浜松医療センター学術誌 第5巻 第1号

浜松医療センター学術誌
The Journal of Hamamatsu Medical Center
Vol.5 No.1 2011
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
目 次
巻 頭 言
院 長 小林 隆夫
4
総 説 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
虫垂炎の画像診断 ∼特に CTを中心として∼
岡和田健敏
6
関節リウマチの診断と治療の進歩
田原 大悟
13
原 著 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
局所進行胃癌に対する膵頭十二指腸切除 6 例の検討
池松 禎人
20
症 例 報 告 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1 型糖尿病の血糖コントロールに難航した含歯性嚢胞摘出開創術の 1 例
渡辺 崇広
26
抗結核療法中に小腸穿孔をきたした腸結核の 1 例
中村 明子
30
薬剤性肺炎を合併した高齢者慢性心房細動に対し
カテーテルアブレーションが奏功した慢性心不全の 1 例
松永英里香
35
ヒドロキシエチルデンプン(HES)
製剤によるアナフィラキシーが疑われた 1 例
成瀬 智
39
熱帯熱マラリアの 2 症例
佐々木菜津美
43
ターミナル期の患者をもつ家族に対する精神的ケア
― 看護計画に家族の参画を取り入れて ―
河合 美聡
47
短 報 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
自己末梢血幹細胞移植により治癒に至った頭蓋内病変を合併した
再発ホジキンリンパ腫
藤澤 紳哉
52
前立腺全摘除術におけるリンパ節郭清範囲についての検討
早稲田悠馬
54
宮みさき
58
島田 理恵
72
院内破傷風マニュアルの作成
NST における看護師の栄養教育の現状
∼リンクナースを活用したスタッフ教育とミニテストによる評価∼
臨 床 研 究 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
糖尿病患者 2 事例に対する動機付けの過程
∼心理的ステージ分類に沿った関わりによる効果∼
当院における HIV/AIDS 患者の歯科受診状況についての臨床統計的観察
がん患者における市販洗口剤使用時のアンケート調査
障害受容過程にある頚髄損傷患者への関わり
∼患者参画型看護を通して∼
鈴木 美和
76
内藤 慶子
79
島 桂子
82
松本 太佑
86
活 動 報 告 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
メディカルバースセンター開設後の現状と今後の課題
宮木 良美
90
小児救急看護認定看護師としての活動報告と今後の課題
齋藤 香澄
92
− 2 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
外来化学療法室での看護師による血管確保の試み
∼患者サービスと医師業務負担軽減の視点から∼
神谷 智子
95
当院救急外来におけるトリアージ用紙の検討と今後の課題
伊藤江里子
98
救命救急センターにおける体圧分散マットレス選択の現状
∼統一したマットレス選択基準の導入に向けての取り組み∼
細谷真由美
103
臨床工学技士の業務 ∼血液浄化及び透析液水質確保加算について∼
柳田 仁
106
腹部外科周術期における理学療法の関わり
中神 孝幸
109
放射線被検者に対する医療被ばく不安軽減の活動
中村 文俊
112
院内臓器移植コーディネーターの役割
佐久間美智子
117
がん患者における行動変容について
∼洗口キャンペーン後のアンケート調査より∼
神谷 智子
119
リニアック室における誤照射防止の取り組み
∼患者誤認防止のための放射線情報システム開発∼
飯島 光晴
123
当院の放射線治療計画における MU 独立検証の許容範囲の決定
鈴木 康治
126
当院における医療機器安全管理体制
医療機器管理システム iMarcs の紹介
平野 和宏
129
原発性肺癌に対する体幹部定位放射線治療の初期経験
飯島 光晴
135
東日本大震災静岡県医療救護班
県西部浜松医療センターチーム活動報告
加藤 俊哉
138
浜松医療センターにおける呼吸療法サポートチームの活動の効果と課題
新屋 順子
143
救命救急センターにおける患者参画型看護の取り組み
小杉 香織
146
C P C ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
Stent および PTCD tube 留置し、約 8 年の経過を辿った胆管癌の 1 例
松田 周一
150
早期胃癌と左腎癌術後 11 病日に心肺停止状態で搬送された症例
金井 俊和
154
重度熱中症により CPA に至った 1 例
松永英里香
159
講演会記録 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
災害医療の基本 ∼基本原則 CSCATTT について∼
加藤 俊哉
164
災害医療の基本 ∼トリアージは動的な過程である∼
加藤 俊哉
168
災害医療の基本 ∼多発外傷初期診療指針と搬送∼
加藤 俊哉
172
島 桂子
175
坪井 久美
179
人工呼吸器管理患者の口腔ケア
スマイルサポートチームの活動報告
発行目的・投稿規定 183
教育・研究への個人情報使用におけるガイドライン 185
投稿論文形式捕捉 186
編集後記 病院学術誌委員会 委員長 坂本 政信
190
委員会 委員一覧
191
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浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
巻 頭 言
院 長 小 林 隆 夫 平成23年 3 月11日午後に発生した東日本大震災に被災された皆様に心よりお見舞い
申し上げるとともに、犠牲者の方々に深甚なる哀悼の意を表します。また、被災地の
一日も早い復興を心より祈念申し上げます。今回の地震と津波の被害は想像を絶する
もので、よく「想定外」と言われています。しかし、福島第一原発事故も含め「想定
外」では済まされないのではないでしょうか。医療の現場でもそうですが、常に「想
定外」を想定した対策が必要であると実感しております。
平成23年 4 月、県西部浜松医療センターは開設38周年を迎え、同時に病院名を浜松
医療センターに変更し、病院理念も誰にでもわかりやすい「安全・安心な、地域に信
頼される病院」に変更しました。さらに、利用料金制を採用する新しい会計システムへと変わり、公益法人へ
の移行を目指します。また、今年度は接遇の徹底に加え、「和と協調」を病院の年間目標に掲げております。
浜松医療センターでは平成21年度から経営健全化計画に取組んでいますが、平成22年 4 月からの診療報酬改定
も相まって 2 年連続の単年度黒字を維持、さらに過去最高益も大幅に更新いたしました。これはまさに全職員
の取組みの賜物と評価できます。今後も引き続き地域に信頼される病院を目指して職員一同日々努力を惜しみ
ません。
さて、県西部浜松医療センター学術誌The Journal of Hamamatsu Medical Centerは、昨年第 4 巻第 1 号とし
て41編の構成で刊行しましたが、本年の第 5 巻第 1 号は、総説 2 編、原著 1 編、症例報告 6 編、短報 4 編、臨
床研究 4 編、活動報告17編、CPCの記録 3 編、講演会記録 5 編の計42編の構成で刊行します。浜松医療セン
ターにおける様々な取組みや研究成果などが論文としてまとめられており、病院学術誌としては量的にも質的
にもますますレベルの高いものとなっています。
患者さんがすべて真実を教えてくれます。それをいかに活かし役立てるかが臨床研究です。地域に根ざした
臨床病院である浜松医療センターでは、多くの臨床研究が可能です。平成22年度には延べ約24万人余の外来患
者数、延べ約19万人余の入院患者数の診療実績がありますので、稀有な病気や医療者にとって初めて経験する
病気も多々あったはずです。とくに若い職員には、自分の実体験を通して個々の疾患をとことん調べ上げ、是
非何らかの形で論文として投稿して欲しいと思います。日頃の臨床は忙しくても、常に疑問点を解決するよう
な努力を惜しまないでいただきたいと切望しております。今回は若い医師は言うに及ばず、多くの職種からの
論文が数多く掲載されていますので、是非ご一読下さい。
この学術誌が院内外の方々に広く読まれ評価いただくとともに、今後患者さんへの治療と健康の増進に少し
でも役立つことができれば幸甚です。本誌の刊行にあたりご尽力された関係各位に深甚なる感謝を申し上げる
とともに、来年からも益々内容が充実した質の高い本誌を継続的に発刊できるように、職員一同の努力を期待
して止みません。
平成23年10月 吉日
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総 説
Review articles
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
総 説
虫垂炎の画像診断 ∼特にCTを中心として∼
画像診断科 岡和田健敏
【要 旨】 近年、虫垂炎を含め急性腹症の診断において中心的役割を担っているのは CT であるが、正
確な診断に至るには体型や年齢による見え方の違いや虫垂自体の変異について熟知していな
ければならない。本編ではこれらについて解説するとともに、虫垂炎の程度による見え方の
違い、同様の臨床像を呈する憩室炎等の他の疾患との鑑別点、合併症の画像診断などについ
て述べた。
【キーワード】 虫垂炎、急性腹症、CT
はじめに
通常の軸位での撮影のCTのみで虫垂が明瞭でない場
近年、Multidetecter row CT(MDCT)の発達に
合には冠状断や矢状断の再構成画像が参考になるこ
伴って、腹部救急疾患の画像診断は急速に進歩して
とがある3)。
いる。特に急性腹症と総称される非外傷性の救急疾
又、虫垂は元々盲腸より突出して隣接する組織で
患においても、原因となる疾患、病態やその随伴所
あるので、盲腸の存在部位による変異が存在する。
見の検出にごく自然に利用されている。その中でも
従って、常に右下腹部に存在するとは限らない。虫
虫垂炎はイレウスと並んで対象となる急性腹症の中
垂の存在部位について、その変異をあらかじめ知っ
心的な疾患であり、その画像診断は画像診断の専門
ておくことも重要である。
医のみならず、救急症例を取り扱う臨床医一般に
次に、大腸憩室炎や感染性腸炎、尿路結石等の虫
とって今や基本的素養と考えられる。
垂炎と共通する臨床所見を有する様々な病態が存在
虫垂炎についての画像診断の文献は多く認められ
するため、これらを画像上鑑別する事も救急の現場
るが1∼6)、当院における虫垂炎症例を包括的にまと
では極めて重要となる。
めた報告は無く、今後の診療の一助とすべく、CTを
中心としてその特徴的画像所見や変異例、鑑別疾患
虫垂炎の画像診断の手順
等について述べる。
1 )当然ながら、急性腹症の患者を診た場合、典型
的な臨床像の有無に関わらず常に虫垂炎を忘れず鑑
虫垂炎に限らず、腹部のCT画像では患者の体型に
別に挙げておく事が必要である。
よってかなり診断能が影響を受ける。即ち、腹腔内
2 )まずは既往歴より虫垂切除歴の有無を確かめ
や後腹膜腔の脂肪の多い、言い換えれば内臓脂肪の
る。切除歴があれば遺残する虫垂に生じたstump ap-
多い患者では臓器相互の分離同定が容易で結果的に
pendicitisと云われる特殊な病態や患者の記憶違い以
虫垂自体の同定が容易である。従って、虫垂自体の
外には虫垂炎の可能性は極めて低くなるので、他の
異常の有無、随伴所見が描出されやすい。これに対
疾患の有無を検索する事となる。
して小児や痩せた成人では組織間隙を形成する脂肪
3 )虫垂の同定
に乏しく、臓器相互に分離同定が困難となる。この
云うまでもなく、虫垂は盲腸より突出した細長い
場合、虫垂自体の同定、その異常の有無は分かりに
腸管構造である。CTを見る場合、いきなり右下腹部
くい。まず体型によって虫垂炎等の急性腹症の診断
を見ても虫垂がはっきり同定できない事はしばしば
2)
に難易度があることを知っておかなければならない 。
である。この場合、まず盲腸を同定する事が重要と
− 6 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
なる。盲腸の同定は肛門側、即ち上行結腸の同定か
ら始まる。上行結腸を口側に逆向性に追ってまず盲
腸を同定する。盲腸と回腸末端より口側の小腸はバ
ウヒン弁によって比較的区別が容易であるが、時に
バウヒン弁の閉鎖不全にて回腸末端自体も大腸様に
見える事があり、注意を要する。その場合、腸間膜
根部から回結腸動静脈の走行を追って回盲部に至る
といる方法がある。盲腸を同定したら、バウヒン弁
図1 程度による虫垂の像の違い 左から正常例、
のすぐ尾側に虫垂の基部が存在する。更に虫垂自体
軽度腫脹例、中等度腫脹例、回盲部膿瘍を生じた高
の走行を追って盲端になることを確かめる。又、虫
度炎症例。
垂内腔の糞石が存在する場合は、それが虫垂自体の
存在のかなり有用な手掛かりとなる。
4 )正常な虫垂と異常な虫垂の鑑別と虫垂炎の程度
による見え方の違い
正常な虫垂は通常壁は極めて薄く、内腔にガスが
存在する事が多い(図 1 最も左の症例)。
文献上は最大径6mmが正常上限と云われている1)。
虫垂は殆どの場合屈曲して走行しており、その全長
を必ず追う事が必要である。正常な虫垂でも糞石の
存在する事がしばしばあり、糞石は虫垂炎の必要条
件でも十分条件でもない。但し、小児の虫垂炎では
糞石を合併する頻度が成人例より多い。又、正常な
虫垂では周囲の腹腔内や後腹膜腔の脂肪組織の濃度
上昇像は無い。炎症を起こした虫垂は他の消化管と
同様に壁が肥厚する(図 1 左から 2 番目症例)。虫
垂の特殊事情として、元々細径であるため、壁が肥
厚するとほぼ全例で内腔のガスが消失する。従っ
て、糞石の有無よりも虫垂内腔にガスが存在すか否
かが虫垂炎の診断にかなり重要である。炎症がより
高度となると壁周囲の脂肪組織の濃度上昇像や隣接
図2 高度虫垂炎例(Douglas窩膿瘍)小児例 腫
する腹膜、筋膜の肥厚像が認められる(図 1 左から
脹した虫垂(上図、矢印)とその尖部の尾側のDou-
3 番目の症例)。更に進行した虫垂炎では穿孔や後
glas窩に膿瘍と考えられる壁の濃染する液体貯留像
腹膜腔への穿通の結果、回盲部膿瘍(図 1 最も右側
(下図、丸印)が認められる。
の症例)やDouglas窩膿瘍を形成する(図 2 )。後
腹膜腔(図 3 )、場合によっては腹壁にも膿瘍が形
虫垂炎の診断におけるピットフォール
成されることがある(図 4 )。
1 )痩せた体型の患者
上述した様に、内臓脂肪の少ない小児や痩せた成
人例では組織間隙の脂肪が少ないため、組織同士の
分離同定が一般に難しい。この場合、回腸や右外腸
骨動脈が一見腫脹した虫垂様に見える事があり注意
− 7 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
図5 盲腸後部虫垂炎例 左は軽症例で盲腸の背側
に壁の肥厚した虫垂が(矢印)、更に右中等症例で
はその周囲の後腹膜腔の脂肪組織の濃度上昇像が認
められる。
後腹膜腔に存在する場合、画像上の炎症像と臨床
所見が乖離する、即ち画像上炎症像が高度にもかか
わらず臨床所見に乏しい事がある。つぎに、女性で
しばしば認められる盲腸低位に伴う虫垂の小骨盤腔
図3 高度虫垂炎例(腸腰筋内膿瘍)腸腰筋内の膿
内の存在が挙げられる(図 6 )。
瘍とその内腔に脱落した虫垂由来の糞石が認められ
る(上図はやや頭側、下図はやや尾側レベル)。
図4 高度虫垂炎例(腹壁膿瘍)左から順に頭側か
ら尾側のレベル 虫垂(矢印)が腹直筋内に穿通し
図6 盲腸低位に生じた虫垂炎例 小骨盤腔内で直
膿瘍を形成している(丸印)。
腸のすぐ腹側に糞石を有し軽度腫脹した虫垂が認め
を要する。この様な場合は経静脈性造影剤を使用し
られる(矢印)。
て組織間コントラストを増強して診断すると云う方
法がとられる事が多い。又、脂肪の少ない患者では
この場合、付属器疾患や他の炎症性腸疾患との鑑
相補的に超音波診断が有用な事が多く、放射線被曝
別が問題となる。更に腸管のmalrotationにて盲腸高位
も無い事から、特に小児例ではまずは利用すべきで
のため、虫垂が右上腹部に存在する事もある(図 7 )。
ある。
この場合は胆嚢炎や胃十二指腸潰瘍等との鑑別が問
2 )虫垂の存在部位の変異や特殊な虫垂炎
題となる。更にmalrotationが高度の場合、即ちnon-
虫垂は通常、バウヒン弁の尾側で腹腔内に屈曲した
rotationの場合、盲腸が左上腹部に存在し、虫垂も当
形で存在するが、しばしば盲腸の背側に存在する。そ
然ながら左上腹部に存在して左季肋部痛を呈する疾
の頻度は10%にも及ぶといわれている(図 5 )4)。
患との鑑別が問題となる。 − 8 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
を正確に診断する事はかなり難しい。
3 )合併疾患
虫垂炎の原因として盲腸癌が存在する事がまれに
あり、炎症のみに気を取られない様に注意しなけれ
ばならない5)。又、虫垂炎の合併疾患というよりも
盲腸癌の合併疾患と云った方がよいかもしれない
が、虫垂に生じる過形成又は腫瘍としてのmucocele
が挙げられる。Mucoceleは例え良性であっても腹腔
内に破裂すると腹膜偽粘液腫の状態となり、予後は
極めて不良となる。単なる虫垂炎より壁が薄い割に
図7 盲腸高位での虫垂(正常例)右上腹部に虫垂
嚢胞様に拡張が14mm以上であればmucoceleの可能
が認められる(矢印)。右図の線の高さ
性を考える事が必要である(図 9 )6)。又、虫垂炎
では麻痺性イレウスを生じる場合がある。イレウス
次に、虫垂内における炎症の部位による画像上の
像が臨床的に又は画像上主体であっても、基礎疾患
見え方の違いであるが、糞石が中部に存在する場
として虫垂炎が存在する場合があることに注意しな
合、それより末梢側即ち尖部付近のみ炎症が生じる
ければならない。
場合がある。これをdistal appendicitisという(図 8 )。
虫垂の基部付近のみ見て正常と判断するのは早計で
あり、上述の如く、常に全長を盲端部まで追う事が
重要である。
図8 Distal appendicitis例 冠状断像 虫垂中部に
図9 Mucocele(粘液嚢腫)例 上図は頭側、下図
糞石が存在し、虫垂尖部にのみ壁の肥厚像が認めら
はやや尾側のレベル 虫垂部に双球状の嚢胞性病変
れる(矢印)。
が認められる(矢印)。壁の一部に石灰化が存在す
る事が特徴である。
又、過去に虫垂炎の診断にて虫垂自体が切除され
た場合でも、残存する虫垂に炎症を生じる場合があ
1)
り、これをstump appendicitisという 。術前にこれ
4 )発症よりの時期による見え方の違い。
正確なデータは無いが、発症よりCT撮影までの時
− 9 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
間が短い場合には画像上所見に乏しい場合がある。
この場合は翌日に再度CTを撮影する事が望ましい。
又、発症より 1 週間程度経過すると、完成された膿
瘍が認められる頻度が高くなる。この場合、虫垂自
体が原型を止めず、原因が虫垂炎なのか他の疾患な
のか鑑別が難しくなる。糞石が元々存在する場合に
はその腸管外への逸脱と膿瘍内腔に存在する事で、
原疾患が虫垂炎であると推測する事が可能となる場
合もある1,7)。
鑑別疾患8∼13)
鑑別疾患として代表的なものを下記に記した。
1 )大腸憩室炎(図10)
2 )回腸末端炎等の感染性腸炎(図11)
3 )結腸垂炎
4 )Crohn病(図12)
5 )メッケル憩室炎
6 )回腸末端の悪性リンパ腫(図13;aneurysmal
dilatation)
図11 感染性腸炎例 回腸や盲腸の壁の肥厚像や液
7 )虫垂粘液腫(図 9 )
状の内容が認められる。虫垂は正常(矢印)。
8 )大腸癌(盲腸癌)
9 )骨盤内腹膜炎や卵巣腫瘍の茎捻転、外性子宮内
10)尿管結石
図12 Crohn病 遠位回腸の比較的長い区域の壁肥
厚像が認められる。虫垂は正常に見える(矢印)。
図10 大腸憩室炎例 盲腸外側壁に壁の肥厚し周囲脂
図13 回腸の悪性リンパ腫例 内腔の狭窄を伴わな
肪組織の濃度上昇像を伴う憩室が(上図矢頭)、内側
い壁の著明な肥厚像が認められる(矢印)。
にガスを有する正常な虫垂が認められる(下図矢印)
− 10 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
の合併が明らかになることもある。
骨盤内腹膜炎等の婦人科疾患では、時に回盲部の
腹膜面に炎症が波及し、虫垂炎と紛らわしい事があ
る。漿膜面の炎症が主体にもかかわらず、CTにて虫
垂炎等の粘膜病変として描出され診断を難しくする
事も時として経験される。この場合、子宮や付属器
の同定とその病変の検出から、MRIによる精査にて
鑑別診断が容易となる。
まとめ
右下腹部痛をはじめとする急性腹症では、まず虫
垂炎も頭に入れ鑑別診断を行うことが重要である。
CTを読影する際にはまず虫垂の位置の同定を行う。
その際、虫垂の位置に変異も存在する事も考慮に入
れておかねばらない。虫垂炎と同じような症状を呈
する他の疾患との鑑別のみならず、虫垂炎に合併し
た癌等の疾患を見逃さない事も重要である。更に発
症よりの時間による画像の見え方に違いがあること
図14 骨盤内腹膜炎例 上図は頭側、下図はやや尾
も考慮に入れておかなければならない。
側のレベルDouglas窩をはじめとして液体貯留像
(矢印)や壁側腹膜の肥厚像が認められる(矢
文 献
頭)。虫垂も一見腫脹して見える(曲がった矢印)。
1 )佐合直 虫垂炎のピットフォールとバリエー
ション 画像診断 Vol 28, No. 11:1236-1252,
盲腸や上行結腸の憩室炎では臨床的に虫垂炎と同
2008,
様の右下腹部痛、圧痛、腹膜刺激症状を呈し、臨床
2 )Michael J. Callahan, MD, Diana P. Rodriguez,
的には鑑別は難しい。しかしCTでは、虫垂と憩室が
MD, George A.Tayler, MD. : CT of appendicitis
近接している場合でも虫垂炎と憩室炎の鑑別はその
in Children;Radiology 2002:224;325-332.
炎症の首座から容易に鑑別可能である。同様の理由
3 )Erik K.Paulson, MD, John P. Harris, MD, Tracy
で回腸末端炎等の感染性腸炎やCrohn病等の炎症性
A. Jaffe, MD, et al.: Acute appendicitis added di-
腸炎、回盲部の悪性リンパ腫と虫垂炎は炎症の首座
agnostic value of coronal reformations from iso-
の違いからCTでは鑑別が比較的容易である。感染性
tropic voxels at multi-dectector row CT;Radiology
腸炎や炎症性腸炎でも虫垂に炎症が及び腫脹が同時
2005;235:879-885.
に存在すると言われているが、その程度は虫垂炎単
4 )J. J, MacCort, M.D., Robert E.Mindelzun, M.D.,
独と比較して一般的に軽度である。一般に虫垂の
Robert G. Filpi, M.D. et. al. Abdominal Radiology
mucoceleは急性腹症として発見される事は殆ど無
:Williams & Wilkins;Baltimore, USA;1981. p43
く、たまたまscreening時のCTで発見されるか、虫
5 )Perry J. Pickhardt, Angela D. Levy, Charles
垂炎に合併して発見される事が殆どである。上述し
A.Rohrmann Jr. ;Primary neoplasm of the appen-
た様に、径14mm以上の内腔に液体貯留像を伴う拡
dix manifesting as actue appendicitis CT findings
張した虫垂ではmucoceleを考慮する。虫垂癌や大腸
with pathologic comparison;Radiology 2002;224:
癌に合併した虫垂炎と、虫垂炎単独の鑑別診断は症
775-781.
例によって困難な事があり、外科手術にて初めて癌
− 11 −
6 )Genevieve L. Bennett,Teerath P. Tanpitukpongse,
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
Michael Macari et al. : CT diagnosis of mucocele
of the appendix in patients with acute appendicitis:
American Journal of Roentogennology 2009;192
(3):W103-W110
7 )Nono Pinto Leite, Jose M. Pereitra, Rui Cunha,
et al:CT evaluation of appendicitis and its complications imaging techniques and key diagnostic
findings:American Journal of Roentgenology
2005;185:406-417
8 )Adriaan C.van Breda Vriesman, Julien B. C. M.
Puylaert;Mimics of appendicitis alternative nonsurgical diagnosis with sonography and CT;
American Journal of Roentgenology 2006;186
(4):1103-1112.
9 )C. D. Levine, O.Aizenstein, R. H. Wachsberg;Pitfalls in the CT diagnosis of appendicitis; British
Journal of Radiology 2004:77
(921)
;792-799.
10)Ajay K. Singh, MD, Debra A. Gervaris, MD, Peter F. Hahn, MD, PHD, et al.: Acute epiploic
appendagitis and its mimics:Radiographics, 2005;
25, 1521-1534.
11)Ana Teresa Almemida, Lina Melao, Barbara
Viamonte, et al. ;Epiploic appendagitis:An entity
frequentrly unknown to clinicians-diagnostic
imaginag, pitgfalls, and Look-Alikes;American
Journal of Roentgenology 2009;193:1243-1251.
12)Jinxing Yu, Ann S.Fulcher, Mary Ann Turner, et
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quadrant pain part 1. common mimics of
appendicitis;American Journal of Roentgenology
2005;184
( 4):1136-1142.
13)Jinxing Yu, Ann S. Fulcher, Mary Ann Turner, et
al. ;Helical CT evaluation of acute right lower
quadrant pain part 2. uncommon mimics of appendicitis. American Journal of Roentgenology
2005:184
( 4):1143-1149.
− 12 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
総 説
関節リウマチの診断と治療の進歩
リウマチ膠原病科 田原 大悟
【要 旨】 かつては治らない慢性疾患の代表であった関節リウマチにも、パラダイムシフトと呼ばれる
ほどの大転換が訪れている。関節炎を発症して 2 年以内の早期に関節破壊が進行し、この早
期の時期を逃すと薬の効果、日常生活動作、生命予後も悪くなる(Window of opportunity)
ことがあきらかとなり早期診断、早期治療の重要性が叫ばれている。治療の領域ではメソト
レキサートの使用が認められたこと、生物学的製剤の開発により、最新の診療ガイドライン
には「関節リウマチを寛解導入が可能な疾患とすることをめざす」とまで書かれている。こ
のように急激に進歩している領域であるにもかかわらず、逆に専門的になりすぎて他科の
人々が敬遠する傾向がますます強くなっているのではないかと危惧している。そこで、診断
と治療で大きく変わった点を取り上げ述べてみることとしたい。
【キーワード】 Window of opportunity、メソトレキサート、生物学的製剤
はじめに
準の中のリウマトイド因子は発症六ヶ月以内の陽性
Window of opportunity1)は、適切な日本語がなく
率は30−50%に過ぎない。またリウマトイド結節
「治療の機会」と訳されるが、臨床的には別の意味
や、単純写真での骨びらんを認めるようになった時
を含んでいる。すなはち、リウマチのある時期は窓
には相当進行しており治療の時期を失していること
の扉が開いており、この時期に治療を開始すると開
が大きな問題であった。そこで1992年に厚生省が早
いた窓から薬が入っていき治療効果が高く寛解に導
期関節リウマチ診断基準、日本リウマチ学会も同じ
くことも不可能ではない。ところがこの時期を過ぎ
く早期関節リウマチ診断基準を作成したがいずれも
ると扉が閉まって薬も入っていきにくくなり治療効
発症数ヶ月の関節リウマチを診断するには不十分で
果も落ち、予後も悪くなってくるという意味合いで
あった。関節リウマチの早期診断を可能にするには
ある。これは実際に臨床現場で経験することであ
新しい自己抗体と画像診断の進歩を待たなければな
り、言い得て妙である。このwindow of oppotunityが
らない時期がしばらく続いた。
どの時期かは明確な定義はなく、個人差も大きいと
思われる。しかし、一般的には関節炎の発症から
表1 関節リウマチ(RA)の診断基準(ACR, 1987)
数ヶ月から一年くらいと考えられており、この時期を
逃さないためには早期診断と早期治療が必要である。
診断の進歩
関節リウマチ(RA)の診断基準は、アメリカリウ
マチ学会の1987年改訂分類基準(表 1 )が長年使わ
れてきた。しかし、この診断基準は発症して平均7.7
年経過した関節リウマチ患者をもとに作成されたも
のであり、この診断基準を満たせば、関節リウマチ
の診断は確実で誤診の心配はない。しかし、診断基
− 13 −
1.朝のこわばり(少なくとも1時間以上続くこと)
2.3ヶ所以上の関節腫脹
3.手指PIPまたはMPまたは手関節の関節腫脹
4.対称性関節腫脹
5.手指・手のX線異常(骨びらんなど)
6.皮下結節(リウマトイド結節)
7.リウマトイド因子陽性
上記7項目のうち4項目以上が認められる場合、RA
と診断される。
最初の4項目は少なくとも6週間持続していなければ
ならない。
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
(1)抗CCP抗体
節ととらえると、誤診につながってしまい不必要な
抗環状シトルリン化ペプチド抗体という難しい名
抗リウマチ薬が長々と投与され続けることになりか
前の抗体で保険採用となっている。この抗体は早期
ねない。また抗CCP抗体、リウマトイド因子が陰性
RAでの陽性率が67.7%とリウマトイド因子より高
の多関節炎で罹患関節が少ないと点数が 6 点に届か
く、初診時に抗CCP抗体が陽性の場合、1 年後83
ず見逃されてしまう危険もある4)。
%、 2 年後90%、3 年後93%がRAと確定診断されて
いる。逆に初診時抗CCP抗体が陰性の多関節炎で 3
表3 A C R / E U L A R関節リウマチ診断基準2 0 1 0
年後にRAと診断された例は25%に過ぎず疾患特異性
(Ann Rheum Dis 2010 69:1580-1588)表
の高い抗体である。
(2)画像診断の進歩
MRI、造影MRI により単純X線で骨びらんが出現
する以前に滑膜炎、骨髄浮腫、骨侵食が容易に検出
されるようになった。また最近は非侵襲的な関節エ
コーで滑膜炎などが診断されるようになってきてい
るが検者の技量に左右される面は否めない。
これら抗CCP抗体、MRIを利用して長崎大学の江
口等が画期的な早期診断予測基準を作成している
(表 2 )。この診断基準は臨床に則しており、治療
を始めるか否かを迷った時に非常に有用な基準であ
る2)。
またこれらの診断基準を満たさない多関節炎の治
療をどうするかは明確は指標はなく、各リウマチ専
表2 RAの早期診断予測基準(Arthritis Rheum 61:
門医の判断によっているところが現状であろう。
772-778,2009)
治療の進歩
関節リウマチの患者さんが来ると、
「まずNSAID
で様子をみましょう」。当然効果はなく、二ヶ月ほ
どして「ではリマチルを 1 錠から始めましょう、
二ヶ月ほどして効果がなかったら 2 錠に増やしま
す。効果があるかないか人によって違うし、効果が
でるにしても 2 ∼ 3 ヶ月かかります。辛抱してのん
でください」。効果がないと「ではシオゾールにし
ようか、でも痛がっているのでステロイドを 5 mg追
(3)ACR/EULAR関節リウマチ分類基準
加してとにかく痛みをとってやろう」。やがて関節
先に述べた如く1987年のACRの改訂診断基準が早
の変形がすすんでくると「メソトレキサートを使お
期診断早期治療に不適のため、22年ぶりにアメリカ
うか、でも保険適応になっていないし病名はなんと
リウマチ学会(ACR)と欧州リウマチ学会(EULAR)
しようか…」。そうこうするうちに二年ほどがた
が共同で新しい診断基準を2009年に発表し2010年に
ち、患者さんは日常生活に不自由を感じるように
3)
Ann Rheum Disに掲載された (表 3 )。今後はこ
なってくる。関節も変形し、どうしようもなくなっ
の診断基準が主流になっていくと思われるが、問題
て整形外科にお願いする。そのうち骨折して車椅子
点も指摘されている。まず腫脹関節が正しく診察で
生活になっていく…。
きるかどうかが問題である。変形性関節症を腫脹関
これが1990年前半までのリウマチ治療ではなかっ
− 14 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
たかと思われる。診断も遅く治療もピラミッド方式
り生物学的製剤を使用しようということであろう。
と呼ばれ副作用の少ない薬剤から順番に使用し、不
①メソトレキサート(MTX、リウマトレックス)
可逆性の関節変形がきた時はもう遅いといった時代
リウマチ治療薬の中でもっとも治療効果が高い
であった。これが今は早期診断早期治療が主流とな
MTXも日本で認可されたのは1999年で、それ以前は
り、2000年に入ってからの生物学的製剤の出現、メ
リウマチ専門医がこっそり使用する時代が続いてい
ソトレキサートが保険採用されたことなどによって
た。リウマチの治療が進歩したのは生物学的製剤以
大きく様変わりしパラダイムシフトとまで呼ばれて
上にMTXが普及したためとも言われている。ただ問
いる。
題点は欧米では15-20mg/週が通常量であるが日本で
5,6)
(1)DMARD(疾患修飾性抗リウマチ薬)
の使用は週 8 mgまでしか認められていないことで
表 4 にわが国で使用可能なDMARDの一覧を提示
あった。ここでもリウマチ専門医はレセプトで
する。エビデンスにもとづき治療効果から推奨度を
チェックされるのを知りながら10mg, 12mg/週と使
分け、Aが最も推奨度が高い抗リウマチ薬である。
用していたが、2011年にようやく16mg/週まで認め
られるようになった。
表4 わが国で使用可能なDMARDs 厚生労働省研
使用方法は 4 ∼ 6 mg/週で開始して副作用と治療
究班(2004年)、Aが最も推奨度が高い
効果を見ながら増量する。投与法は一日目の朝夕、
二日目の朝内服と厳格に行う。6mg/週では、一日目
朝 2 mg、夕 2 mg、二日目朝 2 mg。8 mg/週では一
日目朝 4 mg、夕 2 mg、二日目朝 2 mg。10mg/週
では一日目朝 4 mg、夕 4 mg、二日目朝 2 mg。
12mg/週は一日目朝 4 mg、夕 4 mg、二日目朝 4 mg
という飲み方とする。投与量が多くなる場合は副作
用予防にMTX開始48時間後(三日目)に葉酸( 5 mg)
1 錠を内服させる。
副作用は胃腸障害、口内炎、脱毛、肝機能障害、
重篤なものとして間質性肺炎、骨髄障害がある。特
早期に診断し関節変化がくる前の早い時期から強
に間質性肺炎は死亡に至るケースもあり、咳や呼吸
力な治療を行うという考えから、推奨度Aの薬剤で
困難があればすぐに連絡するよう指導すること、呼
あるメソトレキサート(リウマトレックス)、ブシ
吸音を毎回聴診すること、定期的に胸部写真を撮影
ラミン(リマチル)、サラゾスルファピリジン(ア
するなど細心の注意が必要である。またCcr<30ml/
ザルフィジンEN)がよく使わる。最近、タクロリ
minの腎機能障害では使用禁とされている。
ムスが保険採用されこれも有効な薬剤で、だいたい
②スルファサラジン(SASP、アザルフィジンEN)
この 4 剤が使用されることが多い。レフルノミド
MTXに次いで有効な薬剤で、一日500mgから始め
(アラバ)もメソトレキサートと同じくらいの薬効
て1000mgまで増量する。副作用は胃腸障害、皮疹、
があるとされているが、致死的な間質性肺炎が初期
肝機能障害、白血球減少などがあるが、MTXと比べ
に多発し敬遠されがちである。当医療センターには
ると重篤な副作用が少ない割には治療効果も高いた
採用されていない。ミゾリビン、金チオリンゴ酸ナ
め最初に使用されるケースも多い。またリウマチか
トリウム(シオゾール)も症例のよって時々使用さ
どうか診断に迷う多発性関節炎でも最初に使用され
れているが、その他のオーラノフィン、d-ペニシラ
る。また腎機能障害時も使用は可能である。
ミン、ロベンザリット二ナトリウム、アクタリット
③ブシラミン(リマチル)
は使用されることは希で昔の薬になってしまった感が
我が国で開発されたD-ペニシラミン類似構造をも
ある。あれこれDMARDを変更して時間を浪費するよ
つ抗リウマチ薬。治療効果も高く我が国ではもっと
− 15 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
も使用されているが欧米の教科書にはほとんど名前
時は充分な説明が必要である。また注意すべき副作
が出てこない。100mg/日から開始し副作用と効果
用もあるため、TNF阻害剤を使用する際のガイドラ
をみながら200∼300mg/日まで増量する。副作用と
インが日本リウマチ学会から出されている(表 6 )
して消化器症状、皮疹、味覚障害、腎障害(蛋白
尿)が多い。重篤な副作用としてネフローゼ症候
表5 日本でRAに使用可能な生物学的製剤
群、骨髄障害、間質性肺炎があるが頻度は高くなく
比較的使用しやすい薬剤である。
④レフルノミド(アラバ)
欧米ではMTXと同程度の効果があるとされ、日本
でも2002年に認可されたが間質性肺炎による死亡例
が多数でて残念ながら普及していない。ただ治療効
果を早めるため1 0 0 m gを三日間投与しその後1 0 20mgを維持量とするLoading dose法が問題ではな
かったと反省され、初期から10-20mgを使用するよ
うになってきている。腸管循環し半減期が15-18日と
非常にながく副作用出現時はコレスチラミンを投与
表6 RAに対するTNF阻害療法施行ガイドライン
する必要がある。
(改訂版)日本リウマチ学会 2008年
⑤タクロリムス(プログラフ)
以前から移植領域で使用されていたが、2005年に
RAへの適応が承認された。夕食後に 1 ∼ 3 mgを投
与する。ファーストチョイスではないが治療効果は
高く、MTXで効果が不充分な症例に追加投与した
り、MTXが投与できない例に投与するケースが多
い。副作用として腎障害、血糖上昇、消化管障害な
どがあるが比較的使用しやすい薬剤である。
(2)生物学的製剤6,7)
副作用は短期と中長期副作用とに分けられる。
生物学的製剤は、炎症性サイトカインを中和させ
短期的副作用ではアナフィラキシー症状がある。
ることで炎症を抑える薬剤で2003年に抗腫瘍壊死因
特にレミケード投与中に起こることがあり生物学的
子-α抗体(TNF-α抗体)インフリキシマブが承認
製剤の投与はリウマチ専門医がいて、アナフィラキ
された。その後、2005年に可溶性TNF受容体-IgGFc
シーに対応できる看護師がいる施設で行うことが望
融合蛋白エタネルセプト、2009年に抗インターロイ
ましい。
キン-6受容体抗体トシリズマブ、TNF-α抗体アダリ
中長期的副作用として注意すべきは感染である。
ムマブ、2010年にヒト型可溶性CTLA4-Ig融合蛋白ア
インフリキシマブは5000例、エタネルセプトは13894
バタセプトが承認され本邦で使用可能な生物学的製
例の市販後調査が完了しており細菌性肺炎、間質性
剤は 5 剤となった。さらにまだまだ開発中の生物学
肺炎、ニューモシスティス肺炎などが多い。特に注
的製剤が数多くある。
目すべきは結核の発生である。結核菌は細胞内寄生
これらの特徴を表 5 にまとめてみる。これらの生
細菌であり、肺胞マクロファージの活性化による殺
物学的製剤は寛解に導く効果を持つ薬剤であるが非
菌、肉芽腫形成による周囲からの隔絶が播種の阻止
常に高価でどの薬剤も年間薬剤費は140万円ほどか
につながるが、この過程でTNF-αが中心的役割を果
かる。三割負担としても40万円以上になり使用する
たすとされている。このTNF-αを中和してしまうた
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浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
め結核が再燃してくると考えられている。そのため
癬、ブドウ膜炎などへの生物学的製剤の投与が認め
生物学的製剤を投与する前にツベルクリン反応、胸
られるなど広がりをみせている。治療法がなく治ら
部写真、胸部CTで結核の有無、既往を確認し疑わし
ない病気と言われていた時代と比べると、非常にお
い時はINHの予防投与を行ってから生物学的製剤を
もしろい分野となってきているので多くの若い医師
開始する。また非結核性好酸菌症は現在有効な薬剤
が興味を持ってくれることを期待したい。
がないため、非結核性好酸菌症を合併した症例には
使用すべきでないとされている。またB型肝炎ウイ
文 献
ルス感染者にTNF-α阻害剤を投与しウイルス活性
1 )徳永大作、久保俊一:関節リウマチのwindow of
化、肝炎悪化例が報告されており原則として投与す
opportunity.日本医事新報.2009:No 4439:
べきではない。C型肝炎ウイルス感染者への投与に
47-52.
対しては一定の見解は得られていない。いずれにし
2 )Tamai M, et l:A prediction rule for disease out-
ろ投与前には必ず肝炎ウイルスのスクリーニングが
come in patients with undifferenttiated arthritis
必要である。
using magnetic resonance imaging of the wrists
またいずれの生物学的製剤もMTXとの併用で治療
and finger joints and serologic autoantibodies.
効果が上がるため併用を推奨されている。特にイン
Arthritis Rheum 61:772-778,2009.
フリキシマブはMTXとの併用が必須でこれはインフ
3 )Aletaha D,et al:2010 Rheumatoid arthritis classi-
リキシマブに対する抗体産生を予防する意味もあ
fication criteria;An American College of Rheuma-
る。MTXはCcr<30ml/minの腎機能障害では使用で
tology/European League Against Rheumatism
きないため腎機能障害を合併した症例ではインフリ
collaborative initiative. Ann Rheum Dis 69:1580-
キシマブを避け、エタネルセプトなど半減期の短い
1588,2010.
薬剤を使用する。
4 )岸本暢将:新分類基準のインパクト。Medicina
またIL- 6 を中和するトシリズマブはCRP産生を抑
2011-2:48(2),166-169.
制してしまう。そのため感染を合併していてもCRP
5 )厚生労働省研究班:診断のマニュアルとEBMに
陰性のためこれを見逃してしまい重篤になってしま
基づく治療ガイドライン.日本リウマチ財団、
う危険があり注意深い観察が必要である。
2006:84-98.
感染以外の副作用として心不全の悪化、脱髄疾患、
6 )日本リウマチ学会生涯教育委員会、日本リウマ
TNF-α阻害薬は悪性リンパ腫などを増加させるので
チ財団教育研修委員会:リウマチ病学テキス
はないかと心配されている。
ト、2010:113-122.
いずれにしろ生物学的製剤自体が使用されはじめ
7 )中野和久、田中良哉:生物学的製剤の副作用と
て日が浅いため、副作用や長期予後にどのように影
その対策。内科、2011:107(4):679-685.
響するかは今後、注意深くみていかなければならな
い課題である。
最後に
関節リウマチの診断治療で大きく変わった点を中
心に取り上げてみたが、進歩が急なあまりリウマチ
膠原病は難しいと若い医師が敬遠しないかと危惧し
ている。実際、静岡県ではリウマチ膠原病を希望す
る医師がほとんどおらず、多くの大学、総合病院で
も医局員の確保に苦労している。リウマチ治療の進
歩はリウマチ領域に留まらず、炎症性腸疾患、乾
− 17 −
原 著
Original articles
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
原 著
局所進行胃癌に対する膵頭十二指腸切除6例の検討
浜松医療センター外科、山梨大学第一外科*
池松 禎人、北橋 敦子*、金井 俊和、西脇 由朗
【要 旨】 膵・十二指腸浸潤を伴う局所進行胃癌に遭遇することは稀でなく、同症例に対する膵頭十二
指腸切除術(以下、PD と略)の手術適応に迷うことは少なくない。そこで PD の妥当性につ
き、PD 以外の切除を施行した症例を対照に術後生存率について比較検討した。1990 ∼ 1999
年の 10 年間に当院で進行胃癌に対して 6 例の PD を施行していた(いずれも根治度B)。同時
期に手術を行なった胃癌は 1,163 例であり、Stage IV 進行癌は 216 例(根治度 B 26 例、根治
度 C 128 例)であったためこれらを比較対象とし retrospective に検討した。その結果、PD
を施行した 6 例と PD 以外の切除を施行した 20 例(いずれも根治度 B)では生存率に差を認
めなかったが、根治度 B と根治度 C を比較すると根治度 B が有意差をもって生存率が高かっ
た。さらに、PD 症例のうち 1 例は最長 1,768 日間生存した。PD施行症例に重篤な合併症はな
く術後在院死亡は発生しなかった。
PANCREATICODUODENECTOMY FOR LOCALLY ADVANCED GASTRIC
CARCINOMA -STUDY OF SIX CASES Yoshito IKEMATSU, Atsuko TOMON*, Toshikazu KANAI, Yoshiro NISHIWAKI
Department of Surgery, Hamamatsu Medical Center and *First Department of Surgery, Yamanashi
University School of Medicine
It is not quite rare to encounter with patients with a locally advanced gastric cancer with pancreas
and/or duodenal invasion. The intra-operative decision of pancreaticoduodenectomy
(PD)
for
those cases always plague gastrointestinal surgeons. The validity of PD has been reviewed with
the cases without PD about post-operative survival rates, retrospectively. Six patients with locally advanced gastric carcinoma invading to the pancreas and/or duodenum who received
pancreaticoduodenectomy
(PD group)were subjected to an evaluation. These six cases were
compared with 20 patients who underwent gastrectomy only
(non-PD group)for advanced gastric carcinoma
(stage IV)in the same period. There was no difference in survival rates between
PD group and non-PD group. The 5-year survival rate of those curative intended 26 resected
cases for advanced gastric carcinoma(PD group and non-PD group)were better than that of
128 cases of non-curative resection(12% and 2%, respectively). Pancreaticoduodenectomy for
locally advanced gastric carcinoma with invasion to the pancreas and/or duodenum is recommended procedure for the selected cases.
【キーワード】 胃癌、膵頭十二指腸切除術
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浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
緒 言
PD施行症例の検討
膵頭十二指腸切除術(Pancreaticoduodenectomy :
PD施行6症例の内訳を表 1 に示す。
以下、PD と略)は手術に伴う侵襲が大きくまた術
表1 胃癌に対する膵頭十二指腸切除 6 例の概要
後合併症の頻度も高いために膵・十二指腸浸潤を伴
う局所進行胃癌に対する術式としては一般的ではな
く、昨今の化学治療法の発達にともない集学的治療
を選択する場合が少なくない1),2)。しかし、手術手
技の普及改善や周術期管理技術の向上に伴い、PDに
伴う合併症が従来と比して減少しており、進行胃癌
に対するPDは必ずしも過大術式とは言えない3)。今
回、過去10年間に経験した膵あるいは十二指腸浸潤
を伴うStage IV局所進行胃癌に対してPD を施行した
6例の治療成績を検討した。
PD症例は男女それぞれ 3 例ずつであり、平均年齢
胃癌手術症例の概要
55.8才、いずれも幽門前庭部を中心に腫瘍を認め、
当院外科において1990年∼1999年の10年間に胃癌
膵への直接浸潤の他に十二指腸浸潤や横行結腸浸潤
手術症例1,163例を経験し、そのうち216例がStage IV
のためにPDを施行した。これら全ての症例において
であった。Stage IVの内訳は切除例が154 例、非切除
遠隔転移や腹膜播種は認めなかった。組織型として
例が62例であり、切除例のうち根治度Bの手術を行
は、6 例中 5 例が低分化型腺癌であり、2 例を除い
ないえたものが26例、根治度Cに終わったものが128
ては高度のリンパ管浸潤や脈管浸潤を認めた。全例
例であった。さらに、根治度B症例の中でPD を施行
が深達度siであり 2 群以上のリンパ節転移を認め、
した群( 6 例)とPD以外の切除を行った群(20例)
胃癌取り扱い規約4)でStage IV に合致した。術後合
が存在した(図 1 )。非切除例は、開腹時に腹膜播
併症は 1 例で胃空腸吻合部潰瘍を、2 例で膵空腸吻
種や他臓器への遠隔転移などの理由によって原発巣
合部の軽度縫合不全を認めたがいずれも保存的に軽
を切除できなかった試験開腹例、さらに胃空腸吻合
快し、その他重篤な合併症は認めなかった。退院後
術などの姑息的手術を施行した例を含んだ。
は 1 例を除き外来で 5 -FU系抗癌剤内服を中心とし
た補助化学治療を行った。平均在院日数は54日、平
均生存期間は707日であり、もっとも長期間生存し
た症例 4 は術後 2 年 2 ヶ月目に吻合部再発が発見さ
れ残胃全摘術を施行、更に同年肝・結腸再発に対し
て再々切除を行われ、初回手術より1,768日間生存し
た。死亡再発形式は全例が癌性腹膜炎であった。
進行胃癌の治療成績
切除群の根治度B症例と根治度C症例とで生存率を
比較すると、根治度B症例において有意に 5 年生存
率の向上を認めた(図2a、p<0.05)。しかし根治度
図1 StageⅣ 胃癌症例に対する外科治療の内訳
B症例のうちPD 施行 6 例とPD 以外の切除20例の生
存率に差は認められなかった(図 2 b)。なお、生
存曲線作図はK a p l a n - M e i e r 法を用い、検定は
Logrank 法により比較した。
− 21 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
うために条件が整えば積極的に手術を試みられてい
ることが多いが5)、この両者間内でもリンパ節転移
を介した膵頭十二指腸浸潤の方が予後不良とする報
告がある6)。我々の検討でも症例 6 がこれに該当し
術後の生存期間が最も短かったことより、PDを選択
するにあたっては胃癌からの膵頭十二指腸直接浸潤
症例の方がリンパ節転移経由の膵頭十二指腸浸潤症
例よりも良好な予後が期待できるものと考えなけれ
ばならない。また、3 )の膵頭周囲リンパ節廓清だ
けのためのPD付加について諸説があるが7),8)、現時
点で著者らはPDを行うことは過大侵襲と考え、該当
症例には胃切除に丁寧なリンパ節廓清を行いつつ、
図2a Cur B、C手術症例の生存曲線:5 年生存率
局所再発の際に消化管の連続性ができるだけ長期に
はそれぞれ12%と 2 %(p<0.05)。
損なわれないように再建はRoux-en-Yで行ってい
る。
PDが膵頭十二指腸領域癌に行われた初期の頃と
違って、現在では手術材料や術前術後管理の進歩に
ともない合併症頻度は著しく減少しており、熟練し
た外科医の指導のもとで若年外科医でさえも安全に
行い得る術式となっている。幽門側胃切除と比べる
と術後合併症頻度が増加するものの術死率に関して
は申し分のない成績になっており9)、患者側背景に
手術を行うにあたっての危険率増加がなければ、局
所進行胃癌に対する術式としてPDは充分に成立する
ものと考える。胃癌に対して直接PDを施行された症
図2b C u r B 症例中P D の有無による生存曲線
例のみならず術前化学治療後にPDを施行された症例
(N.S.)
でも長期生存例が散見されており10),11)、適応症例に
遭遇した際には一考を要する術式と考える。また、
考 察
昨今の術後化学療法を追加することによってさらな
PDを施行した 6 例は、いずれもPDを付加するこ
る予後改善が期待されよう。
とがなければ根治度Cになる症例であり、PDを施行
以上より遠隔転移や腹膜播種のない、膵頭十二指
することで根治度が上がり、ひいては予後の改善に
腸直接浸潤を伴う局所進行胃癌に対する治療の選択
つながったと考えた。
肢として、常にPDを念頭に置いて診療にあたること
進行胃癌に対するPDの適応は以下の 3 点が考えら
が肝要である。
れる。すなわち遠隔転移や腹膜播種を認めない上
で、1 )癌腫が直接膵頭十二指腸に浸潤しているも
文 献
の、2 )転移リンパ節より間接的に膵頭十二指腸に
1 )江川智久、長島敦、北野光秀、他. 術前TS-1/
浸潤しているもの、3 )転移リンパ節が膵頭十二指
Low-Dose CDDPにより膵頭十二指腸切除が回
腸領域周囲に存在し、完全な廓清のためにPDが選択
避できた十二指腸浸潤胃癌の 1 例.癌と化学療
されるもの、のいずれかである。 1 )2 )に関しては
法 2003;30:1682-5.
切除ができなければ根治度が非治癒に留まってしま
− 22 −
2 )渡邉伸一郎、二宮基樹、西崎正彦、他.S-1/
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
cisplatinを用いた術前化学療法により根治A手術
が可能となった十二指腸浸潤胃癌の 1 例. 外科
2010;72:632-5.
3 )Harrison LE, Merchant N, Cohen AM, et al.
Pancreaticoduodenectomy for nonperiampullary
primary tumors. Am J Surg 1997;174:393-5.
4 )日本胃癌学会、胃癌取扱い規約.第14版 東京:
金原出版株式会社;2010.
5 )菅原元、 山口晃弘、磯谷正敏、他.胃癌に対す
る膵頭十二指腸切除術36例の検討.日本臨床外
科学会雑誌 2002;63:2883-9.
6 )Ajisaka H, Fujita H, Kaji M, et al. Treatment of
patients with gastric cancer and duodenal invasion. Int Surg 2001;86:9-13.
7 )松本尚、小西孝司、月岡雄治、他. 胃癌におけ
る膵頭十二指腸切除術の検討.日本臨床外科医
学会雑誌 1992;53:1540-4.
8 )野本一博、梨本篤、土屋嘉昭、他.胃癌に対す
る膵頭十二指腸切除術の意義.日本臨床外科学
会雑誌 1998;59:908-13.
9 )Hirose K, Onchi H, Iida A, et al. Surgical results
of pancreaticoduodenectomy for carcinoma of the
distal third of the stomach. Int Surg 1999;84:1824.
10)Menjo M, Nimura Y, Hayakawa N, et al. Ten-year
survival after pancreatoduodenectomy for advanced gastric cancer--report of two cases.
Hepatogastroenterology 1999;46:1253-6.
11)北田浩二、後藤田直人、加藤祐一郎、他.膵へ
の直接浸潤を認めたpT 4 胃癌に対し膵頭十二指
腸切除を行い長期生存を得た 1 例.癌の臨床
2010;55:753-6.
