインの「ブラッシングによ
る過度な刺激によって皮膚に多くの細かな傷がで
…………………………………… −72,608円
⑤中央材料室での単包の金属鑷子のパック化と滅菌
き、それが菌の温床になりうる」という記述に基づ
を廃止し、単包滅菌済みディスポ鑷子の導入
いたものである。従来はブラシを使って10∼15分間
…………………………………… −612,063円
の手指消毒を行ってきたが、変更後は、非抗菌性石
前年度システム(金属鑷子の洗浄・滅菌工程・
鹸でブラシは爪下のみに使用し、手および前腕を
パック代金)と新製品の比
洗って完全に乾かし、その後アルコールを擦り込む
⑥サージカルマスクの変更と、現状の採用している
4)
(ラビング法)こととした 。全過程は 4 分間であ
る。仕上げがアルコールのため滅菌水が必要な状況
数種類のマスク製品の廃止 …… −761,898円
⑦酸素吸入用閉鎖式システム導入
はなくなり、水道水に切り替えた。変更後の安全性
…………………………………… +105,936円
の確認として、手洗い後の手指の細菌検査をおこ
前年度システムの滅菌蒸留水使用量と新製品との
なったが、菌の検出率は増加しなかった。また、手
比
洗い場の水道水の残留塩素測定を週 2 回行い、水道
⑧ビニールエプロンの変更 ……… −41,410円
法基準では0.1ppm以上のところ、平均0.2∼0.3ppm
⑨ゴージョーMHS手指消毒薬のコストの見直し
の結果であった。また、細菌培養検査を月に 1 回行
…………………………………… −476,532円
い 1 週間の増菌培養検査で検出コロニーは 0 であ
⑩新針廃棄容器(シャープセーフ 3 L・5 L)の新規
り、大腸菌などの検出はない11)。そして手術部位感
導入 …………………………… +1,346,112円
染症の増加もなかった。この手洗い方法の変更 5 ヶ
⑪空気感染予防対策の強化として、2 号館 8 階病棟
月後の手術室職員アンケート結果では、手荒れは71
(851号室)と 3 号館 8 階病棟(888B)にHEPA
%の職員が「ない」と答え、心配した手洗い場のア
空気清浄機移設(各1台)工事費
ルコール臭についてはすべての職員が気にならない
…………………………………… +600,000円
ということであった。他の部署で使用していた滅菌
⑫輸液セット(15滴・60滴)DEHP可塑剤フリー素
水も廃止したが感染は増えなかった。救命救急セン
材に切り替え・・・・・・−7,243,476円
ターにおける滅菌水の廃止に関連して、救命救急セ
ンターで透析ができなくなったため、移動型の透析
1 )15滴輸液セット………… 6,687,024円削減
用RO水製造装置(個人用)の購入が必要となった。
2 )60滴輸液セット…………… 556,452円削減
しかし次年度からはこの経費は不要となるばかり
――――――――――――――――――――――――
−9,413,244円
か、災害時など緊急透析用に使用が可能となった。
ディスポ未滅菌手袋製品、ビニールエプロン製品
− 52 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
の変更、そして、数種類ある飛沫予防用マスクを一
かった。今後もこの傾向が増加することが予想され
社のサージカルマスクに変更したところコストが削
たため、2 号館8階病棟(851号室)と 3 号館 8 階病
減された。また、ゴージョーMHS手指消毒薬の納入
棟(888B)にも陰圧室を設置した。設置関連の工事
価の見直し、安全装置付き血ガスキットを導入して
費が必要であったが、この経費は次年度からは不要
もコストが削減した。単包滅菌済み綿ガーゼとディ
となる。
スポ鑷子の導入でコストが削減したばかりでなく、
輸液セットについては、DEHP可塑剤フリー素材
中央材料室における単包化の作製にかかるパック代
に切り替えても、大幅なコスト削減であることがわ
金とマンパワーも削減した。
かり、患者に有益なDEHP可塑剤フリー素材の製品
平成16年度は水の管理に関する感染対策を強化し
に切り替えた。
た。まず、患者が口にする氷の管理では、毎日新し
い清潔な容器で氷を作製し、管理された安全な氷を
平成17年度
813,554円 削減
――――――――――――――――――――――――
提供することとした11)。また、管理が難しい開放型
①「感染対策に必ず役立つエビデンス集 県西部浜
のバブル式加湿型の酸素吸入システムを廃止して、
松医療センターにおけるCDCガイドラインの実
閉鎖式一体型の酸素吸入システムを導入した。従来
践」メディカ出版より出版 のシステムでは滅菌蒸留水を加湿用に使用し、残っ
②職員の流行性ウイルス疾患(水痘・麻疹・ムンプ
ていても 1 日で蒸留水を破棄する。また、蒸留水を
ス・風疹)の抗体価測定と、ワクチン接種
入れる受水器セットは毎日新しいものに交換する。
③抗菌薬使用前の皮内反応試験廃止
回収した受水器は洗浄して次亜塩素酸ナトリウムで
④手術用滅菌手袋変更とラテックスフリー・インジ
消毒、附属のフィルター付き金属は洗浄して、アル
ケーターアンダーグローブの採用
コール消毒後に乾燥が必要であるため、現場ではこ
れらの処理に多くのマンパワーが必要であった。新
…………………………………… −700,994円
⑤気管支鏡検査室にHEPA空気清浄機移設
システムの導入時のコスト試算は、加湿用の滅菌蒸
……………………………………… 工事費不要
留水の使用実績と、加湿が必要な酸素 4 L以上使用
⑥新規針廃棄容器とフット式鋭利器材廃棄容器の導入
している患者数を調査し、年間滅菌蒸留水使用経費
のみと、新システムのコストの比較をおこなった。
…………………………………… −112,560円
⑦ディスポタイプ真空採血管ホルダーの導入
この試算方法では、新システムを導入すればコスト
………………………………… コスト試算不明
の増額が予想された。しかし、毎日残る蒸留水の破
⑧トリインフルエンザ対応マニュアル作成とシミュ
棄と、受水器および付属品の処理などにかかる消毒
薬の経費とマンパワーの削減、なにより安全な酸素
療法を提供できることから新システムを導入した。
レーションの実施
―――――――――――――――――――――――――
−813,554円
職員のリキャップ時の針刺し予防の目的で、針廃
当院で取り組んだ感染対策の実践を現場のスタッ
棄容器( 3 L・5 L)を導入したがコストは増額して
フに執筆依頼し、メディカ出版から、「感染対策に
しまった。しかし、廃棄容器の導入前(平成15年
必ず役立つエビデンス集 県西部浜松医療センター
度)の針刺しの発生数58件中リキャップ時の針刺し
におけるCDCガイドラインの実践」が出版された。
16件(28%)が、導入後(平成16年度)は、針刺し
出版によって、執筆した職員だけでなく、周囲の職
発生数50件中リキャップ時が 8 件(16%)と、43%
員も含めて感染対策に関する認識が深まった。ま
と大幅な減少を確認した。
た、出版したと同時に、全国の感染管理担当者から
空気感染隔離室が 1 号館 9 階病棟(呼吸器病棟)
の問い合わせや視察の依頼が増え、出版したことの
の 1 箇所のみだったため、昨年度は結核疑いも含め
意義を感じた。
て43件中の15件が空気感染隔離室に収容できなかっ
この年は、職員の流行性ウイルス疾患(水痘・麻
た。本年度の 4 ∼ 5 月は11件中の 1 件が収容できな
疹・ムンプス・風疹)対策を強化した。具体的には
− 53 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
希望職員に対する抗体価測定と、ワクチン接種であ
容器では、従来は手による開閉式のものであった
る。これらの疾患は感染力が強く、一度職員に集団
が、職員の針刺し予防のために、フット式のものを
発生を起こすと、その伝播の予防は非常に困難であ
導入した。フット式タイプの金属付属器具に経費が
る。しかし、職員がワクチン接種を行ない、抗体を
必要であったが、廃棄容器を変更することで、コス
獲得すれば伝播はおきない。職員へのワクチン接種
ト削減となった。
は「職員を感染から守り、そして感染源にならな
平成17年 1 月 4 日の厚生労働省通知文により滅菌
い」「集団感染による病院機能の低下や混乱を避け
済み真空採血管と単回使用採血ホルダーの使用の通
る」ために極めて有効な手段である。費用について
知を受け、滅菌済み真空採血管に切り替えたと同時
は、病院で設定したワクチン抗体価検査代金と、ワ
に、単回使用採血ホルダーの導入を計画した。導入
クチン接種は納入価代金を自己負担とした。ただ
に当たっては臨床検査室で 3 社のサンプルを使用し
し、初診料、手技料は査収しない。ワクチンスケ
て、そのうち 1 社を選択して 7 月から単回使用の採
ジュールは衛生管理室で計画し、実施、事務連絡、
血ホルダーの導入となった。コストは従来品に比べ
経費の査収、データ管理は総務課人事係が行なっ
単価が 1 / 4 であるが、従来型では使用後、洗浄と
た。この対策を導入したことで、患者発生時におけ
消毒処理を行なって再使用していたため、今回の単
る職員に対する緊急ワクチン接種や抗体価検査、就
回使用システムとの試算は不明である。
業制限などの曝露対策が不要になった。
トリインフルエンザ対応マニュアル作成とシミュ
抗菌薬使用前の皮内反応試験の廃止では、昨年 8
レーションの実施は、インドネシア、中国、エジプ
月の日本化学療法学会から「抗菌薬の皮内反応試験
トなどで人への感染の報告があり対応した。職員が
を中止して、抗菌薬投与前のアレルギー歴などにつ
慌てないで適切な対応ができるように、数回にわた
いての問診を徹底し、投与開始後20∼30分間は患者
り全職員教育と、医師・看護師・事務員に対してシ
の観察とショックの発現に対する備えをすべきとす
ミュレーションをおこなった。
る提言」があった。また、9 月に厚生労働省は製薬
企業に対して、提言に沿った形で抗菌薬の添付文書
平成18年度
2,552,376円 削減
―――――――――――――――――――――――――
改訂を指示したことから、医療安全推進室、薬剤科と
①エビデンスに基づいた抗菌薬適正使用マニュアル
協働で皮内試験廃止とその後のシステムを構築した。
県西部浜松医療センターはこうする 手術用滅菌手袋の変更とラテックスフリー・イン
メディカ出版より出版
ジケーターアンダーグローブの採用では、天然ゴム
②感染管理認定看護師実習病院指名
にアレルギーのある医療従事者が急増し、欧米では
(神奈川県立保健福祉大学実践教育センター実践教
約10%が罹患しているとの情報があった。そこで、
育部高度専門教育感染管理認定看護師教育課程)
天然ゴムにアレルギーのある患者と職員に合成ゴム
③個人用の血糖採血用穿刺器具を針周囲ディスポタイ
を素材にした、ラテックスフリーの手術用滅菌手袋
プに変更
への変更と、ピンホールが容易に確認できるインジ
………………………………………… 増減なし
ケーターアンダーグローブを採用した。この対策の
④マキシマルバリアプリコーションセットの導入
導入はコストの削減につながり、かつ、患者と職員
……………………………………… −31,143円
の安全と、職員の針刺し・血液汚染による感染予防
⑤成人用と小児用サージカルマスクの変更
に寄与できる。
…………………………………… −317,864円
気管支鏡検査室におけるHEPA空気清浄機の設置
⑥アイソレーションガウンの変更 … −11,970円
では、気管支鏡検査室は結核の感染を最も受けやす
⑦酸素用カニューラの変更 ………… −65,520円
い5)と統計的にも証明されており、清浄器を移設す
⑧バンコマイシン内服からフラジール内服への切り
ることが決定された。この工事費は不要であった。
替え……………………………… −2,125,879円
新規針廃棄容器の変更と、設置型の鋭利器材廃棄
⑨トリインフルエンザシミュレーション
− 54 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
⑩インフルエンザマニュアルの改訂
導入で準備と滅菌物の展開が容易となり、コストも
⑪衛生管理室レターの開始
削減した。また、感染対策で導入済みの器材の中
⑫アスペルギルス対策の強化
で、同じ機能を持つ製品の変更をおこなうことでも
⑬CCUサニタリー室でのグラム染色の開始
コストが削減された。
―――――――――――――――――――――――――
−2,552,376円
この年に大幅なコストの削減となった対策のひと
平成11年に抗菌薬適正使用マニュアルを作成して
していたバンコマイシン内服の見直しがある。クロ
いたが、感染症治療についての新しい知見の蓄積に
ストリジウム・ディフィシレは入院患者に最も多く
より、改訂の必要に迫られていた。そのため、改訂
みられる下痢の原因病原体であり、集団感染となり
2 版についてはCDCがガイドラインを作成するため
うる重要な感染症である。従来の治療はバンコマイ
の手順に準じて作成することとなった。第 1 版の抗
シン内服であったが、メトロニダゾール内服で同様
菌薬適正使用マニュアルは既に全国の医療施設から
の治療効果があること、また、バンコマイシンの不
郵送依頼があったため、第 2 版については出版する
適切使用による耐性菌の出現を予防するために、治
こととした(「エビデンスに基づいた抗菌薬適正使
療薬を変更した16)。このことで大幅なコストの削減
用マニュアル 県西部浜松医療センターはこうす
となった。
る」メディカ出版)。平成16年 5 月より抗菌薬勉強
平成18年度も、トリインフルエンザシミュレー
会を毎月第 1 ∼ 3 水曜日午後 5 時30分から開催し、
ションを実施し、マニュアルの改訂も行い、感染対
医師、薬剤師、細菌検査技師、看護師が参加してい
策に対する職員教育として衛生管理室レターを開始
るが、ここでディスカッションを重ね最終マニュア
した。
ルになった。
この年から免震工事が始まった。工事中の環境管
感染管理教育については病院職員のみならず、神
理はアスペルギルス対策であり15)、工事関係者も含
奈川県立保健福祉大学実践教育センター感染管理認
めて全職員の教育とマニュアルを作成した。また、
定看護師教育課程の実習病院となり、1 ヶ月間 3 名
迅速な診断と適切な抗菌薬治療をおこなうために、
の研修生の実習を受けた。
グラム染色検査が夜間でもできるよう、CCUサニタ
平成18年 3 月に、厚生労働省の「採血用穿刺針の
リー室に試薬や顕微鏡など必要な備品を配備した。
周辺部分がディスポーザブルタイプであるもの又は
つに、クロストリジウム・ディフィシレ患者に使用
器具全体がディスポーザブルタイプであるものを用
平成19年度
521,064円 削減
――――――――――――――――――――――――
いるべき」旨の注意喚起が行われた。当院では平成
①日本環境感染学会教育認定病院に指名
14年にすでに器具全体がディスポーザブルタイプの
②病院機能評価(Ver.5)の受審
ものを使用しているため、患者間の共有はなく、当
③病院感染対策マニュアルの改訂
然、交差感染は発生しない。ただし、外来の糖尿病
④CR−BSIサーベイランスの実施
患者が持参する個人用として、使用後に処理が必要
⑤手指衛生遵守サーベイランス
な穿刺針を使用していた。そのため、今回の注意喚
⑥アスペルギルス対策の継続
起を受けて、採血用穿刺針の周辺部分がディスポー
⑦トリインフルエンザシミュレーション
ザブルタイプのものを外来の糖尿病患者が持参する
⑧衛生管理室レターの継続
個人用として採用した。
⑨シャープボックスの変更 ……… −111,280円
平成14年から中心静脈カテーテルの挿入時には
⑩安全装置付きリザーバー注入針の導入
……………………………………… −15,346円
MBPを実施しており、毎月50本前後のCVCが挿入さ
れてきた。挿入時にはMBPに必要な物品のキャッ
⑪スワブスティックヘキシジンの変更
プ・サージカルマスク・滅菌シーツ・滅菌ガウンな
…………………………………… −350,498円
どの準備が必要であったが、セット化された製品の
現状のシステム(消毒薬+カップ+セッシ)と
− 55 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
新製品との比
工呼吸器関連肺炎、多剤耐性菌、針刺し・切創、結
⑫アルコール皮膚消毒薬(単包エタノール・イソプ
核発生、職員のHBs抗体価・HBワクチン接種状況、
ロパノール2枚入り)の変更 ……… 増減なし
カルバペネム系抗菌薬および抗MRSA薬の使用状況
⑬ディスポエプロンの変更 ……… −36,176円
など17種類のサーベイランスを行なっている。得ら
⑭長袖ビニールガウンの導入 ……… −7,764円
れたデータは必ず具体的な感染対策とともに、現場
現状の長袖不織布ガウンの年間実績の1/2と、
にフィードバックしている。データは職員教育の強
新製品との比
力な説得材料となり、職員の行動変容に繋がる。今
――――――――――――――――――――――――――
−521,064円
後も継続して各種のサーベイランスを実施していく
日本環境感染学会教育認定病院の指名を受けた。
予定である。根拠に基づいた対策は、患者の利益を
また病院機能評価(Ver.5)を受審した。受審に向け
守り、感染率の低減化に繋がる。そのためICTには
て、現場のスタッフとともに日常の感染対策の見直
常に、専門的な知識と技能を提供できるリソースと
しができたことで、手洗いの実施や、環境整備など
しての活動が求められている。
の重要性が理解でき、明らかに感染対策の質が向上
感染対策を現場に推し勧める中で発生する課題が
した。
2 つある。それは、「感染対策の質の向上」と「感
本年度 7 月にCDCの「隔離予防策のためのガイド
染対策の向上によるコストの増大」である。この 2
ライン」の改訂があり公開された。それにあわせ
つは表裏一体の関係があり、いくら根拠のある感染
て、当院の病院感染対策マニュアルを改訂した。字
対策が必要であっても、コストの問題を解決しない
数をなるべく控え、読みやすく理解しやすいよう
限り現場への導入は困難である。新たな感染対策を
に、写真を交えた。また、改訂したマニュアルはそ
導入するときは、経済効率も考慮した感染対策でな
の都度推進リーダーと読みあわせをおこない、リー
ければならない。この問題の解決のために「無駄な
ダーの理解を確認しながら配布した。この年も感染
対策を残したまま新しい対策をはじめない」といっ
対策で導入している器材の変更を行い、コストが削
た基本路線が重要となってくる。つまり、従来の慣
減できた。そして、安全装置付きリザーバー注入針
習や経験による高価、かつ、無意味な対策を廃止し
の導入と、長袖のビニールガウンを導入したがコス
て、そこで得られたコストを、根拠のある新たな感
トは削減された。
染対策に用いる「コストの再配分」を行うことが重
とともに、根拠に基づいた感染対策を遂行してゆく
要であると思われる。このような取り組みによっ
考 察
て、感染対策の質の向上はもとより、経済面での採
当院の感染対策は「サーベイランスによって導き
算性は十分可能であることがわかった。感染対策を
出された感染管理上必要な対策を実施する」「根拠
勧めると経費がかかるということを耳にするが、そ
に基づいた感染対策を実施する」「常に病院経済を
れは一面だけを見た発言であると言わざるを得な
視野に入れ経済効果を考慮した対策を実施する」の
い。このコスト試算は用度係りにサポートしていた
3 つの基本に立っておこなわれている。
だいているが、このサポートなくして感染対策は向
サーベイランスは病院感染の発生状況のデータ収
上しないと考える。
集、集計、解析、現場にフィードバックすることで
今後引き続き「病院経済」と「感染対策の質向
職員の適切な感染予防行動につながり、最終的に感
上」の 2 つを同時に可能にする対策を、「根拠を
染の発生を低減させる。サーベイランスは最も有効
もって実践できる」よう、職員の理解を得ながら活
な感染対策であり、実践していなければ効果的な感
動する予定である。病院感染を「ゼロ」に抑えるこ
染対策は不可能である。現在、全入院患者における
とは困難である。起きてしまった感染に適切に対応
細菌検査結果に基づく病院感染症、中心静脈カテー
することはいうまでもないが、治療に頼るばかりで
テル関連血流感染症、救命救急センターにおける人
なく、感染を予防することが患者の苦痛の回避と、
− 56 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
安全を守ることができ、かつ、医療費の削減につな
のためのガイドライン.イマイナターナショ
がる。今後も、患者の安全のための最大限の努力
ナル.2003.49-54.
と、医療経済も視野に入れ、根拠に基づいた感染対
14)Y Matsui,K Yano,T Horiuti et al:Silver Alloy Uri-
策を職員とともに実践していきたい。
nary Catheter System is Key to Significant Reduction and Postopnement of Urinary Tract
文 献
Infections.31st APIC,June 6th-10,2004,
1 )パトリシア・リンチ著 藤井昭訳:限られた資
15)矢野邦夫訳:医療ケア関連肺炎防止のための
源でできる感染防止.日本看護協会出版会:
CDC ガイドライン.メディカ出版;2004.36.61-
2001.3-5.170.
62.
2 )松井泰子:感染対策がもたらす経済効果.看護
16)矢野邦夫編:エビデンスに基づいた抗菌薬適正
展望.2005-5;VOl.30:33-37.
使用マニュアル 県西部浜松医療センターはこ
3 )蟻田功:院内感染対策マニュアル 改訂第 2 版.
南江堂.1992.24-34.6. 4 )矢野邦夫:第二版 改訂新版 院内感染対策ガ
イド.日本医学館;2004.44.62-65.97-99.191.13-14.
5 )労働省労働衛生課監訳:血液感染性病原体への
職業的曝露 米国労働省安全衛生局による基
準.社)全国労働衛、生団体連合会.199474.220.
6 )矢野邦夫訳:血管内カテーテル由来感染予防の
ためのCDCガイドライン.メディカ出版;2003.5774.38-39.
7 )矢野邦夫訳:造血幹細胞移植患者の日和見感染
予防のための CDC ガイドライン.メディカ出
版;2001.80-96
8 )冨山広子編:透析室の感染対策パーフェクトマ
ニュアル CDC ガイドラインを実践 . メディカ
出版;2007.73-79.
9 )矢野邦夫訳:CDC ガイドライン 最新ガイドラ
インエッセンス集 2 .メディカ出版.2002.88-90
10)南谷佐知子他:ヘパリンロックから生理食塩水
によるフラッシュロックに変更して.INFECTION CONTROL.2002.90-2.
11)矢野邦夫:感染対策に必ず役立つエビデンス集
県西部浜松医療センターにおける CDC ガイド
ラインの実践 . メディカ出版;2005.108-111.30-36.88-91.5862.245.
12)A P I C T e x t o f I n f e c t i o n C o n t r o l a n d
Epidemiology.71,Association for Professionals in
Infection Control Epidemiology Inc,2000,5-6.
13)満田年宏監訳:医療現場における手指衛生
− 57 −
うする.メディカ出版;2006.52.
症例報告
Case reports
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
症例報告
十二指腸 GIST の1例
外科 1) 消化器科 2) 臨床病理科 3)
金井 俊和1)、 西脇 由朗1)、 島田 華1)、 福島 久貴1)、 植田 猛1)、
中田 祐紀1)、 望月 聡之1)、 後藤 圭吾1)、 徳永 祐二1)、 池松 禎人1)、
木田 榮郎1)、 吉井 重人2)、 山田 正美2)、 竹平 安則2)、 小澤 享史3)
【要 旨】 症例は 71 歳、女性。心窩部不快・黒色便・全身倦怠感を主訴に紹介された。上部消化管内視
鏡で十二指腸水平脚に発赤した陥凹を伴う隆起性病変を認め、超音波内視鏡では第 4 層由来
と考えられた。生検で紡錐形細胞からなる c-kit 陽性の histoid lesion が得られ、GIST の術前
診断が得られた。腫瘍からの出血のため、準緊急で十二指腸部分切除術が施行された。切除
標本では、大きさ1.7cm、c-kitとCD34が陽性で細胞異型性や核分裂像を認めない低リスクの
GIST と診断された。十二指腸の解剖学的特異性より術式が問題となることがあるが、術前診
断を得て低侵襲な手術を試みるべきである。
【キーワード】 十二指腸、gastrointestinal stromal tumor (GIST)、間質腫瘍、消化管出血
はじめに Hb 6.5 g/dl、Ht 21.2%、TP 5.7 g/dl、Alb 3.7 g/dl
Gastrointestinal stromal tumor (以下、GIST)は消
と貧血と低蛋白・低アルブミン血症を認めた。CEA
化管に発生する間葉系腫瘍で、発生部位として十二
とCA19-9は正常範囲内であった。
指腸は 5 %と稀である。今回我々は術前診断は得ら
上部消化管内視鏡検査(図 1 a ):十二指腸水平脚
れたが、出血のため準緊急手術を要した十二指腸
に約 2 cm大の頂部に発赤した陥凹を伴う粘膜腫瘍形
GISTの 1 例を経験したので若干の文献的考察を加え
態を呈する隆起性病変を認めた。活動性の出血は認
報告する。
めなかったが、黒色便の原因と考えられた。 内視鏡
的には GISTを疑い生検を施行した。
症 例
患 者:71歳、女性。
主 訴:心窩部不快、黒色便、全身倦怠感
既往歴:68歳、大腸ポリープ
家族歴:特記事項なし
現病歴:約 3 ヶ月前より心窩部不快があり、約 1 週
前より黒色便が出現し、経過観察をしていたが改善
図1
(a) 上部消化管内視鏡検査
なく全身倦怠感が増強したため、近医を受診し当院
十二指腸水平脚に頂部に発赤した陥凹を伴う隆起
消化器科を精査加療目的に紹介された。受診同日に
性病変を認める。
血液検査と上部消化管内視鏡検査が施行された。
初診時現症:眼球結膜に貧血を認めた。
1 週間後の再診時に、RBC219×106/μl、Hb6.2g/
表在リンパ節の触知なく、腹部は平坦で軟、圧痛
dl、Ht20.8g/dlと貧血の進行を認めたため、入院の
はなく、腫瘤は触知しなかった。
上精査とした。
初診時検査所見:血液検査上、RBC 225×106/μl、
− 60 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
低緊張性十二指腸造影検査(図 1 b):十二指腸水
あった。初回の生検では壊死組織のみの採取であっ
平脚に管腔内へ突出する類円型の約 2 cmの腫瘍性病
たため再度腫瘍の頂部より生検を施行した。2 回目
変を認めた。病変の立ち上がりは急峻で表面はなだ
の生検より、紡錘形細胞からなるhistoid lesionがみ
らかであるが、頂部にDelleを認めた。
られ、c-kit陽性でGISTと診断された。その後、一時
改善した黒色便が再燃し緊急内視鏡検査を施行し、
腫瘍から露出血管を伴った活動性出血が認められ、
内視鏡的止血術を施行した。腫瘍からの出血に関し
て一時止血は得られるも間欠的に繰り返すため、十
二指腸のGISTの診断にて準緊急で手術となった。
図1(b) 低緊張性十二指腸造影検査
十二指腸水平脚に頂部にDelleを伴う類円型の腫瘍
性病変を認める。
腹部CT検査(図 2 ):十二指腸水平脚に1.9× 1.6 ×
1.5cmの境界明瞭な腫瘍性病変を認め、造影CTにて
図3 超音波内視鏡検査
動脈相で著明に濃染し門脈相でも濃染が持続した。
腫瘍は第 4 層由来で内部エコーは比較的均一で
明らかなリンパ節腫大や肝転移等の異常は認めな
あった。
かった。
手術所見(図 4 ):開腹所見で肝転移、腹膜播種を
認めなかった。十二指腸の授動術を十分に施行した
ところ、十二指腸水平脚に 2 cm大の腫瘍を認め、同
部と膵臓との剥離は可能で十二指腸部分切除術を施行
した。また明らかなリンパ節腫大を認めなかった。
図 2 腹部 CT 検査
十二指腸水平脚に造影で濃染する腫瘍を認める。
(矢印)
腹部MRI検査:CT検査で認めた部にT1W1にて中間
信号、T2W1にて高めの中間信号を呈する腫瘍を認
めた。
図4 術中写真
超音波内視鏡検査(図 3 ):腫瘍は第 4 層(固有筋
十二指腸の授動術を施行したところ、水平脚に 2
層)由来と考えられ、内部エコーは比較的均一で
cm 大の腫瘍を認めた。
− 61 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
切除標本検査所見(図5a・b):肉眼的には1.7×
考 察
1.7cmの粘膜下腫瘍で、表面は発赤し上皮の欠落が
GISTは消化管の固有筋層、筋層間神経叢周囲に分
見られた。組織学的には固有筋層から粘膜下組織に
布するカハールの介在細胞(intestinal cells of Cajal)
膨張性に発育する境界明瞭な限局性腫瘍で、紡錘形
を起源とする紡錘形細胞が主体となった腫瘍で1)、
細胞の束状構造が認められた。細胞異型性や核分裂
c-kitまたはCD34が陽性である。食道から直腸までの
像を認めなかった。免疫染色では、c-kitとCD34が陽
全消化管に発生し、その発生部位は胃が60∼70%、
性、desminとS-100は陰性で低リスクのGISTと診断
小腸(回腸・空腸)が25∼30%で、十二指腸は 5 %
された。
と稀である2)。
現在のGISTの概念1)3)が用いられるようになった
1997年から2008年 5 月までの期間で医学中央雑誌に
て『十二指腸』『GIST』をキーワードとして今回検
索した結果では、本邦報告例は自験例を含めて92例
であった。
十二指腸のGISTの主訴は、貧血・吐血・下血等の
腫瘍出血に関する症状が約半数と最も多く4)、腫瘍
は易出血性で確実な検体採取のための内視鏡下生検
は、出血の危険性が高いと考えられる。本症例で
は、初回は壊死組織のみの採取で 2 回目の生検で確
定診断が得られたが、その後下血が再燃し生検によ
り腫瘍からの出血を助長した可能性は否めない。福
田ら5)は内視鏡下生検部位から出血を来たし緊急に
図5(a) 切除標本検査所見(肉眼所見)
膵頭十二指腸手術を要した症例を報告している。
1.7×1.7 cm 大の粘膜下腫瘍で表面は発赤し上皮の
National Comphrehensive Cancer Networkのガイド
欠落が見られた。
ライン6)には、術前にGISTと考えられる切除可能な
病変の生検は、必ずしも必要でなくリスクを考える
べきであると記載されているが、本邦のGIST診療ガ
イドライン7)では、内視鏡による生検診断は必須と
記載されている。
本邦報告例66例の検討8)では、術前診断がなされ
たのは 2 例( 4 %)のみで診断率は高いとは言えな
い。Jhalaら9)は消化管の腫瘍に超音波内視鏡ガイド
下穿刺生検(以下、EUS-FNAB)を行い、96%の症
例に診断に十分な組織を得ることができ、その有用
性を報告している。EUS-FNABは専用の内視鏡装置
図5(b) 切除標本検査所見(病理組織所見)
と熟練した技術も必要とされ、一般化していない現
粘膜下組織に膨張性に発育し、紡錘形細胞の束状
状もあるが、カラードプラモードを用い血管を避け
構造が認められ、c-kit CD34が陽性であった。
た穿刺ルートを確保することにより出血の合併症が
減少し、確実な組織採取により診断率の向上が期待
術後経過は良好で術後10日目に軽快退院となった。
される。
GISTと診断された場合は、大きさに関わらずmalignant potentialを有するため切除可能な場合は手術
− 62 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
が第一選択となり、切除不能な場合はイマチニブに
68:590-593.
