第7章 諸文献に見る尐子化対策 尐子化については、現在我が国の焦眉の関心事であり、多くの学者・研究者が考え方を諸文献 で展開しています。また、マスコミでも多数報道されています。その全体を把握し整理すること は不可能ですが、今後の政策提案に参考となると考えられる主な意見や政策提言を可能な範囲で 把握し整理しました。ここで取り上げた文献は以下の通りです。 *尐子化5つの大罪:黒井尚志著/経済界 *人口減尐パニック:高橋乗宣著/PHP *尐子化に挑む、人口減尐新しい日本をつくる:日本経済新聞社編/日本経済新聞社 *尐子化克服への最終処方箋:島田晴雄・渥美由喜著/ダイヤモンド社 *人口減尐経済の新しい公式:松谷明彦著/日本経済新聞社 *人口減尐社会の設計:松谷明彦・藤正巌著/中公新書 *尐子亡国論−低出産率社会をどう乗り切るか−:山本肇著/かんき出版 *人口減尐−日本はこう変わる−:吉田隆彦著/PHP *5年で出生率を上げる法:岩淵勝好著/中央法規 7−1 理念 ここで取り上げた諸文献における尐子化対策の基本理念は、第1に「産めよ増やせよ」ではな く、「産みたい・育てたいと思っている人を支援」するということ、第2に家族、企業、地域、 社会が一体となって産み育てやすい環境をつくること、第3に保育サービスの充実が尐子化対策 の基本としており。その際、利用者の立場に立ってサービスの選択の幅と使い勝手を改善してい くものです。 尐子化は看視できない事態であり、早急に対策が必要であるという国(政府及び厚生労働省) 及び多くの研究者の考え方の立場をとる意見が多いのですが、逆に尐子化によるある程度の人口 減尐は、人口過剰のために起こっている都市問題や経済問題が解決ないし緩和するために「よし」 とする意見も見られます( 「人口減尐で日本は繁栄する」日下公人著/祥伝社刊、人口減尐の経 済学−尐子高齢化がニッポンを救う!−原田泰著/PHP 他)。その一つが、第1章で述べた文明論 からの意見であり注目されますが、ここでは前者の尐子化対策の重要性の立場から検討していま す。 109 7−2 具体的政策 限られた範囲ですが、諸文献に見られる具体的対策のアイディアを整理しました。それは、以 下のようなものが挙げられています。 A.出会いの場と機会の提供 ・お見合いセンターを設置(シンガポール)し、お見合いイベントを開催(年間 800 回) ・公認のお見合いコーディネーター制度。人材登録制で成功報酬の支払い ・恋人の聖地づくり→訪れたくなる場所(恋人岬、誓いの広場など)の整備を行い、結婚の促 進に寄与します。海辺の夕日が眺望できる場所や岬の突端などに多いのですが、海津市でも 養老山地や木曽三川があり工夫次第で可能性があります。 B.しがらみを克服する工夫 ・婚外子の差別根絶→あらゆる差別をなくす「○○平等条例」の制定。「差別根絶都市宣言」 (婚外子はスウェーデン 56%、フランス 44%であり、日本では 1%以下) ・嫁の法的相続権の確立→嫁は他人であり、どんなに夫の両親に尽くしても相続権がなく、苦 労だけさせられ報われないとの思いから結婚を躊躇する意識が形成されます。 C.出産を楽にする工夫 ・出産の保険適用→3割負担ですが、その差額を公的負担で無料とする考え方です。 ・出産費の全額公費負担→上記補てんが基本ですが、保険適用ができない場合にも公的負担で 対応することが主張されています。 ・出産一時金(報奨金)制度→文字通り出産した世帯に報奨金を支払う。 ・主要病院における女性外来の設置(多くの公立病院では実施済)→女性特有の病気への対応 ・学校教育における性教育、家族学習の充実による性感染症の防止、母性保護の重要性の認識 向上 ・産婦人科等医療従事者の意識改革による中絶の根絶 ・不妊治療サービスの充実 ・不妊夫婦のための代理母制度の確立(日本では認められていなません) D.保育サービスの充実 ・不適切な保育をなくすため、情報公開と質のチェック受け入れを条件に民間保育所の設置自 由化(保育所設置認可基準の緩和)→全国で 50〜60 万人とも言われている待機児童をなく す必要があり、そのための措置です。 ・保育所への公的支援の見直し(私立・公立を問わず保育所への薄く広い補助制度)→認可基 準が緩和されて保育所が増加すると自治体の財政負担が多くなることへの対応が必要です。 ・病児保育、長時間保育の充実(本市では既に一定程度実施) ・幼保一元化→尐子化・女性従業者の増大に伴い幼稚園の経営が困難化しており、そのための 対応を図る必要があります。 ・バウチャー制(共通利用券)&在宅育児手当の導入→(韓国で実施している制度)保育園へ の補助ではなく、保育サービス利用者が保育所を選択できることとし、自宅保育者は「在宅 育児手当」として換金化できる仕組みです。(インターネット利用による予約から決済まで 110 の手続きを全て電子化すれば給付金が他の用途に利用される可能性が排除できます。 ) ・ 「認定保育ママ」制度 フランスでは保育士3人が集まり、1人1〜3人程度預かる場合公 的支援が受けられる制度→家庭保母制度として江戸川区等で制度されています。 ・子育て電話相談体制の充実→岐阜県でも既に実施していますし、「エンゼル110番」、「お 姉さん・お兄さん電話相談室」として制度化している自治体もあります。 ・企業ネットワーク型子育て支援サービスの充実→複数企業でネットワークを組み、各企業で 企業所有施設を利用して保育所を設置し(運営は NPO に委託) 、各従業員には保育バウチ ャーを渡し(政府支援) 、自分の希望する地域の企業保育所を利用できるようにするシステ ム→フランスでは、毎年、国が保育所建設の8割、運営費の4割補助していますが、日本で はそれがそれぞれ5割しかなく、かつ運営費補助は5年間で打ち切られます。 ・子育てタクシー制度の導入(学校→塾→保育ママ又は家庭までのタクシー予約輸送)→こど もの放課後の危険防止のための施策です。 ・大学での保育所整備→子どもは若いうちに産む方がよいので、女子大学生の中絶を防ぎ、学 生結婚と出産の可能性が高まります。 E.ワーク・ライフ・バランス(仕事と家庭の両立)支援 ・企業表彰制度→日本でも実施されていますが、イギリスのように民間メディアによる厳格評 価による「働きやすい職場ベスト 100」 「両立しやすい職場ベスト 50」の新聞掲載が実施さ れれば、企業の推進に弾みがつきます。今日、日本で行われている流行語ベスト10や○○ の似合うタレントベスト10などの事業よりも重要です。 ・子育て世帯の優遇税制→ベビーシッター、家事代行費用の半額を所得から控除(フランス) →祖父母控除、外国人メイド雇用費控除(シンガポール) →企業が保育バウチャー発行費用の4割を法人税から控除(フランス) ・中小企業支援→同業他社との連携支援。社内 LAN 使用による子育て情報交換の支援や社内 コンシェルジュ(企業内御用聞き)の設置援助などが提案されています。 ・ 「お風呂早帰り制度」の導入→「ノー残業デイ」では真の早帰りにならないための措置で、 実施したかどうかは妻から証明書をもらう制度が考えられます。 F.地域の子育て支援 ・生活塾開催→地域の高齢者等が放課後留守家庭児童を預かり教育(500 円/人・時)を実施 111 する提案です。 ・企業によるOB、OGへのファミリー・サポートセンター登録依頼 ・3人以上子どものいる世帯への運賃割引カード(30〜75%)配布→ドイツ、フランスなどで 実施されています。 ・子どもの権利を保障する子ども憲章の制定(高浜市では子どもによる制定が行われています) ・子ども権利宣言条例の制定(多治見市等) ・地域子育てサポーターの養成→ボランティア育成制度として実現することが必要です。 ・育児支援センターの設置(千葉県八千代市などで実施されています) ・夫婦の絆を深める学習の場、相談システム開設(シンガポール)→どうすれば人が集まるの かが大きな課題です。 ・家族の近居促進支援→シンガポールでは、周辺住民の家族の優先入居・分譲制度として確立 されていますが、日本では三世代住宅建設促進支援制度として実施する方が合理的です。 ・新婚夫婦の住宅支援(家賃補助制度として実施している自治体は多い) ・祖父母育児教室の開催(祖父母に今様の子育てを知ってもらうための措置) 表 7-1 市町村行動計画に盛り込む領域別目標設定の指標例(参考) 112 G.企業の子育て支援 ・非正規社員への紹介状制度→非正規社員として就業している若者等が特技を活かした安定的 就業の場を確保できる可能性が高められます。 ・企業間フリーエージェント制度→主婦が夫の転勤による企業退社をやむなくされることを防 止できる施策提案ですが、自治体の関与が小さいと考えられます。 ・子どもにやさしいデザイン開発奨励→単なるバリアフリー推進ではなく、「ユニバーサルデ ザイン行政」を推進すれば達成できます。 ・企業内におけるワーキングマザーランチの開催→子育て女子従業員の交流が目的の提案です が、小さい企業や自治体職員などでは既に実施されている場合も多いと思われます。 ・育休、病児看護休暇制度→労働基準監督署を通して中小企業の労働協約等に明記させる必要 があります。 H.国の役割強化 国は、尐子化の原因対策として最も重要な役割を果たす立場にあります。 ・子育て基金の創設→子ども手当の財源を確保するため、公共事業の削減や消費税率の増加な どで賄うのではなく、相続税一律5%課税で確保することが提案されています。 ・チャリティ目的の「子ども宝くじ」→自治宝くじがあるのだから、この提案は無理ではあり ません。例えば、1 枚 500 円として1枚当たり 200 円の寄付とし(年賀はがきと同じ考え 方)、通常の 300 円の年末ジャンボ宝くじと同じ方法で実施します。 ・未成年の子どもの選挙権を親に付与する→高齢者の投票率の高さや人口の多さから圧力団体 として強いので、それを緩和するとともに、子ども世帯の意見の繁栄を強化するために措置 として実施する提案です。