日本放射化学会年会 第48回放射化学討論会 印象記

日本放射化学会年会・第48回放射化学討論会 印象記
野村 貴美
標記討論会が 東京大学アイソトープ総合センターの巻出義紘教授を実行委員長として山
上会館および理学部講堂で9月27日から3日間開催された。最近のアイソトープに関わる研
究のトピックスとしてミニメスバウアー分光器による火星探査が選ばれ、この分光器を開発し
たドイツのMainz大学G. Klingelhoefer博士が特別講演者として招待された。討論会と特別講演
の様子を紹介する。
初日と3日目は午前中に口頭発表と分科会、午後にポスター発表と口頭発表が行われた。2
日目は 口頭発表の後、依頼講演、特別講演、総会、学会賞受賞講演、奨励賞受賞講演が続い
て行われた。
口頭発表は 核化学および放射化学に関連した発表が17件、α放射体・環境放射能および原
子核プローブの発表が11件であった。そのほかポスター発表は、前半42件、後半43件の研究発
表があった。合計141件の研究発表である。討論会の参加者数は例年より少し多い262名で、
そのうち100名が学生であった。2日目の懇親会には学生55名を含む155名が参加した。若い
人の参加数が比較的多く、今回の放射化学討論会は活気が感じられた。
依頼講演として メスバウアー分光による鉄錯体の解析を含む「外場応答性錯体の創成と物
性」の研究が 西原寛氏(東大院理)により紹介された。 学会賞は「ラザホージウム等の核化学
研究における新展開」に対して永目諭一郎氏(原研)に、奨励賞は「アクチノイドおよびランタ
ノイドの環境中での錯生成ならびに固相吸着に関する研究」に対して高橋嘉夫氏(広島大院理)
に贈られ、それぞれ受賞講演がおこなわれた。
特別講演では、東邦大学の竹田満洲雄教授が座長を務め、G.Klingelhoefer博士(写真1)の略歴
を紹介した。その後、Klingelhoefer博士が「火星に水は存在したか。メスバウアー分光器(MI
MOS-II)による火星表面探査と火星探査機ローバ」と題して講演した。約250名の聴衆者が
あり、会場は満杯近くになった。講演の内容は以下の通りである。
今回の火星探査の主な目的は、岩石や土壌の分析から水の痕跡などの貴重な情報を得ること
である。
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2003年6月12日と7月9日に火星探査機2機(ローバー1号機スピリッツとローバー2号
機オポチュニティ)が打ち上げられ、約半年かかって2004年1月4日にスピリッツが火星表面
グセフ(Gusev)クレータに、1月25日にオポチュニティがメリディアニ(Meridiani)平原に到
着した。火星の惑星としての特徴、火星探査衛星の打ち上げ、火星探査機ローバーの着陸、火
星表面のクレータや岩石の様子を鮮明に写した写真やビデオ画像が紹介された。火星探査機ロ
ーバーの着陸の様子は地球の砂漠で行われたシミュレーションであったが、ローバーが着陸し
て太陽電池パネルが開き、ローバーが動き出すビデオは大変印象的であった。
ローバー自体の長さは約1.5mである。ローバーのアームには、岩石表面を切削する機器、
α励起蛍光X線分析器、メスバウアー分光器、マイクロカメラが装備されている。約400gのミ
ニメスバウアー分光器は 線源加振器と4つのSi-PIN検出器が一体となったものである。その
ヘッドを岩石表面に近づけ、57Coの14.41keVのγ線を、そのエネルギーを可変しながら照射
し、岩石中の57Feにより共鳴散乱された6.4keVのX線を検出してメスバウアースペクトルを得
る。メスバウアー効果の無反跳核共鳴吸収率を100%とすると27%の共鳴X線が生じるが、その
一部を検出するため、メスバウアー分光器には、通常より約10倍の強さの330mCi57Co線源が
