原稿をダウンロード - ICR 株式会社 インテリジェント・コスモス研究機構

実用化研究報告 「腫瘍特異的糖タンパク質に対する抗体医薬および腫瘍マーカーの創製」 東北大学大学院医学系研究科 教授 加藤幸成 1、はじめに 固形癌に発現する EGFR、HER2、VEGF、白血病細胞に発現する CD20 などのタンパク質
を標的として、世界中で抗体医薬の臨床応用が進んでいる。一方、これらの標的タンパ
ク質は正常組織にも発現が見られ、臨床試験において副作用が問題になる。従って、先
端医療の現場では、著しい抗腫瘍効果を示すだけでなく、より副作用の少ない分子標的
治療薬の開発が望まれている。本研究では、i)ムチン型糖タンパク質の糖鎖構造解析、
ii)癌の浸潤や転移におけるムチン型糖タンパク質の病態生理学的機能解析、iii)人工
的なムチン型糖タンパク質の作製技術、iv)独自の高いモノクローナル抗体作製技術、
を組み合わせ、新たな癌の浸潤や転移機構を解明すると共に、副作用を低減させた理想
的な腫瘍特異的抗体の開発を目指している。本実用化研究報告においては、その一例と
して、ポドプラニンというムチン型糖タンパク質に関する研究成果を報告する。 2、ポドプラニンの機能部位解析 2003年、我々は、がん細胞上の血小板凝集因子
ポドプラニンの遺伝子クローニングに成功した 1)。腎
臓の podocyte(たこ足細胞)でポドプラニンが発見さ
れたことからその名前が付けられ、特異的なリンパ管
マーカーとしても使用されている。ポドプラニンは C
末端に膜貫通部位を有した I 型膜貫通型タンパク質で
ある(右図)。興味深いことに、ヒトポドプラニンは
マウスポドプラニンと約 39%のホモロジーにも関わら
ず、マウスの血小板凝集を引き起こし、逆に、マウス
ポドプラニンはヒトの血小板凝集を引き起こす。マウ
スポドプラニンに対する中和抗体(8F11)のエピトープ解析、および詳細な変異実験
により、EDxxVTPG という配列(PLAG domain)のトレオニン(Thr)がポドプラニンに
よる血小板凝集の活性中心であり、種を超えて保存されていることが明らかとなった 2)。 1
3、ポドプラニンの糖鎖構造解析 ポドプラニンはその分子量の約半分が O 型糖鎖であり、その活性に重要であること
が示唆されていた。まず、糖鎖合成不全の変異 CHO 細胞株(Lec1, Lec2, Lec8)を用
いることにより、PLAG domain の Thr に付加されている O 結合型糖鎖のシアル酸が血小
板凝集の活性中心であることがわかった 3)。レクチンマイクロアレイを用いた解析によ
っても、同様の結果が示唆された 4,5)。すなわち、ポドプラニンは sialo-mucin 結合レ
クチンである Maackia amurensis hemagglutinin (MAH)や Wheat germ agglutinin (WGA)
に反応したが、core 1 結合レクチンである Peanut agglutinin (PNA)や Bauhinia purpurea lectin (BPL)には反応しなかった。また、ポドプラニンをシアリダーゼ処理
することにより、core 1 結合レクチンのシグナルが見られ、sialo-mucin 結合レクチ
ンのシグナルが消失した。core 1 上のシアル酸の有無に関わらず結合する Agaricais bisporus agglutinin (ABA)、Amaranthus caudatus agglutinin (ACA)、Maclura pomifera agglutinin (MPA)、Jaccalin には、予想通りポドプラニンのシアリダーゼ処理の有無
に関わらず反応した。 4、ポドプラニンに対する抗体医薬開発 ポドプラニンは、悪性脳腫瘍、肺扁平上皮がん、悪性中皮腫、精巣腫瘍などに高発
現していることを我々は報告してきた 6
9)
。特に、脳腫瘍の中でも星細胞系腫瘍におい
ては、悪性度と相関してポドプラニンが発現しており、腫瘍マーカーとしても有用で
ある 8)。ポドプラニンが高発現しているヒト腫瘍は、どれも有効な治療法が見つかって
おらず、ポドプラニンに対する抗体医薬開発はとても重要な課題である。しかも、ポ
ドプラニンはリンパ管内皮細胞、腎や肺の上皮細胞などの正常細胞にも発現している
ことから、腫瘍選択性の高いモノクローナル抗体の開発を目指す必要がある。 本研究において、ヒトポドプラニンに特異性の高いモノクローナル抗体(NZ-1)を
開発した。NZ-1 抗体の親和性(affinity)を様々な手法で調べたところ、KD 値が 0.1 nM
以下という驚くべき親和性を示した 10)。さらに、NZ-1 抗体は、種々のヒト腫瘍細胞株
への内在化(internalization)の活性が高いこともわかり、特に、毒素結合型抗体の
開発に適していることもわかった
10, 11)
。一方、抗体医薬の開発においては、ADCC
(antibody-dependent cellular cytotoxicity)活性や CDC(complement-dependent cytotoxicity)活性を持つかどうかが重要なポイントとなる。そこでまず、NZ-1 抗体
をヒトキメラ型抗体(NZ-8)に改変したところ、ポドプラニンに対する高い親和性を