よる薬物治療の適応となる。外科的切除の原則は、
5 )福田直也、平 康二、菱山豊平、他:内視鏡下
極力臓器機能を温存した部分切除を行い、切除断端
生検部から出血をきたした巨大な十二指腸
を陰性とし、系統的リンパ節郭清は不要で、腫瘍を
GISTの 1 例.日臨外会誌.2006;67:1563-1566.
6)10)
露出また破裂させないことが重要である
。リン
6 )Demetri GD, Benjamin R, Blanke CD, et al.
パ節転移を認めたという少数の症例報告もある11)12)
NCCN Task Force report: management of pa-
が、現時点では腫大リンパ節を認めた場合はpickup
tients with gastrointestinal stromal tumor
13)
郭清を行うことで十分と考えられている
。
(GIST)--update of the NCCN clinical practice
十二指腸のGISTは、解剖学的特異性より発生部位
guidelines. J Natl Compr Canc Netw. 2007;5
や浸潤の程度で膵頭十二指腸切除が必要となる場合
Suppl 2:S1-29.
があるが、本症例のように膵臓から剥離でき、乳頭
7)がん診療ガイドライン 3. GIST〔internet〕.
からの距離が十分で切除断端陰性を確保できれば、
〔accessed 2008-03-06〕http://www.jsco-cpg.jp/
侵襲の少ない部分切除術を選択できる。それ故、可
item/03/index.html
能であるならGISTの術前診断を得ることは肝要であ
8 )櫻井克宣、寺岡均、松永伸郎、他:十二指腸
ろう。
gastrointestinal stromal tumor の 1 例.臨外.
術後補助化学療法に関しては、進行・再発症例で
2005;60:1053-1056.
効果が認められているイマチニブの補助療法におけ
9 )Jhala NC, Jhala D, Eltoum I,et al. Endoscopic ul-
る有用性は、現在臨床試験中であり、最終的なその
trasound-guided fine-needle aspiration biopsy:
有効性は確立していない。
a powerful tool to obtain samples from small le-
GISTの悪性度を示す基準として、腫瘍径と細胞増
sions. Cancer. 2004;102:239-46.
殖能の指標を組み合わせたリスク分類が行われ、本
10)Blay JY, Bonvalot S, Casali P, et al. Consensus
邦では細胞増殖能の指標として核分裂数が用いられ
meeting for the management of gastrointestinal
ている14)。本症例は大きさが 2 cm以下で核分裂像
stromal tumors. Report of the GIST Consensus
を認めないことより超低リスクと判断され、術後 5
Conference of 20-21 March 2004, under the aus-
年間は 6 ∼12ヵ月ごと、以後は年 1 回程度の腹部CT
pices of ESMO. Ann Oncol. 2005;16:566-78.
によるフォローがガイドラインからは勧められる。
11)平田静弘、川本雅彦、中島洋、他:リンパ節転
移を伴った十二指腸stromal tumorの1例. 日消
本症例の要旨は、静岡県外科医会第209回集談会
(2008年 3 月、三島)において発表した。
外会誌. 1998;31:2085-2089.
12)大下裕夫、種村廣巳、菅野昭宏、他:リンパ節
転移を伴い術後肝転移をきたした十二指腸原発
文 献
malignant gastrointestinal stromal tumor
1 )Hirota S, Isozaki K, Moriyama Y, et al. Gain-offunction mutations of c-kit in human gastrointes-
(GIST)の 1 例.消外 . 2003;26:251-256.
13)
Fong Y, Coit DG, Woodruff JM, et al. Lymph node
tinal stromal tumors. Science. 1998;279:577-80.
metastasis from soft tissue sarcoma in adults.
2 )藤田淳也、塚原康生、菅和臣、他:胃および小
Analysis of data from a prospective database of
腸 gastrointestinal stromal tumor53 例の臨床病
理学的検討.日消外会誌. 200;39:1-8.
3 )Rosai J:Ackerman,s surgical pathology. 8th edi-
1772 sarcoma patients. Ann Surg. 1993;217:72-7.
14)Fletcher CD, Berman JJ, Corless C, et al. Diag-
tion, Mosby, St. Louis; 1996. 645-647.
nosis of gastrointestinal stromal tumors:A consensus approach. Hum Pathol. 2002;33:459-65.
4 )五十嵐章、小里俊幸、斉藤孝晶:十二指腸 gastrointestinal stromal tumor の 1 例 . 外科 .2006;
− 63 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
症例報告
急性 HIV 感染症の1例
感染症科 上野 貴士、島谷 倫次、矢野 邦夫
【要 旨】 現在、日本では HIV 感染者が年々増加しているが、このような増加がみられるのは、先進国
では日本と英国のみである。感染してから診断される期間が長ければ長いほど、他の人に感
染させる可能性は高くなるが、特に、急性 HIV 感染症の患者は血液中のウイルス量が高いた
め、特に感染源となりやすい。従って、感染初期の急性 HIV 感染症の時点での診断が重要と
なってくる。しかし、急性 HIV 感染症は症状が非特異的であるため、その診断は非常に難し
い。今回、急性 HIV 感染症の1例を経験したので、それを報告するとともに、急性 HIV 感染
症を診断するためにはどうすればよいのかについて考察を加えた。
【キーワード】 急性 HIV 感染症、HIV スクリーニング検査
はじめに lympho 28.0%, mono 6.0%, eosino 0.0%, atypical-
現在、先進国において新規HIV患者が増加してい
lympho 17%), RBC 570×104/μl, Hb 15.1g/dl, Plt
るのは日本と英国のみである。2007年度の新規HIV
18.6×104/μl, AST 58IU/l, ALT 90IU/l, LDH 378IU/
感染者は1,082人であり、これは過去最高であった
l, CRP 0.49 mg/dl, HIV1/2抗体
(+), WB(−),CD4 316/
1)
μl, HIV-RNA 730000 copies/ml
。感染拡大を防ぐためには、HIV感染初期もしく
はキャリアの時期に診断することが大切である。今
回、急性HIV感染症の症例を経験したので報告す
る。
症例報告
症 例:53歳 男性
主 訴:発熱・嘔吐・下痢
既往歴:糖尿病(内服治療中)
図1 急性HIV感染症発症時の体温変化、自覚症状
生活歴:飲酒・喫煙歴無し
性的嗜好:同性愛。
現病歴:某年10月末頃より37℃台の発熱があり、
外来経過:患者本人が詳細な経過表を記録していた
近医にてNSAIDs処方され内服していたが発熱持続
ため、急性HIV感染症の発熱や自覚症状の経過が得
した。11月 5 日より嘔吐が出現し、6 日より下痢も
られた。自覚症状には下痢、頭痛、嘔吐、咽頭痛が
みられた。11月 6 日より、当院にて補液などで経過
あり、発熱は 2 週間ほど継続していた。HIV感染が
観察していたが改善せず、11月13日に本人からHIV
判明した後も抗HIV薬によるHAART(Highly Active
スクリーニング検査希望があったため施行したとこ
Anti-retroviral Therapy)は実施しなかったが、無治
ろ、陽性であった。この時点ではウエスタンブロッ
療であっても、CD4は316/μlから増加し、現在は
ト法では陰性であったが、 4 ヶ月後再検査にて陽性
400∼500/μlを保っている。また、HIV-RNAについ
となった。
ても29000copies/mlまで低下し、経過良好である。
検査所見:血液検査:WBC 4200/μl (seg 47.0%,
− 64 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
考 察
本邦では、「米国に比べHIV感染者の率は少ない
急性HIV感染症では、感染機会から 2 ∼ 4 週間後
こと」「HIV感染に対する偏見が残っていること」
に、約40∼90%の患者で症状が見られると報告され
などから、CDC勧告のように外来受診者全員にHIV
2)
ている 。その症状には非特異的なものが多く(表
スクリーニング検査を行うことは容易ではないと考
1 )、通常は対症療法で軽快するため、日常の外来
えられる。従って、HIV感染者の早期発見のために
で診断することは非常に難しい。急性HIV感染症の
も急性HIV感染症を見逃さないようにする必要があ
各症状から考え得る鑑別疾患には以下に挙げる疾患
る。
がある(表 2 )。これらの疾患の中には、EBV感染
HIV感染検査を考慮する状況としては、様々な状
症やインフルエンザといった、日常の外来でよく見
況が考えられる(表 3 )。生活歴に関しては、初対
る疾患もあり、このことも急性HIV感染症の診断を
面で信頼関係が成立していない時点で聴取すること
難しくしている。急性HIV感染症を診断するために
は不可能に近い。従って、病歴・症状・既往歴から
は、検査すべき患者の適応に気づくことが重要であ
及び性感染症にて来院した場合を見逃さないことが
る。
大切となってくる。性感染症の場合には、HIV感染
症の可能性を思い浮かべることは容易であろう。問
表1 急性HIV感染症の症状
題は病歴・症状・既往歴から疑うべき状況の場合で
症 状
頻 度
症 状
頻 度
発熱
96%
頭痛
32%
リンパ節腫脹
74%
嘔気・嘔吐
27%
咽頭炎
70%
肝脾腫
14%
発疹
70%
体重減少
13%
関節痛 / 筋肉痛
54%
鵞口瘡
12%
下痢
32%
神経症状
12%
ある。これに対しては、まず全ての患者において、
診察時にHIVの可能性があるか否かについて考えて
みることが大切である。ほとんどの症例では、HIV
感染症の可能性はないと判断されるが、中にはHIV
感染症として矛盾のない症例もある。
表3 HIV検査を考慮すべき状況
表2 急性HIV感染症の鑑別診断
伝染性単核球症
溶連菌感染症
成人 Still 病
CMV 感染症
2 期梅毒
SLE
HSV 感染症
ライム病
血管炎
インフルエンザ
リケッチア感染症
薬剤性
急性 B 型肝炎
播種性淋菌感染症
パルボウイルス B19
急性トキソプラズマ感染症
風疹
2006年 9 月、CDCは「医療機関におけるHIV検査
勧告」3)において、全ての医療機関では13∼64歳の
受診者全員にHIVスクリーニング検査を実施するよ
う勧告した。これは、「献血者・妊婦に対するスク
リーニング検査実施により輸血による感染・母子感
染が減少したこと」「HIV感染を知っている者では
知らない者に比べ、パートナーとの無防備な性行為
が減少すること」などの背景による。
− 65 −
HIV 検査を考慮すべき状況
1.病歴・症状・既往歴などから
・1週間ほど続く原因不明の発熱、下痢がある
・ EBV、CMV 感染症を疑う際は HIV 感染も疑っ
てみる
・無菌性髄膜炎が疑われる
・既往歴に性感染症がある
・結核
・帯状疱疹(特に繰り返す場合)
・口腔、膣カンジダ
2.性感染症にて来院
・梅毒
・B 型肝炎
・クラミジア
・性器ヘルペス
・尖圭コンジローマ
・淋病
3.生活歴から
・男性同性愛者、両性愛者
・マルチプルパートナー
・パートナーが HIV 感染者
・性風俗産業従事者、経験者
・コンドームを使用しないセックスあり
・麻薬注射歴
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
「HIV感染の可能性が否定できない症例」を診察し
はHIV感染症についての正しい知識を持つことが大
た場合に考慮すべきHIV関連検査には、HIV-RNA量
切である。
測定、HIV抗体スクリーニン(EIA法、PA法)、WB
(ウエスタンブロット)法などがあるが、それらの
文 献
特徴を理解することが大切である。HIV-RNA量、
1 ) 厚生労働省エイズ動向委員会;平成 19 年エイ
HIV抗体量と各検査の検出可能時期を以下に示す
ズ発生動向年報
(図 2 )。急性HIV感染症の症状は感染後 2 ∼ 4 週
2 )DHHS. Guidelines for the use of antiretroviral
で出現し、4 週間程度持続する。当院では、第 4 世
agents in HIV-1-infected adults and adolescents.
代EIA法を採用しており、早期の検出が可能となっ
http://www.aidsinfo.nih.gov/ContentFiles/
てきているが、今後はこのような患者が増加するも
AdultandAdolescentGL.pdf
のと思われる。
3 ) CDC. Revised recommendations for HIV testing
of adults, adolescents, and pregnant women in
Health-Care Settings. MMWR 2006;55(No.RR14):1-17.
4 ) 平成 19 年度厚生労働省研究費補助金エイズ対
策研究事業 服薬アドヒアランスの向上・維持
に関する研究班 抗 HIV 治療ガイドライン 2008 年 3 月
図2 HIV感染後のHIV-RNA量、抗体価の推移
急性HIV感染症における抗HIV治療の必要性の有
無については、議論のあるところであるが、最近は
治療しない傾向にある4)。しかし、CD4が200/μl以
下まで減少するような症例においては日和見感染の
報告もあるため、治療せざるをえない場合もある。
本症例ではCD4の最低値は316/μlであったが、その
後は増加しているためHAARTは実施していない。
結 語
急性HIV感染症の診断は難しく、実際に診断され
ている症例は稀である。それは、症状が非特異的で
あり、最初の問診でHIV感染の可能性のある行為を
聴取することは不可能に近いからである。診断への
第一歩は、やはり「まず疑ってみる」ことである。
そのためには、「HIV感染症は身近な疾患となって
いる」と認識することが大切となる。すべての領域
の診療科であっても、さまざまな主訴に急性HIV感
染症が受診する可能性がある。従って、医療従事者
− 66 −
短 報
Short report
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
短 報
胃瘻(PEG)患者における地域連携口腔ケアの試み
歯科口腔外科1) 消化器科2) 浜松市歯科医師会3)
北川有佳里1)、
島 桂子1)、内藤 克美1)、中埜 秀史1)、武塙 香菜1)、
岩岡 泰志2)、松田美代子3)、東郷陽太郎3)、松永 修司3)
【要 旨】 PEGの造設時の合併症予防として、当院ではクリニカルパスに基づき造設前に口腔外科が介
入し口腔診査・口腔清掃を実施している。平成19年より当院退院後も継続した口腔ケア・口
腔管理が受けられるシステムを構築することを目的に、浜松市歯科医師会へ働きかけ、歯科
医師会担当部と当院スタッフで協議を重ねた。歯科医師会主催で講演会を開催しPEGの基礎
知識および連携システムを伝達した。構築したシステムは、当院でクリニカルパスに基づき術
前に口腔外科スタッフが口腔ケアを実施し、造設後も看護師と当科でケアを継続、当院の退院
後は当科から紹介した地域開業歯科医師が往診にて口腔ケアおよび指導を実施する、である。
【キーワード】 PEG、地域連携、口腔ケア
はじめに 目 的
近年、急速な高齢社会を迎え、これに伴い、嚥下
PEG患者において、当院退院後においても継続し
障害を伴う脳血管障害や神経筋変性疾患患者、誤嚥
た口腔ケア・口腔管理が受けられるシステムを地域
性肺炎を繰り返す患者が増加し、当センターにおい
歯科医師会と連携して構築する。
ても、PEG(経皮内視鏡的胃瘻造設術:Percutaneous Endoscopic Gastrostomy:以下PEGとする)の
方 法
造設患者が増加傾向である。PEGの造設時には、内
1 .連携体制構築のための浜松市歯科医師会への働
視鏡や胃瘻チューブが口腔・咽頭部を通過するた
きかけ
め、口腔・咽頭の細菌が瘻孔部に付着し感染するあ
当院歯科口腔外科内藤科長から浜松市歯科医師会
るいは、誤嚥により誤嚥性肺炎を起こすなどのリス
に、これまで当院でPEG造設患者において術前に口
クがあるといわれている1)。そのため、当院におい
腔ケアを実施していることを報告し、患者の退院後
ては、現在PEG造設クリニカルパスにおいて、造設
も継続した口腔ケアを地域歯科医師で実施する重要
前に、歯科口腔外科受診・口腔ケアを実施してい
性を伝える。
る。また造設後も、経口摂取を行わない患者・寝た
2 .連携システムの稼動
きりの患者では、嚥下機能の低下とともに、口腔の
連携システムを構築し、実際に稼動させて、評価
自浄性が低下する場合が多いため、入院中は、歯科
し、今後の改善を探る。
衛生士による口腔ケアを継続している。しかしなが
ら、平成18年までにおいては、退院後の口腔ケアに
結 果
ついて、退院先や地域歯科医師に口腔ケアを依頼し
1 .浜松市歯科医師会との連携の構築
たり、患者の継続的な口腔管理に関与したりはして
(1)平成19年 3 月浜松市歯科医師会高齢者歯科保
いなかった。今回我々は、平成19年より浜松市歯科
健部と当院歯科医師・歯科衛生士・消化器科医師で
医師会と連携して、PEG患者の継続的口腔管理につ
会合を持ち、今後のシステム構築について話し合い
いて連携を試みているので報告する。
を行なった。
− 68 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
(2)平成19年5月に当院消化器科医師による講演会
を浜松市歯科医師会主催にて実施し、PEGの基礎知
識および連携システムを伝達した。
2 .連携システムの稼動
(1)システム構築
当院でPEG造設する患者においては、クリニカル
パス(図 1 )に基づき、術前 2 日前に当科で口腔ケ
アを実施する。術後は看護師による口腔ケアと当科
でのケアを継続する。
患者が退院・転院の際に、当科および消化器科よ
図2 浜松市PEG口腔ケア地域連携
り紹介状を出し、患者のかかりつけ歯科医師あるい
は施設・病院担当歯科医師へ退院後の口腔ケアを依
初診時口腔内所見:残存歯は上顎左側側切歯およ
頼する。地域歯科医師は往診にて口腔ケアを実施
び犬歯で歯間にはプラークが付着していた。口腔乾
し、状態に応じ家族、施設職員および病院職員に指
燥症状は口腔乾燥症の臨床診断基準2)で 2 度(中等
導を行う(図 2 )。
度)、舌苔の付着は、舌苔付着度の分類3)で、第 1
(2)実際の症例
度であった。口蓋には痰の付着が多かった。開口状
患 者:76歳 女性
態を維持するのは困難であった。
既往歴:脳梗塞 高血圧 認知症 誤嚥性肺炎
初診時口腔ケア:口腔内が乾燥しているためスプ
(ADLランクはC 2 、痴呈ランクはⅢb)
レー状の保湿剤をスポンジブラシに噴霧し、口腔内
主 訴:PEG造設前後の口腔ケアの依頼
を保湿後、ポータブルエンジンを使用して残存歯を
図1 当院のPEG造設クリニカルパス
− 69 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
研磨し、歯間部は歯間ブラシを使用した。口腔粘膜
退院後の連携:当医院消化器科および口腔外科主治
はスポンジブラシや粘膜ブラシで清拭し、舌は舌ブ
医より、かかりつけ歯科に入所先施設での口腔衛生
ラシを使用して舌苔を除去した。残存歯の歯頸部に
管理を依頼する文書を退院時看護要約・口腔ケア地
はグルコン酸クロルへキシジンを塗布し、口腔粘膜
域連絡表とともに送付した。その後施設に地域の歯
にはジェル状の保湿剤を塗布した。
科医師が往診し、口腔診査・口腔清掃を実施した。 2
経過(表 1 ):初診時口腔ケア以降は、看護師によ
度の往診ののち、歯科医師から施設の歯科衛生士
る口腔ケアを継続していた。PEG造設 8 日後、口腔
に、今後の口腔管理方法について指示が出された。
乾燥症状は 1 度(軽度)、舌苔の付着は無く、口蓋
連携の経過:歯科医師会の予後調査では、当院退院
への痰の付着は少量であった。PEGからの注入が開
後 8 ヶ月時点で、歯科衛生士により口腔ケアが定期
始されており表情も豊かになり開口を維持できるよ
的に実施され、口腔清掃状態は良好に保たれてい
うになった。PEG造設11日後・12日後、口腔乾燥は
た。PEG注入は順調であるが、経口摂取は再開して
1 度(軽度)舌苔付着なし、残存歯にはプラークの
いなかった。
付着もみられず口腔衛生状態は良好であった。PEG
造設15日後、当院を退院され入所先の施設に戻られ
た。
表1 経過表
日在
数院
1
2
3
消
化
器
入
院
歯
科
紹
介
P
E
G
造
設
5
6
7
8
9
10
口
腔
内
イ
ソ
ジ
ン
清
拭
11
12
13
14
15
16
注
入
開
始
口
腔
ケ
ア
実
施
口
腔
ケ
ア
実
施
歯
科
看
護
師
4
口
腔
ケ
ア
実
施
口
腔
ケ
ア
実
施
17
18
紹
介
状
記
入
退
院
記
入紹
・介
送状
信
継 続
]
]
]
]
]
]
]
]
\
口
腔歯
清科
掃衛
指生
導士
受よ
けり
る
指導内容の方法にて継続
]]]]]]]]]]]]]]]]]\
歯
科
医
師
会
紹
介
状
受
信
− 70 −
口施
腔設
ケ
アに
実往
施診
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
考 察
72.
1 .連携口腔管理の取り組みについて
2 )柿木保明:口腔乾燥の診断・治療・ケア.歯界
今回我々が報告したような口腔ケアの連携はこれ
まで全国で報告例がなく、新しい病診連携の取り組
展望.2002;100
(2):366-376.
3 )小島健:舌苔の臨床的研究.日本口腔外科学会
みである。まだPEGのクリニカルパスに歯科医師・
誌.1985;31:1659-1677.
歯科衛生士の口腔ケアを組み込んでいる病院もそれ
4 )木村年秀:専門的口腔ケアによる経皮内視鏡的
ほど多くないが、術前に口腔ケアを行うことで、術
胃瘻造設術(PEG)術後感染の予防効果.口腔衛
4)
後の発熱率や瘻孔感染率が減少したという報告 が
生学会雑誌.2005;55
(5):632.
なされている。PEGが適応になる脳血管障害患者や
5 )佐々木英忠、海老原孝枝:口腔ケアは全身性疾
重度の認知症患者、神経筋障害患者は嚥下不能また
患に大きな効果.8020推進財団会誌.No.2. は困難例が多く口腔衛生状態も不良になりやすい。
84-85.
本症例も当科初診時口腔清掃状態は不良であった
が、当科の介入と看護師の口腔ケアにより口腔内は
清潔に保たれ、PEG造設時に誤嚥や肺炎の発症もな
く、経過は順調であった。さらに入院中の継続した
口腔ケア実施により患者のケアの受け入れが良好と
なり、退院後の施設での口腔ケア介入も容易となる
効果があった。口腔ケア・歯磨きという行為自体
が、口腔内の知覚神経終末を刺激し、末梢性あるい
は中枢性サブスタンスPをはじめとする神経伝達物
質の放出を促進し、嚥下および咳反射を改善すると
報告されているので5)、PEG造設後に各施設や在宅
など地域に戻った後も地域歯科医師を中心に継続し
た口腔ケアを行うことにより、口腔衛生状態を良好
に保ち、口腔粘膜の感覚機能を保たせ、口腔周囲筋
に刺激を与えることは、誤嚥性肺炎の予防はもとよ
り口腔周囲筋の廃用萎縮の予防となり、長期的予後
としてPEGによる栄養管理とあいまって全身状態・
嚥下状態の改善が得られれば、経口摂取再開の機会
を探ることができると期待される。
2 .今後の課題
今後は症例を重ねて、本システムの問題点や障害
を明らかにするとともに、PEG造設前から地域歯科
医師が口腔ケアの介入ができるような環境・システ
ムをつくることを目標とし、歯科医師会と当科でさ
らなる連携を継続する予定である。
文 献
1 )蟹江治郎:内視鏡的胃瘻造設術における術後合
併症の検討−胃瘻造設 10 年の施行症例より−
日本消化器内視鏡学会雑誌.2003;45(8)
:1267− 71 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
短 報
簡易懸濁法を導入して
薬剤科
相曽 大悟、石井 範正、石津 直樹、加藤 敦子、松井 有美栄
小林 聡和、小林 慶子、池林 里美、片山 一孝
【要 旨】 簡易懸濁法は、錠剤やカプセル剤を粉砕せず微温湯にそのまま懸濁させ、投与する新しい経
管投与法として 2001 年に考案された。この方法は、簡便かつ誤投薬リスクの回避、経済的ロ
スの削減等様々なメリットを有する。そこで当院においても、2007 年 5 月より順次病棟へ導
入し、全病棟へ導入約1ヶ月後、投薬業務に関するアンケートを行った。結果より、手技自
体に問題はなく看護師の受け入れは良好であった。一方で、投薬時間が増えたという意見も
あり、これは薬剤が懸濁しない事例が生じたことが一因と考えられた。本報では、原因となっ
た薬剤の検討結果と簡易懸濁法を行う際の注意すべき点について報告する。
【キーワード】 簡易懸濁法、錠剤粉砕、経管投与
はじめに 順書(図 2 )を作成した。さらに、医局会及び看護
簡易懸濁法とは、薬剤の内服が困難な患者へ経管
長会議で簡易懸濁法の趣旨及び導入の流れについて
投与する際、錠剤やカプセル剤を粉砕せず微温湯に
説明し、医師、看護部長及び各病棟の看護長の簡易
そのまま入れ、懸濁させ投与するという簡便な経管
懸濁法導入についての了承を得た。
投与法として2001年に考案されたものである1)。簡
導入にあたり、まず粉砕指示処方の多い 2 号館 9
易懸濁法には投与時に薬剤の再確認が可能、経済的
階病棟(脳外科病棟)において試験的に実施、その
ロスの削減、経管栄養チューブ閉塞の回避、調剤業
後 1 号館 9 階病棟(混合病棟)、3 号館 4 階病棟
2)
務の効率化等、様々なメリットがあり 、現在多く
(救命救急センター)、3 号館 8 階病棟(循環器、
の医療施設において導入されている。
呼吸器センター)へ順次導入していき、最終的に
当院においても、2007年 5 月に粉砕指示処方の多
2008年 1 月に新生児科及び小児科病棟を除く全病棟
い病棟より試験的に導入を開始後、徐々に導入病棟
へ導入した。
を拡大していき、2008年 1 月に一部の病棟を除く全
病棟への導入を実施した。導入後、簡易懸濁法を
行った病棟の看護師を対象に投薬業務に関するアン
ケートを実施した。
本報では、当院における簡易懸濁法導入手順と導
入後アンケートにより明確となった問題点及びその
検討結果について報告する。
方 法
導入準備として、当院の採用薬品における簡易懸
濁法実施可否を掲載した薬品一覧表、実際に手技を
行う看護師向けの説明書(図 1 )、注意事項及び手
図1 看護師向け説明書
− 72 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
図2 簡易懸濁法の手順
全病棟への導入後、約 1 ヶ月が経過した時点にお
いて、病棟における受け入れ状況や投薬業務に関す
る問題点を把握するために、簡易懸濁法を行った病
棟の看護師を対象に簡易懸濁法導入後アンケートを
実施した。
図3 導入後アンケート結果(n=237)
結 果
実際に簡易懸濁法を行った237名の看護師に実施
「簡易懸濁法は大変だったか?」という質問に対
したアンケートの結果を示す(図 3 )。
し、「そうは思わない」及び「そんなに思わな
い」、「どちらとも言えない」と回答したスタッフ
は合計69%であった。「簡易懸濁法導入以前と比べ
て投薬業務にかかる時間が増えたか?」という質問
に対し、46%が「そう思う」もしくは「ややそう思
う」と回答した。「簡易懸濁法でチューブの閉塞を
経験したか?」という質問に対し「はい」と回答し
たスタッフは9 %であり、「簡易懸濁法で溶けな
かった薬品があったか?」という質問に対し30%が
「はい」と回答した。チューブ閉塞の原因薬剤と懸
濁しなかった薬剤はレボフロキサシン、ランソプラ
ゾール、メトロニダゾール、フドステインなどで
あった。
考 察
アンケート結果より、約70%の看護師が簡易懸濁
法は大変ではないと感じており、手技自体に問題は
なく看護師の受け入れは良好であった。コメントと
して、「簡易懸濁法導入後は粉薬をこぼしてしまう
ことがなくなったので良い」や「準備する時シート
で薬の名前を確認できるので良い」等があり、これ
− 73 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
らは投与時における薬剤のロスの減少や患者への誤
法である。個々の薬剤の特徴を理解した上で簡易懸
投薬の防止にもつながるため、患者にとってのメ
濁法により適切に投与すれば、患者へ安全かつ有効
リットも大きい。また、錠剤のまま扱えることで、
に薬剤を投与することができる。そのためには、薬
抗悪性腫瘍剤を扱う際に問題となる曝露を最小限に
剤師だけでなく薬剤を処方する医師、実際に手技を
抑えることもできる。その他、薬剤科においては、
行う看護師が各薬剤の特性や簡易懸濁法で投与する
粉砕指示処方による調剤業務の煩雑化が改善された
際の注意事項についての情報を共有することが必要
だけでなく、錠剤粉砕時に発生していた粉砕機や乳
である。
鉢への付着による薬剤のロスの減少、調剤者の粉砕
院内処方においては薬剤科にて簡易懸濁法の可否
した薬剤の接触、吸入による健康被害の防止などに
を判定しているが、持参薬を簡易懸濁法で投与する
もつながっている。さらに、DPCが導入された当院
際には、病棟の薬品一覧を参照し、記載のない後発
においては、簡易懸濁法導入により錠剤のまま薬が
医薬品等や判断に迷った場合は薬剤師に簡易懸濁法
返却されるため、経済的ロスは削減し、非常に有益
可否の確認を行ってほしい。また、薬剤科としては
であると考えられる。
今後も簡易懸濁法についての説明会を開き、必要な
しかしその一方で、約50%の看護師は以前の方法
情報を提供していく予定である。また、院内情報共
と比較し投薬に時間がかかると感じていることも事
有システム“Webly Go”には随時、簡易懸濁法に関
実である。これは、簡易懸濁法を行った際に薬剤が
する情報を掲載・更新していくので参考にして頂き
完全に崩壊しなかった事例が多々あったためであ
たい。
り、原因の一つとしては、用意した温湯の水温の低
下が考えられる。水温が低下してしまうことによ
追 補
り、薬剤の崩壊に時間がかかるばかりか、完全に崩
今回問題となったレボフロキサシンとランソプラ
壊・懸濁しなくなってしまう薬剤もある。特にカプ
ゾールについて、水温の違いによる崩壊・懸濁性の
セル剤は水温が低下するとカプセルの素材であるゼ
変化について検討を行った。
ラチンが溶解しないため、懸濁しないおそれがあ
レボフロキサシンについては、55℃と40℃の 2 種
る。ただし、水温が高すぎるとランソプラゾールの
類の水を用意し、崩壊・懸濁性を比較したところ、
ように固化してしまう薬剤やカリジノゲナーゼのよ
55℃では 5 分程で完全に懸濁したが、40℃では10分
うに力価が低下してしまう薬剤もあるため注意が必
経過後も崩壊が不完全で錠剤が残っていた(図 4 )。
要である。その他の原因として、メトロニダゾール
よって、レボフロキサシンは多少水温が低下するだ
やフドステインのように温湯に入れる前に病棟にて
けで崩壊が不完全となってしまうため、レボフロキ
乳棒で錠剤のコーティング破壊が必要な薬剤に対し
サシンを簡易懸濁法で投与する際は用意する水温の
て、コーティング破壊をせずに懸濁させてしまった
低下に注意する必要がある。
ことが予想される。また、薬剤の中には簡易懸濁法
ランソプラゾールについては、通常より高温の60
での投与が不可のものがあり、それは徐放性製剤や
℃と25℃の 2 種類の水で上記と同様の比較を行った
腸溶性製剤という特殊なコーティングや製剤的特性
ところ、25℃では薬剤を水に入れた直後崩壊し細粒と
を持つものである。このように、薬剤によっては簡
なったが、60℃では崩壊後固化してしまった(図 5)
。
易懸濁法で投与する際には注意を要するが、このよ
これは、錠剤に添加されているマクロゴール6000が
うな薬剤の情報に関して医師及び看護師への情報提
56∼61℃で凝固してしまうことが原因である3)。ラ
供が不十分であったという事実も明らかとなった。
ンソプラゾールの口腔内崩壊錠は水で速やかに崩壊
するため、他の薬剤と共に簡易懸濁法で投与する際
おわりに
は、投与直前に水で懸濁させることが望ましい。
簡易懸濁法は薬剤を扱う我々医療スタッフだけで
なく、患者にとっても有益性のある新しい経管投与
− 74 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
図4 レボフロキサシン100mgの水温の違いによる崩壊・懸濁状況の変化
図5 ランソプラゾール30mgの水温の違いによる崩壊・懸濁状況の変化
[註](一般名)
(商品名)
レボフロキサシン
ランソプラゾール
クラビット錠(第一三共製薬)
タケプロン OD 錠(武田製薬)
メトロニダゾール
フドステイン
フラジール錠(塩野義製薬)
クリアナール錠(田辺三菱製薬)
カリジノゲナーゼ
カリクレイン錠(三和化学製薬)
文 献
1 ) 倉田なおみ:内服薬経管投与ハンドブック第 2
版.じほう;2006.5∼7.
