ドイツ古紙ヤード・市況等視察報告 EVD社

は
じ
め
に
2008 年9月のリーマンショック以後あらゆる品物の需要構造が大きくマイナス方向にふれ世
界同時不況となり、我が国の全産業にとっても大きな衝撃でした。09 年、日本の紙、板紙生産
量は 2627 万tと前年比 14.2%減少しました。古紙原料の消費は 1676 万tで 222 万 t も減り、利
用率 63%と回収率 79.7%とのギャップは 16.7%となり、古紙業界は 491 万 t の輸出、前年より
142 万 t の拡大によって余剰対策を図った 1 年でした。本年も紙、板紙の生産量の伸びは期待で
きないと思われます。発表されている 08 年世界の古紙利用率は 52%で環境面からまだまだ世界
の古紙は多く利用されて行くのは間違いないと確信をしております。
全原連需給委員会で 08 年 10 月オランダの古紙業者を訪問した際に、ドイツで毎年国際会議
が開かれていることを聞き、招かれるならば次回の開催には是非参加したい旨を主催者に表明
して帰国しました。今年の初めに大阪の塩瀬さんを通じ、4 月にデュセルドルフで国際会議が開
催されるとの連絡を頂きました。早速委員会の日程を調整しましたが、先方事務局から 4 月 29
日開催のプログラムが既に出来ているとのこと。折角需給委員会で行く事を決定したので日本
の事情を発表出来る場を作りたいと思い、再度塩瀬さんに無理を承知で頼んだところ、なんと
か最後に発表する場を設けて頂き、最新のプログラムに変えて頂きました。そして参加者が発
表内容を即時に理解出来る様 3 カ国の同時通訳に日本語を入れて 4 カ国にして頂きました。そ
んな中我々はヨーロッパの方々に、どう日本の古紙事情を伝えるか委員会で協議し、長崎専務
理事のお知恵も借り英文版を作って頂き、竹下さんにパワーポイントの DVD を作成して頂き用
意万端整えて国際会議の準備が完了しました。ところが、アイスランドの火山爆発が起こり欧
州の空港が閉鎖になったため、会議が中止になるかと思い主催者に問い合わせたところ、欧州
は自動車道路網も列車も有り予定通り行うとの返事でした。無理やり日本の事を発表するよう
要請したので絶対に行って発表しなくてならなくなりました。急いで旅行代理店に 2 名だけ会
議に間に合うようローマまでの航空券と列車の手配を頼みました。幸いに噴火が収まって無事
17 名で参加することが出来ました。塩瀬さんが手配してくれた地元古紙業界の視察も皆が瞠目
する内容でした。会議では報告書の通りドイツを中心に欧州の諸問題が検討されました。
レセプションでは六百余名いる中央の席に「日本代表団」と名札を掛けて頂き、丁重に今日
発表してくれた方とメンバーですと紹介を頂きました。最後にドイツ連邦再生資源登録組合
(bvse)の会長とスタッフの皆さんに感謝を申し上げると共にメンバー全員の協力に感謝し、皆
が今回の参加で勉強したことが次代へのステップに成ることを期待し 5 年後日本で古紙の世界
大会が開催出来ることを願っています。是非皆さん此の事が成就出来るよう応援して下さい。
2010 年8月
団長・全国製紙原料商工組合連合会
需給委員会 委員長 ──
大 久 保 信 隆
目 次
はじめに……………………………………………………………………………………………… 1
参加者名簿・日程…………………………………………………………………………………… 3
口絵 / ドイツ・チェコ カラー写真… ……………………………………………………………… 4
第 13 回国際古紙会議 概要…………………………………………………………………………………………………… 12
プログラム…………………………………………………………………………………………… 13
開会の挨拶…………………………………………………………………………………………… 14
講演レポート① 「グローバル化の中、金融危機は中産階級及び社会に
どのような意味をもつのか」………………………………………………… 15
講演レポート② 「製品としての古紙
─ 前提条件とそのもたらす結果(資源活用について)」………………… 16
講演レポート③ 「古紙の処理責任 ─ 古紙リサイクルの進むべき方向」…………………… 18
講演レポート④ 「コート紙古紙の減少とその影響」… ……………………………………… 20
講演レポート⑤ 「購買 仕入調達への助言
─ 企業の成功に向け見落されている着眼点」… ………………………… 22
講演レポート⑥ 「増大するアジアの古紙需要に如何に対応すべきか」… ………………… 24
講演レポート⑦ 「コンテナー輸送 ─ 今後回復の方向へ向かうのか」……………………… 26
講演レポート⑧ 「日本を取り巻く内外の古紙市場」… ……………………………………… 28
ドイツ古紙ヤード・市況等視察報告
デュッセルドルフ市・EVD 社… ………………………………………………………………… 30
ケルン市・Bruckmann 社………………………………………………………………………… 35
国際古紙会議・ドイツ / チェコ古紙事情参加者
視察印象記…………………………………………………………………………………………… 39
編集前の苦労話……………………………………………………………………………………… 51
ドイツ・ベルリンの壁に学ぶ……………………………………………………………………… 52
資料編
ドイツの古紙回収システム………………………………………………………………………… 55
平成 21 年度 国際紙リサイクル状況調査報告書(ドイツ)… …………………………………… 57
編集後記……………………………………………………………………………………………… 59
あとがき……………………………………………………………………………………………… 60
──
国際古紙会議及び古紙事情(ドイツ / チェコ)視察 参加者名簿
No.
1
2
3
4
5
6
7
8
9
参加委員
大久保信隆
新井 勝夫
長谷川裕一
福士 淳治
高橋 徳行
増田 悦宏
大村 照雄
清水 弘允
稲葉 芳典
所属会社名
株式会社 大久保
株式会社 新井商店
北海紙管 株式会社
王子斎藤紙業 株式会社
株式会社 丸十商店
株式会社 増田商店
大村紙業 株式会社
グリーンロジテック 株式会社
株式会社 稲葉
所属組合 No.
関東 10
関東 11
北海道 12
関東 13
関東 14
関東 15
東京 16
東京 17
静岡
参加委員
佐藤 常明
水野 武士
塩瀬 宣行
塩瀬 陽子
實守 敏訓
八田 憲明
角 泰廣
寺松 雄次
所属会社名
株式会社 松岡紙業
河村商事 株式会社
大和紙料 株式会社
大和紙料 株式会社
實守紙業 株式会社
丸八商工 株式会社
株式会社 角商店
株式会社 寺松商店
所属組合
静岡
中部
近畿
近畿
近畿
四国
九州
九州
国際古紙会議及び古紙事情 ( ドイツ / チェコ)視察日程
主催:全国製紙原料商工組合連合会 需給委員会
出張日数:4 月 27 日(火)~ 5 月 4 日(水) 8 日間
参加者:17 名
月 日
地 名
4/27(火) 成田空港集合
成田空港発
Heathrow 着
Heathrow 発
Düsseldorf 着
現地時間
8:55
10:55
14:45
17:00
19:20
4/28(水) Düsseldorf
BA006(11hrs50min.
)
BA944(1hr20min.)
現地企業視察
EVD 社(ポーゼナー通り工場)
EVD 社(カールホーマン通り工場)
Firma Reisswolf Koeln 社(ケルン工場)
J.Bruckmann 社(ブルックマン本社工場)
4/29(木) Düsseldorf
4/30(金) Düsseldorf 発
Berlin 着
日 程
国際古紙会議
11:00 開会式
11:15 ドイツ マンハイム大学名誉教授
12:00 ドイツ環境省
13:45 ドイツ再生資源登録組合会長
14:15 コンサルタント、フィンランド
14:45 コンサルタント、デュッセルドルフ
15:50J&H商社 ( ロンドン)
、古紙部会長
16:20 APLUK&Ireland(船会社)
16:45 全原連需給委員会(日本)
ディスカッション
17:15 終了
19:00 晩餐会
8:53
13:08
5/1(土) Berlin 発
Praha 着
9:05
10:05
5/2(日) Praha 発
eský Krumlov 着
Praha 着
5/3(月) Praha 発
Heathrow 着
Heathrow 発
5/4(火) 成田空港着
午前
午後
夕刻
8:00
9:15
13:40
9:05
列車 ICE555
午後 :Berlin 市内視察
ドイツ経済の現状把握
OK517(Czech 航空)
Ruzyně International Airport
資源集積所視察
午後 :Praha 市内視察
専用車 180 ㎞、3 時間
世界遺産 チェスキークルムロフ市内視察
( eský Krumlov)
BA853
BA005
到着後解散
──
宿泊 他
成田空港第1、北、集合
Düsseldorf 泊
Maritim Hotel Düsseldorf
Düsseldorf 泊
同上
Düsseldorf 泊
同上
Berlin 泊
The Westin Grand, Berlin
Praha 泊
Sheraton Prague
Charles square
Praha 泊
同上
機中泊
視察
Report
国際会議
フバート・ノイハウス氏
bvse 古紙部会長
ハンス・オラーフ・ヘンケル氏
マンハイム大学名誉教授
イルポ・エルバチ氏
元ペイルー木材主席アドバイザー
ピーター・ホール氏
大久保信隆団長
ゲルト・ケルクホフ氏
(コンサルタント会社代表)
カラベツリス氏
ドイツ連邦環境省
ランジット・シン・バクシ−氏
J & H 社 販売会社社長
──
視察
Report
国際会議
ブルクハント・ランダース氏 bvse 会長
大久保団長発表を終えてねぎらいをうける
国際古紙会議場
古紙会議を聞く日本のメンバー
コーヒーブレイク時にオランダの古紙問屋との雑談
ブラウン古紙事務局長との記念撮影
国際古紙会議場
基調講演を聴く発表者
──
視察
Report
デュッセルドルフ
OCC 置場
EVD 社にて
選別ライン
選別後の脱墨用古紙
中質古紙置場
機密用鉄製ボックス
──
視察
Report
デュッセルドルフ
EVD 本社
上質古紙のコンテナ積みの様子
EVD 本社ヤード内にて
EVD 社のベーラー投入口
OCC プレス
紙管くず置場
EVD 社製の OCC
──
視察
Report
ケ ル ン
機密ヤード入口
Reisswolf 社 機密ヤード
機密ヤード内部
Reisswolf 社のアルミバン
回収コンテナ
ケルン大聖堂
機密製品置場
──
視察
Report
ケ ル ン
プレス工程
Andre 氏との記念撮影
廃プラ作業場
ブルックマン本社
ブルックマン社 製品置場
ブルックマン社経営陣と共に
──
視察
Report
ベルリン
ベルリンの壁
ペルガモン博物館
特急列車一等車にて
ブランデンブルグ門(西側)
ベルリン駅構内
東西ベルリンの境界線
ベルリンの壁跡 ベルリンの地ビールレストラン
─ 10 ─
視察
Report
チ ェ コ
チェスキークルムロフにて
プラハ市内の分別 BOX
プラハ城内
旧市街地時計台
チェスキークルムロフ市街
プラハ城
カレル橋
プラハ城内の教会にて
─ 11 ─
第13 回 国 際 古 紙 会 議 概 要
塩瀨 宣行
今年のデュッセルドルフ開催の会議で第
となり効果的にまた短期間で話を纏める事
13 回を数えた国際古紙会議、どう言う形式
の出来る環境になっていると言えるでしょ
で行われているかと言う事を手短に記述し
う。
ます。
会議は当然古紙業界が抱える問題点につ
会 議 の 主 催 者 は bvse(Bundesverband
いて論じられますが、むしろ今後の紙の需
Sekundaer-Rohstoff eingetragener Verein
要、プリントメディアの将来性、廃棄物法
⇒ドイツ連邦再生資源登録組合)と言う団
の改正についての問題点等それぞれの分野
体で、以前はリサイクルが可能な資源がそ
における識者、エキスパートが登壇し非常
れぞれ別個に団体を作っていましたが bvse
にアカデミックに進んで行きます。bvse は
と言う一つの組織の中に全ての団体が加盟
業界の団体というよりはむしろ識者の集ま
しそれぞれのリサイクル物が、例えば古紙
りと言った趣が有ります。リサイクル社会
部会、プラスティック部会等と言うように
とはどうあるべきか、などと言う少し上の
部会を形成しています。
目線で運営されているように思います。
現在、古紙業界を例にとって見れば古紙
今年は 16 カ国から 600 人以上の参加が有
のみを取扱っている時代から何でも取扱う
りました。講演者はドイツ人だけではなく
ようになって来ました。業者側から言って
フィンランド人、アメリカ人、インド人等
利便性の面からも非常に合理的な組織に
テーマに応じて世界各国から選出されます。
なったと言えるでしょう。また各部会はお
来年は第 14 回目の国際会議が 3/23 ~ 24
互いに環境と言うキーワードの中で連繋が
にドイツのベルリンで開催されます。テー
必要であり、また新しい法律を作る時など
マはまだ不明ですが今年と同じ様に我々業
は行政側にとっても此処と話をする事で全
界の将来にとって興味あるテーマで会議が
てのリサイクル物を包含した話合いが可能
行われると思います。
国際古紙会議国別出席者数(2010/4/29)
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
国 名
参加人員 比率
80%
467
ドイツ
6%
36
オランダ
3%
16
オーストリア
2%
11
スイス
1%
5
フランス
0%
2
ベルギー
0%
2
デンマーク
0%
2
イタリア
1%
8
英国
1%
4
スペイン
1%
6
スウェーデン
1%
4
フィンランド
0%
2
ハンガリー
0%
2
シリア
0%
2
アメリカ
3%
17
日本
合 計
100%
586
註:事前資料に基づく。
─ 12 ─
備考
周辺国
周辺国
周辺国
周辺国
周辺国
周辺国
第 13 回 国際古紙会議 プログラム
司会:フバート・ノイハウス氏
(ドイツ連邦再生資源登録組合、古紙部会長)
11:00 開会の挨拶
フバート・ノイハウス氏
11:15 講演レポート①
グローバル化の中、金融危機は中産階級及び社会にどのような意味を持つのか
ハンス・オラーフ・ヘンケル工学博士
(マンハイム大学名誉教授元ドイツ連邦工業組合会長)
12:00 講演レポート②
製品としての古紙─前提条件とそのもたらす結果(資源活用について)
バジリオス・カラベツリス氏(ドイツ連邦環境省)
12:45 昼食
13:45 講演レポート③
古紙の処理責任 ─ 古紙リサイクルの進むべき方向
ブルクハント・ランダース氏(ドイツ連邦再生資源登録組合会長)
14:15 講演レポート④
コート紙古紙の減少とその影響
イルポ・エルバチ氏(元ペイルー木材会社コンサルタント主席アドバイザー)
14:45 講演レポート⑤
購買 仕入調達への助言 ─ 企業の成功に向け見落されている着眼点
ゲルト・ケルクホフ氏(ケルクホフ・コンサルタント社代表)
15:20 休憩
15:50 講演レポート⑥
増大するアジアの古紙需要に如何に対応すべきか
ランジット・シン・バクシー氏(J & H 社 BIR(国際リサイクル協会)古紙部会長)
16:20 講演レポート⑦
コンテナー輸送─今後回復の方向へ向かうのか
ピーター・A・ホール氏(APL 英国社社長)
16:45 講演レポート⑧
日本を取り巻く内外の古紙市場
大久保 信隆氏(全国製紙原料商工組合連合会 需給委員長 日本代表団団長)
19:00 晩餐会
─ 13 ─
開会の挨拶
Opening and welcoming address
司会者 Hubert Neuhause フバート ノイハウス bvse 古紙部会長
報告者/福士 淳治
デュッセルドルフの素晴らしい晴天のな
2009年 は 会 員 に と っ て 厳 し い 年 で し た。
かで、600名以上の方々に参加して頂いたこ
不況が影響し、ドイツの古紙回収率は年間
とに対し、bvse(ドイツ連邦再生資源登録
4.5%減少しました。
組合)の下部団体である古紙部会の代表と
家庭での古紙回収率は瞬間的に最大30%
して感謝し、心から歓迎します。
減りました。中規模な事業者はプロとして
頑張って危機に対応してきました。まだこ
まず来賓をご紹介します。
れといった景気回復ではありませんが、状
ク リ ス タ ル ビ ー ズ さ ん( ノ ル ト ラ イ ン
況は上向きつつあります。
ウェストファーレン州環境自然保護農業消
2010年に入って原料価格はやっと上向い
費者保護省からの代表)、ジール クレンレー
てきました。世界中の産業界、特に極東の
ゼ さ ん( メ ク レ ン ブ ル ク フ ォ ア ボ ン メ ル
古紙需要が増加していることにも関係して
ン州議会議員及び自由民主党(FDP)の代
います。因みに、極東と言えば今日は極東
表)、 メリア ヘランダさん(欧州古紙連盟
からのお客様の講演を楽しみにしています。
(ERPA)の会長)、ノバト ポーツさん(こ
の地域の自治体の代表)、ハンス ヘレン ヨ
