ネット・コミュニティによるマーケティング戦略とその変遷 指導教員名:水越康介 氏名:小幡夏子 枚数:25 枚 目次 1、 序論 2、 先行研究 2‐1、インターネット・マーケティングの特性 2‐2、ネット・コミュニティとは 2‐3、情報源としてのネット・コミュニティ 2‐3‐1、情報特性とその規定要因 2‐3‐2、購買決定過程と情報探索 2‐3‐3、規定関係 2‐4、ネット・コミュニティによるマーケティングの戦略課題 2‐5、本章のまとめ 3、事例研究 3‐1、クチコミサイトの歴史と現状 3‐2、アットコスメの成長・確立期(1999 年~2003 年) 3‐3、アットコスメの変革期(2004 年~2012 年) 3‐4、本章のまとめ 4、まとめ 1 1、序論 人々は、商品を購入するとき、サービスを利用するとき、様々な情報を参考にする。購 入する商品を選択する際、価格、品質、機能等を他製品と比較し、どの商品を購入するか 検討する、という消費者の行動は昔も今も変わらない。しかし、どのように情報を収集す るか、どのツールを利用するかといった点においては、時代と共に変化しているように思 う。特にインターネット普及の影響は大きく、近年急激に利用者が増加した SNS の存在に より、インターネットの活用方法も変化している。膨大な情報が飛び交うなか、消費者に とって信頼できる人からのクチコミによる情報の重要性が増している。 インターネットを通じたクチコミが注目され始めたのは、インターネット利用者数が急 激に増加した 2000 年代である。しかし、顔が見えないゆえにその信頼性ついては意見が分 かれる。2007 年に、日経産業新聞とインフォプラントが実施した「ネット 1000 人調査」 によると、クチコミ情報サイト等による情報の「信頼度」は、 「3 割以下」が約 42%、 「4~ 6 割」が約 51%で、 「半分前後は信じてもいい」という人が大半であった(『日経産業新聞』、 2007 年 5 月 18 日、p.1)。情報収集のひとつの方法として活用するものの、情報としての 信頼度は薄かったようだ。 2000 年代後半には、「mixi」、「mobage」、「GREE」やミニブログの「Twitter」、現在日 本国内利用者数が 1000 万人(2011 年 9 月時点)を超える「Facebook」等の SNS(ソーシ ャル・ネットワーキング・サービス)が多く利用されるようになった。また「価格.com」 や「@cosme」、 「食べログ」といった一般消費者による投稿型クチコミサイトも多く存在し ている。ビルコム(東京・港)が、国内在住の 20~40 歳代のフェイスブック利用者 500 人 に行った調査によると、フェイスブックのクチコミ情報を「とても信用する」「まあまあ信 用する」と回答した人は 76.2%となり、実生活でのクチコミ(87.6%)に次いで信頼度が 高かった。またクチコミサイトは 67.8%、ネット通販サイトは 64.8%であった(『日経 MJ (流通新聞) 』、2012 年 3 月 28 日、p.2)。いずれにしても、2000 年代初期に比べ、クチコ ミによる情報が消費者に信用されるようになっているのが分かる。 本論では、このように消費者がインターネット上での交流により得られる情報を重視す るようになった背景と、これにより消費者や情報を発信する側の行動や考え方がどのよう に変化したかを明らかにしていく。また、売り手である企業側がどのようにマーケティン グに活用していくべきなのかを、アットコスメの開設から約 10 年を例に取り上げ考察して いく。 2、先行研究 序論でも述べたように、商品やサービスを新しく購入する際の情報収集に、信頼するか 否かは別であるが、インターネットを利用する人が多くなった。インターネットの活用を 活用することで、消費者は、わざわざ店に出向き店舗を何件も見て回らなくても、自宅や 2 電車の中であらかじめ商品の情報を探索することが出来る。気になる商品を詳細に調べた り、様々なメーカーのものと比較したりして、欲しい商品に目星をつけることができる。 時には、オンラインショップを利用してそのまま購入することも可能である。こうした消 費者のインターネットを利用した買い物の普及は、売り手である企業にとって消費者のニ ーズ探索や販促活動等のマーケティングを行うのに、新たに注目し活用すべきものである と言える。本章では、こうしたインターネットを利用した“インターネット・マーケティ ング”の特性と課題について明らかにしていく。 2‐1、インターネット・マーケティングの特性 まずインターネット・マーケティングを三つの視点で捉える(木村 2005、p.14)。一つ目 は、顧客や取引先に対して付加価値を提供する手段としての活用である。例えば、自社の ウェブサイト上で商品情報を提供することで、従来の印刷物にはなかった動画や音声によ る商品説明が行え、個々のユーザーの好みに合わせたすばやい情報提供が可能になった。 さらに、ウェブサイト上の製品を見た顧客は、どこからでもそれらの商品を注文できる。 二つ目は、自社のウェブサイト以外のところでのマーケティング活動のためのインターネ ット利用である。目的は自社サイトへの誘導で、方法としてはインターネット利用者が多 く集まるポータルサイトへのバナー広告の掲載、電子メールの利用、他のサイトとの連携 などがある。三つ目は、インターネットを情報技術として用いることで、マーケティング 活動にこれまでにない効果と効率をもたらすことができる。例えば、インターネット調査 は、伝統的な調査方法と比べて驚くほど速く、かつ低コストの調査を実現した。また、イ ンターネットで顧客と双方向のやり取りを行うことで、企業はこれまでにない豊富な顧客 情報を収集・分析することが可能になり、ニーズによりマッチした製品やサービスの開発 が効率的になった。インターネットが急速に発達し、利用者が拡大したことで、こうした インターネットを利用するメリットを活かしたマーケティングを行えることが、企業にと って大切になってくる。 インターネットを活用したマーケティング手法としては、①インターネット調査、②ネ ット・コミュニティの活用、③ウェブサイトの利用が主に挙げられる。 ① インターネット調査 米国マーケティング協会(AMA)によると、インターネットによる市場調査は、 「情報 を通じて消費者、顧客、大衆とマーケターとを結ぶ機能を有するものである。ここでい う情報とは、マーケティングの問題点と機会を明らかにし、定義付けすることである。 マーケティング活動を発生させ精緻化し評価すること、マーケティング成果をモニター すること、ならびに一つのプロセスとしてのマーケティングについて理解を深めるため に活用されるものである」と説明されている。従来の調査方法と比較しての最大のメリ ットは、速くて安いことである。調査にかかる実査、集計期間が短くて済むため、タイ ムリーなリサーチが可能である。 3 ② ネット・コミュニティの活用 これまで消費者は、限られた知り合いやマスメディアなど、限定されたコミュニケー ションにより情報を獲得してきた。しかしインターネットの普及により、消費者間での 距離や知己に依存しないコミュニケーションが可能となり、多様で大量の情報を共有で きるようになった。従来の売り手から買い手への一方的コミュニケーションではなく、 双方向のコミュニケーションが可能となり、売り手による顧客へのサポートが行われた り、顧客間で情報共有が行われたり、相互作用を及ぼすようになった。 ③ ウェブサイトの利用 インターネット・マーケティングの主要ツールであるウェブサイトは、企業のビジネ ス活動に多くの便益をもたらした。一つは改善を目的としての利用である。直接的に企 業の売り上げ向上に結び付くものでないが、顧客満足度の向上、顧客ロイヤリティの確 立、ブランドの強化、コスト削減等が可能である。一方、ウェブサイトを活用すること で直接的な収益を得ることも可能である。広告費として提供企業から収入を得るタイプ と、消費者向け、企業向け双方に対する電子商取引により収入を得るタイプとがある(木 村 2005、p.74)。 述べてきたように、インターネットを活用したマーケティング手法は様々ある。今回は、 インターネット上での双方向の交流から得られる情報の活用に論点を置くため、②ネッ ト・コミュニティの活用に注目していく。近年では、SNS の利用者数増加により、以前に も増して、消費者間、また売り手と消費者とのコミュニケーションが容易となった。こう した状況をマーケティングに活かすことは、消費者のニーズを適切に汲み取ったり、マス メディアによる宣伝よりも効果的なプロモーションを行ったりすることを可能にする。 2‐2、ネット・コミュニティとは 従来、コミュニティは、一定の地理的範囲のなかで、メンバー間で共通の関心が存在し、 相互交流が行われている集団と捉えられてきた。