国際経済学部 4年 国際経済学科 木本直義 「年齢にかかわりなく働ける社会」 目次 第1章 現状 1-1.日本の人口変化 1-2.労働意欲の高い日本人高齢者 1-3.雇用と年金との接続 第2章 高齢者雇用の阻害要因 2-1.労働市場の需給 2-2.年功賃金・処遇制度 第3章 短期的対応策 3-1.継続雇用制度の促進 3-2.継続雇用制度を定めていない理由 3-3.企業事例 3-4.希望者全員を継続雇用するために 3-5.定年後の賃金制度 第4章 長期的対応策 4-1.高齢者の能力を阻む定年 4-2.年齢差別禁止法の導入 4-3.年齢差別禁止の日本における議論 4-4.年齢差別禁止法の成立条件 4-5.アメリカの年齢差別禁止法 第 5 章 まとめ 5-1.定年なしの自営業の可能性 5-2.今後の方針 1 第 1 章 現状 まず、第1章では日本の高齢者雇用の現状について説明する。少子高齢化とは何か、 なぜ国は高齢者雇用を斡旋しているのか、考えてみたい。 1-1. 日本の人口変化 図表 1-1 をみると、1975 年では 20 歳代の人口比率が 65 歳以上の人口比率を上回ってい たが、約 20 年後の 1996 年に比率は一致し、また 20 年後の 2015 年には 20 歳代と 65 歳以 上の人口比率は逆転していることがわかる。 ヨーロッパ諸国では、日本よりも前に高齢社会1になっているが、高齢化社会になって から高齢社会になるまで多くは半世紀前後、長い国だと一世紀以上かかっている。日 本はヨーロッパに比べて少なくとも二倍のスピードで高齢化を進めてきた。(注 1) 図表 1-1 人口推移(若年者と高齢者の比較) 20 歳代 65 歳以上 1975 年 18% 8% 1996 年 15% 15% 2015 年 9% 25% 出所:清家篤(1998)『生涯現役社会の条件』 ,中公新書の統計により作成 1-2. 労働意欲の高い日本人高齢者 図表 1-2 は 5 つの先進国における 60~65 歳男性の労働力率の統計である。 労働力率とは働く意欲のある人口の割合である。アメリカ、イギリスの労働力率が 52% であるのに対し日本の労働力率は 75%まで伸びている。日本人の労働意欲がいかに欧米先 進諸国と比べて高いかはっきりわかるだろう。 (注 2) 国連の定める定義では 65 歳以上人口が 7%を超えた社会を「高齢化社会」、14%を超える と「高齢社会」という。 1 2 図表 1-2 60~65 歳男性の労働力率 ス ツ フ ラ ン ドイ ア メ リ カ ・イ ギ リ 日 本 ス 80 70 60 50 40 30 20 10 0 出所:清家篤(1998)『生涯現役社会の条件』 ,中公新書の統計により作成 1-3.雇用と年金との接続 差し迫った問題としては、年金支給開始年齢がすでに段階的に上がってきているという ことである。定額部分については 2013 年度までに、報酬比例部分については 2025 年度ま でに 65 歳に引きあがる予定である。 対して、現行の高年齢者雇用安定法では、60 歳定年は義務化となっているものの 65 歳ま での雇用の確保については努力義務であり、実態としても、少なくとも 65 歳まで働ける場 を確保する企業は全体の約 70%となっているが、原則として希望者全員を対象として少な くとも 65 歳まで働ける場を確保する企業は全体の約 30%となっている。また、中高年齢者 を取り巻く雇用情勢は依然と厳しく、一度離職すると再就職は困難な状況にある。 雇用と年金との接続を強化することが緊急の問題となっており、高い就労意欲を有する 高齢者が長年培ってきた知識と経験を活かし、生き生きと活躍し続けるためにも、意欲と 能力のある限り年齢にかかわりなく働き続けることが出来るような環境を整備しなければ ならない。(注 3) 3 第2章 高齢者雇用の阻害要因 第 1 章では高齢者が就労することの大切さと就労意欲の高さについて調べた。では、なぜ 定年が存在し、中高年からの再就職が難しいのか、理由は大きく分けて二つある。 2-1.労働市場の需給 一つ目は労働市場の需給にかかわる問題である。労働市場の需要は基本的に企業によっ て決められる。単純に景気が良くなれば経済活動も活発になり、企業はもっと人を雇おう という気持ちになる。 しかし、現在高齢者雇用を阻んでいるのは需要側ではなく供給側の人口構造の問題であ る。確かに若年人口は 40 年間で半分に減っているが、実は 1990 年前半から中盤にかけて 若年人口の最後の小爆発期に当たっていたのである。小爆発が起こった理由は団塊世代二 世の効果である。団塊世代とは、1947~50 年にかけて生まれ、今、50 歳代半ばから後半に なる世代である。彼らが労働市場に入ったのは 1970 年くらいで日本は高度成長期であり労 働供給も多かったため企業は積極的に採用していった。つまり、今の企業は団塊一世と団 塊二世を抱え、不況になり、一世はリストラの対象になっている。だから、企業にとって 60 歳以上の本格雇用を拡大するのは難しいのである。(注 4) 2-2.年功賃金・処遇制度 高齢者の雇用を阻む二つ目の理由は年功賃金制度である。人口変化による問題と違い、 日本の特に大企業に昔からある制度である。図表 2-1 は年功賃金制度の下の貢献度と賃金 の関係を表したものである。 横軸が年齢で R は定年を示している。一人の新人社員が入社して最初は貢献度よりも賃 金が低くなるように設定し、定年を迎えるころには逆に、貢献度より賃金のほうが高く設 定してある。 ではなぜ常に貢献度と同じ賃金を支払わないのか。理由は、従業員の息行帰属意識を高 め、一生懸命働かせられるためである。個人は企業に貸しをつくり、引き出し期に預金を 返済するために途中でやめずに、より高いポストを目指させることが出来る。 そして、定年年齢は賃金水準が貢献度を上回り、企業が個人に対して借金を返し終わり、 預金部分と引き出し部分のバランスが取れたときに設定してある。(注 5) 4 図表 2-1 ラジアーの理論図式 B 貢献度 E C 引出し D 預金 A 賃金 0 R 出所:清家篤(1998)『生涯現役社会の条件』 ,中公新書 高齢者雇用を阻む理由の中で企業が定めている制度によるものの中に年功的な処遇制度が ある。処遇制度とは、勤労年数がたつにつれて若手労働者が中堅管理職へ、中堅管理職が 経営管理職へと昇格していく制度で、当然昇格していくにつれて賃金も高くなる。 また、留意すべき点として、高いポストに着くたびに現場から離れ、長年磨き続けた専 門能力と違う、能力が必要になる。たとえば、細かい手作業や、肉体労働をこなせる能力 から、情報処理能力や、リーダーシップを発揮し、人脈を広げる能力に変わり、労働者個 人の能力開発のあり方が専門能力を磨くというよりは、企業で管理職になるための能力を 高める方向に向いてしまう。 では、図表 3-1 を見てみると、人口変化が起きる前のまでの処遇制度は、(ア)である。 (ア)は、ピラミッド型の人口構造と、企業組織の拡大を常としていた時代の日本の企業 には合理的な仕組みだった。 しかし、現在の人口構造は中高年の多いビア樽型になってきたのに、組織の構造だけは 以前の人口構造に合わせたピラミッド型である。(イ)の網掛け部分は企業外に追いやられ てしまっている。 将来若年者は、どんどん少なくなる傾向になるので若年者を確保しようとすれば、経験 も能力も不十分な若年者を高いコストで雇わなくてはならなくなる。 合理的な企業であれば少なく高コストな若年労働者を奪い合うよりも、元気で能力もあ る高齢者にきちんと仕事をしてもらえるように組織の構造を変えていくべきだ。 (ウ)は、今まで積み重ねてきた能力と経験を無駄にしないように、同じ専門職の中で力 を発揮できる制度である。(注 6) 5 図表 2-2 人口構造の変化に伴う組織変革 経営管理層 A B C A B C 中堅管理職 若手 (ア) (イ) 初級専門職 (ウ)上級専門職 出所:清家篤(1998)『生涯現役社会の条件』 ,中公新書 第3章 短期的対応策 3-1.継続雇用制度の促進 第 2 章からわかるように、現在の日本のような人口構造において、伝統的な雇用システ ムである終身雇用と深くつながっている年功賃金・処遇制度が高齢者雇用の大きな障害と なっている。 いずれは障害となる制度を廃止しなくてはならないが、古くから日本の企業に根付いて いる制度であるため廃止するためにはさまざまな条件を整え、労働者が混乱しないように 時間をかけて進めていく必要がある。 まず考えるべきことは、今後、段階の世代が定年を迎え、60 歳代前半層の雇用・就業機 会をいかに確保していくかが大きな課題となる。また、老齢厚生年金の支給開始年齢につ いても今後 10 数年間で 60 歳から 65 歳まで引き上げることを踏まえれば、特に 60 歳代前 半層の雇用確保について重点的に対応していく必要がある。(注 7) 図表 3-1 継続雇用希望者の割合 3 0 %未満 8 5 %以上 3 0 ~4 9 % 30%未満 30.0% 30~49% 6.3% 50~69% 13.6% 70~84% 10.7% 85%以上 39.5% 5 0 ~6 9 % 7 0 ~8 4 % 出所:柳沢國衛(2002)『65 歳現役社会実現を目指して』,市川商工会議所 6 高齢者が定年を迎えるまで培ってきた能力を有効に発揮するためには、知識や経験を活 かすことのできる従前からの職場で引き続き働くことは望ましい。 