企業価値ベースの競争戦略, The Continuing Relevance of Investor

株式会社 ボストン コンサルティング グループ
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展望
PERSPECTIVES
企業価値ベースの
競争戦略
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Vol.145
日本企業にとっての企業価値経営
の戦略的意義
多くの日本企業は、高度成長期からその後のバブ
ル崩壊までの間、企業の将来に対する株主の高い成
長期待を背景とした時価総額の上昇により、成長の
ために必要な投資を有利な資金調達で賄うことがで
きた。しかし、その後の株価の低迷は、有利子負債
への依存度を高め、企業の資金調達コストの上昇や
機動的な調達力の低下を招いたばかりでなく、株価
の低い割安企業は、TOB(敵対的買収)のターゲッ
トにさらされるリスクを生み出している。ソニーの
ような企業においてさえ、常に被買収のリスクを意
識している。
健全かつ戦略的な株価形成を実現するための企業
価値経営は、将来の成長に向けた競争優位の資金調
達力を獲得するためにも、敵対的なM&Aからの自
己防衛のためにも、日本企業においても不可欠な競
争戦略の要素になっているが、必ずしもうまくマネ
ージできていないのが現状であろう。本号では、戦
略的な企業価値形成に焦点を当てて、企業としての
有利な競争戦略の基盤を作っていくためのヒントを
ご紹介したい。
01
企業の株価は、q企業の現状のキャッシュフロー
百貨店業界の中でエクスペクテーション・プレミア
創出力によりもたらされる企業価値分である「ファ
ムを維持しているのは丸井ぐらいで、老舗百貨店の
ンダメンタルズ」と、w将来の成長に対する市場の
ほとんどのエクスペクテーション・プレミアムはマ
「期待」と、マネジメントの実行力に対する市場の信
イナスで、企業価値を破壊している状況である。
認によりもたらされる企業価値分である「エクスペ
日本企業において今なすべきことは、構造改革に
クテーション・プレミアム」の2つの要素で形成され
より、ファンダメンタルズを高めることはもちろん
る(図1参照)。日本企業のエクスペクテーション・
のこと、適正なエクスペクテーション・プレミアム
プレミアムを見ると、バブル消滅後においても、同
を実現し、競争優位な資金調達を身に付けるため、
業種でも企業間で大きな差が生まれている。
市場が納得し信頼できる成長戦略やプランの具体化
を効果的にコミュニケートしていくことである。
例をあげれば枚挙にいとまがないが、たとえば、
同じコンビニエンスストアでもセブン-イレブンの株
ボストン コンサルティング グループ
価に占めるエクスペクテーション・プレミアム分は
50%を超えるが、他の企業ではゼロに近い。また、
図1
ヴァイスプレジデント
杉田
企業価値構造の分析方法
ファンダメンタルズ
+
エクスペクテーション・
プレミアム
=
企業価値
市場を超える
成長への期待
企業の
市場価値
市場並み
の成長分
現状の
延長分
算
出
方
法
02
現行
キャッシュフロー
がそのまま続いた
場合の現在価値
市場並に成長した
場合の付加的
キャッシュフロー
の現在価値
差
分
株式時価総額
と負債の合計
03
浩章
企業価値ベースの競争戦略
図2
エクスペクテーション・プレミアムの増加
(1994〜2000)
企業価値 400
1994年を
100とする 350
(
)
企業価値経営という言葉は今やすっかり定着し
300
た感があるが、「投資家の信頼のものさし」という
250
点で実はもう一段進化しつつある。
ボストン コンサルティング グループ(BCG)の
318
46%
年平均
42%
200
150
100
最近の調査では、1994年から2000年の間に、企業
100
のファンダメンタルズ(基本的な財務パフォーマ
50
ンス)に基づく企業価値は年平均13%成長した。
一方、企業の実際の株価と、ファンダメンタルズ
年平均
13%
18%
54%
82%
0
1994 1995 1996
1997 1998 1999
エクスペクテーション・プレミアム
2000
ファンダメンタルズ
の評価の差である「エクスペクテーション・プレミ
アム」は、年平均42%上昇し、時価総額のほぼ半分
出所:BCG分析
注 :時価総額150億ドル以上の287社合計
企業価値=時価総額+負債
を占めるに至った。(図2参照)
もちろんその後エクスペクテーション・プレミ
アムはかなり減少し、その結果時価総額は1998年
際、過去一年間にエクスペクテーション・プレミ
と同レベルまで戻っているが、バブルがはじけた
アムが上昇した業界もある。投資家がハイテク株