インターネットの普及と、それによる人々 のネットワークの拡大に伴い発生・発展した、コミュニティに類似した集団によるネット 上での交流のことをネット・コミュニティと呼ぶ。人々の交流を基盤しているという点で、 通常のコミュニティと多くの共通点を有しているが、ネット・コミュニティは対面での交 流を必要とはしないため、従来のコミュニティに対する捉え方では捉えきれない側面を持 っている(池尾 2003、p.1)。 ネット上のコミュニティにおいても様々なやり取りが行われるが、製品、用途、ライフ スタイル等が話題にされる限り、企業のマーケティングとの間に関連を有することになる。 このつながりの中で、今回本論で注目するのは、消費者の情報源としての役割である。一 般に、ネット・コミュニティは、従来のリアルの世界における情報源では想定しにくかっ た特徴をもつという点で、消費者にとって新しいタイプの情報源だと考えられる。その特 4 徴を以下に挙げる。 ・面識がない人も含め、多くの人々の間で、時間と空間を超えて、情報のやりとりがさ れる。 ・こうした情報のやりとりに実際に参加する(書き込みする)以外に、ただ閲覧すると いう形でも情報を取得することができる。 ・企業も、そのやりとりを閲覧することも、参加することもできる。 ・ネット・コミュニティは、売り手により主宰されることもあるが、その企業の意思に 関係なく、第三者によって主宰されることもある。 すなわち、ネット・コミュニティにおいては、顧客間の相互作用が拡大・変質すると共 に、売り手がそれらに参加したり、あるいはそれらを監視したりすることが可能である。 そのため、消費者の情報取得のあり方やマーケティングのやり方に、極めて大きな影響を 与え得る(池尾 2003、p.3)。 また、ネット・コミュニティは様々な目的のもとで運営されているが、それらは目的別 に次の5つに分類することが出来る。 ① 製品・サービスに関するサポート 主な活動は、特定の製品・サービスに関して、ユーザーが直面したトラブルへの対 処方法などのサポート情報を交換することで、ユーザー同士助け合うためのものであ る。企業が運営するものと、ユーザーが自発的に設立するものがある。企業は、この サイトを活用することで、自分達が発見しきれなかった製品の不具合や頻繁に発生す るトラブルについての情報を入手したり、ユーザー同士のやりとりから消費者のニー ズを把握し新製品開発に活かしたりすることができる。また、専門性の高い知識を有 するユーザーや影響力が大きいユーザーを特定し、そうした人々と製品開発について 直接のコミュニケーションを行うことも可能となる。 ② 製品開発のための情報収集 既存製品の改良や新製品開発のための情報収集及び、情報交換を行うことを目的と する。企業自らが製品開発のためにコミュニティを持つものと、コミュニティ運営企 業に依頼して作られるものがある。どちらのタイプでも、新製品のアイディアをメン バーから募り、運営者側が取捨選択し、順次サイトに製品開発の進行状況報告する形 で新製品開発が展開される。コミュニティに参加するメンバー達は、自分たちが望む 商品が実現するという期待から、製品アイディアを提供する。 ③ 製品情報の編集及び提供 消費者の関与度の高い商品、例えば化粧品やパソコン、家電製品などについて、ユ ーザーや企業の情報を編集し、提供するものである。例として、価格コムやアットコ スメなどの投稿型クチコミサチイトがあげられる。ある商品について、どの店舗で購 入するのが一番安いのかといった価格比較や、実際に購入し使用したユーザーの感想 5 等の情報を得ることが出来る。メンバー登録制にしているものもあり、その場合、投 稿されたデータの集約から実際の顧客の購買活動の把握や販売戦略への活用などが 可能となる。 ④ 特定の製品、サービスのファンサイト 特定の製品やサービスの利用者たちによる意見交換が展開されているサイトであ る。特定のカテゴリに強い関心と興味をもつユーザーの手で自発的に形成されるサイ トと、ロイヤリティの高いユーザーを数多く有している企業によって運営されている サイトがある。活用方法としては、こうしたサイトへの書き込みから顧客ニーズを把 握することが中心だが、製品サポート的な機能も果たしているため顧客ロイヤリティ の醸成にもつながっている。 ⑤ コミュニケーション・サイト 明確な目的は持たず、コミュニケーション自体が目的となっているコミュニティも ある。大きく二つの種類があり、企業により運営されるテーマ限定型と、「2ちゃん ねる」のようなテーマ非限定型である。テーマ限定型は、企業にある程度関連してい るいくつかのテーマに絞りコミュニケーションが展開され、これにより自社に親しみ を持ってもらうことが期待できる。また、メンバーの書き込みから顧客の態度や意識 のトレンドを大まかに把握するのに活用できる。一方、「2ちゃんねる」や「ヤフー 掲示板」のようなテーマ非限定型のサイトでは、サポート情報の共有から、語り合い、 悪口・誹謗中傷の書き込み等、非常に幅広いテーマでコミュニケーションが展開され る(木村 2005、p.24)。 このように、インターネット上におけるコミュニケーションは様々な形で展開される。 企業は、目的や獲得したい情報に合わせてこれらのコミュニティを自ら主宰したり、第三 者により主催されたコミュニティを活用したりしていくことが大切である。 2‐3、情報源としてのネット・コミュニティ 本論では、購買意思決定の際に消費者の参考となる情報がやりとりされる、そんな情報 源としてのネット・コミュニティに注目していく。2 節で述べてきたように、ネット・コミ ュニティと一口に言っても、活用のされ方や誰によってやり取りがなされるかで様々なタ イプがあり、それから得られる情報や効果も大きく異なってくることがわかった。それで は一体、どのような場合に、どのようなネット・コミュニティが購買における情報源とし て消費者に選好されるのだろうか。これは売り手側である企業がネット・コミュニティを マーケティング活動に活用するために明らかにすべき重要な課題である。 2‐3‐1、情報特性とその規定要因 まず、購買における情報源として消費者に実際に活用される有用性を評価するために、 ネット・コミュニティにおける情報の特性を述べる。ここで注目するのは、情報源として 6 の「信頼性」と「包括性」である。誰もが場合によっては匿名で情報を提供できるインタ ーネット上のネット・コミュニティという媒体については、他の媒体と比べ、情報の信頼 性という点が消費者の情報選択に決定的な役割を果たすと考えられる。また、得られる情 報が包括的であればあるほど、消費者が必要とする情報に遭遇できる可能性が高まる。あ まりに包括的な情報は、必要な情報の探索には適さない可能性もある。しかし、ネット・ コミュニティにおいては、電子媒体であるがゆえに検索が容易であるといった事情がある ため、この包括性は望ましい特性といってよい。消費者は必要とする情報について、信頼 性と包括性の観点から、情報を評価し、いかなるネット・コミュニティを選好するかを決 定すると想定される。 どのような特性をもった情報がやり取りされるにせよ、ネット・コミュニティが機能す るためには、参加者間の相互のやり取りが存在することが前提であり、そのためには参加 者の一定の関心を維持することが必要になる。この関心の水準を規定する要因が、参加者 すなわち消費者の製品に対する関与度である。ネット・コミュニティが有効な媒体として 機能するには、製品に強い関心を示す場合や、その製品の購買を重要視している場合に限 られる。消費者の製品関与度が高いほど、彼らのネット・コミュニティの閲覧や書き込み を行う可能性、実際に購買に至る可能性が高い。すなわち、ネット・コミュニティが機能 する前提条件は、対象に対し消費者がある程度高い関心を有すること、ということができ る(池尾 2003、p.242)。 消費者がある程度の製品関与度を有することを前提としたうえで、情報の信頼性と包括 性を規定する要因をあげていく。一つ目は、ネット・コミュニティにおいてどれだけ高い コミュニケーションが行われているかという、コミュニケーション濃度である。具体的に は、コミュニティにおけるある発言に対しどれだけの発言(レス)が誘発されたかという、 コメントチェーンの長さによって測定することが出来る。コメントチェーンの長さが長い ほどコミュニケーション濃度は高く、逆に短いほど濃度が低いとみなす。 ネット・コミュニティにおける情報特性の規定要因の二つ目は、コミュニティでの話題 が、特定メーカーの製品にどの程度限定されるかである。極端な場合は、特定のメーカー の特定製品に限定されてコミュニケーションが行われるクローズドな状態であり、逆の場 合はまったくメーカーにかかわらずコミュニケーションが行われるオープンな状態である。 これを本論では、コミュニティのオープン度と呼ぶ(池尾 2003、p.246)。 2‐3‐2、消費者の購買決定過程 しかし、いかなるコミュニティが信頼性の高い情報を提供し、また包括的な情報を提供 するかは、消費者が何に関する情報を探しているかによって変わってくる。