− 23 −
症例報告
Case reports
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
症例報告
1 型糖尿病の血糖コントロールに難航した含歯性嚢胞摘出開創術の 1 例
歯科口腔外科
渡辺 崇広、中埜 秀史、 島 桂子、内藤 慶子
鈴木 晶子、江頭 寿洋、内藤 克美
【要 旨】 症例は 58歳女性。左側下顎臼歯部の違和感を主訴に近歯科医院より紹介され、左側下顎智歯
部における含歯性嚢胞に対して埋伏智歯抜歯及び嚢胞摘出開窓術を施行した。患者は 1 型糖
尿病を有しており、術後のガーゼ交換後の疼痛やケトアシドーシスにともなう嘔気症状によ
り食事摂取量が低下したため血糖コントロール不良を呈し、インスリンを混注したブドウ糖
加輸液製剤の点滴投与を開始しコントロール後、
術前の定時皮下注射へ移行し退院となった。
糖尿病患者の周術期における血糖コントロール不良時には、インスリン静脈内持続注入法の
導入を考慮する必要があるが、低血糖発作などのインシデント発生頻度が増すことが問題視
されており、一般病棟で実施するには課題が多いと考えられる。今回のような口腔領域の術
後では種々の理由により経口摂取不良となりやすく血糖コントロール不良に陥りやすいこと
が経験された。
【キーワード】
1 型糖尿病、周術期管理、スライディングスケール、静脈内持続注入法、含歯性嚢胞
はじめに
既往歴:1991年に 1 型糖尿病を発症し、以降インス
厳格な血糖コントロールを必要とする 1 型糖尿病
リン自己注射にて血糖コントロールされていた。イ
は、自己におけるインスリンの絶対的欠乏を来して
ンスリンの投与量は、毎食直前に超速効型を6-5-5 いるために周術期における血糖の変動幅が大きくな
単位、眠前に持続型を 5 単位であった。 1)
りやすい 。そのため 1 型糖尿病を有する患者に対
家族歴:父、糖尿病。
して口腔外科領域の手術を行った際は術後の疼痛等
現病歴:2006年11月に左側下顎臼歯部歯肉の違和感
で食事摂取量が低下し、術後の血糖コントロールが
を主訴に近歯科医を受診し、パノラマX線写真にて
困難となることがある。今回われわれは 1 型糖尿病
左側下顎智歯部の異常像を指摘され、当科を紹介さ
を有する患者に対し、埋伏智歯抜歯及び含歯性嚢胞
れ来院した。
摘出開窓術後にスライディングスケールを用いた血
現 症:
糖コントロールを行った。しかし、術後の疼痛によ
全身所見:身長154cm、体重53kg、栄養状態は良好
る経口摂取不良等で血糖コントロールが困難とな
であった。
り、インスリンを混注したブドウ糖加輸液製剤の点
口腔外所見:顔貌には特記すべき異常は認めなかった。
滴投与によりコントロールが必要となり、定時皮下
口腔内所見:左側下顎智歯は完全埋伏の状態で確認
注射への移行に苦慮した症例を経験した。その概要
できず、左側下顎第 2 大臼歯に軽度の動揺を認める
を報告し、口腔外科手術における血糖コントロール
が歯肉等に腫脹は認めなかった。また疼痛等自覚症
の重要性について述べる。
状もなかった。
エックス線所見:パノラマX線像では、左側下顎智
症 例
歯の歯冠を含み、下顎下縁にまで及ぶ境界明瞭な類
患 者:58歳、女性。
円形のX線透過像を認め、下歯槽神経管は下方へ圧
主 訴:左側下顎臼歯部歯肉の違和感。
排され偏位していた(写真 1 )。 同部CT像では長
− 26 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
径約30mm大の低CT値を示した骨吸収像を認めた。
臨床診断:含歯性嚢胞、埋伏智歯
嚢胞周囲の皮質骨は菲薄化を認め、舌側骨は一部欠
処置及び経過:
損していた(写真 2 )。
1 型糖尿病の合併症はなく、当科初診時の採血結
果ではHbA1c6.7%と比較的安定していた。当院内分
泌科と協議のうえ、周術期は当院規定のスライディ
ングスケール(表 1 )にて血糖値を管理することと
した。スライディングスケールについては、絶食中
はScale Aを、食事摂取時はScale Bを使用することと
した。
表1 当院規定のスライディングスケール
写真1 初診時パノラマX線写真
左側下顎智歯の歯冠を含み、下顎下縁にまで及ぶ境
界明瞭な類円形のX線透過像を認め、下歯槽神経管
は下方へ圧排され偏位していた(矢印)。
表2
写真2 C T 像
長径30mm大の低CT値領域を認め、周囲の皮質骨の
菲薄化が見られた。
− 27 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
2007年 1 月、手術前日に入院し全身麻酔のため眠
前より絶飲食およびインスリン定時注射を中止し
た。手術当日の起床時血糖値は69mg/dlと低値を示
したため、50%ブドウ糖液20ml静注にて血糖値168
∼203mg/dlに補正を行った。手術はプロポフォール
により急速導入し、ベクロニウム6.0mgを投与後、
経鼻挿管でG.O.S吸入麻酔による全身麻酔下、2%塩
酸リドカイン( 8 万倍エピネフリン含有)5.4mlの浸
潤麻酔を併用し、左側下顎第 2 大臼歯抜歯、左側下
顎智歯および含歯性嚢胞の摘出開窓術を施行した。
嚢胞性病変は最大径32mmと大型であったこと、お
よび基礎疾患に易感染性を来たす糖尿病を合併して
いることから死腔の形成を避けるため創部は開放創
とした。骨腔内にはゲンタシン軟膏を塗布したヨー
ドホルムガーゼを挿入した。創部の感染対策として
R
⃝
フロモキセフNa(フルマリン )1 gの静脈内投与を
写真3 術後 2 年経過 パノラマX線写真
骨欠損部は骨で修復され、
嚢胞の再発も認められない。
手術30分前より開始し、その後 5 日間はフロモキセ
フNa2g/日を継続した。
考 察
術後 1 日目は病院食の摂取量は比較的安定し、血
糖尿病患者における高血糖の状態は、好中球の機
糖値の変動幅は137-310mg/dlで推移していた。しか
能低下を来たし感染症を誘発する危険があるため
し、術後 2 日目から嘔気症状やガーゼ交換後の疼痛
2)
により、経口摂取量が安定せず、術後 3 ∼ 6 日目は
ントロールが必要である3)。糖尿病患者の周術期に
血糖値が59∼510mg/dlと日内の変動幅が増大したた
おけるインスリン投与法には、スライディングス
め(表 2 )、インスリン定時皮下注は再開できな
ケールを用いてインスリンを皮下投与する方法、ブ
かった。食事摂取量低下のため、術後 7 日目から、
ドウ糖加輸液製剤にインスリンを混注して点滴する
ブドウ糖 7. 5 gあたり速効型インスリン 1 単位を混
方法、シリンジポンプを用いた速効型インスリンの
注したブドウ糖入り輸液製剤を1,500ml/日、総イン
静脈内持続注入法などが知られている4,5)。スライ
スリン量11単位を投与した。そして、高血糖時は引
ディングスケール法による血糖コントロールが困難
き続きスライディングスケール法で血糖管理した。
と判断された場合には、すみやかにインスリン静脈
その後も高血糖が継続していたため、術後 8 日目か
内持続注入法を開始することが推奨されており6)、
ら混注するインスリン量をブドウ糖 5 gあたり 1 単
その判断基準として血糖値が400mg/dl以上に上昇を
位に増量し、総インスリン量を16単位とした。創部
認めることとされている2)。本症例では、術後の嘔
の安定化に伴って、徐々に通常の食事摂取量が安定
気症状やガーゼ交換後の疼痛により食事摂取量が低
し、術後14日目には血糖値は115∼210mg/dlに推移
下し、低血糖を示したため、インスリンの定時皮下
し、術前のインスリン定時皮下注を再開することが
注射の再開ができなかった。さらに血糖補正のため
可能となった。術後16日目に経過も良好のため退院
のブドウ糖投与と間食の影響で高血糖を招き、イン
となった。術後 2 年経過した現在も、再発は認めて
スリン欠乏に起因する糖尿病性ケトアシドーシスの
いない(写真 3 )。
症状が出現し、食欲不振が悪化するといった負のサ
病理組織学的診断では歯根嚢胞の推定とのことで
イクルを引き起こしていたと考えられた(図 1 )。
あったが、臨床的には含歯性嚢胞に炎症を併発した
食事摂取量が低下し、スライディングスケール法で
ものと考えられた。
血糖コントロールが困難となった場合には、このよ
、周術期における感染症対策として厳密な血糖コ
− 28 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
うな負のサイクルを引き起こす前に、できるだけ早
術後のガーゼ交換による疼痛が食欲不振を招き、そ
期にインスリン静脈内持続注入法の導入を考慮する
の結果、術後の血糖コントロール不良を誘発した。
必要性があると考えられた。しかし、インスリン静
そのため、術後の疼痛や不快感が少ない開窓術や摘
脈内持続注入法は低血糖を引き起こしやすく、低血糖
出閉鎖術を選択するほうが良かったかもしれない。
発作の危険性や頻回の血糖測定に伴う患者の負担増大
今後、このような症例の治療にあたっては内分泌
とインシデント発生頻度が増すことが問題視されてお
科医とのさらなる綿密な連携が不可欠であるととも
り2) 、当科病棟で実施するには課題が多いことも考え
に、患者QOL向上のためにも適切な術式の選択が必
られた。
要であること再認識させられた。
文 献
1 )本間将一、藤澤俊明、他:絶飲食時の低血糖対
策を要したインスリン持続皮下注入療法施行1
型糖尿病患者の全身麻酔経験.日歯麻誌35:
314-315, 2008.
2 )川人伸次、中村智芳、他:人口膵臓を用いた外
科手術周術期血糖管理法.胆と膵 29 :10211027,2008.
図1
3 )垂井清一郎、葛谷健、他:糖尿病学.第1版、
1 - 7 頁、朝倉書店、東京、1990.
一方顎骨嚢胞の治療法としては、嚢胞壁の一部を
4 )日本糖尿病学会:糖尿病専門医研修ガイドブッ
切除して嚢胞腔の内圧を軽減することで嚢胞の縮小
ク.改訂第 4 版、261-263頁、診断と治療社、東
化、骨の再生機転誘導、嚢胞上皮の口腔粘膜上皮へ
京、2009.
の化生を促す開窓術(Partsch Ⅰ法)や、術式は
5 )下田元、水田文子、他:1 型糖尿病を合併した
PartschI法に準じるが嚢胞壁を完全に摘出するとこ
顎変形症患者の周術期管理.日歯麻誌33:726-
ろが異なる摘出開窓術(Packed open法)、さらに
727, 2005.
すべての嚢胞壁を削除し創部を完全に閉鎖してしま
6 )阿比留教生:術前、術中、術後におけるインス
う摘出閉鎖術(PartschⅡ法)が知られている7)。そ
リンの使い方.糖尿病診療マスター4:357-360,
の治療法の選択には、患者の全身的状態、年齢、嚢
2006.
胞の大きさや占拠部位、埋伏歯の存在等によって決
7 )大谷
俊、園山昇、高橋庄二郎:図説 口腔外科
定される8)。開窓術は、死腔を生じないため創部の
手術学〈中巻〉
、医歯薬、 p395-401,1995.
一時的な治癒が早く術後感染の可能性が少ないが、
8 )高橋庄二朗、園田昇、他:標準口腔外科学.第
完治するまでの期間が長いことや創部に食渣が停滞
2 版、156-157頁、医学書院、東京、2001.
しやすく、頻回な洗浄とガーゼ交換を必要とすると
9 )山田利治、川原康、他:上顎洞および鼻腔に開
いう欠点もある。さらに、嚢胞壁を残存させるため
窓した巨大な濾胞性歯嚢胞の 1 例.愛院大歯誌
再発の可能性も指摘されている 。開窓術の術後再
47:463-467, 2009.
9)
発のリスクを減らしたのが摘出開窓術である。一
方、摘出閉鎖術は大きな嚢胞に対して施術した場合、
死腔が大きくなるため感染のリスクが高くなる。
今回の症例では、嚢胞の大きさや患者の糖尿病の
状態を考慮し、嚢胞壁を完全に取り除くことで術後
再発を軽減できる摘出開窓術を選択した。しかし、
− 29 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
症例報告
抗結核療法中に小腸穿孔をきたした腸結核の 1 例
外科 1)、消化器科 2)、病理科 3)
中村 明子 1)、金井 俊和 1)、中田 祐紀 1)、林 忠毅 1)、西脇 由朗 1)、太田 和義 2)
山崎 哲 2)、山田 正美 2)、森 弘樹 3)、小澤 享史 3)
【要 旨】 44歳、ペルー人男性。腹痛を主訴に当院消化器科を受診。小腸二重造影検査では回腸末端か
ら約120cmの回腸に強い狭窄性病変を認め、下部消化管内視鏡検査では回腸末端に潰瘍瘢痕
と発赤を認めた。同部の生検標本では多核巨細胞と好中球の浸潤を認める非乾酪性肉芽腫が
見られた。胸部CTで肺尖部異常陰影を認め、QuantiFERON TB-2G陽性であったことから腸
結核と診断し抗結核薬による治療を開始した。外来での治療開始 5 ヶ月後に激しい腹痛が出
現したために救急搬送された。腹部CTで腹腔内遊離ガスを認め、穿孔性腹膜炎の診断で緊急
手術を施行した。回腸末端から80cm口側の回腸に小潰瘍による軽度の狭窄、同120cmの回腸
に輪状潰瘍による高度な狭窄と5mm大の穿孔、同150cmの回腸に輪状潰瘍による高度な狭窄
が認められ、3 か所の病変を含む小腸部分切除術を施行した。腸結核により高度の狭窄病変
を有する症例では、化学療法により狭窄が進行し消化管穿孔をきたす場合があるので、手術
を先行すべきであると考えられた。
【キーワード】 腸結核、穿孔
はじめに
を認め、腹痛、嘔吐を主訴に同科入院し精査を施行
近年我が国では結核患者の数は減少傾向にあり、
した。下部消化管内視鏡検査で回腸末端に潰瘍瘢痕
腸結核の頻度はさらに稀である。腸結核の治療は内
と発赤を認め、同部の生検標本では多核巨細胞と好
科的治療が基本となるが、高度の狭窄によるイレウ
中球の浸潤を認める非乾酪性肉芽腫の所見が得られ
スや穿孔に対して手術を要することもある。今回
た(図 1 )。小腸二重造影検査では回腸末端から約
我々は内科的に抗結核療法施行中に小腸穿孔をきた
120cmの回腸に強い狭窄性病変を認めた(図 2 )。
した症例を経験したので報告する。
胸部CTで肺尖部異常陰影を認めたため腸結核を疑
い、三日間連続喀痰検査塗抹培養、胃液塗抹培養、
症 例
便培養及びTb-PCR検査を行ったが、いずれも結核陰性
症 例:44歳、ペルー人男性。
であった。QuantiFERON TB-2G(以下QFT)は陽性で
主 訴:腹痛。
あったため、臨床的に腸結核と診断した。平成22年 3
家族歴:特記すべきことなし。
月より 2 HREZ(Isoniazid, Rifampicin, Ethambutol,
生活歴:ペルーより 5 年前に日本へ移住。
Pyrazinamid 4 剤 2 ヶ月間)+4HRE(Isoniazid,
既往歴:特記すべきことなし。
Rifampicin, Ethambutol 3 剤 4 ヶ月間)の予定で化学
現病歴:平成21年12月より心窩部痛が出現し、平成
療法を開始した。経過中に肝障害が出現したため化
22年 1 月当院消化器科受診。腹部CTで感染性腸炎を
学療法を 9 HRE(Isoniazid, Rifampicin, Ethambutol
疑われLVFXを処方されたが、症状は改善しなかっ
3 剤 9 ヶ月間)に変更し外来で治療中であった。7
た。原因検索のために行った上部消化管内視鏡検査
月末より腹痛の増強がみられ、8 月初めに激しい腹
では異常所見は認めなかった。同年 2 月腹痛の増悪
痛が出現したため当院へ救急搬送された。
− 30 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
図1 回盲部生検標本:多核巨細胞を含む非乾酪性
図3a 腹部CT所見:腹腔内遊離ガスを認める。
肉芽腫を認める。
図3b 腹部CT所見:小腸周囲に細かな遊離ガス像
(↑)を認める。
以上の所見から小腸穿孔性腹膜炎と診断し、同日緊
図2 小腸二重造影:回腸末端から約120cmの回腸
急手術を施行した。
に強い狭窄(矢印)を認める。
手術所見:腹部正中切開で開腹した。腹腔内には膿
入院時現症:体温37.0 ℃, 血圧 141/91 mmHg, 脈拍
性腹水が認められた。回腸末端から80cm口側の回腸
84 /min,整。腹部は膨満し、全体に圧痛が著明で反
に小潰瘍による 1 / 4 周性の軽度の狭窄、同120cmの
跳痛を認めた。
回腸に全周性輪状潰瘍による高度な狭窄と 5 mm大
入院時検査所見:WBC 6300 /μl, CRP 0.17 mg/dlと
の穿孔、同150cmの回腸に全周性輪状潰瘍による高
明らかな炎症反応を認めず、その他にも特記すべき
度な狭窄が認められた。腸結核による輪状潰瘍およ
所見は見られなかった。
び小腸穿孔と診断し、3 か所の狭窄部を含めた小腸
部分切除術を施行した。
腹部CT検査:腹腔内に明らかな遊離ガス像を認めた
切除標本:2 か所の全周性輪状潰瘍と 1 か所の 1 /4
(図 3 a)。右中腹部小腸周囲には細かな遊離ガス
周性の潰瘍形成を認め、さらに全周性輪状潰瘍部と
像が認められた(図 3 b)。
一致して 5 mmの穿孔を認めた(図 4 )。
− 31 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
る。一方、外国人結核患者発生率は年々増加してお
り、1998年から2008年にかけて2.1%から3.9%へ約
2 倍に増加している。外国人結核患者のうち特に発
症前 5 年以内に入国した者の発症率が高く、20歳代
では77.1%、30歳代では48.9%、40歳代では31.6%と
なっている。本症例も入国から 5 年での結核発症で
あった。外国人結核患者の出身国では中国、フィリ
ピンがそれぞれ20%以上を占めている。本症例患者
の出身国であるペルーは日本における全外国人結核
患者の2.3%であった2)。ペルーの結核罹患率は2007
年度の統計で人口10万人対124人(日本は人口10万
図4 摘出標本:2 か所の全周性輪状潰瘍(↓)と
人対20人)3)と高く、自国であるペルーで感染し、
1 か所の 1 / 4 周性潰瘍(▲)、及び全周性輪状潰
渡航後に発症した可能性が疑われた。
瘍部に一致して穿孔(※)が認められる。
本邦における腸結核患者は例年全結核患者の 1 %
前後であり、2009年の腸結核患者は292人である4)。
病理所見:3 か所の潰瘍性病変全ての潰瘍底部に粘
腸結核の臨床症状は腹痛、吐下血、腹部膨満、嘔
膜下層の線維化を認めた。肉芽腫形成は認められ
吐、体重減少、発熱、下痢、全身倦怠感、食欲不振
ず、抗酸菌染色で菌は陰性であった(図 5)。ま
など様々であるが、いずれも非特異的であり症状か
た、組織洗浄液のTb-PCRも陰性であった。
ら診断することは困難であることが多い。
術後経過は良好で、術後10日目に退院した。現在
腸結核の診断基準としてPaustianら5)は①粘膜以
外来で抗結核療法を継続し経過良好である。
外の腸壁、腸間膜、所属リンパ節組織などの動物接
種試験または培養による結核菌の証明、②病変部の
病理学的検索による結核菌の証明、③病変部の病理
学的検索による乾酪壊死を伴った肉芽腫の証明、④
切除標本に典型的な肉眼所見を認め、かつ腸間膜リ
ンパ節に組織学的所見を証明することの4項目のう
ち少なくとも 1 つが必要であると述べている。
しかし、八尾ら6)の報告によれば、便中の結核菌
培養陽性率は22.6%、生検標本の結核菌培養陽性率
は6.4%、生検標本上の乾酪性肉芽腫の証明率は12.5
%と低く、実際には結核菌の検出が困難な例が多
く、本症例のように診断基準を満たさない症例も多
図5 潰瘍底部生検標本:潰瘍底部に粘膜下層の線
い。一方、腸結核の診断には結核菌感染に対し感
維化を認めた。肉芽腫形成は認められなかった。
度、特異度ともに高いQFTが腸結核の診断に有効で
あるという報告7)や、X線・内視鏡の特異的所見が
考 察
重要であるという報告もある6)。本症例では、三日
本邦における新規登録結核患者は、戦後衛生状態
間連続喀痰検査塗抹培養、胃液塗抹培養、便培養お
の改善と抗結核療法の進歩により激減したが、1997
よびTb-PCRは陰性であったが、QFT が陽性であ
年から増加傾向となり、1999年に結核緊急事態宣言
り、回腸末端の生検標本に非乾酪性であるが肉芽腫
が出された1 )。その後結核患者数は再び減少に転
所見を認めたこと、肺尖部異常陰影を認めたことと
じ、2009年度の新規登録結核患者は24170人であ
併せて腸結核と診断し、抗結核療法を開始した。
− 32 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
腸結核の治療は抗結核剤の投与が第 1 選択とな
で、全症例に対し腸切除が施行されていた。死亡例
る。通常、腸結核の活動性潰瘍は抗結核療法により
は 8 例(38%)で、手術成績は不良であり、腸閉塞
4 ∼ 8 週でほとんど瘢痕化する。治療により潰瘍が
を来す可能性のある高度狭窄病変では手術を先行す
瘢痕化すると、線維化により狭窄が進行し内容物の
べきと考えられる。
通過障害をきたすことがあり、イレウス管挿入でイ
本症例では腸結核診断時の小腸二重造影で回腸の
レウスが解除されない場合、バルーン拡張などの内
強度の狭窄が認められており、腸管切除を先行すべ
視鏡的治療や外科的治療の適応となる。バルーン拡
きであったと考えられたが、手術への同意が得られ
張できる狭窄の条件としては、内視鏡が病変部まで
なかったこと、普通食の摂取が可能であったことよ
到達できることが必須であり、その他①比較的短い
り内科的治療を優先して行った。腹痛の増強がみら
狭窄で高度な屈曲がない、②深い潰瘍や炎症を伴わ
れた時点で来院しておらず、腸閉塞や穿孔の危険に
8)
ない、③瘻孔や膿瘍を合併していないなどがある 。
ついての患者教育が十分でなかったことは反省すべ
瘻孔や膿瘍を合併している場合や穿孔例は外科的治
きと考えられた。
療の絶対的適応となる9)。
腸結核の外科的治療に際しては、排菌がなければ
結 論
結核菌による術中の手術室汚染はないとされ、通常
腸結核に対する抗結核療法中に小腸穿孔をきたし
の感染対策でよいと考えられる。しかし、肺病変を
た 1 例を経験した。強度の腸管狭窄を認める場合
認めず、排菌がなかったと考えられる腸結核穿孔症
は、抗結核治療により消化管穿孔をきたす可能性が
例に対する緊急手術施行後に執刀医が肺結核を発症
あり、手術を先行すべきであると考えられた。
10,11)
した報告
もみられ、注意が必要である。これら
の報告症例では切除標本の塗抹・PCRで結核菌陽性
文 献
であり、感染性が高かったことが術者への感染リス
1 )厚生省統計協会:厚生省の指標(臨時増刊)国
クの上昇につながったと推測される。術中の超音波
民衛生の動向48, 厚生統計協会,東京.2001;
凝固切開装置の使用は、ミストが発生することから
147-150
安全性は確立されておらず、避けた方が望ましいと
2 )公益財団法人結核予防会 結核研究所 疫学情
考えられ、腸結核に対する手術時の感染対策につい
報センター:結核年報2008シリーズ 外国人結
ては、排菌の有無、塗抹や培養での菌体の有無に
核[internet].[accessed2010-10-4](http://
よって検討が必要であると考えられる。
www. jata. or. jp/rit/ekigaku/index. php/
腸結核における消化管穿孔の発症率は約9.2%
12)
download_file/-/view/597)
で、そのうち約60%は抗結核療法中に穿孔をきたし
3 )公益財団法人結核予防会 結核研究所 疫学情報
ている13)。抗結核療法中の患者が消化管穿孔をきた
センター:世界の結核、日本の結核
[internet].
す理由としては①低栄養状態による上皮の再生不良
[accessed2010-10-4]
(http://www.jata.or.jp/rit/
や、②化学療法による増殖性の線維化の促進から狭
窄が進行し、通過障害が起こり腸管内圧が上昇する
14)
ことなどが挙げられる
ekigaku/index.php/download_file/-/view/965/)
4 )公益財団法人結核予防会 結核研究所 疫学情
。本症例では治療開始 5 ヶ
報センター:結核の統計2 0 0 9 [ i n t e r n e t ] .
月後の摘出標本の病理検査で潰瘍周囲に線維化が認
[accessed2010-10-4]
(http://www.jata.or.jp/rit/
められており、抗結核療法に伴い病変部の線維化が
ekigaku/toukei/adddata/)
進行したため狭窄がより高度となり、口側の腸管内
5 )Paustian FF, Marshall JB:Intestinal tuberculosis.
圧が上昇したために脆弱な潰瘍底部が穿孔したと考
Bockus Gastroenterology Vol 3, 4th ed, Berk JE
えられた。
ed, WB Saunders Co, Philadelphia, 1985;2018-
前田ら15)によると、1994年から2004年までの10年
2036
間に医学中央雑誌で検索しえた腸結核穿孔例は22例
6 )八尾恒良、櫻井俊弘、山本淳也, 他:最近の腸
− 33 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
結核.胃と腸.1995;30:485-490
7 )大舘満、岡村正造、浦野文博、他:クォンティ
R
フェロン ⃝
が診断に有用であった腸結核の一
例. 東三医学会誌.2007;29:25-26
8 )真武弘明、津田純男、松井敏幸:治療手技の偶
発症とその対策(2)拡張術の偶発症 b.炎症性
腸疾患に対する内視鏡的バルーン拡張術―偶発
症も含めて.早期大腸癌.2002;6:145-152
9 )望月福治:腸結核.治療.1991;73:284-285
10)森脇義弘、豊田洋、小菅宇之、他:緊急手術が
回避できず術前鑑別診断が十分できなかった腸
結核出血・穿孔の 1 例.日本救急医学会雑誌.
2008;19:272-278
11)森脇義弘、荒田慎寿、岩下眞之、他:腸結核の
治療に携わった医療従事者への院内感染と思わ
れた肺結核の 1 例.治療.2008;90:2981-2985
12)矢ヶ部知美、隅健次、樋高克彦:肺結核を合併
した若年者重症腸結核の 3 症例.日本消化器病
学会雑誌.2010;107:70-76
13)進藤嘉一、大川清孝、横山慶一、他:水疱性類
天疱瘡に合併し小腸穿孔を来した小腸大腸結核
の 1 例.Gastroenterol Endosc.1995;37:
1911-1914
14)西野聡、安田成雄、松葉利恵子、他:空腸穿孔
を合併した腸結核の 1 例.医療.1992;46:
450-453
15)前田孝文、谷口弘毅、天地寿、他:肺結核の治
療中に小腸穿孔をきたした腸結核の 1 例.日本
臨床外科学会雑誌.2005;66:1353-1357
− 34 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
症例報告
薬剤性肺炎を合併した高齢者慢性心房細動に対し
カテーテルアブレーションが奏功した慢性心不全の 1 例
循環器科
松永英里香、佐藤 照盛、高山 洋平、横田 成紀、森田 康弘
小林 正和、武藤 真広
【要 旨】 症例は83歳、女性。76歳時より発作性心房細動が出現、慢性心房細動へ移行し、慢性心不全
となった。レートコントロール目的でアミオダロン内服を開始したが、82歳時に薬剤性間質
性肺炎を発症し、QOLが大きく低下した。83歳時に発熱を契機に慢性心不全の急性増悪をき
たした。頻拍誘発性心不全と考えられ、リズムコントロール目的でカテーテルアブレーショ
ン(肺静脈隔離術)を施行。洞調律に回復し、心不全の改善とともにQOLは大きく改善し
た。高齢者の薬物コントロールが困難な頻脈性の慢性心房細動に対し、一般的には房室結節
アブレーション、ペースメーカー移植によるレートコントロールが選択されるが、肺静脈隔
離術によるリズムコントロールが奏功した症例を経験したため、若干の考察を加え報告する。
【キーワード】 薬剤性間質性肺炎、慢性心房細動、カテーテルアブレーション、頻拍誘発性心不全
はじめに
改善が得られたが、82歳時に呼吸困難が出現し、胸
慢性心房細動(AF)に対してはレートコントロー
部レントゲンにおいて両側下肺野優位に網状影を認
ルを行うことによって、より優れたQOLが確保され
め(図 1 a)、KL-6は829U/mlと上昇し、薬剤性間質
ることが最近J-RHYTHM(心房細動の薬物療法に関
性肺炎と診断された。3 か月の入院治療によって肺
する多施設共同無作為化比較試験)でも明らかにさ
炎は改善したが、QOLは大きく低下した。
1)
れ、第一選択とすることが妥当と考えられている 。
今回、慢性AFであったが、左房径拡張が比較的軽度
83歳時、発熱を主訴に入院。敗血症をきたし、抗
であり、カテーテルアブレーション(肺静脈隔離
生剤治療が開始された。入院時より心房細動(AF)
術)によるリズムコントロールを施行することで、
とwideQRSの頻脈傾向を認めたがさらに悪化し、呼
洞調律に回復し心不全の改善が得られた症例を経験
吸不全を発症した。頻脈誘発性心不全の急性増悪と
したため報告する。
考えられた(図 1 b)。薬物治療による効果が乏し
く、レスピレータ管理が行われた。1 ヶ月の心不全
症 例
治療により全身状態は改善した。今回は心不全の原
患 者:83歳 女性
因となったAFに対し、カテーテルアブレーション
主 訴:動悸、呼吸困難
(肺静脈焼灼術)目的で入院となった。
既往歴:高血圧、帯状疱疹後神経痛
生活歴:喫煙なし、飲酒なし、アレルギーなし
現 症
現病歴:76歳時に発作性AFが出現し、慢性AFへと
BP132/79mmHg、BT39.0℃、SpO2 91%(room
移行し、最終的に慢性心不全となった。抗凝固療
air)、その他特記すべき所見なし
法、レートコントロールが行われたが、wideQRS頻
拍が出現した。塩酸ソタロール内服による効果は乏
入院時検査所見:<血液>WBC 13300/mm3、RBC
しく、79歳時にアミオダロン内服が開始され、症状
450×104 /mm3、Hb 13.4g/dl、Plt 22.6×104/mm3
− 35 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
<生化学>TP 7.1 g/dl、AST 219mg/dl、ALT 93mg/
経 過
dl、LDH 420IU/L、ALP 666IU/L、γ-GTP 863IU/
心エコー上左房径は(LAD45.8mm)と拡張は軽
L、CPK 32IU/L、CPK-MB10IU/L、BUN 18.4mg/
度なため、リズムコントロール目的で、アブレー
dl、Cr 0.64mg/dl、Na 136.5mEq/L、K 4.3mEq/L、
ション(肺静脈隔離術)を施行。6 年間継続してい
Cl 97.8mEq/L、CRP 2.48mg/dl、BNP 273.3pg/ml
たAFであったが、造影で左房径の拡張は軽度であ
<凝固>PT 17.7秒、PT-INR 1.49、APTT 32.1秒、Fib
り、心房細動の治癒が期待される所見であった。心
562mg/ml、D-dimer 21μg/ml
腔内除細動を行い洞調律に回復させたが、すぐにAF
に移行した。AFのトリガーとなる上室性期外収縮
(PAC)は左上肺静脈(LSPV)起源と考えられたた
め、AF中に左肺静脈隔離術(LPV isolation)を施
行。その後心腔内除細動により洞調律で安定し、続
いて右肺静脈隔離術(RPV isolation)を行い、イソ
プロテレノール負荷を行い、高頻度pacing誘発に
よってAFが誘発されないことを確認し、PV isolation
のみで終了した(図 3 )。
図 1a 間質性肺炎発症時 図 1b 心不全発症時
図 1a)両側下肺野優位に網状影を認める。
図 1b)CTRが拡大し、肺うっ血が著明で、両側胸
水貯留を認める。
入院時心電図(図 2 )
図3 カテーテルアブレーション
6 年間継続していた心房細動であったが、左房径
の拡張は軽度。
洞調律となったが、アブレーション後第 6 日目に
AFが再発。その後洞調律とAFをしばらく繰り返し
たため、べプリジル50mgの内服を追加した。アブ
レーション 3 週間後には、narrowQRS洞調律となり
安定し、2 か月後にはベプリジルを中止としている
が、AFの再発はなく、洞調律で安定し、QOLの回
図2 アブレーション前
復が認められた(図 4 )。胸部レントゲンでも、ア
HR100台の心房細動。心拍数が増加すると変行伝
ブレーション前と比較し、著明なCTRの減少が得ら
導による左脚ブロック型のwide QRSが出現した。
れた(図 5 )。
− 36 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
(レートコントロール)があげられる。発作性AFに
は、症状とQOL改善を目的として抗不整脈薬による
リズムコントロールがまず行われることが多く、再
発例に対してはレートコントロールまたはカテーテ
ルアブレーションによる根治療法が行われる。一
方、本症例のような慢性AFに対しては、海外での大
規模臨床試験(AFFIRM study,RACE studyなど)や
日本でのJ-RHYTHMによると、生命予後や脳梗塞、
脳出血の発症の観点からすると、レートコントロー
ルの優位性を示している2)3)。実際に心房細動治療
ガイドライン1)においても、まず薬剤によるレート
コントロールが第1選択となる。薬剤抵抗性がみら
図 4 アブレーション後では、narrow QRSのsinus
れた場合、カテーテルアブレーション(房室結節ア
rhythmに戻っている。
ブレーション+ペースメーカー移植)によるレート
コントロールが選択される3)。
しかし、本症例では本人や家族の希望もあり、肺
静脈隔離術によるリズムコントロールを選択し、結
果奏功した。一般的にAFが長期に持続すると、心房
筋の肥大や線維化などが起こり(構造的リモデリン
グ)、AFがより発生しやすいといわれている1)。本
症例は慢性AFであったが、左房拡張が45mmと比較
的軽度で、心房リモデリングによる解剖学的構築の
変化が小さかったと考えられる。そのため、洞調律
図5a アブレーション前 図5b アブレーション後
に回復する可能性が高く、レートコントロールが著
効したと思われた。
考 察
房室結節アブレーションは不可逆的で、恒久的な
頻拍誘発性心不全は、頻脈の持続に起因する心不
ペースメーカー移植が必須であるのに対し、異常興
全であり、心機能低下を説明しうる器質的心疾患を
奮の発生起源である肺静脈と左房間を隔離する肺静
認めず、また頻脈の治療により心機能は改善する。
脈隔離術4)は、施行後にⅢ群のベプリジルや、c群な
頻脈による心機能低下は年齢から予想される平均的
どの抗不整脈薬を追加することで、AFが起こりにく
な心拍数の150%以上(120∼200/min)で、総心拍
くなるといわれている5)6)。
数の10∼15%以上を占める場合に起こるとされてい
多くの疫学調査の結果、AFは高齢者で増加するこ
る。頻拍誘発性心不全の臨床症候は拡張型心不全と
とが示されており、今後の心不全を合併する高齢者
同様であり、発症までの期間は頻脈の程度や頻度、
難治性慢性AFの治療選択肢の 1 つとして、肺静脈隔
基礎疾患によるもともとの心筋障害の程度により異
離術によるリズムコントロールに有効性を示す症例
なる。頻拍誘発性心不全の多くがAFによるものとい
が増加することが期待される。
われている。
AF治療のストラテジーとして、直流通電または薬
結 語
物投与による除細動により洞調律に復帰させ、さら
高齢者の薬剤難治性慢性心房細動に対し、カテー
に洞調律を維持させる治療(リズムコントロール)
テルアブレーションによるリズムコントロールが奏
と、薬理学的に心拍数をコントロールする治療
功した 1 例を経験した。
− 37 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
文 献
1 )心房細動治療(薬物)ガイドライン(2008年改
訂版). Circulation Journal.72, Suppl. Ⅳ;
2008:1589-1625
2 )筒井裕之:患者抄録で究める 循環器病シリー
ズ3 心不全 2010;238-242
3 )三田村秀雄:心房細動治療のACC/AHA/ESC
2006ガイドライン.2006;117-127.
4 )高月誠司:心房細動アブレーションの最新治療
はどうなっているのか.療.2010;92:14841491.
5 )洞庭賢一:心房細動の非薬物療法.日本臨床内
科医会会誌.2010;24:587-590.
6 )山 根 禎 一 : 心 房 細 動 は ど う 治 療 す べ き か .
Medical Practice.2010;27:851-854.
− 38 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
症例報告
ヒドロキシエチルデンプン(HES)製剤による
アナフィラキシーが疑われた 1 例
浜松医療センター 麻酔科 1) 静岡県立総合病院 麻酔科 2)
成瀬 智 1)、秋永 泰嗣 1)、高木佑芙紀 1)、岩本 竜明 1)、小林 賢輔 2)
【要 旨】 全身麻酔下扁桃摘出術中に高度低血圧を来しHES製剤によるアナフィラキシーショックが原
因と考えられた症例を経験した。術中、HES製剤開始 5 分後に急激な血圧低下、気道内圧上
昇、皮膚発赤を認めた。治療としてエピネフリン静注、ドパミン・ノルエピネフリン持続静
注、ステロイド、抗ヒスタミン薬静注を行い、循環・呼吸状態が改善した。HES製剤は、頻
度は低いがアナフィラキシーの原因となりうることを認識しておく必要がある。またトリプ
ターゼ測定などの機序確認の検査及び、皮膚テスト、リンパ球刺激試験などの原因検索のた
めの検査を行い再発防止に努める必要がある。
【キーワード】 アナフィラキシー、HES、リンパ球刺激試験、皮膚テスト、トリプターゼ
はじめに
飲酒歴:なし
急激かつ重篤な呼吸循環不全症状を引き起こす抗
現病歴:幼少期から扁桃炎を繰り返していたため両
原抗体反応をアナフィラキシーという。術中に発生
側口蓋扁桃摘出術手術が予定された
する危機的偶発症の原因のひとつであり、生命を脅
かすこともあるため、迅速な診断治療が必要とな
入院時現症
る。日本麻酔科学会の偶発症例調査によると、アナ
身長153 cm、体重41.8 kg、脈拍88 回/分、血圧
フィラキシーが原因の術中危機的偶発症発生率は
112/67 mmHg
0.46/ 1 万症例とされる。一方、ヒドロキシエチル
検査所見:血液生化学検査、心電図、呼吸機能検
デンプン(hydroxyethyl starch : HES)製剤は、術
査、胸部X線写真に特記すべき所見なし
中、血管内容量の確保のために頻用される輸液製剤
麻酔経過:病棟にて酢酸リンゲル液で末梢静脈路を
のひとつである。今回、HES製剤が原因として考え
確保し、フロモキセフナトリウムを点滴静注しなが
られる術中のアナフィラキシーを経験したので報告
ら手術室入室した。プロポフォール、レミフェンタ
する。
ニルの持続静注で全身麻酔導入後、フェンタニル、
ベクロニウムで気管挿管を行った。麻酔は酸素 1 L/
症 例
分、空気 3 L/分、プロポフォール、レミフェンタニ
患 者:23歳、女性
ルの持続静注で維持、フェンタニルを適宜追加投与
主 訴:慢性扁桃炎
した。術者はラテックス含有手袋を着用し、消毒に
既往歴:14歳 右半月板損傷に対し全身麻酔下で右
オキシドール、ポピドンヨードを使用した。執刀時
膝関節内視鏡手術施行
にフルルビプロフェン50 mg静注、1 %リドカイン
家族歴:特記すべきことなし
1.5 ml 局注を行った。手術開始20分後に輸液をHES
アレルギー:メトクロプラミドで気分不快を生じア
製剤に変更した。HES製剤投与開始 5 分後に、血圧
レルギーを疑われた
が100/32 mmHgから 86/31 mmHgに低下、心拍数
喫煙歴:なし
が50回/分から67回/分に上昇、同時に気道内圧の上
− 39 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
昇を認めた。直ちに純酸素投与、プロポフォール、
圧も低下した。循環動態は徐々に安定し、ドパミン
レミフェンタニルの持続静注を中止し、エフェドリ
5μg/kg/min、ノルアドレナリン0.05μg/kg/min投
ン 4 mg静注した。その 6 分後,血圧が40/17 mmHg
与下で収縮期血圧120∼140 mmHgに維持できるよう
まで低下し、四肢及び顔面から頸部にかけて、皮膚
になり、手術を終了した。手術室退室前に従命可
発赤と浮腫が出現したためアナフィラキシーを疑っ
能、四肢麻痺ないことを確認した。
た。エピネフリン0.05 mgを10分間隔で 3 回静注し
術後経過:手術終了後集中治療室入室、鎮静下で人
たが血圧保てないため、さらにエピネフリン0.25 mg
工呼吸管理を行った。術後 2 日目にカテコラミンか
を 1 回、0.5 mgを 3 回静注し、ドパミンを18μg/
ら離脱、発赤・浮腫の軽減を確認し、覚醒、抜管と
kg/min、ノルエピネフリンを0.1μg/kg/minで持続
なった。その後順調に回復し、術後11日目に神経学的
投与開始した。同時にメチルプレドニゾロン 1 g、
後遺症等なく退院となった。後日行った、リドカイン、
ファモチジン20 mgを静注した。経過中、血管内容
フルモキセフナトリウム、ポビドンヨード、オキシ
量を保つために大量輸液が必要となり、HES製剤も
ドールのリンパ球刺激試験 (drug-induced lymphocyte
合計1000 ml 投与した。これらの処置と平行して胸
stimulation test : DLST)、ラテックスの特異的IgE抗体
壁心エコー検査を施行した。心室壁の動きに明らか
−放射性免疫吸着試験(radioallergosorbent test :
な異常なく、下大静脈は虚脱傾向であった。HES製
RAST)は全て陰性であった。皮膚テストは患者が拒
剤投与終了後から徐々に血圧上昇し、血圧低下出現
否されたため、施行できなかった。
から約90分後に血圧95/50 mmHgに上昇し、気道内
図1 アナフィラキシー発症までの経過と使用薬剤。下線は使用薬剤を表す。HES:ヒドロキシエチルデンプン
図2 麻酔経過
AR:酢酸リンゲル液、HES:ヒドロキシエチルデンプン製剤、BR:重炭酸リンゲル液
− 40 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
考 察
内に98%が発症する3)と報告されている。本症例で
今回我々は、術中高度低血圧を生じHES製剤によ
は、高度低血圧に対する治療として症状出現後引き
るアナフィラキシーが疑われた症例を経験した。術
続きHES製剤の投与を行っていたが、アナフィラキ
中に生じる高度低血圧の原因としては、大出血、心
シー症状が出現する前 5 分以内に新たに投与された
筋梗塞などによる心不全、肺塞栓症、迷走神経反
ものはHES製剤のみであったこと、HES製剤投与終
射、アナフィラキシーなどがあり、原因の診断と主
了後に血圧上昇がみられたことから、HES製剤がア
要臓器の虚血防止のための治療を、同時に迅速に進
ナフィラキシーの原因の可能性が疑われた。発症か
めていく必要がある。
ら循環動態が安定するまで90分近く要したのは、
術中のアナフィラキシーの頻度についてLaxenaire
HES製剤がアナフィラキシーの原因物質になりうる
らは頻度を 1 /13,000と報告している1)。日本麻酔科
という認識が少なく、血圧維持の目的でHES製剤を
学会による偶発症例調査では、術中アナフィラキ
投与し続けていたことに原因があったのかもしれな
シーの発生頻度は0.46/ 1 万症例、そのうち 7 %が
い。HESなどの代用血漿は比較的分子量が大きく、
心停止に至ったと報告された。
血流中に入ると生体に免疫複合体と誤認識され非特異
アナフィラキシーの症状としては、皮膚症状が80
的凝集性アナフィラキシーが起こるとされており4)、
%以上、血圧低下などの循環器症状が34∼68%、気
HESにより重篤なアナフィラキシーが発生する確率
管支痙攣などの呼吸器症状が40%程度で出現すると
は0.058%5)と報告されている。HES製剤がアナフィ
されている2)。本症例では高度血圧低下と同時に、
ラキシーの原因物質となることを認識しておく必要
心拍数120回/分への上昇、気道内圧の上昇、顔面か
がある。アナフィラキシーが疑われた場合、その後
ら頸部及び四肢の皮膚発赤・浮腫を認めた。また、
同じ物質を投与し再びアナフィラキシーを起こさな
心エコー検査で心機能に異常を認めず、血管内容量
いために、機序確認および原因物質の特定を行うこ
の相対的低下が疑われた。以上からアナフィラキ
とが重要である。
シーと診断された。
機序確認には、トリプターゼの血中濃度測定が有
麻酔中のアナフィラキシーの原因としては、頻度
用である。トリプターゼの上昇は非特異的な肥満細
の高いものから筋弛緩薬(58.2 %)、ラテックス
胞の脱顆粒を示し 6)免疫機序の関与を強く示唆す
(16.7%)、抗生物質(15.1%)、コロイド(HES
る。陽性的中率92.6%、陰性的中率54.3%、生体半
製剤を含む)(4.0%)、鎮静薬(3.4%)2)と報告さ
減期は 2 − 4 時間である2)と報告されている。本症
れており、HES製剤によるアナフィラキシーの発症
例では治療に90分近く要し、また皮膚症状などから
は比較的まれである。術中は、麻酔関連薬剤の他、
アナフィラキシーが強く疑われたため、トリプター
術野で使用される薬剤など多種の薬剤が同時に使用
ゼ測定は行わなかった。
されていることが多く、手術現場でのアナフィラキ
また原因物質検索として、特異的IgE抗体‐放射
シーの原因特定はしばしば困難である。HES製剤
性免疫吸着試験(RAST)、末梢血を用いたリンパ
は、麻酔導入や手術侵襲に伴う(相対的)血管内容
球刺激試験(DLST)、皮膚テスト などがある。い
量の不足を補う目的で使用されている。厚生労働省
ずれの検査もショックで消費された抗体が回復する
による血液製剤の使用指針においても、出血に対す
発症 4 − 6 週間後に行うのがよい4)。特異的IgE抗
る容量維持の第一選択としてHES製剤などの代用血
体−放射性免疫吸着試験は偽陽性が多く、項目が少
漿剤の使用が推奨されており、輸血や血液分画製剤
ない(ラテックス、チオペンタール、スキサメトニ
の代用として頻用される。当院においても、麻酔科
ウム、プロタミン、モルヒネ、ペチジンなど)7)。
管理症例の約 35%(2007 年− 2010 年で約 2700 例)
本症例では使用薬剤のうちラテックスのみが該当し
で使用されているが、本症例を除き副作用の報告は
たため、検査を行ったが陰性であった。またリンパ
ない。
球刺激試験は感度が40%程度と低く有用性が低い 8)
アナフィラキシーは原因物質が投与されて 5 分以
本症例では、原因薬剤として最も疑われたHES製剤
− 41 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
を含め、リドカイン、フロモキセフナトリウム、ポ
ing anesthesia in France in 1999-2000. Anesthe-
ピドンヨード、オキシドールについてリンパ球刺激
siology. 2003;99:536-45.
試験を行ったが、全て陰性であった。皮膚テストに
3 )Marino PL:Infection, inflammation, and multiorgan
は皮内テストやプリックテストなどがあり、診断的
injury, Marino PL. The ICU book 3rd edion:
価値が高いが アナフィラキシーの発生率が 0.1%あ
Lippincot Williams & Wilkins;2007. 743-5.
9)
る8)ため、患者への十分な説明が必要である。皮膚テ
4 )光畑裕正:アナフィラキシー治療のポイント.
ストの中では、プリックテストが体内に入る薬液量
が最も少ないため、安全性の面から推奨される
LiSA別冊.2003:34-45.
。
5 )Laxenaire MC, Charpentier C, Feldman L. Ana-
また皮膚科専門医のもと行うのが望ましく、皮膚科
phylactoid reactions to colloid plasma substitutes:
医との連携も不可欠である。本症例では、原因物質
incidence, risk factors, mechanisms. A French
検索の重要性を十分に説明したが患者本人が皮膚テ
multicenter prospective study. Ann Fr Anesth
ストを望まなかったため施行できなかった。アナ
Reanim. 1995;14:142-3.
10)
フィラキシーの原因としてHES製剤が疑わしい場
6 )Veien M, Szalm F, Holden JT. Mechanisms of
合、原因物質検索のための方法は皮膚テストやリン
nonimmunological histamine and tryptase release
パ球刺激試験などに限られているが、それぞれの検
from human cutaneous mast cells. Anesthesiol-
査では原因物質であると確定できないため、単一の
ogy. 2000;92:1074-81.
検査の結果のみで判断せず、複数の検査を組み合わ
7 )宮澤典子:多剤薬物アレルギー、武田純三、他
せて判断することが必要である。検査終了後、アナ
監修.合併症患者の麻酔スタンダード:克誠堂
フィラキシー再発防止のため、今回のアナフィラキ
出版;2008.207∼216.
シーの経過、疑われる薬剤を記載したレポートを作
8 )青天目牧、森正信、池田嘉一、他:全身麻酔中
成し、患者に説明したのち、今後医療機関にかかる
のアナフィラキシー発生状況とその問題点.麻
ときは提出してもらうよう伝えることが望ましい。
酔.2010;59:252∼256.
9 )David LH, Mariana CC. Anaphylaxis during the
結 語
perioperative period. Anesth Analg. 2003;97:1381-
全身麻酔中にHES製剤によるアナフィラキシーが
95.
疑われた症例を経験した。HES製剤が頻度は低いが
10)田島圭子、光畑裕正:確定診断のための in vivo
アナフィラキシーの原因のひとつであることを認識
の検査法、光畑裕正監修.アナフィラキシー
し、症状出現時には、HES製剤の投与中止を考慮す
ショック:克誠堂出版;2008. 115∼124.
る必要がある。アナフィラキシー再発防止のため、
機序確認、原因物質検索を行う必要がある。原因物
質検索検査にはRAST、DLST、皮膚テストなどがあ
るが、いずれも感度や安全性などに問題がある。臨
床経過と複数の試験結果から総合的に判断すべきで
ある。
文 献
1 )Laxenaire MC, Mertes PM. Anaphylaxis during
anaesthesia. Results of a two-year survey in
France. Br J Aaesth 2001;87:549-58.
2 )Mertes PM, Laxenaire MC, Alla F, et al. Anaphylactic and anaphylactoid reactions occurring dur− 42 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
症例報告
熱帯熱マラリアの 2 症例
臨床検査技術科 1)、感染症科 2)
佐々木菜津美 1)、中田 茂 1)、 松岡 敏彦 1)、矢野 邦夫 2)、高宮みさき 2)
【要 旨】 マラリアは世界100ヶ国以上で流行しており、近年増加している輸入感染症の一つとしてあげ
られる。ヒトが罹患するマラリアには比較的緩徐な経過をとる三日熱マラリア、四日熱マラ
リア、卵型マラリアと、短期間のうちに重症化し死亡に至ることもある熱帯熱マラリアがあ
る。熱帯熱マラリアは早期に治療を開始する必要があるため、熱帯熱マラリアと非熱帯熱マ
ラリアの鑑別が臨床的に重要となる。今回、経過が緩やかで非熱帯熱マラリアとの鑑別に苦
慮した熱帯熱マラリアの 1 症例と、再燃を来した重症熱帯熱マラリアの 1 症例を経験したの
で併せて報告する。
【キーワード】 熱帯熱マラリア Plasmodium falciparum
はじめに
既往歴:高血圧症
マラリアはハマダラカの刺咬によりマラリア原虫
現病歴:仕事のため過去に何度かアフリカへの渡航
が体内に侵入して発病する疾患である。ヒトが罹患
歴があり、今回、約 1 ヶ月間仕事のためアフリカ・
するマラリアには、熱帯熱マラリア( Plasmodium
ガーナ及びその周辺国に出張した。帰国後 2 日目に
f a l c i p a r u m )、三日熱マラリア( P l a s m o d i u m
37.8℃の発熱と頭痛、関節痛が出現したため近医を
vivax)、四日熱マラリア(Plasmodium malariae)、
受診、LVFXを処方された。しかし翌日40℃まで発
卵型マラリア(Plasmodium ovale)の 4 種がある。
熱し解熱せず、再度近医を受診し発熱の持続と血小
この中で短期間のうちに重症化し(重症マラリ
板減少(18.9×104/μL →8.2×104/μL)を指摘さ
ア)、あるいは死亡に至る可能性があるのは熱帯熱
れ、当院に紹介となった。患者はアフリカ滞在中に
マラリアである。重症マラリアには脳症、肺水腫/
蚊に刺された記憶があり、以前に同僚が現地でマラ
ARDS、急性腎不全、DIC様出血傾向、重症貧血、
リアを発症し重体となったことから本人もマラリア
代謝性アシドーシス、低血糖、肝障害などが合併す
を心配した。当院で作成したMay-Giemsa染色末梢
る。熱帯熱マラリアを発症して 5 ∼ 6 日間無治療、
血薄層塗抹標本にてマラリア原虫が確認され、マラ
あるいは不適切な治療で経過すると重症化や死亡率
リアと診断された。
が上昇する。他の 3 種のマラリアで死亡に至ること
経 過:当院来院時は発症 5 日目であった。血液検
は稀である1)2)。したがって、マラリア原虫を検出
査結果は、WBC 3.5×103/μL、Hb 15.7 g/dL、PLT
した際は熱帯熱と非熱帯熱の鑑別が重要となる。今
8.7×10 4/μL、GOT 36 IU/L、GPT 59 IU/L 、LDH
回我々は経過が緩やかで非熱帯熱マラリアとの鑑別
335 IU/L、γ-GTP 116 IU/L、CRP 13.04 mg/dL、
に苦慮した熱帯熱マラリアの 1 症例と、重症熱帯熱
マラリア原虫赤血球寄生率 0.1% であった。末梢血
マラリアの 1 症例を経験したので報告する。
塗抹標本において感染赤血球の形態が大型傾向で
あったこと、赤血球内の原虫数が 1 個のものが多数
症 例 1
を占めていたことなどから非熱帯熱マラリアが疑わ
患 者:54歳、男性(日本人)
れた(図 1 )。臨床的にみても患者は発症 5 日目で
主 訴:発熱の持続
ありながら約20km離れた自宅から一人で車を運転
− 43 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
して来院されるなど意識は清明で、熱帯熱マラリア
ラリア原虫寄生率 10.0% であった。末梢血塗抹標本
は否定的であると思われた。しかし、僅かながら赤
にて 1 つの赤血球に 2 ∼ 3 個のマラリア原虫が存在
血球内原虫数が 2 ∼ 3 個のものも確認され、また迅
する複数感染を認め、ring formは小型、また熱帯熱
速抗原検出キット(CTK Biotech)では熱帯熱マラ
マラリアに特徴的な、赤血球のふちに原虫が付着し
リアが陽性と出たため熱帯熱マラリアを完全に否定
たように見える像を認めた(図 2 )。迅速抗原検出
することはできなかった。患者が当院で使用可能な
キット(CTK Biotech)では熱帯熱マラリアのバン
薬剤の副作用を心配したため国立国際医療研究セン
ドと非熱帯熱マラリアのバンド、両方が陽性となり
ター病院(東京)
(以下、国際医療センター)に即
(図 3 )複合感染の可能性も考えられたが、熱帯熱
日転院となり治療を開始。同院にてPCRの結果、熱
マラリアとして治療開始となった。後日国際医療セ
帯熱マラリアと確定した。原虫寄生率は転院加療 3
ンターに鑑別を依頼したところPCR にて熱帯熱マラ
日目に 0 %となり、症状軽快し退院した。退院 3 日
リアの単独感染との回答であり、非熱帯熱マラリア
後および10日後にフォローアップ目的で当院へ来
のバンドは原虫寄生率高値による偽陽性と考えられ
院。血小板数は36.9×104/μLと回復し、マラリア原
た。また患者は39.9℃の発熱を認め、全身倦怠感が
虫は確認されなかった。
強く車いすにて来院され、即日入院となり塩酸メフ
ロキンを処方された。その後の検査所見を表 1 に示
す。
図 1 症例 1 ring form(May-Giemsa染色 1,000倍)
図2 症例 2 ring form(May-Giemsa染色 1,000倍)
症 例 2
患 者:50歳、男性(ブラジル国籍)
主 訴:頭痛、嘔吐、下痢、発熱
既往歴:特記事項なし
現病歴:アフリカ・モザンビークに45日滞在し、帰
国後14日目に頭痛、嘔吐、下痢が出現した。他院に
て血小板減少と肝酵素上昇、および血中よりマラリ
ア原虫を検出したため当院紹介となった。患者はモ
ザンビークに年に 2 , 3 回渡航しており今回が 6 回目
であった。
経 過:当院来院時は発症 4 日目であった。血液検
査結果は、WBC 7.5×103/μL、Hb 16.8 g/dL、PLT
1.8×104/μL、GOT 77 IU/L、GPT 58 IU/L 、LDH
575 IU/L、γ-GTP 30 IU/L、CRP 10.38 mg/dL、マ
図3 迅速抗原検出キット
− 44 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
表1 症例 2 検査経過
表2 症例 2 再燃後 検査経過
発症11日目に原虫寄生率が 0 %、血小板数が32.5
治療で数日経過した場合に周期的発熱に移行する3)。
×104/μLまで回復し、同14日目に症状軽快し退院
マラリア原虫赤血球寄生率は、非熱帯熱マラリアで
となった。しかし同25日目にフォローアップのため
1 ∼ 2 %を超えないのに対し、熱帯熱マラリアでは
来院した際、発熱を認め、血中よりマラリア原虫を
数10%に達することがある。発症後の重症化あるい
確認し再入院となった。その際の原虫寄生率は0.4
は死亡に至るリスクについては、免疫状態が関係す
4
%、血小板数は10.0×10 /μLであった。再び塩酸メ
る。流行地で生まれ育ち何度もマラリアに罹患した
フロキンを内服し発症32日目にマラリア陰性となっ
人では、部分的な免疫を獲得し(semi-immune)、典
た。再燃後の検査所見を表 2 に示す。
型的な症状・所見を示さないことがある。これに対し
て、マラリア非流行地で生まれ育った人は免疫力を獲
考 察
得することは期待しがたい(non-immune) 2)3)。ま
マラリアの血液学的検査所見は、血小板減少、
た、マラリア予防内服を行っていると、仮に発症し
LDHの上昇などがみられる。発熱はほとんど必発で
ても軽症で治癒することが多い。しかし一方では、
あり通常は38℃以上を示す。発熱パターンは、熱帯
発熱が軽度であるなど、典型的なマラリアの症状を
熱マラリアで連日、三日熱・卵形マラリアで 1 日お
示さず、また末梢血液中の原虫数が少ないためにそ
き、四日熱マラリアでは 2 日おきの周期とされる
の検出が遅れる可能性もあり、そのような予防内服
が、いずれも初期では連日発熱することが多く、無
者のマラリアの診断には注意が必要である。なかで
− 45 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
も熱帯熱マラリアの場合、発症から 5 ∼ 6 日無治療
で経過すると致命率が上昇するため2)、原虫の有無
及び鑑別は治療方針を決める上でも重要である。マ
ラリアの検査をする際は患者の渡航歴や症状などの
情報を臨床側から得て慎重に行うべきである。
2 症例の共通事項は、過去に何度か流行地へ渡航
していることであり、また両者ともマラリアの予防
内服はしていなかった。症例 1 は症例 2 に比べ経過
も症状も緩やかであったが、過去にマラリアに不顕
性感染しその際不完全な免疫を獲得したため今回熱
帯熱マラリアに感染しても重症化しなかった可能性
が推測された。一方、症例 2 はDICを併発し、マラ
リア陰転後に再燃した重症例であったが、これは原
虫寄生率が高値であったため 1 度の治療ではマラリ
ア原虫を完全に排除できず、血中に残存した虫体が
再び増殖し再発したものと考えられた。
今回使用した迅速抗原検出キットは研究用試薬だ
が、通常、補助的診断法として用いられ、原虫の陽
性と陰性、熱帯熱と非熱帯熱の鑑別の参考として用
いられる。症例 1 では臨床的・形態学的観点から非
熱帯熱マラリアを疑ったが、迅速キットを用いたこ
とにより熱帯熱マラリアの可能性を考えての迅速な
対応が可能となった。本来May-Giemsa染色末梢血
塗抹標本にて診断を行うことが望ましいが、疑いが
残る場合、迅速キットを用いたり専門施設に相談し
たりして慎重に診断すべきである。
本論文の要旨は第 2 回静岡県医学検査学会におい
て発表した。
文 献
1 )吉田幸雄:マラリア、図説 人体寄生虫学.南
山堂;1982.42∼54.