図表 3-1 は継続雇用制度のある企業で、過去3年間の定年到達者のうち継続雇用希望者の 割合である。実際、高齢労働者も継続雇用制度を利用して定年後も働く希望を持っている 人が多いことがわかる。 しかしながら、60 歳定年が定着し、定年制のある企業の約 7 割が継続雇用制度を実施し ているものの、原則として希望者全員が 65 歳まで働くことのできる企業は約 3 割にとどま っている。 定年延長にせよ継続雇用にせよ定年年齢をそのままにしたうえで 60 歳代前半層の雇用の 促進を図ることとなり、60 歳での賃金調整も可能であることから、最も現実に即している というメリットがある。またいずれも定年制は維持するものであるため、定年年齢までの 雇用保障があるという労働者にとってのメリットと、年金の支給開始年齢の引き上げを考 えたときに年金と雇用が接続しやすいというメリットがある。しかしながら一方で、労働 者の仕事上の成果と処遇が必ずしも一致していない上に、社会環境の変化の中で企業の柔 軟性が損なわれるといったデメリットもある。また企業間の競争激化という状況の中、年 功主義から成果主義に変化している人事制度に伴っていないことと、定年制といった年齢 を理由とした退職制度を有することは論理的に今後とも両立しうるかという疑問が生じる。 さらに、今後年金の支給開始年齢が完全に 65 歳からの支給となる中で、60 歳での賃金の調 整という仕組みに合理性があるのかという点も疑問である。(注 8) 3-2.継続雇用制度を定めていない理由 原則として希望者全員が 65 歳まで働くことのできる企業は約 3 割にとどまっていると述 べたが、なぜ残りの約 7 割の企業は継続雇用制度を定めていないのか。 理由は大きく分けて 5 つある。能力開発での問題、体力・健康面での問題、高齢者に適 した職務開発ができない、企業側のイメージ、経営上の問題である。 能力開発での問題とは、 ① 賃金に適応する能力発揮が困難なこと。 ② 新業務への適応意欲に欠ける。 ③ 高齢者に能力開発の費用はかけられないというものである。 たとえばパソコンを使いこなす能力などは高齢者が入社したころには必要とされていな かった能力が今ではどの会社でも必要な能力である。60 歳を過ぎてから新しい能力開発を 行ってもあと数年でやめてしまうなら若年者に当てた方が建設的かもしれない。仕事をす る上で必要な能力を持っていない高齢者は仕事ができないので会社にとって単なるコスト 負担となる。 7 体力・健康面での問題とは、 ① 加齢による身体機能の衰えが出ること。 視力の低下、動作の鈍さ等は効率面、あるいは安全管理面で問題が生じる。 ② 健康面で不安があること。 働き盛りの病気は急性疾患が中心なのが、加齢に従い高齢者は慢性疾患中心となり、高 血圧症や糖尿病などの生活習慣病が急増し、病気での欠勤が多くなることや職種によって は就業ができなくなる。 高齢者に適した職務開発ができないとは、 ① 適応できる仕事がない、またはあっても少ない。 ② 安全管理面で問題が出てくる。 ③ 2 交代とか 3 交代制にはついていけない。 ④ 高齢者向きの仕事がなく、単純、軽作業の仕事があっても、多くの人数を必要としない。 企業側のイメージとは、 ① 賃金が高い。 ② 体力のいる仕事はダメ。 ③ 新技術への適応力に欠ける。 ④ 頑固さによる既成概念にこだわる。 ⑤ この道一筋で育った者はほかの職場への配転が難しい。 ⑥ いわれた仕事しかやらない。 ⑦ 前の職位にこだわる。 ⑧ 勤労意欲に欠ける者等の不適応者が出る恐れがある。 ⑨ 勤務態度・成績不調の処遇が難しいなどである。 経営上の問題とは、 ① 不況で高齢者雇用まで考えが及ばない。 ② 将来の人員構成を考えると現段階は新卒を優先したい。 ③ 人員は自然減を図りたい。 ④ 事業の再構築を図っている。 ⑤ 高齢者が組織内にいるということは組織内の活力を阻害する。 ⑥ 総人件費抑制から次の段階「総人員」を抑える雇用リストラを実施している。 ⑦ 従業員の平均年齢が低く、当分定年退職者が出ないから継続雇用は考えていない。 ⑧ 業務の繁閑が大きく、繁忙期はパート等を採用するので、継続雇用の必要がない。 ⑨ 若年層中心の経営戦略をとっている。 ⑩ 生産の海外移転、人材派遣、アウトソーシング等、雇用ではダイナミックな変動が起き ている。 以上、阻害要因を 5 つの視点から見てみたが、私は想像以上に企業は高齢者に対してネ ガティブなイメージを持っていると感じた。確かに中には不適応者もいるかもしれないが、 8 当然健康で、働く意欲がある人も多いはずである。せめて企業側のイメージだけでも払拭 できれば、継続雇用枠は広がるはずである。(注 9) しかし、企業側がどれだけ働けるか試す場を与えなければ高齢者も力を発揮できない。 まだ継続雇用制度を導入していない企業はすでに導入している企業事例を参考にするべ きである。 3-3.企業事例 (1)栗田アルミ工業株式会社 まず紹介したいのは固有技術を継承しながら、65 歳定年制を目指して新人事賃金制度を 確立したアルミ鋳造企業の栗田アルミ工業㈱である。茨城県土浦市に本社および本社工場 を置く栗田アルミ工業は、1951 年 2 月の創業以来一貫してアルミニウム鋳造の専門企業と して自動車および産業機械、弱電製品などの部品製造をしている。また、素材鋳造のみな らず、機械加工、組立工程もある一貫生産工場である。 同社の従業員は 110 人。うち 55 歳以上は 17 人(15.5%)、60 歳以上は 8 人(7.3%)。 30 歳以下の従業員の年齢構成はバランスが取れた形となっている。同社には創業以来、社 訓である「元気・根気・やる気」の社風が浸透しており、健康で元気ならば働ける制度を 確立していこうとする風土が定着している。それは創業時代より「技術は人材」という考 え方の基に醸成されたもので、55 歳以上の 17 人の従業員は、主に次世代を担う若手社員へ の固有技術の伝承、経験と実践を生かした現場教育などを中心に同社発展の原動力になっ ている。 定年は 60 歳だが、知的活動や想像力は老化とは関係なく使えば使うほど発達するという 考えで、会社にとって必要な人を 65 歳まで再雇用する。有用な人材になるためには、個人 の自助努力と自覚の影響が大きく、会社はバックアップをする体制が整っている。 しかし、業界の厳しいコスト競争など経営環境の変化から企業体質の根本的な強化が必 要となってきた。2000 年からの中期経営企画であるが、中でも鋳物、油圧、電気といった 専門分野のベテラン従業員を中核とした独自技術の維持というコンセプトは買えず、生産 性をあげるため、高齢者にとって働きやすい職場作りやキャリア開発プログラムの策定、 実質的な 65 歳定年制の確立を大きな柱としている。 特に人事考課のオープン化と賃金制度に注目したい。 同社では 1951 年 2 月の事業開始以来、年功序列型賃金と年功型人事を主流としてきたが、 1973 年のオイルショック不況以降賃金体系の見直しに着手し、年功賃金制度の修正と能 力・業績主義による賃金制度への移行を実施している。特に中期経営計画(5ヶ年計画) 「企 業価値の向上を目指して私たちが今やるべきこと」を全社員に周知徹底していく上で、「人 事考課のオープン化」に踏み切った。1999 年から、半期ごとに考課制度をできるだけオー 9 プン化し、社員の自己申告を基本に第 1 考課者・第 2 考課者の明確化と考課手法の教育を 実施し、個々人の実績評価に理解・納得と努力すべき方向付けを行っているということで ある。 もう少し具体的に説明すると、同社では定昇・賃上げ・賞与支給などは、自己申告を含 め一般社員ここの評価を合議制で決めているのである。すなわち、定昇・賃上げは全社的 生産性を重視した付加価値の一定率を配分原資とし、基本給・加給に配分している。そし て、評価方法としては自己申告書を基本に直属の上司が、個々人の過去半年ごと、そして、 1 年間の業績貢献度・能力向上面・将来性などを加味し、1 次・2 次査定を行い、さらに各 課課長以上の合議制による査定会議で決定する。また、課長以上の査定については、昇格 を含め役員会で最終査定を行っている。 図表 3-2 栗田アルミ工業の賃金制度 退職金 賞与 給与 55 歳 60 歳 65 歳 出所:2002『高年齢者雇用の企業事例ベスト 25』,財団法人 高年齢者雇用開発協会をも とに作成 次に、賃金制度についてだが、上の図表 3-2 のようになっている。 現在の定年年齢は 60 歳であるが、同社では社風風土からして「元気でやる気があれば働 いてもらおう」ということもあり、60 歳以降も嘱託社員として 1 年間の契約により 65 歳 までの継続雇用を認めている。ただし、継続雇用基準として「本人の自己申告を基本に会 社が認めた者のみ再雇用する」という条件付である。それは前述したように同社が経営の 活性化の改善対策の一貫として従業員の「自立」を打ち出しているため、継続雇用希望者 が同社の社訓である「元気・根気・やる気」があり健康であれば、会社側からはなんら不 都合はない。 