古紙需要急増に対する供給は、会員の多
ングさん(古紙団体の方)。
大な尽力により可能となりました。なかに
講演者にも謝意を表します。特にお礼を
は古紙が不足したために生産を停止せざる
言いたいのはヘンケルさんです。ようこそ
を得ない事業者もあらわれました。
いらっしゃいました。
一方、古紙需要の高まりにより価格が上
昇しました。それにより、私共にとっては
前回の古紙会議からあっという間に一年
十分な価格水準になってきましたが、顧客
が過ぎました。その際テッパー氏が多くの
である紙生産者における水準とは全く違い
事について触れました。廃棄物循環経済法
ます。彼らが考える価格水準は我々にとっ
の経緯について、環境当局の問題について、
て容認できません。
金融危機についても話しました。更に、古
しかし、同時にその顧客も大変な思いを
紙部門の将来について、指摘しました。
しています。紙生産者の多くは赤字のなか
資源と環境保護という当時のテッパー氏
で競争を続けています。
の指摘は今でも重要なテーマであり続けま
競争が激しいなかで顧客が減らずに、状
す。
況の改善が続けられることを祈ります。
古紙・処分について、今日のプログラム
のテーマは このような大きなイベントで
話するのがふさわしいと考えます。
─ 14 ─
講演レポート①
What does the financial crisis mean for globalisation,SMEs and society
グローバル化の中、金融危機は中産階級及び社会にどのような意味を持つのか
講演者 Prof. Dr.-Ing.E.h.Hans-Olaf Henkel(ハンス オラーフ ヘンケル マンハイム大学名誉教授)
報告者/稲葉 芳典
今日における世界規模の金融危機は、多
我々が成功と豊かさに向け前向きな努力
くの敗者を生じさせ、その敗者には、一連
を行うのであれば、市場経済よりもすぐれ
の銀行だけではなく、後述する緊急の新た
たシステムというものは存在しない。
な制度のために義務を負うこととなる納税
社会主義の終焉から20年たった今、もは
者も含まれる。
や古びた第三の道への誘惑に駆られること
先週行われたドイツでの議論の印象を申
なく、政治的指導者、ドイツ連邦大統領お
し上げると、金融危機は、市場経済の不具
よびドイツ連邦首相は、この単純な真実を
合の何よりの証であるといえる。ドイツに
再び思い出すべきである。
おいて特に明白であるように、この最大の
失敗は、国家機関および州銀行等によりな
Hans-Olaf Henkel 名誉教授
されたものであり、現在批判の対象となっ
1940年3月14日ハンブルグ生まれ。ドイツ
ている高額の出資した投資家にも、酷評さ
IBM会長
(1987年)
、IBMヨーロッパ・中東・
れている政治家に係る失敗の責任はない。
アフリカ主任
(1993年)
、ライプニッツ会長
それゆえに、第三の道を行くべきか、新た
(2001 ~ 2005年)等を歴任。前ドイツ産業
な形式の社会主義を模索するべきかという
経営者連盟
(BDI)
理事長
(1995 ~ 200年)
。
議論は、まったくばかげたものである。
制限や制御できない資本主義であれば、
それを正すことが必要である。大衆迎合的
な政治家は、資本主義を制御する規制が欠
けていることを強調するだろうから、その
他の政治家にとっては、自由市場経済の規
制をうまく推し進めることが困難なものと
なってしまっている。
疑いもなく言えることは、金融危機は、
新たな規制を必要としているということで
ある。金融経済がグローバル化したときに
は、国家の法律、関係当局の規制、または
EUの条約や規制当局では十分ではない。
それゆえに、今後、我々は慎重に制度の変
更を行っていかなくてはならない。
─ 15 ─
講演レポート②
Recovered paper as a product-Prerequisites and consequences
製品としての古紙 ─ 前提条件とそのもたらす結果
(資源活用について)
講演者 Dr.Vassilios Karavezyris(バジリオス カラベツリス ドイツ連邦環境省)
報告者/角 泰廣・寺松 雄次
廃棄物問題の基本原則等を取り扱う連邦
廃であるが、一番大事なものは原則的な
環境省所属のKaravezyris氏の講演。講演内
リサイクル促進である。法によってリサ
容の中心となるのは、『ヨーロッパレベルに
イクルが妨げられるような事があっては
おいての廃棄物に関する議論内容』であっ
ならないという事を考慮にいれる。
た。
③廃棄物がいつ廃棄物でなくなるかを明確
化する品目ごとのフローの作成。(特に古
ま ず、 現 行 の ヨ ー ロ ッ パ の 概 略 だ が、
紙やメタル・木材などを優先的に決めて
2008年に発行したヨーロッパ廃棄物枠組み
いきたい。)
指令が2010年末には国内法化する。また、
等である。
この指令は循環改正法にも関わってくるだ
また『END OF WASTE』の製品基準と
ろうという。
しては以下の項目の前提条件が必要である。
そして現行の廃棄物処理法に変わり『END
OF WASTE』 と い う 新 た な 廃 棄 物 に 関 す
前提条件:再利用プロセスを経なければな
る 法 律 が で き つ つ あ る。 こ の『END OF
らない
WASTE』というのは、その名が示すとおり
①特定の目的のために使う物でなければな
廃棄物の終了はいつの時点なのかを明確に
らない。つまりは需要が無いといけない
する為の法律。つまりは、『廃棄物の定義の
ということ。
明確化』にあたる。
②明確な技術基準に適合していないといけ
ドイツ・EU内において廃棄物定義の不
ない。つまりは規格基準が存在し適合す
明確からくる問題は多くあった。裁判になっ
る事。
た案件もあったぐらいである。そのような
③利用によって人体や環境に害をもたせて
不明確さを撤廃し明確な定義を決定するた
めに欧州委員会・JRC・TAC等の調査
はいけない。
④一覧の包括的な条件を満たさなければな
機関等、官学協力して『END OF WASTE』
らない。(危険を無くす・減らすという事)
を作成している。
この『END OF WASTE』の具体的な内
この『END OF WASTE』導入にあたっ
容等は、まだまだ議論段階ではあるが以下
ては次項のようなインプット要件がいる。
の様なことが話されている。
①紙の出所について(家庭回収・混載回収
①リサイクル率を現行の50%から、65%へ
の引上げ。
含む)有資格の人材が検査する必要あり。
②情報要件として、有価物としての流れ・
②リサイクル市場における大事なものは、
経路を確認する必要あり。どこからきて
法的安定性・競争の保持・官僚主義の撤
どこへいくのか。つまりは、トレーサビ
─ 16 ─
リティシステム。
はまず無理な話である。品質管理システム
③品質管理システムを確立しないといけな
についても第三者の監督者をつける必要が
い。また今後どのように修正変更してい
あり、手間がかかりすぎて中小企業ではで
くかが必要。(モニタリング・コントロー
きるものではない。トレーサビリティシス
ルリング・顧客登録・改善・検証・製品
テムにしてもラベルの作成や管理方法等手
管理等など)
間がかかる。官僚主義の撤廃を謳っての法
改正であるが、新たな官僚に依存する法律
そして、上記の内容を再利用者が行政へ
ができているに過ぎないのではないか。
書類・データを提出してようやく認められ
る物である。
現 行 の 環 境 省 に お い て の『END OF
WASTE』評価内容としては、廃棄物は欧
州内にとどめるべきという考えがあり、E
U内においてもAという物が一方では廃棄
物・もう一方では有価物という場合どのよ
う に 対 応 し て い く の か、 な ど の 問 題 あ る。
また、異物の混入率については分別されて
こそ廃棄物ではなくなるのであり、分別さ
れていない場合は廃棄物のままであるとい
う考えである。異物の混入率についても異
物1%もあれば致命的だといえるレベルの考
え。
まとめとして、新しい法律である種の具
体化がなされ廃棄物かそうでないかの決定
がされるであろう。この法律によって、リ
サイクル経済のシンプル化になるのか?と
いう懸念が残る。新たな構造仕組みが出来
上がる事は、官僚化の撤廃・削減にはつな
がらないのではないか。新たなルールは手
間がすごいものになりむしろ官僚化が進む
結果になるのではないか。もちろん、リサ
イクル資源・古紙は皆で受け入れられるべ
き物であるという根本的な考えをもちなが
ら議論をおこなっている。
~講演後の司会者コメント~
現 行 の 廃 棄 物 法 が 終 わ り、 あ ら た な 法
制度がはじまりつつある。この『END OF
WASTE』は、異物が1%未満である事と定
められそうであるが、これは大規模回収で
─ 17 ─
講演レポート③
Responsibility for the disposal of recovered paper-where will implementation of the Framework Waste Directive take us?
古紙の処理責任 ─ 古紙リサイクルの進むべき方向
講演者 Burkhard Landers(ブルクハント・ランダース ドイツ連邦再生資源登録組合会長)
報告者/八田 憲明
古紙会議三番目の講演として、
「bvse」ラン
マテリアルリサイクルを繰り返し行い、
ダース会長による「ドイツにおける古紙リ
それ以上マテリアルリサイクルできなく
サイクルの方向」についての講演があった。
なった場合の最後の手段である。また、
ヨーロッパ古紙会議の主催者でもある
廃棄物を焼却するサーマルリサイクルは
「bvse」というのは、ドイツ連邦再生資源登
むしろ「処分」に近く、ゴミの排出抑制
録組合の略称で、その下部組織に古紙リサ
に逆効果となる。そうならないためには、
イクル部門がある。
分 別 の 徹 底 こ そ が 大 切。 そ れ が ベ ー ス。
この組合は今から61年前、デュッセルド
ゴミと資源を一緒にするな。
ルフで創立され、昨年60周年記念式典も行
⑤DSD(デュアルシステム・ドイツランド)
われたそうだ。今年この地で開催されるこ
は、2004年からベルリンやライプチッヒ
とをランダース会長も大変有意義なことだ
で試験的に包装材リサイクルの改善と効
と言っておられた。
率の向上のため(消費者に包装廃棄物に
ランダース会長の講演の要旨は、
加えてプラスチックや金属ゴミ、更には
①我々古紙および再生資源に関わる民間企
使用済み電化製品の部品を入れることを
業は、リーマンショック後の大変な時期
認める制度)回収容器(イエローコンテナ・
を、仕事を滞ることなく、無事乗り越えた。
プラスと呼ばれている)の設置試験を行っ
②再生資源の発生量が減少し、一方では中
ている。
国・インドなど新興国の資源消費が拡大
⑥17年前導入された「包装廃棄物政令」で
を続けている。(ちなみに2009年ドイツ国
はエネルギー分野の例のように数少ない
内における古紙利用量は、1497万トン 回
会社が法律で特権を与えられている。こ
収率70%になっている。)
のようなことが、今後もあってはならな
③現在「EU廃棄物枠組み指針」のドイツ国
い。全ての市場参加者に開かれたもので
内 法 化 に つ い て、 議 論 が 行 わ れ て い る。
ないとダメである。
これに対して我々は、我々だけの利害に
⑦1996年施行された「循環経済・廃棄物法」
かかわらず、使用する側、出す側、各方
では民間企業の手で一般家庭から排出さ
面の方々の同意を得る必要がある。将来
れる古紙を回収することは禁止されてい
指向的戦略、環境にも経済にも社会の安
る。連邦行政裁判所の裁判官の判決は、
定化にも配慮した回収および再利用シス
自治体による企業体よりだ。
テムを作らなければならない。
⑧自治体による企業体は、手数料を取り、
④持続可能な循環経済の為、リサイクルを
値上げも行っている。売上税でも優遇さ
優先順位の高いモノから考えなければな
れている。我々も同じ条件で競争させて
らない。サーマルリサイクルは再利用や
ほしい。我々民間業者は、過去・現在・
─ 18 ─
未来において循環経済における担い手で
中で仕事する、組織的に纏まった団体が会
ある。これを改正しなくてはならない。
員となれる。
⑨連邦環境省によって作られている改正案
は、連邦行政裁判所とは違うスタンスだ
3.対象となるリサイクル物(11品目)
が、はかばかしくない。自治体による企
古紙、ガラス屑、廃プラスティック、廃
業体を保護し、民間企業を圧迫するもの
木材、鋳物及び屑鉄、古衣料、バイオ廃棄物、
だ。
建築廃材、特殊ごみ、特別監視が必要なごみ、
⑩ドイツ国内は自治体によって、競争入札
廃油
を行っているのは60%しかない。これを
全ての自治体に義務づけて欲しい。コス
4.ごみ処理経済活動(7項目)
トの点でも公正な競争を唱えていきたい。
収集・運搬・貯蔵・処理・活用・取引・仲介。
〈参考〉「循環経済・廃棄物法」1996年施行
5.bvseの組織
と同法に準拠して策定された、
「包装廃棄物
b v s e:連邦共和国社団法の下で結成
政令」1991年発効、1998年改訂
最 上 部 機 関:組合員との定期的な組合員会議
首 脳 部:運営委員会
bvseとは
理 事 長:ピーター・オビエグロ氏
(C.A.R.Eご み・ リ サ イ ク ル
1.概要
及びごみ経済有限会社社長)
設立:1996年6月16日(創立:1949年)
副 理 事 長:カールステン・フィーラー氏
bvse(ドイツ連邦再生資源登録組合)は
(ライスボルフ・ケルン社)
国の認可を得たごみ処理企業体で、国内の
ごみ経済活動に資する企業団体である。
他2名、
理 事:ラインハルト・ガーチェ氏
ごみ処理専門企業法(Efbv)に基づき、
(エーリッヒ・ダバコウ社)
厳しく定められた品質基準、特に、信頼性・
他2名、
専門的知識・企業体としての条件・設備及
監 査 委 員 会:首脳部は監査委員を任命する。
び活動について、各組合員が遵守するよう
監 査 委 員 長:ヴォルフガング・シュレーアー
義務付けている。
氏
bvseは循環経済法とごみ処理法(KrW-/
監査副委員長:ユルゲン・ニーチェ氏
AbfG)第52条に基づく査察認可証を保有す
その他の委員:4名、
るごみ処理専門企業に査察済証を交付し、
継続条件を満たしているかどうかの監視を
尚、今回古紙会議の報告者ブルクハント・
行う。ごみ処理連合体の認可はドイツ国内
ランダース氏はbvse会長としてbvseの企画
で統一したごみ処理連合体要綱により行う。
運営や研究など、bvse組織のトップとして
bvseは国内16州の各環境省により認可さ
実務を担当する立場である。
れ、更に、ごみ処理専門企業として国の認
可を受けている。
2.会員
全てのごみ経済に関わる企業及びごみ処
理連合体の目的を補佐し、ごみ処理経済の
─ 19 ─
講演レポート④
The decline in recovered graphic paper and its impact
コート紙古紙の減少とその影響
講演者 Ilpo Ervasti(イルポ・エルバチ 元ペイルー木材会社コンサルタント主席アドバイザー)
報告者/實守 敏訓
①概略:
よく似ている。異なっているのは英国で
印刷情報用紙の状況が変わってきてい
2001年低かった回収率も上昇し輸出国に
る(生産消費量が減ってきている)こと
変わって来ている。
とその影響について、古紙のグレード、紙・
ヨ ー ロ ッ パ の 古 紙 回 収 率 は、 平 均 で
古紙の回収状況・需要、エネルギーとの
2005年60%、2015年までには71%と予測さ
関連などで述べる。
れている。ドイツはより高い数字を出し
講師が古紙の仕事を始めた時、紙や古
ており、75%までいっている。
紙は、いくらでもあるように感じていた。
③ヨーロッパにおける印刷情報用紙:
時代が変化して今の中国に見られる様に
将来における紙・板紙の消費における
紙はkg当りで取引され、尊重される大事
印刷情報用紙の割合は減少すると思われ
なものになってきている。
る。2020年代の印刷情報用紙の割合は、
80年代、ヨーロッパ、アメリカが紙・
現在の10-20%減ると予想される。
板紙の消費の多くを占め、紙・板紙の消
④ヨーロッパ古紙の利用循環:
費、古紙の回収の加重平均の中心点(オ
2008年の紙の原料の循環は、
リゴ)は、だいぶ西にあったが、最近は
紙・板紙の生産量で、101百万トン、内10
アジアの需要が高まりオリゴが東に移動
百万トンは輸出され 91百万トンがヨー
し、2020年にはサウジアラビアあたりに
ロッパ内で消費される。
移っているのではと予想される。
91百万トンの内 61百万トンが回収され、
古紙の回収についても、サウジアラビ
50百万トンが原料として利用される。10
アを訪ねたときは、ふたりの女の子が手
押し車で回収していたり、ドイツのよう
百万トンは輸出。
一回の循環で、回収率は67%、利用率は
に分別して回収していたり、国・状況に
よって大きく異なるのが現状である。
50%。
こ の ス キ ー ム か ら 計 算 す る と、 最 初
現在の世界の紙の消費量は、約4億トン
100%バージンパルプで紙・板紙を生産し
とも言われているが、世界的には紙・板
ても、3回循環すると、バージンパルプの
紙の全体の消費の中で文化的な紙の割合