2 )木村幹男、大友弘士、奥沢英一、他:日本の旅
行者のためのマラリア予防ガイドライン、マラ
リア予防専門家会議.㈱フリープレス;2005.
10∼17.
3 )三浦聡之:マラリア、木村幹男、他監修.寄生
虫症薬物治療の手引き.2010.1∼2.
− 46 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
症例報告
ターミナル期の患者をもつ家族に対する精神的ケア
― 看護計画に家族の参画を取り入れて ―
看護部 河合 美聡
【要 旨】 本症例では、ターミナル期の患者を持つ家族の参画を看護計画に取り入れることで家族の精
神的サポートができることを報告する。家族と共に看護計画の立案、実施、評価を行い、そ
の時の家族の言動を観察した。そして、家族の気持ちの変化を①生と病気に対する思い、②
医療者に対する思い、③後悔の思いの 3 つのカテゴリーに分類し考察した。計画立案時、家
族は介護で辛かったことや後悔の思いを表出していた。家族との話し合いを元に、NANDAの
看護診断“入浴/清潔セルフケア不足”を立案し看護介入を行った。2 週間後、家族からは最
期が近づいてきている患者を受け止める発言も聞かれるようになった。家族が看護計画の立
案、実施、評価を共に行うことで、後悔の思いや弱っていく患者を見る辛さが軽減し、精神
面でのケアができる可能性があることが示唆された。
【キーワード】 看護計画、家族、参画、終末期
はじめに
の内服や輸血を行っていた。診断から 4 年後末梢血
ターミナル期の患者をもつ家族は治療や予後に
に骨髄芽球が出現し急性骨髄性白血病へ移行した。
様々な思いを抱えており、時には、毎日の付き添い
食事摂取量は徐々に減少し 7 月上旬入院となった。
で体調を崩す家族もいる。このような家族に対する
入院日よりA氏は発熱し、倦怠感もあった。汎血球
看護研究は平成12年ころより増えてきており、家族
減少が進んでおり貧血のために起き上がり立位を取
ケアの必要性が高まっている。家族にとって患者が
ろうとすると転倒してしまうことがあり、身体抑制
大切なように、患者にとっても家族は苦しい闘病生
が必要となっていた。家族へは病状の悪化で命を落
活の中で頼りになる存在である。そのため、家族へ
とすこともあるため退院は難しいと説明された。家
のサポートは患者ケアにつながる。従来、看護計画
族は、A氏が高齢のため積極的な治療は望まず、痛
は家族の意見は取り入れるが、看護師間で話し合い
みがなく安らかに最期を迎えて欲しいと思ってい
立案してきた。つまり患者家族と話し合いの場を設
た。本人へ進行した病状は伝えていなかった。主な
けて看護活動の内容を共に考え看護計画として示し
介護者は三女であった。A氏は同年 3 月まで一人暮
立案し、評価を行うことは行ってなかった。本症例
らしをしていたが、4 月から三女の家で暮らしてい
報告では家族の参画を得て看護計画を立案・実施・
た。三女は夫と二人暮らし。2 日に 1 回三女が面会
評価する過程で、家族のさまざまな思いをケアに取
に来ていた。三女は、介護の中で弱っていく母親を
り入れられ家族の精神的ケアができたと考える。
見て何もできなかったことに自責の念を抱き、涙す
る姿もあった。また、面会に来ると自分のことが分
症例報告
かるかを毎回確認し、分かってくれると安心してい
1 .期 間: 7 月15日∼ 7 月29日
た。計画立案時、三女に入院前の介護で辛かったこ
2 .患者紹介:A氏、90歳代女性。
と、困っていたこと、A氏に対する思いを聞いた。
A氏は骨髄異形成症候群と診断され、プリモボラン
また、どのように最期を迎えてほしいか看取りの希
− 47 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
望を聞き、
“入浴 / 清潔セルフケア不足”を立案した。
そうだからそちらにお任せします」と看護師の勤務
状況を気遣った言葉が聞かれた。2 回目の評価で
〈三女と立案した看護計画〉
は、看護師の行ったケアへの満足の言葉が聞かれ、
看護診断:入浴/清潔セルフケア不足
計画の修正の希望はなかった。三女自らできる手浴
看護目標:ケアを行ったとき爽快感を示す。
や足浴など身の回りのケアを行えていた。
(表情、言葉)
この時期A氏は、臥床していることが多くなって尿
OP:①体温、血圧、SPO2値(酸素)を測ります。
意を訴える回数も減っていた。三女は病態の変化を
②だるさ、体の痛みを観察します。
察し「覚悟はしています」と、最期が近づいてきて
③自分でできるところを観察します。
いるA氏を受け止める発言も聞かれた。そして、最
TP:①体調が良く、希望される時にケアを行いま
期のときにもそばに寄り添い見守っていた。看護師
す。
と共にエンゼルケアを行うこともでき、母親に対し
②看護師がサポートし自分でできるところは行って
感謝の気持ちを述べられていた。
いただきます。
③苦痛のないように楽な体勢で行います。
考 察
④火、日曜日は足湯を行います。
今回、看護計画の立案、評価を家族とともに行
⑤木、土曜日は手浴を行います。
い、家族の思いや希望をケアに取り込んだ。そし
⑥本人の希望があり、体調の良い時にシャワーを行
て、家族にどのような気持ちの変化があり精神面で
います。
のケアにつなげることができたかを①生と病気に対
⑦爪切りを行います。
する思い、②医療者に対する思い、③後悔の思いの
⑧毎日体を温かいタオルでお拭きします。(体調の
3 つのカテゴリーに分類、考察した。
良くない時には行いません)
【生と病気に対する思い】
⑨全身の皮膚の状態を観察します。(赤くなってい
計画立案時、三女は、入院前の 3 ヶ月間の介護を
る、皮むけがある)
振り返り、だんだん食欲が落ち弱っていく母親を目
⑩排泄状況の観察を行います。(便の性状・色・回
の当たりにしていた辛さや、そのような母親に何を
数、排尿回数)
したら良いのか悩んでいたことを表出していた。こ
のことから、3 ヶ月の介護が身体的、精神的負担に
※O P (o b s e r v a t i o n a l p l a n ):観察計画、T P
なっていたことが分かる。中川ら1)は、家族とゆっ
(therapeutic plan):実施計画
くり話ができるように配慮することは、家族にとっ
ては自分たちに関心を向けてもらっていると感じる
看護計画に沿ってA氏へ看護介入を行った。家族
機会となり、気分を落ち着かせ気持ちの整理をする
の来棟時は家族と共に足浴したり、A氏の状態を説
ことにもつながると述べている。三女は、計画立案
明したり、思いを聞くなどして積極的に関わった。
時に介護の大変さを看護師に話すことで、今まで夢
1 回目の評価で三女からは計画内容の修正の希望は
中で行ってきた介護を振り返る機会となった。そし
なく、現在のケアを続けて欲しいとのことであっ
て、これからも看護師に相談できるという期待と安
た。A氏の尿意の訴えが頻回で、休息がとれていな
心を得ることができたと考える。「最期は安らかに
かったため対応を検討しようと思い三女にその旨を
苦痛なく逝って欲しい」という看取りの希望に添
伝えたところ、「睡眠剤を使うのは怖い。家でも効
い、A氏の負担にならないようケアや治療を施行し
いたから膀胱炎の治療をしたい」と希望され、その
た。入院直後の家族との関係が希薄な状況で、この
意向を主治医に伝えた。また、昼夜逆転していても
ような深い話を聞くことは難しいと思っていたが、
昼間無理に起こさず、休める時に休んでもらうこと
看護計画を立てるというきっかけにより、家族との
にした。しかしその際にも「看護師さんたちも大変
関係作りができ、入院前の様々な家族の思いを引き
− 48 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
出すことができた。1 回目の評価時には、A氏が夜
自ら患者のケアを行うことで、できることは精一
間休息を取れていないことについて相談した。三女
杯行ったという充実感・達成感を持つことができる
の思いを聞くことで看護師の考えに偏らず家族の思
1)
いに沿った個別性のあるケアを提供することができ
う、看護師と共に考え、看護計画に沿ってケアを
たと考える。2 回目の評価時には、「だんだん元気
行っているのを見たり、足浴を行ったりしたことで
なくなってきていますね」「覚悟はしています」
母親に何かをできたという達成感をもち、入院前に抱
と、母親の死が近づいていることを徐々に受け入れ
いていた後悔の思いも軽減していったものと考える。
。三女は、A氏が安らかに最期を迎えられるよ
る言葉が聞かれている。三女は、看護師と共にA氏
にできることを考え、足浴をしたりゆっくり休める
まとめ
環境を整えたりすることができた。その看護介入に
今回、ターミナル期の患者をもつ家族に看護計画
より、A氏が苦痛なく過ごせている姿を見て満足
を提示し共に看護計画を立案した。そして、共に患
し、徐々に気持ちの整理ができたと考える。
者のケアを行うことで、家族に達成感、看護師への
【医療者に対する思い】
安心感を与え、家族との信頼関係を作ることができ
1 回目の評価時、夜間休息がとれていないA氏に
た。その結果、立案時には大きかった後悔の思いや
ついて相談した際、三女は睡眠剤を使って休ませる
弱っていく患者を見る辛さを軽減させることで、患
のは気が進まないという思いと、「看護師さんも大
者家族の精神的ケアができたと考える。
変そうだからそちらにお任せします」と看護師の勤
務状況を気遣う思いと二つの思いが聞かれた。鳥渕
文 献
2)
ら の研究でも、看護師は多忙であるという思いが
1 )中川雅子、小谷亜希、笹川寿美:日本における
強く、患者や家族に我慢や気遣いを強いていたとい
終末期がん患者の家族ケアに関する文献的考
う結果が出ている。患者、家族の思いに寄り添った
察.京都府立医科大学看護学科紀要.17巻.11-
看護を目指す一方で、看護師は多忙で余裕がないと
21.2008.
いう印象を家族に与えていた。わずかな時間であっ
2 )鳥渕こず江、川上愉美子、張田三知代:終末期
ても、家族の言葉に耳を傾ける配慮をし、家族に気
患者の家族ケア.日本看護学会論文集 成人看
遣いを強いることなく思いを表出できる環境作りが
護Ⅱ.34号.162-164.2003.
大切であると考える。
3 )ナーシング・トゥデイ編集部:一般病棟でもで
【後悔の思い】
きる!終末期がん患者の緩和ケア.日本看護協
計画立案時、三女は、A氏が入院したため介護を
任せることができたという安堵感を得ていた。しか
し、一方で安堵してしまった自分を責める気持ちが
あり、涙する姿があった。「懸命に看病をしていて
も患者の病状は悪化していくことから家族は無力感
を強く感じている」といわれている3)。三女もA氏
が弱っていくことを自分の責任と考えていた。しか
し、後悔の思いが聞かれたのは計画立案時のみで、
その後は聞くことはなかった。計画立案時に今まで
の思いを吐き出したことで、気持ちが軽くなったと
考えられる。また、その後のA氏の入院の様子を見
て、安らかに穏やかに過ごせていることに安心し、
弱っていくA氏を死に逝く過程と徐々に受け入れら
れていったと考えられる。
− 49 −
会出版会.東京.190.2009.
短 報
Short report
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
短 報
自己末梢血幹細胞移植により治癒に至った頭蓋内病変を合併した
再発ホジキンリンパ腫
血液科 1)、臨床検査科 2)、化学療法科 3)
藤澤 紳哉 1)2)、安達 美和 1)、深津 有佑 1)、横田 大輔 1)、内藤 健助1)3)
【要 旨】 47歳男性。XX年 5 月他院でホジキンリンパ腫と診断され標準的化学療法により完全寛解に到
達した。治療終了後 1 年 9 ヶ月で再発し当院に転院した。救援化学療法にて再度完全寛解に
到達したものの、その後の治療中に頭蓋内病変が出現した。全脳照射により三たび完全寛解
に導入し、引き続いてXX+ 4 年 1 月自己末梢血幹細胞移植を施行した。移植後 7 年以上無病
で経過しホジキンリンパ腫は治癒したと考えられる。
【キーワード】 ホジキンリンパ腫、再発、頭蓋内病変、自己末梢血幹細胞移植
はじめに
転院した。
ホジキンリンパ腫(HL)は一般的に予後良好で治
転院後、auto PBSCT を念頭に置き escalated
癒に至る可能性が高いが、再発難治性のものも少な
BEACOPP(bleomycin、
etoposide、adriamycin、
くない。特に頭蓋内に病変が浸潤するHLは症例数も
cyclophosphamide、vincristine、procarbazine、
少ないため適切な治療が確立されておらず、予後も
prednisolone)2)を 3 コース施行。この時点で画像上
不良のことが多い1)。今回我々は、標準的な化学療
CRに到達した(第 2 CR)。続いて自己末梢血幹細
法後 1 年 9 ヵ月で再発し、再寛解に導入したもの
胞採取(PBSCH)をcytarabine投与後に行い、さら
の、その後の治療中に頭蓋内病変が出現したため同
にescalated BEACOPPを 2 コース追加した。この頃
部へ放射線照射を行い、さらに自己末梢血幹細胞移
から左後頭部痛と複視及び瞳孔不同が出現し、MRI
植(auto PBSCT)を施行し治癒に至った症例を経験
にて右前頭葉と脳幹に病変を認めた(図 1 )。
した。治療戦略を考える上で示唆に富むと思われる
ため報告する。
症 例
初発時47歳男性。XX年 5 月頚部リンパ節腫脹が出
現し他院にてHL(混合細胞型)と診断。大動脈周囲
にもリンパ節腫大を認め病期ⅢAと考えられた。標準
的化学療法C-MOPP(cyclophosphamide、vincristine、
procarbazine、prednisolone)/ABVD(adriamycin、
bleomycin、vinblastine、dacarbazine)
を 6 コース施
図1 神経症状出現時(A:右前頭葉、B:脳幹)
行されXX+ 1 年 3 月治療を終了した(終了時、完全
寛解(第 1 CR)
)。以後 1 年 9 ヶ月無病であったが
髄液の細胞数は6/mm3であった。全脳照射を30Gy
XX+ 2 年12月に左頚部リンパ節腫脹が出現し、生検
行ったところ病変はほぼ消失し(図 2 )、自他覚症状
にてHL再発と診断、XX+ 3 年 4 月治療のため当院へ
も改善した(第 3 CR)。続いて大量cytarabineを1 コー
− 52 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
ス追加し、XX+ 4 年 1 月CVM(cyclophosphamide:
2
さらに大量cytarabineを追加したが、これは本例で
50mg/kg day- 5 ∼day- 2 、etoposide:300mg/m day-
はcytarabineが全身投与としてPBSCH時以外に使用
5 ∼day- 3 、ranimustine:250mg/body day- 5 )による
されたことがなく抗腫瘍効果を期待できた点と、中
前処置3) 後にauto PBSCTを施行した(CD34陽性細
枢神経系への移行がcytarabineは良好とされている5)
胞(造血幹細胞)数2.45×106/kg、腫瘍細胞のpurg-
点から選択した。引き続いて第 2 CR時に採取した造
ingは施行せず)。造血機能は順調に回復し、移植後
血幹細胞を用いてauto PBSCTを施行し、移植後 7 年
7 年以上無病で経過し治癒に至ったと考えられる。
以上無病で経過した。
このように再発後のHLでさらに頭蓋内病変を合併
してもauto PBSCTを含めた治療により治癒の可能性
があることが示された。類似した過去の蓄積症例数
が少ない場合は手探りで治療を行うことを余儀なく
されるが、問題を一つずつ解決して地道に治癒を目
指すことが基本である。本例の治療経過は同様の症
例に示唆を与えるものと考えられる。
図2 全脳照射後
文 献
1 )Zaposink MD, Kaplan HS. Intracranial Hodgkin’
s
考 察
disease: A report of 12 cases and review of the
HLは化学療法への反応性が良好で治癒に至る可能
literature. Cancer. 1983;52:1301-1307
性が高い。本例は初発時にC-MOPP/ABVD療法が行わ
2 )H. Tesch, V. Diehl, B. Lathan, et al. Moderate dose
れCRに至ったが
(第 1 CR)
、1 年 9 ヵ月後に再発した。
escalation for advanced stage Hodgkin’
s disease
HLは化学療法後に再発した場合、auto PBSCTを
using the bleomycin, etoposide, adriamycin, cy-
考慮するのが一般的である。本例もauto PBSCTの良
clophosphamide, vincristine, procarbazine, and
い適応と考え、転院後は当初から移植を念頭に置き
prednisone scheme and adjuvant radiotherapy:A
escalated BEACOPPを開始した。治療反応性は良好
study of the German Hodgkin’
s lymphoma study
で再度CRに導入でき(第 2 CR)PBSCHも順調に施
group. Blood. 1998;92:4560-4567.
行したが、BEACOPPを 2 コース追加した後に頭蓋
3 )Matsuzaki A, Okamura J, Nagatoshi Y, et al. Treat-
内に再々発を来した。これがHLによるものか否か厳
ment of young relapsed Hodgkin’
s disease pa-
密には生検による診断が必要である。しかし患者の
tients with high-dose chemotherapy followed by
拒否のため、生検は施行せずにHLによる病変として
peripheral blood stem cell transplantation. Leuk
対応した。HLの頭蓋内病変は、原発部位としても、
Lymphoma. 1995;18:505-509.
経過中の浸潤部位としてもまれでHL全体の0.5%以
4 )Johnson MD, Kinney MC, Scheithauer BW, et al.
下とされる4)。また中央生存期間は1年以内とされ予
Primary intracerebral Hodgkin’
s disease mimick-
1)
3
後は不良である 。本例は髄液中の細胞数が 6 /mm
ing meningioma: case report. Neurosurgery. 2000;
と正常であったことから、髄液への浸潤より脳実質
47:454-456.
への浸潤が病変の主座と考えられた。したがって髄
5 )RL Capizzi, JL Yang, E Cheng, T Bjornsson, D
液への抗腫瘍剤投与より全脳照射が有効と考え30Gy
Sahasrabudhe, RS Tan et al. Alteration of the phar-
照射したところ、病変はほぼ消失し複視などの神経
macokinetics of high-dose Ara-C by its metabo-
症状も改善した(第 3 CR)。全脳照射の効果から推
lite, high Ara-U in patients with acute leukemia. J
測して、病変は放射線に感受性の高いHLの浸潤で
ClinOncol. 1983;1:763-771
あった可能性が高い。
− 53 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
短 報
前立腺全摘除術におけるリンパ節郭清範囲についての検討
泌尿器科 早稲田悠馬、中込 一影、後藤 修一
【要 旨】 限局性前立腺癌の治療方針はホルモン療法、放射線照射など複数提唱されているが、根治性
の観点から前立腺全摘除術は依然としてゴールドスタンダードである。前立腺全摘除術の際
には骨盤リンパ節郭清を同時に実施することが通例であるが、郭清の診断的意義および治療
的意義は未確立であり、郭清範囲についても統一見解を得られていない。当院で採用してい
る比較的限局的なリンパ節郭清は、リンパ節陽性検出率はやや低値となるものの、予後には
影響を与えておらず、合併症回避の点からも有用であることが示唆された。
【キーワード】 前立腺癌、リンパ節郭清
はじめに
腫やリンパ漏といった合併症も無視できなくなる。
本邦における前立腺癌の罹患数は高齢者人口の
同じ骨盤内悪性腫瘍である膀胱癌では骨盤リンパ節
増加、食生活の欧米化に伴い急速に増加してきて
郭清が予後を改善することが示されているのに対し
おり、前立腺癌死亡者数は2009年に 1 万人を突破
て、前立腺癌では適切な郭清範囲は未確立であり、
(H22厚生労働白書)した。その増加率は全悪性新生
診断的意義、治療的意義とも決着がついていない
物の中で最も高く、その対応が急務とされている。
3)
1980年代以降、血清前立腺特異抗原(PSA 値)お
これまでに術前パラメーターから予後、リンパ節
よび直腸診を用いたスクリーニングの普及により、
転移陽性、PSA再発を予測するノモグラムが複数提
早期診断が可能になった。米国では50∼75 歳の75%
案されており、リスクに応じた適切なリンパ節郭清
以上が測定するほどにPSAスクリーニングが定着
範囲が模索されてきている。当院では限局性前立腺
し、顕著な病期シフトにより前立腺癌患者の90%が
癌を手術対象とし、比較的狭い範囲のリンパ節郭清
臨床的限局性癌の段階で発見されるようになってい
を採用しており、今回、臨床的検討を加えたので報
る。検診率が10%に留まっている本邦でも、今後の
告する。
。
普及により診断時に前立腺外への進展および遠隔転移
がみられることは一層少なくなることが予想される。
対象と方法
限局性前立腺癌の治療方針は複数提唱されている
対象は2005年 1 月から2011年 1 月までに浜松医療
が、根治的前立腺全摘除術は依然としてゴールドス
センターで術前ホルモン療法なしに、根治的前立腺
タンダードである。そして、前立腺全摘除術におい
全摘除術および骨盤内リンパ節郭清術を施行した68
ては骨盤リンパ節郭清が同時に実施されることが通
例である。生検により病理学的に前立腺癌と診断さ
例である。前立腺癌の転移リンパ節は顕微鏡的転移
れた患者のうち、直腸診で前立腺限局癌と判断さ
であることが多いため、画像診断の有用性は低く、
れ、画像診断でリンパ節および遠隔転移を認めない
骨盤内リンパ節郭清による病理学的診断および切除
症例に対し開腹下恥骨後式前立腺全摘術を選択した。
治療の重要性は高い 。前立腺癌のセンチネルリン
全症例、外腸骨静脈から閉鎖神経間の骨盤内リンパ節
パ節は10カ所にも上り、うち30−40%は一般的な郭
郭清を同時に実施した。対象患者背景および根治的前
清範囲外であったとする報告2)もあり、正確な診断
立腺全摘術後標本の病期診断結果を表 1 に示す。
1)
には広範な郭清が必要とされるが、その場合下腿浮
− 54 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
表1 対象患者背景および病理診断結果
かった場合は、手術日を再発日とした。
術前各種パラメーターとしての治療前PSA、臨床
Variable
Median [range]
病期T stage、生検時Gleason scoreおよびこれら 3 項
or N(%)
目を用いたD’A m i c oによる術前予後リスク分類
手術時年齢 (歳)
65
[51-74]
(low risk 群 : cT1∼T2a かつ Gleason score 6 以下
観察期間 (月)
24
[1-70]
かつ PSA<10 ng/ml, intermediate risk 群 : low/high
T1a
1
(1.5%)
T1c
42
(61.8%)
T2a
22
(32.4%)
性率、(2)術後PSA非再発率に与える影響について
3
(4.4%)
検討した。術後PSA非再発率の検討には Kaplan-
[0.73-192]
Meier 法を用いた。
臨床病期
T2c
治療前 PSA (ng/ml)
以外のもの, high risk 群 : cT3a または Gleason 8∼
9.18
0.0-4.0
1
(1.5%)
4.1-10.0
34
(50.0%)
10.1-20.0
23
(33.8%)
20.0 以上
10
(14.7%)
36
(52.9%)
3+4
8
(11.8%)
4+3
13
(19.1%)
8 以上
11
(16.2%)
10 または PSA>20 ng/ml)が(1)リンパ節転移陽
結 果
最長70ヶ月の観察内での死亡例はなかった。ま
た、リンパ浮腫など郭清に伴う合併症の出現はな
生検時 Gleason score
6 以下
かった。
(1)リンパ節転移
68例中 3 例(4.4%)にリンパ節転移を認めた。治
療前PSAがリンパ節転移陽性と最も強い相関を示す
D’
amico risk 分類
Low risk
22
(32.4%)
Intermediate risk
28
(41.2%)
High risk
18
(26.5%)
ものの有意ではなかった。3 例はいずれもD’
Amico
risk分類ではHigh risk 群であった。
リンパ節転移 3 例のうち 1 例は術後間もなくア
pT stage
T2a
21
(30.9%)
ジュバント化学療法を開始した。残り 2 例は 2 ヶ月
T2b
6
(8.8%)
の経過でもPSAが陰性化せず、術日PSA再発として
T2c
25
(36.8%)
追加治療を実施し、21,53ヶ月の経過でいずれもPSA
T3a
12
(17.6%)
T3b
3
(4.4%)
T4
1
(1.5%)
pN0
65
(95.6%)
pN1
3
(4.4%)
20
(29.4%)
は十分低値にコントロールされている。
(2)術後PSA再発
68例中20例(29.4%)に術後PSA再発を認めた。5
pN stage
PSA 再発
年PSA非再発率は60.1%であった。
術前パラメーターでPSA再発を有意に予測可能な
因子はなかった。D’
amico risk分類でのIntermediate
risk 群、High risk群での 5 年PSA非再発率はそれぞ
患者の年齢は中央値65 歳(51 − 74 歳)、手術適
れ52.8%、60.2%とLow risk 群77.2%に比して低値で
応は前立腺限局癌に限っており、臨床病期はcT1が
あった(図 1 )。術後項目では断端陽性、前立腺被
43例(63%)、cT2が25例(37%)であった。治療
膜浸潤例でのPSA再発が多い傾向が認められた。
前PSA値は中央値9.18ng/ml(0.73− 192)、生検標
本の Gleason score 4 + 3 以上は24例(35%)であっ
た。
PSAはTandemR法 (正常値4ng/ml以下)を使用
し、術後PSAが0.2ng/ml 以上となった時点をPSA再
発日とした。術後にPSAが測定感度以下とならな
− 55 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
も有用であるが、ホルモン療法、放射線照射、化学
療法と追加治療オプションも十分に有効であり、一
定割合のPSA再発は許容できるものと考えられる。
実際、最長70ヶ月の観察中に死亡例はなく、PSA再
発例はいずれも経過観察または追加治療で安定的に
管理できている。郭清の有用性および範囲について
は今後の統一的な見解が待たれるところであるが、
現状ではPSA再発リスクと郭清に伴う合併症リスク
を勘案して範囲を選定することが重要と考えられ、
図1 D'amico risk 分類とPSA 非再発率
当院の比較的限局的なリンパ節郭清は良好な結果を
もたらしているといえる。
考 察
(1)リンパ節転移陽性、(2)術後PSA再発とも予
文 献
測可能な術前パラメーターは見当たらなかった。リン
1 )Thurairaja R, Studer UE, Burkhard FC. Indica-
パ節転移陽性の術前予測の指標としてp a r t i n
tions, extent, and benefits of pelvic lymph node
nomogram4)が報告されており、転移陽性率低値の
dissection for patients with bladder and prostate
症例ではリンパ節郭清を回避しうるとの意見3)もあ
cancer. Oncologist. 2009 Jan;14(1):40-51.
る。本研究に当てはめると 3 例中 1 例は低率と予測
2 )Mattei A, Fuechsel FG, BhattaDhar N et al. The
されながらリンパ節転移を認めており、有用性は確
template of the primary lymphatic landing sites
認できなかった。また、日本版nomogram5)も同様
of the prostate should be revisited: Results of a
にリンパ節転移陽性予測に十分とはいえなかった。
multimodality mapping study. Eur Urol. 2008;53:
現時点では術前にリンパ節郭清を回避できると判断
118-125.
するに足る指標はなく、全例に郭清を実施する方針
3 )Chin JL, Langer B, Evans A et al. Guideline for
が望ましいと考える。
optimization of surgical and pathological quality
一般に郭清範囲を広範にし、切除リンパ節数が多
performance for radical prostatectomy in prostate
くなるほど、リンパ節転移陽性率が上昇することが
cancer management: evidentiary base. Can
報告6)されている。しかし、切除リンパ節数が増加
UrolAssoc J. 2010 Feb;4(1):13-25.
してもPSA再発を回避できるかについては否定的な
4 )Makarov DV, Partin AW et al. Updated nomogram
報告7)もあり確定的ではない。当院のリンパ節郭清
to predict pathologic stage of prostate cancer
範囲は比較的限局的であるため、切除リンパ節数は
given prostate-specific antigen level, clinical
報告より少なく、転移陽性率も低めであった。これ
stage, and biopsy Gleason score(Partin tables)
は顕微鏡的リンパ節転移の残存を推測させるもので
based on cases from 2000 to 2005. Urology. 2007
あり、一部報告8)に見られる 5 年PSA非再発率70%
Jun;69(6):1095-1101.
よりPSA再発が多いこととの関連も示唆される。た
5 )黒岩顕太朗:日本版ノモグラム:限局性前立腺
だ、画像的に再発部位が同定されることは稀であ
癌における病理病期予測の試み.Jpn J Cancer
り、前立腺床への放射線照射が有効であるように局
Clin.2007;53
(4):217-221.
所再発例も多いと考えられ、郭清範囲拡大がPSA再
6 )Lindberg C, Liedberg F, Bratt O et al. Extended
発抑制に寄与する程度はやはり不明である。
pelvic lymphadenectomy for prostate cancer: will
PSA再発を極力回避する目的では広範なリンパ節
the previously reported benefits be reproduced
郭清が必要であろうが、郭清に伴う合併症の危険性
in hospitals with lower surgical volumes? Scand
6)
は高まる 。前立腺全摘除術は根治を目指す上で最
− 56 −
J UrolNephrol. 2009;43(6):437-441
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
7 )Murphy AM, McKiernan JM, Badani KK et al.
The number of negative pelvic lymph nodes removed does not affect the risk of biochemical failure after radical prostatectomy. BJU Int. 2010 Jan;
105(2):176-179.
8 )Berglund RK, Carroll PR, Klein EA et al. Limited
pelvic lymph node dissection at the time of radical prostatectomy does not affect 5-year failure
rates for low, intermediate and high risk prostate
cancer: results from CaPSURE. J Urol. 2007 Feb;
177(2):526-529
− 57 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
短 報
院内破傷風マニュアルの作成
感染症科 1)、薬剤科 2)、衛生管理室 3)、臨床検査科 4)
宮みさき1)3)、石井 範正2)3)、葛原 健太 3)、島谷 倫次1)3)
堀内 智子3)4)、矢野 邦夫1)3)
【要 旨】 破傷風は、外傷により、破傷風菌が体内に侵入して引き起こされる疾患である。治療は対症
療法のみであり、決定的な治療がないため、予防が非常に重要となる。破傷風免疫は、自然
獲得はできず、破傷風トキソイドで発病予防レベル以上に血清抗毒素を維持することが唯一
の予防方法である。とくに救急外来を受診する外傷患者を破傷風から守ること、および当院
かかりつけの患者や当院職員に破傷風免疫の獲得を推奨することなどを目的に、院内の破傷
風マニュアルを作成したので報告する。
【キーワード】 破傷風、マニュアル、外傷、予防接種
はじめに
礎免疫完了と考えられる。基礎免疫が完了している
破傷風とは、破傷風菌(Clostridium tetani )の感
場合、トキソイド追加投与でブースター効果により
染によって引き起こされる。破傷風菌が産生する毒
血中抗体価が上昇する2)3)4)。血中抗体価は、10年間
素のひとつである神経毒素(破傷風毒素)により、
は持続すると考えられ、予防接種は10年ごとの追加
強直性痙攣など、神経症状を呈することが特徴であ
が推奨されている2)3)4)。ただし、3 ∼ 5 年を経過す
る。 破傷風菌は土壌を中心に広く存在する。潜伏期
ると血中抗体価は最小阻止レベル以下に低下してい
間は 3 ∼21日程度といわれているが、 実際にはそれ
る可能性があるため、当院の破傷風マニュアルで
以上の潜伏期間で発症する場合も報告されている。
は、破傷風トキソイドの最終接種からの年数を 5 年
近年、日本でも毎年50∼100人の罹患者があり、10
間で区切っている。
人前後の死亡が報告されている。破傷風患者数は増
加傾向にあるが、その理由は不明である1)。
日本における破傷風トキソイドの接種状況
日本では昭和43年(1968年)より予防接種法に基
破傷風予防の必要性
づいて 3 種混合ワクチンの予防接種が全国的に開始
破傷風の治療は抗破傷風人免疫グロブリン大量投
された。そのため、昭和43年(1968年)以前の生ま
与、抗菌薬、抗けいれん薬、人工呼吸管理等の対症
れの人は、積極的に破傷風トキソイドを接種した人
療法であり、
「決定的な治療」はない。乳幼児破傷
を除いては、基礎免疫がない状態と考えられる。
風の致死率は90%以上といわれる。 そのため、予防
加えて、昭和50∼52年(1975∼1977年)は 3 種混
が非常に重要となる。
合ワクチンの副反応が問題となり、全国的に予防接
破傷風免疫は、自然獲得ができないため、破傷風
種を控える動きがでたため、この 3 年間での予防接
トキソイドで発病予防レベル以上に血清抗毒素を維
種率は10∼40%にとどまっている。これにより、昭
持することが唯一の予防方法である。 血中抗体価
和50∼52年(1975∼1977年)前後の生まれの人も、
2)3)
4)
0.01IU/ml以上が発病予防レベルとされている
。
基礎免疫がない可能性がある。
3 回の破傷風トキソイド接種にて発病予防レベルが
また、破傷風トキソイドによる血中抗体価の持続
獲得できるとされ、3 回のトキソイド接種により基
は10年間と考えられており、米国では、10年毎の追
− 58 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
加接種が推奨されている2)3)4)。しかし、日本におい
ある。
ては10年毎の追加接種は周知されておらず、ほとん
ど行われていないのが現状である。
最後に、このたびの東日本大震災によりお亡くな
りになられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
破傷風マニュアル作成の目的
また、被災された皆様及びご家族の方々に心よりお
当院では、破傷風の症例として、明らかな外傷な
見舞い申し上げ、被災地の一日も早い復興をお祈り
く発症した症例、ごく軽微な外傷にて発症した症例
申し上げます。
を経験している。 動物咬傷で来院した 7 歳男児が、
DPTを 1 回のみしか接種していなかったことが判明
文 献
し、破傷風トキソイドと抗破傷風人免疫グロブリン
1 )ワクチンと予防接種の全て
を投与した例もある。
―見直されるその威力―
また、2011年 3 月11日に発生した東日本大震災で
金原出版株式会社:p51∼55 第 1 版 2 刷 2010
の地震・津波の被害により、破傷風の症例が増加す
2 )岡部信彦監修:最新感染症ガイドR ‐B o o k
ることが予想される。現地在住者だけでなく、現地
〈2006〉感染症の実践的なバイブル 日本小児
での活動を目的に現地に行く場合には、破傷風の基
医事出版社;第 3 版 2007 礎免疫を獲得していくべきである。
3 )五十嵐隆 渡辺博:小児科臨床ピクシス 4 予
破傷風トキソイドは、広く、多くの人に勧められ
るワクチンである。 今まで破傷風の予防接種を受け
防接種 中山書店 2008
4 )CDC. Tetanus
たことがない人はもちろん、10年以上追加免疫を
http://www. cdc. gov/vaccines/pubs/pinkbook/
行っていない人、 海外渡航者(とくに長期間や発展
downloads/tetanus. pdf
途上国の場合)、農業従事者、ガーデニングやアウ
トドアスポーツを楽しむ人など、普段から基礎免疫
を獲得しておくべきと考える。
外傷で受診した患者の破傷風感染を可能な限り防
止するため、また、10年毎の追加接種の推奨も含
め、普段の診療時から、破傷風トキソイドの基礎免
疫の獲得を推奨するように努めることにより、かか
りつけ患者の外傷の際の破傷風の危険性が低くな
り、外傷での受診の際の対応が簡便になると考えら
れる。
当院では、マニュアル作成に先立ち、職員に対す
る破傷風トキソイド接種プログラムを施行してい
る。マニュアルの作成により、さらに破傷風キャン
ペーンの拡大を行っていきたいと考える。
おわりに
特に救急外来において、破傷風トキソイド及び抗
破傷風人免疫グロブリン投与やその後のフォローに
関しての基準には明確なものがなく、医師の裁量に
まかされる部分が大きかった。このマニュアルがひ
とつの参考基準となり、診療の一助になれば幸いで
− 59 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
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短 報
NSTにおける看護師の栄養教育の現状
∼リンクナースを活用したスタッフ教育とミニテストによる評価∼
看護部 島田 理恵
【要 旨】 2010年 4 月に栄養サポートチーム加算が新設され、これにより質の高いNST活動と栄養療法
の充実が求められる。そのためにはNSTに関わるスタッフの一人一人が栄養療法のレベル
アップが必要である。当院ではNST発足時より各部署にNSTリンクナースを配置し、病棟ス
タッフへの栄養教育に関する啓蒙活動を役割の一つとして活動している。しかし、各部署に
配置しているNSTリンクナースのNSTが主催する勉強会への参加が減少し、スタッフへの教
育・啓蒙活動が不十分である。今後看護師も栄養療法に関する知識を深め、患者のベッドサ
イドでの実践者として活動を充実したものにしていく必要がある。NST看護の質の向上のた
めに今後のスタッフ教育について課題を提示し、今後の方向性を述べる。
【キーワード】 NST リンクナース、 栄養教育
はじめに
③2009年度と2010年度にミニテスト実施(表 2 )
当院では2004年に栄養サポートチーム(NST)を
発足し、発足時より院内スタッフへの教育・啓蒙活
表1 勉強会のテーマ・内容
動として月 1 回の勉強会を時間外に開催してきた。
2009年
また、各部署にリンクナースを配置し、勉強会での
第 1 回 栄養評価・必要エネルギー量の求め方
学習内容を病棟スタッフへ伝達していくことを役割
第2回
の一つとした。しかし、リンクナースの勉強会参加
が減少しNSTに必要な知識の習得が不十分な状態で
第3回
あり、スタッフへの伝達も十分に行えていない現状
があった。また、病棟での栄養評価・アセスメント
第4回
も不十分であった。そこでリンクナースの知識の向
上とスタッフの栄養教育を目的にリンクナース会で
2010 年
勉強会を実施し、部署での伝達講習・学習評価のミ
第1回
ニテストを実施したので、教育の結果と今後の課題
について報告する。
第2回
対象と方法
第3回
1 ) 対象:看護長を除く全看護スタッフ
第4回
2 ) 期間:2009年 4 月∼2011年 3 月(24か月間)
3 )方法
①リンクナース会での勉強会を開催(表 1 )
経腸栄養について(栄養剤の種類・経腸栄養の
利点、欠点)
褥瘡ケアについて(褥瘡ハイリスクケア加算・
褥瘡フローチャート)
嚥下評価について(RSST・3cc水飲みテストな
どの実技
NST における看護師の役割・栄養アセスメン
トの流れ
ポジショニングクッションの使用方法
必要エネルギー量の求め方
褥瘡ハイリスクアセスメントについて
摂食機能療法指示書及び実施記録について
褥瘡の観察、DESIGN − R 分類について
口腔ケアについて
RSST:反復唾液嚥下テスト
DESIGN-R 分類:→
(2008年改訂版 褥瘡経過評価用ツール)
②勉強会の内容をスタッフに伝達講習
− 72 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
表2 ミニテストの内容
結 果
伝達講習・ミニテストを行ったスタッフの総数は
2009年
BMI /標準体重の求め方
2009年430名、2010年417名である。全体における正
経腸栄養の利点・欠点、院内GFOについて
解率は2009年が70%、2010年は47.9%である。ミニ
褥瘡予防ケアについて
テストにおける部署別の正解率は2009年と2010年を
嚥下評価について(RSST・3 cc水飲みテスト)
比較すると、2010年度はどの部署も正解率が低く
2010年
なっている(図 1 )。これは2010年の問題形式を 1
ベッドサイド看護師の役割、再スクリーニング基準
つの質問において解答箇所が複数ある場合は、すべ
必要エネルギー量の求め方、院内GFOについて
ての解答箇所が正しい場合にのみ正解としたためで
褥瘡予防ケアについて、褥瘡ハイリスクアセスメント
ある。
摂食機能療法指示書・実施記録について
GFO:グルタミン+食物繊維+オリゴ糖
図1 各部署におけるミニテストの正解率(%)
部署別の正解率からは、成人を扱う一般病棟は正
題は50%から18%に下がっている。
解率に関して大きな差は見られないが、周産期や小
年度別に各質問の正解率をみていく。2009年度に
児を扱う病棟( 1、2、3 号館 5 階)では正解率が低
おいては、栄養評価についての正解率79%∼80%、
い。また、病棟部門と外来部門を比較すると病棟部
経腸栄養については73%∼100%であった。
門の方が正解率は高くなっている。2 号館 9 階、救
褥瘡予防ケアは96%∼98%であり、嚥下評価は、
命救急( 3 号館 4 階)、1 号館8階などは 2 年間を通
80%∼96%であった。2010年度は、ベッドサイド看
して正解率が他部署に比べ高くなっている。
護師の役割は54%、NST再スクリーニング基準は14
2009年の問題の中では院内GFO(グルタミン+食
%であった。必要エネルギー量を計算する問題は56
物繊維+オリゴ糖)についての問題と褥瘡発生時の
%であった。褥瘡予防ケアは27%∼66%であり、摂
報告ルートに関する問題の正解率が低く、2010年も
食機能療法については65%∼90%であった。
同じ問題を出題した。GFOについての問題は38%が
50%に上がり、褥瘡発生時の報告ルートに関する問
− 73 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
考 察
ストを用いての知識の確認等が必要である。また、
2 年間の栄養教育を行っていく中で、日常ケアと
栄養管理に興味がもてるスタッフを増やすために院
して実践している項目や部署は正解率が高く、ス
内の認定コースや講演会を開催していくことも、
タッフの知識が十分であるが、反面日常ケアとして
NSTとしての啓蒙活動の一つではないだろうか。こ
実践していない項目は正解率も低く、伝達講習のみ
れは当院のNSTの質を維持していくために必要不可
での知識の習得にはつながりにくいことがわかる。
欠であり、それと同時に個々のスキルアップが当院
部署間においてもNSTに関しての知識にも差が生じ
のNSTの質の向上につながっていくと考える。
ている。また、外来部門等においては患者の栄養状
態に対して直接的介入機会も少ないことが要因と考
参考文献
えられる
1 )岡本康子・
島桂子編:よくわかりすぐ役立つ
NSTの中で長期絶食患者への経腸栄養開始時に、
NST重要ポイント集.日本医学館.2006
GFO による注入を推奨しているが、ベッドサイドで
2 )日本静脈経腸栄養学会編:コメディカルのた
実際に注入を実践している看護師がGFOの目的など
めの静脈経腸栄養ハンドブック.南江堂.2008
の理解が不十分であることも明らかになり、NSTと
3 )日本静脈経腸栄養学会:静脈経腸栄養第25
してGFO に関する教育・啓蒙が必要である。
巻 6 号.2010
患者の栄養状態を把握していくうえで24時間ベッ
ドサイドでのケアを提供している看護師の役割は大
きい。しかし、今回のミニテストを実施することで
看護師が患者の栄養状態のアセスメントが十分に行
えていないことも明らかとなった。再スクリーニン
グの基準を理解していないということは、実際の現
場で患者の栄養状態を再スクリーニングしていない
ことが考えられる。低栄養状態になることは患者の
疾病の治療過程の中で、治療効果にも影響を与える。
早期に低栄養状態の患者をスクリーニングし、患
者に適した栄養管理をすることがNSTの目的の一つ
である。
患者に適切な栄養管理を行うためには、看護ス
タッフは患者に一番近い実践者として、必要最低限
の栄養管理ができる必要がある。必要最低限の栄養
管理とは、栄養評価を行い、体重測定を実施し患者
の体重の推移を観察する、食事摂取量や静脈栄養・
経腸栄養での投与量が計算できるなどのことだと考
える。
現在、年間のミニテストの結果から見えてくる当
院の看護師の栄養管理に関する質は決して高いもの
ではない。
今後は啓蒙・教育活動を継続し、基本的な栄養管
理に必要な知識を学習していくことで栄養管理に対
する個々のスキルアップを図っていく必要がある。
そのためにも今後も継続的に勉強会の開催・ミニテ
− 74 −
臨床研究
Clinical research
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
臨床研究
糖尿病患者2 事例に対する動機付けの過程
∼心理的ステージ分類に沿った関わりによる効果∼
看護部外来室 鈴木 美和、深見 睦子
【キーワード】 糖尿病、心理ステージ分類、動機付け
はじめに
ここでいうセルフケア行動への効果とは、患者が自
近年、我が国においては欧米型食生活の浸透、運
己の治療に参加でき、セルフケアが促進することと
動不足や社会的ストレスの増大、生活環境の変化な
する。
どにより、生活習慣病(慢性疾患)や免疫・アレル
ギー疾患の患者数はますます増加する傾向にある。
研究方法
中でも、糖尿病の増加は顕著であり、糖尿病が強く
1 期間 疑われている人、糖尿病の可能性が否定できない人
事例1 200X年Y月Z日∼358日間
とあわせて約2,210万人いると見られており、5 年前
事例2 200X年Y月Z日∼46日間
と比較して約600万人の増加となっている。また、糖
2 対象
尿病による合併症も深刻で、人工透析導入患者にお
〔事例 1 〕A氏 70歳代男性
ける糖尿病性腎症、あるいは失明の原因疾患におけ
2 型糖尿病 身長:1 5 9 c m 体重:6 6 . 9 k g る糖尿病網膜症など、その人数が高い割合を示して
BMI:26.4 HbA1c:7.6% 随時血糖値:166mg/dl
いる。新たな治療法・治療技術・治療薬が開発され
血圧125/76mmHg HDL:56mg/dl LDL:113mg/dl
る中、単に「治療」だけではなく、「Q O L 向上」
中性脂肪:173mg/dl
「疾患の予防」をキーワードとして、疾患のトータ
腎症:第 1 期 神経障害:不明 網膜症:増殖期
ルサポートの重要性が高まっている。内分泌科外来
指示エネルギー:1600Kcal
においてもそうした観点に立ったアプローチが求め
R
R
ノボラピット30MIX ⃝
自己注射中、アクトス⃝
、メ
られるようになってきている。そのような状況の中
ルビン⃝R 服用中 眼科外来において、光凝固術施行
で、糖尿病教室だけでなく、看護師による患者個別
するも、2 度自己中断する。今回視力低下自覚し、
指導を開始した。患者の中には、決して知識や治療
眼科へ再来院する。
の必要性を理解出来ないわけではないのに、セルフ
〔事例 2 〕B氏 50歳代女性
ケア行動のアドヒアランスが低い患者が多いことを
2 型糖尿病 身長:150cm 体重:50kg BMI:
感じている。
22.2HbA1c:10% 随時血糖値:342mg/dl 血圧158
そこで、糖尿病教育における行動変容に有効であ
/83 mmHg HDL:不明 LDL:不明 中性脂
るという石井の心理学的介入法で構成されたステー
肪:不明 腎症:不明 神経障害:不明 網膜症:
ジ分類に沿ってアプローチを行い、セルフケア行動
増殖期 指示エネルギー:指示なし ノボリンR⃝R と
の変化がみられたため報告する。
ノボリンN⃝R 自己注射中、コニール⃝R ・メバロチン⃝R 内
服中。5 年前までは近医眼科通院していたが、散瞳
研究目的
に対し苦痛があり自己中断する。1 か月前より左眼
心理的ステージに沿った関わりをもつことで糖尿
の視力低下を自覚し眼科外来を受診した。また、近
病患者のセルフケア行動への効果を明らかにする。
医内科受診中も、受診は不定期になっており、イン
− 76 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
スリン注射も定期的に行えていない。夫の母親の介
心を示す会話も聞かれるようになり、熟考期を経て
護と知能障害のある一人娘の介護をしており自分の
準備期への変化がみられた。
治療に時間をかけられない。
事例 2 では、自己の問題に気付いており熟考期と
3 方 法
判断し、行動化できるように望ましい行動をみとめ
石井の提唱する心理学的アプローチ、ステージ分
ながら約 1 ヶ月間 3 回のアプローチを行なった。眼
類原案1 )より、前熟考期、熟考期、準備期、行動
科外来において、「受診してくれて本当によかった
期、維持期のどの期の患者かを判断し、それに合わ
です。散瞳が嫌いなのに、すごく勇気を出して眼科
せた援助を提供し、セルフケア行動の変化を評価す
に来てくれたので、とても嬉しいです。これを機会
る。
にもう一度頑張って治療してみませんか?食事のこ
4 倫理的配慮
ともBさんが疲れないような方法もありますから」
患者に対して、本研究の意図を口頭にて説明し、
と患者の行動を承認し、
治療するように働きかけた。
同意書による承諾を得ている。なお、データの取り
また、血糖コントロールが悪いことや糖尿病性網
扱いに関しては、プライバシーが侵害されないよう
膜症であることを家族やホームドクターに伝えるこ
十分配慮した。
とは大切なこと、相談をしてみるように本人へ働き
かけた。そして、母親や娘の介護負担については、
結 果
社会資源の利用について情報提供した。「ご自分で
事例 1 では、A氏が前熟考期と捉え、従来の問題
今の状況は良くないとわかっていることはとても大
に気付くことができることを目標として約 1 年間継
切なこと。投げやりにならずに、やれることから一
続し12回のアプローチを行なった。内分泌科外来で
つずつやっていきましょう。私でよければご相談に
は、具体的な日常生活の様子を会話することで自然
のりますよ」と伝え、受容と承認に努めた。
と問題に気付けるよう、共に生活スタイルを振り
その結果、介入した直後は、うつむいたまま寡黙
返った。
な印象だったが、4 日後の眼科再診時には「夫に病
血糖コントロールには食事が一番大切であり、レ
気のことを話しました。何も言ってくれませんでし
トルト食品やコンビニ弁当が多くなるのは仕方がな
たが。内科の先生にも眼のことを伝えたら、インス
いが、カロリーが書いてあると思うので参考にした
リンの量が増えました。自己血糖測定を始めてみま
らと提案する。宅配弁当を取り入れるのも一つの方
した」と笑顔が見られ、HbA1cも6.5∼7.5%と改善が
法であることを伝え、いろいろな会社が糖尿病食の
みられた。病気を受容したことで、治療に対して前
宅配をしていることを紹介した。
向きな行動変化がみられていると感じた。
眼科外来では、「視力が落ちたものを治すことは
出来ないが、この調子で外来に来て悪くならないよ
考 察
うにしましょう」と励ました。知識不足に対して
石井は「前熟考期から準備期までは、患者の考え
は、待ち時間を使い、糖尿病性網膜症のパンフレッ
方を変化させ行動へと導いていく過程であり心理・
トを用い、網膜症について繰り返し説明した。随時
教育的動機付けの過程である 」2)と述べている。
血糖値も165mg/dlとなり、内科も眼科への通院も継
長年の習慣や環境による生活スタイルは容易に変
続できている。「今度はちゃんと通うよ。悪くした
えられるものではないが、今回の心理的ステージ分
くないからね」と話し、通院の必要性を認識できる
類に沿った関わりにより、行動レベルでの変化をみ
ようになった。食事に対しては「試してみようかな
ることができた。それは、指示的な指導ではなく患
∼」と宅配弁当に対し興味を示した。1 年経過した
者にとって無理のない目標を患者自身が選択できる
現在も眼科外来に定期通院している。HbA1cも7.6%
ようなアプローチを行った事が要因だと考える。成
から6.5%へコントロール良好となり、「今、うす味
功体験や看護師からの承認が前向きな思いとなり、
に気をつけているところ」など食事へのさらなる関
次の行動へと進めたのだと考える。
− 77 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
私達は、コンプライアンスの不良な患者に対し
て、「このままだと失明や腎不全など合併症が怖い
ですよ」という、患者が指示に従えない行動に対し
て評価し、指示的な発言をする傾向がある。それ
は、患者のためにと思って言ったことでも自己肯定
感を著しく減少させる。そして、患者のコンプライ
アンスを改善するどころか定期受診さえも途絶えさ
せる可能性を秘めている。河口らは「教育の本来的
な意味は、教育の対象者に何かをさせることでも、
単に知識を与えることでもなく、その者の可能性を
引き出す手助けをすることである」 3 )と述べてい
る。つまり、知識の増加に留まるべきでなく、患者
の気付きや自発的選択による行動変容を求めること
だと考える。しかし、どの変化ステージにおいても
患者の行動変化はスローペースである。私達は、常
に逆戻りの危険性もあることを念頭において、忍耐
強くアプローチを続けていく必要がある。
結 論
看護師は、患者の持てる力を引き出すための援助
が重要である。そのためには個々の患者の変化ス
テージを見極めた関わりがポイントとなる。
患者自身が自己の治療に参加し、問題点に気づ
き、解決方法について共に考え、患者が目標を設定
できる。その達成感から,自己効力が増し、セルフ
ケアが促進・継続する。
文 献
1 )石井均:糖尿病患者の変化ステージに応じた心
理学的アプローチの実際、Expert Nurse,15
(1),P34−P37,1999.
2 )石井均:糖尿病の心理学的アプローチ 2 、プラ
クティス,14(2),P112−P115,1997.
3 )河口てる子:糖尿病患者のケアに関する研究の
動向と今後の課題
− 78 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
臨床研究
当院におけるHIV/AIDS 患者の
歯科受診状況についての臨床統計的観察
歯科口腔外科 内藤 慶子、
島 桂子、 島 弘之、 北川有佳里、 武塙 香菜
鈴木 晶子、 中埜 秀史、内藤 克美
【キーワード】 HIV/AIDS 患者 歯科受診 臨床統計
はじめに
浜松医療センター(以下、当院)歯科口腔外科
(以下、当科)は平成 7 年 4 月に開設され、開設当
初から積極的にHIV/AIDS患者の歯科治療を受け入
れている。今回、当科におけるHIV/AIDS患者の歯
科受診状況について臨床統計的観察を行い若干の知
見を得たので報告する。
図1 初診時の年齢
研究目的
当院におけるHIV/AIDS患者の歯科受診の現状を
3 .感染経路(重複あり)
明確にし、AIDS 拠点病院としての活動に反映させる。
同性間の性的接触13名(48%)、異性間の性的接
触 9 名(33%)、静脈薬物使用 3 名(11%)、手術
対象および方法
時輸血 1 名( 3 %)、原因がわからないものが 2 名
対象は、平成 7 年 4 月から平成22年 2 月までに当
( 7 %)であった。
院感染症科にHIV/AIDS患者として登録のある118名
中、当科を受診した27名とした。カルテレビューを
行い、性別・初診時年齢・国籍・感染経路・既往
歴・紹介元・初診時のCD 4 数・治療内容・受診回
数・転帰を調査し検討を行った。
結 果
1 .性別・初診時年齢
性別は男性23名(85%)、女性 4 名(15%)。男
女比は約 6 : 1 で男性が多く、当科初診時年齢は22
図2 既往歴
歳から59歳、平均は37.7歳であった。(図 1 )
2 .患者の国籍
4 .既往歴(重複あり)
日本が15名(55%)と最も多く、次いでブラジル
梅毒が 6 名(22%)と最多で、次いでB型およびC
8 名(30%)、インドおよびペルーが各 1 名( 4
型肝炎が各 5 名(18%)、カリニ肺炎・帯状疱疹が各
%)、不明外国籍が 2 名( 7 %)であった。
4 人(15%)、食道カンジダ症・ペニシリンアレル
− 79 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
ギー・トキソプラズマ脳症が各 2 名( 7 %)、サイト
れ、特に受診回数 1 回のものの半数を占めていた。
メガロウィルス感染・クラミジア感染・高血圧・糖尿
他病院歯科へは、患者希望により他地域の総合病院
病・リウマチが各 1 名( 3 %)であった(図 2 )。
へ、観血的処置・齲蝕治療の依頼で紹介となってい
5 .紹介元
た。歯科医院への紹介は、2 名とも義歯作成の依頼
当院感染症科からの紹介が最も多く2 4 名(8 9
であった。
%)、腎臓内科・消化器科からの紹介、紹介なしの
直接受診が各 1 名( 3 %)であった。
考 察
6 .当科初診時のCD 4 数
当科におけるHIV/AIDS患者の歯科受診の臨床統
200/μl 以上の症例が20名(74%)、重度の免疫抑
計的観察を行った。男女比は、報告されている日本
制とされるCD 4 数200未満の症例が 7 例(26%)で
国内のHIV感染者・エイズ患者合計の男女比1)とほ
あったが、すべての患者において当科初診時に口腔
ぼ同じであった。初診時の患者平均年齢は他施設で
内カンジダ症、毛様白板症などの口腔内病変は確認
の調査結果2)とほぼ同様で、患者年齢層からは患者
されなかった。
には残存歯が多数ある可能性があり、歯科受診は一
7 .当科における治療内容(重複あり)
時的なものでなく将来的にも必要と考えられた。日
齲蝕充填処置13名(48%)と最多で、次いで抜歯
本国内で確認されているHIV感染患者は、88%が日
8 名(30%)と多く、口腔内清掃指導(TBI)4 名
本国籍と報告されている1)が、当科受診の患者では
(15%)、鋳造修復 3 名(11%)、麻酔抜髄・ダツ
55%が日本国籍、30%がブラジル国籍と、日系ブラ
リ再装着・歯石除去・義歯作成・抗生剤処方が各 2
ジル人の多い浜松市の特徴が現れていた。感染経路
名( 7 %)であった。(図 3 )
としては、日本においては、血友病患者を主とする
血液凝固製剤輸注により感染した患者が少なからぬ
割合を占め、静脈薬物濫用による感染の割合は 1 %
以下と少ない3)という報告があるが、当科受診患者
では血友病 0 名で、静脈薬物濫用 3 名という特徴が
みられた。
初診時の既往歴に、カリニ肺炎・食道カンジダ
症・トキソプラズマ脳症・サイトメガロウィルス感
染があったことから、感染成立後、一定期間を経て
から当科初診となっていることが考えられ、この間
図3 治療内容
に当科以外の歯科を受診している可能性も示唆され
た。感染症科以外からの紹介で受診している例で
8 .患者の当科受診回数・転帰
は、HIV感染症に随伴する症状・疾患で他科に頻繁
受診回数は、1 回および 2 回が各 6 名(22%)と
に通院している患者で、他科受診の際に口腔内症状
最も多く、3 回・4 回・5 回が各 2 名(7 %)、6 回
について訴えがあった患者であった。当科初診時の
1 名( 4 %)、7 回 2 名( 7 %)、8 回 1 名( 4
CD4数からは、200/μl 以上の症例が74%と比較的コ
%)、9 回 0 名( 0 %)、10回 1 名( 4 %)、11回
ントロールされた状態で紹介されていることがわ
以上 4 名(16%)であった。転帰は、治癒による終
かった。口腔カンジダ症はCD 4 数200/μl 以下では
了で他院への紹介なく終了しているものが14名(52
83%の検出率4)とされているが、当科ではみられな
%)、治療の中断や非来院が 8 名(30%)、他病院
かった。当科における治療内容の大半は、齲蝕治療
歯科への転院・開業歯科医院への転院が各 2 名( 7
やTBIなどの、一般開業歯科医院でも対応は可能で
%)、死亡1名( 4 %)であった。中断や非来院で終
あるが歯科におけるHIV/AIDS患者の受診連携が
了しているものは受診回数が 6 回以下の患者に見ら
整っていないために、当科で行った内容が大半で
− 80 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
あった。免疫不全を生じる可能性のあるHIV/AIDS
患者は、定期的な歯科受診・口腔清掃が必要と考え
症患者の臨床的検討.有病者歯科医療雑誌.12
(2):55-60,2003
られ、日和見感染症を早期に発見するためにも定期
3 )鎌倉光宏:世界および我が国におけるH I V /
検診などでの歯科医院への通院継続が望ましい。転
A I D S の現状と課題.日本エイズ学会誌.1 2
帰として、治癒による終了で他院への紹介なく終了
(1):1-5,2010.