搭載された。また、メスバウアースペクトルのドップラー速度を校正するために、反対側には
33mCiの57Co線源が装備され、標準試料(ヘマタイトと金属鉄の混合物)を同時に測定している。
ミニメスバウアー分光器の消費電力は、会場から質問もあったが2Wである。これを用いて鉄
化合物の分析から岩石の成因が推定できる。
グセフクレータやメリディアニ平原での岩石には、2価の鉄を含むかんらん石(Olivine;(Mg,
Fe)2SiO4)やファヤライト(fayalite;Fe2SiO4)の他、3価の鉄のヘマタイト(反強磁性αFe2O3;
赤さび)と2価と3価の鉄を含むマグネタイト(フェリ磁性Fe3O4;黒さび)が認められた。メリ
ディアニ平原の岩石の中に水酸基を結晶に含む鉄ミョウバン石(Jarosite:(K,Na,X+)Fe3(SO4)2
(OH)6)が2ヵ月後にはじめて発見された。これは、酸性の湖や酸性の温泉のような環境ででき
たことを示し、水分が存在した重要な化学的証拠になっている。
イーグルクレータの外側から内側に向かって移動しながらメスバウアースペクトルを測定
した例が示された。クレータの内側では玄武岩がその外側ではヘマタイトが多く検出され、熱
水反応によって鉄が酸化されて、外側に吹き散らされた様子が想像できる。
オポチュニティーが着陸地点周辺に帯状に露出する岩石群を観測した結果、
(1)豊富な硫酸塩の存在。(2)鉄ミョウバン石の発見。(3)長さ1センチほどの細長い
無数の空洞のある岩石の存在。(4)岩石内に散在する直径数ミリの球体の存在。(5)クレー
タには鉄、珪素の他、硫黄、塩素などが多く含まれていることなどから、水の存在があったこ
とが確証された。講演の最後には火星からかすかに写った小さな地球の写真が示され、会場か
ら歓声があがった。
ところで、別な席でKlingelhofer博士から伺った話であるが、ドイツのMax Planck化学研
究所で開発されたα線励起蛍光X線分析装置には、放射性同位元素244Cm(30mCi)のα線核種
が6個搭載され、また、探査機ローバー本体の蓄電池部には冷えないようにプロトニウム酸化
物のペレット(238Pu:33Ci×6個)が装着されている。また、ミニメスバウアー分光器の開
発費用は、約2.2億円だったそうである。因みにロ−バー一機の値段は、ジェット戦闘機4
台分の約400億円とのことであった。
観測期間は、当初2004年1月からの3ヶ月間の予定であったが、2回延長され、20
05年3月まで観測が続けられる予定である。放射性同位元素を用いた分析機器が 人類未
踏の地で活躍し、惑星科学に大きな進歩をもたらしていることを間近に感じた。
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討論会の最終日には優れた学生にポスター賞が贈られたが、ここに紹介しておく。ボスタ
ー発表の受賞者は、谷 勇気君(阪大院理)(「液体シンチレーションカウンターによるオン
ライン重元素測定のための基礎研究」)、藤村国胤君(日大院総合基礎科学)(「32Siの加速
器質量分析法の開発」)、並木健太朗君(東理大理)(「レーザーアブレーションによって生成
した鉄薄膜のメスバウアー分光法による研究」)の3名であった。今後の活躍を期待し、また
他の学生もこれらを機会に奮闘することを願っている。
なお、次回の標記討論会は、金沢大学で来年9月末に行われる予定である。また、日本放射
化学会が中心となって始めた国際会議(Asia-Pacific Symposium on Radiochemistry; APSORC05)は、2005年10月17日から21日の間に北京において開催される。
(東京大学大学院工学系研究科)
注)
1 ミリ・キュウリー[mCi] = 37 メガ・ベクレル[MBq] =37 x 106 [個/秒]
写真1
Dr. Goester Klingelhoefer