哺乳豚の難治性下痢症 亜急性〜慢性型クロストリジウム症と大腸菌の合併症 (株) ピグレッツ 渡辺一夫 哺乳豚の下痢症に対する筆者の認識は「発生日齢によって発生原因が比較的特定しやすく、 対策も講じやすい疾病」であった。例えば、3日齢以内に発症するのが早発性大腸菌症、ク ロストリジウム症(血便を伴う)または寒冷感作による下痢症。5日齢で発症するのが泌乳 不足による下痢症。そして生後 2 週齢前後で発症するのが白痢と言った具合である。そして 通常、5日〜10 日齢の哺乳豚には、コクシジウム症を除けば、下痢は観察されなかった。と ころがここ数年、5日齢〜10 日齢で褐色〜灰白色の白痢様の下痢が多数認められるようにな った。しかも、この下痢には抗生物質の効果が低く、水様便を排泄して衰弱死する例が多い。 また、この後遺症として発症耐化豚が離乳直前に急死する例、離乳後に肺炎を発症する例ま たは離乳後にヒネ豚となる例などが観察された。臨床症状から、大腸菌症と管理者に思われ ていた下痢は、病性鑑定の結果、クロストリジウムと大腸菌による合併症であった。 図1 6日齢の哺乳豚 茶褐色粘調性の水溶便を排泄 A農場の発生例 1.疫学調査 1)発生状況 A農場(常時母豚数 700 頭)では 2000 年9月から主に5日齢以降の哺乳豚に 早発性大腸菌症様の下痢が発症した(図1;写真)。 9月の死亡頭数は 155 頭でその内8日齢以降の死亡頭数が 117 頭と全体の 75.5%を占め、ほ とんどの死亡原因が下痢によるものであった。そして、10 月、11 月は新生豚に下痢が発症し、 急性経過で死亡するものが増加した。このときの死亡頭数は 280 頭前後と急増した。また、 新生豚の中には血便を排泄するものも認められた。12 月以降、次第に鎮静化に向かうも、5 日〜10 日齢を中心にして断続的に下痢が発症し、2001 年 5 月以降死亡が増加した。日齢別の 死亡頭数の推移から、下痢による死亡は生後4日から 14 日齢の哺乳豚が顕著であった。さら に、発育良好であったものが3週間前後で突然死亡する例も認められた(図2)。 下痢発症前の一腹当たりの離乳頭数は9月が 10.4 頭、10 月が 11,1 頭と上昇傾向にあったが、 下痢の影響により離乳頭数が 10 頭台前半で推移した。そして、下痢が再発した後の 2001 年 11 月には 9.0 頭にまで減少した(図3)。さらに下痢による影響は拡大し、哺乳豚の死亡や顕 著な発育低下の他に離乳後の肺炎や肥育豚の発育低下が観察された。 2)病性鑑定 発症豚の直腸便から C.perfringens C 型菌と多剤耐性の大腸菌が検出された (表1)。また、剖検所見から空調〜回 腸にかけて広範囲の壊死が観察された (図4)。また、発育良好であったが離 乳直前に突然死した哺乳豚を剖検した ところ、空腸の一部の壊死・癒着によ る腸閉塞が原因であった(図5)。これらのことから、本症を C.perfringens C型菌による亜 急性〜慢性のクロストリジウム症と診断した。なお、検査した大腸菌からは毒素産生タイプ は検出されなかった。 図5−1 離乳直前18日齢。 臨床症状無く急死。 図4 12日齢。小腸全体に壊死が認められる。 図5−2空腸の限局的な 壊死による腸閉塞。 3)発生要因 この農場では、分娩舎の胎子・胎盤を堆肥舎で処理していた。そして、この堆肥舎には、 常にカラスを含めた野鳥が飛来していた。また、分娩舎と堆肥舎を管理者が往復する際、運 搬車と長靴の消毒が不十分であった。このため、原因菌を堆肥舎から分娩舎に持ち込んだこ とが疑われる。