しているものが最も多かったことから、当科での歯
4 )池田正一:HIV感染症の歯科治療マニュアル.
科治療終了後の定期検診について、開業歯科医院へ
厚生労働省科学研究補助金エイズ対策研究事業
の患者紹介も含め、検討が必要と考えられた。
HIV感染症の医療体制の整備に関する研究
これまで、地域の一般開業歯科医院の協力が得ら
HIV感染症の歯科医療に関する研究.40-44
れていなかったこともあり、HIV/AIDS患者の歯科
5 )中野恵美子、千綿かおる、田上正、他:HIV/
治療は当科で受け入れていた。今回の調査結果、特
AIDS患者に対する歯科受診支援事例の検討.日
に当科初診時のCD 4 数や加療内容から、一般開業歯
本エイズ学会誌.6(3):159-164,2004.
科医院への通院、加療が充分に可能であることが明
6 )稲田浩平、新庄文明、渡邉充春、他:歯科診療
らかとなった。HIV/AIDS患者が一般的に歯科治療
所におけるHIV陽性者の診療受入れ姿勢と関連
を受けにくい状況にあることは、既に複数報告され
する要因.口腔衛生学会雑誌,56:240-248,
ている6∼8)ことも踏まえ、AIDS拠点病院である当院
2006.
と地域歯科医師会とが連携し、HIV/AIDS患者の歯
7 )吉川博政、田上正、山口泰、他:HIV感染者に
科治療を地域歯科医院へスムーズに紹介できるよう
おける歯科医療連携に関する研究.日本エイズ
な連携を確立する必要があると考えられた。
学会誌.10(1):41-49,2008.
稲田らの調査結果では、感染予防に関する講習受
8 )中野恵美子:有病者歯科診療支援における歯科
講経験が 4 回以上ある歯科医師ではHIV陽性者の歯
衛生士への情報提供に関する研究:第 1 報 歯科
科治療を受入れるという回答が飛躍的に大きかった
診療所における有病者対応の現状.日本歯科衛
6)
生学会雑誌.2(2):29-36,2008.
ことを踏まえ、当科では、平成22年・23年に、県
からの委託事業でもあるAIDS拠点病院の活動の一環
で、浜松市歯科医師会会員を対象とした研修会を開
催した。また、今後は浜松市歯科医師会の協力も得
て、歯科医師のみならず、歯科衛生士・歯科助手・
受付などのスタッフを対象とした、交差感染や一般
開業歯科医院におけるスタンダードプリコーション
に関する研修会を開催し、歯科医療従事者がHIV/
AIDSに関して正しい知識の習得が図れるよう計画し
ている。
文 献
1 )厚生労働省エイズ動向委員会:感染症法に基づ
くHIV感染者・エイズ患者情報〔平成22年 9 月
27日∼平成22年12月26日〕
.〔2011.02.10〕http://
www. mhlw. go. jp/stf/houdou/2r985200000121rratt/2r985200000121th. pdf
2 )伊東博美、太田和俊、池辺哲郎、他:熊本大学
医学部附属病院歯科口腔外科におけるHIV感染
− 81 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
臨床研究
がん患者における市販洗口剤使用時のアンケート調査
歯科口腔外科 1)、看護部 2)、放射線治療科 3)、薬剤科 4)、診療放射線技術科 5)
島 桂子1)、神谷 智子2)、飯島 光晴3)、坪井 久美4)、大田由希子2)、山本 浜江2)
今田 康子2)、坪井都伊子2)、大久保徳子2)、山田留美子2)、須藤かおり2)、小粥 淑乃2)
平尾 友美2)、袴田 貴子2)、鈴木 雅乃2)、榊原 陽子2)、生座本義広5)、竹田 守5)
杉村 洋祐5)、藤下 容子5)、鈴木 康治5)
【キーワード】 化学療法、 放射線療法、 アンケート調査、 洗口剤、 口腔トラブル
はじめに
オッシュ( 2 倍希釈)(和光堂)、12月13日∼12月
がん治療時の口腔粘膜炎・口腔乾燥・味覚障害な
17日バイオティーンマウスウオッシュ( 3 倍希釈)
どの口腔トラブルは、患者の疼痛、食事摂取量の減
(T&K)、12月20日∼12月27日(平日のみ)クリー
少、治療意欲の低下を引き起こし、易感染状態にお
ンマウスウオッシュ(10ccに 4 滴、使用法通り)
いて局所および全身の感染症の発症リスクの増大と
(サンスター)、平成23年 1 月 7 日∼ 1 月14日(平
がん治療の中断に結びつく有害事象の一つである。
日のみ)お口の潤い洗口液( 2 倍希釈)(ゼトック
特に口腔粘膜炎において予防が重要と考えられるが
社)、1 月17日∼ 1 月21日うるおーらリンス(原
確立された方法はない。しかし、患者が口腔内を清
液)(ビーブランド)を用いた。化学療法室におい
潔に保つことは二次感染の予防や重症化を避けるこ
ては、実施期間中、毎日洗口とアンケート用紙記入
とに役立つ1)とされ、口腔内を清潔に保つ手軽な方
の依頼を実施した。リニアック室においては、洗口
法として含そう・洗口がある。今回我々は、化学療
剤は毎日用意したもののアンケート記入は放射線治
法や放射線治療を受ける患者を対象として口腔トラ
療科医師の診察日のみ( 1 種類の洗口剤につき 1 日
ブルについての理解と実践を目的とした情報提供、
のみ)の依頼とした。なお当研究は当院倫理委員会
および実際に市販洗口剤を用いた洗口実施運動と患
の承認を得て行われた。
者へのアンケート調査を行ったので報告する。
対象と方法 平成22年11月29日から平成23年 1 月21日までに浜
松医療センター(以下当院)外来化学療法室および
リニアック室にて治療を受ける患者のうち、口頭で
了解が得られた患者を対象とした。口腔トラブルに
ついてのパンフレット(図 1 )を配布し、市販洗口
剤にて洗口後、無記名アンケート(図 2 )記入を依
頼し、記入提出を持って同意を得たと判断した。集
計は 1 名で行い、集計値は 3 名で確認した。洗口液
は 5 種類用意した。平成22年11月29日∼12月 3 日コ
ンクールマウスウオッシュ( 2 倍希釈)(ウエル
図1 患者用パンフレット
テック)、12月 6 日∼12月10日うるおいマウスウ
− 82 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
表2 性別・年代・治療およびアンケート記載回数、
口腔内の問題と口の健康を守るためにしていること
化学療法室318 人とリニアック室52 人について
図2 アンケート用紙
の、性別、年代、アンケート記載時の治療回数、洗
口アンケート記載回数、口腔内の問題と口の健康を
結 果
守るためにしていることの結果を表 2 に示す。
1 .洗口実施人数とアンケート回収数・回収率
性別では化学療法室・リニアック室ともに女性の
方が男性より多かった。
表1 洗口実施人数とアンケート回収数・回収率
年代では化学療法室・リニアック室ともに70歳以
上が最も多かった。
記載時の治療回数は化学療法室・リニアック室と
もに、3 回以上が最も多かった。
洗口アンケート記載回数は化学療法室・リニアッ
各洗口液での洗口実施数とアンケート回収数・回
ク室ともに初回が最も多かった。
収率を表 1 に示す。化学療法室では期間中のべ355
口腔内の問題の有無(重複あり)については、化
人が洗口し318人のアンケートが回収され、回収率
学療法室では、虫歯が最も多く60人(18.9%)、次
は89.6%であった。リニアック室では期間中のべ331
いで味覚障害52人(16.4%)、口腔乾燥46人(14.5
人が洗口し、52人のアンケートが回収され、回収率
%)であった。
は15.7%であった。
リニアック室では、虫歯10人(19.2%)、口腔乾
2 .性別・年代・治療およびアンケート記載回数、
燥 9 人(17.3%)、歯周病6人(11.5%)であった。
口腔内の問題と口の健康を守るためにしている
口の健康を守るために実施していることとして
こと
は、化学療法室では、歯磨きが最も多く280人(88.1
%)ついで洗口うがい160人(50.3%)、歯科受診48
人(15.1%)であった。
− 83 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
リニアック室では、歯磨き45人(86.5%)、つい
えるように取り組んだ。その結果、期間中化学療
で洗口うがい35人(67.3%)、歯科受診10人(19.2
法室・リニアック室それぞれ300人以上の患者が洗
%)であった。
口を実施した。化学療法室においてはアンケート回
3 .各洗口剤に対する感想
収率も高く、患者の関心を引いたものと考えられ
た。リニアック室ではアンケート回収率は化学療法
表3 各洗口剤に対する感想
室に比べ低いものであったが、これは回収が各1回
のみであったためと考えられた。
今回の結果からリニアック室では回数とともに洗
口習慣のある患者の割合が増加する傾向が認めら
れ、今回の口腔トラブルへの関心を高め、洗口習慣
をつけてもらうという目的が達成されたと考える。
化学療法室ではアンケート回数が増えても洗口習慣
のある患者の割合の増加は認められなかった。これ
はリニアック室での治療は平日連続して行われるた
め、本研究参加者は毎日洗口の環境があったが、化
学療法室の参加者は 2 ∼数週間に一度の治療・来院
であるために、洗口の習慣がつきにくかったためと
各洗口剤に対する感想の結果を表 3 に示す。
推察された。今後も「患者自身が自分にとっての口
「さっぱりした」と、「ミントが気持ちよかった」
腔ケアの必要性を認識して責任を持ってセルフケア
という感想が多かった。また「しみた」はごく少数
を継続するという患者のアドヒアランスを支援する
で「しみなかった」と答えた患者のほうが多かっ
かかわり」3)を検討し実施していきたい。
た。「口が渇いた」と答えた患者よりも「口が潤っ
2 .口腔内の問題について
た」と答えた患者が多かった。
化学療法実施時の口腔トラブルは、開始後早期に
4 .アンケート記載回数と洗口習慣の割合の変化
発症する口腔粘膜炎や長期にわたる味覚障害などが
化学療法室ではアンケート記入 1 回目の139人中
ある。特に口腔粘膜炎は35∼40%に出現する1)発現
70人(50.4%)に洗口の習慣があり、2 回目では93
頻度が高い副作用である。放射線治療時の口腔トラ
人中42人(45.2%)、3 回目では83人中42人(50.6
ブルは口腔が照射野に含まれる場合は照射開始後数
%)であった。リニアック室では1回目29人中17人
日から数週間で起こる早期の反応と数カ月から数年
(58.6%)、2 回目10人中7人(70%)、3 回目13人
後に起こる遅発性の反応がある。
中11人(84.6%)であった。
今回の口の中の問題についての結果からは、化学
療法室・リニアック室とも虫歯と口腔乾燥が他項目
考 察
に比べて多く、化学療法室では味覚障害も多かっ
1 .患者の行動変容について
た。口腔粘膜炎は化学療法室では12.6%で低いが、
「妥当性のある情報」「セルフケア練習」「患者
これは、今回の対象者では治療と治療の間の期間に
と看護師との支援的かかわり」の 3 つの側面から支
口腔粘膜炎が発症しても次の治療時には治癒して来
援が体系化されている「プロセルフプログラム」
院しているためと推察された。なおリニアック室で
は、有意に口腔粘膜炎の頻度を低下させる2)。今回
口腔粘膜炎が 0 %であったが、調査期間中に頭頸部
我々は、プロセルフプログラムにならい、化学療法
が照射野に含まれる対象者がいなかったためと考え
室とリニアック室でパンフレット配布と洗口液の準
られた。
備を行い、多職種から患者に口を清潔にすることの
情報提供と洗口実施を促し、患者からの相談にこた
− 84 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
3 .市販洗口剤使用について
program: An effective approach for reducing che-
化学療法時や放射線治療時には、唾液分泌減少や
motherapy-induced mucositis. Cancer Nursing
口腔乾燥が起こることも知られており、口腔清掃と
1998;21:263-268.
ともに、口腔の保湿が重要である。このような口腔
3 )森文子:がん化学療法による副作用と患者への
清掃や保湿の必要性や重要性は、がん治療を行う患
セルフケア指導のポイント第 3 回口内炎予防法
者にあらかじめ教育指導されていることは少ない。
とセルフケア支援のポイント.消化器・がん・
また、一般にがん治療の際に処方される含そう剤に
内視鏡ケア2006;11
(3):54-59.
はアズレンやポピドンヨードがあるが、これらに
4 )Spielberger R. Stiff P. Bensinger W. et al.
は、口腔清浄作用や消毒作用はあるものの保湿作用
Palifermin for oral mucositis after intensive
はない。さらにこれまでに口腔粘膜炎の発症を予防
therapy for hematologic cancers. N Engl J Med
4)
する含そう剤としては、Palifermin やL-glutamine
5)
2004;351:2590-2598.
(Saforis) などが報告されているが、日本では未
5 )Peterson DE, Jones JB and Petit RG 2nd.. Random-
承認である。本研究では含そう・洗口剤に期待する
ized, placebo-controlled trial of Saforis for preven-
作用として保湿が重要と考え、市販洗口液を使用し
tion and treatment of oral mucositis in breast can-
た。洗口液の使用濃度は、多くは原則原液である
cer patients receiving anthracycline-based chemo-
が、今回は研究分担者複数であらかじめ試用してさ
therapy. Cancer 2007;109:322-330.
らに低刺激にするために希釈して用いた。実際今回
6) 厚生労働省:重篤副作用疾患別対応マニュアル
の対象では70歳代以上や女性の割合が多いことから
抗がん剤による口内炎〔平成21年 5 月〕http://
口腔乾燥への配慮は適切と考えられた。今回のアン
www. mhlw. go. jp/stf/houdou/2r985200000121rr-
ケート結果でも口腔乾燥は口腔トラブルとして出現
att/2r985200000121th. pdf
しており、また洗口の後の感想でも口が潤ったと答
えた人もあり、厚生労働省のマニュアル6)にも保湿
洗口液の使用についてすすめる記載があることか
ら、今後がん治療時の口腔清掃に使用することにつ
いて周知されていくものと考える。今回は来院日の
み洗口を実施するプロトコールで口腔内の状態は確
認調査しておらず、洗口による口腔粘膜炎発症予防
効果は検討できなかった。今後は有用性を検討して
いきたい。
謝 辞
本研究実施にあたり、洗口剤を提供いただきまし
た、ウエルテック、和光堂、T & K、サンスター、
ゼトック、ビーブランド各社に感謝申し上げます。
文 献
1 )Keefe DM, Schubert MM, Elting LS, et al. Updated clinical practice guidelines for the prevention and treatment of mucositis. Cancer 2007;109:
820-831.
2 )Larson PJ. The PRO-SELF Mouth Aware
− 85 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
臨床研究
障害受容過程にある頚髄損傷患者への関わり
∼患者参画型看護を通して∼
看護部 松本 太佑、山口 茜、内山ますみ、久島悠梨子
【キーワード】 患者参画型看護、障害受容過程、頸髄損傷
はじめに
2 )前病棟の看護師にもケア方法を確認する
X病院は病床数606床を有する地域医療支援病院
3 )決定したケア方法やタイムスケジュールを記
である。看護部では患者参画型看護を方針の一つに
かかげ、地域に根ざした看護を提供している。
したパンフレットを作成する。
4 )パンフレットを使用し、病棟看護師全員で統
今回、ICUから転棟してきた10代後半の頚髄損傷
一した看護を行う。
患者A氏を担当した。A氏は転棟当初、「ICUでの
5 )できるだけ本人の意向に沿えるように、ケア
方法と違う」「やり方が雑」などの不満を訴え、Y
方法やタイムスケジュールを毎日カンファレ
病棟の看護師には心を開こうとしなかった。しか
ンスにかけて検討し、本人とも話し合いなが
し、患者参画型看護の実践により、患者との信頼関
ら修正する。
係が変化していった。障害受容過程に添った援助に
3 看護実践の評価(フィンクの危機モデルに基づ
ついて考察した事例を報告する。
いて評価する。)
4 倫理的配慮
研究目的
研究対象者へは自由意志で諾否が決められるこ
事例を振り返ることで、患者参画型看護の実践が
と、不利益や負担が生じないように配慮するこ
患者にどのような変化をもたらしたのかその過程を
とを説明し承諾を得た。
フィンクの危機モデルに基づいて評価する。
結 果
研究方法
看護実践経過は表 1 参照。
1 事例紹介
参画型看護の実践により、少しずつ病棟看護師に
A氏、10代後半男性、頚髄損傷(C 3 - 4 )
心を開き、不安などを訴えてくるようになった。さ
主 訴:四肢麻痺、呼吸不全
らに、転棟直後は「死にたい」などの悲観的な言動
現病歴:バイク(本人)対乗用車の衝突事故にて受
や看護師に対する暴言が多く聞かれたが、転院前に
傷。上記診断にて人工呼吸器管理となり
は「向こうの病院に行ってもがんばる」「ここまで
ICUに入院。25病日に脊椎固定術施行。抜
これたのはみんなのおかげ、感謝している」などの
管後72病日でY病棟へ転棟。
前向きな言葉が聞かれるようになり看護師への暴言
キーパーソン:両親、姉
もなくなった。
入院期間:100日(Y病棟では29日)
2 患者参画型看護の実践
考 察
1 )本人と相談しながら目標やケア方法、タイム
フィンクの危機モデルは、障害に対する受容過程
スケジュールを決める。
を示しており、衝撃、防御的退行、承認、適応の 4
− 86 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
段階から成り立っている。
ことでイメージできるように関わった。その結果、
衝撃期の特徴は、最初の心理的な衝撃の時期であ
パニック状態になるなどの衝撃の時期を繰り返すこ
り、無力感や強い不安を感じ、パニック状態になる
とはなく、現実を受け止めることができていたので
とされている。しかし、一般的に衝撃期は数時間か
はないかと考える。
ら 1 ∼ 2 日と言われている。A氏がY病棟に転棟して
一般的にフィンクの危機モデルにおいて、承認期
きたのは受傷後 2 ヶ月以上経過しており、パニック
に介入するのが最も効果的とされているが、私はA
状態という印象はないことから、この時期ではな
氏に対し、あえて防御的退行期からの介入を試み
かったと考える。
た。南雲は「受傷後の心の苦しみは、“自分の中か
続いて防御的退行期だが、この時期の特徴は、危
ら生じる苦しみ”と“他者から負わせられる苦し
機の意味するものに対して自分を守る時期であり、
み”の 2 つに分けるべきと考える」2 )と述べてい
安寧感を崩す人や物は脅威と知覚され、敵意を向け
る。転棟直後、防御的退行期にいたA氏がY病棟看護
られるとされている。A氏はICUで築いた信頼関係
師に敵意を向けていたと考えると、Y病棟看護師の
や居心地の良さなどの安寧感を転棟によって崩され
存在や対応が後者の苦しみを誘発する原因ともなり
たことで、Y病棟看護師に対して敵意を向けて暴言
うる。そのため転棟直後だからこそA氏との信頼関
などを吐いていたのではないかと考える。これは、
係の構築が最も大切であると考え、患者参画型看護
転棟直後にICU看護師には暴言を吐いておらず、Y
を実施した。承認期に入ってから看護師が原因と考
病棟看護師とも信頼関係を築くことができるように
えられる苦しみの表出がなく、患者参画型看護の実践
なってきた頃からは、暴言を吐かなくなっているこ
により少しずつ信頼関係が築けるようになったこと
とからも推測できる。また、小松らは「防御的退行
で、衝撃の時期の繰り返しを予防できたと言える。
期は、過度でない限り依存的な態度や訴えも受け入
最後に適応期だが、適応期の特徴は、建設的な方
れ、患者の心身の安全を保障し、あとに続く現実直
法で積極的に状況に対応する時期であり、転棟後25
視(承認の段階)のつらい道のりを乗りこえなけれ
日目に「前に進んでいくよ。」28日目には「色んな
ばならない患者との信頼関係を築くうえで、きわめ
人に支えてもらった。みんなのために頑張るよ。」
1)
て重要な時期である」 と述べている。できるだけ
など、前向きな言葉が聞かれるようになり、また、
本人の意向に沿えるようにケア方法やタイムスケ
自主的にパソコンの操作訓練を始めるなど、転院日
ジュールを決めたことは、結果的に患者の心身の安
が決定したことにより視野が未来へ開かれ、少しず
全を保障し、病棟看護師へ向けられた敵意を少しず
つ適応期に移行していったのではないかと考える。
つ緩和して心を開くきっかけになったのではないか
承認期と適応期においても、患者参画型看護を継続
と考える。さらに、この時期に患者との信頼関係を
したことで、患者との信頼関係を保つことができ、
深めるために患者参画型看護を行ったことは、防御
より多くの前向きな言葉が聞かれるようになったこ
的退行期の特徴を踏まえており、適切な看護だった
とから、適切な看護だったのではないかと考える。
のではないかと考える。
続いて承認期だが、承認期の特徴は、危機の現実
結 論
に直面する時期であり、失ったものは返ってこない
防御的退行期にいる患者への患者参画型看護の実
という現実に直面し、衝撃の時期が再び繰り返され
践は、患者が看護師に心を開き、信頼関係を築いて
るとされている。防御的退行期以降も本人と作成し
いくことに有効であり、その結果、患者の思いを引
たパンフレットをもとに継続して関わった。転棟後
き出すことができる。また、患者参画型看護を継続
19日目に「一つだけ分かったことがある。もう元に
することで、築いた信頼関係を保つことができる。
は戻らない。」と訴えている。しかし、23日目に後
方病院への転院日が決まるなど、未来に向かう出来
おわりに
事もあったため、後方病院のホームページを見せる
今回の事例で、患者参画型看護の有効性を実感す
− 87 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
ることができた。今後も積極的に患者参画型看護を
リテーション、31:P811-814,2003
実践し、患者の思いに沿った看護が提供できるよう
参考文献
に心がけていきたい。
1 )小島操子:喪失と悲観―危機のプロセスと看護
引用文献
の働きかけ、看護学雑誌50
(10),1986
1 )小松浩子:成人看護学総論、医学書院、P198,
2 )小島操子:危機理論発展の背景と危機モデル、
2002
看護研究21
(5),1988
2 )南雲直二:障害受容の相互作用論、総合リハビ
表1 看護実践経過 ∼フィンクの危機モデルに基づいて∼
転棟後
1日目
主観的情報
ICU 看護長へ
「ずっと死にたかった。
4日目 もう頑張れない。
」
客観的情報
アセスメント
ICU より転入
処置や手技に対し、不満訴えあり。
ICU 看護長より
本人は気分に波があることを自覚
しており、母親は転棟という環境
の変化に戸惑っていると。
8日目
病棟看護師へ
9日目 「死にたい…。」
10日目
「前向きに頑張る。
」
初めて病棟看護師へ悲観的な訴え
あり。
本人・家人・主治医・プライマリー
看護師(計7名)で面談実施。面談
の中で、主治医より「A君の場合は
一生かけてのリハビリになる。」と
病状について再度説明あり。
また本人より病棟内で話しやすい
人ができてきたと。
父親が後方病院へ見学に行く。
11日目
「死にたかった。
」
12日目
6/16以降看護師への不満の訴えは
聞かれなくなる。
死にたいとは思うけど、 「死にたい」という言葉は変わらず
前よりは思わなくなっ 出ることもあるが、訴える時の表
19日目 た。一つだけ分かった 情が穏やかになってきている。
ことがある。もう元に
は戻らない。」
「やっと病棟に慣れたの 6/30 に転院決定。
に、また環境が変わる
23日目 のが不安。」
15日目
「いけないって分かって
24日目 いるけど、どうしても
あたっちゃう。」
「前に進んでいくよ。
」
25日目
「 色ん な人に 支え ても
28日目 らった。みんなのため
に頑張るよ」
29日目
環境や生活スタイルの変化につい
ていけないことに反発や不満あり。
転入後1週間ほどは ICU 看護師に
しか内面的訴えはせず、病棟看護
師には処置や手技に対する不満の
み訴える事から、環境の変化にま
だ対応できていないと考える。
少しずつ病棟にも慣れてきたか?こ
れをきっかけに少しずつ思いを表出
できるように関わっていきたい。
自分の現状を再度説明してもらう
ことで今後のリハビリなどの目安
になり、目標を立てやすい。
実 践
ICU 看護師からも情報収集
を行い、スケジュールやケ
ア方法を明確にし、誰が受
け持っても統一した看護を
行えるようにした。
できるだけ本人の思いに
沿った看護が行えるよう、
その都度タイムスケジュー
ルやケア方法を検討し、修
正する。
主治医を交えての面談を
計画する。
面談実施
受容過程
防
御
的
退
行
期
面談をきっかけに病状について再
認識し、前向きな発言が聴かれる
ようになった。
過去形の発言になっており、前向
きな発言も出てきていることから、
徐々に障害を受容し始めている。
病棟の看護師にも慣れてきている。
不可逆性の変化であることも認識
してきている。
転院による環境の変化に対し、不
安訴えあり。
6/16以降母親への不満を強く訴え
るようになる。
病棟の看護師にも慣れ、当たり所
が看護師から母親へ移行している。
自主的にパソコンの操作訓練を始
める。
転院に対する不安より、転院する
ことで良い変化があるのではない
かという期待感のほうが大きく
なってきている印象。
周囲に目を向けられるようになり、
初めてありがたかったという気持
ちになっている。
後方病院へ転院。
− 88 −
不安なく転院できるよう
訴え傾聴していく。
後方病院のホームページ
などを見てもらいイメー
ジしやすくした。
本人の意向に沿えるよう、
病棟でのパソコン訓練を
続けていく。
承
認
期
適
応
期
活動報告
Field activities
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
活動報告
メディカルバースセンター開設後の現状と今後の課題
周産期センター・メディカルバースセンターめばえ 宮木 良美、新田 京子、芹沢麻里子
【要 旨】 近年、院内助産院を開設する病院が増加する中で、浜松医療センターも平成21年 4 月にメディ
カルバースセンターを開設した。開設から 1 年間の現状と今後の課題を報告する。
【キーワード】 メディカルバースセンター、オープンシステム、チーム健診
はじめに
判定となった症例は27例、分娩開始後もローリスク
当院では正常な妊娠、分娩、産褥を取り扱うメ
の症例は196例あった。受診経路と分娩は、図 1 に
ディカルバースセンター(以下バースセンター)を
示した通り直接来院が最も多く144例60%を占めて
平成21年4月に開設した。ハイリスク症例を取り扱
いた。
う周産期センター(MFICU,NICU)と小児科病棟
が同じフロアに位置し、より充実した診療が行える
ようになった。また、当院の特徴としてはバースセ
ンターでも新人助産師を含めたチーム健診を行って
いること、産科オープンシステムの分娩を行ってい
ることがあげられる。
目 的
バースセンターにおいて、妊産婦にとって安心安
図1 受診経路
全な医療が行われているかを評価し、今後の課題を
検討することを目的とした。
オープンシステムの利用が、69例29%あった。分
娩の内訳は図 2 に示した通り、MFICU適応となった
方 法
44例のうち30例が経膣分娩、14例が帝王切開であっ
平成21年 4 月 1 日∼平成22年 3 月31日の間に当院
た。バースセンター分娩196例のうち192例80%が正
で分娩となった1,145例のうちバースセンターでの分
常分娩、鉗子分娩が 2 例、吸引分娩、帝王切開がそ
娩予約および助産師外来を受診した240例を対象と
れぞれ 1 例であった。
した。バースセンターでの分娩予約は妊娠22週頃、
医師によるローリスク判定の後行われている。オー
プンシステムの症例は妊33週までに当院でローリス
ク判定を行い、以後当院で健診を行っている。
結 果
バースセンター分娩予約および助産師外来受診し
た240例のうち、ローリスク判定後、妊娠経過中に
ローリスク判定から逸脱した症例は17例、妊娠経過
中ローリスクは223例あった。入院後、ハイリスク
図2 分娩の内訳
− 90 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
妊娠中にローリスク判定から逸脱した症例は17例
で、子宮内胎児発育不全、骨盤位がそれぞれ3例で
それ以外は図3に示した通りであった。
図5 バースセンター分娩196例の会陰部創傷の内訳
(帝王切開 1 例を含む)
医療介入の必要性についてバースセンター分娩の
うち分娩前に医療介入が必要となったのは、陣痛促
進で33例あった。分娩後に医療介入が必要となった
図3 妊娠経過中にローリスク判定から逸脱
のは、会陰部の縫合がほとんどだった。他に弛緩出
17例の内訳
血が数例あり医療介入が必要であった。
分娩開始後にハイリスクに移行した症例は、図 4
考 察
に示した通りMFICU症例44例のうち27例で、予定日
今回の調査から、助産師が中心になったチーム健
超過が15例55%と半数以上を占め、次いで発熱が4
診が行なっても、適切な時期に異常を発見し、適宜
例14%であった。
医療介入を行うことができている。当院では予定日
超過の場合、主治医の判断で分娩方針を決定してい
るため、予定日超過によるMFICUへの移行が多いと
考えられる。助産診断や超音波技術を高め、胎児
well-beingを診断できれば、医師の介入は減少でき
ると考えられる。会陰裂傷は過去の当院のデータよ
り減少しているが、助産技術が向上させることで、
より減少できると考えられる。さらに、産科オープ
ンシステムだけでなく、助産院オープンシステムも
めざし、これからも、安心安全な周産期を提供し、
妊産婦にとって魅力のある施設を目指していきた
い。また、定期的なエコー勉強会の開催や、助産師
図4 入院後にハイリスク判定 27例の内訳
クリニカルラダーの作成をし、周産期をトータルで
みることができる助産師の育成をしていきたい。
バースセンター分娩196例の会陰部創傷の内訳は
図 5 に示した通り、会陰裂傷のない症例は19例10%
文 献
( 1 例は帝王切開を含む)、Ⅰ度裂傷は56例29%、
1 )中根直子:「チーム健診」とはどのようなシス
Ⅱ度以上の裂傷は96例48%、会陰切開は25例13%で
テムか、助産雑誌、62
(3). p198-202, 2008.
あった。
2 )村上睦子:日本赤十字社医療センターでの助産
外来の歩み、助産雑誌、62(3),p194-197, 2008.
− 91 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
活動報告
小児救急看護認定看護師としての活動報告と今後の課題
看護部 齋藤 香澄
【要 旨】 認定看護師は、日本看護協会の資格認定制度によって認定される。そのなかでも、小児救急
看護認定看護師には、少子・核家族化する小児育児環境の中で社会問題となっている小児の
救急において役割を発揮することが期待されている。活動の場は院内から院外まで幅広く、
他職種・他部署との連携が必要となる。小児救急の医療現場において、救急外来は援助の必
要度が高い家族をいち早く見出せる場であり、医療者の適切な対応は小児とその家族の安心
につながる。今回救急外来受診者の統計解析と小児患者に関する勉強会を行うことにより、
救急外来スタッフの小児看護の知識や技術の習得、小児患者とその家族の特徴や現状の把握
ができ、提供する援助の向上が期待できた。
【キーワード】 小児救急看護認定看護師、小児救急医療、小児看護、救急外来
はじめに
に小児救急看護に関する勉強会を実施した。
成人患者と小児患者が混在する救急外来は、主に
成人患者が大半を占めるため、小児患者向けの環境
結 果
の整備がなされていない事が多い。また、医療ス
1 .平成21年度救急外来小児患者統計調査
タッフにおいても小児看護や小児救急などの専門知
識を持っている者は少なく、苦手意識を持っている
者が存在する。当院における救急外来の小児患者の
来院の統計はとられたことがなく、実際の来院状況
は漠然としたものであった。そこで今回、小児救急
看護認定看護師の活動の一環として救急外来を訪れ
る小児患者の統計調査と看護スタッフの勉強会を実
図1 時間外救急外来受診者数:小児患者と成人患
施したためここに報告する。
者の比較(年間受診者総数:14750名)
目 的
救急外来を訪れる小児患者の調査を行うことによ
時間外救急外来受診者数:小児患者は全体の約19
り、当院の救急外来における小児患者の来院状況を
%を占めていた(図 1 )。
把握し、医療スタッフ間で共有する。スタッフの小
児看護に関わる知識と技術の向上をはかる。
なかでも年少であるほど受診者数、入院例ともに
多く、就学前までの時期にある小児に集中しているこ
方 法
とがわかる(図 2 )。また、小児病棟への入院経路も
1 .平成21年時間外救急外来受診者数を小児患者と
救急外来からが全体の約 3 割を占めている(図 3 )。
成人患者で比較し、さらに年齢別に解析した。
又入院患者数と入院経路についても調査した。
2 .院内、院外で小児に関わる医療スタッフを対象
− 92 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
表1 勉強会参加者数
小児 その他の
院外より 合計
病棟より 部署より
参加者の職種
1)
17名
19名
2名
38名 看護師、看護学生
2)
9名
27名
8名
44名 看護師、保育士
3)
11名
22名
7名
40名 看護師、医師、研修医
4)
6名
9名
0名
15名
その他の部署からは、救
命救急センター看護師
図2 年齢別救急外来受診患者数と入院患者数
(患者総数:2782名 入院患者数:303名
(10.1%))
参加者の声(一部より抜粋)
・小児救急に関する内容の勉強会は、なかなか開催
されていないため良い機会になった。
・実際に小児の人形を使用して実技を行うことで、
蘇生を体験できてよかった。
・何気ないこどもの行動から事故が起こっているこ
とが分かり、予防の大切さを実感した。
・実際に働いていると、その場の看護が一番になっ
てしまい、母親の気持ちや帰宅後の指導を行うこ
とまではなかなかできていないが、指導をするこ
とで家族の不安の軽減や不必要な受診の軽減にも
つながることが分かった。
図3 小児病棟入院経路の内訳(患者総数:945 名)
・虐待に関する勉強会に参加し、虐待を身近に感じ
た。実際の写真などを見ると、高いアンテナを持
2 .院内、院外で小児に関わる医療スタッフを対象
ち、こどもと母親も守っていかないといけないと
にした小児救急看護に関する勉強会の実施
感じた。
・不安な家族に安心して帰宅できるように援助する
院外にもWeeklyへの掲載、看護学校に開催の要綱
を配布するなどして開催を通知した。
ことが大切だとわかった。
・成人と小児の違いを改めて理解できた。
1 )平成22年10月26日(火)
小児の事故と事故予防∼成長発達段階を踏まえた
考察・今後の課題
事故予防について∼
今回、救急外来における小児患者の来院状況の統
2 )平成22年11月29日(月)
計を行うことで現状を把握することができた。病院
小児の心肺蘇生法∼成人と小児の違い、実際の手
を訪れる約 9 割が軽症で帰宅していることより、そ
技について∼
の中には受診の必要がなかったケースが存在すると
3 )平成22年12月13日(月)
考えられる。ただし吉野らは「初期対応指導は受診
小児虐待∼虐待の種類、特徴、対応について∼
抑制のために行うのではなく、子どもが家庭内で適
4 )平成23年 1 月18日(火)
切なケアを受けられ、安全で安心な環境で生活でき
救急外来における小児救急看護
るように行うものであることを忘れてはならない」2)
としている。救急外来という限られた時間内でも指
導を行う必要があるため、初期対応パンフレットを
今まで以上に有効に活用できるように使用方法を明
− 93 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
確にする必要がある。
また、残りの 1 割程度の救急外来から入院する患
児や家族には、入院という環境の変化、生活スタイ
ルの変化など様々な不安があると考えられる。その
ため、患児やその家族には救急外来での医療スタッ
フの関わりだけでなく、病棟看護師やその他の職種
による関わりも必要になる。
小児救急看護は、在宅から院内まで幅広い様々な
知識を必要とする。しかし、当院のように成人に混
じって小児が受診するという形態をとっている救急
外来では、スタッフが多くの場合、小児看護が専門
でなく、子どもへの対応にとまどったり、不安を感
じたりしていることが指摘されている3)小児に関わ
る医療スタッフに対して認定看護師として今回勉強
会を実施したことは、小児救急看護という分野を
知ってもらい、小児救急看護の特徴や実態に関する
知識を得てもらう場を提供できたと考えられる。こ
どもが体調を崩したり、ケガをしたりすることは、
本人だけでなく家族にとっても辛いできごとであ
り、さまざまな不安を感じていることが予測でき
る。そのため、小児に関わる医療スタッフは正しい
知識を持ち、こどもの健やかな成長発達の支援がで
きることが望ましい。今後も 院内スタッフの小児看
護技術の質の向上につながる、実践に役立てられる
内容の勉強会の開催ができるようにしていきたい。
文 献
1 )筒井真優美:小児看護学子どもと家族が示す行
動への判断とケア、筒井真優美.日総研;
2010.P34.
2 )吉野広美:小児救急における家族への初期対応
指導.小児看護.2009;Vol.32:P910.
3 )市川光太郎:小児救急看護マニュアル、日沼千
尋.中外医学社;2006.P.4-5.
− 94 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
活動報告
外来化学療法室での看護師による血管確保の試み
∼患者サービスと医師業務負担軽減の視点から∼
看護部 神谷 智子、
深見 睦子
【要 旨】 当院の外来化学療法室では、平成22年 4 月の増設に伴い看護師による血管確保を試みた。そ
の結果、一定の知識と技術を持った看護師ならば、安全に化学療法の血管確保が行えること
が示唆された。さらに、患者待ち時間の減少による患者負担の減少、医師の業務負担の軽減
が図れるという利点もあった。
【キーワード】 外来化学療法 血管確保 看護師の役割
はじめに
伴い、すべての患者の対応が不可能になったため、
平成19年 6 月にがん対策推進基本計画で、すべて
平成22年 4 月より13床に増床になった。
の拠点病院において、5 年以内に、放射線療法及び
外来化学療法を実施できる体制を整備する1)と策定
されて以来、がん化学療法は急速に外来へと移行し
てきている。がん化学療法において、薬剤の投与を
実施する看護師は、薬効を損なうことなく安全に確
実に投与する責任を担っている。当院外来化学療法
室では、現在、月間平均300件の化学療法を主に看
護師が管理している。以前は、安全上の理由で、医
師が血管確保を外来診療の合間に実施していた。し
かし、穿刺待ち時間の発生、外来診療待ち時間の延
長が問題となっていた。これらの問題を解決するた
めに、平成22年 4 月から看護師による血管確保を試
図1 化学療法加算取得件数
みた。この取組みの結果、患者待ち時間が短縮し、
スムーズな化学療法の実施及び医師負担の軽減を図
増床前の化学療法室(以下旧化療室)は、主治医
れたため報告する。
が外来診療を抜けて穿刺に来なければならなかった
ため、化学療法を受ける患者の穿刺待ち時間の発生
背 景
と、外来診察待ち時間の延長が問題点となってい
平成21年 4 月から平成23年 1 月までの当院の外来
た。旧化療室で患者入室から穿刺までの時間は平均
化学療法室における化学療法加算取得件数を図 1 に
17分で、20分以上穿刺待ちした患者が32%を占めて
示す。平成22年 4 月に新化療室がオープンするのを
いた(図 2 )。その中には60分以上待たせてしまっ
境に月平均180件から、月平均300件へ増加してい
たケースもあった。さらに、化学療法後、仕事へ行
る。
く予定の患者が仕事に間に合わないという事例も
当院の外来化学療法室は平成22年 3 月まで 5 床で
あった。また、多くの患者が化学療法室訪室以前に
稼働していた。しかし、外来化学療法件数の増加に
1 時間以上診察待ちをしている現状があり、患者に
− 95 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
とって診察や治療以外でのロスタイムが多く発生し
からは「病院に拘束される時間が減りました。ここ
ていた。また、化療室での穿刺待ち時間の発生以外
の看護師さんはみんな点滴が上手だから助かりま
にも、化療患者を多く担当している医師の外来ほど
す」、「先生が忙しそうだから自分のためにわざわ
外来診察待ち時間が増加していたことや医師が旧化
ざ来てもらうのは申しわけなかった。」、「針を刺
療室と診察室との往復することにより肉体的負担が
してもらうのは先生でも看護師さんでもどっちでも
かかるという問題もあった。そのため、増床を機
いい」といった声がきかれ、看護師穿刺に関する否
に、これらの問題を改善すべく取り組みを始めた。
定的な意見は聞かれていない。さらに、医師よりは
「外来日の肉体的負担がへった。看護師に任せるこ
とに不安はない」と評価された。
考 察
平成14年に厚生労働省は、看護師による静脈注射
の実施を正式に認めたのを受けて日本看護協会は平
成15年 4 月に「静脈注射の実施に関する指針」を作成
した。この中で看護師による静脈注射による実施範
囲についての基本的な考え方をレベル 1 からレベル
4 までの 4 分類として示している(表 1 )。
図2 旧化療室での穿刺待ち時間
表1 日本看護協会静脈注射に関する指針
方 法
看護師による静脈注射の実施範囲
看護師穿刺に向けての取り組みは、平成21年12月
レベル 1
臨時応急の手当てとして看護師が実施することができる
レベル 2
医師の指示に基づき、看護師が実施することができる
「看護師による化学療法の静脈穿刺のための要望
書」を提出したところから開始した。平成22年 1 月
に「化学療法」「ポートからの化学療法」の看護手
医師の指示に基づき、一定以上の臨床経験を有し、かつ、
順を作成し、2 月に新外来化学療法室ワーキンググ
レベル 3
専門の教育を受けた看護師のみが実施することができる
ループ会議で静脈穿刺は診療の介助であるという解
レベル 4
釈のもと看護師による穿刺が承認された。3 月に、
看護師は実施しない
外来看護師に向けて「化学療法における安全な血管
穿刺と投与管理」についての勉強会を実施し、勉強
化学療法を安全に実施するうえで、抗がん剤投与
会を受講した者、及びがん化学療法認定看護師から
時の血管外漏出は最も避けなければならない有害事
直接指導を受けた者だけが血管確保を実施できるこ
象であることから、抗がん剤等、細胞毒性の強い薬
ととした。それらの経過を経て、4 月の新外来化学
物の静脈注射、点滴静脈注射は、看護協会が示した
療法室オープンと同時に看護師穿刺を開始した。
実施範囲のレベル 3 に該当しており、すべての看護
師が行えるのではなく、より慎重に行わなければい
結 果
けない行為レベルだと解釈できる。しかし、血管外
平成22年 4 月から12月の新外来化学療法室での穿
漏出をゼロにすることは不可能とも言われており、
刺待ち時間は、全例10分以内であった。穿刺困難時
外来化学療法看護ガイドラインで示されている壊死
の医師の呼びだし件数は0件であった。血管外漏出
性の抗がん剤の血管外漏出の頻度は0.1∼6.5%2)であ
は 8 件発生した。血管外漏出のうち処置が必要なも
る。当院の平成22年度の血管外漏出が 8 件(0.3%)
のは 2 件で、いずれもポートトラブルであった。幸
であったが、当院の0.3%は壊死性、炎症性、非炎症
い速やかに対応でき、大事には至らなかった。患者
性すべてを含めた抗がん剤による血管外漏出の頻度
− 96 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
であり、頻度は少ないといえる。日本看護協会は看
文 献
護師が静脈注射を実施する場合は、施設としての基
1 )厚生労働省ホームページwww. mhlw. go. jp/
準や手順を整備する必要がある3)と述べている。当
shingi/2007/06/s0615-1.html(2011/6/25アク
院も化学療法薬の看護師穿刺の確立までに、看護部
セス)
や医師と調整を行い、看護手順の変更をはじめ、穿
2 )外来がん化学療法看護ガイドライン.聖路加看
刺血管の選択やデバイスの選択、血管外漏出の観
護大学がん化学療法看護ワーキンググループ
察、対応、予防を周知徹底できたことが成功の鍵と
編.金原出版;2009.31.
なったといえる。また、この結果より、一定の知識
3 )日本看護協会ホームページ:静脈注射に関する
や技術を持った看護師ならば、安全に化学療法の血
指針
管確保・管理を行うことができるということが証明
http://www. nurse. or. jp/home/opinion/
された。さらには、穿刺のために医師を待つ必要が
newsrelease/2008pdf/jyomyaku. pdf(2011/07/
なく、患者の待ち時間を減らすことができた。それ
08アクセス)
が、患者負担の減少につながり、患者サービス向上
へも貢献できた。また、看護師が責任もって、穿刺
から管理を行うことで、医師の外来と化療室までの
動線を減らし、肉体的負担を軽減させ、外来診療に
集中できる環境を提供できたといえる。
結 語
一定の知識や技術を持った看護師による血管確保
は安全であり、患者の負担軽減、医師の業務負担軽
減においても効果的である。
おわりに
今回の看護師による化学療法の血管確保の導入
は、一歩誤ると大きな事故につながる責任を伴う行
為でもあり、大きな挑戦であった。しかし、患者の
負担を思うと、看護師の能力をもっと活用すべきと
考え、この取り組みを行った。実際化学療法の血管
確保を行っている看護師は、以前より、責任を重く
感じて業務に臨んでいる。しかし、それがモチベー
ションの向上にもつながっていると感じている。今
後も専門職として、業務の拡大や裁量権の拡大をめ
ざしていく必要があると考える。外来化学療法室の
課題としては、新規レジメンや新規抗がん剤の採用
に対応できるよう、スタッフ一同さらにスキルアッ
プをめざし、外来でも安全に化学療法が行える体制
を整備していきたいと思う。さらに、多くの患者が
化学療法を施行できる効率化をはかることや、がん
化学療法に関する加算を算定することで経営への貢
献を目指したいと考えている。
− 97 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
活動報告
当院救急外来におけるトリアージ用紙の検討と今後の課題
救命救急センター 伊藤江里子、
齋藤 恵子、 山口 恵子、 河合 裕子、 笠原 真弓
【要 旨】 当院は、2008年 5 月よりトリアージナースを救急外来へ配置した。トリアージナースの目的
は、受診に来た患者の中から緊急性が高く、優先的に治療が必要となる患者を抽出すること
にある。また、トリアージの過程において、記録用紙が非常に重要となる。当院の救急外来
は、トリアージ開始から現在に至るまでに電子カルテが導入され、トリアージ時に使用する
記録用紙を手書きから電子入力へ変更した。しかし、活字が並んで読みにくい、緊急性が伝
わりにくいなどの意見が聞かれ、再度手書き用紙へ戻すことになった。
今回、トリアージナースが書きやすく、他のスタッフが読みやすい記録用紙を目指すため、
改訂したトリアージ用紙について検討した。
【キーワード】 トリアージ、電子カルテ、記録用紙
はじめに
方 法
当院は、2008年 5 月より救急外来へトリアージ
対 象:トリアージ用紙と手書きのトリアージ用紙
ナースを配置し、独歩来院した患者に対してトリ
を使用したことがある医師20名、看護師22
アージを実施している。導入当初のトリアージ用紙
名を対象とした。
は、手書き用紙を使用していた。しかし、2009年 6
月より外来部門に電子カルテが導入され、トリアー
方 法:トリアージ用紙と手書きのトリアージ用紙
ジ用紙も電子入力したものを出力して閲覧してい
に関するアンケート調査を実施した。
た。電子入力へ変更後、医師より「全てが印字で記
倫理的配慮:対象者に研究目的および研究目的以外
載されているため内容が読みにくく、緊急性が伝わ
には使用しないこと、賛同できなければ断
りにくい。」という意見が聞かれた。そこで、文字
わることができる旨を説明し、口頭で同意
の大きささやレイアウトを修正し、看護師が入力し
を得た。
た内容は下線を挿入するなどの工夫をしたが、効果
を得ることができなかった。そのため、同年12月よ
結 果
り内容を一部改定し、手書きのトリアージ用紙へ変
手書きのトリアージ用紙に変更したことでトリ
更した。 アージ区分が見やすくなったと回答したのは、医師
今回、トリアージ用紙を改定したことが緊急性を
が15名(75%)、看護師が17名(78%)であった。
伝えるために有用であったかを検討したので、ここ
また、緊急性がわかりやすくなったと回答したの
に報告する。
は、医師が18名(90%)、看護師が20名(91%)で
あった。
研究目的
具体的な意見として、電子入力したトリアージ用
改訂したトリアージ用紙が、電子入力と比較して
紙は、すべて印字で一目ではわかりにくい、トリ
緊急性を伝えるために有用であったか否かを検討す
アージ区分が目立たない、フォーマットの部分と入
る。
力した部分の違いがわかりにくいといったものが
あった。手書き用紙については手書きなので強調し
− 98 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
たいポイントが自由に表現され、わかりやすい、全
体にすっきりしていて見やすい、スペースがつまっ
ていて見にくいなどの意見があった。
考 察
電子入力したトリアージ用紙は、文字の大きさを
工夫しても手書き用紙と比較してトリアージ区分が
目立たず、緊急性が伝わりにくかった。これは、電
子入力の利点である印字の読みやすさが緊急性を伝
える際には欠点となってしまい、内容を迅速かつ適
確に伝えることができず、トリアージ本来の目的を
果たせていなかったと考える。それに対し、現在使
用している手書きのトリアージ用紙は、トリアージ
ナースが記録した患者状態やトリアージ区分が目に
入り易くなったため、内容を伝達する手段として有
効なものとなった。手書きは、重要な内容を記録す
る際に字の大きさを変えたり、記号を入れたりと自
由に強調させることができ、緊急性が高いことを伝
える時に効果的な手段であると考えた。
これらのことから、トリアージ用紙を手書きに変
更したことは、患者の緊急性を伝えるために有用で
あったと考える。しかし、アンケートの中には、
「トリアージ区分をカラー表示できると、より緊急
性を感じられる。」という意見も見られた。即応は
システムの関係上困難であるが、文字の大きさやレ
イアウトなどの工夫・看護師の記録方法の統一など
を検討し、『緊急性を伝えやすい』トリアージ用紙
を作成していく必要があると考えた。
文 献
1 )奥寺敬 編著:救急外来トリアージ実践マニュア
ル,メディカ出版,2010
− 99 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
− 100 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
− 101 −
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− 102 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
活動報告
救命救急センターにおける体圧分散マットレス選択の現状
∼統一したマットレス選択基準の導入に向けての取り組み∼
看護部 細谷真由美、小田木智子
【要 旨】 救命救急センターでは、疾患名・年齢・意識レベルなど、救急外来からの少ない患者情報を
もとに患者の状態を予測して看護師がマットレスを準備している。治療や処置を優先的に考
えマットレスの準備をしても、特に褥瘡予防の視点では不十分であることが治療経過中に明
らかになることも多い。このため、誰もが同じ基準で患者に適したマットレスを選択できる
スケールの導入が必要であると考え、取り組みを開始した。
【キーワード】 体圧分散マットレス、褥瘡予防紙
はじめに
方法: 1 .マットレスを選択した理由を、選択方式
救命救急センターに入院する患者の多くは、循環
で記載できる質問紙を用いてアンケート
動態が不安定、治療のために安静臥床が必要などの
を実施する
理由から褥瘡が発生するリスクが高く、その予防が
2 .回収したアンケートを単純集計する
重要となる。現在、褥瘡予防対策の一つとして体圧
3 .アンケート結果から体圧分散機能がない
分散マットレスが使用されている。一方、経過中に
マットレスが患者の状態に合っていると
体圧分散マットレスへの変更を余儀なくされること
判断した事例をOHスケール(①自力体
もあり、この場合は、多くの医療機器を装着した患
位変換能力、②病的骨突出、③浮腫、④
者にとって様々なリスクも伴う。従って、自由に身
関節拘縮の 4 項目を点数化した褥瘡発生
体を動かすことができない患者が多い救命救急セン
予測スケール)にあてはめ、マットレス
ターでは、入院時から褥瘡発症の可能性を考慮した
の選択が適切であったか評価する。
マットレス選択が重要であると考えられる。
倫理的配慮:救命救急センターで勤務する看護師全
今回、マットレスの選択基準の統一試案を作成
員に口頭と文書を用いて本研究の目
し、入院時からの適切なマットレス選択の取り組み
的・方法を説明し、研究協力依頼を
を始めることとなり、これを報告する。
行った。個人情報の厳守、得られた
データは本研究以外に使用しないこ
目 的
と、参加中断の自由を保証し、自由意
緊急入院患者を担当した看護師のマットレスの選
志で承諾を得られた者を研究参加者と
択方法の現状を把握し、適切な選択が可能となる指
した。
針を明らかにする。
結 果
方 法
研究期間中に36名の看護師が緊急入院を担当し、
期間:2010年〇月△日∼46日間
入院患者数は111例であった。アンケートの回収率
対象:救命救急センターで緊急入院患者を担当し
は100%であった。入院時のマットレスの選択理由
た看護師
は、「患者の状態に合っている」71例(64%)、
− 103 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
「その場所にあった」18例(16%)、「使用したい
看護師は、少ない情報から患者の状態を予測して
マットレスが使用中であった」3 例(3%)、「脳神
マットレスを選択したと考える。しかし、「その場
経外科・循環器科の患者だから」9例(8%)、「そ
所にあった」、「脳神経外科・循環器科の患者だか
の他」9 例( 8 %)だった。(表 1 )その他の理由
ら」という理由もあり、患者に適したマットレス選
として、「翌日転棟もしくは退院する予定が入って
択がされていない現状があった。これは、治療や処
いた」があった。
置を優先し、褥瘡予防の視点でマットレスを選択し
ていない状況があったことが考えられる。
表1 マットレス選択理由
褥瘡予防の基本の一つは除圧・減圧であり、適切
な体圧分散マットレスを選択し、使用することが重
要である。看護師が「患者に適している」と判断し
て体圧分散機能がないマットレスを選択した71例
(64 %)をOHスケールに当てはめて評価した結
果、53%が褥瘡発生危険要因軽度もしくは中等度に
該当し、何らかの体圧分散マットレスを必要とする
状態だった。この結果から、入院時の患者情報をも
とに看護師が患者の状態を予測しても、患者に適し
「患者の状態に合っている」と判断した71例のう
たマットレス選択が不十分であったことがわかる。
ち、体圧分散機能がないマットレスを選択した34例
よって、疾患名・年齢・意識レベルなどの情報だけ
をOHスケールに当てはめると、16例(47%)が褥
でなく、患者の可動性、骨突出や浮腫の有無などの
瘡発生危険要因なしに該当し、マットレスを適切に
褥瘡危険要因における情報提供が必要であり、誰も
選択することができていた。しかし、15例(44%)
が同じ基準で患者に適したマットレスを選択できる
が褥瘡発生危険要因軽度、3 例( 9 %)が褥瘡発生危
スケールの導入が必要である。
険要因中等度であり、計18例(53%)がなんらかの体
体圧分散マットレスの選択方法として、大浦は
圧分散マットレスを必要とする状態だった。(図 1 )
「体圧分散マットレスを選ぶ際に、まず患者が褥瘡
実際、褥瘡が発生した事例はなかった。
危険要因をどの程度保有しているかによりランクづ
けを行い、褥瘡危険要因の程度により体圧分散マッ
トレスを薦める。“軽度”であれば体圧分散マット
レスも低・中機能は汎用タイプのもので十分であ
る。“中程度、高度”であれば高機能マットレスを
最初から用いるべきである。このように、患者の危
険要因保有の程度と体圧分散マットレス機能を考慮
して選ぶことが基本となる。」1)と述べている。体
圧分散マットレスの数に限りがある現状では、褥瘡
危険要因の程度を把握することは、体圧分散マット
図1 OHスケールに当てはめた結果
レスを有効に活用するためにも必要と考える。
O H スケールは、自力体位変換能力、病的骨突
考 察
出、浮腫、関節拘縮の 4 項目を点数化し、0 点から
救命救急センターでは、疾患名・年齢・意識レベ
10点の範囲で点数が高いものほど、リスクが高いと
ルなど、救急外来からの少ない患者情報から入院時
され、長期・慢性期疾患によく適合するスケールで
のマットレスを準備している。入院時のマットレス
ある。OHスケールの長所は、危険要因が個体要因
を「患者の状態に合っている」と判断して選択した
のみで、項目が 4 項目と少ないところである。その
− 104 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
ため、誰にでも短時間で確実に分類ができ、リスク
も言及している褥瘡ハイリスク患者ケア加算の項目
に応じたマットレスを即座に選択することができ
をこれに新たに追加し、救命救急センターに入院す
る。短時間でのマットレス選択が必要とされる救命
る全ての患者に対応できるような独自のマットレス
救急センターでの使用も可能ではある。しかし、宮
選択表を考案した。(図 2 )今後、このスケールの
地らは救急の現場では「褥瘡予防を行っていても、
有用性を検討したいと考える。
不可抗力的に褥瘡発生を経験する。例えば身体状態
が重症で、リスク除去が困難な場合であり、褥瘡発
文 献
生ハイリスクは抽出できても、予防ケアが奏功しな
1 ) 大浦武彦:わかりやすい褥瘡予防・治療ガイド
2)
いことがある。」 と述べている。このように、救
褥瘡になりやすい人、なりにくい人、P83、照
命救急センターに入院するCPA(cardio pulmonary
林社、2002.
arrest)蘇生後・多発外傷・熱傷などの患者について
2 )宮地良樹 真田弘美:よくわかって役に立つ は、OHスケールだけでは褥瘡発生の予測は不十分
新・褥瘡のすべて、P25、永井書店、2006.
