遺伝子組換え技術による酵母の育種技術に関する研究

遺伝子組換え技術による酵母の育種技術に関する研究
ーエレクトロボレーション法による凝集性酵母の育種一
化学食品部
江口良寿
食品技術研究室
昨年度検討したエレクトロポレーション法による酵母実験室株及び実用酵母に凝集性遺伝
子である凡01の導入を試みた.実験室株酵母のSacchωomyC郎CereⅥ'siaeAH22株では凝集
性を示す形質転換株が得られ,エレクトロポレーション法により10k如を超えるサイズの遺
伝子でも形質転換が起こること,および遺伝子発現が正常に行われることが確そ忍された.し
かしながら,清酒酵母の協会7号酵母及び協会9号酵母では凝集性を示す形質転換株が得ら
れず,エレクトロポレーション法による形質転換条件は菌株間の相違が大きいことが示唆さ
れた.そのため,エレクトロポレーション法による実用酵母ヘの形質転換においてはその菌
株ごとにそれぞれの項目にっいての条件を詳細に検討する必要があると考えられた
1.はじめに
酵母をはじめとする発酵微生物の育種・改良は従
来から行なわれてきた突然変異誘導法をはじめと
し,細胞融合法(プロトプラスト融合法),遺伝子
組換え技術等によって様々な二ーズに対応すること
が可能となってきている.また,これらバイオテク
ノロジーを応用した発酵微生物の育種・改良技術で
は,発酵微生物が従来持っていなかった形質を付与
できるため,より広範囲な発酵微生物の改良が可能
である.特に,遺伝子組換え技術を利用した育種技
件を検討し,従来法であるアルカリ金属法に比較し
20から50倍の形質転換効率で形質転換株を得ること
ができた6).そこで本年度は,この決定した形質転換
条件において,効率のよい凝集性酵母の育種が可能
であるかの検討を行ったので報告する
2.実験方法
2.1 菌株およびプラスミドDNA
EscherichiacohJMI09はYEP13および平成 8年度に
報告した方法乃により構築した凝集性キメラプラスミ
術は,本来発酵微生物が持っている有用な形質を傷
ドのPYEFL01 (図 1), PYIGFL01 (図2)の増幅
つけることなく新たな形質を付与できるため,その
に用い,増幅したプラスミドDNAはアルカリSDS法
によって抽出し,塩化セシウム平衡密度勾配遠心法
応用は拡大傾向にある
これまで酵母細胞ヘの形質転換は,プロトプラス
ト法,ポリエチレングリコール法,チオール化合物
によって精製して実験に用いた.このYEP13および
法およびアルカリ金属法によって行われてきた.・の
しかしながら,いずれの形質転換法もその操作性や
PYEFL01は酵母・大腸菌のシャトルベクターであり,
PⅥGFLONよ酵母染色体組込型ベクターである.これ
らのプラスミドはいずれも酵母の遺伝子マーカーに
形質転換効率に関して,これまで満足のいく方法は
LEU2遺伝子を有している
報告されていない
一方,動物細胞ヘのタンパク質分子の導入法とし
実験室株酵母であるSaccharomycescerevisiaeAH22
てRiemanら.'5)にょって開発されたエレクトロポレー
および清酒酵母の協会7号酵母,協会9号酵母は凝
集性遺伝子の宿主として用いた
シヨン法は,植物,細菌および酵母細胞など細胞の
2.2培地および培養条件
種類にかかわりなく,細胞内ヘの物質導入が可能で
あることから,近年これらの細胞の形質転換法が開
たΞ.coliJMI09はLB培地(1%バクトトリプトン,
発されてきている.また,エレクトロポレーション
0.5%酵母エキス,1%NacD に50μg/m1のアンピシリ
法による形質転換は,迅速に効率よく形質転換株を
得られるという特徴を持っている
本研究では昨年度,遺伝子組換え技術による効率
的な酵母の育種技術の開発を目的とし,酵母実験室
株ヘのエレクトロポレーション法による形質転換条
YEP13およびPYEFL01, PYIGFL01を形質転換し
ンを添加して,37でで振とう培養した
S.cereⅥ'S始eAH22および協会7号酵母,協会9号酵
母はYPD培地(1%酵母エキス,2%ペプトン,2%
グルコース)で前培養し,これを新しいYPD培地に
接種してOD660が1.0になるまで30でで振とう培養を
ECO Rl am HI
ECO RI
ECO RI
Ct BヨmHI
1゛
1゛
bιUU
EとO RI
ら
ECO RI
^
PYEFLOIF
.イ、
ιY;ユUJ 、"
"て、
も
..