後も、投資家の「期待」が、株価や競合優位性構築
から手を引き、医薬や消費財のような業界に安全
のための戦略オプションの幅に及ぼす影響は、依
地帯を探し求めているからである。
然として大きいことは間違いない。昨今の経済の
エクスペクテーション・プレミアムが減少した
下降傾向にもかかわらず、投資家の「期待」に当る
業界でさえ、投資家の「期待」は重要な役割を果た
部分は、全時価総額の約3分の1を占めている。実
している。競合優位性という面からみて本当に重要
04
05
なのは、競合他社に対する自社のプレミアムの相
値を超えて、将来価値への投資家の「期待」を反映
対的な強さである。企業の相対的ポジションによ
する。すなわち、「投資家の信頼のものさし」と言
って、競争上優位に立つ施策を打てることもあれ
うことができる。
(図1参照)
ば、逆に制約を受けることもあり、戦略オプショ
ンの幅が変わってくる。
エクスペクテーション・プレミアムには、経営
者のコントロールが及ぶ範囲外の要素により導か
最も重要なことは、企業のエクスペクテーショ
れる部分もある。GDP成長率のようなマクロ経済
ン・プレミアムはマネージできるという点である。
のトレンドが、市場全体や特定業界の全企業にわ
経営者がコントロールできないドライバーもある
たってプレミアムを押し上げたり引き下げたりす
が、多くはコントロールできる。エクスペクテー
ることもある。ある特定業界に対する投資家の熱
ション・プレミアムをうまく活用すれば、競合優
狂や、場合によっては誇大宣伝により、エクスペ
位の新たな源泉を創造することができるのである。
クテーション・プレミアムが天井まで上昇するこ
ともある。1990年代のインターネット株ブームは
市場価値のダイナミクス
その典型例である。
企業の株価は、二つの要素の働きにより形成さ
しかし、エクスペクテーション・プレミアムの
れる。一つは、その企業のファンダメンタルズで
ドライバーには、このようなコントロールできな
あり、もう一つは投資家の「期待」である。前者は、
い要素以上に、経営者がきちんとマネージできる
その企業が有する各事業の現在価値(収益、資産
部分が多い。さらに、その企業が属する業界全般
効率、リスクに基づく)と、将来想定される事業
と比較した相対的なエクスペクテーション・プレ
価値の増加を反映する。しかしながら、企業の実
ミアムがどれくらいになるかは、経営者がマネー
際の株価は、ファンダメンタルズの分析から推定
ジできる要素により左右される。継続して「期待」
できる水準を上回ったり下回ったりする場合が多
に応える業績をあげる、市場リーダーのポジショ
い。この差がエクスペクテーション・プレミアム
ンを確立する、強力なブランドを築く、付加価値
であり、その企業の現在の事業から推定される価
の高い知的財産を蓄積する、コーポレート・ガバ
06
07
ナンスのベストプラクティスとなる仕組みを設け
よう。この企業のエクスペクテーション・プレミ
る―こういった取組みは、市場での経営者への信
アムが低い理由は何であったか。詳細に調べてみ
頼につながり、エクスペクテーション・プレミア
ると、ROI変動率が異常に高いことと、総資本に対
ムの強力なドライバーとなる。
する負債比率が高いこと(最近立て続けに行われ
た買収の産物だった)を、投資家は嫌っていた。
エクスペクテーション・プレミアムの戦略的活用
経営幹部の推定によると、これらの価値破壊要因
亜同業他社と比較した相対プレミアムにより、そ
にきちんと対処すれば、事業の基本業績がそのま
の企業がとりうる戦略オプションの幅が変わって
までも、20億ドル以上の企業価値向上が図れるこ
くる。エクスペクテーション・プレミアムを有効
とがわかった。そこで、この企業は、リターンの
に活用するために、次の4点について検討する必要
低い市況産業的事業を売却し(これによりROI変動
がある。
率が低減)、その収益を負債返済にあてた。結果と
1. 隠れた価値を開放する
して、株価は25%上昇し、競合他社の株価を15%
ファンダメンタルズが比較的堅調であるにもか
かわらず、プレミアムが平均を下回っているとい
も上回った。
2. プレミアムを買収の通貨として活用する
うイライラする状況に直面している伝統的企業も
1990年代のM&Aブームの最中には、自社の高い
多い。当該業界の構造的特性(たとえば、資本集
プレミアムを、ファンダメンタルズが堅調な割に
約的構造や、事業の景気循環的特性)により、個
過小評価されているプレミアムの低い事業を買収
別企業のプレミアムが不可避の制約を受ける場合
するための通貨として活用した企業が多い。2000
もあるかもしれない。それでもやはり、新たな価
年のAOLによるタイムワーナー買収は典型的な例
値を産み出す隠れた源泉を開放するために経営者
である。今日では、景気後退のためこのような機