であると考えられる。そこで、急性期の患者評価に
図2 救命救急センター独自で作成したマットレス選択表
− 105 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
活動報告
臨床工学技士の業務 ∼血液浄化及び透析液水質確保加算について∼
臨床工学科 柳田 仁
【要 旨】 臨床工学技士の業務は多岐に渡るが、そのうち当院での血液浄化関連の業務の説明と、平成
22年度より保険加算できるようになった透析液水質確保加算についての報告。
【キーワード】 臨床工学技士、血液透析、特殊血液浄化、透析液水質確保加算
はじめに
○特殊血液浄化
当院での血液浄化関連の臨床工学技士の業務は、
透析室・ICU・CCU等での血液透析、特殊血液浄
表1
化、透析液水質管理、血液浄化関連機器・物品の管
理、等々、臨床業務から機器の修理・調整なども含
め、多岐に渡る。特殊血液浄化などは緊急性を要す
るものも多いため、時間・場所を問わず行われてお
り、それに伴う機器・物品の手配等も臨床工学技士
が行っている。
それらのうち、当院で臨床工学技士が行ってい
る、主な血液浄化の簡単な説明と、平成22年度から
保険加算出来るようになった透析液水質確保加算に
ついての報告を行う。
当院で行っている主な血液浄化
・顆粒球吸着除去(granulocyte apheresis:G-CAP)
○血液透析
潰瘍性大腸炎・クローン病の治療で行われる。病
当院の透析室には33床のベッドがあり、月・水・
因物質であると考えられる、活性化された顆粒球の
金は昼間と夜間の 2 クール、火・木・土は昼間の 1
不活化及び吸着除去を行う。(平成20年度:39件、
クールで血液透析を行っている。平成20年度の血液
平成21年度:61件、診療点数:2,000点、特定保健医
透析件数は10,776件であった。近年は患者の高齢
療材料価格:120,000円1))
化、及びそれに伴う合併症の増加などが目立ってき
ている。
・白血球吸着除去(leukocyt apheresis:L-CAP)
人工呼吸器等を装着中で移動が出来ない患者の場
潰瘍性大腸炎及び、リューマチの治療で行われ
合等は、ICU・CCU・病棟で血液透析を行ってい
る。炎症に悪影響を及ぼすとされる活性化白血球・
る。透析室以外で血液透析を行った平成20年度の件
血小板を吸着除去する。(平成20年度:72件、平成
数は149件であった。平均すると週に三日はどこか
21年度:82件、診療点数:2,000点、特定保健医療材
の病棟で血液透析を行っていた計算になる。(通常
料価格:120,000円1))
の 4 時間透析の診療点数:2,235点1))
− 106 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
・エンドトキシン吸着(direct hemoperfusion:
と時間をかけて行う。透析液を使用しないため、装
DHP、の一種)
置が小さく、体外循環血液量も少なく、場所も選ば
敗血症性ショックによる不安定な循環動態の改善
ないといった利点がある。(診療点数:1,990点、特
を図るために行われる。血液中のエンドトキシンを
定保健医療材料価格:25,800円1))
体外循環によって吸着除去する。(平成20年度:17
件、平成21年度: 7 件、診療点数:2,000点、特定保
・末梢血幹細胞採取(Peripheral Blood Stem Cell
健医療材料価格:347,000円1))
Harvest:PBSCH)・骨髄濃縮(bone marrow
processing:BMP)
・血漿交換(plasma exchange:PE)
遠心分離を利用した血液成分分離装置を使用し、
自己免疫疾患等の治療で行われる。血漿中の病因
末梢血幹細胞採取、骨髄濃縮等を行う。(診療点
関連物質を除去するため、患者の血漿を血漿製剤と
数:同種移植・19,200点、自家移植・15,000点1))
置換する。(診療点数:4,200点、特定保健医療材料
価格:28,300円1))
・腹水濾過濃縮再静注法
癌・肝疾患等に起因して貯留する、難治性腹水に
・ 二重膜濾過血漿交換(d o u b l e
filtration
対して行う。腹水を体外に取り出して濾過濃縮し、
plasmapheresis:DFPP)
得られた自己タンパク溶液をアルブミン製剤等の代
血液を血球成分と血漿成分に分離し、更に血漿成
わりに患者に再静注する。(診療点数:2,810点、特
分中より病因関連物質を除去する。PEに比べ血漿製
定保健医療材料価格:62,400円1))
剤使用量を減らす事が出来ると言う利点がある。
(診療点数:4 , 2 0 0 点、特定保健医療材料価格:
1)
52,400円 )
透析液水質確保加算
血液透析では大量の透析液が使用される、そのた
め当院でも透析液の水質管理は臨床工学技士が行っ
・血漿吸着(plasma adsorption:PA)
ていたが、平成22年度より以下の要件を満たせば保
血漿分離器によって血球成分と血漿成分に分離
険加算請求出来るようになった。そのため当院でも
し、血漿成分を吸着筒に通すことにより病因物質を
要件を整え、保険請求を行うようになった。(透析
除去する。(診療点数:4,200点、特定保健医療材料
液水質確保加算:所定点数に10点を加算・毎回患者
価格:87,000円1))
一人につき10点を加算1))平成20年度の透析実績は
10,925件の為、109,250点が加算されたこととなる。
・持続的血液濾過透析
(continuous hemodiafiltration:
CHDF)
算定要件としては、
透析が必要であるが、循環動態が不安定で従来の
・月一回以上の水質検査(エンドトキシン・生菌数
血液透析が出来ない場合等に行われる。通常の血液
の定期的な採取・測定)を実施し、日本透析医学会
透析に比べ、低容量・低効率で、24時間止まること
の透析液水質基準(2008年版)を満たした透析液を
なく数日間続けて行う事が多い。(平成20年度:46
常に使用していること
件、平成21年度:27件、診療点数:1,990点、特定保
・専任の透析液安全管理者を一名配置していること
健医療材料価格:25,800円1))
・透析機器安全管理委員会を設置していること
であり、透析液水質基準としては、
・持続的緩徐型血液濾過(s l o w c o n t i n u o u s
・透析用水(透析に使用する逆浸透水等):細菌
ultrafiltration:SCUF)
数:100CFU/ml 未満、エンドトキシン:0.050EU/
循環動態が不安定な状態で、緩徐な除水のみを行
ml 未満
いたい場合等、透析は行わず、除水のみをゆっくり
・標準透析液:細菌数:100CFU/ml 未満、エンドト
− 107 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
キシン:0.050EU/ml 未満
となっている。
当院の透析用水及び透析液は、測定を始めてから
平成23年 6 月現在まで、水質基準を超えたことは一
度もない。
文 献
1 )杉本恵申、編集協力、診療点数早見表 2010年
4 月版:医学通信社;2010.
− 108 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
活動報告
腹部外科周術期における理学療法の関わり
リハビリテーション技術科 中神 孝幸
【要 旨】 当科では腹部外科手術症例に対して合併症予防を目的とした周術期理学療法を実施してい
る。術前からの介入では呼吸法や排痰法を指導し、術後は早期離床による合併症予防に努め
ている。早期離床により術後患者の多くが 5 日以内に歩行が自立し、理学療法の介入が終了
できる。しかしひとたび術後廃用症候群や呼吸器合併症を呈した症例に対しては、ADL訓練
や排痰や換気改善のための各種理学療法手技などを実施する必要がある。
【キーワード】 腹部外科、周術期理学療法、離床
はじめに
術後からの介入の依頼が多くを占めるが、低肺機
当科では2003年から腹部外科手術症例に対して合
能症例に対して術前からの呼吸理学療法依頼も増加
併症予防を目的とした周術期理学療法を実施してい
傾向にある。当院では、腹部外科手術患者のリハビ
る。術前からの介入が可能であれば呼吸法や排痰法
リテーション実施にて、呼吸器リハビリテーション
の指導を実施し、術後は早期離床に努め術後合併症
Ⅰ、20分を1単位として170点を算定している。呼吸
の発生予防を目的としている。近年、人口の高齢化
器リハビリテーション料は治療開始日から90日以内
に伴って以前は手術適応外と考えられていた高齢者
に限り算定可能である。また、治療開始日から30日
にまで拡大されており、術後は廃用症候群に陥りや
以内に限り、早期リハビリテーション科加算として
すい。そのため、早期離床とともにADL能力の獲得
45点が加算される。当院では主に、胃がん、肝臓が
まで視野に入れて理学療法を実施する必要がある。
ん、大腸がん、膵臓がん等の術前後の患者が対象と
今回、当科における周術期理学療法の実際について
なっている。
報告する。
術後理学療法の目的
リハビリテーション依頼とリハビリテーション料
術後理学療法の目的は、無気肺、肺炎等の肺合併
毎年外科からは400∼500件程度のリハビリテーショ
症の予防、血栓形成の防止、筋緊張緩和、体力の改
ン依頼があり全体の 2 割を占めている。(図 1 )
善など1)とされている。
術後(急性期)理学療法のEBM
腹部外科を含む術後呼吸理学療法の効果は未だに
科学的根拠が乏しいが、そのなかでも科学的根拠が
強い2)とされているものには、
①急性無気肺の改善に有効、②腹臥位による重症呼
吸不全やARDS患者の酸素化能を改善、③患側を上
側にした側臥位による片側肺病変患者の酸素化能改
善、④持続的体位変換による肺合併症の危険性を減
少、などがある。
図1
− 109 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
腹部外科手術が呼吸機能に与える影響
腹部外科手術侵襲が呼吸機能に与える影響として
は、機能的残気量(FRC)の低下、術後疼痛による
1回換気量の低下と咳嗽力の低下による分泌物の喀
出困難、横隔膜の挙上による胸郭コンプライアンス
の低下、気道内分泌物の貯留など3)が挙げられる。
これらが複合的に作用して術後呼吸器合併症が発症
する可能性がある。
周術期理学療法の適応
腹部外科手術を予定された患者で、術前呼吸機能
障害を有する患者は、可能な限り術前から理学療法
を行うことが望ましい。通常、%VCが80%以下、 1
秒率が70%以下を示す患者は術前低肺機能と診断さ
れ、術後の呼吸器合併症の発生頻度が高くなると報
告されている3)。また、長期の喫煙習慣のある患者
は、術前より喀痰喀出訓練、禁煙等の患者教育を含
めた理学療法を行うことが望ましい。さらに、高齢
者やADLが低下している患者は、術後、廃用症候群
図2
に陥りやすいため、術前の介入により手術に備える
体力、予備力を向上させる必要がある。術前から介
術後に横隔膜機能が低下することから、腹式呼吸
入する利点として、呼吸機能、ADLなど患者の状態
を習得する必要がある。腹式呼吸が随意的に困難な
を把握し、術後の離床への理解を事前に得ておくこ
患者に対しては、深呼吸を繰り返し行うよう指導を
とで、術後の理学療法を円滑に行うことが可能とな
行う。実際は、仰臥位にて片手を剣上突起部に、も
ることが挙げられる。また、これらの患者に対し術
う一方の手を腹部に乗せて腹部を押し上げるように
後早期よりスムースに理学療法介入できることによ
呼吸を行う。吸気を鼻から呼気を口から行い、呼気
る術後合併症予防も利点のひとつである。
を口すぼめ呼吸にて行う。
呼吸機能が低下している患者には、インセンティ
理学療法の実際(術前の理学療法)
ブスパイロメトリーを用いた視覚的フィードバック
実際の理学療法は、大きく術前、術後に分けられ
による深呼吸の練習も実施している。これは、長い
る。術前の理学療法では、まず、患者へのオリエン
深呼吸を持続させる訓練で、主に術後の無気肺の予
テーションを実施しており、術前、術後の理学療法
防目的で術前より習得していると効果的である。
の必要性や実施内容について説明する。また、その
続いて自己排痰法の指導を行う。疼痛の少ない咳
際に術後早期離床の必要性を十分に認識させること
嗽法として、強制呼出、huffingの方法がある。術後
も重要である。
は、創部の疼痛により痰の自己喀出が困難なため、
次に呼吸法の指導として、腹式呼吸の指導、イン
術創部を手または枕で押さえて、咳嗽時の苦痛が少
センティブスパイロメトリー(図 2 )の練習などを
なくなるよう最大吸気位から、ハーッと強く呼出す
実施する。
るhuffingを術前より咳嗽の練習として行う。
これらは術後早期からの理学療法をスムーズに実
施できるよう、予習するといった意味合いが強い。
− 110 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
理学療法の実際(術後の理学療法)
指導、オリエンテーションの実施とともに患者の状
当院では、手術翌日より、血行動態が安定し意識
態把握に努めている。術前の状態を把握することは
レベルが清明であれば、可能な範囲で端座位、立位
術後の理学療法を円滑に進める上で有効となる。
をとり、歩行を目標とした早期離床を進めている。
各種ドレーンやカテーテルなどを抜去しないように
文 献
注意し、立位、歩行へと進めている。早期離床は、
1 )溝呂木忠:外科疾患の理学療法、細田多穂・柳
機能的残気量減少や下側肺障害、換気血流比の改善
澤健編集.理学療法ハンドブック第 3 巻.協同
など、呼吸状態に好影響を及ぼす。しかし、疼痛に
医書出版社;2005.543∼562
より腹筋の収縮が困難であることから起居動作にお
2 )豊田章宏.上腹部手術前後における呼吸理学療
いても工夫が必要である。疼痛が強く起き上がりが
困難な場合には、側臥位から起き上がる方法や
法の実際.Med Reha.2004;No41:62∼70
3 )山下康次.上腹部外科における理学療法.Med
ギャッジアップを勧めるなど、腹部への負担をなる
べく回避する方法を指導している。以上のように離
床を進め、術後患者のほとんどが、概ね五日程度の
理学療法実施で歩行自立に至っている。喀痰の減少
と自己排痰が容易になったことを確認し、病棟内歩
行自立にて、本人同意の上で理学療法を終了として
いる。
多くの患者が合併症の発生無く離床が進むが、術
後、人工呼吸管理中の患者や無気肺を生じた患者、
また自己にて痰の喀出が困難な患者に対しては、体
位ドレナージ、呼気介助を実施し、換気改善や排痰
を促す。人工呼吸管理中の患者等でギャッジアップ
が困難な場合は、病棟と情報交換を密にし、体位変
換をまめに行う必要がある。排痰の効果としては、
少なくとも90度側臥位以上の側臥位、3 / 4 腹臥位
が有効であるが、ドレーン類や循環動態により適切
な体位を決定する。肺合併症が発生している場合には
その部分を上側にした体位を心掛け、下側肺障害によ
る症状の悪化を改善することを目標としている。
また、離床遅延、長期臥床などによりADLが低下
した患者には、継続した運動療法の実施によりADL
の回復を図っていく。
まとめ
術後早期から離床を行うことにより、多くの患者
が合併症を発生することなく退院可能である。しか
し、術後離床遅延による廃用症候群や呼吸器合併症
を併発する患者も経験する。このような症例に対し
ては、ADL訓練や各種理学療法手技を用いた介入が
必要となる。術前からの介入が可能であれば、術前
− 111 −
Reha.2004;No41:71∼7
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
活動報告
放射線被検者に対する医療被ばく不安軽減の活動
診療放射線技術科
中村 文俊、杉森 雅志、駒場 潤、高橋 弘、杉村 洋祐
有谷 航、高橋 賢史、上村 彩華、江口 幸民、延澤 秀二
【要 旨】 放射線に不安を感じている被検者は予想以上に多く、不安を軽減させ安心して検査を受けて
もらうことが必要である。われわれは以前から被ばくに関しての活動を行っており、放射線
量の最適化、被ばく線量評価、説明資料の作成、認定施設の認可の取得などができた。本活
動では今まで継続的に行ってきた活動を基にして、医療被ばくに対しての不安をさらに軽減
させるために、説明用掲示板(動画)の作成、Q&Aマニュアルおよび基礎的説明資料の作
成、勉強会などを開催し被検者に適切な対応ができるようにするための活動を行った。これ
らの活動により医療被ばくに対する不安が軽減し、医師が必要と認めた放射線検査を安心し
て行えるようになり、医療サービスの向上に寄与することができたと考えられた。
【キーワード】 医療被ばく、放射線被ばく、不安軽減活動
はじめに
行った。
放射線に不安を感じている被検者は多いため、不
安を軽減させ安心して検査を受けてもらうことが必
要である1)。われわれは以前から被ばくに関しての
活動を行っており、平成22年度 total quality management(TQM)活動を始める時点では以下の 4 項目
まで行っていた。1 つ目は放射線量の最適化であ
り、必要以上の放射線を照射していないかの確認は
放射線検査にとって極めて大事なことであり、“日
本放射線技師会のガイドライン”2)に基づき最適化
した。2 つ目は被ばく線量の評価であり、放射線検
査ごとに被ばく線量(皮膚線量・臓器線量)を、放
射線測定器およびコンピュータシミュレーションソ
フトを用い評価した。3 つ目は説明資料(図 1 )の
作成であり、放射線被検者の不安を軽減させること
を目的にし、2009年12月から配布を開始した。4 つ
目は被ばく認定施設の認可の取得であり、被ばく線
量評価および放射線量の最適化の実践の証として、
日本放射線技師会より“医療被ばくを測定・評価で
きる医療施設”に2010年 3 月に認定された。
本TQM活動では、今まで継続的に行ってきた活動
を基にして、放射線被検者が医療被ばくに対しての
図1 説明資料 (a)説明
不安をさらに軽減させるために、多面的な活動を
− 112 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
図1 説明資料 (b)被ばく線量
方 法
2 .Q & Aマニュアルおよび基礎的説明資料の作成
1 .掲示板の作成
診療放射線技師は被検者からの質問に対し適切な
説明資料(図 1 )は配布形式に加えて、一般撮影
回答ができる必要がある。また、医師および看護師
室待合廊下およびCT室待合廊下の各撮影室順番モ
から被ばくに関しての疑問の声を聞いていた。その
ニタに掲示板(動画)として公開した。モニタには順
ため、全職員が被検者からの質問に対して適切な回
番掲示(図 2 左側)に加えて、動画を流せるスペー
答をするための、Q & Aマニュアルおよび基礎的説明
ス(図 2 右側)があり、そこに被ばくの説明動画を
資料(基礎知識)を作成した。作成は、まず活動メ
流した。説明動画はフリーソフトの“ピクポワ”を
ンバーで項目(掲載内容)を議論し、参考図書を選
用い、audio video interleave(AVI)ファイルを作成
定し3∼8)、それを基に加筆および修正を行った。作
した。
成したマニュアルは、院内全電子カルテ端末デスク
トップにリンクを配置し、全職員が容易に閲覧でき
るようにMicrosoft Wordでハイパーリンク機能を用
い階層を作成した。
3 .診療放射線技師全員の知識向上
活動班員以外の診療放射線技師に対して、班員が
講師となり勉強会を開催した。また、Q & A マニュ
アルおよび基礎知識の閲覧による自己学習を促した。
図2 順番モニタ
− 113 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
結 果
1 .掲示板の作成
掲示板を作成し(図 2 )、一般撮影室待合廊下お
よびCT室待合廊下の合計 5 台のモニタで掲示板を
閲覧可能とした(図 3 )。また、掲示板の近くに説
明資料を設置した。待合で説明動画を見ることがで
きるようにしたことで、被検者やその家族など多く
の人が気軽に閲覧でき、説明資料の持ち帰りにつな
がっている。これは、既存のモニタを利用したため
費用をかけずにすませることができた。
2 .Q & A マニュアルおよび基礎的説明資料の作成
(b)C T 室前
20項目の Q & A マニュアルの目次および説明の
一例を図 4 に示す。次に、22項目の基礎知識の目次
図3 待合廊下の掲示板の場所
および説明の一例を図 5 に示す。
3 .診療放射線技師全員の知識向上
活動班員が講師となり勉強会を合計 4 回開催し
た。参考図書3∼8)をまとめ、知識を習得しながら講
演をした。第 1 回は放射線の単位−放射線以外のリ
スクとの比較−、第 2 回は白血病・遺伝的影響、第
3 回は修復と回復・リスク係数・放射線ホルミシ
ス、第 4 回は放射線カウンセリングの基礎・甲状腺
の被ばく・被ばくの事例を行った。また、班員が作
成した Q & A マニュアルおよび基礎知識を院内全
体に公開する前に、校正を技師全員に依頼した。そ
の結果、 Q & A マニュアルおよび基礎知識の内容
は、より向上した。勉強会に加え、 Q & A マニュ
アルの校正を全員に依頼することで自己学習が促さ
れ診療放射線技師全員の知識が向上した。
図4 Q & A の(a)目次
(a)一般撮影室前
− 114 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
白血病は、骨髄の造血細胞の
異常増殖であると考えられて
おり、放射線被ばくによって
増加することが明らかにされ
ています。
ただし、骨髄の中でも、造血臓
器である赤色骨髄が被ばくし
た線量が少なければ問題にな
りません。実際、広島・長崎の
原爆被爆者を対象とした疫学
的調査等で、100∼200mSv 以
下の被ばく線量の場合には、
統計的に有意な白血病の増加
は認められていません。
したがって、個人レベルの場
合で 100 ∼ 200mSv 以下の線
量では、白血病の発生を心配
する必要はないと考えて良い
と思われます。
図に、各骨の骨髄中に占める
赤色骨髄の割合を示します
(図中骨の濃い色の部分が赤色
骨髄)。
図4 Q & A の(b)説明の一例
図5 基礎知識の(b)説明の一例
考 察 放射線被検者の放射線に対しての不安は、人体に
悪影響を及ぼすのではないかという漠然とした不
安、小児期の被ばくによりガンおよび不妊になるこ
とへの不安、妊娠中の被ばくによる胎児への影響に
対 す る 不 安 に 大 別 さ れ る 1 )。 放 射 線 治 療 や
interventional radiologyではなく放射線検査であれば
そのような不安は過剰であり、不安を軽減させるこ
とが必要である。
説明資料および掲示板を作成し、被検者が閲覧す
ることにより、不安が軽減できたと考える。説明資
料は毎月約80枚の持ち帰りがあり、関心の高さを感
じた。また、この説明資料によって不安が軽減でき
たという投書が多数あり、班員一同で活動の励みに
なった。次に、 Q & A マニュアル、基礎知識、勉
強会開催などで、診療放射線技師全員の知識が向上
し、活動前よりも被検者を安心させる対応ができる
ようになったと考える。さらに、 Q & A マニュア
図5 基礎知識の(a)目次
ルおよび基礎知識を院内全電子カルテ端末に公開す
ることにより、院内全体の被ばくに対する知識が向
上し、各職種で被検者を安心させる対応ができると
思われる。
本活動に対する被検者および病院の反響はわれわ
− 115 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
れの予想以上であり、医療被ばく不安軽減の活動が
謝 辞
高く評価されたと考える。今日まで継続的に活動を
本活動に貴重なご助言およびご協力をいただきま
行っており、活動当初(2007年10月)は 3 名のス
した、当院診療放射線技術科の皆さまに深く感謝の
タッフで行っていたが、現在(2011年 3 月)は 8 名
意を表します。
になった。また、科および病院、さらには病院外に
おいても認識されるまでになり、広がりを見せてい
本論文の要旨は、第16回静岡県放射線技師学術大
る。例えば、医療H O T ステーション(ケーブル
会(2011年 5 月:静岡)および第50回全国自治体病
TV)での“医療被ばくについて“の放送、医師より
院学会(2011年10月:東京)において発表した。な
被ばくに関する問い合わせの増加、福島原発事故の
お、本活動は平成22年度TQM活動において院長賞を
被ばくに関する講演依頼、県内すべての核医学施設
受賞した。
のための核医学用説明資料作成の依頼(静岡県核医
文 献
学談話会より)などである。
現在、本活動のさらなる発展を目指し、医療被ば
1 )五十嵐隆元:医療被ばく相談―この事例にあな
く相談窓口の開設を検討している。近年、医療被ば
たはどう答えますか?.日本放射線技技術学会
く相談窓口を開設している病院が徐々に増加してお
誌.2008;64(11)
:1398∼1403.
り、当院も開設することにより不安を抱えている被
2 )日本放射線技師会 放射線診療における線量低
検者の助けができればよいと考えている。
減目標値 「医療被ばくガイドライン2006」
.
最後に医療被ばくで筆者が伝えたい重要なことを
〔internet〕
.http://www.jart.jp/guideline/
追記する。検査目的の被ばくでは、細胞が修復およ
index.html
び回復をするため放射線の影響は蓄積しない4)。レ
3 )笹川泰弘、諸澄邦彦:医療被ばく説明マニュア
ントゲンを繰り返し受けてもガンになる事実は確認
ル.日本放射線公衆安全学会編.日本放射線技
4)
されていない 。小児期の検査であっても、ガンお
師会出版会;2007.
よび不妊になる事実は確認されていない4)。胎児の
4 )本間光彦、諸澄邦彦:医療被ばく−患者さんの
被ばくは100mGyまでは安全が確認されており妊娠
不安にどう答えますか?.日本放射線カウンセ
中絶の理由にしてはならない (安易な中絶が新聞
リング学会編・日本放射線公衆安全学会編.日
報道されている3))。CTの被ばくは人体影響が出る
本放射線技師会出版会;2009.
9)
線量ではないものの、レントゲンの約1 0 0倍であ
5 )西澤邦秀、飯田隆夫:放射線安全取扱の基礎 る。以上、放射線検査による人体影響を過剰に心配
して、医師が必要と認めた検査を受けないほうが健
第二版.名古屋大学出版会;2006.
6 )中前光弘、南部俊孝、舛田誠一:被ばく説明ガ
康にはマイナスと考える。
イドブック.奈良県放射線技師会 線管理委員
会; 2007.
結 語
7 )川崎善幸、紀田明久、菊池弘一:医療被ばくハ
放射線被検者のために医療被ばく不安軽減の活動
ンドブック.日本放射線公衆安全学会;2008.
を行った。放射線量の最適化、被ばく線量評価、認
8 )柏田陽子、村井均、鈴木隆:放射線カウンセリ
定施設の認可の取得、説明資料および説明動画の作
ング・ステップONE.日本放射線カウンセリン
成、 Q & A マニュアルおよび基礎的説明資料の作
グ学会編;日本放射線技師会出版会;2005.
成、勉強会などを開催し被検者に適切な説明をする
9 )妊娠と医療放射線 ICRP publication 84.日本ア
などの多面的な活動を行った。これらの活動により
医療被ばくに対する不安が軽減し、医師が必要と認
めた放射線検査を安心して行えるようになり、医療
サービスの向上に寄与することができたと考えられた。
− 116 −
イソトープ協会;丸善株式会社;2002.
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
活動報告
院内臓器移植コーディネーターの役割
看護部 佐久間美智子、遠藤 祐子
【要 旨】 院内ドナーコーディネーターは、院内での臓器移植に関する知識の普及、啓発活動、ポテン
シャルの選定、オプション提示、臓器提供発生時の院内調整、県コーディネーターとの連絡
等の役割を担っている。
【キーワード】 院内ドナーコーディネーター、臓器提供、移植シミュレーション
はじめに
ドナーとなりうる患者の情報収集を行い、主治医と
1997年、臓器移植に関する法律の制定により、日
連携し、ポテンシャルドナーであるとの確認をとる。
本臓器移植ネットワークを中心とした移植システム
2 )患者家族に意思確認
の構築がなされた。また、1998年には臓器移植の円
主治医より患者家族に脳死状態である説明を行っ
滑な推進を図るために都道府県コーディネーターを
たのち、患者家族に受容状態を確認しオプション提
設置した。さらに、移植医療の啓発、普及活動と臓
示を行う。これは臓器提供という選択肢があること
器提供に関する業務に従事するために院内ドナー
を伝えるものである。
コーディネーターが設置され、それぞれの職種との
ドナーカードの所持確認や患者本人の意思が不明
兼務で任命されている。今回、院内ドナーコーディ
であっても家族の同意で提供が可能である(2010年
ネーターの役割について述べる。
7 月法改正より)
ことを伝え家族の意向を確認する。
3 )院外、院内他部門との連携
院内ドナーコーディネーターとは
臓器提供の承諾が得られた時点で院内ドナーコー
院内ドナーコーディネーターは、院内での臓器移
ディネーターは、日本臓器移植ネットワーク、県
植に関する知識の普及、啓発活動、ポテンシャルの
コーディネーターに連絡をする。また、「臓器提供
把握、患者家族へのオプション提示、臓器提供発生
施設としての院内マニュアル」の臓器提供施設とし
時のドナー家族の対応院内調整、県移植コーディ
ての基本手順を参照し、他部門との連絡調整を行
ネーターとの連絡、調整を担っている。医療機関内
う。提供病棟の業務に支障をきたさないような配慮
に勤務する者であれば職種は問わない。全国的には
も必要である。
救急科、集中治療科、脳神経外科の医師や看護師が
臓器移植に関する知識を高めるため、また、最新
多く、その他では臨床工学士やソーシャルワー
情報の伝達、情報交換、連携をとりやすくするため
カー、検査技師などが携わっている。任期は一年で
に開催されている連絡協議会に、毎月 1 回出席する
県より委嘱される。2010年度静岡県では39施設に59
ことも大事な役割である。
名が配属されている。
4 )啓発、普及活動
日本臓器移植ネットワークや県コーディネーター
院内ドナーコーディネーターの役割
に依頼し、臓器提供施設としての役割や臓器提供に
1 )ポテンシャルドナーの把握
必要な知識について勉強会を企画し職員に普及させ
重症脳血管障害、心肺停止状態等により脳死に近
ていく。
い状態となり、医学的絶対禁忌に該当しない場合は
また、院内臓器移植マニュアルの整備や臓器移植
臓器提供のポテンシャルドナーとなる。
関係者と協力し、ドナー発生時のシミュレーション
− 117 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
を企画、実施することも重要である。
今後は、法改正を基にした脳死判定のシミュレー
ションを計画していきたい。
当院での活動と考察
2010年 1 月17日から、親族に対する優先提供の意
まとめ
思表示が可能となり、2010年 7 月17日からは本人の
今後も脳死とされうる状態と考えられる症例に
意思が不明な場合でも家族の承諾による臓器提供が
は、病状説明を充分行い、家族の状況を考慮したう
可能となった。
えで、臓器提供という選択肢があることを提示して
また、近年、一般啓発により臓器移植に関心を持
いくことが重要である。
つ人が増加しており、意思表示カードの所持率も増
また、臓器提供事例発生時の院内体制づくりも早
加している。
急に必要であると思われる。
当院は脳死下臓器提供病院として機能しており、
今までに 4 事例の臓器提供を経験しているが、今後
文 献
も家族から臓器移植の意思表示があった場合は速や
1 )院内ドナーコーディネーターテキスト〈第一版〉
かに対応し、その思いに応えなくてはならない。そ
のためにも院内コーディネーターの果たす役割は多
く重要となる。院内コーディネーターは家族の一番
のサポーターとして、つねに家族側に立ち、思いに
寄り添うことが大切である。
また、院内体制づくりの一環として臓器移植シ
ミュレーションを2010年 1 月30日に実施した。
− 118 −
社団法人日本臓器移植ネットワーク 2009.3
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
活動報告
がん患者における行動変容について
∼洗口キャンペーン後のアンケート調査より∼
看護部 1)、薬剤科 2)、歯科口腔外科 3)、放射線治療科 4)
神谷 智子 1)、坪井 久美 2)、
島 桂子 3)、飯島 光晴 4)
【要 旨】 スマイルサポートチームの活動の一環として外来化学療法室およびリニアック室に通う患者
を対象に洗口行動の推進を目的とした洗口キャンペーンを実施し、キャンペーン後にアン
ケート調査を行って患者の行動変容について検討した。56名のアンケートを集計したとこ
ろ、洗口キャンペーンがセルフケアの参考になったと答えたのは43名(77%)であった。洗
口キャンペーン後に洗口習慣がついたと答えたのは 5 名( 9 %)であった。外来化学療法室
での洗口キャンペーンは患者の遂行行動の達成と代理体験を促したことで、洗口の必要性や
方法を知る動機づけになり有効であった。
【キーワード】 化学療法、洗口、セルフケア、行動変容、アンケート調査
はじめに
がん治療時の口腔粘膜炎・口腔乾燥などの口腔ト
ラブルは、疼痛に伴う食事摂取量の減少、治療意欲
の低下にとどまらず、易感染性を引き起こし、治療
の中断に結びつく有害事象の一つである。そこで、
がん化学療法認定看護師、がん薬物療法認定薬剤
師、歯科医師、放射線科医師が中心となり、院長認
可のもと「スマイルサポートチーム」を立ち上げ
た。スマイルサポートチームはがん治療中に起こる
口腔トラブルの予防・対処方法の患者およびスタッ
フへの教育・支援活動を行い、がん治療を口腔トラ
図1 洗口キャンペーンの様子
ブルによる中断なしに継続・完遂できることを目標
として活動を行っている。活動の一環として、口腔
目 的
ケアの重要性、特に簡便に実施できる洗口について
1 . 洗口行動の変化について評価する
の理解と実践を目的に、外来化学療法室とリニアック
2 . 今後のスマイルサポートチームの活動における
室に通う患者に市販洗口液を用いて治療前後に洗口を
課題を探る
推奨する「洗口キャンペーン」を実施した(図 1 )。
今回我々は、患者の洗口行動に変化が認められたの
方 法
か評価する目的でアンケート調査を行ったため、そ
平成23年 1 月21日から 2 月14日までに外来化学療
の結果を報告する。
法室へ治療目的で受診した患者のうち、平成22年11
月29日から平成23年 1 月21日に実施した洗口キャン
ペーンにて洗口を実施した患者を対象にアンケート
− 119 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
調査を行った。アンケートは自記式、無記名とし、
とについて医療スタッフへ相談したか」の問いに対
記入提出により同意を得たと判断した。
して、「困りごとがなかった」との回答が46名(82
質問内容は、①洗口キャンペーン中にサンプルを
%)であった。「困りごとについて相談した」が 4
受け取ったか、②そのサンプルを使用したか、③自
名(7 %)であった。「今後洗口キャンペーンを
ら洗口液を購入したか、④洗口キャンペーンはセル
行った場合に参加したいか」の問いに対して「参加
フケアの参考になったか、⑤洗口の習慣がついた
したいと思う」が43名(77%)で、「参加したいと
か、⑥キャンペーン中口腔内の困りごとをスタッフ
思わない」が11名(20%)であった。
へ相談したか、⑦今後も洗口キャンペーンに参加し
4 )洗口キャンペーンへのコメント
たいか、の 7 項目とした。また、アンケート用紙に
自由記載欄には、①自分だけでなく、他の多くの
は、洗口キャンペーンへの意見・要望等を記載する
人にも洗口の意識が高まったので、とてもよい企画
フリーコメント欄を設けた。
だと思った。②今のところ口の中にトラブルが無い
本アンケート調査は当院倫理委員会の承認を得て
ので特に洗口をすることはないが今後症状が出た時
実施した。
に洗口液を使ってみたいと思う。③特に現在口内ト
ラブルがなく必要性を感じないが、今後の治療で必
結 果
要になる可能性はあると思うので、情報はほしいと
1 .アンケート回答者の背景
思う。キャンペーン結果が知りたい。④少しめんど
アンケート回答者数は56名であった。性別は男性26
うくさかった。というコメントがあった。
名(46%)女性30名(54%)であった。年齢は、29
歳以下 2 名(4%)、30代 3 名(5%)、40代 5 名(
9 %)、50代13名(23%)、60代14名(25%)、70
代18名(32%)、無回答 1 名( 2 %)で50歳以上が
80%を占めていた。
2 .アンケート結果
1 )サンプルの受け取りと使用、洗口液の購入につ
いて「洗口キャンペーン中サンプルを受け取った」
と回答したのは56名中33名(59%)で、このうち
「実際に使用した」のは30名で、受け取った人のう
ち91%が使用していた。「サンプルを受け取ってい
図2 先口の習慣がつきましたか?
ない」と回答したのは21名(37%)であった。「洗
口液を購入した」のは 3 名( 4 %)のみであった。
考 察
2 )セルフケアの参考になったか、洗口習慣がつい
がん治療を受ける患者へ症状緩和のためのセルフ
たか、について治療室での洗口キャンペーンが「セ
マネジメントを支援したり教育したりすることは、
ルフケアの参考になった」と答えたのは43名(77%)
がん治療に関わる医療スタッフの重要な役割であ
であった。「洗口キャンペーンにより洗口の習慣がつ
る。我々は、がん治療に伴う口腔トラブルに対する
いたか」の問いに対して、「もともと習慣があった」
セルフケア支援として口腔清掃・保湿が重要と考え
が一番多く、27名(48%)であった。(図 2 )「キャ
ている。特に口腔粘膜炎は化学療法においては35−
ンペーン終了後に習慣となった」のは 5 名( 9 %)
40%と高頻度に出現し1)、厚生労働省のマニュアル2)
で、「習慣としては行っていない」が18名(32%)、
にも口腔清掃方法の一つとして市販保湿洗口液の使
「全く行っていない」が 5 名( 9 %)であった。
用の記載があることから、洗口キャンペーンを企画
3 )スタッフへの相談、今後の洗口キャンペーンへ
実施した。アンケートの結果からは、キャンペーン
の参加意欲「洗口キャンペーン中に口腔内の困りご
後に洗口が習慣化した患者は 9 %で、キャンペーン
− 120 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
前から習慣化していた患者とあわせると57%とな
機づけになり有効であった。今後他の口腔清掃の方法
り、洗口が習慣化していない患者を上回った。ま
に対する興味や意欲の向上につながると考えられる。
た、自宅でセルフケアの参考になったと答えたのが
3 .言語的説得
72%であり、サンプルを受け取った人も59%であっ
言語的説得とは、周囲の人が患者の行動に対する
たことから、洗口キャンペーンが口腔清掃・保湿・
努力を認め、行動をやり遂げる能力があることを信
洗口に関する情報提供の場として活用できることが
じて言葉や態度で支援することである。今回のキャ
示唆された。さらに、今後も洗口キャンペーンに参
ンペーンでは、自宅での様子を聞いたり、フィード
加したいと思う人が77%と多く、洗口キャンペーン
バックを行ったりしていなかったため、患者が医療
の認容性は良いものと考えられた。
者から認められていると感じられず、自己効力感は
佐々木らは、がんとともに生きる生活を確立して
高められなかった可能性がある。
いくには、患者が自ら苦痛を緩和、予防できるとい
4 .生理的・情動的喚起
う感覚、つまり自己効力感(self- efficacy)をもっ
生理的・情動的喚起とは、身体的に良好な反応や
て、セルフマネジメントをしていくことが大切であ
感情的にポジティブな状態を自覚することと言われ
る3)と述べている。自己効力とは、ある課題を達成
ている。今回の洗口キャンペーンでは、もともと口
するために、必要な行動を自分がどの程度うまく行
腔内の困りごとがなかった患者が82%であり、キャ
うことができるかという認知のことである。さら
ンペーン中および後にも身体的や感情的にプラスの
に、パンデュラは、自己効力感は、遂行行動の達
変化は感じられなかったために、セルフケアとして
成、代理体験、言語的説得、生理的・情動的喚起の
洗口を行う必要性を感じられず、行動変容に及ばな
4)
4 つの源を通じて獲得されるものだと述べている 。
かった可能性がある。
これらの 4 つの情報群を患者に効果的に組み合わせ
スマイルサポートチームの今後の課題としては、
て提供することが自己効力理論を活用したアプロー
他の口腔トラブルの対応に関しても、洗口キャン
チといえる。そこでパンデュラの自己効力の 4 つの
ペーンのように同じ境遇の仲間で同じ体験を行う場
視点で今回の結果を考察する。
の提供に加え、患者それぞれの能力を認め、言語や
1 .遂行行動の達成
態度でフィードバックを行えるような個別の対応を
遂行行動の達成とは、行動を実際に行ってみて、
行い、患者の自己効力感を高めていく取り組みを検
「できた」という体験である。今回の洗口キャン
討していく。
ペーンで、実際に洗口を体験することは、患者に簡
便に口腔トラブル予防ができる方法を実践した感覚
結 語
をもたらし、遂行行動は達成できたといえる。
今回の洗口キャンペーンは、患者の遂行行動の達
2 .代理体験
成、代理体験を促したことで、洗口の必要性や方法
代理体験とは、自分と同じ状況で、同じ目標を
を知る動機づけになり有効であった。また、がん治
もっている人の成功体験や問題解決法を学ぶことで
療を受ける患者が副作用予防のための行動変容を起
ある。今回の洗口推進キャンペーンでは、「自分だ
こすためには、自己効力感を刺激する必要があるこ
けでなく、他の多くの人にも洗口の意識が高まった
とを再認識した。今後は、洗口キャンペーンのよう
ので、とてもよい企画だと思った。」「キャンペー
に、同じ境遇の仲間が同じ体験を行う場の提供に加
ンのアンケート結果を聞きたい」という同じ治療室
え、患者それぞれの能力を認め、言語や態度で
へ通う仲間に対しての連帯意識を生み、みんながや
フィードバックを行えるような個別の対応を行い、
るなら自分もやってみようという行動になったと思
患者の自己効力感を高め、洗口の習慣化を推進して
われる。これは、今後も洗口推進キャンペーンに参
いくことを検討していく。
加したいと思う人が77%であったことからも、代理
体験を促したことで、洗口の必要性や方法を知る動
− 121 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
文 献 1 )Keefe DM, Schubert MM, Elting LS, et al. Updated clinical practice guidelines for the prevention and treatment of mucositis. Cancer 2007;109:
820-831.
2 )厚生労働省:重篤副作用疾患別対応マニュアル
抗がん剤による口内炎〔平成21年 5 月〕http://
www. mhlw. go. jp/stf/houdou/2r985200000121rratt/2r985200000121th. pdf
3 )佐々木馨子、岡美智代:がん患者における症状
緩和のためのセルフマネジメントを促す教育技
法.看護技術.2006;10:12∼17.
4 )パンデュラ A著、原野広太郎監訳:社会学習
理論−人間理解と教育の基礎.金子書房;1979.
89∼95.
− 122 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
活動報告
リニアック室における誤照射防止の取り組み
― 患者誤認防止のための放射線情報システム開発 ―
放射線治療科 1)、診療放射線技術科 2)
飯島 光晴 1)、杉村 洋祐 2)、 鈴木 康治 2)、藤下 容子 2)、岡部 理史 2)、竹田 守 2)
【要 旨】 誤照射とは放射線治療の計画、機器管理、照射方法などに関わるミスにより誤った放射線量
が投与されることである。加えて患者誤認あるいは照射部位や照射時間の間違いなどヒュー
マンエラーに起因するものが多い。今回、患者誤認防止の仕組みを組み込んだ放射線情報シ
ステムを開発したので報告する。このシステムの特徴は、一般的な放射線検査・治療業務管
理機能に患者誤認防止のためのバーコードによるダブルチェック機能を付加させたことと、
リニアック本体との患者情報のやりとりをオンライン化することにより、ヒューマンエラー
の介在を極力さけるシステムを構築したことである。本システムにより誤照射防止に一定の
効果はみられたもののシステム全体としては未成熟であり、今後改良が必要である。
【キーワード】 放射線治療、誤照射防止、放射線情報システム、RIS
はじめに
したので報告する。
誤照射とは、一般に放射線治療において何らかの
理由により患者に対して医師が指示した線量よりも
大きな(多い)線量を照射した過照射(または過剰
照射)と、小さい(少ない)線量を照射した過小照
射(または過少照射)を指す1)2)。すなわち当該患
者において放射線治療の計画、機器管理、照射方法
などに関わるミスにより誤った放射線量が投与され
ることである。
われわれの取り組んだ誤照射防止における誤照射
とは上記事項に加え、患者誤認や部位の誤認あるい
図1 放射線治療業務の流れと起こりうるリスク
は照射時間の間違いなど時間的空間的誤認も含めた
▲:患者誤認、●:部位誤認、■:照射線量間違い、
ものである。
◆:照射時間間違い
図 1 にはリニアック室における業務の流れおよび
各段階における間違いの起こる要因を示した。患者
放射線情報システムとは
誤認はどの段階でも起こりうるリスクで、特に照射
放射線情報システム(以下RISと略す)とは、放
時はすべてのリスクが集中する最も注意を要する段
射線部門業務を管理するソフトウエアで、通常オー
階である。
ダリング、電子カルテ、医事会計といった病院情報
今回、誤照射防止の取り組みの中でも特に比重の
システム(Hospital Information System, HIS)と連
大きい患者誤認防止の仕組みを備えた放射線情報シ
携して放射線検査、治療に関する業務を管理する。
ステム(Radiology Information System, RIS)を開発
通常RISの機能は、検査・治療のオーダー受付、
− 123 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
予約管理、放射線機器との患者情報のやり取り、医
それぞれバーコードによるダブルチェックを行う。
事会計システムへの情報提供、業務統計などで、患
外来患者の場合はバーコードを印刷したリニアッ
者誤認防止や今回のテーマである誤照射防止といっ
ク室専用の診察券を発行し、治療期間中携帯して毎
たリスクマネージメントに関わる機能を備えたソフ
回受付で提示してもらう。受付では毎回の照射毎に
トウエアはこれまでほとんど存在しなかった。
バーコードが印刷された受付票を発行し患者は常に用
紙を所持しチェックを受ける。入院患者の場合は、リ
患者誤認防止の仕組み
ストバンドで同様にチェックを行う(図 2 、3 )。
今回開発したシステムの特徴は、ヒューマンエ
②患者情報自動転送
ラーを可及的に回避させるために、一般的なRISの
R I S とリニアック装置をオンライン化し、バー
機能に加え①患者誤認防止機能や②リニアック装置へ
コードによる患者認証を行うと当該患者の照射デー
の患者情報の自動転送機能を付加させたことである。
タがリニアック装置に転送される。これにより他患
①患者誤認防止機能
者の照射計画で照射してしまうといったエラーを防
具体的には患者がリニアック室の受付を経て照射
止することができる。
あるいは診察、放射線治療計画用CTを受けるまで、
図2 患者認証用バーコード
A:外来患者用診察券、B:外来患者用受付票、C:入院患者リストバンド
− 124 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
図3 バーコードによるダブルチェック
A:リニアック室受付、B:受付でのバーコードチェック、C:照射室入室前のダブルチェック
問題点
まとめ
今回のシステムは、日常診療の中で“あったら便
誤照射防止、特に患者誤認防止を目的とした放射
利で間違い防止に役に立つ”と思われる機能を付加
線情報システムを開発したので報告した。今回のシ
させていったために、パッケージングとしてのバラ
ステムは使い勝手、動作でいくつかの問題点があり
ンスがとれていない。具体的には使い勝手が悪かっ
プロトタイプの域を脱していない感がある。今後、
たり、動作が遅い、安定しないといった問題点があ
改良を重ねシステムとして成熟させていきたい。
り、個々の機能は優れていても、システム全体とし
てはその良さを相殺してしまうといった矛盾が生じ
本稿の要旨は平成22年10月 4 日当院業務報告会で
てしまった。この点に関しては、ソフトウエア開発
発表した。
の構想段階から、ソフトウエアの開発提供を依頼す
るいわゆるベンダーやデベロッパーの選択をより慎
文 献
重に検討する必要があったと思われる。また、明確
1 )ATOMICA、医療機関における放射線誤照射事
故例(09-03-05-04)
なグランドデザインとそれに基づいたシステム全体
のしっかりとした青写真が事前に作られているべき
2 )放射線治療における誤照射事故防止指針、社団
であるが、日常業務の中でシステム開発を行うには
自ずと限界があり、本格的にシステム開発を行うに
は専任スタッフが必要であると痛感した。
− 125 −
法人日本放射線技術学会
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
活動報告
当院の放射線治療計画におけるMU 独立検証の許容範囲の決定
診療放射線技術科 1)、放射線治療科 2)
鈴木 康治 1)、杉村 洋祐 1)、竹田 守 1)、岡部 理史 1)、藤下 容子 1)、飯島 光晴 2)
【要 旨】 放射線治療を安全に行っていくうえで放射線治療計画装置によって算出した線量モニタ単位
(Dose Monitor Unit:DMU 以下MU)とは別に、治療の質を保証するために独立した線量
計算によるMUの検証は非常に重要である。過去に世界でおきた誤照射事故はMUの検証が行
われていたことで防げたものも少なくない。
今回Monitor Unit(MU)独立検証ソフトウェアの導入により、MU検証結果を治療部位別に
分類して検証結果を比較し、放射線治療計画の 1 次検証のための許容範囲の再検討を図った
ので報告する。
【キーワード】 放射線治療計画装置、MU、MU 独立検証ソフトウェア
はじめに
計を使用した中心線量の測定、② 2 Dアレイ検出器
当院で使用しているMU 独立検証ソフトウェア
を使用した線量分布、中心線量の確認、γ検定、③ガ
R
RadCalc ⃝
Life Line Software社製(以下RadCalc)は
フクロミックフィルムを使用した線量分布の確認を症
2 次元、3 次元、強度変調放射線治療(Intensity
例に応じて選択し 2 次検証を行ってきた。(図 1 )
Modulated Radiation Therapy :IMRT)の治療計画
に対してMU計算、線量点の計算などを迅速かつ容易
に行うことをサポートするソフトである。RadCalcは
放射線治療計画装置(Radiation Treatment Planning
System:RTPS 以下RTPS)とは別の線量計算アル
ゴリズム、登録パラメータがあり、本院の治療計画
装置から治療計画プランをImportし、RTPSで算出
されたMUとRadCalcで算出されたMUとを比較する
ことで、RTPS上のエラー及び治療計画のミスを検
証することができる。
目 的
当院がリニアックを更新して約 2 年が経過した。
更新前までは自作のExce l ベースによるMU検証
ツールでMUの独立検証を行っていたが、リニアッ
クの更新後はすべての症例(電子線治療は除く)に
図1 従来のMU検証のフローチャート
対してRadCalcによる検証を行ってきた。今までは
すべての治療部位において暫定的にRTPSとRadCalc
今回の目的は、治療部位毎の検証結果の再検討を
のMUの誤差の許容範囲を±1.5%もしくは± 1 MU
し、許容範囲/評価基準を設定することで、放射線
として、それを超えたものは 2 次検証として①線量
治療計画の 1 次検証の効率化を図ることである。
− 126 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
対象と方法
表2 MU検証の許容範囲
対象は平成21年 7 月∼平成23年 3 月に治療計画を
立てた患者の治療部位572部位とした。
方法はRTPSによって作成された患者のプランを
RadCalcにExportしRadCalcで必要な数値を入力、
MUを算出する。RadCalcとRTPSでのMUの誤差を
部位ごと(全脳、頭部、頸部、鎖上、乳房、胸部不
均質:肺を通過する照射、胸部均質:縦隔を通過す
る対向 2 門、腹部、骨盤、脊椎、四肢)に比較し、
許容範囲を決定した。
一部のField in Field などの線量評価点が照射野内
考 察
に含まれない照射Fieldは今回除外した。
RTPS、RadCalcが算出するMUは各々に採用され
使用機器
ている計算アルゴリズム・不均質補正の有無・線量
R
⃝
治療計画装置 Eclipse Ver.8.6 VARIAN社製
評価点によってMUが変化する。
Palo Alto .USA(Algorithm AAA Ver.8.6.15)
乳房部位などの接線照射、胸部不均質での肺を通
R
⃝
MU独立検証ソフトRadCalc Ver.5.2 Life Line Soft-
過する照射での側方散乱成分の減少、ウェッジの非
ware社製 Bullard .USA (Algorithm Clarkson)
ウェッジ傾斜方向への線量処方量がずれることなど
でMUの誤差が大きくなったといえる1)2)。
結 果
今回の検討からは除外したが、主に頸部などでみ
RTPSとRadCalcそれぞれ算出された各部位のMU
られるField in Fieldの照射はMUが少ないこと、また
の誤差平均、最大誤差、標準偏差を表 1 に示す。
線量計算点が照射野外にあり、RadCalc上でのMUの
計算が過大評価したり少しのMUのずれが大きな誤
表1 各部位のMU検証結果
差を生んだりと、RadCalcでの検証は不向きといえ
る。
今後の課題として定位放射線治療(Stereotactic
Radiotherapy :SRT)において通常の照射とは違い
小照射野でのビームデータを用いてRTPS、RadCalc
共にMUの算出を行っている。多方向から照射する
SRTは不均質の影響が大きく満足のいく結果はまだ
得られていない。また強度変調放射線治療において
誤差平均が大きなものは頚部の1.15%、乳房の
もRadCalc によるMUの独立検証が可能であるか検
3.43%、胸部(不均質)の−2.44%であった。
証が必要である。
それぞれの求められた標準偏差から予測区間を求
めた(誤差平均±1SD=68%、誤差平均±1.5SD=
結 語
87%、誤差平均±2SD=96%)。求めた結果を表 2
RTPSとRadCalcの誤差の大きかった放射線治療計
に示す。
画に対して行ってきた 2 次検証において、今まで
RTPSとの大きな誤差はなく、RTPS上のエラー及び
治療計画のミスを検証することが今回の目的である
ため、当院では治療部位毎の誤差平均±2SD=96%
をMUの誤差の許容範囲として決定した。
− 127 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
図2 許容範囲決定後のMU検証のフローチャート
MUの独立検証は検証結果の誤差が 0 %に近い値
を示すことよりも、誤差が一定の誤差を示すことが
重要であるため、今回各治療部位においてのMUの
誤差の許容範囲の決定はMUの検証の効率化、精度の
向上を図ることにおいて有用であると考えられた。
文 献
1 )羽生裕二:治療計画装置とMUの計算.日本放
射線技術学会放射線治療分科会誌 Vol. 18 No. 2.