同社では、55 歳以降は定期昇給およびベースアップの昇給はストップする。賞与も役職 者は 55 歳の賞与を基準として、1 年ごとに 10%の減額扱い、また、一般社員は 5%の減額 扱いとなる。ただし、業績貢献度合いによりメリット額が上乗せ支給される。また、60 歳 以降の賞与については金一封扱いとし、支給額は役員会で決定される。 以上 2 つの改善はどちらもソフト面の改善であるが、工場をより安全に使いやすくハー ド面の改善も行われている。(注 10) 10 (2)株式会社高島屋 もう一社、中高年者支援制度のひとつに位置づけられた「セカンドライフプランコース」 を導入した㈱高島屋の好例を紹介する。 転進支援制度は、最近の諸情勢を反映して人減らしリストラの一環と見られがちだが、 高島屋の「セカンドライフプランコース」には、人減らしの要素はまったくない。 自分の計画実現に向けて社外に転進を希望する社員を支援する転進支援制度であるのは 確かだが、2001 年 3 月から導入している希望者全員を65歳まで再雇用する中高齢者支援 制度、すなわち「ゴールデンエイジプラン」の中の 1 選択肢に過ぎないのである。 希望者全員が定年後に再雇用されるということは、逆に言えばセカンドライフプラン コースが自分の人生設計計画に合わない人はたとえば気骨号による中途退職がない限りは、 60 歳定年までのスタンダードコースか定年後の再雇用コースのいずれかを選ぶことになる。 ゴールデンエイジプランのコースメニューは以下のとおりである。 [A]スーパーセールスコース:販売・営業力に挑戦するコース [B]技術・技能キャリアコース:技術・技能を基準とした再雇用コース [C]専門嘱託員コース:蓄積した専門性を基準とした再雇用コース [D]グループ内再就職支援コース:経営層型、専門・技術技能型 [E]ワークシェアコース:フルタイム型、時間重視型 [F]セカンドライフプランコース:自分の計画実現に向け、新分野への転進を支援するコ ース [G]スタンダードコース:通常 60 歳定年コース ゴールデンエイジプランは 50 歳以上の中高年層を対象としており、人事制度全般にわた る改正作業の総仕上げと考えることができる。というのは、すでに同社では人事制度の根 幹になる人事管理体系や賃金体系、人事考課体系、能力開発体系の改正を 1999 年に実施し ているからである。さらに 2000 年には、賞与の性格と支給基準を明確にし、業績に連動し て支給額が増減するメリハリのある「業績賞与制度」と「店別の業績報酬制度」を導入し ている。 ゴールデンエイジプランは企業年金制度の改正をにらみつつ、中高齢者支援制度として 労使間で検討し、特に、「定年退職後の生活」の安定に焦点を絞って設計し、出来上がった ものである。 今回の改正そのものの背景としては、 ① 厚生年金の支給開始年齢の段階的引き上げなど国の年金保険制度・医療保険制度が将 来的に低福祉・高負担に向かわざるを得ないこと。 ② 企業内福祉の手中である厚生年金基金・健康保険組合財政の現状は健全であるが、将 来的に財政基盤に不安定要素が出現する危険性があること。 などの社会要因がある。同社は将来に備え総合福祉についての基本方針を労使間で話し合 う「労使総合福祉政策委員会」を 1997 年春に設置した。 11 委員会では重点分野として「定年退職後の生活」 「介護」「健康」の 3 分野について議論 されている。中でも「定年退職後の生活」における安定収入の確保と労働意欲への適切な 対応に的を絞り、具体的に定年後の再雇用制度を検討し、労使人事制度専門委員会を設置 した。したがって、ゴールデンエイジプランの検討開始から実施するまで、丸 4 年以上を 要した。 改正内容の主要ポイントは同社管理本部人事部人事製作担当部長の小林四郎氏によれば、 「第 1 が、本人が自分のキャリアを自ら形成し、どのように貢献できるかを目標として定 め、かつ判断した上で、自分のキャリアコースを選択できること。第 2 が、従来の蓄積型 年功処遇から、より現実に即した能力・業績・成果に基づく人事管理への転換です。」とい う。 しかし、業績・成果に重点を置く、いわゆる“能力主義”を徹底していく中で、果たし て「希望者全員」を無前提に再雇用することは可能なのだろうか。と、いう点について小 林部長は「当社では、すでに 1981 年から会社が認めた人を 65 歳まで再雇用してきており、 勤務状況や成果も期待通りとなっていますから、実績をもとに、高齢であることには大き な問題はないと思っています。それと成果・業績については、各自が自ら形成したキャリ アでどのように貢献できるかを考えれば、可能な限り働き・貢献度に応じたコースが選択 できるように制度設計になっています。特に[E]のワークシェアコースは健康で意欲があれ ば希望者全員を 65 歳まで再雇用する前提で設計しており、給与は新入社員の水準でかつ勤 務地別に設定されています。」と言っている。 今回紹介した㈱高島屋のゴールデンエイジプランは労使双方の創意工夫で準備してきた メニューに対応して自己の責任と自覚で取り組めば、結果的に自分にとって可能な働き・ 貢献度が自明のものとなるということであろう。 また、2001 年 3 月からのゴールデンエイジプランの A~E コースにより、2001 年度の定 年者の約 50%が再雇用を希望した。 (注 11) (3)富永機械製作所 次に富永機械製作所の事例である。 同社の社員数は 34 人で、うち 60 歳以上の社員が 7 人いる。職種は 7 人中 6 人が工場作 業員、1 人は機械整備士。現在の最高年齢は 62 歳である。 労働時間は定年後も定年前と変化はなく、賃金は年俸制で、1 年ごとに昨年の成果を評価 し決定する。 仕事内容は定年前の仕事プラス若手社員への技術継承である。図表 3-3 は製造現場の機械 化・デジタル化が進んだ場合の熟練技能について調査したグラフであるが、見て分かるよ うに特に中小の製造業者では人手が少ないうえに技術継承がとても大切な分野である。ま た、製造業は特に継続雇用制度導入を必要としている分野ともいえる。 図表 3-3 製造現場の熟練技能について 12 わからない 2% 無回答 2% 次第に必要 になる 4% かえって必 要 21% 依然として 必要 71% 出所:厚生労働省(2002)『製造基盤白書』の統計をもとに作成 そして、図表 3-4 が富永機械製作所の賃金制度である。大きな特徴としては定年を過ぎる と基本給に加え評価給が加わるという点である。 定年前は基本給のみでほぼ完全な年功序列である。60 歳以降は定年前の 7 割前後の賃金 で継続雇用がスタートする。定年後は基本的に賃金が減少するが、評価給が加わることで 成果に応じて多少個人差が出てくる。しかし、評価給を取り入れることで評価をめぐる不 満を高める恐れも多少あるし、差をつければ社員のやる気が出るというわけではないとい う理由で、評価給の割合は少なく設定してある。だから、どんなに頑張っても前年の賃金 を維持することしかできない仕組みになっている。 60 歳以上の社員は賃金に対してあまりこだわらず、年金がもらえるまでの橋掛かりと考 えているため、実際働いている人も同社の継続雇用制度に対して特に不満には考えていな い。同社は定年前、定年後に良く社員と話をしているため、相互に理解を得ているのが分 かる。(注 12) 図表 3-4 富永機械製作所の賃金制度 評価給 基本給 60 歳 出所:2002『高年齢者雇用の企業事例ベスト 25』,財団法人 高年齢者雇用開発協会 13 (4)株式会社ダイフク ㈱ダイフク(本社:大阪市)は、定年退職者および役職定年者を主体とする 100%子会社 を 3 社設立、2005 年 4 月より営業を開始した。経験豊富なベテランの技術・技能やノウハ ウを積極的に継続活用すると共に、グループ内の若い世代に確実に継承するのが目的。新 会社からも講師を派遣して、海外ローカルスタッフ、協力会社も含めたグローバル生産力 を向上していく。また最長 65 歳までの雇用延長が可能な再雇用制度や既存の子会社と併せ、 すべての職種の人が 60 歳定年後も働ける場を設け、各企業共通の課題である「団塊の世代」 の処遇にもいち早く対応し、選択の幅を広げた。 新設したのは、営業・エンジニアリング系の「ダイフクビジネスクリエイト」 、製造系の 「ダイフク・マニュファクチュアリング・エキスパート」、工事・サービス系の「ダイフク フィールドエンジニア」。いずれもダイフクグループ内における業務の請負や講師の派遣を 中心に運営していく。 団塊の世代の定年退職が始まる 2007 年には、外部委託業務を取り組み 3 社とも人員・売 り上げとも初年度の約 2 倍とする計画である。 「ダイフクビジネスクリエイト」では、営業・エンジニアリング業務を通じて得た各種業 界の知識、あるいは特定ユーザーに深く精通している人材などを中心に、今までにと同様 の業務を行いながら若手スタッフの育成・支援を行います。「ダイフク・マニュファクチャ リング・エキスパート」は、教育訓練や各現場への製造支援を通じて、高度な製造技能・ノ ウハウを継承していくのが狙い。「ダイフクフィールドエンジニア」では、工事管理経験者 を中心に、国内外の大型プロジェクトを通じて若手を指導、また、技術資料の整備なども 行っていくという。 