残る率は20%になってしまい、紙・板紙
は減っていく傾向にある。高グレードの
の生産には、バージンパルプが必要であ
古紙の回収量の増加が今後の課題となる。
る。
②ヨーロッパの古紙の状況:
⑤ヨーロッパの古紙輸出入取引:
2001年はドイツが古紙の最大の輸出国
各国の古紙の状況は、様々で、特に英
であったが、2008年には輸入国に変わり、
国は、混合回収が多くグレードの低い輸
スペインもイタリア、フランスの状況も
出が多い。
─ 20 ─
⑥EU内の古紙の回収について:
⑩製紙・古紙の関連項目:
2008年の脱インキ品質やパルプ代替品
実際、印刷用紙・新聞用紙の需要は減
の割合は、伸びていない。
少していく。
⑦紙の消費と古紙の回収の構造:
新聞再生紙の需要は、特にアジアを中
各国、紙の消費と古紙の回収について
心に高まっていく。
は、状況は様々。中国などは低いグレー
⑪今後の要求事項:
ドの紙の需要と回収量が多い。
紙の用途を増やすキャンペーンを行う。
⑧エネルギー関連:
古紙の回収を企画し、原材料として要求
エネルギーの価格が、将来上昇してゆ
する。
くと木材・古紙がエネルギー製品として
低グレードの古紙の品質を分別し利用
使われていく兆しがある。
する技術的な解決を図る。
⑨森林:
製紙産業は、再生原材料と再生エネル
全ての要素(エネルギー、循環目的、
ギーを集約する。古紙の流れはこれらの
cost、政策、環境問題)は、古紙回収の
要素を含んでいる。
増加をサポートしている。しかしながら、
再生紙は、良い原材料で、原料リサイ
古紙回収・供給を支えるため、バージン
クルの循環とサポートを保つ何かを積極
パルプの供給も必要である。
的に行おう。 (2008 年平均回収率)
輸入者
輸出者
(古紙貿易量)
単位:
─ 21 ─
講演レポート⑤
Purchasing consulting-The neglected pillar of corporate success
購買 仕入調達への助言 ─ 企業の成功に向け見落とされている着眼点
講演者 Gerd Kerkhoff(ゲルト ケルクホフ ケルクホフコンサルタント社社長)
報告者/佐藤 常明・福士 淳治
・売上ではなく購買で収益を上げることは
手との関わりを持っていくべきである。
可能か。それは可能と考えている。
④安定供給
この数年の状況は厳しい。売上が減って
安定供給を保証するのも購買の役割だ。
いる。従って、売上ではなく、購買にもっ
部品納期等に関わってくる場合、複数の
と目を向けるべきだ。購買部門がどのよう
供給先を持つことなど代替案を準備する
なことをなしうるのか、考えたい。
必要がある。万が一、代替案もだめにたっ
た時の対策まで考える必要がある。
・購買の影響力(役割)には六つある。
⑤製品品質
①節約
製品の品質は担保されなければならな
コスト削減は、購買としての基本的な
い。問題ある仕入先を抱えておくことが
役割である。購買の担当者は、節約をし
結果的にトラブルの元となり、コストが
て価格の最適化を図らなければならない。
かかる。購買が情報を明らかにして、確
②流動性の向上(在庫の最適化)
認していくこと。
ここ数年「流動性の向上」の意義が高
⑥技術革新
まっている。企業に見合った流動性を担
購買部門は日頃見ていないが、仕入先
保し向上させることが大事である。すな
が技術革新を先行し製品の原価低減の可
わち、製品の回転やコストを考え最適な
能 性 に つ い て 把 握 し て い る 場 合 が あ る。
在庫を持つことだ。
そのノウハウを活用すること。仕入先側
危機の時代、買ってくれる顧客の方が
との話合いからそれを見出し、技術革新
売ってくれる顧客より厳しい態度を取る。
を行うこと。
支払条件や支払期限の引き延ばしなど厳
しい契約に対して、どのようにして購買
・次に、購買で利益を出すことについて、
活動に反映させていくかが課題である。
仮に原価に占める材料費割合が60%とし
③リスク管理
て、 売 上 増 加 比 率 を1%、3%、5%と 上 げ
リスク管理上、仕入先とのリスク管理
ていった場合、その材料費の割合を削減
が大事である。倒産や支払不能状況にあ
できなければ、利益を上げるためには売
る仕入先との付き合いをやめ、新しい仕
上を上げるしかない。
入先との付き合いを始める役割を購買部
門が果たすべきだ。
・会社の役員がいろんな車種の豪華な車に
そのため購買として仕入先が各々の取
乗っていた例がある。その会社は営業に
引先とどのような依存関係があるのかな
比較して購買部門を重要視していないと
ど、先手を打って、当方から積極的に相
いえる。
─ 22 ─
・購買部門は、システムのなかの仕入価格
先手を打って競争状況にメリットが生ま
だけを見ていてはいけない。購買の行動
範囲は広い。
れるよう動き回る必要がある。
・どういうグループが購買担当になってい
会社内で使用している部品が今までは
るか見てみると、(購買以外に)営業部門
特殊なものだったり、歴史的な経緯のな
の購買、戦略的購買、調達というのがある。
かで使って商品を作ったりしてきたが、
誰が最終的に決断して仕入先を選ぶの
ある時から違うものを作ったりする。す
かということにも関係する。この領域で
ると、部品の半分は使われなくなる。そ
は購買があまり口出しできない領域もあ
こで購買が関与し、節約できる可能性が
る。IT機器購入が必要な時も、購買は
あることが分かった。
それなりに貢献できる。
電子媒体を利用することによって、プ
例えば直接の機器部分だけではなく効
ロセスの最適化を図ることが必要だ。
率的な購買ができるようなことを購買に
手伝ってもらうことが会社のメリットに
・購買に「ジャスト イン タイム」を取り入
なる。
れたりしてくると、購買にその管理のた
めの仕事が増えてくる。部品価格にはそ
・企業が成功するかどうかは、大きな割合
うした管理コストより安いものがあり、
で購買の活躍如何だ。収益は購買で稼ぐ
それが頻繁に出てきて、(それを管理する
と言って構わない。(古紙等原材料の)仕
ことで)効率が悪くなる。
入価格は市場の動向により決定するとこ
そうした場合、仕入先を取り込んで在
ろが多い。
庫量を確認し、足りない部品は相手に在
仮に、10%仕入を節約できて評価され
庫管理をしてもらう、といった節約の可
ても、市場動向によっては悪者にさせら
能性が出来てくる。
れることがある。何をもって評価するの
相手先に圧力をかけたりして価格削減
か、モノサシを持つ必要がある。交渉だ
をするだけではなく、それ以外の方法で
けではなく、購買を全てのものの調達に
節約することを考えたい。購買の改善は
巻き込むこと。
システム化に通じるが、購買のシステム
プロセス・組織にも目を向けさせるこ
化は、ある一定の規模の組織・企業でな
と。今まで関係ないテーマにも関与させ
ければ効率が悪い。
ること、つまり調達を組織全体に組み入
れることが必要である。
・購買は企業の調達すべきものの一部を購
強引に価格を引下げることだけが購買
入しているにすぎない。ある一定の領域
は全く関与していない。
IT機器、マーケティング、投資財等
の調達について購買部門は最後の署名だ
けさせられることがある。それでは価格、
契約条件などを改善するために購買は何
もできない。購買を早い段階で関与させ
ることが大切。それが競争に有利に働く。
設計・開発担当に比べれば購買は交渉
上手である。出てくる結果を明らかにし、
─ 23 ─
の仕事ではないと考える。
講演レポート⑥
Challenges in satisfying the growing Asean fibre demand
増大するアジアの古紙需要に如何に対応すべきか
講演者 Ranjit Singh Baxi(ランジット シン バクシー J&H販売会社社長/ CEO)
報告者/大村 照雄・清水 弘允
アジア古紙需要に対応した地域別供給実績
ろう。
北米地域 42%
より厳しい品質基準がインドやインドネ
欧州地域 34%
シアで実施された。
アジア地域(主に日本) 20%
アジア古紙需要に対応した欧州からの古紙
オセアニア 3%
輸出 2009年
欧州経済
2009年当初、古紙貿易の発展は世界不況
欧州の財政危機、不況からの回復が順調
の始まりと共に、疑問視された。
に行く見通しは立っていない。
しかし古紙は全ての製紙会社にとって生
E U( 欧 州 共 同 体 ) メ ン バ ー で あ る、
命線の認識のもと、堅調な需要が維持され
PIIGSと言われる、ポルトガル、アイルラン
た。
ド、イタリア、ギリシャ、スペインの抱え
2009年を通じて、欧州OCCのアジア向
る財政危機は、欧州の主たる懸念である。
け輸出価格は130弗/トンから上昇して、2009
年末には180弗/トンになった。
2009年の欧州の古紙回収水準
同様に欧州ミックスも上昇して、輸出価
昨年の欧州経済の低迷が古紙回収量に与
格は2009年末には115弗/トンから165弗/トンに
えた悪影響は、きわめて顕著であった。
なった。
最新データが物語っているように、2009
年1月から10月までの欧州全域の古紙回収
アジア古紙需要に対応した欧州からの古紙
量は10月に回復の兆しが見えたとはいえ、
輸出 2010年
昨年比ほぼ8%ダウンであった。
今年2010年は、より全般的に自信の持て
る状況で開始された。
国際市場への考察
中国が古紙需要の中心ではあるが、その
2008年最終四半期に最低水準に落ち込ん
他のアジア諸国(インド、インドネシア、
だ古紙輸出は、2009年を通じて回復期に入っ
韓国、台湾、タイ、ベトナム)からも、しっ
た。
かり注文が来ている。
経済学者は世界経済が上昇に転じ、その
アジアの紙、板紙メーカーは製品値上を
結果として2010年から2012年に需要が増大
しようとして抵抗を受けているので、この
すると考えている。
事は古紙価格にも影響があるだろう。
紙生産は2009年から2012年を通じ、増大
し続けるであろう。
品質の重要性は、中心的役割を演ずるであ
─ 24 ─
アジア古紙需要に対応した欧州からの古紙
結論
輸出 域内需要
全ての需要拡大は、成長経済から生まれ
新 し い 生 産 施 設 が 増 設 さ れ2009年 か ら
る。
2012年に掛けて操業に入る為、古紙の域内
中国は古紙を使用した新たな高水準の紙
需要も増加する。
製品生産を行うので、向こう5年から10
古紙の域内及び域外での需要増と、高め
年にわたり主要な古紙消費国であり続ける
のコンテナー運賃及び為替変動は、古紙の
だろう。
輸出価格を引き上げた。
中国政府と製紙会社は、国内での古紙回
コンテナー運賃は2009年1月以来、2倍
収に努めるであろうが、国内の古紙需要を
になっている。
満たす事はないので、より一層古 紙 輸 入 に
依存する事になるだろう。
中国の需要増大に注目
アジアにおける古紙需要は増大し続ける
古紙需要は、しばらく強いまま推移する
であろうから、増大する需要を満たす新た
であろう。
な古紙市場を製紙会社は探す必要がある。
中国の古紙需要は再度上向いており、先
拡大する経済は国内での古紙回収率を高め
進国(北米、西欧そして日本)からの輸出
る動きを促す。
が伸びている。
韓国、インドネシア、タイ、マレーシア
紙製品の需要と生産水準は、共に2008年
は古紙回収率を増やす事に成功している。
後半の大きな落ち込みを耐えた後、盛り返
している。
各種グラフによる説明
欧州諸国から中国が輸入している古紙の
数 量 と 割 合(2009第1・ 四 半 期 -2010第1・
四半期)
中国に於ける、製紙会社による新たな生
産施設計画(2009-2012)
2009年180万 ト ン 増、2010年315万 ト ン 増
予定
インドの需要増大に注目
インド経済は今後5年から10年にわたり、
急速に成長すると期待されている。
紙製品生産は2020年までに2倍となり、
1900万トンに達すると予想されている。
紙製品の消費も、同様のペースで成長す
ると期待されている。
この事は、2020年までに年間600万トンの
新たな古紙需要を作り出す。
─ 25 ─
講演レポート⑦
Container shipping lines-Which way is the trend going?
コンテナー輸送 ─ 今後回復の方向へ向かうのか
講演者 Peter A. Hall(ピーターホール APL 社英国社長〈海運会社〉)
報告者/長谷川 裕一
ドライカーゴ即ち、ノンバルク貨物の90%
から北米への直線的な流れだったが、この
はコンテナー船で取引されている。
流れが主にアジア圏内で動く流れに変化す
海運上位20社の利益推移をみると2001年
るとみられる。
から08年まで上向きだったが、09年は景気
後退を反映し、200億ドルの損失という最悪
2008年1月~ 10年2月までの月別貨物需要
の年となった。コンテナー船が運行されて
推移をみると、09年1・2月に大きく落込み、
から初めての経験だった。
その後徐々に回復、2010年1・2月でまた
いいこともある。荷動きをコンテナー荷
下がったが、前回の落込みほどでもない。
扱い量の変化でみると08年から09年にかけ
て大きく減少したが、09年第2四半期から回
海運業が何を間違えたかというとコンテ
復の兆しを見せた。
ナー船がどんどん増えると予測しその2年位
前に造船所に発注したたことにある。船が
世界的な経済活動をみてみるとギリシャ、
できるまでには2年程度のタイムラグがあ
PIIGSの 話 は 心 配 の 種 だ。 元 々 は2007か ら
り、造船所が一杯で4・5年待たされるケー
08年の米国サブプライムローン問題が発端
スもあったからだ。
だった。
また、投資対象として中国の需要が増え
金を貸し出し過ぎた後この危機になり、
る等の判断から積極的に造船所に発注する
貸し渋りになった。成熟市場の経済は2009
動きがあった。ところが2009年、景気が後
年成長が止まってしまった。
退し、需要がなくなってしまった。需要予
しかし新興市場は成長を続けている。欧
測を間違えた。海運業は貨物量が減り過剰
米が後退したのに対して、アジアの重要性
能力が続くことになった。現在の予測では
が高まっている。
2009年から2013年までは過剰能力が続くこ
貿易ルートも変わってきた。私が業界に
とになりそう。
入った頃、コンテナー船のルートは欧州か
らアジア、北米を経由して欧州へ戻ってき
た。
それに対する対応策として海運業界では
「船の減速」を実施した。減速はゆっくり走
これからはコンテナー船の需要も成長モ
ることにより燃費向上及びCO2排出量削減
デルが変わってくる。コンテナー船業界自
という効果がある一方で、走行時間が長く
体にこの変化が反映されてくる。今後、中国・
なり自動車業界などでは納期厳守に影響が
インドが経済的な繁栄の中心になる。
出る。
コンテナー船がどう動くか、見てみると、
2007年、8隻発注したが、10億ドルかかっ
トランスパシフィックルート即ち、アジア
ている。少ない金額ではない。安定した収
─ 26 ─
入がないと船への投資ができないというこ
とだ。景気後退のあと09年後半燃料代も上
がり、商売に影響している。石油ベースの
燃料が必要ということは排気も増えること
になる。
従って、どの船がエンジンの効率がいい
のか考える必要がある。アイルランドの火
山噴火があり、飛行機が飛べなくなった時、
ハンブルグ港 H.P. 欧州代表現地情報出典
他の手段を考える必要があった。特定の輸
送手段に如何に依存してきたかが、よくわ
かった。
2005年から6年にかけてドイツの状況は
コンテナー船が港に入ろうとしたが港が小
さくて経済活動にブレーキをかけた事実が
ある。
古紙と海運との結びつきをみる。アジア
アムステルダム港
から欧州にかなりの消費財が入っている。
その際、復荷として欧州からアジア向けに
古紙を運搬することにより船は採算がとれ
る。
そしてまた、アジアの生産品が欧州に戻っ
てくる。更に、英国からの古紙がアジアに
行っている事実がある。こうした運搬がよ
り定期的に増えてきた。以前はバラツキが
ロッテルダム港
大きく不定期だった。
貨物料金は、往復で荷物を積み、安定性
をもつことによって安くなる。アジアの航
路は増えている。
2、3年は船の過剰能力が継続し、燃料
の高騰もしばらく続いていくが、減速走行
により燃料消費を少なくしていくなどの工
ロッテルダム港
夫をしてコストダウンをしていく。
まとめとして、海運業としてはまあまあ
事業を継続できる利益が欲しい。それによっ
て皆さんにとっていいビジネスパートナー
でいられる。
ロッテルダム港
─ 27 ─
講演レポート⑧
The recovered paper market situation in and around Japan
日本を取り巻く内外の古紙市場
講演者 Nobutaka Ookubo(全国製紙原料商工組合連合会需給委員会委員長)
報告者/大久保 信隆
はじめに
(2)他銘柄品の混入3% を超えてはならない
日本の紙の歴史は6 ~ 7世紀にかけてコウ
(3)水分12 %を超えてはならない
みつまた
ゾ・ 三 椏 を 原 料 と す る 和 紙 か ら 始 ま っ た。
江戸時代に入って、私どものような商売が
2.新聞
(1)禁忌品の混入
出来、和紙の仕分けが始まる。明治に入り
1)禁忌品A類認めない
機械化による洋紙の生産が開始された。
2)禁忌品B類原則として認めないが、や
むを得ない場合でも0.3%を超えては
全国製紙原料組合連合会とは?