2004
2 )内山幸男、小口宏、奥村雅彦、他:保科正夫編
集、日本放射線治療専門技師認定機構監修 放
射線治療技術の標準 第 1 版:日本放射線技師
会出版会;2007 − 128 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
活動報告
当院における医療機器安全管理体制
医療機器管理システム iMarcs の紹介
医療機器管理センター 1)、臨床工学科 2)、購買管理室 3)、情報化推進室 4)
平野 和宏 1)、中村 直樹 2)、神谷 純子 3)、竹内 瑞穂 4)
【要 旨】 2007年 4 月の医療法改正に対応する医療機器安全管理体制を構築し、オンライン医療機器管
理システム「iMarcs」を開発した。法で求められる、「従業者に対する研修、保守点検計画
の策定と適切な実施、情報の収集と改善のための方策の実施」のすべてに対応できるシステ
ムが完成した。医療機器貸出状況もリアルタイムにオンラインで閲覧可能であり、また、資
産管理も同一システム内で行えるようにした。医療機器安全管理と資産管理が情報を共有す
ることにより、機器の購入、資産台帳への登録と同時に機器のデータがiMarcsに表示されるの
で、管理責任者の指名等の入力が効率的に行えるだけでなく、登録漏れを防ぐこともできた。
【キーワード】 改正医療法、医療機器、安全管理、iMarcs、オンライン
はじめに
2007年 4 月の医療法改正により、「医療機器の保
方 法
守点検・安全使用に関する体制」が義務付けられ
開発の基本コンセプトは、「医療機器の研修、点
た。内容は、1.医療機器安全管理責任者の設置、
検、情報収集と改善方策の実施のすべてに対応可能
2.従業者に対する研修、3.保守点検計画の策定と
であること」、「オンラインで稼動し、院内すべての
適切な実施、4.情報の収集と改善のための方策の
端末で情報提供できること」、「医療機器安全管理と
実施、である。その時点において、浜松医療セン
資産管理で情報を共有できるようにすること」を 3 本
ターでは臨床工学科による重要機器の中央管理と貸
柱とした。研修・点検に関しては計画、実施、記録
出システムが稼動しており、診療放射線技術科、臨
のすべてに対応できること、情報の収集と改善のた
床検査技術科等においても適切な機器管理が行われ
めの方策の実施への対応としては、添付文書情報の
ていた。しかし、手術室や病棟では、一部機器を除
管理、新たな医療機器情報の収集と提供体制、回収
き、系統だった医療機器安全管理は行われておら
情報への迅速な対応ができること、また、データを
ず、各科、各部門の分散管理に任されており、管理
資産台帳と共有することで、入力を効率的に行い、
記録も残されていないものが大半であった。2009年
登録の漏れをなくすことを基本とした。医療機器の
より、改正医療法に対応可能な、院内すべての医療
リスク分類(表 1 )に従い、高度管理医療機器と特
機器を管理できるオンラインシステムの開発に着手
定保守管理医療機器への対応を優先した。
した。
目 的
2007年 4 月の医療法改正に対応可能な医療機器安
全管理体制を構築し、オンライン医療機器管理シス
テムを開発する。
− 129 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
表1 医療機器のリスク分類
ことである。管理担当者には 2 形態ある。1 つは、
管理責任者の担当機器が多数ある場合に、管理責任
者の仕事を分担補佐する目的で、管理責任者が指名
するものである。もう 1 つは、特定の科のみで使用
する機器や特殊な機器の管理担当者に、医療機器安
全管理責任者が医師を指名するものである。一般
ユーザーはデータの閲覧のみが可能である。
点検計画書と研修計画書は管理責任者と管理担当
者が協力して作成することが原則である。病棟で使
用する汎用機器については医療機器安全管理委員会
が作成、手術室の汎用機器については手術センター
結 果
長の協力を仰ぎ、内視鏡に関しては専門看護師の協
○開発の経過概略
力を仰いだ。
2008年 8 月、筆者が医療機器安全管理責任者を拝
研修報告書は管理責任者が記載し、医療機器安全
命し、医療機器管理者等と対応の協議を開始した。
管理センターに報告する。
2009年 4 月、筆者と医療機器管理者 1 名の計 2 名が
○バーコード
医療機器情報コミュニケータ(MDIC)の資格を取
医療機器の管理には、機器を 1 台ずつ識別する必
得した。資産管理台帳の分析により、少なくとも
要がある。備品にはすべて備品番号が振られている
5,000台を越す医療機器が存在することが判明した。
が、すべてに備品シールが貼付されているわけでは
資産台帳はオフラインの資産管理システムMARCS
ない。そのため、備品番号で医療機器の管理を行う
で管理されており、臨床工学科による医療機器貸出
ことはできない。iMarcsでは機器を識別し、管理を
システムも同一開発者による同名システムで管理さ
容易にするため、独自のバーコードラベルを採用し
れていた。検討の結果、両者の統合とオンライン化
た。将来的にはバーコードリーダーの使用が中心に
が可能と判断し、新たな医療機器管理システムの開
なると考えているが、現時点では手入力が中心とな
発に着手した。2010年 7 月に基本機能は完成し、試
る。手入力を容易にするため、バーコードはアル
験運用を開始した。システム名をiMarcsと名付け
ファベット 2 文字と 4 桁の数字だけのシンプルな構
た。機能の改善、バグの修正、データの充実等を行
造にした。わずか 6 文字ではあるが、理屈では676
い、2011年 4 月より本格運用を開始した。
万台が管理できることになる。アルファベットの 2
○医療機器安全管理体制の構築
文字に特に規則は設けていないが、運用上、購入年
医療法で定められた医療機器安全管理責任者と 3
度、設置場所、機器の種類による使い分けを行って
名の医療機器管理者が院長により指名されていた。
いる。
医療機器安全管理責任者と、医療機器管理者 1 名に
○新規医療機器購入時の流れ
加えて、購買管理室長、医療情報管理室から 1 名の
機器購入申請時に申請者は医療機器安全管理計画
計 4 名がiMarcsのシステム管理者として開発・管理
書(以後管理計画書)を購買管理係に提出し、点検
の中心をになった。
の基本方針、点検計画、研修計画作成者を明確にす
iMarcsにはユーザーの役割によりシステム管理
る。購入後、機器は購買管理係により資産として登
者、管理責任者、管理担当者、一般ユーザーの 4 段
録される。この時、従来の資産データだけでなく、
階のアクセス権限を設けた。システム管理者は
添付文書、管理計画書も登録され、バーコードも貼
iMarcsの保守点検や情報の更新を行う。各部署、部
付される。医療機器安全管理責任者は管理計画書を
門に管理責任者を指名した。主な役割は医療機器の
参考に、速やかに管理責任者(担当者)を指名す
点検や研修が適切に行われているかをチェックする
る。管理責任者は点検計画書、研修計画書を医療機
− 130 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
器管理センターに提出する。導入時研修は可能な限
り速やかに行い、管理責任者が研修報告書を医療機
器管理センターに提出する。
○既購入機器への対応
資産台帳に約5,000台の医療機器が登録されている
が、実際に存在しているかの確認は困難を極めた。
廃棄手続きが行われていない機器は資産台帳上存在
することになる。また、同型の機器が複数台存在す
る時、判別は備品番号かシリアル番号で行うしかな
図1 メインメニュー
いが、備品シールが貼られていないものが多数あ
り、また古い機器のシリアル番号は資産台帳に登録
○検索機能
されていなかった。逆に、消耗備品として購入され
検索項目(図 2 )は、区分、バーコード、院内通
たものは資産台帳に登録されていないことがあり、
称、機器名、規格、メーカー名、現設置場所、所属
比較的安価な機器では、現役で使用されているにも
診療科、管理部門、管理責任者、管理担当者、管理
関わらず台帳に載っていないというものもあった。
区分、備品番号、製造NO(シリアルNO、ロット
すべてに対応することは現実的には不可能と考え、
NO)、購入日付、点検区分、次回点検日、貸出対
高度管理医療機器、特定保守管理機器を優先して個
象、廃棄除外であり、文字で入力する項目は部分検索
体識別を進め、管理責任者の指名を順次行った。ま
に対応している。主な検索項目について説明する。
た、滅菌して使用する機器については識別シールが貼
区分:購入時に購買管理係で分類する。「医療
れないので、個別の記録を残す体制が作れなかった。
用」は医療目的で使用する機器類、「一般用」は事
○メインメニュー
務機器や、給食用の機器等である。検索の初期画面
一般ユーザー用の機能を簡単に説明する。ログイ
では医療用のみにチェックが入っている。
ン画面より職員番号とパスワードでログインする。
バーコード:検索の中心となる。1 つの機器に特
メインメニューは、図 1 の 7 項目よりなる。「お知
定した検索ができる。一部の機器、例えばシリンジ
らせ」にはiMarcsの更新情報や医療機器管理セン
ポンプのバーコードはSP○○○○のように統一され
ターからのお知らせ、医療機器安全管理委員会の決
おり、アルファベット 2 文字の入力で機器の一覧が
議事項などを掲載する。「医療機器安全情報」には
表示できる。
厚生労働省からの通達、PMDA(医薬品医療機器総
院内通称:院内で一般的に使用されている呼び方
合機構)や各種団体からの医療機器安全情報などを
を「院内通称」で表示した。例えば、JMDN(後
掲載する。「各種申請書類」には「医療機器点検計
述)の一般名「注射筒輸液ポンプ」は「シリンジポ
画書」「医療機器研修計画書」「医療機器研修報告
ンプ」、「電気手術器」は「電気メス」のように、
書」「医療機器研修報告書名簿追加用紙」「医療機
院内で通常使用される呼び方で検索できる。特に通
器安全管理計画書」とそれらの記入要綱を収載す
称のないものは空欄とした。院内通称による検索は
る。「医療機器検索」では院内にある約5,000台の医
部分検索に対応しており、数文字を入力すればプル
療機器の情報が見られる。「ME機器室医療機器貸
ダウンが表示される。例えば「ポンプ」と入力する
出状況」ではME機器室で貸出可能な機器の情報が
と 8 種類の「○○ポンプ○○」が候補として表示さ
見られる。「研修実施記録」には院内外で行われた
れる。
医療機器に関する講演、研修、勉強会、伝達講習等
管理責任者(担当者):管理責任者の担当する機
の報告書が収載されている。「パスワード変更」に
器を検索できる。後述するエクセル出力により、担当
よりパスワードはいつでも変更することができる。
機器の一覧を作成するというような活用もできる。
管理区分:添付文書に記載されている医療機器の
− 131 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
リスク分類である(表 1 )。高度管理医療機器、管
機器名:可能な限り添付文書に表示される正式の
理医療機器、一般医療機器に分類され、保守管理
名称を表示したが、購入時の納品伝票の表示を使用
に特別な技術が必要なものには特定保守管理医療機
したものがある。
器、設置管理医療機器を併記する。添付文書がな
メーカー:製造販売業者、製造業者、又は販売業
く、リスク分類の不明な医療機器は「医療機器」、
者を記載した。
また、医療目的で使用されているが医療機器ではな
製造No.:シリアルNO.又はロットNO.を記載し
いものは「非医療機器」に分類した。
た。
廃棄除外:初期値は「廃棄済みを除く」となって
稼動年数:購入日付より自動計算される。
いる。廃棄された機器を調べるときは「廃棄済みを
点検計画書:紙ベースで提出された「点検計画」
含む」をチェックする。
の内容に基づいて医療機器管理センターで点検計画
を登録している。
点検日:点検の実績が一覧表示される。
次回点検日(院内)、次回点検日(院外):点検計
画と点検日を登録すると自動的に表示される。
添付文書:「見る」をクリックすると添付文書が
閲覧でき、印刷も可能である。
操作説明書:「リスト」をクリックすると取扱マ
ニュアルや使用説明書が閲覧でき、印刷も可能であ
る。
研修計画書:研修計画書を閲覧でき、印刷も可能
である。
図2 検索画面
研修実施記録:「メニュー」にある「研修実施記
録」と連動する。
○参照機能
その他資料:医療機器購入申請時に提出する「医
検索後表示される医療機器台帳で「参照」をク
療機器安全管理計画書」や、その他の資料があると
リックすると次の情報が表示される(図 3 )。機器
きにはここに記録する。
の写真、区分、バーコード、備品No、機器No、院
内通称、機器名、規格、メーカー、製造No、管理区
分、JMDN名称、所属診療科、管理部門、管理責任
者、管理担当者、納入業者、購入時設置場所、現設
置場所、保守契約、購入日付、耐用年数、廃棄日、
稼動年数、点検計画書、点検日、次回点検日(院
内)、次回点検日(院外)、添付文書、操作説明
書、研修計画書、研修実施記録、その他資料、メッ
セージを見る。「検索」で説明していない、主な表
示項目の内容を説明する。
機器の写真:臨床工学科の貸出機器には写真を貼
図3 参照画面
付している。拡大機能もあり、機器の確認に有用で
ある。
○検索・参照の便利な機能
備品No.:資産管理に使用する。すべての備品に
並べ替え機能:検索後の画面は新しく購入した機
振られている。
器から順に表示される。タイトル行にある「備品
− 132 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
No.」「バーコード」「院内通称」「機器名」「規
格」・・・・・をクリックすると、それぞれの項目
で昇順、降順の並べ替えができる。
背景の色分け:基本は白と薄い紫が交互に出る。
黄色は次回点検予定日が 1 ヶ月以内の機器、赤色は
すでに点検日が過ぎた機器を示す。灰色はすでに廃
棄された機器で、「廃棄済みを含む」で検索した時
だけ閲覧可能である。
エクセルへの出力:検索後に「エクセル出力」を
クリックするとデータをエクセルに出力できる。
図4 医療機器貸出状況
ファイル形式はCSVであるのでエクセル形式に保存
して使うのが便利である。
○情報の収集と改善のための方策の実施に関する機能
メッセージ:2 つの目的での使用を想定して設け
既述の添付文書の検索、メッセージ機能等に加え
た機能である。1 つ目は、点検・研修・その他資料で
て次の機能がある。
は記録しにくい機器の日常の様子、例えば、「機器
お知らせ:メニューのトップに「お知らせ」欄を
を落下させた」、「消耗品を交換した」といった日
設けた。iMarcsの更新情報、医療機器管理センター
常使用時に起こったことを自由な文章で記録してお
からの連絡、医療機器安全管理委員会の決議事項や
くことができるメモ機能である。2 つ目は管理責任
その他の医療機器安全管理に関する事項を周知する
者(担当者)とシステム管理者の間で情報のやり取
ことができる。PDFファイルの添付も可能である。
りができる、一種のメール機能のようなものであ
医療機器安全情報:医療機器管理センターで収集
る。管理責任者が記入した内容は、システム管理者
した情報を迅速に掲載している。PMDAや厚労省か
のメニューにメッセージとして届く。システム管理
らの通達や回収情報その他の安全情報などが主たる
者はこれに返信が可能である。逆に、システム管理
ものである。PDFファイルで閲覧する。
者がメッセージを書き込むと、その機器の管理責任
○研修実施記録
者のメニューにメッセージが届く。これにも返信が
臨床検査科や診療放射線部で行われた院外研修等
可能である。一般ユーザーは書き込みできないが、
は、これまで総務係に報告され、記録が保管されて
やり取りや、メモは「メッセージを見る」の「一覧」
きた。エキスパートナース講習等の研修は臨床工学
に記録され、すべてのユーザーが閲覧可能である。
科により管理されてきた。しかし、機器導入時の初
○ME機器室医療機器貸出状況
期研修や病棟レベルの勉強会については実態を把握
ME機器室の貸出可能機器と残数をリアルタイム
することは困難であった。これに対応するため、研
に見ることができる(図 4 )。「詳細」をクリック
修報告書をiMarcsからダウンロードして、管理責任
することにより、スペックごとの残数がわかり、機
者が医療機器管理センターに報告することにした。
器の写真を見ることもできる。病棟で機器の残数が
医療機器管理センターで報告書をPDF化して研修実
確認できることで、より有効な機器の利用ができる
績に登録する。報告書は一覧として閲覧できるだけ
ようになる。予約機能は機器の有効利用の妨げにな
でなく、関連する機器と紐付けするので、機器を検
る事が懸念されたのであえてつけなかった。
索した時にも、研修実績を見ることができる。ま
た、総務係や、臨床工学科に報告された研修につい
ては、重複した報告は求めず、随時、医療機器管理
センターが確認を行い研修実績に登録する。
− 133 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
考 察
現時点で、当院では滅菌する機器に関しては個体
今回、紙面の都合上資産管理機能を除いて、医療
識別するためのラベルの貼付が困難であり、個別の
機器安全管理に関係する部分についてのみ述べた。
管理記録を残すことに対応できなかった。トレーサ
開発の基本コンセプトの 1 つである「オンライン
ビリティーの観点から2006年11月日本医用工業会が
で稼動し院内すべての端末で情報提供できること」
「鋼製手術器具 2 次元シンボルダイレクトマーキン
の検討に際しては、巨大システムである電子カルテ
グガイドライン」を制定した。また、RFIDタグを使
とのすりあわせが不要であること、院内のコン
用したシステムの開発も進んでいる。これらの採用
ピューターシステムが更新されても対応可能なシス
により、滅菌機器に関しても個別の点検記録に対応
テムにすることを考慮した。ブラウザー上で作動す
できる日がそれほど遠いことではないと考える。
るソフトとして開発したので、いわゆるホームペー
医療機器安全管理の対象にはディスポの機器類も
ジと同様の使い勝手となり、直感的な使用が可能な
含まれる。iMarcsの中で添付文書等の情報の提供や
システムが出来上がった。
研修の計画、記録ができるよう、機能拡張を検討し
医療機器の識別に関して、UDI(固体製品識別)
ている。
1)
法制化の動きがあり 、ディスポ製品ではGS1-128
最後に、医療機器安全管理と資産管理の情報を共
が使用されてきているが、リユース機器類の本体へ
有したことにより、データ入力の手間が大きく省け
の貼付はまだ進んでいない。また、既購入品も安全
ただけでなく、データの入力漏れを防ぐこともでき
管理の対象になることを考えると、現時点では機器
た。縦割りになりがちな管理業務では画期的なこと
の個体識別には独自バーコードを採用せざるを得な
と考える。実現に協力いただいた購買管理室に深く
かった。将来的にはGS1-128やRFIDタグへの対応を
感謝する。
見据えており、iMarcsは新しいアイテムにも柔軟に
対応できるシステムとして開発している。
文 献
添付文書は医療機器情報の基本になるものであ
1 )酒井順哉、村田昭夫、那須野修一:UDI(個体
り、可能な限りの添付文書をiMarcsに登録した。最
製品識別)法制化は医療機器の安全性・標準化
近の機器にはすべて添付文書が付いてくるが、古い
に貢献するか.医機学.2011;81(2):93∼95
ものでは添付文書そのものが存在しないものがあ
る。MEDISやPMDAへの添付文書の登録はメーカー
によるばらつきが大きい。医薬品のように公的な
データベースが充実することが切望される。
MEDIS-DC(一般財団法人 医療情報システム開
発センター)に、JMDN(Japanese Medical Device
Nomenclature)と呼ばれる医療機器の一般的名称リ
ストがある。ここに載っている一般名称が日本での
医療機器の標準名称であり、添付文書にも記載され
ている。機器の登録に際してJMDNコードも登録し
ており、iMarcsはJMDN名称への対応は可能であ
る。しかし、JMDN名称にはかなりわかりづらいも
のが多く、検索の手段としては採用しなかった。一
般名称としては院内通称を採用したので普遍性のあ
るものではないが、浜松医療センターで使用するシス
テムとしてはこちらがベターであると考える。将来的
には編集画面にJMDN名称を表示する計画はある。
− 134 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
活動報告
原発性肺癌に対する体幹部定位放射線治療の初期経験
放射線治療科 1)、診療放射線技術科 2)
飯島 光晴 1)、藤下 容子 2)、鈴木 康治 2)、杉村 洋祐 2)、岡部 理史 2)、竹田 守 2)
【要 旨】 当院では平成22年 4 月より原発性肺癌に対する体幹部定位放射線治療(以下定位照射と略
す)を開始した。当院の定位照射は呼吸による腫瘍の動きを制限するため、息止め法を採用
している。当院の定位照射の特徴とその初期経験について報告する。
【キーワード】 体幹部定位放射線治療、肺癌、呼吸制御
はじめに
重要である。
定位放射線照射とは、ピンポイント照射とも呼ば
当院では平成22年 4 月より肺癌に対する定位照射
れ、当初脳腫瘍に対して開発された技術である。放
を開始した。当院の定位照射は呼吸による腫瘍の動
射線を多方向から病変部に集中させることにより周
きを制限するため息止め法を採用している。当院の
囲の正常組織への線量を可及的に減らし、病変部に
定位照射の特徴とその初期経験について報告する。
対し大線量を投与する治療法である。この技術を肺
癌や肝臓癌に応用したのが体幹部定位放射線治療
対象と方法
(以下定位照射と略す)である。本邦では平成16年
対象はⅠA期原発性肺癌もしくは最大径 3 cm以下
4月より保険適応がなされた(表 1 )。
の転移性肺癌である。Performance Statusが 0、1 で
外来通院による治療が可能な患者を対象とした。い
表1 体幹部定位放射線治療の保険適応となる対象
ずれも過去に肺の手術歴を有したり、併存疾患や呼
疾患(平成16年 4 月)
吸機能の点で手術が困難と判断された症例である。
方法は 6 MV X線を用いて、ノンコプラナー12門照
1)原発性肺癌
直径が 5 cm 以内で,かつ転移のないもの
射を施行した。総線量は48 Gy/4 回/4 日間であ
る。腫瘍の呼吸性移動を制御する目的で比較的簡便
2)転移性肺癌
直径が 5 cm 以内で,かつ 3 個以内で,かつ他
病巣のないもの
R
、エイ
な患者協力型の呼吸制御装置(アブチェス⃝
ペックスメディカル株式会社、東京)を併用した
3)原発性肝癌
直径が 5 cm 以内で,かつ転移のないもの
(図 1 )。この呼吸制御装置は呼吸に伴う胸郭の動
きを機械的に目盛板上の針の動きに変換し、その動
4)転移性肝癌
直径が 5 cm 以内で,かつ 3 個以内で,かつ他
病巣のないもの
きをCCDカメラで捉えて照射室内の患者の呼吸状態
を操作室から遠隔で確認する装置である。これと平
5)脊髄動静脈奇形
直径が 5 cm 以内
行して患者は息止め中であることを押しボタンを押
して操作室内のリニアック操作者に伝える。リニ
体幹部の定位照射が脳腫瘍の場合と一番異なるの
アック操作者は押しボタンが押されたことを操作室
は病変部に呼吸などに伴う動きがあることである。
のブザー音で確認し、さらに呼吸制御装置の胸壁の動
定位照射では通常の放射線治療に比べて病変部に対
きを示す目盛り板上の針が所定の位置で静止したこと
し 1 回に大線量を投与するため、病変部の位置を正
をCCDカメラの画像で確認し照射を行う(図 2 )。治
確に把握し、動きをコントロールすることが極めて
療中患者には自分のペースで 1 回20秒程度の息止め
− 135 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
を繰り返してもらい、その間に位置決め用画像の取
症例呈示(図 3 )
得や放射線照射を行った。
図3 72 歳 男性 左肺癌術後 左肺上葉再発
胸部CT検査 A:治療前、左肺上葉胸膜直下に 1 cm
の結節性病変(矢頭)を認める。
B:治療後 6 ヵ月、高線量領域に一致して間質影の
増強を認めるが、結節性病変は消失した。
図1 呼吸制御装置(赤枠内)を併用した体幹部定
位放射線治療
症例は72歳男性、原発性肺癌左下葉切除術後、左
肺上葉再発症例である。臨床経過は術後 4 年目に右
肺上葉、下葉に多発転移が出現し部分切除術施行。
その 1 年後に縦隔リンパ節転移が出現し、化学放射
線療法(60Gy)施行。さらにその半年後に左肺上葉
胸膜直下に 1 cm大の結節性病変が出現した。追加切
除が困難であり、単発性で他に再発病巣が認められ
ないことから定位照射の適応と判断した。左肺上葉
の再発巣に対し48Gy/4 回/4 日間の定位照射を施
行した。6 ヵ月後の胸部CTでは照射の影響とみられ
る間質影の増強を認めるものの病変は消失した。重
篤な有害事象は認めなかった。
図2 呼吸制御装置
考 察
A:呼吸制御装置全景、B:胸郭の動きを捕捉する目盛
冒頭にも述べたとおり体幹部の定位照射において
板(矢頭)と監視用 CCD カメラ(矢印)
、C:患者が
は、照射中の腫瘍の動きをコントロールすることが
リニアック操作者に息止めを知らせる押しボタン
極めて重要であり、標的とする腫瘍の位置と計画の
ずれは 5 mm以内に留めるようガイドライン上もう
結 果
たわれている1),2)。
放射線治療計画用画像の取得、治療計画ならびに
腫瘍の動きを規定する因子には次のようなものが
呼吸制御装置を装着しての呼吸練習などを含め治療
ある。
準備期間は 3 週間程度要した。実際の治療時間はリ
Ⅰ治療期間中
ニアック室入室から退室まで 1 時間弱であった。治
患者にとって初回の放射線治療は未経験のためか
療施行時の腫瘍位置と治療計画とのずれは概ね 3
なり緊張している。そのために身体に力が入り、計
mm以内であった。外来通院にて安全に照射を完遂
画用CTとの間にズレを生じる。また、回を重ねるこ
しえた。
とにより緊張がとれ身体の力が抜けてくることに
よっても計画用CTとの間にズレが生じる。まれには
− 136 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
照射期間中に治療効果により腫瘍の変形などに伴う
結 語
位置のズレが生じることもある。
当院での肺癌に対する定位照射の初期経験につい
Ⅱ照射セッション間
て報告した。
前回の照射との間におこるセッション間のズレ
定位照射は手術困難な症例に対して安全で有効な
で、主に患者の治療寝台に寝る位置に起因する。
治療選択肢のひとつになり得ると思われる。
Ⅲ照射中
照射中の腫瘍の動きにはさまざまな要因が関与し
本稿の要旨は平成22年11月21日第121回遠江医学
ている。一つは体幹の動きで不随意なものや、咳嗽
会で発表し、学術奨励賞を受賞した。
などが原因となる。二つ目は呼吸運動や腸管の蠕
動、内容物による影響である。腸管の蠕動や内容物
謝 辞
のコントロールは容易ではないが、呼吸のコント
当院での体幹部定位放射線治療の立ち上げにご尽
ロールは現在いくつかの方法が実臨床の場で使われ
力いただいた関係各位および関連各科の先生方に深
ている。その中で当院では息止め法を採用してい
謝いたします。
る。その理由は、①呼吸制御装置が比較的安価であ
る。②静止した病変を対象とするため、治療計画か
文 献
ら照射までの作業が呼吸同期法に比べて比較的単純
1 )体幹部定位放射線治療ガイドライン
であり、計画で得られる線量分布は不確定要素が少
2 )詳説体幹部定位放射線治療、ガイドラインの詳
ないことより現実的なものが得られる。そのため通常
の放射線治療の延長として取り組むことができる。
細と照射マニュアル
3 )Onishi H, Araki T, Shirato H, et al. Stereotactic
早期原発性肺癌に対する標準治療は手術である。
hypofractionated high-dose irradiation forⅠ non-
Ⅰ期非小細胞肺癌に対する定位照射の治療成績は、
small cell lung carcinoma. Cancer. 2004;101:1623-
遡及的検討ではあるが手術可能症例で 5 年生存率75
31.
%程度であり、手術成績に匹敵するものである3),4)。
4 )Uematsu M, Shioda A, Suda A, et al. Computed
今回当院での経験でも症例数は少ないものの定位
tomography-guided frameless stereotactic radio-
照射の安全性と有効性が示唆される結果となった。
therapy for StageⅠnon-small cell lung cancer:A
以下今回の結果をまとめると、
5-year experience. Int J Radiat Oncol Biol Phys.
①定位照射は 4 日間の外来通院で治療可能であり、
2002;51:666-70.
手術困難な症例にも安全に施行可能である。
②呼吸制御装置併用による腫瘍位置の再現性は概ね
良好で、病変の呼吸性移動抑制に有用であった。
③良好な腫瘍制御効果が得られた。
④重篤な有害事象はみられなかった。
問題点としては、以下のケースで本治療の適応が
難しい場合があることである。
①対象となる腫瘍が中枢側に存在し、放射線治療に
よる気管支、大血管、食道への有害事象が懸念さ
れる場合
②高齢者、認知症患者で治療体位の保持や呼吸制御
装置の使用が困難な場合
− 137 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
活動報告
東日本大震災静岡県医療救護班
県西部浜松医療センターチーム活動報告
救急科 1)、外科 2)、看護部 3)、薬剤科 4)、事務員 5)
加藤 俊哉 1)、中田 祐紀 2)、野田 郁 3)、西尾 幸浩 3)、神谷 晴敏 4)、桑原 浩行 5)
【要 旨】 東日本大震災に際し、県西部浜松医療センター医療救護班が、岩手県宮古市に派遣された。
宮古市立赤前小学校保健室、岩手県立宮古病院付属重茂診療所、重茂半島に点在する避難所
で巡回診療を行った。更に避難所を巡視し、血圧測定、健康相談など健康管理支援を行った。
現地で要請されたのは、継続的、長期的な復興支援であるが、医療に関して最も要請されて
いるのは医師派遣である。しかし元々の医療過疎、地域医療崩壊をこの機会に改善すること
は困難である。当院でも災害対策マニュアルの改正を急ぎ、必要資器材の備蓄を行い、実践
的訓練を重ね、職員の意識を高めていくといった地道な努力を急いで進めていく必要がある。
【キーワード】 東日本大震災、医療救護チーム、災害医療
1 .東日本大震災の概要
もなお事態は現在進行形で続いているのが現状であ
2011年(平成23年)3 月11日金曜日14時46分、三
る。
陸沖を震源とする、本邦観測史上最大のマグニ
チュード9.0の大地震が発災した。地震そのものと津
2 .発災急性期の当院の対応
波による被害で全電源喪失に陥った東京電力福島第
連動して発災する危険性のある東海地震に対する
一原子力発電所で炉心溶融事故が生じ、地震による
対応を再確認した。具体的には防災マニュアルの見
津波と原子力事故の複合災害となった。本稿執筆時
直し、備蓄物品の点検などが行われた。当院DMAT
(23年 7 月 4 日)の犠牲者は警察庁によると死者
(災害派遣医療チーム)は航空自衛隊浜松基地、富
15529人 、行方不明者7098人、負傷者5393人 にも及
士山静岡空港への広域搬送受け入れ、具体的には
んだ1)。23年 4 月11日までに岩手県・宮城県・福島
SCU(staging care unit)設営、運用に投入する方針
県で検視された13,135人(男性5,971人、女性7,036
とした。EMIS(emergency medical information
人)の詳細を警察庁がマスコミ発表している。死因
system)への情報入力も随時行った。結果的には広
は水死92.5%(12,143人)、圧死・損傷死4.4%(578
域搬送は行われず、急性期の出動の機会を逸するこ
人)、火災による焼死1.1%(148人)、死因不明 2
とになった。直接の被災地ではなかった当院でも、
%(266人)と阪神淡路大震災に比べると、建物倒
医療資器材、医薬品、生活用品(トイレットペー
壊に伴う圧死・損傷死が少なく、津波による水死が
パー、印刷用紙など)、食材の供給が滞った。購買
大部分である。年齢別では80歳以上22.1%(2,454
管理室をはじめとする当院担当者、供給サイドの
人)、70−79歳24%(2,663人)、60−69歳19.1%
メーカー、流通業者など関係者の努力により、重大
(2,124人)と高齢者が大部分であり、9 歳以下や10
な問題は生じなかった。被災地からの人工透析患
歳代、20歳代はいずれも 4 %以下だった。
者、妊婦の受け入れ準備を行った。合併症のため東
まさに戦後最大の国難と言うべき大規模災害であ
北地方での対応が困難となった妊婦を実際に受け入
り、発災後 4 カ月が過ぎた現在(本稿執筆は 7 月)
れ無事に出産に漕ぎつけた。取り急ぎ医局会より日
− 138 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
本赤十字社に義援金を拠出した。福島原発事故に対
医療班に対応を依頼した。
応した勉強会も数回開催された。
現地への交通手段は大型バスを利用した。東北自
動車道は、応急復旧・補修個所は多数あったが、全
3 .静岡県からの医療救護支援活動
線通行可能で特に支障なく通行できた。早朝に当地
静岡県からは、DMATのほか、県医療救護チー
を出発し、約14時間の移動であった。移動時間に制
ム、日本赤十字社静岡県支部救護班、国立病院機構
限があるため、途中休憩は最小限度としたが、東北
病院医療班及び浜松医科大学医療支援班等さまざま
道サービスエリアではおにぎり、弁当類は全く販売
な形で、医療チームが被災地に派遣された。社団法
されておらず、改めて物流システムが機能不全に
人静岡県病院協会が23年 4 月末に暫定的にまとめた
陥っていることを実感した。心配されたガソリンに
報告書によると、派遣は計延べ73病院(チーム)、
ついては十分に販売されていた。我々の活動拠点で
427人であった。
ある赤前小学校には、19時過ぎに到着し、前任の磐
田市立総合病院チームから引き継ぎを受けた。我々
4 .静岡県医療救護チーム派遣
の詰め所として、視聴覚教室が用意され、自衛隊提
被災県(岩手、宮城、福島)は全国の都道府県に
供の毛布を敷きつめ、登山用マットと毛布・寝袋を
対し、災害対策基本法第74条に基づき医師等の派遣
用いて寝ることができた。また食事については、救
を要請していたが、23年 3 月20日、岩手県から静岡
援物資を食材として、小学校調理室を利用した炊き
県に対し『岩手県宮古地区』の継続的な医療救護支
出しが行われており、我々にも三食提供して頂け
援について具体的な要請があったため、県では、静
た。入浴については、津軽石小学校に陸上自衛隊に
岡県医療救護チームを組織し、延べ43病院、210人
よる仮設風呂が運営されており、我々も利用した。
の派遣を行った。要請翌日の23年 3 月21日には岩手
DMAT、災害支援ナースの活動にあたっては自己完
県宮古市立赤前小学校と津軽石小学校を拠点にそれ
結性を強く要求されるが、今回は静岡県が用意した
ぞれ静岡済生会病院、静岡県立総合病院 チームが一
車両、支援物質、避難所設備などに頼ることができ
般医療班活動を開始した。同24日には赤前小学校を
た2)。
拠点に精神科医療班も活動を開始した。
避難所のリーダーとして赤前小学校校長が全体を
良くまとめられており、給食管理、清掃などは避難
5 .県西部浜松医療センターチームの活動
者による自主的管理が行き届いていた。また現地の
県西部浜松医療センターチームは23年 4 月14日か
保健師、看護師の指導によりうがい、手洗いは十分
ら18日までの 5 日間、一般診療赤前班として現地派
に励行されていた。毎朝 6 時15分のDVT(深部静脈
遣された。メンバーは、加藤俊哉(救急科医師・
血栓)予防体操、ラジオ体操は避難住民、医療救護
DMAT隊員)、中田祐紀(外科医師)、野田郁(救
班一緒に行った。
命救急センター看護師・災害支援ナース)、西尾幸
災害医療の基本原則は以下に列挙する 7 項目の頭
浩( 1 - 7 病棟看護師・DMAT隊員)、神谷晴敏(薬
文字を取ってCSCATTTとまとめられる。Medical
剤師・DMAT隊員) 、桑原浩行(医療連携室事務
managementとしてCommand & Control(指揮命令
員・DMAT隊員)である。多くの職員が派遣を希望
系統と連絡調整)、Safety (安全確保)、Commu-
したが、専門性、部署の勤務調整など種々の事情を
nication(情報伝達)、Assessment(評価)の 4 項
考慮してメンバーを選抜した。いずれも救急災害医
目、medical supportとしてTriage(トリアージ)、
療の知識、技能を有する者である。
Treatment(治療)、Transport(搬送)の 3 項目であ
活動目的は活動拠点救護所、活動拠点周辺避難所
る。我々の現地活動をこの原則に沿って振り返る3)。
(巡回診療)で避難住民・周辺住民に一般・慢性期
医療を提供することである。こころのケアについて
Command & Control(指揮命令系統と連絡調整)
も配慮したが、専門的な対応が必要な場合は精神科
基本的には岩手県災害対策本部が岩手県全域の管
− 139 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
理責任を負うが、宮古地域では宮古市保健所で連日
Assessment(評価)
「宮古地域医療・保健支援チームミ―ティング」が
発災後一カ月が経過した現地の状況であるが、最
開催され、地域全体の医療活動の調整が行われた。
低限の道路は確保されたが、大部分の瓦礫は放置さ
我々の派遣時に宮古地域で活動中のチームは以下のよ
れている状況であり、宮古市中心部でも電気が完全
うな多数であった。医療班は静岡県( 2 チーム)、札
には復旧していなかった。遺体の捜索も地域によっ
幌医大、沖縄県、青森県立中央病院、山形県、新潟大
ては継続中であった。
学、個人、国境なき医師団、宮古医師会。心のケア
(精神科医療班)は琉球病院、静岡県、秋田県。保
(写真1:家屋は流失し瓦礫が散乱している被災地
健師は下関市、函館市、宮崎県、藤沢市、大分
の状況)
県、横須賀市、多良間村、東京都、岩手県立大学。
さらに日本WOC管理学会から認定看護師がスト―
マケアのために現地入りしていた。
通常の医療でも多職種が関わるチーム医療が大切
であるが、災害医療では特に「ロジステイックス
(物流・情報管理)」と称する管理・調整業務が重
要になる。今回も薬剤師は薬剤管理、処方箋処理を
含む事務処理など多くの業務をこなしていた。事務
員も出発前から帰着後までの連絡調整、金銭出納、
車両管理など多くの業務をこなすことになる。派遣
元である静岡県と病院への定時連絡、活動記録の整
理も彼らが担当した。
しかし超急性期から亜急性期に移行はしており、
医療のニーズも救急外傷診療、救命治療から慢性疾
Safety (安全確保)
患の管理、精神的ケアに移行していた。調剤薬局も
活動拠点は高台に位置し、津波のリスクは無く、
復旧、地域の基幹病院である県立宮古病院も支援
建物の損傷も無かった。しかし余震が多発している
チームの協力を得て、機能を回復していた。岩手県
状況であり、巡回診療時は海岸沿い、山間部の狭隘
特に沿岸部は、元々医療過疎、医師不足の地域であ
な道路を移動しなければならないため、万全を期す
り、今回多くの医療支援チームが介入したことによ
ことは困難であった。携帯電話の地震速報、自らの
り、一時的には医療供給過剰な状態になっていた。
五感を活用する程度の対応であった。
しかし自家用車は津波で喪失、鉄道・道路の損傷で
交通の便が無いという理由で、遠方の医療施設、調
Communication(情報伝達)
剤薬局を利用できない住民が多発していたことも事
被災者でもある、現地在住の保健師、看護師の 2
実である。
名の方に、現地状況の説明から道案内、現地組織
(避難所、医療機関、行政機関、漁協など)との連
Triage(トリアージ)・Treatment(治療)・Trans-
絡調整まで御尽力をいただいた。携帯電話はキャリ
port(搬送)
アによって全く通じないものもあったが、ノートパ
赤前小学校保健室を救護所として利用した。また
ソコンあるいは情報端末のインターネットは十分活
岩手県立宮古病院付属重茂診療所、重茂半島に点在
用でき、情報収集、連絡に活用できた。衛星携帯電
する避難所で巡回診療を行った。診察患者数は延べ
話は使用するに至らなかった。
45名、定期処方発行は延べ21件であった。避難住民
の健康管理支援として避難所を巡視し、血圧測定、
問診などを延べ100名に行った。救護所で対応でき
− 140 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
ない傷病については、救急車あるいは救護班の業務
お薬手帳など)も災害によって滅失しまい、大変な
用車両で岩手県立宮古病院に転送することになる。
混乱が生じている。全国共通の情報管理システム、
今回は肩関節脱臼疑いの傷病者を 1 件救急車で転送
災害時向けの簡便な電子カルテシステムの開発が望
した。同病院でも対応できない場合は、盛岡市内の
まれる。
高度医療機関まで約 2 時間かけての搬送となる。
診療は、持病の高血圧の管理、花粉症の処方希望
6 .今後の課題
が多かった。しかし、血液疾患、肝疾患など避難所
DMATの大規模運用、陸海空の初めての統合運用
生活では管理が困難と思われる患者も散見された。
となり現在も進行中の史上最大の自衛隊災害派遣4)、
発災時に津波に呑まれて心肺停止となるが回復、同
その他さまざまな組織で行われた今回の災害対応に
様に溺水による重症肺炎で人工呼吸器管理されたな
ついては、まだまとまった分析ができる段階ではな
ど大変な既往を有する避難住民もいた。また土地
い。本稿含め様々な論説が流布されているが、今回
柄、気質からか、感情をむき出しにすることはない
の巨大な災害の前では、まさに群盲象を評する感が
が、十分に注意して聞き出すと、家族を失った悲し
強い。
み、将来が見えない不安感、避難所生活のストレス
現地医療関係者に強く要請されたのは、総体とし
等を抱えている者も多かった。我々の一般医療チー
て、継続的、長期的な復興支援であるが、医療に関
ムの他に、精神科医を中心とする心のケアチームも
して具体的に最も要請されているのは医師派遣であ
同時に活動していたため、専門的な介入が必要な場
る。しかし元々の医療過疎、地域医療崩壊をこの機
合は協力を依頼した。
会に一挙に改善するのは困難であろう。岩手県立宮
古病院は400床、医師56名の基幹病院だったが、近
(写真2:避難所で血圧を測りながら健康状態を観
年の地域医療崩壊で、医師26 名、200床の運用に
察している西尾看護師)
陥っていた。また同病院付属重茂診療所も高齢医師
が引退し、非常勤医師の手配を行っているところで
あった。市街地の復興都市計画も無い状況では医療
機関の再建もままならない。日本病院協会などが被
災地への医師派遣の具体的な方策を講じているが十
分ではない。
翻って静岡県では津波も含めた被害想定の見直
し、遅れているDMATとの協定締結手続き、災害拠
点病院での訓練の見直しなどを進めている。当院と
しても、現在進行中の災害対策マニュアルの改正を
急ぎ、燃料・医薬品・食糧など必要資器材の備蓄を
行い、実践的訓練を重ね、職員の意識を高めていく
診療記録(カルテ)、処方箋は、各救護班が持ち
といった地道な努力を病院全体で進めていかざるを
込んだ各施設毎に異なる様式の用紙、クリアファイ
得ないと思われる。
ルを上手に活用して徐々に管理システムが整えら
れ、少なくとも静岡県医療救護班が活動している期
謝 辞
間は、患者情報が継続して管理されるようになっ
今回の派遣にあたり、勤務の調整、業務の代行、
た。しかし避難所・救護所解散後の情報管理は未解
費用・資器材の負担、規定の整備など病院全体から
決の問題である。また電子カルテに慣れたしまった
絶大なる支援を頂きましたことに厚く御礼申し上げ
我々は、久し振りの手書き運用に戸惑い、作業能率
ます。
は非常に悪かった。患者の今までの情報(カルテ、
− 141 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
文 献
1 )平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震の被
害状況と警察措置
http://www. npa. go. jp/archive/keibi/biki/
higaijokyo. pdf[internet]
.[accessed2011-7-4]
2 )廣岡雅美:新潟県中越沖地震災害支援ナース活
動報告.県西部浜松医療センター学術誌.
2010:4(1):125-128
3 )加 藤 俊 哉 : 災 害 医 療 の 基 本 ∼ 基 本 原 則
CSCATTTについて∼.浜松医療センター学術
誌.2011:5( 1):in press
4 )防衛省・自衛隊;東日本大震災への対応
http://www. mod. go. jp/j/approach/defense/
saigai/tohokuoki/index. html
[internet]
.[accessed2011-7-7]
− 142 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
活動報告
浜松医療センターにおける
呼吸療法サポートチームの活動の効果と課題
呼吸療法サポートチーム
新屋 順子・笠松 紀雄・矢野 利章・ 島 桂子・岩本 竜明・山本 智美
森 里枝子・平野佐由利・落合めぐみ・杉山 記代・水谷 江里・太田 智子
斉藤 香澄・中村 光宏・中神 孝幸・山田 哲也
【要 旨】 平成20年に当院で呼吸療法サポートチーム活動を開始し、約3年が経過した。院内の人工呼吸
管理患者を把握し、統一したケアを行えるよう、定期回診や年2回の院内講習会の開催、人工
呼吸マニュアルの整備を行ってきた。また定期回診から、随時院内の人工呼吸管理に関する
問題点について、安全な人工呼吸管理をめざして、対策を講じてきた。 3 年間の、活動の成
果と今後への課題について考察した。
【キーワード】 RST 教育 医療安全
はじめに
等開催によるスタッフに対する教育と啓蒙、呼吸ケ
日本呼吸療法医学会から出されている「人工呼吸
アの標準化と安全管理とした。この目的に従い、主
器安全使用のための指針」では、「人工呼吸療法を
な活動内容を1.定期回診、2.スタッフ教育、3.人
施行する部署は、看護師による連続的な患者の生体
工呼吸器マニュアルの整備と定めた。メンバーは医
情報監視が可能で、かつ急変事態にただちに対処で
師、看護師、臨床工学技士、理学療法士で構成され
きる集中治療施設あるいはそれに準ずる施設である
ている。
こと」と、されている1) 。しかし人工呼吸器を装着
1 .定期回診
した患者がすべてICUで管理されているわけではな
毎週火曜日に 1 時間行っており、人工呼吸器装着
く、一般病棟でも管理される現状をふまえ、より安
患者のリストを基に人工呼吸器の設定条件や全身状
全で統一したケアができる必要がある。そこで当院
態を把握したのち、ベッドサイドへのラウンドを
において人工呼吸器装着患者における包括的アプ
行っている。
ローチによる治療とケアの実践を目指し、医療安全
RST活動における定期回診の役割は、人工呼吸器
推進活動の一貫として呼吸療法サポートチーム(以
患者の情報共有に加え、各部署から提示された各種
下Respiratory support team :RST)を平成20年 9 月
トラブルへの安全対策、栄養管理、感染管理などの
に立ち上げた。また、近年多職種連携によるチーム
検討があげられる。 また、定期回診以外にも、人工
医療の重要性が高まり、平成22年 4 月には急性期病
呼吸器管理が長期化し、離脱が困難な患者は随時症
院における院内チーム医療に加算がついた2)。
例検討会を開催している。症例検討会では、RSTメ
当院におけるRST活動を振り返るとともに、今後
ンバーの他、主治医、関連職種も出席し、人工呼吸
RSTとしてとりくむべき課題について検討する。
器離脱のみならず治療や離床の計画、などについて
【RST活動の実際】
検討する。これまでに10代の高位頸随損傷患者、在
RSTの目的は、人工呼吸器の適正かつ安全な運用
宅人工呼吸管理に向けた神経難病患者、術後合併症
を目指したチーム医療の実践、講習会・症例検討会
のため人工呼吸管理が長期化した患者など合わせて
− 143 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
6 例について症例検討会を開催した。これらのうち
3 .人工呼吸マニュアルの整備
人工呼吸器離脱がはかれず、転院となった患者につ
院内の呼吸管理の標準化を図り、安全な呼吸管理
いては搬送方法についての検討を行った。特に10代
を目指すことを目的に、人工呼吸マニュアルの作成
の高位頸随損傷患者については,精神的サポートにも
に取り組んだ。まず、院内で人工呼吸マニュアルの
難渋し,臨床心理士と協力して対応の検討を行い,
ニーズを探り、求められる内容を検討するために平
チームアプローチの重要性が特に高かった。図 1 に
成21年10月下旬にアンケート調査を行った。そのア
平成19年から22年の院内計画外抜管の報告件数を示
ンケート結果をもとに人工呼吸マニュアルの作成を
す。RST活動を開始した平成20年度から、報告件数
行い、平成2 2 年 1 月下旬に医師、救命救急セン
は減少傾向にある。
ター、NICU、人工呼吸器装着患者のケアを行って
いる一般病棟、臨床工学科、リハビリテーション科
へ総数300部を配布した。
マニュアルの内容は1.人工呼吸器用語略語集、2.
人工呼吸器アラームの種類、3.アラームの原因と
対応、4.低酸素の臨床症状、5.酸素投与器具によ
る流量と濃度の目安、6.鎮静薬・鎮痛薬一覧、7.
RASS、8.気管吸引の手技・吸引手順、9.基礎知
識とワンポイントアドバイスとした。また、常に携
帯できるポケットマニュアルとするため、白衣のポ
ケットに入るはがきサイズとし、ラミネート加工を
図1 計画外抜管の報告件数
行い、日々の使用に耐えられるように工夫した。第
1 回配布後も、改訂や、新入職員への追加配布を
2 .スタッフ教育
行っている。
人工呼吸器ケアにおける、院内スタッフの知識を
【呼吸ケアチーム加算について】
深め、ケアの質の向上を目的にこれまで 6 回開催し
呼吸ケアチーム加算(150点)は、人呼吸器の早
てきた。講演会のテーマは、定期回診の中から指摘
期離脱や人工呼吸器関連の合併症の予防へ向け、必
された問題についてタイムリーなものを選択してき
要な診療を行った場合の評価として新設された。一
た。(図 2 )
般算定用件は連続48時間以上継続して人工呼吸器を
装着している患者であって、人工呼吸装着後、一般
病棟での入院が 1 ヶ月以内と規定されている。人工
呼吸器の離脱に向け、医師や専門の研修を受けた看
護したらの専任チームによる診療などが行われた場
合に週1回に限り算定が可能である3)。この加算を受
けて、RSTは全国的に広がりをみせており、活動へ
の協力が得やすくなったとの意見がある一方、算定
基準が厳しく、実際の算定には結びつかない施設も
多い4)。当院での実績は平成22年度で延べ102件、
153,000円となっている。
【まとめ】
RST活動により、これまで不明瞭であった人工呼
吸器装着患者での問題点や離脱へ向けた方針が他職
図2
種間で共有できるようになり、スタッフの戸惑いや
− 144 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
ストレス軽減に繋がったと考える。
また、人工呼吸に関連したヒヤリハット事例につ
いては速やかに対応し、その中でも特に重点的に取
り組んできた計画外抜管対策では、発生件数が減少
傾向にあり、一定の効果があったと考える。しかし
現状の対策のみでは、計画外抜管を完全に防止する
ことができず、さらなる対策を講じるため、現状の
分析と改善が今後の課題の一つと考える。
今後も、人工呼吸器マニュアルや講習会を通じ
て、院内で人工呼吸器管理における統一した評価や
ケアをめざし、他職種により、その職種の視点を生
かしてさまざまな問題点を抽出し、取り組んでいく
ことが大切であると考えた。
文 献
1 )森安 恵実、小池 朋孝、飯島 光雄他:呼吸
療法サポートチーム(Respiratory Support
team:RST)の効果.ICU とCCU。2010;34:
561-566
2 )武藤 正樹:2010年度診療報酬改定とチーム医
療。月刊/保険診療.2010;6:126-127
3 )診療点数早見表:医学通信社.2010;110-111
4 )呼吸器ケア編集室:チーム医療を加速させる
R S T 第一弾 アンケート編.呼吸器ケア.