PYEFLOIR
153kbp
153kbp
1゛
1゛
E
R1
气毎が1,
Amp
Bヨm l
Xh01
SaU 3AI
G
@
ECO RI-ー、
Xh01
LEUユ
@
ECO RI-ーブ
Sa11
Sa11
?
?
QEマ
PYIGRFLOIF
Q6マ
PYIGFFLOIF
Sa11
ECO RI
Xh01
EUユ
\
Amp
Sa11
ECO RI
SaU 3AI
R1
PYEFL01の制限酵素地図
図1
Xh01
E
Pstl
Pstl
,、
ECO RI
ECO RI
Pst l
SaU 3AI
P5t l
SaU 3AI
Sa11
EC0 1
Xh01
SaU 3AI
Xh01
EUユ
SaU 3AI
G
信1
Sa11
Q8て
?
?
Pstl
七
ECO RI
ECO RI
Gマノ@
PYIGRFLOIR
Pstl
/
Xh01
EU2
Sa11
Q8マ
PY{GFFLOIR
Sa11
ECO RI
Xh01
,ノ'\
ECORI
/,'"
Pstl
EC。R{ saU3AI
SaU 3AI
図2 PYIGFL01の制限酵素地図
行った.また,酵母実験室株の形質転換体の選択にはが1.0になるまで30でで振とう培養を行った.培養後
SD、hiS 培地(0.67%Yeast Nitrogen Base w/O Amin0 その 1.5m1をエッペンドルフチューブにとり,これを
Asid,50μg/m1ヒスチジン,2%グルコース)を用い 2,ooorpm,2分間の遠心分離を行い菌体を集菌し,こ
れをTE緩衝液にて2回洗浄した.洗浄した菌体に連
結反応後フェノール・クロロホルム処理して精製し
た.
23凝集性キメラプラスミドの酵母菌体ヘの導入
酵母菌体ヘの凝集性キメラプラスミドの導入は昨たプラスミド溶液と15川のTE緩衝液を添加し,30゜C
年度の研究報告書で報告した条件')で行った(図D.で10分間DNAの吸着を行った.これを,島津製作所
すなわち,酵母実験室株,協会7号,9号酵母及び醤製同心円状チャンバーFTC・02(電極問lmm)の電
油主発酵酵母をYPD培地で一晩振とう培養し,これ極間に充填し,4乃V,5回の印加を行った.印加30
を新たなYPD培地にν50容添加し,吸光度.(OD660)分後,この反応液全量をSD・hiS培地(実験室株)ま
2
酵母(SヨCcharomycescereviS始e AH22)
抑制している遺伝子が存在し,これが新たに導入し
YPD培地に30でにて一晩振とう培養
たFι01の発現をも抑制していることを示しており,
30てにて振とう培養(OD660=1.0)
S.cereⅥS始eAH22株を用いて凝集性酵母を育種する場
合はこの制御(抑制)遺伝子を破壊する必要があると
考えられた.
1.5m1の培養液
3.2清酒酵母ヘのFι01の形質転換
遠心分離(2,000印m,30秒)
,、_
TE緩衝液に懸濁
構築したキメラプラスミドは実用酵母で機能でき
3回
る遺伝子マーカーを持たないため,協会7号及び9
15μ1のTE緩衝液に懸濁(ピペッティング)
号酵母での形質転換は染色体組込み型のみを行い,
凝集性をその指標として形質転換体の選抜を行った.