しかし、憲法上は 1 人 1 票を原則しますので実施に問題があり ます。 ・国会議員の世代別代表制→高齢者の政策圧力を相対的に低減させることが可能となります。 これも国会法などの改正が必要となり、実現は困難です。 ・シングルマザーを主人公のテレビドラマの作成放映(NHK朝の連ドラ) ・朝夕ラッシュ時の保育専用車両の運行→女性専用列車では不十分であり、この発想で幼児を 連れて通勤する人のための専用車両を設置し、通勤ラッシュ時の子連れ通勤を容易にします。 ・ベビーボーナス制度→シンガポールの制度ですが、日本でも過疎地の自治体で結婚祝金や出 産報奨金などの制度があります。 ・扶養児童減税→扶養者控除制度を活用すれば可能ですが、税制制度の改革になりますので、 税制調査会での議論、決定が必要です。 ・孫のための教育費積立金制度→祖父母の預貯金の活用を図るための制度で、銀行などと提携 して実施し、満期で国による上乗せ給付を行うことで利用が促進させようという提案です。 J.結果対策 高齢者世帯が多くなることへの対応策です。高齢者政策は、多数ありますが、新しい施策に ついての提案を取り上げています。 ・駅におけるサービス介助士の配置→高齢者が多くなれば、そうした人が必要となります。ま た、若者の雇用拡大に繋がります。 113 ・二地域居住の条件整備→高齢世帯の二地域居住を促進することによって、過疎地の活性化と 健康維持を行えば、医療費の削減や市民農園事業+援農クラブ育成事業によって遊休農地の 解消が可能となります。海津市でも二地域居住者を増やし、将来的な転入者につなげていく ための対策として、水辺のオートキャンプ場等を整備して来住頻度を増やす試みが有効と考 えられます。 ・海津出身者へのふるさと便り→Uターンを促進するための助けになります。 コラム 団塊の世代の名付け親であり、小渕内閣の経済企画庁長官を勤めた境屋太一氏の考える尐子 化対策について、氏の著書「凄い時代 勝負は2011年」(講談社刊)の中で次のように提 案しています。 『現在、世界の国の合計特殊出生率と「24 歳未満」と「35 歳以上」に分けて把握した。そ れが表-1 である。すなわち、託児所の充実や育児休暇・育児給付金などは、子のある親の助 けとしては大切だが、出産数を増やすという根拠は当たらない。出生率相関は初産年齢の方が 明確です。最初の子どもを産む年齢が低い国(地域)は確実に出生率が高いことがうかがわれ ます。その典型がアメリカである。アメリカは、知価革命が進んだ結果、工業社会的人生順序 が崩れ、学生結婚も多いし、結婚、就職をしてから大学に入る人も珍しくない。近年、フラン スやイギリスでも出生率が向上したのは人生順序が崩れたため、というのも有力な説である。 以上のことを考えれば、女子大生の多い大学には託児所を設け、ママさん学生には十分な奨 学資金を貸与する制度を検討すべきであろう。 また、ベビーシッターの制度を拡げ、共働きの夫婦が安心安価に子育てできる市場形成を進 めることも大切である。出生率の高いアメリカの例がもっと語られてもよいのではないだろう か』と。 表−1 合計特殊出生率と若年高齢出生率(2006 年) 低出生国 中出生国 A B C A B C 香港 1.12 40.9 41.2 イギリス 1.76 98.2 58.8 韓国 1.14 31.0 22.9 チリ 1.82 131.9 60.1 ウクライナ 1.22 100.0 14.6 スウェーデン 1.85 53.5 71.4 ポーランド 1.27 61.6 29.1 デンマーク 1.85 49.7 60.6 ロシア 1.31 114.3 21.9 フランス 1.91 62.8 69.8 シンガポール 1.32 41.8 45.7 アイルランド 1.92 65.2 107.8 イタリア 1.32 40.6 59.5 髙出生国 ドイツ 1.32 55.4 44.3 アメリカ 2.04 143.0 54.8 日本 1.34 42.1 47.2 アルゼンチン 2.30 172.5 78.8 ハンガリー 1.35 67.9 34.2 フィリピン 2.57 155.7 109.0 スペイン 1.35 42.5 63.3 イスラエル 2.88 120.4 120.2 キューバ 1.39 128.4 25.1 サウジアラビア 3.02 80.8 173.4 A=合計特殊出生率 B=24 歳未満(1000 人当たり) 、 C=35 歳以上(1000 人当たり) *出典:国連統計 以上のデータから読み取れることは、 *低出生国は(1)アジア振興工業国、(2)第 2 次世界大戦敗戦国、(3)旧社会主義国 *社会主義による「子育て社会化政策」は 35 歳以上の出生を低下させた。 *髙出生国は、低年齢出産が多い *先進国では、ベビーシッターマーケットを拡げて子育てを市場化したアメリカが最高 114
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