光電子収量分析装置の開発;有機デバイス材料の電子構造評価 ○ 末永保 A)、津波大介 B)、佐藤信之 C)、木村康男 B)、石井久夫 B)、庭野道夫 B) A) B) 東北大学電気通信研究所 ナノ・スピン実験施設 C) 1 東北大学電気通信研究所 附属工場 東北大学電気通信研究所 評価・分析センター 序論 近年、フレキシブルな素子構造が可能であり、また、大面積素子が安価で容易に作製できるといった理由 から、有機材料を用いた電子デバイスの研究・開発が精力的に行われている。このような有機デバイスの設 計時においては、有機電子材料の電子物性、例えばイオン化ポテンシャル(IP)や電極の仕事関数に代表される ような電子構造に関する物理量を把握することが非常に重要である。しかし、一口に有機材料と言っても、 その種類は多岐に渡っており、デバイス開発の立場からは様々な試料の IP を迅速に測定する必要がある。ま た、有機エレクトロニクス素子は雰囲気の影響が非常に大きく、特に大気成分が素子の動作機構や劣化機構 に深く関与していることが知られている。このため、真空に限らず様々な雰囲気ガス下で電子構造を調べる 手法の開発が望まれてきた。しかし、IP のような電子構造の評価には、主に UPS や XPS のような光電子分 光法が用いられており、測定に手間と時間を要するばかりでなく、試料を高真空下に保つ必要があった。そ こで近年、大気下で光電子収量分光(Photoelectron Yield Spectroscopy ,PYS)測定を行う装置(㈱理研計器 AC-2,AC-3)が開発されたが、オープンカウンター〔1〕と呼ばれる特殊な光電子検出器を必要とし、(ⅰ)そ のダイナミックレンジが狭いこと、 (ⅱ)測定可能な雰囲気が主に大気に限られると共に、紫外線が酸素に吸 収されるため AC-2 では 6.2eV、AC-3 では 7eV を超える IP をもつ材料の測定が不可能である、等の問題があ った。 本研究では、特殊な検出器を用いず、微少電流計を用いて直接光電流を測定すること、ならびに窒素パー ジ型紫外分光器を採用することによって、真空、大気などの様々な雰囲気下において 3.6〜9eV の広いエネル ギー範囲で PYS 測定を行うことができる装置を開発した。 2 装置の概要 本装置の概要を図 1 に示した。本装置は紫外分光照射システム(㈱分光計器製 KV-200 光源:30W D2 ラ ンプ)と測定チャンバーから構成されている。紫外光がチャンバー内へ LiF 窓を通して入射し、電極で囲ま 電極 光電子 微少電流計 微少電流計 分光紫外光 e 紫外 A 分光器 e チャンバー サンプル 図1 本研究で製作した光電子収量分光装置の概略図及び概観写真 れたサンプル表面に照射される。光電子検出の原理は非常にシンプルである。サンプルには負電圧が印加さ れており、放出された光電子を電極へ向けて加速する電界を与えている。それによって、サンプル表面近傍 に形成される空間電荷を軽減し、放出電子の平均自由行程が極端に短い常圧下であっても光電子を微少電流 計(ケースレー 6430)を用いて電流として直接検出することができる。 3 3.1 測定結果 電流法の検証 6 電流法で測定されたIP/eV (Emission Yield)1/3 電 流法 大 気下 光電 子分 析法 5.5 Si Cu 5 Ni Pt 4.5 4 4 4.5 5 5.5 6 6.5 4 4.5 Phot on Energy/eV 5 5.5 6 AC-2 で測定された IP/eV 図 2 n-Si の電流法と AC-2 の PYS スペクトル 図3 電流法と AC-2 の測定結果の比較 まず、本研究の電流法の検証として大気下光電子分析法(AC-2)との測定結果を比較した。図 2 に大気中の n 型 Si 基板に対する電流法と AC-2 の測定結果を示す。これを見ると電流法では AC-2 と同様の測定が行われ ているのが分かる。これは、他の金属基板に対しても同様であり、図 3 は銅、ニッケル、白金に対する電流 法と大気下光電子分析法の測定値を比較したデータである。図に示した通り AC-2 とほぼ同様の測定値が得 られている。これらの結果から、電流法によって正しい測定が行われているのが確認できた。 3.2 様々な雰囲気(真空、窒素、大気)下での測定 図 4 に有機電子材料のひとつで、正孔輸送材料として広く知られている TPD の蒸着薄膜を真空、窒素、大 気の雰囲気下で測定した結果を示す。測定サンプルは CH3 H3C Si 基板上に Au を約 80nm 真空蒸着し、その上に TPD N 真空 N を約 300nm 真空蒸着することによって作成した。測 5.4eV と測定されていることが分かる。この値は文献 値 5.34eV〔2〕と良く一致する。このように、本光電子 収量分析装置は動作雰囲気に制約は無く、様々な雰囲 気下で測定可能であることが分かる。 3.3 5.4eV (Emission Yield)1/2 定結果を見ると、TPD の IP が測定雰囲気に依らず、 窒素 5.4eV 大気 7eV 以上の IP 測定 5.4eV 次に、大気下光電子分析法では測定できない 7eV 以上の IP を持つ有機材料を選んで測定を試みた。