100 50ongのDNAを添加
30で,20分間インキュベート
印加(4乃V/mm,1msec,5回)
しかしながら,協会7号,9号酵母ではいずれも形質
転換体力ゞ得られず, Fι01の発現は確認されなかっ
30て,10分問インキュベート
た.しかしながら,平成8年度に行った形質転換実験
1.om1のTE緩衝液を添加(ピペッティング)
においては凝集活性は実験室株酵母と比較して非常
に弱いものの,いずれの株においても形質転換体が
菌体懸濁液
0.1m1をスプレッド
得られ, Fι01が発現することを確認している.その
30で,2 3日間インキュベート
ため,エレクトロポレーション法によって形質転換
体が得られなかったことは,遺伝子そのものが菌体
形質転換体コロニー
内に導入されていないことが示唆された.これは,実
用株である協会7号,9号酵母では実験室株のS
CeルⅥS始.AH22株と細胞外膜構造に大きな相違があ
図3 エレクトロポレーション法における酵母の
形質転換操作
リ,そのために電気エネルギーの伝達の相違が細胞
膜破壊の効率に大きく影響し,うまく細胞膜破壊が
起きなかった可能性が高い.また,細胞外膜の構成成
分等によりDNA分子が細胞表層ヘ吸着できていない
たはYPD培地(清酒酵母)に添加し,30でで振とう
培養を行った.菌体生育後,培養液を5分間静置し,
浮遊している菌体を除去後新たな培地を添加し,さ
らに30でで振とう培養を行った.この操作を5回(実
験室株)から9回q青酒酵母)繰り返し,凝集性になっ
可能性もある
た酵母を観察した
口 PYEFL01*
O PYIGFFL01*
. PYIGRFL01*
2.4凝集活性の測定
形質転換株の凝集活性は,平成5年度研究報告書
に記載した方法に従った
2.0
合忠09
3.結果及び考察
3.1酵母実験室株ヘの凡01の形質転換
Fι01と酵母ベクターとの連結反応後のキメラプラ
1.0
盤沢劃
スミドを直接酵母実験室株ヘ形質転換することによ
リ,平成8年度に行った形質転換実験と同様にプラ
スミド型,染色体組込み型の両方で凝集性を有する
形質転換体が得られ,エレクトロポレーション法に
よって15kbPものサイズのDNAでも問題なく形質転
0.5
換できることがわかった.これらの形質転換株のう
ちプラスミド型で得られた形質転換体は,ほぼKZ6f
0
60
120
180
静置時問(秒)
と同程度の凝集活性を示したが,染色体組込み型で
得られた形質転換体は若干その凝集活性が弱くなっ
図4 SaccharomycescerevisiaeAH22株
ており(図4),これも前回の実験と同様であった.こ
形質転換体の凝集速度
*プラスミドのFι01の向きは不明
のことは,宿主のS、cereviS始eAH22はFι01の発現を
3
そのため,エレクトロポレーション法による実用
参考文献
酵母ヘの形質転換においてはその菌株ごとにそれぞ
D 秋山裕一(監修)"酵母のニューバイオテクノロ
れの項目についての条件を詳細に検討する必要があ
ると老えられた.
ジー"医学出版センター(1990)
2) A.H.Rose & J.S.Harrison, The yeastS 2,165 (1987)
3) zimmennann, U., G. pilwat, and F. Riemann. prepara・
4.おわりに
tion of erythrocyte ghosts by dielectric breakdown of the
昨年度検討したエレクトロポレーション法による
Fι01の導入を試みた.実験室株酵母のSaccharomyces
Ce11 membrane. Biochim. Biophys. Acta 375:209-219
(1町5)
4) vienken, J., E. Jeltsh, andu. zimmermann. pene杠ation
CereⅥSiaeAH22株では凝集性を示す形質転換株が得ら
and entrapment oflarge particles in erythroCヌes by electri・
れ,エレクトロポレーション法により10kbPを超える
Cal breakdown techniques. cytobi010gy 17:182-196
(1町8)
酵母実験室株及び実用酵母に凝集性遺伝子である
サイズの遺伝子でも形質転換が起こること,および
遺伝子発現が正常に行われることが確認された.し
かしながら,清酒酵母の協会7号酵母及び協会9号
Hofschneider. Gene transfer into mouse lyoma ce11S by
酵母では凝集性を示す形質転換株が得られず,エレ
クトロポレーション法による形質転換条件は菌株間
electroporauon 加 high electriC 負elds. EMBoj.1:841-845
(1982)
の相違が大きいことが示唆された.そのため,エレク
トロポレーション法による実用酵母ヘの形質転換に
おいてはその菌株ごとにそれぞれの項目についての
6)江口良寿,小金丸和義,増田照雄,坂田宗章,加
5) Neumann, E., M. schaefer・Ridder, Y. warlg, and p. H
藤富民雄"佐賀県工業技術センター平成Ⅱ年度研究
報告書" P.1 (1999)
フ)江口良寿,小金丸和義,増田照雄,坂田宗章"佐
賀県工業技術センター平成8年度研究報告書" P.39
条件を詳細に検討する必要があると考えられた.
(1996)
4