ないない
古紙問屋の集まり。各地域の商工組合8団
(2)他銘柄品の混入3%を超えてはならない
体,協同組合7団体,地域ブロック2団体の連合
会。全国で814社(1500工場)。古紙を回収
(折込チラシを除く)
(3)水分12 %を超えてはならない
し工場で選別し、製紙原料(古紙)として製紙
禁忌品A類:製紙原料とは無縁な異物並び
工場へ直接納入。
に混入によって重大な障害を生ずるもの
古紙品質を高めるための2つの認定制度
(1)石、ガラス、金物、土砂、木片など
「古紙商品化適格事業所」
(2)プラスチック類
・認定条件: ISO14001 またはEco-Action
21取得事業所
(3)ロウ紙、石膏ボードなどの建材
(4)捺染紙、感熱発泡紙、合成紙、不織布
・2010年3月末現在: 402社800事業所
など
「古紙リサイクルアドバイザー」
(5)感染性廃棄物と接触した紙
・所定の研修修了者
(6)その他工程あるいは製品に著しい障害
・2010年3月末現在: 430社1950名
を与えるもの
古紙の主な回収・流通経路(図省略)
禁忌品B類:製紙原料に混入することは好
ましくないもの
古紙標準品質規格
(1)カーボン紙
1.段ボール
(2)ノーカーボン紙
(1)禁忌品の混入
(3)樹脂コーティング紙、ラミネート紙
1)禁忌品A類認めない
(4)感熱紙、芳香紙
2)禁忌品B類原則として認めないが、や
(5)その他、製紙原料として不適当なもの
むを得ない場合でも0.3%を超えては
ならない
─ 28 ─
古紙利用率の背景
日本の古紙輸出
推移
日本の国別輸出量
(2009 年)
古紙利用率は、1985年の49.3%から、2009
年には63.0%と、この20年間に増加し続けて
いる。
目標値
●
1991年以降、リサイクル法(資源有効利
用促進法)により、利用率目標値が定め
られている。
●
2000年までに56%とする目標値は、1年前
に達成された。
●
●
国
千トン
%
中国
4,191
85.3
タイ
362
7.4
台湾
123
2.5
ベトナム
108
2.2
韓国
86
1.8
その他
44
0.9
合計
4,914
100.0
2001年からは、2005年の目標値として60%
最後に、5年後位に、今回の古紙会議のよ
が設定されたが、この目標値も2003年に
うな会合を日本で開催することをお願いし
達成された。
たい。 62%とする2006年に設定された目標値は、
昨年達成された。
古紙の世界貿易
発表を終えて
目で確かめることも必要なことです。今後、
日本の原料商として今回の会議に参加す
古紙市場のグローバル化にともなう欧州市
ることは、欧州の業者の考えを聞ける絶好
場との協働が必ず出て来ると思っています。
の機会になると同時に、日本が取り組んで
私は古紙の分別回収そのものが我が国資
来た歴史および全原連の古紙商品化適格事
源循環の雄としての古紙業界の発展の素と
業所と古紙リサイクルアドバイザー認定制
なっていると確信しています。それにより、
度を世界に認知して頂く絶好の機会と考え
古紙の総循環費用は安くなっているという
ました。
事実を世界の人に訴えたく、更に、日本の
法律の規制と古紙関連機械類の生産と使
古紙を取り巻く状況を見てもらいたくなり、
用状況のノウハウを先進国ドイツで自らの
日本での古紙会議開催を提案しました。
─ 29 ─
ドイツ古紙ヤード・市況等視察報告
EVD社
(ENTSORGUNGSVERBUND DÜSSELDORF)
取材:水野武士・寺松雄次・福士淳治
EVD社
⑧個別廃棄物収集場所の管理と維持
(ENTSORGUNGSVERBUND DÜSSELDORF)
・事業所(2か所)
①EVD-Disposal composite Düsseldorf
(1)会社概要
GmbH & Co. KG
EVD社:「デュッセルドルフの廃棄物処理連
Posener Street 191 40231 Düsseldorf
合」というドイツ語の頭文字をとっ
⇒ポーゼナー通り工場(と称す)
た社名。具体的には廃棄物を扱う
②EVD-Disposal composite Düsseldorf
ファミリー企業2社が2008年合併
GmbH & Co. KG
し、一つの会社となった。
Karl Hohmann-Street4-6 40599 Düsseldorf
Karl Tillmanns(ファミリー企業)
⇒カールホーマン通り工場(と称す)
Peter Drebes(ファミリー企業)
・2.5年前から2家族が共同経営を始めた。片
・資 本 金 50千€(約6百万円)
方は小規模仕入先が多く、他方が中規模の
・持ち株比率 50:50(両家で折半)
仕入先中心だったことから、仕入先(顧客)
・役 員
が競合しないとの判断があった由。訪問日
Karl Tillmanns(総支配人)
;
はKarl Tillmanns氏が休暇中。交互に休み
今回、休暇中で面談できず。
を取り、経営をしているという。
Peter Drebes(総支配人)
;57歳。
(2)
EVD社 ポーゼナー通り工場
Marc Drebes(支配人)
;
Peter Drebes氏の子息(32歳)
面談者:Peter Drebes 氏(総支配人)
従業員(全体)60名
最 初 に 視 察 へ 伺 っ た の はEVD社 工 場 で
・事業内容(ホームページから抜粋)
あった。到着後、総支配人であるPeter氏に
①廃棄物に対する総合的なアドバイスと経済
出迎えていただいた。ここは輸出用古紙も取
的な解決法の提供
り扱うヤードである。輸出先は中国等。また
②個別の廃棄処分計画策定
古紙以外にもプラスチック・機密処理・木材
③再生ガラス廃棄物の完全処理
や廃棄物も取り扱う。
④連邦情報保護法の下での書類やメディア
工場の広さは8,500㎡。従業員は工場内に6
(記録書,CD,DVD等)媒体の破棄
人・運転手が16人との事。また、給与は10ユー
⑤技術を駆使したあらゆるサイズの入れ物や
容器の提供
ロ/ 1hでおおよそ月給が1,700ユーロである
という。
⑥家の清掃や小修理
就業時間は7:00−16:00である。
⑦低床や狭い場所用への特殊車輛の提供
─ 30 ─
①
②
④
③
EVD社外観
⑤
古紙類取扱量
古紙4,000㌧ /月 内、
2,000㌧が段ボール
(1,000
㌧が輸出・1,000㌧が国内用段ボール)
廃棄物 1,000㌧ /月
最初に案内されたのは、大きな選別機で
あった。
選別機で脱墨用古紙類以外を取り除く。選
①プラスチック・ヒモ等の廃棄物プレス品置場
別方法は手作業でおこなう。ラインに流れて
②事務所
くる段ボールやボール紙、その他ゴミ類を取
③選別ライン(ミックス古紙から脱墨古紙以
り除く。新聞と雑誌類は混ざったままで良い。
外を取り除く)
また段ボールベール品置き場を見たところ分
④機密処理室
別はあまりされていないようであった。
⑤段ボールプレス及び発砲プラスチックプレ
ス品製造
選別ライン
写真中央右 Peter Drebes氏
写真中央左 Marc Drebes 氏
─ 31 ─
この工場では機密書類処理もおこなってい
た。保管ボックスを利用し回収後裁断・破砕
処理をおこなう。価格はプラカゴで40ユーロ・
鉄カゴで240ユーロである。
(処理代金込み)
火事や災害に強い為、人気は鉄カゴの方が高
いという。
選別後の脱墨用古紙
この工場視察中で一番印象深い物は発泡
ベール品である。1ベールで600㎏になると
の事。製造方法は専用のベーラーでおこな
う。発泡をねじ込み式ベーラーに投入する事
で1/40に圧縮するという。機械販売価格は
機密古紙用鉄製ボックス
75,000ユーロほどとの事。
機密古紙用プラ製ボックス
圧縮された発泡(1袋200㎏程)
実際の機密処理場も見学する事ができた。
中は紙粉が舞っておりカメラレンズに張り付
くほどであった。ちなみに集塵機は設置され
ていなかった。
処理方法は二種類あり。キングファイル等
の異物有時は破砕機で処理されていた。
段ボールベール置き場
─ 32 ─
本社は上物を主に扱うヤードとの事。また
本社ヤードは国内出荷がメインとの事。
ヤードの広さは10,000㎡で現在6,000㎡分の
新作業場を建設・工事中である。 従業員は全社あわせて60名ほど。営業専門
に2名の従業員在籍。
古紙取扱量(月間)
5,000㌧ 自社分
6,000㌧ 代納分 機密処理場内
まず目に付いたのがひとまわり小さいダン
ボールベールを製造するベーラーである。1
ベール500−600㎏の重さで横長縦短の形でコ
ンテナに3段積みが可能である。
ただし本社では4月時に輸出ででたダン
ボールはないとの事。
(価格が安い為)
国内ダンボール価格は4月時135ユーロ/㎏
であり、5月より▲20ユーロの115ユーロに
なるとの事であった。その為か在庫は少なく
手作りパンをいただいた
売り切っている感があった。
(3)EVD社 カールホーマン通り工場
(本社隣接)
面談者:Peter Drebes&Marc Drebes 氏
(Prokurist = 支配人)
次 にEVD社 本 社 工 場 の 視 察 へ 向 か っ た。
我々は工場よりバスで、総支配人のPeter氏
は車で本社ヤードへ向かった。本社では息子
であるMarc氏に出迎えていただいた。
小さい段ボールベール
手前 Peter氏運転ポルシェ 奥 EVD本社
ホワイトレジャー
─ 33 ─
上物メインという事で様々な製品の在庫が
ドイツ国民も日本と同様に新聞は読まなく
あった。それぞれの価格を以下にまとめると
なってきているが、それに変わる『新しい紙』
の需要があるという。フリーペーパー等がそ
ホワイトレジャー………275−280ユーロ
れにあたる。
アルミ付き紙……………80ユーロ
ドイツでは古紙は集めれば集めるほど売れ
中白………………………230ユーロ
るという印象であったが、競争はやはりキビ
クラフト…………………180ユーロ
シイとの話であった。ただし上物の仕入競争
シール・剥離紙…………ゴミ処分
はそうでもなく雑誌が特にキビシイとの事で
家庭紙・白板用紙………100ユーロ
ある。
番線(ロシア製)………450ユーロ
最後に『我々は50年の歴史に誇りをもって
という事であった。家庭紙・白板用紙の価
営業している。
』という言葉が深く印象に残っ
格は年間売契約となっており、現在の実勢価
た。
格は130−140ユーロになるとの事であった。
ここで特筆すべきは国内への出荷方法であ
る。コンテナバラ積みにて製紙会社へ搬入し
【参考】EVD社が顧客(仕入先)に提供して
いる箱の一部
ているとの事である。
コ ン テ ナ へ の 積 み 込 み 量 は 7 ㌧ 前 後・
PRIVACY TANK(機密古紙用)
240 • 460 liters
ウォーキングフロー付き大コンテナで27㌧程
であるとの事。重量規制といった話はなかっ
た。
Purposes:Old files, data material
Size:
コンテナ積み中の様子
国内の売り先はラインペーパー 1,000㌧・
UPM500㌧等。
ドイツ国内製紙メーカーは去年の業績こそ
悪かったが、現在ではリーマンショック前ま
で戻ってきているという。ただし、ヨーロッ
パ全体でみれば悪いままでドイツのみ好状況
であるのが現状である。
(ドイツ紙は品質が
良いからだという話)
─ 34 ─
e.g. 240 liters:
e.g. 460 liters:
Volume:240 l
Volume:460 l
Height :1,020 mm Height :650 mm
Width :500 mm
Width :640 mm
Depth :600 mm
Depth :1,000 mm
Bruckmann社
取材:水野武士・寺松雄次・福士淳治
Bruckmann社
《参考- 1》Reisswolf(ライスウルフ)社概要
1985年 Volker Henning(フォルカー ヘ
(1)会社概要
ニ ン グ ) 氏 がHamburg( ハ ン ブ
ルグ)にて設立
1930年創業。ライン川沿いのケルン市で廃
1989年 Reisswolf Deutschland Gmbh設立
棄処理の業務を開始した。
(現在ドイツ国内に17か所の会社)
同業他社に比し、一歩前を行く技術革新を
1996年 Reisswolf International設立
ベースにファミリー企業を成長させてきた。
2002年 設立者Volker Henning氏が
正式な社名:Joseph Bruckmann Entsorgung
“Businessman of the year”受賞。
2008年 現 在 ヨ ー ロ ッ パ22カ 国、65社
GmbH
(パートナー)
、
PO Box 84 01 51 034 21 ·
Cologne
従業員 1,250人、顧客数 76千、
Rönsahler Str 10 · 51069
売上高 70.8百万ユーロ(約85億円)
Cologne Dünnwald
処理量 190千㌧ /年
役 員:Hans Willy Fahnenbruck(社長)
《参考- 2》Reisswolf Köln(ライスウルフ ケ