2011;9:66-74
− 145 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
活動報告
救命救急センターにおける患者参画型看護の取り組み
救命救急センター 小杉 香織、齋藤 恵子、匂坂 有里、片桐 亜記、高橋 円香
【要 旨】 当院では看護部理念の「地域の皆様ひとりひとりが大切にされたと感じられる看護を行いま
す」に基づき、患者参画型看護を取り組みはじめている。しかし、救命救急センターは重症
患者が大部分を占めており、救命処置が優先されることが多い。また緊急入院が続き、翌日
には転棟するなど継続的な関わりができない状況にある。そのため、患者参画型看護の取り
組みが敬遠されている実情があった。「救命救急センターだからこそ患者・家族への配慮が
必要な場面、継続的な関わりが必要な事例」を経験し、患者参画型看護の必要性が高まっ
た。そこでプライマリー制看護を導入し、定期的に事例検討会や実践報告会を開催した。ま
た、スタッフの意見をラベルワークでまとめ、2008年度と2009年度の変化を比較した。
【キーワード】 患者参画型看護、プライマリーナース、ラベルワーク
はじめに
患者参画型看護に対する思い』をテーマとした
救命救急センターでは、救命処置が最優先され、
ラベルワークを実施する。
患者・家族の希望をケアに取り入れることや患者・
4 )独自に作成した患者・家族と共に看護計画の立
家族に対する心理面への看護介入が遅れることが
案、実施、評価、修正するための「患者参画型
あった。また、スタッフは患者参画型看護の必要性
看護計画用紙」を使用し、実践を開始する。 を感じながらも治療や処置におわれ、「看護をして
いる実感がない」という声が聞かれていた。そこ
表1 救命救急センターでのプライマリーナーシン
で、救命救急センターでは、2008年度より患者参画
グの基準
型看護の実践を目指し、プライマリー制看護の導入
救命救急センタープライマリーナーシングについて 平成20年10月
を開始した。その取り組みを報告する。
目 的
2008年度と2009年度の患者参画型看護の実践内容
を比較検討し、今後患者参画型看護を継続していく
ための課題を見出す。
方 法
1 .2008年度
1 )看護部の「患者参画型看護の概念図」を基に、
救命救急センターでのプライマリー制看護の基
準を作成する(表1)
2 )患者参画型看護の勉強会を実施する
3 )取り組み前のスタッフの思いを知るため『今の
プライマリーナーシングとは:1 人の患者を入院から退院まで継続し
て受け持ち、責任を持って看護ケアを提供する看護方式である。
【目的】
1.看護部理念「地域の皆様一人ひとりが大切にされたと感
じられる看護を行います」に基づいた看護を実践する。
2.患者参画型看護を実践する。
患者参画型看護とは:
「患者が自分らしくあるために、どの
ように生きていくかを自己決定できるように支援する」
①患者が歩んできた人生や価値観を大切にした看護を実
践する。
②患者・家族が主体的に自分自身の価値観を確認し、自
己決定に向けて取り組むことができる。
③看護計画の立案段階から実践・評価・修正において、
患者・家族とともに考えて実践する。
3.患者・家族に焦点を当てた看護を実践する。
①ケアの継続性を可能にし、実践した看護の責任を明確
にする。
②患者・家族との人間関係を深め、個別性を重視する。
③患者・家族の理解を深め、ニーズに基づいた看護を実
践する。
4.看護師の能力や看護への意欲を高め、看護ケアの質を向
上する。
− 146 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
【方法】
1.2∼3名の看護師が1人の患者のプライマリーナースと
なる。
2.看護長がプライマリーナースを決定し任命する。
3.勤務時には、担当患者をプライマリーナースが受け持て
るように考慮するがその限りではない。勤務時に受け持
ちについていなくても、プライマリーナースは意識的に
訪室し関わる。
4.患者・家族への紹介は、看護長・副看護長と一緒に行うが、
プライマリーナース自身も紹介用紙を持って挨拶に伺う。
5.プライマリーナースの担当の明記は、入院診療録の背表
紙・ビジブルに自分で記載する。
6.対象は、短期入院・パス(DC・ペースメーカー・慢性硬
膜下血腫)以外の患者または長期入院(10日間以上の入
院)が予測される患者とする。
【プライマリーナースの役割】
1.患者が決定したら、患者と家族、主治医に担当看護師と
して自己紹介する。
2.看護に必要な情報を収集し、データーベースに記載する。
3.患者・家族とともに看護計画を立案、実践、評価、修正
する。(患者参画型看護用紙・看護診断を併用する) 4.医師やコメディカルと治療方針、看護方針について話し
合い、患者・家族に十分な説明を行い患者・家族が自己
決定できるように関わる。
5.カンファレンスで患者・家族と一緒に立案した看護計画
や方向性を伝達し、他のスタッフと情報を共有できるよ
うにする。
6.担当看護師が不在の時は、他のスタッフに伝達しケアを
実践できるようにする。
7.プライマリーナースがリーダー業務の場合は、リーダー
業務を行う。
倫理的配慮
得られたデータ、ラベルワークの結果は目的以外
に使用しないことを救命救急センター看護師全員に
口頭で説明し、同意を得た。日本看護協会「看護者
の倫理綱領」を遵守し、患者・家族には、プライマ
リーナースや患者参画型看護について文書で説明し
同意を得た。
結 果
1 . 救命救急センター看護師の77%がプライマリー
ナースを経験した(2009年度)。
患者参画型看護計画を患者・家族と立案した事
例が、2008年度3例から2009年度39例に増加し
た。
2 . スタッフのレポートより、「回復過程を共感で
きた」、「家族との関わりが増え、家族の思い
を大切にできた」、「個別性のある看護ができ
た」という意見が聞かれた。また、患者・家族
からは、「何でも相談できる看護師がいてよ
かった」、「顔と名前がわかる看護師がいるこ
とが心強い」、「医師からの説明では分かりに
【看護長・副看護長の役割】
1.プライマリーナースを決定し、患者・家族に紹介する。
2.業務分担はプライマリーナースを考慮して決定する。
3.プライマリーナースの状況を確認し、教育的な関わりを
する。
4.患者・家族からの評価を確認する。
くいことも、看護師には聞くことができた」、
「面会時間以外の様子も聞けて安心できた」と
いう反応が読み取れた。
3 . 2008年度のラベルは、「患者参画型看護ができ
ていない」、「難しい」という意見が多かっ
2 .2009年度
た。2009年度のラベルは、「患者・家族の支え
1 )患者参画型看護を実践する。実践報告会を行な
になる存在である」、「患者・家族の思いを傾
聴できる」、「同じ目標に向かうことが大切」
う。
2)
『プライマリーナースを体験しての思い、感
など、体験から得た意見が多くなった。しか
想』のレポート内容を検討し看護師の変化や家
し、未経験の看護師からは、「進め方がわから
族の反応を読み取る。また、ファイリングしス
ない」、「イメージできない」など、どのよう
タッフ全員で共有する。
に介入したらよいか分からないという意見も聞
かれた。
3 )実践してからの患者参画型看護に対するスタッ
フの思いを知るため、『今の患者参画型看護に
対する思い』をテーマとしたラベルワークを実
考 察
施する。
プライマリーナースを体験する前は、経過の長い
2008年度と2009年度のスタッフの思いを比較し
患者や対応に苦慮している患者に対し、患者・家族
検討する。
がどのような思いや希望があるのかが気になってい
ても、十分に話を聴くことができず、何もできない
まま転棟していく事例をいくつか経験してきた。ま
− 147 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
た、救命するための治療や処置が優先され、患者・
また、ラベルワークの比較では2008年度は「参画
家族の希望をケアに取り入れることや心理面への看
できていない」という意見が 8 割を占めていた。し
護介入が遅れていることがあった。その結果スタッ
かし2009年度は「患者・家族の思いに傾聴できる」
フからは「看護をしている実感に欠ける」「治療や
「患者・家族と共に目標に向かうことの大切さを感
処置におわれる毎日で虚しくなってしまう」という
じる」という意見が得られた。プライマリーナース
声が聞かれていた。
を体験することで患者参画型看護の必要性をスタッ
そこで、救命救急センターにおいても患者・家族
フが感じてきているのだと考える。一方プライマ
と共に看護をすることを目指し、プライマリー制看
リーナースを体験しておらず「どのように介入して
護を導入することで患者参画型看護の実践を進めて
いいのか分からない」「未経験なので分からない」
きた。
と不安を感じているスタッフがいた。今後は、プラ
2008年度は、患者参画型看護の基盤づくりとなっ
イマリーナースとなり患者・家族と共に看護をする
た。患者参画型看護とプライマリー制看護につい
体験を増やしていくことが必要である。そして、カ
て、スタッフの共通認識を図るために、概念図や基
ンファレンスや事例検討会を活用することで患者参
準作り、勉強会を行なった。この取り組みは患者参
画型看護の共有を図っていく必要がある。
画型看護を開始するにあたり重要な準備期間であっ
今回、ラベルワークを用いて、患者参画型看護に
たと考える。
対するスタッフの思いを語り合う場づくりを行なっ
2009年度、患者参画型看護の実践を開始した。患
た。林義樹氏は「参画とは、その場の当事者が関係
者参画型看護計画用紙を用いて、プライマリーナー
者と全体像を共有しながら、主体的・自省的に計画
スを体験することで、患者・家族と向き合う時間を
段階から実施・評価・伝承の段階に至るまで、場づ
持つことができていった。77%のスタッフがプライ
くりそのものにかかわり、自らその部分を担い、創
マリーナースを体験できたことは良かったと考え
造的・開放的・全一的に参加すること」1)と定義し
る。救命救急センターは、ICU・CCU・救急外来の
ている。また、「創造的な意識で場づくりに参画で
3 部門を担っており、そのなかでスタッフの異動も
きる力量つまり参画力を計画的に形成できる」1)と
あるためプライマリーナースの調整が難しい状況が
述べている。ラベルワークをきっかけにして、ス
あった。しかし「プライマリーをやりたい」と自ら
タッフが主体的に患者参画型看護への思いを語り参
希望するスタッフも多くなり、事例数の増加にもつ
画できたと考える。
ながった。
患者参画型看護を実践していくには、看護師の参
実際にプライマリーナースを体験した看護師のレ
画力を高めていく必要がある。今後も計画的に参画
ポートからは、「個別性のある看護ができた」とい
力を高める場づくりを行ない、参画の意義を十分に
う意見や「プライマリーナースと認識してもらえて
理解した看護師を育成し、患者と共に看護をしてい
嬉しかった」「今、患者が困っていることを把握し
きたい。
対応することで状態が好転し、患者の表情の変化、
家族の反応に素直に嬉しいと感じた」という意見が
文 献
きかれた。これらのことからも、プライマリーナー
1 )林義樹:参画型看護教育への挑戦 参画理論入
スとして関わることができて良かったという充実感
を得られたと考える。
実践報告会はプライマリーナースが体験した思い
をスタッフ間で共有したり、患者・家族の意思決定
を支援することの大切さを考えたり、患者参画型看
護についての理解を深めることにつながっていると
考える。
− 148 −
門.看護展望.2006.Vol31 no1.P96∼100
C P C
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
C P C
臨床病理検討会要約
StentおよびPTCD tube留置し、約 8 年の経過を辿った胆管癌の 1 例
平成 22 年度臨床研修医 松田 周一
CPC 開催日 平成 22 年 9 月 28 日
当該診療科 外科
症 例:86 歳 女性
臨床指導医 西脇 由朗
職 業:無職
病理指導医 森 弘樹
《臨床診断》
ら総胆管内にPTCD tubeを留置した。
【主病変】:肝門部胆管腫瘍
以降も、胆管炎やPTCD tubeのトラブル(事故抜
去や刺入部周囲からの漏れなど)のため、計17回の
《臨床所見》
入退院を繰り返した。
【主 訴】:嘔気、嘔吐
【既往歴】:
28 歳、37歳 肛門周囲膿瘍手術
35歳 虫垂炎手術
44歳 胆嚢結石症に対して胆嚢摘出術
52歳 総胆管結石に対して十二指腸乳頭形成術
70歳 直腸癌に対して低位前方切除術
75歳 内視鏡的大腸ポリープ切除術
76歳 胆管炎で入院
77歳 横行結腸癌に対して横行結腸切除術
78歳 胆道鏡にて左肝管を主座とし右肝管へ広が
る乳頭状腫瘍を認め、生検でvillotubular adenomaと
診断された。 5 回の胆汁細胞診からは悪性細胞が検
出されなかった。病巣完全切除には大量肝切除が必
要であること、多数の手術歴があり78歳であるこ
と、悪性の疑いはあるものの確定していないこと等
を考慮し、患者、家族と共によく相談して、総胆管と
左肝管に金属ステント(metallic stent)を留置した。
80歳 左肝管metallic stent閉塞のため、肝左葉外
側区から経皮的胆管ドレナージチューブ(PTCD
tube)を留置した。
81歳 総胆管metallic stent閉塞のため、肝右葉か
図1 前回入院時(平成22年 5 月 9 日)の胆管造影
− 150 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
左肝管と総胆管にmetallic stentが留置されてい
した。PTCD刺入部からの出血も認めた。血液培養
る。左肝管stent内は造影されていない。
施行後、スルピリンを投与した。後日、血液培養か
肝左葉外側区のPTCD tubeを通して、左肝管の一
らはStreptococcus constellatusが検出された。
部が造影されている(図 1 上)。肝右葉から留置さ
5 月27日の朝には解熱したが、頻脈、血圧低下を
れたPTCD tube交換後に、総胆管および右肝管が造
認め、意識レベルも悪化した。PTCD tubeからは血
影されている(図 1 下)。
性の液体の流出がみられ、採血部やルート抜去部に
も出血斑を認めた。血液検査ではWBC 22100まで上
【現病歴】
:平成22年 5 月22日夜に茶褐色様の液体を
昇、Pltは54000に低下、PT-INRは1.94と延長を認
1回嘔吐した。嘔吐後は症状改善し、夕食を摂取で
め、FDPは966.0、D-dimerは299.7に増大していた。
きた。
胆管炎による全身性炎症反応症候群、DICの状態と
5 月23日、朝食は摂取可能だったが、昼食は摂取
考えられ、ガベキサートメシル酸塩および抗生剤
できなかったため、当院救急外来を受診した。同
SBT/CPZの点滴を開始した。また、血圧低下に対し
日、経過観察目的に入院となった。
てドパミン塩酸塩(DOA)の点滴を開始し、アルブ
ミン製剤(1U)の点滴も行った。5 月28日にはアン
【入院時現症】
:身長 156.0kg 体重 41.4kg 体温 37.5
チトロンビンⅢ(ATⅢ)製剤も投与開始した。さら
℃ 血圧 128/63mmHg 脈拍 78bpm 整
に血圧低下が続くために、DOAを徐々に増量、アル
腹部 平坦かつ軟 圧痛なし PTCD tubeからの胆
ブミン製剤(2U)も点滴した。血液検査で腎機能障
汁流出量は少量
害(BUN 42.7, Cr 2.96)もみられ、無尿の状態と
なった。
【入院時検査所見】
:〈血液〉WBC 8500 /mm3, RBC
4
3
5 月29日の血液検査上、DICの状態は変わらず、
4
Pltは5000に低下していた。家族に対して病状報告
/mm <生化>TP 6.0 g/dl, Alb 3.0g/dl, T-bil 0.35 mg/
し、DNRの同意を得た。DICに対する積極的な治療
dl, D-bil 0.15 mg/dl, AST 19 mg/dl, ALT 12 mg/dl,
は控える方針となり、翌日からガベキサートメシル
LDH 212 IU/L, ALP 247 IU/L, γ-GTP 15 IU/L, Ch-E
酸塩やATⅢ製剤の投与を中止した。また、血圧は
108 IU/L, CPK 76 IU/L, Amy 80 IU/L, BUN 15.0 mg/
100mmHg以上保てるようになったため、DOAは中
dl, UA 3.2 mg/dl, Cr 0.69 mg/dl, Na 132.3 mEq/L, K
止した。
3.5 mEq/L, Cl 96.1 mEq/L, Ca 8.3 mg/dl, IP 3.5 mg/
5 月30日から徐々に傾眠傾向となった。血圧は安
dl, BS 94 mg/dl, CRP 9.17 mg/dl
定していたが、排尿は見られなかった。血液検査
314×10 /mm , Hb 8.1 g/dl, Hct 25.9%, Plt 23.3×10
3
上、肝機能や腎機能は徐々に増悪していった。さら
【入院後経過】
:入院当日( 5 月23日)の血液検査で
に、上下肢の皮下や口腔内の出血、血性嘔吐物や
は肝胆道系酵素の上昇はみられなかったが、WBC、
タール便が見られるようになった。 6 月 7 日の血液
CRPの上昇を認め、胆管炎が考えられた為、絶食、
検査でHbが4.3に低下していた。 6 月 9 日は下血が
補液で経過観察となった。 また、左右のPTCD tube
頻回にあり、バイタルも不安定となった。6 月10日
からの流出が少量であったので、tube内の閉塞と考
の早朝に意識レベルがさらに悪化し、血圧、脈拍共
え、tube内を洗浄した。この処置により、流出は良
に低下傾向した。 8 時35分に死亡された。
好となった。
5 月24日の血液検査でHbが6.8まで低下したた
【死亡時点での臨床上の疑問点、問題点】
め、赤血球濃厚液−LR(RCC-LR )4 Uの輸血を施行
・本患者の胆管腫瘍について、良悪性も含めた病理
した。同日PTCD tube内に凝血塊を認めた。 5 月25
診断は何か。また、腫瘍は周囲組織へ浸潤してい
日にHbは10.8まで改善した。
たか。
5 月26日の深夜に39.4℃の発熱、悪寒戦慄が出現
・metallic stent閉塞の原因は腫瘍増大によるもの
− 151 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
か。あるいは、結石形成などによるものか。
○関連およびその他所見
・十二指腸乳頭形成術後の総胆管の構造の変化や、
それによる胆管腫瘍発生に対する影響はあるのか。
1 .DICによる出血傾向の所見
①小腸、大腸内容:タール便
②皮膚:前胸点状出血、鼠径穿刺部出血
③心外膜出血
④腎被膜点状出血
2 .腎急性尿細管壊死、黄疸腎:右腎−80g、左腎
−90g
3 .敗血症に伴う骨髄過形成
4 .陳旧性心内膜下梗塞:心−300g
5 .右下葉肺炎:右肺−360g、左肺−210g
右胸水−500ml、左胸水−460ml、黄色透明
6 .大動脈硬化
図2 左肝管腫瘍組織像(高分化型腺癌)
:HE 染色
× 100
【臨床上の疑問点に対する考察】
本例の胆管腫瘍は左右肝管に渡っていると考えら
れ、当初、臨床的に悪性腫瘍と考えられていたが、
【病理解剖診断】
約 8 年に渡る長期的な経過を辿り、転移の所見にも
黄疸著明の老人・女性屍体(身長156cm/体重42.7kg)
乏しいことから良性腫瘍であった可能性も考えられ
た。病理組織学的には、肝内胆管上皮内を中心とし
○胆管癌:肝・十二指腸・膵−1000g
て、管内に乳頭状から絨毛状に増殖する腫瘍とし
1 .左肝管腫瘍(絨毛状腫瘍、88X42mm)
て、肝内胆管癌・胆管内発育型および胆管内乳頭状
診断:肝内胆管癌
腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasm of bile
他臓器転移なし、リンパ節転移なし
duct:IPN-B)が鑑別に挙げられた。このIPN-Bは昨今
組織:高分化型腺癌、管内発育型
提唱されている概念であり、胆管内腔に乳頭状発育
※ただし、総胆管stentにより肝門部胆管上皮が脱落
し、粘液過剰産出などがみられる腫瘍とされる1)。ま
しており、肝門部胆管腫瘍が存在した可能性も否定
た、IPN-Bの中には本例のように緩徐に悪性化の経
できない。
過を辿るものがしばしば見られるが、基本的には良
2 .stent挿入状態
性腫瘍である。本例の胆管腫瘍は細胞の異型がみら
①総胆管stent
れる高分化型腺癌であり、胆管上皮から間質への浸
結石( 2 X1.3cm)、出血による凝血塊などによる
潤傾向が強いことから、肝内胆管癌の胆管内発育型
閉塞
との診断となった(図 2 )。
②左肝管stent
腫瘍の局在は左肝管内に限局したものであり、主
左肝管腫瘍による閉塞
に胆管内で増大し、stent閉塞を来していた。以前、
3 .多発肝膿瘍
78歳時に施行した胆道鏡で肝門部胆管腫瘍を指摘さ
肝左葉主体、腫瘍末梢側、左肝管PTCD挿入部周囲
れた部位は、今回、総胆管stent挿入部の胆管上皮の
4 .十二指腸乳頭部
欠落のため病理組織診断を行えなかった。しかし、
十二指腸乳頭切開術後、開口(長径 1 cm)
少なくとも肝門部胆管の腫瘍は上皮内腫瘍であると
考えられる。本例は臨床的に肝門部胆管癌と判断さ
○直腸癌、横行結腸癌術後
れたが、胆管癌の主座となる部位の判断が、病期や
再発なし、上行結腸低異型度管状腺腫
治療方針の決定に大きく影響することからも、非常
− 152 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
に診断の困難な症例であった。また、総胆管stent内
右肝管に跨る胆管腫瘍と考えられ、切除困難な胆管
には結石などの結晶成分や凝血塊による閉塞がみら
癌としてmetallic stentが留置された。しかし、本例
れた。この凝血塊の存在は総胆管での出血が原因と
のような長期の経過を辿る胆管癌の場合、metallic
考えられ、さらにDICによる出血傾向のために、下
stentの留置は胆管炎や胆管結石の反復、PTCDの挿
血を来す原因となった可能性がある。
入および頻回交換が起きるため、患者のQOLに対し
そして、肝左葉には、特にPTCD挿入部を中心と
て大きなダメージを与えると考えられる。胆管癌に
して、多発肝膿瘍も認めていた。また、本例の血液
対するmetallic stentの留置は慎重に施行される必要
培養で認めたStreptococcus constellatusはα溶血連
があると考えられる。
鎖球菌の一型で、消化管に分布し、肝膿瘍の起炎菌
として10%以上を占める。本例では閉塞性胆管炎に
【総 括】
加えて、肝膿瘍がSIRS、DIC発症の原因となった可
本例は肝門部胆管腫瘍に対して総胆管および左肝
能性があると考えられる。
管に対してmetallic stent留置を施行され、その後、
PTCD留置やその交換を繰り返しながら約 8 年間の
【胆管腫瘍について】
経過を辿った。胆管腫瘍の中にも様々な経過を辿る
胆管癌のリスクファクターとして、膵・胆管合流
ものが報告されており、良性腫瘍のみならず、特に
異常や原発性硬化性胆管炎がある。また、外科的乳
本例のように緩徐な進行を辿る悪性腫瘍の場合に
頭形成術後、約 7 %の症例に胆管癌の発生報告がみ
は、胆道ドレナージを施行する際にmetallic stent選択
られる。これは膵・胆管合流異常と同じ病態、すなわ
に対して慎重に検討を行う必要があると考えられた。
ち、膵液の胆管逆流により、胆管の慢性炎症を引き起
こし、発癌につながるとの機序が考えられている2)。
文 献
本例も十二指腸乳頭形成術後の慢性的な胆管の炎症
1 )中沼安二、北川諭、全陽:胆管内乳頭状(粘液
が発癌の誘因となった可能性が考えられる。ただ
性)腫瘍−胆管乳頭腫(症)、胆管内発育型の
し、近年ではほとんど経内視鏡的に乳頭切開術を
肝内胆管癌、乳頭型の肝外胆管癌、粘液産出胆
行っており、乳頭切開後は一過性に胆管への膵液逆
管腫瘍およびその関連病変を含む疾患名称とな
流認めるが、年単位では消失し、胆道系発癌の発生
り得るか−.胆と膵.2006.;27:73-79
頻度も 1 %未満と報告されている2)。
2 )阿部展次、杉山政則、鈴木裕、他:内視鏡的乳
胆管癌の切除不能例に対しては減黄目的に内視鏡
頭切開術と内視鏡的乳頭拡張術の長期成績.胆
的胆道ドレナージを行うが、metallic stentおよび
道.2010.;24:82-86.
plastic stentの選択については、生存期間延長に関し
3 )胆道癌診療ガイドライン作成出版委員会:エビデ
て有意差はないと報告されている3)。metallic stent
ンスに基づいた胆道癌診療ガイドライン. 2007.
の長所としてはstentの逸脱が少ない点や、stentが胆
4 )外川修、伊佐山浩通、木暮宏史、他:切除不能
管壁と密着しているため、stent周囲の胆汁うっ滞が
胆道癌における胆道ステントとして本当にメタ
少なく、胆管炎のリスクが低い点があげられる。こ
リックステントの方が有用なのか.肝胆膵.
ういった点からstentの開存期間は平均約 8 ヵ月と長
2009;58:103-110
い。それに対して、plastic stentはstent先端が十二指
5 )越智泰英、長谷部修、新倉則和、他:肝門部胆
腸内にあるため、逆行性胆管炎のリスクが高い。開
管閉塞例に対するステンティング−長期開存を
存期間は平均約 4カ月と短く、閉塞した場合はstent
目指した挿入法の工夫−.胆と膵.2007;28:
交換を行う。一方metallic stentでもstent内への腫瘍
259-265
の増殖や結石の再発により再閉塞が起きうるが、
6 )齊藤博哉、鉾立博文、武内周平、他:肝門部胆
stentは通常抜去不可能であり、その場合はPTCDを
管癌の非手術的治療.胆道.2007; 21:692-701
4-6)
行うこととなる
。本例の場合、当初臨床的には左
− 153 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
C P C
臨床病理検討会要約
早期胃癌と左腎癌術後 11 病日に心肺停止状態で搬送された症例
浜松医療センター 外科 金井 俊和
CPC 開催日 平成 22 年 10 月 7 日
当該診療科 外科
症 例:69 歳 男性
病理指導医 森 弘樹、小澤 享史
職 業:無職(元製造業)
《臨床診断》
は、早期胃癌(T1(sm)N0H0P0)及び左腎臓癌
【主病名】急性消化管出血疑い
(T1bN0Mx)。肥大型心筋症と心房細動、高血
【副病名】早期胃癌および左腎癌術後状態 11 日目
圧、糖尿病の合併症ついて循環器科・内分泌科・麻
肥大型心筋症、心房細動、高血圧、糖尿病
酔科に術前コンサルトを行い、手術リスクにつき検
討したのち、胃癌と腎臓癌の同時手術が可能と判断
《臨床所見》
した(American Society of Anesthesiologists Physi-
【主 訴】吐血、意識障害
cal Status Classification Class 3 )。
入院にて術前糖尿病コントロールを 1 週間施行
【既往歴】
し、診断より約 2 ヶ月後に定型的幽門側胃切除術、
・肥大型心筋症(ejection fraction 72%)、心房細動、
Billroth 1 法再建(後壁打抜き器械吻合)、リンパ節
高血圧、2 型糖尿病で通院中。
郭清(D1+β)及び左腎臓摘出術を泌尿器科と合同
・平成 15 年 十二指腸潰瘍。
で施行した。
・早期胃癌および左腎癌(術後 11 病日)。
術後経過は、良好で術後 3 日目から飲水を開始
し、4 日目から食事を開始した。入院経過中に嘔
【生活歴】
気・嘔吐などの消化器症状は認められなかった。術
喫煙歴 15 本 / 日(20 ∼ 50 歳)
、飲酒歴 なし、
後 1 ・ 3 ・ 8 日目の血液検査では炎症反応に目立っ
アレルギー なし
た異常は認められず、手術による貧血や左腎摘出後
の腎機能も改善傾向にあった(表 1 )。また術後 6
【現病歴】
・ 8 ・ 9 日目に排便があり、術後10日目に軽快退院
黒色便の精査のため、他院にて上部消化管内視鏡
となった。
検査を施行され、胃癌(印環細胞癌)と診断され
た。さらにCT検査で左腎臓癌の合併を指摘、両疾患
の治療目的に診断から約 1 ヶ月後に当院を紹介され
た。術前精査の結果、胃癌は胃角部大彎の0-IIa + IIc
で深達度sm(図 1 )、腎臓癌は左腎上極から突出す
る4.2cm大の腫瘤として描出された(図 2 )。骨シ
ンチにて左第9肋骨にhot spotを認めたが、CTとMRI
検査では、骨転移の所見は認めなかった。術前診断
− 154 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
外来へ搬送された。自発呼吸はなく口腔内に暗血性
吐物を認め、気道吸引で同様の吐物の誤嚥を認め
た。搬送時、意識レベルはGlasgow Coma Scale 3
点、血圧は測定不能、心電図モニター上は無脈性電
気活動を呈していた。直腸診では異常を認めなかっ
た。心肺蘇生処置が施行されたが心拍の再開はな
く、救急搬送から約1時間後に死亡確認となった。
来院時の血液検査では貧血を認めた(RBC 227×
104/μl、Hb 7.2g /dl、Ht 22.4%)。死亡確認後に施
行されたCT検査では残胃内に凝血塊を認め、十二指
腸から小腸内に液体貯留を認めた(図 3 )。
図1 上部消化管内視鏡検査
表1 術後血液検査
胃角部大彎に皺壁の集中を伴うIIa+IIc病変を認め
る。陥凹面に島状に粘膜の遺残を認め、深達度はsm
深部浸潤を疑う。
図2 腹部造影CT検査
左腎上極から突出する周囲は造影効果を認め、内部
は不均一に淡く造影される4.2cm大の腫瘤性病変を
認める(矢印)。
退院後の経過:
図3 腹部単純CT検査
退院当日は、昼と夜の食事は問題なく摂取され、
残胃内に凝血塊を疑う高吸収陰影を認める(矢印)。
よい便が出たとの報告が家人にあった。退院翌朝午
前○時○○分頃うなり声を聴取した家人が、トイレ
内で意識状態の低下している本人を発見し、救急要
【死亡時点での臨床上の疑問点、問題点】
・早期胃癌および左腎癌術後11病日で、急性消化管
請を行った。トイレからの搬出時に新鮮血の吐血が
認められた。家人による発見から43分後に、気道確
出血の部位と原因の究明
・心肺蘇生処置に全く反応が見られなかった理由
保がなされ心肺蘇生処置を施行されながら当院救急
− 155 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
《病理解剖診断》
した十二指腸側に術後形成された大きく深い潰瘍病
解剖は死後約 2 時間で施行された。
変の太い動脈の破綻であった。潰瘍は顕微鏡的に膵
身長170cm、体重65.9kg
臓に達していた。一般的に吻合部潰瘍は、上部消化
A,吻合部潰瘍
管吻合術後に吻合部近傍に発生する消化性潰瘍であ
胃十二指腸吻合部に接して60×35mm大の潰瘍を
る。多くは消化性潰瘍に対する手術後にみられ、胃
認め、潰瘍底部に露出血管が存在し、同血管の破綻
壁細胞領域や幽門洞の残存、不完全な迷走神経切
の所見を認めた。潰瘍の深さは十二指腸背側で膵臓
除、Billroth 2 法再建時の輸入脚の過長など、消化性
に達していた(UL-4)(図4a・b・c)。同部からの
潰瘍に対する不適切な手術が原因とされる。また、
出血によると考えられる凝血塊を胃内に600g、小腸
Zollinger-Ellison症候群や潰瘍誘発薬剤の摂取、遺残
に血性内容として530g、大腸に黒色便として160gを
縫合糸などの異物反応、虚血等も吻合部潰瘍に類似
認めた。
した潰瘍の成因として考えられる。
消化性潰瘍に対する広範囲胃切除術後における吻
B, 胃癌術後状態
合部潰瘍の発生頻度は、本邦の各施設の報告では0.5
早期胃癌(UICC:pT1b, pN0, pMx, G3, stage IA)
%以下と高いものではない1)。一方、胃癌に対する
の術後で、吻合部周囲への漏出(縫合不全)の所見
手術後ではさらにまれと考えられる。その理由とし
を認めない、残胃に腫瘍の残存を認めない。開腹創
て、①胃癌の発生する背景胃粘膜は萎縮を伴うこと
に感染などの所見を認めない。
が多い、②定型的幽門側胃切除では胃の 2 / 3 以上
の切除がなされ、大井理論2)に基づくと胃壁細胞の
C, 腎癌術後状態
分布する区域の大部分が切除されることになる、③
左腎臓癌術後状態(UICC:腎細胞癌・淡明細胞
右噴門と小彎リンパ節郭清のため迷走神経の切離が
癌 G2 > G1, pT1b, pNx, pMx, stage I)、腫瘍の残存
行われることから、残胃の酸分泌能が抑制されるこ
を認めない。
とが挙げられる3)。
今回の潰瘍形成の原因については、本症例では定
D, 前立腺潜在癌
型的胃切除とリンパ節郭清(D1+β)が施行され、
最大径 5 mmの中分化型腺癌(Gleason 3 + 3 )
胃酸分泌は通常なら低下していたと考えられるが、
を認めるが、他臓器浸潤やリンパ節転移は認めない。
酸による原因は完全には否定できない。またリンパ
節郭清や糖尿病による微小血管障害による虚血、さ
E, その他の病変・所見
らに膵臓からの消化酵素も潰瘍形成とその悪化、さ
1 .肥大型心筋症(560g)、顕微鏡所見上心筋細胞
らに動脈破綻に影響を及ぼした可能性が推察される。
の錯綜配列を認める(図5 a・b)。左室流出路壁厚
潰瘍底部の露出血管が破綻し、急性出血が生じた
25mm、僧帽弁周95mm、大動脈弁周70mm、三尖弁
ことが証明されているが、搬送直後の血色素は7.2g/
周130mm、肺動脈弁周80mm。
dlで、通常ならば出血性ショック死に至る値とは考
え難く、また肝臓及び腎臓の病理所見からもそれを
2 .左第 9 肋骨に肥厚あり、古い骨折などの反応性
示唆する所見は認めなかった。一方、肉眼所見と病
病変を推定する。
理所見で肥大型心筋症を認めており、本症例では急
性出血により代償性に心負荷がかかり、心原性
3 .出血性ショックを示唆するショック肝、高度の
ショックに移行し心停止したと推察される。肥大型
急性尿細管壊死の所見は認められない(図 6 、図 7 )。
心筋症では心臓内腔が狭く、閉胸式心マッサージで
は血流が十分に維持できないとの報告もあり4)、適
切な心肺蘇生処置が行われたにも関わらず、心拍の
【臨床上の疑問点に対する考察】
急性消化管出血の原因は、胃十二指腸吻合部に接
再開が困難であったと考えられる。
− 156 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
総 括
吻合部潰瘍は手術後形成されたものであるが、臨
床経過に明らかな異常を認めず、その予見は不可能
であった。採血結果と搬送時の直腸診の所見から退
院翌日に吻合部潰瘍の露出血管からの急性出血が発
症したと考えられる。
本症例から学ぶべきことは、胃癌により定型的胃
切除を施行しても術後早期に吻合部潰瘍が形成され
得ることを念頭におき、周術期管理を行うことが必
要であること、特に縮小手術として残胃を大きく残
す場合は、吻合部潰瘍の発症に細心の注意を払うこ
図4b 露出血管の破綻(矢印)と直下に比較的大
とが肝要であると考えられた。
きな動脈を認める。
文 献
1 )中村輝久、立花光夫:特集 胃切除術を受けた
患者の訴えと看護 吻合部潰瘍.臨床看護.
1987;13:1239-45
2 )大井 実:吻合部潰瘍.臨床外科全書 4 巻.金
図4c 潰瘍の深さは十二指腸背側の膵臓に達して
原出版;1968.249-58
3 )柏木秀幸:特集 再手術−予防・適応・手術手
いた(UL-4)(矢印)。
技− 胃切除術後の吻合部潰瘍.手術.2005;
59:1439-45
4 )境 雄大、小倉雄太、木村大輔、他:術中心停
止をきたした肥大型心筋症を合併した肺癌の 1
例.日呼外会誌.2008;22:1027-32
図5a 求心性の心肥大(心重量560g)を認める。
図4a 胃十二指腸吻合部の肛門側に露出血管を伴
う潰瘍を認める(矢印)。
図5b 錯綜構造を有する心筋細胞を認める。
− 157 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
図6 ショック肝の所見を認めない。
図7 高度の急性尿細管壊死の所見を認めない。
− 158 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
C P C
臨床病理検討会要約
重度熱中症により CPA に至った 1 例
平成 22 年度臨床研修医 松永英里香
CPC 開催日 平成 22 年 12 月 24 日
当該診療科 救急科
臨床指導医 水谷 敦史
病理指導医 森 弘樹、小澤 享史
《臨床診断》重症熱中症
ころを発見され、救急要請となった。
1 :26 救急隊接触時、心電図はAsystoleであった。
《臨床所見》
CPRを開始。このときの鼓膜温は39.4℃であった。
症例:43 歳 男性、職業:工場作業員
1 :50と 1 :55 に救急車内でアドレナリン 1 mgを
【主 訴】心肺停止状態
計 2 回投与した。
2 :00 病着。心電図上Asystoleが継続していた。
【既往歴】 躁鬱病(他院通院中)、悪性症候群の疑い
(ハロペリドール投与後に、脱水症、高 CPK 血症と
なった。詳細不明)
【来院時現症】
心電図モニター上Asystole、直腸温41.0℃、瞳孔
散大、対光反射なし。大小関節ともに硬直があり、
【生活歴】 自動車部品製造工場夜間勤務(17:00 ∼
1:40 の勤務中に 3 回休憩が義務付けられている)
【内服薬】炭酸リチウム、塩酸クロルプロマジン、ク
顔面は紫色にうっ血していた。簡易測定法では血糖
値は134であった。
【検査所見(CPR施行中)】
<血液>WBC 14200/mm3、RBC 518×104 /mm3、
ロルプロマジン、ゾテピン
Hb 18.4g/dl、Hct 56.8%、Plt 11.7×104/mm3
【現病歴】
<生化学>TP 9.2 g/dl、Alb 5.6g/dl、T-bil 1.12mg/
平成22年 8 月18日
dl、AST 83mg/dl、ALT 100mg/dl、LDH 773IU/L、
8 月17日(前日)17:00から工場で作業をしてい
ALP 288IU/L、γ-GTP 100IU/L、CPK 1361IU/L、
た。作業場は32℃と高温であったが、作業員には28
AMY 252IU/L、BUN 14.8mg/dl、Cr 3.18mg/dl、Na
℃の送風が当たるように設定されていた。作業現場
148.2mEq/L、K 9.8mEq/L、Cl 94.4mEq/L、Ca
には周囲に別の作業員もいた。
12.5mg/dl、BS 104mg/dl、CRP 0.30mg/dl
0 :10∼ 0 :20 休憩をとったらしいが、休憩中の様
<凝固>PT 12秒、PT 102.9%、PT-INR 0.99、APTT
子は誰も確認していない。
32.6秒、APTT 74.2%、Fib 63mg/ml、D-dimer 300
0 :59 生産ラインの記録でエラーが出ており、この
μg/ml
とき作業が止まったと推測される。
1 :10過ぎ 同僚が通りかかった際に、倒れていると
− 159 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
いとされ、悪性症候群が基礎に存在することよって
【来院後経過】
CPRを継続し、気管挿管により気道・呼吸管理を
横紋筋融解症をきたした、
という可能性も考えられた。
行った。生理食塩水による大量輸液を行い、3 分お
きにアドレナリン 1 mgを計 3 回投与した。
《病理所見》
2 :25(来院後25分)2 次救命処置を施行した
2010年 8 月18日に解剖を実施した。身長171cm、体
が、Asystoleのまま経過した。瞳孔は散大し、硬直
重61.1kgの男性屍体であった。
も認められたことより、蘇生不能と判断してCPRを
終了した。Autopsy imagingを実施した。
【肉眼的所見】
1 .心臓:360g、左右心室拡張、心肥大あり。新旧
心筋梗塞所見は明らかでない。
【画像所見(Autopsy imaging)】
2 .諸臓器のうっ血:肺(左390g, 右490g)、肝臓
頭部CT、腹部CTに死因になるような有意な所見
(1850g)、脾臓(250g)、腎(左180g, 右160g)、
は認めなかった。
頚部から頭部にかけての皮膚うっ血
3 .肺動脈血栓なし、下大静脈血栓なし
4 .頭蓋内出血なし、髄膜炎を疑う所見なし
【組織学的所見】
1 .心臓:強い線維化所見なし
2 .肺:肺水腫
3 .急性尿細管壊死の推定
4 .腸腰筋に横紋筋融解の所見なし
《最終病理解剖診断》
1 .急性心不全(心原性ショック)
図1 胸部単純CT
2 .急性腎不全
肺水腫様所見を認める。胸水貯留なし。心嚢水貯留
なし、大動脈解離なし。
【考 察】
発症前の情報が少なく、高体温、検査所見(血液
濃縮、WBC・AST・LDH・CPK・K上昇)、高温環
境での労働、画像検査にて死因と思われる決定的な
所見が認められなかったことから、Ⅲ度熱中症の診
断となった1)2)。高度の脱水により腎前性腎不全と
なり、高K血症から致死的不整脈が引き起こされた
と考えた。
図2 肺組織像
【死亡時点での臨床上の疑問点、問題点】
肺胞内に浸出液の貯留を認める。
本症例は、抗精神病薬内服中であり、悪性症候群
の診断基準であるLevenson,J.Lらの診断基準3)の大
症状 3 項目を満たすことから、悪性症候群も考えら
れる。悪性症候群は熱中症と鑑別が困難なことも多
− 160 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
文 献 1 )三宅康史:初療時に必要な救急臨床検査 高体
温・低体温.救急医学.2010;34:919-924 2 )乾大資、西村匡司:外因性救急 熱中症・低体
温症.救急医学.2010;34:1583 3 )斉藤和幸、水澤英洋:悪性症候群の診断と治
療.BRAIN MEDICAL.2009;21:33-35 4 )西山淳、竹原哲彦 他:熱中症と鑑別を要した
悪性症候群の 1 症例.鹿児島救急医学雑誌.
2004;51:3988-3989
図3 腎組織像
急性尿細管壊死像を認める。
【臨床上の疑問点に対する考察】
本症例においては熱中症や悪性症候群が鑑別に挙
げられた。悪性症候群は、抗精神病薬服用中の患者
の0.02∼3.23%に発症し、死亡率は約11.6%と報告さ
れている。高体温、筋強剛、自律神経障害、錐体外
路症状を呈し、循環不全や腎不全で死に至ることも
ある。高温高湿度や脱水などが危険因子と考えられ
ている4)。
本症例の病理学的所見では、肺水腫、急性尿細管
壊死が認められ、死因として心原性ショックが推定
された。心臓に心筋症や心筋梗塞の所見が認められ
なかったことから、心原性ショックの原因として
は、高カリウム血症による不整脈が考えられた。高
カリウム血症の原因は、脱水による腎不全の可能性
が高いと思われた。一方、悪性症候群にしてはCPK
上昇が軽度であり、横紋筋融解像が明らかでなかっ
たことより、悪性症候群を発症していた可能性は低
いと考えられた。
【総 括】
熱中症によりCPAに至った 1 例を経験した。本症
例のように、抗精神病薬内服中の場合、熱中症と悪
性症候群の鑑別は困難である。両者は全身管理にお
いては共通であるが、悪性症候群では、起因薬物の
中止、ダントロレン投与、ブロモクリプチン投与を
早期に適切に行えば、死亡率の低下につながる3)。
そのため、
両者の早期鑑別が重要であると考えられた。
− 161 −
講演会記録
Lecture records
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
講演会記録
災害医療の基本 ∼基本原則 CSCATTT について∼
救命救急センター・救急科 加藤 俊哉
【要 旨】 大規模災害あるいは集団災害で多数傷病者が発生した場合の医療対応の基本原則は 7 項目あ
り、CSCATTTとまとめられる。具体的には、 Medical management として Command & Control
(指揮命令系統と連絡調整)、Safety (安全確保)、Communication(情報伝達)、Assessment
(評価)の 4 項目、medical supportとしてTriage(トリアージ)、Treatment(治療)、Transport
(搬送)の 3 項目である。これらを十分に理解して活動しなければならない。
【キーワード】 CSCATTT(指揮命令系統と連絡調整:Command & Control, 安全確保:Safety, 情報伝達:Communication, 評価:Assessment , トリアージ:Triage, 治療:Treatment and 搬送:Transport)
DMAT(Disaster Medical Assistance Team)
EMIS(広域災害救急医療情報システム:Emergency Medical Information System)
はじめに
姿勢が必要である。関係機関、組織がバラバラに活
大規模災害あるいは集団災害で多数傷病者が発生
動することなく、情報を共有し、個々の役割分担を
した場合の医療対応として、トリアージが重要であ
明確化し、有機的に活動しなければならない。この
ることは、広く知られるようになり、災害対応訓練
横の関係をcontrol(連絡調整・連携)という。なお
でも必ずと言っても過言ではない程行われる内容で
DMAT(Disaster Medical Assistance Team)等の医
ある。しかしトリアージは災害医療のごく一部でし
療チームが災害現場に進出する場合は、現場に先着
かないことも事実である。我々病院職員が病院前あ
している消防の現場指揮所にまず出頭して現場活動
るいは病院で大規模災害発生時に適切に活動するた
の調整を行うべきとされている2)。
めには、体系的な対応の基本原則を理解しておかな
なお当院の災害時職員参集基準は、準備態勢要員
ければならない。基本原則を7項目にまとめ各項目
(院長、副院長、事務局長、本部統轄班長・副班
の英語の頭文字を並べるとCSCATTTとなる1)。以
長)は東海地震の注意情報及び警戒宣言が発令され
下各項目ごとに解説する。
た場合、その他の職員は浜松、三ケ日(袋井)のい
ずれかの地震観測地点で、震度 5 強以上の地震が観
Command & Control(指揮命令系統と連絡調整)
測された場合となっている3)。持参すべき物品、出
消防、警察、自衛隊、病院(医療チーム)などの
頭すべき部署等の詳細は現在改定作業が進められて
さまざまな機関の指揮命令系統が明確化され、組織
いる地震防災マニュアルに盛り込まれる予定である。
ごとに多くのスタッフが効率的に行動しなければな
らない。縦の連携をcommand(指揮)と言う。消
Safety (安全確保)
防、警察、自衛隊などの危機管理機関は、平時より
安全は以下の 3 点、self(救助者自分自身)、 scene
階級制度を基本として上官の指揮命令で動くことに
(現場)、 survivor(被災者・患者)をこの優先順
慣れているが、病院職員特に医師は不慣れである。
位で確保する。救助者自分自身の安全確保は最優先
現場医療本部あるいは院内災害対策本部の指揮命令
である。医療機関内で診療を行う場合は少なくとも
系統の確立に協力、進んでリーダーの掌握下に入る
標準防護策を講じるべきであり、被災現場に立ち入
− 164 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
る場合は状況に応じて、ヘルメット、安全靴、長
用可能であれば活用すべきである。
袖・長袖の着衣などの個人防護具(PPE:Personal
院外の被災現場での他機関との情報共有は、消防
Protective Equipment)が必要である。医療スタッフ
の現場指揮所に隣接して、医療チーム指揮所を設け
に事故が生じれば、被災者が増加し、現場の負担が
る、連絡員を配置するなどの工夫が必要である。
重くなることになる。災害現場には多くの危険すな
現場からの情報の質と速さはその後の対応の迅速
わち、落下物、鋭利な物体、漏電、有毒ガス漏出な
性と適的性を決定づける重要な要素である。災害時
どが存在する。自らが安全性を判断、確保できない
に収集すべき情報を 7 項目にまとめ各項目の英語の
現場に、蛮勇を奮って突入するようなことはあって
頭文字を並べるとMETHANEとなる。
はならない。しかし災害現場の安全確保は、我々医
M:Major incident;大事故・災害が生じたことを
療従事者にとっては不慣れな活動であり、経験豊富
「宣言」あるいは「待機」。
な消防、警察に協力を依頼すべきである。
E: Exact location;正確な発生場所、地図の座標。
要救助者の安全確保は残念ながら最後になる。心
T: Type of incident;事故・災害の種類。地震、鉄
情的には納得しがたい場合もあるが、最大多数の傷
道事故、化学災害など。
病者に最善を尽くすことが災害医療の基本原則であ
H: hazard;危険性。現状と拡大の可能性
ることを銘記しなければならない。
A: access;到達経路。現場への進入経路。
N: Number of casualties;負傷者数、重症度、外傷
Communication(情報伝達)
の種類。
大規模事故・災害時対応に失敗する原因で最も多
E: Emergency services;緊急対応すべき機関、今
いのは、情報伝達の不備である。多くの組織・職
後必要となる対応。
種、多数の人員が入り乱れて活動する現場では、お
互いの情報を共有して有効な活動を展開する必要が
Assessment(評価)
ある。情報伝達失敗の原因として、①情報不足(混
それぞれの現場、局面において状況を評価する。
乱する最前線は情報を発信できない!)、②確認不
災害現場であれば、救急車の停車場所と通行路確
足(情報源、情報の質、時系列などの確認・記録不
保、救護所の設置、Hazardの拡大はないか、資器材
十分)、③協力不足(機関間協力の困難性)があ
の過不足、医療チームの交代の必要性などを評価す
る。情報収集・伝達の手段として、院内では職員が
る。病院であれば、治療エリアと傷病者の動線、病
院内を巡視し、伝令を務める方法が、原始的ではあ
院スタッフ・医療救援チームの参集状況、これまで
るが、最も確実と思われる。内線電話、P H S 、
に受け入れた傷病者数、手術室、病床の確保状態な
FAX、オーダリングシステムなどはライフライン、
どを繰り返し評価し、次の戦略を検討する。災害現
設備が生き残っていれば活用すべきであろう。自院
場であれば、現場指揮所の指揮者が、院内であれば
外の情報源として最も迅速かつ簡便で有用なもの
災害対策本部の本部長ないしは代行者が判断する。
は、テレビ放送である。災害対策本部には必須であ
る。衛星携帯電話は当院でも所有しているが、使用
ここまでのCSCAはmedical managementとまとめ
には事前に練習が必要であると思われる。被災地内
られるものであり、直接的な診療行為ではない。し
外の情報共有システムとしてEMIS(広域災害救急
かしこの部分が適切に機能しなければ、現場は混乱
医療情報システム:Emergency Medical Information
するばかりである。災害対策本部の作業量は相当な
System)があり、災害拠点病院の被災状況・傷病者
ものになるため相応の人員配置が必要である。病院
受け入れ状況、DMATの活動状況などが把握でき
支援DMATも本部機能のサポートにあたることに
る。URLはhttp://www.wds.emis.go.jp/で当院の機関
なっている。
コードは1223302180、パスワードはbb 2 CSYIE(大
文字小文字の区別あり)である。インターネット使
− 165 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
Triage(トリアージ)
ための治療であり、現場救護所で最大多数の患者に
以下のTTTは医療支援としてまとめられる。本誌
対して安定化のための治療を行うことが本来優先す
の別稿でそれぞれ詳しく述べるためここでは総論的
べき職務である。
な説明に留める。トリアージの目的と意味は、災害
時の限られた医療資源で、最大多数に最善を尽くす
Transport(搬送)
ために正しい患者を(Right Patient)、正しい場所
災害現場の傷病者を、どの医療機関へどのように
へ(Right Place)、正しい時間内に(Right Time)篩
搬送するか、あるいはどの患者から搬送すべきか、
い分け、並び替え・順位付けを行い治療の優先順位
搬送ニーズの整理・把握、搬送手段の確保、搬送先
をつけることである。軽症患者は当然、心情的には
情報の整理・把握を行う。局地災害であっても、救
厳しいが救命困難な患者にも優先を与えない。トリ
急車は不足するので、民間車両、警察車両などの協
アージ区分は、「赤」:緊急治療群、「黄」非緊急
力が必要になる。また多数の傷病者が限られた医療
治療群、「緑」治療不要もしくは軽処置群、「黒」
機関に集中しないよう、分散搬送することが基本で
死亡もしくは救命不能群の4区分が一般的である。
ある。大規模災害時には、広域搬送を行う。情報共
トリアージは 動的 dynamic なプロセスで、判断基
有システムとしてMATTS(広域医療搬送患者情報
準・方法は状況により変化する。災害現場・現場救
管理システム;Medical Air Transportation Tracking
護所・搬送選別・病院の入り口・後方搬送・広域医
System)を活用する。
療搬送など場所・状況の変化に応じて、繰り返し行
URLはhttp://www.matts.emis.go.jp/である。
う必要がある。
まとめ
Treatment(治療)
大規模災害あるいは集団災害で多数傷病者が発
治療に関しても災害時医療の特殊性を考慮しなけ
生した場合の医療対応の基本原則は 7 項目あり、
ればならない。平時の救急医療では現有する人員・
CSCATTTとまとめられる。具体的には、Medical
医薬品・資器材を個別の患者に全てつぎ込むことが
managementとしてCommand & Control(指揮命令
出来る。すなわち個々の患者にとって最良の結果を
系統と連絡調整)、Safety (安全確保)、Commu-
求める診療をすることになる。しかし災害時の医療
nication (情報伝達)、Assessment(評価)の4項
では現有する人員・医薬品・資器材で最大多数の患
目、medical supportとしてTriage(トリアージ)、
者の救命・良好な予後を追及しなければならない。
Treatment(治療)、Transport(搬送)の 3 項目で
従って個々の患者の治療は制限を受けることにな
ある。これらを十分に理解して活動しなければなら
る。現場あるいは現場救護所での治療の基本的な考
ない。
え方は根本治療ではなく、適切な診療を受けられる
なおTriage(トリアージ)、Treatment(治療)・
後方施設への移送に耐えうる状態にすることであ
Transport(搬送)については本誌の別稿で詳しく説
る。具体的にはABC(Airway:気道、Breathing:
明する。
呼吸、Circulation:循環)の確保 を実施することに
なる。大規模災害時には被災地域内で根本治療を完
本稿は平成22年10月20日に臨床力Up ミニレク
遂することが不可能になり、被災地域外に広域搬送
チャーで「必須だ!カトウ隊長が語る災害医療の基
を行うが、航空搬送に耐えうるだけの安定化を図ら
本∼CSCATTTって何?∼」と題して講演した内容
なければならない。
をまとめたものである。
なおDMAT発足初期にSearch and rescue medicine
(救出救助医療)、具体的にはConfined space medicine(瓦礫の下の医療、閉鎖空間の医療)に従事す
る光景 が大きく報道されたが、これらは個別の患者
− 166 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
文 献
1 )小栗顕二 吉岡敏治 杉本壽 監訳:MIMMS
(Major Incident Medical Management and
Support)大事故災害への医療対応 現場活動
と医療支援−イギリス発、世界標準−第 2 版 永井書店;2006年.
2 )大友康裕 編:防ぎ得た死を減らす災害派遣医
療チーム 入門&実践 DMAT完全マニュア
ル;メディカ出版;2010年
3 )県西部浜松医療センター 地震防災ガイドライン
平成16年 8 月改訂
− 167 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
講演会記録
災害医療の基本 ∼トリアージは動的な過程である∼
救命救急センター・救急科 加藤 俊哉
【要 旨】 トリアージとは、災害時の限られた医療資源で、最大多数に最善を尽くすために正しい患者
を、正しい場所へ、正しい時間内に篩い分け、並び替え・順位付けを行い治療の優先順位を
つけることである。篩い分けとして START(Simple Triage and Rapid Treatment )方式があ
り、大量の傷病者に対して主に災害現場で行われる。呼吸・循環・意識を評価し、素早く・大
まかに重症度・緊急性を判断する。並び替え・順位付けとして生理学的解剖学的トリアージ
(PAT : Physiological Anatomical Triage)があり、生理学的評価、解剖学的評価、受傷機転に
よる対応、災害弱者の対応の 4 段階で評価する。トリアージは 動的 dynamic なプロセスで、
判断基準・方法は状況により変化するため、繰り返し行う必要がある。
【キーワード】 トリアージ、篩い分け(sieve)、並び替え・順位付け(sort)、START(Simple Triage and Rapid
Treatment )方式、PAT(Physiological Anatomical Triage)方式
はじめに
医療搬送など場所・状況の変化に応じて、繰り返し
大規模災害あるいは集団災害で多数傷病者が発
行う必要がある2)。なお東海大地震被害想定は、予
生した場合の医療対応の基本原則は 7 項目あり、
知なし冬5時の条件で、旧浜松市で死者496名、重傷
CSCATTTとまとめられる。具体的には、Medical
者2,394名、中等傷者10,715名、要救助者2,721名であ
managementとしてCommand & Control(指揮命令
る3)。平時では考えられない多数の傷病者が、限ら
系統と連絡調整)、Safety (安全確保)、Commu-
れた医療機関に殺到することになる。
nication(情報伝達)、Assessment(評価)の4項
目、medical supportとしてTriage(トリアージ)、
トリアージ実施者の要件
Treatment(治療)、Transport(搬送)の 3 項目で
外傷診療経験があり、重症度、緊急度の評価がで
1)
ある 。本稿ではトリアージについて説明する。
きること。災害医療の知識があり、その特性、関係
する組織、活動の実際について熟知していること。
トリアージの目的
判断力、指導力、創造性、決断力などを有し、信頼
トリアージの目的と意味は、災害時の限られた医
できる人物であること。緊迫した現場でも、ユーモ
療資源で、最大多数に最善を尽くすために正しい患
アのセンスがあれば更に望ましい。実際にはこのよ
者を(R i g h t P a t i e n t )、正しい場所へ(R i g h t
うな理想的な実施者を望むべくもないが、その状況
Place)、正しい時間内に(Right Time)篩い分け
で行うべきトリアージの知識、技能は必要である。
(sieve)、並び替え・順位付け(sort)を行い治療の
優先順位をつけることである。軽症患者は当然のこ
トリアージ実施上の注意
と、心情的には厳しいが救命困難な患者にも優先を
適切なトリアージオフィサーが必要である。そし
与えない。
て担当者はトリアージに徹する、トリアージエリア
トリアージは 動的 dynamic なプロセスで、判断
は関係者以外立ち入り禁止とする、トリアージ結果
基準・方法は状況により変化する。災害現場・現場
に私見をはさまないなどの注意が必要である。なお
救護所・搬送選別・病院の入り口・後方搬送・広域
死亡傷病者に対する配慮も忘れてはならない。なお
− 168 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
トリアージの際に許される処置は気道開放と圧迫止
う必要がある。具体的に列挙すると以下のような状
血のみである 。
況である
●
災害現場→救助、救護所までの担送の順位決定
トリアージ区分
●
現場救護所→応急処置の順位決定
「 赤 」 : 緊 急 治 療 群 、 「 黄 」 非 緊 急 治 療 群 、
●
搬送選別→搬出(搬送)の順位決定
「緑」治療不要もしくは軽処置群、「黒」死亡もし
●
病院の入り口→病院における初期治療の順位決定
くは救命不能群の 4 区分が一般的である。
●
手術→手術の順番決定
「赤」・緊急治療群は、生命を救うために直ちに
●
術後入院→入院の順位決定
処置を必要とするもの、すなわち窒息、多量出血、
ショックの危険のあるものである。具体的には意識
篩い分け(sieve)のトリアージ
障害、気道閉塞・呼吸困難、ショック、大量外出
主に災害現場で行われ、素早く・大まかに重症
血、胸部開放創、血気胸、腹腔内出、気道熱傷など
度・緊急性を判断する。さまざまな方法があるが、こ
である。
こではSTART(Simple Triage and Rapid Treatment )方
「黄」・非緊急治療群は、多少治療の時間が遅れ
式を紹介する。大量の傷病者を呼吸・循環・意識の
ても、生命に危険がないもの、すなわち入院治療を
3 つのパラメーターを用いて、短時間、具体的には
要するが、基本的にバイタルサインが安定、6 ∼12
30秒以内でトリアージするものである。正確な診断
時間以内に手術をすればよいものである。例えば四
は目的ではない。医師、看護師、救急救命士などの
肢骨折、脊髄損傷(頸髄以下)、気道熱傷を伴わな
熟練した医療従事者でない、消防隊員、警察官など
い全身熱傷などである。
でも現場で迅速に行えるようにまとめられている。
「緑」・治療不要もしくは 軽処置群は、処置不
傷病者数が絶対的に多い場合は、病院入り口でも行
要、歩行可能、処置後外来通院可能、専門医の治療
われることがある。まず 歩行可能 な傷病者を、軽
を必要としないものである。例えば外来処置が可能
症者ゾーンへ誘導し、対応すべき傷病者の絶対数を
な、四肢骨折、脱臼、打撲、捻挫、擦過傷、切創、
整理する。次いで残った傷病者の ABCD( Airway:
挫創、軽度熱傷、過換気症候群などである。なお軽
気道、Breathing:呼吸、 Circulation:循環、Dys-
症群とされても、そのまま帰宅させるのではなく、
function of CNS:意識)をチェックし、救命困難な
一カ所に集めアンダートリアージの可能性、容態変
傷病者の除外と生命に危険が迫っている傷病者の抽
化した傷病者がいないかなどの再確認は必要である。
出を行う。
「黒」・死亡もしくは 救命不能群は、すでに死亡
しているもの、又は明らかに即死状態であり、心肺
蘇生を施しても蘇生の可能性のないものである。
「予後絶対不良傷病者」は医療資源が圧倒的に不
足している場合に限り、理想的な治療を受けても死
亡する可能性が 高い患者は「赤」・緊急治療群で
も後回しにする場合があり、MIMMSでは Expectant
(除外)群 として、別のカテゴリー設定をしてい
る。具体例としては80%以上の熱傷、明らかに完成
した脳ヘルニア、輸液に反応しない鈍的外傷の
ショックなどである。
トリアージは「動的dynamic」なプロセス
判断基準は状況により変化するため、繰り返し行
図1 START トリアージのまとめ
− 169 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
(図 1 )ABCD のチェックについて具体的に説明す
りとなる。次いで呼吸を観察し、呼吸数、胸郭の運
る。
動などを観察する。呼吸様式の異常、徐呼吸、頻呼
1 .Airway & Breathing 気道・呼吸
吸などがあれば呼吸障害ありとする。循環は傷病者
自発呼吸を観察し、呼吸が無ければ気道開放を試
の橈骨動脈を触知しながら、脈拍数、強弱、皮膚の
みる、それでも呼吸が無ければ「黒」であり、呼吸
冷感湿潤を観察し、同時に外表の活動性出血の有無
が回復すれば「赤」である。呼吸が初めの観察時よ
も観察する。図に示す呼吸数、脈拍数、血圧、体温
り確認できても概ね10回未満の徐呼吸あるいは30回
は目安であり、資器材、時間が不足する状況では理
以上の頻呼吸の場合は「赤」とする。なおこの呼吸
学所見で判断するべきである。
数は目安である。上記「黒」、「赤」の評価が確定
第2段階:解剖学的評価(表1:右)
すればその時点でこのトリアージは終了である。呼
頭部から、頸部、胸部、腹部、骨盤部、大腿部、
吸が尋常であれば循環の評価に進む。
上肢、下腿まで体表を視診、聴診、触診で検索し、
2 .Circulation 循環
表 1 に列挙されているような、生命の危機を来たす
Capillary Refill Time(CRT)> 2 秒 、 橈骨動脈
ような傷病を見出すようにする。
触知不能、心拍数 120以上 であれば「赤」とする。
この数値は目安であって、騒然とした現場では、厳
表1 並び替え・順位付けトリアージ
密な計測は省き、傷病者の手首付近を触診し、皮膚
の冷感湿潤の有無、脈拍の微弱さで判断するのが現
実的である。循環状態が良好であれば、意識の評価
に進む。
3 .Dysfuction of CNS 意識
簡単な命令例えば、「お名前教えて下さい」・
「目を開けて、閉じて下さい」・「手を握って、離
して下さい」に応じなければ「赤」である。応じれ
ば「黄」である。
並び替え・順位付け(sort)のトリアージ
第 3 段階 受傷機転による対応
ここでは生理学的解剖学的トリアージ(PAT:
体幹部の挟圧・1 肢以上の挟圧( 4 時間以上)は
Physiological Anatomical Triage)を説明する。生理
クラッシュ症候群を考慮し、爆発・高所墜落は高エ
学的評価、解剖学的評価、受傷機転による対応、災
ネルギー外傷として、重症度を高めに考慮する。ま
害弱者の対応の 4 段階で評価する。なおSTART方式
た異常温度環境、有毒ガス発生、汚染(N B C :
では観察途中でトリアージレベルが確定すればその
Nuclear, Biological, Chemical )に対しても慎重に対
時点でトリアージ終了であるが、ここでは最後まで
処する。
観察を完遂し、単に重症度が高い、低いだけではな
第 4 段階 災害弱者の扱い
く、その診断理由、局在診断も考慮することにな
小児、高齢者、妊婦、基礎疾患のある傷病者、旅
る。JPTEC(Japan Prehospital Trauma Evaluation
行者(外国人)は並び替え・順位付けの際に優先度
and Care)の初期評価、全身観察、状況評価にほぼ
を上げる配慮が必要である。
4)
対応しており手技もほぼそのまま適応できる 。
第 1 段階:生理学的評価(表 1 :左)
トリアージタグの記載
「分かりますか」と声をかけ、その反応で意識レ
静岡県のトリアージタグを図 2 に示す。災害訓練
ベルを判断する。JCS(Japan Coma Scal)で二桁以
などの際に実際に手にとって見ておいて頂きたい。
上すなわち接触時に自発開眼が無ければ意識障害あ
当院では集団災害に備えて救急外来にも常備してあ
− 170 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
る。トリアージタグは災害現場のカルテであり、記
現場で行われ、素早く・大まかに重症度・緊急性を
載内容が以後の全ての過程に影響する。またトリ
判断する。本稿では、STARTトリアージ(Simple
アージは繰り返し行われるため、追記・変更はあ
Triage and Rapid Treatment )を説明した。並び替
る。記載する時間、スペースに限りがあるため情報
え・順位付けのトリアージとして生理学的解剖学的
を整理して要領よく記載することが必要である。ト
トリアージ:PAT:Physiological Anatomical Triage
リアージを迅速に行うために、タグは補助者が記載
を説明した。さらにトリアージタグの記載方法につ
する、事前に書けるところ(通し番号、実施場所、
いても説明した。
実施機関、実施者)は記載しておく、実施場所での
必要事項(個人情報は必要最少限度で可、推定傷病
本稿は平成22年11月16日に臨床力Up ミニレク
名・トリアージ区分は必須、裏面には診断の根拠と
チャーで「一発で判る! DMATカトウ隊長の災害医
なる所見を記載)のみの記載とする。また、タグは
療シリーズ第 2 弾∼これが動的トリアージ!∼」と
救護所で完成させる、不明事項は空欄にしておく、
題して講演した内容をまとめたものである。
訂正は二重線で消す、追加修正用にスペースを残し
て記載する、黒いボールペンを使用するなどのルー
文 献
ルがある。またタグの装着は、原則として右手首
1 )小栗顕二 吉岡敏治 杉本壽 監訳: MIMMS
で、ここが負傷・切断等あれば左手首、右足首、左
(Major Incident Medical Management and
足首、首の順 に装着する。紛失を防ぐために、衣
Support)大事故災害への医療対応 現場活動
服・靴等への装着はしてはならない。なおトリアー
と医療支援−イギリス発、世界標準−第 2 版;
ジカテゴリーの変更時は、カテゴリーが重症化した
永井書店;2006年.