2 )倉田なおみ;簡易懸濁法Up to Date.月刊薬
事.2006;48(1):79∼87.
3 )倉田なおみ、岡野善郎、安藤哲信、他:簡易懸
濁法Q&A.じほう;2007.69∼70.
− 75 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
短 報
院外処方箋における薬物相互作用の早期発見に寄与した1例
薬剤科
小林 慶子、加藤 敦子、小林 聡和、石津 直樹、松井 有美栄、
相曾 大悟、池林 里美、石井 範正、片山 一孝
【要 旨】 薬剤科では、薬物相互作用をチェックするために処方鑑査システム(MDBシステム:Medical
Database システム)を導入しておりこれを利用して、有害事象の発現を未然に防止できるよ
う努めている。平成 19 年 4 月に院外処方における、スタチン系薬剤とフィブラート系薬剤の
原則併用禁忌薬剤を含む処方を発見し、横紋筋融解症の増悪阻止に寄与できた症例を経験し
た。今回、当院処方における、平成 20 年 1 月 1 日から 5 月 1 日までのスタチン系薬剤、フィ
ブラート系薬剤使用患者を調査したところ 1,935 名おり、そのうち両薬剤併用患者数は 33 名
であった。この併用患者のうち 9 名がCPK値の検査を実施していなかった。原則併用禁忌薬
剤であるため定期的に検査を行い、副作用を未然に防ぐことが重要である。院外処方箋にお
いては、安全な薬物治療を行うために薬薬連携の充実が必要である。
【キーワード】 スタチン系薬剤、フィブラート系薬剤、横紋筋融解症、CPK 値、薬薬連携
はじめに
追加投与され、CPK値は110IU/Lであった。その後
スタチン系薬剤は、重篤な腎障害のある患者に使
CPK値は平成16年11月 9 日においては181 IU/L、平
用すると、副作用として横紋筋融解症が出現しやす
成17年 3 月 1 日は121 IU/L、平成18年 3 月 7 日は
いために、使用上の注意が喚起されている。また、
140 IU/Lであり正常範囲内を推移していた。平成19
フィブラート系薬剤との併用により、その危険性が
年 3 月13日全身倦怠感、食欲低下、寒気、下腿浮腫
1)
増すことを示唆する報告がある 。
の症状があったため受診したところCPK値は3428
平成19年 4 月に院外処方における、スタチン系薬
IU/Lであった。さらに 3 月17日に持続する胸部痛の
剤とフィブラート系薬剤の原則併用禁忌薬剤を含む
ため救急外来を受診し、CPK値は5289 IU/L という
処方を発見し、過去検査データを確認したことによ
異常な高値を示した。しかし両日ともプラバスタチ
り横紋筋融解症の増悪阻止に寄与できた症例を経験
ンナトリウムとベザフィブラートの処方はなかった
した。今回、スタチン系薬剤、フィブラート系薬剤
ため、処方鑑査システムのチェックはされず、検査
併用患者の検査の有無を調査し、さらに院外薬局へ
値の確認は出来なかった。4 月 3 日受診時にも全身
有益な情報を伝えるための方法についても検討した
倦怠感、体調不良、食欲不振が続いていたが検査は
ので報告する。
実施されなかった。 同日、プラバスタチンナトリウ
ムとベザフィブラートが処方されたため、処方鑑査
症 例
システムでチェックがかかり、薬剤科にて過去デー
患者は70代女性で心不全(僧帽弁逸脱症)にて当
タを確認したところ、CPK値上昇を発見した。医師
院通院中であった。平成12年 5 月より開業医にてプ
に照会し、プラバスタチンナトリウム、ベザフィブ
ラバスタチンナトリウム10mg 1 錠 1×処方され
ラートは中止となった。 約1週間後より体調が改善
ていた。平成13年 3 月 7 日当院初診時処方はプラバ
し、4 月17日のCPK値は97 IU/Lであり正常化してい
スタチンナトリウム10mg 1 錠 1×であり、平成
た。
16年10月12日に ベザフィブラート 2 錠 2 × − 76 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
考 察
薬剤の併用後の横紋筋融解症報告例によると、併用
当院では、薬物相互作用をチェックするために処
開始後 1ヶ月以内が最も多く30件(48%)とある
方鑑査システム(MDBシステム:Medical Database
が、今回の症例のように、数年経って発現する割合
システム)を導入している(図 1 )。このシステム
も少なくない2)(表 1 )。
は院内処方だけでなく院外処方においても、ジェネ
リック薬品を含む全薬品に対して相互作用(併用禁
表1 併用後の横紋筋融解症発現時期(発売から
忌、併用注意、成分重複、系統重複)をチェックし
平成19年 3 月までの解析)
ており、その内容を薬剤師が確認し、疑問点があれ
件 数
発現時期
30 件
48.4%
1ヶ月∼3ヶ月
5件
8.1%
3ヶ月∼6ヶ月
4件
6.5%
6ヶ月∼1年
4件
6.5%
1年∼2年
4件
6.5%
2年∼3年
4件
6.5%
3年以上
3件
4.8%
不明
8件
12.9%
ば疑義照会し、有害事象の発現を未然に防止できる
1ヶ月以内
よう努めている。
ベザフィブラートとの併用薬剤
プラバスタチンナトリウム
シンバスタチン
アトルバスタチンカルシウム水和物
セリバスタチンナトリウム
副作用報告件数= 62
図1 処方鑑査システム(MDBシステム)
これらを踏まえて、当院処方における平成20年 1
月 1 日から 5 月 1 日までのスタチン系薬剤、フィブ
今回の症例は、院外処方における原則併用禁忌の
ラート系薬剤使用患者を調査したところ1935名お
処方を処方鑑査システムにより発見し、血液検査
り、そのうち両薬剤併用患者数は33名であった。こ
データの履歴を確認し医師に照会したことにより、
の併用患者のうち、24名はいずれも検査を行ってお
副作用の増悪を防止することができた 1 例である。
り正常範囲内であったが、9 名がCPK値の検査を実
横紋筋融解症の発症の原因としては、スタチン系
施していなかった(図 2 )。両薬剤の併用は原則禁
薬剤とフィブラート系薬剤の併用が考えられる。両
忌となっており、併用により横紋筋融解症の危険性
剤とも横紋筋融解症の報告があり、併用により発症
が増すことが示唆されているため定期的に検査を行
しやすくなることが添付文書に明記されている。こ
うべきである。今回の調査のように必要な検査を
の症例においては、プラバスタチンナトリウム、ベ
行っていない場合、現在は電話で医師へ連絡し検査
ザフィブラートの併用を開始して 2 年 5 ヶ月となる
依頼を行っているが、他の方法として、オーダリン
平成19年3月13日以降の患者の全身倦怠感の訴え
グシステム(NEC製オーダーシステム PC Order-
と、CPK値の上昇が一致していることから、この時
ing 2000)上の「付箋」の機能を利用し検査を促す
点で横紋筋融解症を発症している可能性が高い。さ
ことも有効であると考えられる。「付箋」は医師だ
らに 4 月 3 日に両薬剤を中止後、約 1 週間で全身倦
けでなく、他の医療スタッフも見ることができるた
怠感等の自覚症状が改善し、2 週間後の血液検査
め、必要な検査があることが認識され、副作用を未
データではCPK値が正常化している状態から、両薬
然に防ぐことに繋がると考えられる。
剤もしくはそのいずれかが被疑薬であったと考えら
れる。また、過去のベザフィブラートとスタチン系
− 77 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
図2 当院における併用時のCPK検査の実施状況
おわりに
現在、薬剤科では処方鑑査システムにて予測され
る副作用や相互作用、併用禁忌などの早期発見に努
めている。しかし、院外処方箋においては、処方に
照会すべき内容を発見しても、患者は既に外来診療
を終了し院外薬局へ向かっている場合が多く、診療
時間内に照会内容を処方箋に反映することが困難と
なっている。そこで、患者の「かかりつけ薬局」を
事前に把握し、オーダリングシステム上においても
確認できるシステムが早急に必要である。「かかり
つけ薬局」を明記することにより有益な情報をいち
早く伝達し、より安全な薬物治療が可能となる。今
後は院外薬局との連絡を密にし、薬薬連携の充実を
図ることが重要である。
文 献
1 ) 前田剛司、坂田洋:スタチン系薬剤の使用量と
フィブラート系薬剤との併用に関する調査 日病薬誌.2003;第 39 巻 8 号:991-994
2 ) 小崎寛、白井厚治:横紋筋融解症を防ぐ Nikkei Medical.2006;sep:140-142
− 78 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
短 報
化学療法 2 クールで長期寛解を維持している
CD5 陽性 Primary Effusion Lymphoma
血液科 藤澤 紳哉、内藤 健助、小林 政英
【要 旨】 CD5 陽性のB 細胞性非ホジキンリンパ腫は一般的に予後不良であることが知られている。高
齢者はもちろん若年者に発症した場合でもその疾患が治癒することは困難である。一方 primary effusion lymphoma(PEL)は非ホジキンリンパ腫のなかで 4-5%に満たないまれな病型
である。今回我々はCD5 陽性のPELが高齢者に発症したケースを経験した。患者のquality of
lifeを優先し化学療法は十分行わなかったにもかかわらず、治療後 3 年以上にわたり長期寛解
を維持している勇気づけられる症例であるので報告する。
【キーワード】 CD5、Primary effusion lymphoma、高齢者、長期寛解、Quality of life
はじめに
めなかった。胸水の細胞診にて悪性リンパ腫の腫瘍
血液悪性疾患は、その診断時に腫瘍細胞の表面抗
細胞が検出されCT検査結果と合わせPELと診断し
原を検索し、腫瘍細胞の由来を確認しておくことが
た。腫瘍細胞の表面抗原はCD5、CD19、CD20、
重要である。CD5 はT リンパ球の表面抗原である
CD25が陽性で K 鎖のモノクロナリティーを認めた。
が、Bリンパ球由来の腫瘍であるB細胞性非ホジキン
染色体は複雑な核型を呈したが、疾患特異的な異常
リンパ腫症例の一部(約10%)にアベラントに発現
は認めなかった。
することが知られている。CD5陽性のB細胞性非ホ
悪性リンパ腫の予後を予測するIPI(International
ジキンリンパ腫の臨床的特徴は予後不良であること
Prognostic Index)は 5 項目のうち、年齢(60歳以
に尽きる1)。化学療法のみで治癒を得ることは困難
上)、LDH(正常上限値以上)、performance status
で、造血幹細胞移植を施行しても治癒することは難
( 2 以上)の 3 項目が該当しhigh-intermediate risk
しい。一方、非ホジキンリンパ腫は臨床的に固形腫
と考えられた。
瘍を形成することが大半であるが、まれに固形腫瘍
本例は 1 )高齢であること、2 )CD5 陽性のB細
の形成なくして腫瘍細胞を含む胸水や腹水のみを呈
胞性非ホジキンリンパ腫であること、3 )IPIがhigh-
するPEL(primary effusion lymphoma)と呼ばれる
intermediate riskであることの 3 点から、予後はき
2)
一群が存在する 。今回我々は胸水貯留で発症した
わめて不良であることが予想された。化学療法THP-
高齢者のC D 5 陽性B 細胞性非ホジキンリンパ腫
COP(pirarubicin 70mg×day1, cyclophosphamide
(PEL)に対し、化学療法を 2 コース行っただけで
1000mg×day1, vincristine 2mg×day1, predonisolone
長期寛解が維持されている症例を経験したので報告
85mg×day1-5)を 2 コース施行したところで胸水は
する。
消失し全身状態は良好となったため(図 1 B)、予
後不良であることをふまえて、以後は可能な限り家
症 例
庭で生活する方針とした。外来にて無治療で観察し
80歳女性。20XX年XX月呼吸困難感が出現し近医
ているが退院後 3 年以上が経過した現在、疾患の再
で左胸水貯留を指摘され当科に入院した(図
発なく無病で経過している(図 1 C)。
1 A)。CT検査では胸水以外に特記すべき所見を認
− 79 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
各時期の胸部単純写真
図1A 初診時 図1B 退院時 図1C 退院後 3 年
考 察
い。しかしCD5 陽性の腫瘍細胞をもつPELであれば
CD5 陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫は予後不
CD5陽性非ホジキンリンパ腫の一つとして予後不良
良であることが知られ、種々の治療にもかかわらず
であることは推測される。事実、年齢は60歳と本例
そのほとんどが診断後数年のうちに死亡する。いっ
より若いが同様の症例(HIV陰性CD5陽性PEL)を
たん寛解に到達しても早期(数ヶ月以内)に再発
我々は以前に経験しており、そのケースも初診から
し、再発後は治療に不応性となることが多い。すな
の全経過は 5 ヶ月と急速な進行をたどった4)。この
わち診断された後にdisease freeでいられる期間はき
ようにアグレッシブな経過はCD5 陽性のB細胞性非
わめて限られている。一方悪性疾患の治療の遂行に
ホジキンリンパ腫に典型的な臨床像ともいえる。
は年齢が多大な影響を与える。当然若年者である方
このような症例と出会った場合に悪性腫瘍を診療
が常用量を用いる治療の遂行には有利であり、治癒
する立場として、たとえ期間は短くても「帰れると
に至る可能性も高くなる。本例は高齢のため十分量
きに帰る」という発想が生まれる。退院し家庭で過
の薬剤投与が難しく、疾患自体も難治性であること
ごすことがすなわちQOL(quality of life)の向上に
が診断時から判明している。このような背景からそ
つながるとは一概には言えないが、一面の真実を表
の予後はきわめて不良であることが予想された。
していることも多い。最期に後悔する可能性のある
本例でさらに一点特記すべきはその発症様式であ
要素は取り除いておく方がよい。本例も家族と相談
る。B細胞性非ホジキンリンパ腫は通常固形腫瘍を
し、早期の再発を覚悟の上でいったん退院する方針
形成することで発症するが、近年腫瘍細胞を含む液
とした。治療は 2 コースしか行っておらず標準治療
体が体腔に貯留する一病型の存在が認識され、2001
である 6 ∼ 8 コースをはるかに下回っている。しか
年の新WHO分類でPELとして記載されるようになっ
し 6 ∼ 8 コース全てを施行しているとその最中の再
た3)。B細胞性非ホジキンリンパ腫の4-5%に満たな
発により、退院する機会を逸するおそれがあるとい
いまれな病型である。PEL症例の多くはHIV陽性で
う考え方が根底にある。
ありhuman herpesvirus 8との関連も指摘されている
現在退院後 3 年以上が経過しているが、無病で外
が、本例はHIV陰性であった。HIV陽性PELは基礎
来に通院中である。嬉しい誤算であり、このまま治
疾患の影響もあり予後不良であるが、HIV陰性PEL
癒に至るのではないかとさえ思わせる経過である
の予後については現在のところまとまった記載がな
が、初診時の診断が誤っていたとも考えられず、本
− 80 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
例の臨床経過を合理的に説明できる理由が見当たら
ない。多くの症例に接していると理解を超えたケー
スに遭遇するものであるが、本例のように好ましい
方に傾けば臨床に携わるものとしてそれも醍醐味の
一つである。
文 献
1 )Yamaguchi M, Seto M, Okamoto M, et al. De novo
CD5 diffuse large B-cell lymphoma:a clinicopathologic study of 109 patients. Blood. 2002;99:
815-821
2 )Chen YB, Rahemtullah A, Hochberg E. Primary
effusion lymphoma. Oncologist. 2007;12:569-576
3 )Gaidano G, Carbone A. Primary effusion
lymphoma:a liquid phase lymphoma of fluid-filled
body cavities. Adv Cancer Res. 2001;80:115-146
4 )Fujisawa S, Tanioka F, Matsuoka T, et al. CD5
positive diffuse large B cell lymphoma with cmyc/IgH rearrangement presenting as primary
effusion lymphoma. Int J Hematol. 2005;81:315318
− 81 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
短 報
当院における前立腺生検の検討
泌尿器科 田中 一、中込 一彰、後藤 修一
【要 旨】 当院では、併設した健診センターにて50歳以上の男性を対象にPSA測定単独による前立腺癌
検診を実施し、その他外来受診患者も合わせ、PSA 4.0ng/ml 以上、もしくは直腸診で前立腺
癌が疑われる症例に対して、経直腸 6 ヵ所もしくは 14ヵ所生検前立腺生検を施行している。
本研究では、過去 2 年間に当院で前立腺生検を施行した 535 例について、その結果を 6 ヵ所
生検(416 例)と 14ヵ所生検(119 例)で retrospective に比較検討した。対象群を PSA、PSAD、
直腸診所見の 3 つの指標に関して層別化すると、PSA 4-10ng/ml、PSAD 0.2-0.5ng/ml/ml、直
腸診にて特記すべき所見なしの群において、14ヵ所生検における有意な癌検出率の向上を認
めた。これらのいわゆるグレイゾーンで前立腺癌が疑われる症例においては、特に積極的に
多ヵ所生検を施行すべきである。
【キーワード】 前立腺癌検診、前立腺生検
はじめに
ある一方、前立腺癌新患数は漸増傾向にあり現在年
前立腺癌は欧米諸国の男性悪性腫瘍の中で最も頻
間100例程度で、その診断時病期は年々早期化し、
度が高いものの一つであり、本邦でもその罹患率は
T1cを中心に根治治療対象例も増加している。本研
上昇の一途を辿っている1)。一方、欧米を中心とし
究では、過去 2 年間に当院で前立腺生検を施行した
て前立腺特異抗原(Prostate-specific antigen: PSA)
症例について、その結果を 6 ヵ所生検と14ヵ所生検
測定による前立腺癌検診が普及しつつあり、それと
で比較検討した。
系統的前立腺生検の確立により、前立腺癌の診断時
病期は早期化している。
当院では、併設した健診センターにて、2001年度
より浜松市役所の職員健診として、さらに2005年度
からは浜松市住民健診の一環として、50歳以上の男
性を対象にPSA測定単独による前立腺癌検診を実施
してきた。その他外来受診患者も合わせ、P S A
4.0ng/ml以上、もしくは直腸診で前立腺癌が疑われ
a) 前立腺生検数の推移
る症例に対して前立腺生検を施行している。生検は
経直腸超音波ガイド下に行い、外来にて無麻酔で施
行する経直腸 6 ヵ所生検を基本として、再生検例、
もしくは肛門輪が狭い等の理由により無麻酔で施行
困難な症例に対しては、入院にてサドルブロック下
に経直腸14ヵ所生検を施行している。
当院における前立腺生検数、前立腺癌新患数、お
よび前立腺癌診断時病期の推移を図 1 に示した。前
立腺生検数はここ数年間200例前後で概ね横ばいで
b)前立腺癌新患数の推移
− 82 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
腸出血により入院加療を要し、14ヵ所生検において
2 例が急性前立腺炎のため入院期間の延長を要し
た。その他には特記すべき合併症を認めなかった。
表1 患者背景
c)前立腺癌診断時病期の推移
図1 前立腺生検の現状
対象と方法
対象は、2005年 4 月から2007年 6 月に当院で経直
腸 6 ヵ所もしくは14ヵ所前立腺生検を施行した535
例。生検の適応と方法は先述の通りである。経直腸
14ヵ所生検では、各葉辺縁領域の最外側より基部・
表2 癌検出率の比較
中間部・尖部の 3 ヵ所ずつ、外側より同じく3ヵ所
ずつ、移行領域より 1 ヵ所ずつ組織を採取した。
患者背景を表 1 に示す。6 ヵ所生検416例、14ヵ所
生検119例。年齢、PSA、PSA density(PSAD:PSA
/前立腺体積(ml))の中央値はそれぞれ表に示し
た通りであり、いずれも両群に有意差なし。直腸診
所見についても両群に有意差なし。生検回数につい
ては、初回は 6 ヵ所生検を施行し 2 回目以降で14ヵ
所生検を検討することが多いため、両群に差異を認
めている。これら対象群をPSA、PSAD、直腸診所
見の 3 つの指標に関してそれぞれ層別化し、6 ヵ所
生検と14ヵ所生検の結果をretrospectiveに比較検討
考 察
した。
前立腺癌の診断においては、PSA測定によるスク
リーニングと系統的前立腺生検がその二本柱を成
結 果
す。米国では、PSAスクリーニングの普及により
前立腺生検を施行した535例中、前立腺癌と診断
1980年代後半から前立腺癌の罹患率が急激に上昇す
された症例は187例(35.0%)。その内訳は、6ヵ所
る一方、病期は早期癌へとシフトし、1990年と比較
生検が416例中141例(33.9%)、14ヵ所生検が119例
して2003年では前立腺癌の死亡率が30%以上低下し
中46例(38.7%)であった。PSA、PSAD、直腸診所
た2)。一方、本邦では前立腺癌検診体制の整備が未
見について対象群を層別化し、それぞれについて
だ不十分であり、現段階では市町村単位で地域住民
6ヵ所生検と14ヵ所生検の癌検出率を比較すると、
を対象として、もしくは人間ドックで施行されてい
PSA 4-10ng/ml、PSAD 0.2-0.5ng/ml/ml、直腸診に
るのが現状である。
て特記すべき所見なし(癌が検出されればT1c癌と
当院では、冒頭でも述べたように併設した健診セ
なる)の群において、14ヵ所生検における有意な癌
ンターにて2001年度よりPSA測定単独による前立腺
検出率の向上を認めた(表 2 )。
癌検診を実施し、PSA 4.0ng/ml以上の症例に対して
合併症に関しては、6 ヵ所生検において 1 例が直
前立腺生検を施行している。特に若年者においては
− 83 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
PSA 4.0ng/ml未満でも臨床上意味のある癌が診断さ
文 献
れることがしばしばあることから3)4)、PSAのカッ
1 )Marugame T, Matsuda T, Sobue T, et al;Japan
トオフ値をいくつに設定すべきかについては諸説あ
Cancer Surveillance Research Group:Cancer in-
るが、現在のところPSA 4.0ng/ml未満の症例に積極
cidence and incidence rates in Japan in 2001
的に生検を勧めるエビデンスは存在しない。
based on the data from 10 population-based can-
もう一つの柱である系統的前立腺生検について
cer registries. Jpn J Clin Oncol 2007;37:884-891.
は、1989年にHodgeらが経直腸 6 ヵ所生検を提唱し
2 )Jemal A, Siegel R, Ward E, et al:Cancer statistics,
たことに始まる。経直腸超音波ガイド下に系統的に
2007. CA Cancer J Clin 2007;57:43-66.
6 ヵ所から前立腺組織を採取する方法が、直腸診や
3 )Lujan M, Paez A, Miravalles E, et al:Prostate can-
超音波断層像で癌を疑う部位を狙撃的に採取する方
cer detection is also relevant in low prostate spe-
5)
法よりも癌検出率において優れていることを示し 、
cific antigen ranges. Eur Urol 2004;45:155-159.
以後この経直腸セクスタント生検が世界のスタン
4 )Ito K, Yamamoto T, Kubota Y, et al:Usefulness of
ダードとなった。その後、癌検出率と悪性度診断の
age-specific reference range of prostate-specific
精度向上の観点からより生検本数を増やす工夫が成
antigen for Japanese men older than 60 years in
され、現在では多ヵ所生検が主流になりつつある。
mass screening for prostate cancer. Urology
本邦の前立腺癌診療ガイドラインにも、「標準的な
2000;56:278-282.
6ヵ所生検に辺縁領域外側を含む領域を加え計10ヵ
6)
5 )Hodge KK, McNeal JE, Terris MK, et al:Random
所以上の生検が望ましい」とある 。
systematic versus directed ultrasound guided
本研究では、当院で施行した 6 ヵ所生検と14ヵ所
transrectal core biopsies of the prostate. J Urol.
生検の癌検出率を比較検討した。14ヵ所生検の対象
1989;142:71-74.
群の方が再生検症例の占める割合が高いことは考慮
しなければならないが、PSA 4-10ng/ml、PSAD 0.20.5ng/ml/ml、直腸診にて特記すべき所見なしの症
例において、特に14ヵ所生検が推奨される結果を得
た。これらの群で診断される症例は根治可能な臓器
限局癌である可能性が高く、いわゆるグレイゾーン
で前立腺癌が疑われる症例においては特に積極的に
多ヵ所生検を施行すべきであると考えられた。
結 語
当院における前立腺癌検診と前立腺生検の現状に
ついて報告し、6 ヵ所生検と14ヵ所生検についてそ
の癌検出率を比較検討した。前立腺癌の診断時病期
が早期化する中、根治可能な臓器限局癌をより確実
に診断するために、PSA 4-10ng/ml、PSAD 0.20.5ng/ml/ml、直腸診にて特記すべき所見なしの症
例においては、特に積極的に多ヵ所生検を施行すべ
きであると考えられた。
− 84 −
6 )日本泌尿器科学会編:前立腺癌診療ガイドライ
ン2006年度版.金原出版;2006. 44-45.
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
短 報
県西部浜松医療センターにおける
Clostridium difficile 関連下痢症への抗菌薬使用状況の検討
感染症科 島谷 倫次、上野 貴士、矢野 邦夫
【要 旨】 Clostridium difficile 関連下痢症(CDAD)は院内発症の下痢症として重要である。海外の治療ガ
イドラインではメトロニダゾールが第一選択とされているが、日本では保険適応が無いこと
もあり高額なバンコマイシンが使用されるケースが多い。今回我々は、2005 年 4 月から 2008
年 3 月までの間、入院患者における CDAD に対しメトロニダゾールとバンコマイシンが使用
された 105 例を対象に、抗菌薬の使用状況について検討を行った。その結果、2006 年の夏頃
からバンコマイシンの使用量が減少し、メトロニダゾールが使用されるようになっているこ
とが確認された。要因として、DPC 導入と勉強会、マニュアル整備が抗菌薬の変更および適
正使用に寄与したことが推測された。
【キーワード】 CD 関連下痢症(CDAD)、メトロニダゾール、バンコマイシン、抗菌薬適正使用
はじめに
ンを使用する場合でも、一日量500㎎分 4 と2000㎎
Clostridium difficile(CD)は芽胞形成性の嫌気性グ
分 4 での投与法で効果に差が無いことから9)、1 日
ラム陽性桿菌であり、1978年に抗菌薬関連腸炎との
500㎎分 4 という投与方法が推奨されている。
関連が示されて以降1)、CD関連下痢症(CD associ-
一方、日本ではメトロニダゾールのCDAD治療に
ated diarrea;CDAD)は院内発症の下痢症の主要な
対する保険適応が認められていないため、多くの病
原因として認識されている。
院でバンコマイシン内服治療が用いられている。ま
CDADと診断、又は疑った場合、それまで使用し
た投与量についても 1 バイアル500㎎という製剤の
ていた抗菌薬を中止することで 2 、3 日以内に約20
形態から、2000㎎分 4 で処方されることも多い。
%の症例で症状の改善を認めることが知られてい
当院では、2006年 7 月にDPC方式(Diagnosis Pro-
2)
る。 そのため、可能であれば使用している抗菌薬
cedure Combination;診断群分類包括評価)導入を
を中止することが勧められる。使用している抗菌薬
契機として、院内抗菌薬勉強会(2006年 8 月、2007
を中止できない場合や、抗菌薬を中止しても症状の
年 7 月)・マニュアル作成(2006年 9 月)を通じ、
改善を認めない場合は、CDADに対して有効な抗菌
CDADに対する院内での抗菌薬適正使用に努めてき
薬を使用することになる。臨床的な経験が豊富な抗
た。
菌薬は、メトロニダゾールとバンコマイシンの内服
今回、我々は当院の入院患者におけるCDAD治療
治療である。両者の有効率(95% versus 100%)や再
に対する抗菌薬使用状況について報告する。
2)3)4)
発率( 5 % versus 15%)に殆ど差がないこと
及び、経費の違い(38.6円/250㎎錠 versus 3898.9円/
方 法
500㎎、2006年度薬価基準)、バンコマイシン使用
2005年 4 月から2008年 3 月の間に、当院の入院患
によるバンコマイシン耐性腸球菌拡散の懸念等か
者でメトロニダゾール又は、バンコマイシンを処方
ら、1990年代に発表された数々のガイドラインで
された症例の中で、CDADと診断された症例(イム
は、CDAD治療の第一選択薬としてメトロニダゾー
ノクロマト法による迅速検査でCD toxinを検出した
ルが推奨されている
5)6)7)8)
。また、バンコマイシ
場合、大腸内視鏡でCDADと診断された場合)、又
− 85 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
は臨床症状等からCDADを疑われた症例(CD toxin
2006年度の薬価基準を元に算出した、CDAD治療
を検出しなかった場合、診療録でCDADを疑って抗
に使用されたバンコマイシン内服量の総額は、2005
菌薬を処方されたことが確認された場合)
、のべ105
年度 2,343,239円、2006年度 2,007,935円、2007年度
例を対象に抗菌薬使用状況を調査した。
655,015円であった。
結 果
考 察
患者数は、2005年度26例、2006年度36例、2007年
今回の結果から、2006年の 8 月頃を境に院内の
度43例。平均年齢76.8±38.6歳。男女比は58:47。
CDADに対する抗菌薬治療は、バンコマイシンから
メトロニダゾール投与50例、バンコマイシン投与55
メトロニダゾールへの使用にシフトしていることが
例。処方医師の診療科別内訳は、消化器科50例、呼
確認された。また、バンコマイシンを使用する場合
吸器14例、外科・総合診療科が各々 8 例ずつ、その
でも、1日量500㎎の使用が中心となっていることが
他25例であった。抗菌薬処方前にCD toxin検査を施
示された。
行された104例のうち、CD toxin陽性57例、陰性47例
要因としては、DPC方式導入(2006年 7 月)を契
であった。
機として、院内抗菌薬勉強会(2006年 8 月、2007年
メトロニダゾールとバンコマイシンの処方症例数
7 月)・マニュアル作成(2006年 9 月)などが変更
の変遷であるが、2006年 7 月までCDADの治療に対
を促進させた主要因と考えられた。また、2005年度
しメトロニダゾール処方の実績はなく、バンコマイ
の症例ではCDADとMRSA腸炎(メチシリン耐性黄
シンのみが処方されていたが、2007年 8 月以降、メ
色ブドウ球菌腸炎)の両方を疑われバンコマイシン
トロニダゾールがCDAD治療の中心的な抗菌薬に
が処方された症例が散見されたが、徐々にMRSA腸
なっていることが分かる(図 1 )。
炎の存在自体が疑問視されるようになってきている
こともバンコマイシン内服症例が減少している一つ
の要因と考えられた。バンコマイシンからメトロニ
ダゾールへの抗菌薬変更による病院の経済的な利益
は、CDAD治療に使用されたバンコマイシン内服量
の総額から推測すると年間約150∼200万円と考えら
れた。
CDADに対する抗菌薬治療は、メトロニダゾール
図1 使用抗菌薬の推移
の使用が中心になることにより医療経済・耐性菌拡
散の観点からも大変望ましいことである。
また、バンコマイシン投与例のうち、1 日500㎎と
一方で、バンコマイシンの使用が必ずしも否定さ
500㎎以上使用した症例数の比較であるが、2006年
れる訳ではない。CDAD再発例への使用や、従来の
の12月頃より、1 日500㎎の処方が一般的になってい
CDよりも病原性の高い毒素遺伝子変異株(NAP1/
る(図 2 )。
BI/ 027株)が2000年代に入り北米を中心に流行し始
めている事、重症のCDADに対しメトロニダゾール
よりもバンコマイシン使用群で有効性が優れていた
(76% versus 97%)
、といった研究結果が報告され
るようになり10)、現在では重症のCDADに対して
は、バンコマイシンが第一選択薬として推奨されて
いる。
漫然とした広域抗菌薬使用の見直し、標準予防策
図2 バンコマイシン一日投与量比較
の遵守、芽胞形成したCDにはアルコール製剤が無
− 86 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
効なため手袋着用や石鹸と流水による手洗い等、
and colitis. American College of Gastroenterol-
CDADの発症・拡散を予防するための充分な感染対
ogy, Practice Parameters Committee. Am J
策を講じた上で、症例ごとに抗菌薬を選択していく
Gastroenterol 1997;92:739-750
ことが大切である。
9 ) Fekety R, Silva J, Kauffman C, Buggy B, Deery
HG:Treatment of antibiotic-associated Clostridium
文 献
difficile colitis with oral vancomycin: comparison
1 ) Bartlett JG, Moon N, Chang TW, et al:Role of
of two dosage regimens. Am J Med 1989;86:15-
Clostridium difficile in antibiotic-associated
pseudomembranous colitis. Gastroenterology
19.