したがって、 コミュニケーション濃度とオープン度が、コミュニティでやり取りされる情報の信頼性や 包括性に及ぼす影響は、消費者の情報探索の目的により検討される。消費者は購買にあた って、購買過程の各段階において情報を取得する。つまり、消費者の購買決定過程におい 7 ては、大きく分けて、対象の製品のカテゴリにどのような製品が存在するかいう事実に関 する情報が求められる局面と、本格的な検討に値するものはどれかという評価に関する情 報が求められる局面があるということである。しかし厳密には、多くの情報が、事実に関 する情報や評価に関する情報の双方の要素を含んでいる。また、消費者の知覚に評価の要 素が入り込んでくるといった事態も考えられる。要は、相対的に事実に関する情報が重視 される局面と、評価に関する情報が重視される局面が含まれるということである。そして、 どちらに関する情報が必要かによって、コミュニケーション濃度とオープン度が、コミュ ニティでやり取りされる情報の信頼性と包括性に与える影響が異なり、つまりは望ましい コミュニティのあり方も変わってくるものと言える(池尾 2003、p.248)。 2‐3‐3、情報特性の規定関係: 1 項で、コミュニティにおいてやり取りされる情報の特性を左右する要因として、コミュ ニケーションの濃度、およびオープン対クローズというオープン度のふたつを抽出した。 本節では、2 項で示したように消費者にどのような情報が探索されているかを踏まえ、ネッ ト・コミュニティにおいてやり取りされる情報の信頼性と包括性が、コミュニケーション 濃度とオープン度の二つの要因によっていかに規定されるか、その関係を検討していく。 まず、情報の信頼性に注目すれば、評価に関する情報、事実に関する情報どちらに関し ても、低濃度のコミュニケーションと比べ、高濃度のコミュニケーションをもたらすコミ ュニティの方が、頻繁なやり取りのなかでチェック機能が働くため、より好ましい情報が 得られると考えられる。 また、クローズ対オープンという軸でみれば、クローズドなコミュニティはオープンな コミュニティと比べ、事実についての情報はテーマが限定されている分、相対的に信頼性 が高くなる。しかし、特定の企業の製品に思い入れの強い参加者の比率が高まる可能性が あるため、評価に関する情報の信頼性は低くなる傾向にあると想定される。 逆に、コミュニティがオープンであるほど、事実についての信頼性は低くなるが、評価 に関しては、メーカーが異なっても評価基準には共通の部分が少なくないため、より高い 信頼性を与えることが出来る。 次に包括性の観点から見てみると、事実については、低濃度のコミュニケーションを特 徴とするコミュニティのほうが好ましい。つまり、相互のやり取りが少ないほうが、事実 については、個々の情報が単純であるために、より包括的な情報の取得を可能にする。こ れに対し、評価に関しては、個々の消費者が自分にとって適切な情報を見定める必要があ るため、より多くの人々の意見や体験が交錯する、高濃度のコミュニケーションをもった コミュニティが好ましい。 他方、クローズ対オープンの軸においては、事実、評価のいずれの情報に関しても、オ ープンであるほうがより包括的な情報を取得できる可能性が高い。 8 図 1:規定要因と購買関与度の関係(池尾 2003、p.259 を基に作成。) マーケティング戦略の観点から重要なことは、以上のような規定の中で、いかなる場合 にいかなるコミュニティが消費者情報源として消費者に必要とされ、より有効になるかで ある。情報特性と購買関与度の関係を表した図1において、事実に関する情報の信頼性と 包括性は、一方が高まれば他方が低まるというトレードオフの関係にある。各コミュニテ ィは右上に向かうほど、事実に関する情報の信頼性に優れ、左下に向かうほど事実に関す る情報の包括性に優れたものとして位置づけられる。その際に、事実情報において、どの ような場合に信頼性が包括性に対してより重視され、どのような場合に包括性が信頼性に 対しより重視されるかが、消費者の製品に対する購買関与度により左右される。つまり、 購買関与度が高いほど事実に関する情報の信頼性への欲求は高くなり、購買関与度が低い ほど事実に関する包括性への欲求が大きくなる。しかし、クローズドなコミュニティであ っても、焦点が散漫な議論が展開されている場合は、事実に関する情報の信頼性は保証さ れないかもしれない。同様に左下のポジションに位置していても、コントロール水準が低 く議論が偏っていた場合には、包括性が低下していく可能性もある。 また、評価に関する情報については、信頼性と包括性の双方とも、高コミュニケーショ ン濃度で、オープンなコミュニティが、好ましい立場にあった。 購買関与度が高い場合、右方向と左方向のいずれが望ましいか、また低関与度の場合、 下方向と上方向のいずれのコミュニティが望ましいかは、消費者がその購買において事実 情報と評価情報のいずれが重要かに関係してくる。それを規定するのは、情報探索の対象 9 となる製品の既存製品と比べた革新性である。ここでいう革新性とは、当該商品の消費者 にとっての新しさである。買い手は、製品の革新性が低いほど、すでに有している評価基 準を適用できるため、購買決定にあたっての事実情報を重視する。これに対し、製品の革 新性が高くなると、既存の評価基準の適用が困難となるため、事実情報に加え評価情報の 探索も必要になり、結果として、評価情報の重要度が高まるのである。したがって、購買 関与度が高い場合を想定すると、当該製品の革新性が大きいと相対的に評価情報の重要性 が高まり、高コミュニケーション濃度でオープンなコミュニティが、逆に革新性が低いほ ど高コミュニケーション濃度でクローズなコミュニティが、相対的に有効性が高くなる。 他方、購買関与度が低い場合を想定すると、製品の革新性が大きいほど高コミュニケーシ ョン濃度でオープンなコミュニティが、革新性が低いほど低コミュニケーションでオープ ンなコミュニティの重要性が高まるのである(池尾 2003、p.251)。 ここまで、消費者が購買決定の際にどのようなコミュニティを好むのか、情報特性と規 定要因との関係で示してきた。重要なのは、消費者がどのような情報を求めているのかを 的確に見極め、いかに消費者の購買に働きかけるかである。製品の標的市場に対し、情報 を効果的に伝達することが大切である。 2‐4、ネット・コミュニティによるマーケティングの戦略課題 ネット・コミュニティの情報特性や、消費者の購買決定過程と情報探索の関係を踏まえ、 企業がネット・コミュニティを今後のマーケティングに活用するには、ネット・コミ二テ ィにいかに対処するか、そしてそれをいかに活用するかが大きな戦略課題である。 高購買関与が見込まれ、革新性の低い製品の購買に関しては、事実に関する情報の信頼 性が重視され、それには、クローズドなコミュニティにおける高い濃度のコミュニケーシ ョンが適していた。したがって、この場合、ネット・コミュニティにおけるマーケティン グ戦略の一つとして、自社製品を中心としたネット・コミュニィをある程度コントロール 下に置き、そこで高い濃度のコミュニケーションを維持しながら、消費者を囲い込んでい くという方法が考えられる。ネットの内外で中核消費者を直接囲い込み、ネット・コミュ ニティでの彼らの情報発信によって、主に質問することでコミュニティに参加する人々、 ROM(read only member:自ら投稿などはせず、閲覧のみを行う人)と呼ばれる人々、さ らにはコミュニティに参加していない人にまで、情報を普及させようという戦略である。 しかし、消費者の囲い込み戦略を行ううえで、いくつかの課題もある(池尾 2003、p.262)。 一つ目の課題は、ネット・コミュニティをマーケティングに活用する際の大前提である が、ネット・コミュニティが一般ユーザーの間でネット・コミュニティをとして機能する ことである。コミュニティにおいて高濃度のコミュニケーションを維持するためには、か なりの数の人々が頻繁に書き込みを行う必要があり、それには消費者が当該製品に対し高 い製品関与を有することが条件になる。多くの消費者が相対的に高い製品関与度を有する 新製品の場合にはコミュニティは比較的容易に機能する。一般的に、新製品が普及すれば 10 するほど、市場の中心はより本来の製品関与度が低い一般ユーザーへと移っていく。これ らの一般ユーザーは仮に高い製品関与度を有してはいても、当初に製品を購入したユーザ ーと比べれば、製品関与度が低いのが普通である。これに対し、ネット・コミュニティへ の書き込みに積極的なユーザーはより高い製品関与度を有し、それゆえに一般ユーザーと は異なる関心を持つ傾向にある。つまり製品の導入段階でいかに多くの消費者を囲い込む かということが重要になる。そして、製品のターゲットとする消費者と高製品関与層で効 果的なコミュニケーションを実現させられるかも大事な要素である。