同社は継続雇用制度の促進を目的とした子会社を職種ごとに 3 社設立した。高齢労働者 の中には定年後、今まで部下だった社員の下で働くことに抵抗があるという意見もあるの で、高齢労働者がより働きやすい環境を整えたと言える。(注 13) 3-4.希望者全員を継続雇用するために 以上の 3 つの企業事例を参考にし、イメージではなく本当は高齢者がどのくらいの能力 を持ち、どのくらいやる気があり、どのような労働条件で働きたいのか一人一人とよく面 談をして相互理解に向けて改善していかなければならない。 図表 3-5 高齢者活用のための対応策 阻害要因現象 対応策事例 ◎加齢による身体機能の低下は生産性を阻 ・人に仕事を合わせる職務再設計の実施 害する ・職務再開発をする 14 ・多様な就労体系の設定 ・職場環境・設備の改善 ◎能力の陳腐化は新技術についていけない ・能力の陳腐化を防ぐ自己啓発の自覚的努力 と支援 ・自分のために、自分による、自分の教育の 実践 ・「人並み教師」の謙虚さを持つ ◎意欲・やる気の低下が著しい ・意識改革の揮発的努力をする ◎活力のない組織体になる ・高年齢になれば、時期にあった役割を自覚 ◎過去の肩書きをちらつかせる し、期待に応える心・技・体作りをする ・働きがいのある仕事の与え方を考える ◎年功賃金での賃金コストが問題である ・仕事と業績健康度にリンクした賃金体系を 考える ・公的給付を組み込んだ賃金体系も考慮する ◎健康管理面で不安がある ・単に病気あるいは虚弱ではないというだけ でなく、肉体的・精神的・社会的に完全に 良好かどうか気を使う 出所:柳沢國衛(2002)『65 歳現役社会実現を目指して』,市川商工会議所 図表 3-5 は継続雇用制度導入において阻害要因に対する対応策である。 希望者全員を継続雇用するためには企業側、労働者側両方の努力と改革が必要である。 次に取り上げるのは不適応者問題である。不適応者とは継続雇用での職務遂行に適応し ていない者を言う。 適応できないと言う判断は、あくまでも企業側から見ての見方であり、不適応とされる のは、図 3-4 であげている幾多の阻害要因の総称でもある。やはり、現状では定年後も働い てもらいたいと企業が考えているものは限られており、希望者全員の継続雇用は非常に難 しい。 また、阻害要因の仲で最も大きい要因は不適応者問題という考えもあるので、不適応者 をどうしたら出さないようにくることが出来るかは、希望者全員の継続雇用実現の鍵にも なるので、「不適応者を出さない仕組みづくり」を提案する。 1.トップの理解と認識 まずトップ層が深刻な少子高齢化の実態を正しく理解・認識することが肝心である。企 業としては、どのような対応をすべきか理念を現場に提示する必要がある。たとえば、継 続雇用についても、重要な方針なのだという上層部の了解がない限り、現場は第一ステッ 15 プともなる阻害要因の洗い出しや、対応策への踏み出しも出来ません。方針を明示し希望 者全員の再雇用まで行かなくとも阻害要因を一つ一つ解決して条件整備をする責任的努力 が求められる。 2.阻害要因の洗い出し、または、懸念の洗い出し 継続雇用を進めていく上では、必ず阻害要因が出てくる。企業から見れば、雇用を継続 するための役割期待に対して、適応できないと言う役割期待のずれがあれば不適応となり、 また、従業員から見れば定年後は望ましい働き方をしたい思いに、実態は違うとなれば働 く意欲もそがれる場合も出てくる。 問題点を探し出し、書き出してみることを「洗い出し」と言う。「職場を新しい目で見直す」 といくらでも問題点は出てくることに気が付くはずである 3.好事例での提案 希望者全員の継続雇用制度導入では、今までにも述べた多くの阻害要因があり、特に不 適応者のいることでの実現が難しいとしている中で高齢者が意欲を持って働くことの出来 る雇用環境等の整備に取り組んでいる企業もたくさんある。 高齢者雇用の障害をどう解消していくかでは、好事例があれば取り組みにあたってとて も良い参考になるはずである。 4.共通認識の深まりを持つ 共通認識の深まりを持つとは、共通土俵の上でのものの見方、考え方をもてるようにす る情報の共有化である。 共通認識の深まりがないと、①目的・目標のズレ、②方法・手段のズレ、③情報の質と 量のズレ、④価値観のズレが生まれ、組織の秩序を維持するために必要な「信頼関係」も崩 れてしまう。 方針の一つの希望者全員の継続雇用制度の推進に際しても共通認識の深まりがあって始 めて、具体的な実行を伴う推進も出来る。(注 14) 3-5 定年後の賃金制度 前述した通り、少なくとも 60 歳代前半層の雇用枠を増やすことが緊急の課題である。図 表 3-6 は 60 歳で定年を迎えてから 65 歳で老齢厚生年金をもらえるまでの 5 年間を、どの ような賃金体系にしたら労使両方にとってメリットのあるものにできるか、という視点で 考えたものである。 16 図表 3-6 定年後の賃金制度 能力給 基本給 生産力 60 歳 65 歳 まず、60 歳までは未だに多くの企業に根付いているラジアーの理論図式(第 2 章参照) の通りの賃金体系である。定年後、特に製造業では継続雇用の仕事内容としてももっとも 多いのが技術継承、つまり若年労働者への教育である。今まで培ってきた技術とその技術 を教える技術、2 つの技術は全く同じ能力を必要とするものではない。たとえば、昔ながら の職人気質の労働者は物を造らせたら天下一品の腕を持っている。しかし、周りとうまく コミュニケーションがとれず、歳の離れた若者とうまく話せない。造る能力と教える能力 は別である。60 歳から別の能力が必要になるなら定年時と同じ賃金で継続雇用がスタート する賃金体系では企業からすると高齢者を雇うことはコスト負担である。そこで、継続雇 用で仕事内容が変わる労働者に対しては新入社員と同じ程度の賃金からスタートする。そ の後 65 歳まで企業帰属意識を持って働けるようにラジアーの賃金体系を 60 歳から 65 歳の 間で行う。 今まで様々な企業事例を見てきたが定年後賃金が上昇するというタイプの賃金体系は一 つもなかった。企業は能力ややる気のない高齢者はコスト負担である、と考え、労働者は 低賃金でどんどん下降していく賃金体系のなかで働くのはモチベーションがあがらない、 と考えている。これは悪循環で 60 歳代前半層の雇用枠を減らすだけである。図表 3-5 のよ うにすれば労働者はモチベーションを高く持ち、必要な能力を磨き、定年前と変わらない 気持ちで仕事ができる。ならば、労働力不足で悩んでいる企業も高齢者をコスト負担と考 えずに雇うことができる。そもそも、技術継承という若年者を教育することは、体力より も経験により成果を挙げるものなので、おおよそ成果に伴った賃金になる。 また、仕事内容が全く変わらず、やる気も能力もある人は能力給を基本給に上乗せする。 最大で定年前までの賃金から上昇していくという形である。 17 第 4 章 長期的対応策 第 3 章で述べた、定年延長・継続雇用制度の促進は、今後年金の支給開始年齢引き上げ や、団塊の世代が定年を迎える対策としては効果的ではあるが、中高年のリストラや、採 用時の年齢制限により再就職が困難であることには変わらない。企業側は年齢による一律 的な取り扱いにより、働く意思と能力のある人々を有効に活用していない現状がある。年 齢による一律的な取り扱いを改善するための最も根本的な方法の一つはアメリカのような 年齢差別禁止という考え方を導入することである。 4-1.高齢者の能力を阻む定年 高齢者の能力を阻む制度として、定年退職制度がある。一定の年齢になると、本人の就 業意思や仕事能力と関係なく、一律に退職を強制する定年ほど、仕事能力(人的資本)を無駄 にする仕組みもないといえる。 また、個人の就業意思を挫く効果も持っている。周知のように定年退職は必ずしも労働 からの引退とは一致しない。多くのサラリーマンは定年退職後もいわゆる第二の職場で働 いている。しかし定年退職経験は労働からの引退の重要なきっかけにもなる。 定年後に働き続ける場合でも、雇用形態は不安定な非正規雇用となったり、長年培った 能力を活かせない場合も少なくない。定年退職制度によって引退を促したり、能力を活か せない職場への転職は、まだまだ活用できる高齢者の人的資源を社会から失わせることに なる。社会にとって大きなロスである。 しかしより深刻なのは、定年退職制度はどちらかと言うと高度な人的資本と結びつきや すい傾向を持っていることである。定年退職制度の適用範囲は、正規従業員、大企業とい った、良好な雇用機会の特性と強く結びついているからだ。もともと、定年退職制度は、 終身雇用、年功賃金、年功的処遇といった、大企業の正社員に典型的に見られる雇用制度 とセットになっているものだから当然と言える。結果として、社会はより高度な仕事能力 を失っていると言うことになる。 現行の定年退職制度は高齢者の就業を阻害し、特に高度な人的資本の持ち主の仕事能力 を奪っている側面を持っている。定年年齢を出来るだけ引き上げること、少なくとも将来 の公的年金支給開始年齢である 65 歳くらいまでは引き上げることが望ましい。政府もよう やく 65 歳定年制の合意形成に向けて動き出したところである。 もちろん、65 歳定年制については抵抗も大きく、大きく分けて 4 つの意見がある。 (1)現在 60~64 歳の高齢者の引退の自由はどうなるか。 日本の場合、60 歳代前半の労働力率(就業意思)は国際的に見て格段に高いとはいえ、 100%ではない。つまり、65 歳定年制とは 65 歳までは年齢を理由に退職を求めることが出 来ないという意味であって、定年前でも引退したい人は、早期引退を選択できるようにし 18 ておく必要がある。 (2)高齢者は必ずしも定年延長による本格就業を望んではおらず、短時間就業や随意就労 を望んでいるのではないか。 確かに定年までのフルタイム正規雇用を原則としつつも他の就業形態を選択できるよう にしておくことは大切だと思う。 ただし高齢者にとって現状でなんと言っても最も不足している雇用機会は、若いときと 同様に働ける本格的雇用機会である。短時間就業や随意就労機会は本格的雇用機会に比べ ればまだあるほうだ。雇用機会の多様性を小さくしているのは本格的雇用機会の少なさで ある。また現在、非本格就業を望んでいる高齢者は 60 歳定年で、公的年金の 60 歳支給を 前提に答えていることに注意しなくてはならない。もし本格的就業機会も増え、かつ年金 支給は 65 歳からとなれば、現在は非本格就業を希望している人でも、本格就業希望に変わ る可能性は小さくないはずだ。 (3)65 歳定年の元で、早期引退や短時間就業選択も弾力的に認めるというのであれば、現 在の 60 歳定年の雇用延長や再雇用と実態面であまり変わらないのではないか。 しかし、仮に 62 歳で引退するとしても、原則 65 歳定年の元で 62 歳での早期退職を「選 択」するのと、60 歳定年の元で 62 歳までの再雇用・雇用延長を「認めてもらう」のとでは働 く側の交渉上のポジションは全く異なるからである。 (4)企業にとって現実的に不可能ではないか。 65 歳まで現役で働くことは出来ないと言う現実論だ。確かに実態はそうかもしれない。 しかし、注意しなくてはならないのは、年齢自体が問題でないと言うことだ。 事実、年功賃金カーブの傾斜のゆるい中小企業では 60 歳代の社長や役員がバリバリ働い ている例はいくらでもある。すでに第 2 章で見たように、問題は 65 歳まで本格的に雇用す るとコスト高になってしまうような年功賃金である。あるいは退職してもらわないと後が つかえてしまうような、年長者を管理・監督職にするという処遇制度である。 大切なのは、賃金や処遇の制度さえ変えられれば、少なくとも 65 歳くらいまでの定年延 長は不可能ではない。賃金は貢献や仕事能力に応じて支払う。年齢に関係なく最後まで専 門能力を活かして第一線で活躍してもらう、というような仕組みになっていれば、何歳で あろうと企業にとっては高コストでないし、また退職しないと後がつかえるということに もならないはずなのである。(注 15) 19 4-2.年齢差別禁止法の導入 年齢差別禁止という手法をとることは、雇用保障という労働者にとってのメリットはな くなるが、年齢にかかわらず能力に応じて働くことができ、仕事の成果と賃金や処遇が連 動してモチベーションが高まるといったメリットや、企業においては柔軟性を保持するこ とができるといったメリットが存在する。また、人事管理制度の成果主義的要素の強まり といった最近の人事管理制度の方向性にも沿ったものである。 次に、採用の場面での年齢制限の問題については、国が中高年齢者を雇用した場合に企 業に対し助成を行うといった手法をとることによって、企業が中高年労働者を雇用するこ とのメリットが増加する。 助成という手法は企業の採用の自由を制限せず、中高年労働者の採用に経済合理性を与 えることで雇用を促進しようという意味で企業の自主性に期待し、市場の機能をできるだ け利用していくことができるメリットがある。 しかし今後労働力の高齢化が進む中で、労働力の中核となっている中高年層を特別扱い し、助成を行うことは、労働市場の大幅な介入となることに加え、現在行っている施策の 強化によって実際に中高年労働者の雇用が促進するのかといった疑問も生じる、対して、 年齢差別の禁止という手法をとれば、採用の自由は一定の制約を受け、企業の雇用に関す るさまざまな行動の説明責任が発生するが、労働者にとっては採用の申し込みすらできな いという状況は解消する。 また、年齢差別の禁止を行った際に、今までのような年功賃金制から年俸制に代わって いく場合、特定の期間を区切って評価を行うこととなり、期間内に結果を出しやすい業務 を行っている労働者については結果を出せば評価が上がり、処遇も向上していくというメ リットがある。一方で仕事の結果が評価しにくい業務を行っている労働者にとっては、い い評価を得にくいことや、個々の仕事内容が明確でないため評価方法が難しいなどのデメ リットがある。(注 16) 4-3.年齢差別禁止法の日本における議論 年齢にかかわりなく働ける社会の実現のためには、年齢差別というアプローチを取る必 要があるという意見がある一方、年齢にかかわりなく働ける社会は雇用における年齢差別 を禁止することとイコールではなく、人権保障政策的観点と雇用政策的観点とを区別すべ きとの意見や、年齢に変わる基準が確立していない中で年齢差別禁止という手法を導入す れば、労働市場の混乱を招きかねないとの意見があった。 現在、多くの専門家は年齢を理由とした解雇や、採用時の年齢制限をなくし、昔のよう なピラミッド型から大きく変化した現在の人口構造に適した雇用システムが必要であるこ 20 とには賛成しているが、年齢差別禁止法の導入については首をかしげている。 一方で、年齢差別禁止法導入に賛成派の意見としては、定年を設けることで、定年近く の高齢者の本格就業を阻害する懸念をどうしても拭えないということである。まず定年が あると、実質的な早期定年を設ける動機を雇用主に与えてしまいやすい。実際、55 歳定年 を 60 歳にする際も 55 歳で役職定年を設け、賃金もかなり低下するという慣行に移行した 企業は少なくない。もちろん 65 歳定年になれば今のような微調整ではすまなくなってくる。 しかしやはり、最後の何年は非本格雇用にして、賃金・処遇制度の抜本改革までは行わ ないで済まそうという中途半端な変革になる危険は残る。また、労働者のほうも定年近く なるとどうしても定年までの年数を数える消極的な働き方になりやすい。特に役職定年制 があると、働くほうも半分引退気分になってしまう。実際に、企業側は定年前の「OB 化」 と呼び、問題視している。当面の目標は 65 歳定年制であっても、究極的に目指すべきは定 年なしの雇用制度を確立することである、というのが賛成派の意見である。もし、年齢差 別禁止法を導入するとしても、導入するタイミングや、企業側、労働者側に対して理解を 得られるような内容などさまざまなことに配慮しなければならない。(注 17) 4-4.年齢差別禁止法の成立条件 1.賃金・処遇制度 年齢差別の禁止という制度をわが国に適用していく場合にはどのような条件が必要なの だろうか。第 3 章で述べたように労働市場の混乱を招くだけなので今すぐ年齢差別禁止法 を導入すべきではない。第 4 章では年齢差別禁止法の導入を可能にするためにはどのよう な条件をクリアしなければならないかについて説明する。 まず、賃金・処遇制度に着目してみると次のような条件整備が必要となる。 (1)能力・職務重視の賃金処遇制度の確立 グローバル化や高齢化の進展といった経営環境の変化が進む中で、企業において賃金・ 処遇制度の見直しが進んでいる。多くの企業が職能資格制度と結びついた職能給を採用し ているが、能力開発を重視するというメリットがある一方で、職能用件等の基準が抽象的 で必ずしも明確でなく、能力評価制度が未整備であるため、年功的な運用に流れてしまい やすいという課題を抱えている。 年齢にかかわりなく働ける雇用システムを作っていくためには、職務の明確化、能力評 価制度の整備と同時に退職金を含めた賃金・処遇制度全般について職務に必要な能力や成 果を重視するという点から見直しを行うことが必要である。具体的には、①個人の能力に 応じた職務を、明確な役割、権限とともに与え、②職務を通じた評価を、働き方に応じて、 明確かつ公正な基準の下に自己申告や面接など本人の以降を考慮した形で行い、③評価に 21 基づいた処遇を行う仕組みが構築できるかが前提となる。また、処遇について個人の納得 を得られるよう、評価の基準や結果等に関する情報の開示が重要である。 (2)評価・処遇における長期と短期のバランス わが国の雇用システムについて、企業にとっては経営が硬直化し、急激な環境変化に対 応しにくいこと、労働者にとっては一定の処遇を得ようとすると画一的な働き方になって しまうことなどの問題点が現れていている一方で、企業および労働者にとってのメリット が依然として存在していることも事実である。ひとつには、長期的に企業にあった人材を 育成していくという企業にとって重要なメリットがある。また人的資源が長期間維持され るために安定的な経営が可能となることや、実績の積み重ねにより個々の労働者の能力評 価が容易になるとともに長期的に報いることで労働者の意欲を引き出せること、労働者間 に競争関係ではなく協調関係が生まれやすいため技術移動の円滑化などの相互支援によっ て効率が向上することなどのメリットも存在する。 