10) Zar FA, Bakkanagari SR, Moorthi KM, Davis MB:
1978;75:778-782
A comparison of vancomycin and metronidazole
2 ) Teasley DG, Gerding DN, Olson MM, et al:Pro-
for the treatment of Clostridium difficile-associ-
spective randomized trial of metronidazole ver-
ated diarrhea, stratified by disease severity. Clin
sus vancomycin for Clostridium difficile-associ-
Infect Dis. 2007;45:302-307.
ated diarrhea/colitis. Lancet 1983;2;1043-1046
3 ) deLalla F, Nicolin R, Rinaldi E, et al:Prospective
study of oral teicoplanin versus oral vancomycin
for therapy of pseudomembranous colitis and
Clostridium difficile-associated diarrhea.
Antimicrob Agents Chemother 1992;36:21922196
4 ) Dudley MN, McLaughlin JC, CarringtonG, et al:
Oral bacitracin versus vancomycin therapy for
Clostridium difficile-induced diarrrea:a
randomized,double blind trial. Arch Intern Med
1986;146:1101-1104
5 ) CDC Recommendations for preventing the
spread of vancomycin resistance:recommendations of the Hospital Infection Control Practices
Advisory Committee (HICPAC). Am J Infect Control 1995;23:87-94.
6 ) CDC Recommendations for preventing the
spread of vancomycin resistance. Hospital Infection Control Practices Advisory Committee
(HICPAC).Infect Control Hosp Epidemiol 1995
;16(2):105-113
7 ) ASHP therapeutic position statement on the preferential use of metronidazole for the treatment
of Clostridium difficile-associated disease. Am J
Health Syst Pharm;1998;55:1407-1411
8 ) CDC Guidelines for the diagnosis and management of Clostridium difficile-associated diarrhea
− 87 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
短 報
妊婦サイトメガロウイルス(CMV)抗体保有率の推移および
CMV IgG avidity の有用性に関する検討
県西部浜松医療センター1) 浜松医科大学産婦人科2) 愛泉会日南病院疾病制御研究所3) 宮崎大学医学部産婦人科4)
山下 美和 1)、小林 隆夫 1)、杉村 基 2)、金山 尚裕 2)
峰松 俊夫 3)、楠元 和美 4)、金子 政時 4)、池ノ上 克 4)
【要 旨】 妊婦サイトメガロウイルス(Cytomegalovirus,CMV)抗体保有率はここ 20 年間に 95%以上か
ら 70%程度まで低下しており、妊娠中に初感染する可能性を持つ妊婦は増加している。初感
染の診断には通常 IgM 抗体が用いられるがIgM 抗体は、持続期間が長いため診断効率は高く
ない。そこで IgG Avidity の有用性について検討した。初期妊娠 IgM 陽性例のうち low avidity
例は 21%、high avidity 例は 79%、胎内感染率は low avidity 例では 21.4%、high avidity 例で
は1.9%であった。神経学的障害の発生率はlow avidity例 14%、high avidity例では0%で、IgG
avidity は CMV 先天感染の診断に有用である事が示された。
【キーワード】 CMV、Vertical transmission、IgG avidity
緒 言
IgM抗体陽性例は臍帯血CMV IgM抗体検査、
新
本 邦 で は 妊 婦 サ イ ト メ ガ ロ ウ イ ル
生児尿CMV DNA検査によって感染の有無が確認さ
(Cytomegalovirus,CMV)抗体保有率の低下が報告
れ、感染が確認された児は follow up を受けている。
され、先天性CMV感染児の増加が懸念されている。
CMV IgM 抗体は陽性持続期間が長く 2 年以上陽
静岡県浜松市産婦人科医会では 1996 年 6 月から妊
性が持続する場合もあるため、妊娠前の感染や再活
婦 CMV 抗体スクリーニングを開始し、2007 年 12 月
性化も検出している可能性がある。分娩時に検査が
までに16,353名に抗体スクリーニング(IgG、IgM)が
なされた IgM 抗体陽性例 154 例のうち、感染が確認
実施された。その結果 20年前には 95% 以上とされて
された例は 11 例(7.1%)であった(図 2 )。このこ
いた 1)妊婦IgG抗体保有率が70%程度まで低下して
とからIgM陽性例からさらにハイリスク例を絞り込
いることが明らかとなった(図 1 )。CMV IgM 抗体
む方法が望まれた。
陽性率は 2.2%であった。
図2 IgM陽性またはIgG陽転 154 例の児の感染の
図1 年次別抗体保有率の推移
有無
− 88 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
そこでIgM抗体陽性者の中から妊娠中の初感染例
成 績
を抽出するために IgG avidity に着目した。IgG avid-
1 、妊娠初期 CMV IgM 陽性例の IgG avidity は low
ity は IgG 抗体の抗原への結合力の強さを示すもの
(35% 以下)が 14 例(21%)、high(35% 以上)が 53 例
で、感染直後は弱く、時間経過とともに強くなる。す
(79%)であった(図 3)。
なわち感染後間もない場合 IgG avidity は低く、感染
後長時間経過していれば IgG avidity は高い。すでに
High 53 例
風疹、EB ウイルスなどでは感染時期の推定に IgG
avidity の有用性が示されている。CMV 母子感染に
21%
Low 14 例
IgG
Avidity
おいても有用性が報告されていることから 2)∼ 6) 妊
娠初期母体 CMV IgG avidity が IgM 陽性例から妊娠
79%
中の初感染例の抽出に有用であるか否かを検討した。
方 法
図3 CMV IgM 陽性 67 例の IgG Avidity
妊娠初期IgM抗体陽性例で分娩時に感染確認検査
が施行された 154 例のうち、検体利用可能であった
2 、low avidity 例では妊娠経過中 avidity の上昇が認
67 例を対象に母体 IgG avidity を後方視的に検討した。
IgG avidity はデイドベーリング社の EIA キットを
められたが、high avidity 例では変化が認められな
かった(図 4、5)。
用い、8M 尿素処理後の吸光度を処理前の吸光度で
除して算出、35%以下を low avidity とした。
対象とした妊娠初期 CMV IgM 陽性母体 67 例の転帰
を以下に示す(表 1 )。
表1 CMV IgM 陽性母体 67 例の児の予後
症例
感染
症 状
1
あり
片麻痺、感音性難聴、てんかん
2
あり
感音性難聴
3
あり
なし
4
あり
なし
5 ∼ 67
なし
なし
図4 IgG Avidity の変化(Low Avidity 例)
症例 1 は妊娠 13 週に CMV IgM 抗体陽性。母体症
状なし。妊娠中の超音波異常なし。妊娠 39 週 2,950g
の児を正常分娩。ApgarScore 9 /10。異常なく退院。
現在左片麻痺、左難聴、てんかんあり。
症例 2 は妊娠 13 週に CMV IgM 抗体陽性。母体症
図5 IgG Avidity の変化( High Avidity 例)
状なし。妊娠中の超音波異常なし。妊娠 38 週反復帝
王切開にて2444gの児を分娩。ApgarScore 8 / 9 。異
3 、low avidity 例のうち児に感染が認められたのは
常なく退院。現在右難聴あり。
3 例(21.4%)であったのに対して、high avidity 例
症例 3、4 は児に感染はあったが無症候性。
では 1 例(1.9%)のみであった。
症例 5 ∼症例 67 は児に感染なし。
4 、low avidity 例のうち 2 例(14%)の児に神経学
− 89 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
的後障害を認めたのに対して、high avidity例では後
障害を認めなかった。
5 、妊娠初期に CMV IgM 抗体陽性であっても high
avidity であれば児の感染の可能性は低く、神経学的
後障害は認めなかった。
考 察
これまで先天性 CMV感染症は、肝脾腫、黄疸、脈
絡網膜炎、出血斑、脳内石灰化などを認めた場合に
診断されてきたが、出生時に全く異常を認めない場
合でも胎内感染が成立しており、生後時間経過とと
もに中枢神経障害を示す例が存在することが明らか
となっている。
先天性 CMV 感染症の診断は生後 2 週間以内に行
うことが必要である。なぜなら CMV の主な感染経
路は産道感染、母乳感染であり(その場合児に中枢
神経障害を発症することはない)、胎内感染である
ことを証明するためには、生後早期に確認検査を行
図6 先天性 CMV 感染の出生前診断(文献 7 )よ
わなければ区別することができなくなるからであ
り一部改変)
る。
今回の症例 1、2 は出生時全く症状を認めず、通常
文 献
通り母子ともに退院となった。しかしその後片麻
1 ) 平木雅久 , 鎌田誠:妊婦ならびに胎児のサイト
痺、難聴、てんかんなどを発症している。先天感染
メガロウイルス感染に関する研究 . 札幌医誌
が確認されていなければ、その原因は不明となった
1986;55:573-58
可能性が高い。原因不明とされている脳性麻痺、難
2 ) Maria Grazia Revvello,Giuseppe Gerna.Diagnosi
聴、てんかんなどの原因に CMV が関与している可
and management of Human Cytomegalovirus in-
能性は高いと考えられる。
fection in the mother ,fetus ,and newborn infant.
従来先天性 CMV 感染症に関する検討は、妊婦抗
Clin Microbiol Rev 2002;680-715
体保有率が非常に高かったためほとんど行われてこ
3 ) Lilian Grangeot-Keros,Marie Jeanne Mayaux,et.al.
なかった。しかし今回の結果からも、抗体保有率は
Value of Cytomegalovirus IgG avidity index for
明らかに低下しており、妊娠中の初感染の危険性は
the diagnosis of primary CMV infection in preg-
増大している。またIgM抗体のみでなく、IgG avidity
nant women.1997;175:944-946
を加える事により初感染をより効率的に診断できる
4 ) Tiziana Laparotto,Patizia Spezzacatena,et,al.
ことが明らかとなった。
Anticytomegalovirus Immunoglobulin avidity in
胎内治療成功例が蓄積されつつある現在、胎内感
identification of pregnant women at risk of trans-
染の診断法の確立は急務である。現時点で最良と考
mitting congenital cytomegalovirus infection.
えられる診断法を図 6 に示す。先天性 CMV 感染症
Clin Diagn Lab Immunol.1999;127-129
の診断、治療、児の予後の改善は、今後の産婦人科
診療の重要な課題である。
5 ) Lilian Grangeot -Keros,Denis Cointe. Diagnosis
and prognostic markers of HCMV infection. J
Clin vilol 2001;201-221
6 ) S.Gouarin,E.Gault,et,al. Real time PCR quantifi-
− 90 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
cation of human cytmegalovirus DNA in amniotic fluid samples from mothers with primary
infection. J Clin Microbiol 2002;1767-1772
7 ) Lazzarotto T, Varani S, et al. New advances in
diagnosis of congenital cytomegalovirus infection. Intervirol. 1999;42:390-397.
− 91 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
短 報
栄養管理システムの構築
∼ 栄養療法への提言:NST 活動をとおして ∼
NST 岡本康子 池松禎人 田中寛 島桂子 廣瀬広子 橋爪一光
【要 旨】 当院の栄養サポートチームは 2004年 6月に院長直属の組織として承認された。目的は入院患
者のQOLの向上を一番に考えたケアを考案、栄養療法を合理的に施行することを主治医に提
案し、合併症の減少、治療効果の向上、経営の効率化を図ることである。2006 年 4 月の診療
報酬改定では、栄養管理計画書作成が必須条件とされ、看護師の協力のもと、管理栄養士を
病棟担当制とし、全入院患者に対する栄養管理が開始された(2008年現在、作成率99.7%)
。ま
た、栄養障害のリスク次第ではNST介入が決定される仕組みとなっており、多職種共同で栄養
管理が展開されることになる。
特に栄養管理室は各部門を連携する中心的役割を果たしている。
【キーワード】 栄養サポート、普及活動、栄養管理、地域一体型 NST
はじめに NST 専門栄養士は 1 名(2004 年取得)が 2008 年
かつては病院に入院すると患者は体重が減少し、
Total Nutritional Therapy Training for Dietision の受
低栄養になるといわれていた。これには、医師をは
講をし、リーダーの補佐を務めている。また看護師、
じめとした医療スタッフの栄養療法への関心の薄さ
薬剤師、臨床検査技師などもNST専門士取得にむけ
とともに、管理栄養士自身も厨房業務に追われ、栄養
て研鑽を積んでいる。今回はNST稼働前後の栄養管
管理という本来の業務に背を向けていた実状がある。
理室の業務改革から栄養管理、NST活動の実際を管
当院で栄養サポートチーム(以下 NST)稼働前に
理栄養士の立場から述べる。
入院患者を対象とした栄養障害のリスク調査による
と、患者 484 名のうち 306 名(63%)が栄養障害を
目 的
疑われていた。また、体重やアルブミン(以下 Alb)
NSTの目的は、安全な食事形態と適正な栄養量を
など栄養指標測定がなされていない患者も多く存在
患者に提供し、栄養状態を改善させることである。
した。入院患者の栄養状態を改善するためには管理
そのためには各科の医師が参加協力し、専門的知識
栄養士のみならず院内で働くすべての職員が栄養に
を活用して患者の QOL 向上を一番に考えた栄養療
関心を持つことが必要である。栄養療法推進のた
法を考案し提案することが重要な業務である。これ
め、NST 活動の中心となる医師・コメディカルは各
により栄養関連合併症が減少し、病院運営上の経済
自でその研鑽を行うとともに院内普及活動を開始し
効果へ波及することとなる。
た。2003 年から 2008 年 6 月現在まで TNT(Total
Nutritional Therapy Training)受講医師は 9 名を数
栄養管理室の業務改革
え、活動チームには 3 名が所属する。外科医が NST
2000 年 4 月、患者の多くは身長・体重が測定され
委員会の委員長と活動チームのリーダーとを兼任
ておらず、1,800kcal を主体とした大盛、小盛の定食
し、他には外科医、歯科口腔外科医、消化器内科医・
を思わせる食事が患者の希望に応じて提供されてい
呼吸器内科医( 2 名 2008 年 8 月 TNT 受講予定)、脳
た。栄養管理を行うにあたり、患者個々に応じた必
外科医、
各 1 名ずつが診療科の垣根を越え、
コメディ
要栄養量を決定し、栄養学にもとづいた病態栄養管
カルとともに実践的に栄養療法に取り組んでいる。
理を構築する必要があったため、手始めに約束食事
− 92 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
箋を改訂した。約束食事箋は大きく病態別と主成分
栄養管理の最終目標は患者教育である。1999年度
栄養別の 2 種類に分別される。厚生労働省は病態別
400 件/年であった栄養指導は年々件数が伸び、現
に糖尿病食・腎臓病食・肝臓病食などの特別食を推
在 3,600 件/年を行うまでになっている。
奨しているが、栄養学的見地からは主成分栄養別に
しかし、管理栄養士の力だけでは栄養療法にも限
E(エネルギー)コントロール食、P(たんぱく質)
界がある。そこで、コメディカル・医師の協力のも
コントロール食、F(脂質)コントロール食に分別す
と広報活動を行い、診療科・部門の垣根を超えて各
るのが一般的である。事実、教科書のほとんどが主
専門家の力を結集した NST が稼働を開始した。
成分別栄養を推奨している。当院も各診療科の科長
と相談を重ね、2002 年 10 月から主成分栄養別へ変
NST( Nutrition Support Team)
更した。さらに経腸栄養剤も病態別・栄養素別に用
2004年 6 月院長直属にNST委員会が設置され、こ
意し、多様な病態に対応することができる(図 1 A)。
の横並びにNST活動チームが承認された。NST委員
基本は患者個々の身長・体重・年齢・安静度に応じ
会は活動チームを統括する機能を持つ(図 2A)。
て適正な栄養量が決定され、モニタリングしなが
現在は、組織が改正され嚥下活動チーム、褥瘡
ら、調節していくことが大切である。現在の栄養量
チームが統合されている(図 2B)。
の決定方法を一部示す(図 1 B)。管理栄養士が食事
モニタリングをするにあたっては治療方針の確認
院長
委員会
と、患者の病態を把握することが重要であるため、
チーム
〔総括チーム〕
委員長〔院長指名医師〕
医師
14名
看護師
5名
薬剤師
1名
管理栄養士
1名
臨床検査技師 1名
臨床工学技師 1名
事務局
1名
回診・カンファレンスへ同行して医師との意思疎通
を図るとともに医学知識を学んでいる。
〔活動チーム〕
責任者〔院長指名医師〕
副責任者〔院長指名管理栄養士〕
スタッフ
・医師・看護師・薬剤師
・管理栄養士・臨床検査技師
・理学療法士・その他
図 2A NST組織図(20040601)
総合栄養支援・褥瘡対策委員会
NST活動チーム
褥瘡活動チーム
NST活動チーム組織図
医師
NST活動チームリーダー
嚥下活動チーム
管理栄養士
NST活動チームリーダー
看護師
褥瘡ケアナース
図 1A 経腸栄養剤の選択
管理栄養士
各医師
歯科医師
薬剤師
臨床検査技師
理学療法士
その他
図 2B 総合栄養支援褥瘡対策委員会組織図(2008.
4.1 改変)
栄養管理方法と低栄養患者の抽出及び介入方法
以前はスクリーニングシートで低栄養患者を抽出
し、管理栄養士が 2 次スクリーニングを行った後に
薬剤師、臨床検査技師に専門分野でのアセスメント
を依頼していた(図 3 )。2006 年 4 月以降は栄養管
理計画書を作成し、NST との連携に応用している。
すなわち患者が入院すると、その日のうちに看護師
図 1B エネルギー必要量の決定
が身長・体重などとともに基礎データを計測し、栄
− 93 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
養スクリーニングを行う。早期に栄養障害を発見す
るため多くのスクリーニングツールが開発されてい
るが、当院では主観的包括的評価(SGA:Subjective globalassessment)と客観的栄養評価(ODA:Objective
data assessment)を組み合わせている(図 4A)。その
後、管理栄養士が栄養障害を評価し栄養管理のため
の計画書を作成する。栄養障害のリスクを評価して
中等度あるいは高度の場合はNSTの介入を依頼する
が(図 4B)、軽度またはリスクのない場合は退院時
の評価となる。しかし、入院中に栄養障害が発生す
ることも少なくなく、2007 年 7 月からは入院後の栄
養障害を早期に発見するため、各病棟のNST担当看
護師(以下、リンクナース)は栄養障害の発見に有
効であるといわれる次の 3 項目により、再評価を行
うこととした(図 4C)。すなわち、① 1 週間以上、喫
食率が半分以下、②体重減少、1週間に1∼2%以上、
③褥瘡の発生のうち 1 項目でもリスクがあれば、病
棟担当の管理栄養士と相談してNSTの介入を諮るこ
ととした。
また、管理栄養士が 10 日以上の欠食者を抽出し、
薬剤師と連携をとる、臨床検査技師はAlbが3.0以下
を抽出して看護師および管理栄養士に連携をとるな
ど、各部門が専門家として知恵を出し合い低栄養リ
スクのある患者の早期発見を行っている。
図 4A 栄養管理計画書
図3 栄養管理システム
− 94 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
図 4B 栄養管理システム
図 5A 入院患者における TPN・経管栄養施行率と
在院日数の推移
経腸栄養法を行っている患者はNST稼働開始後か
ら徐々に増え、栄養管理室より経腸栄養メニューを
提案するようになってからは、さらに増加している
(図 5B)。DPC 導入により薬価部門が包括となった
一方で食事料金は包括されずに別計算されるため病
院には収益となる。2004年 4 月の診療報酬改定では
図 4C 栄養管理システム再アセスメント 食費は 1 食毎会計となり、適時適温報酬は中止と
なって栄養関連収益は大きな打撃をうけた。しか
実際の NST ラウンドは毎週金曜日 13 時から看護
し、2006 年度の栄養管理実施加算算定数は 185,296
師、臨床検査技師、薬剤師からの情報を統合し管理
件(22,235,520 円)であったものが翌 07 年度には
栄養士が患者プレゼンテーションを行った上で、医
191,257 件(22,950,840 円)と増額となっている。さ
師を含めた活動チームがあらかじめ協議して介入方
らに08年 4 月の改定では自宅に退院、または管理栄
針を決定する。その後病棟を訪問しリンクナースの
養士のいない施設へ移動する後期高齢者の栄養指導
プレゼンテーション後、必要に応じ患者を訪問、あ
料(180 点)が増設され、管理栄養士の業務責任は
るいは主治医を交えて提言内容を決定する。カルテ
さらに大きなものとなってきている。
には介入理由や提案などが記入され、活動チーム
全員がサインをする仕組みとなっている。一回の
チーム活動には約 2 時間を要する。
NST 活動開始から 2007 年度までに抽出された患
者は738名で実際に介入した患者は689名であった。
活動開始直後の 2004 年度は 321 名に介入したが、そ
の後は 05 年度 122 名、06 年度 125 名、07 年度 92 名
と減少している。これは職員の栄養管理に対する意
識が高まった結果、早めに腸を使うことで栄養状態
を改善しようとしたためと考えられた。事実、病棟
担当管理栄養士から医師への栄養量提案とともに、
医師や看護師から管理栄養士に対して栄養量や食
図 5B 経腸栄養メニュー・導入プロトコール提案・
種、経口・経腸栄養剤の選定、経腸栄養プロトコー
指示箋
ル、経腸栄養メニューの提案依頼や相談が増えてき
ている(図 5A)。
− 95 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
普及活動
褥瘡チームの活動
活動チーム内の勉強会は月 1 回、また職員を対象
2006 年 1 月から 12 月まで看護部が実際の患者に
とした勉強会は年 10 ∼ 11 回行われ栄養療法知識の
作成した褥瘡診療計画書を調査したところ、新入院
普及に努めている。後者は栄養をテーマに各診療科
患者 13,626 人の約 40%に褥瘡治療計画書を作成し、
の医師と活動チームコメディカルがコラボレーショ
うち約 6 %に褥瘡があった。持ち込みの褥瘡は 60
ンして行い、開催回数は昨年度までで計31回を数え
%、院内発生は 40%であった。評価当時の栄養補給
ている。2005 年度内容は「各診療科の医師から専門
は経口可能 126 人、末梢輸液のみ 109 人、経管栄養
を学ぶ」をテーマに NST 総論、栄養アセスメント、
28 人、TPN48 人であった。入院時の Alb 値は約半数
腎疾患の栄養、透析患者の栄養管理、経管栄養・PEG
で 3.0g/dl 以下だったが、測定されていない患者も
造設、輸液と薬剤・経腸栄養剤、外科と栄養・嚥下
いた。NST 介入が行われた患者はこのうち 6%で
評価、感染予防と栄養・呼吸器患者の栄養、糖尿病
あった。褥瘡治療が効果を発揮し、治療するために
患者の栄養・肝疾患患者の栄養、嚥下障害の対応、当
は患者の栄養状態が大きく関与するため、創傷治療
院の食形態、小児の栄養・整形外科と栄養であった。
効果のあるアルギニンに注目した栄養管理を確立し
2006年度のテーマは「栄養アセスメントの基本を学
ている(関連発表:病態栄養学会 2007 年 1 月、褥瘡
ぶ」と題し、管理栄養士が栄養学とアセスメントを
学会同年 9 月、JSPEN 東海北陸地方会 2008 年 3 月)。
中心に講演した。そして 2007 年度は「GFO を知る」
また褥瘡専門認定ナースの誕生、褥瘡チームの統合
と題して、最先端の微量栄養素などを学んだ。1 回
により、褥瘡予防活動がさらに推進されている。
の参加人数は多い時には 150 名を超え、職員に栄養
への関心が着実に浸透してきていることが伺える。
ま と め
NST では欠食者の減少、栄養不良患者の早期発
嚥下チームの活動
見・対応・提案、栄養療法の推進を活動チームの目
2004 年 3 月から 2005 年 3 月までの NST 介入患者
標にして、①経腸栄養の普及、②欠食者・低アルブ
数は 309 名、歯科口腔外科医と行った嚥下評価は 65
ミン血症患者の抽出、③嚥下機能評価、④経腸栄養
件で、嚥下リスクのある患者の41%のうち食形態が
ポンプの導入、⑤体重測定の習慣化を推進してき
不適切であった患者は約半数を占めた(2005年 名
た。平均在院日数の短縮(NST 稼働前 15.9 日、2008
古屋 JSPEN にて発表)。この実状を踏まえ嚥下チー
年 6 月現在 14.5 日(図 5B)に示す)、TPN の減少、
ムが発足、嚥下評価表、食事形態フローチャートな
経腸栄養の増加、嚥下機能評価マニュアルにもとづ
どを作成することで嚥下評価方法の確立、安全で適
いた評価方法の確立、栄養療法に対する意識の向上
正な食形態の提案を行っている(図 5C)。
などが成果としてあげられる。2008年度は経腸栄養
手順マニュアルの作成、PEGの固形化栄養剤マニュ
アルなどの作成に取り組み始めている。
結 語
栄養管理はすべての疾患治療の上で共通する基本
的医療のひとつである。NST 稼働から 5 年目を迎
え、院内では栄養への知識が浸透され、病院全体の
栄養管理レベルが向上してきた。在院日数が短縮す
る中、当院では栄養状態の完全な回復が望めず、転
院先、在宅などで継続して栄養管理を行うことが重
要となる。しかし適切な栄養管理が継続できず、入
図 5C 嚥下評価方法
退院を繰り返すケースも少なくない。介護施設や在
− 96 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
宅でも一貫した栄養管理が実践されることが必要で
ある。それには当院NSTを発信基地として地域一体
型NST構築にむけ、地域における多様な医療関係者
の間でのネットワーク作りが急務である。
謝 辞
NSTを立ち上げるにあたり、多大な協力をしてく
ださった副院長矢野邦夫先生はじめ、薬剤科石津
直樹氏、また初代NSTチームリーダーとしてご苦労
された黒田宏昭医師(外科:現北九州総合病院)、2 代
目片岡秀樹医師(消化器科 現 片岡医院)、3 代目
矢野賢一医師(脳外科 現 聖隷三方原病院)、薬剤
科芦川直也氏(現 豊橋ハートクリニック)、元院長
脇慎治先生に、深く感謝いたします。
文 献
1 ) 入院食事療養・病院食事基準.日本臨床栄養学
会雑誌 vol.20.No2;1998
2 ) 岡本康子、 島桂子:よくわかりすぐ役立つ
NST 重要ポイント集.日本医学館;2006.1
3 ) 佐々木雅也:スクリーニング手法 SGAとODA、
臨床栄養 vol.109. No4;2006.9. P403-409
4 ) 岡本康子:聞いておきたい問診事項、臨床栄養
vol.109. No4;2006.9. P410-415
5 ) 岡本康子:経腸栄養法における管理栄養士の専
門的役割、日本静脈経腸栄養学会誌 vol.21.