事業内容:①廃棄物処理、②産業・裾物古紙
ルン)社概要(上記ドイツ国内17
処理、③機密古紙処理
社のうちの1社)
・今回見学した2工場は、機密書類処理のノ
事業内容:①ビルサービス、②事務所廃棄物
ウハウを持つReisswolf社 へBruckmann社
処理(データだけでなく廃棄物全
がライセンス料を支払いReisswolf Köln社
般処理)③データ保護(よりよい
として経営している。最後に訪問した工場
方法の提案)
、④セミナー(法律,
はBruckmann社の本社工場でもある。
データ処理,ノウハウ等)
役 員:Hans Willy Fahnenbruck( 総 支
①Reisswolf Köln Akten und
Datenvemichtung GmbH
配人)
Andre Fahnenbruck (総支配人)
Wankelstreet 14-16 50996Köln
⇒ライスウルフ ケルン工場(と称す)
②Reisswolf Köln Akten und
Datenvemichtung GmbH
Ronsahler Str. 10 51069Köln
⇒ブルックマン本社工場(と称す)
─ 35 ─
(2)ライスウルフ ケルン工場
工場はケルン市の南東部に位置する。
敷地面積 約5,500㎡。
写真;機密書類処理室
面談者:Andre Fahnenbruck 氏 (Assistant
der Geschaftsfuhrung)
Reisswolf 社はヨーロッパ中に事業を展開
トラック用搬入口(3か所)とその内部
する機密処理専門の会社である。本部はハン
ブルグにあるという。Bruckmann社、社長
のご子息でもあるAndre氏に出迎えていただ
今回は中の処理工場まで見学する事ができ
いた。
た。
中へ入るには一人ずつセキュリティチェッ
今回訪問した工場は二年前の2008年3月に
クを受け専用の扉よりはいる。
完成したばかりでおそらく他の工場と比べて
工場内は紙粉が舞う事もなく綺麗な状態で
も一番の大きさの由。建設費用は5百万ユー
稼動していた。
(立派な集塵機設置あり。
)
ロ(約6億円)との話である。
処理方式は顧客先に機密ボックス設置し、
後に回収し、裁断・破砕処理である。
裁断処理機へ向かうまでのコンベアは二つ
用意してあり、どちらか片方が常時動くよう
設定されてあるという。
機密書類搬入口は二種類用意してある。ト
ラックからボックスのみを工場内にいれる為
の搬入口ルートとトラックが直接中に入り密
閉空間の中でバラ状の機密古紙をコンベアへ
投入をおこなうルートの二つである。
機密書類ボックス用搬入口(4か所)
また、処理方法もキングファイル等の金属
付き書類でも問題ないように磁選機や書類を
均等にしながらコンベアに落とす装置等様々
な工夫がされてあった。
(配管が複雑であり
─ 36 ─
理解が難しい面も多々あった)
右上集塵機・左下機密ベール品
セキュリティチェック中
色つきベール品混載での積込み出荷
工場内部
【参考】カゴ/箱
・ライスウルフケルン社で用意している廃棄
物回収カゴ/箱類は19種類あり。
処理価格であるが、通常は1カゴ(240ℓ
容器相当)50−60ユーロであるが大量排出先
(銀行・保険会社等)は1カゴ5−6ユーロ程
・機密古紙用の代表的な箱の寸法。
(アルミ製、
バインダー付書類をそのまま投入)
度という。
① RW70
現在の処理量は月1,400㌧であるが、2,000
② RW240 : 240ℓ、48×58×101cm
㌧を目標としているとの事。一時間当りの最
③ RW240S: 240ℓ、48×58×121cm
大能力は20㌧とのこと。ベールされた機密
④ RW350 : 350ℓ、90×69×90cm
書類は主に国内家庭紙メーカーへ納入され
⑤ RW500 : 500ℓ、118×69×99.5cm
ティッシュ等となる。輸出は少しだけ行なっ
⑥ 機密書類だけを投入する袋(RW40
ており輸出先はフランスであるという。
Sack;40ℓ)
、
国内での販売価格はベール品質により150
アルミ箱(RW25C;25ℓ)
−180ユーロと様々である。ちなみに5月の
価格は4月と変わらずという話であった。
(価
格は毎月Barで飲みながら決めているとの事)
裁断サイズは最小で5㎜×6㎜の30㎜2まで可能
である。
また紙以外にも電子基盤の破砕もおこなっ
ていた。鉄スクラップとして販売するという。
─ 37 ─
: 70ℓ、42×42×63cm
(3)ブルックマン本社工場
タイミング良く帰ってきたパッカー車
Bruckmann社本社工場及び
Reisswolf Köln社(機密古紙処理会社)
ブルックマン社は前述のReisswolf社とフ
上質と中質ミックス中
ランチャイズ契約を行い機密古紙処理も行っ
(左部分は取り除いた色つき紙)
ている。 創業は1930年という老舗のリサイクル業者
であり、古紙取扱量は7000㌧ /月、 21−22
ここでの注目はお茶等のフィルターベール
品種を取り扱っているという。工場の広さは
品である。通常では溶けない為売れない紙で
11,000㎡で従業員は120人程との事。
あるが160ユーロで売れるという話であった。
訪問してすぐにパッカー車が回収を終了し
ただし売り先については教えてもらえず在庫
戻ってきていた。
も多かった為、そうそう売れる物ではないの
このパッカーは6−8㌧車・20㎥で産業古紙・
であろう。
家庭古紙等のミックス回収である。
本社・トラックともセンス良いデザインで
工場内を見学中、上質紙と中質紙を半々に
あったのが印象的であった。
ミックスしている様子が見られた。
途中色つき紙を除外してもいた。ミックス
する理由だが上質紙として高く売る為か。
センス良いデザイン
─ 38 ─
国際古紙会議・ドイツ/チェコ古紙事情
視 察 印 象 記
良いですけれどお金如何ほど、理事の決済
国際古紙会議に参加して
を得なければと理事長に頼んだら快く引き
受けて頂きました。
あとは参加メンバー集めだ。20 名で予算
組んだ関係で是が非でも人数集めとなり、
楽に集まると思いましたが 16、7 名が行っ
株式会社大久保
たり来たりでした。私が 30 年前ヨーロッパ
大久保 信隆
に行った経験から若い人が行けば大きく得
るものがあると思って寺松さんと増田さん
一昨年のイギリス、オランダ研修旅行の
の息子さんと高橋德行くんに無理やり行っ
際、オランダの若い経営者からドイツで毎
てもらうことにしました。
年古紙業者だけの会議が毎年3月に行われ
また、準備も組合の長﨑専務には発表す
ていると聞きました。その時 BIR(欧州再
る英語バージョンのパワーポイント資料を、
生資源協会)の会議ではと聴きましたが、
竹下さんの助けを借りて3月初めに出来上
彼は古紙専門業者の会ですと念をおされま
がり、私の顔写真とともに送りました。
したので是非参加したいので日程を教えて
用意万端 20 名参加で一息付いたところア
下さいと言って帰国しました。
イスランド火山噴火が起こりました。欧州
昨年秋に大和紙料の塩瀬さんからドイツ
航空路全面閉鎖とモクモク黒煙がテレビで
で会議が行われるが全原連需給員会では行
映し出されました。これでは会議の中止を
かないのですかと問い合わせが有りました。
主催者が判断するかなと思いました。しか
行く予定にしているから詳しい日程を調
し一向にやめる気配はありません。先方に
べて下さいと言っている間に年を越えてし
問い合わせたところ自動車道(アウトバー
まいました。年度内に活動できないとがっ
ン)も列車もあるので中止は考えていない
かりしていた時、塩瀬さんより4月にデュッ
とのこと。
セルドルフで開催されるが参加費がいりま
サー大変だ無理やり発表の場を作って
すよ。払うから是非参加できるよう手配し
貰った関係上行かなくてはならない。2人
てくれとお願いしました。その間旅程の見
だけは参加しなくてはいけないと思い日本
積もりを取り、旅行会社を決め、全原連の
旅行に絶対降りられる飛行場は何処か、そ
皆さんへ出席を呼びかけました。塩瀬さん
こから列車で行けるよう手配してくれと指
からはプログラムが出来上がっているけど
示する。出来るだけ早く着くようにもと付
大久保さん日本の状況話しますか。折角行
け加える。あとは天に祈るだけでした。幸
くのだからやりなさいよ、骨折って下さい。
い 17 名で行くことが出来ました。
次に国際会議だから同時通訳はどうですか、
デュッセルドルフの業者、そしてケルン
─ 39 ─
のブルックマン&レリーウルフの立派な設
移動の特急チケットが少々大きな紙だった
備、翌日の 570 名を超す国際会議は内容も
ことや、瓶の飲み物が多かったこと、そし
充実していたし、我々を日本代表団として
てスーパーマーケットでの空きPETボト
真ん中の位置の宴会場に付けた配慮の数々、
ルのデポジットチャージなど、便利さを最
今回のドイツ視察は瞠目したことを全員が
優先に追求する国と比較すると非常に考え
感じたと思います。
されられた視察でもありました。
来年はベルリンで3月 23、24 日に開催さ
大久保団長はじめ皆様には、大変お世話
れるそうです。私は発表の最後に5年後日
になり本当にありがとうございました。
本で開催したいと言った以上何年かは、招
聘準備に行かなくてはなりません。
国際古紙会議および欧州視察旅
行に参加して
最後に開催国の事務局の皆さん、そして
長﨑専務理事、事務局の皆さんに感謝する
とともに、新井副団長とメンバー全員に和
やかに楽しく旅が出来たことに御礼申し上
げます。残念ながら残った方には数々の指
王子斎藤紙業株式会社
示を頂き、報告書作成がスムーズにできる
福士 淳治
ように配慮を頂きました。
今回全原連需給委員会の旅行に参加させ
ドイツ・チェコ視察を終えて
て頂きありがとうございました。
1.古紙会議
4 月 29 日、bvse( ド イ ツ 連 邦 再 生 原 材 料
登録協会 ) 主催による第 13 回国際古紙会議
北海紙管株式会社
を傍聴した。
長谷川 裕一
bvse は 1949 年に発足し、61 年の歴史を
持つ。当初の古紙だけではなく木材、プラ
今まで欧州に渡ったことのない私は世界
スチック、繊維、電気機器、廃油、ガラス、
一の環境先進国ドイツに行ける喜びと、国
スクラップ等を扱う。ボンを拠点としてい
際古紙会議に参加できると言う、一回の渡
る。
欧で二度おいしい感覚に期待し成田を後に
傍聴して、この会議は主としてドイツ人
しました。
によるドイツ人のための会議だということ
視察初日からその期待は見事に的中、日々
がよくわかった。
感動の連続だったのは言うまでもありませ
今回の出席者リストを見ると合計 16 カ国
ん。ドイツの印象は、輸入の車や機械を見
から 586 名参加の内、80%がドイツ人。周辺
ても当り前だ!と言われそうですが、日本
6 カ国を加えると 92%である。
人より細かいことができる人たちが居たん
古紙再生促進センター資料(「平成 20 年
だと改めて思い直した次第です。
度国際リサイクルシステム構築基礎調査事
そしてなにより、国際古紙会議の初参加
業報告書」平成 21 年 3 月)によると欧州各
は日本の存在が世界に対し充分に発信でき
国の 2007 年古紙輸出入量は合計でドイツが
たのではないでしょうか。
6 百万トンを超えトップであり、オランダ、
─ 40 ─
英国が後に続く。特にドイツは古紙輸入量
んという一方のファミリーの代表者が次の
が 3 百万トンを超えており、この古紙会議
ヤードを案内する際、我々が乗ったバスを
を利用して欧州域内の古紙取引が行われて
黄色いポルシェで先導してくれた。
いることを窺わせる。昼食時、隣にいたオ
日頃日本の会議では大人しい私だが、つ
ランダ人は当方が古紙取引計画もなしに参
いつい地が出て、そのポルシェに一人だけ
加してきたことにちょっとびっくりしてい
乗せてもらって、いろいろ話を聞かせても
た。
らった。(他の参加者の方、すいません。)
更に、古紙会議では 8 件の発表があった
・この車は 7 年前、50 歳の時に 10 万ユーロ ( 現
が 4 件がドイツ語、3 件が英語、そして大久
在の為替換算で約 12 百万円 ) で買った。
保需給委員長の日本語であった。内容もド
走行距離 95 千㎞超。年間 14 千㎞程度。スピー
イツ国内からみた世界経済、ドイツ国内の
ドメーターの目盛は 350㎞ /h まで表示あり。
廃棄物の今後の在り方、等、ドイツ国民に
・先月、台湾人を乗せアウトバーンを時速
とって大事な視点からのテーマになってい
280㎞で走ったら、興奮していた由。
(確かにこのスピードで翼があったら、空を
たと感じた。
その中にあって、大久保委員長の話(「日
飛べる。内装は走る弾丸という印象だった。)
本を取り巻く内外の古紙市場」)は、主催者
・子供が男女二人で息子 (32 歳 ) が跡を継い
の方々からは大変興味深い話だったとして
でいる。可愛い孫二人。この事業は父が始
一定の評価を得た。ほとんど日本のことを
めた。(どうやら 60 歳になったら引退する
知らない大部分のドイツ人にとっていい機
つもりか?)