労働者にとっては、雇用が安定することで長期的な生活設計の見直しがたちやすく、何 より安心感を得ることができる。また年功的な賃金体系は、次に述べるようにライフステ ージに応じて生計費をまかなう性格を有している。 長期的な雇用・処遇のメリット・デメリットのどちらが大きいかは、業種や職種ごとに 異なる面があり、メリットの大きい分野では長期的な人材育成昨日、雇用安定機能をでき る限り活かしていくことが望ましい。 賃金・処遇制度の見直しに当たっても、業種や職種ごとの特性を踏まえ、短期的な業績 のみに偏ることなく、長期と短期のバランスの取れた評価・処遇システムを確立していく ための工夫が求められる。 (3)賃金制度と生計費 賃金制度の見直しに際しての課題として、日本の年功賃金が生計費に対応した賃金とい う性格を有していることがあげられる。すでに年齢別賃金カーブはフラット化の動きを示 しており、また、世帯主が家族を支えるという働き方についても変化しつつあるが、能力・ 職務を重視した賃金制度の確立のためには、さらに政策面において賃金制度の見直しを進 めやすい環境整備を図っていくことが重要である。 たとえば、生計費の中でもとりわけ負担となっているものに教育費があり、奨学金制度 や教育融資の充実など、家計負担を軽減するための措置を講じることなどが求められてい る。(注 18) 22 2.採用と退職 次に、採用と退職にかかわる条件整備である。 (1)募集・採用時における年齢制限 募集・採用時の年齢制限は、年齢という個人の意思や能力によっては動かしえないもの を理由として就職の機会を奪うものであり、求職者と求人者が賃金や労働条件をめぐって 交渉する労働市場の調整ができなくなり、市場の効率性を阻害すると言う問題がある。ま た、実態としても図表 4-1 より、45 歳以上では失業者が仕事につけない理由として「求人の 年齢と自分の年齢が合わない」が約半数を占めている。中高年失業者にとって年齢制限が大 きな壁となっている。対応策としては、雇用対策法において年齢制限のない募集の努力義 務が定められ、政府においても 3 年間で年齢不問求人 30%を目指す、との目標を立てて公 共職業安定所での指導に取り組んでいるところであるが、年齢不問求人の割合は 2003 年 5 月時点で 13%程度、年齢制限の上限は平均して 45 歳程度となっている。したがって、中高 年齢者の再就職促進のためにも、募集・採用時の年齢制限是正への取り組みをさらに強化 することが必要である。 図表 4-1 45 歳~65 歳の失業者が仕事につけない理由 (万人) 計 賃金・給 勤務時 求人の 自分の 希望する 条件にこ 料が希 間・休日 年齢と自 技術や 種類・内 だわらな 望と合わ 等が希 分の年 技能が 容の仕 いが、仕 ない 望と合わ 齢が合 求人用 事がない 事がない ない わない 件に満た その他 ない 118 7 3 56 4 23 14 11 (100.0%) (5.9%) (2.5%) (47.5%) (3.4%) (19.5%) (11.9%) (9.3%) 出所:総務省(2003)「労働力調査」 募集・採用時の年齢制限是正の実効性を挙げるための方法の一つとしては、現在、雇用 対策法において「事業主は、労働者の募集および採用について、年齢にかかわりなく均等 な機会を与えるよう勤めなければならない」と言う内容で努力義務が定められているが、 さらに進めて事業主の義務とすることにより、募集・採用時の年齢制限を禁止することが 考えられる。しかし、法律上禁止したとしても、事業主が本当に納得した上でないと実質 的に中高年齢者が排除されてしまう可能性があり、形だけになる可能性が大きいこと、年 齢に変わる基準がない中で年齢制限を禁止すると、募集・採用の場面で労使ともに混乱を 招く恐れがあること等の指摘もある。 もう一つの方法としては、募集・採用時の年齢制限を行おうとしている事業主に対して、 年齢制限が本当に必要なものかどうか、本当に高齢者を求人している職務に活用できない 23 のか、と言うことを改めて考えてもらうために現在よりも踏み込んだ説明義務を課すこと が考えられる。現在でも募集・採用時に年齢制限を設ようとする企業に対して、どういっ た理由で年齢制限をするのか申告しなければならないので、さらに踏み込んだ説明を要求 するということは現実的かつ効果的な方法で、不合理な理由による年齢制限や年齢制限自 体が減少することが期待できる。 なお、募集・採用時の年齢制限是正の実効性をあげるためには、求人者が求める職業能 力や職務内容の明確化、採用後の適正な労務管理への理解促進が必要であり、年齢制限を 行う企業に対する指導・援助をはじめとするコンサルティング体制の強化などの施策も考 えておかなければならない。 (2)定年・解雇等の退職過程のあり方 わが国の定年制は、年齢によって雇用が終了、または中断すると言う側面がある一方、 定年年齢まで高齢者の雇用機会を確保すると言う役割を実質的に果たしてきている。定年 制について現在日本では、年金との接続の観点から 65 歳未満の定年を禁止すべきとの意見 があったが、企業経営の現状を考えると 65 歳定年制の法制化については慎重であるべきと の意見もある。 また、定年制のあり方について、能力のある高齢者の活用の妨げとなっているので将来 的には廃止すべきと言う意見と、定年年齢までの雇用の確保について労使間で一定の共通 理解を得られており、労働者の生活の安定や企業の雇用管理上の目安として、長期的な雇 用関係のメリットを維持していく上で、今後も果たすべき重要な役割があるとの意見が合 った。 問題は、定年によらない雇用調整ということである。現在の解雇権乱用法理の下では、 企業としては雇用調整の手段として定年退職に大きく依存せざるを得ないし、労働者側と しても定年による雇用保障は維持したいはずだ。ただ、定年によってどれほどまで雇用保 障が機能していたかは実証的には必ずしも明らかではないと言うことである。 実際今まで定年退職制度の下でも解雇や希望退職募集がなかったわけではない。定年の 雇用維持効果については、より実証的な分析を必要とする。 しかし現在までの雇用調整実態を見ると、定年退職制度と一体になった年功的な賃金・ 処遇制度の下で、中高年層がリストラの対象になりやすかったことも事実である。中高年 で雇用を奪われることは、若いときよりも大きなロスを生むことは間違いない。むしろ必 要な場合の雇用調整はやむをえないと言う観点に立って、もっともロスの少ない形での雇 用調整ルールを作ることが労働者側にとっても必要ではないか。 また、年金の動向も踏まえながら、能力・職務を重視した賃金・処遇制度がどれだけ普 及していくか、労働移動の現状も含めた実際の労働市場の現状を見つつ、定年、解雇など の雇用調整のあり方に着いて幅広い観点から検討を進めると共に、処遇を見直して定年延 長継続雇用を行う方式によるコストと、定年をなくした場合に雇用調整に要するコストの 24 比較を行いつつ、退職過程のあり方全体について検討する必要がある。(注 19) 3.職務の明確化と能力開発支援 (1)職務の明確化と企業横断的な能力評価システムの確立 能力を評価軸とする雇用システムに不可欠なのは、能力について個人と企業がお互いに 理解可能となるような共通のものさしで計れると言うことである。個人にとっては自分の 持っている能力を明確に知り、アピールできる、企業にとっては職務ごとに必要な能力を 明示できる共通のものさしが必要である。専門的職種については、職務の内容と、必要な 能力が比較的明らかで、企業横断的な労働市場の形成も、能力評価システムの整備も出来 つつあるが、一般のホワイトカラーなどの職務についてはまだまだ未完成である。今後は 企業ごとにおける相違も踏まえ、職務明確化と能力標準のための仕組みを確立して、企業 横断的に利用できるような能力についての共通の物差しを整備していくことにより、円滑 な転職を可能とすると共に高齢期になっても有する能力を活かして活躍できる環境を築い ていくことが必要である。 日本の企業では、幅広い職種にわたり能力を評価して処遇に結びつけるシステムとして、 職能資格制度が主に基準となっている。最近では、潜在能力に加え、発揮できる能力や成 果を重視する方向での制度の見直しを進めているが、企業によっては職務の内容や能力の 評価基準が必ずしも明確でないと言うような問題があり、また、あくまでも評価の対象は 企業内だけの限定になってしまう。企業が求める能力には、業務上の能力のように企業に よって評価基準が多様な分野と、社会的、管理的能力のように共通性の高い評価基準を持 つ分野がある。こうした多様性と共通性を踏まえ、企業内の能力評価とあわせて企業横断 的な能力評価が可能となるような仕組みが理想的である。 現在、国が事業主団体と共同で、職務ごとに必要な知識や技能・技術を分析・抽出する 目職務明確化のための事業を実施している。官民が協力して職務ごとに必要な能力につい て分析を行い、結果を踏まえた能力評価手法の整備を基礎として、各業種に能力評価の具 体的な基準を作るべきである。また、ホワイトカラーなどのなかで職務内容の特定化が難 しい職務について思考・行動特性を含めて分析を行うことも検討するなど、職務の特性に 応じた取り組みが必要である。 (2)キャリア形成の支援、多様な能力開発機会の確保 労働需給構造の変化等に伴って労働移動が活発化する中で、労働者が自らの職業能力を 認識しつつ、職業生活設計に即して教育訓練を受け、キャリア形成を図ることがますます 重要となっている。しかしながら、労働者が必ずしもはじめから明確な職業意識を持ち、 計画的にキャリアを形成できるわけではないことから、労働者自らの取り組みを促すため に、キャリアカウンセリングを通じた動機付けや能力の棚卸し等についての政策的支援が 不可欠である。 25 高齢者雇用に関するプロジェクトの一環として、事務系ホワイトカラーの職務について、 職務経験を表現する共通のものさしにより、個人が職務経歴書を作成できるコンピュータ を活用したキャリア棚卸支援しシステムが出来た。今後、官民が協力してシステムの普及 や更新を行うと共に、キャリアカウンセリングや、求人・求職のマッチングを行う際のツ ールとして活用すれば、キャリア形成支援や再就職支援などの施策をより有効に実施して いくことが出来るだろう。 また、労働者に必要な職業能力が多様化かつ専門化していく中で、的確にキャリアを形 成し、職業能力のミスマッチを防ぐためには、多様な職業訓練・教育訓練の機会を十分に 確保できることが重要である。 企業においては、職務に関する情報提供を進めるなど労働者のキャリア形成を支援する と共に、労働者が高齢期を迎えても企業内の求める人材に見合った能力を維持・向上でき るよう、引き続き企業内での OJT による各年齢層の労働者の能力開発に取り組んでいく必 要がある。また、公共職業能力開発施設、民間の教育訓練機関、大学・大学院などがそれ ぞれの機能を活かして、ニーズに応じた職業訓練・教育訓練の機会の提供を図ると共に、 情報の提供も大切である。さらに、働き方が変わり、労働移動が増加していく中で、企業 主導の職業能力開発に加え、労働者の自発性を重視した職業能力開発を促進していくべき である。(注 20) 4-5.アメリカの年齢差別禁止法 1.アメリカの年齢差別禁止法とは 年齢差別の禁止と言う手段について考えるには、やはりアメリカの「雇用における年齢差 別禁止法(ADEA: Age Discrimination in Employment Act)」について考察していくこと が有益である。 ADEA は 1967 年に連邦法として成立し、1978 年、1986 年と改正し、現在では 40 歳以 上のすべての労働者について採用、解雇、賃金、労働条件など雇用のすべての面における 年齢を理由とした不利益な取り扱いを禁止している。 執行機関は、成立当初、労働省であったが、1979 年に雇用機会均等委員会(EEOC: the Equal Employment Opportunity Commission)に移り、すでに人種や性別に基づく差別の ケースを多数扱ってきた EEOC の持つノウハウや人的資源ゆえに、より強力に履行確保が 可能となった。 救済方法としては、EEOC が、まず当事者の自主的な合意が達成できるよう努力するが、 合意できない場合や申し立て後一定の期間がたった場合には効率人が自ら訴訟を提起する ことが出来る。また、EEOC が訴訟を提起することも出来る。 ADEA の制定時の目的が中高年労働者に関して広範な場面において年齢による差別が存 26 在し、結果中高年労働者の失業期間が長期化するなど就業機会を不当に奪っていることを 立法によって是正することであると明確に宣言していた。さらに、年齢による差別を禁止 するといっても対象は 40 歳以上の労働者に限定しており、若年労働者は保護対象外であっ た。したがって、年齢による差別の禁止は人種や性別による差別のように「人権」としての 考えで完全に貫徹しているのではなく、人権を守る法律とはやや異なり、少なくとも制定 当初は高齢者雇用の促進と言う政策目的が法制定の動機となった。 そして、制定当初、法律の保護対象年齢は 40 歳から 65 歳の労働者であった。後、1978 年の修正で法の規定する最低定年年齢を 70 歳に引き上げ、1986 年の修正では保護対象年 齢の上限が撤廃となった。つまり、今のアメリカには定年がない。 2.ADEA を成立できた背景 アメリカにおいて ADEA のような徹底した立法措置が可能となったのはどのような背景 があるのだろうか。 まず、労働者の採用と解雇が伝統的に自由であり、業績が悪化した場合比較的容易に労 働力を調節できるといった点があった。したがって、公民憲法第 7 編で挙げている人種、 肌の色、性、出身国といった点で差別をしない限り合理的な理由で採用や雇用を行うこと は全く自由であったので、年齢が加わったとしても企業としては大きな影響は受けなかっ た。能力主義であるアメリカの企業はもともと年齢にはあまり気にしていなかった。 第二に企業における仕事のやり方が個人の仕事の範囲と責任を明確にした上で、個人単 位で仕事を遂行していき、賃金が非年功的で、仕事の内容と賃金が対応していると言う点 がある。つまり、どういった基準で仕事の評価や人事管理を行っているかを明確にしてお かないと労働者間の不公平が生じることから、従来から評価システムが確立しており、差 別禁止と言うシステムとなじみやすいと言う点があった。 第三に、雇用における年齢差別禁止法の制定以前にはアメリカにも定年制があったが、 実際に定年年齢まで働く者はほとんどいなかったという点である。定年制が禁止になって も、定年以前にほとんどの労働者は引退しており、企業にとって高齢者雇用面で残すと負 担はほとんどなかったと言うことである。 3.実態 では、現在アメリカの ADEA はどれほどの影響を及ぼし、成果をあげているのであろう か。まず、アメリカの労働市場の特徴として、従業員の退職年齢は定年なしであるにもか かわらず民間、公務員とも一定の年齢層に集中している。具体的には 60 歳代前半、特にア メリカの公的年金の早期減額支給開始年齢に当たる 62 歳での退職率が高い。ただし、60 歳代後半や 70 歳代にもわずかながら在籍者のいることは定年なしの効果として注目すべき 点である。 定年なしであるにもかかわらず退職年齢が一定範囲に集中する理由の一つは 62 歳の公的 27 年金の受給資格獲得をきっかけに引退を決意し、企業年金も 62 歳をターゲットに自発的な 退職を促すような設計になっている。特に最近の企業年金に関しては、大企業の場合、か なりの高い水準になっており、年金と賃金の代替率も高くなっている。 アメリカの企業が定年なしの退職管理を可能にしている条件の一つは、日本に比べた非 年功的な賃金体系にあり、民間でも公務員でも共通である。また、年功的な昇進と言う面 でも若くして管理職についている人がいる一方で、年齢の高い人でも担当者として仕事を するといったことは例外ではない。 アメリカでは ADEA の成立以前の定年が合法的であったときでも、定年の多くは 65 歳 であり当時から一般的な退職年齢は 60 歳代前半だったから、禁止法導入のインパクトはあ まり大きくはなかった。しかし退職年齢が集中しているとはいえ、例外的に 70 歳を超えて 働くような人も出てきており、また、年齢層と特定した早期退職募集等には年齢差別訴訟 を起こさないことを応募条件につけるといった注意も必要になった。定年なしでも、企業 にとっての望ましい年齢層での退職を誘発するような企業年金設計を行うことになったと 言うことも禁止法導入のインパクトと言える。 また、ADEA があまり高齢者の採用に効果を上げていないという指摘もあった。つまり、 仕事をしている高齢者が解雇から身を守る方法手段として同法を頻繁に利用している (EEOC などへの申し立ても解雇や処遇をめぐるものがほとんどで、採用に関しての申し 立ては極めて少ない)反面、雇用主は高齢者を雇うと解雇しづらいという理由で、高齢者 の採用を敬遠していると言う。中高年齢者に対する偏見は根強く、日本で、そして年齢差 別禁止法があるアメリカにおいても真の年齢差別の撤廃を阻んでいると言える。(注 21) 一方、川口大司(2003)は年齢差別禁止法の導入は保護対象年齢の雇用確率を引き上げる可 能性が高いと分析している。仮に日本でも ADEA のような定年退職の禁止を法律で規定す るならば、おそらくは法律の保護対象年齢の雇用確立を大幅に引き上げる。理由は主に定 年退職制度の禁止による高齢者の退職確立の減少によるものである。現に清家(2001)が調査 しているように、日本でも多くの研究は定年退職経験により高齢者の就業確立を大きく減 退していることが明らかになっている。また、仮に EEOC のような強力な履行機関を設け なくても、法の中で定年退職制度を設けてはならないと言う強行規定が設けてあれば、現 実に定年退職制度を維持することはほとんど不可能であり、立法の影響は大きく期待でき る。 28 第 5 章 まとめ ここまで、継続雇用制度や年齢差別禁止法の提案をしてきた。2 つはいずれもこれからの 日本での高齢者雇用を議論するうえで重要な要素である。 しかし、忘れてはいけないのは、高齢者が気持ちよく働く術は定年までと同じ職場で働 くことだけではない。第 5 章では自営業という働き方についての説明と、これからの高齢 者雇用対策の考え方を載せた。 