No4; 2006. P9-26
6 ) 岡本康子、池松禎人:日本病態栄養学会雑誌
vol.11. No.2; 2008
7 ) 特集 地域医療連携における栄養管理 臨床栄
養 vol.112. No.3;2008.3. P250-288
− 97 −
臨床研究
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
臨床研究
急性心筋梗塞の経皮的冠動脈形成術に対する
救急外来との連携について
看護部 齋藤 恵子、山口 恵子
【キーワード】 急性心筋梗塞、CCU、救急外来
はじめに らコロナリー室)
当院救命救急センターにおいて、救急搬送された
救命救急センタースタッフに対し、救急外来とCCU
急性心筋梗塞患者は、救急外来にて診察を受けた
との連携についてのアンケート調査を実施する
後、経皮的冠動脈形成術(以後 PCI と略す)が計画
される。その際救急外来から直接PCIへ行く場合と、
結 果
一度CCUへ入室した後にPCIへ行く場合がある。ど
調査期間中、急性心筋梗塞で救急搬送された患者
ちらの場合においても、患者への負担やリスクを少
22 名の中、救急外来から直接 PCI に行った患者は 6
なくし早期に治療が受けられるように、救急外来と
名(27%)、一度 CCU へ入室し CCU から PCI に行っ
CCU との連携が大切である。
た患者は 16 名(73%)だった(図 1 )。
研究目的
当院の救命救急センターの看護師は ICU・CCU・
救急外来の 3部門をローテーションし勤務をしてい
る。それにより各部署の相手の動き、流れを把握し
やすいため無駄なく必要な情報を共有化し、よりス
ムーズにPCIへ向かうことができていると考えられ
る。今回、急性心筋梗塞患者が PCI を開始するまで
の所要時間と、スタッフ間の連携について調査し現
状の把握を行った。今後、患者がより安全で迅速に
図1 CCU入室経由された患者数と直接PCIに行っ
PCIを受けられるよう、救急外来とCCUとの連携と
た患者数とその割合
いう視点で検討する。
救急外来からPCIに行った場合の平均所要時間は
研究方法
23分、CCU入室経由でPCIに行った場合の平均所要
【対象】:平成 18 年 9 月から平成 19 年 2 月までの急
時間は53分だった。救急外来から直接PCIに行った
方が 30 分早く治療へと向かえていた(図 2 )。
性心筋梗塞患者で入院し、PCI を実施した症例
【方法】:救急外来から直接 PCI へ行った場合と、
CCU入室後にPCIに行った場合との所要時間を比較
検討する。
ストレッチャーでの搬送時間を計測する。(救急
外来からCCU、救急外来からコロナリー室、CCUか
図2 来院からコロナリー室入室までの所要時間と内訳
− 100 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
CCUを経由してPCIに行った中で、平均所要時間
全に患者が PCI に向かえるよう、互いにコミュニ
以上かかった症例は 6 例であった。そのうちわけ
ケーションを取り合うことができていた。これらの
は、急性心筋梗塞と診断されたが発症から数時間経
理由からスタッフ間で連携が取れているという意見
過していたため、その後の心電図変化や胸部症状を
が 100%であった。
観察していた症例が 3 例、急性心筋梗塞と大動脈解
離との鑑別診断のために造影 CT を施行していた症
考 察
例が 2 例、来院後 CPA となり蘇生していた症例が 1
今回の調査で、平均所要時間以上かかっている 6
例だった。
例においては、医師の指示により経過観察や、検査
53 分を下回る 10 例の平均所要時間は 33 分であっ
や処置を行っていた例であるため、以下の考察では
た。以上 6 例のような特別な場合を除けば、平均所
除外する。
要時間差は 10 分であった(図 3)。
急性心筋梗塞はいかに迅速に診断・治療するかが
医療現場において重要なポイントである。急性期に
おける10分は、心筋へのダメージに大きく影響を及
ぼすと考えられる。今回の所要時間調査で救急外来
からPCIに行った場合の方が10分早く治療を開始で
きるということが判明した。その理由として移動に
かかる距離と時間の短縮ができていることや、開業
医からの紹介ですでに急性心筋梗塞と診断されてい
る場合、最初から初期診療が循環器医師であること
が考えられる。直接 PCI に行った場合には、救急外
来スタッフはその後に CCU へ必要な情報を申し送
図3 特別な 6 件を除いた場合の所要時間
ることを行っている。
これに対し、コロナリー室が血管造影に必要な準
なお救急外来から CCU までの搬送にかかる所要
備ができていない場合や、患者の状態が不安定な場
時間は約 1 分だった。救急外来からコロナリー室ま
合は医師の判断で CCU へ一度入室している。
での所要時間は約 1 分、CCU からコロナリー室まで
CCUを経由した場合の平均所要時間は33分だが、
の所要時間は約 1 分 30 秒だった。
マンパワーが確保されているという点においてPCI
アンケートの結果、連携を取るためにスタッフが
に行くまでに必要な処置を、スタッフが分担して確
心掛けていることは、CCUスタッフでは急性心筋梗
実に行えるという利点が大きい。また急変時の対応
塞患者が緊急搬送されるという情報が入った時点
においても十分な人手や物品が備わっている。救急
で、あらかじめ必要物品を揃えておくこと、役割分
外来スタッフは、CCU入室後もPCIに向かうための
担を決めておくこと、情報が送られてきた際にス
処置に参加しながら、CCUスタッフに経過や救急外
タッフ全員が、いつ患者が入室してきても対応でき
来で行われた処置内容を伝達する。救急現場におけ
る準備と心構えをしておくことがあげられた。救急
るコミュニケーションでは、相手がどのような情報
外来のスタッフは、医療連携室からの情報または救
を求めているかを理解したうえで正確な情報を伝え
急車からのホットラインの情報を早期に CCU へ伝
ることが大切とされている。緊急度や重症度に合わ
達すること、当日の心血管造影予定をCCUスタッフ
せ、大事な事項を簡潔明瞭に伝え、処置の重複を防
に確認し、その状況に合わせ救急外来からでも PCI
ぎ安全にPCIに行けるようにスタッフは心掛けてい
に行けるように準備すること、救急外来での処置内
ると考えられる。また、時間のロスをなくすため救
容を CCU スタッフに明確に伝えることがあげられ
急外来のストレッチャーのまま、CCUでPCIに行く
た。救急外来・CCU のどちらであっても早期かつ安
ための準備をし、コロナリー室へ向かうこともあ
− 101 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
る。これらのことは、同じ部署のスタッフであるか
文 献
らこそコミュニケーションが取りやすく、臨機応変
1 ) 渡辺須美子.救急現場のコミュニケーション.
に対応していると思われる。緊急性が高く、十分な
EMERGENCY CARE.18(7);2005.
病歴聴取が困難なことが多いが、チェックリストを
2 ) 道坂久代.看護師がトリアージを行う上での課
用いアレルギーの有無や、腎不全・喘息の有無など
題.EMERGENCY CARE.18(7);2005.
を可能な限り確認し、コロナリー室へ申し送るよう
3 ) 樫田光夫.AMI の緊急対応 HOW TO.HEART
にしている。搬送後60分以内にコロナリー室へ入室
nursing.17(12);2004
し、冠動脈造影が実施できる体制が必要であると言
4 ) 平山篤志.すべてがわかる!心臓カテーテル検
われているが、今回の調査で双方においてこの条件
査室に必要な知識.HEART nursing.17(10)
;
は満たしていた。
2002
急性心筋梗塞では、コロナリー室又はCCUへ搬送
5 ) 高仲知永.急性心筋梗塞の治療の進めかた Pri-
する行程で患者の容態が急変する可能性が非常に高
mary PTCAの適応と効果Medical Practice.東京
い。そのため移動をする際には、必ずモニター付除
文光堂本郷 2001,18(11)別冊
細動機を装着し、医師と共に移動をしている。さら
に移動時には、心筋梗塞の合併症である不整脈がモ
ニターで医師が確認できる位置をとり、対応ができ
るようにし安全にコロナリー室へ向かえるようス
タッフは心掛け、実践できていると考えられる。
救急外来から直接PCIに行く場合と、CCUを経由
して行く場合のどちらにおいてもそれぞれの利点が
あるが、患者への負担や不安を軽減させ、より安全
で早期にPCIが受けられるよう症例でどちらを選択
するかが重要と考えられる。そのために、救急外来・
CCUスタッフは常にコミュニケーションを取り合い、
連携が取れるよう心掛けていることが分かった。
結 論
PCI を早急に開始するための手段の選択の為に、
救急外来とCCUスタッフは、連携を密にとって最善
の方法をとる必要が確認された。
おわりに
今回の調査で、PCI に行くまでの所要時間が考え
ていた以上に長いという事実を知ることができた。
今後さらに安全かつ、短時間で PCI へ行けるよう心
掛けていくことが大切である。またスタッフ間にお
いてコミュニケーションを取ることを常に心掛け、
問診や処置の重複を防ぐことや、早急に PCI を行う
必要のある患者の情報を得て、放射線科、他のス
タッフへの連絡を早めに行うことなどの業務改善を
図っていくことが課題であると考えられた。
− 102 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
臨床研究
糖尿病教育入院患者へのエンパワーメントアプローチ
看護部 袴田 博美
【キーワード】 糖尿病、教育入院、行動変容
はじめに 事例紹介
エンパワーメントとは、
「能力開化」と訳され、患
50 歳代女性、糖尿病、睡眠時無呼吸症候群
者の中に眠っている問題解決能力を見出し、患者が
健診にて糖尿病指摘され、内服治療を行った。血
糖尿病と闘う力を発見するのを手伝うプロセスであ
糖コントロール不良のため、教育入院となる。
るといわれている。また、患者自身が行動変化を起
こす「 5 段階の変化ステージ」があり、患者の心理
研究方法
的変化を分析し、その各ステージに適した介入をし
期間:平成 18 年 5 月 25 日∼平成 18 年 6 月 28 日
ていくことで、患者のエンパワーメントにアプロー
方法: 1 )入院時、入院中 1 週間毎、退院時、退
チできるとされる。
院12日後、初回外来時に、糖尿病ビリーフ質問表(質
糖尿病治療の中心は食事、運動、薬物療法である。
問に答えるうちに患者自身が行動変化の方向性を自
コントロールの良否は日常生活の自己管理によるた
ら発見していくとされる質問表。) を活用し面接す
め、患者教育は糖尿病の治療の一貫として位置づけ
る。面接後 PAID質問表(糖尿病とその治療に対する
られる。生涯にわたり生活の自己管理を継続してい
「感情」を測定する質問表)を記入。
くため身体的・精神的・社会的な負担は大きく、個々
2 )入院時より 1 週毎に食事・運動・薬物療法に
の生活条件に応じた教育が必要となっている。
対し、変化ステージを分類するための質問をしてい
当院の教育入院患者は食事・運動・薬物療法を意
き、ステージに合わせた看護介入をする。
欲的に取り組め、血糖は低下していくが、退院後の
倫理的配慮:患者・家族に直接、研究方法・目的・
生活について尋ねると、治療を継続できないという
動機・方法・プライバシーを守ること・参加は自由
言葉が多く聞かれる。筆者は、現在の教育入院では、
であり、研究を断っても不利益ではないことを口頭
退院後の生活管理へ意欲には繋がっていないと感
にて説明し、同意を得た。
じ、患者が自分自身の問題や入院中治療を効果的に
できたことを自覚できれば、意欲的に生活管理でき
結 果
ると考えた。
食事療法:A 氏は入院前、食事量は気にしていな
そこで、患者の準備状態を評価して各段階で関わ
かったと話し実施していなかったが、入院時は「食
る石井氏の変化ステージを活用し、初回教育入院の
事を頑張りたい。」と話した。この時、準備期であり、
患者に看護介入を試みた。その結果を報告する。
まず食事療法の意義を理解できるように関わった。
1 週目も準備期であったが、食事療法で血糖が下が
研究目的
ることや自分が食べ過ぎていたことに気付くことが
初回糖尿病教育入院の患者に、準備状態を評価
できた。反面、食べたいものが食べられないことへ
し、変化ステージに合わせた看護介入することで、
の不満を話した。そのため、できていることを褒め、
退院後も意欲的に生活管理を継続できるか検討す
量を考えれば何でも食べられることを理解できるよ
る。
うに関わった。2 週目は行動期となり、退院後の生
− 103 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
活について自ら考え、目標も自ら立案できた。退院
表1 PAID感情別の合計表(点数が高いほど、感情
後は、間食することがあったが量は減少しており、
負担は大きい)
食事の量は目標通りに守れて、行動期を維持でき
た。この時、A 氏の PAID 質問表の点数が高くなっ
てきており治療へ感情負担が増強していた。そのた
め、筆者は感情負担を増強させないよう、ここで間
食をした理由を追求するのではなく、少ししか食べ
ずにすんだことを褒め、頑張りを認めていった。す
5月 25日
6 月 1日
治療への感情
(12 ∼ 60 点)
周囲への感情
(3 ∼ 15 点)
糖尿病の感情
(5 ∼ 25 点)
21
29
28
37
39
4
3
5
3
3
8
10
8
10
12
合 計
33
42
41
50
54
ると、A 氏も「今までできなかったこともできるよ
うになった。」と自信を見せ、退院後 1 ヶ月、行動期
6 月 8日 6 月 21 日 6月 28 日
表2 変化ステージ
を維持できた。
5月 25日 6月 1日 6月 8日 6月 21日 6 月 28日
薬物療法:入院時、決められた量を内服できてお
り、維持期であったが薬の効果を感じたことはな
く、
「飲んでも変わらない。」と話し、A 氏は薬の効
変化
ステージ
果を信じていなかった。そのため、内服の必要性を
理解できるように関わった。2 週目には、薬の必要
食事
準備期 準備期 行動期 行動期 行動期
運動
準備期 準備期 準備期 準備期 準備期
薬物
維持期 維持期 維持期 維持期 維持期
性を理解しただけでなく、薬物療法と他の治療とを
併用して行うことの重要性も理解できた。退院後も
考 察
継続して内服することができ、維持期を維持でき
石井氏は『糖尿病の治療が自分にとってどれくら
た。
い重要だと思っているか、それをやる自信がどれく
運動療法:入院前に運動習慣はなかった。しかし、
らいあるかが強いほど治療へのモチベーションは高
「入院を機に頑張りたい。」と話した。この時、準備
くなる』1) と述べている。A 氏は、入院し糖尿病教
期であり、運動療法の意義を理解できるように関
室や日頃の看護師との関わりの中で知識を深めら
わった。2 週目は準備期で、散歩をして血糖が下が
れ、実際に管理した生活を体験し、血糖値の安定や
るのを実感でき、始めは膝の痛みや筋肉痛があり、
体重が減るのを実感し、治療の重要性を理解でき
歩くことで精一杯であったが、次第にもっと歩こう
た。さらに、毎日食事制限や運動を行い、自分にも
と思うようになり、歩数も増えていき、自ら目標を
できたことや望ましい行動変容ができていたことを
設定し歩けるようになった。退院時も、「頑張りた
認められ、A 氏の自信となっていったと考える。入
い。」と話したが、退院後、家事以外は動くことがほ
院時の関わりは、生活管理への意欲に繋がったと考
とんどなく、目標を達成できず、行動期には至らな
える。
かった。退院後の運動は、
「時間はあるがやる気がな
退院後は、食事への食べられないという不満が強
い。」と話した。この時、A 氏の PAID 質問表の点数
まり時折間食したり、運動療法は目標を達成でき
が高くなってきており治療へ感情負担が増強してい
ず、生活に取り入れることができなかった。入院時
た。そのため、筆者は感情負担を増強させないよう、
から次第に PAID 質問表の合計点が増加し、治療に
少しでも生活に取り入れやすいよう、達成しやすい
対する感情負担は退院後さらに増強していた。退院
目標を再設定したが、変更しても 1 ヶ月後、目標は
後は、入院中に比べ食べ物も手に入りやすく、意識
達成できなかった。しかし、A 氏は気づいた時には
して運動を取り入れる必要があり、治療に専念しに
ウォーキングマシンに乗り、面接時には、
「少しずつ
くい環境となることや、退院時は各療法を継続する
頑張りたい。」と話し、目標も自ら再設定した。
自信を持っていたが、実際の生活の中で治療を継続
していく困難さを初めて感じたことが、感情負担を
増強させ、生活管理への意欲を低下させやすい状況
− 104 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
であったと考える。
文 献
変化ステージには、後戻りする時期があるとされ
1 ) 石井均:糖尿病エンパワーメント実践講座,
る。また、石井氏は、
『やる気のない時期にどんなに
治療の有効性を示す情報提供をして説得しても、行
動には結びつかない。そういう時期にこそ、患者の
気持ちを尊重し、感情や考え方を聞くことが次に繋
がる。』1) と述べている。
筆者は、できていないことをなぜできないのかと
問題を追及したり、治療の有効性を再度指導したり
するのではなく、患者が生活管理に対してどう思っ
ているのかということに注目し、また、やる気がな
いと訴えた時も否定はせず、患者がどのような状況
にいるのかアセスメントし、できていること見つ
け、頑張りを認めていった。その関わりの結果、A
氏は、退院後、食事療法は行動期を維持でき、薬物
療法は維持期、運動療法は準備期のままであった
が、気づいた時には運動し、毎回面接時には、自ら
目標を再設定するなどできた。A氏は、治療を継続
しようという気持を持ち、退院後の生活管理への意
欲を維持することができたと考える。
運動療法において、行動変容をしなかったが、変
わらない時期があることを看護者側は理解して関わ
ることが重要である。変化しないから効果がないの
ではなく、変わらない時期にどのように患者と向き
合い、意欲を維持できるように関わるかが重要であ
ると考える。
また、各療法の変化ステージは異なっていた。全
ての療法が同じように行動変容していくわけではな
く、患者によって生活に取り入れやすい治療法は違
う。個々の患者にどの療法が取り組みやすいのかを
見極め、できていることを維持できるようにし、さ
らに、どの療法も行っていけるよう、各療法の評価
し、準備状態に合った関わりをしていくことが重要
である。
結 論
初回糖尿病教育入院の患者に、準備状態を評価
し、変化ステージに合わせ看護介入することで、退
院後も意欲的に生活管理を継続でき、エンパワーメ
ントアプローチに有効である。
− 105 −
看護学雑誌,69(2),2005.P117-118
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
臨床研究
大腿骨近位部骨折患者における誤嚥性肺炎予防
看護部 1) 整形外科 2)
鳥居栄里子 1)、岩瀬 敏樹 2)、大野 洋平 2)、廣瀬 広子 1)
【キーワード】 大腿骨近位部骨折、嚥下、誤嚥性肺炎
目 的
対象症例を良好群、不良群に群分けして両群間の
高齢者の大腿骨近位部骨折は、整形外科病棟にお
差異について検討した。
ける入院適応患者の代表的な骨折である。本骨折は
看護師と歯科医師が口腔診査を行い、残存歯、清
そのほとんどが早期の手術適応となるため、全身状
掃状態、口腔乾燥、病的な舌苔、粘膜清掃の状態を
態の術前把握や、術中術後の周術期管理に関して看
診査した。
護職が果たす役割には非常に大きなものがある。
周術期に臨床症状、血液生化学的所見、胸部レン
我々は高齢者の大腿骨近位部骨折患者の周術期合併
トゲン写真の変化などから主治医が肺炎の診断を行
症の一つである誤嚥性肺炎に着目し、本骨折患者に
い、肺炎発生症例についてはそれぞれの嚥下機能や
対して看護職として介入できる摂食介助をさらに良
口腔内所見、合併症などの背景を検討した。
質なものとすることを目標に本研究を開始した。本
これらの検討結果より、病棟全体で入院時の嚥下
研究の目的は、高齢者の大腿骨近位部骨折に対する
機能評価をもとに適切な食事形態の選択、食事介助
手術治療の目的で入院した患者に関して術前嚥下機
の実施を行い誤嚥性肺炎の予防に努めた。
能検査・口腔診査を評価し、肺炎発症との関係を明
らかにし、病棟で発生する誤嚥性肺炎の予防に資す
結 果
ることである。
入院時 RSST の結果、良好群は 17 例、不良群は 33
例であった。33cc 水飲みテストでは良好群は 40 例、
対象と方法
不良群は10例であった。口腔診査では残存歯有は26
2006 年 10 月から 2007 年 2 月までに県西部浜松医
例、無は 24 例であった。残存歯の清掃状態良好は 7
療センター 2 号館 6 階病棟に入院した大腿骨近位部
例、不良は 19 例であった。口腔乾燥有は 18 例、無は
骨折患者 50 例を対象とした。性別の内訳は、男性が
32例であった。病的舌苔有は 9 例、無は41例であった。
10 例、女性が 40 例であった。年齢は 65 歳から 97 歳
粘膜清掃良好は 32 例、不良は 18 例であった(表 1 )。
(平均 84 歳)であった。
嚥下機能の評価方法として、術前に反復唾液嚥下
表1 嚥下機能評価・口腔診査の結果
テスト(以下 RSST)と 3 cc 水飲みテストによる嚥
RSST
下機能評価を行った(図 1 )。
3cc 水飲み
テスト
残存歯
清掃状態
口腔乾燥
病的舌苔
粘膜清掃
図1 反復唾液嚥下テスト
− 106 −
良好群
17
良好群
40
有
26
良好
7
有
18
有
9
良好
32
不良群
33
不良群
10
無
24
不良
19
無
32
無
41
不良
18
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
経過観察中に 3 例に誤嚥性肺炎が発症した(表
つである 3 cc 水飲みテストは良好例が多くみられ
2 )。全例男性であり嚥下機能の評価ではRSST不良
た。このように、嚥下機能検査は良好でも実際には
であったものが 2 例、3cc 水飲みテスト良好群は 3
誤嚥性肺炎が発症していることから高齢者の食事形
例であった。3 例とも舌苔有、粘膜清掃不良であっ
態決定には嚥下機能検査の評価のみを参考にするだ
た。特徴的な背景として睡眠導入剤を使用により食
けでなく、合併症、口腔診査、摂食方法の評価も必
事中も傾眠傾向となっていた例が 1 例、緊急手術で
要であることがわかった。そこで、著者らの所属す
あったため口腔内の状態が不良にもかかわらずケア
る病棟では大腿骨近位部骨折患者の周術期誤嚥性肺
が不十分のままに手術となった例が 1 例、既往に誤
炎を予防する為に、嚥下機能評価のみでなく摂食行
嚥性肺炎の既往があり手術待機期間が 25 日となっ
動なども評価し、看護師全員が摂食・嚥下機能に合
てしまっていたリウマチ患者が 1 例であった。
わせた食事を提供することができるようにフロー
チャート(図 2 )を作成した。看護師が入院時に呼
表2 肺炎発症例の詳細
吸状態、意識レベルを把握して、嚥下機能検査・口
腔診査を実施し、年齢や性別、関節リウマチや誤嚥
の既往歴の有無など患者背景の把握をした後、経鼻
胃管などの非経口摂取も含め食事形態の選択をして
いる。傾眠傾向で呼吸器症状があり、嚥下機能不良
である症例のなかでも看護師が食事形態の選択に迷
う時には口腔外科専門医への受診を行なっている。
今回の検討で周術期肺炎を発症したのは全例が 70
歳以上の男性であり、高齢男性は誤嚥性肺炎を生じ
やすい可能性が示唆された。その要因として男性
は、全ての年齢で喉頭の位置が女性よりも低く、特
に 70 歳以上では男性が女性に比べて低下している
との報告もあり、男性の方が喉頭閉鎖に関わる舌
骨・喉頭挙上に時間がかかり、有効な舌骨・喉頭挙
上ができず、嚥下障害リスクが高くなると考えられ
考 察
ている 2)。さらに、誤嚥性肺炎を生じた症例の背景
日本整形外科学会のガイドラインによると、大腿
を総合的に見ると、術後意識レベル低下時の食事摂
骨近位部骨折の術後合併症として肺炎が 3.2%と最
取や家族による食事介助などの誤嚥対策に配慮した
も多く、さらに入院中の死亡原因は 30 ∼ 40%を占
食事介助ができなかったこと、絶食中の唾液による
1)
めいていると記載されている 。高齢者の肺炎には
誤嚥、関節リウマチの為の食事摂取方法不良などが
誤嚥性肺炎が高頻度であることは良く知られてお
誤嚥性肺炎の誘因となる可能性も考えられた。ま
り、誤嚥性肺炎は嚥下機能との関連が示唆されてい
た、熊井らは、リウマチ性関節炎では、輪状披裂関
ることや、外科的手術後の肺炎併発患者では低栄養
節にリウマチによる炎症が波及することが少なくな
状態、褥創、創傷治癒の遅延などの合併症を起こし
い 3)、と述べておりリウマチ患者では嚥下機能の低
やすくなる可能性がある。このような背景のもと
下に関して特別な配慮が必要である。
に、われわれは、大腿骨近位部骨折による入院患者
の嚥下機能検査・口腔診査と肺炎発症との関係を明
らかにすることを試みた。
しかしながら、今回の検討では誤嚥性肺炎発症例
であっても嚥下機能を評価する代表的な方法のひと
− 107 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
評価を総合的に判断する必要がある。
整形外科担当医はもちろんのこと歯科口腔外科医
や管理栄養士、リハビリテーション関連職員など他
職種との連携を密にし、すべての看護師が適切な食
事形態の選択を行い、積極的に口腔内の清掃の保持
に努め、家族を含めた適切な食事介助の指導も必要
である。
文 献
1 ) 大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン.南
江堂;2005.
図2 大腿部近位部骨折患者食事形態選択フロー
2 ) 深田順子、鎌倉やよい、万歳登茂子、他:高齢
チャート
者における嚥下障害リスクに対するスクリーニ
ングシステムに関する研究.日本嚥下リハ会
今回の検討結果を総合的に評価すると、周術期肺
誌.2006;10:31-42.
炎を予防するには患者の日々の食事摂取状況・嚥下
3 ) 熊井良彦、湯野英二:リウマチ性関節炎が原因
状態を継続して評価し、必要時には非経口的栄養
と考えられた声帯可動域制限症例に対する外科
や、看護師が適切な食事介助、食形態の選択を行う
的治療.耳鼻と臨床.2006;52.306-308.
ことが重要であると考える。寺本は、口腔ケアで肺
4 ) 寺本信嗣:基礎疾患・合併症のある場合の肺
炎が減る根拠は、口腔ケアで誤嚥がなくなるわけで
炎;高齢者、脳血管障害.診断と治療.2007;
はなく、たとえ誤嚥されても、誤嚥内容物がきれい
95.76-80.
で雑菌を含んでないために、肺炎が減少する。つま
り、悪い誤嚥は誤嚥性肺炎を生ずるが、よい誤嚥の
場合は、たとえ誤嚥しても肺炎にならない 4)、と述
べている。今回の調査でも口腔内環境が不良な例が
非常に多いということが判明したので絶食中であっ
ても口腔ケアの重要性を認識した。
これらの検討結果をもとに大腿骨近位部骨折患者
に対し、入院時には嚥下機能検査・口腔診査を必須
とし、結果をもとにフローチャートに基づいた食事
形態の選択、術前・術後の口腔ケアの徹底、摂食行
動の観察を十分に行っている。また、入院時には嚥
下機能評価が不良であっても定期的に嚥下機能評価
を行い、改善がみられた場合には適切な食事形態へ
変更し、その時々の状況に見合った食事形態を提供
できるように対応している。
結 語
高齢者の大腿骨近位部骨折患者の誤嚥性肺炎の予
防の為には、単に嚥下機能評価のみでは不十分であ
り、合併症、口腔診査、食事摂取方法・栄養状態の
− 108 −
C P C
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
C P C
臨床病理検討会要約
入院時、全身皮下出血と頚部リンパ節腫大を呈し、
急速に死亡した 1 例
平成 19 年度臨床研修医 菅森 悠乃、小池 雄太
CPC開催日 平成18年12月20日
当該診療科 呼吸器科
症 例:77 歳 男性
臨床指導医 小林 健
職 業:音楽教師
病理指導医 小澤 享史
【主 訴】:全身皮下出血
日近医より当院外科へ紹介となった。
【既往歴】
:20 歳 虫垂炎(輸血あり)、34 歳 左腎結石
【入院時身体所見】体温:37.4, 血圧:91/54mmHg,
の手術、数十年来∼糖尿病(内服治療)
脈拍:90bpm, 意識:清明 , 眼瞼結膜:軽度貧血様 ,
H19 年 4 月、近医受診し肝胆道系酵素上昇を指摘さ
眼球結膜:黄疸(+), 頚部リンパ節:左頚部∼鎖骨上
れた(AST 101, ALT 65, LDH 266, ALP 700, Y -GTP
窩に触れる , 心音・呼吸音: 正常 , 腹部:右下腹部に
180, T-bil 0.8)。HCV 抗体軽度陽性、腹部 CT にて肝
手術痕
(+), 皮膚: 全身性に軽度黄疸(+)左上下肢に
硬変の所見あったが、8 月の HCV-RNA PCR 定量で
浮腫
(+)左上肢・胸部・腹部・左腰∼殿部に広範な
は陰性であった。同時に胸部 X 線異常陰影も指摘さ
皮下出血(暗赤色調)
れ当院呼吸器科に紹介となり、胸部 CT 像にて肺気
腫、間質性肺炎の疑い(KL-6 668)、左 S1+2 肺小結
【入院時血液検査】
[血算]WBC 10.4×103/㎜ 3, RBC
節影(腫瘍マーカー上昇なし)の所見あり、以降外
2.45×106/㎜ 3, Hb 8.6g/dl, Hct 25.0%, Plt 120×103/
来フォローされていた。
㎜ 3[凝固]D-dimer 31.6μg/ml, FDP 126.3 μg/ml,
[生化学検査]TP 5.1g/dl, ALB 2.8g/dl, T-bil 2.71mg/
dl, D-bil 1.12mg/dl , AST 47IU/l, ALT 17IU/l, ALP
【家族歴】:特記事項なし
392IU/l, LDH 711IU/l, LAP 54IU/l, γ -GTP 53IU/l ,
【生活歴】
:職業 元音楽教師、飲酒 ウイスキー 1 本 /
10 日、喫煙 20 本 / 日 30 年間
ChE 103IU/l, BUN 10.9mg/dl, UA 3.7mg/dl, Cre
0.73mg/dl, NH3 63μg/dl, Na 138.8meq/l, K 4.0meq/
l, Cl 108.1meq/l, T-Cho 103mg/dl, TG 63mg/dl, CRP
【現病歴】
:H19 年 8 月 22 日、自宅玄関にて転倒、打
1.63mg/dl, Glu 163mg/dl, HbA1c 4.2%[感染]梅毒
撲した。8 月 28 日、近医整形外科受診、骨折は否定
STS 濃度 0, HB s抗原価 0, HCV 抗体 COI 陰性 , HIV
され経過観察とされた。9月4日、階段を上がる際転
抗体COI 陰性[腫瘍マーカー]CYFRA 9.7ng/ml(<
倒、左殿部を打撲し、以降歩行不良となった。9 月
3.5), PRO GRP 2.3pg/ml(< 12.3), NSE 20ng/ml
7 日、近医が患者の義母を往診した際相談を受け、
(< 10), SCC 2.2ng/ml (< 2.2)
眼瞼結膜貧血様、全身の紫斑及び浮腫を指摘し、同
− 110 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
【入院時画像検査】胸部単純 X 線:左上肺野外縁、胸
病理解剖診断
膜に接するように小結節影あり。縦隔の拡大(+)。
解剖:死後 19 時間 26 分後
胸部単純CT: 左S1+2に 1.7cm台の結節影あり、4月
身長 164cm、体重 61.8kg(BMI:22.9)、頚部、上肢、
時の CT より拡大しており、血管の引き込み像も見
側腹部、下肢に皮下出血班を認めた。
られる。左肺門部、両側の縦隔リンパ節の腫大(+)。
①肺:重量左肺 900g、右肺 680g、両肺ともに重量の
両肺底部の網状影(+)。
増加が認められた。胸水は左 650ml、右 120ml、赤
色透明であった。左肺上葉S 1 + 2 に胸膜陥入伴う白
【入院後経過】9 月 7 日、当院外科に入院し、入院後
色の 2 cm の腫瘍を認めた。両肺上葉中心に強い気
より CFPN-PI 300mg/day の内服、止血剤の点滴を
腫性変化があり、下葉中心にうっ血あり。腫瘍部の
開始した。以降夜間に脱衣、徘徊など認知症症状が
弱拡大では充実性に、肺胞組織破壊型の腫瘍細胞の
見られた。9 月 12 日、低酸素血症認め、O2 3L/min
増殖が認められた(図 1)。強拡大では腫瘍細胞は大
開始、新規出血班の出現や採血時の止血不良は持続
型でN/C比も大きく、核は円形で大きな核小体を有
しており(採血:Hb 7.4 ↓ , Plt 83 × 103 ↓ , AST 53
する。一部巨細胞も確認された。腫瘍は腺癌、扁平
↑ , ALT 20 ↑ , T-Bil 6.84 ↑ , D-Bil 2.06 ↑)、以降適
上皮癌の構造は認めず、免疫染色にて TTF-1(−),
宜RCC-LR、FFP-LR、PC輸血を施行した。9月26日、
Chromogranin A(−), Synaptophysin(−), Cytokeratin
喀痰細胞診にて、低分化腺癌または大細胞癌細胞の
(AE1/AE3)
(+), Vimentin(+), CD56(−),34bE12(−).