ネット・コミュニテ ィを消費者のための情報源として活性化していくためには、製品関与度の高いユーザーを 一般ユーザー向けのコミュニティへ書き込みさせるよう動機づけを行うこと、そして製品 関与度の高くないユーザーを書き込みに導くことが必要である。すなわち、製品関与が高 いという理由以外の理由で、コミュニティに対する関与、コミュニティ関与を高めること が重要である。 これには、いくつかの方法が考えられる。 ① コミュニティの構造や運営方法の検討 コミュニティ関与を高める目的から、いかなるコミュニティの形態が望ましいかが検 討されなければならない。いかに、参加者にとって居心地のよい出会いや交流の場を提供 し、コミュニティを快適な場所にしていくか重要である。 ② 優れたリーダーの育成 コミュニティ関与を左右する一つの大きな要因は、多くの参加者に影響を与え、議論 を活性化させることのできる優れたリーダーの存在である。したがって、優れたリーダ ーを育成し、こうしたリーダーに働きかけていくことが必要である。 ③ 企業イメージやブランドの育成 消費者の関与対象としての企業そのもの、あるいは企業が有するブランドの在り方を 考える必要がある。コミュニティが特定企業の製品に関わるものの場合、その企業の優 れた名声やブランドは、人々の共感を生み出し、コミュニティへの関与を高める効果が ある。また、メーカー企業がネット・コミュニティにより自社製品に消費者を囲い込む うえで、重要な役割を果たす。 ④ インセンティブの提供 ネット・コミュニティへの書き込みに対する金銭的なインセンティブの提供も方法の 一つである。しかし、これを用いる場合は、どのように提供するか、誰がどのように負 担するかといった検討も必要である(池尾 2003、p.267)。 二つ目の課題は、ネット・コミュニティの機能を維持しながら、いかにメーカー企業の コントロールを行使するかである。すなわち、ネット・コミュニティをマーケティング手 段として活用するためには、何らかの形で企業の影響力を行使する必要がある。しかしそ うした影響力を行使しすぎると、消費者同士で自由に交流するというネット・コミュニテ ィの魅力を低下させ、コミュニティとして機能しなくなる恐れがある。逆にネット・コミ 11 ュニティを放置すれば、企業の知らない場でマイナスな情報が広まってしまったり、重要 な消費者情報源を逃すことにもなる。このジレンマをいかに解決するかが重要である。ま た、ネット・コミュニティは誰にでも主宰可能であり、第三者によるサイトが常に存在す る。消費者の囲い込みを図るかに関わらず、企業は常に第三者コミュニティへの対処を考 慮する必要がある。しかしこれは莫大な数である。すなわち、ネット・コミュニティをマ ーケティングにおいて活用していくために、企業自身によるコントロール水準の高いコミ ュニティをうまく機能させるための手立てを探ると共に、コントロール水準の低いコミュ ニティに対していかに働きかけを行っていくかという方策の検討が不可欠である。 これに対する方策の一つは、企業にとって直接的なコントロールの及ばないコミュニテ ィに対し、様々なプロモーション手段を用いて働きかけることである。また、売り手が何 らかの方法でコミュニティの中核メンバーに影響力を行使し、間接的に消費者の囲い込み を目指すこともできる。このようないわゆるオピニオン・リーダー、あるいは新製品の普 及に対し多くの人々よりも早い段階で購入し、のちに購入する人達へ影響を与えるイノベ ーター的存在の消費者は、もちろんインターネット以外の場面でも、重要な役割を果たす。 しかしネット・コミュニティにおけるオピニオン・リーダーの存在は、対面によるコミュ ニティと比べ格段に大きな影響を及ぼす可能性が高い。彼らの発言は議論に実際に参加し ているアクティブ・メンバーのみならず、極めて多くの ROM により閲覧され、さらにアク ティブ・メンバーや ROM を通じて、ネット・コミュニティに参加していない人々に広がっ ていく。そのため、マーケティング戦略の観点から、正しい情報の伝達と好意的な態度の 醸成のために、こうした人々に焦点を当てた情報提供、さらには彼らの特性を見極め、イ ンターネット内外の場面を含めた組織化をしていくことが効果的である(池尾 2003、p.269)。 2‐5、本章のまとめ インターネットの普及、利用者数の増加に伴い、企業のマーケティング戦略においてイ ンターネットの活用が重要となっている。その活用方法には様々あったが、本論では、イ ンターネット上で消費者同士の交流が行われるネット・コミュニティ、その中でも特に消 費者が商品やサービスを購入する際の情報源としてのネット・コミュニティに注目してき た。マーケティングに活用され得るネット・コミュニティは、消費者にどのように活用さ れるか、誰によってやりとりがなされるかによって様々なタイプがあった。そこで重要な のは消費者がどういった時にどのようなタイプのネット・コミュニティを選好するかであ り、その基準となるのが情報の「信頼性」と「包括性」である。これらを規定する要因と して、コミュニティ参加者同士の相互のやりとりが長く行われているかを量るコミュニケ ーション濃度、話題がどの程度特定のメーカーに限定されているかを量るオープン度の 2 つがあった。 ネット・コミュニティに関わるマーケティング戦略の議論では、全体的にある程度高い い製品関与度と購買関与度を有することを前提としてきた。そのなかでも、購買関与度が 12 高く革新性の低い製品については、自社製品を中心としたネット・コミュニティをある程 度コントロール下に置き、消費者を囲い込んでいく方策が有効であった。対して、低い購 買関与度が想定される製品や革新性の高い製品の場合は、第三者主宰のコミュニティへの プロモーション活動を通した間接的な働きかけが相対的に重要になるようだ。 ただ、これらの方策の展開には課題も多い。消費者囲い込みに関しては、ネット・コミ ュニティがネット・コミュニティとして機能するために、いかに消費者のコミュニティ関 与を維持するか。そして、第三者主宰コミュニティへの働きかけに関しては、オピニオン・ リーダーを識別し適切で効果的な情報提供を行う一方、監視の及ばない自社製品に関する 大量の情報にいかに対処するかという困難な問題を解決することが課題でなる。 4 節では、これらの課題を解決するための方策を簡単に述べたが、ネット・コミュニティ をマーケティング戦略に有効に活用するために、売り手である企業は実際どのように課題 解決を行ったのであろうか。次章で、企業の事例を取り上げ検討していきたい。 3、事例研究:アットコスメのネット・コミュニティ活用戦略 ネット・コミュニティをマーケティングに活用する際の課題として、いかに消費者のコ ミュニティ関与度を維持するか、そしていかに第三者主宰のコミュニティをコントロール し有効に働きかけるかという二つの課題が露呈した。本章では、消費者によるネット・コ ミュニティで成り立っている投稿型クチコミサイトに注目し、これらの課題にどう取り組 んでいるかを分析していく。 3-1、クチコミサイトの歴史と現状 最近、料理レシピや飲食店情報、化粧品などの分野で、クチコミや情報を投稿するサイ トの人気が上昇している。この人気を支えているのは 20~30 代の女性であり、この年代層 が利用者の半数以上を占めているサイトもある。女性を引き付ける力に消費財メーカーも 注目しており、企業との連携も増えてきている( 『日本経済新聞』、2012 年 2 月 23 日、p.15)。 クックパッドは、消費者が投稿した 115 万件のレシピが掲載されている国内最大のレシ ピサイトである。月 1367 万人の訪問者がいる。無料で利用できるが、月額 294 円を支払う とレシピを人気順に並べ替えることもできる。有料会員数は利用者の 5%程度で、この収入 と広告がクックパッドを支えている。クックパッドが消費者を集める力に注目する企業も いる。味の素は調味料「ほんだし」を使ったレシピをテレビ CM で紹介し、クックパッド で三種類のアレンジレシピを提案した。このようにクックパッドでレシピの募集や訴求を している契約企業は、累計 100 社におよぶ(『日本経済新聞』、2012 年 2 月 23 日、p.15)。 企業の新たなマーケティング法と注目される一方で、「やらせ」など不正な投稿が紛れ込 む課題も浮上している。2012 年 1 月初めに、レストランの店舗やサービスをユーザーがク チコミとしてレビューするサイト「食べログ」で、金銭を受け取って飲食店に好意的なク チコミを投稿し、ランキングを上げようとする「やらせ業者」が明らかになった(『日本経 済新聞』、2012 年 1 月 5 日、p.38)。インターネット上でクチコミを装って消費者を誘導す 13 る宣伝手法を「ステルスマーケティング(ステマ)」といい、食べログのやらせ問題で、そ の存在が広く知られるようになった。