ができることがたくさんある場合が多い。
会はもう終わったと考えている経営幹部が多いが、
優れたファンダメンタルズをもちながら、株価
それは間違いである。実際、業界によっては、時
が競合企業を下回っていたある企業の例をみてみ
価総額がたいへん低くなったために、同業他社よ
08
09
りも高いプレミアムを維持している企業にとって
この企業は、経営幹部の企業価値ギャップにつ
は非常に魅力的なディールが可能なケースもある。
いての認識が大きなきっかけとなって、市場に課
買収は、マーケットシェアを増大させマーケット
された財務目標を達成するために、膨大な研究開
リーダーになるために有効な手段であり、それが
発資源を特定のターゲットに集中配分したり、買
実現できれば、業界内の相対プレミアムをさらに
収や新事業ベンチャーの戦略を構築したりしてい
高めることができる。
った。市場の高い「期待」をファンダメンタルな事
3. 株価のソフトランディングを図る
業価値で担保できるようになるのが速ければ速い
相対的に高いプレミアムを有する企業は、市場
が沈滞すると、株価が不釣合いなほど大きく下落
ほど、株価の崩壊を回避できる確率が高くなる。
4. プレミアムの低下を克服する
する傾向がある。こういった企業に業績低下の兆
プレミアムがファンダメンタルな企業価値に転
候が現れ始めると、株価は投資家に猛烈に叩かれ
換されるのであれ、株価が打撃を被り下落するの
るようになる。したがって、多くの高プレミアム
であれ、時間の経過とともに、エクスペクテーシ
企業が直面する最大の課題の一つは、エクスペク
ョン・プレミアムはゼロへと近づいてゆきがちで
テーション・プレミアムをファンダメンタルな企
ある。しかしながら、GEのように、平均を上回る
業価値へと変換し、うまく株価のソフトランディ
プレミアムを長期にわたり持続できる企業も、ま
ングを図ることである。
れにではあるが存在する。こういう企業は、金融
たとえばある企業は、非常に高いプレミアムがつ
市場の信頼を喚起し持続させる強力な経営能力を
いており、株価に既に織り込まれた「期待」を満た
築くことで、プレミアムの低減を克服している。
すためには、5年以上にわたり相当な利益増加を実
彼らは、一貫してファンダメンタルな業績を「期
現させなければならない状況にあった。しかし不
待」に応える水準に高め、マーケットリーダーのポ
幸にも、既存の経営計画では、必要な水準のほぼ
ジションを確立し、強力なブランドのような無形
半分しか達成できないと予想された。どうやって、
資産を築き、投資家に対して高い透明性をもって
この企業価値ギャップを埋めればよいのだろうか。
接している。
10
11
このような企業は、ファンダメンタルな事業価
値と投資家の「期待」とのダイナミックな関係を充
分理解しており、確固たる競合優位を築くために
エクスペクテーション・プレミアムを積極的に活
用している。その結果、好不況にかかわらず企業
価値創造の好循環を持続できるのである。
既 刊「展望」
Vol. 130 ヒットを生む発想
Vol. 131 妥協からの脱皮 ―成長への突破口
Vol. 132 例外に潜む事業機会
Vol. 133 デコンストラクションの衝撃
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Vol. 136 バリューチェーンのデコンストラクション
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原題:The Continuing Relevance of Investor Expectations
Vol. 138 デコンストラクション下での戦い方(2)
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ボストン コンサルティング グループ(BCG)
ベルリン事務所 ヴァイスプレジデント、
BCG Corporate Development Practice Group
(企業進化に関する研究専門委員会)欧州地域代表
―既存企業に勝機あり―
Vol. 140 第二世代Eコマース
Vol. 141 Eコマース企業の組織設計
Vol. 142 「攻め」と「守り」
Vol. 143 埋もれた資産を探し出せ
Vol. 144 不透明な時代のリーダーシップ
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デント、BCG Corporate Development Practice Group
(企業進化に関する研究専門委員会)リーダー
2002年8月発行
弊グループでは、企業経営に関する様々なテーマについて
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