所見が得られ、肺癌の診断にて 10 月 2 日、呼吸器科
Special stain: Alcian blue(−), PAS(−).以上より未分
に転科した。10 月 5 日、左鎖骨上リンパ節より穿刺
化癌、大細胞癌と診断した。リンパ節転移は多発縦
吸引細胞診施行、低分化腺癌または大細胞癌転移の
隔リンパ節、両側肺門リンパ節、左鎖骨上リンパ節
診断だった。また胸部 CT では、左 S1+2 の結節影は
に確認された。また胸膜直下のリンパ管内及び気管
2cm 大へ増大、頚部・縦隔リンパ節は累々と腫大し
支や動脈周囲のリンパ管内に癌細胞の増殖がみられ
ており、両側肺浸潤影及び両側胸水が見られた。以
癌性リンパ管症が示唆された(図 2 )。
降全身状態は急速に悪化、酸素投与量は段階的に
8 Lまで増量した。10月10日、38℃程度の発熱あり、
採血にて WBC 17200, Hb 5.7, Plt 70 × 103, Cre 2.57,
BUN 96.8, T-bil 3.55, AST 64, ALT 19, LDH 809, CRP
3.37, s-IL2R 3960、末梢血に破砕赤血球及び幼弱な芽
球が出現しており、感染徴候、D I C に対して
MEPM0.25mg/day、メシル酸ガベキサート 1500mg/
day点滴開始した。10月12日、呼吸状態更に悪化し、
塩酸モルヒネによるセデーションを開始した。10月
14 日 下顎呼吸となり、13 時 17 分に死亡確認した。
【臨床側の問題点】
① 左肺結節影の腫瘍像
図1 左肺腫瘍部;弱拡大:充実性に、肺胞組織構
② 他臓器転移(血行性転移)、他リンパ節転移の有
築破壊型の腫瘍細胞の増殖が認められる
無
③ 間質性肺炎、細菌性肺炎、癌性リンパ管症の有
無
④ 肝硬変の原因
⑤ DIC の原因根拠
− 111 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
8 :前立腺過形成
9 :脳の解剖は家族の承諾なく、開頭は行わなかっ
た。
10:男性屍体(164cm/61.8kg)
臨床との考察
免疫染色: T T F - 1(−), C h r o m o g r a n i n A(−),
Synaptophysin(−),Cytokeratin(AE1/AE3)
( + ),
Vimentin(+ ),CD56(−),34bE12(−). Special stain:
Alcian blue(−),PAS(−)より左肺上葉大細胞癌と診
図2 胸膜直下のリンパ管内及び気管支や動脈周囲
断した。
のリンパ管内に癌細胞の増殖がみられ癌性リンパ管
①多臓器転移(血行性転移)、他リンパ節転移の有無
症が示唆された。
としては甲状腺転移が認められ、リンパ節転移は多
発縦隔リンパ節、両側肺門リンパ節、左鎖骨上リン
両肺上葉では肺胞液内に薄い液体が充満してお
パ節に転移が確認された。以上より pT2N3M1G4 り、肺水腫の像、炎症細胞浸潤を認めた。また右肺
stage Ⅳと診断した。
下葉中心に肺胞内に出血を認めた。
間質性肺炎、死亡時細菌性肺炎、癌性リンパ管症
右下葉一部に限局して MT 染色や Gomori 染色に
の有無に関して、肉眼的所見では明らか蜂窩肺等の
て染まる間質の肥厚、及び 2 型肺胞上皮の増生が確
間質性肺炎の所見は認められなかった。
認された。
しかし、右下肺に間質の肥厚およびリンパ球の軽
甲状腺:肉眼的には明らかな転移の所見はない
度の浸潤、 2 型肺胞上皮化生の存在が認められた。
が、ミクロにて甲状腺組織内に癌細胞塊を認めた。
しかし病変は限局しており、二次性の変化の可能性
肝臓:重量910g、肉眼的に萎縮しており、大小
が高く、間質性肺炎の診断は難しいと判断した。ま
様々な結節形成を認めた。明らかな嚢胞や腫瘍は認
た一部右下肺に軽度の好中球の浸潤は見られたが、
めなかった。ミクロでは様々な大きさの再生結節が
明らかな肺炎像は認めなかった。胸膜直下のリンパ
混在する混合結節性肝硬変の所見であり、繊維性隔
管や気管支や動脈の周囲のリンパ管内に癌細胞の増
壁部でのリンパ球を中心にした炎症反応、再生結節
殖がみられ癌性リンパ管症が示唆された。
内での実質炎が見られアルコール性肝細胞障害であ
肝硬変の原因に関しては繊維性隔壁部でのリンパ
る脂肪沈着や肝細胞周囲性繊維化等は見られず慢性
球を中心にした炎症反応、再生結節内での実質炎が
ウイルス性肝炎に続発する肝硬変が疑われた。
見られた。アルコール性肝硬変では小結節性の再生
[DIC]
:組織学的に明らかな所見は認めなかった。
結節を呈し、炎症細胞の浸潤はほとんど見られない
関連およびその他の所見
ことより慢性ウイルス性肝炎に続発する肝硬変と考
1 :慢性脾うっ血(170g)肝硬変によるものと考え
えられた。
DIC の原因の根拠、及び他に原因の有無に関して
られた。
2 :求心性左室肥大
は、死後 19 時間以上経過の解剖であり、各臓器に明
3 :黄色透明心嚢水(140ml)
らかな微小血栓等 DIC の所見は確認できなかった。
4 :軽度良性腎硬化症(左腎 170g、右腎 180g)
両下肺にうっ血の所見を認めたが死後 19 時間経過
5 :糖尿病
しており、死後の変化の可能性もありDIC を証明す
6 :動脈硬化症(冠動脈軽度、大動脈は軽度から中
る臓器には値しないと判断した。
等度)
7 :両下腿浮腫
− 112 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
結 語
肺大細胞癌、Stage Ⅳ、肝硬変の症例を経験した。
組織上では明らかなDICの所見は認めないが、臨床
所見、検査所見より DIC に矛盾しない。
肺気腫の合併など、もともとの肺の予備能が低い
状態に癌の急激な進行、及びDIC による肺毛細血管
透過性亢進、および癌性リンパ管症によるリンパ管
不全を併発し肺水腫に至り呼吸不全にて死亡に至っ
たと考えられた。
− 113 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
C P C
臨床病理検討会要約
慢性腎不全に合併した異時性重複癌の1例
平成 19 年度臨床研修医 高山 洋平
CPC開催日 平成19年 2 月27日
当該診療科 呼吸器科
症 例:70 歳 男性
臨床指導医 笠松 紀雄
職 業:
(元)教員
病理指導医 小澤 享史
【臨床診断】
たが 2006 年 3 月から腫瘍の増大傾向、5 月から胸水
主病変:肺癌(扁平上皮癌)T4N2M1 Stage Ⅳ
貯留と咳嗽が出現したため、8 月 1 日∼ 8 月 10 日ま
で入院。この時胸水細胞診を複数回施行したが悪性
臨床所見
細胞は検出されなかった。胸水穿刺を 3 回施行し
【主 訴】 胸部異常陰影
total 2,000ml排液したところ、症状軽快したため退
院となった。2006 年 10 月より全身倦怠感増強、食
【既往歴】 1983年慢性糸球体腎炎、1992年前記にて
血液透析開始、2000 年 8 月 S 状結腸癌にて S 状結腸
思不振、ADL 低下を認めたため 10 月 18 日、当院呼
吸器科入院となった。
切除術(当院;高分化型腺癌)
【家族歴】 妻;精神疾患(詳細不明)、息子;交通外
傷後要介護状態
【アレルギー、喫煙、飲酒歴】 機会飲酒程度、喫煙
歴 BI 20 × 50 = 1000
【現病歴】 慢性腎不全にて血液透析中であった。定
期的行っていた胸部X線検査にて異常陰影を指摘さ
れ(図 1)、2005 年 8 月 19 日呼吸器科受診。9 月 14
日、気管支鏡検査を施行された。B6 および B10 穿刺
細胞診にて低分化扁平上皮癌∼大細胞癌が検出され
図1 初診時胸部単純 CT
た。骨シンチにて異常集積なく、肺扁平上皮癌
右 S10 に境界明瞭な腫瘤性病変を認める。
T2N0M0 Stage Ⅰ b と考えられた。陳旧性心筋梗塞
による心機能低下、透析中であるといった全身状態
から、外科切除は困難と考えられたため、2005年 10
月 14 日∼12 月 5日まで total 70Gy の放射線単独治療
を行った。放射線治療によって腫瘍の縮小を認め、
奏効率40%を得た。その後外来で経過観察としてい
− 114 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
4.8mEq/l、 Cl 98.2mEq/l、Ca 11.9mg/dl、CRP
16.91mg/dl、CEA 6.8ng/ml、SCC 95ng/ml
【入院後経過】肺癌の悪化(癌性リンパ管症)と肺炎
の診断にて抗生剤を投与。基本的に対症療法を行っ
た。10 月下旬から肝胆道系酵素上昇、腹部膨満、腹
部腫瘤も著明となり、CT にて多発肝転移を確認し
た。肝不全の進行により全身状態の悪化が進行。終
末期医療に終始したが 2006 年 11 月 19 日死亡。
【死亡時点での臨床上の疑問点、問題点】
1 )直接死因となった肝転移は肺癌によるものか、
大腸癌か、 2 )右胸水貯留は認めたが、悪性細胞は
死亡するまで陰性であった。癌性胸膜炎であるの
か。
【病理解剖診断】
図2 肺肉眼像、腫瘍組織像
1 .右下葉肺癌、右胸膜繊維性肥厚、リンパ行性転
移(右肺門、縦隔)、血行性転移(肝臓多発性)、
血性腹水
2 .萎縮腎
3 .陳旧性心筋梗塞(前壁)、冠動脈狭窄
【臨床上の疑問点に対する考察】
病理組織学的な所見としては、気管支内腔を埋め
るような腫瘍の進展を認める。また、各臓器に浸潤
図3 肝臓断面肉眼像
が認められた異型細胞は部分的に角化傾向とシート
状の配列(図 2 )を示し、腫瘍中心部には組織壊死
【入院時現症】身長 160.2 cm、体重 44.5 kg、血
が著明である。これらの肉眼的・組織学的所見はい
圧 120/60 mmHg、脈拍 50/ 分、SaO2 94%
ずれも扁平上皮癌の特徴である。以前に切除された
(room air)、体温 36.5℃意識清明(認知症あり)、
大腸癌の病理組織診断は、高分化型腺癌であったこ
眼結膜貧血様、胸部聴診上右呼吸音減弱、左前胸部
とから、今回の肝転移の原発巣は肺であると考え
断続性ラ音あり、肝脾腎触知せず、Clubbed finger
る。直接死因となった肝臓への転移腫瘍は、肉眼的
( +)
には比較的境界明瞭な結節性病変を形成し、黄白色
であった。結節の内容はおから状であり中心付近に
【入院時検査所見】
は壊死を伴っている(図 3 )。
3
<血液> WBC 8500/㎜ 、Hb 9.2g/dl、RBC 326 万 /
3
3
右胸膜には著明な繊維性の肥厚が見られ、一部腫
㎜ 、Ht 29.9%、Plt 26.6万/㎜ <生化学>AST 23IU/
瘍細胞の浸潤が見られた。扁平上皮癌は肺未分化癌
l、ALT 13IU/l、LDH 1045IU/l、ALP 597IU/l、
γ-GTP
や腺癌に比べ細胞同士の結合が強いため、胸水細胞
120IU/l、T-BIL 0.19mg/dl、TP 7.1g/dl、Alb 2.9g/dl、
診において悪性所見が陰性だった事は癌性胸膜炎の
BUN33.9mg/dl、Cr6.40mg/dl、Na134.7mEq/l、 K
存在を否定するものではないと考える。
− 115 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
【維持透析患者の悪性腫瘍】
維持透析患者の死因の中で、悪性腫瘍は第 4 位で
あり、年々増加している。しかし、維持透析患者の
悪性腫瘍の発症頻度については本邦における明確な
エビデンスがない。海津ら 1) は九州・沖縄地区で維
持透析患者の悪性腫瘍の発症を調べる目的で断面調
査を行い、悪性腫瘍の発症が多いこと、発症患者の
約 50%が 4 年以内に診断されていること、腎癌・甲
状腺癌・多発性骨髄腫・肝癌や膀胱癌などが多いこ
とが推測される旨を報告した。井関ら 2)は沖縄県に
おいて透析患者の悪性腫瘍の死亡を一般住民の死因
と比較している。それによると 1985 年度と 1980 ∼
1990年度の透析患者の一般住民に対する相対危険度
は男 3.21、女 4.69 倍と高値であったと述べている。
悪性腫瘍の種類別では一般住民では肺癌、胃癌、肝
癌が多かったのに対し、透析患者では大腸癌が多
かったとしている。
【総 括】
透析患者に発症した異時性重複癌(大腸癌・肺癌)
の一例であった。本症例では透析導入後 8 年で大腸
癌が、13 年で肺癌を発症している。透析患者に対し
ては、それ自体が悪性腫瘍の risk factor であること
を認識し、定期的にスクリーニングを行うことが重
要であると考える。
文 献
1 ) 海津嘉蔵:維持透析患者の悪性腫瘍(統計と成
績).医薬の門 2006;45:354-8
2 ) 井関邦敏:透析患者における悪性腫瘍(透析的
分析).日本臨床透析 2001;17:661-5
− 116 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
C P C
臨床病理検討会要約
特発性間質性肺炎の1例
平成 19 年度臨床研修医 中根 浩伸
CPC開催日 平成19年 7 月24日
当該診療科 呼吸器科
症 例:61 歳 男性
臨床指導医 笠松 紀雄
職 業:元亜鉛溶接工(粉塵吸入歴あり)
病理指導医 小澤 享史
《臨床診断》
15年 4 月より患者本人の希望により当院外来で通院
【主病変】:特発性肺線維症
治療(プレドニゾロン 30mg/ 日)開始。この時、KL6 は 1990U/ml、p-ANCA は 37U/ml であった。同年
【副病変】:慢性呼吸不全 8 月 26 日から咳嗽、発熱、左胸痛出現し、労作性呼
吸困難が増強したため 8 月 28 日緊急入院( 1 回目)
《臨床所見》
となった。この時、KL- 6 は 862、p-ANCA は陰性、
【主訴】:呼吸困難
ASP 抗原は陰性、β -D グルカンは陰性であった。胸
部レントゲン上、異常陰影の遷延と血液データの炎
【既往歴】
:慢性 C 型肝炎、糖尿病(詳細不明)、特発
症反応の遷延化が認められたが、抗菌薬の投与によ
性肺線維症(平成 12 年∼)、慢性呼吸不全(平成 15
り症状の改善が認められたため本人の希望により 9
年∼)
月 26 日一時退院し、外来で経過観察を行うことと
なった。10月にはステロイドの効果乏しく徐々に漸
【家族歴】:父が肺癌、兄が塵肺
減を開始し(維持量を 10mg/ 日)、12 月には徐々に動
脈血酸素分圧悪化により在宅酸素療法(HOT)を2r
【生活歴】
:喫煙)20 ∼ 52 歳まで 20 本 / 日、元亜鉛溶
接工で粉塵吸入歴あり
で開始した。そのまま外来通院治療を継続していた
が、平成 16 年 4 月 11 日から微熱、黄色痰、呼吸困難
が増悪し、左胸痛の出現も認めたため、4 月 21 日肺
【入院歴】
:間質性肺炎を基礎とし、細菌性肺炎によ
る急性増悪、呼吸困難により当院に 2 回入院
炎による急性増悪と診断し緊急入院となった(入院2
回目)
。このとき、KL-6 は 636 U/ml、p-ANCA は陰性
であった。抗菌薬の投与、呼吸リハビリなど対症療法
【現病歴】
:平成 9 年に咳嗽、喀痰出現し、平成 11 年
により症状は改善傾向であったが、労作時低酸素血
9 月に近医にて胸部レントゲンで異常陰影を指摘。
症が以前より増悪していたため、HOT の酸素量を 4-
平成 12 年に Hugh-Jones 分類Ⅱ度の呼吸困難が出現
5r へ増量し退院となった。その後、在宅療法、外来
したため A 病院で精査を行い免疫学的検査で p -
通院治療で約 2 年経過したが、徐々に呼吸困難の増
ANCA 陽性、ビデオ補助胸腔鏡手術(video assisted
悪、ADL の低下を認め、トイレ、食事以外はほとん
thoracoscopic surgery;VATS)で通常型間質性肺炎
ど床上の状態であった。平成 18 年 8 月 28 日には、呼
(usual interstitial pneumonia;UIP)の病理所見が認
吸困難の増強、黄色痰、咳嗽の出現等全身状態の悪化
められ、ANCA 関連間質性肺炎と診断される。平成
のため入院となった(入院 3 回目、今回の入院)。
− 117 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
【入院時現症】
:身長 165cm、体重59.2kg、BT36.4℃、
BP120/60、脈拍数 92 回 / 分、動脈血酸素分圧(50
%ベンチュリーマスク下):92%、両側胸背下部に
fine crackle(+)、バチ状指(+)、チアノーゼ(+)、皮疹
(−)、関節炎(−)、栄養不良、筋発育不良、心音異常
(−)、浮腫(−)、眼球結膜・眼瞼結膜に充血
( +)
3
【入院時検査所見】
:<血液>WBC8800/㎜(neu
78.5
%、eos 1.3%、baso 0.1%,mono 5.1%、lym 15.0%)
Hb14.3g/dl、RBC457 万 / ㎜3、Ht44.7%、Plt18.1 万 /
㎜3 <生化学>GOT24IU/l、GPT21IU/l、LDH205IU/
図2 両肺に気腫性変化、背側優位に蜂巣肺が認め
l、ALP223IU/l、γ-GTP 90IU/l、T-bil0.44mg/dl、D-
られる。
bil0.17mg/dl、TP67.4g/dl、Alb3.5g/dl、BUN16.4mg/
dl、Cre0.83mg/dl、Na139.4mEq/l、K3.7mEq/l、
【入院後経過の経時的変化】
Cl99.1mEq/l、尿酸 6.1mg/dl、T-cho208mg/dl、
入院後、抗菌薬SBT/ABPC を投与し、微妙な体温
TG68mg/dl、血糖 167mg/dl <血清> CRP2.33mg/
の上昇下降はあるものの呼吸困難は安定し、一時は
dl、CEA4.6ng/ml、SCC2.2ng/ml、KL-6:653U/ml、
WBC、CRP 共に改善傾向であった。しかし、9 月 24
p-ANCA 陰性、抗核抗体:陰性
日に発熱、WBC、CRP が上昇、動脈血酸素分圧が低
下し呼吸状態が悪化し、聴診上両肺で Wheezing を
【入院時画像所見】
認めた。また黄色痰、咳嗽を認めたため PAPM/BP
胸部単純レントゲンでは両側にびまん性網状陰影
の投与を開始した。徐々に、臨床症状、呼吸困難、炎
がみられ、中下肺野を中心に輪状陰影が認められ
症所見は改善してきていたが、11 月 7 日に再び黄色
る。また、両肺の容積減少が認められる(図 1 )。
痰、咳嗽の出現、WBC、CRP の上昇を認めたため細
菌性肺炎を疑ってSBT/ABPC投与を開始した。症状
は一旦落ち着きを見せたが、11 月 11 日に呼吸状態
の悪化、WBC、CRP の上昇を認めたため、PAPM/
BP の投与を開始した。その後、体温は安定し、血液
データ上炎症反応は、改善傾向であったが、呼吸状
態はあまり改善をみせず、食欲不振、ADL の低下、
呼吸筋疲労が徐々に進行してきた。そして 12 月 9 日
動脈血酸素分圧が60%へと低下し著明な呼吸苦が出
現、血液データ上、WBC、CRP も上昇し、その場は
リザーバーマスク酸素 15r と鼻カニューレ 5r、ス
図1 両側にびまん性網状陰影が認められ、中下肺
クイージングで軽度改善が認められたが、呼吸困難
野を中心に輪状陰影が認められる。
は持続し、12 月 11 日死亡した。
さらに、左上肺野、下肺野にはコンソリデーション
【入院後経過の要約】
が認められる。胸部 CT では、両側下肺野背側に優
・入院時は細菌性肺炎合併による呼吸困難と考え、
位に蜂巣肺が認められる。また両肺に気腫性変化も
SBT/ABPC を投与し、ゆっくりと改善した。
認められる。(図 2 )。
・入院後も 2 回細菌性肺炎を繰り返した。抗菌薬は
PAPM/BP を使用した。
− 118 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
・KL-6は増加せず肺線維症の悪化ではないと判断し
の増加、炎症細胞の浸潤が認められ気管支炎があっ
たためステロイドの増量は行わず、PSL10mg/日で
たことがわかる。肉芽腫はなく、さらに腎糸球体に
維持した。
半月体形成は認められず、また血管炎の所見はな
・徐々にADL低下しほとんどベット上で酸素マスク
かった(図 6 )。遡って、平成 12 年、A 病院で行わ
を抱えるようになった
れた VATS でも蜂巣肺が認められており、組織を採
・12月となり、呼吸筋疲労が著明となり、夜間の呼
取した部位等の関係もあるかもしれないが、やはり
吸困難も強く、不眠、低酸素血症も悪化し酸素増量
病理組織パターンが何であるか、原因が何であるか
を行うも呼吸困難改善せず 12 月 11 日死亡の転帰と
は明確には述べることはできない。
なった
(死亡時点での臨床上の疑問点・問題点)
平成 12 年 A 病院で精査された時は、血管炎の存
在は否定的であったものの p-ANCA 陽性、VATS で
はUIPの所見でANCA関連間質性肺炎の診断であっ
た。その後 p-ANCA は陰性化し、特発性肺線維症と
診断し治療が行われた。
間質性肺炎の原因は様々であることが知られてい
るが、経過 6 年で死亡の転帰に至った本症例の原因
は何であったのか、病理学的所見も参考に考察する
こととなった。
図3 肺胞壁の線維化による肥厚と不規則に拡張し
(病理解剖診断)
た気腔が交互に現われ蜂巣肺の所見が認められる。
身長 164cm、体重 50.3kg、61 歳男性
≪肉眼的所見≫
肺: 肺線維症、両側胸膜癒着、肺蜂巣肺硬化、気道
内血性粘液痰充満(右 580g、左 420g)
心: 軽度線維性心外膜(360g)
肝: 軽度うっ血(880g)
腎: 軽度うっ血(右 130g、左 120g)
脊椎:Th6 圧迫骨折
脾、副腎、甲状腺、膀胱、前立腺:限局性病変
なし
図4 気道には真菌が多数存在した。
脳: 解剖承諾なし
≪病理組織所見≫
左右両肺に炭粉、気管支壁の肥厚が認められ、下
葉中心に蜂巣肺が認められる(図 3)。死亡時の病理
組織では、蜂巣肺が認められるが、蜂巣肺は間質性肺
炎の終末像でありこの時点で病理組織パターンが何
であるのか、原因が何であったのかは明確に述べる
ことはできない。気道内には、真菌が多数存在(図4)
し、またアスベストも組織内から見つかった(図5)。
気管、ないし太い気管支には扁平上皮化生、杯細胞
図5 組織内からアスベストが見つかった。
− 119 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
蜂巣肺は間質性肺炎の終末像であり、肺組織の破
壊の結果としてみられる肺の病態を示す用語であ
る。逆に言えば、間質性肺炎を来たす様々な疾患か
ら起こりうる。よって間質性肺炎を来たす疾患の鑑
別診断が非常に重要となる。これには、臨床所見、画
像所見、血液データ、病理所見を総合して検討し確
定する必要があり、今回の症例は特発性肺線維症の
可能性が極めて強い。特発性肺線維症は、特発性間
図6 腎糸球体、および血管には、半月体や血管炎
質性肺炎の一つであり、特発性間質性肺炎はその名
など顕微鏡的多発動脈炎を思わせる所見はなかっ
の通り明らかな原因のない間質性肺炎の総称であ
た。
る。特発性間質性肺炎は、臨床病理学的診断、病理
(臨床上の疑問点に対する考察ならびに総括)
組織パターンより以下のように分類される。
(図7)。
①≪臨床診断について≫
臨床病理学的診断名
突発性肺線維症
(NPF)
非特異性間質性肺炎
(NSIP)
急性間質性肺炎
(AIP)
突発性器質化肺炎
(COP)
剥離性間質性肺炎
(DIP)
呼吸細気管支炎を伴う
間質性肺炎
(RB-ILD)
このように分類する大きな意味は、その予後、治
病理組織
パターン
発症様式
分 布
線維化
の時相
線維芽細胞の増生
蜂窩肺
ステロイド
UIP
慢 性
斑状、不均質、
胸膜下
多彩
線維芽細胞巣著明
あ り
抵抗性
NSIP
慢性 / 亜急性
びまん性、均質
一様
時々、びまん性
ま れ
反応例
多い
DAD
急 性
びまん性、均質
一様
時々、部分的
な し
確率せず
OP
亜急性
小葉中心性
一様
器質化期以降であり
あ り
(終末期)
反応良好
DIP
慢 性
びまん性、均質
一様
時 々
な し
反応良好
RB-ILD
慢 性
びまん性、均質
一様
な し
な し
反応良好
図7 特発性間質性肺炎の病理組織
図8 特発性間質性肺炎診断のフローチャート
− 120 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
療成績から最も予後の悪い特発性肺線維症を的確に
性化を認めることがある。
診断することにあるが、今回の症例では、病理学的
・ IPF 発症後の平均生存期間は 5 年で、やや男性に
に診断が不可能であるので、以下のフローチャート
多く、40 ∼ 60 歳代に好発する。
を用いて特発性肺線維症と診断できる。
(図 8 )。
・自覚症状に先行して胸部X線で線維性変化を指摘
確定診断には、外科的肺生検が必要であるが、臨
されることが多い。
床診断には必ずしも必要ではなく、臨床所見や画像
・ 病理組織パターンは UIP に限定される。
所見上、典型的な特発性肺腺症症例では組織診断で
・ 副腎皮質ステロイドの奏功率は 20 ∼ 25%で予後
UIPである可能性が高く外科的肺生検を行わず臨床
不良の疾患である。
診断してよいとされている。よって、今回の症例は
・ 呼吸不全は緩徐に進行するが、慢性経過中、特に
フローチャートに従うと臨床診断特発性肺線維症で
冬期、感染を契機に急性増悪を起こし、治療が困難
あると言える。
となり呼吸不全で死亡する例が多い。
②≪ ANCA 関連肺疾患についての概要≫
・高血糖や高脂血症などの代謝性要因により発生し
・ 肺病変が存在し、ANCA 陽性の例を ANCA 関連肺
たと思われる症例があること、自己抗体陽性などの
疾患と呼ぶ。
免疫学的背景、粉塵などの吸引歴のみられる症例が
・ p-ANCA は、半月体形成性糸球体腎炎(70%)、ア
あること、家族性に発生する症例があること、加齢
レルギー性肉芽腫性血管炎(70%)、顕微鏡的結節性
と共に高頻度に患者数が増加することから多遺伝子
多発動脈炎(50%)で陽性となるが、特発性肺線維
性疾患形成が予想される。
症(idiopathic pulmonary fibrosis;IPF)症例でも陽性
④≪考察≫
となることがある。
上記①∼③、今回の症例経過、ANCA が消失して
・ p-ANCA 陽性の間質性肺炎の臨床経過は、一様で
いたこと、血管炎の存在がなかったこと、などから
はなく急性、亜急性、慢性に分類され、慢性に経過
特発性肺線維症であったと考えられるが、その発生
するものは蜂窩肺となる。
に必ずしもp-ANCAが関与しなかったとは言い切れ
・ 画像的に IPF と差異はなく、 病理学的に肺に血
ない。
管炎を認めないことが多い。
Ⅰ、IPF も ANCA 関連肺疾患もその原因が不明であ
・ 顕微鏡的多発血管炎(Microscopic polyangiitis ;
MPA)で、ANCA が高値であった症例は明らかな腎
る
Ⅱ、特発性間質性肺炎のうち、約10%にANCA陽性
病変を伴っていた例が多く、ANCA が低値で間質性
肺炎を合併していた症例は、腎障害も軽度のことが
例が認められている
Ⅲ、ANCA が高値の時は腎病変も高度であるが、低
多い。
値の時は軽度である
・ANCAが陽性となる機序は未だに不明な点が多い
Ⅳ、ステロイドにより ANCA の値は正常化するが、
が、肺の慢性炎症や持続感染、粉塵吸入、薬剤など
が誘因となり ANCA が産生されるとの報告もある。
間質性肺炎は改善されない
Ⅴ、ANCA そのものが、感染や粉塵吸入、薬剤によ
・ p-ANCA は治療により低下し、血管炎の病勢はそ
り誘発される
の数値に一致して変動するが、間質性肺炎の病勢に
これらⅠ∼Ⅴと、IPF、ANCA関連肺疾患各々の定
はあまり相関がみられない。
義が少し曖昧な所から、IPF と ANCA 関連肺疾患は
③≪特発性肺線維症(IPF)についての概要≫
多少なりともオーバーラップする部分があるように
・ IPF は肺胞間質、末梢気道の慢性炎症と肉芽腫を
思われる。考え方によっては、両疾患ともに元々は
伴わない線維化を呈する間質性肺疾患のうち、原因
ANCA の存在が引き金となって始まり、ANCA の消
の明らかなものや膠原病に随伴するものを除いたも
失と血管炎の未発生もしくは治療による改善が起
のと定義されている。
こった状態で診断された場合が IPF、血管炎の有無
・ 抗核抗体、RA 因子、p-ANCA などの自己抗体の陽
に関わらずANCAの存在がある状態で診断された場
− 121 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
合が ANCA 関連肺疾患と言えるのかもしれない。一
連の流れの中のどの時期に診断されたかという違い
があるだけで、実は同じ疾患群なのかもしれない。
いずれにしても、今回の症例は臨床診断名通り
「特発性」であり、病理学的所見からも明確に原因が
何であったかを述べることはできなかった。
− 122 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
C P C
臨床病理検討会要約
急性の経過で肝不全となった肝腫瘍の1例
平成 19 年度専修医 北島 和登
CPC開催日 平成19年10月17日
当該診療科 消化器科
症 例:69 歳 女性
臨床指導医 本城裕美子
職 業:なし
病理指導医 小澤 享史
《臨床診断》
腿擦過創あり。
主病名:肝細胞癌 合併症:アルコール性肝硬変
【入院時検査所見】<血算> WBC 5900 / μ l、RBC
《臨床所見》
463 × 104 / μl、Hb 13.9 g/dl、Ht 41.7%、MCV 90.1
【主 訴】全身倦怠感、食欲不振
fl、MCH 30.0 pg、MCHC 33.3 %、Plt 7.5 × 104 / μ l
<生化学> BUN 11.1 mg/dl、Cre 0.32 mg/dl、UA
【既往歴】53 歳 胆石症、胆嚢摘出術
4.0 mg/dl、T-Bil 1.49 mg/dl、D-Bil 0.18 mg/dl、LDH
252 IU/l、GOT 71 IU/l、GPT 63 IU/l、ALP 63 IU/
【家族歴】特記すべきことなし
l、γ -GTP 140 IU/l、TP 7.2 g/dl、Alb 2.5 g/dl、NH3
137 mg/dl、BS 228 g/dl <腫瘍マーカー> AFP 202
【生活歴】日本酒 3 合 + ビール 1 缶/日、喫煙歴なし
ng/μl、PIVKA-Ⅱ 10500 IU/l <感染症> HBs-Ag
(−)、HCV-Ab 低力価陽性、TPHA(−)、RPR(−)、
【現病歴】糖尿病、高血圧、高脂血症、アルコール性
肝硬変のため近医に通院中であった。平成19年 4 月
HCVRNA(−)<凝固> PT14 秒、PT54.1%、PTINR1.53、APTT33.1 秒、APTT65.2%
初め頃から全身倦怠感を自覚していた。近医での採
血でAFPの高値と肝酵素の上昇を認め、当科に 4 月
【入院時画像所見】
16日紹介受診となった。来院時のエコー上肝内に多
胸部X線写真では、肺野に異常影を認めなかった。腹
発性の腫瘍を認めた。4 月 23 日傾眠傾向を認め、ア
部エコーでは、S6、S7 に肝表面から突出する形の径
ミノレバン、モニラックを追加したところ意識レベ
50mmの内部モザイクパターンで被膜を伴う占拠性
ルは改善した。肝腫瘍精査加療目的にて 5 月 1 日入
病変及び右葉前区域に境界不明瞭な腫瘍を認めた
院となった。
(図 1 )。
【入院時現症】身長 143.3cm、体重 58.6kg、(BMI:
28.5)体温 36.7℃、血圧 139/74mmHg、左右差なし。
意識レベル清明。眼瞼結膜に貧血なし。眼球結膜に
黄疸なし。表在リンパ節触知せず。
[胸部]呼吸音 [腹部]上腹部正中に手術
清、心音 清、心雑音(−)。
痕あり。平坦、軟。圧痛なし。腹水なし。
[四肢]下
− 123 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
JISscore:1+3=4
5 月 7 日、肝動脈化学塞栓療法(transcatheter arterial chemo-embolization: TACE)を施行した(図 3)
。
図1 腹部超音波検査: S6、S7に被膜を伴う径50mm
の占拠性病変及び肝前区域に境界不明瞭な領
域を認める。
腹部造影 CT では、S 6 及び S 7 に肝外に突出する形
の境界明瞭な径50mmほどの動脈相で濃染し平衡相
で周囲より低吸収を示す病変をそれぞれ認め、前区
図3 腹部血管造影検査: 右肝動脈からの造影で腫瘍
域に同様の血行動態を示す境界不明瞭なびまん性の
濃染とAPシャントを認める。右門脈前区域枝
腫瘍性病変を認めた。また前区域枝に門脈腫瘍塞栓
に腫瘍塞栓を認める(矢頭)。
をともなっていた(図 2 )。以上の所見より、多発性
肝細胞癌、門脈塞栓(Vp3)、アルコール性肝硬変と
右肝動脈からの造影で計 3 箇所の腫瘍濃染と AP
診断した。上部消化管内視鏡では、上部食道に孤在
シャントを介して右門脈前区域枝が描出され、門脈
性の食道静脈瘤及び多発性の胃潰瘍瘢痕を認めた。
内に塞栓像を確認した。シャントに対してジェル
パートによる閉塞を行ったのち右肝動脈よりファル
モルビシン計40mg+リピオドール3mlを前後区域枝
それぞれに注入し、さらに塞栓した。左肝動脈領域
には加療せず終了した。しかし、治療中より不穏が
出現し、帰室後増悪した。翌朝意識レベルがさらに
低下し、肝機能検査でGOT 3161 IU/l、GPT 1673 IU/
lに上昇しPTが20%台に低下した。acute-on-chronic
と診断し、集中治療(FFP、AT Ⅲ製剤、メシル酸ナ