運営元のカカクコムによると、ステマを働く不正業 者は 11 年末時点で 39 業者に上るという(『日経産業新聞』、2012 年 2 月 20 日、p.3)。こ の問題に対しカカクコムは、「法的措置も含めて断固として対応する」として、店舗の評価 は他人への影響が大きいと思われる 2000~1 万人程度の投稿が反映しやすいような設計に するなどの対応をしている。ただし、どこからがやらせなのかの判断は難しく、消費者も 自分なりの情報の見極めが重要になる(『日本経済新聞』、2012 年 2 月 23 日、p.15)。 図 2:代表的な投稿型サイト (『日本経済新聞』、2012 年 2 月 23 日、p.15 の資料を基に作成。) 消費者の本音のクチコミを情報源とするこれらの投稿型クチコミサイトは、2000 年代初 めに多くのサイトがオープンし、近年利用者数も増加し、多くの利用者が商品の購入やお 店探しにここでの情報を参考にしている。この中で今回は、化粧品分野で国内最大のサイ トである「アットコスメ」を取り上げ、その具体的な取り組みを検討していく。 3-2、アットコスメの歴史(1999 年~2012 年) アットコスメの運営会社であるアイスタイルは 1999 年 7 月に設立(当時有限会社アイ・ スタイル)された。そして同年 12 月に、インターネットのコスメ情報ポータルサイト「ア ットコスメ」をオープンさせた(「株式会社アイスタイル HP」)。しかし、このサイトはゼ ロからのスタートではない。サイトの立ち上げ以前から「週刊コスメ通信」という無料メ ールマガジンの発行を行っていた。このようにして後にクチコミ情報サイトを立ち上げる 際の核となるべき化粧品に関心をもつ消費者を、メールマガジンの読者として集めていた のである。したがって、少なくともそれまでに集まっていたメルマガ読者達は、アットコ スメのサイト誕生の瞬間から、このサイトの存在を認知していたことになる(森田 2003、 p.200)。このように、サイトオープンの時点である程度のサイト認知者、閲覧者を確保し ておくことで、消費者の投稿が要となるクチコミ型サイトの運営をスムーズに始められた のだろう。これは、2 章で示した消費者囲い込みの戦略に似たものがある。またサイト開設 以前からのメルマガ読者を他の消費者に影響を与えるオピニオン・リーダー的存在として、 14 サイトへの投稿を促したり、サイトの存在を広めたりといった役割として活用することが 出来たと考えられる。 2000 年、アイスタイルは化粧品メーカーへの各種マーケティング支援サービスを本格始 動させた(「アイスタイル HP」)。同年 4 月に、アットコスメのサイトに蓄積されたクチコ ミ情報が一万件を突破し、一日の来場者数は 5000 人、月間ページビューは 150 万ビューに 達し、人気サイトの一つとなった。翌月には、会員数 1 万人、ページビューは月間 300 万 へと、わずか 1 カ月で倍となった(森田 2003、p.202)。このサイトの人気と蓄積された書 き込みをデータとして利用し、新たな事業展開として始めたのが、化粧品メーカーのマー ケティング活動のタイアップである。2000 年秋に P&G が新発売する「ウィスパー オー ルデイズパンティーライナー」の販売プロモーションへの協力として、約 200 人のモニタ ーを登録した。その新製品が発売された後、使用した感想や改善提案をアットコスメに掲 載し、サイト来訪者に広く認知させ購入してもらうことが狙いである。生理用品は消費者 が話題にしにくい面があり、商品告知や意見収集が困難である。そのため、ネットの匿名 性と個人性を生かしたマーケティングが展開された(『日本流通新聞』 、2000 年 9 月 28 日、 p.15)。また、2000 年 12 月には、一年間に寄せられたクチコミを基に、 「アットコスメベ ストランキング」が発表された。これは今や年末の恒例となる「アットコスメベストコス メ大賞」の発端である(「アットコスメ」)。 アットコスメのコンテンツで最も人気があるのが、クチコミランキングである。このサ ービスは、次々に発売されるコスメ商品の感想や評価を会員が自由に投稿できるとともに、 それをサイトの訪問者が自由に閲覧できるというものである。クチコミを投稿する会員は 年齢、肌質などを会員登録の際に申告したうえで、当該商品の効果(潤い・美白など)、お すすめ度(最高 7 点)、コメントを記入する。また、会員登録時にアンケートやモニターへ の協力を許可した者を「プロデュースメンバー」と呼び、新商品企画に携わってもらうと いうコンテンツもある。化粧品に強い関心を持つ人たちの意見をもとに、企業の商品開発 を支援することが出来る企画である(森田 2003、p.205)。 2002 年 11 月には、化粧品オンラインショッピングサイト「コスメ・コム」がオープン した(「アイスタイル HP」)。コスメ・コムを通じ出品企業が直接消費者に販売し、購入し た商品についてアイスタイルが成果報酬を受ける仕組みである。コスメ・コムでは、アッ トコスメのクチコミ人気順に商品を掲載する。そして、アットコスメに簡単に移動できる ようリンクさせ、より詳しいクチコミを閲覧できるようにしている。また、翌年 6 月には p.16)。 モバイル版コスメ・コムもオープンさせている( 『日本経済新聞』、2003 年 10 月 23 日、 このときにはサイトを利用する会員は 13 万人を数え、毎月の書き込みは 3 万 6000 件を超 す。クチコミの投稿数やそれを閲覧する人の数が多いという人気サイトであることは、メ ーカー企業が成果報酬を払ってまでコスメ・コムを通じて商品を販売することの魅力とな っているようだ。 2004 年の 5 月に開催されたのは、「アットコスメ EXPO 2004」である。このイベント 15 は、通販コスメメーカーと消費者とのコミュニケーションの場を提供する目的で開催され た。イベントのキャッチコピーやロゴの決定など、企画の段階から「アットコスメ」メン バーの意見を積極的に取り入れた、 「ユーザー参加型」の内容となっている。各化粧品メー カーによる試供品の配布、特別キットの販売が行われたほか、ネイル体験ブースやカウン セリングコーナー、美容関係の著名人によるセミナーなどが展開された。来場者は約 7300 人、翌年第 2 回目の開催では 13,200 人を動員した(「アイスタイル HP プレスリリース」、 2005 年 5 月 9 日掲載)。2005 年の開催の際には、アットコスメのサイト上で、前年のイベ ントの様子を掲載すると共に、キャッチコピーやロゴの決定だけでなく、イベントで行っ てほしい企画を募集していた。アンケート結果は逐一サイト上で発表され、イベントの告 知のみならず、より強く興味と愛着を持ってもらい、実際に会場に足を運んでもらえるよ うな工夫が見られた(「アットコスメ Road to the EXPO2005」)。 2005 年 8 月には、アットコスメのサイト上で利用者同士の交流を促す機能を追加した。 自分達でグループを作成しその中でやり取りをしてもらうサービスで、サイト上での仲 間・人脈作りを助け、化粧品や美容法などに関心の高い利用者同士が情報交換をする場と して提供した。サイトの魅力を高め、ページ閲覧数を増やすのが狙いである(『日本経済新 聞』、2005 年 8 月 17 日、p.12)。 2007 年 3 月、「アットコスメストア」が東京・新宿にオープンした。クチコミ情報を売 り場に反映した新タイプの店舗である。人気商品が店頭ではなかなか手に入らないという アットコスメの利用者の声が高まったことがきっかけとなった。化粧品メーカーは百貨店 や総合スーパーなど販路ごとに異なる商品を供給するため、それらは一つの店舗では購入 しにくい。アットコスメストアでは、異なる流通ルートの商品を約 350 ブランドそろえ、 比較しながら自分の肌に合う商品をじっくり選ぶことが出来る。目的意識が高く、情報を 取捨選択する賢さを身に付けた消費者に、サイトを見る感覚で買い物を楽しんでもらうこ とを狙いとしている(『日本経済新聞』、2007 年 4 月 16 日、p.5)。翌年 11 月には、東京・ マルイシティ上野店に 2 店舗目となるアットコスメストアがオープンした。ここでは、店 頭商品をバーコードにかざすと、インターネット上のアットコスメに接続し、購入の際の 参考にできるネット端末を設置した。また、大型液晶ディスプレイで同店のランキング情 報も提供される。来店者が化粧品を購入する前に、他の消費者のクチコミを確認できるよ うにすることで、利用者の利便性向上を図っている(『日本 MJ(流通新聞)』、2008 年 10 月 27 日、p.27)。現在は東京を中心に 6 店舗を展開している。 また、広告戦略の一つとして、2009 年 9 月「アットコスメ スイッチ」が出店された。 場所は 1 日当たり 10 万人が行き交う JR 池袋駅 1・2 番ホームであり、床面積わずか 10.7 平方メートルの店舗である。