図 ●AC-2 4 4.5 5 に IP が 7.4eV であることが知られている〔3〕TCNQ (Tetracyanoquinodimethane)の測定結果を示す。測定サ ◆電流法 5 5.5 6 Photon Energy/eV 図4 TPD の PYS スペクトル 6.5 ンプルは ITO 基板上に TCNQ を約 650nm 真空蒸着し 窒素 定結果を見ると、IP が 7.6eV と測定することができた。 このように、本光電子収量分光装置によって、従来の 大気下光電子収量分光装置では酸素の影響で測定す ることのできない 7eV より大きい IP をもつ試料も測 (Emission Yield)1/3 たものを用いた。測定雰囲気は窒素雰囲気である。測 NC CN NC CN 7.6eV 定することができた。 3.4 TPD/Au 界面の電子構造評価 4 5 6 7 8 Photon Energy/eV これまでは、厚い有機材料の蒸着薄膜を測定してき 図5 たが、この節では非常に薄い膜を測定することによっ 9 10 TCNQ の PYS スペクトル て、有機/金属のような界面における電子構造に関す る情報を得ることを考える。有機薄膜の厚さが十分薄いときは、下地基板からの光電子放出と有機薄膜から の光電子放出、両方を検出することができると考えられる。図 6 に PYS スペクトルと界面における IP・仕事 関数との関係を模式的に示す。つまり、スペクトル上ではじめに現れる光電子放出は下地基板からのもので、 次に傾きの変化するところが有機材料の IP であると言うことができる。従って、スペクトルの傾きの変化を 捉えて下地基板の仕事関数(Φ)と有機材料の IP を同時に決定することができれば、図 6 に示したように界面 における正孔注入障壁が直接測定できるということが考えられる。 4.6eV Φ 7.4eV IP 正孔注入障壁 5.4eV 基板からの Photoemission Photon energy/eV LUMO 真空 Vacuum level 0(eV) 有機材料のIP 基板+有機材料 からのPhotoemission HOMO 16Å 4.1eV 5.4eV (Emission Organic Yield)1/2 Metal 4.05eV 5.4eV 4.0eV 10Å 5Å 0Å 4.1eV Metal Organic Yield 図6 PYS スペクトルと IP・仕事関数の関係 3.5 4 4.5 5 5.5 6 Photon Energy/eV 図7 TPD 薄膜(0,5,10,16Å)の PYS スペクトル 図 7 に Si 上に蒸着形成された Au 上にそれぞれ TPD を 0、5、10、16 Å 蒸着したサンプルの測定結果を示 す。測定雰囲気は真空である。これを見ると、Au の仕事関数が 4.1eV であり、TPD の膜厚が 5、10、16 Å の とき、Au の仕事関数はそれぞれ 4.0、4.05、4.1eV、と変化していくことがわかる。一方 TPD の IP はいずれ の場合も約 5.4eV と測定された。前述したがこれら Au の仕事関数と TPD の IP のエネルギー差が界面におけ る正孔注入障壁であるので、これらの測定結果を考察すると、真空中における界面付近の正孔注入障壁を約 1.3eV と推測することができる。 これまでの一連の測定以外でも様々な有機電子材料(PTCDA,CuPc,BCP,AIDCN,等)の測定実績がある。さら に、通常の UPS 測定では試料を薄膜化する必要があるのに対して、粉末試料や液体試料の測定にも成功して おり、蒸着薄膜に限らず様々な形態の試料をも測定することが期待できる。 4 まとめ • 3.6〜9eV の広いエネルギー範囲のイオン化ポテンシャル、仕事関数を、様々な雰囲気(真空、大気、 窒素)下で測定できる光電子収量分析装置を開発した。 • 蒸着薄膜だけでなく、粉末や液体の試料も測定することができた。 • 有機/金属界面において、金属の仕事関数の膜厚依存性を測定した。その結果、正孔注入障壁を求 めることができた。 今後の課題として、現在、真空一貫有機薄膜蒸着・評価装置の設計と製作を進めている。設計図と装置概 観を図 8 に示す。蒸着チャンバーと測定チャンバーが連結されており、有機薄膜の蒸着→測定というプロセ スを大気に曝すことなく、真空一貫で行うことが可能である。それによって、有機電子材料に及ぼす雰囲気 の影響を詳細に議論することができる。写真で示したチャンバーの設計にとどまらず、サンプルホルダーや 試料移送機構など、内装部品のほぼすべてを自作した。 図 8 真空一貫有機薄膜蒸着・評価装置の設計図と概観写真 謝辞 本研究に関わる装置開発は科学研究費補助金(奨励研究:課題番号 17918020)の研究助成で行われた。ま た、電流法による光電子測定法の開発は名古屋大学の関一彦教授のグループとの共同研究によるものである。 ここに併せて感謝の意を表します。 参考文献 [1] M.Uda, Jpn.J.Appl.Phys., 24 (1985) 284-288 [2] H.Fujikawa et al. Synth.Met.91,161(1997) [3] Schehtman, PhD.Thesis, Stanford Univ (1968)
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