場合は区分に_印をつけ、もぎりを追加する。逆に
2 )大友康裕 編:防ぎ得た死を減らす災害派遣医
軽症化した場合は、新たなタグをつけ、前のタグの
療チーム 入門&実践 DMAT完全マニュア
区分部分に×印をつける
ル;メディカ出版;2010年
3 )静岡県ホームページ 第 3 次地震被害想定市
町・町丁目データ一覧(internet).(accessed
2011-3-22).
http://www. e-quakes. pref. shizuoka. jp/data/
pref/higai/data/index. html
4 )一般社団法人JPTEC協議会 編著:JPTECガイ
ドブック;へるす出版;2010
図2 静岡県トリアージタグ
まとめ
トリアージはCSCATTTの 3 Tの第 1 段階であり、
動的(dynamic)なプロセスとして、繰り返し行われ
るべきものである。篩い分けトリアージは主に災害
− 171 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
講演会記録
災害医療の基本 ∼多発外傷初期診療指針と搬送∼
救命救急センター・救急科 加藤 俊哉
【要 旨】 平時でも災害時でも多発外傷に対する診療は、 JATEC (Japan Advanced Trauma Evaluation
and Care;外傷初期診療ガイドライン)の提唱するPS;Primary Survey、SS;Secondary Surveyの手順に沿って行う。しかし医療資源の制限があるため、現場救護所ではPSと後方搬送の
ための最低限のSSのみ行う。災害拠点病院でもその場の患者のPSだけをまず通して実施し、
それぞれABC(A;Airway気道、B;Breathing呼吸、C;Circulation循環)の安定化がはから
れた段階で、それぞれの患者のSSのみを実施していく。広域搬送適応についても考慮する必
要がある。
【キーワード】 JATEC;Japan Advanced Trauma Evaluation and Care;外傷初期診療ガイドライン、PS;Primary Survey、SS;Secondary Survey 広域搬送
はじめに
設での対応が困難と判断すれば、迅速に安全な搬送
大規模災害あるいは集団災害で多数傷病者が発
を行う必要がある。主な損傷の処置の後や経過観察
生した場合の医療対応の基本原則は 7 項目あり、
を行う場合は、もう一度、見落とし損傷がないかど
CSCATTTとまとめられる。具体的には、Medical
うかTertiary surveyを行う1)2)(図 1 )。
managementとしてCommand & Control(指揮命令
Primary survey と蘇生
ABCDE アプローチ
系統と連絡調整)、Safety (安全確保)、Communication(情報伝達)、Assessment(評価)の 4 項
転送判断
目、medical supportとしてTriage(トリアージ)、
Secondary survey
受傷機転や病歴聴取
全身の診察と緒検査
Treatment(治療)、Transport(搬送)の 3 項目で
ある。本稿ではTreatment(治療)とTransport(搬
転送判断
根本治療
送)について説明する。
Tertiary survey
JATEC(Japan Advanced Trauma Evaluation and
図1 JATEC診療手順
Care;外傷初期診療ガイドライン)の診療手順
最初は、蘇生要否の必要性を判断するPrimary
surveyすなわち生理学的徴候の異常の有無の確認と
災害医療の前提
それに対する蘇生処置を行う。具体的にはABCDE
救出現場ではSearch and rescue medicine(救出救
(A;Airway気道、B;Breathing呼吸、C;Circula-
助医療)、Confined space medicine(瓦礫の下の医
tion循環、D;Dysfunction of CNS意識、E;Expo-
療、閉鎖空間の医療)が、現場救護所では 3 T’
(
s Triage,
sure and environmental control 脱衣と保温)アプ
Treatment, Transportation:トリアージ、治療、搬
ローチとなる。状態が安定すれば、根本治療を必要
送)が、災害拠点病院では 3 T’
sのみならずDefini-
とする損傷を検索するSecondary surveyを行う。こ
tive Treatment (根本治療)、Evacuation(後方搬
れは、受傷機転や病歴の聴取と、系統だった身体所
送、特に広域搬送)が行われる。また平時の救急医
見をとらえることからなる。それぞれの段階で自施
療では、個々の患者にとって最良の結果を求め、現
− 172 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
有する人員・医薬品・資器材をつぎ込むことが出来
D:中枢神経障害の評価;重篤な意識障害(GCS;
るが、災害時の医療では、現有する人員・医薬品・
Glasgow Coma Scale≦8、瞳孔不同の有無、対光反
資器材で最大多数の患者の救命・良好な予後を求め
射)の評価を行う。重篤な意識障害では、二次的脳
るために、個々の患者の治療は制限を受けることに
損傷回避のため、呼吸循環の安定化を図る。酸素化
なる。
の確保のため気管挿管も行う。
E:脱衣と体温管理;体温測定と保温を行う。
現場救護所の医療
最大多数の傷病者を、安全に病院に到着させるこ
現場救護所でのSS
とが目標であって、根治的治療は行えない。治療の
平時と異なり搬送の際に配慮するべき損傷の検索
大部分はABCの確保による安定化(stabilization)で
とパッケージングのための処置を行う。頸椎・頸髄
ある。具体的にはJATECのPSに準じるが、使用可能
損傷の有無、四肢の神経所見、四肢骨折の有無を評
な資器材が制限されることを念頭に置く3)。
価し、必要があれば頚椎カラー装着、全脊椎固定、
骨盤簡易固定、シーネ固定などを行う。他に行った
現場救護所でのPS と蘇生
蘇生(処置)の確認、チューブ類の固定、必要に応
診察開始時、頸椎カラーは装着されていないこと
じて鎮静・鎮痛も行う。
が多いと思われる。適応があり、資器材があれば装
着する。
災害拠点病院での多数傷病者対応医療
1 )第一印象
災害時、トリアージが実施されるような状況で
トリアージタグの確認、または緊急度をおおまか
は、個々の傷病者は必ずしも最良の医療が受けられ
な全体像で重症度・緊急度を把握し、チームでの情
ない。すなわち個々の傷病者が、完全なSSを受ける
報共有を図る。
ことは出来ない。通常の救急医療では、各患者はそ
2 )ABCDEアプローチ
れぞれまずPSが実施され、ABCの安定化がはかられ
A:気道評価;可能であればモニタリングを開始す
たならば引き続きSSを実施するということになる。
る。気道緊急であれば確実な気道確保として気管挿
しかし同時に多数の患者を診療し、すべての患者に
管、輪状甲状靭帯穿刺・切開 を行う。酸素ボンベは
同時進行で診療を実施できない災害医療の状況で
不足するので、ルーチンで高濃度高流量酸素投与は
は、それぞれの患者のPSだけをまず通して実施し、
実施しないが、必要に応じて酸素投与を実施する。
それぞれABCの安定化がはかられた段階で、引き続
B:呼吸と致命的な胸部外傷の評価 ; SpO2をモニ
きそれぞれの患者のSSのみを実施していくという考
タリングしつつ、視診・聴診・触診・聴診で、呼吸
え方が求められる。より緊急な患者に重点対応する
回数・様式、胸郭動揺・皮下気腫の有無などを観察
ために、トリアージの実施と緊急重症部門への人員
し、必要があれば陽圧換気、胸腔あるいは心嚢穿
の重点配置が必要である。「赤」エリアには可能な
刺・ドレナージ、3 辺テーピングなどの蘇生処置を
最大限の人員を配属させる 。「黄」エリアの配属は
行う。
医師 1 名、看護師 1 − 2 名のみとし、診療は赤エリ
C:循環の評価;皮膚・脈拍性状、血圧からショッ
アの患者が終了するまで実施せず、頻回に回診し、
クの有無を確認する。外出血は視診で検索する。内
容体変化のみ観察する。災害時病院内でのPSと蘇生
出血検索としてレントゲン、CTは使用できないが、
も現場救護所でのPSと同様であるが、可能であれば
FAST(Focused Assessment with sonography for
より細かいモニタリング、画像検査、血液検査を追
trauma)は行いたい。また用手的骨盤動揺評価、両
加したい。SSは現場救護所とは異なり、平時のSSに
側大腿骨骨折評価+「腹膜炎の評価」が必要であ
準拠して行う。院内の状況に応じて、手術、入院加
る。処置は圧迫止血、輸液、シーツラッピング・簡
療などに進むことになる。適応があれば事項で説明
易骨盤固定具による固定(骨盤骨折)などを行う。
する広域搬送の用意を行う。
− 173 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
広域搬送(図 2 )
であれば、病院支援DMATの協力を得るべきである
が、広域搬送のマネジメントは特に煩雑であるの
で、M A T T S (広域医療搬送患者情報管理システ
ム;Medical Air Transportation Tracking System)
の利用はDMATの支援を利用すべきであろう。URL
はhttp://www. matts. emis. go. jp/である。
まとめ
現場救護所、災害拠点病院でもJATECのPS、SSに
準じた診療を行うが、医療資源の制限があるため、
現場救護所ではPSと後方搬送のための最低限のSSの
図2 災害時広域搬送適応基準と優先順位判断基準
み行う。災害拠点病院でもその場の患者のPSだけを
まず通して実施し、それぞれABCの安定化がはから
診療の実施中に、広域搬送トリアージ基準に合致
れた段階で、それぞれの患者のSSのみを実施してい
するか、不搬送基準にあてはまっていないか、広域
く。広域搬送適応についても考慮する。
搬送優先順位はどうかを判断する。広域航空搬送の
適応の場合、すでに行われた処置の確認と追加の処
本稿は平成23年 1 月25日に臨床力Upミニレクチャー
置、例えば気管挿管チューブのカフ内容を蒸留水で
で「究極!DMATカトウ隊長の災害医療シリーズ第
置き換え、胸腔ドレナージの予防的挿入、意識障害
3 弾∼平時も災害時も基本は同じ!多発外傷初期診
患者に胃管留置、不穏患者に抑制帯使用などを行
療指針∼」と題して講演した内容をまとめたもので
う。広域航空搬送患者医療情報伝達用紙に、診断結
ある。
果・主な身体所見・諸検査の実施状況とその結果・
実施した処置の内容・実施医療行為の時間経過を可
文 献
能な範囲で漏れの無いように記載する。さらに搬送
1 )日本外傷学会外傷初期診療ガイドライン改訂 3
順位決定を行う。災害時広域搬送適応基準と優先順
版編集委員会 編:改訂 3 版外傷初期診療ガイ
位判断基準を図 2 に示す。基本的にABCDに異常が
ドライン;へるす出版;2008年
ある傷病者は広域搬送を考慮する。しかし重症度が
2 )加藤俊哉: 救急外傷初期診療総論.県西部浜松
極めて高く、搬送に耐えられないあるいは予後が改
医療センター学術誌.2010;4;156-158
善されないと判断される傷病者は不搬送となる。基
3 )大友康裕 編:防ぎ得た死を減らす災害派遣医
準は四肢体幹外傷ではF i O2 1 . 0 下の人工呼吸で、
療チーム 入門&実践 DMAT完全マニュア
SpO2 95%未満あるいは、急速輸液1000ml後に、収
ル;メディカ出版;2010年
縮期血圧60mmHg以下である。頭部外傷では意識が
GCS≦8またはJCS三桁かつ両側瞳孔散大 、あるいは
頭部CTで中脳周囲脳槽が消失である。阪神淡路大震
災の反省からクラッシュ症候群には特に注意が払わ
れており、急速輸液1000mlで利尿があっても24時間
以内、なければ 8 時間以内の広域搬送適応である。
災害拠点病院から広域搬送適応として搬出されて
も、空港のStaging care unitに一時集約され、再度適
応、順位の検討が行われてから地域外へ搬送される
ことになる。なお診療そのものも不慣れな医療機関
− 174 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
講演会記録
人工呼吸器管理患者の口腔ケア
島 桂子
歯科口腔外科 【要 旨】 VAP 対策としての口腔ケアの内容は決して特別な手技で行われるのではなく、保湿と口腔バ
イオフィルムの除去が欠かせない。しかし、口腔咽頭に気管チューブが留置されていたりケ
ア時の協力が得られにくかったりするために、ケア実施者には困難感が伴う。主な困難とし
ては、気管チューブの抜管のリスク、誤嚥・タレこみのリスク、開口の協力が得られず口の
中の観察・清掃が行いにくい、である。これらに対応するために、1.カフ圧の確認とケア前
後の聴診、2.カフ上吸引・適切な順序の吸引、3.開口保持用具・ライト・排唾管の適切な
使用、4.観察しやすくケアしやすい体位設定、が有効である。
【キーワード】 人工呼吸器関連肺炎(VAP)、口腔ケア、口腔バイオフィルム、保湿、誤嚥
はじめに
用があり、口腔の健康のみならず全身の健康に関与
人工呼吸器関連肺炎(V e n t i l a t o r - A s s o c i a t e d
している。しかしながら人工呼吸器を装着している
Pneumonia:VAP)は様々な要因で上気道にcoloni-
多くの患者では口腔乾燥が観察され、口腔乾燥によ
zation(転移増殖)した細菌がaspiration(誤嚥)も
り歯垢が蓄積し、唾液中の免疫因子の分布が減少す
しくはinhalation(吸入)により下気道に侵入し、生
る6)ため、口腔の自浄性は低下しており、口腔ケア
体防御反応とのバランスが崩れた時に発生する1)。
と保湿が必要な状態である。また口腔ケアは清掃行
誤嚥の要因には、歯垢、口腔機能の低下による唾液
為のみにとどまらず、ケア時の刺激による口腔周囲筋
の分泌低下と口腔乾燥による細菌の増殖、経鼻挿管
の廃用・萎縮の予防も期待されている。
および胃管の刺激による副鼻腔炎、嚥下できないこ
口の中の汚れの要因の 1 つに口腔バイオフィルム
とによる下咽頭の分泌物貯留、胃液のアルカリ化に
がある。口腔バイオフィルムは歯垢と呼ばれるもの
よる細菌増殖と胃液の逆流などがある。これらに対
で 1 mg中に 1 億個の細菌を含み、その数は大腸の
応するには、適切な口腔ケアとカフ上吸引の実施が
中と同程度である。歯垢の性質と主な問題は、第一
欠かせない。日本集中医学会VAPバンドル2)には口
に歯の表面に強固に固着し、ブラシを用いて擦らな
腔ケアは含まれていないが、口腔内細菌が下気道に
ければ除去できないことである。次にバイオフィル
吸引されることで肺の感染症を引き起こすリスクは
ムを形成していて細菌の代謝により有害物質を放出
高く 3)、その有用性についての報告も見られる 4 ・
することで、病原性を有しかつ消毒薬・抗菌薬が効
5)
きにくいことである。さらに自浄性が低下すると口
。本講演では人工呼吸器管理患者の口腔ケアの手
順とポイントについて解説する。
腔バイオフィルムは増加するので、挿管中の患者の
ように食べられない人、話せない人ほど、歯垢は増
【VAP対策としての口腔ケアは特別な口腔ケアか】
えるということである。また歯垢は虫歯や歯周病の
口腔の自浄作用は、通常の生活者では唾液による
原因であると同時に唾液や舌苔への細菌の供給源と
口腔内の洗浄と咀嚼や会話などの口腔機能時の粘膜
なっており、口臭や誤嚥性肺炎の原因であることを
の擦過、嚥下運動により保たれている。特に唾液は
認識して口腔ケアを行う必要がある。
1 日に約1.5リットル分泌され、口腔内の保護・洗
口腔に関する汚れやバイオフィルムは歯垢のみで
浄・保湿作用、IgAやリゾチームなどによる抗菌作
はない。舌や頬・歯肉などの口腔粘膜にも粘膜剥離
− 175 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
上皮や細菌が付着し、義歯にもデンチャープラーク
【ケアのポイント】
が付着する。口腔ケアは以上の様なバイオフィルム
1 .カフ圧の確認・ケア前後の聴診
や付着物を除去し、口腔内細菌数を減少させ、口腔
口腔ケア時にカフ圧をあげることは誤嚥のリスク
細菌叢を良質に保つための行為である。
を減らすことはなく推奨されていない。事故抜管を
それではVAP対策としての口腔ケアは特別なケア
避けるにはカフ圧が低くならないようにする。カフ
なのだろうか。自立した生活者の口腔ケアの内容は
圧をあげた場合、30cmH2O(約22mmHg)で気管粘
口腔に関係するバイオフィルムと付着物の除去、つ
膜の血流低下を来す7)といわれており20cmH2O以下
まり歯磨き、舌清掃、粘膜清掃、義歯清掃と洗口で
の低圧ではVAPのリスクが高くなるといわれてい
ある。口腔ケアの要介護者においては、洗口ができ
る。カフ圧は口腔ケア時にあげることはせず、口腔
ないために、介助者が洗浄して菌を減らし、洗浄液
ケアの前後に確認し、リークがなく、低くならない
を回収するために口腔内や咽頭を吸引し、口腔乾燥
ようにする。また、事故抜管を防ぐためには、口腔
を改善・予防するために保湿が必要である。人工呼
ケア前後の聴診も欠かせない。
吸器患者の口腔ケアは要介護者と同じ内容であり、
2 .カフ上吸引・適切な順序の吸引
さらに要介護者においても人工呼吸器管理患者にお
カフ上部吸引に関しては、非吸引群に対し、カフ
いても、口腔ケア時に誤嚥させないように配慮する
上部吸引群のVAP発生率は有意に減少すると報告さ
ことは等しく重要である。
れている8)。さらに、咽頭部の貯留物をカフ下にタ
しかし、人工呼吸器管理患者の口腔ケア実施者に
レこませず、引き込まれないようにするのはカフ上
おいて困難感があるのは確かである。その原因とし
吸引を気管内吸引より前に実施することが9)重要であ
てはまず口腔咽頭に気管チューブが留置されている
る。 この順序をまもってケア前後に吸引を実施する。
ため、そして挿管患者ではケア時の協力が得られに
3 .開口保持用具・ライト・排唾管の適切な使用 くいためである。実際、気管チューブがあること
(図 1 、図 2 )
で、抜管の不安や、喉頭蓋・声門などの誤嚥防止機
準備するケア用品を図 1 に示す。
構が働かないため、誤嚥・タレこみのリスクがあ
開口の協力が得られないため、気管チューブ挿入
り、さらに患者の開口の協力が得られないために口
により狭くなっている口腔内の観察と清掃を確実に
の中の観察・清掃が行いにくい。これらに対応する
行うために、手指やミラーを使用して口唇や頬粘膜
ためは、1.カフ圧の確認とケア前後の聴診、2.カ
を排除しながら視野を確保する方法とアングルワイ
フ上吸引・適切な順序の吸引、3.開口保持用具・
ダーを使用する方法がある。図 2 にアングルワイ
ライト・排唾管の適切な使用、4.観察しやすくケ
ダー使用の有無による差を示す。狭い口腔内はライ
アしやすい体位設定、が重要である。
トで明るく照らし、唾液を排唾管で吸引しながらア
セスメントする。アングルワイダーは高価である
【ケアの手順】
が、片側の口角に使用するタイプのものは安価であ
ケアの手順は、1.吸引(カフ上次いで気管内の
り、ケア時に介助者がいる場合は 2 つ用いて両側の
順で)、2.体位設定、3.聴診・カフ圧確認、4.
口角を引くように用いる。他に開口保持用品として
バイトブロック除去、5.保湿・口腔内観察、6.片
は上下の臼歯に咬ませるものもあり、視野と用品使
側(挿管チューブのない側)の歯・粘膜の清掃、保
用のスペースの確保に有効である。
湿剤の塗布、ケア中は口腔内の吸引実施、ケア後に
4 .観察しやすくケアしやすい体位設定(図 3 )
カフ上吸引、7.挿管チューブの移動、8.反対側の
口腔ケア時の体位設定の原則は、患者の安静度・
歯・粘膜の清掃・保湿剤の塗布、ケア中は口腔内の
全身状態による。さらに、患者が安楽であること
吸引の実施、9 .吸引(カフ上次いで気管内の順
と、術者がケアしやすいということも重要なポイン
で)、10.挿管チューブの固定、11.聴診・カフ圧
トである。図 3 に体位の違いによる口腔内の観察の
確認である。
しやすさの違いについて示す。VAP予防のために
− 176 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
ベッドの頭位を30度から45度にあげることが推奨さ
5 .適切な歯の清掃用具の使用
れている2)が、これは胃食道逆流による誤嚥のリス
歯垢は擦らなければ取れないため、歯ブラシの使
クを減らすためのものであり、水分は適切に吸引さ
用は必須であるが、歯垢の除去率を上げるには、歯
れなければ重力により咽頭から奥へ流れ込みやすく
ブラシのみでなく、デンタルフロスや、歯間ブラシ
気管に入るリスクはあり、かつ口腔内は観察しにく
の使用が必要である。患者の口腔内の状態にあわせ
い。これに対して仰臥位は気管が上、食道が下の位
て選択使用する。
置関係で、適切に吸引できれば気管への水分の流入
6 .保湿 は起こりにくく口腔内は観察しやすい。また可能で
患者の口腔乾燥の原因は唾液腺機能の一時的な低
あれば頚部を前屈させるとさらに気管への流入は減
下と、口腔からの水分の蒸発である。そのために保
ると考えられる。繰り返すが、口腔ケア時の誤嚥を
湿・加湿・口腔の水分蒸発の防止が欠かせない。具
防ぐには、ケアしやすい体位を設定して確実に短時
体的な方法としては、保湿作用のある洗口液・ジェ
間でケアを行い、スポンジブラシで拭うのみでな
ルの使用と紙マスクの活用である。
く、排唾管を上手に活用して唾液やケアに使用する
7 .口腔内の付着物がなかなか除去できない場合
水分を吸引し、ケア終了時にカフ上吸引をすること
口腔粘膜に痰や粘膜剥離上皮・血餅が多量に強固
が肝心である。
に付着し、なかなか除去できないという相談は多
い。まず、口腔内をよく見てアセスメントする。乾
燥していると除去できないので、保湿作用のある洗
口剤やジェルを用いて繰り返し保湿・加湿し、付着
物を軟化させる。できればケアをする前(10−30分
前)に保湿剤を塗布できるとより良い。充分軟化し
たら、スポンジブラシ・粘膜ブラシで除去する。取
りきれない付着物がある場合は、グローブをした指
で触るとわかりやすいので、さらに保湿をして、清
掃する。粘膜剥離上皮は付着している部位により性
状が異なる10)。口蓋部はムチンが多く角質変性物が
少ないので、保湿・加湿すれば、除去しやすい。舌
図1 ケア用品の準備
背部・頬粘膜部はムチンが少なく角質変性物が多い
ので、直下の上皮と強く付着していて除去しにく
い。繰り返し保湿して、舌ブラシ・粘膜ブラシを用
いて除去するが、「 1 回のケアで完全に除去しなけ
ればならない」と考えて無理をしてはならない。付
着物を無理に引き剥がすと出血してしまい、そのあ
図2 アングルワイダー使用による口腔内の観察し
やすさの違い
とのケアが困難になるばかりでなく、さらに血餅が
形成されることで次回のケアにかかる時間が長くな
ることになりかねない。ケア後に状態を記載して、
保湿を継続し、次のケア時に除去を試みるようにす
る。また下顎前歯歯面にも線状に付着物がつく場合
がある。その際には保湿して歯ブラシでこすればよ
い。肝心なのは付着物除去後、乾燥予防として保湿
図3 体位による口腔内の観察しやすさの違い
ジェルを塗布することと、呼吸状態を確認後、紙マ
(左30度ヘッドアップ、右仰臥位)
スクで口腔からの水分の蒸発を防ぐことである。
− 177 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
追記:義歯は、気管挿管中の患者では、装着できな
8 )Smulders K, van der Hoven H, Weers-Pothoff I,
い場合が多いが、離脱したら、早期に適合を確認し
et al. A Randomized Clinical Trial of Intermittent
て、装着可能であれば、経口摂取の有無にかかわら
Subglottic secretion Drainage in Patients Receiv-
ず装着する。使用していない時は変形防止のために
ing Mechanical Ventilation. Chest 2002;121:858-
義歯を水中保管する。装着の際に口腔乾燥状態が認
862.
められる場合は、義歯の粘膜面と研磨面の両面に保
9 )竹田晋浩:感染予防につながる気管内吸引の手
湿剤を塗布しておくと、粘膜面においては保湿剤保
法とは エビデンスに基づく提案 看護学雑
持の効果があり、研磨面においては、口唇・頬粘膜
誌.2010;66(6):550-555.
の張り付きを防ぐ作用がある。
10)安細敏弘 柿木保明 編著.今日から始める!
口腔乾燥症の臨床−この主訴にこのアプローチ
本稿は平成23年 1 月27日開催の平成22年感染対策
セミナーで講演した内容をまとめたものである。
文 献
1 )CDC. Guideline for Prevention of Nosocomial
Pneumonia. Infect Control Hosp Epidemiol. 1994;
15:587-627.
2 )日本集中治療医学会.ICU機能評価委員会:人
工呼吸関連肺炎予防バンドル.2010改訂版.
(略:VAPバンドル).www. jsicm. org/pdf/
2010VAP. pdf
3 )Scannapieco FA, Wang B, Shiau HJ. Oral bacteria and respiratory infection: effects on respiratory pathogen adhesion and epithelial cell
proinflammatory cytokine production. Ann
Periodontol. 2001;6:78-86.
4 )Mori H. Oral Care Reduces Incidence of Ventilator-Associated Pneumonia in ICU Populations. Intensive Care Med. 2006;32:230-236.
5 )Bird D, Zambuto A, O'Donnell C, et al. Adherence to ventilator-associated pneumonia bundle
and incidence of ventilator-associated pneumonia
in the surgical intensive care unit. Arch Surg.
2010;145(5):465-70.
6 )Cindy LM, Mary JG. Oral Health and Care in the
Intensive Care Unit:State of the Science American Journal of Critical Care. 2004;13:25-34.
7 )Seegobin RD, van Hasselt GL. Endotracheal cuff
pressure and tracheal mucosal blood flow:endoscopic study of effects of four large volume cuffs.
Br MED J.(Clin Rse Ed)1984;288:965-968.
− 178 −
−.医歯薬出版;2008.164.
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
講演会記録
スマイルサポートチームの活動報告
薬剤科 1) 看護部 2) 歯科口腔外科 3) 放射線治療科 4) 坪井 久美 1)、神谷 智子 2)、
島 桂子 3)、飯島 光晴 4)
【要 旨】 がん治療における口腔トラブルは、疼痛のみならず、経口摂取が困難になるなどQOLの低下
を引き起こす。また、継続する口腔粘膜炎は全身状態を悪化させる原因となり、治療継続に
支障を来たす有害事象の1つである。今回口腔トラブルへの対症療法を実施促進するために
チームアプローチとしてスマイルサポートチームを立ち上げたことから、その活動について
紹介する。併せて放射線治療及び化学療法に伴う口腔粘膜炎の発症の過程と対応、特に医師
の処方する薬剤について解説した。
【キーワード】 口腔粘膜炎、チーム医療、放射線治療、化学療法、口腔トラブル
はじめに
介するとともに、対症療法として当院で使用可能な
がん治療には手術以外に放射線療法や化学療法が
薬剤について紹介する。
あるが、そのいずれもが口腔粘膜に傷害を起こす。
両者に共通する主なものは、口腔粘膜炎、味覚障
【スマイルサポートチームの紹介】
害、口腔乾燥、カンジダ性口内炎及びヘルペス感染
スマイルサポートチームは、平成22年11月に、が
である。放射線療法では、上記以外に開口障害、瘢
ん治療中の口腔トラブル対策に取り組むために結成
痕形成、軟組織の壊死、放射線性骨髄炎、放射線性
した。活動の目的は、院内のがん患者と医療スタッ
う蝕などがある。また化学療法では、歯周病や歯根
フへ口腔ケアの必要性を教育し、効果的な対処法を
膜炎の急性発作などの口腔感染症、歯肉出血、歯の
普及させることである。チーム構成は放射線治療科
知覚過敏などが起こり得る。このような口腔トラブ
医師・歯科医師・放射線技師・リニアック室看護
ルによる経口摂取低下や嚥下困難による栄養不良
師・リニアック室事務員・薬剤師・化学療法室看護
は、がん治療効果の低下、抗がん剤の副作用増悪、
師・化学療法室事務員であり、院長のチーム活動許
予後への悪影響、及びQOL低下につながることが知
可を得ている。チーム名はがん治療を受ける患者が
られている1)。しかしながら、口腔トラブルに対す
口腔のトラブルに悩まされず、笑顔が長く続くこと
る予防法は確立されておらず、対症療法が行われ
を願って「スマイルサポートチーム」とした。
る。具体的な対症療法として、①含嗽、口腔清掃、
平成22年度の活動内容は、(1)リニアック室と
歯科治療による口腔内清潔保持、②含嗽、薬剤によ
化学療法室において、がん治療に伴う口腔トラブル
る保湿・粘膜保護・抗炎症療法、③薬剤による治癒
についてのスタッフ勉強会開催、(2)治療開始前
促進、④薬剤による疼痛緩和がある。これらの対症
パンフレットの作成、(3)治療中パンフレットの
療法を適切に実施・指導することは患者の口腔トラ
原稿作成(来年度以降に印刷を検討)、(4)洗口
ブルの発生及び重症化を抑制し、治療の継続と完遂
キャンペーン、(5)キシロカインビスカス使用説
の一助となり得ると考える。今回我々は浜松医療セ
明書作成であった。なお、治療開始前パンフレット
ンター(以下、当院)で行える適切な対症療法の実
と洗口キャンペーンについては別報にて報告予定で
施促進のチームアプローチとしてスマイルサポート
ある。
チームを立ち上げたことから、その活動について紹
− 179 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
【口腔粘膜炎対策 −処方を中心として−】
2 .薬剤の種類・目的と使用時期
口腔トラブルに対する対症療法として、①口腔内
口腔粘膜炎の対症療法としての薬剤の使用時期に
清潔保持、②保湿・粘膜保護・抗炎症、③治癒促
ついて同じく図 1 に示す。
進、④疼痛緩和のいずれにおいても処方可能な薬剤
①口腔内清潔保持を目的とする薬剤として、含漱
があり、今回は特に口腔粘膜炎についての処方を解
R
用アズレンスルホン酸Na(含漱用ハチアズレ⃝
:小
説する。
野薬品)、生理食塩液があり、含漱に用いる。いず
れも粘膜刺激が少なく、すべての段階で使用可能と
1 .口腔粘膜炎の発症過程
考える。
がん治療における口腔粘膜炎の発症過程2)を概説
②保湿・粘膜保護・抗炎症を目的とする薬剤とし
する(図 1 )。
て、口腔粘膜の抗炎症作用を有するトラネキサム酸
R
:第一三共) 4 ) 、口腔粘膜の保
(トランサミン ⃝
【PhaseⅠ:粘膜障害開始期】
正常な口腔粘膜が放射線もしくは抗がん剤の影響を
R
湿、保護作用を有するアルギン酸Na(サンメール⃝
受けると、上皮の細胞内に活性酸素(Reactive Oxy-
液:日本化薬)5)、亜鉛含有による組織修復促進作
gen Species:ROS)が発生し、DNAを損傷してアポ
R
用を有するポラプレジンク(プロマック⃝
:ゼリ
トーシスを引き起こす。これにより、上皮基底細胞
ア)6)、アルギン酸Na及びポラプレジンク混合液
増殖が抑制され、粘膜細胞代謝を障害する。
(P-AG液)7)が挙げられる。粘膜が傷害を受け始め
る頃から回復までの時期に用いることが勧められ
【PhaseⅡ&Ⅲ:シグナル伝達・増幅期】
活性酸素により炎症性サイトカイン(TNF-α、IL- 1
る。また、保湿・抗炎症作用を期待できる漢方薬と
β、IL- 6 など)が放出され、組織傷害(粘膜細胞の
して、半夏瀉心湯、白虎加人参湯などが挙げられ
脱離)を来し、上皮基底細胞も傷害を受ける。
る。特に半夏瀉心湯は抗がん剤であるイリノテカン
による下痢予防としても使用可能8)であり、口腔粘
【PhaseⅣ:潰瘍期】
上皮細胞が欠損に至り、潰瘍を形成する。潰瘍が形
膜と消化管粘膜の両方への効果を期待できる。
成されると口腔内細菌叢が変化(グラム陰性桿菌が
③治癒促進を目的とする薬剤として、ビタミンB2
増加)し、グラム陰性菌による内毒素(LPS)の放
R
(ハイボン⃝
:田辺三菱製薬)、ビタミンB6(ピド
出、マクロファージからのサイトカイン放出が促進
R
R
キサール⃝
:中外製薬)、ビタミンC(シナール⃝
:
される。この状態が易感染状況下で継続すると全身
塩野義製薬)があり、潰瘍期から治癒期に使用され
感染の原因となる可能性がある。
ることが望ましい。
④疼痛緩和を目的とする薬剤として、局所麻酔薬
【PhaseⅤ:治癒期】
放射線、抗がん剤の影響がなくなると、上皮基底細
R
であるリドカイン(キシロカイン⃝
液、キシロカイ
胞が新生し、上皮粘膜の再生を再開する。
R
ン⃝
ビスカス:アストラゼネカ)は潰瘍期の疼痛が
ある場合に用い、重症例ではモルヒネ塩酸塩が使用
される。
3 .一般の口内炎との違いについて
「口内炎(stomatitis)」は粘膜、歯周組織全体を
含む口腔の一般的炎症症状を指している。抗がん剤
や放射線治療による口腔粘膜の損傷は「口腔粘膜炎
(oral mucositis)」と言われ、区別される9)。両者
は発症過程も対応法も異なるが、口腔粘膜炎であっ
ても、患者はアフタや咬傷など限局的に発生する口
図1 口腔粘膜炎の発症過程と薬剤適用時期
内炎と同じように考えて自己判断で対処している場
− 180 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
合や、医療スタッフにおいても、対応法の違いを認
に使用することで食品の機械的刺激による疼痛が緩
識していない場合がある。
和され、食事摂取を促すことが可能となる。使用後
特によく見受けられるのはヨウ素含嗽液の使用
には口腔内が麻痺するため、咬傷や食品による熱傷
と、副腎皮質ステロイド外用剤の使用である。
に注意が必要である。なお、リドカインアレルギー
一般に頻用されているヨウ素含嗽液は口腔内の細
患者への使用は禁忌である。
菌量を低下させることが可能であるが、組織刺激性
を有している。口腔内が正常の状態であれば使用可
能だが、口腔粘膜炎が発生している状況下では疼痛
を増悪させるため、使用は不適切と考えられる。す
でに口腔粘膜炎がある場合には、低刺激性で抗炎症
作用のある口腔含嗽剤や生理的食塩液、市販の口腔
保湿用洗口液などを用い、歯ブラシやスポンジブラ
シ・保湿剤などを用いて口腔清掃を行い、口腔内細
菌叢の質を悪化させないようにすることで、口腔粘
膜炎による二次感染を防ぐことが大切である。
また、副腎皮質ステロイド外用剤は限局するアフ
タの治癒には効果的であるが、一般に塗布が難し
い。患者の多くは指で塗擦するために、広範囲に発
生したり多発したりするがん治療による口腔粘膜炎
の際には、痛みが増強する上に機械的刺激によって
症状が悪化することが少なくない。したがって、使
用の際には軟膏を綿棒で置くようにする塗布方法に
ついての指導が必要となる。また、上手に塗布でき
ても、ステロイド剤は基底細胞層の再生を妨げ、治
癒を遅延させる場合もあり、安易に使用すべきでな
いことに留意する。
4 .覚えておきたい約束処方薬剤とその使用方法
図2 P-AG液の患者説明用紙
1 )P-AG液
本用紙は当院電子カルテの「その他PDF」フォルダ
R
R
液及びプロマック⃝
の配合液であり、
サンメール⃝
より印刷可能となっている。
口腔内や消化管の粘膜保護作用と止血作用を有して
いる 7)10)。当院では院内製剤として採用されてお
R
5 .キシロカイン⃝
ビスカスの使用方法
り、院外処方も可能である。使用方法については、
本剤はリドカイン製剤の中で最も粘性を有するこ
薬剤科において「P-AG液を使用される患者さまへ」
とから、口腔から上部消化管の麻酔に適している製
という支援ツールを作成し、調剤時に添付している
剤である。患者自身による含漱が困難な重症例に適
(図 2 )。
応されるべき製剤であるが、その使用方法には、看
R
⃝
R
⃝
2 )キシロカイン ・ハチアズレ 含漱液
護的手技が必要となる。看護師もしくは介護者が適
R
⃝
局所麻酔薬であるキシロカイン 液 4 %と含漱用
R
⃝
ハチアズレ の配合液であり、口腔洗浄作用及び鎮
切に使用し、十分に薬効を得るための支援ツールとし
て、スマイルサポートチーム及び薬剤科において「キ
。本製剤も院内製剤として採
R
シロカイン⃝
ビスカス使用説明書」を作成し、患者
用された製剤であり、院外処方も可能である。食前
に処方された場合には添付することとした(図 3 )。
11)
痛作用を有している
− 181 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
【最後に】
参考文献
スマイルサポートチームとしてがん患者の治療完
1 )National Cancer Institute:Oral Complications of
遂の一助となるよう、チーム活動を開始し、今回、
Chemotherapy and Head and Neck radiation
活動内容の報告と処方を中心に解説した。紹介した
(PDQ).[accessed 2011-05-23].
R
⃝
薬剤のうち、サンメール 液は胃・十二指腸潰瘍、
http//www.cancer.gov/cancertopics/pdq/
逆流性食道炎、胃生検時の止血に、また、プロマッ
supportivecare/oralcomplications/
R
⃝
ク は胃潰瘍のみに保険適応となっており、両剤と
も口腔粘膜炎は保険適応外であることを申し述べて
healthprofessional
2 )Sonis ST:A biological approach to mucositis. J
おく。講演後、電子カルテ内の「セット入力」⇒
Support Oncology 2004;2:21-32.
「病院」⇒「口腔トラブル」の項目に、処方薬剤を
3 )太田洋二郎:口腔粘膜炎. 季刊冊子エビデンス
登録した。適応・診断名を確認して、患者に合わせ
にもとづいたOncology Nursing 2009;3:19∼
て活用していただきたい。今後も院内でチーム活動
22.
を継続していくとともに、院外においても地域の歯
4 )木村洋、鈴木八郎、青柳優、他:悪性腫瘍の化
科を含む医療関係者と連携を図り、活動を展開して
学療法、放射線療法で生ずる口内炎に対する抗
いきたい。
プラスミン剤(トランサミン)の臨床効果.耳
鼻.1979;25:873∼879.
5 )長谷川武夫、高橋徹、池田恵、他:アルロイド
Gを用いた口内炎防護について.日本医放会誌
1989;19:1047∼1051.
6 )Katayama S, Ohshita J, Sugaya K, et al. :New
medical treatment for severe gingivostomatitis.
Int J Mol Med 1998;2:675-679.
7 )安藤純子、永瀬怜司、長島敦、他:がん化学療
法に伴う口腔内粘膜炎へのポラプレジンク・ア
ルギン酸Na併用療法の有用性.日本癌治療学会
誌.2010;45:688.
8 )坂田優、鈴木秀和、 鎌滝哲也:塩酸イリノテカ
ン(CPT-11)の下痢に対する半夏瀉心湯(TJ14)の臨床効果. 癌と化学療法.1996;21:
1241∼1244.
9 )Sciubba JJ. :Oral complications of radiotherapy.
Lancet Oncol. 2006;7:175-183.
10)谷古宇秀:口内炎用外用液 P-AG液.日本病院
薬剤師会監修.病院薬局製剤 第 6 版:薬事日
R
⃝
図3 キシロカイン ビスカスの患者説明用紙
報社;2008.107.
本用紙は当院電子カルテの「その他PDF」フォルダ
11)古宇秀:口内炎用外用液 ノズレンキシロカイン
より印刷可能となっている。
含漱水.日本病院薬剤師会監修.病院薬局製剤
第 6 版:薬事日報社;2008.113.
本稿は平成23年 2 月15日に第176回内科研究会で
講演した内容をまとめたものである。
− 182 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
《 発行目的 》
1 )全職員を対象として、学術的あるいは業務上の院内活動の発表の場を提供し、記録誌として残す。
2 )全職員に学術的あるいは業務上の院内活動を広く理解していただき、併せて浜松市医師会をはじめ近隣
の医療関係者にも配布し、病診連携を強める一助とする。
「県西部浜松医療センター学術誌」投稿規定
本誌は年 1 回発行予定である。
1 投稿資格
1 )筆頭投稿者は県西部浜松医療センター職員に限る。
2 )但し、編集委員会が適当かつ必要と認める場合は、当院職員以外の投稿を掲載することができる。
2 投稿の種類と内容
1 )投稿原稿は県西部浜松医療センターの進歩、発展に寄与するもので、過去に他誌に未発表のものか、現
在も他誌に掲載が予定されていないものに限る。
2 )本誌は原則として、総説、原著、臨床研究、臨床統計、症例報告、短報、CPC の記録、院内研究会発表
等を掲載する。
3 )学会講演(口演)の抄録については、「発表済み」の断りを入れて、原著にすることは可能である。
3 著述形式
原稿は,MS Word または一太郎を用いて作成する。フォントは MS 明朝体(サイズ 10.5 ポイント)を使
用する。原稿の提出は電子媒体(メールでの送信も可)とし、所属と著者名、表題、使用ソフト名と使用機
種名が分かるように明記する。
1 )著述は、和文または英文とする。
2 )和文原稿は横書き、現代かなづかいで記述し、日本語化した外国語はカタカナ表記とする。人名などは
日本語、英語以外はカタカナ表記とする。
3 )英文原稿は半角文字を使用する。論文の様式は、題名、所属、著者名、本文、文献、図表の順に記述する。
4 )演題名は 35 字以内の簡潔な表現とする。
5 )度量衡の単位は、出来るだけ SI 単位とするが、わかりにくい場合には慣用単位の利用も認める。
(例:FBS 110mg/dl, 慣用単位、 6.1mmol/l SI 単位)
6 )文中にしばしば繰り返される語は略語を用いてよいが、初出の時は完全な用語を用い、
( )内に略語を
示す。
7 )薬品等の記載法;原則一般名とする。多出の場合、略語は可とするが,文中にその旨を記す。商品名は
登録商標名の後に社名を括弧書きして、表記する。
8 )菌名、病名、薬剤名は省略せず記載する
4 原稿の長さ
原稿は、症例報告の場合 4,000 文字以内、研究論文の場合 6,000 文字枚以内、総説の場合 12,000 文字以内と
する。図表写真は 1 枚につき 400 文字として数える。
5 文 献
1 )文献は本文中に引用した順に、1)、2)、3) …と番号を付ける。
2 )著者名は 3 名までは明記し、それ以上は、「他」または「et al」とする。
3 )誌名略記は、医学中央雑誌および Index Medicus に準ずる。
4 )文献の記載形式は下記の通りとする。
− 183 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
ア 雑誌:著者名( 3 名まで)
.題名.雑誌名.年号;巻:頁.
イ 単行本:著者名( 3 名まで):題名、編集者名.書名.発行社名;年号.頁.
ウ 電子文献:著者名.表題〔媒体表示〕.〔引用日付〕.URL
《 記載例 》
・石川崇彦、高田徹、高松秦、他:レジオネラ肺炎発症後に髄膜炎および小脳性運動失調を呈した 1 例.日
内会誌.2006;95:2289∼2291.
・GrazianiG,SantostasiS,AngeliniC,etal.Corticosteroidsin cholesterol emboli syndrome.Nephron 2001;87:371373.
・谷憲三朗:好中球減少症、浅野茂孝、他監修.三輪血液病学 第三版:文光堂;2006.1293∼1298.
・ 管野剛史.この1/4世紀の間に〔internet〕.〔accessed 2003-01-26〕.http://www2.hama-med.ac.jp/w3a/
toshokan/oldkanpo/hikumano36.html#first
6 図 表
1 )図・表は、MS Excel または MS PowerPoint 形式とし、一枚ずつ図 1 ・表 1 等の名前を付けた個別のファ
イルとし、電子媒体で提出する。
2 )写真(X線写真、ECG、EEG 等も含む)は電子媒体で提出する。
3 )各々の図(写真)・表に一連の番号を付け、本文中に挿入されるべき位置を明記する。
4 )図(写真)は下に表題を付け、説明文は簡潔にし、別紙に順に記載する。
5 )表は上に表題を付け、説明文があれば下に付ける。
6 )図(写真)・表に用いる書体は MS 明朝体(サイズ 10.5 ポイント)に統一する。
7 枚 正
1 )論文の校正は著者校正を原則とする。
2 )原稿は編集方針に従って加筆、削除、修正などを求める場合がある。
8 その他
1 )原稿の採否ならびに掲載順序は編集委員会により決定する。
2 )記載された論文等の著作権は、当院に帰属する。
3 )個人情報の取り扱いは、浜松市医療公社個人情報保護規定に準ずる。
− 184 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
教育・研究への個人情報使用におけるガイドライン
当院において、患者の診療情報や摘出した臓器を含む検体を教育若しくは研究に用いる場合、職員は、下記
の「教育・研究への個人情報使用におけるガイドライン」に従い、患者のプライバシーを積極的に保護し、か
つ十分な説明と同意をもってあたる。なお、学会や雑誌の倫理規程が当院の規程よりも緩やかなものであって
も、本ガイドラインを遵守することとし、より厳しい基準が求められる場合には、それに従うこととする。ま
た、職員でない共同研究者及び退職した職員が当院での診療情報を用いる場合、院長は本ガイドラインの遵守
を前提とした誓約書を提出させ、当該情報の利用を許可する。なお、これに同意できない者には、情報の利用
を許可しない。
記
1 .患者個人を特定できる氏名、イニシャル、雅号、ID 番号などは記載しない。
2 .患者の人種、国籍、生年月日、出身地、現住所、職業歴、既往歴、家族歴、宗教歴、生活習慣・嗜好は、報
告対象疾患との関連性が薄い場合、記載しない。
3 .診療が行われた時期に特別な意味がない限り日付は記述せず、第 1 病日、 3 年後、10 日前といった記載と
する。何らかの必要があって時期を示す場合でも最小限に止める。
4 .特に必要がない限り、本文中に診療科名は記載しない。
5 .既に診断・治療を受けている場合、他病院名やその所在地は記載しない。ただし、救急医療など搬送元の
記載が不可欠の場合はこの限りでない。
6 .顔が入った資料を提示する際には目を隠す。眼疾患の場合は、眼球部のみの拡大とする。
7 .図表として用いる情報の中に含まれる氏名、ID 番号、標本番号など、症例を特定できる情報は削除する。
8 .個人が特定化される可能性のある場合は、発表に関する同意を患者自身(または遺族、代理人、小児では
保護者)から得るか、当院の医療倫理委員会の承諾を得る。
9 .感染性疾患やヒトゲノム・遺伝子解析を伴う症例報告では「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指
針」(文部科学省、厚生労働省および経済産業省)(平成 13 年 3 月 29 日)による規定を尊重する。
10.内科学会、救急医学会などの提出先が明確である実績報告は、必要な情報について特例として院長が認
める。
11.このガイドラインは、平成 19 年 6 月 1 日から施行する。
− 185 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
投稿論文形式補足
1 )総説(Review article)
定義;ある課題に関する網羅的な解説(文献)と議論
タイトル;
著者名
要旨(300 字以内)
キーワード(索引用語(最初の語の最初の文字は大文字)は 5 語以内(和文又は英文))
はじめに
本文
おわりに
文献
2 )原著(Original article)
定義;これまでになされていない実験、観察に基づくオリジナリテイの
ある成果と深い考察に基づく論文
全文字数 8,000 字以内、図・表・写真は 1 つにつき 400 字として数え、5 個以内
タイトル;
著者名
要旨(300 字以内)
キーワード(索引用語(最初の語の最初の文字は大文字)は 5 語以内(和文又は英文))
はじめに
本文
対象と方法
結果
考察
文献数は 30 以内
3 )症例報告(Case report)
定義;貴重な症例や臨床的な経験の報告
要旨を含めて全文字数 8,000 字以内、図・表は 1 つにつき 400 字として数え、5 個以内 タイトル;
著者名
要旨(300 字以内)
キーワード(索引用語(最初の語の最初の文字は大文字)は 5 語以内(和文又は英文))
はじめに 症例 患者 歳 性別
主訴
既往歴
家族歴
アレルギー、喫煙、飲酒歴
現病歴
入院時現症
検査所見
入院後の経過
考察
文献 20 以内
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浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
4 )短報(Short report)
定義;情報価値の高い研究報告と小論文
要旨を含めて全文字数 4,000 字以内、図・表は 1 つにつき 400 字として数え、 2 個以内
タイトル;
著者名
要旨(300 字以内)
キーワード(索引用語(最初の語の最初の文字は大文字)は 5 語以内(和文又は英文))
本文
はじめに
対象と方法
結果
考察
文献 10 以内
5 )臨床研究(Clinical research)
定義;臨床症例に基づくオリジナリテイのある研究と考察に基づく論文、
総文字数 6,000 字以内、図・表は 1 つにつき 400 字として数え、3 個以内
タイトル;
著者名
キーワード(索引用語(最初の語の最初の文字は大文字)は 5 語以内(和文又は英文))
はじめに
研究目的
方法
結果
考察
文献 10 以内
6 )特別寄稿(Special articles)
定義;当院に取って意義のある内容,情報について
要旨を含めて全文字数 8,000 字以内、図・表は 1 つにつき 400 字として数え、5 個以内
7 )活動報告(Field activities)
定義;院内のフィールド実践活動・保険活動等の価値のある報告、
要旨を含めて全文字数 6,000 字以内、図・表は 1 つにつき 400 字として数え、5 個以内
タイトル;
著者名
要旨(300 字以内)
キーワード{索引用語(最初の語の最初の文字は大文字)は 5 語以内(和文又は英文)}
本文
はじめに
目的
方法
結果
考察
文献 10 以内
− 187 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
8 )資料(Report and information)
定義;院内外の諸活動に関する有用な資料
要旨を含めて全文字数 4,000 字以内、図・表は1つにつき 400 字として数え、5 個以内
タイトル;
著者名
要旨(300 字以内)
キーワード(索引用語(最初の語の最初の文字は大文字)は 5 語以内(和文又は英文))
本文
はじめに
方法
結果
考察
まとめ
文献 10 以内
9 )CPC
定義:臨床病理検討会要約
タイトル;
診療科 年度臨床研修医 担当研修医名
CPC 開催日:2006 年 月 日 当該診療科名:
臨床担当医:氏名
臨床指導医:氏名
症例 歳 性別:
職業:
病理指導医:氏名
臨床診断(主病名および合併症)
臨床所見のまとめ(主訴・既往歴・現病歴・身体所見・検査所見・治療・経過など)
〔主訴〕
〔既往歴〕
〔家族歴〕
〔アレルギー、喫煙、飲酒歴〕
〔現病歴〕
〔入院時現症〕
〔検査所見〕
〔入院後の経過・考察〕
死亡時点での臨床上の疑問点・問題点
病理所見
〔肉眼的所見〕
〔組織学的所見〕
〔最終病理解剖診断〕
臨床上の疑問点に対する考察ならびに総括
− 188 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
10)講演会記録(lecture records)
定義;原則として院内で行われた講演会の内容の記録
要旨を含めて全文字数 6000 字以内、図・表は 1 つにつき 400 字として数え、5 個以内
タイトル;
著者名
要旨(300 字以内)
キーワード(索引用語(最初の語の最初の文字は大文字)は 5 語以内(和文又は英文)
本文
講演会の内容
参考文献 10 以内
− 189 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
∼ 編 集 後 記 ∼
病院学術誌委員会 委員長 坂 本 政 信 今年でこの「浜松医療センター院内学術誌」も、第 5 巻の発刊を迎えることができま
した。
昨年より新ジャンルの「講演会記録」が加わったことでさらに投稿数が増え、今回は過
去最多の42論文となりました。もともと本学術誌の発刊目的の 1 つには、若手を中心とし
た口演を、そのままで終わらせず活字として残すこと、そして各部門の職員の皆様に病院
全体の活動状況を知っていただくことにありました。その意味では、初期の目標を達成し
つつあるのではないかと思われます。
今年 3 月11日には東日本大震災とそれに引き続き福島第一原発の放射能漏れがあり、人
的被害や環境への影響、そして経済的打撃には計り知れないものがあります。当院からも
静岡県や浜松市医師会からの要請を受けて、医師 4 名、看護師 2 名、薬剤師 1 名、事務 1
名が被災地に応援に行かれ、その貴重な体験を基に 3 編の論文が、この第 5 巻でも掲載さ
れています。いつ来てもおかしくないと言われている東海地震を抱えている静岡県と、そ
の災害拠点病院の 1 つでもある当院職員の皆様にとっても、参考になることが多々あろう
かと思われます。改めて気持ちを引き締め、皆で協力しながら、不断の診療を続けて行き
たいと思っています。
今回も充実した内容の学術誌に仕上がりましたのは、投稿してくださった皆様と、それ
を支えて下さった職場の皆様、そしてその論文を査読していただいた当委員会のメンバー
と、お忙しい中、査読の御協力を快く引き受けていただきました皆様のおかげです。心よ
り感謝を申し上げます。
なお、本誌は当院ホームページにも掲載されていますので、図表や数字が見にくい場合
には、そちらもご参照下さい。
(http://www.hmedc.or.jp)
− 190 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
浜松医療センター 病院学術誌委員会
* 院 長 補 佐:橋 爪 一 光
* 院 長 補 佐:田 中 國 義
* 委 員 長:坂 本 政 信(神経内科)
* 籾 木 茂 (副院長、呼吸器外科)
* 小 澤 享 史 (副院長、病理診断科、CPC担当)
* 矢 野 邦 夫 (副院長、感染症科)
* 笠 松 紀 雄 (呼吸器科)
* 岩 瀬 敏 樹 (整形外科)
* 水 野 義 仁 (小児科)
* 田 原 大 悟 (リウマチ膠原病科)
* 金 井 俊 和 (外科) * 河 井 友 子 (看護部)
* 伊 東 千世子 (看護部)
* 玉 腰 彩 乃 (薬剤科)
* 中 田 茂 (臨床検査技術科)
* 中 村 文 俊 (診療放射線技術科)
* 岡 本 康 子 (栄養管理室)
* 中 村 光 宏 (臨床工学科)
* 桑 原 浩 行 (医療連携・患者支援センター)
* 石 原 正 己 (医療情報センター)
* 榊 原 智 宏 (事務部)
* 倉 田 正 成 (事務部・庶務)
(順不同、敬称略)
− 191 −
浜松医療センター学術誌 第 5 巻 第1号(2011)
浜松医療センター学術誌
The Journal of Hamamatsu Medical Center
Vol.5 No.1 2011
第 5 巻 第 1 号
平成23年11月28日印刷
平成23年12月 2 日発行
編 集 浜松医療センター病院学術誌委員会
発 行 浜松医療センター
〒432−8580 静岡県浜松市中区富塚町 3 2 8
TEL( 0 5 3 )4 5 3 − 7 1 1 1
印 刷 有限会社 ケーエス企画
〒433−8119 静岡県浜松市中区高丘北一丁目3 0 番2 4 号
TEL( 0 5 3 )4 1 4 − 3 9 6 2
− 192 −