飲み物や軽食、雑誌も販売されているが、商品全体の 7 割が 化粧品と、品ぞろえは女性向けである。仕事やレジャーに出かける経路である駅に店を設 けることで、多くの人の目にとまり、移動中の空いた時間にサイトの閲覧を期待できる。 また、アットコスメを知らない人にも店を通じてサイトを知ってもらいたいという思いが 16 ある。小型店のため、品ぞろえには限界があるが、新宿や渋谷、上野の JR 駅周辺の商業ビ ルに入るより大きなアットコスメストアへと消費者を誘導する役割も見込んでおり、サイ トと大型店を結ぶ集客の“ハブ”となっている(『日本産業新聞』、2009 年 10 月 15 日、p.9)。 化粧品メーカーなどが広告やイベントなどで活用できるよう、アットコスメで影響力の 強い会員を組織化する取り組みも行われた。組織は、顔写真とともに自分のメイクやファ ッションなどの記事を投稿する「コスモ」、アットコスメで美容に関するコラムを投稿する 「コスラ」、月間ページビューが1万を超える個人ブログをもつ「コスブロ」で構成される。 試供品の感想等を投稿記事や個人ブログに書いてもらうのである(『日経産業新聞』、2010 年 12 月 1 日、p.5)。 アイスタイルは 2011 年 5 月、美容に特化した SNS サイト「アットビューティスト」を 開設した。美容に関するテーマやカテゴリにユーザーが記事を投稿することができ、また 参加者同士でコミュニケーションがとれるものである。スキンケアやメイクだけでなく、 ダイエット、アロマ、メンズビューティなど、それまでのアットコスメにない美容全般を 網羅したカテゴリを用意している。ここでは、美容ジャーナリストやメイクアップアーテ ィスト、ネイリスト、ヨガインストラクターなど、美容のプロが投稿する「美ログ」を読 むことができる。これらのサービスの導入により、化粧品のみに限らない幅広い美容に対 する消費者のニーズに対し、サポートを強化する狙いがある(「アイスタイル HP」)。 2012 年には、交流サイト「フェイスブック」と連動した、化粧品メーカーの販促支援サ ービスを展開した。フェイスブックは月間 1000 万人が利用している(2012 年 8 月時点)。 アットコスメの月間利用者数 600 万人以外へのブランド訴求や、フェイスブック利用者間 のクチコミを活用した販促が可能である。メーカーは自社で販促ページを構築することな く、アットコスメ上のクチコミやランキング、商品情報などを利用してキャンペーンや製 品情報の発信が可能である(『日経産業新聞』、2012 年 8 月 1 日、p.4)。 また、2012 年 12 月には、「BEAUTY STYLE COLLECTION by@cosme2012」が開催 された。人気モデルや女優によるトレンドを取り入れたヘアメイクやファッションなどの トータルビューティーを提案する「ビューティースタイルショー」や、人気アーティスト による「音楽ライブ」が行われた。また 2012 年で 12 回目を迎える「アットコスメベスト コスメ大賞」と、本イベントで初めてとなり“2012 年最も美しく輝いていた人”を表彰す る「ベストビューティストアワード」の発表が行われた。17 社 30 ブランドが参加し、各ブ ランドの商品を実際に試せるだけでなく、専門家によるトークショーや、ネイルやヘアア レンジの体験ができるコーナーも設けられた。アットコスメ会員限定で、無料で入場する ことができ、アジア最大級のビューティーエンターテイメントとなった(「アイスタイル HP」 「Beauty Style Collection HP」) 。アットコスメベスト大賞は、それまでアットコスメ のサイト上で発表されてきた。SNS の利用者が急増した 2011 年には、ランキングの結果を ツイッターやフェイスブックにも掲載するなど、更に多くの人に伝えることに成功した。 しかし、サイト上ではなくアットコスメメンバーの前で直接発表したのは 2012 年のこのイ 17 ベントが初めてである。 下のグラフからも分かるように、今やアットコスメの会員は 100 万人を超え、サイトに 寄せられるクチコミも 1000 万件を突破した。年間 100 万件のクチコミを基に行われるベス トコスメのランキング結果は、消費者が商品を購入する際の信用できる情報であり、指標 となっている。 2001 年 2 月 クチコミ投稿数 10 万件突破 総会員数 3 万人 2002 年 7 月 クチコミ投稿数 50 万件突破 総会員数 16 万人 2003 年 5 月 クチコミ投稿数 100 万件突破 総会員数 25 万人 2007 年 7 月 クチコミ投稿数 500 万件突破 総会員数 86 万人 2012 年 8 月 クチコミ投稿数 1000 万件突破 総会員数 110 万人 図 3:アットコスメの累計クチコミ数と会員数の推移 (「アイスタイル HP」掲載のデータを基に作成。 ) 3‐3、アットコスメの成長・確立期(1999 年~2003 年) 図 3 からも分かるように、アットコスメは、サイト開設から極めて短い期間で、会員数、 閲覧者数を増やし、アットコスメの名を広く定着させた。ここで、2 章で述べてきたネット・ コミュニティを活用したインターネット・マーケティングに照らし合わせてみたい。まず、 消費者が対象となる商品に対しある程度高い購買関与度と製品関与度を有することが前提 であった。アットコスメが扱う化粧やスキンケアは成人女性にとって非常に関心の高いテ ーマである。また、各メーカーがシーズンごとに新製品を売り出すため、その次々生み出 される商品に関して知りたいという消費者は多く、消費者が商品関与度を有するという前 提を満たしているといえる。 ネット・コミュニティをマーケティングに活用している例としてアットコスメを取り上 げているが、ネット・コミュニティのタイプとして図 1 ではどこにあてはまるだろうか。 投稿型のシステムは、メーカー自身が運営するウェブサイトとは性格を異にしており、そ の特徴は特定のブランドに偏ったりメーカーの肩を持ったりすることなく、幅広いメーカ ーの多彩な商品の情報を、消費者視点で提供することにある(森田 2003、p.198)。この特 定のブランドに限定しない点から、オープン度が高いと言える。また、これもアットコス メ特有の特徴であり、サイトがマーケティングに有効な情報源となっている理由でもある が、参加者相互のやり取りが少ないコミュニケーション濃度の低い形態をとっている。ア 18 ットコスメは、あえてコミュニティ内での相互の対話的コミュニケーションを制限してい る。クチコミランキングでは他の会員との間で会話的なコミュニケーションを取ることは 出来ず、したがって参加者同士が社会的な関係を構築することもない。こうすることで、 人間関係のもつれから生じるコミュニティの炎上等を防ぎ、サイトの長寿命化を図ってい るのである(森田 2003、p.214)。アットコスメのサイト内には、掲示板式のコミュニティ も存在している。しかし、その入り口は目立たぬように設計されており、メインのクチコ ミランキングと意識的に切り離されている。よって、アットコスメはオープン度が高く、 コミュニケーション濃度の低いことを特徴とし、図2の左下のセルに位置するということ ができる。すなわち、事実に関する情報を特定製品に限定せず広く求めている消費者に、 情報源として選好されるということである。 ネット・コミュニティをマーケティング戦略に活用する際の課題の一つは、消費者のネ ット・コミュニティへの関与度の維持であった。アットコスメの利用者はサイトへの関わ り方の度合いに応じ、四つの段階に分類できる(森田 2003、p.209)。最も関係が浅いのは サイトを閲覧するだけの人たちであり、当時で毎月 30 万人に達する。この 30 万人のうち クチコミ投稿のために会員登録している人たちが 7 万であり、第三段階として、メールな どを利用しアットコスメからの情報提供を許可したオプトイン会員が 6 万人である。そし て、最も関わりの深いのが、アンケートやモニターに協力してもよいと登録しているプロ デュースメンバーと呼ばれる人々であり、この数が 4 万人であった(データは 2001 年時点)。 通常会員やオプトイン会員として登録する際には、ニックネーム、メールアドレス、都道 府県や肌質等を申告するが、さらにプロデュースメンバーに登録するためには名前、住所、 電話番号を追加申告する必要がある。プロデュースメンバーと呼ばれる会員たちは、ほぼ すべてが女性であり、最もヘビーな化粧品ユーザーである。彼女らをいわゆるオピニオン・ リーダーとして、サイトへの投稿や、モニターを行った際の感想等の情報発信を促すこと で、サイトの活性化につなげているようだ。 また、コンテンツのひとつである新商品企画では、消費者の意見を汲み取った商品開発 を行っている。アンケートやモニターに協力してもよいとしたプロデュースメンバーの新 商品に対する要望や改善案を主とし、商品が開発される。