会を提供してくれたと、謝意を受けた。
・2 年 半 前 に 小 規 模 な 顧 客( 仕 入 先 ) を 中
とすると、次回全原連がこの会議に参加
心とする当社と中規模の顧客(仕入先)を
するとすれば、一歩踏み込んだテーマを必
相手にしている Karl Tillmanns さんという
要としよう。
オーナーの会社と 50:50 で一緒の会社にし
た。
2.ポルシェ
50:50 という合併はありえるのだろうか。
古紙会議前日、古紙問屋 2 社の計 4 ヤー
その話を聞いて当方が驚いた。
ドを視察した。
儲けても、損しても共同経営者が折半す
そ の 中 で、2008 年 に 完 成 し た と い う
る。そんな話はありだろうか。翌日の古紙
Bruckmann 社が Reisswolf 社にライセンス
会議も含めてドイツにいる間に聞いた範囲
料を支払い経営しているケルン工場の最新
では、企業合併の場合少なくとも 51:49 等
鋭機密古紙ヤードの建物・設備には感心し
とどちらかが主導権を握る形でしか考えら
た。日本ではなかなか考えにくい発想で機
れない、というこれまでの企業経営の常識
密古紙を取り扱っていたが、いずれこうし
であった。
た設備も日本で普及する日が来るのではな
た だ 現 実 に E V D 社 は 資 本 金 50 千 ユ ー
いかと感じた。
ロ の 有 限 会 社(LTD) で 2.5 年 間 経 営 さ れ
で、ポルシェの話である。もう一社の古
ており、どのように経営しているのか、ま
紙問屋EVD社(デュッセルドルフの廃棄
た、これまでの成果をポルシェのおじさん
物処理連合というドイツ語の頭文字をとっ
の息子で同社の Prokurist(支配人)である
た会社)、具体的には古紙を含め廃棄物を扱
Marc Drebes さんに翌日の古紙会議開催中
う家族経営をしていた 2 社が 2.5 年前一緒に
に聞こうとしたが、会えずじまいに終わっ
なってできた会社である。Peter Drebes さ
た。
─ 41 ─
日本の古紙問屋の多くは家族経営が中心
くないという漠然としたイメージしかあり
で、それを大きく再編する可能性があると
ま せ ん で し た が、 百 聞 は 一 見 に 如 か ず で、
すれば、EVD社の経営手法がその一助に
実際に現物を見てみると、上物系は良かっ
ならないか、今後フォローしていくべき課
たですが、裾物系はあまり良い品質ではな
題ではないかと考えた。
かったです。
品質が悪いといっても、ゴミ等の混入物
3.19 番(ジュウキュウバン)
というより分別がされておらず、何でも混
古紙会議の後ベルリンまでの列車の旅、
ざっているミックス古紙のような感じでし
ベルリンでの半日観光、そして、チェコで
た。( E − O C C に 関 し て は 6 割 以 上 の 段
の 2 日間の観光とリラックスして楽しんだ。
ボールが入っていればOKとの事)
チェコに入って、チェコ語を全く読めず、
パッカー車の排出時の状況を見ても、百
ガイドの田中さんから「こんにちは」と「あ
貨店やスーパー等の段ボール回収のようで
りがとう」という言葉を日本語で連想し易
したが、段ボール以外のカタログや雑誌等
い言葉に置き換えてもらった。
の紙類が多く混入している状態です。
「こんにちは」⇒どんぶりおでん。
先進国ですしリサイクル意識が高いと思
「ありがとう」⇒ 19 ばん。
(ささやくように)
われるので、もう少し品質に気を使い、選
結果、「ありがとう」の方は百発百中。相手
別の意識を高めれば非常に良い商品ができ
はチェコ語でなにか返事をささやいてくれ
ると感じました。
た。おそらく、チェコ語で「どういたしま
機密ヤードに関しては、セキュリティな
して」と返事を返してくれていたのに違い
どは万全な状態であり、ヤードの内外も非
ない(?)。
常にきれいに整理整頓されているなどク
チェコ語での唯一の交流だった。
リーンで、さすがリサイクル先進国だと感
じました。
個人的には、全体的に少し過剰設備にも
ドイツ研修視察に参加して
思われ、日本ではここまでするとコストが
かかり過ぎではと感じたところです。
今回、古紙会議にもとても多くの人が参
加されていて、盛大に行われました。
色々な意味でとてもいい経験・勉強をさ
株式会社丸十商店
せて頂きましたので、今後に役立てていき
高橋 德行
たいと思っております。
最後に、大久保団長には今回の研修会に
4月 27 日より8日間の日程で、国際古紙
お誘いいただきまして、誠に感謝しており
会議、ドイツの企業視察の研修に参加させ
ます。
て頂きました。
ありがとうございました。
今回、ヨーロッパに訪問するのが初めて
だったので、渡欧前から非常に楽しみでし
た。
ドイツでは、古紙ヤード 3ヶ所、機密ヤー
ド 1ヶ所の視察を行いました。
自分自身、ヨーロッパの古紙は品質が良
─ 42 ─
社長の発表を最後とし、会議は盛況の内に
全原連 ドイツ視察に参加して
終了する。その後のパーティーで改めてこ
の会議の注目度と規模に驚嘆する。
毎日が長い1日に感じる。時差ぼけのピー
クで体調が思わしくない。少し不安になっ
た。
株式会社増田商店
増田 悦宏
4日目
電車にてベルリンへ移動、3時間の行程。
初日
車内にての談話と飲食で時間が短く感じ、
成田空港からロンドン、ヒースロー空港
あっという間に到着。ここで今日まで同行
へ向かう。約 12 時間のフライトでこの日は
して頂いた塩瀬夫妻が、所用のため途中下
殆どが移動で終る。そしてヒースロー空港
車。別れを惜しむ。ベルリン到着。
からデュッセルドルフへ。13 時間ものフラ
ドイツの首都、最大の町だけあって、駅
イトは学生の頃以来。到着は現地時間の午
建物、構内は近代的で日本では見たことが
後7時半頃。当初はアイスランドの火山の
ない。この後、ブランデルブルク門、ペル
影響で危ぶまれていたが、なんの支障も無
ガ モ ン 博 物 館、 ベ ル リ ン の 壁 を 観 光 す る。
く無事到着。さすがに時差で感覚がおかし
改めてドイツの歴史を実感する。
い。白夜を初めて体感する。ホテルのチェッ
また今回の視察の団長である大久保社長
クインと夕食でその日は終る。この日に2
も所用のため、ベルリンに残り、一足早い
回目の初体験、ドイツビールを飲む。感動
帰国をするとの事。新井社長が引き継ぎ視
的な味わいでした。
察の団長となる。
2日目
5日目
この日は朝から企業の視察。ドイツのリ
ベルリンからプラハへ飛行機移動、チェ
サイクル事情を探る。取り扱い品目が多く、
コへ。プロペラ機に乗るのも人生初。
様々な物が目に入る。特に機密書類のリサ
ドイツの町並みと比べ、こちらは下町風
イクル工場には感嘆する所が多く、技術の
に の ど か な イ メ ー ジ で あ る。 プ ラ ハ 市 内、
高さ、最先端を思い知る。4箇所の視察を
プ ラ ハ 城、 聖 ビ ー ト 教 会、 聖 イ ジ ー 教 会、
終え、市内の大聖堂を見学。圧倒的な歴史
カレル橋、旧市街と観光する。とくにプラ
的建築物と内部のステンドグラスに言葉す
ハ城のような西洋の城は写真では見るが、
ら出ない感動の嵐でした。この日の昼食で
実物を見るのは初めて。まるで幻想の世界
本場のソーセージの味を堪能する。美味で
のようで、ドラゴンクエストのようなゲー
した。
ムのイメージが自分には強い。昼食のビア
レストランも凄く雰囲気が良い。地ビール
3日目
がこちらで飲んだ内では1番美味しかった。
1番の目的である国際古紙会議が開催さ
れる。色々な国々の人々が会場を埋め尽く
6日目
す。様々な分野の専門家の講義に耳を傾け、
早朝よりバスでチェスキークルムロフに
共感するところもあり、日本にはない考え
観光。3時間の道程。早朝のせいか景色を
方を色々と学んだ。日本代表として大久保
殆ど見る事無く現地に着く。昼食の後、お
─ 43 ─
城内と市内を見学する。ここのお土産屋で、
国際古紙会議&視察
密かにドイツ・ヨーロッパに来たからには
「3つの目的を果たす。」と思っていた事が
達成出来た。それは地ビールを飲む事、ソー
セージを食べる事、そしてリンゴ酒を飲む
事。全て飲食絡みでお恥ずかしいですが…。
大村紙業株式会社
リンゴ酒とは本当はドイツ、フランクフル
大村 照雄
ト地方の田舎の方で飲まれる蒸留酒でアル
コール度が高く、売っているかは不安でし
た。
ヨーロッパ視察旅行では皆様には大変お
この日は最終日、日本料理レストランで
世話になりありがとうございました。
この視察の成功を祝う。たかだか6日間だ
が、久しぶりに味わう日本料理はやはり美
デュッセルドルフにて現地企業最初の工
味く、盛大に終りました。
場EDV社は古紙および木材、鉄屑または
プラスチックなど多品種を扱い採算をとっ
7 日目~最終日
ています。回収した大半の古紙は国内で販
帰国日。プラハからヒースロー空港へ向
売しているようです。輸出はほとんど行わ
かう。そして日本へまた長いフライト。機
ず古紙だけの商売では厳しいのではないか
内で眠るも、向こうの時差に慣れてきてい
と感じました。
るせいか寝付きが悪い。映画など見るも一
つぎに訪問した Firma Reisswolf Köln 社
時しのぎ。
の機密書類の処理設備には大変感激しまし
日本に帰国。時差ぼけと睡眠不足で頭が
た。
スッキリしない。空港出口で大久保社長の
回収は市内の会社や商店から自社の車
出迎えがある。あっという間で、長く感じ
で 週 一 回 訪 問 し、 一 カ 月 5,000 ト ン 回 収 を
た今回の視察も終了。解散式を経て帰宅す
行っているようです。販売価格K 15 円から
る。お疲れ様でした。
18 円で販売しているようです。設備投資に
6億円掛けたようですが土地代は含まれて
総評
いるのでしょうか。機械設備でどの位か詳
当初この視察の話を聞いた時は、正直あ
しく知りたいと思います。場合によっては
まり乗り気ではありませんでした。しかし
日本で採算が取れるか検討したいと思って
いざ参加して、ドイツの町並みや、景色を
おります。
見るとそんな事は吹っ飛んでしまいました。
3日目は、古紙会議がありヨーロッパの
やはり来て良かったです。毎日が感動の連
方々の講演を同時通訳を通し説明を受けま
続で、見る物、触る物、食べる物、全てが
したが、あまりよく理解出来ませんでした。
す ば ら し か っ た。 今 回 は カ メ ラ を 渡 さ れ、
最後に大久保団長が日本の古紙の歴史、並
カメラマンに徹していましたので、所々の
びに今日までの流通経路の説明を行い聴衆
企業や観光地でのガイドさんの説明は殆ど
の感動を受けました。又、5年後には日本
聞いていませんでした。またいつこのよう
で古紙会議を開催するように、お話をして
な視察に参加出来るかわかりませんが、機
おりました。実現する事を願っております。
会がある内に色々な国々を見て回りたいと
その翌日はベルリンへ。ブランデルブル
思っています。
ク門、ペルガモン博物館、ベルリンの壁跡
─ 44 ─
など見学。プラハでは世界遺産プラハ市内
したが、立派な施設には驚きました。ただ
視察。
あれだけ立派な施設で採算を取るには、余
翌日プラハ最後の日、世界遺産チェスキー
程処理費を貰うか数量をこなす必要がある
クルムロフ市内視察を約4時間かけて、全
と感じました。
日程終了、お疲れさまでした。
さて国際古紙会議ですが、事前には 450
名の参加と聞いていましたが、参加リスト
を見ると、実際は 600 名近い参加者がいた
国際古紙会議に出席して
ようです。開催国ドイツの参加者が圧倒的
でしたが、英国、オランダ、ベルギー、ス
ペイン、スイス、オーストリア、イタリア、
スウェーデン、デンマーク、米国、フィン
ランド など多数の国の参加がありました。
グリーンロジテック株式会社
日本は 20 名近い代表団を送り込み、大久
清水 弘允
保団長による日本の古紙事情の説明もあり
ましたので、会議後の円卓パーティーでは
アイスランドで火山が噴火し一時ヨー
中央の席を用意して貰っただけでなく、我々
ロッパの空港がほとんど閉鎖されたので、
の紹介まで特別にして頂き感激しました。
出発直前まで余り旅行モードになっていま
主催者だけで開催した三次会にも大和紙料
せんでしたが、蓋を開けてみれば、まった
の塩瀬さんと同席させてもらい、ビールと
く心配もなく順調な旅となりました。
ワインで酔っていた上に、現地の強い酒で
私は全原連の理事ですが需給委員会のメ
乾杯までして、自分でもよく飲めたと思う
ンバーではないので、今回の旅行を通じ初
ほど、十分に飲んで歓待された事を実感し
めて知り合えた方が多く大変ありがたく
ました。やはりいくら通信手段が発達して
思っております。大久保団長、新井副団長
も、直接会って話し酒を酌み交わす事ほど
以下、皆さんと楽しい有意義な旅行が出来
交流が深まる事はありません。
たと思います。
今回の旅行の目玉は勿論、国際古紙会議
アカデミック的古紙国際大会に
参加して
への出席ですが、デュッセルドルフとケル
ンの古紙ヤード、機密処理工場の見学が出
来 た 事 は、 貴 重 な 経 験 だ っ た と 思 い ま す。
ヨーロッパ他国は知りませんが、ドイツ人
は日本人と国民性が似ているとよく言われ
株式会社 稲 葉
ますが、古紙利用に関しても日本人と同様
稲葉 芳典
に、大切に古紙を扱っている事が分りまし
た。ベールにすると番線が必要になるので
トラックを工夫してバラのままで積み込み
ヨ ー ロ ッ パ に 於 い て 古 紙 業 者、 関 係 業 者
をして、荷台である程度、詰める事もやっ
600 名という多くの参加者のもとに参加し
ていました。近場に製紙工場があるそうで
て、思いもよらずのアカデミック的講演会
すが、製紙会社の理解を得ているから出来
に圧倒されました。金融問題を取上げ現在
る事でしょうが合理的な対応です。また最
のドイツ経済中心に今後の物の見方、考え
新の機密書類処理工場を見る機会がありま
方に目を向かわせました。ヘンケル教授の
─ 45 ─
経験的な見方が参考になりました。本人が
ます。政治家は破綻銭の債権を包んだ小包
経験した 1978 年頃からのバブルの始め、す
を配達することではなく、この債権時限装
なわち米国でのサブプライムローンの経験、
置のメカニズムを理解し破綻のリスクを取
自 宅 を 23 万 ド ル で 購 入 そ れ が 1 年 後 に は
り除く政治家となってほしいものです。
300 万ドルとなる。それらがやがて 2008 年
現在日本も政治家をみる大衆は、雇用不
9 月のリーマン・ブラザーズの破綻となった
安を抱えた経済状況に飽き飽きしてきてお
が、世界的な金融危機を経験してきた。金
り、 経 済 の 安 定 以 上 に、 偽 り の な い 希 望
融 業 界 と 政 治 家、 不 安 を 被 っ た 中 産 階 級、
を持てる政治家を求めているのではないで
輸出国ドイツ経済の今後の進むべき方向等、
しょうか。実り多い参加でした。
きめ細かい講演でした。
なかでも金融問題を考える時、ドイツ経
需給委員会国際古紙会議出席に
随伴して
済を患者に例え、肺炎患者と診断し、治す
ため手術台に乗せ、循環器を治療しなけれ
ばという時、国家は銀行セクターを正常に
したが、肺炎患者の原因を追究することな
く対処してしまった。金融機関、政治家と
株式会社松岡紙業
も欲を追ってしまったとのことでした。選
佐藤 常明
挙の票という欲。バブルの紙化した債権紙
が増加したのです。
米国は政治家が世界に債権を売り出して
国際古紙会議というものがあって、その
いた。債権を手に入れたドイツは 4 分の 3
13 回目の会議に日本の全原連は初めて参加
を国営銀行に入れてしまった。それを国民
した。私には良く分からなかったが、その
中産階級の負債としているのが現状です。
規模、議題の範囲、講師のレベル、等に瞠
何となくわが国も似ている状況です。
目した。我が大久保委員長は堂々と日本の
輸出黒字のドイツ、日本、中国等はグロー
事情、状況について講演した。この古紙会
バル化の恩恵を受けている。輸出のコンテ
議の内容報告は別になされるとして、つい
ナーの帰り荷は、アイディア、価値、世界
でに視察させて戴いた機密文書処理会社「ラ
が持っている諸々の流通物を輸入しなけれ
イスウルフ社」の事業所の印象を書いてみ
ばならない。今後ともグローバル化を進め、
る。
市場経済、民主主義、人権を広げる必要が
先ず、事業所構内には紙切れ一枚落ちて
ある。グローバル化していないイスラムの
いない。…というより見られない。
世界が心配である。イスラムの金はどこか
収集はすべて小~中コンテナに詰めたも
ら来るか。それは私どもの使用しているガ
のを箱型車に詰めて収集し、荷降ろしは厳
ソリンスタンドから来ている。なかなか面
重に仕切られたゲートの境でデリバリーさ
白い講演でした。
れ、収集車両やドライバーが建物の中に入
ド イ ツ は 今 後 1000 万 人 の 人 口 低 下 が 予
ることはない。入庫の部屋と入庫品の撰分・
想され、高齢者が増え教育文化も低下する。