保持していた
12)
。NZ-8 抗体は、種々のポドプラニン発現株に対し、高い ADCC 活性や
2
CDC 活性を示した 13)。さらに、ポドプラニン発現株を用いたマウス移植片モデルにおい
ては、NZ-8 抗体は高い抗腫瘍活性を示した(下図)。 5、まとめ 以上の結果から、抗ポドプラニン抗体(NZ-8)は、ADCC/CDC 活性による抗腫瘍活性
を持ち、抗体医薬として有望な候補であることがわかった。今後、NZ-8 の臨床応用に
向け、サルを用いた前臨床試験を進めて行く予定である。 謝辞 本研究の一部は、インテリジェント・コスモス学術振興財団によるインテリジェン
ト・コスモス奨励賞および実用化研究助成を受けて行われた。 参考文献 1) Kato, Y., Fujita, N., Kunita, A., Sato, S., Kaneko, M., Osawa, M., Tsuruo, T. (2003) J. Biol. Chem. 278, 51599-51605. 2) Kaneko, MK., Kato, Y., Kitano, T., Osawa, M. (2006) Gene 378C:52-57. 3) Kaneko, M., Kato, Y., Kunita, A., Fujita, N., Tsuruo, T., Osawa, M. (2004) J. Biol. Chem. 279, 38838-38843. 4) Kaneko, MK., Kato, Y., Kameyama, A., Ito, H., Kuno, A., Hirabayashi, J., Kubota, T., Amano, K., Chiba, Y., Hasegawa, Y., Sasagawa, I., Mishima, K., Narimatsu, H. (2007) FEBS Lett. 581, 331-336. 5) Kato, Y., Kaneko, MK., Kuno, A., Uchiyama, N., Amano, K., Chiba, Y., Hasegawa, 3
Y., Hirabayashi, J., Narimatsu, H., Mishima, K., Osawa, M. (2006) Biochem. Biophys. Res. Commun., 349:1301-1307. 6) Kato, Y., Sasagawa, I., Kaneko, M., Osawa, M., Fujita, N., Tsuruo, T. (2004) Oncogene 23, 8552-8556. 7) Kato, Y., Kaneko, M., Sata, M., Fujita, N., Tsuruo, T., Osawa, M. (2005) Tumor Biol. 26,195-200. 8) Mishima, K., Kato, Y., Kaneko, MK., Nishikawa, R., Hirose, T., Matsutani, M. (2006a) Acta Neuropathol.111(5):483-488. 9) Mishima, K., Kato, Y., Kaneko, MK., Nakazawa, Y., Kunita, A., Fujita, N., Tsuruo, T., Nishikawa, R., Hirose, T., Matsutani, M. (2006b) Acta Neuropathol.111(6):563-568. 10) Kato, Y., Vaidyanathan, G., Kaneko, MK., Mishima, K., Srivastava, N., Chandramohan, V., Pegram, C., Keir, ST., Kuan, CT., Bigner, DD., Zalutsky, MR. (2010) Nucl. Med. Biol. 37(7): 785‒794. 11) Chandramohan, V., Bao, X. Kaneko, MK., Kato, Y., Keir, ST., Szafranski, S., Kuan, CT., Pastan, I., Bigner, DD. (2013) Int. J. Cancer 132(10):2339-2348. 12) Kaneko MK., Kunita A. Abe, S., Tsujimoto, Y., Fukayama, M., Goto, K., Sawa, Y., Nishioka, Y., Kato, Y. (2012) Cancer Sci., 103 (11), 1913‒1919. 13) Abe S, Morita Y, Kaneko MK, Hanibuchi M, Tsujimoto Y, Goto H, Kakiuchi S, Aono Y, Huang J, Sato S, Kishuku M, Taniguchi Y, Azuma M, Kawazoe K, Sekido Y, Yano S, Akiyama S, Sone S, Minakuchi K, Kato Y, Nishioka Y. (2013) J. Immunol. 190(12):6239-6249 4