自分の意見が反映された商品が 販売されるという喜びが、消費者にサイトへの投稿、メンバー登録を促す原動力となって いると思われる。 メーカー企業がマーケティング戦略にネット・コミュニティを活用するうえで、自社の 意にそぐわない第三者主催のコミュニティへの対処は解決困難な課題だと述べてきた。そ んな中、アットコスメは、第三者の立場を利用し、企業のマーケティングを支援するとい うビジネス体系で成功した。サイト利用者からサイト自体の利用料金をとることはせず、 大きく二つの手段で収入を得た。一つはオリジナル商品やコスメ・コムを通じた消費者へ の物販であり、もう一つは化粧品メーカーから広告費やマーケティング調査費を得ること であった。2000 年 6 月期に 94 万円だった売上高は、翌年 6 月期には 1 億円に、2002 年に 19 はその倍の 2 億円となった。そのうち、物販が 3 割、広告・マーケティング収入が 7 割を 占めていた(森田 2003、p.210、データは 2002 年 3 月時点) 。 またアットコスメは、コミュニケーション濃度の低いコミュニティであると述べた。参 加者同士のやり取りが少なく、クチコミ情報の投稿が言いっぱなし、投げっぱなしでよい というシステムは、データベース化しやすいという利点もある。投稿の際の記入フォーマ ットを規定しておけば、大量の情報も容易にデータベース化することが可能であり、検索 も容易である。アットコスメは第三者サイトとして、良い評価も悪い評価も基本的には受 け入れ、しかし参加者同士の対話がないことで炎上することもない。メーカー企業のよう に第三者主宰サイトへの対処に頭を悩ませる必要がないのである。 このようにしてアットコスメは、限定されない多くのメーカーの様々な商品を扱うこと を魅力とし、消費者をサイト会員として囲い込むことでコミュニティの活性化とその維持 を図ってきた。そこで投稿された消費者の生の声をデータとし、化粧品メーカーのマーケ ティング支援等を行い、短期間で収益も伸ばしたのである。 3‐3、アットコスメの変革期(2004 年~2012 年) これまで述べてきたように、アットコスメはサイト開設時から、メーカーに限定されな い幅広い議題で投稿を募り、消費者に対し購買決定に寄与する情報を提供してきた。また、 参加者同士のやり取りを意図的に排除することでデータベース化を容易にし、マーケティ ングに活用していることが特徴であった。 あえてコミュニケーション濃度の低いシステムを構築してきたアットコスメであるが、 2004 年頃からのアットコスメを取り巻く動きに注目してみると変化がある。それは、消費 者同士の関わりあい、そして消費者と商品、消費者と売り手のメーカー企業の関わりあい が深くなっているということだ。それまではアットコスメ内の掲示板はあえて目立たない ように設置されていたが、グループをつくりその中で会話し仲間作りをするという掲示板 に似た機能が新たに追加された。また、アットコスメストアやアットコスメスイッチなど の対面販売の店舗をオープンさせたり、消費者が商品を実際に試すことができメーカーと 交流する機会が設けられたイベントが開催されたりもした。 アットコスメ自体のシステムには大きな変化は見られないが、アットコスメを中心に消 費者同士あるいは消費者と企業に、より深い関わりを持たせることに取り組み始めたのに は、SNS サイトの増加と利用者数の増加が一つの要因と考えられる。2005 年から、「ミク シィ」や「モバゲー」、 「グリー」といった様々なタイプの SNS サイトが開設され、利用者 も急増した。こうしたサイトは、携帯電話でも気軽に行うことができ、顔や名前を知らな い遠くに住む人とのやり取りも可能にした。これは便利で楽しいものであるが、その反面、 素性が分からないことを利用した犯罪や事件も起きるようになった。 このような匿名性や相手の顔を直接見ることのできないというインターネットの特性か ら、インターネットを情報として利用する際にはその信頼性が重要であると述べた。アッ 20 トコスメでは、情報の書き込みの際に、肌質や性別、年代などを申告する会員登録を要す ることで、クチコミの信頼性向上を図ってきた。200 万人の会員のうち 78 万人(データは 2012 年 10 月時点)が、一般に公開するわけではないが、本名や住所なども登録している 積極的なメンバーであり、ニックネームを使用する2ちゃんねるなどの掲示板や Yahoo!知 恵袋のような質問型サイトなどと比べ、その信頼性は高いと言えるだろう。 しかし、多くの人が当たり前のようにインターネットを利用し、更にはインターネット を取り巻く事件が様々取り上げられる環境の中で、消費者は情報に対してより厳しい目を 持つようになったと考えられる。インターネット上による情報を参考にはするが、鵜呑み にはしないという消費者の厳しい態度を感じ、消費者が実際に商品に触れ確かめられるよ うな環境や、長期的なやり取りである程度の信頼関係を築く場が重要だと考えたのだろう。 そのため、消費者により確信を持って商品を購入してもらう手立てとして、商品との関わ り、消費者同士の関わりを増やす取り組みを始めたと考えられる。 3000 2500 2000 mixiの ユーザー数 1500 モバゲータウンの ユーザー数 1000 GREEの ユーザー数 500 Twitterの 利用者数 2011/01 2010/07 2010/01 2009/07 2009/01 2008/07 2008/01 2007/07 2007/01 2006/07 2006/01 2005/07 2005/01 2004/07 2004/01 0 図 4:SNS サイトと利用者推移(単位:人) (総務省『平成 23 年度版情報通信白書』の資料を基に作成。) こうした取り組みの中で、近年利用者数が増加したフェイスブックやツイッターといっ た、友人と実名で繋がれる SNS サイトは重要な役割を果たす。冒頭で示したビルコムの調 査を改めて取り上げると、モノやサービスを購入する際、リアルな(対面による)クチコ ミを「信用する」人は 87.6%、次いでフェイスブックによるクチコミが 76.2%、クチコミ サイトが 67.8%、EC サイトが 64.8%である。フェイスブックによるクチコミを信用する 理由としては、 「フェイスブックの実名登録制」を挙げた人が 60.6%、次いで「嗜好の似て いる友人のクチコミを参考にすることができるから」が 45.1%であった(「ビルコム」、2012 年 1 月 25 日掲載)。この結果を見てみると、インターネット上のクチコミは消費者にある 程度信頼されてはいるものの、やはり友人や家族からの対面のクチコミが一番信用される 21 ことは事実であり、フェイスブックや同じくツイッターなど、顔見知りによる情報発信が 行われるタイプの SNS サイトは、商品の販促活動のために利用価値があるツールと言える だろう。 また、サイトに登録している多くの会員を、ただサイトに投稿してくれる消費者とみな すだけでなく、マーケティングに活用するために組織化したことも大きな特徴であろう。 消費者のコミュニティへの関与度を維持するために、優れたオピニオン・リーダーを育成 することが一つの課題だと述べた。相互につながる SNS サイトが誕生するまで、更にはイ ンターネットが普及する以前は、流行や商品の購買に影響を与えるオピニオン・リーダー 的存在は、テレビやラジオなどの情報発信の手段をもつ芸能人やその分野の専門家などの 有名人であったように思う。しかし、憧れの有名人による意見というだけでは、今や当て に出来なくなっているだろう。2012 年 12 月、有名タレントやモデルが虚偽の内容をブロ グに書き込んだとされる事実が次々に発覚した。実際には行っていないオークションで商 品を落札したとブログで発言したのだが、そのオークションサイトは、実は入札のたびに 手数料のかかるペニーオークションという詐欺サイトであったのだ(『日本経済新聞』、2012 年 12 月 12 日、p.20)。有名人の人気と一般消費者への影響力の強さを利用したこうした「や らせ」事件は過去にも多く起こっている。インターネットの普及で、誰もが自由に情報発 信を可能とする今、消費者に影響を与えるオピニオン・リーダーはどこにでも存在し得る。 「やらせ」事件が絶えず、ステルスマーケティングが注目されることで、より一層、同じ 一般消費者によるクチコミは消費者に信頼を与え、共感を得ることが出来るだろう。 3‐4、本章のまとめ アットコスメは、特定商品に限定されない幅広い情報を扱い、参加者同士のやり取りを 少なくすることで、主に事実に関する情報の包括性を求める消費者に選好されるネット・ コミュニティというポジションを確立した。多くの女性が関心を持ち、購入頻度も高い化 粧品や美容をテーマにすることで、ネット・コミュニティがマーケティングに活用される 際の、高い製品関与度を有するという前提を満たしている。