プレス加工は一室となっており、大きな密
米国は移民が増え人口増加、生産力の増加、
室である。シュレッダーされ、プレス加工
債権の他国への押し付け輸出が考えられる。
された古紙は続く次の外部と遮断された部
10 年から 13 年後債権の問題化がおこり 50
屋(在庫倉庫)にストックされる。この状
年以内に破綻のリスクを抱えていると思い
態はもう機密書類ではない。出庫の時はこ
─ 46 ─
れまた、在庫倉庫のリフトマンは外に出る
2008 年 10 月 以 降 原 料 価 格 が 暴 落 し た が
ことなく、また運送トレーラーのドライバー
徐々に回復をしてきた。とともにスクラッ
も倉庫の中に入ることがない。
プのプレミアム化またドイツでは、GDP の
埃ひとつ立てず、音も外に漏らさず、ま
3分の1が社会福祉につかわれている。ま
さに理想的に設備施設が集約された装置工
た一度市場経済になった国はいずれは、民
場をここに見た。
主主義になるという。
偶には外を見てみるものですね。
ドイツの廃棄物問題は法律的状況を明確
だが然しだ、掛けた費用と得られる収入
にすることによってルールをつくり、廃棄
とのバランスがとれるかどうか気になった。
物の利用または除去または副産物の利用な
ど一定の利用率を確保したいとのこと。ま
たヨーロッパで統一されたルールを作った
国際古紙会議参加及び現地企業
視察について
り原則的なリサイクルの促進をもすすめて
いきたいとのこと。
皆様方のお話は総体的にリサイクルでき
るものは品質ごとに分別をすれば原料が
減っている中まだまだ掘り起こしができる
河村商事株式会社
のではないかとのこと。そんな中で会議の
水野 武士
最後で今回の、ヨーロッパ古紙会議参加者
の大久保団長の発言のなかでの、日本の古
国際古紙会議の前日ドイツの古紙業者、
紙のリサイクルは江戸時代から受け継がれ
というかリサイクル業者の工場を見学させ
ている選別の仕方や、古紙の標準の品質規
て頂いたが、とりわけ私が特に興味を持っ
格また、主な回収流通経路や、禁忌品の分
たのは、EVD 社と Reisswolf 社の機密処理
類、また全原連での「古紙商品化適格事業所」
業務でした。 そして「古紙リサイクルアドバイザー」の
私の個人的な見解では、両社は機密に対
認定制度などのお話は出席していた外国の
する気配りというかポリシーがかなり違っ
方は興味を持ったことでしょう。
ているように感じました。両工場を比較す
また団長のお話の最後に来年の古紙会議
ると EVD 社機密処理施設は施設の中に入る
はベルリンでの開催となりますが、5 年後に
とかなりの紙粉と言うか埃が舞っていまし
はぜひ日本での開催をとのことでしたので、
た。それに比べ Reisswolf 社の設備はセキュ
日本の古紙問屋を見学していただいて、古
リテイから工場内の労働安全衛生や、整理
紙の分別の仕方など見ていただいたらいか
整頓がされておりすばらしい工場でした。
がでしょうか。
国際古紙会議の体験は私が古紙業界に携
わるようになりましてからまれにみる感動
の一日でした。
国際古紙会議に参加して
当日は十一時からの開催ということでし
たがロビーには国籍はわかりませんがかな
りの人たちが立ち話をしておりました。
議事進行の方の挨拶から始まりまして、
それぞれの方が発表されたなかで私なりに
まとめてみました。
─ 47 ─
大和紙料株式会社
塩瀨 宣行
昨年大久保さんから国際古紙会議に参加
律を作る際にも相談相手として頼りにされ
できるよう話をつけて欲しいと言われて今
るような存在感が有るように思います。
回始めて国際古紙会議に参加する事になり
リサイクルが企業として成り立って行く
ました。
にはどうあるべきか、また本来リサイクル
個人的には数年前から招待状を貰ってい
の有るべき姿を学術的に審査する為に学者
ましたがドイツの古紙業者との情報交換で
を使ったりしてアカデミックな取り組み方
十分であると考え参加は余り意味の無い事
をしているのは我々日本の組合としても多
と考えていましたがリサイクル大国の日本
いに参考にして行きたい方向性ではないで
からの参加が無い国際会議など実は非常に
しょうか? 可笑しい事で何れかの時に一度は参加して
今回全原連の調査に同行させて頂いて感
も良いかな、と言う感じでの参加となりま
じた事はそれぞれがそれぞれの割り当てら
した。
れた仕事を真面目に一生懸命に取組んでお
実際に参加するからには大久保委員長も
られた事です。素晴らしい調査団であると
気合が入って、俺にも話をさせてくれるよ
言う印象を受けました。皆さんご苦労様で
うに交渉して欲しい、と言う事で古紙リサ
した。
イクル部門の No.2 の Braun 氏に捻じ込みま
望むべくは各人が個別に外人とコネク
した。
ションを作れるもう少しの語学力を身に付
4/29 当日のプログラムは既に刷り上って
けて頂けたらもっと素晴らしい調査行に
おり難しいと言う返事でしたが特別な骨折
なったようにも思います。
りでプログラムを刷り直して貰い最後に大
最後に来年5月に年に二度開催される
久保委員長の講演の時間を取ってもらう事
BIR(国際リサイクリング事務局)の会議が
が出来ました。既に刷り上っていたプログ
シンガポールであります。日本に近い場所
ラムは古紙になりましたが此方の責任なの
での会議なので興味が有るようであれば是
で高く買い取りますと話をしていますが未
非ご参加下さい、と言う Braun 氏の言葉を
だに“その古紙”は私の手元に届いており
付け添えて締め括りたいと思います。
ません。
当日議長をしていた bvse の Neuhaus(ノ
今回の視察旅行について
イハウス)氏からは、“日本から参加して頂
いた事は大変な喜びで特に大久保さんの講
演を聞かせて貰えた事は非常に名誉に感じ
ています。来年ベルリンで 3/23、24 に開催
される第 14 回国際古紙会議に参加して頂け
實守紙業株式会社
れば非常に嬉しく思うと同時に今日もう一
實守 敏訓
度日本への旅行を我々の計画に入れる事を
お約束します”、と言う文面で 5/7 にメール
が来ています。
私は成田の集合時間のスケジュールが合
ドイツの組合は全てのリサイクル物を包
わない為4月 27 日朝大阪伊丹を発ち、1時
含する総合的な組合になっています。中で
間遅れの 12 時の便で成田を出発し、デュッ
も一番数量の多いのは古紙ですが一つの建
セルドルフのホテルへは2時間遅れで皆様
物の中にそれぞれのリサイクル物が部門と
と合流しました。今回は3回目になるヨー
して存在しています。そうする事で国が法
ロッパ古紙視察で、今迄に 2006 年 11 月に
─ 48 ─
ドイツ(ケルン、フランクフルト)、2008 年
港が 20 日夜(日本時間 21 日朝)再開した
英国(ロンドン)とオランダ(アムステル
のを受け、無事参加することができた。
ダム)を視察旅行に行きました。
BA 機にて成田からヒースローまで約 12
2006 年 視 察 旅 行 の 際 に は 古 紙 業 者 の ブ
時間、トランジットでヒースローからデュッ
ルックマンとライスウルフを見学した際に
セルドルフまで約 1 時間半。空港に隣接の
は機密処理工場は同一敷地内に位置してお
ホテルに着いたのは現地時間(日本より- 7
りました。今回視察した際にはライスウル
時間)の午後 8 時過ぎだった。(さすがに遠
フ単独での新しい広いヤードでの最新設備
い。)
の機密処理工場を見学させて頂き、同時に
翌日はバスにて現地企業視察4社。今回
工場内ではシュレッダー工場にもかかわら
は大和紙料(株)塩瀬専務のご紹介で、古
ずゴミが無く、整理、清掃が行き届いたク
紙だけでなく、廃プラ・木くず・蛍光管等々
リーンな工場に驚き、ドイツでの古紙機密
のリサイクルも手がける総合リサイクル企
処理ビジネスがいかに拡大しているかが窺
業あり、最新鋭の機密書類の破砕処理工場
えました。
ありの多種多様の内容だった。どこも詳し
そして三日目は古紙会議では同時通訳で
い説明付きで、隅々まで見せていただくこ
の会議でしたが、その中ではヨーロッパで
とができた。それにしても、大久保団長の
は資源混合回収より古紙の品質向上の為に
行程はいつもハードだ。
分別回収を推進しているとの事でヨーロッ
第3日目、今回メインの「国際古紙会議」
パも日本の様な方向に進みつつあることが
の日だ。会場は我々の泊まっている 「マリ
私自身感じる会議でありました。
ティム ホテル デュッセルドルフ」。当日は
その後ベルリンで東西の壁の跡を視察後、
ドイツ国内は言うに及ばず、ヨーロッパ全
チェコの世界遺産であるプラハ城、カレル
体・アメリカ・インド・中国等々の参加者
橋、プラハ旧市街、チェスキークルムロフ
が約 600 名余り参加していたそうだ。
市内を2日間掛けて視察しました。ヨーロッ
会議の内容も「リーマンショック以降の
パでは古い町並み等の歴史遺産を非常に大
経済状況が、中産階級と社会にどう影響を
切にしている事が感じられました。
及ぼすか」
「環境省からみた古紙の位置づけ」
最後になりましたが大久保団長を始め皆
「ドイツ国内の古紙リサイクルの方向性」
「微
様方には大変お世話になりました。思い出
塗工紙の動向」「製紙メーカーの購買はどう
深い旅行ができた事に感謝致します。
か」「アジアマーケットについて」「コンテ
ナの需給動向」そして最後に団長の「日本
を取り巻く内外の古紙市場」と多岐にわた
国際古紙会議
るものだった。
最後に団長から「5年後にこの会議を是
非日本で開催したい。」との提案があった。
会議に初参加しての感想は、このように
盛大な会議が毎年開催され、今年で 13 回目
丸八商工株式会社
を迎えたこと。会議には古紙業者のみなら
八田 憲明
ず、メーカー、行政、学者等各方面から参
加していること。我々の業界のステータス
アイスランドの火山噴火で参加が危ぶま
が大変高く評価されているように感じたの
れた「国際古紙会議」だが、ヒースロー空
は、小生だけであっただろうか。
─ 49 ─
何はともあれ、小生にとって仕事に対す
めたスタートの様な気がしました。
る励みとなる会議であったことは間違いが
観光では、ケルンの大聖堂(世界遺産)
ない。
ベルリン壁跡「東西ドイツ再統一 二十周年」
4日目以降は、ベルリン、チェコのプラ
チェコ・プラハ郊外の街そのものが世界遺
ハを観光させていただいた。特にプラハは
産の、「チェスキークルムロフ」はイタリア
町自体が世界遺産ということで大変美しい
のフィレンツェによく似ている様に思えま
町だった。今度は家内とゆっくり来たいも
した。
のだ。(昨今、熟年離婚の危険を感じている)
ヨーロッパの旧市街は、本当に素晴らし
最後にビール・ワインが大変おいしかっ
い。チャンスがあれば、又行きたいですね。
たことを付け加えて、ペンを置きたい。
ヨーロッパが大好きになりました。
ドイツ・チェコ雑感
国際古紙会議・ドイツ古紙ヤー
ド視察を終えて
株式会社角商店
株式会社寺松商店
角 泰廣
寺松 雄次
今回の視察ドイツとチェコは、初訪問な
4 月 27 日〜 5 月 4 日の期間、ドイツにて
ので楽しみにしていました。
国際古紙会議への参加・古紙ヤード視察・ベ
最初の訪問地デュッセルドルフの企業視
ルリン見学・チェコプラハ見学をおこなった。
察では、機密書類等の処理に関しての規模、
アイスランドでの大噴火が出発一週間前
システムには感心しました。
に発生し、空港の閉鎖などのハプニングが
それから空のペットボトルを、ホテル近
あり一時どうなるだろうかと心配もあった
くのスーパーの返却マシンに返すとディポ
が、当日〜帰国まで一貫して平安な航空状
ジットしていたお金の金券二十五セント(約
況であった。
三十円)が戻り、買い物したら、レジで差
ドイツではまず、古紙会社・機密処理会
し引いてくれました。単純にポイ捨てが無
社の見学視察をおこなった。バスでの移動
くなるかと......!
であったが、さすが環境先進国であるドイ
第十三回デュッセルドルフの国際古紙会
ツだけあって街中はきれいに清掃されてお
議 出席者約六百名。
り、いたるところで資源類回収ボックスを
テーマの発表内容を、初めての同時通訳で
見ることができた。視察の中で様々なドイ
懸命に聞きました。
ツ古紙事情・製紙メーカー事情の話を聞く
大久保団長の発表も、堂々と落ち着いて
ことができた。まず、ドイツでは国内製紙
いてとてもよかったと思います。会議後の
メーカーの業績が良く、かなり安定した需
懇親会も、最高でした。
給バランスであるとの事である。これは EU
急激に変化してきた状況 アジアの古紙
内でもドイツだけ特別であるというそうで
の 輸 出 国 日 本 グ ロ ー バ ル な 時 代 の 中 で、
ある。新聞についてはドイツでも日本同様
交流も一段とインターナショナルに動き始
読まれなくなってきているという。が、新
─ 50 ─
聞に代わる情報紙というべき『新しい紙』
日本国内各地の多くの方々と知り合うきっ
が発達しているという話は印象深かった。
かけができ、親睦を深める事ができた事だ
その日の夕方頃バスでホテルへ帰還中、
と思う。
フリーペーパーを自転車荷台に載せ各家庭
へ配布している姿を街中の各所でみかけた。
このようなフリーペーパー配布も新聞の代
わりとなる『新しい紙』情報媒体なのであ
ろう。また、ドイツでの国内製紙メーカー
への出荷方法が基本バラ積み出荷をおこ
なっている所等日本とは違った面が多く見
られ良い勉強になった。
視察を終えた翌日は国際古紙会議が開催
された。国際古紙会議は、年に一回おこな
われ今年はドイツデュッセルドルフでの開
催 と い う 事 で あ る。 会 議 の 内 容 と し て は、
EU 古紙状況を中心に幅広い講演がおこなわ
れた。世界的なアカデミックな会議であっ
た事は勿論、同時通訳での会議参加という
事もありなかなかできない貴重な体験で
あった。会議の討論の中で、ドイツ資源回
収の特徴とされるデュアルシステムの話が
あり、このシステム内での古紙類ミックス
回収は様々な問題がでてきており、今後は、
『分別』に力を入れ『古紙回収率』を上げて
いく事が重要であるとの話があった。その
ようなドイツ古紙状況の中、分別・古紙回
収率ともに高レベルな日本も環境先進国の
一つなのだなと深く感じた。
会議の最後に日本代表として大久保団長
のスピーチをむかえた。日本での分別の力
の入れ具合・古紙回収率の高さに皆驚いて
いたようである。スピーチの〆として五年
後には日本で世界古紙会議をおこないたい
という発言があり、ヨーロッパ古紙組合の
方々にも刺激的な発言で良かったと思う。
国際古紙会議は、ドイツベルリン観光・
チェコプラハ観光等、普段訪れる機会がな
い場所を訪問でき楽しく過ごすことができ
た。
また個人的に一番の収穫は、全原連・需
給委員会共に深く関わっていない自分が、
─ 51 ─
編集前の苦労話 福士 淳治
今回の報告書では、国際古紙会議を報告の
中心に据えました。ただし、編集以前の事実
関係の確認に手間取りました。「わからない」
ことだらけでした。
1.同時通訳の日本語が解らない。
会議場では日本人女性通訳(2 名)にお願
いし講演者のドイツ語・英語を日本語に訳し
てもらいました。後日、その音源が入った CD
をもとに今回の参加者が手分けして講演レ
ポートを作成しました。そのまま日本語にし
ても文意が取れない。プロの通訳はたぶん古
紙関係の通訳は初めてですが、事前準備はしっ
かりされたことでしょう。でも、わからない。
当方のドイツの古紙事情、経済事情について
の知識がないために解らない。何回も聞き直
し大胆な解釈も交え、講演レポートを作りま
した。ただ、今回、事前に配布されたドイツ
語の講演要旨をしっかり翻訳し講演レポート
とした方もおられます。
2.講演者の顔が判らない。
編集会議で講演レポートにはそれぞれ講演
者の顔写真を入れようということになって、
さて、困った。
私は講演中通訳の音源が入った CD が後日
届けてもらえるとは期待せず、ほとんど下を
向いてメモをとっていました。古紙部会長の
ノイハウスさん等 3 名は顔を覚えていたので
すが、その後の講演者のお顔はうる憶えでし
た。さすがに、今回、高橋さん、増田さんが
写した多量の写真から、壇上に上がった講演
者の下に名前が書いてあったのを見てホッと
しました。
3.bvse が分からない。
bvse ⇒ドイツ連邦再生資源登録組合とい
う日本語訳に辿り着くのに時間がかかりまし
た。また、調べていくうちに、どうやら行政
と bvse との間のやりとりが相当あるらしいと
いうことが分かってきました。塩瀬さんのお
話から少しは理解できたものの、bvse と行政
のやりとりは余りにローカルな話のため省略
し、報告書を完成させることとしました。
ド
イ
ツ
・
ベ
ル
リ
ン
の
壁
に
学
ぶ
須長 利行
全原連の海外古紙事情の本年度の調査は
ドイツでの国際会議参加を中心に実施され
た。
本文に一貫しているように欧州のリサイ
クル市場は歴史があるばかりでなく、哲学
や思想が伴う。
会場のおかれたドイツ連邦共和国は人口