また、ほとんどの下痢が血便を伴わなかったので、大腸菌単独感染による下 痢症との類症鑑別が遅れたこと。そして、管理者が豚房に入って積極的に下痢治療を行って いたことから、管理者が原因菌を伝播してしまった。これらにより、原因菌の重度の環境汚 染を引き起こしたものと推察され、このことが発生を拡大させた大きな要因の一つと思われ た。さらに、本症は分娩舎の忙しい時に発症したために、分娩舎の洗浄・消毒・乾燥期間が 十分確保できなかったことも環境汚染を助長する原因となった。言い換えれば、哺乳豚が多 く、分娩舎の消毒が不完全であるから本性が侵入しやすいとも考えられた。 2.対策 本症は病性鑑定から、C.perfringens C型菌が小腸粘膜に損傷を与え、そこに多剤耐性の 大腸菌が感染して哺乳豚に難治性の下痢を発症させると思われた。したがって、 C.perfringens C型菌と大腸菌の両方を標的として抗生物質を選択する必要がある。 1)治療 発症豚の治療には薬剤感受性結果から、リンコマイシンとセフチオフルの混合注射(投与 量は能書の通り)を実施した。その結果、死亡頭数が減少した。しかし、初発生以降、下痢 が増加して死亡頭数が上昇した原因は、治療効果のある薬剤の選択に遅れたことが大きな原 因であった。 2)予防 (1)抗生物質の頻回注射 C.perfringens C型菌と大腸菌の双方の増殖を抑えることを目的として、抗生物質を生後 0日、1日、3日、5日の4回、哺乳豚に投与した(0日は経口投与、他は筋肉内投与)。こ の頻回投与は、抗生物質の血中濃度の持続を期待したものであった。そして、抗生物質の選 択は治療に用いて、臨床症状の改善効果が顕著であったもので、最終的にリンコマイシンと セフチオフルの混合注射を用いた。1 (2)伝播経路の遮断 伝播経路の遮断を考慮して次のような対策を行った。 ・舎内の洗浄・消毒・乾燥を十分に行った。 ・分娩舎に入るときはもちろんのこと、部屋毎に履物を変え、踏み込み消毒を行った。 ・管理者が原因菌を伝播しないために豚房の中に極力入らないようにした。 ・新生豚を処置する前に、必ず手洗いを実施した。 ・胎子・胎盤や死亡豚は速やかに分娩舎の外に出し、この処理は分娩担当が行わないように した。 以上の対策で症状は鎮静化した。しかし、その後も断続的に発生が認められた。この要因と しては、飼養母豚数の増加に伴い分娩舎の消毒・洗浄・乾燥期間が不十分確保できなくなっ たより、原因菌の環境汚染が増大したためと思われた。 まとめ クロストリジウムと大腸菌の混合感染による下痢症は血便を伴わないと、大腸菌の単独感 染と捕らえられやすい。しかも、難治性であるために抗生物質を多種類使用する結果となり、 このことが多剤耐性大腸菌の感染を助長すると思われる。筆者はクロストリジウムと多剤耐 性大腸菌の混合感染による下痢症はA農場のように5日〜10 日齢に発症しやすく、この時期 の下痢はクロストリジウムの関与の有無を必ず調査する必要があると考える。また、壊死性 腸炎が集団発生した場合は、原因菌の環境汚染が進行していると思われ、沈静化には衛生管 理と伝播経路の遮断が必須となる。クロストリジウム症予防のワクチンが国内に無い現状で 本症の対策を実施するためには、抗生物質の選択が鎮静化の速度を大きく左右する。しかし、 このことは多剤耐性大腸菌出現の危険性を常に孕んでいる。したがって、本症の対策にはク ロストリジウム症予防のワクチンが必須と思われる。ワクチンの早期開発を期待したい。
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