5-1.定年なしの自営業の可能性 継続雇用制度により雇用枠を広げたり、あるいは定年年齢廃止という制度枠組みを外か ら与えたりすることは高齢者の就業・雇用を促進する切り札となりうる。しかし、高齢者 の就業意識を活かすのは何も企業に雇われて働く雇用機会だけではない。自営業も重要な 就業機会である。 事実、1996 年現在で 60 歳代の男性の就業者のうちほぼ 3 分の 1 は自営業であった。無 視できる数字ではない。今就業機会として自営業にも注目すべきだと言うのは、自営業が 高齢者にとって都合の良い側面を持っているからである。とりわけ雇用労働との対比にお いて 2 つの大きなメリットを持っている。 1 つは言うまでもなくもともと定年がないことである。雇用労働のように、定年と言う企 業側の都合によって一方的に就業を終えることがない。 2 つ目のメリットは、雇用労働において高齢者の本格就業を阻んでいる年功賃金や、年長 者を管理・監督職にする処遇といった制度的障壁がないことである。自営業者はまさしく 自らの稼ぎを所得としているのであって、年をとったからといって収入は増えたりしない し、若い人にポストを譲らないと困るといったこともない。つまり定年なしの仕組みを作 るための制度変革をもともと必要としないわけである。 まさに定年なしの条件を元から備えている働き方なのである。したがって、もし高齢層 の自営業就業率増加と言うことになれば、自然と定年なしの労働力の比率は高まることに なる。 しかし、図表 5-1 を見てのとおり、いままでのところ高齢者層に占める自営業の比率は低 下し続けている。言うまでもなく、原因は産業構造の転換である。特に 1960 年代から 70 年代中盤にかけては、納涼の就業者が激減した。納涼は最も典型的な自営業であるから産 業構造における農業の比重低下はじかに自営業比率の低下となった。農業に代わって日本 の産業の中心になったのは製造業だ。とりわけ高度成長期から日本の製造業の中心となっ てきた大量生産の組み立て加工型産業では人々を大組織に吸収していくようになった。自 営業や職人でいるよりも、組織の一員となることで、人々はより高い生活水準を獲得でき 29 るようになったのである。産業構造転換の大きな流れの中で、自営業の比重は低下を続け てきたわけだ。 図表 5-1 高齢就業者に占める自営業の比率 70% 60% 50% 40% 30% 20% 10% 19 95 年 19 90 年 19 85 年 19 80 年 19 75 年 19 70 年 19 65 年 19 60 年 0% 出所:総務庁統計局(2000)「労働力調査年表」 ところが、産業構造に新たな動きも見えてきた。経済のソフト化・サービス化の動きで ある。特に注目すべきは最近のアウトソーシングの進展である。たとえば規模の小さな企 業でも、高度な専門技術者や貿易実務のエキスパートといった専門家はますます必要にな る。しかし小さない規模の野ころでは、本業以外の分野で高度な専門能力を持つ従業員を 育てる余力もまた専門能力を持つ従業員を一年中フルタイムでやってもらうほどの仕事量 もない。つまり高給な従業員を一年中抱えておくだけのゆとりはない、と言う会社は少な くないのである。しかし外注するとしても、単純な作業とは異なり、簡単に必要な人材は 得られない。 だが、簡単に必要な人材を得られる手段がある。専門能力を要する業務のアウトソーシ ング先として、ベテランのプロフェッショナルによる専門サービスは企業にとっても望ま しい。専門サービスはもちろん高齢者が提供する。長年にわたって企業の中で専門能力を 磨いてきた人で、年を取ったら自営業として働きたいと言う希望を持つ人は多い。ひとつ の企業にとっては、たとえばフルタイム労働の半分の仕事量であっても、同じような仕事 を複数社請け負った専門自営業者自身にとっては、フルタイム労働以上の本格的活躍の場 と言うことになるだろう。 実際少しずつではあるけれども、高齢自営業者のグループによる活動も出てきている。 需要が高まり自営業の復権となれば、企業における雇用制度の抜本的変革の完了を待たず に、定年なしの高齢者は増えることになる。長期的には、専門能力を蓄積した高齢者は、 大企業のために貢献度に応じた賃金で働き続けるか、あるいは複数の中小企業のために請 30 負として自分の能力を提供し続けるかのいずれかを選択できるようになるだろう。 5-2.今後の方針 少子高齢化を踏まえて、労働者が年齢にとらわれずに本人の意欲と能力に応じて働くこ とのできるシステムを構築していくための手段として、定年延長・継続雇用制度の促進、 年齢差別禁止という考え方と成立条件などを中心に述べてきた。 今後 3 年間は、団塊の世代が 60 歳代前半に差し掛かるとともに、厚生年金の定額部分の 支給開始年齢が 65 歳引き上げの時期に当たることから、少なくとも 65 歳までの安定的な 雇用を確かなものとすることを最優先すべき期間である。 年齢差別の禁止は従来の雇用システムや意識に大幅な変更をもたらすものの、ひとつの 手法として検討すべきものである。賃金・処遇制度、雇用調整のあり方などについて、労 使でよく討議することで、年齢差別のない雇用制度を構築していく必要がある。そして最 終的には労使とも大方の合意を受けて、法律による年齢差別禁止ルールを確立すべきであ る。法律化のためには、政策的な環境整備も不可欠であり特に年齢差別禁止を実現するた めの条件と十分な時間を労使に与えることが重要である。 注 (注 1)清家篤(1998)『生涯現役社会の条件』 ,中公新書,3 頁 (注 2)清家篤(1998)『生涯現役社会の条件』 ,中公新書,81 頁 (注 3)清家篤(1998)『生涯現役社会の条件』,中公新書,95 頁 (注 4)清家篤(1998)『生涯現役社会の条件』 ,中公新書,25 頁 (注 5)清家篤(1998)『生涯現役社会の条件』,中公新書,28 頁 (注 6)清家篤(1998)『生涯現役社会の条件』,中公新書,71 頁 (注 7)労働政策審議会建議-今後の高齢者雇用対策について- http://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/01/h0120-3.html (注 8)「年齢にかかわりなく働ける社会に関する有識者会議」 http://www.mhlw.go.jp/public/bosyuu/iken/p0115-1.html (注 9)柳沢國衛(2002)『65 歳現役社会実現を目指して』,市川商工会議所,30 頁 (注 10)2002『高年齢者雇用の企業事例ベスト 25』,財団法人 高年齢者雇用開発協会, 29 頁 31 (注 11)2002『高年齢者雇用の企業事例ベスト 25』,財団法人 高年齢者雇用開発協会, 18 頁 (注 12)日経テレコン 21 http://telecom21.nikkei.co.jp/nt21/service/CMN1000 (注 13)日経テレコン 21 http://telecom21.nikkei.co.jp/nt21/service/CMN1000 (注 14)柳沢國衛(2002)『65 歳現役社会実現を目指して』,市川商工会議所,30 頁 (注 15)「年齢にかかわりなく働ける社会に関する有識者会議」 http://www.mhlw.go.jp/public/bosyuu/iken/p0115-1.html (注 16)清家篤(2002)「雇用における年齢差別禁止に関する研究会 中間報告」 (注 17)清家篤(1998)『生涯現役社会の条件』 ,中公新書,117 頁 (注 18)清家篤(2001)『年齢差別禁止の経済分析』,日本労働研究雑誌 (注 19)清家篤(2001)『年齢差別禁止の経済分析』,日本労働研究雑誌 (注 20)清家篤(2001)『年齢差別禁止の経済分析』,日本労働研究雑誌 (注 21)清家篤(2002)「雇用における年齢差別禁止に関する研究会 中間報告」 (注 22)清家篤(1998)『生涯現役社会の条件』 ,中公新書,117 頁 参考文献 ・ 清家篤,1998『生涯現役社会の条件』 ,中公新書 ・ 清家篤,2001「年齢差別禁止の経済分析」『日本労働研究雑誌』487 号 ・ 川口大司,2003「年齢差別禁止法が米国労働市場に与えた影響」『日本労働研究雑誌』 521 号 ・ 諏訪康雄,2003「今後の高齢者雇用対策について」 『今後の高齢者雇用対策に関する研 究会』 ・ 柳沢國衛,2002『65 歳現役社会実現を目指して』,市川商工会議所 ・ 2002『高年齢者雇用の企業事例ベスト 25』,財団法人 高年齢者雇用開発協会 ・ 労働政策審議会建議-今後の高齢者雇用対策について- http://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/01/h0120-3.html ・ 「年齢にかかわりなく働ける社会に関する有識者会議」 http://www.mhlw.go.jp/public/bosyuu/iken/p0115-1.html ・ 清家篤(2002)「雇用における年齢差別禁止に関する研究会 中間報告」 32
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