8200万 人(2008年 末 )。 人 口 密 度 1 平 方 キ
ロメートル当たり約230人(独連邦統計庁)。
広さ35.7万平方キロメートル(日本の94%く
東ドイツの出身で労働者階級の評価があっ
らい)。ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ、
たようだ。
フランス、オーストリア、スイス、チェコ、
2009年9月27日の選挙でメルケル首相の
ポーランド、デンマークの9ヶ国に接する。
CDU党のグループが第1党にもなってい
る。
東西ドイツの統一
首都のベルリンは約343万人で、ゲルマン
東西の経済格差が続く
系を主体とするドイツ民族で形成される欧
1989年の統一時、西側との経済格差は東
州の中核国家である。
ドイツの1人当りGDP(国内総生産)は西
1990年10月3日の東西両ドイツの統一以
ドイツの3分の1にすぎない。
降、連邦共和制で旧西独10州、旧東独5州
もっとも北朝鮮と韓国が現在の経済力で
に加えてベルリン州で再スタートしている。
統一したら、北側は15分の1程度のGDPだ
1989年11月9日深夜にベルリンの壁が開
とされ、旧共産圏の経済力は相対的に悪化
放され、1990年の9月29日政治、経済統一
していく。
の条約が発効した。
20年を経て、今なお東ドイツ側の6州(東
10月3日統一ドイツとしてドイツ連邦共
ベルリンを含む)の地域は西側の10州に比
和国となり、コール政権が生まれた。
べ経済力の低さと国際的企業のない地域と
東ドイツの貧困経済を吸収しきれず、失
して今なお足を引っ張っている。
業率が拡大してしまい、シュレーダー首相
1987年のデータでは西ドイツの給与所得
は選挙で大敗した。
平均が2200マルク(当時80円として17万6千
2005年11月22日に野党のメルケル党主に
円)。東ドイツは925マルク(同じく7万4千円)
首相の座を譲り、シュレーダー首相は大連
だった。
立の一員として後退。
1 人 当 りGDPは 西 が18,295ド ル( 当 時 の
景気対策と失業の悪化が続き、初の女性
145円 で 計 算 す る と、 年 収 約265万 円 平 均 )
トップ政治家となったメルケル首相のリー
東が6253ドル(同じ計算で年収90万円)で
ダーシップが現在に至っている。彼女は旧
確かに3分の1である。
─ 52 ─
ベルリンの壁 ─ 歴史
という。
古紙会議に参加した視察団は、東ベルリ
西ベルリン480平方キロ(滋賀県ぐらいの
ンと西ベルリンを仕切った死の壁を訪れた。
大きさ)
ブランデンブルグ州ベルリン市の中心に
東ベルリン403平方キロ(兵庫県ぐらいの
あるブランデンブルグ門の前に残った東西
大きさ)
ベルリンの壁の跡地を見た。
西側の人口220万人(名古屋市ほど)
ベルリンの壁は1961年8月から東ドイツ
東側の人口108万人(仙台市ほど)
により造り始められた。ベルリン市はソ連
解放された1989年合計の人口は339万8000
政府が占拠し、政府を支配することになっ
人(横浜市から30万人引いたくらい)
た首都であり、西ベルリンは飛び地の形で
東ドイツの兵士が共産圏から亡命する本
東ドイツに残った自由主義圏である。
来は自国の同志の市民を無残にも射殺(狙
限られた鉄道、道路、空輸で西ドイツと
撃)して死なせる映像の記録もなまなまし
結ばれた都市で、南北朝鮮の分断とは全く
い。多くの記念碑があり、視察した一行も
異なる。自分の住む市街がそっくり38度線
痛ましい人々の記録を見つめた。
で囲まれたようなものだからだ。
壁の建設が始まった2年後の1963年6月、
無血開放と再統一
西のベルリンを訪問したJ・Fケネディは
東西ドイツの経済格差は1989年の統合時
市庁舎前を埋め尽くした西ベルリン市民に
の闇マーケットでは西ドイツマルク1に対
スピーチした。
して東ドイツマルク10と圧倒的に弱い東側
「現在、自由世界において最も誇らしく言
であった。
うことのできる言葉は、“私はベルリン市民
新しい政府はこれを公式にはたった1:
である”ということだ」と。
2とし、東ドイツ市民は貯蓄については対
「赤い海に浮かぶ自由の島」となった西ベ
等の1:1で替えてもらったため、以降の
ルリンにすむ人々は感喜したが、真に自由
西側のドイツの経済を圧迫することになる。
になるには、壁ができてから28年後の1989
東 側 住 民 に と っ て は バ ラ 色 の 開 放( 解
年11月9日まで待たなければならなかった。
放?)経済であったが、東側の企業は労働
組合の賃上げ攻勢の前で倒産するか、失業
死の壁 ─ かたち
(クビ切り)に追い込むことになった。
西ベルリンを囲む壁の全体は155キロメー
東側企業は長年ソ連支配下で競争力の全
トルに及び、東ベルリン側と接する部分が
くない社会主義経営をしていたため、西ド
この内43.1キロある。それ以外は東ドイツの
イツの企業が買収したり投資しても泥沼が
ブランデンブルグ州となり、111.9キロと長
深まっていった。
い。
人口も東ドイツ側は激しく減少しており、
高さ3.5 ~ 4.2メートルのコンクリート製
1990年に比べ2008年には200万人以上住民が
の厚さ20 ~ 30センチメートルほどのもの。
少ない。生活や企業の雇用が悪いための自
2~3重に鉄フェンスや東独兵が監視する
然減と流出が目立つ。健康や教育内容など
無人地帯があった。
も西側にはるかに劣っていたから当然とい
壁を超えることに失敗して射殺されたベ
える。
ルリン市民は記録されているだけで239人。
反 対 側 か ら 逃 げ そ び れ て 殺 さ れ た 市 民938
グローバル(国際)化の始まり
人。3245人がケガをしたりして逮捕された
ベルリンの壁が崩壊して20年目の大きな
─ 53 ─
節目であった2009年11月9日が、あのリー
追い越されている。日本にとって欧州で1
マ ン シ ョ ッ ク の2008年 9 月15日 の 翌 年 に
位の貿易輸出先がドイツであり、ドイツは
なったことは皮肉だった。
中国に次いで2位の輸出国が日本である。
戦後世界経済の回復と成長のNo.1のアメ
さらに経済的に追い上げてくる中国と韓国
リカが金融ショックを引き起こし、大打撃
が、今最も熱い政治的南北問題を進行させ
を次の10年目の前に突きつけたからだ。
ている。
この20年間はまさに「グローバリゼーショ
日本が中国と韓国を相手に資本主義の
ン」と重なる。1989年から2009年は、翌年
マーケットでどう競争するか、最強国アメ
1990年から2010年と読み代えてもいい。
リカとのバランスで見るとともに、日本に
1990年10月3日東西ドイツは統一した連
とって古紙を含む生産資源をどのように確
邦共和国(旧西ドイツの国名、国歌も同じ)
保するか、決定的に大切となってきた。
そして自由主義経済の欧州の盟主に向けて
今日のすべての資源マーケットをめぐる、
自国を再生した。
日・米・欧と中国・アジア圏の動向は2010
1991年8月にはソ連にゴルバチョフ大統
年の今年、リーマンショックからの立ち直
領のペレストロイカ(改革のための再構築)
りと符丁を合わせて重要となっている。全
の帰結として保守派のクーデターが起こり、
原連の古紙も真にグローバル化を迎えてい
これを抑えたエリツィンの政権掌握により
る。
連邦が崩壊したことも重なり、ここからの
20年がまさに現代の国際政治と経済の中軸
を形成する大変重要な期間となった。
11月にベルリンの壁が壊された1989年の
年はちょうど国際世界で大きく取り上げら
れた中国の第2次(第1次は1976年)天安
門事件が6月4日未明に勃発した年でもあ
る。
東西の冷戦を残すドイツのベルリンの壁
の解体が、その後の20年の国際経済の安全
な開放と交流を生む。
第2次大戦後のドルを中心とした自由な
アメリカ、日本の経済と、ユーロを共通価
値に据えた欧州の連合体が始めの10年の主
役であり、あとの10年は国内の貧富の差を
拡大したものの東欧圏(東ドイツを含め)
やアジアの安価な労働力の豊富な発展途上
の国々が経済の発展で急成長して現在に至
る。
経営資源の基盤である人的な活用はピー
クに来ているが、生産技術と生産材として
のマテリアル資源の活用は今、最も変化に
富むため注目される。
日本とドイツがこの流れで中国に追われ
─ 54 ─
ド イ ツ の 古 紙 回 収 シ ス テ ム
㈶古紙再生促進センター出典
1)回収システム
ドイツ南西部のフライブルク市では、処分
ドイツでは、家庭が排出するほとんどの
ごみ、生ごみ、古紙以外は、DSD社戸別及び
資源は容器包装の回収システムを通じて回
拠点回収を通じて回収され、資源化される。
収されている。回収方法は、戸別回収と拠
新聞、雑誌、段ボールなど容器包装に該当
点回収の2つである。通常一般廃棄物は、
しない資源は、行政が回収することになっ
家庭ごみ、生ごみ、ガラスびん、プラスチッ
ている。DSD社の回収システムに混入して
ク・スチール・アルミニウム・その他複合
くる場合には、DSD社は紙製容器包装分の
素材、古紙の5区分で分別回収される。
回収と選別に要する費用のみを負担する。
─ 55 ─
2)古紙の回収率と消費率
3)容器包装の回収とリサイクル〜デュアル・システム〜
─ 56 ─
平成21年度 国際紙リサイクル状況調査報告書(ドイツ)
㈶古紙再生促進センター出典
ドイツ 古紙回収量と消費量推移
古紙の回収率と消費率を見ると、70%台を
ドイツの紙・板紙の生産量は、2001年か
上回って増加傾向で推移する一方、消費率
ら2007年まで増加傾向にあったが、2008年
は2005年をピークに達し、それ以降は減少
には減少している。消費量も同様に2008年
傾向を示している(図2.4)。
には若干減少している(表2.3)。
ドイツの古紙貿易は、輸出率と輸入率が
古紙の回収量と消費量についても減少し
ともに20%台となっており、輸出入バランス
ている。古紙の回収量は、2007年が1,574万
を保った状態である。2008年の輸出量は366
トンであったのに対し、2008年は1,562万ト
万トンで、輸入量は356万トンとなっており、
ンとなっている。消費量は、2007年が1,582
古紙の輸出分を輸入で補う状況となってい
万トンで、2008年が1,549万トンであった(表
る(表2.4)。
2.3,図2.3)。
─ 57 ─
ドイツ 古紙輸出輸入量
る。 オランダ向けへの輸出量が多いのは、
ド イ ツ の 古 紙 輸 出 量 は2004年 か ら2006
オランダ経由で中国等へ輸出されている
年にかけて減少傾向を示していたが(図
た め で あ る。 一 方 輸 入 量 は、2007年 ま で
1.3)、 そ の 後 増 加 し て お り、2008年 は366
は 増 加 傾 向 で あ っ た が、2008年 は 減 少 し
万トンとなっている (表1.3)。2008年の輸
ており356万トンとなっている (図1.4、 表
出 先 を み る と、 オ ラ ン ダ が150万 ト ン で 多
1.4)。
く、 こ れ に 中 国 (70万 ト ン ) が 続 い て い
─ 58 ─
編 集 後 記
今回のドイツ研修では、若手ということもあ
かれる国際古紙会議のことを聞きました。
り会計の任務をまかされると思い、心構えをし
本文で大久保需給委員長が参加のねらいを述
ておりました。
べる通り、幅広いドイツを中心とした資源マー
今回は、ドイツ研修に古紙会議もあり、帰国
ケットのリーダーたちの基調講演が丸1日続く
後、レポートを作成し組合員に報告するとの事。
大会議に本年、最終講演者に委員長が登壇する
写真をまかされかなりのプレッシャーを感じな
大役をたずさえて加わることに成功しました。
がら当日をむかえました。
もとより会議に堂々初参加できたのは、ドイ
今回のメンバーのもう一人の若手、増田さん
ツ語で交渉できる塩瀬氏の地道な調整が実った
も大久保団長からカメラを渡されており、カメ
結果でした。
ラ係が二人いると分かり、ひと安心。「下手な
本誌の完成に際しては福士氏の完璧な編集者
鉄砲、数打ちゃ当たる」ではないですが、二人
としてのチェックと照合、資料探しの苦労の賜
でとにかくたくさん撮ろうと話しました。
物です。
実際に企業視察では、古紙ヤードの説明を聞
また若手の高橋氏、増田氏のカメラマンとし
くのは皆さんにお任せして、とにかく撮影に徹
てデータを記録する執念のこもった写真の仕事
しました。全体風景から、古紙プレス、プレス
が裏付けとなりました。
機、人物等・・・2〜3枚以上撮っては、アン
そして徹底した報告をまとめてくれた各々の
グルを変えて2〜3枚撮る、の連続で大変でし
参加メンバーの協力が支えとなり、全原連の調
た。(それでも上手には撮れず・・・)
査報告書の歴史の中でも、とりわけアカデミッ
古紙会議では、自席から撮影される方がほと
クな冊子ができました。
んどでしたが、ズームにしても良く撮影できな
かく言う私は家族の都合で今回の旅程に加わ
いので、増田さんと二人で会場内を動きまわり
れなかったものの、全原連報告書の企画編集を
ながら、頑張って大久保団長の勇姿など撮影し
続けてきたこともあり、形ばかりでしたが、編
ました。いま思えば、かなり目立っていたと思
集長役としてまとめるお手伝いができました。
いますが、会議の内容をICレコーダーで録音
6月に定年退職された主幹役の福士さんの労
もしなくてはならず、とても大変でまわりを気
を改めてねぎらいながら、「グローバル化」へ突
にする余裕もありませんでした。
き進むこれからの業界に、特に若い参加者が続
研修旅行中は、ちゃんと撮れているかどうか
くこと期待して、多少発行が遅くなったお詫び
の確認をするくらいで削除はほとんどしなかっ
とともに関係協力者に感謝して後記に変えたい
たので、観光も含めると二人で 1,500 枚ぐらい
と思います。
撮影したと思います。これがフイルムだった
ら・・・と思うと、デジタルカメラでよかった
須長利行
なと改めて思いました。
また、研修中はメンバーの方の写真をところ
どころで何枚も撮影するために、皆さんには
協力していただき本当にありがとうございまし
た。
編集室代表 ㈱大久保 大久保信隆
編 集 長 ㈱二見 須長 利行
編 集 主 幹 王子斎藤紙業㈱ 福士 淳治
高橋德行
編 集 員 大和紙料㈱ 塩瀬 宣行
2008 年の 10 月に私も参加したイギリス・オ
同 ㈱丸十商店 高橋 德行
ランダの古紙事情調査で視察先の欧州で毎年開
─ 59 ─
同 グリーンロジテック㈱ 清水 弘允
同 ㈱増田商店 増田 悦宏
あ
と
が
き
副団長・全国製紙原料商工組合連合会
需給委員会 副委員長 新 井 勝 夫
全原連需給委員会が実施するヨーロッパ視察も平成 20 年(2008 年)10 月のイギリス、オ
ランダに続き 2 回目となりました。前回は、リーマンショック後の金融危機真っ盛りの時期で
厳しかったものの、国際古紙会議のことを知ったことは収穫でした。
今回のドイツ視察は、その後の欧州の推移について、参加の皆さんがそれぞれ興味と期待感
に胸を含まらせながら、国際会議初参加を目標に出発しました。
思えば、以前の通商産業省の肝いりで、我々の古紙卸売業は構造改善事業の必要性を感じ、
昭和 50 年(1975 年)9 月に中小企業近代化促進法に基づく指定業種の指定、平成元年(1989 年)
に特定業種の指定を受け、平成 4 年度(1992 年)から平成 8 年度(1996 年)までの期間に、設備、
新商品、新技術の開発、経営の近代化を図る必要が求められました。
一方、当時の古紙卸売業を取り巻く環境は、再生資源有効利用、森林保全、地球環境対応し
た都市のゴミ減量化に伴い、今までにないほど、リサイクル促進が叫ばれ始めた時期と合致し
ていたと思います。
そのような社会環境の中、弊社では、NPO との連携による独自のオフィス古紙回収システ
ム作りを実践しておりましたから、当時の関東製紙原料商工直納組合理事長である栗原正雄氏
からご指名を受け、オフィス古紙専門委員長を務めることになりました。
その後、全原連オフィス古紙専門委員会として、札幌での委員会開催やアメリカオフィス古
紙事情調査団を結成し、ニューヨーク、ロスサンゼルス、サンフラシスコを視察に 1999 年 7
月 11 日~ 20 日の期間で行きました。1999 年といえば、IT 革命でシリコンバレーが最も注目
された時期だったと思います。
海外の実態調査を振り返ってみますと、全原連需給委員会として 2006 年のアメリカ再視察、
2007 年インドの調査、2008 年、2010 年の欧州調査と継続してきました。リサイクルが広がる
事業系や生活系古紙の世界マーケットを組合で視察して 10 年になります。
これからの日本の古紙業界を支える若い人達に今後一層参加していただき、国際化する日本
の古紙について、今回を機会に大久保団長が提案する日本での国際古紙会議が開けるよう活動
を始めていただけたら幸いです。
─ 60 ─