ファモスタット、セフォペラゾン/スルバクタム、グ
リセオール、アルブミン製剤の投与等)を開始した。
同日夕方にはⅣ度∼Ⅴ度の昏睡となり以後約1ヶ月
図2 腹部造影 CT 検査: 病変は、動脈相(A、C)で
間覚醒は得られなかった。トランスアミナーゼは速
濃染し平衡相(B、D、E)で周囲より低吸収
やかに低下したが、T.Bil は徐々に上昇を続けた。5
を示す。門脈腫瘍塞栓を認める(矢頭)。
月 13 日には気管内挿管を施行した。5 月末に FFP の
投与を中止したが PT は 20%より低下しなかった。
【入院後経過】
意識レベルの戻りが悪いためCT、MRI、脳波を確認
# アルコール性肝硬変(Child-Pugh score 9、grade B)
したが、血管障害は認めず、代謝性脳障害という診
# 肝細細胞癌(T4N0M0 stage Ⅳ A(肝癌研究会)
断を得た。6 月に入り徐々に覚醒し、脳症はⅡ度程
− 124 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
度となり、少しずつ食事可能となったが、T-Bil値は
上昇を続け最終的には 17mg/dl となった。6 月 22 日
より発熱と前後して再び昏睡となり、6 月 30 日午前
7 時 22 分死亡確認した。ご遺族の承諾を得て病理解
剖を行った。
【死亡時点での臨床上の疑問点・問題点】
図5 病理所見:索状型、中分化型の肝細胞癌で胆
・直接死因
・HCC の治療効果
汁産生を認める。
(A:HE 染色× 40 B:HE
・肝障害の程度
染色× 200)
【病理解剖診断】
体重 56.3kg 身長 148cm。栄養良、体格中。黄疸、
湿性浮腫を認めた。
①肝臓 〔肉眼〕1200g。右葉前区域の殆どを占める
塊状型の腫瘍病変を認める。S6・7の肝外に突出す
る腫瘍は壊死している。非腫瘍部は、アルコール
性肝硬変像で、黄色調の微細顆粒状の偽小葉結節
を認める。また右門脈浸潤(門脈内腫瘍塞栓)及
び右肝静脈内腔への突出を認める(図 4)。
〔組織〕
索状型、中分化型の肝細胞癌で、胆汁産生を認め
る(図 5 )。TACEにより癌細胞が壊死した部分(図
図6 病理所見:
(A)TACE により癌細胞が壊死し
6 A)と腫瘍残存部分の両方を認める。腫瘍による
ている(HE 染色× 40)。
(B)門脈腫瘍塞栓を
右門脈塞栓を認める(図6 B)。肝臓の非腫瘍部は、
認める(H E 染色× 4 0 )。(C )背景肝は、
偽小葉を形成するアルコール性肝硬変像を示して
micronodular cirrhosis である(マッソン・ト
いる(図 6 C)。
リクローム染色× 40)。
(D)肺動脈内に肝細
胞癌の腫瘍栓を認める。肺胞の虚脱、出血を
伴う肺水腫、気管支内に粘液分泌を認める
(HE 染色× 40)。
②脾臓:
〔肉眼〕長径 11cm、215g で脾腫を認める。
表面は平滑で、緊満、うっ血を認める。
③肺:
〔肉眼〕右肺 550g、左肺 440g。右肺上葉の一
部に、肺胞の虚脱と出血、胆汁を産生する数 mm
大の結節を認める。
〔組織〕肺動脈内に肝細胞癌の
腫瘍栓を認める。肺胞の虚脱、出血を伴う肺水腫、
気管支内に粘液分泌を認める(図 6D)。
図4 肉眼所見:
(A)右葉前区域の殆どを占める塊
④心臓:
〔肉眼〕450g、左室の求心性肥大(左室壁:
状型の腫瘍性病変を認める。
(B)右門脈浸潤
(矢頭)及び右肝静脈内腔への突出(矢印)を
認める。
− 125 −
2.0cm)を認める。
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
<病理所見のまとめ>
1 年生存率は 29.8%と非常に低いものの、長期生存
肝臓
例は TACE あるいは肝切除術を施行し得た症例で
・肉眼像は塊状型、組織像は索状型、中分化型の
あった。
肝細胞癌を認めた。また、右門脈腫瘍塞栓を認
本症例は術前肝機能 Child-Pugh B、Vp3 を伴う臨
めた。
床病期 Stage Ⅳ A 症例のため TACE 後の肝機能低下
・背景肝は、micronodular cirrhosisであり、アル
コール性肝硬変に矛盾しなかった。
が危惧されていたが、ご家族、本人と相談し TACE
を行う方針とした。超選択的に TACE を施行し、AP
・TACEにより壊死に陥った部分と、腫瘍の残存
部分の両方を認めた。
シャントに対してはジェルパートによる閉塞をリピ
オドール注入より先行させ、左肝動脈領域は温存し
肺
たにもかかわらず結果的に肝不全に陥り、死因とな
・肺動脈内への肝細胞癌の腫瘍栓を認めた。
る気道感染症を誘発した。臨床経過における脳症出
・肺胞の虚脱、出血を伴う肺水腫を認め、急性気
現を考えると時期によっては Child-Pugh C であり、
管支炎を認めた。呼吸不全の原因と考えられ
肝障害度はおそらく C であったと予想される。1994
た。
年∼ 2 0 0 1 年の肝癌研究会全国追跡調査に基づく
TACE症例の解析によると、stage ⅣAかつ肝障害度
ま と め
C の症例では 3 年生存率はわずかに 3 %、4 年生存
肝細胞癌を伴った肝硬変症例。黄疸、浮腫、腹水、
率は 0 %であり、この群における加療の可否につい
脾腫、肝性脳症、気管支炎を認めた。腫瘍は肺転移
ては今もって議論の分かれるところである。本症例
を示し Stage ⅣB 期であった。 については初発であり肝外に突出した部分の破裂の
危険があり加療を選択したが、治療方針としては
【臨床上の疑問点に対する考察ならびに総括】
TACE を肝外突出部位にとどめ、門脈腫瘍栓に対し
○直接死因:肝性昏睡時に急性気管支炎を起こし、
動注化学療法を追加する選択肢もあり得た。ただ、
呼吸不全となったことが直接死因と考えられた。
動注化学療法も明快なEvidenceには乏しく、更なる
○HCCの治療効果:TACEにより壊死に陥った部分
症例の蓄積、あるいは全国レベルのランダム化比較
を認めたが、腫瘍残存部分も認めた。残存部分は塊
試験の結果を待つ必要があると考える。
状型であり、S6 の結節型に比して有効率が低くなっ
た可能性がある。
○肝障害の程度:残存肝は小型の偽小葉を呈する
micronodular cirrhosisであった。ジェルパートは腫
瘍部位にのみ残存し、背景肝組織には認めなかっ
た。
TACE は 1974 年にフランスの Doyon らによって報
告され、本邦においては 1980 年代∼ 90 年代にかけ
て多くの施設で行われるようになり、現在もなお肝
細胞癌に対する重要な治療法の一つである。これま
での無作為試験の結果では予後延長に寄与しないと
されてきたが、2002年に 2 本のmeta-analysisの結果
が報告され、いずれも予後延長に寄与するとの結果
であった。当院においての 2002 年∼ 2007 年の肝細
胞癌初発症例の解析においても、Stage Ⅳ A 症例の
− 126 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
C P C
臨床病理検討会要約
胸部異常陰影を指摘された1例
平成 19 年度臨床研修医 島田 華、
服部 かよ
CPC開催日 平成19年11月22日
当該診療科 呼吸器外科
症 例:72 歳 女性
臨床指導医 船井 和仁
職 業:飲食店経営
病理指導医 小澤 享史、 森 弘樹
≪臨床診断≫
【主病変】:肺癌骨転移
【副病変】:DIC、多臓器不全
≪臨床所見≫
【主 訴】:胸部異常陰影
【既往歴】
:1989 年脂質異常症、関節リウマチ、2004
年脳梗塞
【家族歴】:父親が脳梗塞
図1 胸部 X 線写真(初診時)
:X 線写真・左の中肺
【喫煙歴】:20 本 / 日× 39 年間(30 歳∼ 69 歳)
野に腫瘤影を認める
【飲酒歴】:なし
【現病歴】
:2005 年 6 月検診にて左上肺野の異常陰影
を指摘され(図 1)、7 月 11 日、当院呼吸器科紹介受
診。胸部CT上左S3に胸膜陥入を伴う腫瘤影を認め
たため(図 2)、7 月 27 日、気管支鏡検査施行。左 B3a
にスリット状狭窄を認め、穿刺細胞診(迅速)にて
腺癌と診断。7 月 28 日退院。8 月 15 日、精査目的に
当院呼吸器科再入院。8 月 16 日、骨シンチグラフィ
施行。
図2 胸部 CT 画像:左の S3 に 4cm 大の胸膜嵌入を
伴う腫瘤影を認める
− 127 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
C7/Th1、L5/S1に変性像あるも転移像は認めなかっ
快。12月16日退院。2007年 1 月11日、MRIにてTh4、
た。8 月 17 日、腹部単純 CT 施行。左副腎に腺腫あ
Th6 に転移出現。疼痛を認めないため経過観察して
るも転移像は認めなかった。8 月 18 日、頭部 MRI 施
いた。しかしながら、4 月下旬から徐々に背部痛が
行。トルコ鞍に腺腫を認めるも転移像は認めなかっ
出現し、ALP の漸増を認めた。8 月 16 日、疼痛強く
た。以上より「腺癌 cT2N0M0 stage Ⅰ b」と診断。
歩行困難となり、8 月 17 日、放射線治療目的に当院
手術適応ありと判断し、当院呼吸器外科紹介。8 月
呼吸器外科入院となった。
26 日退院。退院後は呼吸器外科に転科。9 月 16 日、
手術目的に当院呼吸器外科入院。9 月 21 日、左肺上
【入院時現症】:身長 153.0 cm 、体重 55.40 kg 、血圧
葉切除 +S6、S10 部分切除 +ND2a 施行。病理にて低
132/74 mmHg 、脈拍 106/ 分 、SaO2 94%(room air)
、
分化腺癌、4.5 × 2cm、#5リンパ節に転移 p-T2 N2 M0
体温 36.0℃ 、<意識>清明、<眼> 貧血なし 、黄疸
p1 d0 pm0 Stage IIIA と診断。10 月 5 日退院。外来
なし、<頚部>表在リンパ節触知せず、<胸部> no
にて化学療法を行う方針とし、2006 年 2 月 9 日より
rale 、no murmur、<腹部>平坦、軟、<神経>両下
術後化学療法として UFT400g/ 日内服を開始。引き
肢に筋力、痛覚の低下を認める
続き外来にて経過観察していた。6 月 15 日∼ 6 月 23
日、急性緑内障発作のため当院眼科に入院。8 月 3
【入院時検査所見】
:<血液> WBC10600 /㎜3、Hb12.2
日、右下肢のしびれと痛み、歩行困難出現し、当院
g/dl、RBC 361 万 /㎜3、Ht36.0 %、Plt11.7 万 /㎜3
呼吸器外科受診。頭部造影 CT、MRI(図 3)で多発
<凝固>PT15.1 sec、46.0 % 、
(INR)1.71 、APTT22.6
性脳転移と診断し、同日入院。大きさ、数からγ -
sec、86.7 %<生化学> GOT42 IU/l、GPT27 IU/l、
knife の適応ありと判断し、8 月 9 日、一度退院。
LDH470 IU/l、ALP2022 IU/l、γ -GTP61 IU/l、TBIL0.82 mg/dl、 D-BIL0.26 mg/dl、TP6.3 g/dl、
Alb3.4 g/dl、BUN13.6 mg/dl、Cre0.434 mg/dl、
Na139.3 mEq/l、K4.0 mEq/l、Cl104.6 mEq/l、Ca8.4
m g / d l 、C R P 6 . 8 1 m g / d l <腫瘍マーカー>
CEA83.9ng/ml、CA19-9 8.2U/ml
【入院時画像所見】
:胸部 X 線写真では、肺野は清で
新たな病変は指摘できず、肺炎像や胸水貯留なども
指摘できなかった。頭部単純 CT でも脳転移を示す
図3 頭部 MRI T1・T2 強調画像:3 か所に 1 ∼ 2 ㎝
ような病変の出現は指摘できなかった。腰椎MRIで
結節性病変を認める。左の側頭葉の病変周囲には
はT1low intensity、T2iso intensityの病変が散在して
広範に浮腫が拡がっている
おり、Th3 は圧迫骨折、Th4 は破裂骨折を起こして
後方の脊髄を圧迫していた(図 4)。
8 月 10 日、藤原平成記念病院にて、γ -knife 施行後、
8 月 11 日、再入院。γ -knife 施行後も歩行困難は持
続していたため、自宅退院は不可能と判断。8 月 17
日、浜松市リハビリテーション病院転院。9月24日、
浜松市リハビリテーション病院退院。その後も外来
にて経過観察していたが、10 月 26 日、腰痛の訴え
あり。腰椎 X 線写真、MRI 施行。L 3 に転移を認め
た。11 月 7 日、疼痛が増強し体動困難となり当院呼
吸器外科入院 。放射線治療 30Gy 施行し、腰痛は軽
図4 腰椎MRI T1・T2強調画像(最終入院時)
:MRI
− 128 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
画像・T1 low、T2iso intensity の病変が散在してい
る。Th3 は圧迫骨折、Th4 は破裂骨折を起こしてお
潤はみられなかった。以上より、低分化型腺癌[pP3
(inter)、pm0、n2]と診断された。
2007.8.28 病理解剖診断
り後方の脊髄を圧迫している
【入院後経過】
:2007 年 8 月 23 日より、Th2 から Th6
【肉眼的所見】
に対し、3.0Gy/day、計 30Gy の予定で放射線治療を
肺:左肺;重量 280g、血性の胸水を少量認め、表面
開始した。8 月 26 日の夕より、突如呼吸苦が出現。
は術後瘢痕による線維化がみられた。
その際、SPO2 は room air で 95%であり、様子を見
右肺;重量 600g、黄色透明の胸水を少量認め、下葉
ていたが、8 月 27 日の 2 時より SPO290%まで低下、
部はやや暗赤紫色を呈し、うっ血がみられた。
O21L を開始した。速やかに SPO2 は改善したが、そ
脳:小脳右半球部(くも膜下)に出血を認めた。胃:
の後も呼吸苦は持続。更に、明け方には意識レベル
小弯中央部に1.5 × 0.8㎝の明瞭な打ち抜き像を呈す
が低下したため、胸部 X 線写真撮影、頭部 CT、血液
る潰瘍を認めた。潰瘍辺縁に隆起はなく平滑で、潰
検査を施行致した。胸部 X 線写真上、肺野は清で透
瘍底には少量の出血がみられた。
過性の亢進・低下は認めらず、また、胸水の貯留も
腎臓:重量;右 210g、左 180g、右腎臓表層に点状出
認められなかった。頭部 CT ではアーチファクトが
血がみられ、左右ともに皮質・髄質の境界は明瞭で
強く有意な所見を得ることができなかった。血液検
あった。
査上、血小板数の低下、FDP の増加、PT の延長を
認め、臨床症状と照らし合わせ、DIC と診断。それ
【病理組織学的所見】
により多臓器不全症状を呈していると考え、DIC の
肺:左肺上葉では、高度な肺胞壁の崩壊がみら
治療として補液に加え、アロデート(FOY)500mg、
れ、肺胞内では腫瘍細胞の散在を認めた。また、上
モダシン 2g 投与、血小板 10 単位輸血を行った。し
葉の細動脈血管内においては、赤血球に混じり腫瘍
かしながら治療に反応することなく、16時 20分、永
細胞の浮遊がみられ、左肺門部リンパ節では、皮質
眠された。
領域に腫瘍細胞の増殖を認め、リンパ行性転移を示
唆していた。また、右肺中葉においては、腫瘍細胞
【死亡時点での臨症上の疑問点・問題点】
:臨床的に
は最期の病態として、腫瘍細胞の崩壊あるいは血小
が充実性に増殖しており、腺管構造の不明瞭な低分
化型腺癌の組織像を示していた。(図 5・6)
板・血管内皮の障害をきっかけとしてDIC が惹起さ
れ、最終的に多臓器不全に陥ったと推測される。し
かしながら、突如呼吸苦が出現したこと、O2 投与に
より SPO2 が改善したにも関わらず依然呼吸苦が持
続していたこと、胸部 X 線写真上は有意な所見を認
めなかったこと、明け方に突如意識レベルが低下し
たことなど DIC・多臓器不全としては典型的でない
経過を辿っており、上記の点につき病理学的に考察
することとなった。
また併せて、脳転移・骨転移の評価、DIC・多臓
器不全の評価も行うこととした。
図5 間質が少なく腫瘍細胞がやや充実性に増殖
2005.9.21 病理所見
左肺上葉および S6 領域に 4.5 × 2 × 1 ㎝の白色腫
瘍を認めた。HE 染色にて腫瘍細胞が小胞巣状、充
実性に増殖しており、辺縁部では肺胞上皮を置換性
に増殖する部分を認めたが、胸膜弾性板を超える浸
− 129 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
図6 腺管構造の不明瞭な低分化型腺癌
脳:硬膜内血管において、腫瘍細胞の集積を認め、血
行性の脳転移と考えられた。
脊椎:骨組織内では、腫瘍細胞が胞巣状に増殖して
おり、骨転移を認めた。
胸骨:骨細胞を欠く壊死に陥った小骨梁片を多数認
め、骨髄腔内では腫瘍細胞の散在を認めた。
【考察ならびに総括】
死亡直前の呼吸苦および胸痛の原因としては、腫
瘍塞栓による肺梗塞や巣状肺炎の併発、胸骨壊死が
考えられた。意識レベルの低下に関しては、くも膜
下に一部血液の付着をみたが極少量であり、出血部
位の同定には至らず、その他の部位でも明らかな出
血はみられなかったため、脳出血によるものとは考
えにくかった。今回、肺および脳に多発腫瘍塞栓を
認めたことにより、全身の他の臓器にも同様の所見
が存在した可能性が高いと考えられた。組織学上、
明らかな DIC 所見はみられなかったが、多臓器に
うっ血および出血もみられたため、臨床経過・検査
結果によるDIC の診断に矛盾しないと思われた。結
論として、肺癌術後状態で肺癌再発および多発骨転
移および脳転移を来し、最終的にはDICによる多臓
器不全を続発し、死に至ったと考えられた。
− 130 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
C P C
臨床病理検討会要約
メルカゾールにより再生不良性貧血をきたした Basedow 病の1例
平成 19 年度研修医 近藤 玲加
CPC開催日 平成20年 2 月28日
当該診療科 内分泌科、血液科
症 例:65 歳 女性
臨床指導医 芝田 尚子、横田 大輔
職 業:ピアノ講師
病理指導医 新村 和也、小澤 享史
≪臨床診断≫
は洞調律となっており、動悸・呼吸困難の自覚症状
主病変:①敗血症性ショック ②再生不良性貧血 も著明に改善していた。平成 19 年 12 月 3 日から熱
③甲状腺機能亢進症
発・咽頭痛が出現し、救急外来を受診。その際 39.5
℃の熱発と、血球減少(WBC 1100/ ㎜3、Hb 9.1g/
≪臨床所見≫
dl、 Plt 2.9 万)を認め、メルカゾールによる無顆粒
【主 訴】咽頭痛、熱発
球症が疑われ同日緊急入院となった。
【既往歴】 35歳から高血圧(内服治療)、55歳から乳
【入院時内服薬】
癌(非定型乳房切除術施行。平成 19 年 7 月まで化学
内分泌科よりメルカゾール(5)6 T 3 X、インデラル
療法施行)、60 歳時胸骨及び左第 12 肋骨に乳癌の転
ル(10)3 T 3 X
移(放射線治療施行)、心不全(弁膜症、心筋症の疑
循環器科より ディオバン(80)1 T 1 X、ラシックス
い)
(20)1 T 1 X
【家族歴】祖父:直腸癌、祖母:胃癌、母:卵巣癌(82
【入院時現症】身長 145cm、体重 33.8kg(BMI 15.6)、
歳で死亡)、父:脳卒中
体温 39.5℃、脈拍 94/min 整、血圧 132/69mmHg、
姉:大腸癌(59 歳で死亡)
意識清明、眼瞼結膜:貧血様、咽頭:発赤腫脹及び
白苔の付着あり、軟口蓋にカンジダと思われる白斑
【現病歴】
3 箇所あり、甲状腺:びまん性の腫大あり、胸部聴
平成 19 年 10 月頃より歩行時の呼吸困難が出現。循
診:呼吸音清、肺雑音なし、心音:Pansystolic mur-
環器科受診し心房細動を認め、TSH 0.000U/ml、
mur Levine Ⅲ / Ⅵあり
freeT4 > 6.00ng/dl であったため、甲状腺機能亢進
症にて同日内分泌科紹介となった。甲状腺エコーで
【入院時血液検査所見】
(血算)WBC 1400/㎜3(Band
びまん性の血流亢進を認め、TRAb 41.9%、 TSAb
0.0%, Seg 0.0%, lympho 93.0%, mono 1.0%, eosino
75.3%であり、Basedow 病の診断にて、メルカゾー
5.0%, baso 0.0%, Atypical Lymphocyte 1.0%)、RBC
ル 30mg/day を開始した。以後、1 週間おきに血液
379×104/㎜3、Hb 9.5g/dl(MCV 78.1fl、MCH 25.1pg、
検査を施行し経過をみていた。平成 19 年 11 月 29 日
MCHC 32.1g/dl)、Hct 29.6%、PLT 3.6 万 / ㎜3、Ret
、RBC 385
の採血では WBC 4100/ ㎜3(neutro 52.8%)
1.6 ‰(生化)Alb 2.2g/dl、T-Bil 2.40mg/dl、GOT 9
3
3
×10 /㎜ 、Hb 9.6g/dl、 Plt 13.1 万であった。心電図
IU/l、GPT 8 IU/l、ALP 373IU/l、LDH 129IU/l、γ -
− 131 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
GTP 64IU/l、CPK 52IU/l、BUN 20.7mg/dl、CRE
り、再び Af(HR150 ∼ 190)になった。メルカゾー
0.61mg/dl、Na 133.9mEq/l、K 3.1mEq/l、Cl
ルを中止して 1 週間経過しており、甲状腺機能亢進
102.4mEq/l、BS 161mg/dl、CRP 14.23mg/dl、Fe 83
症再燃がAfの一因と考えられたが顆粒球が増加しな
μ g/dl、UIBC 94 μ g/dl、TIBC 177 μ g/dl、フェ
いため、甲状腺機能亢進症の治療を再開することは
リチン 335.8ng/ml、TSH 0.000 μ U/ml、T3 0.8ng/
出来なかった。第 8 病日、血小板輸血開始後 30 分ほ
ml、freeT4 0.92ng/dl
ど経ったところで、再度血圧測定不可、SpO2 測定不
BNP 2000pg/ml 以上
可となり、昇圧剤、酸素投与再開とした。
(図 2 の急
(尿)潜血(2+)、蛋白(+)、糖(−)、赤血球 10-19/HPF、
白血球 10-19/HPF、上皮細胞 5-9/HPF
変②)血球回復の兆しがみられないため、同日血液
科に転科となった。その夜、突然呼吸停止、心停止
となり心肺蘇生術にて心拍・呼吸再開するも、以後
【入院時画像所見】
挿管管理となった。第 3 病日と同様に代謝性アシ
胸部 X 線写真:CTR 60%、CPA:sharp、うっ血及び
明らかな浸潤影なし
ドーシスを呈しており、凝固能の急激な低下
(PT20.4%、APTT29.8%)を認めた。第 13 病日昼、
VF となり心肺蘇生術にて Af に戻った。Tachycardia
【入院後経過】
による RonT により VF になったと考えられたが、
汎血球減少を呈しており、骨髄穿刺にて骨髄は低形
rate control のため verapamil を使用すると血圧が低
成で骨髄球・赤芽球・巨核球の 3 系統ともほとんど
下するため使用出来なかった。同日夕より呼吸回数
認められず、メルカゾールによる再生不良性貧血と
低下、徐々に自発呼吸消失し血圧、心拍低下、20 時
考えられた(顆粒球< 500/ ㎜3, 血小板数< 2 万 /μl,
08 分死亡確認。
3
網赤血球< 2 万 / ㎜ ⇒ 重症型:図 1)。
発熱の focus は咽頭炎と考えられ、直ちに抗生剤
(CFPM 4g/day + fluconazole 200mg/day)、G-CSF
(100μg/day)の投与を開始した。しかし、第 3 病
日になっても解熱せず、CRP の上昇を認めたため、
抗生剤を変更(MEPM 2g/day + micafungin 150mg/
day)した。適宜輸血を行い、G-CSF を 250μg/day
に増量した。第 3 病日夕、血圧低下、SpO2 測定不可
となり、モニター上 Af となっていたが、胸部 X 線写
真では明らかな肺うっ血は認めず、エコーでのmild
図1 骨髄は顆粒球・赤芽球・巨核球の 3 系統とも
hypokinesisも以前と著変なかったため、急激な心機
殆ど認められず、低形成であった
能悪化は否定的であった。著明な代謝性アシドーシ
スを呈しており(5L マスク下:血ガス PH 7.065,
PCO2 18.3, PO2 151.0, BE -23.3, HCO3 5.1)、敗血症
性ショックから乳酸アシドーシスをきたしているも
のと考えられた。(メルカゾール投与開始時から死
亡確認時までの経過表:図 2 の急変①)昇圧剤を開
始し、敗血症に対してはγglobulin 5g/dayを投与、ま
た DIC に対し FOY 750mg/day + AT Ⅲ 1500 単位 /
day も開始した。血圧、呼吸状態は改善、Af から洞
調律に戻っていたが、その後も血球増加は不良で連
日 39℃∼ 40℃の熱発が続いていた。第 6 病日夜よ
図2 メルカゾール投与開始時から死亡確認時までの経過
− 132 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
≪死亡時点での臨症上の疑問点・問題点≫
平成 19 年 12 月 19 日病理解剖所見
① 乳癌に対して化学療法、放射線治療後であったこ
②胸骨:マクロでは腫瘤形成を認めた。ミクロでは
とが、今回重篤な汎血球減少の一因となった可能性
骨組織内で比較的大きな充実性胞巣を形成してお
があること。
り、内部には小腺腔を認める腫瘍細胞を認めた。造
②ショックの原因としては咽頭炎による敗血症と考
骨性変化を呈しており、組織型から乳癌の骨転移で
えているが、BNP 2000pg/ml を超える心不全があ
あると考えられる。
り、甲状腺機能亢進によりコントロール困難なAfも
認めていたことから、それらも心停止の一因となっ
③甲状腺:マクロでは重量 34.3g と腫大しており全
たと考えられること。
体的に赤色を呈していた。割面では分葉構造を認め
以上①②より骨髄及び心臓を中心に病理学的に考察
た。ミクロでは、弱拡大にて濾胞内のコロイドの染
することとなった。
色性はやや薄いことがわかり、中拡大及び強拡大に
て、上皮に接する面のコロイドに空胞形成が認めら
≪病理解剖診断≫
れ、更に炎症細胞の浸潤を認めた(図 4)。Basedow
女性屍体(31.7kg/147 ㎝)
、低栄養状態。腹部に 29 ㎝
病の所見であると考えられる。
の手術痕あり、脳解剖の承諾はなかった。
①平成 9 年 3 月 7 日手術症例:乳腺
HE 染色組織像では弱拡大で、腫瘍細胞が乳頭状及
び充実性に広く浸潤している。中拡大像(図 3)で
は周囲組織とは比較的境界明瞭で、乳頭状で腺腔形
成性の癌巣と比較的大きな充実性胞巣を形成してい
るのがわかる。浸潤性乳管癌であり、乳頭腺管癌の
組織像であると考えられる。免疫染色の ER では 10
%以上の細胞が染色されており陽性(score3)、PgR
では 1 %以上10%未満の細胞が染色されており陽性
(score2)、HER2 では染色される細胞は認めず陰性
図4 上皮に接する面のコロイドに空胞形成が認め
られ、更に炎症細胞の浸潤を認める
(score0)であった。以上のことから浸潤性乳管癌 分
類不能型[pT1N1M0]、組織像より乳頭腺管癌であ
④肝臓:マクロでは、910g と軽度腫大している。色
ると診断されている。
調はまだらで、ショック肝であると考えられる。ミ
クロでは、弱拡大で多数の赤血球を認めるが、中心
静脈内には赤血球は認めず。中拡大では、グリソン
鞘付近で赤血球を多数、ヘモジデリンの沈着を認
め、肝細胞の空胞変性・脱落も認めている。ショッ
ク肝の組織像であると考えられる。
⑤腎臓:マクロでは右腎 180g 左腎 160g と左右とも
に腫大しており、ともにうっ血を認めた。ミクロで
は、尿細管上皮の尿細管内剥離、炎症細胞の浸潤、出
図3 周囲組織とは比較的境界明瞭で、乳頭状で腺
血を認めた。糸球体内に小血栓等はなく急性の尿細
腔形成性の癌巣と比較的大きな充実性胞巣を形成し
管変性を起こしていると考えられる。
ている。
− 133 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
⑥肺:マクロでは右肺240g、左肺195g 両肺の含気
は良好であった。両側の胸膜と上葉に繊維性肥厚を
認め、胸水は少量で血性であった。CTで指摘された
ような腫瘍の転移は明らかではなかった。ミクロで
は、弱拡大にて限局的に出血を認めた。更に、中拡
大にてヘモジデリン沈着を認めた。肺出血を生じて
いると考えられる。
⑦回盲部:マクロでは潰瘍を認めた。ミクロでは中
拡大、強拡大にて粘膜は脱落し、粘膜下層から固有
図6 殆ど脂肪細胞に置換されており、リンパ球・
筋層にかけて好中球の浸潤が強い。また、出血も認
形質細胞のみ認める
めている。CMV 染色や Grocotto 染色等行ったが明
らかな所見は認めなかった。
⑩心臓:マクロでは重量300g と正常大だが、左心肥
大を認めた。虚血性変化は認めなかった。ミクロで
⑧咽頭:ミクロでは HE 染色及び Grocotto 染色にて
も、心筋梗塞や心筋炎、心筋症の像は認めなかった。
観察した。HE では、炎症細胞の浸潤、菌糸とイー
スト型胞子の塊を認めた。Groccot 染色でははっき
⑪関連及びその他の所見
りと黒色に染色される菌糸とイースト型胞子(図5)
a.大動脈、冠動脈に軽度のアテローム硬化あり
を認め、形態よりカンジダであると考えられた。カ
b.回盲部潰瘍 ンジダ感染により咽頭炎を起こしていたと考えられ
c.胃粘膜下出血
る。
d.卵巣嚢胞(4 ㎜大)
e.子宮平滑筋種
f. 脾臓(110g)明らかな所見なし
≪臨床上の疑問点に対する考察ならびに総括≫
今回、乳癌による白赤芽球症を認めなかったこと
や Basedow 病発症時(メルカゾール投与開始時)は
化学療法や放射線治療を行っておらず、血球数は正
常であったことを考慮すると、腫瘍性や化学療法、
放射線療法による骨髄抑制というよりもメルカゾー
ルにより骨髄低形成をきたした可能性は高い。病理
図5 Groccot 染色;はっきりと黒色に染色される
所見からカンジダ感染による咽頭炎から敗血症性
菌糸とイースト型胞子
ショックとなり、BNP 2000pg/mlを超える心不全に
加え甲状腺機能亢進症に伴う心負荷の増大により心
⑨骨髄:骨髄球・赤芽球・巨核球の 3 系統とも殆ど
停止に至ったものと考えられる。
認められず、脂肪細胞に置換されており、リンパ球
のみ認めた(図 6)。明らかな腫瘍細胞は認めず。再
生不良性貧血(骨髄低形成)をきたしていると考えら
れる。
− 134 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
C P C
臨床病理検討会要約
原 発 性 脳 腫 瘍 の 1 例
平成 19 年度臨床研修医 山口 裕充
CPC開催日 平成20年 2 月28日
当該診療科 脳神経外科
症 例:65 歳 女性
臨床指導医 水谷 敦史
職 業:主婦
病理指導医 小澤 享史
《臨床診断》
LDH 249U/l、GOT 28U/l、GPT 20U/l、CPK 77U/l、
主病変:脳幹部腫瘍
ALP 203U/l、γGTP 21U/l、BUN 12.8mg/dl、 Cre
0.61mg/dl、UA 3.1mg/dl
《臨床所見》
TP 6.5g/dl、Alb 4.0g/dl Na 140.6mEq/l、K 4.6mEq/l、
【主 訴】歩行障害
Cl 103.2mEq/l、血糖 99mg/dl
CRP 0.09mg/dl、HBs-Ag(−)、 HCV-Ab(−)、 TPHA
【既往歴】特発性血小板減少性紫斑病、気管支喘息
(−)、 RPR(−)<髄液>細胞数 1/3 、単核球数 1/3 、
多核球数 0/3 、異型細胞数 0/3 、総蛋白 47 mg/dl 、
【家族歴】:特記事項なし
Cl 126.2 mEq/l 、糖 55 mg/dl
【現病歴】
:2007 年 3 月頃から歩行時のフラツキを自
【入院時画像所見】
:胸部 X 線写真(5/30)では CTR
覚するようになった。特に右に傾いていってしま
43%、C-P angle:sharp、Lung field:clear と異常を
う。2007 年 5 月上旬から呂律が回りにくくなってき
認めなかった。頭部 MRI 写真(6/1)では延髄外側
た。2007年5月14日当院(県西部浜松医療センター)
後方(外側孔付近)の髄内、髄外に T1 強調画像では
脳神経外科初診。5 月 23 日 MRI にて延髄右外側に腫
Low intensity、T2 強調画像、FLAIR 画像では High
瘍性病変を認め、2007 年 6 月 1 日精査加療目的にて
intensity、内部均一、辺縁やや不整の腫瘍性病変を
入院となった。
認めた。
(図 1)。PET 検査(6/8)では 15C-methionine
uptakeは延髄後方∼第四脳室にかけてSUR=2.7と異
【入院時現症】
:身長152cm、体重31kg、体温36.7℃、
常集積を認めた。大脳皮質領域には異常を認めな
脈拍 76/min 整、血圧 120/62mmHg、体格 小、栄養
い。脳幹部腫瘍、とくに神経膠腫、悪性リンパ腫が
可、筋発育 不良、右利き、意識清明、呂律不全(+)、
疑われる所見であった(図 2)。また脳血管撮影では
運動麻痺(−)、感覚障害(−)、FNF test 正常、HK test
異常所見を認めなかった。
両側稚拙、歩行障害(+)、深部腱反射亢進 .