その上で消費者のコミュニテ ィ関与を維持するため、モニターやアンケートに協力してくれる積極的な消費者を確保し 投稿を活性化させたり、消費者の意見が反映された商品開発企画を行ったりしていた。ま た、一般消費者である会員を企業の製品の販促活動に活用するなど、オピニオン・リーダ ーとなる存在を育成した。一般消費者がサイトへの投稿を意欲的に行っていたり、アット コスメに対し個人情報を公開している会員を数多く抱えていたりという状態は、サイトの 信頼性、更にはそこでのクチコミによる情報の信頼性の向上につながっている。 アットコスメは、オープン当初から大きくシステムを変えることなく国内最大の美容専 門クチコミサイトへと成長した。しかし、近年では、アットコスメの情報量や消費者のリ アルなクチコミを活かし、より対面で関わりを持たせることを重要視している。サイトで のクチコミだけでなく実際に商品を手に取り購入できる、また、一方的に投稿された情報 22 だけでなく、信頼できる者同士で情報交換できる、などがその取り組みの例である。情報 収集するためのツールが増え、やらせ問題などインターネットを取り巻く事件が多く発生 する中で、消費者も大量の情報から自分が必要としかつ正しい情報を取捨選択する力を身 に付けているように思う。こうした状況を受け、物理的距離を気にすることなく、迅速に 大量の情報収集が可能であるというインターネットの利点を活かしながら、消費者に信頼 され実際に購買の意思決定に繋がる情報の提供を行っていることが分かった。 4、まとめ インターネットが誰でも利用可能な今、インターネットによるマーケティングが消費者 に与える効果はますます大きくなっている。本論では、インターネット・マーケティング のひとつとしてネット・コミュニティの活用を取り上げてきた。ネット・コミュニティは 時間や空間を超えてやり取りができ、実際に参加する以外にも閲覧するだけでの情報取得 が可能なため、その影響を与え得る消費者の数が多いことが特徴の一つであった。また、 それまで知り得なかった消費者の声を企業が把握することも、消費者とコミュニケーショ ンを取ることも可能である。こうしたインターネットの特性は、企業が一方的に発信し消 費者が受け取るだけの、それまでの売り手と買い手の関係を変化させ、マーケティングの あり方に影響を与えている。 インターネット・マーケティングの中で、企業が消費者に購買を動機づけるために、ネ ット・コミュニティへの働きかけとコントロールが重要であった。ネット・コミュニティ 上で得られる同じ消費者によるクチコミ情報は、消費者の購買の決め手になりやすい。そ のため、ネット・コミュニティがマーケティングとしてますます注目されると同時に、ス テルスマーケティングが問題とされるようになった。有名人に虚偽の発言をさせたり、報 酬を受け取ってクチコミサイトでの評価を上げたりといった事件が明るみになっているこ とを受け、消費者にとって情報の信頼性はますます重要になっている。 また、フェイスブックやツイッターなど、知り合い同士の繋がりも強い SNS サイトの利 用者数増加により、これらサイトとの連動や働きかけも企業の販促活動を行ううえで効果 的な手法の一つになったといえる。購買の意思決定において、一般消費者によるクチコミ とその信頼性が重要であると述べたが、名前や顔を知っていて、同じような嗜好である友 人によるクチコミは、消費者にとって、匿名の人からの情報よりも圧倒的に信頼性が高ま る。また、アットコスメが、サイトのランキングを基にしたアットコスメストアをオープ ンさせたように、実際に自分の目で確かめることが出来れば一層購買に至る可能性が高い。 フェイスブックのような実名登録制のサイトは、ネット上のやり取りではあるものの、友 人や家族、それでなくても名前と顔を知っている者同士のやり取りであることから、「半リ アル」なコミュニティと言えるのではないだろうか。そして SNS の利用により、誰でも受 信だけでなく発信することが可能になった。今や多くの消費者に影響を与えることのでき るオピニオン・リーダーという存在は、誰でもなることができ、その数は以前と比べ圧倒 23 的に多くなっているように感じる。人々がオピニオン・リーダーとする対象も、その人の 嗜好や環境により異なってくると思われる。 アットコスメの事例分析により、近年の動向として、より深い相互のコミュニケーショ ンのやり取りに力を入れていることが分かった。図 1 に示した、池尾先生による情報特性 の規定要因と購買関与度の関係の図に照らし合わせると、アットコスメのサイト自体はコ ミュニケーション濃度が低くオープン度の高い左下のセルに位置した。しかし、近年のネ ット・コミュニティの特徴は、この図では説明し切れないように思う。消費者と商品、消 費者と企業、そして消費者同士が接点を持つようになり、コミュニケーション濃度が高ま り、たしかに評価に関する情報はより幅広く信頼の高いものが得られている。しかし、事 実に関する情報の包括性が薄れたわけでもなく、今まで通り中立的な立場で消費者に情報 を与えている。また、アットコスメ自体は、購買関与度の高くない人たちを対象とするコ ミュニティであったが、いまや対面販売の店舗にネット・コミュニティを融合するなど、 購買関与度の低かった消費者に対してもその場で購入に至らせることに成功している。池 尾先生による議論は、ネット・コミュニティがインターネット上にとどまらず、リアルな 場で活用される近年のマーケティングにおいては、完全に説明することはできない。 インターネットによるマーケティングは、その情報収集の手軽さや伝達の速さと、誰で も場所・時間を問わず受信も発信も出来る環境が与えられていることで、今後も注目され 重視されていくだろう。しかし、ネット・コミュニティをはじめとしたインターネット・ マーケティングは、それだけで完結させず、消費者をリアルな場に引き出すツールとして 活用するべきであると感じた。インターネットによるマーケティングは、その特性を活か し、いかにして消費者に商品やサービスを体験させるかという動機づけの手段としてみな し、マーケティングに活かしていくべきである。 24 ≪参考文献≫ ・池尾恭一編著(2003)『ネット・コミュニティのマーケティング戦略』有斐閣。 ・池田謙一編著(2010) 『クチコミとネットワークの社会心理~消費と普及のサービスイノ ベーション研究~』東京大学出版会。 ・木村達也(2005)『インターネット・マーケティング入門』日本経済新聞社。 ・濱岡豊、里村卓也(2009 年) 『消費者間の相互作用についての基礎研究―クチコミ、e ク チコミを中心に』慶応義塾大学出版会。 ・森田正隆(2003)「コミュニティ拡大戦略」、池尾恭一編著『ネット・コミュニティのマ ーケティング戦略』有斐閣、p.195~p.218。 ・『日本経済新聞』。 ・アイスタイル HP http://www.istyle.co.jp/company/enkaku/ 2012 年 12 月 23 日。 ・アットコスメ http://www.cosme.net/ 2012 年 12 月 23 日。 ・アットコスメ Beauty Style Collection2012 http://bsc.cosme.net/stc/index/tp/about 2013 年 1 月 23 日。 ・アットコスメ Road To The EXPO2005 http://www.cosme.net/html/evt/0016/01/index.html 2013 年 1 月 23 日。 ・アットビューティスト http://beautist.cosme.net/ 2013 年 12 月 28 日。 ・米国マーケティング協会(AMA)http://www.marketingpower.com/Pages/default.aspx 2012 年 12 月 15 日。 ・インターネットウォッチ http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20120125_507273.html 2012 年 12 月 15 日。 ・総務省 http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h23/html/nc213120.html 2013 年 1 月 23 日。 ・ビルコム http://press.bil.jp/bilcom/10796/20120125-1.html 2012 月 11 月 10 日。 ・WEB 担当者 Forum http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2011/05/16/10094 2012 年 12 月 26 日。 25
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