【入院時検査所見】
:<血算> WBC 3100/μl、 RBC
4.14×104/μl、Hb 13.3g/dl、Ht 41.1%、Plt 9.0×104/
μl<凝固>PT 98.2%、APTT 25.4sec.、FBG 324mg/
dl <生化学> T.Bil 0.41mg/dl、D.Bil 0.09mg/dl、
− 135 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
ら、今度は悪性 glioma の可能性が高いと考えた。放
射線治療(2Gy × 25 日= 50Gy)+テモゾロミド(以
下 TMZ)内服(80mg/ 日× 42 日間)を行ったが、や
はり無効であった。腫瘍は徐々に増大し、それに伴
い神経症状も増悪した。11 月 16 日より全身倦怠感
出現、意識状態が悪化し 11 月 17 日 17:52 永眠され
た。
【死亡時点での臨床上の疑問点・問題点】
MRI・PET での所見から考えると脳幹部腫瘍、とく
に神経膠腫、悪性リンパ腫の可能性が高いと考えら
図1 MRI FLAIR 画像・延髄右外側後方・第四脳
れる。しかし臨床経過を振り返ると、まずは悪性リ
室内に腫瘤性病変を認める。
ンパ腫と考えて大量 MTX 療法行ったが無効であっ
た。ついで悪性神経膠腫と考え、放射線治療+ TMZ
内服を行った。しかしやはり無効であり、腫瘍は増
大して症状は進行性に悪化した。生前に得られな
かった病理診断は何だったのか、我々の選択した治
療は妥当であったのか、疑問が残る。以上より、今
回の症例では病理学的な鑑別診断(原発性脳腫瘍の
鑑別)において考察することになった。
図2 PET methionine PET画像・脳幹部腫瘍が疑
【病理解剖診断】最初に、今回の症例報告では脳組織
われる。 について主に述べており、関連臓器およびその他の所
【入院後経過】
:延髄右後方・第四脳室内の髄内・髄
見については割愛させていただくことをお断りする。
外に腫瘤性病変が認められた。methionie PET では
脳→マクロ:1,190g。脳幹部腫瘍を右延髄、橋に
腫瘍部への異常集積をみとめ、glioma、悪性リンパ
認め、入院中に画像上認められていた部位に一致す
腫を示唆する所見であった。2007年 6月19日開頭生
る。遠隔転移を認めない。リンパ節転移を認めない
検術を施行した。しかし術中迅速病理は検体少量の
(縦隔リンパ節および傍大動脈リンパ節の腫大を認
ため診断不能(一部リンパ球様の細胞が見られた)
めない)。
であり、永久標本にも腫瘍組織は見られず、病理診
ミクロ:右延髄および橋に WHO 分類 grade Ⅲ ,
断できなかった。術後、右顔面麻痺、嚥下障害が出
anaplastic astrocytoma様の組織像を認める部分(図3)
現したが、徐々に改善してADLには支障ない状態に
と、grade Ⅰ ,pilocytic astrocytoma の特徴を持つ部分
改善した。腫瘍の部位から考えて、神経症状悪化さ
(図 4)が混在する。grade Ⅳ . glioblastoma に一致す
せることなく再生検術は困難であった。悪性リンパ
るような所見は乏しい。
腫の可能性を考え、診断的治療でステロイド投与
免疫染色: Glial fibrillary acidic protein(+)、S-100
(ベタメタゾン)を行ったところ、腫瘍はわずかに縮
(+)、Neurofilament
(+)、synaptophysin(+)、Ki-67(∼
小した。この時点では悪性リンパ腫の可能性を考慮
7%labeling)(図 5)。
し、大量メトトレキサート(以下 MTX)療法を行う
なお組織診断において、本症例では腫瘍組織が
こととなった。一度血液科に転科し、7 月 17 日より
radiation による修飾を受けており、画像上の形態の
2
大量 MTX 療法(MTX 3.5g/m )1クール施行した
変化はもちろん、ミクロの組織像にも影響を受けて
が、全く効果が無かった。MTX 無効という結果か
いる可能性があることを考慮する必要がある。
− 136 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
【臨床上の疑問点に対する考察ならびに総括】
剖検報告ではanaplastic astrocytomaという結果で
あるが、組織像としては一部 pilocytic astrocytoma
の特徴を持つ像も見られる。乳児発症のpilocytic astrocytoma は glioma の中でも良性の性格を持ち、全
摘できれば高い確率で治癒が望め、部分摘出に終
わっても残存腫瘍の増大が長期間認められないこと
も稀ではない。しかし成人発症の pilocytic astrocytomaの場合、予後は乳児のそれと異なり悪性の性格
が強く経過も早い。本症例の場合も発症年齢が65歳
図3 HE 染色 x4。核・細胞体の異型性を認める。
血管内皮の肥厚も著明。
と高齢であり、主訴を自覚する 3 月の時点では日常
生活も自立していたが、その後脳腫瘍の診断がつき
死に至るまで 8 ヶ月と非常に悪い転帰となった。こ
のような結果に至った原因として、腫瘍が全摘出で
きなかったこと、化学放射線療法に対する治療抵抗
性、そして速い増殖速度を挙げることができる。
なお、前に述べたように、治療過程においてradiation を行っており、これによって障害を受け、組織
像に何らかの修飾を受けている可能性を考慮する必
要がある。
図4 HE染色 x20。細長く紡錘形の細胞突起を多数
認める。
図5 GFAP免疫染色 x20。GFAP陽性に染まる細胞
質および細胞突起。
− 137 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
《 発行目的 》
1 )全職員を対象として、学術的あるいは業務上の院内活動の発表の場を提供し、記録誌として残す。
2 )全職員に学術的あるいは業務上の院内活動を広く理解していただき、併せて浜松市医師会をはじめ近隣
の医療関係者にも配布し、病診連携を強める一助とする。
「県西部浜松医療センター学術誌」投稿規定
本誌は年 1 回発行予定である。
1 投稿資格
1 )筆頭投稿者は県西部浜松医療センター職員に限る。
2 )但し、編集委員会が適当かつ必要と認める場合は、当院職員以外の投稿を掲載することができる。
2 投稿の種類と内容
1 )投稿原稿は県西部浜松医療センターの進歩、発展に寄与するもので、過去に他誌に未発表のものか、現
在も他誌に掲載が予定されていないものに限る。
2 )本誌は原則として、総説、原著、臨床研究、臨床統計、症例報告、短報、CPC の記録、院内研究会発表
等を掲載する。
3 )学会講演(口演)の抄録については、
「発表済み」の断りを入れて、原著にすることは可能である。
3 著述形式
原稿は,MS Word または一太郎を用いて作成する。フォントは MS 明朝体(サイズ 10.5 ポイント)を使
用する。原稿の提出は電子媒体(メールでの送信も可)とし、所属と著者名、表題、使用ソフト名と使用機
種名が分かるように明記する。
1 )著述は、和文または英文とする。
2 )和文原稿は横書き、現代かなづかいで記述し、日本語化した外国語はカタカナ表記とする。人名などは
日本語、英語以外はカタカナ表記とする。
3 )英文原稿は半角文字を使用する。論文の様式は、題名、所属、著者名、本文、文献、図表の順に記述する。
4 )演題名は 35 字以内の簡潔な表現とする。
5 )度量衡の単位は、出来るだけ SI 単位とするが、わかりにくい場合には慣用単位の利用も認める。
(例:FBS 110mg/dl, 慣用単位、 6.1mmol/l SI 単位)
6 )文中にしばしば繰り返される語は略語を用いてよいが、初出の時は完全な用語を用い、
( )内に略語を
示す。
7 )薬品等の記載法;原則一般名とする。多出の場合、略語は可とするが,文中にその旨を記す。商品名は
登録商標名の後に社名を括弧書きして、表記する。
8 )菌名、病名、薬剤名は省略せず記載する
4 原稿の長さ
原稿は、症例報告の場合 4,000 文字以内、研究論文の場合 6,000 文字枚以内、総説の場合 12,000 文字以内と
する。図表写真は 1 枚につき 400 文字として数える。
5 文 献
1 )文献は本文中に引用した順に、1)、2)、3) …と番号を付ける。
2 )著者名は 3 名までは明記し、それ以上は、「他」または「et al」とする。
3 )誌名略記は、医学中央雑誌および Index Medicus に準ずる。
4 )文献の記載形式は下記の通りとする。
− 138 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
ア 雑誌:著者名( 3 名まで)
.題名.雑誌名.年号;巻:頁.
イ 単行本:著者名( 3 名まで):題名、編集者名.書名.発行社名;年号.頁.
ウ 電子文献:著者名.表題〔媒体表示〕.〔引用日付〕.URL
《 記載例 》
・石川崇彦、高田徹、高松秦、他:レジオネラ肺炎発症後に髄膜炎および小脳性運動失調を呈した 1 例.日
内会誌.2006;95:2289∼2291.
・GrazianiG,SantostasiS,AngeliniC,etal.Corticosteroidsin cholesterol emboli syndrome.Nephron 2001;87:371373.
・谷憲三朗:好中球減少症、浅野茂孝、他監修.三輪血液病学 第三版:文光堂;2006.1293∼1298.
・ 管野剛史.この1/4世紀の間に〔internet〕.〔accessed 2003-01-26〕.http://www2.hama-med.ac.jp/w3a/
toshokan/oldkanpo/hikumano36.html#first
6 図 表
1 )図・表は、MS Excel または MS PowerPoint 形式とし、一枚ずつ図 1 ・表 1 等の名前を付けた個別のファ
イルとし、電子媒体で提出する。
2 )写真(X線写真、ECG、EEG 等も含む)は電子媒体で提出する。
3 )各々の図(写真)・表に一連の番号を付け、本文中に挿入されるべき位置を明記する。
4 )図(写真)は下に表題を付け、説明文は簡潔にし、別紙に順に記載する。
5 )表は上に表題を付け、説明文があれば下に付ける。
6 )図(写真)・表に用いる書体は MS 明朝体(サイズ 10.5 ポイント)に統一する。
7 枚 正
1 )論文の校正は著者校正を原則とする。
2 )原稿は編集方針に従って加筆、削除、修正などを求める場合がある。
8 その他
1 )原稿の採否ならびに掲載順序は編集委員会により決定する。
2 )記載された論文等の著作権は、当院に帰属する。
3 )個人情報の取り扱いは、浜松市医療公社個人情報保護規定に準ずる。
− 139 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
教育・研究への個人情報使用におけるガイドライン
当院において、患者の診療情報や摘出した臓器を含む検体を教育若しくは研究に用いる場合、職員は、下記
の「教育・研究への個人情報使用におけるガイドライン」に従い、患者のプライバシーを積極的に保護し、か
つ十分な説明と同意をもってあたる。なお、学会や雑誌の倫理規程が当院の規程よりも緩やかなものであって
も、本ガイドラインを遵守することとし、より厳しい基準が求められる場合には、それに従うこととする。ま
た、職員でない共同研究者及び退職した職員が当院での診療情報を用いる場合、院長は本ガイドラインの遵守
を前提とした誓約書を提出させ、当該情報の利用を許可する。なお、これに同意できない者には、情報の利用
を許可しない。
記
1 .患者個人を特定できる氏名、イニシャル、雅号、ID 番号などは記載しない。
2 .患者の人種、国籍、生年月日、出身地、現住所、職業歴、既往歴、家族歴、宗教歴、生活習慣・嗜好は、報
告対象疾患との関連性が薄い場合、記載しない。
3 .診療が行われた時期に特別な意味がない限り日付は記述せず、第 1 病日、 3 年後、10 日前といった記載と
する。何らかの必要があって時期を示す場合でも最小限に止める。
4 .特に必要がない限り、本文中に診療科名は記載しない。
5 .既に診断・治療を受けている場合、他病院名やその所在地は記載しない。ただし、救急医療など搬送元の
記載が不可欠の場合はこの限りでない。
6 .顔が入った資料を提示する際には目を隠す。眼疾患の場合は、眼球部のみの拡大とする。
7 .図表として用いる情報の中に含まれる氏名、ID 番号、標本番号など、症例を特定できる情報は削除する。
8 .個人が特定化される可能性のある場合は、発表に関する同意を患者自身(または遺族、代理人、小児では
保護者)から得るか、当院の医療倫理委員会の承諾を得る。
9 .感染性疾患やヒトゲノム・遺伝子解析を伴う症例報告では「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指
針」(文部科学省、厚生労働省および経済産業省)(平成 13 年 3 月 29 日)による規定を尊重する。
10.内科学会、救急医学会などの提出先が明確である実績報告は、必要な情報について特例として院長が認
める。
11.このガイドラインは、平成 19 年 6 月 1 日から施行する。
− 140 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
投稿論文形式補足
1 )総説 Review article 形式の規定補足
定義;ある課題に関する網羅的な解説(文献)と議論
タイトル;
著者名
要旨(300 字以内)
キーワード(索引用語(最初の語の最初の文字は大文字)は 5 語以内(和文又は英文))
はじめに
本文
おわりに
文献
2 )原著 Original article 形式の規定補足
定義;これまでになされていない実験、観察に基づくオリジナリテイの
ある成果と深い考察に基づく論文
全文字数 8,000 字以内、図・表・写真は 1 つにつき 400 字として数え、5 個以内
タイトル;
著者名
要旨(300 字以内)
キーワード(索引用語(最初の語の最初の文字は大文字)は 5 語以内(和文又は英文))
はじめに
本文
対象と方法
結果
考察
文献数は 30 以内
3 )症例報告 Case report 形式の規定補足
定義;貴重な症例や臨床的な経験の報告
要旨を含めて全文字数 8,000 字以内、図・表は 1 つにつき 400 字として数え、5 個以内 タイトル;
著者名
要旨(300 字以内)
キーワード(索引用語(最初の語の最初の文字は大文字)は 5 語以内(和文又は英文))
はじめに 症例 患者 歳 性別
主訴
既往歴
家族歴
アレルギー、喫煙、飲酒歴
現病歴
入院時現症
検査所見
入院後の経過
考察
文献 20 以内
− 141 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
4 )短報 short report 形式の規定
定義;情報価値の高い研究報告と小論文
要旨を含めて全文字数 4,000 字以内、図・表は 1 つにつき 400 字として数え、 2 個以内
タイトル;
著者名
要旨(300 字以内)
キーワード(索引用語(最初の語の最初の文字は大文字)は 5 語以内(和文又は英文))
本文
はじめに
対象と方法
結果
考察
文献 10 以内
5 )臨床研究の形式の規定
定義;臨床症例に基づくオリジナリテイのある研究と考察に基づく論文、
総文字数 6,000 字以内、図・表は 1 つにつき 400 字として数え、3 個以内
タイトル;
著者名
キーワード(索引用語(最初の語の最初の文字は大文字)は 5 語以内(和文又は英文))
はじめに
研究目的
方法
結果
考察
文献 10 以内
6 )特別寄稿 special articles、
定義;当院に取って意義のある内容,情報について
要旨を含めて全文字数 8,000 字以内、図・表は 1 つにつき 400 字として数え、5 個以内
7 )活動報告 Field Activities、
定義;院内のフィールド実践活動・保険活動等の価値のある報告、
要旨を含めて全文字数 6,000 字以内、図・表は 1 つにつき 400 字として数え、5 個以内
タイトル;
著者名
要旨(300 字以内)
キーワード{索引用語(最初の語の最初の文字は大文字)は 5 語以内(和文又は英文)}
本文
はじめに
目的
方法
結果
考察
文献 10 以内
− 142 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
8 )資料 report and information、
定義;院内外の諸活動に関する有用な資料
要旨を含めて全文字数 4,000 字以内、図・表は1つにつき 400 字として数え、5 個以内
タイトル;
著者名
要旨(300 字以内)
キーワード(索引用語(最初の語の最初の文字は大文字)は 5 語以内(和文又は英文))
本文
はじめに
方法
結果
考察
まとめ
文献 10 以内
9 )CPC 症例投稿についての規定
定義:臨床病理検討会要約
タイトル:
診療科 年度臨床研修医 担当研修医名
CPC 開催日:2006 年 月 日 当該診療科名:
臨床担当医:氏名
臨床指導医:氏名
症例 歳 性別:
職業:
病理指導医:氏名
臨床診断(主病名および合併症)
臨床所見のまとめ(主訴・既往歴・現病歴・身体所見・検査所見・治療・経過など)
〔主訴〕
〔既往歴〕
〔家族歴〕
〔アレルギー、喫煙、飲酒歴〕
〔現病歴〕
〔入院時現症〕
〔検査所見〕
〔入院後の経過・考察〕
死亡時点での臨床上の疑問点・問題点
病理所見
〔肉眼的所見〕
〔組織学的所見〕
〔最終病理解剖診断〕
臨床上の疑問点に対する考察ならびに総括
− 143 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
∼ 編 集 後 記 ∼
病院学術誌委員会 委員長 橋 爪 一 光 創刊号は職員の皆様方の協力を得て、大変素晴らしいものとなりましたが、今回の第 2 巻第 1 号は、創刊号
で見せて頂いたような職員の方々の勢いも薄れ、萎んでしまうのではないかと、陰ながら危惧致しておりまし
た。しかし、豈図らんや、募集した演題の方も順調に集まり、創刊号に引き続き、さらに立派なものとなる勢
いで、一安心致しております。
当院は、この平成20年 4 月より新しく理事長に浜松市副市長の飯田彰一と院長に小林隆夫を迎え、新体制で
出発となりました。また、当院の免震工事も順調に進行し、現在その工事も山場にさしかかり後半への追い込
みとなっております。このように全てが順調に進み、本学術誌も今後とも末永く続くよう委員会としても頑張
りたいと思います。幸い、浜松には遠江医学会という今年百周年を迎える日本でも最も古い医学会の一つとさ
れている医学会があり、またこの平成20年10月で 2 千 2 百回を迎える浜松市医師会中心の診療協議会と言う伝
統のある講演会があります。この素晴らしい先達たちにあやかり、本学術誌もこれから関係各位のご協力によ
り、末永く続くことを祈念致します。
一転、眼を世界に向けると地球規模の温暖化問題など環境問題や地殻変動による災害などがクローズアップ
されています。ミャンマーのサイクロンに始まり、四川省の大地震と大変悲しい話題欠かないあまり嬉しくな
い状況に有ります。また、日本では、最近岩手宮城内陸地震が起こり、肝を冷やしたばかりですが、やはりな
んと言っても、心配なのは東海・東南海大地震です。このように世界平和の祭典であるオリンピックの年とは
思えないほど世の中は苦渋に満ちて騒然としています。グローバル化した今日ほど人の輪が大切な時代はない
と思います。医療の世界での話題は、医療の危機管理に関する話題が盛んに討議されております。20年前に話
題になった医療費亡国論に始まり、10年前の医師過剰論と次々に打ち出された誤った国政の医政方針ミスによ
り、大きく医療がねじ曲げられた結果、医療の崩壊が起こり、医療関係者の過労死,医師の集団退職、産科・
小児科・麻酔科・内科の医師不足が起こり、地域医療の疲弊が生じています。さらに医学会の話題としては診
療関連死と名付けられた医療死亡事故に関する医療安全の問題が今ほど、真剣に考えられている時代はないと
思います。現在の医療は、チーム医療の重要性が強調され、さらに予防医学の実現、病診連携の再認識と新た
な展開が模索されております。これも全て、人の助け合いが中心の安全、安心な平和な世界を築こうとする多
くの人々の総意の現れであると思われます。
今度、本誌はISSN(International Standard Serial Number)の登録基準を取得致しました。従って今後、本
誌は国会図書館に集録され、医中誌で検索可能となりました。これを励みに益々本誌への投稿が増えることを
希望致します。
今回、各部署より多数の方々より原稿をお寄せ頂きまして感謝致しております。特に話題の「肺血栓塞栓症/
深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)の現況と予防対策の展望」と題した小林隆夫院長の総説、「がん診療連携
拠点病院として当院の果たすべき役割と展望」と題した小林政英院長補佐の総説、「同種骨移植を用いたImpaction Bone Grafting法による人工股関節再置換術」と題した岩瀬敏樹整形外科長の総説など各医師から格調の高
い総説の投稿頂き感謝しております。若手医師からは院内CPC記録7題、看護部から 4 題など数多くの投稿がさ
れ、大変有意義な学術誌となりましたことを深謝致します。なお、本誌は当院ホームページにも掲載致します。
紙面で見にくい図表などがありましたら、そちらでご覧いただければ幸いです。( http://www.hmedc.or.jp )
− 144 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
県西部浜松医療センター 病院学術誌委員会
* 院 長 補 佐:小 林 政 英
* 院 長 補 佐:木 田 栄 郎
* 委 員 長:橋 爪 一 光(副院長)
* 副 委 員 長:坂 本 政 信
* 籾 木 茂 (副院長、呼吸器外科)
* 小 澤 亨 史 (副院長、病理診断科、CPC担当)
* 矢 野 邦 夫 (副院長、感染症科)
* 岩 瀬 敏 樹 (整形外科)
* 笠 松 紀 雄 (呼吸器科)
* 田 原 大 悟 (腎臓・こう原病科)
* 水 野 義 仁 (小児科)
* 金 井 俊 和 (外科) * 南 谷 佐知子 (看護部)
* 河 井 友 子 (看護部)
* 久 野 久 美 (薬剤科)
* 松 岡 敏 彦 (臨床検査技術科)
* 中 村 文 俊 (診療放射線技術科)
* 岡 本 康 子 (栄養管理室)
* 溝 口 克 夫 (医学画像管理室)
* 中 村 光 宏 (臨床工学科)
* 二 橋 静 子 (医療連携・患者支援センター)
* 神 谷 貴 義 (医療情報センター)
* 渥 美 芳 高 (事務部)
* 土 井 圭 (事務部)
(順不同、敬称略)
− 145 −
県西部浜松医療センター学術誌 第 2 巻 第1号(2008)
県西部浜松医療センター学術誌
The Journal of Hamamatsu Medical Center
Vol.2 No.1 2008
第 2 巻 第 1 号
平成 20 年 11 月 10 日 印刷
平成 20 年 11 月 20 日 発行
編 集 県西部浜松医療センター病院学術誌委員会
発 行 県西部浜松医療センター
〒 432-8580 静岡県浜松市中区富塚町328
TEL(053)453−7111
印 刷 有限会社 ケーエス企画
〒 433-8119 静岡県浜松市中区高丘北一丁目30番24号
TEL(053)414−3962
− 146 −